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審決分類 審判 査定不服 5項独立特許用件 特許、登録しない。 A01K
審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 A01K
管理番号 1255881
審判番号 不服2011-4423  
総通号数 150 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2012-06-29 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2011-02-28 
確定日 2012-04-27 
事件の表示 特願2005-110987号「海産魚類における仔稚魚の抗病的飼育方法」拒絶査定不服審判事件〔平成18年10月26日出願公開、特開2006-288234号〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
本願は、平成17年4月7日の出願であって、平成22年11月15日付けで拒絶査定がなされ、これに対し、平成23年2月28日に拒絶査定に対する審判請求がなされるとともに、同時に手続補正がなされたものである。
その後、平成23年6月16日付けで、審判請求人に前置報告書の内容を示し意見を求めるための審尋を行ったところ、同年8月22日付けで回答書が提出された。

第2 補正の却下の決定
[補正の却下の決定の結論]
平成23年2月28日付けの手続補正を却下する。

[理由]
1.補正後の請求項1に記載された発明
本件補正により、特許請求の範囲の【請求項1】は、
「人工種苗生産法により海産魚類の仔稚魚を飼育する際、ふ化後4日令から34日令までの仔魚期において、飼育する海水のうち、1/3から2/3の該海水を、真水と入れ替えることにより低塩分処理を行い、一定の期間、低塩分を維持することを特徴とする海産魚類における仔稚魚の抗病的飼育方法。」
と補正された。
上記補正は、補正前の請求項1の低塩分処理に関して、「ふ化後4日令から34日令までの仔魚期において」行うという構成を加えている。

2 新規事項に関して
低塩分処理を「ふ化後4日令から34日令までの仔魚期において」行うことは、願書に最初に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面(以下、当初明細書等という)に記載されたものではないので、審判請求時の補正において、特許請求の範囲の請求項1にされた、低塩分処理を「ふ化後4日令から34日令までの仔魚期において」行うとする補正事項は、当初明細書等に記載した事項の範囲内においてした補正とは、認められないものである。

すなわち、当初の明細書及び特許請求の範囲には、低塩分処理を行う時期については「仔稚魚」の時期であることが記載されているだけであって、「ふ化後4日令から34日令までの仔魚期」であることは記載されていない。
また、実施例にも、低塩分処理の時期について記載されていない。

【図1】について当初明細書等には、【図面の簡単な説明】に「【図1】この発明の一実施例を示すグラフ図である。」と、また段落【0009】に「また、この発明を実施することにより、図1に示すように、死魚数が極めて少なくなり、薬剤を軽減することが可能となる。」とのみ記載されているにすぎず、それ以上の説明はない。
そして本願【図1】の記載をみると、以下の(1)?(8)の事項を読み取ることができる。
(1)横軸に「ふ化後の日令」として4?34の数値が示されていること。
(2)縦軸に「死魚数(尾)」として0?16000の数値が示されていること。
(3)「水槽1」及び「水槽2」と標記された2本の折れ線が示されていること。
(4)ふ化後10日令にあたる箇所に、矢印をもって「酸素200%添加」と標記されていること。
(5)ふ化後11日令にあたる箇所に、矢印をもって「1/3海水」と標記されていること。
(6)ふ化後24日令にあたる箇所に、矢印をもって「1/3海水」と標記されていること。
(7)「水槽1」と標記された折れ線が、ふ化後4日令から9日令までは死魚数2000尾以下、ふ化後10日令で死魚数12000尾程度、ふ化後11日令で死魚数13000尾強、ふ化後12日令から19日令までは死魚数2000尾以下であること。
(8)「水槽2」と標記された折れ線が、ふ化後4日令から23日令までは死魚数2000尾以下、ふ化後24日令で死魚数7000尾程、ふ化後25日令から34日令までは死魚数2000尾以下であること。

