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審決分類 審判 査定不服 5項独立特許用件 特許、登録しない。 B41J
審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 B41J
管理番号 1239380
審判番号 不服2009-21211  
総通号数 140 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2011-08-26 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2009-11-02 
確定日 2011-06-29 
事件の表示 特願2000-595842「小滴堆積装置」拒絶査定不服審判事件〔平成12年 8月 3日国際公開、WO00/44565、平成14年10月22日国内公表、特表2002-535181〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
本願は、2000年1月24日(パリ条約による優先権主張外国庁受理1999年2月1日、英国)を国際出願日とする出願であって、平成13年7月18日に翻訳文が提出され、平成21年3月17日に手続補正がなされ、同年6月24日付けで拒絶査定がなされ、これに対して、同年11月2日に拒絶査定不服審判が請求されると同時に手続補正がなされたものである。

第2 平成21年11月2日付け手続補正についての補正却下の決定

〔補正却下の決定の結論〕
平成21年11月2日付け手続補正を却下する。

〔理由〕
1 本件補正の内容
(1)平成21年11月2日付け手続補正(以下「本件補正」という。)は、特許請求の範囲についてするものであって、本件補正前に、
「 【請求項1】 液滴射出ノズルと、
該ノズルと連結し、液滴射出用液を供給する圧力チャンバと、
前記ノズルから液滴を射出するために、電気信号を印加すると変形可能であるアクセプター注入圧電材料からなるチャンバ壁とからなる小滴堆積装置において、
前記アクセプター注入圧電材料のtanδが、印加される前記電気信号の電圧において0.05以下であることを特徴とする小滴堆積装置。
【請求項2】 前記材料のメリット指数が15?30であり、好ましくは約25のメリット指数をもつことを特徴とする請求項1記載の小滴堆積装置。
ここで、前記メリット指数は、d_(15)/(S_(55)・ε_(O))^(1/2)で定義され、d_(15)は、剪断歪/電界圧電定数、S_(55)は、電気剪断コンプライアンス、ε_(O)は、自由空間の誘電率である。
【請求項3】 前記ノズルが、チャンバの両端の間のさらに別のチャンバ壁に設けられていることを特徴とする請求項1又は2に記載の小滴堆積装置。
【請求項4】 前記圧電材料は、電気信号を印加されることにより剪断モードで変形して前記チャンバ内に音響圧力波を発生し、それによって前記液滴を射出することを特徴とする請求項1?3のいずれか1項に記載の小滴堆積装置。
【請求項5】 前記壁内に形成された圧電材料が並んで伸びる2つの部分を有し、前記電気信号を印加されると、該2つの部分の断面が山形に変形するような極性を有することを特徴とする請求項4に記載の小滴堆積装置。
【請求項6】 前記圧電材料がPZTであることを特徴とする請求項1?5のいずれか1項に記載の小滴堆積装置。」とあったものを、

「 【請求項1】 複数の平行に配置した圧力チャンバと、それぞれの前記圧力チャンバの複数のチャンバ壁とを含み、
各圧力チャンバは、二つの対向するチャンバ壁と、前記圧力チャンバにより液滴射出用液が供給される液滴射出ノズルとを有し、
前記チャンバ壁が、前記ノズルから液滴を射出するために、電気信号を印加すると変形可能であるアクセプター注入圧電材料を含み、
前記アクセプター注入圧電材料のtanδが、印加される前記電気信号の電圧において0.05以下であり、
前記材料のメリット指数が15?30であることを特徴とする小滴堆積装置。
ここで、前記メリット指数は、d_(15)/(S_(55)・ε_(O))^(1/2)で定義され、d_(15)は、剪断歪/電界圧電定数、S_(55)は、電気剪断コンプライアンス、ε_(O)は、自由空間の誘電率である。
【請求項2】 前記ノズルが、チャンバの両端の間のさらに別のチャンバ壁に設けられていることを特徴とする請求項1に記載の小滴堆積装置。
【請求項3】 前記圧電材料は、電気信号を印加されることにより剪断モードで変形して前記チャンバ内に音響圧力波を発生し、それによって前記液滴を射出することを特徴とする請求項1又は2に記載の小滴堆積装置。
【請求項4】 前記壁内に形成された圧電材料が並んで伸びる2つの部分を有し、前記電気信号を印加されると、該2つの部分の断面が山形に変形するような極性を有することを特徴とする請求項3に記載の小滴堆積装置。
【請求項5】 前記圧電材料がPZTであることを特徴とする請求項1?4のいずれか1項に記載の小滴堆積装置。」と補正するものである(下線は審決で付した。以下同じ。)。

(2)上記(1)の本件補正後の請求項1に係る補正は、次のア及びイからなる。
ア 本件補正前の請求項1に記載した発明を特定するために必要な事項である「アクセプター注入圧電材料」(すなわち「前記材料」)について、剪断歪/電界圧電定数をd_(15)、電気剪断コンプライアンスをS_(55)は、自由空間の誘電率をε_(O)とし、d_(15)/(S_(55)・ε_(O))^(1/2)で定義される指数をメリット指数とすると、そのメリット指数が「15?30である」と限定する。
イ 本件補正前の請求項1に記載した発明を特定するために必要な事項である「液滴射出ノズルと、該ノズルと連結し、液滴射出用液を供給する圧力チャンバと、前記ノズルから液滴を射出するために、電気信号を印加すると変形可能であるアクセプター注入圧電材料からなるチャンバ壁とからなる小滴堆積装置」を「『複数の平行に配置した圧力チャンバと、それぞれの前記圧力チャンバの複数のチャンバ壁とを含み、各圧力チャンバは、二つの対向するチャンバ壁と、前記圧力チャンバにより液滴射出用液が供給される液滴射出ノズルとを有し、前記チャンバ壁が、前記ノズルから液滴を射出するために、電気信号を印加すると変形可能であるアクセプター注入圧電材料を含』む『小滴堆積装置』」として、圧力チャンバが「複数」であり「平行に配置」してあること、それぞれの圧力チャンバは複数のチャンバ壁を含むこと、及び各圧力チャンバは二つの対向するチャンバ壁を有することを限定する。

2 本件補正の目的
上記1(2)の本件補正後の請求項1に係る本件補正は、本件補正前の請求項1に記載した発明を特定するために必要な事項を限定するものであるから、平成14年法律第24号改正附則第2条第1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法第17条の2第4項第2号の「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものである。
そこで、本件補正後の請求項1に係る発明(以下「本願補正発明」という。)が、特許出願の際独立して特許を受けることができるものであるか(平成18年法律第55号改正附則第3条第1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法第17条の2第5項において準用する同法第126条第5項の規定に適合するか)について以下に検討する。

