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審決分類 |
審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) A61K 審判 査定不服 特36条4項詳細な説明の記載不備 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) A61K 審判 査定不服 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) A61K |
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管理番号 | 1262058 |
審判番号 | 不服2009-3375 |
総通号数 | 154 |
発行国 | 日本国特許庁(JP) |
公報種別 | 特許審決公報 |
発行日 | 2012-10-26 |
種別 | 拒絶査定不服の審決 |
審判請求日 | 2009-02-16 |
確定日 | 2012-08-22 |
事件の表示 | 平成 9年特許願第521348号「グリシン捕捉性アンタゴニストを用いる拒絶性および認知性精神分裂病症候群の処置」拒絶査定不服審判事件〔平成 9年 6月12日国際公開、WO97/20553、平成12年 2月15日国内公表、特表2000-501707〕について、次のとおり審決する。 |
結論 | 本件審判の請求は、成り立たない。 |
理由 |
第1 手続の経緯 本願は、1996年12月5日(パリ条約による優先権主張1995年12月7日、米国)を国際出願日とする出願であって、平成21年2月16日に拒絶査定不服審判が請求されるとともに、平成23年6月22日付け拒絶理由通知書に応答して、平成23年12月28日付けで手続補正書が提出されたものである。 第2 本願発明 本願請求項1?12に係る発明は、平成23年12月28日付け手続補正書の特許請求の範囲1?12に記載された事項により特定されたものであるところ、そのうち請求項2に係る発明(以下、「請求項2発明」という。)は、以下のとおりである。 「精神病で患うヒトの患者用処置剤であって、NMDAレセプターの隣接部におけるグリシン濃度を増加させる薬学的に許容されるグリシン捕捉アンタゴニストを含有する該処置剤。」 第3 当審が通知した拒絶の理由 当審が補正前の請求項2に関して平成23年6月22日付けで通知した拒絶の理由のうち、拒絶理由2は、この出願は、発明の詳細な説明の記載が特許法第36条第4項及び同条第6項第1号に規定する要件を満たしていないというものであり、また、拒絶理由3は、補正前の請求項2に係る発明は、その出願前日本国内又は外国において頒布された刊行物(Eugene Tothら、Research Communications in Psychology, Psychiatry and Behavior、1986年、第11巻第1号、1?9頁)に記載された発明に基いて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないというものである。 第4 当審の判断 上記拒絶理由通知に対し、請求人は平成23年12月28日付け手続補正書を提出して特許請求の範囲を補正したが、請求項2における記載に対しては補正されていない。 請求項2発明に関し、上記拒絶理由が解消したか否かを、以下検討する。 1 拒絶理由2(特許法第36条第4項及び第6項第1号)について (1) 本願明細書の記載 「NMDAレセプターの隣接部におけるグリシン濃度を増加させる薬学的に許容されるグリシン捕捉アンタゴニスト」に関し、本願「明細書の翻訳文(以下、単に「明細書」という。)」には次の事項が記載されている。なお、下線は当審で付した。 ア 「発明の概要 グリシンおよび/または前駆体の使用における制約は次の通りである。即ち、(1)これらは多量に投与しなければならず、また、(2)外因的に投与されるグリシンが脳内の臨界部位におけるグリシン濃度を増加させる限度を制限できるシステムが脳内に存在する。 この出願においては、グリシン捕捉(uptake)アンタゴニスト(グリシン再捕捉アンタゴニストおよび/またはグリシン輸送インヒビターとしても知られている)を用いてNMDAレセプター仲介神経伝達を促進させる発明を開示する。 