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審決分類 審判 一部無効 2項進歩性  A61M
管理番号 1253106
審判番号 無効2009-800012  
総通号数 148 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2012-04-27 
種別 無効の審決 
審判請求日 2009-01-21 
確定日 2012-03-06 
事件の表示 上記当事者間の特許第2588375号「医療器具を挿入しその後保護する安全装置」の特許無効審判事件についてされた平成22年 1月25日付け審決に対し、東京高等裁判所において審決取消の判決(平成22年(行ケ)第10070号平成22年12月28日判決言渡)があったので、さらに審理のうえ、次のとおり審決する。 
結論 特許第2588375号の請求項1、3に係る発明についての特許を無効とする。 特許第2588375号の請求項2、4、5に係る発明についての審判請求は、成り立たない。 審判の総費用は、その5分の3を請求人の負担とし、5分の2を被請求人の負担とする。 
理由 I.手続の経緯
(1)本件特許第2588375号の請求項1?10に係る発明についての出願は、平成6年11月15日(パリ条約による優先権主張 1993年11月15日(以下、「優先日」という。) 米国)に出願され、平成8年12月5日にそれらの発明について特許権の設定登録がなされたものである。
(2)これに対し、請求人は、平成21年1月21日に本件特許無効審判を請求し、証拠方法として甲第1号証ないし甲第11号証を提出し、本件特許の請求項1?5に係る発明についての特許を無効とするとの審決を求めた。
(3)被請求人は、平成21年5月19日に答弁書を乙第1号証と共に提出し、一方、請求人は、平成21年9月28日に口頭審理陳述要領書を提出した。

(4)その後、被請求人は、平成21年10月26日に口頭審理陳述要領書を乙第2号証と共に提出し、同日に口頭審理が実施された。

(5)口頭審理実施後、被請求人は、平成21年11月9日に上申書を提出し、請求人は、平成21年11月13日に上申書を提出した。

(6)平成22年1月25日付けで「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決(以下、「第1次審決」という。)がされた。

(7)請求人により審決取消訴訟(平成22年(行ケ)第10070号)が提起された。

(8)第1次審決を取り消す旨の判決(以下、「第10070号判決」という。)が平成22年12月28日に言い渡された。

(9)請求人により上告受理申立(平成23年(行ノ)10008号)が提起された。

(10)上告受理申立(平成23年(行ヒ)153号)が平成23年7月1日に却下された。

(11)被請求人より平成23年7月7日付けで訂正請求申立書が提出された。

(12)被請求人に対し、平成23年7月19日付けで訂正請求のための期間指定通知が送付されたが、指定期間内に訂正請求はなされなかった。

II.本件特許発明
本件特許の請求項1?5に係る発明(以下「本件特許発明1?5」という。)は、本件出願の願書に添付した明細書及び図面の記載からみて、その特許請求の範囲の請求項1?5に記載された次のとおりのものと認める。
「【請求項1】 カニューレの如き医療器具を患者の体内へ挿入し且つその後患者の体内にあった該装置の部分に人が接触しないように保護するための安全装置において、
患者を穿刺し、前記医療器具を患者の体内の適所へ案内して搬送する中空針であって、少なくとも1つの鋭利な端部を有する軸を具備する中空針と、
人の指が届かないように、少なくとも前記針の鋭利な端部を包囲するようになされた中空のハンドルと、
前記鋭利な端部を前記ハンドルから突出させた状態で前記軸を前記ハンドルに固定する固定手段と、
前記固定手段を解除し、前記針の鋭利な端部を人の指が届かないように前記ハンドルの中へ実質的に永続的に後退させる解除/後退手段であって、前記針の軸よりも実質的に短い距離だけ簡単且つ単一の動作によって手操作で作動可能な解除/後退手段と、
前記後退のエネルギの一部を吸収するためのエネルギ吸収手段とを備えることを特徴とする安全装置。
【請求項2】 請求項1の安全装置において、
前記エネルギ吸収手段は、前記針と前記中空のハンドルとの間に介挿される粘性物質を備えることを特徴とする安全装置。
【請求項3】 請求項1の安全装置において、前記エネルギ吸収手段が、
前記針と前記ハンドルの内部孔とのうちの一方に固定された表面と、
前記針と前記内部孔とのうちの他方に担持されて前記表面に圧接し、前記後退の間に摩擦を生ずる要素とを備えることを特徴とする安全装置。
【請求項4】 請求項1の安全装置において、
前記エネルギ吸収手段は、前記後退の際に前記針と共に運動するように固定されたダッシュポット要素を備えることを特徴とする安全装置。
【請求項5】 請求項1の安全装置において、
前記中空のハンドルは、前記針がそれに向かって後退する端部構造を有し、
前記エネルギ吸収手段は、前記針と前記端部構造とうちの一方に固定されて前記端部構造に対する前記針の衝撃の一部を吸収する押し潰し可能な要素を有することを特徴とする安全装置。」

III.請求人の主張の概要
請求人は、本件特許発明1?5を以下のように分説し、本件特許発明1?5を無効とする、との審決を求め、証拠方法として以下の甲第1号証ないし甲第11号証を提出し、無効とすべき理由を概略次のように主張している。
「【請求項1】
A:カニューレの如き医療器具を患者の体内へ挿入し且つその後患者の体内にあった該装置の部分に人が接触しないように保護するための安全装置において、
B:患者を穿刺し、前記医療器具を患者の体内の適所へ案内して搬送する中空針であって、少なくとも1つの鋭利な端部を有する軸を具備する中空針と、
C:人の指が届かないように、少なくとも前記針の鋭利な端部を包囲するようになされた中空のハンドルと、
D:前記鋭利な端部を前記ハンドルから突出させた状態で前記軸を前記ハンドルに固定する固定手段と、
E:前記固定手段を解除し、前記針の鋭利な端部を人の指が届かないように前記ハンドルの中へ実質的に永続的に後退させる解除/後退手段であって、前記針の軸よりも実質的に短い距離だけ簡単且つ単一の動作によって手操作で作動可能な解除/後退手段と、
F:前記後退のエネルギの一部を吸収するためのエネルギ吸収手段と
G:を備えることを特徴とする安全装置。
【請求項2】 請求項1の安全装置において、
H:前記エネルギ吸収手段は、前記針と前記中空のハンドルとの間に介挿される粘性物質を備える
I:ことを特徴とする安全装置。
【請求項3】 請求項1の安全装置において、
J:前記エネルギ吸収手段が、前記針と前記ハンドルの内部孔とのうちの一方に固定された表面と、前記針と前記内部孔とのうちの他方に担持されて前記表面に圧接し、前記後退の間に摩擦を生ずる要素とを備える
K:ことを特徴とする安全装置。
【請求項4】 請求項1の安全装置において、
L:前記エネルギ吸収手段は、前記後退の際に前記針と共に運動するように固定されたダッシュポット要素を備える
M:ことを特徴とする安全装置。
【請求項5】 請求項1の安全装置において、
N:前記中空のハンドルは、前記針がそれに向かって後退する端部構造を有し、
O:前記エネルギ吸収手段は、前記針と前記端部構造とうちの一方に固定されて前記端部構造に対する前記針の衝撃の一部を吸収する押し潰し可能な要素を有する
P:ことを特徴とする安全装置。」

1.理由1
本件特許発明1、本件特許発明3及び本件特許発明5は、甲第1号証に記載された発明であり、特許法第29条第1項第3号の規定に該当し特許を受けることができないものである。よって、本件特許発明1、本件特許発明3及び本件特許発明5に係る特許は、同法第123条第1項第2号に該当し、無効とされるべきである。

2.理由2
本件特許発明1ないし本件特許発明5は、甲第1号証に記載された発明、甲第2号証に記載された発明及び周知の技術に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、本件特許発明1ないし本件特許発明5に係る特許は、同法第123条第1項第2号に該当し、無効とされるべきである。

[証拠方法]
甲第1号証:特開平3-15481号公報
甲第2号証:特表平5-500621号公報
甲第3号証:特表平3-502421号公報
甲第4号証:特開昭57-581号公報
甲第5号証:特開昭58-72706号公報
甲第6号証:実公昭61-31558号公報
甲第7号証:特公昭60-538号公報
甲第8号証:特公昭58-33123号公報
甲第9号証:実公昭60-10738号公報
甲第10号証:実公昭58-48065号公報
甲第11号証:特開平4-90398号公報

IV.被請求人の主張の概要
これに対し、被請求人は、証拠方法として以下の乙第1号証及び乙第2号証を提出し、概略次のように主張している。

1.理由1
本件特許発明1、本件特許発明3及び本件特許発明5は、甲第1号証に記載された発明ではないから、本件特許発明1、本件特許発明3及び本件特許発明5に係る特許は、特許法第29条第1項第3号の規定に違反してされたものではなく同法第123条第1項第2号に該当しないため、無効とされるべきではない。

2.理由2
本件特許発明1ないし本件特許発明5は、甲第1号証に記載された発明、甲第2号証に記載された発明及び周知の技術に基いて当業者が容易に発明をすることができたものではないから、本件特許発明1ないし本件特許発明5に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものではなく同法第123条第1項第2号に該当しないため、無効とされるべきではない。

[証拠方法]
乙第1号証:デュポン社のホームページに掲載された、「デルリン」の製品カタログ
乙第2号証:ジェルありとジェルなしのオートガードにおける針基の後退の観察(原文及び訳文)

