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審判番号(事件番号) データベース 権利
無効200680136 審決 特許

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審決分類 審判 全部無効 1項3号刊行物記載  C22C
管理番号 1264531
審判番号 無効2010-800045  
総通号数 156 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2012-12-28 
種別 無効の審決 
審判請求日 2010-03-15 
確定日 2012-09-10 
訂正明細書 有 
事件の表示 上記当事者間の特許第4344264号「低鉄損一方向性電磁鋼板」の特許無効審判事件についてされた平成23年 1月 6日付け審決に対し、東京高等裁判所において審決取消の判決(平成23年(行ケ)第10047号平成23年11月24日判決言渡)があったので、さらに審理のうえ、次のとおり審決する。 
結論 訂正を認める。 特許第4344264号の請求項1乃至3に係る発明についての特許を無効とする。 審判費用は、被請求人の負担とする。 
理由 第1 手続の経緯
本件特許第4344264号は、平成16年3月8日に出願(特願2004-63432号)されたものであって、平成21年7月17日に、その特許権の設定登録がされ、平成22年3月15日に、請求人JFEスチール株式会社から本件無効審判が請求された。
これに対して、平成23年1月6日付けで一次審決(結論:訂正認容。請求不成立)がされたところ、知的財産高等裁判所において審決取消の判決(平成23年(行ケ)第10047号、平成23年11月24日判決言渡)がされた。
その後、当審において、平成24年4月4日付けで訂正請求書の提出がされ、平成24年5月14日付け審判事件弁駁書が提出され、平成24年6月25日付けで審判事件答弁書の提出がされた。

第2 平成24年4月4日付け訂正請求書による訂正(以下、「本件訂正」という。)について
1 請求の趣旨・本件訂正の内容
本件訂正の請求の趣旨は、「特許第4344264号の明細書及び特許請求の範囲を、訂正請求書に添付した明細書及び特許請求の範囲のとおりに訂正することを求める。」ことであり、本件訂正の内容は、以下の訂正事項1?9からなる。
なお、明細書及び特許請求の範囲について、訂正前のものを「特許明細書」、「特許請求の範囲」といい、訂正後のものを「訂正明細書」、「訂正特許請求の範囲」といい、記載の省略を「…」で表記し、訂正箇所に下線を付した。

(1)訂正事項1
特許請求の範囲の請求項1に記載の、
「…塑性歪の圧延方向の範囲が0.6mm以下…」を、
「…塑性歪の圧延方向の範囲が0.3mm以下…」と訂正する。

(2)訂正事項2
特許明細書の段落【0010】に記載の
「…塑性歪の圧延方向の範囲が0.6mm以下…」を、
「…塑性歪の圧延方向の範囲が0.3mm以下…」と訂正する。

(3)訂正事項3
特許明細書の段落【0016】に記載の、
「…塑性歪の圧延方向の範囲が0.6mm以下…」を、
「…塑性歪の圧延方向の範囲が0.3mm以下…」と訂正する。

(4)訂正事項4
特許明細書の段落【0022】に記載の、
「…と同時に、塑性歪の圧延方向の範囲を0.6mm以下とする必要がある。このような理由から、…かつ塑性歪の圧延方向の範囲を0.6mm以下…」を、
「…と同時に、塑性歪の圧延方向の範囲を0.3mm以下とすればよい。このような理由から、…かつ塑性歪の圧延方向の範囲を0.3mm以下…」と訂正する。

(5)訂正事項5
特許明細書の段落【0032】に記載の、
「レーザビーム形状は、鋼板表面の照射位置でのスポット形状が直径150μmの円形であり、レーザ出力は、表1に示すように1パルスあたりのエネルギーで1?10mJまで変化させた。照射方向は、鋼板の圧延方向に対して70°?135°、照射間隔は、鋼板幅方向(C方向)には0.3mmに固定し、鋼板圧延方向(L方向)には3.0mm?9.0mmと変化させた。」を、
「レーザビーム形状は、鋼板表面の照射位置でのスポット形状が直径150μmの円形であり、レーザ出力は、表1に示すように1パルスあたりのエネルギーで2mJとした。照射方向は、鋼板の圧延方向に対して90°?135°、照射間隔は、鋼板幅方向(C方向)には0.3mmに固定し、鋼板圧延方向(L方向)には5.0mmとした。」と訂正する。

(6)訂正事項6
特許明細書の段落【0033】に記載の、
「表1から明らかなように、試験No.1?9(本発明例)に示す一方向性電磁鋼板は、…」とあるのを、
「表1から明らかなように、試験No.1、8(本発明例)に示す一方向性電磁鋼板は、…」と訂正する。

(7)訂正事項7
特許明細書の段落【0034】に記載の、
「また、上記試験No.1?9(本発明例)のうちで、…好ましい範囲内にある試験No.1?7(本発明例)は、No.8および9(本発明例)に比べて…」を、
「また、上記試験No.1、8(本発明例)のうちで、…好ましい範囲内にある試験No.1(本発明例)は、No.8(本発明例)に比べて…」と訂正する。

(8)訂正事項8
特許明細書の段落【0035】の表1において、
「本発明No.2?6、7、9」の欄の記載を削除する。

(9)訂正事項9
特許明細書の段落【0036】?【0039】の記載を削除する。

2 訂正の適否
(1)訂正事項1について
訂正事項1は、特許請求の範囲の請求項1における塑性歪の圧延方向の範囲について、「0.6mm以下」を「0.3mm以下」と限定するものであるから、特許請求の範囲の減縮に該当する。
そして、特許明細書の段落【0035】の表1には、本発明例として、塑性歪の圧延方向の範囲を「0.3mm」とした具体例である試験No.1、8について記載されているから、訂正事項1は、特許明細書に記載した事項の範囲内でなされたものであり、新規事項の追加に該当せず、また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。