3 本願の発明の詳細な説明
本願の発明の詳細な説明の記載は次のとおりである。
「 【0001】
【発明の属する技術分野】
本発明は小滴堆積装置に関するものである。
詳しくは、本発明はチャンバから液(例えばインク)の小滴を射出させるため、電気信号によって音響圧力波が生ずるプリンターその他の小滴堆積装置に関するものである。この装置は単一の上記チャンバを持ち得るが、より典型的にはそれぞれがノズルを有する上記チャンバのアレイを有するプリントヘッドを持ち、該プリントヘッドはデータを運ぶ電気信号を受け該信号はオンデマンドでチャンバから小滴を射出するのに必要な電力を与える。各チャンバは圧電素子によって区切られ、圧電素子は電気信号によって偏位することにより、音響圧力波を生じて小滴を射出する。これらのさらに代表的な構造は、EP第0277703号明細書、US第4887100号明細書およびWO91/17051号パンフレットに開示されている。
【0002】
【従来の技術とその課題】
小滴射出に要する電気信号の電圧が最小化されるのが上記装置における慣例であり、より低い電圧によって駆動回路が簡単になり、コストが低減する。さらに、プリントヘッドと駆動回路の双方でV^(2)に比例する発生熱も最小化される。過剰な発熱は、インクの流体特性に影響して、特に異なるチャンバ間で顕著な温度変化がある場合、印刷を不正確にするので、避けるべきである。そのような温度変化は、1つのチャンバが他のチャンバよりも頻繁に作動するとき、たとえば前者が印刷像の濃い部分を印刷し、後者がより薄い部分を印刷するとき生じる。このため軟らかな(ドナー注入)ジルコン酸チタン酸鉛(lead zirconate titanate:PZT)がしばしば好ましい圧電材料である。軟らかなPZTは、高い圧電活性を有する。すなわち、ある与えられた電圧が比較的大きな材料の物理変形を生じ、それは特にチャンバからの小滴を射出するのに有効である。
【0003】
さらに駆動電圧を下げることは、出願人のEP-A277703号に「エンド・シューター」プリントヘッドに関し記載したように、「山形」形状に圧電材料を配列することによって得られる。あるいは、出願人のWO91/17051に記載したように「サイド・シューター」状にプリントヘッドを配列してもよい。これらの配列はいずれも、モノリシックな圧電素子を採用する「エンド・シューター」に関する小滴射出機能に対し、駆動電圧を半減する。したがって、この両方を採用すると、駆動電圧を1/4に減らせる。「エンド・シューター」とは、ノズルが長いチャンバの端にあり、圧電材料がチャンバの両側に沿って置かれている配置をいう。サイド・シューターでは、ノズルは代わりに、圧電材料によって区切られていないチャンバの長手側の一つに置かれている。「山形」配置では、チャンバの長手に伸びる対向極部をもつ圧電材料によってチャンバが区切られているので、電気信号の印加により山形配置への同一方向の材料の双方の部分が断面から見て変形する。
【0004】
上記手段は低駆動電圧および低熱効果を与えると考えられるが、重大な難点がある。すなわち、モノリシックなエンド・シューターに比べると、それらはいずれも駆動回路からみてチャンバ壁の静電容量を約2倍にする。その結果、山形サイド・シューターはモノリシックなエンド・シューターに比べて4倍の静電容量をもつ。高い静電容量には2つの難点がある。まず、既述したように熱影響が増し、次に素子の時定数(RC)を増す。駆動電気信号の波形は方形波に近ければ近いほど好ましいので、音響圧力波の鋭度(シャープネス)が最大化される。時定数が大きいとステップ変化に応じる回路の立ち上がり時間が長くなり、高周波で効果的な方形波を生じることができにくくなる。したがって駆動信号の周波数は制限され、プリンタの作動スピードが落ちる。このことは可変密度(「グレイスケール」)プリンタにおいて特に重要で、各小滴が高周波で生じる制御可能な数がより小さいな準小滴を形成する。
【0005】
【課題を解決するための手段】
本発明の好ましい実施態様はこの問題を対象にしている。
本発明は、液小滴射出ノズル、該ノズルがそれとつながってそこから小滴射出のための液を供給される圧力チャンバからなり、該チャンバの壁がノズルから小滴を射出するための電気信号を印加されると変形可能なアクセプタ注入圧電材料からなる小滴堆積装置を提供する。
【0006】
好ましくは、該材料は印加電圧において0.05以下のヒステリシス損失(tanδ)をもつ。
ヒステリシス損失tanδは次式で示される:
tan δ = ε"/ε'
ε"は誘電率(ε)の虚部、ε'は実部である。
好ましくは、該材料は以下に定表するメリット指数(figure of merit)が15?30の間、特に約25が好ましい。
「メリット指数」:d_(15)/(S_(55)・ε_(O))^(1/2)
ここで d_(15): 剪断歪/電界圧電定数
S_(55): 電気剪断コンプライアンス
ε_(O) : 自由空間の誘電率
【0007】
一連のPZTの実験の結果、一般に高いメリット指数は高い誘電損失正接(tan δ)および高い相対誘電率に関係することがわかった。
既述したように、本発明は特に、剪断モードで圧電材料が変形する「サイド・シューター」および「山形」配置の一方、あるいは好ましくは双方をもつ装置に対して適切である。
本発明で用いる好ましい圧電材料はモーガン・マトロック社製のPC4Dのようなアクセプタ注入PZTである。
【0008】
以下、例示の便宜上、図面を用いて本発明を説明する。
図1において、滴下オンデマンドインクジェットプリンタが多数の並列インクチャンバ、すなわちチャンネル2を有して構成されたプリントヘッド10を有し、チャンネルのうちの9つのみが図示され、長手軸が平面内にある。チャンネル2はプリントヘッドの全頂面を覆って伸びているカバー(図示せず)によって囲まれている。
チャンネル2はインク4を含み、ノズル6が形成されているノズルプレート5内の対応する端に終わっているエンド・シューター配置を有する。インク小滴7がオンデマンドでチャンネル2から射出され、それとプリントヘッド10の間にある印刷面9の印刷ライン8上に堆積する。そこにはチャンネル軸の面に直交する相対運動がある。
【0009】
プリントヘッド10は平面状のベース部20を有し、ベース部内にチャンネル2がやわらかなPZT圧電材料をカットなどして形成され、ノズルプレート5から後方に並列に伸びる。チャンネル2は長方形断面をもつ長くて狭い形状で、長手に伸びる対向する側壁11を有する。側壁11はチャンネル長手に伸びる電極(図示せず)を設けられているので、側壁は実質的に全長さにわたってチャンネル軸に対し横方向に剪断モードで偏位でき、チャンネル内のインクの圧力変化を生じてノズルから小滴を射出させる。チャンネル2はノズルから離れた端で、横方向チャンネル(図示せず)とつながり、横方向チャンネルはパイプ14によってインク容器(図示せず)とつながっている。側壁11を動かすための電気接続(図示せず)がベース部20上のLSIチップ16になされている。
図1のように側壁はモノリシックで、ベース部20から片持ち梁で支持され、単片の圧電材料からカットされている。
【0010】
図2は図1のプリントヘッドの変形を示し、側壁11は電界の印加によって山形に偏位するように対向極部を有する。図2で、底壁25と頂壁27の間に挟まれた剪断モード・アクチュエータ15、17、19、21および23の形状でアレイが側壁11と一体化し、矢印33・35のようにそれぞれ上部壁29と下部壁31がチャンネル軸を含む面に直交して対向している。電極37、39、41、43および45はそれぞれ各チャンネル2の内壁を覆う。こうして、電圧が特定のチャンネルの電極、たとえばアクチュエータ19と21の間のチャンネル2の電極41に印加されるとき、電極39と43はグラウンド電位に保たれ、電界がアクチュエータ19と21に印加される。上部壁29および下部壁31の対向極によって、チャンネル2内に剪断モードで偏位して、破線47・49のように山形を形成する。こうして、アクチュエータ19と21の間のチャンネル2内に衝撃がインク4に対して印加され、チャンネルの長手に沿って動く音響圧力波を生じる。
【0011】
図3はサイド・シューター・プリントヘッドを貫く長手断面を示す。ノズル6がチャンネルの頂壁を形成するがカバー27内に設けられ、その側部が一例としてアクチュエータ21で示されている剪断モード・アクチュエータの形でPZTの側壁によって区切られている。各アクチュエータは電極(41、43)によって長手面に電界を印加されると山形に偏位する対向極部29、31を有する。端末34によって電極がLSIチップ16につなげられる。横方向チャンネル13により、チャンネル2が各端でインク容器につなげられる。ノズル6の位置を除いて、プリントヘッドは2-2矢視断面において図2の構成と同様である。
【0012】
また、後述する圧電材料の発明的選択を除いて、さらに本発明によるサイド・シュター・プリントヘッドの代わりに単方向に極をもつモノリシック・アクチュエータを使えるけれど、山形の剪断モード・アクチュエータを除いて、WO91/17051の図1(d)にも似ている。
【0013】