V.甲第1号証ないし甲第11号証の記載事項
1.甲第1号証
(1)本件特許の優先日前に頒布された刊行物である甲第1号証(特開平3-15481号公報)には、図面とともに、以下の事項が記載されている。
甲1ア:「カニューレを患者の中に挿入しその後で患者内にあった装置部分との接触から人々を保護するに当たって使用される安全装置であって、
前記患者に突き刺し前記カニューレを前記患者内の定位置に案内し運ぶための針であって、少なくとも1つの鋭い端を備えた軸を有する針と、
前記人々の指が届かないように前記針の少なくとも鋭い端を封包するようになされた中空ハンドルと、
前記鋭い端がハンドルから突出した状態で前記軸をハンドルに固着するための手段と、
前記固着手段を解除し且つ前記人々の指が届かないように前記針の鋭い端をハンドル内へ実質的に永久的に後退させるための手段とから成り、
前記解除および後退手段は針の軸よりも実質的に短い振幅の単純な一体運動により手動で作動可能であることを特徴とする安全装置。」(特許請求の範囲、請求項1)

甲1イ:「本発明は一般に医療器具に関し、更に詳細には静脈カニューレ等のカニューレを患者の身体に挿入するための装置に関する。」(3頁左下欄2?4行)

甲1ウ:「しかし、医療関係者自体にとっては感染した患者から引き抜いた後で針先端に不用意に触れることにおいて厳しい危険が残る。」(3頁左下欄18?20行)

甲1エ:「本発明はカニューレを患者内に挿入するに当たって使用される安全装置である。それはまたその後で、医療者や、屑取扱い者や、使用後の装置と偶然の接触を有するかもしれない他の人々を保護するのにも役立つものである。この装置は患者内にあった装置部分との接触からかかる個人のすべてを保護するものである。」(9頁左上欄18行?右上欄5行)

甲1オ:「ハンドル10は好ましくはポリカーボネート等のプラスチックから射出成形されたものだが、必ずしもそうでなくてもよい。」(10頁左下欄7行?9行)

甲1カ:「しかし、孔12の後端の近くには、内方に円錐台状のストッパ表面14が形成されて孔12を僅かに挟めている。孔12の極端には、ハンドル10の後端にて開口する短い端部13がある。」(11頁左上欄12行?16行)

甲1キ:「キャリヤブロック30はきわめて狭い中心穴を有し、この穴の中に針50がきっちりと把持されている。同じくデルリン製のブロック30は針上に圧嵌、縮嵌および/または接合するか、あるいは定位置に成形してよい。キャリヤブロック30の外側は円形的に対称である。それは真円筒形でもよい突出筒31を有する。この筒31の後端には前端が筒31に対して半径方向に拡大された円錐台状のストッパ部分32がある。このストッパ部分はブロック30の後端に向けて内方にテーパしている。
ストッパ部分の円錐台状の後面は針を完全に後退させた時にハンドル10の前述した内側円錐台状ストッパ部分13に対して着座するようになされている。」(11頁左下欄16行?右下欄11行)

甲1ク:「多分明瞭には図示されていないこの好ましい実施例のもう1つの望ましい特徴を次に挙げておく。トリガーが作動されていない時にハンドル10の内側孔12に対して流体密封を与えるように、キャリヤブロックの円錐台状ストッパ部分32の大きな端の直径を僅かに増大させることが好ましい。
この配置は、ストッパ部分32の前方にあるばね、内部空洞等の多くの複雑な表面における衛生の維持への信頼を最小限に抑えることにより中空針を介しての効果的な流体連通を容易にする。」(14頁左下欄9行?20行)
1-2.甲第1号証に記載された発明の認定
上記記載事項及び図示事項を総合すると、甲第1号証には次の発明(以下、「引用発明」という。)が記載されている。
「a:カニューレを患者の中に挿入しその後で患者内にあった装置部分との接触から人々を保護するに当たって使用される安全装置であって、
b:前記患者に突き刺し前記カニューレを前記患者内の定位置に案内し運ぶための針であって、少なくとも1つの鋭い端を備えた軸を有する針と、
c:前記人々の指が届かないように前記針の少なくとも鋭い端を封包するようになされた中空ハンドルと、
d:前記鋭い端がハンドルから突出した状態で前記軸をハンドルに固着するための手段と、
e:前記固着手段を解除し且つ前記人々の指が届かないように前記針の鋭い端をハンドル内へ実質的に永久的に後退させるための手段とから成り、前記解除および後退手段は針の軸よりも実質的に短い振幅の単純な一体運動により手動で作動可能であり、
f’:針を保持するキャリヤブロックの外面とハンドルの内面とは、トリガーが作動されていない時に流体密封しており、針を保持するキャリヤブロックの後面はデルリン製であり、完全に後退したときにハンドルの内側ストッパ部分に着座する
g:ことを特徴とする安全装置。」

2.甲第2号証
本件特許の優先日前に頒布された刊行物である甲第2号証(特表平5-500621号公報 )には、図面とともに、以下の事項が記載されている。
甲2ア:「1.本体と、この本体内に取付けたプランジヤと、針ホルダと、前記プランジヤの注射ストロークの後の再後退によって針を前記本体内の遮蔽位置に引込むよう注射ストーロクの終わりに前記針ホルダに前記プランジヤを連結する手段と、注射ストロークの後に挿入ストロークによって付勢され前記プランジヤと前記針とを後退させるエネルギ貯蔵手段とを具え、前記エネルギ貯蔵手段は前記プランジヤと前記本体との間に画成した真空室を具え、前記注射ストローク中前記プランジヤの移動によって前記真空室内に真空を発生し、注射圧力の除去後前記真空によって前記プランジヤと前記針とを後退させることを特徴とする注射器。」(請求の範囲、請求項1)

甲2イ:「本体と、この本体内に取付けたプランジヤと、針ホルダと、前記プランジヤの注射ストロークの後の再後退によって針を前記本体内の遮蔽位置に引込むよう注射ストーロクの終わりに前記針ホルダに前記プランジヤを連結する手段と、注射ストロークの後に挿入ストロークによって付勢され前記プランジヤと前記針とを後退させるエネルギ貯蔵手段とを具え、前記本体と前記プランジヤとの間に画成した空間内に弾性制動手段を配置し、前記本体と前記プランジヤとの一方に前記弾性制動手段を配置し、注射ストローク後前記プランジヤと前記針との後退を遅らせるのに十分であるが停止させない程度に前記本体と前記プランジヤとの他方に前記弾性制動手段を圧着することを特徴とする注射器。」(請求の範囲、請求項3)

甲2ウ:「発明の分野
本発明は注射器、また特に使用後の注射針による汚染又は汚染の恐れを防止し、使用後の注射針を刺して身体が損傷を受けるのを防止し、更に1度使用した注射器を誤って再び使用するのを防止するようにした安全な注射器に関するものである。」(2頁左下欄3?7行)

甲2エ:「注射器の使用後、注射針を注射器の本体内に後退させ、或る方法でそこに注射針を拘束する構造の注射器の設計が非常に多く試みられている。これ等の設計では、いずれも不注意により注射針を刺して損傷を受けること及びそれに伴う接触感染の危険を防止するため、更に1度使用した注射器を再度使用することがないよう防止するため、使用後の注射針を覆うことをその目的にしている。多くのこれ等の先行技術では、注射器の本体内に注射針を後退させるのを全部手で行い、しかもこのためにはプランジャと本体との間を慎重に相対移動させることを、注射器の使用者に記憶させることを要求している。また螺旋コイルばねを使用して、本体内にプランジャを自動的に後退させることがオーストラリヤ特許第593513号、第594634号及び35676/89号に提案されている。本発明の第1の要旨では注射針を注射器の本体内に自動的に後退させる代案を提案する。
プランジャを自動的に後退させる上記の先行技術では、プランジャを押込んだ状態に保持する手の圧力を除くと、ばねが伸長した状態になろうとして直ちにプランジャの復帰を開始し、同時に注射針の注射器の本体内への後退が開始される欠点がある。このため、注射器が患者の身体から完全に去るまで、操作者が押込まれたプランジャを意識して保持しない限り、患者の組織が傷つき、希望しないのに不随意に注射器内に患者の血液が吸引される恐れがある。本発明の第2の要旨では注射針の注射器本体内への後退の少なくとも最初の段階で、その後退早さを遅らせる制動手段を設ける。
発明の開示
本発明の第1の要旨によれば、本発明注射器は、本体と、この本体内に取付けたプランジャと、針ホルダと、前記プランジャの注射ストロークの後の再後退によって針を前記本体内の遮蔽位置に引込むよう注射ストーロクの終わりに前記針ホルダに前記プランジャを連結する手段と、注射ストロークの後に挿入ストロークによって付勢され前記プランジャと前記針とを後退させるエネルギ貯蔵手段とを具え、前記エネルギ貯蔵手段は前記プランジャと前記本体との間に画成した真空室を具え、前記注射ストローク中前記プランジャの移動によって前記真空室内に真空を発生し、注射圧力の除去後前記真空によって前記プランジャと前記針とを後退させることを特徴とする。
本発明の第2の要旨によれば、本発明注射器は、本体と、この本体内に取付けたプランジャと、針ホルダと、前記プランジャの注射ストロークの後の再後退によって針を前記本体内の遮蔽位置に引込むよう注射ストーロクの終わりに前記針ホルダに前記プランジャを連結する手段と、注射ストロークの後に挿入ストロークによって付勢され前記プランジャと前記針とを後退させるエネルギ貯蔵手段とを具え、前記本体と前記プランジャとの間に画成した空間内に弾性制動手段を配置し、前記本体と前記プランジャとの一方に前記弾性制動手段を配置し、注射ストローク後前記プランジャと前記針との後退を遅らせるのに十分であるが停止させない程度に前記本体と前記プランジャとの他方に前記弾性制動手段を圧着することを特徴とする。」(2頁左下欄16行?3頁右上欄1行)

