• ポートフォリオ機能


ポートフォリオを新規に作成して保存
既存のポートフォリオに追加保存

  • この表をプリントする
PDF PDFをダウンロード
審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) C12N
審判 査定不服 5項独立特許用件 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) C12N
管理番号 1242046
審判番号 不服2008-23124  
総通号数 142 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2011-10-28 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2008-09-09 
確定日 2011-08-18 
事件の表示 特願2001-265495「固定化酵素及びその用途」拒絶査定不服審判事件〔平成15年 3月11日出願公開、特開2003- 70471〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 1.手続の経緯・本願発明

本願は, 平成13年9月3日を出願日とするものであって, 平成20年8月7日付で拒絶査定がなされ, これに対し, 平成20年9月9日に拒絶査定に対する審判請求がなされ, 平成20年9月30日付で特許請求の範囲について手続補正がなされたものである。

2.平成20年9月30日付の手続補正についての補正却下の決定

[補正却下の決定の結論]

平成20年9月30日付の手続補正を却下する。

[理由]

(1)補正の内容

本件補正は, 補正前の出願当初の特許請求の範囲の請求項1における選択肢である(b)及び(d)を削除して, 以下のように補正をしたものである。

ア.補正前の請求項1
「【請求項1】下記(a)?(d)のいずれかのアミノ酸配列を有するタンパク質を, 平均半径200?500オングストロームの細孔を有するスチレン-ジビニルベンゼン共重合体に固定化したことを特徴とする固定化酵素。
(a)配列番号1で示されるアミノ酸配列。
(b)ラセミ体のN-ベンジルアゼチジン-2-カルボン酸エチルエステルを不斉加水分解し, (S)体のN-ベンジルアゼチジン-2-カルボン酸を優先的に生産する能力を有するタンパク質のアミノ酸配列であって, かつ配列番号1で示されるアミノ酸配列の一部からなるアミノ酸配列。
(c)ラセミ体のN-ベンジルアゼチジン-2-カルボン酸エチルエステルを不斉加水分解し, (S)体のN-ベンジルアゼチジンカルボン酸を優先的に生産する能力を有するタンパク質のアミノ酸配列であって, かつ配列番号1で示されるアミノ酸配列をコードする塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするDNAの塩基配列がコードするアミノ酸配列。
(d)ラセミ体のN-ベンジルアゼチジン-2-カルボン酸エチルエステルを不斉加水分解し, (S)体のN-ベンジルアゼチジン-2-カルボン酸を優先的に生産する能力を有するタンパク質のアミノ酸配列であって, かつ配列番号1で示されるアミノ酸配列に対して60%以上のアミノ酸同一性を示すアミノ酸配列。」

イ.補正後の請求項1
「【請求項1】下記(a)または(b)のいずれかのアミノ酸配列を有するタンパク質を, 平均半径200?500オングストロームの細孔を有するスチレン-ジビニルベンゼン共重合体に固定化したことを特徴とする固定化酵素。
(a)配列番号1で示されるアミノ酸配列。
(b)ラセミ体のN-ベンジルアゼチジン-2-カルボン酸エチルエステルを不斉加水分解し, (S)体のN-ベンジルアゼチジンカルボン酸を優先的に生産する能力を有するタンパク質のアミノ酸配列であって, かつ配列番号1で示されるアミノ酸配列をコードする塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするDNAの塩基配列がコードするアミノ酸配列。」

(2)補正の適否

本件補正の適否について検討すると, 請求項1において(b)及び(d)を削除する補正は, タンパク質のアミノ酸配列の選択肢を限定するものであり, 補正前と補正後の発明の解決しようとする課題, 産業上の利用分野も同一であるから, 平成18年改正前特許法17条の2第4項第2号の特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。

そこで, 本件補正後の請求項1に係る発明のうち, 選択肢の一つである(a)のアミノ酸配列を有するタンパク質を固定化したことを特徴とする固定化酵素の発明(以下「本件補正発明」という。)が特許出願の際独立して特許を受けることができるものであるか検討する。

