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審決分類 審判 査定不服 5項独立特許用件 特許、登録しない。 C12N
審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 C12N
管理番号 1252545
審判番号 不服2008-30432  
総通号数 148 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2012-04-27 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2008-12-01 
確定日 2012-02-22 
事件の表示 平成10年特許願第539591号「発現が増強されたベクターならびにそれらの作出方法および用途」拒絶査定不服審判事件〔平成10年 9月17日国際公開、WO98/40500、平成13年 9月11日国内公表、特表2001-514519〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 1.手続の経緯
本願は、平成10年2月25日を国際出願日(パリ条約による優先権主張外国庁受理1997年3月12日 米国)とする出願であって、平成20年2月27日付で手続補正がなされたが、平成20年8月26日付で拒絶査定がなされ、これに対して、平成20年12月1日に拒絶査定に対する審判請求がなされるとともに、同日付で手続補正がなされたものである。

2.平成20年12月1日付の手続補正についての補正却下の決定
[補正却下の決定の結論]
平成20年12月1日付の手続補正を却下する。
[理由]
(1)補正後の本願発明
上記補正により特許請求の範囲の請求項1は、補正前の「【請求項1】 細胞内で少なくとも1個の第一の核酸分子の発現を増強するベクターであって、該ベクターが、第一の核酸分子を含みK3LおよびE3Lオープンリーディングフレームを含むように改変されたALVACであり、第一の核酸分子並びにK3LおよびE3Lオープンリーディングフレームの実質的な共発現が起こり、これにより、前記リーディングフレームが翻訳を増強することによって第一の核酸分子の発現を増強し、第一のプロモーターが機能発揮できるように第一の核酸分子に結合し、第二のプローモーターが機能発揮できるようにK3LおよびE3Lオープンリーディングフレームに結合し、さらに、第一および第二のプロモーターが実質的に同時に機能する、ことを特徴とするベクター。」から、
「【請求項1】細胞内で少なくとも1個の第一の核酸分子の発現を増強するベクターであ
って、該ベクターが、第一の核酸分子を含みワクシニアK3LおよびE3Lオープンリーディングフレームを含むように改変されたALVACであり、第一の核酸分子並びにワクシニアK3LおよびE3Lオープンリーディングフレームの実質的な共発現が起こり、これにより、前記リーディングフレームが翻訳を増強することによって第一の核酸分子の発現を増強し、第一のプロモーターが機能発揮できるように第一の核酸分子に結合し、第二のプローモーターが機能発揮できるようにワクシニアK3LおよびE3Lオープンリーディングフレームに結合し、さらに、第一および第二のプロモーターが実質的に同時に機能する、ことを特徴とするベクター。」へと補正された。
上記補正は、上記補正前の請求項1に記載した発明を特定するために必要な事項である「K3LおよびE3Lオープンリーディングフレーム」について、「ワクシニア」という限定を付加するものであって、その補正前の当該請求項に記載された発明とその補正後の当該請求項に記載される発明の産業上の利用分野及び解決しようとする課題が同一であるから、請求項1についての補正は、平成18年改正前特許法第17条の2第4項第2号の特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。
そこで、本件補正後の前記請求項1に記載された発明(以下、「本願補正発明1」という。)が、特許出願の際独立して特許を受けることができるものであるか(平成18年改正前特許法第17条の2第5項において準用する同法第126条第5項の規定に適合するか)について、以下に検討する。