そうすると、上記記載事項からは、ふ化後11日令、ふ化後24日令に低塩分処理を行ったことが記載されているにとどまり、「低塩分処理」を行う時期が「ふ化後4日令?34日目令まで」との時期的範囲については、何ら読み取れない。

また、仮に、(4)及び(5)が「水槽1」に対して、また(6)が「水槽2」に対して、それぞれ行われた処理であると仮定して解しても、【図1】に記載されているといえるのは、それぞれの水槽において死魚数が増加した後のふ化後11日令及びふ化後24日令に「1/3海水」による処理が行われ、死魚数が減少したことにとどまり、「低塩分処理」を行う時期が、「ふ化後11日令及びふ化後24日令」以外の「ふ化後の日令目」(例えば、ふ化後4?10日令目、ふ化後12?23日令目、25?34日令目)、または、「ふ化後4日令?34日目令まで」の範囲であることまでが記載されているとはいえない。

そうすると、審判請求時の補正において、特許請求の範囲の請求項1にされた「低塩分処理」を行う時期を「ふ化後4日令?34日目令までの仔魚期において」と特定する補正事項は、当初明細書等のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入するものであるから、当初明細書等に記載した事項の範囲内においてした補正とは、認められないものである。
したがって、本件補正は、平成18年法律第55号改正附則第3条第1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法(以下、「平成18年改正前特許法」という。)第17条の2第3項の規定に違反するので、同法第159条第1項において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下すべきものである。

3 独立特許要件違反に関して
上記補正事項は、補正前の請求項1に係る発明を特定するために必要な事項である「低塩分処理」する時期を「ふ化後4日令から34日令までの仔魚期」に、限定するものであるから、本件補正は、少なくとも、平成18年改正前特許法第17条の2第4項第2号の特許請求の範囲の減縮を目的とする補正事項を含むものである。

そこで、本件補正後の前記請求項1に記載された発明(以下、「本願補正発明」という。)が特許出願の際独立して特許を受けることができるものであるか、すなわち、平成18年改正前特許法第17条の2第5項において準用する同法第126条第5項に規定する要件を満たしているか、についても以下に検討する。
(1)引用刊行物1とその記載事項
原査定の拒絶の理由に引用され、本願出願日前に頒布された刊行物である、「北海道立水産試験場研究報告、1990年、34号、p.1-8」(以下、「刊行物1」という。)には、図面と共に以下の記載がある。