(2)訂正事項2?9について
訂正事項2?9は、前記訂正事項1において、特許請求の範囲を減縮し、その減縮の根拠を特許明細書の段落【0035】の表1における試験No.1、8についての記載としたことに伴い、明細書の記載を整合させるためのものであるから、明りょうでない記載の釈明に該当する。
そして、これらの訂正は、訂正事項1と同様の理由により、特許明細書に記載した事項の範囲内でなされたものであり、新規事項の追加に該当せず、また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。

3 訂正の適否についての結論
以上のとおりであるから、本件訂正は、平成23年法律第63号改正附則第2条第18項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法第134条の2第1項ただし書、及び同条第5項の規定において準用する同法第126条第3項及び第4項の規定に適合するので、これを認める。

第3 訂正発明
本件訂正後の特許請求の範囲の請求項1?3に係る発明は、訂正特許請求の範囲の請求項1?3に記載された事項により特定される次のとおりのものである。

「【請求項1】
鋼板表面に形成された引張残留応力と塑性歪からなる歪領域のうち、圧延方向の前記引張残留応力の最大値が70?150MPaであり、かつ、前記塑性歪の圧延方向の範囲が0.3mm以下であることを特徴とする低鉄損一方向性電磁鋼板。
【請求項2】
前記歪領域間の圧延方向の間隔が7.0mm以下であることを特徴とする請求項1に記載の低鉄損一方向性電磁鋼板。
【請求項3】
前記歪領域は、鋼板の圧延方向に対して60?120°の方向に連続的または所定間隔で形成されていることを特徴とする請求項1または2に記載の低鉄損一方向性電磁鋼板。」
(以下、それぞれの発明を「訂正発明1」?「訂正発明3」という。)

第4 請求人の主張
請求人は、審理の全趣旨によれば、本件訂正を認めた上で、「訂正発明1?3についての特許を無効とする。審判費用は被請求人の負担とする。」との審決を求め、審判請求書に添付した甲1?6号証に加え、新たに甲7?10号証を証拠方法として提出し、以下の無効理由1?3を主張している。

無効理由1;
訂正発明1?3は、甲1号証に記載された発明であって、特許法第29条第1項第3号に該当するから、訂正発明1?3についての特許は、特許法第29条第1項の規定に違反してされたものであり、特許法第123条第1項第2号に該当し、無効とすべきである。

無効理由2;
訂正発明1?3は、甲1号証に記載された発明、及び甲8,9号証に記載された事項に基いて、当業者がその出願前に容易に発明をすることができたものであるから、訂正発明1?3についての特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであり、特許法第123条第1項第2号に該当し、無効とすべきである。

無効理由3;
訂正発明1?3についての特許は、発明の詳細な説明の記載が特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、特許法第123条第1項第4号に該当し、無効とすべきである。

証拠方法
甲1号証;材料 第51巻 第7号 2002年7月,第730?735頁
甲2号証;鉄と鋼 第69年 第8号 1983年,第895?902頁
甲3号証;被請求人が本件の拒絶査定に対する審判請求書について平成21年6月11日付けで提出した手続補正書
甲4号証;「残留応力のX線評価-基礎と応用-」,2006年7月29日,第84?87頁,第200?202頁
甲5号証;材料 第37巻 第420号 昭和63年9月,第1118?1124頁
甲6号証;特開2008-106288号公報
甲7号証;請求人が平成24年5月10日に作成した実験成績証明書(硬さ分布)
甲8号証;特開2003-34822号公報
甲9号証;特開2002-12918号公報
甲10号証;請求人が平成24年5月10日に作成した実験成績証明書(鉄損)

第5 被請求人の主張
被請求人は、平成22年5月31日付けの審判事件答弁書(以下、「第1答弁」という。)によれば、「本件審判請求は成り立たない。審判費用は請求人の負担とする。」との審決を求め、審理の全趣旨によれば、本件訂正は認容されるべきであり、訂正発明1?3について無効理由はないと主張し、以下の乙1号証を提出している。

乙1号証;武蔵工業大学工学部機械システム工学科中谷聡著「方向性電磁鋼板の結晶粒内残留応力分布」平成15年度卒業論文(平成16年2月),第20?25頁,第33頁

第6 無効理由1について
以下、無効理由1について検討する。

1 甲1号証(材料 第51巻 第7号 2002年7月,第730?735頁)の記載事項
[1a]「方向性電磁鋼板のレーザー照射による磁区細分化機構」

[1b]「1 緒言
鉄に合金元素として珪素を加えたり,結晶方位や磁区の幅をコントロールしたりすることで,磁気的な性質を改良した鉄板のことを電磁鋼板といい,発電機,変圧器,モータ等の鉄心として使用されている.…最近では,電磁鋼板の表面にレーザー照射を施すことで磁区を細分化し,鉄損を7?13%も減少させることが可能となった.…本研究では,著者らが,これまでに開発してきた単結晶X線応力測定法を,電磁鋼板の一結晶粒内におけるレーザー照射位置近傍の残留応力分布測定に適用し,磁区細分化機構解明の第一段階として,レーザー照射による磁区細分化の主要因を検討した.」(730頁左欄1行?右欄17行)