脳内のグリシン濃度はNMDAレセプターの近傍におけるグリシンを低濃度に維持するグリシン輸送体(AKA捕捉もしくは再捕捉ポンプ)の作用によって調節される(文献15よび18参照)。従って、グリシン捕捉の妨害は、必然的にその全脳もしくは正味の細胞外濃度を増加させることなくNMDAレセプターの近傍におけるグリシン濃度を増加させる。出願人によって脳のホモジュネート中のグリシン捕捉の有効なアンタゴニストであることが最近明らかにされた化合物であるグリシルドデシルアミド(GDA)を用いた研究が最近おこなわれた{ジャビットおよびフルシアンテによる研究報文(印刷中)}。これらの研究においては、げっ歯動物におけるPCP誘発による機能高進に対するGDAの効果、グリシンの効果を受けやすいことが明らかにされたアッセイ系(文献20参照)およびNMDAレセプター仲介神経伝達を促進するその他の薬剤(文献19参照)について検討されている。グリシン(図5)およびGDA(図6)は類似の活性挙動を示し、基本活性に影響を及ぼすことなくPCP誘発による機能高進を抑制する。しかしながら、GDAはグリシンよりも著しく高い活性を示す。即ち、GDAは0.05g/kgの投与量でPCP誘発による機能高進をグリシンを0.8g/kg、投与した場合と同じ程度まで抑制する(グリシンの投与量は臨床的試験において用いられている投与量である)。その他のGDAに類似する薬剤もPCP誘発による機能高進を抑制し(図8)、その抑制能はグリシン捕捉の阻害能に比例する(図9)。これらの知見はグリシン捕捉アンタゴニストが精神分裂病のPCP精神病様症候(例えば、拒絶性および認知性症候)の処置においてグリシンよりも同等もしくはそれ以上の効果をもたらすということを示す。本発明のこの態様においては、生体外でのグリシン捕捉阻害およびげっ歯動物におけるPCP誘発による機能高進抑制に有効な投与量でグリシン捕捉アンタゴニストを投与してヒトの患者を処置する。脳内には2種のグリシン捕捉系が存在する。即ち、脊髄、脳幹、間脳および網膜において高濃度で発現すると共に嗅球および脳半球に低濃度で発現するGLYT1輸送体並びに脊髄、脳幹および小脳に制限されるGLYT2輸送体である(文献21参照)。さらに、GLYT1輸送体は部分的にはディファレンシャル・スプライシング(differential splicing)によって生ずる多重イソホルム(multipleisoform)中にも存在する(文献17参照)。本発明のこの態様には、GLYT1もしくはGLYT2仲介グリシン捕捉のインヒビター(該輸送体のいずれかのイソホルムのインヒビターを含む)が包含される。 本発明のその他の態様においては、次に例示するような他の精神医学的症状と関連する精神病が処置される:薬物(例えば、フェンサイクリジン、ケタミンおよびその他の解離性麻酔薬、アンフェタミンおよびその他の精神興奮剤並びにコカイン)によって誘発される精神病、情動障害と関係する精神病、一時的な精神的ストレスによる精神病、情動分裂性精神病、精神病NOS、「精神分裂病スペクトル」障害、例えば分裂質もしくは分裂型性格障害、または精神病と関連する病気(例えば、重度のうつ病、躁うつ病的障害、アルツハイマー病および外傷後ストレス症)。 本発明のさらに別の態様においては、グリシン捕捉アンタゴニストが非経口投与される。」(6頁下から2行?8頁下から10行) イ 「図6はPCP誘発機能高進に対するグリシルドデシルアミド(GDA)の効果を示す。雄のBALB/cマウスをGDA(0.1g/kg)またはプラセボを用いて30分の時点で処理した(第1矢印)。PCP(5mg/kg i.p.)を50分の時点で投与し(第2矢印)、次いでげっ歯動物用自動化活動チャンバーを用いて歩行数をモニターした。GDAの投与による前処理によってPCP誘発機能高進は約50%低減した(グリシンの場合にみられた効果と同じパターンである)。 図7は図示した数の実験におけるPCP誘発機能高進に対するグリシンとGDAの効果を示す。GDAの投与(0.05g/kg)によって、グリシンを0.8g/kg投与した場合と同じ程度の活動抑制度がみられた。GDAの投与(0.1g/kg)は約2倍有効であった。*p<0.05対PCPのみ(CTL)。***p<0.001対CTL。 ……(略)…… 図13はPCPもしくはアンフェタミンで誘発される機能高進に対するGDA(0.05g/kg)による相対抑制を示す。