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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) G06F
管理番号 1264702
審判番号 不服2010-3305  
総通号数 156 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2012-12-28 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2010-02-16 
確定日 2012-10-10 
事件の表示 特願2007-304951「線形システム解法のためのアレイ処理」拒絶査定不服審判事件〔平成20年 4月 3日出願公開、特開2008- 77682〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 1.手続の経緯
本願は、平成14年11月13日に出願した特願2003-544946号の一部を平成19年11月26日に新たな特許出願(優先権主張日;2001年11月14日,米国)としたものであって、出願後の手続きの経緯は次のとおりである。

拒絶理由の通知 (起案日)平成20年12月24日
意見、手続補正 (提出日)平成21年4月15日
拒絶査定 (起案日)平成21年10月9日
同 謄本送達 (送達日)平成21年10月16日
審判請求 (提出日)平成22年2月16日
拒絶理由の通知 (起案日)平成23年9月15日
意見、手続補正 (提出日)平成24年3月16日

2.本願発明
本願の請求項1に係る発明(以下「本願発明」という。)は、平成24年3月16日付けの手続補正書により補正された特許請求の範囲の請求項1に記載されたとおりの次の事項により特定されるものである。
「データ信号の既知の拡散符号を用いて畳み込まれた前記データ信号の、推定された、または、既知の、チャネルレスポンスの畳み込みである行列Aに関連付けされた受信ベクトルとして受信された複数の前記データ信号からデータを復元するための方法であって、
バンド幅Pを有するN×N行列A^(H)Aのコレスキーファクタを決定し(ここでA^(H)はAの共役転置(エルミート)であり、PはNより小さい)、かつ、前記決定されたコレスキーファクタを前進代入および後退代入において使用してP個のスカラー・プロセシング・エレメントのアレイを使用することで線形方程式を解く、ことによって、受信ベクトルのデータを決定するステップと、
前記アレイの各スカラー・プロセシング・エレメントが、前記行列A^(H)Aの対角要素を受信し、前記コレスキーファクタの対応する対角要素を決定し、かつ前進代入および後退代入を実行するステップとを具えたことを特徴とする方法。」

3.引用刊行物に記載された発明
3.1 当審で引用された本願優先権主張日前に頒布された刊行物である
M.V.PADMINI ET AL,「A LINIEAR ARRAY FOR LARGE SPARSE MATRIX OPERATIONS - II TRIANGULAR SYSTEM SOLVERS AND MATRIX MULTIPLICATION」, PARALLEL ALGORITHMS and APPLICATIONS,GORDON AND BREACH SCIENCE PUBLISHERS,1999年,Volume 13, Number 3,pp217-237(以下、「引用刊行物1」という)には、関連する図面と共に次の事項が記載されている。
a.「2 SOLUTION TO A SYSTEM OF TRIANGULAR EQUATIONS
Consider the following system of equations:
Ax=b, (1)
where A is a n×n sparse positive definite matrix, x is a vector of unknowns and b is a right hand side vector. Equation (1) above is to be solved for x. In the direct method, matrix A is first decomposed to obtain the Cholesky factor L, i.e.
A=LL^(T), (2)
LL^(T)x=b, (3)
Then the two triangular sets of Equations (4) and (5) are solved,
Ly=b, (4)
L^(T)x=y, (5)
First, Equation (4) is solved to obtain vector y using the forward substitution metod. Vector y so computed is subsequently used in Equation (5) for solving the upper triangular system of equations that yields vector x. The computing structre chosen here being a linear array, piplining is inherent to this architecture. Hence, pipelined algorithms for solving lower and upper triangular systems are developed.
In Equation (4), consider solving for the unkown y_(k), the kth component of vector y:
k-1 (Σの添え字;当審注)
y_(k)=b_(k)-Σl_(ki)y_(i)/l_(kk). (6)
i=1 (Σの添え字;当審注)
The design of algorithm for computing the y_(k)'s depends on how the lower triangular matrix, L, is assigned to a processor, i.e. a column to a processor or a row to a processor. 」(218頁36行?219頁21行より引用)
訳;「2 三角形等式系の解法
次の等式系を考える。
Ax=b, (1)
ここで、Aはn×nの疎な正定値行列、xは未知のベクトル、そして、bは右辺のベクトルである。上の等式(1)は、xを解くためのものである。直接的な方法においては、行列Aは、最初、コレスキーファクタLを得るために分解される。すなわち、
A=LL^(T), (2)
LL^(T)x=b. (3)
次に、等式(4)と等式(5)の2つの三角形の組が解かれる。
Ly=b,^( ) (4)
L^(T)x=y. (5)
最初、等式(4)が、前進代入法を用いて、ベクトルyを得るために解かれる。そのようにして計算されたベクトルyは、続いて、ベクトルxを得る上三角系の等式を解くために、等式(5)において用いられる。ここで選択されている線形アレイ、パイプライン処理というような計算のための構成は、このアーキテクチャに内在するものである。従って、上三角系、下三角系を解くためのパイプライン処理されるアルゴルズムが開発される。
等式(4)において、未知のy_(k)を解くことを考える。ベクトルyのk番目の成分は:
k-1 (Σの添え字;当審注)
y_(k)=b_(k)-Σl_(ki)y_(i)/l_(kk). (6)
i=1 (Σの添え字;当審注)
y_(k)を計算するためのアルゴリズムの形式は、Lの下三角行列が、プロセッサにどのように割り当てられるか、例えば、プロセッサの列なのか、プロセッサの行なのか、に依存する。」

