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審判番号(事件番号) データベース 権利
不服20092282 審決 特許
無効2007800236 審決 特許
不服200730533 審決 特許

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審決分類 審判 査定不服 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 特許、登録しない。 A61K
審判 査定不服 特36条4項詳細な説明の記載不備 特許、登録しない。 A61K
管理番号 1242314
審判番号 不服2007-32897  
総通号数 142 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2011-10-28 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2007-12-06 
確定日 2011-08-25 
事件の表示 特願2003-109836「糖尿病治療剤スクリーニング方法」拒絶査定不服審判事件〔平成15年12月 3日出願公開、特開2003-342192〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 1.手続の経緯
本願は、2001年11月30日(優先権主張2000年12月1日及び2001年8月10日、いずれも日本国)を国際出願日とする出願である特願2002-546710号の一部を平成15年4月15日に新たな特許出願としたものであって、拒絶理由通知に応答して平成19年10月15日付けで手続補正書の提出により補正されたが、平成19年11月2日付けで拒絶査定がなされ、これに対し、平成19年12月6日に拒絶査定不服審判が請求されたものである。

2.本願発明
本願の請求項1に係る発明(以下、「本願発明」という。)は、平成19年10月15日付けの手続補正書における特許請求の範囲の請求項1に記載された、以下のとおりのものと認められる。なお、手続補正書に付された下線を省略するとともに、当審で別途下線を付した。
「(1)配列番号2で表されるアミノ酸配列又は配列番号16で表されるアミノ酸配列を有するポリペプチドの活性化物質、(2)配列番号2で表されるアミノ酸配列又は配列番号16で表されるアミノ酸配列において、1?10個のアミノ酸が欠失、置換、及び/又は付加されたアミノ酸配列を有し、しかも、(a)高グルコース濃度下、活性化されることにより、膵β細胞からのインスリン分泌を促進する活性、及び/又は(b)活性化されることにより、前記細胞内cAMP量を増加させる活性を示すポリペプチドの活性化物質、(3)配列番号2で表されるアミノ酸配列又は配列番号16で表されるアミノ酸配列を含み、しかも、(a)高グルコース濃度下、活性化されることにより、膵β細胞からのインスリン分泌を促進する活性、及び/又は(b)活性化されることにより、前記細胞内cAMP量を増加させる活性を示すポリペプチドの活性化物質、(4)配列番号2で表されるアミノ酸配列又は配列番号16で表されるアミノ酸配列との相同性が90%以上であるアミノ酸配列を有し、しかも、(a)高グルコース濃度下、活性化されることにより、膵β細胞からのインスリン分泌を促進する活性、及び/又は(b)活性化されることにより、前記細胞内cAMP量を増加させる活性を示すポリペプチドの活性化物質、あるいは、(5)配列番号2で表されるアミノ酸配列又は配列番号16で表されるアミノ酸配列で表されるアミノ酸配列からなるポリペプチドの活性化物質を含有する、糖尿病治療用医薬組成物。」

3.原査定の理由
原査定の拒絶の理由は、平成19年8月21日付け拒絶理由通知書に記載した理由によって拒絶をすべきものであるとするもので、発明の詳細な説明の記載が平成14年法律第24号改正附則第2条第1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法第36条第4項(以下、「特許法第36条第4項」又は「第36条第4項」と記載する。)に規定する要件を満たしていない、並びに、特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第1号及び第2号に規定する要件を満たしていない、との理由を含み、その概要は以下のとおりである。