GDAはPCPで誘発される機能高進に対して著しい拮抗作用を示すが(***p=0.001)、アンフェタミンで誘発される機能高進に対して著しい影響をもたらさなかった。PCPとアンフェタミンの不存在下では全活性は<500カウントであった。」(9頁17行?10頁下から8行) ウ 「発明の詳細な説明 投与は液体状もしくは固体状配合物または注射液(例えば、静脈内注射液)としておこなってもよい(この場合、常套の製剤用キャリヤーを用いてもよい)。適当な製剤には錠剤、カプセル、経口液および非経口注射液が含まれる。錠剤とカプセルの調製には常套の希釈剤および賦形剤等、例えば、常套のカプセルや錠剤の調製に利用されているラクトース等を用いてもよい。経口液として投与する場合には、風味のよい希釈剤を用いて飲みやすい配合物を調製してもよい。 本発明に係る化合物は全体的もしくは部分的にグリシン捕捉を阻害するのに十分な量で投与される。グリシンは0.4g/kg/日以上、例えば、0.5g/kg/日もしくはそれ以上の割合で1回?数回、好ましくは精神分裂病患者の処置において0.8g/kg/日の割合で3回にわけて投与する。グリシン捕捉のアンタゴニストの投与量はグリシンに匹敵するPCP誘発機能高進に対する抑制活性によっておおまかに決定することができる。NMDAレセプター仲介伝達の促進を評価するための簡便なアッセイは以下に説明するスタディー#3で用いたげっ歯動物アッセイである。現在のところGDAは約0.025g/kg/日?0.50g/kg/日の割合で投与すればよいと考えられており、その他の化合物の投与量はGDAに関連して決定される。グリシン捕捉アンタゴニストは精神病関連疾患の唯一の処置剤として投与するか、あるいは、次のような抗精神病薬の効能を補助するために使用する:常套の抗精神病薬、例えば、ハロペリドール[ハルドール(商標)]、……(略)…… 本明細書に記載のような投与量を採用する場合には、グリシン捕捉アンタゴニストは精神分裂病の症候、特に拒絶性症候および認知性機能障害に対して臨床的に有用な効果をもたらす。拒絶性症候に対するグリシン捕捉アンタゴニストの有用な効果は精神分裂病のいずれかのその他の側面、例えば従動自動性症候または興奮に関する悪化がないときにみられる。本発明の1つの態様においては、グリシン捕捉アンタゴニストの投与は、従来の投薬法によっては十分に応答がみられない症候を調整するために不定期間にわたって続行される。 本発明においては前記の障害や疾患の処置のために生物学的に許容されるグリシン捕捉アンタゴニストが用いられる。グリシン捕捉インヒビターとしてはグリシルアルキルアミド、例えばグリシルドデシルアミドが挙げられ、また、スタディー#3で用いた他のインヒビターとしてはグリシンアルキルエステルが挙げられる。サルコシンのようなその他のグリシン捕捉アンタゴニストは既知である。本発明の技術的思想を理解する当業者は薬学的に許容されるいずれかのグリシン捕捉アンタゴニストを採用することができる。 以下の実施例は精神分裂病の処置におけるグリシンおよびグリシン捕捉アンタゴニストの有効性を例示的に説明するものである。」(10頁下から7行?12頁5行) エ 「スタディー#3(ジャビットおよびフルシアンテによる前記文献参照) グリシルドデシルアミド(GDA)は1986年の文献20に最初に報告されたグリシン誘導体である。当時、この化合物はPCP誘発機能高進の転換に関してはグリシンよりも著しく高い効能をもたらすことが示された。さらに、GDAの投与によって脳内の全グリシン濃度は増加しないことが示され、このことはGDAがグリシンの前駆体として作用しなかったことを示す。当時、PCP誘発機能高進に対するGDA誘発抑制機構は仮定されていなかった。 この研究は、PCP誘発機能高進をGDAが脳内でのグリシン再捕捉を阻害することによってNMDAレセプターの隣接部におけるグリシン濃度を増加させる可能性を検討するためにおこなった。この仮定はGDAが脳内の全グリシン濃度を増加させることなくPCP誘発機能高進を抑制するという知見に基づくものであるが、先行文献からは明らかでない。グリシン捕捉を研究するために、……(略)…… 抑制試験は0.1?10mMのGDAの不存在下または存在下でのインキュベーションを5分間おこなうことによって実施した(図11参照)。