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審判番号(事件番号) データベース 権利
無効2008800244 審決 特許
無効2008800239 審決 特許
無効2008800242 審決 特許
無効2008800240 審決 特許
無効2008800238 審決 特許

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審決分類 審判 延長登録無効(全部) (訂正、訂正請求) 無効としない C07D
管理番号 1260790
審判番号 無効2008-800243  
総通号数 153 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2012-09-28 
種別 無効の審決 
審判請求日 2008-11-07 
確定日 2011-09-09 
事件の表示 上記当事者間の特許第2578475号の特許権存続期間延長登録特願2007-700116号に基づく存続期間延長登録無効審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 審判費用は、請求人の負担とする。 
理由 1.手続の経緯

(1)特許第2578475号は、昭和63年6月22日に特許出願され、平成8年11月7日にその特許権の設定登録がされた。その後、平成19年11月22日に当該特許権の存続期間の延長登録の出願(特許権存続期間延長登録願2007-700116号)がされ、平成20年6月25日に当該特許権の存続期間の延長が登録された。
(2)これに対して、請求人により、平成20年11月7日に上記延長登録に対する無効審判が請求された。

2.特許第2578475号に係る発明

特許第2578475号(以下、「本件特許」という。)に係る発明は、特許明細書の記載から見て、その特許請求の範囲に記載された下記のとおりのものと認める(以下、「本件特許発明」という。)。

「【請求項1】下記化学式で表される1-ベンジル-4-〔(5,6-ジメトキシ-1-インダノン)-2-イル〕メチルピペリジン又はその薬理学的に許容できる塩。
化学式 省略

【請求項2】請求項1記載の1-ベンジル-4-〔(5,6-ジメトキシ-1-インダノン)-2-イル〕メチルピペリジン又はその薬理学的に許容できる塩を有効成分とするアセチルコリンエステラーゼ阻害剤。
【請求項3】請求項1記載の1-ベンジル-4-〔(5,6-ジメトキシ-1-インダノン)-2-イル〕メチルピペリジン又はその薬理学的に許容できる塩を有効成分とする各種老人性痴呆症治療・予防剤。
【請求項4】各種老人性痴呆症がアルツハイマー型老年痴呆である請求項3記載の治療・予防剤。
【請求項5】1-ベンジル-4-〔(5,6-ジメトキシ-1-インダノン)-2-イリデニル〕メチルピペリジンを還元し、必要により造塩反応を行うことを特徴とする請求項1記載の1-ベンジル-4-〔(5,6-ジメトキシ-1-インダノン)-2-イル〕メチルピペリジン又はその薬理学的に許容できる塩の製造法。
【請求項6】1-ベンジル-4-ピペリジンカルバルデヒドと5,6-ジメトキシ-1-インダノンを反応させて1-ベンジル-4-〔(5,6-ジメトキシ-1-インダノン)-2-イリデニル〕メチルピペリジンとし、次いで還元し、必要により造塩反応を行うことを特徴とする請求項1記載の1-ベンジル-4-〔(5,6-ジメトキシ-1-インダノン)-2-イル〕メチルピペリジン又はその薬理学的に許容できる塩の製造法。」

3.特許権存続期間延長登録願2007-700116号に基づく本件特許権の存続期間の延長登録

特許権存続期間延長登録願2007-700116号に基づく本件特許権の存続期間の延長登録(以下、「本件延長登録」という。)に係る延長の期間、特許法第67条第2項の政令で定める処分の内容は以下のとおりである。

(1)延長の期間
5年

(2)特許法第67条第2項の政令で定める処分の内容
(i)特許権の存続期間の延長登録の理由となる処分
薬事法第14条第1項に規定する医薬品に係る同項の承認
(ii)処分を特定する番号
承認番号21900AMX01198000号
(iii)処分の対象となった物
塩酸ドネペジル
(iv)処分の対象となった物について特定された用途
アルツハイマー型認知症における認知症症状の進行抑制(但し、軽度 及び中等度のアルツハイマー型認知症における認知症症状の進行抑制 を除く。)

