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審決分類 審判 全部無効 2項進歩性  A63B
管理番号 1240058
審判番号 無効2009-800078  
総通号数 141 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2011-09-30 
種別 無効の審決 
審判請求日 2009-04-14 
確定日 2011-05-27 
訂正明細書 有 
事件の表示 上記当事者間の特許第3056395号「ゴルフクラブ用Ti合金製中空クラブヘッドの製造方法」の特許無効審判事件についてされた平成22年3月26日付け審決に対し、知的財産高等裁判所において審決取消の決定(平成22年(行ケ)第10138号、平成22年9月13日付け)があったので、さらに審理のうえ、次のとおり審決する。 
結論 訂正を認める。 本件審判の請求は、成り立たない。 審判費用は、請求人の負担とする。 
理由 第1 手続の経緯
平成 7年 5月31日 出願(特願平7-134403号、
優先権主張平成6年5月31日)
(以下「本件特許出願」という。)
平成12年 4月14日 設定登録(特許第3056395号)
(以下「本件特許」という。)
平成21年 4月14日 本件無効審判の請求
(無効2009-800078号)
同年 7月13日 答弁書の提出
同日 訂正請求書の提出
同年 7月31日 訂正拒絶理由通知
同年 9月 4日 意見書の提出
同日 訂正請求書についての手続補正
同年 9月24日 弁駁書の提出
同年11月 5日 参加申請(被請求人側)
同年12月10日 参加許否決定(許可)
平成22年 1月 6日 口頭審理陳述要領書の提出(被請求人側)
同日 口頭審理
同年 1月27日 上申書の提出(両当事者)
同年 3月26日 審決(請求成立)
同年 5月 1日 審決取消訴訟の提起
(平成22年(行ケ)第10138号)
同年 7月16日 訂正審判の請求
(訂正2010-390077号)
同年 9月13日 審決取消の決定(差戻し決定)
同年10月 1日 訂正請求のための期間指定通知
同年10月16日 上記訂正審判の請求書に添付された訂正した明
細書を援用するみなし訂正請求
同年12月14日 弁駁書の提出

第2 訂正請求について
1 訂正請求の内容
平成22年10月16日になされたとみなされる訂正請求(以下「本件訂正請求」という。)は、訂正2010-390077号の請求書に添付された全文訂正明細書のとおりに訂正することを求めるものであって、次の訂正事項からなる。
なお、本件訂正請求によって、平成21年7月13日付け訂正請求は、特許法第134条の2第4項の規定により取り下げられたものとみなす。

ア 請求項1に記載の「表面および/または内面の全面もしくは各面の少なくとも一部」を、「内面の全面のみもしくは内面の一部のみ」に訂正する。
イ 段落【0007】に記載の「確率」を、「確立」に訂正する。
ウ 段落【0008】に記載の「表面および/または内面の全面もしくは各面の少なくとも一部」を、「内面の全面のみもしくは内面の一部のみ」に訂正する。
エ 段落【0009】に記載の「内面請の硬化層」を、「内面側の硬化層」に訂正する。
オ 段落【0012】に記載の「表面および/または内面の全面もしくは各面の少なくとも一部」を、「内面の全面のみもしくは内面の一部のみ」に訂正する。
カ 段落【0013】に記載の「表面および/または内面の全面もしくは各面の少なくとも一部」を、「内面の全面のみもしくは内面の一部のみ」に訂正する。
キ 段落【0018】に記載の「上記の用に」を、「上記の様に」に訂正する。

2 訂正請求の適否
(1)訂正事項アについて
ア 訂正事項の内容
訂正事項アは、特許請求の範囲について訂正するもので、訂正前(特許の設定登録時)に、

「【請求項1】 Ti合金を用い鋳造法又は鍛造法で形成したゴルフクラブ用中空クラブヘッド素材における表面および/または内面の全面もしくは各面の少なくとも一部を化学的研磨し、該中空クラブヘッド素材の重量および肉厚を調整することを特徴とするゴルフクラブ用Ti合金製中空クラブヘッドの製造方法。
【請求項2】 素材としてβ型Ti合金を使用し、前記中空クラブヘッド素材における少なくともフェース部の内面側を化学的研磨することにより、鋳造プロセスまたは鍛造プロセス時の酸素拡散に基づく前記内面側の硬化層を全部或は部分的に除去する請求項1に記載のゴルフクラブ用Ti合金製中空クラブヘッドの製造方法。」
とあったものを、

「【請求項1】 Ti合金を用い鋳造法又は鍛造法で形成したゴルフクラブ用中空クラブヘッド素材における内面の全面のみもしくは内面の一部のみを化学的研磨し、該中空クラブヘッド素材の重量および肉厚を調整することを特徴とするゴルフクラブ用Ti合金製中空クラブヘッドの製造方法。
【請求項2】 素材としてβ型Ti合金を使用し、前記中空クラブヘッド素材における少なくともフェース部の内面側を化学的研磨することにより、鋳造プロセスまたは鍛造プロセス時の酸素拡散に基づく前記内面側の硬化層を全部或は部分的に除去する請求項1に記載のゴルフクラブ用Ti合金製中空クラブヘッドの製造方法。」
とするものである(下線は審決で付した。以下同じ。)。

イ 訂正事項の適否
(ア)両当事者の主張
a 請求人は、平成21年9月24日付け弁駁書の記載内容及び平成22年1月6日の口頭審理での主張、平成22年12月14日付け弁駁書の記載内容からみて、訂正事項アは、新規事項を追加するものであり、特許請求の範囲を拡張又は変更するものでもある、と主張している。

b 被請求人は、平成21年7月13日付け訂正請求書、訂正請求書についての同年9月4日付け手続補正書、平成22年1月6日付け口頭審理陳述要領書の記載内容及び平成22年1月6日の口頭審理での主張、平成22年7月16日付け訂正審判請求書の記載内容からみて、訂正事項アは、特許請求の範囲を減縮又は明りょうでない記載の釈明を目的とするものであり、特許請求の範囲を拡張又は変更するものでない、と主張している。

(イ)当審の判断
a 訂正事項アは、訂正前の特許請求の範囲において「ゴルフクラブ用中空クラブヘッド素材における表面および/または内面の全面もしくは各面の少なくとも一部を化学的研磨し、」とあったものを、「ゴルフクラブ用中空クラブヘッド素材における内面の全面のみもしくは内面の一部のみを化学的研磨し、」と訂正するものである。

b 訂正前の特許請求の範囲における「各面」は、発明の詳細な説明の記載(実施例など)からみて、「表面、内面、表面及び内面のいずれかが選択されること」を意味するものとして使用されたものと解することができるから、上記「各面の少なくとも一部を化学的研磨し、」との記載は、「表面、内面、表面及び内面のいずれかを選択して、その少なくとも一部を化学的研磨する」ことを意味すると解することができる。

c 上記bのとおりに解釈すると、訂正前の特許請求の範囲の請求項1及び2に係る発明は、「表面の全面を化学的研磨」するもの、「内面の全面を化学的研磨」するもの、「表面および内面の全面を化学的研磨」するもの、「表面の一部を化学的研磨」するもの、「内面の一部を化学的研磨」するもの、及び「表面および内面の一部を化学的研磨」するものを包含する。
一方、訂正後の特許請求の範囲には「ゴルフクラブ用中空クラブヘッド素材における内面の全面のみもしくは内面の一部のみを化学的研磨し、」とあることから、訂正後の特許請求の範囲の請求項1及び2に係る発明が、「表面の全面を化学的研磨」するもの、「表面および内面の全面を化学的研磨」するもの、「表面の一部を化学的研磨」するもの、及び「表面および内面の一部を化学的研磨」するものを排除するものであることは明らかである。
してみると、訂正事項アは、特許請求の範囲の請求項1及び2に係る発明を特定しようとするために必要な事項を限定するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。

d そして、訂正後の特許請求の範囲における「ゴルフクラブ用中空クラブヘッド素材における内面の全面のみもしくは内面の一部のみを化学的研磨し、」に関し、本件特許の発明の詳細な説明には、以下(a)ないし(d)に示す記載があることから、「内面の全面のみもしくは内面の一部のみを化学的研磨」するという訂正事項アが、訂正前の明細書等に記載した事項の範囲内においてするものであることは明らかである。