請求項1-7には、配列番号2又は16で表されるポリペプチドとその類似体、又は該ポリペプチドの活性化物質や配列番号2又は16で表されるポリペプチド又はその類似体を用いたスクリーニング方法で得られる物質を、「糖尿病治療」に適用するという医薬用途に関する発明が記載されるところ、発明の詳細な説明には、配列番号2で表されるポリペプチドの過剰発現細胞、2-(ピリジン-4-イル)エチルチオベンゾエート及びL-α-リゾホスファチジルコリンオレオイルについてのインスリン分泌促進作用を確認したことが記載されているだけである。したがって、本願は以下の(1)?(3)のとおり、所定の要件を満足しない。
(1)出願時の技術常識を参酌しても、請求項1の(5)記載の「配列番号2又は16で表されるポリペプチドとその類似体の活性化物質」、請求項2-6記載の「配列番号2又は16で表されるポリペプチド又はその類似体を用いたスクリーニング方法で得られる物質」として、どのような物を包含するのか、範囲が不明確である(第36条第6項第2号)。
(2)特定の2化合物について確認された作用を、2化合物以外にも種々の物質が含まれる、配列番号2又は16で表されるポリペプチドの活性化物質や配列番号2又は16で表されるポリペプチド又はその類似体を用いたスクリーニング方法で得られる物質全般にまで、拡張ないし一般化できるともいえないから、上記各請求項に係る発明は発明の詳細な説明に記載されたものということができない(第36条第6項第1号)。
(3)特定の2化合物以外の有効成分を得るための化学構造等の手がかりが記載されておらず、かつ、それが出願時に当業者に推認できたものとも認められないので、それら以外の請求項に包含される有効成分を当業者が理解できず、発明の実施にあたり、無数の化合物を製造、スクリーニングして確認するという当業者に期待し得る程度を超える試行錯誤を求めるものであるから、発明の詳細な説明は、上記各請求項に係る発明を当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載されたものとはいえない(第36条第4項)。

4.当審の判断
(4-1)特許法第36条の規定について
特許法第36条は特許出願すべき願書等の作成要領について規定したものである。
このうち、第4項は発明の詳細な説明について、第6項は特許請求の範囲について、それぞれ規定するものであって、「特許制度は発明を公開した者にその代償として一定期間一定の条件で独占権を付与するものであるが、発明の詳細な説明の記載が明確になされていないときは、発明の公開の意義も失われ、ひいては特許制度の目的も失われてくることにな」り、また、「発明の詳細な説明の記載が発明の公開という点から重要な意義を有するものであるのに対し、特許請求の範囲の記載は、権利範囲がこれによって定まるという点において重要な意義を有」し、特許請求の範囲の「記載が正確でないときは、その権利の制約を受ける公衆が困るのみならず、権利者自身も無用の争いに対処しなければならず、不利不便をまぬかれ」ず、特許請求の範囲の「記載が正確であるためには、特許請求の範囲の外延が明瞭に示されているのみでは足らず、発明の詳細な説明に記載した発明の範囲をこえた部分について記載するものであってはならない」とされる(特許庁編、工業所有権法逐条解説、第15版、社団法人発明協会、1999年、pp.106-108)。