ア.刊行物に記載された発明

(ア)引用例1
原査定の拒絶の理由に刊行物1として引用された本願出願日前の平成13年2月20日に頒布された刊行物である特開2001-46084号公報(以下, 「引用例1」という。)には, 以下の記載がある。

a.「【請求項12】下記のアミノ酸配列のいずれかを有するタンパク質。
(a)配列番号1で示されるアミノ酸配列。
(b)ラセミ体のN-ベンジルアゼチジン-2-カルボン酸エチルエステルを不斉加水分解し, (S)体のN-ベンジルアゼチジン-2-カルボン酸を優先的に生産する能力を有するタンパク質のアミノ酸配列であって, かつ配列番号1で示されるアミノ酸配列の一部からなるアミノ酸配列。
(c)ラセミ体のN-ベンジルアゼチジン-2-カルボン酸エチルエステルを不斉加水分解し, (S)体のN-ベンジルアゼチジン-2-カルボン酸を優先的に生産する能力を有するタンパク質のアミノ酸配列であって, かつ配列番号1で示されるアミノ酸配列をコードする塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするDNAの塩基配列がコードするアミノ酸配列。・・・
(e)ラセミ体のN-ベンジルアゼチジン-2-カルボン酸エチルエステルを不斉加水分解し, (S)体のN-ベンジルアゼチジン-2-カルボン酸を優先的に生産する能力を有するタンパク質のアミノ酸配列であって, かつ配列番号1で示されるアミノ酸配列に対して60%以上のアミノ酸同一性を示すアミノ酸配列。」(【特許請求の範囲】)

b.「本発明タンパク質あるいは本発明遺伝子を有する微生物又はその処理物は種々の形態で生体触媒として利用される。具体的には, 例えば, 本発明遺伝子を有する微生物の培養物, 本発明遺伝子を有する微生物の菌体, かかる菌体の処理物, 無細胞抽出液, 粗精製タンパク質, 精製タンパク質等の形態をあげることができる。ここで菌体の処理物としては, 例えば, 凍結乾燥菌体, 有機溶媒処理菌体, 乾燥菌体, 菌体摩砕物, 菌体の自己消化物, 菌体の超音波処理物, 菌体抽出物, 菌体のアルカリ処理物等をあげることができ, さらに, これら種々の形態の生体触媒を, 例えば, シリカゲルやセラミックス等の無機担体, セルロース, イオン交換樹脂等へ吸着させる担体結合法や, ポリアクリルアミド, 含硫多糖ゲル(例えばカラギーナンゲル), アルギン酸ゲル, 寒天ゲル等の高分子の網目構造の中に閉じ込める包括法などの公知の方法に準じて固定化した固定化物として用いることもできる。」(段落【0071】から【0072】)

c.「実施例12 表2に示された各種のN-ベンジル-L-アゼチジンカルボン酸エステルそれぞれ40μl, メチル-t-ブチルエーテル1.0ml, および100mMリン酸カリウム緩衝液(pH7.0)1.5mlを10ml容ネジ口試験管に入れ, これに実施例11にて調製した酵素液0.5ml(8.8U相当)を加え, それぞれ, 30℃, 16時間振とうしながら反応を行った。反応後, 反応液を遠心分離(12000rpm, 5分間)して得られる水相中のN-ベンジルアゼチジン-2-カルボン酸を実施例1に記載の方法で定量した。また, N-ベンジルアゼチジン-2-カルボン酸の光学異性体分析を実施例2に記載の方法で行った。これらの結果から, 算出された生成率(反応に供したラセミN-ベンジルアゼチジン-2-カルボン酸エステルに対するN-ベンジルアゼチジン-2-カルボン酸の生成率)およびN-ベンジルアゼチジン-2-カルボン酸の光学純度を表2に示した。」(段落【0101】及び【0102】)

d. 【表2】

(段落【0102】)