b.「Each of the n processors of linear array, executes Algorithm 1 concurrently.」(221頁12行?13行より引用)
訳; 「線形アレイのn個のプロセッサのそれぞれは、同時にアルゴリズム1を処理する。」
c.「After computing y (the solution to Equatuon (4) ), Equation (5) is solved. In other words, an upper triangular sparse system has to be solved. The right hand side vector, y, in Equation (5) has already been determined using Algorithm 1. Therefore y_(k)’s can now be assumed to be present in the respective PE_(k)’s. PE_(k) is responsible for computing x_(k) - the kth component of the unknown vector x, in Equation (5). For computing x_(k), the following equation is solved:
k+1 (Σの添え字;当審注)
x_(k)=y_(k)-Σl_(kj)^(T)x_(j). (7)
i=n(Σの添え字;当審注)
In the above equation, note that,l_(ij)^(T) actually refers to an element of the transpose of matrix L. Solving for x_(k) using Equation (7) thus requires elements of transposed matrix of L. This needs matrix L to be transposed. Here, a technique for computing x_(k) without transposing L, is presented.
・・・・(中略)・・・・
Algorithm 2 that incorporates this technique for solving an upper traiangular system on the linear array follows.
・・・・(中略)・・・・
ALGORITHM 2

1. for k:=n downto 1 do /* Vector x is computed*/
2. while(there is input from PE_(k+1))
3. receivefrom PE_(k+1);
4. send to PE_(k-1);
5. if(j=k) then
6: y_(k):=y_(k)-l_(jk)^(*)x_(j);
7. x_(k):=y_(k)/l_(kk);
8. send x_(k) to PE_(k-1);

In Algorithm 2, computation of vector x starts on PE_(n) with the computation of the last component x_(n) of x.」(221頁32行?223頁11行より引用)
訳;「yの計算(等式(4)の解法)の後は、等式(5)が解かれる。言い換えると、疎な上三角系が解かれる必要がある。等式(5)における、右辺のベクトルyは、アルゴリズム1を用いて、既に、決定されている。その結果、y_(k)列は、今、PE_(k)のそれぞれに存在していると仮定することができる。PE_(k)は、等式(5)において、x_(k)-不明なベクトルxのk番目の成分-を計算することに関与している。x_(k)を計算するために、次の等式か解かれる。
k+1
x_(k)=y_(k)-Σl_(kj)^(T)x_(j). (7)
i=n
上の等式において、l_(ij)^(T)が、現に、Lの転置行列の成分を引いていることに注意せよ。等式(7)を用いてx_(k)を解くことは、従って、Lの転置行列の成分を必要とする。これは、行列Lを転置することを必要とする。ここで、Lを転置することなくx_(k)を計算する手法を与える。
・・・・・・(中略)・・・・・
線形アレイ上で上三角系を解くためのこの手法を包含するアルゴリズム2は、次のとおりである。
・・・・・・(中略)・・・・・)
アルゴリズム2

