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審決分類 審判 全部無効 2項進歩性  B06B
管理番号 1250844
審判番号 無効2011-800077  
総通号数 147 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2012-03-30 
種別 無効の審決 
審判請求日 2011-05-23 
確定日 2012-01-16 
事件の表示 上記当事者間の特許第3614093号発明「小型無線機の振動発生装置」の特許無効審判事件について,次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は,成り立たない。 審判費用は,請求人の負担とする。 
理由
第1 手続の経緯

本件特許第3614093号(請求項の数[5],以下,「本件特許」という。)は,特許法第41条に基づく優先権主張を伴う平成12年8月24日(優先日:平成12年1月28日,出願番号:特願2000-19873号及び優先日:平成12年5月11日,出願番号:特願2000-137958号)に特許出願された特願2000-253598号に係るものであって,その請求項1ないし5に係る発明について,平成16年11月12日に特許の設定登録がなされた。

これに対して,平成23年5月23日に,本件特許の請求項1ないし5に係る発明の特許に対して,本件無効審判請求人(以下「請求人」という。)により本件無効審判〔無効2011-800077号〕が請求されたものであり,本件無効審判被請求人(以下「被請求人」という。)により指定期間内の平成23年8月8日付けで審判事件答弁書が提出されたものである。

また,平成23年11月1日に被請求人より,同年11月8日に請求人より,それぞれ,口頭審理陳述要領書が提出され,同年11月15日に口頭審理が行われたものである。


第2 本件に係る発明
本件特許の請求項1ないし5に係る発明は特許請求の範囲の請求項1ないし5に記載された以下の事項により特定される以下のとおりのものと認める。(A.?E.の文字は当審で付与。)

1 「【請求項1】
A.モータの回転軸に振動子を一体的に結合してなる小型無線機の振動発生装置において,
B.上記振動子は,偏心荷重部に上記回転軸が嵌まり込む溝部が形成され,かつ上記偏心荷重部から膨出してこの溝部の両側縁部を形成する側壁が形成されるとともに,
C.この側壁の先端部端面のうち当該側壁の外周側部分を残した上記溝部側の部分が,上記溝部の開口側から底側に向けて加締められることにより,上記回転軸に一体的に結合されていることを特徴とする小型無線機の振動発生装置。」
(以下,「本件特許発明1」という。)

2 「【請求項2】
A.モータの回転軸に振動子を一体的に結合してなる小型無線機の振動発生装置において,
D.上記振動子は,偏心荷重部が中心角180°未満である切頭扇形状に形成されることにより,回転中心側に平坦面を有し,当該平坦面に上記回転軸が嵌まり込む溝部が形成されるとともに,
E.この溝部の両側縁部を形成する側壁が形成され,上記平坦面のうち上記側壁の外周側部分を残した上記溝部側の部分が,上記溝部の開口側から底側に向けて加締められることにより,上記回転軸に一体的に結合されていることを特徴とする小型無線機の振動発生装置。」
(以下,「本件特許発明2」という。)

3 「【請求項3】
上記溝部の開口側から底側に向けて加締められることによって上記先端部端面または上記平坦面に凹状に形成された加締め部分は,上記溝部側における軸線方向の長さ寸法が上記外周側における長さ寸法よりも大きくなるように形成されていることを特徴とする請求項1または2に記載の小型無線機の振動発生装置。」
(以下,「本件特許発明3」という。)

4 「【請求項4】
上記先端部端面または上記平坦面の上記溝部側から外周側までの幅寸法Wのうち,上記溝部側の縁部から0.25W?0.9Wの範囲が加締められていることを特徴とする請求項1ないし3のいずれかに記載の小型無線機の振動発生装置。」
(以下,「本件特許発明4」という。)

5 「【請求項5】
上記振動子の溝部は,上記回転軸の中心角180°以上の範囲を内在させる大きさに形成されているとともに,上記溝部の開口幅W_(1) は,上記モータの上記回転軸の直径Dとの比(W_(1) /D)が0.70?0.95の範囲になるように設定されていることを特徴とする請求項1ないし4のいずれかに記載の小型無線機の振動発生装置。」
(以下,「本件特許発明5」という。)

なお,請求項3には「請求項1まはた2に記載の」と記載されているが,「請求項1または2に記載の」の誤記と認め,上記のとおりとした。


第3 当事者の主張

1 請求人の主張,及び提出した証拠の概要

請求人は,平成23年5月23日付けの審判請求書,同年11月8日付けの口頭審理陳述要領書及び同年11月15日の口頭審理において,甲第1号証ないし4号証を提示して以下の無効理由を主張した。