(1a)「ヒラメ稚魚の成長と代謝に及ぼす低塩分環境の影響」(1ページ1行)
(1b)「 緒 言
ヒラメはわが国周辺沿岸域に広く生息し、高級魚として全国的に高い市場価値を有している。近年ヒラメの増養殖事業が盛んになり、より効率よく種苗から放流あるいは商品サイズまで育成する技術開発が様々な方面から行われている。
一般に環境水の塩分濃度の変化とそれに伴う浸透圧の変化は、魚類の塩・水代謝を通じてエネルギー代謝に影響するが、特に浸透圧調節機能が未発達な仔稚魚においてはその影響は大きいと考えられる。
ヒラメは広塩性の海産硬骨魚であり、浮遊生活期を終え底生生活期に入った稚魚は河川水等の影響を受ける比較的低鹹な水域に分布し、極めて強い低塩分耐性を備えていることが報告されている。一方、1?2週間といった短期間の飼育では25‰程度までの低塩分はヒラメ稚魚の成長にとってむしろ有利な条件になることも報告されている。しかし、塩分濃度がヒラメの成長や体組成に及ぼす影響についての知見はほとんどない。
本研究では、着底後のヒラメ稚魚を塩分濃度の異なる希釈海水で飼育し、成長、体組成及び酸素消費量を比較して、塩分濃度が稚魚の成長、代謝にどのような影響を及ぼすかを検討した。」(1ページ下4行?2ページ9行)
(1c)「 材料と方法
材料として、孵化後約60日目の平均全長3.85cm、平均体重0.44gのヒラメ(paralichthys olivaceus)の稚魚を用いた。これらの稚魚は、北海道立栽培漁業総合センターにおいて養成した親魚から採卵し、孵化後シオミズツボワムシ、アルテミア孵化幼生及び配合飼料を餌として飼育した着底後のものである。
成長、生残、摂餌に対する低塩分の影響
同センターで揚水している、沖出し480m、水深6mの鹿部沿岸水を100%海水(32.3‰〉として、それを市販の塩素中和剤(ヤシマノイクロ-ル)で脱塩素した水道水で希釈し、75%海水(21.1‰)及び50%海水(16.4‰)を作製し、水温を20℃に調節し、3試験区を設定した。100l角型プラスチック水槽3基にそれぞれ300尾ずつの稚魚を収容し、流水にて、配合飼料(初期飼料協和C-2?4タイプ)を一日4回飽食量給餌して飼育した。飼育期間は1988年7月7日から8月26日までの50日間とし、試験開始後0、10、30、50日目に各々50尾ずつ無作意に取り上げ全長、体長、湿重量を測定し、生残数は全数計数により求めた。なお肥満度(CF)、日間成長率(G)、日間摂餌率( f )及び飼料効率(fe)は下記の式から求めた。
CF =BW / BL^(3)× 100
G =(Wt- W_(0)) / {t・(W_(0)+ Wt ) / 2 }× 100
f = [F / t・{(W_(0)+ Wt) / 2 }]×100
fe =(Wt- W_(0)) / F × 100
但しBL:体長 F:期間中の摂餌量
BW:湿重量 f:日間摂餌量
W_(0):飼育開始時の湿重量 fe:飼料効率
Wt:t日後の湿重量 」(2ページ10?30行)
(1d)「 結 果
成長、摂餌に対する低塩分の影響
供試魚を100%海水から各飼育海水区に直接移行したにも拘らず、行動、摂餌に異常を示した個体は見られなかった。Table 1に各測定日における各塩分濃度区の稚魚の全長、湿重量、肥満度を、Table 2に日間成長率、日間摂餌率、飼料効率及び生残率を示した。
(「Table 1」、「Table 2」は省略…当審注)
成長は全長、湿重量とも50%海水区で最も良く、次いで100%、75%海水区の順であった。特に50%海水区の魚の全長は100%海水区のものに比べ有意に大きい値を示した。
肥満度は各海水区とも飼育日数の経過とともに増大した。10日目では100%海水区に比べ50%海水区で有意に低い値を示したが、50日目には75%が最も高く、以下50%、100%の順に値が低くなり、100%海水区に比べ50%、75%海水区ともに有意な差が認められた。
日間摂餌率は、0?10日目については、75%、50%海水区では100%海水区に比べ約2倍の値を示した。この0?10日目の50%、75%海水区での高い値は、11?30日目にかけて1/2に減少し、50日目ではさらに低くなったが、依然として100%海水区より高い値を示した。一方、飼料効率は各海水区とも11日目から30日目にかけて急激に増加したが、31日目から50日目には50%及び75%海水区でわずかに増加し、100%海水区では減少していた。また0?10日目で日間摂餌率が最も高かった75%海水区では、飼料効率は最低であった。これに対して各期間を通して日間摂餌率が最も低かった100%海水区の飼料効率は、0?30日目に限り75%海水区のそれに比べ高い値を示し、また11日目から30日目には50%海水区の飼料効率をも上回っていた。しかし、31?50日目の飼料効率は50%が最も高く、以下75%、100%海水区の順になった。
実験期間中を通して、死亡個体は50%及び75%海水区で各々10個体前後であったが、100%海水区では40個体であった。」(3ページ1行?4ページ16行)
(1e)「標準代謝量に対する低塩分の影響
供試魚の湿重量1g、1時間当りの安静時酸素消費量の経日変化をFig.1に示した。安静状態における酸素消費量は、各海水区とも飼育日数の経過に伴い著しく減少していることが分かった。特に50%海水区で酸素消費量は最も低い値を示した。」(5ページ9?12行)
(1f)「 考 察

