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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) A61K
審判 査定不服 5項独立特許用件 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) A61K
管理番号 1252150
審判番号 不服2011-1792  
総通号数 148 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2012-04-27 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2011-01-26 
確定日 2012-02-09 
事件の表示 特願2000-185530「脳血管攣縮予防製剤」拒絶査定不服審判事件〔平成14年 1月 9日出願公開、特開2002-3406〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1.手続の経緯
本願は、平成12年6月21日の出願であって、平成22年10月26日付けで拒絶査定がされ、これに対し、平成23年1月26日に拒絶査定不服審判が請求されるとともに、同日付けで手続補正がされた。
そして、平成23年3月15日付けで拒絶理由通知が出されたのに対し、同年5月12日付けで意見書が提出されたものである。

第2.平成23年1月26日付けの手続補正についての補正却下の決定

[補正却下の決定の結論]
平成23年1月26日付けの手続補正を却下する。

[理由]
1.補正後の本願発明

平成23年1月26日付けの手続補正(以下、「本件補正」という。)により、特許請求の範囲の請求項1は、
「【請求項1】
滅菌処理により形状が変化しない材料で被覆することを特徴とし、生体内分解性の担体に保持された脳血管攣縮抑制物質を有効成分として含有する、脳内埋め込み用固形製剤であって、滅菌処理により形状が変化しない材料がポリテトラフルオロエチレンであり、生体内分解性の担体がポリ乳酸又はポリ乳酸・グリコール酸共重合体であり、脳血管攣縮抑制物質がニカルジピンである、前記脳内埋め込み用固形製剤。」と補正された。

上記補正は、請求項1に記載された発明を特定するために必要な事項である「滅菌処理により形状が変化しない材料」、「生体内分解性の担体」および「脳血管攣縮抑制物質」について、それぞれ「ポリテトラフルオロエチレン」、「ポリ乳酸又はポリ乳酸・グリコール酸共重合体」および「ニカルジピン」であるとの限定を付加するものであって、平成18年法律第55号改正附則第3条第1項の規定によりなお従前の例によるとされる同法改正前の特許法第17条の2第4項第2号の特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。
そこで、本件補正後の特許請求の範囲に記載された事項により特定される発明が、特許出願の際独立して特許を受けることができるものであるか(すなわち平成18年法律第55号改正附則第3条第1項の規定によりなお従前の例によるとされる同法改正前の特許法第17条の2第5項において準用する同法第126条第5項の規定に適合するか)、補正後の請求項1に係る発明(以下、「本願補正発明」という。)について、以下に検討する。

2.引用例に記載されている事項

(1)平成23年3月15日付けの拒絶理由通知で引用された、本願出願前に頒布された刊行物である「川島 明次 他,“イヌ脳血管攣縮モデルにおけるニカルジピン徐放剤の有効性”,脳神経外科,1998年,第26巻第1号,p37-43(以下、「引用例1」という。)」には、以下の事項が記載されている。

ア 「髄腔内投与が臨床的に有効との報告があるニカルジピンを用いて徐放剤を開発し,これによる脳血管攣縮発生予防効果を,イヌくも膜下出血モデルを用いて検討した。本実験の有効性が明らかとなれば,その投与は手術中の1回で済み,本法は臨床的に有用な治療方法となる可能性が高いと考えられた。」(第38頁左欄第16?23行)

イ 「ニカルジピン徐放剤は直径1mm,長さ10mmのrod状のpelletを加圧溶融法により調製した。基剤には分子量4,500の乳酸グリコール酸共重合体を用いた。」(第38頁左欄第25?28行)

ウ 「使用動物は約15kgの雑種成犬である。コントロール群とニカルジピン投与群とに分けて6頭ずつ,計12頭使用した。」(第38頁左欄第32?34行)