[無効理由]
本件特許発明1ないし5は甲第1号証ないし4号証に記載された発明に基いて,出願前に当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであり,その特許は同法第123条第1項第2号に該当し,無効とすべきである。
(具体的理由)
(1)本件特許の優先日前に頒布された刊行物である甲第1号証には
「A,B,C’」が記載されている。
本件特許発明1と甲第1号証記載発明を対比すると,両者はともに振動発生装置に関するものであり,構成A及びBで一致し,本件特許発明1の構成Cと甲第1号証記載発明の構成C’は側壁の先端部端面を溝部の開口側から底側に向けて加締めて回転軸に一体的に結合する点で共通する。
(2)本件特許の優先日前に頒布された刊行物である甲第2号証には
振動発生装置に関するものであって,本件特許発明1及び2の構成中D’,C及びEが開示されている。
また,加締め部分8の軸線方向の長さ寸法が外周側における凹状の加締め部分7の寸法よりも長いことが開示されている。
(3)本件特許の優先日前に頒布された刊行物である甲第3号証には
チョークコイル48aを加締め固定しており,モータの軸を加締め固定するものではないが,加締めは固定の一般的技術であるから適用容易であり,本件特許発明1及び2の構成中C及びEが開示されている。
また,凹状に形成された加締め部分は,溝部側における軸線方向の長さ寸法が外周側における長さ寸法よりも大きくなるように形成されていることが開示され,溝部側から外周側までの幅寸法Wのうち,上記溝部側の縁部から0.25W?0.9Wの範囲が加締められていることが開示されている。
(4)本件特許の優先日前に頒布された刊行物である甲第4号証には
振動発生装置に関するものであって,溝部の開口部の幅は,軸径φ1よりも狭くなっていることが開示されている。
(5)本件特許発明1については,甲第1号証記載発明の側壁6a,6bの先端部端面において,甲第2号証又は甲第3号証のもののように,溝部側の部分を加締めることにより,容易になし得るものである。
(6)本件特許発明2については,甲第2号証の振動子4は中心角180°であるが,180°未満であるか180°であるかの技術的差異はなく,振動子4の回転中心側の平坦面に形成された溝部6の側壁において,溝部側の部分を溝部開口側から底側に加締めることにより,回転軸を固定することが開示されているから,甲第2号証記載発明に基づいて,または,甲第2号証のものと甲第3号証のものとの組み合わせにより,容易になし得るものである。
(7)本件特許発明3については,甲第2号証又は3号証に加締め部分の長さ寸法について開示されているから,甲第2号証又は3号証のものに基づいて容易になし得るものである。
(8)本件特許発明4については,甲第3号証に加締め部分の幅寸法の範囲について開示されているから,甲第3号証のものに基づいて容易になし得るものである。
(9)本件特許発明5については,甲第4号証に溝部6の開口部の幅について開示されているから,甲第4号証のものに基づいて容易になし得るものである。

[証拠方法]
甲第1号証:特開平11-89170号公報
甲第2号証:特開平10-313549号公報
甲第3号証:実願昭61-177052号(実開昭63-83957号)のマイクロフィルム
甲第4号証:特開平11-319711号公報

2 被請求人の主張

これに対して,被請求人は,平成23年8月8日付けの審判事件答弁書,同年11月1日付けの口頭審理陳述要領書及び同年11月15日の口頭審理において,本件審判請求は成り立たない,審判費用は請求人の負担とするとの審決を求め,請求人の無効理由に対して以下のように反論した。

[無効理由に対する反論]
(1)甲第1号証記載の発明は,本件特許公報に記載された従来例に他ならない。
(2)甲第2号証には,構成C及びEが開示されていない。
また,切頭扇形状を開示しておらず,中心角180°未満とは切頭扇形状の意味を明確にするものであって,単なる数値範囲を示すものではない。
(3)甲第3号証は電線の端部を加締めているにすぎず,振動発生装置の回転軸を加締めているものではない。また,具体的な加締め方法も開示されていないし,目的も異にしている。
(4)本件特許発明1は,甲第1号証記載発明に基づいて,甲第2号証又は甲第3号証を斟酌することにより当業者が容易に発明できたものではない。
(5)本件特許発明2は,甲第2号証記載発明に基づいて,甲第3号証を斟酌することにより当業者が容易に発明できたものではない。
(6)本件特許発明3ないし5は,本件特許発明1又は2にさらに構成を付加したものであるから,当業者が容易に発明できたものではない。
(7)甲第2号証記載の張り出し8は凹状に形成された加締め部分ではない。
(8)甲第3号証は携帯電話用の振動発生装置とは何の関係もない発明を開示しており,本件特許の発明の加締め部分の長さ寸法及び幅寸法の範囲について開示されているとの主張は成り立たない。
(9)甲第4号証は加締め方法が全く異なるものを開示しているから,本件特許発明5は,当業者が容易に発明できたものにはならない。


第4 無効理由についての当審の判断

1 甲第1号証ないし甲第4号証の記載事項

(1)甲第1号証の記載事項
本件特許の優先日前に頒布された甲第1号証には,図面と共に次の事項が記載されている。

・「【0004】特開平6-30544号公報には,図6と図7に示す加工方法が開示されている。図6(a)に示すようにウエイト1には一対の爪部6a,6bが形成されており,この爪部6a,6bの間にモータ3の出力軸4をセットして図6の(b)に示すように作業台5の上に載置し,上方から特殊な形状の金型7で図6の(c)に示すようにプレスして爪部6a,6bを塑性変形させてウエイト1をモータ3の出力軸4に取り付けている。また,図6の(b)(c)では金型7は上方から作業台5に向かって上下動するものであったが,図7に示すように2つの金型7a,7bで爪部6a,6bを挟み込んでウエイト1をモータ3の出力軸4に取り付ける加工方法も開示されている。
【0005】
【発明が解決しようとする課題】・・・・・
【0006】特開平6-30544号公報の加工方法では,爪部6a,6bの間にモータ3の出力軸4をセットしてカシメるだけであるので,実公平4-13860号公報の加工方法に比べて作業性は良好であるが,図6のように金型で下方にプレスした場合には潰れ形状が安定でなく,ウエイト1の出力軸4へのカシメが不十分で高い接合強度を得ることができないものが発生する。この点について,図7に示すように爪部6a,6bが内側に倒れ込む方向にプレスすることによって,全数について確実なカシメを実現できるが,金型7a,7bの形状ならびにこれを駆動する構造が複雑化する問題がある。」

・「【0009】この本発明のウエイトの取付方法によると,作業性が良好で,しかもパンチによる単純な圧縮動作だけで確実なカシメを実現できる。」

・「【0010】
【発明の実施の形態】本発明の振動発生装置におけるウエイトの取付方法は,モータの出力軸にウエイトを偏心した状態に取り付けるに際し,ウエイトは,扇形のウエイト主体とこのウエイト主体の重心とは反対側にモータの前記出力軸を挟むように形成された一対の爪部を形成し,ウエイトの前記爪部の間にモータの出力軸をセットした状態で,前記爪部の先端を前記ウエイト主体の方向へ圧縮するカシメ力だけを外部から作用させて,前記カシメ力の反力を前記爪部の内側に向けて作用させ前記爪部を塑性変形させてモータの前記出力軸を掴むようにカシメることを特徴とする。」