(a)「【0015】尚中空ゴルフクラブヘッドにおいては、特に重心位置を極力下げると共に、最も外力が作用するフェース部、ソール部、ヒール部等は相対的に高強度化を図るため、それらの部分は相対的に厚肉とし、外力の作用を受けにくいクラウンやバックフェースは相対的に薄肉にすることが好まれるが、本発明によれば、上記フェース部、ソール部、ヒール部等を化学研磨処理に先立って耐酸性塗料等によってマスキングしておき、薄肉化を必要とするクラウン等の内面および/もしくは外面のみに化学研磨処理液が作用する様にしておけば、当該部分のみを選択的に研磨して薄肉化とそれに伴う軽量化を進めることができ、また該研磨部位を中空部の内面側に設定してやれば、同時にヘッド容量の拡大も進めることが可能となる。」

(b)「【0024】(前略)・・・そこで、前述の様な化学的研磨法の活用を考え、上記フェース内面側の硬化層に化学研磨処理を施したところ、短時間の内に希望する部分の硬化層のみを除去できることが分かった。この際の硬化層除去はフェース内面の広さ方向及び深さ方向全部に渡って行ってもよいが、前記した打球時の内面側張り出しによる割れを防止し得る限度において任意の広さ、任意の深さに止めておくこともできる。・・・(後略)」

(c)「【0029】実施例1
Ti-6Al-4Vを溶解し、ジルコニアサンド鋳型を用いてクラブヘッド素材を鋳造した(クラウン厚み:1.8mm、重量205g、ヘッド容量:180cc)。得られた鋳造品を2個準備し、下記処方の酸洗液を用いて(1) 内外面全面研磨処理と、(2) 表面を耐酸性塗料で全面マスキングし内面側のみの全面研磨処理を行ない、いずれの場合も目標重量を170g、クラウン部の目標厚さを1.3mmとする化学的研磨処理を行なった。」

(d)「【0030】実施例2
Ti-15V-3Cr-3Sn-3Alを溶解し、ジルコニアサンド鋳型を用いてクラブヘッド(フェース厚み:3.0mmと3.5mmの2系列)を鋳造した。・・・(中略)・・・。
【0031】次いで上記鋳造品を、下記処方(A),(B)の酸洗液で化学研磨した。尚処理温度は43?57℃とし、処方(A)を用いたものではフェースの両面を化学研磨し、処方(B)を用いたものではフェースの外面側を耐酸塗料で保護して酸洗液処理し、処理後に該保護を除去したので、内面側のみが化学研磨されたことになる。」

e 以上のとおりであるから、訂正事項アの訂正内容は、特許請求の範囲の減縮を目的とするものであり、かつ、訂正前の明細書等に記載した事項の範囲内においてするものである。

(2)訂正事項ウ、オ及びカについて
訂正事項ウ、オ及びカは、いずれも、特許請求の範囲に対してする訂正事項である訂正事項アに対応して、発明の詳細な説明を特許請求の範囲の記載と整合する記載とするものであるから、明りようでない記載の釈明を目的とする明細書の訂正に該当する。
さらに、上記(1)で検討したように、訂正事項アが訂正前の明細書等に記載した事項の範囲内においてするものであることから、これに対応する訂正事項ウ、オ及びカも同様に、訂正前の明細書等に記載した事項の範囲内においてするものである。

(3)訂正事項イ、エ及びキについて
訂正事項イ、エ及びキは、いずれも、誤記の訂正を目的とする明細書の訂正に該当する。

(4)訂正請求についてのまとめ
以上のとおり、本件訂正請求に係る訂正事項アないしキは、いずれも、特許法第134条の2第1項の規定を満たすものであり、かつ、同条第5項において準用する特許法第126条第3項及び第4項の規定に適合するものである。
よって、本件訂正請求に係る訂正を認める。

第3 本件発明
上記第2のとおり、本件訂正請求に係る訂正は認められたので、本件特許の請求項1及び請求項2に係る発明(以下「本件発明1」及び「本件発明2」という。)は、本件訂正請求に係る訂正後の明細書の記載からみて、訂正後の明細書の特許請求の範囲の請求項1及び請求項2に記載された事項によってそれぞれ特定される、次のとおりのものである。

「【請求項1】 Ti合金を用い鋳造法又は鍛造法で形成したゴルフクラブ用中空クラブヘッド素材における内面の全面のみもしくは内面の一部のみを化学的研磨し、該中空クラブヘッド素材の重量および肉厚を調整することを特徴とするゴルフクラブ用Ti合金製中空クラブヘッドの製造方法。
【請求項2】 素材としてβ型Ti合金を使用し、前記中空クラブヘッド素材における少なくともフェース部の内面側を化学的研磨することにより、鋳造プロセスまたは鍛造プロセス時の酸素拡散に基づく前記内面側の硬化層を全部或は部分的に除去する請求項1に記載のゴルフクラブ用Ti合金製中空クラブヘッドの製造方法。」

第4 当事者の主張
1 請求人の主張
請求人は、平成21年4月14日付け審判請求書において、「特許第3056395号の特許を無効とする、審判費用は被請求人の負担とする」との審決を求める趣旨の無効審判を請求し、証拠方法として甲第1ないし5号証を提示して、本件特許の特許請求の範囲の請求項1及び請求項2に係る発明は、当業者が、本件特許出願の優先権主張の日前に頒布された刊行物である甲第1ないし5号証に記載された発明に基づいて容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定に違反してなされたものであり、無効にされるべきであると主張している。
そして、平成21年9月24日付け弁駁書、平成22年1月6日の口頭審理及び平成22年1月27日付け上申書において、平成21年7月13日付け訂正請求に係る訂正後の本件特許の特許請求の範囲の請求項1及び請求項2に係る発明についても、甲第1ないし5号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条2項の規定に違反してなされたものであり、無効にされるべきであると主張するとともに、この主張を補足するために、平成22年1月27日付け上申書とともに参考資料を提示している。
更に、平成22年12月14日付け弁駁書において、本件発明1及び本件発明2についても、以下(1)及び(2)に示すように、当業者が、甲第1,3,4号証に記載された発明に基づいて容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定に違反してなされたものであり、無効にされるべきであると主張している。

(1)本件発明1は、当業者が、甲第1号証に記載された発明に、甲第3号証に記載された技術を適用することにより、容易に発明をすることができたものである。

(2)本件発明2は、当業者が、甲第4号証に記載された発明に、甲第3号証に記載された技術を適用することにより、容易に発明をすることができたものである。

[証拠方法]
甲第1号証 特開平2-191474号公報
甲第2号証 特開平6-116706号公報
甲第3号証 社団法人日本チタン協会編,「チタンの加工技術」,
初版,日刊工業新聞社,1992年11月27日,
p.50-55(第2刷発行日:1995年9月25日)
甲第4号証 特開平5-15620号公報
甲第5号証 Matthew J. Donachie, Jr.,
"Titanium | A Technical Guide",ASM INTERNATIONAL ,1988年,p.82-85,94-97

[参考資料(審決注.甲第3号証と同一証拠)]
社団法人日本チタン協会編,「チタンの加工技術」,初版,
日刊工業新聞社,1992年11月27日,p.17
(第2刷発行日:1995年9月25日)

なお、甲第3号証に関し、その記載事項が、本件特許出願の優先権主張の日(平成6年5月31日)前である初版の発行日(1992年11月27日)に頒布されたものであることについて、当事者は相互に了承している。

2 被請求人の主張
これに対し、被請求人は「本件審判の請求は成り立たない、本件審判の費用は請求人の負担とする」との審決を求め、証拠方法として乙第1号証を提示して、本件発明1及び本件発明2は、当業者が、甲第1ないし5号証に記載された発明に基づいて容易に発明をすることができたものではないから、その特許は無効とされるべきものではないと主張している。

[証拠方法]
乙第1号証 社団法人日本チタン協会編,「チタンの加工技術」,
初版,日刊工業新聞社,1992年11月27日,
p.173-175,178-179(第6刷発行日:2001年4月27
日)

なお、乙第1号証に関し、その記載事項が、本件特許出願の優先権主張の日(平成6年5月31日)前である初版の発行日(1992年11月27日)に頒布されたものであることについて、当事者は相互に了承している。

第5 刊行物の記載事項
1 本件特許出願の優先権主張の日前に頒布された刊行物である甲第1号証には、図示とともに以下(1)及び(2)に示す事項が記載されている。

(1)「2.特許請求の範囲
(1)少なくともフェース面を有しかつ開口部と連通する空洞部を有するチタンまたはチタン合金製ゴルフクラブヘッドの大部分を精密鋳造により作製し、ついで上記開口部を封着すること特徴とするゴルフクラブヘッドの製造方法。」(特許請求の範囲)