4.当事者の主張
4-1 請求人の主張の概要
請求人は、「特許第2578475号の特願2007-700116に基づく平成20年6月25日付存続期間延長登録を無効とする。審判費用は被請求人の負担とする。」との審決を求めた。
請求人は、本件延長登録が無効とされるべき理由として、本件特許の特願平11-700114号に基づく存続期間延長登録の理由となった処分(以下、「先の処分」という。)の対象となった物について特定された用途は、「軽度及び中等度のアルツハイマー型認知症における認知症症状の進行抑制」(先の用途)であり、これを効能・効果とする処分に基づいて当該延長登録は認められたとした上で、先の用途である「軽度及び中等度のアルツハイマー型認知症における認知症症状の進行抑制」と、本件延長登録の理由となった処分(以下、「本件処分」という。)の対象となった物について特定された用途(以下、「本件用途」という。)である「アルツハイマー型認知症における認知症症状の進行抑制(但し、軽度及び中等度のアルツハイマー型認知症における認知症症状の進行抑制を除く。)」(実質的には「高度のアルツハイマー型認知症における認知症症状の進行抑制」)は、実質的に同一であり、本件延長登録は、本件特許発明の実施に特許法第67条第2項の政令で定める処分を受けることが必要であったとは認められない場合の出願に対してされたものであるから、特許法第125条の2第1項第1号の規定に該当し、無効とすべきものであると主張し、証拠方法として甲第1?10号証を提出している。
そして、先の用途と本件用途は、本薬が適用される疾患、適用対象、疾患の病態、薬理作用、及び用法用量の観点からみて、実質的に同一である理由として、以下の(ア)?(オ)を挙げている。

(ア)本薬が適用される疾患について
医薬品製造販売承認事項一部変更承認書によれば、特許権者は、本件処分の対象となった物が、「重症度に関係なく軽度から高度に至るアルツハイマー型認知症全般の認知症症状の進行抑制に使用できる」と認めている(甲第2号証の6の「2.変更の内容及び理由」の第1-3行)。
先の用途と本件用途における重症度が「軽度及び中等度」から「高度」に変わることをもって、両用途が実質的に異なる効能・効果であるということはできない。
(イ)適用対象について
本薬の適用対象は、先の用途においては「軽度及び中等度のアルツハイマー型認知症」の患者であり、本件用途においては「高度のアルツハイマー型認知症」の患者であるから、先の用途と本件用途とは、適用対象たるアルツハイマー型認知症患者の症状が「軽度及び中等度」であるか「高度」であるかを異にするにすぎない。
適用対象が「軽度及び中等度」と異なる「高度」のアルツハイマー型認知症であることにより薬事法が規定する処分をあらためて受ける必要があったとしても、その「高度のアルツハイマー型認知症」に進行する前の「軽度及び中等度のアルツハイマー型認知症」についてすでに政令で定める処分を受けて本件特許発明が実施されていたのであるから、進行後の「高度のアルツハイマー型認知症」を適用対象とする本件延長登録願をもって延長登録の要件を満たすものということはできない。
(ウ)疾患の病態について
「軽度及び中等度のアルツハイマー型認知症」と「高度のアルツハイマー型認知症」は、何れも進行性の疾患であるアルツハイマー型認知症の病期の一つであって、本薬はアルツハイマー型認知症の病態そのものの進行を抑制する薬剤ではなく、かつアルツハイマー型認知症の「認知症症状の進行抑制」は同一の薬理作用によってもたらされるものである。
よって、「高度のアルツハイマー型認知症における認知症症状の進行抑制」は、「軽度及び中等度のアルツハイマー型認知症における認知症症状の進行抑制」と実質的に同一の効能・効果に該当するというべきものである。
(エ)薬理作用について
本薬は、病期進行に伴いシナプス間隙でのアセチルコリンレベルが減少するアルツハイマー型認知症に対して、その脳内アセチルコリンエステラーゼを用量依存的に阻害することにより認知症症状の進行を抑制する、という薬理作用が期待され、そこに本薬の投与目的があることになる。
従って、「高度のアルツハイマー型認知症における認知症症状の進行抑制」のための治療と、「軽度及び中等度のアルツハイマー型認知症における認知症症状の進行抑制」のための治療とでは、脳内アセチルコリンレベルに差があるアルツハイマー型認知症に対して、脳内アセチルコリンエステラーゼを阻害するための用量を変える差異があるにすぎず、両者における本薬の薬理作用及び投与目的は同一である。
(オ)用法用量について
「高度のアルツハイマー型認知症における認知症症状の進行抑制」のための治療は、「軽度及び中等度のアルツハイマー型認知症における認知症症状の進行抑制」のための治療における用量を、副作用に注意しながら(甲第6号証第13頁第36行-第14頁第2行)、2倍量に増量することに実質的な意義があるにすぎない。
従って、「高度のアルツハイマー型認知症における認知症症状の進行抑制」と「軽度及び中等度のアルツハイマー型認知症における認知症症状の進行抑制」とは、共にアルツハイマー型認知症における認知症症状の進行を抑制するために、治療上の一態様として、前者は段階的に増量し後者は増量しない点を異にするにすぎず、よってそのような単なる段階的増量の有無を治療上の差異とする両効能・効果を別異のものということはできない。