1. for k:=n downto 1 do /* Vector x is computed*/
2. while(there is input from PE_(k+1))
3. receivefrom PE_(k+1);
4. send to PE_(k-1);
5. if(j=k) then
6: y_(k):=y_(k)-l_(jk)^(*)x_(j);
7. x_(k):=y_(k)/l_(kk);
8. send x_(k) to PE_(k-1);

アルゴリズム2において、ベクトルxの計算は、xの最後の成分であるx_(n)の計算のためのPE_(n)上から開始する。) 」(218頁36行?219頁21行より引用)

ア.a.の「xは未知のベクトル」「等式(1)は、xを解く」「計算」b.の「線形アレイのn個のプロセッサ」との記載から、「複数のデータ信号からデータ(ベクトルx)を復元するための方法」がよみとれる。
イ.a.の「Aはn×nの疎な正定値行列」、所定のバンド幅を有することが自明の「線形アレイ」「行列Aは、最初、コレスキーファクタLを得るために分解される」「A=LL^(T)」b.の「線形アレイのn個のプロセッサ」との記載から、正定値行列がコレスキー分解されてコレスキーファクタ(LとL^(T))が決定される。即ち、「バンド幅を有するN×N行列A^(H)A(正定値行列)のコレスキーファクタを決定し(ここでA^(H)はAの共役転置(エルミート)であり、)」が示されている。
ウ.a.の「最初、等式(4)が、前進代入法を用いて、ベクトルyを得るために解かれる。そのようにして計算されたベクトルyは、続いて、ベクトルxを得る上三角系の等式を解くために、等式(5)において用いられる」及び、前記ベクトルxを得る上三角系の等式(5)L^(T)x=yを解くのは、上三角系であることから後退代入法を用いることがよみとれる点をふまえると、「かつ、前記決定されたコレスキーファクタを前進代入および後退代入において使用してプロセシング・エレメントのアレイを使用することで線形方程式を解く、ことによって、ベクトルのデータ(ベクトルx)を決定するステップ」が示されている。
エ.a.の対角要素があることが明らかな「Aはn×nの疎な正定値行列」「行列AはコレスキーファクタLを得るために分解される」b.の「線形アレイのn個のプロセッサのそれぞれは、同時にアルゴリズム1を処理する」との記載から、正定値行列における(少なくとも)対角要素が線形アレイのプロセッサ(プロセシング・エレメント)に入力(受信)されることがよみとれ、a.の「A=LL^(T)」「アルゴリズムの形式は、Lの下三角行列が、プロセッサにどのように割り当てられるか、例えば、プロセッサの列なのか、プロセッサの行なのか、に依存する」との記載、及び、アルゴリズム2(アルゴリズム1についても同様)の
「 3. receivefrom PE_(k+1);
4. send to PE_(k-1);
5. if(j=k) then
6: y_(k):=y_(k)-l_(jk)^(*)x_(j);
7. x_(k):=y_(k)/l_(kk);
8. send x_(k) to PE_(k-1);」
との記載から、アレイのK番目の PE_(k)(プロセシング・エレメント)において対角要素l_(kk)が決定されているのがよみとれるとともに、アルゴリズム1と2には前記ウ.で言及した前進代入および後退代入についての具体的なプロセシング・エレメントが前進代入と後退代入を実行するアルゴリズムが記載されているとみれることから、各プロセシング・エレメントが「前記コレスキーファクタの対応する対角要素を決定し、かつ前進代入および後退代入を実行するステップ」が示されている。
ア.?エ.をふまえると、引用刊行物1には、次の方法(以下「刊行物1発明」という。)が示されている。
複数のデータ信号からデータを復元するための方法であって、
バンド幅を有するN×N行列A^(H)A(正定値行列)のコレスキーファクタを決定し(ここでA^(H)はAの共役転置(エルミート)であり、)かつ、前記決定されたコレスキーファクタを前進代入および後退代入において使用してプロセシング・エレメント(プロセッサ)のアレイを使用することで線形方程式を解く、ことによって、ベクトルのデータ(ベクトルx)を決定するステップと、
前記アレイの各プロセシング・エレメントが、行列(Aはn×nの疎な正定値行列であるから対角要素がある。)の(少なくとも)対角要素を受信し、前記コレスキーファクタの対応する対角要素を決定し、かつ前進代入および後退代入を実行するステップとを具えたことを特徴とする方法。