(2)「第1図は、ロストワックス法により作製したアルミナ製精密鋳造鋳型1の断面図であり、このアルミナ製精密鋳造鋳型1の内部にはメタルウッドのヘッドの形状をした中空2が形成されており、この中空2にチタンまたはチタン合金、例えばTi-6%Al-4%V(以上重量%)の組成を有するチタン合金の溶湯を注入し凝固せしめて、メタルウッドのヘッドの大部分を作製するのである。
第2図は、上記精密鋳造鋳型1の中空2にチタン合金溶湯を注入し作製したヘッドの大部分の鋳物01の側面図であり、この鋳物01はヘッドのフェース面3、上面4、シャフト部5、開口部6および空洞部7を有している。
一方、上記開口部6に一致する形状および大きさを有し、鋳造または鍛造等の任意の製造方法でソール蓋9を別に作製し、そのソール蓋9の片面にバランスウェイト14を取付けたのち、上記開口部6にソール蓋9を合せて溶接により一体化し、開口部6を密封するのである。」(2ページ右下欄2行?3ページ左上欄1行)

(3)上記(1)及び(2)の記載からみて、甲第1号証には次の発明(以下「甲第1号証発明」という。)が記載されていると認められる。

「少なくともフェース面を有しかつ開口部と連通する空洞部を有するチタンまたはチタン合金製ゴルフクラブヘッドの大部分を精密鋳造により作製した、ゴルフクラブヘッドの製造方法であって、
前記チタンまたはチタン合金として、Ti-6%Al-4%Vの組成を有するチタン合金を使用するゴルフクラブヘッドの製造方法。」

2 本件特許出願の優先権主張の日前に頒布された刊行物である甲第2号証には、図示とともに以下(1)及び(2)に示す事項が記載されている。

(1)「【0002】
【従来の技術】従来から、チタンは、軽量かつ高強度で熱膨張係数が低く、しかも耐食性が高いといった優れた特性のために広く用いられている。特に、近年、ゴルフクラブのクラブヘッド用の材料として、チタンが用いられるようになっており、このチタンの表面に、ニッケルまたはクロム等の金属の薄膜を形成することにより、クラブヘッドの表面を装飾および保護することが望まれている。
【0003】しかしながら、チタンの金属表面には、大気や水分等によって、薄い酸化膜(不動態被膜)がきわめて迅速に生成され、しかも、この不動態被膜は、強固であってきわめて除去しにくいため、たとえば、チタン表面とめっきによって形成した金属薄膜との間に不動態被膜が介在しやすい。このため、チタン表面と金属薄膜との密着強度が弱くてこの金属薄膜が剥離しやすいという不都合がある。」

(2)「【0011】
【実施例】以下、実施例に基づいて本発明の表面処理方法を更に詳細に説明する。
【0012】まず、チタン合金(Ti-6Al-4Vwt%)製クラブヘッドの表面に、図1に示す公知の工程に従って無電解ニッケルめっきを行った。すなわち、60?70℃で10?30分のアルカリ脱脂→エッチング→純水による洗浄→湿式ブラスト→純水洗浄→エッチング→水洗→ロッセル塩浴→ロッセル銅ストライク→水洗→ニッケルストライク→無電解ニッケルめっきという工程に従ってめっきを行った。」

3 本件特許出願の優先権主張の日前に頒布された刊行物である甲第3号証には、図示とともに以下(1)ないし(3)に示す事項が記載されている。

(1)「2.6.1 ケミカル・ミーリング
ケミカル・ミーリングとは一般に適当な腐食液を用いて金属部品の型取り,加工,あるいは穴あけを行うことをいう.・・・(中略)・・・.
初期には航空機のアルミニウムやマグネシウム部品に使用されることが多かったが,現在ではベリリウムやチタン,モリブデン,タングステンなどほとんどすべての材料に応用されている.ケミカル・ミーリングは従来の加工法では不可能な形状の部品や加工可能でも著しくコストがかかる場合に使用されている.特に重量軽減のために薄板状の部品(飛行機の翼,誘導ミサイルのケーシングなど)の厚さを薄くするために使用されている.」(50ページ下から7行?51ページ5行)

(2)「(1)ケミカル・ミーリングの工程
ケミカル・ミーリングの加工工程を図2-35に示す27).この図に示した工程は大別すると次の5つの工程に分けることができる.《1》(審決注:《1》は丸付き数字の「1」。以下、丸付き数字は《》で表す。)クリーニング,《2》マスキング,《3》スクライビング,《4》ケミカル・ミーリング(エッチング),《5》マスカント除去.
《1》クリーニング
・・・(中略)・・・.
《2》マスキング
腐食を受けさせたくない箇所には,耐酸性の樹脂やゴムなどのマスキング剤(マスカント)でコーティング(0.05?0.4mm厚)を行う.
・・・(中略)・・・.
チタンおよび合金のマスカントとしては,ビニル系樹脂やネオプレンゴム22),半透明塩素系樹脂28)などが上げられている.・・・(中略)・・・.
《3》スクライビング
・・・(中略)・・・.
《4》ケミカル・ミーリング(またはエッチング)
エッチング液は一定の予定した速度で金属を除去できることとエッチングされる部品の寸法公差や機械的性質に悪影響を与えないものでなければならない.
一般にチタンおよびチタン合金に使用されるエッチング液は以下の水溶液である.
(a) ふっ化水素酸(ふっ酸)
(b) ふっ酸と硝酸の混酸(c) ふっ酸とクロム酸の混酸
・・・(中略)・・・.
一般にエッチングはタンク内への浸漬で行われるが,薄板に穴を開けるような場合にはエッチング液をスプレーすることもある.・・・(中略)・・・.
《5》水洗およびマスカント除去
エッチング終了後は水洗され,マスカントは通常適当な剥離剤に浸漬されてから除去される.」(51ページ6行?53ページ11行)

(3)表2-18には、Ti-6Al-4V合金のケミカル・ミーリングにエッチング液としてふっ化水素酸(ふっ酸),ふっ酸と硝酸の混酸,ふっ酸とクロム酸の混酸を使用すること、及び、Ti-15V-3Cr-3Al-3Sn合金のケミカル・ミーリングにエッチング液としてふっ酸と硝酸の混酸を使用することが記載されている。

4 本件特許出願の優先権主張の日前に頒布された刊行物である甲第4号証には、図示とともに以下(1)ないし(4)に示す事項が記載されている。

(1)「【請求項1】 冷間プレス加工により形成された複数個のβ型Ti合金製構成部材を溶接して形成されたゴルフクラブヘッドであって、その容積が210cc以上であると共に溶接部の強度(耐力)が 100kgf/mm^(2) 以上であることを特徴とするTi合金製ゴルフクラブヘッド。」

(2)「【0003】
【発明が解決しようとする課題】しかしながら、従来のTi合金製メタルウッドには、以下に示す問題点がある。即ち、Ti合金製メタルウッドにおいて、飛距離及び方向安定性をより一層向上させるためには、ヘッドの容積を 210cc以上にすることが必要とされている。しかし、Ti合金は湯流れが悪く鋳造性がよくないため、薄肉化が困難である。このため、容積が 210cc以上の大型ヘッドを製造しようとすると、著しく困難になって製造歩留りが低下すると共に、製造コストが上昇する。また、従来のTi合金製メタルウッドは、その組織中に微細なポア等の鋳造欠陥が存在するため、疲労特性が満足できるものではない。
【0004】本発明はかかる問題点に鑑みてなされたものであって、疲労特性、飛距離及び方向安定性が良好であり、製造コストが低いTi合金製ゴルフクラブヘッドを提供することを目的とする。」

(3)「【0011】本実施例に係るTi合金製ゴルフクラブヘッドは、β型Ti合金の板材を冷間プレス法により塑性加工して形成されたフェース部1、クラウン部2、ソール部3及びホーゼル部4により構成されている。これらの部材は、TIG溶接、MIG溶接、レーザ溶接又は電子ビーム溶接等により溶接されている。なお、本実施例に係るゴルフクラブヘッドの容積は 210cc以上に設定されている。・・・(後略)
【0012】 【表1】(略)
【0013】β型合金としては、この表1に示したもの以外にも、例えばTi-15V-3Cr-3Sn-3Al合金及びTi-22V-4Al合金等がある。」

