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審判番号(事件番号) データベース 権利
不服200731801 審決 特許
不服200815983 審決 特許
不服20106590 審決 特許
不服20092282 審決 特許

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審決分類 審判 査定不服 5項独立特許用件 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) C12N
審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) C12N
管理番号 1240988
審判番号 不服2008-21270  
総通号数 141 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2011-09-30 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2008-08-20 
確定日 2011-08-04 
事件の表示 特願2002-106837「遺伝子発現制御ユニットおよびその利用」拒絶査定不服審判事件〔平成15年 1月14日出願公開、特開2003- 9888〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 1.手続の経緯

本願は, 特許法第41条に基づく優先権主張を伴う平成14年4月9日(優先日平成13年4月9日, 特願2001-109445号)を出願日とする特許出願であって, 平成20年4月8日付で拒絶理由が通知され, 平成20年6月13日に意見書とともに手続補正書が提出されたが, 平成20年7月15日付で拒絶査定がなされ, これに対し, 平成20年8月20日に拒絶査定に対する審判請求がなされ, 平成20年9月19日付で特許請求の範囲について手続補正がなされたものである。

2.平成20年9月19日付の手続補正についての補正却下の決定

[補正却下の決定の結論]

平成20年9月19日付の手続補正を却下する。

[理由]

(1)補正の内容

本件補正は, 特許請求の範囲の請求項1乃至3を削除するとともに, 請求項4について以下のように補正をして新たな請求項1とすることを含むものである。

(i) 本件補正前の特許請求の範囲の請求項1乃至4
「【請求項1】 ボツリヌス菌由来の神経毒素又は破傷風菌由来の神経毒素をコードするDNAを含み、特定の神経細胞において上記ボツリヌス菌由来の神経毒素又は破傷風菌由来の神経毒素の発現を可逆的に制御し得る構造を有するDNA。
【請求項2】 (a)特定の神経細胞においてボツリヌス菌由来の神経毒素又は破傷風菌由来の神経毒素の発現を可逆的に制御し得るDNA構造、及び(b)該DNA構造の制御下におかれるように連結されたボツリヌス菌由来の神経毒素又は破傷風菌由来の神経毒素をコードするDNAを含む遺伝子発現制御ユニット。
【請求項3】 (1)(a)特定の神経細胞特異的に活性化される転写制御領域DNAと該転写制御領域の制御下におかれるように連結された、特定の刺激により活性化され、かつ特定のプロモータを活性化する能力を有するタンパク質をコードするDNA、及び(b)該タンパク質により制御されるプロモータとその制御下におかれるように連結されたボツリヌス菌由来の神経毒素又は破傷風菌由来の神経毒素をコードするDNAを含む遺伝子発現制御ユニット。
【請求項4】 請求項1?3のいずれかに記載のDNA、若しくは遺伝子発現制御ユニットを保有する宿主。」

(ii) 本件補正後の特許請求の範囲の請求項1
「【請求項1】 下記のDNA、又は遺伝子発現制御ユニットを保有する宿主(ヒトを除く)。
(1)ボツリヌス菌由来の神経毒素又は破傷風菌由来の神経毒素をコードするDNAを含み、SNAREタンパク質が神経放出機能を有する神経細胞において上記ボツリヌス菌由来の神経毒素又は破傷風菌由来の神経毒素の発現を可逆的に制御し得る構造を有するDNA。
(2)(a)SNAREタンパク質が神経放出機能を有する神経細胞においてボツリヌス菌由来の神経毒素又は破傷風菌由来の神経毒素の発現を可逆的に制御し得るDNA構造、及び(b)該DNA構造の制御下におかれるように連結されたボツリヌス菌由来の神経毒素又は破傷風菌由来の神経毒素をコードするDNAを含む遺伝子発現制御ユニット。
(3)(a)SNAREタンパク質が神経放出機能を有する神経細胞特異的に活性化される転写制御領域DNAと該転写制御領域の制御下におかれるように連結された、特定の刺激により活性化され、かつ特定のプロモータを活性化する能力を有するタンパク質をコードするDNA、及び(b)該タンパク質により制御されるプロモータとその制御下におかれるように連結されたボツリヌス菌由来の神経毒素又は破傷風菌由来の神経毒素をコードするDNAを含む遺伝子発現制御ユニット。」