PZT材料は「やわらかい」ドナー注入型(donor-doped)、および「かたい」アクセプター注入型(acceptor-doped)の2つの基本型がある。A.J.モールソン『電子セラミクス』(チャップマン&ホール、1990年)に論じられているように、ドナー注入によりドメイン安定化欠陥ペア濃度が下がり、エージング率が下がる。その結果、ドメイン壁の移動度が上がり、誘電率・ヒステリシス損失(tanδ)・弾性コンプライアンスおよび結合係数が上がる。機械的なQおよび飽和保磁力が減る。したがって、高い圧電活性によりやわらかなPZTが圧電プリントヘッドの材料として選択されてきている。
【0014】
逆に、アクセプター注入PZTはドメイン壁の運動を抑えるので、誘電率・ヒステリシス損失(tanδ)・弾性コンプライアンスおよび結合係数を減らし、飽和保磁力を増す。したがって、圧電活性を低くするので、現在まで圧電プリントヘッドとして使われてきていない。
多数のPZT材料の機能を解析した結果、ある環境下ではかたい材料がやわらかい材料よりも適切であるという驚くべきことがわかった。
【0015】
4つのPZT材料、すなわちモトローラのHD3202、住友のH5E、モトローラのHD3195およびモーガン・マトロックのPC4Dが解析用に選ばれた。それらは入手可能なアクチュエータ材料の範囲をカバーし、剪断モード圧電活性の点で均一に間隔があいているので選ばれた。剪断モード活性は無次元のメリット指数d_(15)/(S_(55)・ε_(O))^(1/2)によって特徴付けられ、単位電圧・単位体積当たりの変換された電気機械エネルギーに等しい。圧電活性の点で、上記4つの材料はHD3203>H5E>HD3195>PC4Dの順になり、ここで測定された低信号メリット指数はそれぞれ48.2、37.4、31.5および25.7である。
【0016】
128ライン・プリントヘッドの4つのウエハが4つのPZTから作られ、次のような代表的な作動条件の下、静電容量とヒステリシス損失が測定された。
駆動電圧:10?50V
駆動周波数:20、50、100、200kHz
駆動波形タイプ:実質的には方形波(ピーク電圧はサイクルの75%)
プリントヘッド温度:18、40、50℃(測定は短バーストで示され
、プリントヘッド温度は顕著に上昇しないと仮定された)
D.A.ホール、P.J.スチーブンソン、T.R.マリンズ「かたい圧電セラミクスにおける誘電非線形性」(Brit.Cer.Pres.第57号、第197?211頁)に記載された方法によって、ヒステリシス損失(tanδ)を測定した。
これらの測定により、静電容量およびtanδは周波数に対して変わらないことがわかった。しかし、駆動電圧に対しては両方とも明らかに増加する。
【0017】
図4に、200kHz(「方形」波形:ピーク電圧75%)での駆動電圧に対するtanδの変化の4つのPZTの比較を示す。また図4に、各材料に対するメーカーから引用した低電界カタログ・データも示す。図4からわかるように、3つの「よりやわらかい」PZTは駆動電圧に対しtanδが顕著に増すという類似した特性を有する。また、引用カタログの低電界tanδとプリントヘッド作動に要する駆動電圧(約25V)に対するそれとの間に大きな差があることがわかる。対照的に、「最もかたい」PZT、すなわちPC4Dは、さらに低いtanδを示し、駆動電圧に対して変化が少ない。
【0018】
また図4に、HD3203に対する駆動電圧25Vの等価プリントヘッドに対するヒステリシス損失を示し、より低い活性のPZTがより高い駆動電圧を要する。同等のプリントヘッド作動条件に対し、HD3203、H5EおよびHD3195は類似の損失を有するが、PC4Dに対する良くされたヒステリシス損失は相当低く、0.05を超えず、他の材料に対する値と比べて2?5倍である。
【0019】
各PZTの相対メリット指数を使って、等価駆動電圧Vが、たとえば
V_(H5E) =V_(HD3203)M_(HD3203)/M_(H5E)から算出した。
ある特定の周波数および駆動電圧において、さまざまな波形に対する測定をした。図5に、200kHzおよび30Vにおける三角波(ピーク電圧で0%)と方形波(ピーク電圧で理想的には100%だが、実際にはそれ未満)との間での遷移効果を示す。たとえば、三角波からサイクルの87.5%に対するピーク電圧をもつ波形に変化するとき、HD3203に対するtanδは85%増すように、波形タイプがtanδに対して顕著な効果を有する。このことは、プリントヘッドが方形波によって駆動されるとき、PZTからの熱発生増加に一致する。
【0020】
この駆動電圧に対するtanδの結果は、異なる設計のプリントヘッドにおいて発生する熱を計算するのに使われた。4つのタイプのPZTに対し、プリントヘッド内に発生する熱とPZT内の比率を計算した。これは3つの構造のプリントヘッド、すなわち従来のモノリシックな片持ち梁エンド・シューター、山形エンド・シューターおよび山形サイド・シューターに対して行った。後者2つに対する駆動電圧はそれぞれモノリシック片持ち梁の場合の0.5倍および0.25倍と仮定した。一方、静電容量はそれぞれ2倍および4倍と仮定した。さまざまな作動条件に対し、表計算モデルがこれらの構造を計算するために用いられた。その計算は次の仮定に基づいて行われた。
(1)充放電エッジ当たりの駆動回路内発生熱=2× 1/2CV^(2) (各静電容量Cの2つの壁が各射出滴に対して作動する)
(2)チャンネル当たりのPZT内拡散熱の割合=πCV^(2)tanδ/2
(3)駆動回路立上り時間(10?90%)=6.6RC
(並列につながれ、インピーダンスRから充電され放電する静電容量C
の壁に対して)
(4)インク等に対する最大温度上昇=発生熱/比熱容量×滴体積
(PZT内発生熱はすべて射出滴によって除かれると仮定)
【0021】
代表的なグレイスケール作動条件に対し、次のパラメータ群を仮定した。
駆動電圧(V)=25V(モノリシックHD3203に対して。他の材
料に対しては比例する)
壁静電容量(C)=200pF
グライスケール・レベル(L)=8レベル
活性化シーケンス:三重サイクル(3つの介挿群内でチャンネルを活性 化)
波形タイプ:DRR(WO95/25011の図4cのようなDraw
,Release,Reinforce)
ライン周波数(F)=6.19kHz(小滴周波数=130kHz)
フル密度滴下体積=55pl
【0022】
全発生熱を駆動チップ(たとえば64ライン)毎に算出し、各構造に対する基本ケース(HD3203、モノリシック片持ち梁)に対する比を計算した。その結果を図6、7に示す。図6は算出立上り時間に沿った駆動回路内全発生熱を示し、図7はインクの温度上昇に沿ったPZT単体間発生熱を示す。
図7から、プリントヘッド材料内発生熱はPC4Dに対して最小だが、駆動電圧は高いことがわかる。図6から、駆動チップ内発生熱も考慮に入れると、プリントヘッド間全発生熱はHD3203に対して最小だが、PC4Dプリントヘッドは次善の材料H5Eを使ったものよりも目立って悪くはないことがわかる。PC4Dに要する駆動電圧は高いが、立上り時間は同一プリントヘッド構造においてHD3203に対するものに対して均一に1/2未満である。山形エンドシューター内発生熱はモノリシック・エンドシューター内発生熱よりも2ファクター以上少なく、山形サイド・シューター内発生熱は一般に約2ファクター少ない。しかし、山形エンド・シューターおよび山形サイド・シューターの立上り時間はモノリシック・エンドシューターのそれよりも約2ファクター大きい。
【0023】
これらの結果は一見、HD3203が最適材料であり続けることを示しているようであるが、実はPC4Dを直観に反して選ぶと利点の得られる場合がある。
こうして、速い立上り時間が必要で、高い駆動電圧と熱発生に耐えられるなら、モノリシック・エンドシューターにおけるPC4Dが疑いなく最もよい(HD3203の立上り時間356nsに対して、145ns)。
【0024】
HD3203と比べて立上り時間の改善が必要なら、かつ、熱発生の低減が必要なら、山形エンドシューターにおけるPC4Dの使用が示唆される。立上り時間は356nsから251nsに短縮され、発生熱は40%低減する。同様の結果がPC4Dをモノリシック・サイドシューターに用いれば期待できる。
非常に低い熱発生(基本ラインの場合のわずか約30%)および低駆動電圧(25Vに対し12V)とともに、手頃な立上り時間(モノリシック・エンドシューターの356nsに対して456ns)に対し、PC4Dは山形サイドシューター構造に使うべきである。そのようなプリントヘッドにおいて、インクの温度上昇は、HD3203を使うモノリシック・エンドシューターにおける21℃に比べて、約0.5℃と無視し得る。こうして、山形サイドシューター構造のPC4Dプリントヘッドは、熱的に誘起された小滴速度の変化があったとしても、ほとんどないので、高精細グレイスケール・プリンターに対して非常に好適である。
【0025】
本発明をPC4Dの文脈で説明してきたが、他のアクセプター注入圧電材料も同一の特性と長所を示し得る。
本明細書および図面に開示した各特徴は、他の特徴と独立に本発明において結合し得る。
本明細書における「本発明の目的」という記述は、本発明の好ましい実施態様に関係があるが、必ずしも、特許請求の範囲に記載したすべての実施態様に関している訳ではない。
本明細書に付けた要約の全文を、明細書の一部としてここにくり返し載せておく。
従来の「やわらかい」ドナー注入材料の代わりに、「かたい」アクセプター注入PZTを圧電プリントヘッドに用いる。このプリントヘッドは、好ましくは山形サイドシューター構造を有し、高精細グレイスケール印刷に対して有利である。」