甲2オ:第1図には、右側に使用前の状態と左側に注射ストロークの終わりの状態が、それぞれ示されている。

3.甲第3号証
本件特許の優先日前に頒布された刊行物である甲第3号証(特表平3-502421号公報)には以下の記載がある。
甲3ア:「従来提案されているように、弾力によって針が注射器中へ突然に引き込む形式の物は針に付着していた物質が使用者の手にかかったり、使用者が覆面を着用していなかった場合には使用者の目にかかるおそれがある。又弾力によって針が後退する衝撃が注射器に作用し、その結果注射器を取り落とす事故を引き起こし、様々な危険な状況を生じさせる。」(2頁右上欄4行?10行)

4.甲第4号証
本件特許の優先日前に頒布された刊行物である甲第4号証(特開昭57-581号公報)には以下の記載がある。
甲4ア:「この楔状部材(26)の内面は夫々突起部(20)と係合する楔状の形をしていて、例えばデルリン(DELRIN)という商品名で市販されているプラスチック物質のような適当な物質でモールドするのが好ましい。」(2頁左下欄11行?15行)

甲4イ:「装置が過度の衝撃を受けると、プラスチックの楔状部材(26)が衝撃吸収体として作用する。」(2頁右下欄15行?16行)

5.甲第5号証
本件特許の優先日前に頒布された刊行物である甲第5号証(特開昭58-72706号公報)には以下の記載がある。
甲5ア:「材料としてはいかなるプラスチック材料も使用できるが、充分に高温度で安定しているもの、好ましくは150℃の範囲にあり、そして弾性率が高いものであることが好ましい。・・・特に好ましい材料はポリオキシメチレンで、例えば、融点175℃のデュポン社製の登録商標「デルリン」がある。この製品は、この発明に必要な温度安定性と柔軟性という非常に優れた特性を有しているものであって好ましい。」(2頁左下欄13行?右下欄6行)

6.甲第6号証
本件特許の優先日前に頒布された刊行物である甲第6号証(実公昭61-31558号公報)には以下の記載がある。
甲6ア:「本考案は粘性流体を用いた衝撃エネルギ吸収装置さらに詳しくいえばアキユムレータとして密封手段を兼ねた体積弾性体を用いた衝撃エネルギ吸収装置に関する。」(1頁左欄25行?28行)

甲6イ:「高速空気圧駆動機器の使用限界を向上させるために、衝撃エネルギ吸収装置が用いられている。これらの装置の使用範囲を拡げるために、特公昭52-9795、特公昭52-9796ではシリンダの側壁に可変絞り機構を有するものが提案されているが、これらの形式では密封容器内を粘性流体が循環し、循環空間内にピストンロツドが往復動するためロツド体積分だけの流体体積を吸収するアキユムレータを必要とするが、アキユムレータ室をシリンダ外周に環状に突設させたり、シリンダ側壁のオリフイスチユーブ内に収納するなど装置を大きくするなどの難点を有していた。
本考案の目的は上述の問題点を解決した密封手段を兼ねたアキユムレータを有する全体として小形の衝撃エネルギ吸収装置を提供することにある。」(1頁右欄1?16行)

甲6ウ:「次に本考案による衝撃エネルギ吸収装置の動作を説明する。
ヘッドボタン13を衝撃エネルギが加えられるとピストン11は前進してヘッド側空間26の粘性流体27は円形オリフイス2a,2b,2c,2dから通路1cを通りロツド側空間25へ流入する。このときピストン11が摺動前進するに伴い、ピストン11の側壁により、円形オリフイスは、2d,2c,2b,2aの順に閉成され、順次流量を減少させ衝撃エネルギを吸収する。」(2頁右欄25?34行)

7.甲第7号証
本件特許の優先日前に頒布された刊行物である甲第7号証(特公昭60-538号公報)には以下の記載がある。
甲7ア:「内燃機関から自動車の縦方向に突出する付属機器をもつ内燃機関において、特定値以上の縦方向衝撃荷重により付属機器の保持部の所で変形する際抵抗に抗する粘性物質の移動によつて衝撃エネルギーを吸収するように、付属機器が内燃機関に保持されていることを特徴とする、自動車に設けられて駆動される付属機器をもつ内燃機関。」(特許請求の範囲第11項)
甲7イ:「本発明は、内燃機関から自動車の縦方向に突出する付属機器、すなわち内燃機関を自動車の前部へ設ける際はこの内燃機関を越えて前方へ突出しまた内燃機関を後部へ設ける際はこの内燃機関を越えて後方へ突出しかつ自動車に設けられて場合によつては駆動されたとえばベルト車により駆動される付属機器等をもつ内燃機関に関する。
自動車の車体において衝撃が加わるか衝突した場合機関室の範囲における車体の変形仕事により衝撃エネルギーを吸収する可能性は、生じ得る変形行程のため、内燃機関により制限され、しかも内燃機関のクランクケースあるいはシリンダブロックによつて制限されるよりも、むしろ内燃機関の前面あるいは側面に取付けられかつ衝撃方向とは逆の向きに内燃機関から突出する付属機器等によつて制限される。」(2頁左欄21?36行)

甲7ウ:「したがつて本発明の課題は、車体の変形区域を大きくするために、内燃機関の剛性長を減少することにある。
この課題は、本発明によれば次のようにすることによつて解決される。すなわち特定値以上の縦方向衝撃荷重により付属機器の保持部の所で縦方向圧縮塑性変形可能に、付属機器が内燃機関に保持されている。この場合特定値以上の縦方向衝撃荷重により付属機器の保持部の所で変形する際、摩擦抵抗の克服によつて衝撃エネルギーを吸収し、また抵抗に抗する粘性物質の移動によつて衝撃エネルギーを吸収することができる。」(2頁左欄43行?右欄10行)

8.甲第8号証
本件特許の優先日前に頒布された刊行物である甲第8号証(特公昭58-33123号公報)には以下の記載がある。
甲8ア:「本発明は、主体と支持体間において衝撃や振動エネルギーの伝達を低減する振動絶縁装置に関する。
従来このような絶縁装置としては、その挙動がもつぱらその固有の構造特性による受動絶縁装置例えば、ばね、及びばねとダツシユポツトの組合せの如きもの・・・があつた。」(1頁右欄11行?21行)

甲8イ:「第2図には本発明の絶縁装置10の好ましい具体例を示す。ばね式でダツシユポツト25の様な受動ダンパーを含むかあるいは含まない受動絶縁器が、主体11を支持体12の間に荷重を伝達する様な状態で連結されている。」(4頁右欄28?32行)

9.甲第9号証
本件特許の優先日前に頒布された刊行物である甲第9号証(実公昭60-10738号公報)には以下の記載がある。
甲9ア:「本考案はプレス機械におけるダイクツシヨン装置のストローク上限停止装置に関するもので、特にダイクツシヨンストローク上限ストツパの衝突時のシヨツクを少なくできるようにしたダイクツシヨン装置のストローク上限停止装置に係るものである。」(1頁左欄16行?21行)

甲9イ:「従来よりダイクツシヨンストローク上限ストツパ衝突時のシヨツク防止のための液圧ダツシユポツトを使用して上限衝突時の速度を遅くしてストツパに当てることにより衝突力を緩和している。
第1図は油圧ダツシユポツトを設けたダイクツシヨン装置の一例を示し、第2図は油圧ダツシユポツト部分の詳細を示すもので、ロッド1はダイクツシヨンパツド2に締結されており、プレス作動力とこれに対するダイクツシヨン押上力により上下動する。ピストン3はロツド1に締結されており、ダイクツシヨンの押上力によりピストン3の上面がストツパ4の下面に設けたダツシユポツト5の底面に当接することにより上限停止するが、上限付近でピストン3の外周がストツパ4の内径部を通過するとき、その狭い隙間6よりストツパ4とピストン3に囲まれた油が流れ出る。このときダツシユポツト5内の油が隙間6を流出する際の粘性抵抗によりロツド1の上昇速度を急速に減速させ適正なる速度でピストン3をストツパ4に当てるようにして上限時の衝撃力を緩和している。」(1頁左欄22行?1頁右欄14行)

10.甲第10号証
本件特許の優先日前に頒布された刊行物である甲第10号証(実公昭58-48065号公報)には以下の記載がある。
甲10ア:「シリンダ内を往復する打撃子と該打撃子により打撃される先端工具を備え、被削材に衝撃力を与える電気ハンマー等の衝撃工具において、前記シリンダの先端部に配設され、前記打撃子を一時的に保持するマウスと、前記先端工具のシャンク部と係合するシャンクスリーブとの間に弾性体より成るダンパーを配設し、該ダンパーの下面側は前記先端工具の戻り衝撃を前記シャンクスリーブを介して吸収するよう構成すると共に、上面側は前記打撃子の空打ち動作による下降衝撃力を前記マウスと協働して吸収するよう配置して成り、前記ダンパーは前記先端工具の往復をガイドするフロントカバの固着により挟着固定して成る衝撃反力緩和装置。」(実用新案登録請求の範囲)