(証拠方法)
甲第1号証:特許第2578475号登録原簿の写し
甲第2号証の1:本件特許権存続期間延長登録願願書(平成19年11月2 2日付)
甲第2号証の2:延長の理由を記載した資料
甲第2号証の3:本件特許公報
甲第2号証の4:医薬品製造販売承認書(平成19年8月23日付)
甲第2号証の5:治験計画届書
甲第2号証の6:変更前後の新旧対照表(別紙(1))
甲第3号証:独立行政法人医薬品医療機器総合機構作成「審査報告書」
(平成19年7月10日付)
甲第4号証:平成20年3月11日付拒絶理由通知書
甲第5号証:医薬品医療機器審査センター作成「審査報告書」(平成11年 7月29日付)
甲第6号証:医薬品インタビューフォーム(2008年7月改訂)
甲第7号証:平成19年(行ケ)第10016号審決取消請求事件判決
(知財高裁平成19年9月27日判決言渡)
甲第8号証:平成17年(行ケ)第10725号審決取消請求事件判決
(知財高裁平成19年1月18日判決言渡)
甲第9号証:総合製品情報概要-DI編-(2008年6月作成)
甲第10号証:総合製品情報概要

4-2 被請求人の主張の概要
被請求人は、「本件審判の請求は成り立たない。審判費用は請求人の負担とする。」との審決を求め、請求人の主張する無効の理由及び証拠方法によっては、本件延長登録を無効とすることができないと主張し、証拠方法として乙第1?16号証を提出している。

(証拠方法)
乙1:薬食発第0331015号(医薬品の承認申請について)
乙2:「改正特許法解説」(新原浩朝著、有斐閣発行、昭和62年9月
30日)第97?98頁
乙3:特許・実用新案審査基準「第VI部 特許権の存続期間の延長」
乙4:薬食審査発第0331009号(医薬品の承認申請に際し留意すべき 事項について)
乙5:老年精神医学雑誌第16巻第6号2005.6,p683-691
乙6:医薬品研究Vol.29,No.11(1998),p835-
846
乙7:BIO Clinia Vol.23,No.8 July.
2008.p58-63
乙8:保険発第156号(薬価基準の一部改正について)
乙9:平成19年(行ケ)第10017号判決抜粋
乙10:広辞苑第5版第2278頁
乙11:CLINICIAN ’07NO.563,p87-90
乙12:平成21年1月30日付本間博士見解書の写し
乙13:「Acta Neuropathologica 82:
239-259,1991」及びその抄訳
乙14:「Neurology 70:1732-1739,2008」
及びその抄訳
乙15:「Europiean Archives of
Psychiatry and Clinical
Neuroscience 24:Suppl.3
III/14-22,1999」及びその抄訳
乙16:特許第2644357号登録原簿の写し