e.配列番号1
Met His Leu Pro Ile Lys Thr Leu Phe Val Ser Leu Leu Gly Ala Ser Val Leu Ala Arg Pro Leu Pro Asn Asp Ala Leu Val Glu Arg Asn Ala Pro Leu Asn Glu Phe Leu Ser Val Leu Leu Ser His Leu Pro Ala Ile Asn Gly Ser Ile Thr Ala Val Ser Gly Leu Ile Thr Asp Phe Asp Gln Leu Leu Ala Asp Ile Thr Gly Ala Gln Thr Thr Leu Asn Gly Phe Thr Gly Ala Cys Thr Asp Tyr Thr Val Leu Phe Ala Arg Gly Thr Ser Glu Pro Gly Asn Val Gly Val Leu Val Gly Pro Pro Leu Ala Glu Ala Phe Glu Gly Ala Val Gly Ala Ser Ala Leu Ser Phe Gln Gly Val Asn Gly Tyr Ser Ala Ser Val Glu Gly Tyr Leu Ala Gly Gly Glu Ala Ala Gly Ser Lys Ala Met Ala Ser Gln Ala Ser Asp Ile Leu Ser Lys Cys Pro Asp Thr Lys Leu Val Met Ser Gly Tyr Ser Gln Gly Cys Gln Ile Val His Asn Ala Val Glu Gln Leu Pro Ala Glu His Ala Ser Lys Ile Ser Ser Val Leu Leu Phe Gly Asp Pro Tyr Lys Gly Lys Ala Leu Pro Asn Val Asp Ala Ser Arg Val His Thr Val Cys His Ala Gly Asp Thr Ile Cys Glu Asn Ser Val Ile Ile Leu Pro Ala His Leu Thr Tyr Ala Val Asp Val Ala Ser Ala Ala Asp Phe Ala Val Ala Ala Ala Lys Asn

ここで, 引用例1の配列番号1は, 本件補正発明の配列番号1とその配列が一致している。また, 引用例1の表2には, 実施例12で用いるN-ベンジル-L-アゼチジンカルボン酸エステルとして, N-ベンジルアゼチジン-2-カルボン酸エチルを用いたこと, 該基質を用いたことで光学純度が>98(%e.e.)のS体であるN-ベンジルアゼチジン-2-カルボン酸を生成したことが記載されている。
よって, 以上のことから, 引用例1には, 本件補正発明で用いている酵素のアミノ酸配列と一致している配列番号1で示されるアミノ酸配列を有し, ラセミ体のN-ベンジルアゼチジン-2-カルボン酸エチルエステルを不斉加水分解して, (S)体のN-ベンジルアゼチジンカルボン酸を優先的に生産する能力を有するタンパク質が記載され, 該タンパク質を担体結合法などの公知の方法に準じて固定化した固定化物として用いることもできることが記載されていると認める。

(イ)引用例2
また, 同じく, 原査定の拒絶の理由に刊行物2として引用された本願出願日前の平成1年6月2日に頒布された刊行物である特開平1-141600号公報(以下, 「引用例2」という。)には, 以下の記載がある。

f.「本発明は, 医薬品等の合成原料として有用な・・・光学活性N-ベンジル-3-ヒドロキシピロリジン及び・・・光学活性N-ベンジル-3-アシロキシピロリジンを化学的に容易に合成しうる(R)および(S)-N-ベンジル-3-アシロキシピロリジン混合物を微生物あるいは酵素により立体選択的に加水分解することにより光学分割することで経済的に生産することを目的としたものである。」(第3ページ左下欄第9?17行)

g.「加水分解反応は, 微生物培養液あるいは酵素抽出物又は酵素の水溶液に基質〔I〕を0.5?75%(W/V)濃度の範囲で添加し, 温度10?55℃の範囲で撹拌しながら行なう。・・・反応において微生物あるいは酵素を水不溶性の担体等で固定化して, くり返し用いる事もできる。・・・酵素の固定化にはアンバーライトXAD-7, アンバーライトXAD-2, ダイヤイオンHP20, ダイヤイオンHP2MG, オクチル・セファロースCL-4B等の合成吸着剤等による方法等が挙げられる。」(第5ページ左下欄第8行?右下欄第6行)

(ウ)引用例3
同じく, 原査定の拒絶の理由に刊行物3として引用された本願出願日前の平成11年3月16日に頒布された刊行物である特開平11-69974号公報(以下, 「引用例3」という。)には, 以下の記載がある。

h.「本発明は, 酵素を触媒とする生化学反応の工業的な実施に有用な固定化酵素および固定化酵素担体に関するものである。」(【0001】)

i.「この固定化酵素によれば, 有機溶媒中の酵素反応が可能であるだけでなく, 酵素の回収・再利用による触媒コストの低減, 酵素の安定性の向上, 反応時間の短縮, 反応器の小型化等が図れるという利点がある。」(【0003】)

j.「固定化酵素担体としては, 特に限定されるものではなく, マクロポーラス樹脂や各種の多孔性無機材料を使用することができ, 特に, 担体の有する細孔の孔径が数十?数百nmの範囲であるものが, 酵素の固定化時の拡散および反応時の基質との接触が有効に起こるため好ましい。・・・担体として用いるマクロポーラス樹脂としては, 吸着樹脂またはイオン交換樹脂として市販されているものを使用することができる。そのような市販品としては, 吸着樹脂としては, ・・・ ダイヤイオンHP20, ダイヤイオンHP2MG, セパビーズSP207(以上, 三菱化学株式会社製:「ダイヤイオン」および「セパビーズ」は登録商標), ・・・等が挙げられる。」(段落【0031】から【0032】)