次のいくつかの比較化合物を用いる試験もおこなった: (1)サルコシン(高い効能を有する既知のグリシン捕捉アンタゴニスト)および(2)皮質のグリシン捕捉部位に対して低い親和性を示すことが知られているグリシンエチルエステル(GEE)とグリシンメチルエステル(GME)(文献18参照)。グリシン捕捉の抑制能の順位は次の通りである: グリシン>サルコシン>GDA>GEE>GME。グリシン前駆体として作用するグリシンアミドとD-セリンのIC_(50)は>10mMであった。GDAとサルコシンの効果は30分間のインキュベーション期間を通じて有意に維持された。1mMの濃度のGDAおよびサルコシンは[^(3)H]グリシン捕捉の最大濃度を著しく(p<0.05)低減させ、これらの低減率はそれぞれ29±7%および72±3%であった(図11参照)。5mMのGDAによる[^(3)H]グリシン捕捉の低減率は51±13.3%であった。グリシン捕捉の速度定数に対するこれらの薬剤の効果は著しくはなかった。なお、GDA(7.9±2.9min^(-1))とサルコシン(6.3±1.9min^(-1))が存在するときのt_(l/2)値はベースライン条件下の場合よりも幾分小さかった。行動研究におけるGDAの有効濃度を約0.3mmol/kgと仮定するならば、これらの研究は、GDAが行動研究において得られる濃度と同程度の濃度においてグリシン捕捉アンタゴニストとして作用することを証明するものである。 ……(略)…… 最近の実験においても、アンフェタミン誘発機能高進に対するGDAの効果は対照条件の場合と同様であった。主としてドーパミンレセプターを阻害することによって臨床的効果をもたらす現在入手し得る抗精神病薬はげっ歯動物におけるPCP誘発機能高進を転換させるかもしれない。しかしながら、これらの薬剤はアンフェタミンによって誘発される機能高進の場合よりもPCP誘発機能高進の阻害に関する効果は低い(文献16参照)。従って、この研究においてはアンフェタミン誘発機能高進に対するGDAの効果を評価した。PCP誘発機能高進を著しく(t=3.30、p=0.001)抑制した投与量(0.05g/kg)のGDAはアンフェタミンによって誘発された機能高進を著しく抑制しなかった(t=0.59、NS)(図13参照)。 グリシンがアンフェタミン誘発機能高進を抑制しないことが従来から知られている(このデータは示さない)。従って、この知見は、GDAが現在入手し得る抗精神病薬の場合とは異なる機構によってPCP誘発機能高進を抑制するという技術的思想を支持する。 要するに、この実施例はGDAがグリシン捕捉を抑制することおよび投与量が0.05g/kgのGDAがPCP誘発機能高進を投与量が0.8g/kgのグリシンの場合と同程度まで抑制することを例証するものである。なお、この投与量のGDAは選択された脳小室内のグリシン濃度を増加させるかもしれないが、脳内の全グリシン濃度は増加させないことが知られている。グリシン捕捉を阻害するのに有効な投与量のGDAはNMDAレセプターと結合せず、また、他のアミノ酸捕捉神経伝達を抑制しない。GDA類似化合物は皮質のグリシン捕捉の阻害能に比例してPCP誘発機能高進を抑制する。また、PCP誘発機能高進の阻害に対して比較的有効でないことが知られているGDA類似化合物(グリシルヘキシルアミド)もグリシン捕捉の阻害に対して比較的有効でない。PCP誘発機能高進の阻害に有効な投与量のGDAはアンフェタミン誘発機能高進も阻害しない。これらの知見は、グリシン捕捉を阻害する薬剤が脳のNMDAレセプター仲介神経伝達を行動に関連して著しく促進すること最初の証左を与えるものである。グリシンをげっ歯動物におけるPCP誘発機能高進を抑制する投与量と同じ量で投与すると精神分裂病の症候に顕著な改善がもたらされるという最近の臨床的知見を仮定するならば、本発明によれば、脳のグリシン捕捉を抑制するGDAおよびその他の化合物が精神分裂病およびその他の精神病の処置に有効であるという知見が得られる。」(19頁1行?23頁1行) (2) 「精神病」について ア 請求項2発明は、精神病で患うヒトの患者を対象とするものであるととともに、特許請求の範囲において同項を引用する請求項3及び請求項5をみると、それぞれ、「精神病が薬物によって誘発される精神病、……である、請求項2記載の処置剤」、及び「精神病が薬物中毒と関連する請求項2記載の処置剤。」