甲10イ:「次に上記構成より成る本案の作用を説明する。
第1図において、フロントカバ11内を先端工具13が往復運動するが、先端工具13が飛び出す場合の衝撃は、レバー12でその衝撃力を受け、戻りの衝撃はシヤンクスリーブ10を介してダンパ9で受けるように構成しているので本体への衝撃力はダンパ9により吸収軽減して伝わり緩和されるものである。」(1頁右欄34行?2頁左欄4行)

甲10ウ:「本考案によれば、先端工具の戻りの衝撃をシャンクスリーブ10を介して緩衝用ゴムのダンパ9で受け、又空転時における打撃子の空打ち動作による打撃力を受けることにより本体への衝撃が緩和される。」(2頁左欄7?11行)

11.甲第11号証
本件特許の優先日前に頒布された刊行物である甲第11号証(特開平4-90398号公報)には以下の記載がある。
甲11ア:「しかして、第1図?第4図のように係合状態にある受け具3の最後退位置の係止具2を前方(図上左方)に押すと、第5図のように係止具2は前方へ進んで円弧状の第1接触傾斜面6が受け具3の円弧面のガイド面13に当たり、図のように受け部14を介して受け材12を進行方向に直角方向へ弾性的に変位させて通過する。さらに係止具2が前進すると、受け具3は第6図のようにやや戻って係止具2の係止面15が受け具3の受け面16に受け止められて係止する。
さらに係止具2を押すと、係止具2の係止部7が受け具3の第2接触傾斜面17のある位置まで進んだとき、第7図のように受け部14は元の状態に弾性的に復帰する。
そこで、係止具2の押しを解除すると、係止具2は後述のように筆記具4に内装した後出の押し戻しばね19で押し戻されて後退し始め、第8図のように係止部7の側部が受け部14の第2接触傾斜面17に当たり、第9図のように受け具3の受け部14を係止具2の前進後退方向の第1の方向およびその垂直な第2の方向とは異なる第3の方向に弾性的に変位させる。このようにして、係止部7は受け部14を通過して後退し、第1図や第3図に示す元の状態に戻る。」(3頁右上欄2行?左下欄5行)

甲11イ:「ついで、筆記終了して、指かかり部25を介して押し出し片24を再度前方へ押すと、前記した前進後退機構1の実施例で説明した通り、係止部7が受け具3の第2接触傾斜面17に当たって受け具3を弾性的に変位し、指かかり部25から指をはずすと、押し戻しばね19の弾性力で筆記体8、係止具2が第15図、第16図のように元の状態に後退する。」(4頁右上欄20行?左下欄7行)

甲11ウ:「上記筆記具で、弾性材で筆記体を引き戻すときの衝撃を緩和させるために、適宜な停止部位に高弾性吸収材等の衝撃緩衝材を設けることができる。」(4頁左下欄17行?19行)

甲11エ:「以上では、筆記具について説明したが、口紅やアイシャドウなどの化粧用具や容器、ナイフ等の刃物、治工具、その他の前進後退が必要な装置に転用できるものである。」(4頁右下欄9行?12行)

VI.当審の判断
1.理由1についての判断
1-1.本件特許発明1について
(1)対比
本件特許発明1と引用発明とを対比すると、後者における「カニューレを患者の中に挿入しその後で患者内にあった装置部分との接触から人々を保護するに当たって使用される安全装置」が、その機能・作用等からみて前者における「カニューレの如き医療器具を患者の体内へ挿入し且つその後患者の体内にあった該装置の部分に人が接触しないように保護するための安全装置」に相当し、同様に、「患者に突き刺し前記カニューレを前記患者内の定位置に案内し運ぶための針であって、少なくとも1つの鋭い端を備えた軸を有する針」が「患者を穿刺し、前記医療器具を患者の体内の適所へ案内して搬送する中空針であって、少なくとも1つの鋭利な端部を有する軸を具備する中空針」に、「人々の指が届かないように前記針の少なくとも鋭い端を封包するようになされた中空ハンドル」が「人の指が届かないように、少なくとも前記針の鋭利な端部を包囲するようになされた中空のハンドル」に、「前記鋭い端がハンドルから突出した状態で前記軸をハンドルに固着するための手段」が「前記鋭利な端部を前記ハンドルから突出させた状態で前記軸を前記ハンドルに固定する固定手段」に、及び「前記固着手段を解除し且つ前記人々の指が届かないように前記針の鋭い端をハンドル内へ実質的に永久的に後退させるための手段とから成り、前記解除および後退手段は針の軸よりも実質的に短い振幅の単純な一体運動により手動で作動可能であり」が「前記固定手段を解除し、前記針の鋭利な端部を人の指が届かないように前記ハンドルの中へ実質的に永続的に後退させる解除/後退手段であって、前記針の軸よりも実質的に短い距離だけ簡単且つ単一の動作によって手操作で作動可能な解除/後退手段」に、それぞれ相当している。

したがって、両者は、
「カニューレの如き医療器具を患者の体内へ挿入し且つその後患者の体内にあった該装置の部分に人が接触しないように保護するための安全装置において、
患者を穿刺し、前記医療器具を患者の体内の適所へ案内して搬送する中空針であって、少なくとも1つの鋭利な端部を有する軸を具備する中空針と、
人の指が届かないように、少なくとも前記針の鋭利な端部を包囲するようになされた中空のハンドルと、
前記鋭利な端部を前記ハンドルから突出させた状態で前記軸を前記ハンドルに固定する固定手段と、
前記固定手段を解除し、前記針の鋭利な端部を人の指が届かないように前記ハンドルの中へ実質的に永続的に後退させる解除/後退手段であって、前記針の軸よりも実質的に短い距離だけ簡単且つ単一の動作によって手操作で作動可能な解除/後退手段と、を備える安全装置。」の点で一致し、以下の点で相違している。

相違点1:本件特許発明1では、「前記後退のエネルギの一部を吸収するためのエネルギ吸収手段を備える」のに対し、引用発明では、そのような構成を備えていない点。

(2)判断
相違点1を検討するに、本件特許発明1では、「前記後退のエネルギの一部を吸収するためのエネルギ吸収手段を備える」ことにより、「従って、本発明の一部は、後退が(1)確実に行われると共に、(2)速度を制御され、更に、これら2つの機能を実質的に2つの異なる機械的な要素にそれぞれ割り当てることにより、非常に経済的な装置の中で行うという認識に基づくものである。より詳細には、十分に強いバネあるいは他の偏倚手段を選択することにより、確実で迅速な後退を行い、緩衝手段又は他のエネルギ吸収手段を設けることにより、過度の後退を阻止又は補償することを可能とする。」等の本件特許明細書記載(段落【0044】?【0049】参照)の作用効果を奏するものである。
よって、本件特許発明1は、甲第1号証に記載された発明ではないから、本件特許発明1に係る特許は、特許法第29条第1項第3号の規定に違反してされたものではなく同法第123条第1項第2号に該当しないため、理由1によっては、無効とすることはできない。

1-2.本件特許発明3、本件特許発明5について
本件特許発明3、本件特許発明5は、いずれも本件特許発明1を限定したものである。
そうすると、本件特許発明1が、甲第1号証に記載された発明と同一でない以上、それを限定した本件特許発明3、本件特許発明5も、同様に、甲第1号証に記載された発明と同一でないものである。
よって、本件特許発明3及び本件特許発明5に係る特許は、特許法第29条第1項第3号の規定に違反してされたものではなく同法第123条第1項第2号に該当しないため、理由1によっては、無効とすることはできない。
2.理由2についての判断
2-1.本件特許発明1について
(1)対比
本件特許発明1と引用発明の対比(一致点、相違点)は、上記「VI.当審の判断 1.理由1についての判断 1-1.本件特許発明1について」に記載されたものと同様。