・「【0012】以下,この発明の実施の形態を図1?図4に基づいて説明する。図1の(a)に示すように,ここで使用するウエイト1は扇形のウエイト主体8とこのウエイト主体8の重心とは反対側にモータの前記出力軸を挟むように形成された一対の爪部6a,6bが形成されており,水平に対してウエイト主体8の側縁8aのなす角度が45度に設定されている。」

・「【0014】このウエイト1のモータ3への取付作業は,図1の(b)(c)に示すようにウエイト主体8の外周部の形状に応じた第1の凹部5aとモータ3を支持する第2の凹部5bとが形成された作業台5の前記第1の凹部5aにウエイト1をセットし,ウエイト1の爪部6a,6bの間にモータ3の出力軸4がセットされるように作業台5の第2の凹部5bにモータ3をセットする。この際には,モータ3の出力軸4にはワッシャー9が挿入されている。
【0015】このように作業台5にセットされたウエイト1とモータ3の内の,ウエイト1の爪部6a,6bの上端を,金型10によって作業台5の上面に向かって押圧してカシメて図1の(d)に示すようにウエイト1をモータ3の出力軸4に取り付ける。
【0016】図2は金型10がウエイト1の上端を押圧した時にウエイト1の内部の分力の発生状態を示している。金型10がウエイト1を押圧すると,爪部6a,6bの上端が図3のように塑性変形する。このときに,ウエイト1が金型から力Fで押圧されると,爪部6a,6bを介してウエイト主体8の内部ではf1+f2に分解され,f1+f2で合成される力f3が発生し,その反力f4は爪部6a,6bの上端を内側に向かって塑性変形させるので,爪部6a,6bの塑性変形は,外側に変形する量よりも内側に変形する量が大きくて,この塑性変形はウエイト1をモータ3の出力軸4に取り付けるのに有効に働く。」

・「【0018】このような方法でウエイトが取り付けられた振動発生装置は,携帯電話装置やページャーや腕時計に,内蔵して使用される。」

・図1には,振動発生装置におけるウエイト1の取付け方法の工程が,図2には,ウエイト1に加わる外部からのカシメ力の様子が,図3には,ウエイト1の爪部6a,6bが塑性変形したカシメ後の様子が,図4には,振動発生装置が,それぞれ示されており,いずれにおいても,ウエイト主体8から膨出する一対の爪部6a,6bの間に溝状部が形成され,爪部6a,6bは溝状部の両側縁部を形成し,爪部6a,6bの先端を当該爪部6a,6bの外側から溝状部側の部分の全幅が,溝状部の開口側から底側に向けて金型10によって押圧されて,爪部6a,6bが内側に向けて塑性変形されてモータ3の出力軸4を掴むようにカシメて,出力軸4にウエイト1を一体的に取り付けた態様が示されている。

これらの記載事項及び図示内容を総合すると,甲第1号証には,次の発明が記載されていると認めることができる。
「モータ3の出力軸4にウエイト1を一体的に取り付けた携帯電話装置の振動発生装置において,
上記ウエイト1は,ウエイト主体8に上記出力軸4を挟むように形成された一対の爪部6a,6bの間の溝状部が形成され,かつ上記ウエイト主体8から膨出してこの溝状部の両側縁部を形成する爪部6a,6bが形成されるとともに,この爪部6a,6bの先端の当該爪部6a,6bの外側から溝状部側の部分の全幅が,上記溝状部の開口側から底側に向けてカシメられることにより,上記出力軸4に一体的に取り付けられている携帯電話装置の振動発生装置」

(2)甲第2号証の記載事項
本件特許の優先日前に頒布された甲第2号証には,図面と共に次の事項が記載されている。

・「【請求項1】 軸固定面を有するブロック状の振動子を振動発生モータの回転軸に偏芯固定させる方法において,
前記軸固定面に沿って形成された軸挿入溝に前記回転軸を挿入した状態で,前記軸固定面の前記軸挿入溝近傍をプレス片で圧縮してプレス凹部を形成し,このプレス凹部の形成により内側に張り出した前記軸挿入溝の内壁面で前記回転軸を保持して,前記回転軸に前記振動子を固定させることを特徴とした振動子の固定方法。」

・「【0001】
【発明の属する技術分野】本発明は,例えば携帯通信機器等の呼び出し機能に用いられる振動発生モータの振動子の固定方法及びこの固定方法を用いて製造された振動発生モータに関する。」

・「【0006】このような構成を採用した場合,軸挿入溝に回転軸を挿入した状態でプレス片を軸固定面の軸挿入溝近傍を圧縮すると,プレス片は軸固定面を凹状に埋没させてプレス凹部を形成すると共に,このプレス凹部に近接する軸挿入溝の内壁面を内側に張り出させる。この張り出しによって軸挿入溝の幅が狭まり,回転軸は軸挿入溝の内壁面に挟み込まれる。その結果,振動子は回転軸に確実に固定される。」

