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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 C12N
管理番号 1256650
審判番号 不服2008-24609  
総通号数 151 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2012-07-27 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2008-09-25 
確定日 2012-05-10 
事件の表示 特願2002-217007「細胞の凍結保存方法」拒絶査定不服審判事件〔平成16年2月26日出願公開、特開2004-57031〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
この出願(以下、「本願」という。)は、平成14年7月25日の出願であって、以降の手続の経緯は以下のとおりである。

平成20年1月8日付け 拒絶理由通知
平成20年3月17日 意見書
平成20年8月22日付け 拒絶査定
平成20年9月25日 審判請求書
平成20年12月4日 手続補正書(方式)


第2 本願発明について
本願の請求項1?2に係る発明は、願書に最初に添附された明細書の特許請求の範囲の請求項1?2に記載された事項により特定されるとおりのものであり、そのうち請求項1は、以下のとおりである。(以下「本願発明」という。なお、本願の明細書を、以下「本願明細書」という。)

「培地が漏出することの無いガス透過膜を有した容器を用い、当該容器内において密閉状態にて細胞を付着培養した後、前記培地に凍結保護剤を加え、前記容器内において培養されたままの前記細胞を緩慢に凍結させることを特徴とする細胞の凍結保存方法。」

第3 原査定の理由の概要
原査定における拒絶の理由の概要は、本願発明は、その出願前に頒布された以下の引用文献1?4に記載された発明に基づいて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により、特許を受けることができないとするものである。

1.国際公開第02/042419号
2.国際公開第00/56870号
3.特公平5-77389号公報
4.加藤郁之進監訳、「ラボマニュアル 動物細胞の遺伝子工学」、初版、宝酒造株式会社、1994、 p. 105-106


第4 刊行物に記載された事項
1 刊行物1に記載された事項
本願の出願前である2000年9月28日に頒布された刊行物である国際公開第00/56870号(上記「引用文献2」と同じ。以下、「刊行物1」という。)には、以下の事項が記載されている。なお、「当審訳」は、特表2002-539783号公報による。

(1a)「 1. A cell culture apparatus comprising:
a frame comprising a housing, and at least one aperture which comprises an opening through the frame, wherein the at least one aperture is resealable;
two membranes, wherein at least one of the membranes comprises a gas permeable membrane, wherein the membranes are securedly sealed in a leak-proof sealing to the frame in forming a culture chamber between the two membranes and the frame, and wherein the membranes are of a sufficient optical transparency and clarity so as to permit observation of the cell culture.
・・・
24. A method of culturing cells in the cell culture apparatus according to claim 1, the method comprising:
(a) suspending the cells to be cultured in an appropriate amount of tissue culture medium to support cell growth, in forming a suspension;
(b) introducing the suspension into an instrument for injecting the suspension into the cell culture apparatus;
(c) inserting a portion of the instrument through a resealable aperture and into the cell culture chamber of the cell culture apparatus;
(d) expelling the suspension from the instrument and into the cell culture chamber;
(e) withdrawing the portion of the instrument from the cell culture apparatus; and
(f) incubating the cell culture apparatus, containing the suspension of medium and cells, in a cell culture incubator.
・・・
26. The method according to claim 24, wherein the cells to be cultured are anchorage-dependent cells.」(第53頁、第57?58頁)
(当審訳:
1.ハウジング、および当該フレームを通過する開口を備える少なくとも1つの開口部を有し、該少なくとも1つの開口部は再シール可能である、フレームと、
2つの膜と、を具備し、少なくとも1つの前記膜は、ガス透過性膜であり、前記膜は、該2つの膜と前記フレームとの間に培養チェンバーを形成して、前記フレームに対して非漏洩シール状態として確実にシールされ、そして前記膜は、細胞培養の観察を許容させるために、充分な光学的透明度および明瞭度を有してなる細胞培養装置。
・・・
24.請求項1に記載の前記細胞培養装置における細胞を培養する方法であって、該方法は、
(a)細胞の成長をサポートすべく、適切な量の組織培養基内に、懸濁液を形成して、培養されるべき細胞を懸濁させること、
(b)前記細胞培養装置内に前記懸濁液を注入するための器具内に前記懸濁液を導入すること、
(c)再シール可能な開口部を通し、そして前記細胞培養装置の前記細胞培養チェンバー内に、前記器具の一部を挿入すること、
(d)前記器具からそして前記細胞培養チェンバー内に前記懸濁液を放出すること、及び
(e)前記細胞培養装置から前記器具の前記一部を引き抜くこと、
(f)細胞培養インキュベーターにて、培養基と細胞との前記懸濁液を収容する、前記細胞培養装置を保温すること
を有する方法。
・・・
26.前記培養されるべき細胞は、付着依存性細胞である請求項24に記載の方法。」