(2)判断
相違点1について検討する。
第10070号判決は、甲第1号証の記載(甲1ア?甲1エ)、甲第2号証の記載(甲2ア?甲2オ)に基づき、相違点1について以下のように判示する。
「上記によれば,引用発明は,カニューレを挿入する装置であり,医療関係者が針先端に触れることによる感染等からの保護を解決課題とする発明である。
これに対して,甲2記載の発明は,上記のとおり,使用後の注射針による汚染等の防止のため,注射後の針を本体内の遮蔽位置に引き込むよう構成している装置において,急速に針の後退を行うと,患者の組織が傷ついたり,不随意に注射器内に患者の血液を吸引したりするのを防止することを解決課題として,弾性制動手段で針の後退速度を減速するよう構成した発明である。このように,甲2記載の発明において,弾性制動手段を設けることよって実現しようとする解決課題は,患者の組織が傷ついたり,不随意に注射器内に患者の血液を吸引したりするのを防止することであると認められる。
しかし,引用発明も甲2に記載された発明も,医療関係者が針を患者に穿刺する操作を行うものであり,使用後の針が後退手段により自動的に後退し,ハンドル内に収まる機構である点で共通する。そして,引用発明は,針が患者の体内にある間にラッチ操作をした場合,患者の組織が傷ついたり,不随意に注射器内に患者の血液を吸引したりするという危険性のあることを前提としていると認められる。引用発明は,甲2に記載された従来技術と同様に,後退手段を用いた患者からの急速な針の引抜きにより,患者の組織が傷ついたり,不随意に注射器内に患者の血液を吸引したりするのを防止することを解決課題としていると解するのが自然である。
以上によれば,引用発明においても,患者を保護するという解決課題を実現するため,甲2に記載された弾性制動手段を用いることによって,針の後退速度を減少させるとの構成を適用することが困難であるという理由はない。引用発明に甲2に記載された弾性制動手段を用いることにより,本件発明1の相違点に係る構成に想到することは容易といえる。」(第10070号判決18頁9行?19頁7行)
上記判示事項を参酌すると、相違点1に係る構成は引用発明及び甲第2号証に記載された発明に基いて当業者が容易に想到し得たものである。
そして、本件特許明細書に記載された本件特許発明1の効果は、引用発明及び甲第2号証に記載された発明から当業者が予測し得る範囲内のものである。

(3)まとめ
以上のとおり、本件特許発明1は、引用発明及び甲第2号証に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものである。
したがって、本件特許発明1は、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、本件特許発明1に係る特許は、同法第123条第1項第2号に該当し、無効理由2により無効とされるべきである。

2-2.本件特許発明2について
(1)本件特許発明2
本件特許発明2は、本件特許発明1を「前記エネルギ吸収手段は、前記針と前記中空のハンドルとの間に介挿される粘性物質を備える」点で限定したものである。

(2)対比
本件特許発明2と引用発明とを対比すると、両者は、上記「VI.当審の判断 1.理由1についての判断 1-1.本件特許発明1について」における上記一致点で一致し、次の相違点2で相違する。

(相違点2)
本件特許発明2では、「前記後退のエネルギの一部を吸収するためのエネルギ吸収手段を備え」、「前記エネルギ吸収手段は、前記針と前記中空のハンドルとの間に介挿される粘性物質を備える」のに対して、引用発明では、そのような構成を備えていない点。

(3)判断
(3-1)相違点2について検討する。
請求人は、甲第6号証及び甲第7号証の記載によれば、衝撃エネルギ吸収装置に粘性物質を用いることは本件特許の優先日前に周知の技術であるから、本件特許発明2は、引用発明、甲第2号証に記載された発明及び周知技術に基いて当業者が容易に発明をすることができたものである旨主張する。

他方、第10070号判決は、「後退のエネルギの一部を吸収するためのエネルギ吸収手段の存否を本件発明1と引用発明の相違点とした審決の認定に誤りはなく」(第10070号判決14頁16?17行)、「甲2記載の発明は,上記のとおり,使用後の注射針による汚染等の防止のため,注射後の針を本体内の遮蔽位置に引き込むよう構成している装置において,急速に針の後退を行うと,患者の組織が傷ついたり,不随意に注射器内に患者の血液を吸引したりするのを防止することを解決課題として,弾性制動手段で針の後退速度を減速するよう構成した発明である。」(第10070号判決18頁12?16行)、引用発明と甲第2号証に記載された発明とは、「後退手段を用いた患者からの急速な針の引抜きにより,患者の組織が傷ついたり,不随意に注射器内に患者の血液を吸引したりするのを防止すること」(第10070号判決18頁26行?19頁1行)という共通の技術課題を有するものであって、「引用発明においても,患者を保護するという解決課題を実現するため,甲2に記載された弾性制動手段を用いることによって,針の後退速度を減少させるとの構成を適用することが困難であるという理由はない。引用発明に甲2に記載された弾性制動手段を用いることにより,本件発明1の相違点に係る構成に想到することは容易といえる。」(第10070号判決19頁3?7行)と判示する。
上記判示事項からして、甲第2号証に記載された「針の後退速度を減速する弾性制動手段」は、「針」の「前記後退のエネルギの一部を吸収するためのエネルギ吸収手段」といえる。
また、上記判示事項からして、第10070号判決は、引用発明に、患者を保護するという解決課題を実現する(後退手段を用いた患者からの急速な針の引抜きにより、患者の組織が傷ついたり、不随意に注射器内に患者の血液を吸引したりするのを防止する)ために、甲第2号証に記載された針の後退速度を減速する弾性制動手段を適用することにより、「針」の「前記後退のエネルギの一部を吸収するためのエネルギ吸収手段を備える」構成とすることを当業者が容易に想到し得ると判示するにとどまり、該「エネルギ吸収手段」といえる甲第2号証に記載された針の後退速度を減速する弾性制動手段を、「粘性物質」を用いる「エネルギ吸収装置」に置換することまでも当業者が容易に想到し得ると判示するものとはいえない。
しかも、甲第1号証及び甲第2号証を検討しても、引用発明に、甲第2号証に記載された針の後退速度を減速する弾性制動手段を適用し、さらに甲第2号証に記載された針の後退速度を減速する弾性制動手段(エネルギ吸収手段)を、「粘性物質」を用いる「エネルギ吸収装置」に置換することを示唆する記載は見出せない。
してみると、仮に請求人が主張するように、衝撃エネルギ吸収装置に粘性物質を用いることが周知であるとしても、該周知技術を引用発明及び甲第2号証に記載された発明にさらに適用する動機付けはなく、しかも「前記針と前記中空のハンドルとの間に介挿される粘性物質を備える」ようにして相違点2に係る上記構成とすることまでを当業者が容易に想到し得たと解すべき根拠も見出せないから、相違点2に係る構成は、引用発明、甲第2号証に記載された発明及び周知技術に基いて当業者が容易に想到し得たものとはいえない。

(3-2)なお、本件特許明細書の「適宜なエネルギ吸収要素は、例えば、針キャリアブロックと中空のハンドルの内部孔との間に介挿される粘性を有する潤滑剤、並びに、該潤滑剤の定置を容易にするための手段(潤滑ポートの如き)の形態を取ることができる。このタイプのエネルギ吸収は、針の全行程にわたって終始一貫した抵抗力をもたらさず、その結果生ずる速度制限作用は、ストロークの最初に集中するように思われ、チキソトロピー又は接着性の効果から部分的に生ずる。」(【0050】)との記載からして、本件特許発明2の「粘性物質」といえる「粘性を有する潤滑剤」は、針の後退のエネルギを吸収することにより針の後退速度を減速すると解されるので、念のために、甲第2号証に記載された針の後退速度を減速する弾性制動手段の認定を、針の後退のエネルギを吸収することにより針の後退速度を減速するエネルギ吸収手段の程度に抽象化した場合における、請求人が主張する上記周知技術の適用容易性と相違点2に係る構成の容易想到性について、以下検討する。

(3-2-1)甲第6号証及び甲第7号証に記載された技術事項
甲第6号証の記載事項(甲6ア?甲6ウ)からして、甲第6号証には次の技術事項(以下、「甲6技術事項」という。)が記載されている。
「高速空気圧駆動機器の使用限界を向上させるために用いられる衝撃エネルギ吸収装置において、
密封手段を兼ねたアキユムレータを有する全体として小形の衝撃エネルギ吸収装置を提供するために、
ヘッドボタン13に衝撃エネルギが加えられるとピストン11は前進してヘッド側空間26の粘性流体27は円形オリフイス2a,2b,2c,2dから通路1cを通りロツド側空間25へ流入し、このときピストン11が摺動前進するに伴い、ピストン11の側壁により、円形オリフイスは、2d,2c,2b,2aの順に閉成され、順次流量を減少させ衝撃エネルギを吸収する構成。」

また、甲第7号証の記載事項(甲7ア?甲7ウ)からして、甲第7号証には次の技術事項(以下、「甲7技術事項」という。)が記載されている。
「内燃機関から自動車の縦方向に突出する付属機器をもつ内燃機関において、
内燃機関の剛性長を減らし、車体の変形区域を大きくするために、
自動車の車体に加わる特定値以上の縦方向衝撃荷重により付属機器の保持部の所で変形する際抵抗に抗する粘性物質の移動によつて自動車の車体に加わる衝撃エネルギーを吸収するように、付属機器が内燃機関に保持される構成。」

(3-2-2)周知技術とその適用容易性
甲6技術事項は、「高速空気圧駆動機器の使用限界を向上させるために用いられる衝撃エネルギ吸収装置」に関するものであり、その技術課題は、「密封手段を兼ねたアキユムレータを有する全体として小形の衝撃エネルギ吸収装置を提供する」ことであり、そのエネルギを吸収する構成は、「ヘッドボタン13に衝撃エネルギが加えられるとピストン11は前進してヘッド側空間26の粘性流体27は円形オリフイス2a,2b,2c,2dから通路1cを通りロツド側空間25へ流入し、このときピストン11が摺動前進するに伴い、ピストン11の側壁により、円形オリフイスは、2d,2c,2b,2aの順に閉成され、順次流量を減少させ衝撃エネルギを吸収する」、つまり、粘性流体が衝撃エネルギが加えられた空間からオリフイスを通って他の空間へ流入する際に衝撃エネルギを吸収するものといえる。