5.当審の判断
平成16年12月24日付け厚生労働省老健局長通知第1224001号(「痴呆」に替わる用語について)に従い、以下、文献の引用を除き、「痴呆」は「認知症」と言い換えて表記する。

(5-1)請求人の主張について
請求人の本件延長登録は無効とされるべきものであるとの主張は、先の処分の対象となった物について特定された用途(先の用途)と、本件延長登録の理由となる処分の対象となった物について特定された用途(本件用途)が、実質的に同一であるとの理由に基づくものである。
そこで、先の用途と本件用途が、実質的に同一といえるか否かについて検討する。

(5-2)本件処分の審査経過について
本件処分を受けるための承認申請(以下、「本件承認申請」という。)に関する審査当局の審査報告書である甲第3号証について検討する。甲第3号証には、以下のとおり記載されている。

(A)審査報告書第1頁 審査報告書「記」の欄
「[販売名] (1):アリセプト錠3mg、(2)アリセプト錠5mg、
(3)アリセプト錠10mg、(4)アリセプトD錠3mg、
(5)アリセブトD錠5mg、(6)アリセブトD錠10mg、
(7)アリセプト細粒0.5%
[一般名」 塩酸ドネペジル
… … … …
[申請区分] (3)(6):1-(4),(6),(7)-2 新効能・新用量・剤型追加に
係る医薬品(再審査期間中でないもの)
(1)(2)(4)(5)(7):1-(4)、(6) 新効能・新用量医薬品」

(B)審査報告書第2頁 審査結果【効能・効果】」の欄
「【効能・効果】
<軽度及び中程度の>アルツハイマー型認知症<痴呆>における認知症 <痴呆>症状の進行抑制(二重取消し線部分(審決注:表示の都合上
< >で表示)今回削除、下線部今回追加)」

(C)審査報告書3頁 審査報告(1)「I.申請品目」の欄
「[申請時効能・効果] 軽度及び中程度のアルツハイマー型痴呆における 痴呆症状の進行抑制 」

(D)審査報告書3頁 審査報告(1)「1.起源又は発見の経緯及び外国における使用状況等に関する資料」の欄
「塩酸ドネペジル(以下、本薬)は、エーザイ株式会社で開発されたアセチルコリンエステラーゼ(以下、AChE)阻害剤であり、本邦では、「軽度及び中等度のアルツハイマー型痴呆における痴呆症状の進行抑制」を効能・効果として、平成11年10月 8 日に「アリセプト錠3mg」及び「アリセプト錠5mg」が、平成13年3月15日に「アリセプト細粒0.5%」が、平成16年2月26日に「アリセプトD錠3mg」及び「アリセプトD錠5mg」が承認されている。今般、高度アルツハイマー型認知症患者を対象とした臨床試験成績等に基づき、対象患者に高度アルツハイマー型認知症患者も加えた「アルツハイマー型痴呆における痴呆症状の進行抑制」を効能・効果として、高用量投与のため「アリセプト錠10mg」及び「アリセプトD錠10mg」の剤型を追加する承認がなされた。なお、現時点で本邦において、高度のアルツハイマー型認知症の効能・効果を有する薬剤は承認されていない。」
(E)審査報告書6?8頁 審査報告(1)審査の概要の欄
「機構は、以下のように考える。本申請効能が認められた場合、軽度から高度のアルツハイマー型認知症に適用されることになり、… … 病態が進行した高度のアルツハイマー型認知症においてはこれまでの2倍量が投与されることとなるが、… … 安全性上の悪影響の増加も懸念される。」(第7?8頁、同欄の最終段落)
(F)審査報告書31頁 審査報告(1)「IV.総合評価」の欄
「機構は、以上のような検討を行った結果、高度アルツハイマー型認知症の患者に対する本薬10mg/日投与の有効性は認められ、安全性についても、投与初期に3mg/日及び5mg/日を経て適切に増量することにより大きな問題はないと判断した。10mg/日の安全性に関する情報を引き続き収集する必要はあるものの、国内臨床現場に高度アルツハイマー型認知症の進行抑制に使用できる薬剤を初めて提供する意義はあり、本申請は承認可能と判断した。今回の効能追加により新たに必要となる注意喚起や製造販売後に必要な情報収集等に関しては、専門協議における議論を踏まえ、最終的に判断したい。」
(G)審査報告書33頁 審査報告(2)「3.効能・効果について」の欄
「(i)高度アルツハイマー型認知症の効能追加について
本薬は、日本人高度アルツハイマー型認知症患者を対象とした国内231試験において、SIB及びCIBIC p1usの二つの主要評価項目で、ともに有効性を示したことから、既承認の軽度及び中等度と併せて、重症度に依らず認知症症状の進行を抑制する薬剤と位置づけられるとした機構の判断は、専門協議において支持された。」
(H)審査報告書35?36頁 審査報告(2)「6.審査報告書(1)の訂正」の欄
「審査報告書(1)を以下の通り訂正する。なお、これらの変更により審査結果の変更は生じない(下線部は訂正箇所)。
… … … …
【効能・効果】
<軽度及び中程度の>アルツハイマー型認知症<痴呆>における認知症 <痴呆>症状の進行抑制(二重取消し線部分(審決注:表示の都合上
< >で表示)今回削除、下線部今回追加)」

