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審決分類 審判 査定不服 5項独立特許用件 特許、登録しない。 F16C
審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 F16C
管理番号 1238169
審判番号 不服2010-19096  
総通号数 139 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2011-07-29 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2010-08-24 
確定日 2011-06-06 
事件の表示 特願2004-226228「動圧軸受装置」拒絶査定不服審判事件〔平成18年 2月16日出願公開、特開2006- 46430〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由
【1】手続の経緯

本願は、平成16年8月3日の出願であって、平成22年5月24日(起案日)付けで拒絶査定がなされ、これに対し、平成22年8月24日に拒絶査定不服審判の請求がなされるとともに、同日付けで手続補正がなされたものである。

【2】平成22年8月24日付けの手続補正についての補正却下の決定

[補正却下の決定の結論]
平成22年8月24日付けの手続補正を却下する。

[理由]
1.補正後の本願発明

平成22年8月24日付けの手続補正(以下、「本件補正」という。)により、特許請求の範囲の請求項1は、
「【請求項1】
底部を一体または別体に有するハウジングと、ハウジングの内周に固定された軸受スリーブと、軸受スリーブおよびハウジングに対して相対回転する回転部材とを備え、軸受隙間に生じる潤滑流体の動圧作用によって回転部材をラジアル方向およびスラスト方向に非接触支持する動圧軸受装置において、
潤滑流体がエステル系潤滑油であり、かつハウジングが、液晶ポリマー(LCP)をベースとする樹脂材料で形成され、
樹脂材料に、炭素繊維もしくは炭素繊維及び無機繊維と、カーボンブラックとが充填材として配合されており、かつ、
樹脂材料が、50wt%以上の液晶ポリマー(LCP)と、15wt%以上40wt%以下の炭素繊維もしくは炭素繊維及び無機繊維、および、2wt%以上10wt%以下のカーボンブラックとを含むことを特徴とする動圧軸受装置。」
と補正された。(なお、下線は補正箇所を示す。)

上記補正は、請求項1に記載した発明を特定するために必要な事項である補正前の「無機繊維または炭素繊維のうち少なくとも一方の繊維」を、炭素繊維を必須とする「炭素繊維もしくは炭素繊維及び無機繊維」に限定的に減縮するとともに、同じく「粉末状の導電化剤」を、下位概念の「カーボンブラック」に限定的に減縮するものであって、平成18年法律第55号改正附則第3条第1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法第17条の2第4項第2号に規定された特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。
そこで、本件補正後の上記請求項1に記載された発明(以下、「本願補正発明」という。)が、特許出願の際独立して特許を受けることができるものであるか(平成18年法律第55号改正附則第3条第1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法第17条の2第5項において準用する同法第126条第5項の規定に適合するか)について以下に検討する。