4 刊行物の記載
原査定の拒絶の理由に引用された「本願の優先日前に頒布された刊行物である特開平7-132591号公報(以下「引用例」という。)」には、次の事項が図とともに記載されている。
(1)「【0001】
【産業上の利用分野】本発明は、インクジェットプリンタ等に利用されるインクを噴射する印字ヘッドに関するものである。
【0002】
【従来の技術】従来、インクジェットプリンタ等に利用されるオンデマンド方式の印字ヘッドとして電気-熱変換素子である発熱素子を利用した、いわゆるバブルジェット方式印字ヘッドや、電気-機械変換素子である圧電素子を利用したピエゾ方式印字ヘッドが実用化されている。圧電素子を利用した印字ヘッドは、発熱素子を利用した印字ヘッドに比べて、熱の発生を伴わないことから被噴射物としての液体の制限が少なく、また印字ヘッドの耐久性に優れる等の利点を有している。反面、半導体製造技術を適応できる発熱素子を利用した印字ヘッドに比べて、その集積度・小型化の面で劣っていると言う問題があった。しかしながら近年、特開平2-150355号公報で開示されているように、圧電材料の変形モードの内、せん断モード(厚み滑りモード)を圧力の発生に利用することで、従来の圧電素子を利用した印字ヘッドに比べて、高集積化及び小型化を達成した印字ヘッドの構成が提案されており、以下、その概略構成を図面を参照して説明する。
【0003】図8に示すように、インクジェットプリンタヘッド1は、圧電セラミックスプレート2とカバープレート3とノズルプレート31と基板41とから構成されている。
【0004】圧電セラミックスプレート2は、強誘電性を有するチタン酸ジルコン酸鉛(PZT)系のセラミックス材料によって形成されている。そして、その圧電セラミックスプレート2は矢印5の方向に分極処理されている。次に、圧電セラミックスプレート2は、図9に示すように、ダイヤモンドカッターブレード30の回転によって溝8が切削加工される。この切削加工時には、ダイヤモンドカッターブレード30の切削方向が、30A,30B,30Cと変化され、チャンネル溝部17,R形状溝部19,浅溝部16からなる溝8が形成される。
【0005】ダイヤモンドカッターブレード30の切削方向30Aによりチャンネル溝部17が形成される。続いて切削方向が30Aから30Bに変化されて切削加工の深さが変化される。このとき、ダイヤモンドカッターブレード30の径の曲率を有する曲面であるR形状溝部19が形成される。そして、切削方向が30Bから30Cに変化されて浅溝部16が形成される。
【0006】図8に示すように、このように切削加工された圧電セラミックスプレート2には、複数の溝8が形成されている。それらの溝8は同じ深さであり、かつ平行である。また浅溝部16は圧電セラミックスプレート2の一端面15付近に形成されている。チャンネル溝部17及び浅溝部16の寸法は用いるダイアモンドカッターブレード30の厚み及び設定切込み量で決定され、溝8のピッチ及び本数は溝8加工時の加工テーブルの送りピッチ及び溝加工回数を制御することで決定され、R形状溝部19の曲面の曲率は、ダイヤモンドカッターブレード30の径で決定される。この手法は半導体製造プロセスに用いられている手法であり、厚み0.02mm程度の非常に薄いダイヤモンドカッターブレード30が市販されているため印字ヘッドに要求される高集積化等に十分対応できる技術であると言える。また、その溝8の側面となる側壁11は前記分極処理により矢印5の方向に分極されている。
【0007】また、チャンネル溝部17とR形状溝部19の側面及び浅溝部16の内面には、金属電極13,18,9が蒸着法により形成されている。図10に示すように、金属電極13,18,9の形成時には、圧電セラミックスプレート2は図示しない蒸着源からの蒸気放出方向に対して傾斜される。そして、蒸気が放出されると側壁11のシャドー効果により、チャンネル溝部17の側面の上半分,R形状溝部19の側面の上からチャンネル溝部17の側面の半分の位置まで,浅溝部16の内面及び側壁11の上面に金属電極13,18,9,10が形成される。次に、圧電セラミックスプレート2が180度回転されて、同様にして金属電極13,18,9,10が形成される。この後、側壁11の上面に形成された不要な金属電極10がラッピング等により除去される。こうして、チャンネル溝部17の両側面に形成された金属電極13は、R形状溝部19の側面に形成された金属電極18を介して浅溝部16の内面に形成された金属電極9により電気的に接続されている。
【0008】次に、図8に示すカバープレート3は、セラミックス材料または樹脂材料等から形成されている。そして、カバープレート3には、研削または切削加工等によって、インク導入口21及びマニホールド22が形成されている。そして、圧電セラミックスプレート2の溝8加工側の面とカバープレート3のマニホールド22加工側の面とがエポキシ系等の接着剤4(図12参照)によって接着される。従って、インクジェットプリンタヘッド1には、溝8の上面が覆われて、横方向に互いに間隔を有する複数のインク室12(図12)が構成される。そして、全てのインク室12内には、インクが充填される。
【0009】圧電セラミックスプレート2及びカバープレート3の端面に、各インク室12の位置に対応した位置にノズル32が設けられたノズルプレート31が接着されている。このノズルプレート31は、ポリアルキレン(例えばエチレン)テレフタレート、ポリイミド、ポリエーテルイミド、ポリエーテルケトン、ポリエーテルスルホン、ポリカーボネイト、酢酸セルロース等のプラスチックによって形成されている。
【0010】そして、圧電セラミックスプレート2の溝8の加工側に対して反対側の面には、基板41が、エポキシ系接着剤等によって接着されている。その基板41には各インク室12の位置に対応した位置に導電層のパターン42が形成されている。その導電層のパターン42と浅溝部16の底面の金属電極9とは、周知のワイヤボンディング等によって導線43で接続されている。
【0011】次に、制御部のブロック図を示す図11によって、制御部の構成を説明する。基板41に形成された導電層のパターン42は各々個々にLSIチップ51に接続されている。また、クロックライン52、データライン53、電圧ライン54及びアースライン55もLSIチップ51に接続されている。LSIチップ51は、クロックライン52から供給される連続したクロックパルスに基づいて、データライン53上に現れるデータに応じて、どのノズル32からインク液滴の噴射を行うべきかを判断する。そして、LSIチップ51は、駆動するインク室12の金属電極13に電気的に接続された導電層のパターン42に、電圧ライン54の電圧Vを印加し、駆動するインク室12以外の金属電極13に接続された導電層のパターン42にはアースライン55の電圧0Vを印加する。
【0012】次に、図12,図13によって、インクジェットプリンタヘッド1の動作を説明する。
【0013】LSIチップ51が、所要のデータに従って、インクジェットプリンタヘッド1のインク室12bからインクの噴出を行なうと判断する。すると、そのインク室12bに対応する導電層パターン42、金属電極9及び金属電極18を介して金属電極13eと13fとに正の駆動電圧Vが印加され、金属電極13dと13gとが接地される。図13に示すように、側壁11bには矢印14bの方向の駆動電界が発生し、側壁11cには矢印14cの方向の駆動電界が発生する。すると、駆動電界方向14b及び14cは分極方向5とが直交しているため、側壁11b及び11cは、圧電厚みすべり効果により、この場合、インク室12bの内部方向に急速に変形する。この変形によってインク室12bの容積が減少してインク圧力が急速に増大し、圧力波が発生して、インク室12bに連通するノズル32(図8)からインク滴が噴射される。
【0014】また、駆動電圧Vの印加が停止されると、側壁11b及び11cが変形前の位置(図12参照)に戻るためインク室12b内のインク圧力が低下する。すると、インク導入口21(図8)からマニホールド22(図8)を通してインク流路12b内にインクが供給される。
【0015】
【発明が解決しようとする課題】上述したインクジェットプリンタヘッド1では、側壁11を変形させてインク室12内からインクを噴射するために電圧を印加すると、チャンネル溝部17の側面である側壁11の部分が変形し、R形状溝部19側面の側壁11の部分はほとんど変形しない。つまり、前記噴射に寄与する圧力発生はチャンネル溝部17の側壁11で行われており、R形状溝部19及び浅溝部16の側壁11は圧力発生には寄与していない。すなわち、チャンネル溝部17に充填されたインクが圧力を受け、ノズル32から所定の体積のインク滴が所定の噴射速度で噴射される。
【0016】ここで、電気的には側壁11を構成する圧電材料は一種のコンデンサーとして作用することとなる。このため、実質的に圧力発生に寄与しないR形状溝部19及び浅溝部16までもが圧電材料にて構成されているので、前記コンデンサーとしての静電容量が大きくなって電気的入力エネルギーに対する圧力発生に消費されるエネルギーの効率が悪いという問題点があった。
【0017】本発明は、上述した問題点を解決するためになされたものであり、エネルギー効率のよい印字ヘッドを提供することを目的とする。」