上記の審査報告書(甲第3号証)の記載から、以下の、審査の経緯が認定される。
我が国では、本件処分前において、塩酸ドネペジルは、「軽度及び中程度のアルツハイマー型認知症」における認知症症状の進行抑制を効能・効果として承認されていたが、「高度のアルツハイマー型認知症」における認知症症状の進行抑制を効能・効果とする承認は、塩酸ドネペジルに対してだけでなく、いかなる薬剤に対しても一切なされていなかった。
そのような中、塩酸ドネペジルの高度アルツハイマー型認知症患者を対象とした臨床試験成績等に基づき、塩酸ドネペジルについて、対象患者に高度アルツハイマー型認知症患者も加えた「アルツハイマー型痴呆における痴呆症状の進行抑制」を効能・効果とする本件承認申請が、新効能医薬品を申請区分としてなされた(上記(A)、(C)、(D))。
そして、本件承認申請は、独立行政法人医薬品医療機器総合機構(以下、「機構」という。)において審査され、高度のアルツハイマー型認知症では、これまでの2倍量が投与されることに対して安全性上の懸念が示された(上記(E))が、投与初期に3mg/日及び5mg/日を経て適切に増量することにより大きな問題はないと判断され、国内臨床現場に高度アルツハイマー型認知症の進行抑制に使用できる薬剤を初めて提供する意義はあり、本件承認申請は承認可能との判断が示された(上記(F))。
そして、専門協議において、日本人高度アルツハイマー型認知症患者を対象とした国内臨床試験において有効性を示したことから、塩酸ドネペジルが重症度に依らず認知症症状の進行を抑制する薬剤と位置づけられるとした機構の判断は、専門協議において支持され(上記(G))、機構は、本件承認申請を承認して差し支えないとの最終的な判断をした(上記(H))。
なお、この報告を受け、本件承認申請は、平成19年8月23日に承認された(甲第2号証の4)。

(5-3)先の用途と本件用途について
請求人は、先の用途である「軽度及び中等度のアルツハイマー型認知症における認知症症状の進行抑制」と本件延長登録の理由となった処分の対象となった物について特定された用途である「アルツハイマー型認知症における認知症症状の進行抑制(但し、軽度及び中等度のアルツハイマー型認知症における認知症症状の進行抑制を除く。)」(実質的には「高度のアルツハイマー型認知症における認知症症状の進行抑制」)は、実質的に同一であると主張しているので、検討する。