3.2 当審で引用された本願優先権主張日前に頒布された刊行物である特開2001-189684号公報(以下、「引用刊行物2」という)には、図面と共に次の事項が記載されている。
A.「【請求項1】符号分割多元接続通信システムのような、通信システムの受信機において実行されるべく意図されたジョイント検出方法であって、
このジョイント検出方法は、前記通信システムの送信機によって送信されベクトルxの形態で入力される信号を、前記通信システムの送信機から受信されベクトルyの形態で入力される一連の信号と、行列Aの形態で入力される前記通信システムの一連の特性と、ベクトルnの形態で入力され予想される一連のノイズ特性とから計算するステップからなり、
前記計算ステップは、システム行列Aの関数である行列Mの逆行列M^(-1)を算出するステップと、
一連の受信信号yを、前記逆行列M^(-1)と前記システム行列Aの共役転置システム行列A^(+)との積から得られた行列に掛けるステップとを含み、
前記行列Mの逆行列M^(-1)を算出するステップは、三角行列U又はLにコレスキイ変換するステップであるジョイント検出方法において、
前記三角行列を反復方法で求め、各反復が前記三角行列のブロックの行に存在する一連のブロックを計算し、閾値と比較され前記三角行列の計算処理の展開を特徴付ける所定の基準によって得られた値に基いて、次の反復をパスするか、1ブロックだけ右にシフトさせて他のすべての残りの行に対して現在の行を重複し、また適用可能ならば過剰ブロックを切り取ることを特徴とするジョイント検出方法。」
B.「【請求項7】符号分割多元接続の通信システムのような、通信システムの受信機であって、
前記通信システムの送信機によって送信された信号を受信、検出して再生するするように設計されている受信機において、
前記信号を検出するために、請求項1から請求項6までのいずれか一つに基づく検出方法を実行するように設計されていることを特徴とする通信システムの受信機。」
C.「【0005】クレイン他は、受信機によって受信された信号yがディメンジョン(NxQ+L-1)のベクトルyによって表すことができ、このディメンジョンの要素がKのユーザの各々によって送信された信号を表し、これもディメンジョン(NxQ+L-1)のベクトルnによって表わされたガウス・ノイズに付加することが可能である。従って、次のように書くことができる。
y=Ax+n
ここに、x=[…(中略)…]は、分散前の送信信号であり、y=[…(中略)…は、受信機によって受信された信号であり、n=[…(中略)…は、付加白色ガウス・ノイズであり、およびAは、ディメンジョン(N.Q+L-1)×(K.N)の行列である。
【0006】A_(ij)で示される行列Aの各要素は、オーダーkの各チャネルのパルス応答性の評価に基づいて決定される。h^(k)=[…(中略)…]、k=1,...,Kとし、また、オーダーkの各分散コードに基づいて、c^(k)=[…(中略)…]、k=1,...,Kとする。…(中略)…
【0007】CDMAタイプの通信システムは、各要素Aijが次のフォームで書くことができる方法でモデル化できる。Ai,j=b^(k)_(w)、ここでk=1...K,n=1... N、およびw=1...Q+L-1であり、Ai,j=0でなければ、ここに、b^(k) = c^(k)*h^(k) = [ …(中略)…」
D.「【0014】…(中略)…
x=M^(-1)A^(+)y
…(中略)…
【0015】…(中略)…このMは共役転置システム行列A^(+)とシステム行列Aとの積A^(+)・Aに等しいか、…(中略)…
【0016】行列Mがエルミート(Hermitian)行列であり、限定され、かつ正の行列であるとき(上述したCDMAシステムのモデリングの場合常にそうであるが)、行列Mは、コレスキイ・アルゴリズム(Cholesky algorithm)として参照されるアルゴリズムによって、行列Mが共役転置行列U^(+)と上三角行列Uとの積に等しいような、上三角行列U(または選択された表記法に基づく下三角行列L)に変換できる。
M=U^(+)・U、
あるいは、下三角行列Lと共役転置行列L^(+)との積になるような場合もありうる。
M=L・L^(+)…(中略)…
【0018】…(中略)…コレスキイ変換を介するMの逆行列演算…(中略)…
【0030】…(中略)…行列M…(中略)…テプリッツ(Toeplitz)タイプであるという事実
…(中略)…
【0035】さらに、一連のブロックEiの第1行の要素は、行列Uのi・Kth行のi・Kth要素であると考えることもできることに注意しなければならない。
【0036】ブロックUi,pのブロック列指数pが行列Uの対角線につきゼロである表記をここで使用できるようにすることに注意しなければならない。この説明の残りの部分において、セットEiのブロックUi,pの要素an,m(nth行、mth列)は、セットEi-1のブロックUi-1,pの要素an,m(同じ行と列指数)に対応すると言うことになる。」