・「【0015】図1は,本実施形態である振動発生モータを示す斜視図である。図1に示すように,振動発生モータ1は,モータ本体2の回転軸3に偏芯固定されたタングステンニッケル製の振動子4を備えている。振動子4は,円柱を軸線方向に切断したブロック形状を有しており,この切断面が回転軸3を固定するための軸固定面5となっている。軸固定面5には両端面を貫通する軸挿入溝6が形成され,振動子4における軸挿入溝6の延在方向と直交する断面は半月形状である。図2に示すように,軸挿入溝6は回転軸3の径と略同一の径を有するR溝であり,軸挿入溝6には回転軸3が挿入されている。また,軸固定面5の軸挿入溝6近傍には,軸挿入溝6を挟んで一対のプレス凹部7が圧縮成形されている。プレス凹部7は開口側に広い断面台形状を有しており,プレス凹部7の圧縮成形によって軸挿入溝6の内壁面6aに張り出し8が形成されている。この張り出し8で回転軸3はかしめられ,振動子4は回転軸3に確実に固定される。なお,軸挿入溝6は回転軸3の径と略同一の径を有するU溝であってもよい。また,軸挿入溝6の幅は約0.8mmであり,一対のプレス凹部7の間隔は約1.0mmである。
【0016】次に,本実施形態である振動子の固定方法について説明する。図3(a)に示すように,振動子4は振動子固定台9に載置され,振動子固定台9の上方にタングステンカーバイト製のプレス部材10が配置されている。プレス部材10の下端には断面台形状の一対のプレス片11が突設されており,プレス部材10の上端は駆動アーム(図示せず)に固定されている。そして,駆動アームが上下動することによりプレス部材10は上昇及び下降する。
【0017】軸挿入溝6の径は回転軸3の径と略同一なので,図3(b)に示すように,振動子4の一方の端面から軸挿入溝6に回転軸3を押し込むだけで,簡単に回転軸3を軸挿入溝6に挿入させることができる。その後,図4(c)に示すように,駆動アームを駆動させてプレス部材10を下降させると,一対のプレス片11で振動子4の軸固定面5が均一に圧縮される。その結果,図4(d)に示すように,一対のプレス凹部7が軸挿入溝6の両脇に圧縮成形される。また,これらのプレス片11の圧縮により軸挿入溝6の内壁面に一対の張り出し8が形成される。これらの張り出し8によって回転軸3は軸挿入溝6の内壁面に包み込まれ,軸挿入溝6の内壁面で回転軸3をかしめることができる。その結果,振動子4は回転軸3に確実に固定される。
【0018】特に,モータが小型になると,回転軸3に振動子4を取り付けるための構造が微細になる。しかしながら,本実施形態の振動発生モータ1は,軸固定面5に設けられた軸挿入溝6に回転軸3を挿入するといった単純な構造であるため,モータの小型化によって振動子4が破損し易くなることはない。また,従来は,振動子の取付部材をかしめて回転軸を固定していたので,モータの小型化によって肉厚の薄くなった取付部材が破損することがあった。しかしながら,本実施形態の固定方法は,最も肉厚のある軸固定面5に対して垂直に力を加えて回転軸3をかしめているので,モータが小型になっても振動子4にクラックや欠けが生じる心配がなく,振動子4の安定した固定が可能になる。」

・「【0022】(3)上記実施形態では,プレス凹部7の断面は,開口側に広い台形状であったが,三角形状,長方形状などであってもよい。」

・図1には,振動発生モータ1が,図2には回転中心側に軸固定面5を有し,回転軸3に一体的に固定してなる振動子4が,図3及び図4には,軸固定面5に軸挿入溝6の両側縁部を形成する縁部分が形成され,縁部分の外周側部分を残した軸挿入溝6近傍に,軸挿入溝6の開口側から底側に向けて軸挿入溝6を挟んで一対のプレス凹部7が圧縮成形されることにより,軸挿入溝6の内壁面6aが内側に張り出した張り出し8が形成され,振動子4が回転軸3に固定される工程が,それぞれ示されている。

これらの記載事項及び図示内容を総合すると,甲第2号証には,次の発明が記載されていると認めることができる。
「モータ本体2の回転軸3に振動子4を一体的に固定してなる携帯通信機器の振動発生モータ1において,
上記振動子4は,円柱を軸線方向に切断し断面半月形状であるブロック形状に形成されることにより,回転中心側に軸固定面5を有し,当該軸固定面5に上記回転軸3が挿入される軸挿入溝6が形成されるとともに,この軸挿入溝6の両側縁部を形成する縁部分が形成され,上記軸固定面5のうち上記縁部分の外周側部分を残した上記軸挿入溝6近傍に,上記軸挿入溝6の開口側から底側に向けて軸挿入溝6を挟んで一対のプレス凹部7が圧縮成形されることにより,前記軸挿入溝6の内壁面6aが内側に張り出した張り出し8が形成され,回転軸3は軸挿入溝6の内壁面6aに包み込まれ,軸挿入溝6の内壁面6aで回転軸3がかしめられることにより,上記回転軸3に一体的に固定されている携帯通信機器の振動発生モータ1。」

(3)甲第3号証の記載事項
本件特許の優先日前に頒布された甲第3号証には,次の事項が記載されている。

・「(1)端部に電線を固設するための電線接続部を有する端子の電線接続部の構造であって,
前記電線接続部が,溶接により前記電線と接着される面と,前記電線を前記接着面を横切るように固定すべく前記接着面の外周部に設けられたかしめ部とを有することを特徴とする端子の電線接続部の構造。
(2)前記かしめ部が,前記電線を受容するべく前記接着面の外周部に凹設された溝を有する端子の電線接続部の構造」(2.実用新案登録請求の範囲)

・「<産業上の利用分野>
本考案は,端子の電線接続部の構造に関し,特に簡単な構造により電線を確実に接続し得る端子の電線接続部の構造に関する。」(明細書第1頁第16行?第19行)