(2)補正の適否

本件補正の適否について検討すると, 本件補正は, 請求項1について, 対応する補正前の請求項4に記載の「請求項1?3のいずれかに記載のDNA, 若しくは遺伝子発現制御ユニット」をそれぞれ選択肢(1)?(3)として, (1)?(3)のDNA, 又は遺伝子発現制御ユニットを保有する宿主とし, 「特定の神経細胞」を「SNAREタンパク質が神経放出機能を有する神経細胞」に, 及び, 宿主を「ヒトを除く」宿主に, それぞれ限定したもの, であるから, 特許法17条の2第4項第2号の特許請求の範囲の限定的減縮を目的とするものである。

そこで, 本件補正後の請求項1に係る発明のうち, 選択肢の一つである(1)を保有する宿主(ヒトを除く)の発明(以下「本件補正発明」という。)が特許出願の際独立して特許を受けることができるものであるか検討する。

(i) 刊行物に記載された発明

原査定の拒絶の理由に刊行物1として引用された, 本願優先日前の遅くとも平成12年3月15日に頒布された刊行物である「NEDO平成11年度新規産業創造提案型公募事業成果報告会 予稿集,2000年 3月 (http://www.nedo.go.jp/itd/teian/ann-mtg/fy11/seika/98y09009/98y09009s.html)(以下, 「引用例1」という。)の「特異的且つ可逆的(脳)細胞機能制御を可能にするモデル動物作製法の開発に関する研究」の項目には, 以下の記載がある。

(a)「本プロジェクトにおいて、IMCT法をより発展させて、”可逆的”に特定細胞の機能を欠損(この場合、”欠損”と呼ぶよりも”一時停止”と呼ぶ方がふさわしい。)・回復させる技術を開発することとした。」(第2/8ページ第1?3行)

(b)「小脳顆粒細胞特異的に導入遺伝子を発現させるために、このGABAα6遺伝子の5’上流域からエクソン8の途中までの全長約7.2Kbp(以下GABAα6遺伝子SphI/Bst98I領域と呼ぶ)をプロモーターとして利用することにした。」(第3/8ページ2.2)

(c)「神経毒素或いは細胞内構造タンパク質遺伝子を細胞内で発現させることで、細胞死を回避する条件下で、神経細胞の機能のみを停止させようと考えている。・・・神経毒素遺伝子は、毒素を産生する菌を培養し、菌を培養液中で15分間煮沸後、この煮沸液からPCR法で増幅することにより取得した。」(第3/8?4/8ページ、2.3)

(d)「遺伝子導入マウスを作製するために、(1)(2)(3)(4)の遺伝子を構築した(図2参照)。・・・(1)導入遺伝子1:小脳顆粒細胞特異的にテトラサイクリン依存転写制御因子を発現させるための導入遺伝子。Encephalomyocarditis Virusに由来するIRES(Internal Ribosom Entry Site)中の11番目のATGをテトラサイクリン依存転写制御因子の開始コドンに合わせたものと12番目のATGをテトラサイクリン依存転写制御因子の開始コドンに合わせたものの、合計2種類を作製した。・・・(3)導入遺伝子3a:テトラサイクリン依存の制御で、マーカータンパク質EGFP(Enhanced Green Fluorescent Protein)と神経毒素、タンパク質不安定化アミノ酸配列の融合タンパク質を発現させるための導入遺伝子。合計6種類の異なる毒素に対してそれぞれ作製した。・・・タンパク質不安定化アミノ酸配列は、神経細胞の機能を一時停止から回復させるときに、神経毒素、細胞内構造タンパク質を速やかに除去させる為に付加した。」(第4/8ページ2.4、図2の導入遺伝子の構造の導入遺伝子1、3a)(なお、引用例1原文においては「(1)」、「(2)」、「(3)」及び「(4)」は丸付き数字の1、丸付き数字の2、丸付き数字の3、及び、丸付き数字の4で記載されている。以下同様。)