(A) A.の「行列A」「受信されるベクトル信号yの形態」の記載、C.の「受信された信号(y)」「Aijで示される行列Aの各要素は、オーダーkの各チャネルのパルス応答性の評価に基づいて決定」「Ai,j=b^(k)_(w)、」「b^(k) = c^(k)*h^(k) 」との記載から、CDMA方式の符号方式を考慮すれば「データ信号の既知の拡散符号(c^(k);各分散コード)を用いて畳み込まれた前記データ信号(b^(k) )の、推定された、または、既知の、チャネルレスポンスの畳み込みである行列A(Ai,j)」がよみとれる。また、A.の「受信されるベクトル信号y」、C.の「y=Ax+n」を参照すると、「行列Aに関連付けされた受信ベクトルとして受信され」る点が認められる。また、A.の「ジョイント検出法」B.の「受信、検出して再生」「信号を検出するために・・・いずれか一つに基づく検出方法を実行」との記載から、「受信された複数の前記データ信号からデータを復元するための方法であって」がよみとれる。
これらから、刊行物2には、「データ信号の既知の拡散符号を用いて畳み込まれた前記データ信号の、推定された、または、既知の、チャネルレスポンスの畳み込みである行列Aに関連付けされた受信ベクトルとして受信された複数の前記データ信号からデータを復元するための方法であって」が示されている。
(B)D.の「Mは共役転置システム行列A^(+)とシステム行列Aとの積A^(+)・Aに等しい」「行列Mがエルミート(Hermitian)行列」「行列Mは、コレスキイ・アルゴリズム(Cholesky algorithm)として参照されるアルゴリズムによって、行列Mが共役転置行列U+と上三角行列Uとの積に等しいような、上三角行列U(または選択された表記法に基づく下三角行列L)に変換できる」との記載から、「バンド幅を有するN×N行列A^(H)Aのコレスキーファクタを決定し(ここでA^(H)はAの共役転置(エルミート))」がよみとれる。
また、(A)で言及したA.の「ジョイント検出法」、B.の「受信、検出して再生」「信号を検出するために・・・いずれか一つに基づく検出方法を実行」との記載、D.の「x=M^(-1)A^(+)y」「行列Mが共役転置行列U^(+)と上三角行列Uとの積に等しい」「コレスキイ変換を介するMの逆行列演算」及び、前記のような行列演算においてプロセシング・エレメントを使用することで線形方程式を解くことは慣用であって記載されているに等しい事項である点を加味すると、「前記決定されたコレスキーファクタ(変換された共役転置行列U+と上三角行列U)を使用してプロセシング・エレメントを使用することで線形方程式を解く、ことによって、受信ベクトルのデータを決定するステップ」がよみとれる。
(C)D.の「Mは共役転置システム行列A^(+)とシステム行列Aとの積A^(+)・Aに等しい」「エルミート」「テプリッツ」との記載からして積A^(+)・Aに対角要素があるから、コレスキイ変換において「プロセシング・エレメントが行列Mの(少なくとも)対角要素を受信する」ことは必然であり、「コレスキイ変換」「上三角行列U(または選択された表記法に基づく下三角行列L)に変換」からしてプロセシング・エレメントが当該変換された上三角行列Uまたは下三角行列Lに対応する対角要素を決定することが認められ、B.の「受信、検出して再生」(前記(B)で言及した「x=M^(-1)A^(+)y」つまり「x=(U^(+)U)^(-1)A^(+)y」)をあわせれば、刊行物2には「前記コレスキーファクタの対応する対角要素を決定し、x=(U^(+)U)^(-1)A^(+)yによりデータを復元するための演算を実行するステップ」がよみとれる。