また、甲7技術事項は、「内燃機関から自動車の縦方向に突出する付属機器をもつ内燃機関」に関するものであり、その技術課題は、「内燃機関の剛性長を減らし、車体の変形区域を大きくする」ことであり、そのエネルギを吸収する構成は、「自動車の車体に加わる特定値以上の縦方向衝撃荷重により付属機器の保持部の所で変形する際抵抗に抗する粘性物質の移動によつて衝撃エネルギーを吸収する」、つまり、自動車の車体に加わる衝撃エネルギである縦方向衝撃荷重が加わり機器が変形する際抵抗に抗する粘性物質の移動によって衝撃エネルギを吸収するものといえる。

他方、引用発明は、「カニューレ」挿入の「安全装置」の技術分野に属するものであり、甲第2号証に記載された発明は、「注射器」の技術分野に属するものであり、これらの技術課題は、「後退手段を用いた患者からの急速な針の引抜きにより,患者の組織が傷ついたり,不随意に注射器内に患者の血液を吸引したりするのを防止すること」(第10070号判決18頁26行?19頁1行)であり、これらにおいて吸収対象となるエネルギは「針の後退のエネルギ」である。

してみると、甲6技術事項と甲7技術事項とは、引用発明と甲第2号証に記載された発明の技術分野(「カニューレ」挿入の「安全装置」及び「注射器」)とは異なる技術分野、つまり、「高速空気圧駆動機器の使用限界を向上させるために用いられる衝撃エネルギ吸収装置」、「内燃機関から自動車の縦方向に突出する付属機器をもつ内燃機関」に属するものである。
そして、この技術分野の相違に附随して、甲6技術事項と甲7技術事項とは、引用発明及び甲第2号証に記載された発明の技術課題(後退手段を用いた患者からの急速な針の引抜きにより、患者の組織が傷ついたり、不随意に注射器内に患者の血液を吸引したりするのを防止すること)とは異なる技術課題、つまり、「密封手段を兼ねたアキユムレータを有する全体として小形の衝撃エネルギ吸収装置を提供する」こと、「内燃機関の剛性長を減らし、車体の変形区域を大きくする」ことを有するといえる。
確かに、甲6技術事項の「粘性流体27」は「粘性物質」といえ、甲6技術事項の「衝撃エネルギ吸収装置」及び甲7技術事項の「衝撃エネルギーを吸収するように、付属機器が内燃機関に保持される構成」は「エネルギ吸収装置」といえるから、甲6技術事項及び甲7技術事項からして、衝撃エネルギ吸収装置に粘性物質を用いることは本件特許の優先日前に周知の技術であったといえるとしても、これらの技術事項に基づく周知技術は、引用発明及び甲第2号証に記載された発明とは異なり衛生上の問題を考慮する必要性のない機械技術の分野に属するものであって、その技術分野の相違に附随して技術課題が異なるものであるから、患者を保護するという解決課題を実現する(後退手段を用いた患者からの急速な針の引抜きにより、患者の組織が傷ついたり、不随意に注射器内に患者の血液を吸引したりするのを防止する)ために、上記周知技術を引用発明及び甲第2号証に記載された発明に適用することを当業者が容易に想到し得たとはいえない。
しかも、甲6技術事項において吸収される「高速空気圧駆動機器」の「衝撃エネルギ」及び甲7技術事項において吸収される「自動車の車体に加わる衝撃エネルギー」は、引用発明及び甲第2号証に記載された発明において吸収する「針の後退のエネルギ」に比べてはるかに大きなものであって、吸収対象のエネルギの大きさも異なるものである。

加えて、上記周知技術(衝撃エネルギ吸収装置に粘性物質を用いること)の基礎となる甲6,7技術事項におけるエネルギを吸収する構成は、引用発明及び甲第2号証に記載された発明との技術分野の相違に附随して、粘性流体(粘性物質)が衝撃エネルギが加えられた空間からオリフイスを通って他の空間へ流入する際に衝撃エネルギを吸収するものや衝撃エネルギである縦方向衝撃荷重が加わり機器が変形する際抵抗に抗する粘性物質の移動によって衝撃エネルギを吸収するものであるから、仮に上記周知技術を引用発明及び甲第2号証に記載された発明に適用することを当業者が容易に想到し得たとしても、「針」の「前記後退のエネルギの一部を吸収するためのエネルギ吸収手段を備え」る構成とするにとどまり、甲6,7技術事項に示されてない相違点2に係る「前記エネルギ吸収手段は、前記針と前記中空のハンドルとの間に介挿される粘性物質を備える」構成とすることまで当業者が容易に想到し得たと解すべき根拠も見出せない。

(3-2-3)以上によれば、甲第2号証に記載された針の後退速度を減速する弾性制動手段の認定を、針の後退エネルギを吸収することにより針の後退速度を減速するエネルギ吸収手段の程度に抽象化したとしても、相違点2に係る構成は、引用発明、甲第2号証に記載された発明及び周知技術に基いて当業者が容易に想到し得たものとはいえない。

(3-3)効果
本件特許明細書に記載された本件特許発明2の効果は、引用発明、甲第2号証に記載された発明及び周知技術から当業者が予測し得た範囲内のものではない。

(4)まとめ
以上のとおり、本件特許発明2は、引用発明、甲第2号証に記載された発明及び周知技術に基いて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。
したがって、本件特許発明2に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものではなく、同法第123条第1項第2号に該当せず、理由2によって無効とすることはできない。

2-3.本件特許発明3について
(1)本件特許発明3
本件特許発明3は、本件特許発明1を「前記エネルギ吸収手段が、
前記針と前記ハンドルの内部孔とのうちの一方に固定された表面と、
前記針と前記内部孔とのうちの他方に担持されて前記表面に圧接し、前記後退の間に摩擦を生ずる要素とを備える」点で限定したものである。

(2)対比
本件特許発明3と引用発明とを対比すると、両者は、上記「VI.当審の判断 1.理由1についての判断 1-1.本件特許発明1について」における上記一致点で一致し、次の相違点3で相違する。

(相違点3)
本件特許発明3では、「前記後退のエネルギの一部を吸収するためのエネルギ吸収手段を備え」、「前記エネルギ吸収手段が、前記針と前記ハンドルの内部孔とのうちの一方に固定された表面と、前記針と前記内部孔とのうちの他方に担持されて前記表面に圧接し、前記後退の間に摩擦を生ずる要素とを備える」のに対して、引用発明では、そのような構成を備えて備えていない点。

(3)判断
相違点3について検討する。
まず、甲第2号証には、第10070号判決が判示するように、「使用後の注射針による汚染等の防止のため,注射後の針を本体内の遮蔽位置に引き込むよう構成している装置において,急速に針の後退を行うと,患者の組織が傷ついたり,不随意に注射器内に患者の血液を吸引したりするのを防止することを解決課題として,弾性制動手段で針の後退速度を減速するよう構成した発明」(第10070号判決18頁12?16行)が記載されいる。
加えて、甲第2号証には、「本発明の第2の要旨によれば、本発明注射器は、本体と、この本体内に取付けたプランジャと、針ホルダと、前記プランジャの注射ストロークの後の再後退によって針を前記本体内の遮蔽位置に引込むよう注射ストーロクの終わりに前記針ホルダに前記プランジャを連結する手段と、注射ストロークの後に挿入ストロークによって付勢され前記プランジャと前記針とを後退させるエネルギ貯蔵手段とを具え、前記本体と前記プランジャとの間に画成した空間内に弾性制動手段を配置し、前記本体と前記プランジャとの一方に前記弾性制動手段を配置し、注射ストローク後前記プランジャと前記針との後退を遅らせるのに十分であるが停止させない程度に前記本体と前記プランジャとの他方に前記弾性制動手段を圧着することを特徴とする。」(甲2エ)と記載されるとともに、該記載事項において、針ホルダに連結されたプランジャと本体内とが表面を有するとともに、針ホルダに連結されたプランジャと本体内とのうちの一方の表面に、針ホルダに連結されたプランジャと本体内のうちの他方に配置された弾性制動手段が圧着し、さらに、該弾性制動手段は圧着する部分を備えるとともに、該圧着する部分が針ホルダに連結されたプランジャの後退の間に摩擦を生じることにより、針ホルダに連結されたプランジャの後退を遅らせていることは明らかである。
以上によれば、甲第2号証には次の発明が記載されているといえる。
「使用後の注射針による汚染等の防止のため,注射後の針を本体内の遮蔽位置に引き込むよう構成している装置において,急速に針の後退を行うと,患者の組織が傷ついたり,不随意に注射器内に患者の血液を吸引したりするのを防止することを解決課題として,弾性制動手段で針の後退速度を減速するよう構成し、
前記弾性制動手段は、
前記針ホルダに連結されたプランジャと本体内とのうちの一方の表面と、
前記針ホルダに連結されたプランジャと前記本体内とのうちの他方に配置されて前記表面に圧着し、前記針ホルダに連結されたプランジャの後退の間に摩擦を生じる部分とを備えている注射器。」