(2)引用例
原査定の拒絶の理由で引用文献1として引用された本願優先日前に頒布された刊行物であるJ. Virol., 1992年, vol. 66, no. 4, p. 1943-1950(以下、「引用例1」という。)には、
(i)「ワクシニアウィルスのインターフェロン抵抗性は二本鎖RNAによって活性化される(DAI)プロテインキナーゼによる真核細胞開始因子2のアルファサブユニット(eIF-2α)のリン酸化に特異的な阻害によって媒介される。ワクシニアウィルスはeIF-2αのホモログ、K3Lをコードしており、その欠失によってウィルスはインターフェロン処理に対して感受性となる。我々は、eIF-2αリン酸化の制御因子を評価するために設計された一過性DNA形質転換システムにおいて、当該タンパク質化合物がインターフェロン抵抗性を誘引する仕組みについて研究した。このシステムにおいては、DAIプロテインキナーゼによるeIF-2αのリン酸化により、レポーター遺伝子mRNAの翻訳は不十分であった。K3L遺伝子のコトランスフェクションはこのシステムにおけるレポーターmRNAの翻訳を増進する。K3Lタンパク質はeIF-2αのリン酸化とDAIキナーゼの活性化を阻害する。」(第1943頁 要約部分第1行?第9行)、
(ii)「全てのベクターは、転写開始のためのアデノウィルス後期プロモーター及びシミアンウィルス(SV)40エンハンサー要素を用いた同じ転写ユニットを用いている(図1)。加えて、ベクターはCOS-1細胞におけるSV40の複製起点を有する。ジヒドロ葉酸還元酵素(DHFR)発現プラスミドpD61、pMT2及びpMT2VA-(以下、pMTVA-、と言う)並びにアデノシンデアミナーゼ(ADA)発現プラスミドp9Aは以前記述されていた。(中略)pD61及びp9AはpBR322骨格を有しテトラサイクリン耐性をコードしており、一方、pMTVA-派生物はpUC18骨格を有し、アンピシリン耐性をコードしている。pMTVA-派生物ではなく、pD61あるいはp9AのCOS-1の形質転換では、DAIキナーゼ活性化及びeIF-2αリン酸化が生じる。pD61あるいはp9A由来のmRNAはeIF-2αリン酸化が阻害されない限り、効率的に翻訳されない。K3Lの発現について、ワクシニアウィルスWR株からのコード領域がプライマー(配列省略)を用いたポリメラーゼ連鎖反応によって増幅された。」(第1944頁 左欄第2行?右欄第11行)、と記載されており、また、図1にはK3LをコードするpUC18骨格のベクターがpK3Lであることが示されており、
(iii) 「pD61とpK3LのコトランスフェクションはDHFRの翻訳をコントロールに比べて5倍増加させた(図2A レーン5と7)。p9AからのADA翻訳もコントロールのDHFR発現ベクターpMTVA-に比べてK3Lの存在下で増加した(図2A レーン8と9)。この増加は細胞性アクチンとADAの移動が区別できる低濃度のゲルでのSDS-PAGEによってより明確に示される(図2A レーン10と11)。ADAの発現の10倍の増加は定量的免疫沈降とSDS-PAGEのバンドの強度で決定された(図2A レーン14と15)。」(第1946頁 左欄第7行?第18行)、と記載されている。
また、原査定の拒絶の理由で引用文献2として引用された本願優先日前に頒布された刊行物であるVirology, 1995年, vol. 210, p. 254-263(以下、「引用例2」という。)には、
(i)「最近の結果は、ワクシニアウィルスK3L及びE3Lがコードされた遺伝子産物両者のワクシニアウィルスのインターフェロン抵抗性形質における役割を示唆している(Beattie et al., Virology 183, 419-422, 1991; Beattie et al., J.Virol. 69, 499-505, 1995)。ワクシニアウィルス感染細胞におけるこれらの機能が当該プロセスを媒介する仕組をさらに確立する手法として、我々はさらに、K3L欠失ワクシニアウィルス(vP872)及びE3L欠失ワクシニアウィルス(vP1080)感染細胞におけるインターフェロン形質を評価した。生化学的及び分子生物学的分析は、K3L欠失ワクシニアウィルス感染細胞及びE3L欠失ワクシニアウィルス感染細胞と野生型ワクシニアウィルス感染細胞について、インターフェロンの効果を比較して行った。」(第254頁 要約部分第1行?第6行)、