(A)?(C)をふまえると、刊行物2には次の事項が示されている。
データ信号の既知の拡散符号を用いて畳み込まれた前記データ信号の、推定された、または、既知の、チャネルレスポンスの畳み込みである行列Aに関連付けされた受信ベクトルとして受信された複数の前記データ信号からデータを復元するための方法、及び、
バンド幅を有するN×N行列A^(H)Aのコレスキーファクタを決定し(ここでA^(H)はAの共役転置(エルミート))、かつ、前記決定されたコレスキーファクタを使用してプロセシング・エレメントを使用することで線形方程式を解く、ことによって、受信ベクトルのデータを決定するステップ。

3.3 当審で引用された本願優先権主張日前に頒布された刊行物である、岩下武史「並列化ICCGソルバとその公開について」 京都大学学術情報メディアセンター公報 VOL.34 NO.1 平成13年1月26日 京都大学 p30-32(以下、「引用刊行物3」という。)には、図面と共に次の事項が記載されている。

ア.「並列化したライブラリをユーザに提供し,ユーザが簡単に並列化された行列演算を行える…(中略)…有名な並列化線形ライブラリにはScaLapack(スカラパック;当審注)があげられる…(中略)…ICCGソルバは、正値対称な係数行列を持つ連立一次方程式の反復法ソルバとして…(中略)…ICCGソルバは、共役勾配(CG)ソルバに不完全コレスキー分解(Incomplete Cholesky)前処理を施したものである。…(中略)…IC分解と前処理に伴う前進・後退代入計算はその並列化が困難である。」(30頁左欄の下から12行?右欄8行より引用)
イ.「これら2つのソルバは、係数行列がバンド行列であることを仮定しているため、バンド幅が連立一次方程式の次元数に比べて十分に小さいことが必要である(10分の1程度以下)。…(中略)…それ以上のプロセッサ数を使用する場合は、計算時間、反復回数などに注意が必要である。おおまかな見積もりとしては、最大使用プロセッサ数は(次元数/バンド幅)で与えられる。」(31頁左欄5行?23行より引用)

ア.イ.の特に「並列化線形」「スカラパック」「最大使用プロセッサ数は(次元数/バンド幅)」との記載とスカラ・プロセシング・エレメント自体は本願優先権主張日前周知の技術である点から、スカラ並列化行列演算、および、不完全コレスキー分解を複数のプロセッサを用いて処理する構成において、プロセッサ数は行列のバンド幅を考慮して与えることがよみとれる。

3.4 当審で引用された本願優先権主張日前に頒布された刊行物である、
B.Yang,J.F.Bohme 「SYSTRIC IMPLEMENTATION OF A GENERAL ADAPTIVE ARRAY PROCESSING ALGORITHM」ICASSP-88 Vol.5 IEEE 11-14 April 1988 p2785-2788 (以下、「引用刊行物4」という。)には、関連する図面と共に次の事項が記載されている。
(ア)「This means that we get both the new Cholesky factor *L and the desired updates *Vi,*y of vi and y from the same transfomation・・・・We note that equation (14) involves only sxalar operations.」(2786頁右欄13行?21行より引用)(これは、同一の変換から、新しいコレスキーファクタ *Lと、*Vi, vi の*y とyの所望の更新との両方を得ることを意味する・・・・等式(14)は、スカラー処理のみを含むことに気付く。)
(イ)「The quantities ae, Χi are used, together with the stored ρi ,in an another single processor P4 (fig.2d) to compute the desired signal estimates *gi (i=1,...,M)(14). Simultaneously, ρi are replaced by the updates *ρi.
The above systolic array is characterized by local communications between neighbor processing elements.」(2787頁右欄18行?26行より引用)
(数aeとΧiは、共に保存されているρiと共に、等式(14)の、所望される信号 推定 *giを計算するために、他のシングルプロセッサP4において用いられる。同時に、ρiは、更新値、*ρiで置き換えられる。)
(ウ)「In the previous section we saw that the operations of the processing elements P1, P3, P4 are essentially complex to real multiplications and divisions.」(2787頁右欄49行?52行より引用)(前の項目において、プロセッシング・エレメントP1、P3、P4の処理が、実数乗算と除算のために、本質的に複雑であることを見た。)
前記(ア)?(ウ)の記載から、プロセッシング・エレメントで構成されたシストリックアレイを用いてコレスキー分解を演算する場合に、プロセッシング・エレメントが行うべき処理が「スカラー処理」のみから成ることが読み取れ、このことから、該スカラー処理を実行するプロセッシング・エレメントは、スカラー・プロセッシング・エレメントで構成可能であることは自明な事項である。