(4-2)本願発明に関連する詳細な説明の記載について
本願明細書の発明の詳細な説明には、本願発明に関連して以下の記載がある。なお、以下の摘示においては、明細書に付されていた下線を省略し、当審で別途下線を付した。
(i)「【0012】……ポリペプチドPFI-007のアゴニストが糖尿病治療効果を有する裏付けの記載はなく、アンタゴニストも糖尿病治療効果があると記載されていることから、前記アゴニストに糖尿病治療効果があることを見出したのは本願発明者が初めてであることは明らかである。また、配列番号2で表されるアミノ酸配列からなるポリペプチドを活性化すると、インシュリン分泌を促進すること、そして、高グルコース濃度下、膵β細胞において活性化されることにより、前記膵β細胞からのインスリン分泌を促進する活性(以下、高グルコース依存性インスリン分泌促進活性と称することがある)を有することは、何ら記載されていない。」
(ii)「【0060】本発明の糖尿病治療剤スクリーニングツールを用いてスクリーニングにかけることのできる試験化合物としては、特に限定されるものではないが、例えば、ケミカルファイルに登録されている種々の公知化合物(ペプチドを含む)、コンビナトリアル・ケミストリー技術(Terrett,N.K.ら,Tetrahedron,51,8135-8137,1995)によって得られた化合物群、あるいは、ファージ・ディスプレイ法(Felici,F.ら,J.Mol.Biol.,222,301-310,1991)などを応用して作成されたランダム・ペプチド群を用いることができる。また、微生物の培養上清、植物若しくは海洋生物由来の天然成分、又は動物組織抽出物などもスクリーニングの試験化合物として用いることができる。更には、本発明の糖尿病治療剤スクリーニングツールにより選択された化合物(ペプチドを含む)を、化学的又は生物学的に修飾した化合物(ペプチドを含む)を用いることができる。」
(iii)「【0104】実施例7:細胞内cAMP濃度の変化を指標とした、配列番号2で表されるアミノ酸配列からなるポリペプチドの活性を修飾する物質のスクリーニング(2)
……
【0105】配列番号2で表されるアミノ酸配列からなるポリペプチドを発現させた細胞に特異的なレポーター活性の上昇が観察された物質等を、前記ポリペプチドの活性を増強する物質として選択したところ、2-(ピリジン-4-イル)エチル チオベンゾエート(LT-1 Z 0059519;LaboTest社)等、4つの異なる化合物を取得することができた。2-(ピリジン-4-イル)エチル チオベンゾエートのEC_(50)値は、3.2μMであった。」
(iv)「【0106】実施例8:マウス膵β細胞株MIN6細胞を用いたインスリン分泌実験(1)
……
【0107】前記バッファーを吸引除去した後、実施例7で得られた4つのスクリーニング結果物の内、2-(ピリジン-4-イル)エチル チオベンゾエートを2.8mmol/L又は16.8mmol/Lグルコース含有KRB-HEPESで希釈した2-(ピリジン-4-イル)エチル チオベンゾエート溶液0.5mlを加え、5%CO_(2)存在下、37℃で20分間インキュベートした。……
【0108】 その結果、2-(ピリジン-4-イル)エチル チオベンゾエート刺激により、2.8mmol/Lグルコース存在下ではインスリン分泌量は増加しなかったが、16.8mmol/Lグルコース存在下ではインスリン分泌量が増加していた。従って、2-(ピリジン-4-イル)エチル チオベンゾエートは、高濃度グルコース刺激時のみ、インスリン分泌促進作用を示すことがわかった。また、2-(ピリジン-4-イル)エチル チオベンゾエート以外の実施例7で得られた残る3つのスクリーニング結果物の内、1つの化合物についても、2-(ピリジン-4-イル)エチル チオベンゾエートと同様の実験を実施した。その結果、前記化合物刺激により、2.8mmol/Lグルコース存在下ではインスリン分泌量は増加しなかったが、16.8mmol/Lグルコース存在下ではインスリン分泌量が増加していた。従って、前記化合物も、高濃度グルコース刺激時のみ、インスリン分泌促進作用を示すことがわかった。
【0109】実施例9:SDラット及びGKラットを用いた単回経口糖負荷試験