(e)「本プロジェクトにおける、可逆的(脳)細胞機能発現制御を実現させる為の基本戦略は(1)遺伝子を細胞特異的に発現させる(2)遺伝子の発現を誘導・抑制(リークレベルを低くする)させる(3)細胞死を回避する条件で、神経細胞の機能を停止させるタンパク質を発現させるということである。・・・本技術は、高次脳機能及び機能異常の機構を明らかにする為の新しい道を開く画期的なものである。・・・遺伝子導入マウスはそれ自身が有効な疾患モデルマウスとして利用でき、多くの病態(例えばパーキンソン病、アルツハイマー病等)の評価モデルまたは医薬スクリーニングの為の重要なツールとして商品価値がある。」(第6/8?7/8ページ3.)

(f)「(3)神経毒素、細胞内構造タンパク質の過剰発現を誘導・抑制したときに、可逆的な細胞機能制御が実現できているかどうかをSCG細胞において検討する。・・・(4)遺伝子導入マウスの作製に着手する。」(第7/8ページ4.2)

以上の記載から, 引用例1には, 可逆的に特定細胞の機能を欠損(一時停止)・回復させる目的のもと, 神経毒素を細胞内で発現させることで, 細胞死を回避する条件下で, 神経細胞の機能のみを停止させること, 遺伝子導入マウスを作製するために, 導入遺伝子1(小脳顆粒細胞特異的にテトラサイクリン依存転写制御因子を発現する遺伝子)及び導入遺伝子3a(テトラサイクリン依存の制御で神経毒素を細胞内で発現させる遺伝子)を調製したこと, 導入遺伝子3aは6種類の異なる毒素に対してそれぞれ作製されたこと, 神経毒素遺伝子は, 毒素を産生する菌を培養して取得したこと, 神経毒素の発現の誘導・抑制により, 可逆的な細胞機能制御を検討すること, 及び, 該遺伝子を導入したマウスを作製することが記載されている。
このことから, 引用例1には, 「神経毒素をコードするDNAを含み, 小脳顆粒細胞において上記毒素の発現を可逆的に制御し得る構造を有するDNA, を保有する宿主(ヒトを除く)」が記載されているものと認める。

(ii)対比・判断

本件補正発明と引用例1に記載された事項を比較すると, 本件補正発明と引用例1に記載された事項は, 神経毒素をコードするDNAを含み, 神経細胞において神経毒素の発現を可逆的に制御し得る構造を有するDNAを保有する宿主(ヒトを除く)である点で一致し, 以下の点において相違する。

(ア)本件補正発明において用いた神経毒素は, ボツリヌス菌由来の神経毒素又は破傷風菌由来の神経毒素であるのに対し, 引用例1には, 神経毒素が, 毒素を産生する菌由来のものであって, 6種類の異なる毒素のそれぞれであると記載されているに過ぎない点。
(イ)導入する遺伝子を発現する神経細胞は, 本件補正発明においては, SNAREタンパク質が神経放出機能を有する神経細胞であるのに対し, 引用例1では小脳顆粒細胞である点。
(ウ)本件補正発明においては, DNAを保有する宿主(ヒトを除く)を作成した具体例が明細書に記載されているのに対し, 引用例1においては, DNAを保有する宿主を実際に作成したことは記載されていない点。

