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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) G02B
管理番号 1231429
審判番号 不服2009-7723  
総通号数 135 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2011-03-25 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2009-04-09 
確定日 2011-02-04 
事件の表示 特願2003- 76442「プラスチックレンズの染色方法」拒絶査定不服審判事件〔平成16年10月14日出願公開、特開2004-286874〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 1.手続の経緯・本願発明
本願は、平成15年3月19日の出願であって、平成21年3月3日付で拒絶査定がなされ、これに対して、同年4月9日に拒絶査定に対する審判請求がなされ、同年4月27日付で手続補正書が提出され、平成22年8月31日付で当審にて補正却下の決定及び拒絶理由通知がなされ、同年10月29日付で手続補正書および意見書が提出されたものである。
本願の請求項1?4に係る発明は、平成22年10月29日付手続補正書により補正された特許請求の範囲の請求項1?4に記載された事項により特定されるとおりのものと認められるところ、その請求項1に係る発明(以下、「本願発明1」という。)は、次のとおりである。

「【請求項1】
疎水性ポリマーを材料とし優れた耐水性を有するインク受容層であって、プラスチックレンズが溶解しない有機溶媒に対する溶解性が高いインク受容層を前記プラスチックレンズ表面に設けた後、前記インク受容層に昇華性染料を含有させ、
圧力0.08?0.5 MPaの水蒸気雰囲気中で、前記インク受容層を表面に設けた前記プラスチックレンズを加熱し、
前記有機溶媒に前記プラスチックレンズを浸漬して、前記インク受容層を除去し、
もって前記プラスチックレンズを染色することを特徴とするプラスチックレンズの染色方法。」

2.引用例の記載事項
これに対して、当審における上記拒絶の理由で引用した、本願の出願日前に頒布された、 引用文献1(特開2002-187967号公報)の記載事項は、以下のとおりである。
また、同じく上記拒絶の理由で示した周知技術の例示文献である、 特開2000-17586号公報(以下「周知文献1」という。)、 特開平9-131565号公報(以下「周知文献2」という。)、 特開平8-60004号公報(以下「周知文献3」という。)の記載事項も、以下に示す。
(なお、アンダーラインは当審で付与した。)

2-1.引用文献1(特開2002-187967号公報) の記載事項

《1a》「【特許請求の範囲】
【請求項1】 有機ガラス基材に染料媒体膜を介して昇華移染により染色を行う方法において、
(1) 有機ガラス基材の表面に媒体樹脂塗膜を形成した後、
染色浴に浸漬して前記媒体樹脂塗膜に染料吸着をさせて染料媒体膜を形成する染料媒体膜形成工程、
(2) 加熱して染料媒体膜中の染料を有機ガラス基材に転写(昇華移染)させる染料移染工程、
(3) 前記染料媒体膜を溶解により脱膜させる染料媒体膜除去工程、
の各工程を順次経て着色有機ガラスを得ることを特徴とする有機ガラスの着色方法。
・・・
【請求項8】 前記染料を非水溶性染料とすることを特徴とする請求項1、2、4又は5記載の有機ガラスの着色方法。
【請求項9】 前記染料媒体膜を形成する媒体樹脂が有機溶媒に溶解可能であることを特徴とする請求項1、2、4又は5記載の有機ガラスの着色方法。
【請求項10】 前記染料媒体膜を形成する媒体樹脂がアクリル系熱可塑性樹脂であることを特徴とする請求項9記載の有機ガラスの着色方法。」

《1b》「【0016】前記染料としては、非水溶性染料を使用することが、高屈折有機ガラス基材に対する染色性が良好であるとともに昇華性の高いものが得易くて望ましい。
【0017】また、染料媒体膜を形成する媒体樹脂塗液に含有させる合成樹脂は、有機溶媒に溶解可能なもので、特にアクリル系熱可塑性樹脂を使用することが、染料媒体性が優れているとともに、有機ガラス基材等からの脱膜除去性に優れているため望ましい。」