(4)上記(3)から、甲第4号証には、Ti合金製ゴルフクラブヘッドの製造方法も記載されていると認められる。

(5)してみると、上記(1)ないし(4)から、甲第4号証には次の発明(以下「甲第4号証発明」という。)が記載されていると認められる。

「Ti合金製ゴルフクラブヘッドの製造方法であって、
β型Ti合金の板材を冷間プレス法により塑性加工して形成されたフェース部1、クラウン部2、ソール部3及びホーゼル部4により構成し、これらの部材を、TIG溶接、MIG溶接、レーザ溶接又は電子ビーム溶接等により溶接するものであり、
飛距離及び方向安定性をより一層向上させるために、ゴルフクラブヘッドの容積は 210cc以上に設定され、
前記β型Ti合金として、Ti-15V-3Cr-3Sn-3Alを使用する、
Ti合金製ゴルフクラブヘッドの製造方法。」

5 本件特許出願の優先権主張の日前に頒布された刊行物である甲第5号証には、以下(1)及び(2)に示す事項が記載されている。なお、甲第5号証は英文で記載されたものであるので、翻訳文を並記した。翻訳文は請求人が審判請求時に添付したものに基づく。

(1)「REMOVAL OF TARNISH FILMS
General
Tarnish films are thin oxide films that form on titanium in air
temparatures between 315°and 650℃ (600°and 1200°F), after
exposure at 315℃ (600°F). The film is barely perceptive, but with
increasing temperature and time at temperature, it becomes thicker
and darker. The film acquires a distinct straw yellow color at about
370℃ (700°F), and a blue color at 480℃ (900°F). At about 650℃
(1200°F), it assumes the dull gray appearance of a light scale.
Alloying elements and surface contaminants also influence the color
and characteristics.
Tarnish films are readily removed by abrasib\ve methods, and all but
the heaviest films can be removed by acid pickling.」(95ページ下から14行?同ページ下から4行)
{変色膜の除去
概要
変色膜とは、315℃(600°F)に晒された後に315?650℃(600?1200°F)においてチタニウム上に形成される薄い酸化皮膜のことである。皮膜はほとんど見ても分からないが、温度上昇と時間が経過するにつれて、厚みが増して黒っぽい色になっていく。皮膜は370℃(700°F)ではっきりと分かる淡黄色となり、さらに480℃(900°F)で青色となる。訳650℃(1200°F)で、くすんだ灰色の小さなスケールが現れる。合金要素と表面の不純物はまた、色と特性に影響を及ぼす。
変色膜は研磨処理によってすぐに除去することができ、またどのような強靱な皮膜でも酸洗いによって除去することができる。}(翻訳文14ページ下から12行?同ページ下から3行)

(2)「Acid Pickling
Acid pickling removes a light amount of metal, usually a few tenths
of a mil. It is used to remove smeared metal, which could affect
penetrant inspection. Titanium and titanium alloys can be
satisfactorily pickled by the following procedure:
・Clean thoroughly in alkaline solution to remove all shop soils,
soap drawing compounds, and identification inks. If coated with
heavy oil, grease, or other petroleum-based compounds, parts may
be degreased in trichlorethilene before alkaline cleaning.
Degreasing will not harmful to the part in subsequent processing.
・Rinse thoroughly in clean, running water after alkaline immersion
cleaning.
・Pickle for 1 to 5 min in an aqueous nitric-hydrofluporic acid
solution containing 15 to 40% nitric acid and 1.0 to 2.0%
hydrofluoric acid by weight, and operated at a temperature of 24°
to 60℃ (75°to 140°F). The ratio of nitric acid to hydrofluoric
acid should be at least 15-to-1. The preferred acid content of the
pickling solution, particularly for alpha-bata and beta alloys, is
usually near the middle of the above ranges. A solution of 33.2%
nitric acid and 1.6% hydrofluoric acid has been found effective.
When the buildup of titanium in the solution reaches 12g/L
(2 oz/gal), discard the solution.
・Rinse the parts thoroughly in clean water.
・High-pressure-spray wash thoroughly with clean water 55℃(±6°)
or 130°F(±10°).
・Rinse the hot water to aid in drying. Allow to dry.」(96ページ1行?21行)
{酸洗い
酸洗いは、通常10分の数ミル(mil)という少量の金属を除去する。そして、浸透探傷検査に影響ある金属の油脂汚れの除去に利用される。以下の要領で、チタニウムとチタニウム合金の充分な酸洗いを実施することができる。
・全体をアルカリ溶液に浸して土汚れ、石鹸、研磨剤、インデックス用のインクなどを洗浄する。油脂、グリース、その他の油性の研磨剤などが部品に付着している場合は、アルカリ溶液で洗浄する前にトリクロロエチレンで部品の油脂分を除去しておく。油脂分の除去は、その後の工程で部品に有害になることはない。
・アルカリ浸水洗浄の後に、全体を流水できれいに洗い流す。(審決注.翻訳文中「きれい洗い流す。」とあるのは「きれいに洗い流す。」の明白な誤記であるので、訂正して記載した。)
・重量割合で硝酸15?40%フッ化水素酸1.0?2.0%の混合液を使用し、1?5分間、24?60℃(75?140°F )の温度で酸洗いを行う。硝酸とフッ化水素酸の混合割合は、少なくとも15対1にする。酸洗い溶液に適した条件としては、上記に記載したレンジの中間値付近になる。特にアルファ・ベータ合金とベータ合金に適している。硝酸33.2%とフッ化水素酸1.6%の混合液で良好な結果を確認している。酸洗い溶液中のチタニウム含有濃度が12 g/L(2 oz/gal)になったら、酸洗い溶液を破棄する。
・きれいな水で部品全体を洗浄する。
・55℃±6℃(130°F±10°F)のきれいな水を使用して、部品全体を高圧スプレー洗浄する。
・乾燥を促進するため温水で洗浄する。乾燥させる}(翻訳文15ページ1行?18行)

6 本件特許出願の優先権主張の日前に頒布された刊行物である乙第1号証には、図示とともに以下に示す事項が記載されている。

「チタンを高温で大気中に放置すると酸化皮膜の成長が起き,その膜厚は温度が高く,時間が長いほど厚くなる.」(173ページ下から1行?174ページ2行)

第6 当審の判断
1 本件発明1について
(1)対比
本件発明1と甲第1号証発明とを対比する。
ア 甲第1号証発明の「少なくともフェース面を有しかつ開口部と連通する空洞部を有するチタンまたはチタン合金製ゴルフクラブヘッドの大部分」,「精密鋳造により作製した」及び「チタン合金を使用するゴルフクラブヘッド」は、それぞれ、本件発明の「ゴルフクラブ用中空クラブヘッド素材」,「鋳造法又は鍛造法で形成した」及び「ゴルフクラブ用Ti合金製中空クラブヘッド」に相当する。
イ 甲第1号証発明の「少なくともフェース面を有しかつ開口部と連通する空洞部を有するチタンまたはチタン合金製ゴルフクラブヘッドの大部分」は、「チタンまたはチタン合金として、Ti-6%Al-4%Vの組成を有するチタン合金を使用する」ものであるから、Ti合金を用いるものである。よって、本件発明1の「Ti合金を用い」た「ゴルフクラブ用中空クラブヘッド素材」に相当する。
ウ してみると、本件発明1と甲第1号証発明とは次の点で一致する。
〈一致点〉
「Ti合金を用い鋳造法又は鍛造法で形成したゴルフクラブ用中空クラブヘッド素材による、ゴルフクラブ用Ti合金製中空クラブヘッドの製造方法。」
エ 一方で、本件発明1と甲第1号証発明とは次の点で相違する。
〈相違点1〉
本件発明1は、ゴルフクラブ用Ti合金製中空クラブヘッドの製造の際に、「ゴルフクラブ用中空クラブヘッド素材における内面の全面のみもしくは内面の一部のみを化学的研磨し、該中空クラブヘッド素材の重量および肉厚を調整する」との特定を有するのに対し、甲第1号証発明はゴルフクラブ用中空クラブヘッド素材を化学的研磨するものではなく、上記特定を有していない点。