(2)「【0018】
【課題を解決するための手段】この目的を達成するために本発明の請求項1では、一端に傾斜状部が形成され、インクが充填されるインク室と、少なくとも一部が圧電部であり、前記インク室の一部を構成する側壁と、前記側壁の前記圧電部に電界を発生するための電極とを有し、前記電極からの電界の発生により前記側壁を変形させて前記インク室からインクを噴射する印字ヘッドにおいて、前記傾斜状部における前記側壁部の一部が、削除されていることを特徴とする。
【0019】請求項2では、前記側壁の前記削除部は、複数の前記インク室にインクを供給するためのマニホールドを兼ねることを特徴とする。
【0020】
【作用】上記の構成を有する本発明の印字ヘッドでは、前記傾斜状部における前記側壁部の一部が、削除されていることによって、前記傾斜状部の前記側壁での静電容量が小さくなる。」

(3)「【0021】
【実施例】以下、本発明を具体化した一実施例を図面を参照して説明する。なお都合上、従来例と同一部位、及び均等部位には同一符号をつけてるとともに、その詳細な説明は省略する。
【0022】図1に示すように、本実施例のインクジェットプリンタヘッド20は、アクチュエータ24とカバープレート3とノズルプレート31と基板41(図8参照)とから構成されている。
【0023】ここで、アクチュエータ24の製造方法を説明する。
【0024】まず、図8の従来例とほぼ同様に、矢印61(図1)方向に分極された圧電セラミックス材料基板33は、ダイヤモンドカッターブレード30によって、複数の溝8が形成される。この溝8は、チャンネル溝部17,R形状溝部19,浅溝部16から構成される。
【0025】ダイヤモンドカッターブレード30の切削方向30Aによりチャンネル溝部17が圧電セラミックス材料基板33に形成される。続いて切削方向が30Aから30Bに変化されて切削加工の深さが変化される。この時、ダイヤモンドカッターブレード30の径の曲率を有する曲面であるR形状溝部19が形成される。そして、切削方向が30Bから30Cに変化されて浅溝部16が形成される。
【0026】このようして、複数の溝8が形成される。チャンネル溝部17及び浅溝部16の寸法は用いるダイヤモンドカッターブレード30の厚み及び設定切込み量で決定され、溝8のピッチ及び本数は溝8加工時の加工テーブルの送りピッチ及び溝加工回数を制御することで決定され、R形状溝部19の曲面の曲率は、ダイヤモンドカッターブレード30の径で決定される。
【0027】また、図1及び図2に示すように、チャンネル溝部17とR形状溝部19の側面及び浅溝部16の内面に金属電極13,18,9が従来と同様に蒸着法により形成される。
【0028】次に、図1及び図3に示すように、R形状溝部19における側壁11に、溝8に対して直交方向へのダイヤモンドカッターブレードによる切削、レーザー加工、超音波加工等により、深さがチャンネル溝部17の側面の半分よりも浅い側壁削除部34が形成されて、アクチュエータ24が製造される。
【0029】次に、図1に示すように、アクチュエータ24の溝8加工側の面とカバープレート3のマニホールド22加工側の面とがエポキシ系等の接着剤によって接着される。従って、インクジェットプリンタヘッド20には、溝8の上面が覆われて、横方向に互いに間隔を有する複数のインク室12(図4)が構成される。この時、図3に示すように、外側の両側壁11にも、側壁削除部34が形成されているので、外側の両側壁11の側壁削除部34を図示しない部材によって塞ぐ。尚、外側の両側壁11に側壁削除部34を形成しないようにすることもできる。
【0030】圧電セラミックスプレート2及びカバープレート3の端面に、各インク室12の位置に対応した位置にノズル32が設けられたノズルプレート31が接着される。そして、圧電セラミックスプレート2の溝8の加工側に対して反対側の面には、基板41(図8参照)が、エポキシ系接着剤等によって接着されている。その基板41には各インク室12の位置に対応した位置に導電層のパターン42(図8参照)が形成されている。その導電層のパターン42と浅溝部16の底面の金属電極9とは、周知のワイヤボンディング等によって導線43(図8参照)で接続されている。」

(4)「【0031】次に、図1,図4及び図5によって、インクジェットプリンタヘッド20の動作を説明する。
【0032】所要のデータに従って、インクジェットプリンタヘッド20のインク室12aからインクの噴出を行なうとすると、そのインク室12aに対応する導電層パターン42(図8)、金属電極9及び金属電極18を介して金属電極13bと13cとに正の駆動電圧Vが印加され、金属電極13aと13dとが接地される。すると、側壁11の内、圧電材料で形成されたチャンネル溝部17の側面である部分だけに駆動電界が発生する。図5に示すように、側壁11aには矢印14aの方向の駆動電界が発生し、側壁11bには矢印14bの方向の駆動電界が発生する。すると、駆動電界方向14a及び14bは分極方向61とが直交しているため、側壁11a及び11bは、圧電厚みすべり効果により、この場合、インク室12aの外側方向に急速に変形する。この変形によってインク室12aの容積が増大して、負圧が発生し、図示しないインク供給源からインク導入口21、マニホールド22及びインク室12aのR形状溝部19を通してインク室12aのチャンネル溝部17に供給される。
【0033】そして、所定時間後、駆動電圧Vの印加が停止されると、側壁11a及び11bが変形前の位置(図4参照)に戻るためインク室12aのチャンネル溝部17のインクの圧力が急速に増大し、圧力波が発生して、インク室12aに連通するノズル32からインク滴が噴射される。」