甲第2号証に記載された発明の「弾性制動手段」は「針の後退のエネルギの一部を吸収するエネルギ吸収手段」といえ、「針ホルダに連結されたプランジャ」は「針」と一体的に後退するものであるから、後退時においては「針」を構成するといえ、「本体」は手で把持するものであるから「ハンドル」といえ、「本体内」は本体の内部の孔を意味すると解されるから「ハンドルの内部孔」といえ、「プランジャの表面」と「本体内の表面」とは、それぞれ「プランジャ」と「ハンドルの内部孔」に「固定」されているから、「プランジャに固定された表面」と「ハンドルの内部孔に固定された表面」といえ、「配置」は「担持」といえ、「圧着」は「圧接」といえ、「圧着する部分」は「要素」といえることからして、甲第2号証に記載された発明の「弾性制動手段」は、
「前記エネルギ吸収手段が、
前記針と前記ハンドルの内部孔とのうちの一方に固定された表面と、
前記針と前記内部孔とのうちの他方に担持されて前記表面に圧接し、前記針の後退の間に摩擦を生ずる要素とを備える」ものといえる。

他方、第10070号判決が判示するように、「引用発明においても,患者を保護するという解決課題を実現するため,甲2に記載された弾性制動手段を用いることによって,針の後退速度を減少させるとの構成を適用することが困難であるという理由はない。」(第10070号判決19頁3?5行)から、引用発明に甲第2号証に記載された上記「弾性制動手段」(エネルギ吸収手段)を適用することにも格別の困難性は見出せず、相違点3に係る構成は、引用発明及び甲第2号証に記載された発明に基いて当業者が容易に想到し得たものである。

なお、仮に、相違点3に係る「針とハンドルの内部孔とのうちの一方に固定された表面」の「表面」が「針」及び「ハンドルの内部孔」と別部材であるとしても、必要に応じて部材を追加することは一般的に行われる程度の事項であるから、上記「表面」を「針」及び「ハンドルの内部孔」と別部材とすることは、当業者が必要に応じて適宜成し得る設計事項にすぎない。

そして、本件特許明細書に記載された本件特許発明3の効果は、引用発明及び甲第2号証に記載された発明から当業者が予測し得る範囲内のものである。

(3)まとめ
以上のとおり、本件特許発明3は、引用発明及び甲第2号証に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものである。
したがって、本件特許発明3は、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、本件特許発明3に係る特許は、同法第123条第1項第2号に該当し、無効理由2により無効とされるべきである。

2-4.本件特許発明4について
(1)本件特許発明4
本件特許発明4は、本件特許発明1を「前記エネルギ吸収手段は、前記後退の際に前記針と共に運動するように固定されたダッシュポット要素を備える」点で限定したものである。

(2)対比
本件特許発明4と引用発明とを対比すると、両者は、上記「VI.当審の判断 1.理由1についての判断 1-1.本件特許発明1について」における上記一致点で一致し、次の相違点4で相違する。

(相違点4)
本件特許発明4では、「前記後退のエネルギの一部を吸収するためのエネルギ吸収手段を備え」、「前記エネルギ吸収手段は、前記後退の際に前記針と共に運動するように固定されたダッシュポット要素を備える」のに対して、引用発明では、そのような構成を備えて備えていない点。

(3)判断
(3-1)相違点4について検討する。
請求人は、甲第8号証及び甲第9号証の記載によれば、衝撃エネルギーの低減や衝突力の緩和のためにダッシュポットを用いることは本件特許の優先日前に周知の技術であるから、本件特許発明4は、引用発明、甲第2号証に記載された発明及び周知技術に基いて当業者が容易に発明をすることができたものである旨主張する。
しかしながら、上記「2-2.本件特許発明2について (3)判断」において示した第10070号判決の判示事項によれば、第10070号判決は、 引用発明に、患者を保護するという解決課題を実現する(後退手段を用いた患者からの急速な針の引抜きにより、患者の組織が傷ついたり、不随意に注射器内に患者の血液を吸引したりするのを防止する)ために、甲第2号証に記載された針の後退速度を減速する弾性制動手段を適用することにより、「針」の「前記後退のエネルギの一部を吸収するためのエネルギ吸収手段を備える」構成とすることを当業者が容易に想到し得ると判示するにとどまり、該「エネルギ吸収手段」といえる甲第2号証に記載された針の後退速度を減速する弾性制動手段を、「衝撃エネルギーの低減や衝突力の緩和のために」「ダッシュポット」に置換することまでも当業者が容易に想到し得ると判示するものとはいえない。
しかも、甲第1号証及び甲第2号証を検討しても、引用発明に、甲第2号証に記載された針の後退速度を減速する弾性制動手段を適用し、さらに甲第2号証に記載された針の後退速度を減速する弾性制動手段(エネルギ吸収手段)を、「衝撃エネルギーの低減や衝突力の緩和のために」「ダッシュポット」に置換することを示唆する記載は見出せない。
してみると、仮に請求人が主張するように、衝撃エネルギーの低減や衝突力の緩和のためにダッシュポットを用いることが周知であるとしても、該周知技術を引用発明及び甲第2号証に記載された発明にさらに適用する動機付けはなく、しかも「前記後退の際に前記針と共に運動するように固定されたダッシュポット要素を備える」ようにして相違点4に係る上記構成とすることまでを当業者が容易に想到し得たと解すべき根拠も見出せないから、相違点4に係る構成は、引用発明、甲第2号証に記載された発明及び周知技術に基いて当業者が容易に想到し得たものとはいえない。

(3-2)なお、本件特許明細書の「他の例として、中空のハンドルの中の別個の又は好ましくは既存の要素によって、ダッシュポット装置を形成することができる。この場合には、エネルギ吸収効果は、粘性を有する潤滑剤による装置に比較して、真の緩衝という意味においてより優れているように思われるが、そのエネルギ吸収効果は、後退ストロークの終端付近に集中する傾向があり、一方、好ましい粘性を有する潤滑剤の技術の場合には、その緩衝作用は、後退ストロークの始まり付近に集中する傾向がある。」(【0054】)との記載からして、本件特許発明4の「ダッシュポット要素」が、針の後退エネルギを吸収することにより針の後退速度を減速すると解されるので、念のために、甲第2号証に記載された針の後退速度を減速する弾性制動手段の認定を、針の後退エネルギを吸収することにより針の後退速度を減速するエネルギ吸収手段の程度に抽象化した場合における、請求人が主張する上記周知技術の適用容易性と相違点4に係る構成の容易想到性について、以下検討する。

(3-2-1)甲第8号証及び甲第9号証に記載された技術事項
甲第8号証の記載事項(甲8ア、甲8イ)からして、甲第8号証には次の技術事項(以下、「甲8技術事項」という。)が記載されている。
「主体と支持体間において衝撃や振動エネルギーの伝達を低減する振動絶縁装置における、ばねとダツシユポツトとを組合せた受動絶縁装置。」

また、甲第9号証の記載事項(甲9ア、甲9イ)からして、甲第9号証には次の技術事項(以下、「甲9技術事項」という。)が記載されている。
「プレス機械におけるダイクツシヨン装置のストローク上限停止装置において、ダイクツシヨンストローク上限ストツパ衝突時のシヨツク防止のために、ダイクツシヨンの押上力によりピストン3の上面がストツパ4の下面に設けたダツシユポツト5の底面に当接することにより停止する際に、上限付近でピストン3の外周がストツパ4の内径部を通過するとき、その狭い隙間6よりストツパ4とピストン3に囲まれた油が流れ出る構成の液圧ダツシユポツトを使用し、上限衝突時の速度を遅くしてストツパに当てることにより衝突力を緩和する構成。」

(3-2-2)周知技術とその適用容易性
甲8技術事項は、「主体と支持体間において衝撃や振動エネルギーの伝達を低減する振動絶縁装置」に関するものであり、その技術課題は、「主体と支持体間において衝撃や振動エネルギーの伝達を低減する」ことであり、その「衝撃や振動エネルギーの伝達を低減」、つまりエネルギを吸収する構成は、「ばねとダツシユポツトとを組合せた受動絶縁装置」であるといえる。

また、甲9技術事項は、「プレス機械におけるダイクツシヨン装置のストローク上限停止装置」に関するものであり、その技術課題は、「ダイクツシヨンストローク上限ストツパ衝突時のシヨツク防止」であり、その「衝突力を緩和」、つまりエネルギを吸収する構成は、「ダイクツシヨンの押上力によりピストン3の上面がストツパ4の下面に設けたダツシユポツト5の底面に当接することにより停止する際に、上限付近でピストン3の外周がストツパ4の内径部を通過するとき、その狭い隙間6よりストツパ4とピストン3に囲まれた油が流れ出る構成の液圧ダツシユポツトを使用し、上限衝突時の速度を遅くしてストツパに当てることにより衝突力を緩和する」ものであるといえる。

他方、引用発明は、「カニューレ」挿入の「安全装置」の技術分野に属するものであり、甲第2号証に記載された発明は、「注射器」の技術分野に属するものであり、これらの技術課題は、「後退手段を用いた患者からの急速な針の引抜きにより,患者の組織が傷ついたり,不随意に注射器内に患者の血液を吸引したりするのを防止すること」(第10070号判決18頁25行?19頁2行)であり、これらにおいて吸収対象となるエネルギは「針の後退のエネルギ」である。