と記載されているから、請求項2発明は精神病が「薬物によって誘発される」場合や「薬物中毒と関連する」場合を含むものと解される。 ここで、前記(1)をみると、フェンシクリジン(PCP)やアンフェタミンによって誘発される精神病が処置対象となる精神病として記載される(摘示事項ア)一方、「NMDAレセプターの隣接部におけるグリシン濃度を増加させる薬学的に許容されるグリシン捕捉アンタゴニスト」として挙げられるGDAを用いた試験において、PCP誘発機能高進は抑制するものの、アンフェタミン誘発機能高進を阻害しないことが記載されている(摘示事項エ)。 そうすると、請求項2における「精神病」には、GDAに代表される、本件のグリシン捕捉アンタゴニストによっては治療効果が奏されないアンフェタミンによって誘発される精神病が含まれているから、発明の詳細な説明には、請求項2発明における「精神病」の全体について、当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載されたものとはいえないし、請求項2発明は、発明の詳細な説明で治療効果が開示された範囲を超えるものであるから、そのような発明が発明の詳細な説明に記載されたものともいえない。 イ 請求項2発明は、精神病で患うヒトの患者を対象とするものであるととともに、特許請求の範囲において同項を引用する請求項4では、「精神病が重度のうつ病、躁うつ病、アルツハイマー病または外傷後ストレス症である、請求項2記載の処置剤。」と記載されている。 この場合、請求項4で具体的に挙げられたアルツハイマー病等は請求項2発明における精神病に含まれるから、発明の詳細な説明に記載された事項に基づき、請求項4で具体的に挙げられたアルツハイマー病等を「NMDAレセプターの隣接部におけるグリシン濃度を増加させる薬学的に許容されるグリシン捕捉アンタゴニスト」で処置することで、効果を示すことが明らかにされる必要がある。この点について、上記(1)の摘示事項をみると、具体的に記載された試験はPCPで誘発されたものであるが、これは精神分裂病のPCP精神病様症候であることが記載されているものの(摘示事項ア)、重度のうつ病等の症候を反映していることは明らかにされておらず、また、請求項4で列挙された疾患には、アルツハイマー病や外傷後ストレス症のように、その病態や成因が相互に大きく異なるものが含まれているが、当業者において、これらの疾患が同一の処置で一律に改善されると解する技術常識があるわけでもない。さらに、重度のうつ病等の症状を示すヒトに対して「NMDAレセプターの隣接部におけるグリシン濃度を増加させる薬学的に許容されるグリシン捕捉アンタゴニスト」を用いた試験が行われたことが記載されているわけでもない。 そうすると、このような発明の詳細な説明の記載は、請求項2発明のうち、請求項4で具体的疾患として挙げられたものが処置されるよう発明の詳細な説明に記載されたものとはいえないし、そのような疾患群に対してどのようにすれば処置できるのかが明らかにされていないという点で、当業者が請求項2発明を実施できる程度に明確かつ十分に記載されたものということもできない。 (3) 請求人の主張について なお、請求人は、当審が示した拒絶理由通知に対応して提出された平成23年12月28日付け意見書において、拒絶理由2について主張しているが、その内容は、当業者は、単に「サルコシン」と「GDA」のみならず、より多くの物質について、本願明細書の記載にしたがって実施可能であることを理解することができるから、本願明細書ならびに特許請求の範囲の記載は、特許法第36条第4項及び第6項第1号に規定される要件を満たすというもので、上記(2)で指摘した、請求項2発明における「精神病」に関しては、何ら主張していない。 2 拒絶理由3(特許法第29条第2項)について (1) 引用文献1の記載 本願優先日前に頒布された刊行物である引用文献1(Eugene Tothら、Research Communications in Psychology, Psychiatry and Behavior、1986年、第11巻第1号、1?9頁)には、次の事項が記載されている。なお、引用文献1は英文であるため、訳文を示す。また、下線は当審で付した。 ア 「最近合成されたグリシン誘導体が、マウスにおける3-メルカプトプロピオン酸又はフェンシクリジンにより誘導される行動変化における効果について試験された。