エ 「開頭くも膜下出血モデルを顕微鏡下に作成した。右前頭側頭開頭を行い,手術用顕微鏡下に内頸動脈(ICA),中大脳動脈(MCA),前大脳動脈(ACA),後交通動脈(PComA)をくも膜より剥離露出し,周囲に0.5ml/kgのhematoma clotを留置した。その際,血管周囲に8本のpellet即ちニカルジピン徐放剤約80mg(ニカルジピン約8mg)またはplaceboを留置した。・・・くも膜下出血モデル作成7日後に再び脳血管撮影を行い,脳血管攣縮の評価を行った。」(第38頁右欄第2?20行)

オ 「ニカルジピン群とplacebo群の両群それぞれで,Day0の血管径を100としたときのDay7の血管攣縮の程度を百分率で表示した。検定はこの2群間をunpaired t-testにて行い,p<0.05を有意差ありと判定した。」(第38頁右欄第35?39行)

カ 「脳血管攣縮の程度をニカルジピン群とplaceboとで比較し,平均±標準偏差で示すと,placeboはICで-37±13%,MCで-48±11%,ACで-28±19%,ニカルジピン群ではICで-10±21%,MCで-3±18%,ACで-1±17%であり,ニカルジピン群でICA:p<0.05,MCA:p<0.0005,ACA:p<0.05と有意に血管攣縮の程度が改善された」(第39頁左欄第3行?右欄第1行、(注)第37頁の要約における「the internal carotid(IC)」,「the middle cerebral(MC)」および「the anterior cerebral artery(AC)」との記載からみて、前記「IC」,「MC」および「AC」は、それぞれ「内頚」,「中大脳」および「前大脳」を意味すると解される。)

キ 「ニカルジピン徐放剤の容量設定に関しては,これまでのパパベリン徐放剤の研究結果を参考にした。・・・これに対して基剤に分子量4,000の乳酸グリコール酸共重合体を用いて作成し,塩酸パパベリンを25mg含む高容量pelletでは,Day4で56%放出され,その後は放出曲線が緩やかになり,Day8で78%が放出された。・・・こうした結果を踏まえて,高容量パパベリン徐放剤と同様の放出曲線となるようにニカルジピン徐放剤を作成した。」(第40頁右欄下から10行?第41頁左欄第7行)

ク 「基剤の乳酸グリコール酸共重合体は無毒性であり,組織反応性もなく完全に代謝排泄されるといわれているが,今回の投与量ではDay7で脳槽内に残存pelletは認められず,ニカルジピン徐放剤による特異的な病理変化も認められなかった。」(第42頁左欄第6?11行)

ケ 「くも膜下出血術後,脳槽内にカテーテルを留置し,1-2週間持続して薬剤を投与し続けることは感染等,合併症の危険が大きく,安全性に関して問題となることがしばしばある。」(第42頁左欄第23?27行)

コ 「ニカルジピン徐放剤はパパベリン徐放剤と比較しても,少ない量で極めて有効であった。現在,二重盲験試験で容量設定実験を行っており,今後臨床的にも応用が期待される。」(第42頁左欄第31?34行)

上記のように、引用例1のニカルジピンは脳血管攣縮抑制物質であり(ア,エ?カ)、ニカルジピン徐放剤は脳内埋め込み用の固形製剤であって(ア,エ)、基剤に用いられている乳酸グリコール酸共重合体は、生体内分解性の担体であるので(イ,ク)、引用例1には、
「生体内分解性の担体に保持された脳血管攣縮抑制物質を有効成分として含有する、脳内埋め込み用固形製剤であって、生体内分解性の担体が分子量4,500の乳酸グリコール酸共重合体であり、脳血管攣縮抑制物質がニカルジピンである、前記脳内埋め込み用固形製剤」の発明(以下、「引用例1発明」という。)が、記載されている。

(2)平成23年3月15日付けの拒絶理由通知で引用された、本願出願前に頒布された刊行物である特開昭63-218632号公報(以下、「引用例2」という。)には、以下の事項が記載されている。 なお、下線は当審合議体が付加した。

