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審決分類 審判 査定不服 特36条4項詳細な説明の記載不備 特許、登録しない。 C07K
管理番号 1236801
審判番号 不服2008-17508  
総通号数 139 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2011-07-29 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2008-07-09 
確定日 2011-05-12 
事件の表示 平成 9年特許願第205351号「スリット様ポリペプチド」拒絶査定不服審判事件〔平成10年 4月 7日出願公開、特開平10- 87699〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯及び本願発明
本願は,平成9年7月15日(優先権主張平成8年7月16日)の出願であって,その請求項1?10に係る発明の要旨は,平成19年2月16日に提出された手続補正書によって補正された明細書の記載からみて,その特許請求の範囲に記載されたとおりのものと認められるところ,その請求項1及び8に係る発明(以下,「本願発明1」及び「本願発明8」という。)の要旨は,次のとおりのものである。

「【請求項1】 配列番号1に記載のアミノ酸配列を含有するポリペプチド。
【請求項8】 癌の疑われる患者の血液サンプル又はバイオプシーサンプルから請求項7に記載の抗体を用いてヒトスリットを検出する,癌の検出方法。」

なお,請求項7は,「請求項1に記載のポリペプチドを特異的に認識する抗体。」というものである。

第2 原査定の拒絶理由
これに対し,原査定の拒絶理由(平成20年6月4日付け拒絶査定)は,
請求項1に記載のポリペプチドが有する具体的機能に関しては,本願明細書中に記載されていない。そして,該ポリペプチドがいかなる具体的機能を有するものかが不明であることから,該ポリペプチドをどのように使用できるのかも不明である。
また,ポリペプチドの発現組織が特定できたからといって,機能が不明な該ポリペプチドを認識する抗体が,直ちに癌の診断等に使用できるという技術常識も,本願出願時に存在したとは認められない。
よって,この出願の発明の詳細な説明は,当業者が請求項1?8に係る発明を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されていないので,特許法第36条第4項に規定する要件を満たしていないというものである。

第3 当審の判断
1.本願発明1について
一般に,化学物質の発明は,新規で,産業上利用できる化学物質(すなわち有用性のある化学物質)を提供することにその本質があると解されるが,その化学物質が遺伝子等の,元来,自然界に存在する物質である場合には,単に存在を明らかにした,確認したというだけでは発見にとどまるものであり,自然界に存在した状態から分離し,一定の加工を加えたとしても,物の発明としては,いまだ産業上利用できる化学物質を提供したとはいえないものというべきであり,その有用性が明らかにされ,従来技術にない新たな技術的視点が加えられることで,初めて産業上利用できる発明として成立したものと認められるものと解すべきである。
そして,遺伝子関連の化学物質発明においてその有用性が明らかにされる必要があることは,明細書の発明の詳細な説明の記載要領を規定した特許法第36条第4項実施可能要件についても同様である。なぜならば,当業者が,当該化学物質の発明を実施するためには,出願当時の技術常識に基づいて,その発明に係る物質を製造することができ,かつ,これを使用することができなければならないところ,発明の詳細な説明中に有用性が明らかにされていなければ,当該発明に係る物質を使用することはできず,したがって,その実施をすることができる程度に明確かつ十分に,発明の詳細な説明に記載する必要があるからである。

本願発明1は,配列番号1に記載のアミノ酸配列を含有するポリペプチド(以下,本願明細書と同じく「ヒトスリット」という。)に関するものであるので,明細書中にその「有用性」が明らかにされ,使用できるように記載されているか検討する。