《1c》「【0039】そして、上記有機ガラス基材等を染色する場合、第1の方法としては、まず、有機ガラス基材等表面に媒体樹脂塗膜を設けた後、染色浴に浸漬して染料を媒体樹脂塗膜に吸収(受容)させて染料媒体膜とする。いわゆる、なせん(捺染)におけるのり(糊)層を形成する工程(印なつ工程)に相当する。
【0040】媒体樹脂塗膜を形成する媒体樹脂としては、下記溶解(分散)剤に対して、可溶(分散)可能な樹脂であれば特に限定されるものではないが、具体的には、アクリル系樹脂、飽和エステル系樹脂、ビニルブチラール系樹脂、アセタール系樹脂、ビニル系樹脂、アミド系樹脂、セルロース系樹脂(以上、熱可塑性樹脂);ウレタン系樹脂、ふっ素系樹脂、エポキシ樹脂、メラミン樹脂、シリコーン系樹脂(以上、熱硬化性樹脂)等や、又はそれらの混合物、誘導体の重合体、共重合体等を挙げることができる。
【0041】上記樹脂のうち、熱硬化性樹脂は加熱により硬化して加熱昇華後の剥離が困難となる。そのため熱可塑性樹脂を使用するのが好ましい。上記熱可塑性媒体樹脂のうち、アクリル系熱可塑性樹脂が、染料媒体性が優れているとともに、有機ガラス基材等からの脱膜除去性に優れているため望ましい。ここで、染料媒体性とは、染色浴中の染料を吸着(受容)しかつ有機ガラス基材等へ移行させる性質をいう。」

《1d》「【0047】上記媒体樹脂塗膜を有機ガラス基材等の表面(両面又は片面)に形成した後、該媒体樹脂塗膜に染料を吸着(吸着・受容)させて染料媒体膜を形成する。この染料吸着の方法としては、公知技術を使用することができ、中でも、浸漬染色法を使用することが望ましい。
・・・・
また、近年普及してきているインクジェット記録法等なども挙げられ、上記方法を複数併用することも可能である。」

《1e》「【0059】そして、上記染料媒体膜を加熱することにより、染料を昇華させ、有機ガラス基材等に染料を移染(移行固着)させる。いわゆるなせん(捺染)における、蒸熱による染料固着工程に相当する。 【0060】加熱昇華の方法としては特に限定されるものではないが、具体的には熱風循環炉、遠赤外線炉、電気炉、ドライヤー等を使用するドライ処理、湯、または熱油浴への浸漬によるウエット処理等がある。上記のうち、熱風循環炉は、機器内部の温度むらがなく、かつ、有機ガラス基材を均一に加熱可能である利点を有する。」

《1f》「【0064】加熱昇華(移染)温度としては、有機ガラス基材のガラス転移温度、ハードコート膜を備えた有機ガラス基材の染色を行なう場合はハードコート膜(プライマー層を含む。)の耐熱温度、及び、染料の昇華圧(昇華温度)を考慮して設定する。
【0065】通常、約60?200℃、望ましくは約70?180℃、さらに望ましくは約80?150℃とする。加熱昇華温度が低過ぎると十分な着色性が得難く、逆に高すぎると有機ガラス基材に熱変形が発生するおそれがある。なお、この場合に、減圧雰囲気(通常約10?800hPa )とすれば、相対的に加熱処理温度を低くでき、かつ加熱昇華時間も短くすることが期待できる。また、熱に対して安定な(変形しない)有機ガラス基材に関しては加圧加熱することも可能であり、この際、比較的低温でより有機ガラス基材へ染料を移染することができる。」

《1g》「【0068】上記加熱昇華後の有機ガラス基材に付着している染料媒体膜及び保護膜は、アセトン等の有機溶剤または水(温水)等への浸漬により溶解剥離させて除去する。当該工程は、捺染における糊除去工程に相当する。なお、使用可能な有機溶剤としては、前述の染料用介在に使用したものと同様にSP値8?11の有機溶剤を使用する。」