(a)「(1)分子量が200?5,000の範囲のグリコール酸とL-乳酸からなる生体分解型コポリマー、特に30%から70%の範囲のL-乳酸組成を用いたホルモン含有徐放性複合体。」(特許請求の範囲第1項)

(b)「(3)ホルモンをグリコール酸とL-乳酸からなるコポリマー中に溶融もしくは分散させることにより十分に混合したのち、室温から150℃の温度、常圧から1,000kg/cm^(2)の圧力下で成形加工し、テフロン管のような基材の中に充填し、さらにテフロン管中のホルモンを含むグリコール酸とL-乳酸のコポリマー混合物をなめらかに押し出すためにテフロン棒の挿入部をもつ、使いすてタイプの二重針構造を用いた特許請求の範囲第2項記載のホルモン含有徐放性複合体を製造する方法。」(特許請求の範囲第2項)

(c)「(4)^(60)Co、^(137)Csなどのような放射線源を用いて照射することからなる特許請求の範囲第2項または第3項記載のホルモン含有徐放性複合体を製造する方法。」(特許請求の範囲第4項)

(d)「コポリ(グリコール酸/L-乳酸)の組成としては、L-乳酸組成が30%から70%までが好ましい。上述組成のコポリ(グリコール酸/L-乳酸)は一般的に生体内分解速度がコントロールし易く、所望の期間内に分解を終らせることができる。また、分子量が200?5,000のコポリ(グリコール酸/L-乳酸)はコポリマー自身が比較的低い温度で軟化もしくは溶融する」(第2頁右下欄第5?12行)

(e)「本発明は比較的軟化点の低いコポリ(グリコール酸/L-乳酸)をテフロン管などに充填することによって取扱い上の観点からも一工夫してある。さらに、複合体内部まで完全に殺菌するために透過力の強い放射線源を用いて上記テフロン管内に複合体が充填されている状態で殺菌を可能にした。すなわち、本発明はディスポーザルタイプの注射挿入可能なホルモン含有生体分解型高分子材料複合体の製造方法である。さらに、本発明のもう1つの特徴として、仕込みホルモンを成形加工過程中に損失させることなく、100%回収率で複合体中に包含することにある。」(第3頁左上欄第3?14行)

(f)「放射線照射の線源は問わないが、複合体内部まで殺菌可能な放射線源が理想である。その場合、透過力の強いγ線源およびβ線源などが複合体内部まで殺菌可能と思われる。」(第3頁左下欄第1?4行)

(g)「実施例 1?3
数平均分子量(Mn)約1,600のコポリ(グリコール酸/L-乳酸)の30/70組成物(実施例1)、50/50組成物(実施例2)、70/30組成物(実施例3)100mgと天然luteinizing hormone-releasing hormone(LH-RHと略す。また天然LH-RHのアミノ酸配列は・・・からなる)10mgをガラスアンプル中に入れ、機械的によく混合し、80℃の温度下で5分間撹拌した。両者はこの条件下ですばやく溶融し、見掛上均一に混合した。冷却後、天然LH-RHを含むコポリ(グリコール酸/L-乳酸)をディスポーザルタイプのテフロン管(内径3mm、60mm長さ)に充填し、さらに100kg/cm^(2)の圧力下で50℃、2分間処理した。この処理によって外径3mm、長さ15mmの円柱状型天然LH-RH含有コポリ(グリコール酸/L-乳酸)複合体を得た。
得られた複合体の殺菌を窒素雰囲気下、-78℃の温度で^(60)Co線源からのγ線を1×10^(6)R/hrの線量率で3時間照射することによって行った。
この複合体からの天然LH-RHのin vivo放出は複合体をウィスターラット(雄)の背中皮下部にディスポーザルタイプのテフロン管を挿入し、充填されている複合体をテフロン棒で押し出すことによって埋入し、一定時間経過した後、ラットを層殺し、複合体を取り出し、複合体中に残存する天然LH-RHの量から求めた。」(第4頁左上欄第10行?右上欄第17行)