(1)本願明細書の記載
「ヒトスリットは全身の臓器中で脳のみに特異的に発現し,さらに脳内の分布を詳しく調べ,小脳,脊髄には発現せず,記憶,空間認識,創造などの高次脳機能に重要な海馬,大脳皮質に強く発現することを明らかにした。in situハイブリダイゼーションによる該ヒトスリットのラット脳内発現分布の観察では,海馬,大脳皮質,嗅球の層構造依存的に発現しており,これら組織の形態形成,維持,再生に作用することが推定された。」(段落0010),「ショウジョウバエでの研究(Rothbergら,Gene Dev,4,2169-2187,1990および国際公開番号WO92/10518)では,スリットは神経発生期に中外胚葉から分化した正中線グリア細胞に特異的に発現される蛋白質で,交連軸索に沿って分泌運搬され,成長円錐が筋および心筋に接続する部位に局在化される。スリットの欠損変異株のショウジョウバエ胚は,中枢神経の形成が崩壊し,発生途上で死滅することが知られている。なお成体についてのスリットの発現は不明である。」(段落0042),「本発明者らが明らかにした塩基配列を用いれば,脊椎動物のスリットの発現・機能に関して,近年の遺伝子操作技術,発生工学技術を応用した詳細な解析が可能である。」(段落0043),「これらの知見はヒトスリットが記憶,空間把握,創造などの脳の高次機能と密接な関わりを持つことを示唆する。無脊椎動物の研究でスリットが中枢神経の形成と末梢神経での成長円錐のガイドとして作用することが推定できるのに対して,ヒトスリットが胎生のみならず成体になっても発現し,さらに高等脊椎動物に特有に進化した臓器で特異的に発現されることは,本発明者らの得た知見で初めて明らかにされた。また各種癌細胞株では,リンパ芽腫白血病細胞株MOLT-4と直腸上皮癌細胞株SW480にヒトスリットが発現することを明らかにした。」(段落0044),「これらの結果から,ラットスリットは特定のニューロンに発現し,細胞作用分子として働いていることが強く推定された。」(段落0047),「本発明者らが明らかにした脊椎動物のスリットの発現部位とショウジョウバエで明らかになっているデータを考え合わせ,本発明のヒトスリットは脳内の特に層構造を有する器官において,形態の形成およびその維持に関わることが明らかにされた。さらに該ヒトスリットのLRR,EGFモチーフなどの分子構造を考えれば,細胞-細胞間相互作用や細胞-基質間相互に関わる細胞作用分子であることが考えられ,ニューロン-グリア細胞,ニューロン-ニューロン,グリア細胞-グリア細胞の細胞間相互作用やこれらの細胞と基質との相互作用に作用していることが考えられる。また本発明者らが明らかにした発現部位の海馬,大脳皮質,嗅球において,神経幹細胞の存在が報告(Weissら,Trends Nuerosci.,19,387-393,1996)されている部位であり,EGFモチーフの増殖因子としての作用を考えれば,神経細胞の再生に関与することが考えられる。さらに該発現部位である海馬,大脳皮質,扁桃体,嗅球において,記憶,学習,空間認識,創造,情動等に関する膨大な研究がなされており(Paxinousら,The Rat Nervous System,Academic press,1994),該スリットはこれら高次な脳機能に密接に関係していると推測される。したがって本発明のポリペプチドは,アルツハイマー病やダウン症候群,脳卒中などの脳変性に起因する疾患や神経細胞の再生のための治療薬,さらに抗痴呆薬,抗不安薬として使用が可能である。」(段落0048),「これらのことから,ヒトスリットはダウン症候群を一例とする先天性および後天性の脳・神経疾患に関連する可能性がある。」(段落0050),「また該ヒトスリットのmRNAは脳以外の成人正常細胞で発現せず,ある種の癌細胞で発現することから,ヒトスリットの塩基配列情報を癌の遺伝子診断に使用することが可能である。」(段落0052),「また実施例3のノーザンブロッティングの結果から脳以外の正常細胞に発現が見られず,リンパ芽腫白血病,直腸上皮癌の癌細胞にヒトスリットが発現することから,該抗体は癌の診断薬として使用できる。」(段落0060),「本発明者らは実施例11に記載の方法で,直腸上皮癌株SW480および正常細胞の培養上清中の該ヒトスリットを該抗ヒトスリット抗体を用いて検出し,癌細胞株のみに検出された。したがって,癌の疑われる患者の血液サンプルやバイオプシーサンプル等から該抗体を用いて該ヒトスリットを検出することにより,癌の診断が可能である。」(段落0061),「その結果,ヒト成人組織のうち脳のみに発現が認められた。しかしながら,心臓,胎盤,肺,肝臓,骨格筋,腎臓,すい臓,脾臓,前立腺,卵巣,胸腺,精巣,小腸,大腸,末梢血リンパ球,胃,甲状腺,脊髄,リンパ節,気管,副腎,骨髄においては発現が認められなかった。またヒト胎児組織では脳に強く,肺,腎臓に弱い発現が認められたが,肝臓においては発現が認められなかった。癌細胞ではリンパ芽球白血病株MOLT-4と結腸直腸上皮癌株SW480に発現が認められたが,前骨髄球白血病株HL-60,HeLa細胞S3株,慢性骨髄腫白血病株K562,バーキットリンパ腫Raji株,肺癌株A549,黒色腫G361には発現が認められなかった。脳組織では,大脳皮質のうち特に前頭葉で強い発現が認められ,視床下部扁桃体,caudate nucleus,海馬,視床下部,subthalamic nucleus,putamenに発現が認められ,corpus callosum,subthalamic nigraに弱い発現が認められ,視床,小脳,延髄,脊髄には発現が認められなかった。発現の認められた臓器では,約8.4kbのメインバンドのほか,約5.9kbの発現の弱いバンドが観察された。」(段落0077)と記載され,実施例11に,結腸腺癌細胞株SW480培養上清中のヒトスリットの検出について記載されているが,実際にヒトスリットの活性を調べ,その機能を明らかにしたことは記載されていない。