(1b)「The term "tissue culture medium" is used herein, for the purposes of the specification and claims, to mean a liquid solution which is used to provide sufficient nutrients (e.g., vitamins, amino acids, essential nutrients, salts, and the like) and properties (e.g., osmolarity, buffering) to maintain living cells (or living cells in a tissue) and support their growth. 」(第11頁第20?26行)
(当審訳:用語「組織培養基」は、ここでは、明細書および特許請求の範囲の目的のために、充分な栄養分(例えば、ビタミン、アミノ酸、必須栄養分、塩、および類似したもの)および生存細胞(または組織中の生存細胞)を維持し且つそれらの成長をサポートするための特性(例えば、容量オスモル濃度、バッファリング)を供するために用いられる溶液を意味するために用いられている。)

(1c)「It is noted here that the steps of introducing the cells and medium into the cell culture apparatus according to the present invention can be performed in a sterile environment, or non-sterile environment provided that aseptic technique is used. This is because the cell culture apparatus itself (when sterilized using conventional means known in the art) can provide a sterile, hermetic environment. With respect to aseptic technique, and as an illustrative example, gasket 24 may be first wiped with alcohol, and then sterile needle 61 of syringe 60 (containing a suspension of cells to be culture) is inserted through the aperture (as shown in FIG. 6) or series of aligned apertures (e.g., as shown in FIG. 10) with the resultant introduction of needle 61 into culture chamber 40. The suspension of cells may then be expelled from syringe 60, through needle 61, and into culture chamber 40. Needle 61 may then be withdrawn from cell culture apparatus 12, and upon its withdrawal, the puncture caused by needle 61 is spontaneously sealed by the gasket 24 to prevent leakage from cell culture chamber 40.」(第34頁第4?22行)
(当審訳:ここで、本発明に従った細胞培養装置内に細胞および培養基を導入するステップは、滅菌環境、または無菌手法が用いられることが提供される非滅菌環境において実行され得ることが注目される。これは、細胞培養装置それ自体が(当該技術において知られる従来の手段を用いて滅菌されたときに)無菌の密封された環境を提供することができるからである。無菌手法に関しては、そして例示的な実施例としては、ガスケット24が、まずアルコールで拭われ、そしてそれからシリンジ60(培養される細胞の懸濁液を収容している)の滅菌針61が、開口部(図6に示されたような)または一連の位置合わせされた開口部(例えば、図10に示されたような)を通して、培養チェンバー40内への針61の結果的な導入をともなって、挿入される。細胞の懸濁液は、その後、シリンジ40から、針61を通して、そして培養チェンバー40内に吐出されるであろう。針61は、それから、細胞培養装置12から引き抜かれ、そしてその引抜き時に、針61に起因する穿孔は、細胞培養チェンバー40からの漏洩を防止するためにガスケット24によって自発的にシールされる。)

2 刊行物2に記載された事項
本願の出願前である1993年10月26日に頒布された刊行物である特公平5-77389号公報(上記「引用文献3」と同じ。以下、「刊行物2」という。)には、以下の事項が記載されている。

(2a)「1 培養基質上に培養された状態で、凍結用培地と共に培養基質ごと凍結されている足場依存性動物細胞。
2 足場依存性動物細胞を培養基質上で培養したのち、培養用培地を凍結用培地に交換し、培養基質上に付着している足場依存性動物細胞を凍結用培地と共に直ちに培養基質ごと凍結することを特徴とする、培養気質上に培養された状態で凍結されている足場依存性動物細胞の製造法。
3 培養を、細胞密度がコンフルエントの状態になるまで行うことを特徴とする特許請求の範囲第2項記載の方法。
4 細胞の播種前、培養基質表面を接着促進物質によりコーテイングしておくことを特徴とする特許請求の範囲第2項又は体3項記載の方法。」(特許請求の範囲)