(3)平成23年3月15日付けの拒絶理由通知で引用された、本願出願前に頒布された刊行物である特開平8-39586号公報(以下、「引用例3」という。)には、以下の事項が記載されている。なお、下線は当審合議体が付加した。

(i)「本発明は、薬物及び熱可塑性ポリマーの混合物を、密閉可能な成型容器内に封入し、前記混合物を加温して融解させ、その融解温度において、遠心力を加えながら成型し、次いで、冷却固化することを特徴とする放出制御製剤組成物の製造方法からなる。本発明はまた、薬物及び熱可塑性ポリマーが、無菌のものであることを特徴とする前記放出制御製剤組成物の製造方法からなる。本発明はまた、混合物を密閉可能な成形容器内に封入した後、乾熱滅菌または放射線滅菌に付すことを特徴とする前記放出制御製剤組成物の製造方法からなる。本発明はまた、放出制御製剤が、皮下埋入剤、組織内投与製剤または粘膜適用製剤組成物であることを特徴とする前記放出制御製剤組成物の製造方法からなる。」(第2頁第2欄第40行?第3頁第3欄第3行)

(ii)「本発明の製造方法は、これらの中でも、皮下埋入剤、組織内投与製剤及び粘膜適用製剤の製造に適している。・・・また、組織内投与製剤は、皮下埋入剤と同様に製造されるが、特に無菌的に製造され、埋込器を用いるか、または外科的手術により筋肉内、臓器組織内、腫瘍組織内等に適用される。」(第3頁第3欄第9?16行)

(iii)「本発明の製造方法により製造される放出制御製剤組成物に含まれる薬物としては、特に限定されないが、継続的投与が治療に有効なもので、熱に対して安定であるかまたは放射線に対して安定で、薬物担体として用いられる熱可塑性ポリマー中に均一に分散し得るもので、一部ないし全部が当該熱可塑性ポリマー中に分子状に分散するもの(固溶体を形成するもの)が好ましい。熱に対して安定とは、具体的には、例えば150℃で加熱したときの分解率が、5%以下のものをいう。また、放射線に対して安定とは、例えば、コバルト60を線源とするγ線を総線量2.5Mrad照射したときの分解率が、5%以下のものをいう。このような薬物としては、抗前立腺肥大症薬、ホルモン薬及び抗ホルモン薬、抗腫瘍薬、消炎鎮痛薬、向精神薬、循環器用薬、抗アレルギー薬等が挙げられる。」(第3頁第3欄第21?35行)

(iv)「本発明において、薬物の担体として用いられる熱可塑性ポリマーとしては、生体適合性があるものであれば、特に限定されず、天然高分子、半合成高分子または合成高分子のいずれでもよく、また、ホモポリマーでもコポリマーでもよく、さらに、塩であってもよい。また、本発明において用いられる熱可塑性ポリマーは、生体内で分解し得るものが好ましい。このような、熱可塑性ポリマーとしては、生分解性のポリ乳酸、ポリグリコール酸、ポリカプロラクトン、ポリブチロラクトン及びそれらの共重合体、・・・その中でも、特に、ポリ乳酸、ポリグリコール酸、乳酸とグリコール酸とのコポリマー、またはそれらの混合物が好ましい。」(第3頁第4欄第31行?第4頁第5欄第3行)

(v)「熱可塑性高分子として乳酸とグリコール酸のコポリマーを用いる場合には、成形容器は、フッ素樹脂(ポリテトラフルオロエチレン、ポリクロロトリフルオロエチレン、ポリフッ化ビニリデン、ポリフッ化ビニル等)、ポリオレフィン(ポリメチルペンテン等)、ポリカーボネート等及びそれらの複合材料から選択される材料を用いて成形したもの、またはそれらの材料により内部を被覆したものであることが好ましい。」(第4頁第6欄第15?23行)