2.引用刊行物とその記載事項

原査定の拒絶の理由に引用された本願出願前に日本国内において頒布された刊行物は、次のとおりである。

刊行物1:特開2003-314534号公報
刊行物2:特開2002-298407号公報
刊行物3:特開平5-112723号公報

(1)刊行物1(特開2003-314534号公報)の記載事項

刊行物1には、「軸受けユニット、軸受けユニットを有するモータおよび電子機器」に関し、図面(特に、図4,5)とともに次の事項が記載されている。

(ア) 「【0038】図4と図5に示すように、軸受けユニット110は、軸60、軸受け114、樹脂製のハウジング116、およびスラスト受け124を有している。まず軸60の形状について説明すると、軸60は、取付部61、支持部分130、ステップ部134を有している。この軸60は、軸方向に断面でみてもしくは外観でみてT字型を有している。取付部61と支持部分130は、断面円形状でありたとえばほぼ同じ外形寸法を有している。取付部61と支持部分130の間には、テーパー部63が形成されている。このテーパー部63は、支持部分130から取付部61側、すなわち外側に向けて径が小さくなっていくテーパー部分である。支持部分130の端部にはステップ部134が一体的に形成されている。このステップ部134は断面円形状を有している円板状の部分であり、ステップ部134の外径寸法は支持部分130の外径寸法よりも大きく設定されている。ステップ部134は軸60がG方向に抜けないようにするための抜け防止部の役割を果たす。
【0039】軸受け114は、円筒状のラジアル軸受けである。この軸受け114は、軸60の支持部130をラジアル方向について回転可能に支持する。軸受け114の内側の端面119には、第1の動圧発生溝191が形成されている。第1の動圧発生溝191と端面119は、ステップ部134の一方の面123に対面している。ハウジング116の内底面にはスラスト受け124が収容して固定されている。このスラスト受け124は、スラスト軸受けであり、軸60のステップ部134を回転可能にスラスト方向について支持する。スラスト受け124の他方の面125には、第2の動圧発生溝127が形成されている。この第2の動圧発生溝127と他方の面125は、ステップ部134の他方の面131と対面している。第1の動圧発生溝191と第2の動圧発生溝127は、たとえばヘリングボーン溝を採用することができる。第1の動圧発生溝191は、軸60が回転すると、端面119とステップ部134の一方の面123の間で潤滑油による動圧を発生する。第2の動圧発生溝127は、軸60を回転することによりスラスト受け124の他方の面125とステップ部134の他方の面131の間で潤滑油による動圧を発生する。軸受け114の内周面115には、一対の第3の動圧発生溝117が形成されている。第3の動圧発生溝117としては、ヘリングボーン溝を採用することができる。第3の動圧発生溝117と内周面115は、支持部分130の外周面と対面しており、わずかな隙間が形成されている。第3の動圧発生溝117は、軸60が回転することにより、支持部分130の外周面と軸受け114の内周面115の間で潤滑油による動圧を発生することができる。
【0040】図4と図5に示すハウジング116は、樹脂により作られている。ハウジング116のすべてを樹脂により作っており、このハウジング116には、唯一孔139が設けられている。この孔139は、軸60の支持部分130とテーパー部63との間で隙間を形成している。潤滑油は、軸受け114と軸60の支持部分130とステップ部134およびスラスト受け124の間の隙間に充填されている。
【0041】ハウジング116がすべて樹脂により作られているので、内部に充填されている潤滑油に対して接触角を大きくすることができ、従来のようにシール部材に界面活性剤を塗布しなくても、潤滑油が隙間から外部に漏れたり飛散するのを防ぐことができ、従来と異なりシール部材を別途設ける必要がないので締結部をなくして部品点数を減らし安価にすることができる。このようなハウジング116は、軸受け114、軸60、スラスト受け124を収容した状態で、たとえばアウトサート成形により覆うようにして成形することができる。このハウジング116はたとえば籠形状になっており、ハウジング116をこのようにアウトサート成形することにより組立工程が不要で安価であり、従来のように部品の締結部がなくシームレス構造であるので、ハウジングから潤滑油が外部に漏洩したり飛散することがない信頼性に優れたものになる。」

(イ) 「【0042】上述したように図4と図5に示す構造の軸受けユニット110は、次のような特徴を有している。上述したようにハウジング116は樹脂により作られているが、この樹脂は、導電性樹脂である。導電性樹脂としては、ポリカーボネート、ポリエステル、ナイロン、ポリイミド、液晶ポリマーなどに、カボーン、金属粉体を混入させたものがある。最近では、樹脂中にカーボンナノチューブを混入した精密成形に適したものもある。
【0043】上述した潤滑油は、導電材を混合した構成のものである。この導電性を有する潤滑油は、例えばエステル系、ジエステル系、パオ系、フッ素系などの機械油の中に導電性を有する炭素化合物などの導電材を混入させたものがある。」

上記記載事項(ア)、(イ)及び図面(特に、図4,5)の記載を総合すると、刊行物1には、
「軸受けユニット110は、軸60、軸受け114、樹脂製のハウジング116、およびスラスト受け124を有し、第1の動圧発生溝191は、軸60が回転すると、端面119とステップ部134の一方の面123の間で潤滑油による動圧を発生し、第2の動圧発生溝127は、軸60を回転することによりスラスト受け124の他方の面125とステップ部134の他方の面131の間で潤滑油による動圧を発生し、第3の動圧発生溝117は、軸60が回転することにより、支持部分130の外周面と軸受け114の内周面115の間で潤滑油による動圧を発生する軸受けユニット110において、
ハウジング116は樹脂により作られており、この樹脂は、導電性樹脂であり、導電性樹脂としては、液晶ポリマーに、カボーン、金属粉体を混入させたものであり、潤滑油は、導電材を混合した構成のものであり、この導電性を有する潤滑油は、エステル系の機械油の中に導電性を有する炭素化合物などの導電材を混入させたものである軸受けユニット110。」
の発明(以下「引用発明」という。)が記載されているものと認められる。