してみると、甲8技術事項と甲9技術事項とは、引用発明と甲第2号証に記載された発明の技術分野(「カニューレ」挿入の「安全装置」及び「注射器」)とは異なる技術分野、つまり、「主体と支持体間において衝撃や振動エネルギーの伝達を低減する振動絶縁装置」、「プレス機械におけるダイクツシヨン装置のストローク上限停止装置」に属するものである。
そして、この技術分野の相違に附随して、甲8技術事項と甲9技術事項とは、引用発明及び甲第2号証に記載された発明の技術課題(後退手段を用いた患者からの急速な針の引抜きにより、患者の組織が傷ついたり、不随意に注射器内に患者の血液を吸引したりするのを防止すること)とは異なる技術課題、つまり、「主体と支持体間において衝撃や振動エネルギーの伝達を低減する」こと、「ダイクツシヨンストローク上限ストツパ衝突時のシヨツク防止」を有するといえる。
確かに、甲8技術事項及び甲9技術事項からして、衝撃エネルギーの低減や衝突力の緩和のためにダッシュポットを用いることは本件特許の優先日前に周知の技術であったといえるとしても、これらの技術事項に基づく周知技術は、引用発明及び甲第2号証に記載された発明とは異なり衛生上の問題を考慮する必要性のない機械技術の分野に属するものであって、その技術分野の相違に附随して技術課題が異なるものであるから、患者を保護するという解決課題を実現する(後退手段を用いた患者からの急速な針の引抜きにより、患者の組織が傷ついたり、不随意に注射器内に患者の血液を吸引したりするのを防止する)ために、上記周知技術を引用発明及び甲第2号証に記載された発明に適用することを、当業者が容易に想到し得たとはいえない。
しかも、甲8技術事項において吸収される「衝撃や振動エネルギー」及び甲9技術事項において吸収される「ダイクツシヨンストローク上限ストツパ衝突時」の「衝突力」は、引用発明及び甲第2号証に記載された発明において吸収する「針の後退のエネルギ」に比べてはるかに大きなものであって、吸収エネルギの大きさも異なるものである。

(3-2-3)以上によれば、甲第2号証に記載された針の後退速度を減速する弾性制動手段の認定を、針の後退エネルギを吸収することにより針の後退速度を減速するエネルギ吸収手段の程度に抽象化したとしても、相違点4に係る構成は、引用発明、甲第2号証に記載された発明及び周知技術に基いて当業者が容易に想到し得たものとはいえない。

(3-3)効果
本件特許明細書に記載された本件特許発明4の効果は、引用発明、甲第2号証に記載された発明及び周知技術から当業者が予測し得た範囲内のものではない。

(4)まとめ
以上のとおり、本件特許発明4は、引用発明、甲第2号証に記載された発明及び周知技術に基いて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。
したがって、本件特許発明4に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものではなく、同法第123条第1項第2号に該当せず、理由2によって無効とすることはできない。

2-5.本件特許発明5について
(1)本件特許発明5
本件特許発明5は、本件特許発明1を「前記中空のハンドルは、前記針がそれに向かって後退する端部構造を有し、前記エネルギ吸収手段は、前記針と前記端部構造とうちの一方に固定されて前記端部構造に対する前記針の衝撃の一部を吸収する押し潰し可能な要素を有する」点で限定したものである。

(2)対比
引用発明の「針」が「完全に後退したときに」「着座する」「ハンドルの内側ストッパ部分」は、本件特許発明5の「ハンドル」の「針がそれに向かって後退する端部構造」に相当するから、本件特許発明5と引用発明とを対比すると、両者は、上記「VI.当審の判断 1.理由1についての判断 1-1.本件特許発明1について」における上記一致点及び「前記中空のハンドルは、前記針がそれに向かって後退する端部構造を有」する点で一致し、次の相違点5で相違する。

(相違点5)
本件特許発明5では、「前記後退のエネルギの一部を吸収するためのエネルギ吸収手段を備え」、「前記エネルギ吸収手段は、前記針と前記端部構造とうちの一方に固定されて前記端部構造に対する前記針の衝撃の一部を吸収する押し潰し可能な要素を有する」のに対して、引用発明では、そのような構成を備えて備えていない点。

(3)判断
(3-1)相違点5について検討する。
請求人は、甲第10号証及び甲第11号証の記載によれば、後退時の衝撃を緩和させるために、衝撃の一部を吸収する押し潰し可能な要素を用いることは本件特許の優先日前に周知の技術であるから、本件特許発明5は、引用発明、甲第2号証に記載された発明及び周知技術に基いて当業者が容易に発明をすることができたものである旨主張する。
しかしながら、上記「2-2.本件特許発明2について (3)判断」において示した第10070号判決の判示事項によれば、第10070号判決は、 引用発明に、患者を保護するという解決課題を実現する(後退手段を用いた患者からの急速な針の引抜きにより、患者の組織が傷ついたり、不随意に注射器内に患者の血液を吸引したりするのを防止する)ために、甲第2号証に記載された針の後退速度を減速する弾性制動手段を適用することにより、「針」の「前記後退のエネルギの一部を吸収するためのエネルギ吸収手段を備える」構成とすることを当業者が容易に想到し得ると判示するにとどまり、該「エネルギ吸収手段」といえる甲第2号証に記載された針の後退速度を減速する弾性制動手段を、針の後退速度を減速するのではなく、針の「後退時の衝撃を緩和させるために」、「衝撃の一部を吸収する押し潰し可能な要素」に置換することまでも当業者が容易に想到し得ると判示するものとはいえない。
しかも、甲第1号証及び甲第2号証を検討しても、引用発明に、甲第2号証に記載された針の後退速度を減速する弾性制動手段を適用し、さらに甲第2号証に記載された針の後退速度を減速する弾性制動手段(エネルギ吸収手段)を、針の後退速度を減速するのではなく、針の「後退時の衝撃を緩和させるために」、「衝撃の一部を吸収する押し潰し可能な要素」に置換することを示唆する記載は見出せない。
特に、甲第2号証の「プランジャを自動的に後退させる上記の先行技術では、プランジャを押込んだ状態に保持する手の圧力を除くと、ばねが伸長した状態になろうとして直ちにプランジャの復帰を開始し、同時に注射針の注射器の本体内への後退が開始される欠点がある。このため、注射器が患者の身体から完全に去るまで、操作者が押込まれたプランジャを意識して保持しない限り、患者の組織が傷つき、希望しないのに不随意に注射器内に患者の血液が吸引される恐れがある。本発明の第2の要旨では注射針の注射器本体内への後退の少なくとも最初の段階で、その後退早さを遅らせる制動手段を設ける。」(甲2エ)との記載からして、甲第2号証に記載された発明の技術課題は、針が患者の身体から完全に去るまでの後退の少なくとも初期にいて、針の後退速度を減速することといえる。
これに対し、後退時の衝撃を緩和させるために、衝撃の一部を吸収する押し潰し可能な要素を用いることは、針の後退の末期のみにおいて後退速度を減速するものといえる。
してみると、仮に請求人が主張するように、後退時の衝撃を緩和させるために、衝撃の一部を吸収する押し潰し可能な要素を用いることが周知であるとしても、該周知技術を引用発明及び甲第2号証に記載された発明にさらに適用する動機付けはなく、しかも「前記針と前記端部構造とうちの一方に固定されて前記端部構造に対する前記針の衝撃の一部を吸収する押し潰し可能な要素を有する」ようにして相違点5に係る上記構成とすることまでを当業者が容易に想到し得たと解すべき根拠も見出せないから、相違点5に係る構成は、引用発明、甲第2号証に記載された発明及び周知技術に基いて当業者が容易に想到し得たものとはいえない。

(3-2)効果
本件特許明細書に記載された本件特許発明5の効果は、引用発明、甲第2号証に記載された発明及び周知技術から当業者が予測し得た範囲内のものではない。

(4)まとめ
以上のとおり、本件特許発明5は、引用発明、甲第2号証に記載された発明及び周知技術に基いて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。
したがって、本件特許発明5に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものではなく、同法第123条第1項第2号に該当せず、理由2によって無効とすることはできない。

VII.むすび
以上のとおり、本件特許発明1及び本件特許発明3は、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、本件特許発明1及び本件特許発明3に係る特許は、同法第123条第1項第2号に該当し、無効理由2により無効とされるべきである。
また、請求人の主張する理由1,2及び提出した証拠方法によっては、本件特許発明2、本件特許発明4及び本件特許発明5に係る特許を無効とすることはできない。
審判に関する総費用については、特許法第169条第2項の規定で準用する民事訴訟法第61条の規定により、その5分の3を請求人の負担とし、5分の2を被請求人の負担とする。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2010-01-06 
結審通知日 2010-01-12 
審決日 2010-01-25 
出願番号 特願平6-280754
審決分類 P 1 123・ 121- ZC (A61M)
最終処分 一部成立  
特許庁審判長 横林 秀治郎
特許庁審判官 寺澤 忠司
関谷 一夫
登録日 1996-12-05 
登録番号 特許第2588375号(P2588375)
発明の名称 医療器具を挿入しその後保護する安全装置  
代理人 豊岡 静男  
代理人 田中 成志  
代理人 平出 貴和  
代理人 中村 閑  
代理人 杉山 共永  
代理人 平出 貴和  
代理人 櫻井 義宏  
代理人 田中 成志  
代理人 豊岡 静男  
代理人 山田 徹  
代理人 高松 俊雄  
代理人 櫻井 義宏  
代理人 片山 英二  
代理人 本多 広和  
代理人 日野 真美  
代理人 森 修一郎  
代理人 山田 徹  
代理人 森 修一郎  
代理人 高松 俊雄  
代理人 黒川 恵  

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