(vi)「前記混合物を成型容器内に封入した後、製剤の無菌性を確保するために、混合物の滅菌処理をすることが望ましい。製剤が皮下埋入剤や組織内投与製剤である場合には、特に、滅菌処理が必要とされる。滅菌処理は、乾熱滅菌または放射線滅菌によることができる。乾熱滅菌は、用いる薬物と熱可塑性ポリマーの組み合わせにより異なるが、120℃?250℃の温度に、1分?480分間、容器を加熱することにより行なうことができる。また、放射線滅菌は、照射施設内で、総線量0.1Mradから25Mradを、適当な線量率で容器に照射することにより行なうことができる。放射線滅菌は、密閉可能な成型容器内に薬物ポリマー混合物を封入した後、乾熱滅菌の代りに工程滅菌法として行なうことができるが、成型した製剤組成物を投与器具中へ装着し、密閉包装した状態で行なってもよい。」(第4頁第6欄第27?41行、(注)「前記混合物」とは、「薬物及び熱可塑性ポリマーの混合物」を意味する。)

(vii)
「実施例1
1) フィナステリド1gと生分解性のポリマーである1-乳酸・グリコール酸コポリマー(PLG2900ML;末端基定量法による数平均分子量=2900、乳酸/グリコール酸共重合比=50/50);多木化学(株)製)4gとの混合物を、テフロン製ビーカーに入れ(図1(1)参照(以下、同じ))、120℃において加熱溶融した(図1(2))。次に、この加熱溶融した混合物を、0℃まで冷却し、固化させた。得られた固形物を震動ミキサーミル用のテフロン製容器中に移し、卓上震動ミキサーミル(三田村理研工業(株)製)を用いて、5℃において15分間粉砕した(図1(3)?(4))。
2) 得られた粉末約20mgづつをテフロン製成型容器に充填し、密栓を施して(図1(5))、オートクレーブ(UGSP-II66-125D-K-SP型;ウドノ医機(株))を用いて、140℃において4時間乾熱滅菌処理を施した(図1(6))。」(第5頁第7欄第38行?第8欄第4行)

3.対比

本願補正発明と引用例1発明とを対比すると、引用例1発明の「乳酸グリコール酸共重合体」は、本願補正発明の「ポリ乳酸・グリコール酸共重合体」に相当するので、両者の一致点および相違点は以下のとおりである。

[一致点]
「生体内分解性の担体に保持された脳血管攣縮抑制物質を有効成分として含有する、脳内埋め込み用固形製剤であって、生体内分解性の担体が分子量4,500のポリ乳酸・グリコール酸共重合体であり、脳血管攣縮抑制物質がニカルジピンである、前記脳内埋め込み用固形製剤。」である点。

[相違点]
本願補正発明の脳内埋め込み用固形製剤は、滅菌処理により形状が変化しない材料で被覆することを特徴とし、前記材料がポリテトラフルオロエチレンであるのに対し、引用例1発明には、製剤を滅菌処理により形状が変化しない材料で被覆することは記載されていない点。