イ.対比・判断

本件補正発明のタンパク質について, 引用例1の配列番号1と本件補正発明の配列番号1のアミノ酸配列が一致している上, タンパク質が加水分解する基質及びそれにより得られる生成物も相違しないから, 引用例1に記載のタンパク質と本件補正発明のタンパク質は同一のタンパク質であると認める。
よって, 本件補正発明と引用例1に記載された事項を比較すると, 両者は, 配列番号1で示されるアミノ酸配列を有するタンパク質を固定化したことを特徴とする固定化酵素である点で一致し, 以下の点で相違する。

a.タンパク質を固定化するための担体が, 本件補正発明においては, 平均半径200?500オングストロームの細孔を有するスチレン-ジビニルベンゼン共重合体であるのに対し, 引用例1には, 該担体は具体的に記載されていない点。

ウ.当審の判断

上記相違点について検討する。

aについて, 本願出願日前, 酵素を固定化することは周知技術であって, 酵素を固定化するにあたり, 酵素の結合効率や酵素活性への影響などを考慮して, 酵素に応じて最適な担体との結合方法や使用する担体の種類を選択することも, 当業者において自明であった。また, 引用例1には, 酵素を担体に吸着させることが記載されている。そして, 引用例2のg及び引用例3のjに記載されたように, 酵素を固定化するための担体として用いる吸着樹脂は種々のものが知られており, 公知の担体の中から, 引用例1に記載されたタンパク質を固定化するのに適した担体を選択することは当業者が通常行う試行錯誤に過ぎない。
よって, 引用例1に記載されたタンパク質を固定化する担体として, 引用例1と同じく酵素を固定化する発明が記載されている引用例2及び3に記載された, 公知の吸着樹脂である「ダイヤイオン(登録商標)HP20」を用いることも適宜選択し得たことである。
また, 引用例2及び3に記載の「ダイヤイオン(登録商標)HP20」は, スチレン-ジビニルベンゼン系合成吸着剤であること, 細孔半径が260オングストロームであることが知られているので(必要ならば三菱化学のイオン交換樹脂・分離精製用樹脂 ダイヤイオン(登録商標)セパビーズ(登録商標)MCl(登録商標)GEL 商品のご紹介 合成吸着剤 i)芳香族HPシリーズの欄参照(http://www.diaion.com/products/synthesis_01.html)), 平均半径200?500オングストロームの細孔を有するスチレン-ジビニルベンゼン共重合体であると認められるから, タンパク質を固定化するための担体として, 平均半径200?500オングストロームの細孔を有するスチレン-ジビニルベンゼン共重合体を用いることは当業者が容易に想到し得たものである。
そして, 本願明細書の実施例で用いている「ダイヤイオンHP20SS」は, 「ダイヤイオン(登録商標)HP20」の粒径を小粒子化したものであり(必要ならば三菱化学のイオン交換樹脂・分離精製用樹脂 ダイヤイオン(登録商標)セパビーズ(登録商標)MCl(登録商標)GEL 商品のご紹介 クロマト分離用小粒径合成吸着剤 ダイヤイオン(登録商標)HP20SSの欄参照(http://www.diaion.com/products/chromato_synthesis_02.html)), 細孔の平均半径において, 引用例2及び3に記載の「ダイヤイオン(登録商標)HP20」と変わるところはないと認められる。また, その細孔の平均半径が少なくとも200?500オングストロームの範囲であることは, 本願明細書の実施例において用いられていることからも明らかである。
また, 例え, 「ダイヤイオンHP20SS」の細孔の平均半径が200?500オングストロームの範囲でなかったとした場合であっても, 固定化酵素における担体の細孔の平均半径については, 当業者が適切な範囲を適宜決定し得るものである。
そして, 多くの公知の担体の中から選択された特定の担体を用いたことで, 得られた固定化酵素が当業者が予想できない顕著な効果を奏するのであれば, 当業者が容易になし得たものとはいえないが, 本件補正発明において特定の担体を用いたことで, 他の担体を用いた場合と比較して反応効率がよかったなどの格別の効果を奏したことは示されていないので, 本件補正発明が顕著な効果を奏するものでもない。