4.対比・判断
4.1 対比
刊行物1発明と本願発明とを対比する。
あ.刊行物1発明の「複数のデータ信号からデータを復元するための方法」と本願発明の「データ信号の既知の拡散符号を用いて畳み込まれた前記データ信号の、推定された、または、既知の、チャネルレスポンスの畳み込みである行列Aに関連付けされた受信ベクトルとして受信された複数の前記データ信号からデータを復元するための方法」とは「複数のデータ信号からデータを復元するための方法」で共通する。
い.刊行物1発明の「バンド幅」「プロセシング・エレメントのアレイ」「データ(ベクトルx)」は、本願発明の「バンド幅P」「PはNより小さい」「P個のスカラー・プロセシング・エレメントのアレイ」、「受信」ベクトルのデータとまではいえないまでも、上位概念において「バンド幅」「プロセシング・エレメントのアレイ」「ベクトルのデータ」では共通する。よって、刊行物1の「バンド幅を有するN×N行列A^(H)A(正定値行列)のコレスキーファクタを決定し(ここでA^(H)はAの共役転置(エルミート)であり、かつ、決定されたコレスキーファクタを前進代入および後退代入において使用してプロセシング・エレメント(プロセッサ)のアレイを使用することで線形方程式を解く、ことによって、データ(ベクトルx)を決定するステップ」と本願発明の「バンド幅Pを有するN×N行列A^(H)Aのコレスキーファクタを決定し(ここでA^(H)はAの共役転置(エルミート)であり、PはNより小さい)、かつ、前記決定されたコレスキーファクタを前進代入および後退代入において使用してプロセシング・エレメントのアレイを使用することで線形方程式を解く、ことによって、受信ベクトルのデータを決定するステップ」とは、上位概念において「バンド幅を有するN×N行列A^(H)Aのコレスキーファクタを決定し(ここでA^(H)はAの共役転置(エルミート)であり)、かつ、前記決定されたコレスキーファクタを前進代入および後退代入において使用してプロセシング・エレメントのアレイを使用することで線形方程式を解く、ことによって、ベクトルのデータを決定するステップ」で共通する。
う.刊行物1発明の「プロセシング・エレメント」と、本願発明の「スカラー・プロセシング・エレメント」とは、前記い.で言及したように「プロセシング・エレメント」の点では共通する。よって、刊行物1発明の「前記アレイの各プロセシング・エレメントが、行列(Aはn×nの疎な正定値行列であるから対角要素がある。)の(少なくとも)対角要素を受信し、前記コレスキーファクタの対応する対角要素を決定し、かつ前進代入および後退代入を実行するステップ」と本願発明の「前記アレイの各スカラー・プロセシング・エレメントが、前記行列A^(H)Aの対角要素を受信し、前記コレスキーファクタの対応する対角要素を決定し、かつ前進代入および後退代入を実行するステップ」とは上位概念において「前記アレイの各プロセシング・エレメントが、前記行列A^(H)Aの対角要素を受信し、前記コレスキーファクタの対応する対角要素を決定し、かつ前進代入および後退代入を実行するステップ」で共通する。
あ.?う.の対比によれば、本願発明と刊行物1発明とは、次の点で一致し、そして、相違する。
〈一致点〉
複数のデータ信号からデータを復元するための方法であって、
バンド幅を有するN×N行列A^(H)Aのコレスキーファクタを決定し(ここでA^(H)はAの共役転置(エルミート)であり)、かつ、前記決定されたコレスキーファクタを前進代入および後退代入において使用してスカラー・プロセシング・エレメントのアレイを使用することで線形方程式を解く、ことによって、ベクトルのデータを決定するステップと、
前記アレイの各プロセシング・エレメントが、前記行列A^(H)Aの対角要素を受信し、前記コレスキーファクタの対応する対角要素を決定し、かつ前進代入および後退代入を実行するステップとを具えたことを特徴とする方法。