(2)刊行物2(特開2002-298407号公報)の記載事項

刊行物2には、「光学式ピックアップ」に関し、図面(特に、図1)とともに次の事項が記載されている。

(ウ) 「【0013】
【発明の実施の形態】本発明の光学式ピックアップを図1?図3により説明する。図1?図3は光学式ピックアップの部分断面図である。光学式ピックアップは、支持軸2と、この支持軸2に回動自在に嵌合する軸受部5およびレンズ支持部を有するレンズホルダ6とから少なくとも構成されている。ここで、軸受部5はレンズホルダ6の軸受孔5a表面を含む領域であり、レンズ支持部はレンズホルダから軸受部を除いた部分を指す。軸受部5および支持軸2の一方がジルコニアを含むセラミックスで形成され、レンズ支持部が液晶樹脂または液晶樹脂組成物にて形成される。……」

(エ) 「【0036】本発明に使用できる液晶樹脂組成物は、上記液晶樹脂に繊維状充填材、薄片状充填材、またはこれらの混合充填材を配合し、摺動特性を向上させるために、更にフッ素樹脂を配合できる。
【0037】本発明に使用できる繊維状充填材は、無機質繊維および有機質繊維いずれであっても使用できる。例えば、ガラス繊維、グラファイト繊維、炭素繊維、タングステン心線もしくは炭素繊維などにボロンもしくは炭化ケイ素などを蒸着したいわゆるボロン繊維もしくは炭化ケイ素繊維、芳香族ポリアミド繊維等、また各種のウィスカ類が例示できる。また、これらの繊維表面をエポキシ系やアミノ系のシランカップリング剤で処理した繊維であってもよい。繊維状充填材の中で、特に炭素繊維、ガラス繊維およびウィスカから選ばれた少なくとも一つの繊維状充填材であることが成形体の曲げ弾性率を 10GPa 以上とできるので好ましい。」

(オ) 「【0047】繊維状充填材の配合割合は、レンズホルダを構成する樹脂組成物全体量の 5?60 重量%、好ましくは 20?40 重量%である。 5重量%未満では、機械的強度が得られず、 60 重量%をこえると成形時の樹脂溶融粘度が高くなりすぎるので成形不良となり、また機械的強度もこれ以上向上しなくなる。」

(カ) 液晶樹脂組成物の配合割合に関し、段落【0061】の表1に、実施例1は、LCP(液晶樹脂)60(重量%)、CF(炭素繊維)30(重量%)、TALC(薄片状充填材1)10(重量%)であること、また、実施例6は、LCP(液晶樹脂)70(重量%)、CF(炭素繊維)30(重量%)であることが記載されている。

(3)刊行物3(特開平5-112723号公報)の記載事項

刊行物3には、「導電性摺動部材組成物」に関し、次の事項が記載されている。

(キ) 「【特許請求の範囲】
【請求項1】 マトリックスとして合成樹脂40?70vol %,補強繊維として芳香族ポリアミド繊維3?30vol %,固体潤滑剤として4フッ化エチレン樹脂(以下PTFEという)5?30vol %,炭酸塩0.1?30vol %,及び導電性付与剤としてカ-ボンブラック3?10vol %とすることにより構成される導電性摺動部材組成物。」

(ク) 「【0009】静電気除去に必要とされる電気抵抗性(10^(6) Ω以下)を得るにはカ-ボンブラックの添加量は少なくとも3vol %以上必要であるが,多過ぎると流動性並びに成形品物性に対して悪影響を及ぼすようになる。」