エ.審判請求人の主張について

平成23年4月7日付の回答書において, 請求人は, 以下の主張をしている。

(a)「本発明の固定化酵素を用いて不斉加水分解反応を行うことにより, 菌体に由来したタンパク質や, 培養によって生成される副生物が混入することなく, 容易に目的生成物の分離・精製を可能とし, さらには不斉加水分解酵素の再利用も可能としたことは画期的であり, 工業的スケールにおいても効率的に不斉加水分解反応を行ううえで, 大変大きな技術的な進歩を有することでありました。」

(b)「本加水分解酵素を吸着する際に用いる担体として, 本発明で用いている担体が最良であり, このこと自体が本発明における進歩性を裏付けるものと思慮いたします。」

(c)「そもそも全ての酵素を, あらゆる吸着剤に固定化できる保証はなんらございません。・・・先の意見書において述べましたように, 酵素の固定化には, (a)担体結合法, (b)架橋法, (c)包括法などが知られており, 本願の固定化方法は, (a)の担体結合法でありますが, この方法によって酵素を固定化する場合, 担体によって酵素の結合量が変化するばかりでなく, 酵素活性にも影響を及ぼします。さらに, 担体によっては, 酵素の基質特異性にも影響を与えることがあるため, 使用する担体の選択には, 十分な注意を払う必要があります(「固定化生体触媒」千畑一郎編 講談社サイエンテフィックp14, 参考文献1参照)。・・・参考文献2のp306, Table 1には, Cyclodextrin Glucanotransferaseを種々の担体に固定化し, 酵素活性(Activity of immobilized enzyme)を測定した結果が記載されています。本結果から明らかなように, 同じ酵素を用いた場合でも, 担体によっては酵素を固定化できず, あるいは基質特異性に影響を与えるため, 酵素反応が進行しない場合があることが理解できるかと思います。」

(a)から(c)の主張について検討する。

(a)について, 主張された効果は, 固定化酵素が通常奏する効果に過ぎず, 固定化酵素を用いれば当然に予想される効果であって, 本件補正発明に特有の効果ではないから, 本件補正発明が当業者が予想できない顕著な効果を奏するとはいえない。

(b)について, 本件補正発明で用いた担体が, 他の担体に固定化を行った場合と比較して, より優れていることを示す実験結果などはなく, 本願明細書の記載からは, 本件補正発明で用いた担体が最良であることは理解できない。

(c)については, 上記2.(2)ウにおけるaの項において述べたように, 引用例1には, 担体結合法や包括法などの公知の方法でタンパク質を固定化し得ることが記載されており, 公知の担体の中から, 引用例1に記載されたタンパク質を固定化するのに適した担体を選択することは当業者が通常行う試行錯誤に過ぎない。特に, 「ダイヤイオン(登録商標)HP20」のような合成吸着樹脂では, 本件補正発明に係る酵素が吸着できないという具体的根拠もない。
また, 引用例1及び引用例2あるいは3に記載された発明は, それぞれ酵素の固定という同一の技術分野に属するものであるから, 引用例1及び引用例2あるいは3を結びつけることを妨げる特段の理由も見出せず, 例えば, Agric.Biol.Chem.,1985,Vol.49,No.6,p.1661-1667に記載されたように, 不斉加水分解を行う酵素を吸着により固定化する担体として「ダイヤイオン(登録商標)HP20」を用いたところ活性があったことも知られているので, 引用例1のタンパク質を固定化する担体として「ダイヤイオン(登録商標)HP20」を選択し得ないという技術常識が本願出願日前にあったものでもない。
そして, 種々の担体の中で「ダイヤイオン(登録商標)HP20」に代表されるスチレン-ジビニルベンゼン共重合体を選択したことで他の担体と比較して顕著な効果を奏したことが確認できないことはすでに述べた通りである。
また, (c)中の参考文献1の記載は「使用する担体によって酵素の結合量が大きく変化し・・・基質特異性にも変化を与えることがある」という記載に過ぎず, 「A.物理的吸着法」の欄には, 「酵素タンパク質の活性中心の破壊あるいは高次構造の変化が少ないと考えられ」という記載があるので, 参考文献1の記載は酵素を担体に吸着させ固定化することを妨げるものではない。
さらに, (c)中の参考文献2に記載された酵素は本件補正発明の酵素とは異なるものであり,また, 表1に記載された結果をみると, 酵素活性が失われたのは17例のうちのわずか1例に過ぎない。
したがって,請求人の主張は採用できない。