標準代謝量に対する低塩分の影響
単位重量当りの酸素消費量は、成長と共に減少していた。酸素消費量はエネルギー支出のーつの目安であり、50%海水区で他の海水区より低い酸素消費量を示したことは、基礎代謝に使われるエネルギーが他の海水区より少なかったことによると思われる。このことは、ヒラメの血液浸透圧により近い50%海水区の方が、浸透圧調節に使われるエネルギーが少ないことに関係し、また、50%海水区で最も脂肪含量が多かった理由でもあると考えられる。」(5ページ下7行?7ページ2行)
(1g)「 要 約
ヒラメ稚魚の成長と代謝に及ぼす低塩分環境の影響を明らかにするため、塩分濃度の異なる海水(100%、75%及び50%海水)で、配合飼料を給餌し、50日間飼育した。全長、体重の増加率及び飼料効率は50%海水区で最も良く、次いで100%、75%海水区の順であった。水分、灰分、相蛋白質含量は塩分濃度が低いほど低く、脂肪含量は逆に塩分濃度が低いほど高くなる傾向を示した。安静時酸素消費量は100%及び75%海水区に比べ50%海水区で低くなる傾向が認められた。これらの結果から、50%海水区では他の海水区に比べ餌からのエネルギー吸収が良く、基礎代謝に使われるエネルギー支出が少ないため、より良好な成長が得られたと考えられた。」(7ページ3?10行)

(1h)刊行物1には、孵化後約60日目のヒラメの稚魚を、50%海水の水槽に収容し、50日間飼育し、0、10、30、50日に、全長、体調、湿重量、生残数を求めることが記載されているから、刊行物1には、孵化後約60日目において、希釈海水を入れた水槽に、稚魚を収容し、50日間飼育することが記載されているといえる。

そうすると、上記記載(1a)?(1h)及び図面より、刊行物1には、
「孵化後シオミズツボワムシ、アルテミア孵化幼生及び配合飼料を餌として、ヒラメを飼育する際に、孵化後約60日目において、
100%海水を脱塩素した水道水で希釈し、50%海水とし、
該希釈海水を入れた水槽に、稚魚を収容し、50日間飼育する
ヒラメの稚魚の飼育方法。」の発明(以下、「刊行物1記載の発明」という。)が記載されていると認められる。

(2)本願補正発明と刊行物1記載の発明との対比
そこで、本願補正発明と刊行物1記載の発明とを対比すると、
刊行物1記載の発明の「ヒラメ」及び「稚魚」は、本願補正発明の「海産魚類」及び「仔稚魚」に、それぞれ、相当する。

また、刊行物1記載の発明の「孵化後シオミズツボワムシ、アルテミア孵化幼生及び配合飼料を餌として、ヒラメの稚魚を飼育する」ことは、本願補正発明の「人工種苗生産法により海産魚類の仔稚魚を飼育する」ことに相当する。

そして、刊行物1記載の発明の「100%海水を脱塩素した水道水で希釈し、50%海水とし、該希釈海水を入れた水槽に、稚魚を収容」する処理は、本願補正発明の「飼育する海水のうち、1/3から2/3の該海水を、真水と入れ替えることにより低塩分処理」を行うことに相当する。