・「ケーシング1の内側に露出している端子45の端部61は,第4図及び第5図に良く示されているように,その中央部が軸線方向外向きに凹設されており,その円形平面状の底面を接着面62として有している。その接着面62の外周部63には互いに対向する一対の溝64が,接着面62を横切る向きに接着面62と連続する底面を有して設けられている。溝64の開口部の両側には平坦面65がそれぞれ形成されて,その平坦面65の両側にはそれぞれ端子45の外周面に至る斜面が形成され,更に端子45の外周面には一対の溝64を通る線と平行する面取り部66が設けられている。
このようにして形成された端子45は,前記した延出部35の端子ホルダ31内側に設けられた平坦面に,その面取り部66を合せるようにして,端子ホルダ31にモールドにより固設されている。そのため,前記した一対の溝64を通る線と,コイルホルダ49から延出するチョークコイル48の端部48aの向きとが概略一致するため,端部48aが端子45の溝64に容易に係合されることとなる。尚,チョークコイル48の端部48aには偏平部67が,その外形を接着面62より小さくして,端部の一部をプレス加工して形成されている。
次に,この端子45とチョークコイル48の端部48aとの接続方法を示す。先ずチョークコイル48の端部48aをその偏平部67が接着面62に位置するように溝64に係合する。次に,平坦面65の溝64側の中央部をそれぞれ溝64内に向けてプレスにより押し出すことにより,端部48aがその押し出しされたかしめ部68により固定される。そして,スポット溶接により偏平部67と接着面62とがその溶接部69にて確実に接着されて,チョークコイル48の端部48aと端子45とが電気的に接続される。
ところで,スポット溶接により偏平部66に異常なストレスが生じた場合には偏平部67が剥離する虞があるが,端部48aを溝64部にかしめにより固定しているため,上記ストレスが生じても偏平部67が接着面62から剥離することを防止できる。」(明細書第14頁第7行?第16頁第8行)

・第4,5図には,端子の電線接続部の構造が示され,図示のかしめ部68のつぶれ方とその形状からすると,端子の平坦面65の溝64側の中央部が溝64の底面に向けて平板なプレスにより押しつぶされて,かしめ部68が材料の延性によって溝64の開口部から底面へ向かう力の方向と垂直な方向に変形し,端部48aに押し付けられているものが示されており,平坦面65のうち平坦面の外周部63側部分を残した溝64側の部分が,溝64の開口部側から底面側へ向けてプレスされかしめられることにより,チョークコイル48の端部48aがかしめ部68により固定されているものが記載されている。

(4)甲第4号証の記載事項
本件特許の優先日前に頒布された甲第4号証には,次の事項が記載されている。

・「【0016】上記手段では,前述した分銅をモーターのシャフトに挿通した後この分銅を専用の受け台に載せる。この場合の分銅の受け台への載せ方は,分銅の平坦部のラインが傾斜するようにして保持される。分銅を保持した後は,加圧部材を用いて分銅の上方から加圧するが,この場合分銅に形成された凹部または凹部よりも開放端側に対して加圧部材が接し,さらに分銅に対して圧力を下方へかけることにより,シャフトの挿通孔の内壁面が変形して分銅がシャフトに固定される。
【0017】上記の場合,加圧部材を用いて分銅を加圧する位置は,特に凹部よりも開放端側で行うことが好ましい。これにより,分銅をシャフトに強固に取り付けることができるようになる。
【0018】またこの場合,加圧の中心方向が,シャフトの軸心方向とは外れた方向に加圧されることが好ましい。上記のように加圧方向をシャフトからずらしたことによって,加圧部材に衝撃が加えられた際にシャフトに直接圧力が加わってシャフトが損傷するおそれがない。またこのとき加圧する部分は,シャフトの挿通孔の両脇部に形成された凹部または凹部よりも開放端側のいずれか一方を加圧すればよい。
【0019】
【発明の実施の形態】以下,本発明の振動発生装置および振動発生装置への分銅の取付方法について図1ないし図7を参照して説明する。図1および図2は,それぞれ大小の分銅の形状を示す拡大正面図である。
【0020】図1に示す分銅5は,断面が半円形状で且つ柱状の本体5aから形成され,本体5aの平坦部5bの中央部に外方へ向けて設けられた突出部5eには,シャフト3を挿通するための挿通孔6が内方に向けて形成され,且つ前記挿通孔6の一部が開放した開口部7が設けられている。また,前記挿通孔6は,分銅5の円周部の中心に位置し,平坦部5bのラインよりも外方に突出して形成されているため,分銅5の重心との距離が長くなり,分銅5がシャフト3と一体に回転したときに,分銅には最も大きな遠心力が作用し,振動発生装置としては大きな振動を発生できるようになっている。
【0021】また前記挿通孔6の脇には,開口部7から平坦部5bにかかる途中に内方へ向けて凹部8が形成されている。なお,挿通孔6のもう一方の脇にも同様に左右対称にして凹部が形成されている。
【0022】本発明では,モータ9のシャフト3と挿通孔6との間のクリアランスは,1/100以上8/100mm以下とすることが好ましく,前記クリアランスが1/100mm未満では加工精度を出すことが難しく且つシャフト3を挿入する場合に挿入しにくく,8/100mmを超えると凹部8の加圧時に挿通孔6の内壁面がシャフト3に接する接触面積が小さくなり分銅5をシャフト3に強固に取付けることができなくなる。特に好ましくは3/100以上5/100mm以下である。
【0023】また凹部8と挿通孔6の内壁面との間の肉厚が,シャフトの径に対して0.5倍以上1倍未満に形成されていることが好ましく,上記範囲を超えると分銅5をシャフト3に強固に取付けることができなくなる。
【0024】図1に示す分銅5では,挿通孔の径をφ1,凹部8と挿通孔6との間のクリアランスをL1,シャフト3を覆う挿通孔6の角度をα1とした場合,それぞれの値は2.01mm,1.1mm,263度で形成されている。上記のように分銅5の場合には,φ1に対してL1は約0.5倍の比率で形成されていることになる。
【0025】また図2に示す分銅15は,図1に示す分銅5よりも小型のタイプなだけで分銅5と同一構成であり,この場合挿通孔6の径をφ2,凹部8と挿通孔6との間のクリアランスをL2,シャフト3を覆う角度をα2とした場合,それぞれの値は1.52mm,0.8mm,276度となっている。したがって,分銅15ではφ2に対してL2は約0.5倍の比率で形成されていることになる。
【0026】上記した分銅5,15は,鉄等の比較的硬い材質で形成され,具体的にはSECCなどが好適に使用され,このような材料は加工精度がでやすく,変形しにくいため加圧後のシャフト3のずれや抜けが防止される。」