いずれの化合物も親グリシンよりも高い抗痙攣作用を示さなかった。グリシンアミドとグリシルドデシルアミドはグリシンよりもフェンシクリジンで誘導された機能高進に関して潜在的なアンタゴニストであった。」(1頁7?11行、ABSTRACTの項) イ 「グリシンは、マウスの3-メルカプトプロピオン酸(MPA)で誘導された痙攣に対し抗痙攣作用を示し(……略……)、フェンシクリジン(PCP)で誘導された機能高進に対し拮抗作用を示した(……略……)。いずれの場合にも、阻害活性と脳のグリシン水準との間で相関関係がみられた。しかし、グリシンは、脳内への輸送が極めて遅いため、顕著な効果を得るためには大量に投与されなければならなかった(……略……)。大量(150μmol/g)のグリシンは許容されるものの、動物は運動活性化の低下といった鎮静作用の兆候を示す。それゆえ、親化合物よりも弱い極性と大きな親油性を有し、その結果、血液脳関門のより容易な透過性を付与し、付随する鎮静作用の起こらない低水準で潜在的にグリシンと同じ阻害活性を生み出す、数種のグリシン誘導体を合成することを決めた。グリシンにおけるアミノ基やカルボキシル基の短鎖や長鎖アルキル誘導体が用意され、マウスでのMPAに誘導される痙攣とPCPに誘導される機能高進に対する、阻害活性の試験がなされた。」(1頁13行?2頁3行) ウ 「PCPに誘導される機能高進は、グリシンアミドとグリシルドデシルアミドにより有意に拮抗されたのに対し、N-ドデカノイルグリシン、N-ヘキサノイルグリシン、又はグリシルヘキシルアミドでは、ほとんどあるいは全く活性が見られなかった(表2)。 表 2 フェンシクリジンに誘導される機能高進におけるグリシン誘導体の作用 ……<中略>…… グリシンアミドの効果は用量依存的であった。グリシンで先にみられたように(……略……)、グリシンアミドは、PCP注射後に投与された場合にも、誘導される機能高進に拮抗した(表3)。 表 3 フェンシクリジンに誘導される機能高進の伸展におけるグリシンアミドの作用 ……<中略>…… グリシンアミドの歯肉内投与は脳グリシン水準の上昇という結果ともたらし、その一方、同様の条件で与えられたグリシルドデシルアミドは作用を示さなかった(表4)。 表 4 脳グリシン水準におけるグリシン誘導体の作用 ……<中略>……」(6頁4行?7頁最下行) エ 「PCPで誘導される機能高進において、グリシンアミドはグリシンよりも潜在的な拮抗物質であった。グリシン10μmol/gで機能高進が17%低減し(……略……)、その一方、グリシンアミドの当量投与では絶滅を実現した(表2)。脳グリシン水準は、PCP投与時の20μmol/gのグリシンアミド投与後60分で80%増加した。もしかしたら、PCPで誘導される機能高進でのグリシンアミドの阻害活性はグリシンによるものかもしれない。26μmol/g投与でも脳グリシン水準が上がらなかったことから(表4)、低用量(0.3μmol/g)でPCPに誘導される機能高進に対し活性を示すグリシルドデシルアミドは、直接に作用しているかもしれない。」(8頁15行?最下行) (2)引用文献1発明の認定、対比 引用文献1には、上記(1)の摘示事項の記載からみて、次の発明(以下、「引用文献1発明」という。)が記載されているものと認められる。 「グリシルドデシルアミドを含有する、フェンシクリジンで誘導された機能高進に対する拮抗剤。」 引用文献1発明の「拮抗剤」は、「フェンシクリジンで誘導された機能高進」に対し拮抗作用を示すものであり、当該機能高進に対する処置を行うものであるから、請求項2発明の「処置剤」に相当する。 一方、請求項2発明における「グリシン捕捉アンタゴニスト」に関し、本願明細書においてグリシルドデシルアミドが「グリシン捕捉の有効なアンタゴニストであることが最近になって明らかにされた化合物である」と記載される(7頁11?13行)とともに、「グリシン捕捉の妨害は、必然的にその全脳もしくは正味の細胞外濃度を増加させることなくNMDAレセプターの近傍におけるグリシン濃度を増加させる」(7頁9?11行)ことが記載され、また、「本発明においては前記の障害や疾患の処置のために生物学的に許容されるグリシン捕捉アンタゴニストが用いられる。グリシン捕捉インヒビターとしてはグリシルアルキルアミド、例えばグリシルドデシルアミドが挙げられ、……。