(iii)当審の判断

上記相違点について検討する。

(ア)について, 引用例1には, 6種類の神経毒素の種類については明記されておらず, 毒素を産生する菌由来であることが記載されているにとどまる。
一方, 生化学辞典第3版(今堀和友ら監修, 東京化学同人, 1998年発行)の「神経毒」の項によれば, 「神経系に特異的に働き, その機能を障害する物質をいう。おもに動物, 植物あるいは微生物など天然の産生物を指すが, 人工合成物まで広く含む場合もある。・・・標的器官別に神経毒を分けると, 軸索や細胞体のナトリウムチャンネルをブロックして活動電位を止める毒としてテトロドトキシン, サキシトキシンの類があり, カリウムチャンネルを阻害する毒としてサソリ毒のカリブドトキシンやハチ毒アパミンがある。シナプス前膜のチャンネルとそれに関連するシナプス小胞に作用して伝達物質の放出を抑制する毒としてボツリヌス毒素や破傷風毒素がある。伝達物質の受容体に結合する毒は種類が多いが伝達阻害作用をもつ神経毒の例をあげると, ヘビ毒中のαブンガロトキシンやクラーレはアセチルコリン受容体を阻害する。グルタミン酸受容体を阻害する天然毒素としてクモ毒のジョロウグモトキシンやカリウドバチ毒中のδフィラントトキシンがある。またγ-アミノ酪酸(GABA_(A))受容体を阻害する毒素としてビククリン, グリシン受容体を阻害するストリキニーネがある。」と記載されている。
ここで, 上記の列挙された毒素は神経毒として代表的なものであり, それらの中で菌由来のものはボツリヌス毒素や破傷風毒素であるから, 神経毒として代表的な毒素であって, しかも一過的な作用を有することが周知のボツリヌス菌由来の神経毒素又は破傷風菌由来の神経毒素を, 細胞死を回避して可逆的な機能欠損・回復を行う目的で用いられる引用例1における菌由来の神経毒素として用いることは当業者がきわめて容易に想到し得たものである。

(イ)について, 引用例1において(b)に記載されたように小脳顆粒細胞特異的に導入遺伝子を発現させることが記載されており, 本願明細書の実施例においてSNAREタンパク質が神経放出機能を有する神経細胞として用いられたのも小脳顆粒細胞であること, 及び, 小脳顆粒細胞は神経伝達物質を放出する細胞であること, から(イ)の点は実質的な相違点とはいえない。

(ウ)について, 引用例1には, 導入遺伝子を保有する宿主を実際に調製したことは記載されていないが, 引用例1の(d), (e)及び(f)に記載されたように, 調製した遺伝子を細胞やマウスなどに導入することが想定されており, 遺伝子導入マウスを作製することは本願優先日前に周知の方法であったことから, 引用例1に記載された導入遺伝子を保有する宿主を調製することは当業者が容易に想到し得たことである。そして, 宿主の調製にあたり, 本件補正発明において特別な工夫を行ったものでもないし, 格別の困難性があったものでもない。

また, 本件補正発明の効果について, 上記(ア)の欄で述べたように, 引用例1に記載の神経毒素として, ボツリヌス菌由来の神経毒素又は破傷風菌由来の神経毒素を用いることは強く動機付けされることであり, その結果, 神経細胞において神経毒素の発現を可逆的に制御し得たことが見出されても, そのことは引用例1に記載された, 当業者が期待した通りの結果が得られたことを意味するにすぎない。
さらに, 本願明細書の実施例においては, 遺伝子を導入するにあたり, 毒素をコードする遺伝子のC末側にPEST配列などの不安定化配列を結合した場合に神経毒素の作用が宿主において可逆的であったことは示されているものの, 該不安定化配列を含まないDNAを導入した場合においてまで宿主における神経毒素の作用が可逆的であったことは示されていないので, 本件補正発明のように(1)のDNAを含んでいるだけで宿主において神経毒の作用が可逆的であったとはいえない。よって, そのような効果は本件補正発明全体が奏する効果とはいえない。
したがって, 本件補正発明が当業者が予想できない顕著な効果を奏するものではない。

(iv)審判請求人の主張について

請求人は平成23年3月28日付の回答書において, 以下の点を主張している。

(ア)「神経毒素としては、本願発明で使用するボツリヌス菌又は破傷風菌に由来する神経毒素以外にも、フグ毒、テトロドキシン、志賀毒素、クモ毒、サソリ毒、ジフテリア毒素等があります。ここで、本願発明においては、以下に述べる通り、ボツリヌス菌又は破傷風菌に由来する神経毒素を特に選択して用いることによって、タンパク質の発現が可逆的に制御することが可能になりました。多種の神経毒素の中において、ボツリヌス菌又は破傷風菌に由来する神経毒素を用いることによってタンパク質の発現が可逆的に制御できるようになることは当業者といえども到底容易には予測できない顕著な効果であり、本願発明は引例1に対して十分に進歩性を有するものであります。」