上記(5-2)において認定したとおり、塩酸ドネペジルを有効成分とするアルツハイマー型認知症症状の進行抑制剤について、我が国においてはその適用対象の患者の病態が「軽度及び中程度」に対してのみ承認されていたが、日本人の「高度」のアルツハイマー型認知症患者を対象とした国内臨床試験の結果に基づき、塩酸ドネペジルが「高度」の認知症症状の進行抑制に対する有効性を示すことが認められ、さらに、国内臨床現場に「高度」のアルツハイマー型認知症の進行抑制に使用できる薬剤を初めて提供する意義が考慮され、効能・効果に「高度のアルツハイマー型認知症」における認知症症状の進行抑制を追加する本件処分がなされたのであるから、本件処分において、「軽度及び中等度のアルツハイマー型認知症における認知症症状の進行抑制」と「高度のアルツハイマー型認知症における認知症症状の進行抑制」は、実質的に異なる効能・効果であるとして認識されていたことは明らかである。
なお、このことは、先の承認後、承認された医薬品が薬価基準に収載された際には、薬価基準の改正に伴う留意事項として、「軽度・中等度アルツハイマー型認知症患者」に適用した際のみ保険適用がされると記載されていること(乙第8号証)と整合するものである。

請求人は、「軽度及び中等度のアルツハイマー型認知症における認知症症状の進行抑制」と「高度のアルツハイマー型認知症における認知症症状の進行抑制」は、実質的に同一の用途である理由として、上記「4-1請求人の主張の概要」の(ア)?(オ)を挙げているので、順次、検討する。

(ア)?(ウ)について
本件処分の審査報告書においても使用され(甲第3号証10頁19?20行)、アルツハイマー型認知症の重症度の評価における一般的な評価段階である米国で作成されたFAST(Functiona1 Assessment Staging)(乙第11号証)によれば、軽度アルツハイマー型認知症の病態は、FASTの段階4に相当し、夕食に客を招く段取りをつけたり、家計を管理したり、買物をしたりする程度の仕事に支障をきたす、というものである。また、中等度アルツハイマー型認知症の病態は、FASTの段階5に相当し、介助なしでは適切な洋服を選んで着ることができない、入浴させるときにもなんとかなだめすかして説得することが必要なこともある、というものである。
一方、高度アルツハイマー型認知症の病態は、FASTの段階6と7に相当し、段階6は不適切な着衣、入浴に介助が必要、入浴を嫌がる、トイレの水を流せなくなる、尿失禁、便失禁、段階7は、最大6語に限定された言語機能の低下、理解し得る語彙はただ1つの単語となる、歩行能力の喪失、着座能力の喪失、笑う能力の喪失、混迷及び昏睡、というものである。
すなわち、軽度アルツハイマー型認知症の病態は、健常者であればできるはずの日常生活における比較的複雑な判断を要する仕事(客を招く段取り、家計管理、買物、適切な洋服の選択など)に支障をきたすというものであるのに対して、高度アルツハイマー型認知症の病態は、生活に最低限必要な機能(ボタンかけ、排尿・排便、歩行・着座など)の機能に障害が見られるのであり、「軽度及び中等度のアルツハイマー型認知症」と「高度のアルツハイマー型認知症」とは、病態が異なることは明らかである。
そうすると、医薬品の効能・効果とは、当該医薬品が適用される疾患をいうと理解することが相当であるところ、上記のとおり「軽度及び中等度のアルツハイマー型認知症」と「高度のアルツハイマー型認知症」とは病態が異なり、両者は、病態に基づいて区別し得る実質的に異なる疾患であるから、「高度のアルツハイマー型認知症における認知症症状の進行抑制」は、「軽度及び中等度のアルツハイマー型認知症における認知症症状の進行抑制」と実質的に異なる効能・効果である。
請求人が主張するように、「軽度及び中程度のアルツハイマー型認知症」の患者の重症度が進行し「高度のアルツハイマー型認知症」の患者となるとしても、上記のとおり「軽度及び中等度のアルツハイマー型認知症」と「高度のアルツハイマー型認知症」とは実質的に異なる疾患であり、「高度のアルツハイマー型認知症」は、「軽度及び中等度のアルツハイマー型認知症」のみが承認された薬剤の適用対象ではないのであるから、「軽度及び中程度」と「高度」が、重症度の違いであること、アルツハイマー型認知症が進行性であり、「軽度及び中程度」から「高度」へと進行することをもって、「高度のアルツハイマー型認知症における認知症症状の進行抑制」は、「軽度及び中等度のアルツハイマー型認知症における認知症症状の進行抑制」と実質的に同一の効能・効果に該当するということはできない。