以上の通りであるから, 請求人の(a)から(c)の主張はいずれも採用することができない。

したがって, 本件補正発明は, 当業者が引用例1乃至3に記載された発明及び周知の技術手段に基いて容易に発明をすることができたものであるから, 特許法29条2項の規定により, 特許出願の際独立して特許を受けることができない。

(3)むすび

以上のとおりであるから, 本件補正は, 平成18年法律第55号改正附則第3条第1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法第17条の2第5項において準用する同法第126条第5項の規定に違反するので, 同法第159条第1項において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下すべきものである。

3.本願発明について

平成20年9月30日付の手続補正は, 上記のとおり却下されたので, 本願発明は, 出願当初の明細書の記載からみて, その特許請求の範囲に記載された事項により特定される以下のとおりのものである。

「【請求項1】下記(a)?(d)のいずれかのアミノ酸配列を有するタンパク質を, 平均半径200?500オングストロームの細孔を有するスチレン-ジビニルベンゼン共重合体に固定化したことを特徴とする固定化酵素。
(a)配列番号1で示されるアミノ酸配列。
(b)ラセミ体のN-ベンジルアゼチジン-2-カルボン酸エチルエステルを不斉加水分解し, (S)体のN-ベンジルアゼチジン-2-カルボン酸を優先的に生産する能力を有するタンパク質のアミノ酸配列であって, かつ配列番号1で示されるアミノ酸配列の一部からなるアミノ酸配列。
(c)ラセミ体のN-ベンジルアゼチジン-2-カルボン酸エチルエステルを不斉加水分解し, (S)体のN-ベンジルアゼチジンカルボン酸を優先的に生産する能力を有するタンパク質のアミノ酸配列であって, かつ配列番号1で示されるアミノ酸配列をコードする塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするDNAの塩基配列がコードするアミノ酸配列。
(d)ラセミ体のN-ベンジルアゼチジン-2-カルボン酸エチルエステルを不斉加水分解し, (S)体のN-ベンジルアゼチジン-2-カルボン酸を優先的に生産する能力を有するタンパク質のアミノ酸配列であって, かつ配列番号1で示されるアミノ酸配列に対して60%以上のアミノ酸同一性を示すアミノ酸配列。
【請求項2】一般式(1)【化1】(合議体注:省略)(式中, R1は炭素数1?8のアルキル基, 炭素数7?19のアラルキル基, 炭素数2?5のアルケニル基又は炭素数6?12のアリール基を表すが, 該アルキル基における水素原子の1個以上が炭素数1?8のアルコキシ基, ハロゲン原子及びニトロ基から選ばれる少なくとも1種で置換されていてもよく, 該アラルキル基又は該アリール基における芳香環に結合する水素原子の1個以上が炭素数1?8のアルキル基, 炭素数1?8のアルコキシ基, ハロゲン原子及びニトロ基から選ばれる1種以上で置換されていてもよい。R2は炭素数7?19のアラルキル基, 炭素数2?5のアルキルカルボニル基, 炭素数3?6のアルケニルカルボニル基, 炭素数7?13のアリールカルボニル基, 炭素数8?10のアラルキルカルボニル基, 炭素数2?9のアルキルオキシカルボニル基, 炭素数8?10のアラルキルオキシカルボニル基, 炭素数3?9のアルケニルオキシカルボニル基, 炭素数7?13のアリールオキシカルボニル基, 炭素数1?8のアルキル基, 炭素数2?8のアルケニル基, 炭素数6?12のアリール基又は炭素数6?12のアリールスルホニル基を示すが, 該アラルキル基, アリールカルボニル基, アラルキルカルボニル基, アラルキルオキシカルボニル基, アリールオキシカルボニル基, アリール基又はアリールスルホニル基において, その芳香環に結合する水素原子の1個以上は炭素数1?8のアルキル基, 炭素数1?8のアルコキシ基, ハロゲン原子及びニトロ基から選ばれる少なくとも1種で置換されていてもよく, 該アルキルカルボニル基, アルケニルカルボニル基, アルキルオキシカルボニル基, アルケニルオキシカルボニル基, アルキル基又はアルケニル基における水素原子の1個以上は炭素数1?8個のアルコキシ基, ハロゲン原子及びニトロ基から選ばれる少なくとも一種で置換されていてもよい。nは1又は2を表す。)で示されるN-置換環状イミノエステルに請求項1に記載の固定化酵素を作用させることを特徴とする, 一般式(2)【化2】(合議体注:省略)(式中, R2及びnは前記と同じ意味を表す。)で示される(S)-N-置換環状イミノ酸類の製造方法。」