本発明の技術的思想を理解する当業者は薬学的に許容されるいずれかのグリシン捕捉アンタゴニストを採用することができる。」(11頁下から4行?12頁3行)とあり、グリシルアルキルアミドが本発明においては前記の障害や疾患の処置のために生物学的に許容されるグリシン捕捉アンタゴニストであって、薬学的に許容されるものであることが記載されたものといえ、さらに、グリシルドデシルアミドを用いた実施例も記載されているから、引用文献1発明の「グリシルドデシルアミド」は、請求項2発明の「NMDAレセプターの隣接部におけるグリシン濃度を増加させる」「薬学的に許容される」「グリシン捕捉アンタゴニスト」に相当する。 そこで、請求項2発明と引用文献1発明とを対比すると、両発明は 「グリシルドデシルアミドを含有する処置剤。」である点で一致するが、次の点で相違する。 <相違点> 請求項2発明では、処置剤が「精神病で患うヒトの処置用」であるのに対し、引用文献1発明ではそのように限定されていない点。 (3)相違点についての判断 これらの相違点について、以下、検討する。 フェンシクリジンが機能高進を誘導することや精神分裂症様症状を示すこと、精神分裂病のモデルを作出できる成分であることは、当業者に周知の事項である(例えば、Daniel C. Javittら、Am. J. Psychiatry、1991年、第148巻、1301?1308頁、TOSHITAKA NABESHIMAら、European Journal of Pharmacology、1983年、第91巻、455?462頁、L. J. Bristowら、Br. J. Pharmacol.、1993年、第108巻、1156?1163頁、Kiyoyuki Kitaichiら、Jpn. J. Pharmacol.、1994年、第66巻、181?189頁参照)から、引用文献1発明におけるフェンシクリジンにより誘導される機能高進は、請求項2発明における精神病の一態様、又は精神病のモデルにあたるものといえる。 また、薬理作用に関する非ヒト動物での実験結果をもとに、当該薬理作用を示した成分をヒトの疾患治療に用いてみることは、医薬研究において当業者が通常行ってみる程度の事項といえる。 そうすると、引用文献1発明におけるグリシルドデシルアミドを「精神病で患うヒトの処置」のために用いてみることは、当業者にとり格別困難な事項とはいえない。 (4) 請求人の主張について ア 請求人は、当審が示した拒絶理由通知に対応して提出された平成23年12月28日付け意見書において、拒絶理由3について上記(2)及び(3)で指摘した事項に関し、次の(ア)?(ウ)の点を主張する。 (ア) 本願発明は、グリシン捕捉アンタゴニストが、NMDAレセプターの隣接部におけるグリシン濃度を増加させることにより、NMDAレセプター仲介神経伝達を促進することを見いだしたことに基づいて完成されたものであり、高濃度のグリシンに代わる、精神病の治療に有効な薬剤を、当該技術分野において初めて提供するものであるところ、引用文献1は単に、PCP誘発性機能亢進のアンタゴニストを記載しているだけであり、複数の他の作用メカニズムまたは選択性の問題に言及していないし、ましてや患者を治療する方法については何も示唆していない。 (イ) 引用文献1は、PCP-誘発性機能亢進アッセイにおいて、グシリンアミドおよびグリシルドデシルアミドはアンタゴニストとして活性であったが、グリシルヘキシルアミドは活性がないことが記載されており、引用文献1を読んだ当業者は、アミド窒素上のアルキル基の長さとPCP誘発性機能亢進拮抗作用との間には直線的な相関関係がないことを理解するであろうことから、PCP誘発性機能亢進拮抗作用を示すと予測される化合物を設計するために、当業者が引用文献1の開示を利用することは困難であったことが明白であるし、グリシルドデシルアミドが示すPCP誘発性機能亢進拮抗作用はグリシン捕捉を低減することにより達成されるであろうと予測することはできなかったことが明らかである。 (ウ) 本願発明は脳のグリシンレベルの上昇を用いて精神病を治療するという概念に基づくものであるのに対し、引用文献1では、グリシルドデシルアミドは、「26umol/g(当審注;umol/gは「μmol/g」である。)