《1h》「【0071】
【発明の効果】本発明の有機ガラス着色方法は、有機ガラス基材等の表面に、媒体塗膜を形成後、染色浴により染料媒体膜を設けて染色を行うことにより、後述の実施例で支持されるごとく、下記効果を奏する。
【0072】媒体樹脂塗膜の膜厚及び染色浴を用いた染料吸着条件、さらには、昇華移染の条件をそれぞれ独立的に調整して、容易に組み合わせることができる。
【0073】このため、超高屈折率から低屈折率の有機ガラス基材、特に非染性の有機ガラス基材に対しても効率よく、かつ安易に希望の色調、濃度に着色を行うことができる。」

《1i》「【0074】
【実験例】以下本発明の効果を確認するために行った実験例である実施例及び比較例について説明する。各実験例に使用した材料は、それぞれ、下記のようにして調製したものである。
【0075】有機ガラス基材
(1)有機ガラス基材A(低屈折基材:屈折率1.50)
ジエチレングリコールビスアリルカーボネート100部に、重合開始剤:ジイソプロピルパーオキシカーボネート3部を混ぜ合わせ、0.8μメンブランフィルターにて濾過を行い、濾液をガラス製鋳型中に注入した。次に40℃で3h、40?60℃までを12h、65?85℃までを6hかけて昇温し、最後に85℃にて3hの加熱を行った後、レンズを鋳型より取り出し、さらに130℃にて2hのアニーリング(annealing:歪み除去) を行うことにより、有機ガラス基材を得た。・・・
【0081】媒体樹脂塗料 市販のアクリルレジン『ダイヤナールBR-80』9部をジアセトンアルコール21部に溶解させた後、メチルエチルケトン(MEK)30部、レベリング剤として『SILWET L-7001』0.01部を混合し、均一な状態になるまで攪拌し調製した。・・・
【0086】染色浴
(1)染色浴I(染料溶解剤含有、着色染料使用)
水1000部に『スミカロンブルーE-RPD』1部、『スミカロンレッドE-RPD』0.5部、『スミカロンイエローE-RPD』0.5部、染料溶解剤として『イソプロピルアルコール』25部、界面活性剤として『レベノールV-700』3部、及び、キャリヤー剤として、ベンジルアルコール25
・・・
【0090】<実施例1>エチルアルコールを浸した布で有機ガラス基材A(低屈折基材:レンズ)を拭き上げ、該レンズの凹面にスピンコート法(ステップ1:1000rpm ×5sec、ステップ2:2000rpm ×5s )により、前記媒体樹脂塗料を塗布し、エアーオーブンにて100℃×5min の熱処理を行った。その後、凸面も同様に媒体樹脂塗料を塗布し熱処理をしてガラス基材上に媒体樹脂塗膜(塗膜厚0.15μm)を形成した。
【0091】次に、染色浴I(染料溶解剤含有、着色染料使用)に10min 浸漬して媒体樹脂塗膜に染料吸着をさせて染料媒体膜とし、浸漬後のガラス基材上に媒体樹脂塗膜形成時と同条件で保護膜を塗布した。
【0092】その後、エアオーブンにて、130℃×100min の加熱を行った後、温水(約60℃)に2min 、次いでアセトンに1min 浸漬させ、染料媒体膜及び保護膜を脱膜し、着色有機ガラス基材を得た。
【0093】上記着色有機ガラス基材を40℃の水酸化ナトリウム水溶液(濃度10%)に浸漬させ、純水にて洗浄し、水切りを行った。
【0094】その後、ハードコート液a(低屈折液)に浸漬させ、105mm/minで引き上げて、95℃で20min の仮硬化を得た。その後100℃で2hの硬化を行い、着色有機ガラスハードコート加工品を得た。」