(2)判断
ア 〈相違点1〉について
(ア)甲第3号証には、上記「第5 3」の(1)ないし(3)に示したように、一般的なチタンの加工技術として、「ケミカル・ミーリング」という「一般に適当な腐食液を用いて金属部品の型取り,加工,あるいは穴あけを行うものであって、特に重量軽減のために薄板状の部品の厚さを薄くするために使用され、エッチング液を用いて、エッチングをタンク内への浸漬で行う」方法が記載されており、ケミカル・リーミングを行う対象が「Ti-6Al-4V合金,Ti-15V-3Cr-3Al-3Sn合金」等より構成されたものである技術が記載されている。

(イ)メタルウッドゴルフクラブヘッドという技術分野において、「スウィートスポットを大きくするために、ヘッドを構成する所定の部位を薄肉化してヘッド容量を高めるとともに、その重量の増大を回避する」という技術課題は、口頭審理にて当審が例示した特開平4-135576号公報(特に2ページ左上欄1行?同ページ右上欄1行,2ページ右上欄下から5行?下から1行及び3ページ左上欄下から4行?同ページ右上欄1行参照。),特開平4-256764号公報(特に【請求項1】,段落【0006】?【0007】,【0013】,【0034】及び【0036】参照。),特開平5-317466号公報(特に特許請求の範囲,段落【0002】,【0007】及び【0010】参照。)にも示されているように、本件特許出願の優先権主張の日前において周知の技術課題であったものである。

(ウ)甲第1号証発明がメタルウッドゴルフクラブヘッドという技術分野に属するものであり、かつ、ゴルフという競技において、スウィートスポットを拡大することが、ごく一般的に求められていることを考慮すれば、甲第1号証発明が、上記「スウィートスポットを大きくするために、ヘッドを構成する所定の部位を薄肉化してヘッド容量を高めるとともに、その重量の増大を回避する」という周知の技術課題を有するものであったことは、当業者ならば当然認識していたことである。

(エ)したがって、甲第1号証発明において、上記周知の技術課題を解決するために、甲第3号証に記載の技術を採用し、「ゴルフクラブ用中空クラブヘッド素材」をエッチング液の入ったタンク内へ浸漬してエッチング、すなわち、いわゆる「どぶ漬け」により化学的研磨することにより、「ゴルフクラブ用中空クラブヘッド素材」の薄肉化を行ってヘッド容量を高めることは、当業者ならば容易に想到することができたことである。

(オ)しかしながら、甲第1号証発明の「ゴルフクラブ用中空クラブヘッド素材」をエッチング液へ「どぶ漬け」して化学的研磨することとすれば、前記「ゴルフクラブ用中空クラブヘッド素材」の表面及び内面がともに化学的研磨されることとなるところ、前記表面を化学的研磨することなく前記内面の全面のみもしくは内面の一部のみを化学的研磨することについては、甲第1ないし5号証のいずれにも記載ないし示唆されておらず、本件特許出願の優先権主張の日前において周知の技術課題であったとも認められない。
むしろ、前記内面の全面のみもしくは内面の一部のみを化学的研磨しようとすると、少なくとも前記表面の全面を予めマスクで保護し、研磨処理後に前記マスクを除去するなどの新たな工程が必要となり、製造コストの上昇が避けられないことは当業者に自明であるから、当業者であれば、特段の事情がない限り前記表面及び内面をともに化学的研磨する手法を通常採用するというべきであり、上記〈相違点1〉の構成となすことは、当業者が容易に想到し得たことであるとはいえない。

(3)本件発明1についてのまとめ
したがって、本件発明1は、当業者が、甲第1ないし5号証に記載された発明並びに周知の技術課題に基づいて容易に発明をすることができたものとすることはできない。

2 本件発明2について
(1)対比
本件発明2と甲第4号証発明とを対比する。
ア 甲第4号証発明の「Ti合金製ゴルフクラブヘッド」は、本件発明2の「ゴルフクラブ用Ti合金製中空クラブヘッド」に相当する。
イ 甲第4号証発明の「β型Ti合金の板材を冷間プレス法により塑性加工して形成されたフェース部1、クラウン部2、ソール部3及びホーゼル部4」と、本件発明2の「Ti合金を用い鋳造法又は鍛造法で形成したゴルフクラブ用中空クラブヘッド素材」であって「素材としてβ型Ti合金を使用」したものとは、「Ti合金を用いて形成したゴルフクラブ用中空クラブヘッド素材」であって「素材としてβ型Ti合金を使用」したものである点で一致する。
ウ してみると、本件発明2と甲第4号証発明とは次の点で一致する。
〈一致点〉
「Ti合金を用いて形成したゴルフクラブ用中空クラブヘッド素材を用いたゴルフクラブ用Ti合金製中空クラブヘッドの製造方法であって、
素材としてβ型Ti合金を使用した、ゴルフクラブ用Ti合金製中空クラブヘッドの製造方法。」
エ 一方で、本件発明2と甲第4号証発明とは次の点で相違する。
〈相違点2〉
本件発明2は、ゴルフクラブ用中空クラブヘッド素材を「鋳造法又は鍛造法」で形成したとの特定を有するのに対し、甲第4号証発明のゴルフクラブ用中空クラブヘッド素材は「板材を冷間プレス法により塑性加工」して形成するものであるものの、「鋳造法又は鍛造法」を用いるかどうかについては明示がなく、上記特定を有していない点。
〈相違点3〉
本件発明2は、ゴルフクラブ用Ti合金製中空クラブヘッドの製造の際に、「ゴルフクラブ用中空クラブヘッド素材における内面の全面のみもしくは内面の一部のみを化学的研磨し、該中空クラブヘッド素材の重量および肉厚を調整する」及び「中空クラブヘッド素材における少なくともフェース部の内面側を化学的研磨することにより、鋳造プロセスまたは鍛造プロセス時の酸素拡散に基づく前記内面側の硬化層を全部或は部分的に除去する」との特定を有するのに対し、甲第4号証発明はゴルフクラブ用中空クラブヘッド素材を化学的研磨するものではなく、上記特定を有していない点。

(2)判断
ア 〈相違点2〉について
甲第4号証発明はβ型Ti合金の板材を使用するものである。
ここで、β型Ti合金に限らず、金属の板材を形成する方法として、鋳造法及び鍛造法は、ともに古くから慣用されているものであることから、甲第4号証発明におけるβ型Ti合金の板材を形成するために、上記慣用技術である鋳造法又は鍛造法を採用し、もって上記〈相違点2〉の構成とすることは、当業者ならば適宜なし得た設計事項に過ぎない。

イ 〈相違点3〉について
(ア)上記アにて示したように、甲第4号証発明において「ゴルフクラブ用中空クラブヘッド素材」を形成するのに使用するβ型Ti合金の板材を、慣用技術である鋳造法又は鍛造法を用いて製造することは、当業者が適宜なし得た設計事項である。
ここで、Tiは非常に酸化されやすい物質であること、及び、そのためにTi及びTi合金が特に高温において外面に酸化膜すなわち酸素拡散に基づく硬化層を形成するものであることは、Tiの加工技術という技術分野においては広く知られている。(必要ならば乙第1号証(特に「第5 6」で摘記した箇所)参照。)
したがって、甲第4号証発明において「ゴルフクラブ用中空クラブヘッド素材」を形成するのに使用するβ型Ti合金の板材を鋳造法又は鍛造法を用いて製造した場合には、当該鋳造プロセス又は鍛造プロセスにおいてβ型Ti合金の板材が高温になることにより、該β型Ti合金の板材の外面に酸素拡散に基づく硬化層が形成され、それによって、「ゴルフクラブ用中空クラブヘッド素材」が、その外面、すなわち、表面及び内面に、酸素拡散に基づく硬化層を有するものとなることは、自明の事実である。

(イ)甲第3号証には、上記「第5 3」の(1)ないし(3)に示したように、一般的なチタンの加工技術として、「ケミカル・ミーリング」という「一般に適当な腐食液を用いて金属部品の型取り,加工,あるいは穴あけを行うものであって、特に重量軽減のために薄板状の部品の厚さを薄くするために使用され、エッチング液を用いて、エッチングをタンク内への浸漬で行う」方法が記載されており、ケミカル・リーミングを行う対象が「Ti-6Al-4V合金,Ti-15V-3Cr-3Al-3Sn合金」等より構成されたものである技術が記載されている。ここで、「Ti-15V-3Cr-3Al-3Sn合金」はβ型Ti合金である。
また、甲第3号証に記載の技術において、β型Ti合金に用いるエッチング液は、ふっ酸と硝酸の混酸よりなるものであるところ、ふっ酸と硝酸の混酸は、β型Ti合金の外面に形成された酸化物層を化学的に腐食する性質を有するものである。{ふっ酸と硝酸の混酸がβ型Ti合金の外面に形成された酸化物層を化学的に腐食する性質を有するものであることは、甲第5号証(特に上記「第5 5」の(1)及び(2)参照。),特開平1-116058号公報(特に3ページ左下欄7?9行参照。)等にも記載されていることから、チタンの加工技術という技術分野における当業者ならば、本件特許出願の優先権主張の日前に当然認識していたものであると認められる。}