[1c]「4 実験方法
レーザー照射により導入された残留応力が,磁区の細分化に及ぼす影響を検討するために,レーザー照射後,応力除去焼なまし前後における磁区観察,レーザースポット近傍の表面観察および形状測定,さらに残留応力分布測定を行った.以降に示す応力除去焼なましの全ては,水素雰囲気中,800℃,2時間の条件で行った.
4・1 供試材および試験片
結晶粒径が20mm程度で,板厚0.23mmの3%Si鉄の鋼帯より,試験片内に一結晶粒のみを含む15mm×15mmの試験片を切り出し(Fig.4),応力除去焼なましを行った.次に,磁区の細分化を目的とし,室温大気中において,圧延方向に対し垂直方向に,3.3mJ/PulseのYAGレーザーを0.3mm間隔で試験片表面に照射した.レーザースポットサイズは,直径約0.18mmである.また,レーザー照射した列の間隔は5mmである.」(732頁左欄18行?33行)

[1d]「5・3・2 レーザー照射位置近傍の半価幅変化
回折線の半価幅は,不均一ひずみのレベルを示すパラメータであり,その値が大きいほど,不均一ひずみが大きいといえる.また,塑性ひずみの増大に伴って,半価幅が増大することも知られている.レーザー照射位置近傍における応力除去焼なまし前後の半価幅変化をFig.10に示す.プロットは,各測定位置における,全回折面の3回測定の平均半価幅を示しており,エラーバンドはばらつき範囲を示している.応力除去焼なまし前では,レーザー照射位置に近づくほど半価幅が大きくなり,不均一ひずみが大きいことを示している.これは,レーザー照射に伴う衝撃波により生じた塑性変形や,溶融・冷却・収縮によるレーザースポット近傍における局所的塑性ひずみの発生を示していると考えられる.これら不均一ひずみは,残留応力発生の要因になると考えられる.一方,応力除去焼なまし後の半価幅については,測定位置に関わらずほぼ一定であり,レーザー照射位置近傍に生じていた不均一ひずみが緩和されたことが確認できる.」(733頁右欄12行?734頁左欄8行)

[1e]「Fig.11(a),(b)は,それぞれ応力除去焼なまし前後におけるレーザー照射位置近傍の残留応力分布を示している.σ_(X)およびσ_(Y)は,それぞれFig.5に示すX軸およびY軸方向の残留応力を示し,σ_(XY)はX軸を法線とする面内のY軸方向のせん断残留応力を示す.また,エラーバンドは68.3%信頼限界を示す.Fig.11(a)に示すように,応力除去焼なまし前におけるσ_(X),σ_(Y)は,レーザー照射位置(X=0)に近づくほど,引張残留応力が大きくなる傾向が確認できる.」(734頁左欄23?31行)

[1f]「電磁鋼板に用いられるレーザー照射は,大気中で行われるレーザーピーニング処理とほぼ同様な手法である.レーザーピーニング処理では,衝撃波の影響により圧縮応力が形成された後,冷却・収縮により引張残留応力に推移すると報告されている.実際,Fig.7に示したように,レーザースポット内部では溶融した痕跡が見られた.したがって,レーザー照射による衝撃波の影響よりも,冷却・収縮による熱影響が大きかったために,レーザー照射位置において引張残留応力が導入されたと考えられる.」(734頁左欄31行?右欄4行)

[1g]「以上に示した結果のように,応力除去焼なましにより,レーザー照射位置近傍において生じていた引張残留応力は緩和され,また,レーザー照射により細分化していた磁区は,レーザー照射前の磁区幅に戻った.したがって,レーザー照射により導入された残留応力が,磁区細分化に寄与していることは明らかである.これまで,局所的に導入された塑性変形により生じた弾性ひずみ場により,磁区が細分化すると報告されてきたが,本研究により,それを実験的に証明したことになる.」(734頁右欄13行?735頁左欄2行)

2 甲1号証に記載された発明の認定
上記記載及び甲1号証のFig.5,7,10,11の記載によれば、甲1号証には、方向性電磁鋼板に鉄損の減少をもたらすレーザー照射による磁区細分化機構に関して([1a]、[1b])、結晶粒径が20mm程度で、板厚0.23mmの3%Si鉄の鋼帯より一結晶粒のみを含む15mm×15mmの試験片を切り出し、磁区細分化を目的として、圧延方向に対し垂直方向に、3.3mJ/PulseのYAGレーザーを、0.3mm間隔、スポットサイズ直径約0.18mm、列間隔5mmで試験片表面に照射する実験を行い[1c]、レーザー照射位置近傍では、衝撃波により生じた塑性変形や、溶融・冷却・収縮によるレーザースポット近傍における局所的塑性ひずみによる不均一ひずみが生じているが、レーザー照射位置から圧延方向で0.25mm離間した地点では、不均一ひずみが生じておらず([1d]、Fig.5、Fig.10)、圧延方向σ_(X)の引張残留応力の最大値はレーザー照射位置における約120MPaであり([1e]、Fig.11(a))、レーザー照射によるレーザースポット内部の溶融に伴う冷却・収縮による局所的塑性ひずみが、引張残留応力発生の要因であり([1f]、Fig.7)、この引張残留応力が磁区細分化の主要因である([1g])ことが記載されていると認められる。

以上によると、甲1号証には以下の発明が記載されていると認められる。
(「ひずみ」は「歪」と表記した。)