上記記載をまとめると、引用文献1には、下記の様な発明が示されているといえる。(以下「引用文献1記載の発明」という。)
「アクリルレジンを材料とする媒体樹脂塗膜であって、ジエチレングリコールビスアリルカーボネート重合体製の有機ガラス基材レンズが溶解しないアセトンに溶解性の高い媒体樹脂塗膜をジエチレングリコールビスアリルカーボネート重合体製の有機ガラス基材レンズの表面に設けた後、
媒体樹脂塗膜に昇華性染料の染色浴にて昇華性染料を吸着させて染料媒体膜としてから、
染料媒体膜付き有機ガラス基材レンズを熱風などの加熱雰囲気中で加熱して、昇華性染料を染料媒体膜からレンズに移し、しかる後、
レンズをアセトンに浸漬して、染料媒体膜を除去する、
有機ガラス基材レンズの染色方法。」

2-2.周知文献1(特開2000-17586号公報) の記載事項

《2a》
「【0010】以上の様にしてスクリーン印刷を実行することにより、被染色体の球状の凸面に対して均一な膜圧の染色用用材による着色層を形成することができる。そして、その後、この被染色体を、例えば、加熱することによって凸面に転写された着色層中の昇華性色素を被染色体に対して昇華浸透せしめる。なお、加熱による昇華浸透を行う方法としては、乾熱処理、蒸熱処理のいずれを採用しても構わない。こうして被染色体に昇華性色素を昇華浸透せしめた後に、被染色体の凸面に残っている着色層を溶剤等を用いて除去する。これにより被染色体の球状の凸面に対して、ムラのない所望の色相及び濃さの染色を施すことができる。
【0011】この染色方法によれば、染色用用材を調整する際、赤、青、黄の三原色の各昇華性色素の混合比率を変えることによって所望の色相にて被染色体、例えばプラスチックレンズを発色させることができる。・・・また、色の濃さは、昇華浸透を行う際の処理時間によって容易に調節することができ、淡い色に発色させたい場合は処理時間を相対的に短くし、濃い色に発色させたい場合は処理時間を相対的に長くすることによって調整するとよい。なお、被染色体がプラスチックレンズであるときに加熱によって昇華浸透を行う場合の加熱温度としては、概ね80℃?160℃の範囲内、より望ましくは80℃?130℃の範囲内で当該プラスチックレンズの耐熱温度に応じてできるだけ高い温度とするのがよい。」

2-3.周知文献2(特開平9-131565号公報)の記載事項

《3a》「【0008】浸染は、分散染料、界面活性剤及び必要に応じてキャリア剤を水又は水と有機溶媒との混合物中に分散させて染色浴を調製し、この染色浴中にプラスチックレンズを浸漬し、所定温度で所定時間染色を行う。染色温度及び時間は、所望の着色濃度により変動するが、通常、40?100℃で数分?30分程度でよい。・・・
【0009】本発明においては、上記のように染色した後、プラスチックレンズを100?130℃の温度で、相対湿度65%以上、100%未満の水蒸気の不飽和雰囲気にさらす。温度が100℃未満では目的とする充分に処理効果が得られず、130℃を超えると、プラスチックレンズ素地や染料の安定性に影響を与えるおそれがある。また、相対湿度は上記の温度範囲で不飽和状態とし、65%以上、100%未満であるのが好ましい。相対湿度が65%未満では、充分な処理効果が得られず、相対湿度が100%以上の水蒸気の飽和状態あるいは過飽和状態ではレンズ表面に水滴によるシミが発生しやすい。
【0010】上記のような水蒸気の不飽和雰囲気は、例えば、プレッシャークッカーによって得られる。この装置は、装置の容器内で温度と圧力、さらに蒸気発生装置からの蒸気をマイクロプロセッサーでコントロールすることができるものである。また、レンズを上記のような水蒸気の不飽和雰囲気にさらす時間、すなわち、処理時間は、1?60分、好ましくは5?15分とする。処理時間が1分未満では処理効果が得られず、60分を超えると、プラスチックレンズ素地や染料の安定性に影響を与えるおそれがある。
【0011】本発明の方法により染色後のプラスチックレンズを水蒸気の不飽和雰囲気にさらす処理を行うと、反射防止膜の形成など、その後の工程や長期間使用中の色相、色濃度などにおいてほとんど変化せず、堅牢性及び耐候性に優れた着色プラスチックレンズを得ることができる。このメカニズムについては、未だ完全には解明されていないが、染料が水蒸気によってプラスチックレンズ素地に向かって押し込まれ、また、逃出を防止するシーリング効果が生じるものと考えられる。」