の用量では脳グリシンレベルを上昇させなかった」ため、直接作用しなければならないと記載されている(第8頁最下行を参照)から、引用文献1の記載からでは、グリシルドデシルアミドがPCP誘発性機能亢進に対する拮抗作用を示すメカニズムが不明であることがわかり、また、引用文献1ではグリシルドデシルアミドは脳には全く入らないと述べているので、本願発明とは全く逆の結論が導かれる。 イ しかし、上記請求人の主張(ア)?(ウ)は、それぞれ、以下の(ア)?(ウ)の点で採用することができない。 (ア) 本願明細書では、「グリシン捕捉アンタゴニスト」について種々記載されているものの、具体的なものの一つとしてグリシルドデシルアミドが記載されているから、つまるところ、請求項2発明には、グリシルドデシルアミドを精神病で患うヒトの患者の処置に用いる場合が含まれているものといえる。 これに対し、請求人の主張はグリシン捕捉アンタゴニストに着目した経緯を述べるものにすぎず、グリシルドデシルアミドに関する上記事項を否定するものではなく、引用文献1発明が誤りであることを示すものでもないから、上記(1)?(3)で示した、進歩性の判断結果に影響を与えるものではない。 (イ) 引用文献1で、PCP誘発性機能亢進アッセイにおいてグリシルヘキシルアミドは活性がないことが記載されているとしても、その事実はグリシルドデシルアミドがフェンシクリジンで誘導された機能高進に対し拮抗作用を示すという引用文献1発明を否定するものではなく、(ア)と同様、進歩性の判断結果に影響を与えるものではない。 (ウ) 上記(1)のエにあるように、請求人が引用した部分と、それに続く部分の記載は、以下のとおりである。 「26μmol/g投与でも脳グリシン水準が上がらなかったことから(表4)、低用量(0.3μmol/g)でPCPに誘導される機能高進に対し活性を示すグリシルドデシルアミドは、直接に作用しているかもしれない。」 上記摘示事項は、グリシルドデシルアミドを26μmol/g投与した場合に脳グリシン水準が上がらなかったこと、及び、低用量(0.3μmol/g)でPCPに誘導される機能高進に対し活性を示したことが記載されたものといえる。 しかし、引用文献1にグリシルドデシルアミドの作用機構が断定されているわけではないから、請求人がいう、グリシルドデシルアミドが「直接作用しなければならない」ことについて、引用文献1に記載された事項とはいえない。そして、26μmol/g投与した場合でも脳グリシン水準が上がらなかったこと、及び、直接に作用しているかもしれないことは、グリシルドデシルアミドがPCPに誘導される機能高進に対し拮抗作用を示すという引用文献1発明を否定するものではない。また、引用文献1において、低用量での脳グリシン水準や、0.3μmol/g?26μmol/gの間における脳グリシン水準の変化が確認されているわけではないから、請求人がいう、「引用文献1ではグリシルドデシルアミドは脳には全く入らないと述べている」ことが記載されたものともいえない。 (5) 小括 したがって、請求項2発明は、周知事項を勘案し、引用文献1発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものである。 第5 むすび 以上のとおりであるから、本願は、特許法第36条第4項及び同条第6項第1号に規定する要件を満たしておらず、同法第49条第4号の規定により拒絶すべきであるとともに、本願請求項2に係る発明は、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。 それ故、他の請求項について論及するまでもなく、本願は拒絶すべきものである。 よって、結論のとおり審決する。 |
審理終結日 | 2012-03-21 |
結審通知日 | 2012-03-27 |
審決日 | 2012-04-10 |
出願番号 | 特願平9-521348 |
審決分類 |
P
1
8・
537-
WZ
(A61K)
P 1 8・ 121- WZ (A61K) P 1 8・ 536- WZ (A61K) |
最終処分 | 不成立 |
前審関与審査官 | 瀬下 浩一 |
特許庁審判長 |
内田 淳子 |
特許庁審判官 |
荒木 英則 前田 佳与子 |
発明の名称 | グリシン捕捉性アンタゴニストを用いる拒絶性および認知性精神分裂病症候群の処置 |
代理人 | 田中 玲子 |
代理人 | 森田 耕司 |
代理人 | 大野 聖二 |
代理人 | 伊藤 奈月 |
代理人 | 松任谷 優子 |
代理人 | 北野 健 |