(2b)「培養動物細胞を凍結保存することは、長期間に渡つて継代培養された細胞の性質が一般に変化しやすいことから、安定した性質を維持している細胞を繰り返し、再現性よく使用するために、学術研究、商業目的を問わず、繁用されている技術である。」(第1頁第1欄最終行?第2欄第5行)

(2c)「このための一般的技術は、培養細胞を凍結障害保護剤を含む凍結用培地に懸濁しアンプルに詰めて凍結保存するというものである。
〔発明が解決しようとする問題点〕
この方法では、当初から懸濁状態で培養されている浮遊性細胞はそのままの状態で凍結できるが、培養基質上に付着して生存増殖する足場依存性細胞は、これをそのまま凍結すると培養基質から剥離して死滅してしまうため、トリプシン等を用いて培養基質から剥離し、懸濁状態にしてから凍結しなければならない。しかし足場依存性細胞は培養基質から剥離すると、本来の形態的特徴を失うと同時に急速に増殖能等の生理的機能をも失う。凍結融解後も基質上に播種してから、基質に十分に接着伸展している通常の培養状態に回復するまでに長時間を要するという問題がある。
したがつて本発明の目的は、凍結融解後、細胞機能を速やかに回復する凍結動物細胞及びその製造法を提供することである。」(第1頁第2欄第5?最終行)

(2d)「本発明は、培養基質上に培養された状態で、凍結用培地と共に培養基質ごと凍結されている足場依存性動物細胞及び、足場依存性動物細胞を培養基質上で培養したのち、培養用培地を凍結用培地に交換し、培養基質上に付着している足場依存性動物細胞を凍結用培地と共に直ちに培養基質ごと凍結することを特徴とする、培養基質上に培養された状態で凍結されている足場依存性動物細胞の製造法を提供するものである。」(第2頁第3欄第2?10行)

(2e)「上記凍結細胞は、足場依存性細胞を培養基質上で培養したのち、培養用培地を凍結用培地に交換し、直ちに培養基質ごと凍結することにより製造することができる。
凍結用培地としては、10%(v/v)のジメチルスルホキシド等の凍結障害保護剤を含む培地が適当であり、培地交換後、直ちに培養基質ごと、プログラムフリーザー等を利用して徐冷凍結する。」(第2頁第3欄第36行?最終行)

(2f)「上記の方法によつて製造された本発明の培養基質上凍結動物細胞は、例えば以下のようにして使用される。
(i) 培養基質ごと-80℃以下で長期間保存する。
(ii) 融解して培養する。例えば35mmプラスチツク製培養皿ごと凍結されている場合、そのまま37℃のインキユベーターに入れ、数分間待つだけで融解する。融解後、凍結用培地を培養地培地に交換すれば、直ちに通常の培養が開始される。融解跡、一夜培養された細胞の増殖能力は、連続的に培養されている細胞の増殖能力が変わらない。従つて、本発明の培養基質上凍結細胞は、通常の培養動物細胞と同様に使用できる。」(第2頁第4欄第30?43行)

(2g)「従来の技術によつて凍結された足場依存性細胞を融解した場合には、融解後、アンプルを開封し、凍結用培地を遠心分離法によつて除去するか、または、培養用培地によつて希釈し細胞増殖にとつて有害な凍結障害保護剤の作用を減ずるかしなければならない。いずれにしても、その後、播種した細胞が十分に培養基質に接着し、通常の培養が再開されるまでの時間が余分に掛かる。これに対して本発明によつて製造された凍結細胞は、凍結前の培養基質をそのまま利用しているため、凍結融解後の細胞の播種に伴う培養器具の無駄が出ない。細胞機能の面でも、時間的にも、また、器材面でも、本発明の使用上の利点は大きい。」(第3頁第5欄第1?14行)