「鋼板表面にレーザー照射により形成された引張残留応力と不均一歪からなる歪領域のうち、圧延方向の前記引張残留応力の最大値が120MPaであり、かつ、前記不均一歪の範囲がレーザー照射位置近傍であって、レーザー照射位置から圧延方向に0.25mmの離間した位置には至っていない低鉄損一方向性電磁鋼板」(以下、「甲1発明」という。)

3 対比
訂正発明1(前者)と甲1発明(後者)とを対比すると、後者の「不均一歪」は、「塑性歪」を含む概念であり、「不均一歪」が生じていない部分では、「塑性歪」も生じていないと認められるから、両者は以下の点で相違し、他に相違するところはない。

<相違点>
塑性歪の圧延方向の範囲が、前者は、0.3mm以下であるのに対して、後者は、レーザー照射位置近傍であって、レーザー照射位置から圧延方向に0.25mmの離間した位置には至っていない、すなわち、塑性歪の圧延方向の範囲が0.5mm以下ではあるが、0.3mm以下であるか不明である点

4 判断
(1)訂正発明1について
ア 甲7号証は、甲1号証に記載の実験を追試して、本願の訂正明細書【0023】の記載に基いて、マイクロビッカース硬度計を用いる塑性歪の圧延方向の範囲を決定する場合、甲1号証の追試の結果得られた一方向性電磁鋼板の塑性歪の圧延方向の範囲が0.3mm以下であることを確認することを目的とし(「4.実験の目的」)、試験片鋼板の結晶粒径、板厚条件、及びレーザー照射条件を甲1号証に記載のものとし、レーザー照射後の試験片鋼板の表面硬さをマイクロビッカース硬度計で測定し、硬度上昇量5%以上の範囲を求め、(「5.実験内容」)、レーザー照射によって生じた塑性歪の圧延方向の範囲(最大長さ)が0.195mmであることを確認した(「6.実験結果および考察 (3)塑性歪の圧延方向の範囲について」)ものである。

イ ここで、甲7号証における追試では、地鉄の表面にガラス状皮膜とリン酸塩系コーティングがされている試験片鋼板に対してレーザー照射を行い、上記のリン酸塩系コーティングを水酸化ナトリウム水溶液に浸漬し、上記のガラス状皮膜は硝酸水溶液に浸漬して除去した後に硬度測定を行っている(「5.実験内容 (1)、(3)丸1」)のに対して、甲1号証に記載の実験においては、試験片に皮膜が形成されているのか不明である。

ウ しかし、甲2号証には、「方向性珪素鋼板の磁区構造とその制御」(論文名)に関して、「4. 磁区制御による鉄損の減少」(900?901頁)の項に、「レーザー走査による鉄損減少を調査した結果を説明しよう.…試片は張力絶縁皮膜のついた最終成品であり,今日得られる最高級品についてレーザー走査がどの程度効果があるか興味のあるところである.またこれらの効果の程度を比較するために,張力絶縁皮膜をつける前の試片を別途用意してその鉄損とB_(10)をレーザー走査前後において測定した.…ここで注目すべきことは二つの直線(審決注:皮膜がある場合とない場合との、レーザー走査後の鉄損とB_(10)の相関)がほぼ平行であり、同一B_(10)に対応する二直線の示す鉄損差ΔW_(1)が張力絶縁皮膜による効果ΔW_(2)(…)にほぼ等しいことである.これは皮膜による張力効果とレーザー走査効果とが重畳することを示すものである.」(900頁右欄13行?901頁17行)と記載されているから、レーザー照射効果は、張力絶縁皮膜による効果と独立して奏されると認められ、そうであれば、甲7号証において、試験片鋼板にガラス状皮膜とリン酸塩系コーティングを施していることは、レーザー照射により生じる塑性歪の範囲に格別の影響を及ぼさないものと考えられる。
また、マイクロビッカース硬度計による硬さの測定において、表面皮膜を除去することも当然のことと認められる。

エ そうすると、甲7号証の実験結果に基いて、甲1発明における塑性歪の圧延方向の範囲は、0.3mm以下であると認定することができる。
したがって、上記の相違点は実質的な相違点ではないから、訂正発明1は、甲1号証に記載された発明である。

(2)訂正発明2,3について
訂正発明2は、訂正発明1に「前記歪領域間の圧延方向の間隔が7.0mm以下である」との特定事項を付加するものである。
また、訂正発明3は、訂正発明1又は2に、「前記歪領域は、鋼板の圧延方向に対して60?120°の方向に連続的または所定間隔で形成されている」との特定事項を付加するものである。
これに対して、甲1号証には、甲1発明における不均一歪を導入するレーザー照射が、鋼板の圧延方向に対して垂直方向に間隔0.3mmの列状に、列間隔5mmで行われたことが記載されているから([1c])甲1発明における不均一歪領域(塑性歪領域)間の圧延方向の間隔は、列間隔の5mm未満であり、不均一歪領域は、鋼板の圧延方向に対して90°の方向に形成され、その中心が0.3mm間隔で形成されているものである。
したがって、訂正発明2,3も、甲1号証に記載された発明である。

(3)補足 - 被請求人の平成24年6月25日付けの審判事件答弁書における主張に対して
ア 上記の答弁書において、被請求人は、甲7号証は、本件特許出願日より後に作成された実験成績証明書であるから、当該実験成績証明書に記載された事実によって、甲1号証に記載される技術内容を解釈することは許されない、と主張する。
しかしながら、甲7号証は、甲1号証に記載の「レーザー照射位置近傍」の範囲について、甲1号証に記載の実験条件に基いて追試し、その範囲を確認したものにすぎず、甲1号証に記載された事項に何らの技術的解釈を付け加えるものではない。
したがって、甲7号証を参酌して甲1発明を認定することは何ら阻害されていない。