3.発明の対比

本願補正発明と引用発明とを対比すると、引用発明の「軸受けユニット110」は、第1の動圧発生溝191、第2の動圧発生溝127及び第3の動圧発生溝117がそれぞれ動圧を発生するものであるので、本願補正発明の「動圧軸受装置」に相当する。
また、引用発明の「軸60」は、段落【0039】の「この軸受け114は、軸60の支持部130をラジアル方向について回転可能に支持する。」との記載からみて、本願補正発明の「軸受スリーブおよびハウジングに対して相対回転する回転部材」に相当する。
更に、引用発明の「軸受け114」は、段落【0041】の「このようなハウジング116は、軸受け114、軸60、スラスト受け124を収容した状態で、たとえばアウトサート成形により覆うようにして成形することができる。」との記載及び図5の記載からみて、本願補正発明の「ハウジングの内周に固定された軸受スリーブ」に相当する。
更に、引用発明の「樹脂製のハウジング116」は、段落【0040】の「ハウジング116のすべてを樹脂により作っており、このハウジング116には、唯一孔139が設けられている。」との記載、段落【0041】の「このハウジング116はたとえば籠形状になっており、ハウジング116をこのようにアウトサート成形することにより組立工程が不要で安価であり、従来のように部品の締結部がなくシームレス構造であるので、ハウジングから潤滑油が外部に漏洩したり飛散することがない信頼性に優れたものになる。」との記載及び図5の記載からみて、本願補正発明の「底部を一体に有するハウジング」に相当する。
更に、引用発明の「第1の動圧発生溝191は、軸60が回転すると、端面119とステップ部134の一方の面123の間で潤滑油による動圧を発生し、第2の動圧発生溝127は、軸60を回転することによりスラスト受け124の他方の面125とステップ部134の他方の面131の間で潤滑油による動圧を発生し、第3の動圧発生溝117は、軸60が回転することにより、支持部分130の外周面と軸受け114の内周面115の間で潤滑油による動圧を発生する」ことは、実質的に、本願補正発明の「軸受隙間に生じる潤滑流体の動圧作用によって回転部材をラジアル方向およびスラスト方向に非接触支持する」に相当する。
更に、引用発明の「ハウジング116は樹脂により作られており、この樹脂は、導電性樹脂であり、導電性樹脂としては、液晶ポリマーに、カボーン、金属粉体を混入させたものであ」ることは、本願補正発明の「ハウジングが、液晶ポリマー(LCP)をベースとする樹脂材料で形成され」ることに相当する。
更に、引用発明の「潤滑油は、導電材を混合した構成のものであり、この導電性を有する潤滑油は、エステル系の機械油の中に導電性を有する炭素化合物などの導電材を混入させたものである」ことは、本願補正発明の「潤滑流体がエステル系潤滑油であ」ることに相当する。

よって、本願補正発明と引用発明とは、
[一致点]
「底部を一体に有するハウジングと、ハウジングの内周に固定された軸受スリーブと、軸受スリーブおよびハウジングに対して相対回転する回転部材とを備え、軸受隙間に生じる潤滑流体の動圧作用によって回転部材をラジアル方向およびスラスト方向に非接触支持する動圧軸受装置において、
潤滑流体がエステル系潤滑油であり、かつハウジングが、液晶ポリマー(LCP)をベースとする樹脂材料で形成されている動圧軸受装置。」
である点で一致し、次の点で相違する。

[相違点]
本願補正発明は、「樹脂材料に、炭素繊維もしくは炭素繊維及び無機繊維と、カーボンブラックとが充填材として配合されており、かつ、樹脂材料が、50wt%以上の液晶ポリマー(LCP)と、15wt%以上40wt%以下の炭素繊維もしくは炭素繊維及び無機繊維、および、2wt%以上10wt%以下のカーボンブラックとを含む」のに対して、引用発明は、ハウジング116の樹脂に、上記「炭素繊維もしくは炭素繊維及び無機繊維」が充填材として配合されておらず、また、導電化剤として、「カーボン、金属粉体」を混入させたものであり、更に、樹脂材料に配合される各材料の配合割合を本願補正発明のようにしたものではない点。