(2h)「実施例 1
L細胞の凍結
(1) 直径35mmのプラスチツク製培養皿に2mlの1%ゼラチン水溶液を入れ、室温で30分放置し、培養基質表面をコーテイングした。
(2) ゼラチン水溶液を捨て、2mlの培養用培地に懸濁した10^(5)個ないし4×10^(5)個のL細胞を播種した。培養用培地としては、10%(v/v)の仔ウシ血清を含むDM-160培地を用いた。
(3) 2日または3日、37℃で培養した。
(4) 培地を、1mlの凍結用培地に交換した。凍結用培地としては、前記(2)と培養用培地に、10%のジメチルスホキシドを含むものを用いた。
(5) プログラムフリーザーを用いて、1分間に-1℃の速度で-80℃まで徐冷し、凍結した。凍結した細胞は培養皿ごと-80℃のフリーザーにいれ、保存する。
本方法によつて凍結された細胞は、凍結直前の形態を維持し、培養基質表面に張り付いたまま凍結されている。この細胞を37℃のインキユベーターに入れて急速に融解し、培地を培養用培地2mlに交換すと、直ちに培養が再開できる。」(第3頁第5欄第18?39行)

(2i)「実施例 2
NI-3T3細胞の凍結
(1) 直径3mmのプラスチツク製培養皿に2mlの1%ゼラン水溶液を入れ、室温で30分放置し、培養質表面をコーテイングした。
(2) ゼラチ水溶液を捨て、2mlの培養用培地に懸濁した0^(5)個ないし2×10^(5)個のNIH-3T3胞を播種した。培養用培地としては、10%(/v)のウシ胎児血清を含むイーグル最小須培地(MEM)を用いた。
(3) 2日まは3日、37℃で培養した。
(4) 培地を、1mlまたは2mmの凍結用培地に交換した。凍結用培地としては、前記(2)の培養用培地に、10%のジメチルスホキシドを含むものを用いた。
(5) プログラムフリーザーを用いて、1分間に-1℃の速度で-80℃まで徐冷し、凍結した。凍結した細胞は培養皿ごと-80℃のフリーザーにいれ、保存する。」(第3頁第6欄第4?22行)

第5 当審の判断
1 刊行物1に記載された発明
刊行物1の上記摘記事項(1a)には、請求項24として、「請求項1に記載の前記細胞培養装置における細胞を培養する方法」の発明が記載されているところ、請求項24を引用する請求項26には、「前記培養されるべき細胞は、付着依存性細胞である」ことが記載されている。さらに、請求項1には、「・・・フレームを通過する開口を備える少なくとも1つの開口部を有し、該少なくとも1つの開口部は再シール可能である、フレームと、2つの膜と、を具備し、少なくとも1つの前記膜は、ガス透過性膜であり、前記膜は、該2つの膜と前記フレームとの間に培養チェンバーを形成して、前記フレームに対して非漏洩シール状態として確実にシールされ、・・・細胞培養装置」が記載されている。
そうすると、請求項26として、
「フレームを通過する開口を備える少なくとも1つの開口部を有し、該少なくとも1つの開口部は再シール可能である、フレームと、2つの膜と、を具備し、少なくとも1つの前記膜は、ガス透過性膜であり、前記膜は、該2つの膜と前記フレームとの間に培養チェンバーを形成して、前記フレームに対して非漏洩シール状態として確実にシールされた細胞培養装置における付着依存性細胞を培養する方法であって、該方法は、
(a)細胞の成長をサポートすべく、適切な量の組織培養基内に、懸濁液を形成して、培養されるべき細胞を懸濁させること、
(b)前記細胞培養装置内に前記懸濁液を注入するための器具内に前記懸濁液を導入すること、
(c)再シール可能な開口部を通し、そして前記細胞培養装置の前記細胞培養チェンバー内に、前記器具の一部を挿入すること、
(d)前記器具からそして前記細胞培養チェンバー内に前記懸濁液を放出すること、及び
(e)前記細胞培養装置から前記器具の前記一部を引き抜くこと、
(f)細胞培養インキュベーターにて、培養基と細胞との前記懸濁液を収容する、前記細胞培養装置を保温すること
を有する方法」の発明(以下「引用発明」という。)が記載されているといえる。