SDラット(4週齡;日本クレア社)は、一晩絶食させ、グルコース2g/kgを経口投与した。なお、グルコース負荷5分前に、2-(ピリジン-4-イル)エチル チオベンゾエート(LT-1 Z 0059519)100mg/kgを腹腔内投与(i.p.)した。グルコース負荷後、0分間、30分間、60分間、及び120分間経過後に適量採血し、血糖値及び血漿中インスリン濃度の測定に供した。
……
【0111】結果を図1及び図2に示す。図1は、グルコース経口負荷後の血漿中インスリン濃度(単位=ng/mL)の経時変化を示し、図2は、グルコース経口負荷後の血糖値(単位=mg/dL)の経時変化を示す。……
【0112】図1に示すように、2-(ピリジン-4-イル)エチル チオベンゾエート100mg/kg投与により、グルコース負荷後30分間経過後において、血漿中インスリン濃度の有意な上昇が認められた。また、グルコース負荷後30分間経過後において、2-(ピリジン-4-イル)エチル チオベンゾエート100mg/kg投与群で、糖負荷による血糖値の上昇が有意に抑制された。従って、糖負荷SDラットにおいて、2-(ピリジン-4-イル)エチル チオベンゾエートの血漿中インスリン量増加作用、及び血糖低下作用が確認された。
【0113】次に、GK(Goto-Kakizaki)ラット(インスリン分泌不全2型糖尿病モデル、7週齡;日本チャールスリバー社)を用いた単回経口糖負荷試験を行なった。……
【0114】経口糖負荷試験は、2-(ピリジン-4-イル)エチル チオベンゾエートを経口投与(p.o.)したこと以外は、SDラットの場合と同様に行なった。グルコース経口負荷後の血糖値(単位=mg/dL)の経時変化を、図3に示す。……図3に示すように、グルコース負荷後30分間及び60分間経過後において、2-(ピリジン-4-イル)エチル チオベンゾエート100mg/kg投与により、血糖値の上昇が有意に抑制され、2-(ピリジン-4-イル)エチル チオベンゾエートの有効性が糖尿病モデルラットでも確認できた。」
(v)「【0115】実施例10:細胞内cAMP濃度の変化を指標とした、配列番号2で表されるアミノ酸配列からなるポリペプチドの活性を修飾する物質のスクリーニング(3)
……
【0116】配列番号2で表されるアミノ酸配列からなるポリペプチドを発現させた細胞に特異的なレポーター活性の上昇が観察された物質等を、前記ポリペプチドの活性を増強する物質として選択したところ、生体成分であるL-α-リゾホスファチジルコリン オレオイル(L1881;SIGMA社)を取得することができた。
【0117】実施例11:細胞内cAMP濃度の変化を指標とした、配列番号2で表されるアミノ酸配列からなるポリペプチドの活性を修飾する物質のスクリーニング(4)
……実施例10で選択した化合物(L-α-リゾホスファチジルコリン オレオイル)では、配列番号2で表されるアミノ酸配列からなるポリペプチドを発現させた細胞に特異的なcAMP量の上昇が観察され、従って、この化合物を、配列番号2で表されるアミノ酸配列からなるポリペプチドを活性化する物質として選択した。
【0118】実施例12:マウス膵β細胞株MIN6細胞を用いたインスリン分泌実験(2)
コラーゲンコートした24穴プレートにMIN6細胞(2.5×10^(5)細胞)を播種し、10%FCS含有DMEM(Cat.No.11995-065;GIBCO BRL社)中で2日間培養した。続いて、培地を吸引した後、10%FCS含有且つグルコース不含DMEM(Cat.No.11966-025;GIBCO BRL社)0.4mLを加え、5%CO_(2)存在下、37℃で2時間インキュベートした。前記培地を吸引除去し、2.8mmol/L又は16.8mmol/Lグルコース含有DMEM(Cat.No.11966-025;GIBCO BRL社)で希釈したL-α-リゾホスファチジルコリン オレオイル(すなわち、実施例10で得られたスクリーニング結果物)溶液0.5mlを加え、5%CO_(2)存在下、37℃で30分間インキュベートした。この上清をインスリン分泌量測定に供した。インスリン分泌量の測定は、市販のインスリン・ラジオイムノアッセイキット(ファデセフインシュリン;ファルマシアアップジョン社)により行なった。その結果、16.8mmol/Lグルコース存在下、L-α-リゾホスファチジルコリン オレオイル刺激により、インスリン分泌量が増加していた。」