(エ)及び(オ)について
また、請求人は「軽度及び中程度」のアルツハイマー型認知症と「高度」のアルツハイマー型認知症のいずれにおいても、塩酸ドネペジルは、アセチルコリンエステラーゼを阻害するという同じ薬理作用に基づくものであり、脳内アセチルコリンレベルの差に応じて、塩酸ドネペジルの用法・用量が異なるだけであり、実質的に同一の疾患であると主張している。しかしながら、上記のとおり、「軽度及び中等度のアルツハイマー型認知症」と「高度のアルツハイマー型認知症」とは実質的に異なる疾患であり、当該医薬品の薬理作用の異同にかかわらず、「高度のアルツハイマー型認知症における認知症症状の進行抑制」は、「軽度及び中等度のアルツハイマー型認知症における認知症症状の進行抑制」と異なる効能・効果である。

以上のとおり、先の用途である「軽度及び中等度のアルツハイマー型認知症における認知症症状の進行抑制」と本件延長登録の理由となった処分の対象となった物について特定された用途である「アルツハイマー型認知症における認知症症状の進行抑制(但し、軽度及び中等度のアルツハイマー型認知症における認知症症状の進行抑制を除く。)」(実質的には「高度のアルツハイマー型認知症における認知症症状の進行抑制」)は、実質的にも同一ではない。

(5-4)まとめ
よって、先の用途である「軽度及び中等度のアルツハイマー型認知症における認知症症状の進行抑制」と本件延長登録の理由となった処分の対象となった物について特定された用途である「アルツハイマー型認知症における認知症症状の進行抑制(但し、軽度及び中等度のアルツハイマー型認知症における認知症症状の進行抑制を除く。)」(実質的には「高度のアルツハイマー型認知症における認知症症状の進行抑制」)は、実質的に同一であるとはいえないので、両者が実質的に同一であることを前提とする、本件延長登録は、本件特許発明の実施に特許法第67条第2項の政令で定める処分を受けることが必要であったとは認められない場合の出願に対してされたものであるとの請求人の主張は理由がない。

6.結び

したがって、請求人の主張及び証拠方法によっては、本件延長登録を無効とすることはできない。
審判に関する費用については、特許法第169条第2項の規定で準用する民事訴訟法第61条の規定により、請求人が負担すべきものとする。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2009-10-30 
結審通知日 2009-11-05 
審決日 2009-11-25 
出願番号 特願2007-700116(P2007-700116)
審決分類 P 1 15・ 71- Y (C07D)
最終処分 不成立  
特許庁審判長 塚中 哲雄
特許庁審判官 星野 紹英
穴吹 智子
登録日 1996-11-07 
登録番号 特許第2578475号(P2578475)
発明の名称 環状アミン誘導体  
代理人 戸田 俊材  
代理人 小谷 悦司  
代理人 小谷 昌崇  
代理人 小谷 悦司  
代理人 小谷 昌崇  
代理人 山田 拓  
代理人 戸田 俊材  
代理人 小谷 昌崇  
代理人 小谷 悦司  
代理人 稲葉 良幸  
代理人 戸田 俊材  
代理人 片山 英二  
代理人 小谷 昌崇  
代理人 日野 真美  
代理人 小谷 悦司  
代理人 小谷 昌崇  
代理人 小谷 悦司  
代理人 小谷 悦司  
代理人 小谷 悦司  
代理人 戸田 俊材  
代理人 戸田 俊材  
代理人 本多 広和  
代理人 内藤 和彦  
代理人 戸田 俊材  
代理人 小谷 昌崇  
代理人 小谷 昌崇  
代理人 戸田 俊材  
代理人 小林 浩  
代理人 小谷 悦司  
代理人 小谷 昌崇  
代理人 戸田 俊材  

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