(ii)「インターフェロンα/β(IFN-α/β)のワクシニアウィルスについて抗ウィルス活性についての早期の研究は、このウィルスが幾つかの細胞系においてこの抗ウィルス試薬に対して比較的抵抗性であることを確立した(文献名省略)。最近、我々は、インターフェロン抵抗性形質の付与に、ワクシニアウィルスのオープンリーディングフレームE3L及びK3Lが関与していることを示した(文献名省略)。E3L遺伝子産物の二本鎖RNA結合タンパク質としての機能的性質及びK3Lオープンリーディングフレームの真核生物開始因子2α(eIF-2α)アミノ末端との顕著な配列類似性に基づいて、インターフェロン媒介の抗ウィルス活性の無効化に至る仕組みは、PKRの活性化及びそれに続くeIF-2αのリン酸化の抑制制御を含む」(第254頁 左欄第1行?第17行)、と記載されており、第258頁から第259頁の図2には、(野生型ワクシニアウィルス(VC-2)(A)、K3L欠失ワクシニアウィルス(vP872)(B)あるいはE3L欠失ワクシニアウィルス(vP1080)(C)でそれぞれ感染したマウスL929細胞のタンパク質発現をそれぞれ示すSDS-PAGEが、第260頁表1には、野生型ワクシニアVC-2、K3LマイナスvP872あるいはE3LマイナスvP1080でそれぞれ感染したマウスL929細胞のeIF-2αのリン酸化の程度が記載されており、図2及び表1からは、K3LマイナスvP872あるいはE3LマイナスvP1080でそれぞれ感染した場合に比べて、K3L及びE3Lを共に有する野生型ワクシニアVC-2で感染した場合においてタンパク質発現が多いこと、及び、eIF-2αのリン酸化の程度が少ないこと、が示されている。
さらに、原査定の備考において参考のために引用文献3として引用された本願優先日前に頒布された刊行物であるProc. Natl. Acad. Sci. USA. 1996年, vol. 93, no. 10, p. 4781-4786(以下、「引用例3」という。)には、
(i)遺伝子組み換えカナリアポックスウィルス(ALVAC)、すなわちALVACベクターが記載されている(第4781頁 右欄第19行?第24行)。

(3)本願補正発明1
(3-1)対比
本願補正発明1は、細胞内で少なくとも1個の第一の核酸分子の発現を増強するベクターであって、該ベクターが、第一の核酸分子を含みワクシニアK3LおよびE3Lオープンリーディングフレームを含むように改変されたALVACであり、第一の核酸分子並びにワクシニアK3LおよびE3Lオープンリーディングフレームの実質的な共発現が起こり、これにより、前記リーディングフレームが翻訳を増強することによって第一の核酸分子の発現を増強し、第一のプロモーターが機能発揮できるように第一の核酸分子に結合し、第二のプローモーターが機能発揮できるようにワクシニアK3LおよびE3Lオープンリーディングフレームに結合し、さらに、第一および第二のプロモーターが実質的に同時に機能するALVACベクター、に係るものである。
そこでまず、本願補正発明1と引用例1に記載された事項を比較すると、引用例1に記載の「pBR322骨格のプラスミドベクターにおけるDHFR及びADAをコードする遺伝子」、「pBR322骨格のプラスミドベクターにおけるアデノウィルス後期プロモーター」及び「pUC18骨格のプラスミドベクターにおけるアデノウィルス後期プロモーター」は、それぞれ本願補正発明1の「第一の核酸分子」、「第一のプロモーター」及び「第二のプロモーター」に相当するから、両者は、細胞内で少なくとも1個の第一の核酸分子の発現を増強するベクター系であって、該ベクター系が、第一の核酸分子を含みワクシニアK3Lオープンリーディングフレームを含むように改変されたものであり、第一の核酸分子並びにワクシニアK3Lオープンリーディングフレームの実質的な共発現が起こり、これにより、前記リーディングフレームが翻訳を増強することによって第一の核酸分子の発現を増強し、第一のプロモーターが機能発揮できるように第一の核酸分子に結合し、第二のプロモーターが機能発揮できるようにワクシニアK3Lオープンリーディングフレームに結合し、さらに、第一および第二のプロモーターが実質的に同時に機能するベクター系である点で共通する。