イ また、被請求人は、甲7号証とほぼ同様の実験成績証明書が、本件特許の審決取消判決で触れられなかったことを以てして、甲7号証を証拠として採用すべきでないと主張していると解される。
しかしながら、上記の事実は、判決において当該証拠によらずに判決の結論を導くことが可能であったことを示すのみであって、甲7号証の証拠能力について示唆するものでない。

ウ さらに、被請求人は、甲7号証では、2層の皮膜が存在する鋼板表面にレーザー照射した後、水酸化ナトリウム及び硝酸に浸漬して皮膜を除去しており、特に硝酸によって鋼板表面における塑性歪も酸洗除去されたことにより、甲1号証のFig.10より狭い塑性歪の範囲になったことが窺えるから、甲7号証の実験結果は甲1号証に記載された電磁鋼板についての実験結果であるか疑わしいと主張している。
しかしながら、甲1号証のFig.10からは、圧延方向の塑性歪の範囲が0.5mmより狭いことは、測定点の表示により把握することができるが、0.195mmより狭いか広いかを窺い知ることはできないから、硝酸による皮膜除去により、鋼板表面の塑性歪も酸洗除去されるという被請求人主張の機序は裏付けられていない。

エ なお、甲1号証733頁「5.2」、及びFig.7,8の記載によれば、レーザー照射による溶融痕(塑性歪は溶融に伴う冷却・収縮により生じる)は、レーザースポット径とほぼ同じ領域の深さ方向に生じていることが把握でき、また、甲2号証にも、「3・2 レーザー照射による磁区制御」の項に、「このような塑性変形はレーザー照射部分およびその極く近傍に限定されており,かつ鋼板の表面から裏面へ向かって起こっている.」と記載されているから、レーザー照射による塑性歪の範囲が深さ方向に向かって急激に減少するとは想定しがたい。
したがって、甲7号証の実験において、仮に、硝酸により皮膜とともに鋼板表面も除去される現象が起こっているとしても、塑性歪の圧延方向の範囲に大きな誤差が出るものとは考えにくく、硝酸による皮膜除去の工程を含むからといって、甲7号証の実験結果に疑義があるとすることはできない。

第7 むすび
以上のとおり、訂正発明1?3は、甲1号証に記載された発明であって、特許法第29条第1項第3号に該当するから、無効理由2,3について検討するまでもなく、訂正発明1?3についての特許は、特許法第29条第1項の規定に違反してされたものであり、特許法第123条第1項第2号に該当し、無効とすべきものである。
審判に関する費用については、特許法第169条第2項の規定により準用する民事訴訟法第61条の規定により、被請求人が負担するものとする。
よって、結論のとおり審決する。
 