4.原査定の理由
一方, 原査定の理由は, 本願は, その出願前に日本国内又は外国において, 頒布された刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明に基いて, その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから, 特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないというものである。

5.当審の判断

請求項1に係る発明のうち, 選択肢の一つである(a)のアミノ酸配列を有するタンパク質を固定化したことを特徴とする固定化酵素(以下, 「本願発明1a」という。)は, 本件補正発明と同一の発明であるから, 本願発明1aについても本件補正発明と同様の理由により, 引用例1乃至3の記載に基づいて当業者が容易に発明できたものである。

また, 請求項1に係る発明のうち, 選択肢の一つである(d)のアミノ酸配列を有するタンパク質を固定化したことを特徴とする固定化酵素(以下, 「本願発明1d」という。)について検討する。
「配列番号1で示されるアミノ酸配列に対して60%以上のアミノ酸同一性を示すアミノ酸配列」を有するタンパク質の中には, 配列番号1で示されるアミノ酸配列を有するタンパク質が含まれるので, 本願発明1dは本件補正発明を包含するものであるから, 本願発明1dについても本件補正発明と同様の理由により, 引用例1乃至3の記載に基づいて当業者が容易に発明できたものである。

さらに, 「配列番号1で示されるアミノ酸配列に対して60%以上のアミノ酸同一性を示すアミノ酸配列」を有するタンパク質について, 配列が異なれば, その活性や基質特異性も様々に変化するものと予測されるから, 請求人が主張するような効果が例え顕著なものであるとしても, それは本願発明1aについての効果であって, 本願発明1dのような広範な範囲においてまで顕著な効果を奏するとはいえない。
よって, 本願発明1dは顕著な効果を奏するものではない。

また, 請求項2に係る発明は, N-置換環状イミノエステルに請求項1に記載の固定化酵素を作用させることを特徴とする(S)-N-置換環状イミノ酸類の製造方法の発明であり, 請求項2に係る発明において使用する請求項1の固定化酵素は上記の通り顕著な効果がないので, 同様である。
しかも, 請求項2で特定された基質である一般式(1)の式中のR1及びR2が多様な基を包含するところ, 請求項2が引用している請求項1の固定化酵素の基質となり得ることが示されたのは, 本願明細書においてはN-ベンジルアゼチジン-2-カルボン酸エチルエステルのみであり, 同じ酵素について記載されている引用例1の記載をみても, 該酵素の基質となるのは一般式(1)のR1が炭素数1?4のアルキル基でR2がベンジル基, nが1の場合のみであることを考えると, 固定化酵素の基質となり得るのは, 一般式(1)の広範な化合物のうちのごく一部であるから, その他の化合物を用いた場合に, (S)-N-置換環状イミノ酸類を製造できるか自体が不明であり, 例え, 製造できたとしても, その効果が顕著であるとは到底いえない。
よって, 請求項2全体が効果を奏するとはいえず, 請求項2に係る発明が顕著な効果を奏するものではない。

6.むすび

したがって, 本願の請求項1及び2に係る発明は,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから,本願は拒絶をすべきものである。

よって, 結論の通り審決する。
 
審理終結日 2011-06-16 
結審通知日 2011-06-21 
審決日 2011-07-05 
出願番号 特願2001-265495(P2001-265495)
審決分類 P 1 8・ 121- WZ (C12N)
P 1 8・ 575- WZ (C12N)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 福間 信子  
特許庁審判長 鵜飼 健
特許庁審判官 六笠 紀子
鈴木 恵理子
発明の名称 固定化酵素及びその用途  
代理人 中山 亨  
代理人 坂元 徹  

プライバシーポリシー   セキュリティーポリシー   運営会社概要   サービスに関しての問い合わせ