一方、両者は、1)前者ではK3Lオープンリーディングフレームの他にさらにE3Lのオープンリーディングフレームを含むものであるのに対し、後者はE3Lオープンリーディングフレームを含むことは記載されていない点(以下、相違点1)、及び2)ベクター系が前者ではALVACベクターであるのに対し、後者では、2つのプラスミドベクターのコトランスフェクションによるものである点(以下、相違点2)、で相違する。
(3-2)判断
相違点1について検討すると、上記(2)の引用例2記載事項(i)(ii)にあるように、E3LとK3Lは共にIFN抵抗性の形質に関与していること、及び、E3LとK3Lを共に用いた場合には、E3L、K3Lをそれぞれ単独に用いた場合と比較して、タンパク質の発現量が多く、IFN抵抗性の仕組みであるeIF-2αリン酸化の抑制制御がより生じることが既に知られていることから、引用例1及び引用例2のeIF-2αリン酸化の抑制を含むIFN抵抗性との技術分野の共通性(引用例1記載事項(i)及び引用例2記載事項(i)(ii))に鑑みると、引用例1記載事項(ii)のベクター系において、タンパク質の発現量の増加を目的に、K3Lのオープンリーディングフレームに加えてE3Lのオープンリーディングフレームを併用することは当業者が容易に想到し得ることである。
また、相違点2について検討すると、発現ベクター系を用いた宿主細胞における外来タンパク質の発現を行う際に、適切な発現ベクター系と宿主細胞の組み合わせを適宜選択することは、本願優先日前常套手段であり、引用例1における2つのプラスミドベクターからなるコトランスフェクションによるベクター系に替え、引用例3記載事項(i)のように本願優先日前に周知のベクターであり、かつ、K3L等と同じくウィルス由来であるALVACベクターを用いることは、当業者が容易に想到し得ることである。
そして、本願補正発明1において奏される効果については、引用例1記載事項(iii)でK3Lのみを用いた場合にもタンパク質の発現量が5倍や10倍になっていること、引用例2記載事項(ii)によりK3LとE3Lを用いた場合にタンパク質の発現量が増加していること、を踏まえると、本願補正発明1に係るベクターにおいて第1の核酸分子としてネコヘルペスウィルスIの糖タンパク質gBをコードする核酸分子を用いた場合(vCP1460)にK3L及びE3Lを含まないvCP1459と比較してgBタンパク質の量の著しい増加(約5倍)を示すとの実施例をもって示されている本願補正発明1の効果は、引用例1、2の記載から予測できない程格別顕著なものとはいえない。また、本願の実施例の効果は、K3LとE3Lの両方の要素を含まないものとの比較であるから、K3Lを有する引用例1に記載された発明においてさらにE3Lを用いたことによる格別な効果を示すものでもない。
したがって、本願補正発明1は、引用例1及び2の記載及び上記周知技術から当業者が容易になし得たものであるから、特許法第29条第2項の規定により、特許出願の際独立して特許を受けることができるものではない。

(4)審判請求人の主張
審判請求人が、平成21年3月3日付けで提出した審判請求書の請求の理由に係る手続補正書における主張について検討する。
(4-1)技術的課題
請求人は、「引用文献1および2には、本願発明の特徴とする、第一の核酸分子並びにワクシニアK3LおよびE3Lオープンリーディングフレームを含むように改変されたALVACベクターにおいて、第一の核酸分子とワクシニアK3LおよびE3Lオープンリーディングフレームとがそれぞれ異なるプロモーターと結合し、これらのプロモーターが実質的に同時に機能する点、および、そのように構成することにより解決しようとする技術的課題については全く記載も示唆もされていません。」と主張している(手続補正書第2頁第26行?第31行)。
しかしながら、上記(3-2)に記載したように、引用例1及び引用例2には、eIF-2αリン酸化の抑制を含むIFN抵抗性との技術分野の共通性(引用例1記載事項(iii)及び引用例2記載事項(ii))があり、これはIFN抵抗性の獲得との技術的課題を示唆していると言える。また、構成については、上記(3-2)に記載したように、本願補正発明1は引用例1、2及び周知技術から当業者が容易に想到し得るものである。よって、請求人の上記主張により本願補正発明1の引用例1、2に対する進歩性を認めることはできない。