(5)「【0034】ここで、上記の様なインクジェットプリンタヘッド20の駆動を考えると、インク滴噴射の為には、チャンネル溝部17の側面となる圧電材料で形成された側壁11部分への入力信号に伴って、ドライバーから所定の電圧を印加する必要がある。電気的には側壁11を構成する圧電材料は一種のコンデンサーとして作用することとなる。ここで、コンデンサーとしての静電容量(C)は圧電材料の側壁11の幅寸法(t)、側面に形成された金属電極13の電極面積(s)及び圧電材料のもつ比誘電率(ε_(11)^(T))で決まり、C=ε_(11)^(T)・ε_(O)・s/tとなる(ここでε_(O):真空の比誘電率)となる。本実施例のインクジェットヘッド20では、側壁11の内、R形状溝部19に対応する部分の側壁11が部分的に削除されているので、従来のインクジェットヘッド1より、前記電極面積sが小さくなって前記静電容量Cが従来より小さくなる。
【0035】そして、こう言った形態の印字ヘッドの様に容量性負荷の駆動を行う場合、ドライバーからの入力パワーはCV^(2)(V:電圧)に比例することが知られている。従って同じ駆動電圧で駆動した場合、静電容量Cが小さいほど入力パワーは少なくて済むことになる。そこで、本実施例のインクジェットヘッド20は、上述したように従来のインクジェットヘッド1より静電容量Cが小さいため、本実施例のインクジェットヘッド20では、所定のインク噴射速度を得るための入力パワーが従来のインクジェットヘッド1より少なくてよい。
【0036】そこで従来の形態のインクジェットプリンタヘッド1と本実施例の形態のインクジェットプリンタヘッド20との特性比較を行った。但し、インクジェットプリンタヘッド1の側壁11の分極方向を矢印61方向とする。
【0037】本実施例では比誘電率(ε_(11)^(T))2000の圧電セラミックス材料を用いてインクジェットプリンタヘッド1及び20を作製した。溝8の形状は、深さ0.5mm、幅0.1mm、ピッチ0.2mmとし、図2及び8で示したチャンネル溝部17、R形状溝部19、浅溝部16を各々9、5、5mmとし、図1で示した側壁削除部34の形状は、深さ0.2mm、幅3mmとした。また金属電極13は側壁11の上端から0.25mmの深さまで形成した。従って圧電材料の側壁11の幅寸法(t)は必然的に0.1mmとなる。
【0038】各々のインクジェットプリンタヘッド1,20の液滴噴射特性の比較実験として、噴射液体として市販のインクを用い、駆動電圧50Vの矩形波を用いた液滴噴射実験を行った。100個の噴射されたインク滴の噴射速度及びインク滴体積のデータサンプリングを行った結果、従来形態のインクジェットプリンタヘッド1の場合は、噴射速度は6.24±0.35m/sec、インク滴体積は50±3plとなり、本発明の一形態であるインクジェットプリンタヘッド20の場合は噴射速度は6.20±0.45m/secインク滴体積は49±4plとなった。
【0039】本発明の一形態であるインクジェットプリンタヘッド20と、従来形態のインクジェットプリンタヘッド1とを比べると、同じ駆動電圧の場合、噴射速度及びインク滴体積はほぼ同等の数値を示す。これは、インク滴噴射の為の圧力発生は、図1、8で示すチャンネル溝部17のみで行われ、R形状溝部19及び浅溝部16は寄与していないためである。従って、R形状溝部19の側壁11が削除されていても液滴噴射特性に影響はない。
【0040】ここで、前記寸法で作製した従来の形態のインクジェットプリンタヘッド1の側壁11の静電容量をLCRメータを用いて、測定電圧0.5V、測定周波数1kHzの条件で測定した結果0.737nFとなった。これに対して本発明の一形態であるインクジェットプリンタヘッド20の側壁11の静電容量は0.412nFであった。従って、各々のインクジェットプリンタヘッド1と20とでは、上述したように同程度の噴射特性が得られているので、静電容量から見ると本実施例のインクジェットヘッド20は、従来のインクジェットヘッド1より約44%の入力エネルギーを低減することができる。」

(6)「【0041】尚、本実施例では、カバープレート3にマニホールド22が設けられていたが、図6に示すようにカバープレート3にマニホールドを設けずに、側壁削除部34を通して、各インク室12にインクを供給しても良い。
【0042】また、本実施例では、側壁削除部34を一つの溝としたが、図7に示すように複数の溝にて側壁削除部35を構成してもよい。」

(7)「【0043】
【発明の効果】以上説明したことから明かなように、本発明の印字ヘッドによれば、前記インク室の内、前記傾斜状部における前記側壁部の一部分が、削除されているので、前記傾斜状部の前記側壁では、静電容量が小さい。このため、印字ヘッド全体での静電容量が従来より低くなり、従来よりエネルギー効率が優れている。」

(8)上記(1)ないし(7)から、引用例には、次の発明が記載されているものと認められる。
「インクジェットプリンタ等に利用されるオンデマンド方式の印字ヘッドとして電気-熱変換素子である発熱素子を利用した、いわゆるバブルジェット方式印字ヘッドや、電気-機械変換素子である圧電素子を利用したピエゾ方式印字ヘッドが実用化されているが、圧電素子を利用した印字ヘッドは、発熱素子を利用した印字ヘッドに比べて、熱の発生を伴わないことから被噴射物としての液体の制限が少なく、また印字ヘッドの耐久性に優れる等の利点を有している反面、半導体製造技術を適応できる発熱素子を利用した印字ヘッドに比べて、その集積度・小型化の面で劣っていると言う問題があったところ、圧電セラミックスプレートとカバープレートとノズルプレートと基板とから構成し、前記圧電セラミックスプレートを、強誘電性を有するチタン酸ジルコン酸鉛(PZT)系のセラミックス材料によって形成するとともに、チャンネル溝部、R形状溝部及び浅溝部からなる溝を複数形成し、同時に該溝の側面となる側壁を形成し、該圧電セラミックスプレートの溝加工側の面と前記カバープレートのマニホールド加工側の面とを接着して、前記溝の上面を覆って、横方向に互いに間隔を有する複数のインク室を構成し、前記チャンネル溝部とR形状溝部の側面及び浅溝部の内面に金属電極を蒸着法により形成し、該金属電極に駆動電圧を印加して、前記側壁に駆動電界を発生させ、前記側壁をインク室の内部方向に急速に変形させ、この変形によってインク室の容積を減少させてインク圧力を急速に増大させ、圧力波を発生させて、該インク室に連通するノズルからインク滴を噴射させるとともに、駆動電圧の印加を停止し、前記側壁を変形前の位置に戻し、前記インク室内のインク圧力を低下させ、インク導入口からマニホールドを通してインク流路内にインクを供給するインクジェットプリンタヘッドは、圧電材料の変形モードの内、せん断モード(厚み滑りモード)を圧力の発生に利用することで、従来の圧電素子を利用した印字ヘッドに比べて、高集積化及び小型化を達成したものであるが、
このようなインクジェットプリンタヘッドは、電気的には前記側壁を構成する圧電材料は一種のコンデンサーとして作用することとなり、そのコンデンサーとしての静電容量(C)は圧電材料の前記側壁の幅寸法(t)、側面に形成された前記金属電極の電極面積(s)及び圧電材料のもつ比誘電率(ε_(11)^(T))で決まり、C=ε_(11)^(T)・ε_(O)・s/t(ここでε_(O):真空の比誘電率)となるため、
実質的に圧力発生に寄与しない前記R形状溝部及び前記浅溝部までもが圧電材料にて構成され、前記コンデンサーとしての静電容量が大きくなって電気的入力エネルギーに対する圧力発生に消費されるエネルギーの効率が悪いので、この問題点を解決しエネルギー効率のよいものとすることを目的として、
前記側壁の内の前記R形状溝部に対応する部分の側壁を部分的に削除し、前記電極面積(s)を小さくして前記静電容量(C)を従来より小さくすることにより、容量性負荷である前記インクジェットプリンタヘッドの駆動を行うCV^(2)(V:電圧)に比例する入力パワーを少なくて済むようにしたインクジェットプリンタヘッドであって、
前記圧電セラミックスプレートには、比誘電率(ε_(11)^(T))が2000の圧電セラミックス材料を用いており、
前記溝の形状は、深さ0.5mm、幅0.1mm、ピッチ0.2mmとし、そのチャンネル溝部、R形状溝部および浅溝部の長さを各々9mm、5mmおよび5mmとし、
前記金属電極は前記側壁の上端から0.25mmの深さまで形成し、
噴射液体として市販のインクを用い、駆動電圧50Vの矩形波を用いて液滴噴射するようにし、
前記側壁の静電容量をLCRメータを用いて、測定電圧0.5V、測定周波数1kHzの条件で測定した結果、前記側壁の内のR形状溝部に対応する部分の側壁を削除しないものにおいては0.737nFであった側壁の静電容量を、当該部分の側壁を部分的に削除したことにより0.412nFまで小さくし、約44%の入力エネルギーを低減することができたインクジェットプリンタヘッド。」(以下「引用発明」という。)