(ウ)メタルウッドゴルフクラブヘッドという技術分野において、「ヘッドを構成する所定の部位を薄肉化してヘッド容量を高めるとともに、その重量の増大を回避する」という技術課題は、口頭審理にて当審が例示した特開平4-135576号公報(特に2ページ左上欄1行?同ページ右上欄1行,2ページ右上欄下から5行?下から1行及び3ページ左上欄下から4行?同ページ右上欄1行参照。),特開平4-256764号公報(特に【請求項1】,段落【0006】?【0009】及び段落【0012】?【0013】参照。),特開平5-317466号公報(特に特許請求の範囲,段落【0002】,【0007】及び【0010】参照。)にも示されているように、本件特許出願の優先権主張の日前において周知の技術課題であったものである。

(エ)甲第4号証発明はメタルウッドゴルフクラブヘッドという技術分野に属するものであり、かつ、飛距離及び方向安定性をより一層向上させるために、ゴルフクラブヘッドの容積を 210cc以上という大型のものに設定しているものである。そして、容積の大きいゴルフクラブヘッドを製造した場合に、ヘッドの肉厚を変更しない場合には、使用の際に重くて扱いづらいゴルフクラブヘッドとなることは自明であることから、甲第4号証発明は、上記「ヘッドを構成する所定の部位を薄肉化してヘッド容量を高めるとともに、その重量の増大を回避する」という周知の技術課題を有していたものと認められる。

(オ)したがって、甲第4号証発明において、「ゴルフクラブ用中空クラブヘッド素材」を、慣用技術に基づきその表面及び内面に鋳造プロセスまたは鍛造プロセス時の酸素拡散に基づく硬化層を有するものとするとともに、上記周知の技術課題を解決するために、甲第3号証に記載の技術を採用し、β型Ti合金よりなる「ゴルフクラブ用中空クラブヘッド素材」をエッチング液の入ったタンク内へ浸漬してエッチング、すなわち、いわゆる「どぶ漬け」により化学的研磨することにより、「ゴルフクラブ用中空クラブヘッド素材」の薄肉化を行ってヘッド容量を高めるとともに、その重量の増大を回避し、かつ、前記酸素拡散に基づく硬化層を除去するようになすことは、当業者ならば容易に想到することができたことである。

(カ)しかしながら、甲第4号証発明のβ型Ti合金よりなる「ゴルフクラブ用中空クラブヘッド素材」をエッチング液へ「どぶ漬け」して化学的研磨することとすれば、前記「ゴルフクラブ用中空クラブヘッド素材」の表面及び内面がともに化学的研磨されることとなるところ、前記表面を化学的研磨することなく前記内面の全面のみもしくは内面の一部のみを化学的研磨し、フェース部の内面側に形成された硬化層を除去することについては、甲第1ないし5号証のいずれにも記載ないし示唆されておらず、本件特許出願の優先権主張の日前において周知の技術課題であったとも認められない。
むしろ、前記内面の全面のみもしくは内面の一部のみを化学的研磨しようとすると、少なくとも前記表面の全面を予めマスクで保護し、研磨処理後に前記マスクを除去するなどの新たな工程が必要となり、製造コストの上昇が避けられないことは当業者に自明であるから、当業者であれば、特段の事情がない限り前記表面及び内面をともに化学的研磨する手法を通常採用するというべきであり、上記〈相違点3〉の構成となすことは、当業者が容易に想到し得たことであるとはいえない。

(3)本件発明2についてのまとめ
したがって、本件発明2は、当業者が、甲第1ないし5号証に記載された発明、慣用技術並びに周知の技術課題に基づいて容易に発明をすることができたものとすることはできない。

第7 むすび
以上のとおりであるから、請求人の主張及び証拠方法によっては、本件特許の請求項1及び2に係る発明の特許を無効とすることができない。
審判に関する費用については、特許法第169条第2項の規定で準用する民事訴訟法第61条の規定により、請求人が負担すべきものとする。
よって、結論のとおり審決する。
 