また、本願補正発明の「低塩分処理を行い、一定の期間、低塩分を維持すること」は、「期間」が「一定の時期から他の一定の時期までの間[株式会社岩波書店 広辞苑第六版]」を意味する用語であることから、期間満了後は、「全海水に復帰させる」等、「低塩分を維持する」とは違う状態とすることを前提として、その期間が「一定」と特定されたものと解される。
それに対して、引用発明の「希釈海水を入れた水槽に、稚魚を収容し、50日間飼育する」は、50日間は飼育されるものの、その後の状態、すなわち、その後も希釈海水での飼育を継続するのか、海水に復帰させるのかは特定されたものではないので、少なくとも50日間は、低塩分の状態を維持しているといえるものの、「一定」の期間満了後にそれとは違う状態にされるとまでいえるものではない。
そうすると、引用発明の「希釈海水を入れた水槽に、稚魚を収容し、50日間飼育する」ことと、本願補正発明の「低塩分処理を行い、一定の期間、低塩分を維持する」こととは、「低塩分処理を行い、ある期間は低塩分を維持する」点で共通する。

そうすると両者は、
「人工種苗生産法により海産魚類の仔稚魚を飼育する際、飼育する海水のうち、1/3から2/3の該海水を、真水と入れ替えることにより低塩分処理を行い、ある期間は低塩分を維持する海産魚類における仔稚魚の飼育方法。」である点で一致し、次の点で相違する。

<相違点1>
「低塩分処理」を行う時期が、本願補正発明は「ふ化後4日令から34日令までの仔魚期」であるのに対し、刊行物1記載の発明は「孵化後60日目」である点。

<相違点2>
本願補正発明は「一定の期間、低塩分を維持する」のに対し、刊行物1記載の発明は「希釈海水を入れた水槽に、稚魚を収容し」、すくなくとも50日間は飼育されるものの、その後の状態が特定されたものではないので、低塩分を維持する期間が「一定」と特定されない点。

<相違点3>
本願補正発明は「抗病的飼育方法」であるのに対し、刊行物1記載の発明の「飼育方法」は、とくに「抗病的」とされていない点

(3)容易推考性の検討
<相違点1について>
低塩分処理に関して、刊行物1記載の発明は、ヒラメを「孵化後約60日目において」低塩分処理するものであって、その時期のヒラメは、刊行物1の記載事項(1c)に「孵化後約60日目の・・・ヒラメ(paralichthys olivaceus)の稚魚を用いた。」と記載されている様に稚魚の状態である。
ところで、該低塩分処理に関して、本願明細書【0008】では「飼育水の塩分濃度を調節することにより、表皮細胞の損傷によって生じる浸透圧調整機能低下を補償することと、浸透圧調整によるエネルギー消費を押さえ、生理機能の維持を図る…」と記載されている一方、刊行物1においても、記載事項(1b)に「一般に環境水の塩分濃度の変化とそれに伴う浸透圧の変化は、魚類の塩・水代謝を通じてエネルギー代謝に影響する」と記載されているように、本願補正発明と共通の認識が認められる。
そして、刊行物1では、前記文章に続いて「特に浸透圧調整機能が未発達な仔稚魚においてはその影響は大きいと考えられる」と記載され、刊行物1記載には、低塩分処理が仔魚においても有効なことも記載されている。
そうすると、「低塩分処理」する時期を、刊行物1記載の発明のヒラメが稚魚の状態である「孵化後60日目」から、上記低塩分処理が有効と認識されている、より早い時期である仔魚期に替えることは、当業者が容易になし得ることといえる。
さらに、引用発明のヒラメも、本願明細書で魚の例示として上げられたオニオコゼと同様に、相違点1に係る「ふ化後4日令から34日令」の範囲内の、例えば15日齢程度で仔魚状態であることも考慮すると、低塩分処理する仔魚期の具体的日齢として相違点1に係る「ふ化後4日令から34日令」を選択することは、当業者が飼育する魚の種類等を考慮して適宜選択し得た事項と認められる。
そうすると、刊行物1記載の発明の「低塩分処理」する時期を、稚魚の状態である「孵化後60日目」に替えて、「ふ化後4日令から34日令までの仔魚期」として、本願補正発明の相違点1に係る構成とすることは、当業者にとって容易想到の範囲というべきである。