(2)判断
上記明細書のヒトスリットの機能に関する記載は,ヒトスリットの活性を確認したことによるものではなく,ショウジョウバエのスリット分子との相同性から予想される可能性を示すにとどまるものである。ヒトとショウジョウバエは,新口動物(後口動物)と旧口動物(前口動物)との違いがあり,何億年も別異に進化してきたものであるから,ヒトとショウジョウバエのタンパク質も,もとは同じタンパク質であったものが,機能が保たれるように進化している場合もあろうが,そうでない場合もあることが当然に予測される。そうであるから,ショウジョウバエのタンパク質で知られた機能が,相同性のあるヒトのタンパク質においても,同じ機能として保存されている可能性があるとはいえるが,推認できるほどのものではない。
また明細書には,リンパ芽球白血病株MOLT-4と結腸腺癌細胞株SW480に,ヒトスリットが発現していることが示されているが,前骨髄球白血病株HL-60,HeLa細胞S3株,慢性骨髄腫白血病株K562,バーキットリンパ腫Raji株,肺癌株A549,黒色腫G361には発現が認められなかったものであるし,また,リンパ芽球白血病及び結腸腺癌として,それぞれ1種類の細胞株でしか発現が確認されていないもので,多くのリンパ芽球白血病や結腸腺癌においても同様に,ヒトスリットの発現が認められるか不明である。したがって,明細書にはリンパ芽球白血病や結腸腺癌における腫瘍マーカーとしての可能性は示されているとしても,腫瘍マーカーとして,使用できる程度に,その有用性が明らかにされているとはいえない。平成20年6月4日付け拒絶査定で指摘しているように,発現プロファイルの解析により癌で発現していることが分かっても,実際に癌の診断に利用できるとは到底いえないのである。

請求人はこの点について,スリットが癌において実際に発現していることを示す文献として,平成19年2月16日付け意見書に参考文献1(Int. J. Cancer: 103, 306-315 (2003))及び参考文献2(Cancer Cell: 4, 19-29 (2003))を添付しているが,参考文献1は,ヒト前立腺癌に関するものであり,リンパ芽球白血病や結腸腺癌に関する文献ではないし,参考文献2はヒトスリットとは異なるタンパク質であるスリット2に関するものである。出願より10年以上経過しているのにもかかわらず,リンパ芽球白血病や結腸腺癌におけるヒトスリットの発現を示す文献やデータを示すことができないということは,かえって,ヒトスリットのリンパ芽球白血病や結腸腺癌の診断への利用について,疑いが深まりこそすれ,参考文献1及び2が,リンパ芽球白血病や結腸腺癌の診断への可能性を示す明細書の記載を裏付けるものでは全くないのである。
また,審査基準における「第VIII部 特定技術分野の審査基準」の「第2章 生物関連発明」の事例7に基づいて判断すれば,拒絶理由は存在しないことを,請求人は主張しているが,該事例7は,疾病Yの患者の肝細胞においてのみ発現されていることが前提のものであって,ヒトスリットのように,多くのリンパ芽球白血病や結腸腺癌において発現が認められるか不明であるものは,前提において異なるものである。

したがって,本願の明細書の記載と本願優先日における技術常識からは,ヒトスリットの有用性が明らかにはなっておらず,本願発明1の実施をすることができる程度に明確かつ十分に,発明の詳細な説明に記載がなされているものと認められない。

2.本願発明8について
上述したように,ヒトスリットは,リンパ芽球白血病や結腸腺癌の腫瘍マーカーとして使用できる程度に,その有用性が明らかにされたとはいえないものであり,抗体を用いてヒトスリットを検出しても,リンパ芽球白血病や結腸腺癌が検出できるか明らかでなく,本願発明8の実施をすることができる程度に明確かつ十分に,発明の詳細な説明に記載がなされているものと認められない。
ましてや,前骨髄球白血病株HL-60,HeLa細胞S3株,慢性骨髄腫白血病株K562,バーキットリンパ腫Raji株,肺癌株A549,黒色腫G361では,ヒトスリットの発現が認められなかったものであるから,リンパ芽球白血病及び結腸腺癌以外の癌については,検出できるか全く明らかでなく,本願発明8の実施をすることができる程度に明確かつ十分に,発明の詳細な説明に記載がなされているものと認められない。

第4 むすび
以上のとおり,本願発明1及び本願発明8について,本願の発明の詳細な説明は,特許法第36条第4項に規定する要件を満たしていない。
したがって,本出願に係る他の請求項について検討するまでもなく,本出願は拒絶すべきものである。

よって,結論のとおり審決する。

第5 付記
原査定の拒絶の理由とはなっていないが,本願優先日前に頒布された刊行物であるScience, 237 (1987) p.1487-1490には,ウニのEGFホモログについて記載され,その塩基配列も記載されている。このタンパク質に興味を持つ当業者であれば,ヒトにおいても同様のタンパク質があるかどうかに興味を抱き,その遺伝子をクローニングしてみようとする程度のことは容易に想到できることである。
そして,該刊行物に記載される配列などによりヒトESTデータベースを検索すれば,Genbank登録番号H14216のデータを容易に知ることができ,これを基にプローブやプライマーを設計して,容易にヒトスリットの遺伝子をクローニングすることができるものであり,しかもヒトスリットの有用性も明らかでないから,格別の効果も認められない。
 
審理終結日 2011-03-09 
結審通知日 2011-03-15 
審決日 2011-03-28 
出願番号 特願平9-205351
審決分類 P 1 8・ 536- Z (C07K)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 福澤 洋光  
特許庁審判長 平田 和男
特許庁審判官 加々美 一恵
内田 俊生
発明の名称 スリット様ポリペプチド  
代理人 特許業務法人特許事務所サイクス  
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