2 本願発明と引用発明との対比・判断
(1)対比
本願発明と引用発明とを対比すると、引用発明の「フレームを通過する開口を備える少なくとも1つの開口部を有し、該少なくとも1つの開口部は再シール可能である、フレームと、2つの膜と、を具備し、少なくとも1つの前記膜は、ガス透過性膜であり、前記膜は、該2つの膜と前記フレームとの間に培養チェンバーを形成して、前記フレームに対して非漏洩シール状態として確実にシールされた細胞培養装置」は、「ガス透過性膜」を有し、「該2つの膜と前記フレームとの間に培養チェンバーを形成」し、「細胞を懸濁」させた「懸濁液」を収容するものであるから、本願発明の「ガス透過膜を有した容器」に相当するといえる。

また、引用発明の「ガス透過性膜」は、「(a)細胞の成長をサポートすべく、適切な量の組織培養基内に、懸濁液を形成して、培養されるべき細胞を懸濁させること・・・、(d)前記器具からそして前記細胞培養チェンバー内に前記懸濁液を放出すること、及び・・・、(f)細胞培養インキュベーターにて、培養基と細胞との前記懸濁液を収容する」ものであり、「組織培養基」すなわち「培地」(刊行物1の上記摘記事項(1b)を参照。)と「細胞」とからなる「懸濁液」を収容して「細胞」を培養するものであるから、本願発明の「ガス透過膜」と同様に、「培地が漏出することの無い」ものであるといえる。

さらに、引用発明において、「付着依存性細胞」は、「・・・前記フレームに対して非漏洩シール状態として確実にシールされた細胞培養装置」を用いて、「・・・(b)前記細胞培養装置内に前記懸濁液を注入するための器具内に前記懸濁液を導入すること、(c)再シール可能な開口部を通し、そして前記細胞培養装置の前記細胞培養チェンバー内に、前記器具の一部を挿入すること、(d)前記器具からそして前記細胞培養チェンバー内に前記懸濁液を放出すること、及び(e)前記細胞培養装置から前記器具の前記一部を引き抜くこと、・・・」といった操作で、「細胞培養装置」の「細胞培養チェンバー」内に導入され、培養されるものであるから、本願発明と同様に、「容器内において密閉状態にて・・・付着培養」されるものといえる。

また、本願発明の「・・・細胞を付着培養し、・・・凍結させることを特徴とする細胞の凍結保存方法」と、引用発明の「・・・細胞培養装置における付着依存性細胞を培養する方法」とは、「細胞を取り扱う方法」という点で共通する。

したがって、両者は、
「培地が漏出することの無いガス透過膜を有した容器を用い、当該容器内において密閉状態にて細胞を付着培養する、細胞を取り扱う方法」という点で一致するが、以下の点で相違する。

相違点:「細胞を取り扱う方法」について、本願発明では、「付着培養」後に、「前記培地に凍結保護剤を加え、前記容器内において培養されたままの前記細胞を緩慢に凍結させる」「細胞の凍結保存方法」であるのに対し、引用発明では、細胞の凍結保存をするものではない点。

(2)判断
(ア)相違点について
本願発明の「前記培地に凍結保護剤を加え」ることについて、本願明細書の段落【0020】には「例えば細胞内の水分を取り除くためのグリセリンや氷の再結晶化を防止するためのDMSO(ジメチルスルフォキシド)等の凍結保護剤の入った培地をアクセスポート18から密閉空間16に図示しない注入器で注入する。これら凍結保護剤により、目的細胞が凍結する時に細胞内の水分が氷になることで体積膨張し、細胞壁が破壊される不都合を回避することができるようになる」と記載されているから、本願発明の「前記培地に凍結保護剤を加え」ることとは、「DMSO(ジメチルスルフォキシド)等の凍結保護剤の入った培地」を加えることを意味するといえる。
また、本願発明の「前記容器内において培養されたままの前記細胞を緩慢に凍結させる」ことについて、本願明細書の段落【0021】には、「容器10を発泡スチロール等の断熱材で構成された断熱容器20内に収納し、当該断熱容器20ごと-150℃以下の庫内温度環境を実現する冷凍庫22(超低温フリーザー)の庫内に収納して、所定時間放置する。これにより、容器10内の目的細胞は緩やかに冷却されて凍結し、以後保存される」と記載されているから、本願発明の「細胞を緩慢に凍結させる」とは、「緩やかに冷却されて凍結」、すなわち、徐冷凍結させることを意味しているといえる。