・第1,2図には,挿通孔6の開口部7の幅は,挿通孔6の径φ1,φ2よりも狭くなっている,分銅5,15の形状が示されている。

2 対比・判断

(1)本件特許発明1の無効理由について
本件特許発明1と甲第1号証に記載された発明とを対比する。

まず,後者の「出力軸4」は前者の「回転軸」に相当し,同様に,「ウエイト1」は「振動子」に相当する。また,後者の「取り付けた」態様は前者の「結合してなる」態様に相当し,後者の「携帯電話装置」は前者の「小型無線機」に相当する。

次に,後者の「ウエイト主体8」は前者の「偏心荷重部」に,後者の「一対の爪部6a,6bの間の溝状部」及び「溝状部」は前者の「溝部」に,後者の「爪部6a,6b」は前者の「側壁」に,それぞれ相当し,後者の「出力軸4を挟むように形成された」態様は前者の「回転軸が嵌まり込む」態様に相当するから,後者の「ウエイト主体8に出力軸4を挟むように形成された一対の爪部6a,6bの間の溝状部が形成され,かつ上記ウエイト主体8から膨出してこの溝状部の両側縁部を形成する爪部6a,6bが形成される」態様は前者の「偏心荷重部に回転軸が嵌まり込む溝部が形成され,かつ上記偏心荷重部から膨出してこの溝部の両側縁部を形成する側壁が形成される」態様に相当している。

そして,後者の「爪部6a,6bの先端」は前者の「側壁の先端部端面」に,後者の「カシメられる」態様は前者の「加締められる」態様に,それぞれ相当し,後者の「爪部6a,6bの先端の当該爪部6a,6bの外側から溝状部側の部分の全幅」と前者の「側壁の先端部端面のうち当該側壁の外周側部分を残した上記溝部側の部分」とは,「側壁の先端部端面のうち一定の部分」との概念で共通しているから,結局,後者の「爪部6a,6bの先端の当該爪部6a,6bの外側から溝状部側の部分の全幅が,上記溝状部の開口側から底側に向けてカシメられる」態様と前者の「側壁の先端部端面のうち当該側壁の外周側部分を残した上記溝部側の部分が,上記溝部の開口側から底側に向けて加締められる」態様とは,「側壁の先端部端面のうち一定の部分が,上記溝部の開口側から底側に向けて加締められる」との概念で共通している。

最後に,後者の「取り付けられている」態様は前者の「結合されている」態様に相当する。

したがって,両者は,
「モータの回転軸に振動子を一体的に結合してなる小型無線機の振動発生装置において,
上記振動子は,偏心荷重部に上記回転軸が嵌まり込む溝部が形成され,かつ上記偏心荷重部から膨出してこの溝部の両側縁部を形成する側壁が形成されるとともに,この側壁の先端部端面のうち一定の部分が,上記溝部の開口側から底側に向けて加締められることにより,上記回転軸に一体的に結合されている小型無線機の振動発生装置」
の点で一致し,以下の点で相違している。

[相違点1]
振動子を回転軸に一体的に結合するために,溝部の開口側から底側に向けて加締められる,側壁の先端部端面のうち一定の部分に関し,本件特許発明1は,「側壁の外周側部分を残した溝部側の部分」であるのに対し,甲第1号証に記載された発明は,「爪部6a,6bの外側から溝状部側の部分の全幅」である点。

上記相違点1について以下検討する。

まず,平成23年11月15日付け第1回口頭審理調書において両当事者が認めるとおり,本件特許発明1において,「側壁の外周側部分を残した溝部側の部分が,上記溝部の開口側から底側に向けて加締められる」とは,「側壁の外周側部分を残した部分の幅方向における溝部側の全ての部分が,溝部の開口側から底部に向けてパンチで押されて,側壁が溝部側へ塑性変形し回転軸を加締める」ことを意味するものと認められる。

次に,甲第1号証が開示するウエイトの取付け方法は確実なカシメを実現するために必要な押圧箇所として爪部先端の全幅を採用しているものであるから,必要な押圧箇所を全幅でなくその一部とすることには阻害要因があるといわざるを得ない。
また,何らかの事情により,甲第1号証のものにおいて押圧する力を小さくする必要性があって,押圧箇所を狭くするとしても,爪部6a,6bの先端の幅方向寸法自体を狭くすることにより,全幅を押圧しながらも押圧箇所を狭くすることができるから,仮にそのような必要性を認めたとしても,その押圧箇所を全幅に代えてその一部とすることが容易であるともいえない。

そして,甲第2号証のものにおいては,プレス凹部7がプレス片11にて溝部の開口側から底部に向けて圧縮された箇所であり,側壁の外周側部分を残した部分の幅方向における溝部側の全ての部分を溝部の開口側から底部に向けて圧縮したものではないから,振動子を回転軸に一体的に結合するために,側壁の外周側部分を残した部分の幅方向における溝部側の全ての部分が,溝部の開口側から底部に向けてパンチで押されているとはいえず,本件特許発明1に係る上記相違点1の構成を開示していない。
さらに,甲第2号証のものにおいては,プレス凹部7を形成するのは,プレス部材10の下端に断面台形状の一対のプレス片11が突設されたような特殊な形状といえるものであるから,従来例としてそのような特殊な形状のプレス部材を用いることを不適例として開示している甲第1号証のものに適用することにも阻害要因がある。