5 対比
本願補正発明と引用発明とを対比する。
(1)引用発明の「横方向に互いに間隔を有する複数のインク室」、「『上面を覆って、横方向に互いに間隔を有する複数のインク室を構成』する『複数形成』した『溝』の『側面となる側壁』」、「噴射液体として市販のインク」、「『インク滴を噴射させ』る『ノズル』」、「駆動電圧」、「印加」、「強誘電性を有するチタン酸ジルコン酸鉛(PZT)系のセラミックス材料」及び「インクジェットプリンタヘッド」は、それぞれ、本願補正発明の「複数の平行に配置した圧力チャンバ」、「圧力チャンバの複数のチャンバ壁」、「液滴射出用液」、「液滴射出ノズル」、「電気信号」、「印加」、「圧電材料」及び「小滴堆積装置」に相当する。

(2)引用発明において、「小滴堆積装置(インクジェットプリンタヘッド)」は、圧電セラミックスプレートとカバープレートとノズルプレートと基板とから構成し、前記圧電セラミックスプレートは、「圧電材料(強誘電性を有するチタン酸ジルコン酸鉛(PZT)系のセラミックス材料)」によって形成するとともに、チャンネル溝部、R形状溝部及び浅溝部からなる溝を複数形成し、同時に該溝の側面となる「チャンバ壁(側壁)」を形成し、該圧電セラミックスプレートの溝加工側の面と前記カバープレートのマニホールド加工側の面とを接着して、前記溝の上面を覆って、横方向に互いに間隔を有する複数の「圧力チャンバ(インク室)」を構成し、前記チャンネル溝部とR形状溝部の側面及び浅溝部の内面に金属電極を形成し、該金属電極に「電気信号(駆動電圧)」を「印加」して、前記「チャンバ壁」に駆動電界を発生させ、前記「チャンバ壁」を「圧力チャンバ」の内部方向に急速に変形させ、この変形によって「圧力チャンバ」の容積を減少させてインク圧力を急速に増大させ、圧力波を発生させて、該「圧力チャンバ」に連通する「液滴射出ノズル(ノズル)」から「液滴射出用液(インク滴)」を噴射させるとともに、「電気信号」の「印加」を停止し、前記「チャンバ壁」を変形前の位置に戻し、前記「圧力チャンバ」内のインク圧力を低下させ、インク導入口からマニホールドを通してインク流路内に「液滴射出用液」を供給するものであるから、引用発明の「小滴堆積装置」と本願補正発明の「小滴堆積装置」とは「複数の平行に配置した圧力チャンバと、それぞれの前記圧力チャンバの複数のチャンバ壁とを含」む点で一致し、引用発明の各「圧力チャンバ」と本願補正発明の各「圧力チャンバ」とは「二つの対向するチャンバ壁と、前記圧力チャンバにより液滴射出用液が供給される液滴射出ノズルとを有」している点で一致し、かつ、引用発明の「チャンバ壁」と本願補正発明の「チャンバ壁」とは「前記ノズルから液滴を射出するために、電気信号を印加すると変形可能である圧電材料を含む」点で一致する。

(3)上記(1)及び(2)によれば、本願補正発明と引用発明とは、
「複数の平行に配置した圧力チャンバと、それぞれの前記圧力チャンバの複数のチャンバ壁とを含み、
各圧力チャンバは、二つの対向するチャンバ壁と、前記圧力チャンバにより液滴射出用液が供給される液滴射出ノズルとを有し、
前記チャンバ壁が、前記ノズルから液滴を射出するために、電気信号を印加すると変形可能である圧電材料を含む小滴堆積装置。」である点で一致し、次の点で相違する。

相違点1:
前記圧電材料が、本願補正発明では「アクセプター注入圧電材料」であるのに対して、引用発明ではそのような圧電材料であるかどうか不明である点。

相違点2:
前記圧電材料のtanδが、本願補正発明では「印加される前記電気信号の電圧において0.05以下であ」るのに対して、引用発明では不明である点。

相違点3:
剪断歪/電界圧電定数をd_(15)、電気剪断コンプライアンスをS_(55)、自由空間の誘電率をε_(O)とし、d_(15)/(S_(55)・ε_(O))^(1/2)で定義される指数をメリット指数とすると、前記圧電材料のメリット指数が、本願補正発明では「15?30である」のに対して、引用発明では不明である点。

6 判断
上記相違点1ないし3について検討する。
(1)相違点1について
ア アクセプター注入圧電材料を用いたアクチュエータは本願の優先日前に周知である(以下「周知技術1」という。例.原査定の拒絶の理由に引用された特開平6-24842号公報(【0001】及び【0038】参照。)、同じく原査定の拒絶の理由に引用された特表平6-506184号公報(3頁4?11行及び4頁2?5行参照。)、同じく原査定の拒絶の理由に引用された特開平10-93153号公報(【請求項1】、【請求項3】、【請求項10】、【請求項12】、【0002】、【0034】及び【0035】参照。))。

イ 引用発明において、「圧電材料」は、圧力チャンバが有するチャンバ壁に含まれ、ノズルから液滴を射出するために電気信号が印加されると変形するもの、すなわちアクチュエータとして用いられているから、引用発明のアクチュエーターである「チャンバ壁」に含まれる「圧電材料」に、アクチュエータに用いる材料として周知の「アクセプター注入圧電材料」を用いることは、当業者が周知技術1に基づいて容易になし得た程度のことである。

(2)相違点2について
ア アクチュエータに使用することができる圧電材料でtanδ(誘電損失)が0.05以下のものは本願の優先日前に周知である(以下「周知技術2」という。例.特開平10-330195号公報(【0001】及び【0022】参照)、特開平10-257785号公報(【0001】及び【0017】参照。)、特開平10-117397号公報(【0002】及び【0022】参照。)、国際公開第97/35348号(1頁14行?2頁5行、17頁26行?18頁3行及び33頁5行?46頁10行参照。)、特開平8-133737号公報(【0019】及び【0020】参照。)、特開平6-305136号公報(【0001】?【0013】、【0029】?【0041】及び図1に記載されている左端の丸印(○)参照。)、特表平4-506791号公報(2頁左上欄3?10行、3頁左下欄16行?同頁右下欄7行及び4頁左上欄2行?5頁左下欄4行参照。)、特開平1-308173号公報(2頁右上欄2?3行及び2頁右上欄17?19行参照。)、特開昭64-460号公報(1頁左下欄19行?同頁右下欄1行及び4頁右上欄13行?5頁左上欄8行参照。)、特開昭60-141674号公報(1頁右下欄11?19行、3頁右下欄9行?4頁右下欄3行及び4頁右下欄14行?5頁左上欄18行参照。))。