2-4.周知文献3(特開平8-60004号公報)の記載事項

《4a》「【0061】・・・の染料38.7gが得られる。これはo- ジクロロベンゼン中に溶解し、橙色を呈し、482nmで最大吸収を有する。 b)例2aの染料20.0gを、微分散形で、1000gあたりローカストビーン穀粉45.0g、m- ニトロベンゼンスルホン酸ナトリウム6.0g及びクエン酸3.0gを含有する捺染ペーストに混入する。ポリエステル織物をこの捺染ペーストで捺染し、捺染された織物を乾燥後15分、1.5気圧の蒸気圧でスチーミングし、洗浄し、ソーピングし、新たに洗浄し、乾燥した場合、極めて良好な染色特性を有する濃い橙色捺染が得られる。」

3.対比・判断
3-1.本願発明1と引用文献1記載の発明との対比

本願発明1と引用文献1記載の発明とを対比すると、
刊行物1記載発明の
「アクリルレジン」
「媒体樹脂塗膜」
「ジエチレングリコールビスアリルカーボネート重合体製の有機ガラス基材レンズ」
「媒体樹脂塗膜に昇華性染料の染色浴にて昇華性染料を吸着させ」
「染料媒体膜付き有機ガラス基材レンズを熱風などの加熱雰囲気中で加熱して、昇華性染料を染料媒体膜からレンズに移し」
「アセトン」
「レンズをアセトンに浸漬して、媒体樹脂塗膜からなる染料媒体膜を除去」は、それぞれ
本願発明1の
「疎水性ポリマー」
「インク受容層」
「プラスチックレンズ」
「インク受容層に昇華性染料を含有させ」
「インク受容層に昇華性染料を含有させ、インク受容層を表面に設けたプラスチックレンズを加熱」
「プラスチックレンズが溶解しない有機溶媒」
「有機溶剤に前記プラスチックレンズを浸漬して、前記インク受容層を除去」 に相当するから、
両者は、
「疎水性ポリマーを材料とし優れた耐水性を有するインク受容層であって、プラスチックレンズが溶解しない有機溶媒に対する溶解性が高いインク受容層を前記プラスチックレンズ表面に設けた後、前記インク受容層に昇華性染料を含有させ、
前記インク受容層を表面に設けた前記プラスチックレンズを加熱し、
前記有機溶剤に前記プラスチックレンズを浸漬して、前記インク受容層を除去し、
もって前記プラスチックレンズを染色することを特徴とするプラスチックレンズの染色方法。」
で一致し、
昇華性染料をプラスチックレンズに移すための加熱処理条件について、
本願発明1が「圧力0.08?0.5 Mpaの水蒸気雰囲気中で」と規定するのに対して、刊行物1記載発明が特に規定しない点で相違するのみである。

なお、審判請求人は、意見書で、
引用文献1の実施例ではどれも、インク受容層の外側にさらに「保護層」を表面に設けた前記プラスチックレンズを熱風などの加熱雰囲気中で加熱しているから、本願発明1でいう「インク受容層を表面に設けたプラスチックレンズを加熱雰囲気中で加熱」に相当しない旨主張しているが、その当審検討結果は下記(a)?(c)のとおりであるから、該主張は認められず、上記した対比とその結果は妥当と判断する。

(a)引用文献1記載の発明における「保護層」は、引用文献1の67段落にも明記されているように、任意に付加できる要素であって必須構成要素ではないことは、特許請求の範囲や明細書の記載から明白であり、引用文献1には、「インク受容層を表面に設けたプラスチックレンズを熱風などの加熱雰囲気中で加熱」する発明が先ず開示されており、本願発明1の「インク受容層を表面に設けたプラスチックレンズを加熱雰囲気中で加熱」に相当する工程を含む染色方法が示されていると認められる。