発明の名称 (54)【発明の名称】
低鉄損一方向性電磁鋼板
【技術分野】
【0001】
本発明は、トランスの鉄心などに利用される低鉄損一方向性電磁鋼板に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、鋼板の圧延方向に磁化容易軸をもつ一方向性電磁鋼板は、主にトランスなどの電気機器などの用途で実用化されており、エネルギー環境の点からエネルギーロスをさらに低減するための磁気特性改善として鉄損の低減が求められている。
【0003】
一方向性電磁鋼板における鉄損は、一般にヒステリシス損と渦電流損に大きく分けられ、ヒステリシス損は結晶方位、不純物等により、渦電流損は板厚、磁区幅などによりそれぞれ影響を受けることが知られている。ヒステリシス損低減のための結晶方位制御手法には限界があることから、近年、鉄損の大部分を占める渦電流損低減を目的とした磁区幅の減少、つまり磁区細分化技術が多く提案されている。
このような磁区細分化方法の適用により鋼板の断面方向における渦電流及びそれによる熱エネルギーの発生は抑制され、その結果、一方向性電磁鋼板の鉄損は低減できる。
【0004】
例えば特許文献1などには、鉄損の改善を目的とし、一方向性鋼板表面の圧延方向と直角方向に対して、レーザを、所定のビーム幅、エネルギー密度、照射間隔で照射することにより、鋼板表面に局部的な高転位密度領域、すなわち微小塑性歪を加える(2頁左下欄15行目参照)ことで、磁区の芽を発生させて磁区の細分化を行ない(2頁右下欄18?20行目参照)、鉄損を低減する一方向性電磁鋼板の製造方法が開示されている。
【0005】
また特許文献2などには、鉄損の改善を目的とし、一方向性鋼板表面の圧延方向と直角方向から45°の方向の範囲に、所定荷重を加えて溝を形成した後、所定温度で歪取り燃鈍をすることにより歪導入部に微細結晶粒を生じさせ、この粒と二次再結晶粒との界面から磁区細分化の芽を発生させる(2頁左下欄9?19行目参照)方法が開示されている。
【0006】
上記特許文献1及び特許文献2の方法は、手段が異なるものの、いずれも一方向性電磁鋼板表面に局部的な塑性歪領域(高転位密度領域)を生成させ、磁区の芽を生成して磁区の細分化を行なうことを技術思想とする技術であるが、これらの塑性歪を付与する方法で得られる鋼板の鉄損(W17/50)は0.80?0.78W/Kg程度が限界であった。なお、前記W17/50は磁束密度1.7T、周波数50Hzにおける鉄損を示す。
上記鉄損が不充分となる原因は、本発明者らの検討結果によれば、塑性歪付与により磁区幅を低減(磁区細分化)することで鉄損のうちで、渦電流損は低減するものの、逆にヒステリシス損が増加するためであることが判っている。
【0007】
一方、従来から非特許文献1などで、一方向性電磁鋼板表面に張力皮膜をコーティングすることにより弾性歪を付与し、鉄損を低下させる方法が提案され、実用化されている。しかしながら鋼板表面の張力皮膜形成により発生する張力はせいぜい20MPa程度が限度であり、この方法によって得られる鉄損W17/50は1.03W/Kg程度に過ぎなかった。このような従来技術の現状を踏まえ、さらなる鉄損の改善が望まれている。
【0008】
前述の通り、近年、電気機器などで使用する際のエネルギーロス低減のために一方向性電磁鋼板の更なる鉄損の低減が求められている現状において、一方向性電磁鋼板の鉄損を従来以上に安定して改善する方法が望まれている。
【特許文献1】特開昭55-18566号公報
【特許文献2】特開昭61-117218号公報
【非特許文献1】T.Yamamoto and T.Nozawa:J.Appl.Phys.,57(1970)2981.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
上述の通り、従来技術の一方向性電磁鋼板表面に塑性歪または弾性歪を付与する方法により達成される鉄損値(W17/50)の向上効果には限界があった。
本発明は、このような従来技術の現状に鑑みて、一方向性電磁鋼板の鉄損をヒステリシス損と渦電流損に分けて、それぞれの観点から塑性歪と弾性歪を適正な条件に制御することにより、従来に比べて鉄損に優れた低鉄損一方向性電磁鋼板を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は上記課題を解決するものであり、その要旨とするところは以下の通りである。
(1)鋼板表面に形成された引張残留応力と塑性歪からなる歪領域のうち、圧延方向の前記引張残留応力の最大値が70?150MPaであり、かつ、前記塑性歪の圧延方向の範囲が0.3mm以下であることを特徴とする低鉄損一方向性電磁鋼板。
(2)前記歪領域間の圧延方向の間隔が7.0mm以下であることを特徴とする前記(1)に記載の低鉄損一方向性電磁鋼板。
(3)前記歪領域は、鋼板の圧延方向に対して60?120°の方向に連続的または所定間隔で形成されていることを特徴とする前記(1)または(2)に記載の低鉄損一方向性電磁鋼板。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、一方向性電磁鋼板の鉄損をヒステリシス損と渦電流損に分けてそれぞれの観点から塑性歪と弾性歪を適正な条件に制御することにより、鉄損(W17/50)を0.7W/Kg以下に改善でき、従来に比べて鉄損に優れた低鉄損一方向性電磁鋼板を提供することができる。本発明の鉄損に優れた一方向性電磁鋼板を例えばトランスなどの電気機器などに適用することによって、従来に比べてエネルギーロスを大幅に低減することが期待されることから、本発明の産業上の利用価値は非常に高いものである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
以下に、本発明について詳細に説明する。
本発明者らは、特許文献1などで開示された一方向性電磁鋼板表面にレーザを照射して、鋼板表面に局部的な高転位密度領域、すなわち微小塑性歪を形成する方法の確認試験を実施し、鉄損改善に及ぼす効果を詳細に検討した。その結果、レーザを一方向性電磁鋼板表面に照射した場合、その鋼板表面には局所的に熱履歴に起因する塑性歪が形成されると同時に弾性歪である引張残留応力が形成され、両者が鉄損に影響することを確認した。
【0013】
また、弾性歪である引張残留応力は、一方向性電磁鋼板における圧延方向に向いた磁化容易軸方向の磁気異方性を高め、磁区細分化を引き起こす作用により、鉄損の一部である渦電流損、特に異常渦電流損を減少させる効果があるものの、塑性歪はピンニングサイトとして磁壁の移動を妨げる作用により、鉄損の一部であるヒステリシス損を逆に増加させることを見出した。
【0014】
特許文献1及び特許文献2などで提案する従来方法では、一方向性電磁鋼板表面に局部的な塑性歪領域(高転位密度領域)を積極的に生成させることにより、磁区の芽を生成して磁区の細分化を行なうことを技術思想としていた。しかし、以上の検討結果に基づき、本発明者らは、一方向性電磁鋼板の鉄損を低減させるために塑性歪領域の増加は逆効果であり、弾性歪である引張残留応力を形成することが鉄損低減のために効果的であると考えた。
【0015】
本発明は、一方向性電磁鋼板の鉄損をヒステリシス損と渦電流損に分けて、鋼板表面に形成される塑性歪の領域を制限してヒステリシス損を低減し、鋼板表面に適正な引張残留応力(弾性歪)を形成して渦電流損を低減することにより、従来の一方向性電磁鋼板に比べて大幅に鉄損を低減させることを技術思想とするものである。
【0016】
本発明の低鉄損一方向性電磁鋼板は、第1に、引張残留応力と塑性歪からなる歪領域のうち、圧延方向の引張残留応力の最大値が70?150MPaであり、かつ、塑性歪の圧延方向の範囲が0.3mm以下であること、を特徴とする。
【0017】
本発明において、一方向性電磁鋼板表面に引張残留応力(弾性歪)または塑性歪を形成する方法は特に限定するものではないが、例えば特許文献1などで示されるようなパルスレーザまたは連続レーザ照射方法を用いて照射条件を調整することにより、鋼板表面の引張残留応力(弾性歪)または塑性歪が上記範囲になるように制御することで実現できる。鋼板表面に上記歪を導入する他の方法としては、イオン注入法、放電加工法、局部メッキ法等が挙げられいずれの手法でも良い。