最後に,甲第3号証には,「平坦面65のうち平坦面の外周部63側部分を残した溝64側の部分が,溝64の開口部側から底面側へ向けてプレスされかしめられることにより,チョークコイル48の端部48aがかしめ部68により固定され」る技術が記載されているから,「端面のうち側壁の外周側部分を残した溝部側の部分が,溝部の開口側から底側に向けて加締められることにより,線材が結合される」技術が開示されている。
しかしながら,加締めの技術的意義を考慮して平坦面の大きさに対しどの程度の範囲をどのようにプレスすべきかについての具体的な開示はなく,側壁の先端部端面の外周側部分を残した溝部側の部分を加締めて固定したことの技術的意義は不明といわざるを得ない。
また,本件特許発明1の「従来よりも小さな加締め力によって,強固に振動子をモータの回転軸に固定することができる」(段落【0039】)との効果を有し,「小さな加締め力によっても高い引き抜き強度で振動子をモータの回転軸に結合させることができ,」(段落【0009】)るものと,甲第3号証の「次に,平坦面65の溝64側の中央部をそれぞれ溝64内に向けてプレスにより押し出すことにより,端部48aがその押し出されたかしめ部68により固定される。そして,スポット溶接により偏平部67と接着面62とがその溶接部69にて確実に接着されて,チョークコイル48の端部48aと端子45とが電気的に接続される。ところで,スポット溶接により偏平部66に異常なストレスが生じた場合には偏平部67が剥離する虞れがあるが,端部48aを溝64部にかしめにより固定しているため,上記ストレスが生じても偏平部67が接着面62から剥離することを防止できる。」(明細書第15頁第15行?第16頁第8行)ものとからして,回転駆動部における固定と電気的接続部における固定とのそれぞれに求められる固定の強固さには相違があるとすべきであるから,両者における加締めの技術的意義も自ずと異なるものとせざるを得ない。
そして,甲第1号証に記載の発明は「振動発生装置」に係り「振動子を回転軸に一体的に結合する」ものであるのに対し,甲第3号証に記載のものは「端子の電線接続部の構造」に係り「チョークコイル48の端部48aと端子45とが電気的に接続される」技術であって,両者の具体的技術分野も相違することからすると,たとえ,加締め技術として一致しているとしても,甲第1号証に記載の発明に甲第3号証に記載の技術を組み合わせて本件特許発明1の上記相違点1を構成するための動機があるとはいい難い。
さらに,甲第3号証に記載された技術から,「従来よりも小さな加締め力によって,強固に振動子をモータの回転軸に固定することができ,高い引き抜き強度で振動子をモータの回転軸に結合させることができ」る本件特許発明1の効果が予測し得たものとも認められない。

したがって,上記相違点1は,上記各甲号証の記載に基づいて当業者が容易になし得た範囲に含まれる程度のものではない。

以上,検討したとおり,本件特許発明1は,請求人の主張する各甲号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではないから,請求人の主張する特許法第29条第2項(同法第123条第1項第2号)に係る無効理由を有しない。

(2)本件特許発明2の無効理由について
本件特許発明2と甲第2号証に記載された発明とを対比する。

まず,後者の「モータ本体2」は前者の「モータ」に相当し,同様に,「固定」する態様は「結合」する態様に相当し,「携帯通信機器」は「小型無線機」に相当し,「振動発生モータ1」は「振動発生装置」に相当する。

次に,後者の「振動子4は,円柱を軸線方向に切断し断面半月形状であるブロック形状に形成される」態様と前者の「振動子は,偏心荷重部が中心角180°未満である切頭扇形状に形成される」態様とは,「振動子は,ある形状に形成される」との概念で共通している。

また,後者の「軸固定面5」は前者の「平坦面」に,後者の「挿入される」態様は前者の「嵌まり込む」態様に,後者の「軸挿入溝6」は前者の「溝部」に,後者の「縁部分」は前者の「側壁」にそれぞれ相当している。

そして,後者の「軸固定面5のうち縁部分の外周側部分を残した軸挿入溝6近傍に,上記軸挿入溝6の開口側から底側に向けて,軸挿入溝6を挟んで一対のプレス凹部7が圧縮成形されることにより,前記軸挿入溝6の内壁面6aが内側に張り出した張り出し8が形成され,回転軸3は軸挿入溝6の内壁面に包み込まれ,軸挿入溝6の内壁面で回転軸3がかしめられる」態様と前者の「平坦面のうち側壁の外周側部分を残した溝部側の部分が,上記溝部の開口側から底側に向けて加締められる」態様は,「平坦面が,加締められる」との概念で共通している。

したがって,両者は,
「モータの回転軸に振動子を一体的に結合してなる小型無線機の振動発生装置において,
上記振動子は,ある形状に形成されることにより,回転中心側に平坦面を有し,当該平坦面に上記回転軸が嵌まり込む溝部が形成されるとともに,この溝部の両側縁部を形成する側壁が形成され,上記平坦面が,加締められることにより,上記回転軸に一体的に結合されている小型無線機の振動発生装置」
の点で一致し,以下の点で相違している。

[相違点2]
振動子の形成される「ある形状」に関し,本件特許発明2は,「偏心荷重部が中心角180°未満である切頭扇形状」であるのに対し,甲第2号証に記載された発明は,「円柱を軸線方向に切断し断面半月形状であるブロック形状」である点。

[相違点3]
振動子を回転軸に一体的に結合するために,平坦面が,加締められる態様に関し,本件特許発明2は,「平坦面のうち側壁の外周側部分を残した溝部側の部分が,上記溝部の開口側から底側に向けて加締められる」態様であるのに対し,甲第2号証に記載された発明は,「軸固定面5のうち縁部分の外周側部分を残した軸挿入溝6近傍に,上記軸挿入溝6の開口側から底側に向けて,軸挿入溝6を挟んで一対のプレス凹部7が圧縮成形されることにより,軸挿入溝6の内壁面6aが内側に張り出した張り出し8が形成され,回転軸3は軸挿入溝6の内壁面に包み込まれ,軸挿入溝6の内壁面で回転軸3がかしめられる」態様である点。