<相違点2について>
刊行物1記載の発明は「希釈海水を入れた水槽に、稚魚を収容し、50日間飼育する」もの、すなわち、少なくとも50日の間は、低塩分を維持でした状態で飼育されるものである。
一方、海産魚類の稚魚を飼育する際に、例えば、100%海水が調達しずらい山中の池において養殖する等の場合等の特殊な場合を除いて、該塩分濃度をその後も維持することは考えづらいこと、さらに、刊行物1の記載事項(1g)に「1?2週間といった短期間の飼育では25‰程度までの低塩分はヒラメ稚魚の成長にとってむしろ有利な条件になることも報告されている。」と記載されている様に、刊行物1に低塩分での飼育を一定の期間に限定することも示唆されているので、飼育対象の海産魚類を、飼育期間の後に全海水に復帰させることは、当業者であれば容易になし得ることである。
そうすると、刊行物1記載の発明においてヒラメを「希釈海水を入れた水槽に、稚魚を収容し、50日間飼育」した後、全海水に復帰させることで、低塩分を維持する期間を「一定の期間」として、本願補正発明の相違点2に係る構成とすることは、当業者にとって容易想到の範囲というべきである。

<相違点3について>
本願補正発明の「抗病的飼育方法」は、「飼育方法」が、「抗病的」という性質(または、機能)を有するというものであって、その「抗病的」が意味する性質は、本願明細書【0008】に、「飼育水の塩分濃度を調節することにより、表皮細胞の損傷によって生じる浸透圧調整機能低下を補償することと、浸透圧調整によるエネルギー消費を押さえ、生理機能の維持を図ることで抗病性を向上させることができる」と記載されているように、飼育水の塩分濃度を調節することにより、浸透圧調整に係る悪影響を少なくして、生理機能を維持するものである。
一方、刊行物1記載の発明は、「抗病的」な飼育とは明記されていないものの、刊行物1の「緒言」の項に、「一般に環境水の塩分濃度の変化とそれに伴う浸透圧の変化は、魚類の塩・水代謝を通じてエネルギー代謝に影響するが、特に浸透圧調節機能が未発達な仔稚魚においてはその影響は大きい」、「低塩分はヒラメ稚魚の成長にとってむしろ有利な条件になることも報告されている。」(上記(1b)参照)と記載されているように、塩分濃度に関連する浸透圧の影響に着目して、良好な成長を意図するものであり、その良好な成長には、当然に生理機能の維持が前提となるので、本願補正発明と共通の性質(または、機能)を有することを意図したものと認識でされる。
さらに、刊行物1の「要約」の項でも「50%海水区では他の海水区(100%海水区、75%海水区…当審注)に比べ餌からのエネルギー吸収が良く、基礎代謝に使われるエネルギー支出が少ないため、より良好な成長が得られた」(上記(1g)参照)と記載されていることからも、本願補正発明は、良好な成長を意図していると認識される。
そうすると、刊行物1記載の発明の飼育方法も、本願補正発明と同様に飼育水の塩分濃度を調節することにより、浸透圧調整に係る悪影響を少なくして、生理機能の維持を前提とする良好な成長を図るものであって、本願補正発明と同様に「抗病的」という性質(または、機能)を有するといえるので、相違点3については実質的な相違点ではない。

また、本願補正発明は、刊行物1記載の発明と同様に、低塩分処理を行うという、共通の処理を行うものであって、さらに、それ以上に特段の処理を行うことなく「抗病的」な飼育を達成するものと認められるので、刊行物1記載の発明において「抗病的」な効果が認識されていたか否かにかかわらず、刊行物1に記載された発明においても同様に「抗病的」な効果が奏されるものと認められる。
このように、本願補正発明の作用効果も刊行物1記載の発明から当業者が予測しうる程度のことである。

したがって、本願補正発明は、刊行物1記載の発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許出願の際独立して特許を受けることができないものである。