(b)昇華性染料は加熱されると気散し易いから、処理対象のレンズの反対側すなわち外部にも昇華性染料が飛散することは明らかであり、引用文献1の実施例の「保護層」付加は、「インク受容層を表面に設けたプラスチックレンズを加熱雰囲気中で加熱」する発明を開示した上で、更に染色効率を高めるための工夫を示していることが67段落の説明から裏付けられる。

(c)審判請求人は、本願発明1では、「疎水性ポリマーを材料とし優れた耐水性を有するインク受容層」を採用しているから、効率よく高濃度に染色できる旨主張するが、「インク受容層の疎水性ポリマー材料」には、専ら引用文献1で多用されるのと同じアクリルレジン(=ポリアクリル酸系高分子化合物)を用いているに過ぎないので、該主張は認められない。

3-2.相違点についての検討

相違点について検討するに、インク受容層の昇華性染料を染着対象物に移すための加熱処理を水蒸気雰囲気中で行うことや、加圧条件下で行うことは、斯界の周知技術に過ぎない。
(例えば、周知文献1?3の上記摘記事項参照。)
(また、例えば、引用文献1の59段落「染料媒体膜を加熱・・・染料を移染(移行固着)させる。いわゆるなせん(捺染)における、蒸熱による染料固着に相当する。」も参照。)
してみると、引用文献1記載のレンズ着色方法の加熱雰囲気中での加熱処理に、水蒸気雰囲気で加圧下とする周知技術を採用し、さらに、圧力を実験により特定Mpa範囲に規定して、本願発明1の構成を想到することは当業者が容易になし得ることである。
そして、その作用効果も、引用文献1や周知文献の記載事項から当業者であれば当然に予測できる程度のものであって、格別のものとはいえない。
なお、審判請求人は、意見書で、本願発明1の「圧力0.08?0.5 MPaの水蒸気雰囲気中で」の加熱は、高濃度に均一に染色できる効果をもたらすので、単なる周知技術とは異なる特段の処理条件である旨主張しているが、その当審検討結果は下記(d)?(f)のとおりであるから、該主張は認められず、上記した「本願発明1の構成を想到するは容易」とする判断は的確なものといえる。

(d)「圧力0.08?0.5 MPa」は、1気圧の常圧下(=0.1MPa)というごく当たり前の処理条件を包含するから、特段の処理条件を意味するものとは直ちに認められないし、実施例/比較例で圧力範囲の数値規定の臨界的な意義が確認されているものでもない。

(e)「水蒸気雰囲気中での加熱」を実施するに当たっては、水蒸気雰囲気を確保するため、オートクレーブなどの密閉型処理容器を使用することになるから、1気圧の常圧(=0.1MPa)よりも大きな圧力となることは必然的であるし、作業性や安全性を考慮すれば上限圧力を「数気圧(=0.5MPa)」程度とすることも当然であるから、該圧力規定が特段の処理条件とは認められない。

(f)水蒸気雰囲気中での加熱に際しては、水蒸気雰囲気の圧力だけでなく、水蒸気温度や加熱処理時間やインク受容層の染料濃度など様々なファクターが併せて規定されるべきであり、それらを伴わず「圧力」だけ指定しても初期の効果が奏されないことは明白である。

したがって、本願発明1は、引用文献1記載の発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。

4.むすび
以上のとおりであるから、本願の請求項1に係る発明は、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないので、他の請求項について検討するまでもなく、本願は拒絶すべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2010-11-30 
結審通知日 2010-12-01 
審決日 2010-12-15 
出願番号 特願2003-76442(P2003-76442)
審決分類 P 1 8・ 121- WZ (G02B)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 池田 周士郎  
特許庁審判長 柏崎 康司
特許庁審判官 一宮 誠
伏見 隆夫
発明の名称 プラスチックレンズの染色方法  
代理人 高石 橘馬  

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