4.判断

上記相違点について、以下に検討する。
引用例1発明の脳内埋め込み用固形製剤が、くも膜下出血後脳血管攣縮予防を目的として臨床適用するための製剤であることは明らかであるところ(ア,コ)、例えば引用例3の(vi)に「製剤が皮下埋入剤や組織内投与製剤である場合には、特に、滅菌処理が必要とされる。」と記載されているように、医薬製剤を臨床適用するにあたり感染等の危険性(引用例1のケ)を回避するために滅菌処理を行うことは医薬分野における技術常識であるので、脳内埋め込み用すなわち組織内投与製剤である引用例1発明の製剤を臨床適用するにあたり、当業者は当然に滅菌処理を行うと解される。
そして、引用例1発明で具体的に用いられている分子量4,500のポリ乳酸・グリコール酸共重合体が比較的低い温度で軟化もしくは溶融する担体であることは、本願出願日前に既に知られている事項であるので(引用例2の(d))、当業者は、引用例1発明の製剤を滅菌処理する際の加熱により前記担体が軟化もしくは溶融して製剤が変形するという不具合を防止しなければならない、という課題を当然に認識する。
ここで、引用例1発明と同様にポリ乳酸・グリコール酸共重合体を担体として用いた製剤を、ポリテトラフルオロエチレンにより被覆して放射線滅菌または乾熱滅菌のような滅菌処理を行うことは、引用例2((b),(e),(g)に記載の「テフロン管」)および引用例3((v)に記載の「ポリテトラフルオロエチレン」を用いて成形した成形容器,(vii)に記載の「テフロン製成型容器」)に記載されているように本願出願日前の周知技術であるところ、引用例2の(e)に「本発明は比較的軟化点の低いコポリ(グリコール酸/L-乳酸)をテフロン管などに充填することによって取扱い上の観点からも一工夫してある。」と記載されているように、ポリテトラフルオロエチレンによる被覆により、比較的軟化点の低いポリ乳酸・グリコール酸共重合体の取扱い性が向上することは、本願出願日前に知られている事項である。
また、引用例2の(b)に「さらにテフロン管中のホルモンを含むグリコール酸とL-乳酸のコポリマー混合物をなめらかに押し出す」との記載、および(g)に「充填されている複合体をテフロン棒で押し出す」との記載があり、もし滅菌処理によりテフロン管の形状が変化するならば、充填されている複合体をテフロン棒でなめらかに押し出すことはできないことは自明であるので、引用例2および引用例3に記載の「ポリテトラフルオロエチレン」が本願補正発明における「滅菌処理により形状が変化しない材料」であることは、前記(b)および(g)の記載からみて自明の事項である。
そして、引用例2の製剤における有効成分はホルモンであるが((a)?(c),(e),(g))、引用例3の製剤における有効成分としては、抗前立腺肥大症薬、ホルモン薬及び抗ホルモン薬、抗腫瘍薬、消炎鎮痛薬、向精神薬、循環器用薬、抗アレルギー薬等の多種類の薬物が挙げられているので((iii))、当業者は、引用例2および引用例3に記載の周知技術を適用できる薬物の範囲は広範囲であって、脳血管に作用するニカルジピンを有効成分とする引用例1発明の製剤にも適用できることを、容易に理解し得る。
してみると、引用例1発明の製剤を臨床適用する際の滅菌処理において、担体が軟化もしくは溶融して製剤が変形するという不具合を防止するという前記課題を解決する手段として、引用例2および引用例3に記載の周知技術を用い、引用例1発明の製剤を「滅菌処理により形状が変化しない材料」である「ポリテトラフルオロエチレン」で被覆することによって本願補正発明の製剤を得ることは、当業者が容易に想到し得た事項である。
そして、本願明細書の段落【0036】に記載されている「滅菌処理しても、製剤の形状が損なわれることがない。また脳内に埋め込む際にも、無菌状態を保ったまま、容易に使用することができる。」という効果は、当業者が、特に引用例2の前記(b),(e)および(g)の記載からみて予測しえた程度の効果にすぎず、当業者の予測を超える程の格別顕著な効果ではない。
したがって、本願補正発明は、引用例1?3に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により、特許を受けることができない。

5.意見書における主張について

(1)請求人は、平成23年5月12日付け提出の意見書の「3.(3)引用文献8との対比」についての項目において(注;前記「引用文献8」は、本件審決における「引用例1」に相当する文献である。)、「ポリ乳酸又はポリ乳酸・グリコール酸共重合体を担体とした製剤においてそのまま何も被覆せずに滅菌した場合に、滅菌後の形状が大きく変化してしまうという問題点(課題)は記載されておらず、」と主張しているが、上記4.で検討したように、当該課題は、引用例2に記載された事項からみて、当業者が当然に認識する課題である。