発明の名称 (54)【発明の名称】
ゴルフクラブ用Ti合金製中空クラブヘッドの製造方法
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】Ti合金を用い鋳造法又は鍛造法で形成したゴルフクラブ用中空クラブヘッド素材における内面の全面のみもしくは内面の一部のみを化学的研磨し、該中空クラブヘッド素材の重量および肉厚を調整することを特徴とするゴルフクラブ用Ti合金製中空クラブヘッドの製造方法。
【請求項2】素材としてβ型Ti合金を使用し、前記中空クラブヘッド素材における少なくともフェース部の内面側を化学的研磨することにより、鋳造プロセスまたは鍛造プロセス時の酸素拡散に基づく前記内面側の硬化層を全部或は部分的に除去する請求項1に記載のゴルフクラブ用Ti合金製中空クラブヘッドの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【0001】
【産業上の利用分野】
本発明は、Ti合金を用いてゴルフクラブの中空クラブヘッドを製造する方法に関し、詳細には、鋳造法又は鍛造法によって中空クラブヘッド素材を製造すると共に、該中空クラブヘッドの重量と肉厚を簡単な方法で適正に調整し、バランスの良いクラブヘッドを安価に製造することのできる方法に関し、更には、素材として拡散性の良好なβ型Ti合金を用いて鋳造や鍛造を行ったときに生じる不具合を解消し、優れた打球性能を長期間にわたり安定して発揮することのできる中空クラブヘッドを製造する方法に関するものである。尚本発明の中空クラブヘッドは、中空ウッドのみならず中空アイアンにも適用することができる。
【0002】
【従来の技術】
ゴルフクラブのクラブヘッドは、中実のパーシモン製から中空のメタル製あるいはカーボン製まで広く使用されているが、近年は慣性モーメントが大きいという点から飛距離を期待することのできる中空のメタル製あるいはカーボン製が主流となりつつある。これらのうちメタル製のものとしては、ステンレス鋼製、Al合金製、Ti合金製などが好まれている。
【0003】
メタル製クラブヘッドの中でも最近特に注目を集めているのはTi合金ヘッドであり、これは、Ti合金が軽量で比強度が高いという利点によるものである。そしてその特徴を一段と高めるため、中空Ti合金ヘッドの容量を大きくして反発力を高め一層の飛距離増大を図る目的で、いわゆるラージヘッドへと移行する傾向もうかがわれる。
【0004】
ところで、この様なTi合金製中空ゴルフヘッドを鋳造や鍛造成形法によって製造する場合、ヘッド重量と製造工程上の制約との関係から最薄肉部の厚みは1.5?1.8m/m程度、ヘッドの容量は220?230cc程度が限界とされている。この場合、容量が230ccを超える大容量のヘッド、あるいは230cc以下のものであってもクラウン面の広いヘッドを製造しようとすると、ヘッド内で肉厚を最も薄くしたいクラウン面の重量が増大し、ヘッド重量が重くなったり重心高さが高くなり、ヘッド全体としてのバランスが悪くなるという問題が生じてくる。従ってTi合金製中空ゴルフヘッドの性能を一段と高めるには、ヘッド全体としてのバランスを損なうことなく該ヘッドの所望部位を薄肉化してヘッド容量を高めることのできる技術を確立する必要がある。
【0005】
他方、Ti合金製中空ゴルフヘッドの素材としては、従来α型チタン合金が多用されており、β型Ti合金を使用するものについては冷間プレス加工法或は鍛造法を採用した例が知られているが、該β型チタン合金を用いた場合に見られる後述する様な問題点にまで言及したクラブヘッドは知られていない。
【0006】
【発明が解決しようとする課題】
本発明者らは上記の様な事情に着目してなされたものであって、その第1の目的は、Ti合金製中空ゴルフヘッド全体としてのバランスを損なうことなく、該ヘッドの所望部位を薄肉化して容量を高め、飛距離を一段と高めることのできる技術を確立しようとするものである。
【0007】
また本発明の第2の目的は、Ti合金素材としてβ型Ti合金を選択し、一段と優れた性能のクラブヘッドを製造することのできる方法を提供しようとするものである。これは、β型Ti合金が優れた拡散性を有することに着眼し、拡散に基づく硬化層の形成によって一層の飛距離を獲得できるのではないかと期待されたことによる。しかしながら硬化層の形成はクラブヘッドの割れにつながる危険があり、この様な割れを生じずに飛距離の増大のみを享受することのできる製造技術の確立を第2の目的として挙げた。
【0008】
【課題を解決するための手段】
上記課題を達成することのできた本発明に係る製法の構成は、Ti合金を用い鋳造法又は鍛造法で形成したゴルフクラブ用中空クラブヘッド素材における内面の全面のみもしくは内面の一部のみを化学的研磨し、該中空クラブヘッド素材の重量および肉厚を調整するところに要旨を有している。
【0009】
上記本発明を実施するに際し、素材としてβ型Ti合金を選択し、前記中空クラブヘッド素材における少なくともフェース部の内面側を化学的研磨することにより、鋳造プロセスまたは鍛造プロセス時の酸素拡散に基づく前記内面側の硬化層を全部或は部分的に除去する方法を採用すれば、性能の一段と優れたβ型Ti合金製中空クラブヘッドを得ることができる。
【0010】
【作用】
Ti合金素材を用いた一般的なゴルフヘッドの製造は、Ti合金素材の加熱溶融→所定砂型への鋳込み成形→脱型・砂落し→ソール溶接→仕上げ研磨→塗装の手順を追って実施されるが、こうした工程のうち殊に鋳込み工程で中空ヘッド素材の肉厚を薄くし過ぎると、鋳込み不良が起こって製品欠陥を招く原因になるので、例えばクラウン部の如く最も薄くしたい部分であっても、その肉厚はせいぜい1.8mm程度が限界であり、それ以上に薄くすることは難しい。その結果、該Ti合金製中空ヘッド素材は概して重く且つヘッド容量も小さくならざるを得ず、前述の如く最終製品としてのヘッド重量が重くなったり重心高さが高くなり、ヘッド全体としてのバランスが悪くなる。
【0011】
従ってこうした難点を解消するには、鋳込み成形された素材の外面側を研削処理して所定部位を薄肉化し軽量化とバランスの改善を図ることが必要となるが、ゴルフヘッドの外面形状は複雑な曲面を有しているので、研削作業は非常に複雑かつ煩雑であり、製品コストの大幅上昇が避けられない。しかもこの様な研削加工では、中空ヘッドの外面側の研削が行なえるだけであるから、容量拡大によるラージヘッド化に適用することは難しい。
【0012】
そこで、上記の様な問題を生じることなく、所望部位を適宜薄肉に形成し得ると共にヘッド容量の拡大を可能にし、ヘッドの軽量化と反発力の一層の向上を達成すべく種々検討を進めた結果、前述の如くTi合金製中空クラブヘッド素材における内面の全面のみもしくは内面の一部のみを化学的に研磨処理する方法を採用すれば、該中空クラブヘッド素材の重量および肉厚の調整を極めて簡単に行なうことができることを知り、こうした知見を基にして上記本発明を完成した。
【0013】
従って本発明では、Ti合金を用い鋳造法又は鍛造法で形成した中空クラブヘッド素材における内面の全面のみもしくは内面の一部のみを化学的研磨し、該中空クラブヘッド素材の重量および肉厚を調整するところにその特徴を有している。
【0014】
本発明を実施するに当たっては、Ti合金を使用し常法に従って中空クラブヘッド素材を成形した後、該素材の内外面全域あるいはそれらのうち特に薄肉化を必要とする部位を化学研磨処理(酸洗あるいは電解研磨処理を包含する)によって研磨する方法を採用すれば、必要部位の肉厚を簡単に薄肉化できると共に、内面側でも簡単に研磨できるところから、ヘッド容量も容易に拡大することができ、それにより薄肉化不足による重量増加が回避されて軽量化や重心位置の上昇といった問題を生じることなく、通常サイズのものはもとより大型のクラブヘッドであっても、軽量で反発力の高い優れた性能のTi合金製クラブヘッドを得ることができるのである。
【0015】
尚中空ゴルフクラブヘッドにおいては、特に重心位置を極力下げると共に、最も外力が作用するフェース部、ソール部、ヒール部等は相対的に高強度化を図るため、それらの部分は相対的に厚肉とし、外力の作用を受けにくいクラウンやバックフェースは相対的に薄肉にすることが好まれるが、本発明によれば、上記フェース部、ソール部、ヒール部等を化学研磨処理に先立って耐酸性塗料等によってマスキングしておき、薄肉化を必要とするクラウン等の内面および/もしくは外面のみに化学研磨処理液が作用する様にしておけば、当該部分のみを選択的に研磨して薄肉化とそれに伴う軽量化を進めることができ、また該研磨部位を中空部の内面側に設定してやれば、同時にヘッド容量の拡大も進めることが可能となる。
【0016】
本発明で用いられる化学研磨処理液の種類には特に制限がなく、要はTi合金素材を変質することなくその表面側からTi素材を逐次溶解し得るものであればよいが、最も一般的なのは硝酸とフッ素酸との強酸混合水溶液であり、中でも硝酸濃度が10?20重量%、フッ素酸濃度が10?20重量%程度の混合水溶液が最も好ましいものとして推奨される。但し、本発明ではこれら化学的研磨液の種類には一切制限されず、Ti合金の種類や処理温度、更には電解研磨処理との併用等によっては他の酸、例えば硫酸、塩酸、フッ酸、シュウ酸等の1種もしくは2種以上を適宜使用することができる。
【0017】
尚、本発明による化学研磨処理が、クラブヘッドの内外面全域に適用できることは先に述べた通りであるが、外面側は表面を清浄化する程度の軽度に止め、内面側主体の研磨処理を行なえば、同時に中空部容量の拡大効果を高めることができるので好ましく、また前述の如くクラウン部の内面側を集中的に研磨処理することは、軽量化と重心位置の適正化に特に有利となる。
【0018】
ところで上記本発明の化学的研磨処理は、中空ヘッドの薄肉化による軽量化と重量調整、更にはヘッド容量の拡大に主眼をおくものであるから、使用するTi合金の種類には一切制限がなく、通常のα型Ti合金やβ型Ti合金よりなる中空クラブヘッドを製造する際の全て適用することができる。また本発明では、上記の様に中空部内面側の研磨処理に適用することによってヘッド容量の拡大を同時に達成することができるので、特に大型クラブヘッドの製造にその利点が有効に発揮されるが、通常サイズのクラブヘッドの製造にも勿論に活用することができる。
【0019】
ところが本発明者らが更に研究を進めたところによると、上記化学研磨処理法を採用すると、Ti合金としてβ型Ti合金を選択したときに見られる以下に示す様な欠陥も可及的に抑えられ、飛距離の一段と高められた中空クラブヘッドが得られることを確認したので、以下、β型Ti合金を使用した場合について説明を進める。
【0020】
β型Ti合金とは、β安定化元素であるMo,V,Nb,Ta(以上全率固溶型)あるいはFe,Cr,Mn,Co,Ni(以上共析型)の他、SnやZrを含むものが代表的に示されるが、時効硬化型のβ合金ではα安定化元素であるAlが添加されることもある。従って特に代表的なβ型Ti合金を非限定的に例示しておくと、
Ti-13V-11Cr-3Al
Ti-8Mo-8V-2Fe-3Al
Ti-3Al-8V-6Cr-4Mo-4Zr
Ti-11.5Mo-6Zr-4.5Sn
Ti-15Mo-5Zr
Ti-15Mo-5Zr-3Al
Ti-15V-3Al-3Sn-3Cr
等を挙げることができる。尚上記例示合金における合金元素の配合量は、夫々若干の増減が許されることは言うまでもない。
【0021】
上記した様なβ型Ti合金を用いてクラブヘッドを製造する方法として、まず鋳造法から説明すると、鋳造用の鋳型としては、一般にジルコニアサンド鋳型が用いられており、鋳造過程で鋳型中の酸素原子が鋳造品中に拡散し、該拡散層が硬化する。そしてフェース部の外表面に形成された硬化層は、打球時に優れた反発力を発揮して飛距離を長くする方向に作用することが期待され、現に種々実験したところによれば、非常に良好な飛距離が得られた。
【0022】
しかしながら更に種々検討したところによれば、上記鋳造されたクラブヘッドは中空構造である為、クラブヘッド内面側は打球時に中空内面側へ大きく張出しその表面に過大な引張応力が繰り返し与えられる結果、微細な割れが発生してクラブヘッドに品質上の重大な欠陥を与えるということが判明した。尚クラブヘッド外面側は打球時に大きな圧縮応力を受けることになるが、上記硬化層は圧縮応力に対して強く、フェース外面側には割れが発生しなかった。
【0023】
また鍛造法によって形成した場合についても検討したところ、特に熱間鍛造プロセス中の高熱条件下では、大気中の酸素原子が鍛造品の表面部に深く拡散浸入し、鋳造品と全く同様の製品状況となる(飛距離は長くなるが、フェース内面側に割れを生じる)ことが分かった。
【0024】
そこでフェース内面側の硬化層について研究したところ、β型合金は既述のごとく拡散性が高い為、前記硬化層はかなり厚く成長し、延性の少ない脆いものとなっていた。従って前記割れの発生を防止する為には、フェース内面側の硬化層を除去する必要があるとの示唆を得た。しかしながら硬化層除去の手段については、フェース内面側がキャビティの奥部に位置している為機械的手段による研磨の適用は困難であると思われた。そこで、前述の様な化学的研磨法の活用を考え、上記フェース内面側の硬化層に化学研磨処理を施したところ、短時間の内に希望する部分の硬化層のみを除去できることが分かった。この際の硬化層除去はフェース内面の広さ方向及び深さ方向全部に渡って行ってもよいが、前記した打球時の内面側張り出しによる割れを防止し得る限度において任意の広さ、任意の深さに止めておくこともできる。またフェースに隣接した部分、例えばクラウン部への移行部分についても硬化層を除去すれば、当り所が悪い様な使用方法に対しても良好な耐割れ性を発揮することができる。
【0025】
なおフェース外面側の硬化層については、硬化による飛距離の増大という観点から、前記化学的研磨からの保護が望まれるが、若干の除去は本発明の本質に悪影響を与えるものではない。またフェース部以外の各部分、例えばクラウンやバックフェースなどについては、研磨の有無を問わない。
【0026】
かくして、本発明の化学的研磨法をフェース内面側の硬化層の除去に利用すれば、前述の様な中空壁の薄肉化とそれに伴う軽量化、更には内部空間の容量拡大効果に加えて、フェース部の耐割れ性強化を同時に達成することが可能となる。従ってこの方法を実施する際には、硬化層の除去を必要とするフェース内面側と最も薄肉化が望まれるクラウン内面側に研磨液が作用する様に研磨位置を設定するのが有利である。
【0027】
尚上記化学的研磨方法の実施は、クラブヘッドのソール溶接に先立って行うことが必要であり、ソール溶接後のプロセスは従来方法のそれと格別変わる訳ではない。またTi合金製品において汎用されている時効硬化処理は本発明においても任意に採用することが可能である。
【0028】
【実施例】
次に実施例を挙げて本発明の構成および作用効果をより具体的に説明するが、本発明はもとより下記実施例によって制限を受けるものではなく、前・後記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更を加えて実施することも勿論可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に包含される。
【0029】
実施例1
Ti-6Al-4Vを溶解し、ジルコニアサンド鋳型を用いてクラブヘッド素材を鋳造した(クラウン厚み:1.8mm、重量205g、ヘッド容量:180cc)。得られた鋳造品を2個準備し、下記処方の酸洗液を用いて
(1)内外面全面研磨処理と、
(2)表面を耐酸性塗料で全面マスキングし内面側のみの全面研磨処理
を行ない、いずれの場合も目標重量を170g、クラウン部の目標厚さを1.3mmとする化学的研磨処理を行なった。その結果、上記(1)では約2分の処理で目標の重量とクラウン部厚みに調整され、また(2)では約5分の処理で目標とする重量とクラウン部厚みに調整された。尚上記(2)の方法では研磨処理に若干長時間を要するが、この方法であれば、ヘッドの外面側に研磨液を作用させることなく中空部の内面側のみを研磨する方法であるから、全体としてのヘッド容量の減少も起こらず、従って大型ヘッドの製造により有効であることが分かる。
(研磨液処方)
70%HF : 40g
67.5%HNO_(3): 40g
水 :120g
液 温 :30?60℃
【0030】
実施例2
Ti-15V-3Cr-3Sn-3Alを溶解し、ジルコニアサンド鋳型を用いてクラブヘッド(フェース厚み:3.0mmと3.5mmの2系列)を鋳造した。フェース厚み3.5mmの鋳造品についてフェース厚さ方向断面の硬さ分布を調べたところ、図1に示す通りの結果が得られた。図から分かるように、酸素の拡散浸入によって厚さ220?240μmの領域(酸素リッチ層)は高硬度を示した。
【0031】
次いで上記鋳造品を、下記処方(A),(B)の酸洗液で化学研磨した。尚処理温度は43?57℃とし、処方(A)を用いたものではフェースの両面を化学研磨し、処方(B)を用いたものではフェースの外面側を耐酸塗料で保護して酸洗液処理し、処理後に該保護を除去したので、内面側のみが化学研磨されたことになる。化学研磨の所要時間は80?90秒であり、深さ250μmに渡って硬化層が除去された。従って処方(A)を用いたものでは、フェース両面で合計500μm除去され、処方(B)を用いたものでは、フェース内面側のみで250μm除去されたことになる。
【0032】
処方(A)
70%HF:75g
67.5%HNO_(3):1078g
尿素:31g
安息香酸:4.9g
硝酸ソーダ:12g
燐酸:9.6g
上記混合物80重量部に水20重量部を加えて全量を100部とする。
処方(B)
70%HF:150g
67.5%HNO_(3):200g
水:650g
【0033】
(試験例)
処方(A)の酸洗液でフェースの両面を化学研磨して得たクラブヘッド(実施例)と、化学研磨を行わずに製造したクラブヘッド(比較例)を用い、ロボットによる試打実験を行った。
試打条件
ボール:ラージサイズ 2ピース
ヘッドスピード:50m/秒
打撃位置:フェースセンター
使用クラブ:1番ウッド
試打結果
【0034】
【表1】