刊行物2の上記摘記事項(2b)にも記載されているように、「培養動物細胞を凍結保存することは、・・・、安定した性質を維持している細胞を繰り返し、再現性よく使用するために、学術研究、商業目的を問わず、繁用されている技術である」であるといえる。

また、刊行物2の上記摘記事項(2a)の請求項2、(2c)?(2e)、(2h)?(2i)には、「足場依存性細胞は培養基質から剥離すると、本来の形態的特徴を失うと同時に急速に増殖能等の生理的機能をも失う。凍結融解後も基質上に播種してから、基質に十分に接着伸展している通常の培養状態に回復するまでに長時間を要するという問題」を解決するために「凍結融解後、細胞機能を速やかに回復する凍結動物細胞及びその製造法を提供すること」を目的として、「足場依存性動物細胞を培養基質上で培養したのち、培養用培地を凍結用培地に交換し、培養基質上に付着している足場依存性動物細胞を凍結用培地と共に直ちに培養基質ごと凍結する」こと、「培地交換後、直ちに培養基質ごと、プログラムフリーザー等を利用して徐冷凍結する。凍結用培地としては、10%(v/v)のジメチルスルホキシド等の凍結障害保護剤を含む培地」を用いること、「培地交換後、直ちに培養基質ごと、プログラムフリーザー等を利用して徐冷凍結する」ことが記載されている。

そうすると、引用発明において、「安定した性質を維持している細胞を繰り返し、再現性よく使用する」ために、「付着培養」した「細胞」を凍結すること、さらに、凍結する方法として、「凍結融解後、細胞機能を速やかに回復」できるように、「細胞培養装置」において培養されたままの状態で、培地を「ジメチルスルホキシド等の凍結障害保護剤」を含む「凍結用培地」に交換して、「付着依存性細胞」を「凍結用培地」とともに「徐冷」することにより凍結する方法を採用することは、当業者が容易に想到し得たことといえる。

(イ)本願発明の効果について
本願発明の効果について、本願明細書の段落【0028】?【0030】には、「・・・これにより、凍結した細胞を融解させる場合には、この容器のまま融解させることができるようになる。即ち、二次元で培養した細胞同士のネットワークを維持したまま凍結、融解することが可能となり、単細胞でなく細胞組織として凍結保存・融解することができるようになる。また、細胞の死滅率も低下させられるので、これらにより、培養実験の効率化を図ることができるようになる。更に、一つの容器にて培養から凍結・融解するまでの工程を行うことができるので、コンタミネーション(雑菌汚染)も極力低減することができる。」と記載されている。

まず、「凍結した細胞を融解させる場合には、この容器のまま融解させることができるようになる」ことについて、刊行物2の上記摘記事項(2f)には、「例えば35mmプラスチツク製培養皿ごと凍結されている場合、そのまま37℃のインキユベーターに入れ、数分間待つだけで融解する」ことが記載されているから、引用発明の「細胞培養装置」において「付着依存性細胞」を付着培養したものを培養された状態のまま凍結すれば、そのまま融解できることは、当業者であれば予想できることといえる。

また、「二次元で培養した細胞同士のネットワークを維持したまま凍結、融解することが可能となり、単細胞でなく細胞組織として凍結保存・融解することができるようになる」こと、「細胞の死滅率も低下させられるので、これらにより、培養実験の効率化を図ることができるようになる」ことについても、刊行物2の上記摘記事項(2f)の「例えば35mmプラスチツク製培養皿ごと凍結されている場合、そのまま37℃のインキユベーターに入れ、数分間待つだけで融解する」、(2c)の「・・・足場依存性細胞は培養基質から剥離すると、本来の形態的特徴を失うと同時に急速に増殖能等の生理的機能をも失う。凍結融解後も基質上に播種してから、基質に十分に接着伸展している通常の培養状態に回復するまでに長時間を要するという問題がある」、(2g)の「本発明によつて製造された凍結細胞は、凍結前の培養基質をそのまま利用しているため、凍結融解後の細胞の播種に伴う培養器具の無駄が出ない」との記載をみれば、当業者であれば予測し得ることといえる。