(4-2)顕著な作用効果
請求人は、「すなわち、本願発明は、第一の核酸分子並びにワクシニアK3LおよびE3Lオープンリーディングフレームを含むように改変されたALVACベクターにおいて、第一のプロモーターが第一の核酸分子に、第二のプロモーターがワクシニアK3LおよびE3Lオープンリーディングフレームに、それぞれ機能発揮できるように結合し、これらの異なるプロモーターが実質的に同時に機能することにより、第一の核酸分子、ワクシニアK3LおよびE3Lオープンリーディングフレームの実質的な共発現が起こり、オープンリーディングフレームの翻訳増強により第一の核酸分子の発現が増強される、という顕著な作用効果を奏するものであります。」と主張している(手続補正書第2頁第32行?第39行)。
しかしながら、上記(3-2)に記載したように、実施例をもって示されている本願補正発明1の効果は、引用例1、2の記載から予測できない程の格別なものではなく、本願補正発明1の効果が格別顕著なものとはいえない。
(4-3)ベクターの選択
請求人は、「引用文献1には、目的蛋白質をコードする遺伝子を含むプラスミドとVaccinia VirusのK3L遺伝子を含むプラスミドとをコトランスフェクションしたところ、目的蛋白質の翻訳が促進されたことが記載されている、とのご指摘を受けております。しかしながら、引用文献1の第2欄第17-23行には、コトランスフェクションされたレポーター遺伝子の翻訳におけるK3L遺伝子の効能が記載されているようですが、引用文献1には、異なるベクター系において翻訳エンハンサー、すなわちK3Lを使用することは実際のテストを行わなければ成功を見込めないことが明示されるものですから、本願発明の特徴とする、第一の核酸分子並びにワクシニアK3LおよびE3Lオープンリーディングフレームを含むように改変されたALVACベクターにおいて、第一の核酸分子とワクシニアK3LおよびE3Lオープンリーディングフレームとがそれぞれ異なるプロモーターと結合し、これらのプロモーターが実質的に同時に機能してワクシニアK3LおよびE3Lオープンリーデ
ィングフレームが翻訳を増強することによって第一の核酸分子の発現が増強されるように
することは、引用文献1の記載を参照しても当業者が容易に想到し得たものではありませ
ん。」と主張している(手続補正書2頁下から第5行?第3頁第9行)。
しかしながら、引用例1には、pUC18骨格のプラスミドベクターとコトランスフェクションした際に翻訳が効率的に行われなかったpBR322骨格のプラスミドベクターにおいて、pUC18骨格のプラスミドベクターにK3Lを組み込んでコトランスフェクションを行った際には、pBR322骨格のプラスミドベクターにおいても翻訳が効率的に行われたことが記載されている(引用例1 第1945頁右欄第16行?第1946頁左欄第21行)。これはベクター選択に困難性を生じる特段の事情を示してはおらず、効率的な翻訳が行われないpBR322に関し、コトランスフェクションするもう一方のプラスミドベクターにおけるK3Lの存在により翻訳が効率的に行われるようになったことから、むしろ、当業者に対して、効率的な翻訳が行われないベクター系を含む他のベクター系への適用の動機付けとなるものである。よって、上記(3-2)に記載したように、発現ベクター系を用いた宿主細胞における外来タンパク質の発現を行う際に、適切な発現ベクター系と宿主細胞の組み合わせを適宜選択することは、常套手段であり、引用例1において、他のベクター系への適用を動機づけられこそすれ、それを阻害する要因となる事項が存在するものとは認められないから、請求人の上記主張を採用することはできない。
(4-4)引用文献2との発明の構成の相違