【0035】
表1の結果から明らかである様に、本発明の方法によって製造されたクラブヘッドは繰返し打球に対して優れた耐割れ性を示した。また弾性力の作用により良好な飛距離を得ることができた。
【0036】
尚処方(B)の酸洗液でフェースの内面側のみを化学研磨して得たクラブヘッドを用いて発明者らが試打したところ、フェース表面の反発作用により従来品より優れた飛距離を示し、またフェースの割れも観察されなかった。
【0037】
【発明の効果】
本発明は上記の様に構成されており、Ti合金を用いた中空クラブヘッドを製造する際に、鋳造もしくは鍛造によって成形した素材を化学的研磨法によって処理することにより、薄肉化の求められる部位を簡単な操作で容易に薄肉化することができ、それによりヘッドの重心やバランスに悪影響を与えることなく軽量化を達成すると共に、ヘッド容量の拡大によって反発力を容易に高めることができ、飛距離の一段と高められたTi合金製中空クラブヘッドを提供し得ることになった。また、本発明をβ型Ti合金を用いたクラブヘッドの製造に適用すると、フェースの割れを生じない優れたβ型Ti合金性クラブヘッドを提供できる。
【図面の簡単な説明】
【図1】
鋳造されたクラブヘッドにおけるフェース厚み方向断面の硬度分布を示す図。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
審理終結日 2011-01-04 
結審通知日 2010-03-10 
審決日 2011-01-18 
出願番号 特願平7-134403
審決分類 P 1 113・ 121- YA (A63B)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 神 悦彦  
特許庁審判長 長島 和子
特許庁審判官 菅野 芳男
桐畑 幸▲廣▼
登録日 2000-04-14 
登録番号 特許第3056395号(P3056395)
発明の名称 ゴルフクラブ用Ti合金製中空クラブヘッドの製造方法  
代理人 植木 久一  
代理人 水島 仁美  
代理人 水島 仁美  
代理人 水島 仁美  
代理人 植木 久一  
代理人 菅河 忠志  
代理人 黒沼 吉行  
代理人 植木 久彦  
代理人 菅河 忠志  
代理人 水島 仁美  
代理人 植木 久彦  
代理人 菅河 忠志  
代理人 菅河 忠志  
代理人 植木 久彦  
代理人 植木 久一  
代理人 植木 久一  
代理人 植木 久彦  

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