4 むすび
上記「2 新規事項の追加」に記載のとおり、本件補正は、平成18年法律第55号改正附則第3条第1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法第17条の2第3項の規定に違反し、また、上記「3 独立特許要件違反」に記載のとおり、平成18年改正前特許法第17条の2第5項において準用する同法第126条第5項の規定に違反する。
したがって、本件補正は、特許法第159条第1項において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下すべきものである。
よって、補正の却下の決定の結論のとおり決定する。

第3 本願発明について
1 本願発明
平成23年2月28日付けの手続補正は上記のとおり却下されたので、本願の請求項1に係る発明は、平成22年10月29日付け手続補正書の特許請求の範囲の請求項1に記載された事項により特定される以下のとおりのものである(以下、請求項1に係る発明を、「本願発明」という。)。
「人工種苗生産法により海産魚類の仔稚魚を飼育する際に、飼育する海水のうち、1/3から2/3の該海水を、真水と入れ替えることにより低塩分処理を行い、一定の期間、低塩分を維持することを特徴とする海産魚類における仔稚魚の抗病的飼育方法。」

2 刊行物の記載内容
原査定に引用され本願出願前に頒布された刊行物及びその記載内容は、前記「第2 3 (1)」に記載したとおりである。

3 対比・判断
本願発明は、前記「第2 3」で検討した本願補正発明の「低塩分処理」する時期の限定事項である「ふ化後4日令から34日令までの仔魚期」との構成を省いたものである。
そうすると、本願発明の構成要件を全て含み、他の構成要件を付加したものに相当する本願補正発明が、前記「第2 3」に記載したとおり、刊行物1記載の発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本願発明も、同様の理由により、刊行物1記載の発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものである。

4 むすび
以上のとおり、本願発明は、刊行物1記載の発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないから、本願は拒絶をすべきものである。
よって、結論のとおり審決する。


5 回答書中の補正案に対する当審の見解
請求人は、回答書において、本願明細書【0012】及び【0013】を根拠として、特許請求の範囲を次のように補正しようとしている。
『人工種苗生産法により海産魚類の仔稚魚を飼育する際、飼育する海水のうち、1/3から2/3の該海水を、真水と入れ替えることにより28時間低塩分処理を行い、低塩分を維持することを特徴とする海産魚類における仔稚魚の抗病的飼育方法。』
しかしながら、本願明細書【0011】には、瀕死状態のオニオコゼ稚魚について、希釈海水処理を施す実験を行い、試験開始後の28時間後の死亡率が、3/3海水で95%、2/3海水で12.5%、1/3で2.5%であったことが記載されているにすぎず、また、本願明細書【0013】には、試験開始後24時間後の希釈海水処理を施す実験が記載されているが、健康魚を対象としたものであり、上記瀕死状態のオニオコゼ稚魚について28時間低塩分処理した【0011】記載の実験との比較対象にはならず、本願明細書には、28時間以外の観察時間との対比が記載されていないから、希釈海水処理を28時間にしたことによる格別の作用効果を奏するか否か定かではない。
しかも、本願明細書【0013】記載の実験は、死亡率が、2/3海水で7.5%なのに対し、3/3海水で5%と、希釈海水処理した方が、希釈海水処理しない3/3海水よりも高くなっている。
したがって、28時間低塩分処理したことによる有意な意義は認められず、低塩分処理をどの程度の時間にするかは当業者が適宜なし得る設計的事項にすぎない。
これらを考慮すると、補正案の特許請求の範囲に記載された発明も、刊行物1記載の発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものである。
 
審理終結日 2012-02-08 
結審通知日 2012-02-14 
審決日 2012-03-06 
出願番号 特願2005-110987(P2005-110987)
審決分類 P 1 8・ 121- Z (A01K)
P 1 8・ 575- Z (A01K)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 坂田 誠  
特許庁審判長 鈴野 幹夫
特許庁審判官 土屋 真理子
中川 真一
発明の名称 海産魚類における仔稚魚の抗病的飼育方法  
代理人 三原 靖雄  

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