イ 圧電材料の静電容量が大きくなると、電極の抵抗値Rと静電容量Cとの積である時定数RCで評価される時間遅れが生じ、その結果インク吐出力も低下することは当業者に自明の事項である(上記特開平6-305136号公報の【0006】ないし【0009】の記載参照。)。

ウ 上記イの時定数RCと誘電損失(tanδ)との間には比例関係が成り立つことは当業者に自明の事項である(上記特開平6-305136号公報の【0029】の記載参照。)。

エ 高周波で使用される圧電アクチュエータで問題になる発熱を押さえるためには誘電損失(tanδ)が小さい圧電材料が要求されることは当業者に自明の事項である(特開昭62-298192号公報の1頁右下欄11?18行の記載及び特開平10-213073号公報の【0004】の記載参照。)。

オ 引用発明の「小滴堆積装置(インクジェットプリンタヘッド)」は、熱の発生を伴わないことから被噴射物としての液体の制限が少なく、また印字ヘッドの耐久性に優れる等の利点を有している圧電素子を利用した印字ヘッドにおける集積度・小型化の面で劣っていると言う問題を解決して高集積化及び小型化を達成したものであって、側壁を構成する圧電材料が電気的には一種のコンデンサーとして作用するので、前記コンデンサーとしての静電容量が大きくなると、電気的入力エネルギーに対する圧力発生に消費されるエネルギーの効率が悪くなるという更なる問題点を解決しエネルギー効率のよいものとすることを目的として、前記側壁の内の前記R形状溝部に対応する部分の側壁を部分的に削除したものであるが、前記圧電材料の静電容量が大きなものとならず、小さなものなるように、引用発明において、前記側壁の部分的削除に加え、前記圧電材料の印加される電気信号の電圧におけるtanδを小さなものとすることは、上記アないしエに鑑みても、当業者が周知技術2に基づいて容易に想到することができた程度のことである。
そして、前記圧電材料の印加される電気信号の電圧におけるtanδの上限値を具体的にどういう値にするかは当業者が適宜決定すべき事項であるというべきところ、本願明細書の発明の詳細な記載(上記3参照。)からみて、本願補正発明におけるその上限値である「0.05」という数値に設計事項を超える技術上の意義があるとは認められないから、前記圧電材料の印加される電気信号の電圧におけるtanδの上限値を「0.05」とした点は、当業者が適宜決定することができた設計上の事項である。

(3)相違点3について
ア 上記3の【0007】及び【0025】の記載によると、上記3において「PC4D」について述べていることは、本願補正発明の「アクセプター注入圧電材料」についても同様にいえることである。

イ そして、上記3の【0006】及び【0007】の記載からすると、本願補正発明の「メリット指数」は本願補正発明の「tanδ」に関係する指数であり、上記3の【0014】及び【0015】の記載からみて、本願補正発明の「メリット指数」は「単位電圧・単位体積当たりの変換された電気機械エネルギー」に等しい「剪断モード圧電活性」を特徴付ける指数であり、かつ、上記3における「PC4D」の「メリット指数」は「25.7」であり、上記3の【0013】ないし【0015】の記載からすると、「モトローラのHD3202」、「住友のH5E」及び「モトローラのHD3195」の「やわらかいドナー注入型PZT」は、その「メリット指数」がそれぞれ48.2、37.4及び31.5であり、「剪断モード圧電活性」が高いことから圧電プリントヘッドの材料として選択されてきたが、「アクセプター注入PZT」は「剪断モード圧電活性」が低いので現在まで圧電プリントヘッドとして使われてきていなかったものである。

ウ そうすると、剪断歪/電界圧電定数をd_(15)、電気剪断コンプライアンスをS_(55)、自由空間の誘電率をε_(O)とし、d_(15)/(S_(55)・ε_(O))^(1/2)で定義される指数を「メリット指数」としたとき、本願補正発明において、アクセプター注入圧電材料の「メリット指数」の範囲を「15?30」としている点は、「剪断モード圧電活性」、すなわち「単位電圧・単位体積当たりの変換された電気機械エネルギー」が、「やわらかいドナー注入型PZT」に比較して低いので、現在まで圧電プリントヘッドとして使われてきていなかったと発明者が認識している「tanδが0.05以下であるアクセプター注入圧電材料」の「剪断モード圧電活性」の程度を、「メリット指数」という指数を導入して示したものと解されるから、本願補正発明を特定する意味においては「tanδが0.05以下であるアクセプター注入圧電材料」であること以上のことを特定するものではないことになる。

(4)上記(1)ないし(3)のとおりであるから、引用発明において、上記相違点1ないし3に係る本願補正発明の構成となすことは、当業者が周知技術1、周知技術2及び当業者に自明の事項に基づいて容易になし得た程度のことである。

(5)効果について
本願補正発明の奏する効果は、引用発明の奏する効果、周知技術1の奏する効果、周知技術2の奏する効果及び当業者に自明の事項から、当業者が予測できた程度のものである。

(6)まとめ
以上のとおりであるから、本願補正発明は、当業者が引用例に記載された発明、周知技術1、周知技術2及び当業者に自明の事項に基づいて容易に発明をすることができたものである。
したがって、本願補正発明は、特許法第29条第2項の規定により、特許出願の際独立して特許を受けることができないものである。

7 小括
以上のとおり、本願補正発明は、特許出願の際独立して特許を受けることができないものであるから、本件補正は、平成18年法律第55号改正附則第3条第1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法第17条の2第5項において準用する同法第126条第5項の規定に違反するので、同法第159条第1項において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下すべきものである。

第3 本願発明について
1 本願発明
本件補正は上記のとおり却下されたので、本願の請求項1ないし6に係る発明は、平成21年3月17日付け手続補正により補正された明細書の特許請求の範囲の請求項1ないし6に記載された事項によって特定されるものであるところ、請求項1に係る発明(以下「本願発明」という。)は、平成21年3月17日付け手続補正により補正された明細書及び図面の記載からみて、上記「第2〔理由〕1(1)」に本件補正前の請求項1として記載したとおりのものであると認める。

2 引用例
原査定の拒絶の理由に引用された引用例及びその記載事項は、前記「第2〔理由〕4」に記載したとおりである。

3 対比・判断
上記「第2〔理由〕2」で述べたとおり、本願補正発明は、本願発明を特定するために必要な事項について限定を付加したものに相当する。
そうすると、本願発明の構成要件をすべて含みさらに限定を付加したものに相当する本願補正発明が、前記「第2〔理由〕6」に記載したとおり、当業者が引用例に記載された発明、周知技術1、周知技術2及び当業者に自明の事項に基づいて容易に発明をすることができたものであるから、本願発明も同様の理由により、当業者が引用例に記載された発明、周知技術1、周知技術2及び当業者に自明の事項に基づいて容易に発明をすることができたものである。

4 むすび
本願発明は、当業者が引用例に記載された発明、周知技術1、周知技術2及び当業者に自明の事項に基づいて容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2011-01-26 
結審通知日 2011-02-01 
審決日 2011-02-15 
出願番号 特願2000-595842(P2000-595842)
審決分類 P 1 8・ 121- Z (B41J)
P 1 8・ 575- Z (B41J)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 島▲崎▼ 純一  
特許庁審判長 小牧 修
特許庁審判官 桐畑 幸▲廣▼
菅野 芳男
発明の名称 小滴堆積装置  
代理人 畑 泰之  
代理人 斉藤 武彦  

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