(イ)「動物個体に、細胞特異的、時期特異的、可逆的に、個体間で安定して作用させるためには、外から毒素を投与するのではなく、遺伝子工学的手法を用いて毒素を産生するトランスジェニックマウスを作製することが求められます。従って、毒素としては遺伝子でコードできるタンパク質の因子でなければならず、例えば、フグ毒・テトロドキシンや志賀毒素は遺伝子でコードできないため使用できません。」

(ウ)「また、「可逆的」にするためには、不安定化配列を融合させて動物個体内での毒素の寿命を短くすることが方策として考えられます。・・・しかしながら、例えば、ジフテリア毒素は、NADを基質として、NADのADPリボシル基をEF-2(ペプチド鎖伸長因子2)に結合させ(ADPリボシル化、ADPリボシルトランスフェラーゼ活性)、その結果、宿主細胞のタンパク合成を阻害し、結果として細胞致死作用が生じます。このようにして細胞自身が死んでしまうと不可逆的になります。これに対して、ボツリヌス菌又は破傷風菌は、SNAREタンパク質を特異的基質とする分子量50KDaほどのプロテアーゼです。本発明者らは、この毒素プロテアーゼに不安定化配列等を融合させても、そのプロテアーゼ活性が失われないことを実際に確認し、本願発明において採用しました。一般的に、高い発現量を獲得するのが技術的に難しいトランスジェニックマウスにおいて、少ない発現量でその作用を出すには、効果の強い神経毒素を選ぶ必要があります。ボツリヌス菌及び破傷風菌は、少量でもその作用(この場合は、SNAREタンパク質を分解することによる神経伝達抑制作用)を発揮することが可能であるという特徴を有しています。」

(エ)「確かに、引例1では、本願発明と同様に、特定細胞の機能を可逆的に欠損・回復させることを目的としています。そして、審査官殿は「ボツリヌス菌毒素、破傷風菌毒素を用いることは本願優先日前既に当業者に周知技術であったと認められる」と認定されています。しかしながら、引例1には研究予定として神経毒素一般の使用予定が記載されているのみであり、本願発明の特徴とする2種の神経毒素については記載も示唆もありません。そもそも、毒素は一般には宿主に対して不利な作用をもたらします。従って、毒素を宿主へ導入する遺伝子として使用する場合には、本願発明の目的とする解析の妨げとなる副作用が発生すること、毒素タンパク質の発現が宿主に対して致死的になること、そして毒素タンパク質の発現により、神経伝達が宿主に制御できなくなること等の現象が発生し、仮に導入された個体が取得できても毒素タンパク質が発現しない可能性が十分に予想されます。その上、仮に毒素タンパク質が発現したとしても、本願発明の目的とする効果が発現できない可能性が極めて高いものと予想されます。」

(ア), (イ)及び(エ)において, 請求人は, 要するに, 引用例1において用いる神経毒素として, 記載も示唆もないボツリヌス菌毒素, 破傷風菌毒素を用いることは当業者が容易に想到し得ないこと, これらの毒素を用いたことで目的の効果を達成できたことを主張している。確かに, 神経毒としては多種多様なものが知られているが, 引用例1には, 神経毒素遺伝子を, 毒素を産生する菌から取得したことが記載されており, その発現のためにベクターを用いていることから考えても, 神経毒素として遺伝子がコードするタンパク質を用いることが記載されていると認められるので, これらの要件を満たす神経毒素は自ずと限定されるから, 2.(2)(iii)の欄でも述べたように, 種々の公知の神経毒の中で, 上記要件を満たす菌由来の毒素として代表的な毒素であるボツリヌス菌及び破傷風菌由来の毒素を用いることに格別の困難性は認められない。
そして, これらの毒素を用いたことによる効果について, 前置報告書において文献を挙げて示したように, また, 文献を挙げるまでもなく, ボツリヌス菌毒素, 破傷風菌毒素の神経細胞に対する作用が致死でなく一過的であることは周知であるから, これらの神経毒素を用いたことで作用が可逆的であったことは当業者が予想し得た範囲のものである。