〈相違点1〉
複数のデータ信号からデータを復元するための方法に関して、本願発明は「データ信号の既知の拡散符号を用いて畳み込まれた前記データ信号の、推定された、または、既知の、チャネルレスポンスの畳み込みである行列Aに関連付けされた受信ベクトルとして受信された」複数の「前記」データ信号からデータを復元するための方法であるのに対し、刊行物1発明はそのような方法ではない点。
〈相違点2〉
バンド幅、プロセシング・エレメントのアレイが、本願発明はバンド幅「P」「PはNより小さい」「P個のスカラー・プロセシング・エレメント」であるのに対し、刊行物1発明はそのようなバンド幅、プロセシング・エレメントのアレイではない点。
〈相違点3〉
データの決定に関し、本願発明が「受信」ベクトルのデータを決定するのに対し、刊行物1発明は「ベクトルのデータ(ベクトルx)」を決定する点。
〈相違点4〉
行列A^(H)Aの対角要素を受信し、前記コレスキーファクタの対応する対角要素を決定し、かつ前進代入および後退代入を実行するステップに係るアレイの各プロセシング・エレメントが、本願発明は「スカラー」・プロセシング・エレメントであるのに対し、刊行物1発明はそのようなプロセシング・エレメントではない点。

4.2当審判断
〈相違点1〉〈相違点3〉について
引用刊行物2には、コレスキファクタを使用してベクトルのデータを決定する方法に関し、データ信号の既知の拡散符号を用いて畳み込まれた前記データ信号の、推定された、または、既知の、チャネルレスポンスの畳み込みである行列Aに関連付けされた受信ベクトルとして受信された複数の前記データ信号からデータを復元するための方法が示されている。
引用刊行物1のコレスキファクタを用いる発明において、データ信号の既知の拡散符号を用いて畳み込まれた前記データ信号の、推定された、または、既知の、チャネルレスポンスの畳み込みである行列Aに関連付けされた受信ベクトルとして受信された複数の前記データ信号からデータを復元するための方法と成すことは、前記引用刊行物2の事項を参酌することにより当業者が容易になし得ることである。
また、データの決定に関し、「受信」ベクトルのデータを決定すると成すことは、前記引用刊行物2の受信ベクトルとして受信された場合に連動する設計的な事項にすぎず、当業者が容易になし得ることである。

〈相違点2〉〈相違点4〉について
引用刊行物3には、スカラ並列化行列演算、および、不完全コレスキー分解を複数のプロセッサを用いて処理する構成において、プロセッサ数は行列のバンド幅を考慮して与えることが示されている。刊行物4には、コレスキー分解を演算する場合に、プロセッシング・エレメントが行うべき処理が「スカラー処理」のみから成ることが示されている。
刊行物1発明において、バンド幅とプロセシング・エレメントのアレイに関して、バンド幅が「P」で「PはNより小さ」く「P個のスカラ」プロセシング・エレメントであると成すことは、前記引用刊行物3ないし4の事項を参酌することにより当業者が容易になし得ることである。
また、行列A^(H)Aの対角要素を受信し、前記コレスキーファクタの対応する対角要素を決定し、かつ前進代入および後退代入を実行するステップに係るアレイの各プロセシング・エレメントを、「スカラー」・プロセシング・エレメントと成すことは、前記引用刊行物3ないし4の事項を参酌することに連動する設計的事項にすぎず、当業者が容易になし得ることである。

そして、本願発明の構成により奏する効果も、引用刊行物1ないし引用刊行物4に記載された発明から当然予測される範囲内のもので、格別顕著なものとは認められない。

5.むすび
以上のとおり、本願発明は、引用刊行物1に記載された発明、及び、引用刊行物2ないし4に記載された発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2012-05-10 
結審通知日 2012-05-15 
審決日 2012-05-28 
出願番号 特願2007-304951(P2007-304951)
審決分類 P 1 8・ 121- WZ (G06F)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 北元 健太須田 勝巳  
特許庁審判長 山崎 達也
特許庁審判官 殿川 雅也
石井 茂和
発明の名称 線形システム解法のためのアレイ処理  
代理人 谷 義一  
代理人 阿部 和夫  
復代理人 濱中 淳宏  

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