上記相違点について以下検討する。

・相違点2について

本件特許発明2の「偏心荷重部が中心角180°未満である切頭扇形状」は,切頭扇形状とならない「円柱を軸線方向に切断し断面半月形状であるブロック形状」を除外するものである。したがって,甲第2号証には,相違点2が実質的に開示されているとはいえない。
しかしながら,切頭扇形状であることは,すなわち加締める平坦面の存在を保証する技術的意義があるものと認められ,また,偏心荷重部の中心角自体には荷重部の偏心度を示す技術的意義はあると認められるところ,甲第2号証に記載された発明の「円柱を軸線方向に切断し断面半月形状であるブロック形状」においても加締める平坦面は存在し,偏心荷重部の中心角に180°未満か断面半月形状である180°かの差異があることにより荷重部の偏心度に格別な差異が生じるものではないから,上記相違点2に基づく技術的意義に格別な差異はなく,上記相違点2は格別なものとはいえない。

・相違点3について

まず,平成23年11月15日付け第1回口頭審理調書において両当事者が認めるとおり,本件特許発明2において,「側壁の外周側部分を残した溝部側の部分が,上記溝部の開口側から底側に向けて加締められる」とは,本件特許発明1と同様に「側壁の外周側部分を残した部分の幅方向における溝部側の全ての部分が,溝部の開口側から底部に向けてパンチで押されて,側壁が溝部側へ塑性変形し回転軸を加締める」ことを意味するものと認められる。

次に,前記 2 対比・判断 (1) に説示したのと同様な理由から,甲第2号証には,上記相違点3に係る技術の開示はない。
そして,甲第2号証のものは,軸固定面の軸挿入溝近傍をプレス片で圧縮してプレス凹部を形成するものであって,a)プレス凹部の断面は,開口側に広い台形状であったり,三角形状,長方形状などであるから,プレス凹部のそのような断面形状を担保するためにはプレス凹部と軸挿入溝とが凹んだ状態では繋がらないことからすれば,また,b)プレス凹部に近接する軸挿入溝の内壁面を内側に張り出させるのであるから,張り出す軸挿入溝の内壁面が必ず存在することからすれば,少なくとも軸挿入溝の直近部分はプレス片で軸挿入溝の開口側から底部に向けて圧縮されず残らねばならないので,軸挿入溝までの全ての部分をプレス片で圧縮するようにすることには阻害要因があるといわざるを得ない。
さらに,特殊な形状のプレスを用いる甲第2号証のものにおいては,平板な形状のプレスを採用し,且つその押圧する範囲を工夫する発想は,通常生じ得ないというべきである。
したがって,相違点3に係る構成は甲第2号証記載事項から容易になし得たともいえない。

最後に,甲第3号証については,前記 2 対比・判断 (1) に説示したのと同様な理由から,たとえ,加締め技術として一致しているとしても,甲第2号証に記載の発明に甲第3号証に記載の技術を組み合わせて本件特許発明2の上記相違点3を構成するための動機があるとはいい難く,そして,甲第3号証に記載された技術から,「従来よりも小さな加締め力によって,強固に振動子をモータの回転軸に固定することができ,高い引き抜き強度で振動子をモータの回転軸に結合させることができ」ることが予測し得たものとは認められない。
そして,上記のとおり甲第2号証のものは,少なくとも軸挿入溝の直近部分はプレス片で軸挿入溝の開口側から底部に向けて圧縮されず残らねばならず,溝部側の全ての部分を圧縮するものとすることには阻害要因があり,その上,特殊な形状のプレスを用いる甲第2号証のものにおいて,平板な形状のプレスを採用し,且つそのプレスする範囲を工夫する発想は通常生じ得ないというべきであるから,結局,甲第2号証のものに甲第3号証に記載された加締め技術を組み合わせることは当業者にとって容易とはいえない。

したがって,上記相違点3は,上記各甲号証の記載に基づいて当業者が容易になし得た範囲に含まれる程度のものではない。

以上,検討したとおり,本件特許発明2は,請求人の主張する各甲号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではないから,請求人の主張する特許法第29条第2項(同法第123条第1項第2号)に係る無効理由を有しない。

(3)本件特許発明3ないし5の無効理由について
本件特許発明3ないし5は,本件特許発明1または本件特許発明2を引用する形式で記載されたものであり,本件特許発明1または本件特許発明2が備える構成要件をすべて含み,さらに構成を付加したものである。
そして,上記 2 対比・判断 (1)及び(2) において検討したとおり,本件特許発明1または本件特許発明2は,請求人の主張する各甲号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではないから,本件特許発明3ないし5も当然に,各甲号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない。
したがって,本件特許発明3ないし5は,請求人の主張する特許法第29条第2項(同法第123条第1項第2号)に係る無効理由を有しない。


第5 むすび

以上のとおりであるから,請求人の主張する理由及び提出した証拠方法によっては本件特許の請求項1ないし5に係る発明の特許を無効とすることはできない。
審判に関する費用については,特許法第169条第2項の規定で準用する民事訴訟法第61条の規定により,請求人が負担すべきものとする。

よって,結論のとおり審決する。
 
審決日 2011-12-05 
出願番号 特願2000-253598(P2000-253598)
審決分類 P 1 113・ 121- Y (B06B)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 米山 毅  
特許庁審判長 田村 嘉章
特許庁審判官 大河原 裕
倉橋 紀夫
登録日 2004-11-12 
登録番号 特許第3614093号(P3614093)
発明の名称 小型無線機の振動発生装置  
代理人 高橋 洋平  
代理人 近藤 惠嗣  

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