また, (ア)及び(ウ)において, 請求人は, 毒素タンパク質の発現を可逆的に制御することの困難性を主張している。しかし, 引用例1の(d)や図2には, タンパク質不安定化アミノ酸配列と神経毒素の融合タンパク質を発現させるための導入遺伝子が記載され, タンパク質不安定化アミノ酸配列は神経細胞の機能を回復させるときに, 神経毒素を除去するために用いることが記載されており, 本願発明1においても引用例1に記載の通りに遺伝子の導入・発現を行っただけである。
よって, 毒素タンパク質の発現を可逆的に制御することが困難であったとはいえない。
また, そもそも, 本件補正発明の宿主は, 「SNAREタンパク質が神経放出機能を有する神経細胞において上記ボツリヌス菌由来の神経毒素又は破傷風菌由来の神経毒素の発現を可逆的に制御し得る構造を有するDNA」を単に保有する宿主であって, 不安定化配列は発明特定事項ではなく, 不安定化配列を有さない宿主における神経毒の作用が可逆的であったことは確認されておらず,2.(2)(iii)相違点(ウ)欄の下に記載した効果についての欄でも述べたように, そのような効果は本件補正発明全体が奏する効果とはいえない。

以上の通りであるから, 請求人の(ア)?(エ)の主張はいずれも採用することができない。

したがって, 本件補正発明は, 当業者が刊行物1に記載された発明及び周知の技術手段に基いて容易に発明をすることができたものであるから, 特許法29条2項の規定により, 特許出願の際独立して特許を受けることができない。

(3)むすび

以上のとおりであるから, 本件補正は, 平成18年法律第55号改正附則第3条第1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法第17条の2第5項において準用する同法第126条第5項の規定に違反するので, 同法第159条第1項において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下すべきものである。

3.本願発明について

平成20年9月19日付の手続補正は, 上記のとおり却下されたので, 本願の請求項4に係る発明のうち請求項1を引用する部分(以下, 「本願発明4」という。)は, 平成20年6月13日付け手続補正書の特許請求の範囲の請求項4に記載された事項により特定される, 以下のとおりのものである。

「【請求項1】 ボツリヌス菌由来の神経毒素又は破傷風菌由来の神経毒素をコードするDNAを含み、特定の神経細胞において上記ボツリヌス菌由来の神経毒素又は破傷風菌由来の神経毒素の発現を可逆的に制御し得る構造を有するDNA。
・・・
【請求項4】 請求項1?3のいずれかに記載のDNA、若しくは遺伝子発現制御ユニットを保有する宿主。」

4.原査定の理由

一方, 原査定の理由2は, 本願は, その出願前に日本国内又は外国において, 頒布された下記の刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明に基いて, その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから, 特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないというものである。

5.当審の判断

本願発明4は, 本件補正発明の「神経細胞」についての「SNAREタンパク質が神経放出機能を有する」との特定を削除したものであり, 本件補正発明を包含するものであるから, 本願発明4についても本件補正発明と同様の理由により, 引用例1の記載に基づいて当業者が容易に発明できたものである。

6.むすび

したがって, 本願の請求項4に係る発明は,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから,他の請求項に係る発明について検討するまでもなく,本願は拒絶をすべきものである。

よって, 結論の通り審決する。
 
審理終結日 2011-06-03 
結審通知日 2011-06-07 
審決日 2011-06-21 
出願番号 特願2002-106837(P2002-106837)
審決分類 P 1 8・ 121- WZ (C12N)
P 1 8・ 575- WZ (C12N)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 太田 雄三  
特許庁審判長 鵜飼 健
特許庁審判官 鈴木 恵理子
六笠 紀子
発明の名称 遺伝子発現制御ユニットおよびその利用  
代理人 特許業務法人特許事務所サイクス  

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