(4-3)特許法第36条第6項第2号に規定する要件の適否
特許法第36条第4項及び第6項第1号の場合も含め、拒絶理由通知と原査定のいずれにおいてもこの点に言及されているのは、請求項1に列挙された成分のうち、「(5)配列番号2で表されるアミノ酸配列又は配列番号16で表されるアミノ酸配列で表されるアミノ酸配列からなるポリペプチドの活性化物質」(以下、単に「活性化物質」という。)のみである。そのため、以下では、当該活性化物質に関して判断を示す。

まず、「(5)配列番号2で表されるアミノ酸配列又は配列番号16で表されるアミノ酸配列で表されるアミノ酸配列からなるポリペプチドの活性化物質」とは、配列番号2で表されるアミノ酸配列からなるポリペプチド、または、配列番号16で表されるアミノ酸配列からなるポリペプチドのいずれかを活性化することのできる物質を指すものと理解できる。しかし、このような活性化物質についての先行技術はみあたらず、上記記載により、出願当時の当業者が上記機能を有する活性化物質に該当する具体的な化合物を想定できたとする技術常識はない。
そこで、次に、活性化物質に関する、発明の詳細な説明の記載を検討する。
前記「(4-2)」の記載をみると、活性化物質として具体的な化合物名で特定されているのは、(a)2-(ピリジン-4-イル)エチル チオベンゾエートと(b)L-α-リゾホスファチジルコリン オレオイルの2つであり、(a)は細胞内cAMP量の増加、血漿中インスリン量増加作用及び血糖低下作用が、(b)は細胞内cAMP量の増加及びインスリン分泌量増加作用が、それぞれ確認されている(摘示事項(iii)?(v))。しかし、発明の詳細な説明の記載をみても、(a)及び(b)以外の化合物のうち、具体的にどのようなものが活性化物質に該当するかは確認されておらず、また、(a)、(b)以外の活性化物質が存在しないことが明らかにされているわけでもなく、さらに、活性化物質に該当する化合物に共通する化学構造が明らかにされているわけでもない。
ここで、本願発明における活性化物質に関する記載、及び、前記「(4-2)」の摘示事項(i)、(ii)における記載をみると、ある化合物が活性化物質に該当するか否かは、当該化合物が配列番号2で表されるアミノ酸配列又は配列番号16で表されるアミノ酸配列を有するポリペプチドを活性化するか否かという、スクリーニングの結果で判断されることとなる。しかし、前記「(4-2)」の摘示事項 (ii)の記載をみると、スクリーニングにかけることのできる試験化合物は特に限定されておらず、コンビナトリアルケミストリー技術によって得られた化合物群や天然物、ペプチドも含めた、構造や作用に関連性のない多種多様な無数の化合物がその対象となると解される。
そうすると、本願発明の場合、あらゆる化合物を対象として、特段の操作の必要なく判断可能な色や形といった指標とは異なる、特定のスクリーニング方法を経て、はじめて活性化物質に該当するかどうか判断できるものといえる。換言すれば、特定のスクリーニング方法によって確認されるまでは、当業者といえども、スクリーニングの対象となるあらゆる化合物が活性化物質に該当するか否かを明確に把握することができない。
したがって、本願発明における活性化物質に関する記載によっては、活性化物質としてどのようなものまでが含まれるのかという外延が明らかにされたものということができないから、本願発明は不明確であり、本願は特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない。

(4-4)特許法第36条第4項及び第6項第1号に規定する要件の適否
前記「(4-2)」の摘示事項(iii)?(v)における記載をみると、活性化物質として具体的な化合物名で特定されているのは、(a)2-(ピリジン-4-イル)エチル チオベンゾエートと(b)L-α-リゾホスファチジルコリン オレオイルの2つであり、(a)は細胞内cAMP量の増加、血漿中インスリン量増加作用及び血糖低下作用が、(b)は細胞内cAMP量の増加及びインスリン分泌量増加作用が、それぞれ確認されている。
しかし、前記「(4-3)」で言及するように、本願発明における活性化物質に関する記載によっては、活性化物質として化合物(a)、(b)以外にどのようなものまでが含まれるのかという外延が明らかにされたものということができないところ、化合物(a)、(b)における試験結果をもとに、その他の場合の全般についてまで同様の血糖低下作用等を示すものと拡張ないし一般化できるということはできない。
そうすると、具体的に挙げられた化合物(a)、(b)の場合を除き、本願発明にあたる活性化物質を含有する糖尿病治療用組成物は、本願明細書の発明の詳細な説明に実質的に開示されていると当業者がいえないのであるから、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない。

また、発明の詳細な説明に、化合物(a)、(b)の具体的な糖尿病治療作用に関する試験結果が記載されているとしても、そもそも化合物(a)、(b)以外の活性化物質としてどのようなものまでが含まれるのかという外延が明らかではなく、あらゆる化合物を対象として、当業者にきわめて過度の負担を強いるスクリーニング方法を行って判断するほかないのだから、そのような活性化物質が同様に糖尿病の治療に対し有用性を示すものであったか否かを当業者が知ることができない。
そうすると、本願明細書の発明の詳細な説明の記載は、本願発明を当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載されたものとはいえず、特許法第36条第4項に規定する要件を満たしていない。