(2)請求人は同意見書の「3.(5)」において、「くも膜下出血を起こしたヒトにおいてニカルジピンを有効に作用させることを初めて成功させることができたのであり、人命救助という観点からも本発明の意義は極めて大きいと考えます。」と主張している。
しかし、上記4.で検討したように、引用例1発明の脳内埋め込み用固形製剤が、くも膜下出血後脳血管攣縮予防を目的として臨床適用するための製剤であることは明らかであるところ(ア,コ)、本願明細書の実施例(段落【0035】)には、本願発明の製剤をヒトに臨床適用した際に具体的にどの程度の効果が得られたかについて、何ら記載されていない。
当業者は、当該意見書に添付された脳血管撮影写真(図1,図2)を参酌すれば、本願発明の製剤をヒトに臨床適用した際に脳血管攣縮発生予防効果が得られたことを理解できるものの、引用例1に「少ない量で極めて有効であった。」との記載があるように(コ)、ニカルジピン徐放剤による脳血管攣縮発生予防効果は、「イヌくも膜下出血モデル」において本願出願日前に既に確認された効果である。
そして、引用例1発明の製剤をヒトに臨床適用した際に得られた効果が、前記「イヌくも膜下出血モデル」において得られた効果から当業者が予測し得る範囲を超えるほど格別顕著な効果であるのか否かについて、当業者が客観的に判断し得る根拠は本願明細書に何ら記載されていない。
よって、請求人が主張する前記効果が、当業者が引用例1?3から予測し得る範囲を超えるほど格別顕著な効果であるとは、認められない。

6.補正却下についてのむすび

以上のとおり、本件補正は、平成18年法律第55号改正附則第3条第1項の規定によりなお従前の例によるとされる同法改正前の特許法第17条の2第5項で準用する同法第126条第5項の規定に違反するので、特許法第
159条第1項において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下すべきものである。

第3 本願発明について

平成23年1月26日付けの手続補正は上記のとおり却下されたので、本願の請求項1に係る発明(以下、「本願発明」という。)は、本願出願当初明細書の特許請求の範囲の請求項1に記載された事項により特定される、以下のとおりのものである。
「滅菌処理により形状が変化しない材料で被覆することを特徴とし、生体内分解性の担体に保持された脳血管攣縮抑制物質を有効成分として含有する、脳内埋め込み用製剤。」

1.引用例

平成23年3月15日付けの拒絶理由通知で引用された引用例1?3、およびこれらの引用例に記載された事項は、前記「第2 2.」に記載したとおりである。

2.対比・判断

本願発明は、前記「第2 1.」で検討した本願補正発明から、「滅菌処理により形状が変化しない材料」の限定事項である「ポリテトラフルオロエチレン」との構成、「生体内分解性の担体」の限定事項である「ポリ乳酸又はポリ乳酸・グリコール酸共重合体」との構成、および「脳血管攣縮抑制物質」の限定事項である「ニカルジピン」との構成を省いたものである。
そうすると、本願発明の発明特定事項をすべて含み、さらに他の発明特定事項を付加したものに相当する本願補正発明が、前記「第2 4.」に記載したとおり、引用例1?3に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本願発明も、同様の理由により、引用例1?3に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものである。

第4 むすび

以上のとおり、本願の請求項1に係る発明は、引用例1?3に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により、特許を受けることができない。
したがって、その余の請求項に係る発明について論及するまでもなく、本願は拒絶されるべきである。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2011-11-02 
結審通知日 2011-11-09 
審決日 2011-12-09 
出願番号 特願2000-185530(P2000-185530)
審決分類 P 1 8・ 121- WZ (A61K)
P 1 8・ 575- WZ (A61K)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 辰己 雅夫  
特許庁審判長 内田 淳子
特許庁審判官 前田 佳与子
荒木 英則
発明の名称 脳血管攣縮予防製剤  
代理人 石井 良夫  
代理人 後藤 さなえ  

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