4.当審の判断

(1)相違点について

刊行物2の段落【0013】には、「レンズ支持部が液晶樹脂または液晶樹脂組成物にて形成される。」との記載があり、また、段落【0036】には、液晶樹脂に繊維状充填材を配合できる旨が記載されており、段落【0037】には、繊維状充填材として、炭素繊維が例示されている。更に、段落【0047】の「 5重量%未満では、機械的強度が得られず、 60 重量%をこえると成形時の樹脂溶融粘度が高くなりすぎるので成形不良となり、また機械的強度もこれ以上向上しなくなる。」との記載からみて、繊維状充填材は、機械的強度の向上ために配合されるものと認められる。
ところで、動圧軸受装置の軸受部材を樹脂で構成する場合に、炭素繊維を充填して強度の向上を図ることは、本願出願前に周知の技術である(例えば、特開平10-9252号公報の段落【0018】、特開平9-105409号公報の段落【0019】、【0020】を参照)。
そうすると、引用発明のハウジング116を作る樹脂の液晶ポリマーに対して、液晶樹脂(「液晶ポリマー」に相当する。)に繊維状充填材としての炭素繊維を配合して機械的強度の向上を図った刊行物2に記載の発明を適用する動機付けはあるといえるし、そのように適用することは、当業者であれば必要に応じてなし得る設計的事項である。
更に、繊維状充填材の配合割合に関して、刊行物2の段落【0047】に、「繊維状充填材の配合割合は、レンズホルダを構成する樹脂組成物全体量の 5?60 重量%、好ましくは 20?40 重量%である。 5重量%未満では、機械的強度が得られず、 60 重量%をこえると成形時の樹脂溶融粘度が高くなりすぎるので成形不良となり、また機械的強度もこれ以上向上しなくなる。」との記載があり、当該記載の「好ましくは 20?40 重量%」と上記相違点に係る本願補正発明の「15wt%以上40wt%以下」とは、ほぼ重複する数値範囲であるし、また、段落【0061】の表1の実施例1及び実施例6のCF(炭素繊維)の配合割合は、いずれも上記相違点に係る本願補正発明の数値の範囲内の30(重量%)であることから、本願補正発明の「15wt%以上40wt%以下」は特異な数値範囲ではなく、ごく一般的な数値範囲であるものと解される。しかも、上記相違点に係る本願補正発明の「15wt%以上40wt%以下」の上下限値に臨界的意義は認められない。

また、刊行物3の記載事項(キ)及び(ク)には、導電性付与剤としてカーボンブラックを添加する旨が記載されており、樹脂に導電性を付与する材料は当業者であれば必要に応じて適宜選択し得るものであるから、引用発明の導電化剤としての「カーボン、金属粉体」に代えて、上記刊行物3記載のカーボンブラックを適用することは、当業者であれば容易になし得ることである。
更に、刊行物3には、カーボンブラックの添加割合に関して、「3?10vol %」とvol %(体積%)で数値限定しているが、刊行物3の記載事項(ク)の「静電気除去に必要とされる電気抵抗性(10^(6 )Ω以下)を得るにはカ-ボンブラックの添加量は少なくとも3vol %以上必要であるが,多過ぎると流動性並びに成形品物性に対して悪影響を及ぼすようになる。」との記載からみて、カーボンブラックの添加割合をwt%(重量%)で数値限定する場合に、上記相違点に係る本願補正発明の「2wt%以上10wt%以下」となるようにすることは、当業者であれば、導電性と流動性並びに成形品物性とを考慮して、容易になし得る設計的事項である。しかも、上記相違点に係る本願補正発明の「15wt%以上40wt%以下」の上下限値に臨界的意義は認められない。

よって、引用発明のハウジング116を作る樹脂の液晶ポリマーに対して、液晶樹脂(「液晶ポリマー」に相当する。)に繊維状充填材としての炭素繊維を配合して機械的強度の向上を図った刊行物2に記載の発明を適用するとともに、上記刊行物3に記載されたカーボンブラックを適用して、上記相違点に係る本願補正発明の充填材とし、また、各材料の数値範囲を上記相違点に係る本願補正発明の数値範囲とすることは、当業者が容易に想到し得たことである。

(2)作用効果について

本願補正発明が奏する作用効果は、いずれも刊行物1ないし3に記載された発明及び上記周知の技術から当業者が予測できる程度のものである。

(3)まとめ

したがって、本願補正発明は、刊行物1ないし3に記載された発明及び上記周知の技術に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるので、特許法第29条第2項の規定により特許出願の際独立して特許を受けることができないものである。