【0018】
図1は、一方向性電磁鋼板にパルスレーザを照射した場合に鋼板表面に形成される歪領域を示した模式図である。
図1に示すように、一方向性電磁鋼板にレーザ照射スポット形状1およびレーザ出力を調整したパルスレーザを照射することにより、鋼板表面に引張残留応力(弾性歪)と塑性歪からなる歪領域2が形成される。
【0019】
鋼板表面に形成される圧延方向の引張残留応力(弾性歪)の最大値は、例えば集光レンズの焦点距離などの光学条件を変えずにレーザ出力を調整することにより制御でき、レーザ出力の増加により圧延方向の引張残留応力(弾性歪)の最大値は増大する。また、鋼板表面に形成される塑性歪の圧延方向の範囲は、例えばレーザ出力を変えずに光学系を調整してレーザスポット面積を一定の条件でスポット形状を長軸が圧延方向(L方向)で短軸が幅方向(C方向)の楕円形状に変化させ、その軸比(L/C)を調整することにより塑性歪の圧延方向の範囲を制御できる。
【0020】
図2は、レーザ照射により一方向性電磁鋼板表面に形成された圧延方向の引張残留応力の最大値および塑性歪の圧延方向の範囲(最大長さ)と、鉄損(W17/50)との関係を示す。
ここで、W17/50は通常の磁気測定装置を用いて周波数50Hzで励磁した時の磁束密度(B)1.7Tの条件で測定した鉄損値を示す。また、一方向性電磁鋼板の板厚は0.23mm、パルスレーザ照射条件は、鋼板の圧延方向(L方向)に5.0mm、鋼板の圧延方向(L方向)に対して直角方向(C方向)に0.3mmの照射間隔(ピッチ)で照射した。
【0021】
前述の通り、従来技術により得られる一方向性電磁鋼板の鉄損値(W17/50)は0.80?0.78W/Kg程度が限界であり、本発明ではこれらの鉄損値(W17/50)を下回る低鉄損特性に優れた一方向性電磁鋼板を得ることを目標とする。
【0022】
図2から明らかなように、鉄損値(W17/50)が0.70W/Kg以下の低鉄損特性に優れた一方向性電磁鋼板を得るためには、圧延方向の引張残留応力の最大値を70?150MPaとすると同時に、塑性歪の圧延方向の範囲を0.3mm以下とすればよい。
このような理由から、本発明では前記鋼板表面に形成された引張残留応力と塑性歪からなる歪領域のうち、圧延方向の引張残留応力の最大値を70?150MPaとし、かつ塑性歪の圧延方向の範囲を0.3mm以下とした。
【0023】
本発明において前記鋼板表面に形成された圧延方向の引張残留応力の最大値は、例えば単結晶X線応力解析法(例えば須山、大谷、吉岡:材料、48(1999),P.372参照)を用いて圧延方向の残留応力(弾性歪)を測定し、その最大値から求めることができる。また、本発明において前記鋼板表面に形成された塑性歪の圧延方向の範囲(最大長さ)は、例えばマイクロビッカース硬度計を用いて鋼板表面の硬さを測定し、加工硬化による硬度上昇量が5%以上の範囲を塑性歪の範囲と定義し、その塑性歪の圧延方向の範囲(最大長さ)から求められる。
【0024】
本発明は、上記第1実施形態により、従来に比べ鉄損が低い、低鉄損特性に優れた一方向性電磁鋼板を達成することができるが、これらの発明実施形態に加えてさらに以下の条件を規定することにより、安定して低鉄損特性を改善できるので好ましい。
【0025】
上記発明の第1実施形態において、引張残留応力および塑性歪からなる歪領域の鋼板幅方向(C方向)の間隔は特に限定する必要はないが、同歪領域の圧延方向(L方向)の間隔は、それぞれの隣り合う歪領域間の相互作用により磁区細分化に影響を及ぼすため、その間隔が大き過ぎる場合は鉄損を低減する効果が減少する。
本発明者らの実験結果によれば、本発明の圧延方向の引張残留応力の最大値および塑性歪の圧延方向の範囲が最適な条件下であっても、前記引張残留応力および塑性歪からなる歪領域の圧延方向の間隔が7.0mmを超える場合には、鋼板の磁区細分化作用は少なくなり、従来に比べて十分に鉄損値を低減することはできないことを確認した。
【0026】
このような理由から、本発明では、上記第1実施形態で規定する要件に加えて、第2実施形態として、さらに、引張残留応力および塑性歪からなる歪領域の圧延方向の間隔を7.0mm以下とすることが好ましい。より好ましくは、引張残留応力および塑性歪からなる歪領域の圧延方向の間隔は0mm、つまり、前記歪領域を圧延方向に連続に形成するのがより望ましい。
【0027】
前述した通り、一方向性電磁鋼板は、理想的には鉄損を低減するために、圧延方向(L方向)に磁化容易軸をもった(110)[001]方位の結晶粒で構成された集合組織鋼板であることが望ましい。しかし、実際に工業的に製造し得る一方向性電磁鋼板における磁化容易軸は圧延方向と完全に平行ではなく、磁化容易軸は圧延方向に対してずれ角度が存在する。また、一方向性電磁鋼板の磁区細分化により鉄損を低減するためには、鋼板の磁化方向、つまり、磁化容易軸に対して直角方向に連続的または所定間隔で鋼板表面に引張残留応力および塑性歪からなる歪領域を形成するのが有効であると考えられる。
【0028】
本発明者らの実験結果によれば、上記磁化容易軸の圧延方向に対するずれ角度に起因して、圧延方向に対して60?120°の方向に連続的または所定間隔で鋼板表面に引張残留応力および塑性歪からなる歪領域を形成する場合に、磁区細分化の効果による鉄損の低減が充分に得られることを確認した。上記の角度範囲は、理想とする磁化容易軸方向、つまり、鋼板の圧延方向(L方向)に対して直角な方向(C方向)からずれ角度で30°以内の範囲に相当し、この角度範囲から外れると、本発明の圧延方向の引張残留応力の最大値および塑性歪の圧延方向の範囲が最適な条件下であっても、鋼板の磁区細分化作用は少なくなり、従来に比べて十分に鉄損値を低減することはできない。
【0029】
したがって本発明は、上記第1実施形態または第2実施形態で規定する要件に加えて、第3実施形態として、さらに、前記引張残留応力および前記塑性歪からなる歪領域が、鋼板の圧延方向に対して60?120°の方向に連続的または所定間隔で形成することがより鉄損を低減するため好ましい。
以下、本発明を実施例に基づいて説明する。
【実施例1】
【0030】
板厚が0.23mmの一方向性電磁鋼板を用いてこの鋼板表面にパルスレーザを照射することにより、表1に示すような引張残留応力(弾性歪)の最大値、塑性歪の圧延方向の範囲(最大長さ)、歪領域(引張残留応力および塑性歪からなる歪領域)の方向の圧延方向に対する角度、同歪領域の圧延方向(L方向)の間隔の各一方向性電磁鋼板を製造後、各一方向性電磁鋼板の鉄損(W17/50)を測定した(表1参照)。
【0031】
なお、表1の圧延方向の引張残留応力の最大値は、単結晶X線応力解析法を用いて圧延方向の残留応力(弾性歪)を測定し、その最大値から求めた。また、塑性歪の圧延方向の範囲(最大長さ)は、マイクロビッカース硬度計を用いて鋼板表面の硬さを測定し、加工硬化による硬度上昇量が5%以上の範囲を塑性歪の範囲とし、その塑性歪の圧延方向の範囲(最大長さ)から求めた。
【0032】
レーザビーム形状は、鋼板表面の照射位置でのスポット形状が直径150μmの円形であり、レーザ出力は、表1に示すように1パルスあたりのエネルギーで2mJとした。照射方向は、鋼板の圧延方向に対して90°?135°、照射間隔は、鋼板幅方向(C方向)には0.3mmに固定し、鋼板圧延方向(L方向)には5.0mmとした。
【0033】
表1から明らかなように、試験No.1、8(本発明例)に示す一方向性電磁鋼板は、何れも圧延方向の引張残留応力の最大値および塑性歪の圧延方向範囲の何れも本発明で規定する範囲内にあるため、低鉄損値(W17/50)を0.70W/Kg以下まで低減でき、これらの条件が外れる試験No.10?13(比較例)に比べて低鉄損特性に優れた一方向性電磁鋼板が得られた。
【0034】
また、上記試験No.1、8(本発明例)のうちで、圧延方向の引張残留応力の最大値及び塑性歪の圧延方向範囲に加えて、さらに、鋼板の圧延方向に対する歪領域(引張残留応力および塑性歪からなる歪領域)の方向の角度、同歪領域の圧延方向間隔が好ましい範囲内にある試験No.1(本発明例)は、試験No.8(本発明例)に比べてより鉄損を低減することができた。
【0035】
【表1】