(4-5)審判請求人の主張について
(4-5-1)前記「(4-3)」、「(4-4)」で示した見解に関連して、本件審判請求人は、(1)平成19年10月15日付け意見書、及び(2)平成20年2月28日付け手続補正書により補正された審判請求の理由の項において、以下の点を主張している。
(i)本願発明は、特定の化合物についてのみではなく、活性化物質が糖尿病治療に有用であることを見出しており、また、本願発明は、構造の全く異なる特定の2化合物[2-(ピリジン-4-イル)エチルチオベンゾエート及びL-α-リゾフォスファチジルコリンオレオイル]が糖尿病治療に有用であることを、単に見出したのではなく、活性化物質全般が糖尿病治療に有用であることを見出したものであるから、特許・実用新案審査基準の第I部第1章の2.2.2.1「第36条第6項第2号違反の類型」の項目(6)における、「当該機能・特性等」、すなわち、特定ポリペプチドの活性化、以外の特定手段、例えば、特定の2化合物のみで本願発明を特定することは、本願発明の技術的思想を不当に制限するものであり、「当該機能・特性等による物の特定以外には、明細書又は図面に記載された発明を適切に特定することができない」場合に該当する。
(ii)当業者であれば、本願明細書の実施例の記載をみれば、活性化物質が全般にインスリン分泌促進作用を有すると考えられ、また、明細書には試験に用いられる化合物や試験方法が記載されているところ、本願明細書に記載のスクリーニング方法より得られた本願請求項1に記載のポリペプチドのアゴニストが参考文献にもあるように多数開示されているから、当業者であれば、本願明細書の記載をもとに、多数のアゴニストを容易に取得することができる。

(4-5-2)しかし、上記主張はいずれも採用することができない。その理由は以下の通りである。
(4-5-2-1)上記主張(i)について、前記「(4-3)」で示したように、本願発明における活性化物質の全体を明確に把握することができないのであるから、そのように明確に把握し得ない活性化物質の全体が糖尿病治療に有用であると主張することは論理上矛盾するものであって、当を得たものとはいえない。
なお、特許・実用新案審査基準に記載されるように、「当該機能・特性等」により記載することによって、請求項に係る発明が不明確であると直ちに否定されるわけではない。しかし、本願請求項1の記載は、具体的な物を想定できないことのみでその明確性が否定されるわけではなく、活性化物質に関し、そもそもその外延が明らかではないことに起因することによるから、このような場合にまで「当該機能・特性等」により記載することで本願発明が明確であるということはできない。
(4-5-2-2)上記主張(ii)について、前記「(4-4)」で示したように、活性化物質としてどのようなものまでが含まれるのかという外延が明らかではないし、あらゆる化合物を対象として、活性化物質を選び出すことやその薬理作用を確認することは当業者にきわめて過度の負担を強いるものであり、かつ、具体的に挙げられた化合物(a)、(b)の試験結果をもとに、その他の場合の全般についてまで同様の活性を示すものと拡張ないし一般化できたともいえない。
また、各参考文献はいずれも本願出願日後に公知となったものであるから、本願出願時における当業者の技術常識を示すものとして参酌できないことはもちろん、本願出願後の時点における研究者が本件のスクリーニング方法によってインスリン分泌促進作用を有する化合物を見いだせたとしても、これは本願出願後の知見や研究者の試行錯誤を含めた結果であって、これらの参考文献が存在することを根拠として、本願の発明の詳細な説明が、当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載されたものということはできない。
したがって、上記主張によっても、活性化物質の全般がインスリン分泌促進作用を有することは、本願明細書の発明の詳細な説明に開示されているとはいえず、このような発明の詳細な説明の記載によっては、当業者が本願発明を実施できる程度に明確かつ十分に記載されたものということもできない。

5.むすび
したがって、本願は、特許法第36条第4項、並びに、同条第6項第1号及び第2号に規定する要件をみたしていないから、同法第49条第4号の規定により拒絶すべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2011-06-22 
結審通知日 2011-06-28 
審決日 2011-07-11 
出願番号 特願2003-109836(P2003-109836)
審決分類 P 1 8・ 537- Z (A61K)
P 1 8・ 536- Z (A61K)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 菊池 美香  
特許庁審判長 内田 淳子
特許庁審判官 内藤 伸一
荒木 英則
発明の名称 糖尿病治療剤スクリーニング方法  
代理人 山口 健次郎  
代理人 濱井 康丞  
代理人 森田 憲一  
代理人 森田 拓  
代理人 鈴木 ▲頼▼子  
代理人 矢野 恵美子  

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