さらに、「一つの容器にて培養から凍結・融解するまでの工程を行うことができるので、コンタミネーション(雑菌汚染)も極力低減することができる」ことについても、刊行物2の上記摘記事項(2f)の「例えば35mmプラスチツク製培養皿ごと凍結されている場合、そのまま37℃のインキユベーターに入れ、数分間待つだけで融解する」との記載、刊行物1の上記摘記事項(1c)の「本発明に従った細胞培養装置内に細胞および培養基を導入するステップは、滅菌環境、または無菌手法が用いられることが提供される非滅菌環境において実行され得ることが注目される。これは、細胞培養装置それ自体が(当該技術において知られる従来の手段を用いて滅菌されたときに)無菌の密封された環境を提供することができるからである。・・・」との記載をみれば、当業者であれば予測し得ることといえる。

したがって、本願発明の効果は、引用発明及び刊行物2に記載された発明から、当業者が予測し得る範囲内のことといえる。

3 請求人の主張
請求人は、平成20年9月25日付け審判請求書に対する平成21年12月4日付け手続補正書(方式)において、「引用文献3(当審注:「刊行物2」と同じ。)には、プラスチック製培養皿ごと冷凍・保存・解凍融解することが記載されています。しかし、プラスチック製培養皿のような培養器は、密閉性が不十分なため以下のような不具合が生じてしまいます。・・・」と「プラスチック培養皿」で培養を行った場合の、コンタミネーション等の不具合について主張している。
しかしながら、上記2(2)(ア)で検討したように、引用発明において、「細胞培養装置」において培養されたままの状態で、培地を「ジメチルスルホキシド等の凍結障害保護剤」を含む「凍結用培地」に交換して、「付着依存性細胞」を「凍結用培地」とともに「徐冷」することにより凍結することは、当業者が容易に想到し得たことといえる。さらに、上記2(2)(イ)で検討したように、引用発明の「培養装置」は、刊行物1の上記摘記事項(1c)に記載されるとおり、「本発明に従った細胞培養装置内に細胞および培養基を導入するステップは、滅菌環境、または無菌手法が用いられることが提供される非滅菌環境において実行され得る」ものであるから、引用発明の「培養装置」を用いた「培養方法」を採用すればコンタミネーションの問題を低減できることは、当業者であれば予測できるといえる。
したがって、請求人のこの主張を採用することはできない。

また、請求人は、同手続補正書(方式)において、「本発明は、引用文献1、2(当審注:「引用文献2」は「刊行物1」と同じ。)に示されるような「培地が漏出することの無いガス透過膜を有した容器を用い」て、引用文献3(当審注:「刊行物2」と同じ。)に示されるような「細胞の凍結保存」を行うことにより、引用文献3の発明が実際の実験室で採用されなかった多くの問題を解決することが出来、付着培養した細胞を、出来るだけそのままの状態で、且つ、コンタミネーション(雑菌汚染)の発生を極力低減させて、冷凍・保存・解凍融解を行うことが出来るという特別な効果を備えます」と主張する。
しかしながら、上記2(2)(イ)で検討したとおり、本願発明の効果は、引用発明及び刊行物2に記載された発明から、当業者が予測し得る範囲内のことといえる。


第6 むすび
以上のとおり、本願発明は、刊行物1?2に記載された発明に基づいて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
したがって、その余のことについて検討するまでもなく、本願は拒絶すべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2012-03-09 
結審通知日 2012-03-13 
審決日 2012-03-26 
出願番号 特願2002-217007(P2002-217007)
審決分類 P 1 8・ 121- Z (C12N)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 中野 あい  
特許庁審判長 秋月 美紀子
特許庁審判官 郡山 順
杉江 渉
発明の名称 細胞の凍結保存方法  
代理人 大橋 雅昭  

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