【図面の簡単な説明】
【0036】
【図1】レーザ照射スポット形状と歪の圧延方向範囲の概念図を示す。
【図2】圧延方向の引張残留応力最大値および圧延方向の塑性歪範囲と鉄損(W17/50)との関係を示す図。
【符号の説明】
【0037】
1:レーザ照射スポット形状
2:歪領域
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼板表面に形成された引張残留応力と塑性歪からなる歪領域のうち、圧延方向の前記引張残留応力の最大値が70?150MPaであり、かつ、前記塑性歪の圧延方向の範囲が0.3mm以下であることを特徴とする低鉄損一方向性電磁鋼板。
【請求項2】
前記歪領域間の圧延方向の間隔が7.0mm以下であることを特徴とする請求項1に記載の低鉄損一方向性電磁鋼板。
【請求項3】
前記歪領域は、鋼板の圧延方向に対して60?120°の方向に連続的または所定間隔で形成されていることを特徴とする請求項1または2に記載の低鉄損一方向性電磁鋼板。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
審理終結日 2012-07-13 
結審通知日 2012-07-19 
審決日 2012-08-01 
出願番号 特願2004-63432(P2004-63432)
審決分類 P 1 113・ 113- ZA (C22C)
最終処分 成立  
前審関与審査官 本多 仁  
特許庁審判長 吉水 純子
特許庁審判官 佐藤 陽一
小柳 健悟
登録日 2009-07-17 
登録番号 特許第4344264号(P4344264)
発明の名称 低鉄損一方向性電磁鋼板  
代理人 高梨 玲子  
代理人 来間 清志  
代理人 富田 和夫  
代理人 川原 敬祐  
代理人 寺嶋 勇太  
代理人 影山 秀一  
代理人 富田 和夫  
代理人 杉村 憲司  
代理人 塚中 哲雄  
代理人 影山 秀一  

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