請求人は、「引用文献2には、K3L遺伝子産物及びE3L遺伝子産物がIFNによる蛋白質合成阻害の回避に重要であることが記載されている、とのご指摘を受けております。しかしながら、上記で説明しました通り、本願発明は、第一のプロモーターが第一の核酸分子に、第二のプロモーターがワクシニアK3LおよびE3Lオープンリーディングフレームに、それぞれ機能発揮できるように結合し、これらの異なるプロモーターが実質的に同時に機能することにより、第一の核酸分子、ワクシニアK3LおよびE3Lオープンリーディングフレームの実質的な共発現が起こり、オープンリーディングフレームの翻訳増強により第一の核酸分子の発現が増強されることを特徴とするものであって、引用文献2におけるK3L遺伝子産物及びE3L遺伝子産物がIFNによる蛋白質合成阻害に与える影響とは発明の構成が全く異なります。」と主張している(手続補正書第3頁第10行?第20行)。
しかしながら、上記(3-2)に記載したように、引用例2が示していることは、E3LとK3Lは共にIFN抵抗性の形質に関与していること、及び、E3LとK3Lを共に用いた場合には、E3L、K3Lをそれぞれ単独に用いた場合と比較して、タンパク質の発現量が多く、IFN抵抗性の仕組みであるeIF-2αリン酸化の抑制制御がより生じること、であり、それを引用例1に記載された発明に適用することが当業者にとって容易である以上、引用例2と本願補正発明1の構成が異なることをもって、本願補正発明1が引用例1、2に対して進歩性を有する理由とはならない。

(5)むすび
以上のとおり、本件補正は、平成18年改正前特許法第17条の2第5項において準用する同法第126条第5項の規定に違反するので、特許法第159条第1項の規定において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下すべきものである。

3.本願発明について
平成20年12月1日の手続補正は上記のとおり却下されたので、本願の請求項1に係る発明(以下、「本願発明1」という。)は、平成20年2月27日付手続補正書の特許請求の範囲の請求項1に記載された事項により特定される、以下のとおりのものである。
「【請求項1】 細胞内で少なくとも1個の第一の核酸分子の発現を増強するベクターであって、該ベクターが、第一の核酸分子を含みK3LおよびE3Lオープンリーディングフレームを含むように改変されたALVACであり、第一の核酸分子並びにK3LおよびE3Lオープンリーディングフレームの実質的な共発現が起こり、これにより、前記リーディングフレームが翻訳を増強することによって第一の核酸分子の発現を増強し、第一のプロモーターが機能発揮できるように第一の核酸分子に結合し、第二のプローモーターが機能発揮できるようにK3LおよびE3Lオープンリーディングフレームに結合し、さらに、第一および第二のプロモーターが実質的に同時に機能する、
ことを特徴とするベクター。」

そして、本願発明1は上記本願補正発明1を包含するものであり、本願補正発明1は上記2.(3-2)に記載した理由によって、引用例1及び2の記載及び上記周知技術から当業者が容易になし得たものであるから、本願発明1も引用例1及び2の記載及び上記周知技術に基づき当業者が容易に発明することができたものであるので、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

4.むすび
以上のとおりであるから、本願請求項1に係る発明は、特許法第29条2項の規定により特許を受けることができないので、他の請求項に係る発明については検討するまでもなく、本願は拒絶をすべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2011-09-08 
結審通知日 2011-09-27 
審決日 2011-10-11 
出願番号 特願平10-539591
審決分類 P 1 8・ 121- Z (C12N)
P 1 8・ 575- Z (C12N)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 中野 あい  
特許庁審判長 鵜飼 健
特許庁審判官 鈴木 恵理子
引地 進
発明の名称 発現が増強されたベクターならびにそれらの作出方法および用途  
代理人 佐久間 剛  
代理人 柳田 征史  
代理人 柳田 征史  
代理人 佐久間 剛  

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