(4)審判請求人の主張について

審判請求人は、平成22年8月24日付けで提出した審判請求書の請求の理由において、「本願発明によれば、高い耐油性と低アウトガス性を満足し、かつ、成形性、寸法安定性、静電除去性にも優れたハウジングを、ハウジングの樹脂化およびリサイクル性の改善により低コストに提供することができる(段落0020)。また、この際、ベース樹脂と各充填材の配合比を上述した所定の割合に設定することにより、上記ベース樹脂又は各充填材のうち何れか一つの配合物が、残りの配合物による上記要求特性に対する有効な効果を相殺する事態を可及的に防いで、これにより上記全ての要求特性を実用レベルで満足させることのできるハウジングを具備した動圧軸受装置を提供することが可能となる。」と主張している。
しかしながら、「高い耐油性と低アウトガス性を満足」することは、刊行物1記載の「液晶ポリマー」から予測される効果である。また、「成形性に優れた」ことは、刊行物2記載の繊維状充填材の配合割合の上限値を設定すること、及び、刊行物3記載のカーボンブラックの添加量の上限値を設定することから予測される効果である。更に、「寸法安定性に優れた」ことは、刊行物2記載の「炭素繊維」から予測される効果である。更に、「静電除去性に優れた」ことは、刊行物3記載の「カーボンブラック」から予測される効果である。更に、それ以外の作用効果も、いずれも刊行物1ないし3に記載された発明並びに上記周知の技術から当業者が予測できる程度のものである。
また、「ベース樹脂と各充填材の配合比を所定の割合に設定する」は、上記「(1)相違点について」で説示したとおり、当業者が容易に想到し得たことである。
よって、審判請求人の主張は採用できない。

5.むすび

以上のとおり、本件補正は、平成18年法律第55号改正附則第3条第1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法第17条の2第5項において準用する同法第126条第5項の規定に違反するので、同法第159条第1項において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下すべきものである。

【3】本願発明について

1.本願発明

平成22年8月24日付けの手続補正は上記のとおり却下されたので、本願の請求項1ないし5に係る発明は、平成22年4月27日付けの手続補正書によって補正された特許請求の範囲の請求項1ないし5に記載された事項により特定されるとおりのものと認められるところ、本願の請求項1に係る発明(以下、「本願発明」という。)は、次のとおりのものである。
「【請求項1】
底部を一体または別体に有するハウジングと、ハウジングの内周に固定された軸受スリーブと、軸受スリーブおよびハウジングに対して相対回転する回転部材とを備え、軸受隙間に生じる潤滑流体の動圧作用によって回転部材をラジアル方向およびスラスト方向に非接触支持する動圧軸受装置において、
潤滑流体がエステル系潤滑油であり、かつハウジングが、液晶ポリマー(LCP)をベースとする樹脂材料で形成され、
樹脂材料に、無機繊維または炭素繊維のうち少なくとも一方の繊維と粉末状の導電化剤とが充填材として配合されており、かつ、
樹脂材料が、50wt%以上の液晶ポリマー(LCP)と、15wt%以上40wt%以下の前記少なくとも一方の繊維、および、2wt%以上10wt%以下の粉末状の導電化剤とを含むことを特徴とする動圧軸受装置。」

2.引用刊行物とその記載事項

原査定の拒絶の理由に引用された刊行物1ないし3とその記載事項は、上記【2】2.に記載したとおりである。

3.対比・判断

本願発明は、上記【2】で検討した本願補正発明から、炭素繊維を必須とする「炭素繊維もしくは炭素繊維及び無機繊維」を「無機繊維または炭素繊維のうち少なくとも一方の繊維」にするとともに、「カーボンブラック」を上位概念の「粉末状の導電化剤」にしたものである。
そうすると、本願発明の発明特定事項をすべて含み、審判請求時の手続補正によってさらに構成を限定的に減縮した本願補正発明が、上記【2】3.及び【2】4.に記載したとおり、刊行物1ないし3に記載された発明及び上記周知の技術に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本願発明も、同様の理由により、刊行物1ないし3に記載された発明及び上記周知の技術に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものである。

4.むすび

以上のとおり、本願発明(請求項1に係る発明)は、刊行物1ないし3に記載された発明及び上記周知の技術に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないから、請求項2ないし5に係る発明について検討するまでもなく、本願は拒絶すべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2011-04-05 
結審通知日 2011-04-06 
審決日 2011-04-19 
出願番号 特願2004-226228(P2004-226228)
審決分類 P 1 8・ 121- Z (F16C)
P 1 8・ 575- Z (F16C)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 関口 勇  
特許庁審判長 川上 溢喜
特許庁審判官 倉田 和博
常盤 務
発明の名称 動圧軸受装置  
代理人 熊野 剛  
代理人 熊野 剛  
代理人 城村 邦彦  
代理人 城村 邦彦  

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