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審決分類 審判 査定不服 公序、良俗、衛生 特許、登録しない。 C12N
管理番号 1265196
審判番号 不服2009-21263  
総通号数 156 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2012-12-28 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2009-11-02 
確定日 2012-10-22 
事件の表示 特願2007-311763「ヒト胚性幹細胞(hESC)株の樹立のための内部細胞塊の単離」拒絶査定不服審判事件〔平成20年 5月 1日出願公開、特開2008- 99706〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 1.手続の経緯
本願は、特願2003-523634号(パリ条約に基づく優先権2001年8月23日(米国)を主張する国際出願)の分割出願であって平成19年11月30日に分割出願され、平成21年6月30日付けで拒絶査定がなされ、同年11月2日に同拒絶査定に対する審判請求がなされるとともに、同日付けで手続補正書が提出されたものである。

2.本願発明について
本願の請求項1に係る発明(以下、「本願発明1」という。)は、平成21年11月2日付け手続補正書の特許請求の範囲の請求項1に記載された事項により特定される、以下のとおりのものである。
「【請求項1】
単離されたヒト胚盤胞期胚の内部細胞塊からヒト胚性幹細胞株を樹立するための方法であって、該方法は、以下の工程:
(a)レーザ切除により該胚盤胞期胚中に透明帯と栄養外胚葉とを通る開口部を作製し、該開口部を通して該胚盤胞期胚から内部細胞塊の細胞を、動物から生成された抗体および動物から生成された血清の非存在下での吸引により、取り出す工程;
(b)フィーダーのない条件下で該内部細胞塊の細胞を培養して、内部細胞塊由来の塊を生成する工程;および
(c)該内部細胞塊由来の塊を培養して、単離されたヒト胚性幹細胞株を生成する工程;
を包含し、
該単離されたヒト胚盤胞期胚は、体外受精(IVF)処置から得たヒト余剰胚であり、該単離されたヒト胚盤胞期胚は、体外受精(IVF)処置を受けているカップルから書面での自発的同意を得て寄贈されたものである、
方法。」

3.特許法第32条に規定する要件について
本願発明1は、単離されたヒト胚盤胞期胚の内部細胞塊からヒト胚性幹細胞株を樹立するための方法であって、レーザ切除により該胚盤胞期胚中に透明帯と栄養外胚葉とを通る開口部を作製し、該開口部を通して該胚盤胞期胚から内部細胞塊の細胞を、動物から生成された抗体および動物から生成された血清の非存在下での吸引により、取り出す方法であるから、本願発明1は、ヒト胚盤胞期胚、すなわちヒト受精胚を滅失させる方法であることは明らかである。
ヒト受精胚は、母胎にあれば胎児となり、「人」として誕生し得る存在であるため、「人の尊厳」という社会の基本的価値を維持していくためには、「人」へと成長し得る「人の生命の萌芽」として位置付け、通常のヒトの組織、細胞、又は実験(非ヒト)動物等の道具や材料として取り扱われるものとは異なり、特に尊重されるべき存在として位置付けざるを得ない。
したがって、「人の尊厳」という社会の基本的価値の維持のために特に尊重されるべき「人の生命の萌芽」であるヒト受精胚を損なう取扱いを商業的に行うことによって、結果としてヒト受精胚を内部細胞塊を単離するための単なる道具や材料とすることは倫理上認められるべきでない。
ここで、本願明細書には「本発明は、免疫手術の扱いにくい手順を行うことなくレーザ切除技術を使用する、内部細胞塊(ICM)の単離に関する。従って、本発明において、動物由来抗体または動物由来血清の使用が排除され、そしてこの手順は、安全であり、簡単であり、かつ商業的に実行可能である。」(【0022】段落)、「2.動物が生成したいかなる抗体および血清も使用することなくレーザ切除技術を使用しICMを単離し、それによって動物生物からヒトへと伝達する可能性を防ぐことが、本発明の別の目的であり、従って、商業的規模で安全に使用され得る。」(【0026】段落)と記載されている。
よって、本願発明1が商業的に、又は商業的規模でヒト受精胚を損なう取扱いをする態様を明らかに包含し(そもそも、特許法は産業上利用できる発明を保護対象とするものである。)、結果として、本願発明1はヒト受精胚を内部細胞塊を単離するための単なる道具や材料とする方法であることは明らかである。
以上のことから、商業的に、又は商業的規模でヒト受精胚を滅失させる方法である本願発明1は、「人の尊厳」という社会の基本的価値を維持していくことに反するおそれがあるものであるから、公序良俗を害するおそれがある発明に該当し、特許を受けることができない。
もっとも、人の健康と福祉に関する幸福追求の要請も、基本的人権に基づくものであるから、人の健康と福祉に関する幸福追求の要請に応えるためのヒト受精胚の取扱いについては、一定の条件を満たす場合には、たとえ、ヒト受精胚を滅失させる方法であるとしても、例外的に認めざるを得ないとの考え方がある。
したがって、仮に、このような考え方に立った場合に、ヒト受精胚を滅失させる方法であるとしても、「人の尊厳」という社会の基本的価値を維持していくことに反するおそれはなく、公序良俗を害するおそれが例外的にないものといえるかについて、以下検討する。
本願発明1において、損なわれる対象となるヒト受精胚(ヒト胚盤胞期胚)は、その特許請求の範囲の記載から「体外受精(IVF)処置から得たヒト余剰胚であり、該単離されたヒト胚盤胞期胚は、体外受精(IVF)処置を受けているカップルから書面での自発的同意を得て寄贈されたものである」とされる。
厚生科学審議会先端医療技術評価部会生殖補助医療技術に関する専門委員会が平成12年12月28日に公表した「精子・卵子・胚の提供等による生殖補助医療のあり方についての報告書」(http://www1.mhlw.go.jp/shingi/s0012/s1228-1_18.html)によると、「胚の提供を受けなければ妊娠できない夫婦が、提供された余剰胚の移植を受けることができる。」(III 本論 1 精子・卵子・胚の提供等による各生殖補助医療について (4) 提供胚の移植)として、精子・卵子・胚の提供等による生殖補助医療については、容認するべきとの結論を出している。
そして、英国「ヒトの受精および胚研究認可局」が2000年に公表した「第9年次報告書」(http://www.hfea.gov.uk/docs/Annual-Report-9th-2000.pdf)によると、提供胚による新生児の出生例が42例あることが報告されている(第19頁表4.11)。
これらの事情を勘案すると、体外受精(IVF)処置から得たヒト余剰胚であっても、なお、生殖補助医療としてヒト余剰胚の提供がなされ、ヒト余剰胚による生殖補助医療を受けた人が妊娠・出産することによって、「人」として誕生し得る可能性が依然として残されているということができる。
したがって、仮に、上述のような考え方に立った場合においても、本願発明1に係る方法によって損なう対象となるヒト受精胚が「体外受精(IVF)処置から得たヒト余剰胚であり、該単離されたヒト胚盤胞期胚は、体外受精(IVF)処置を受けているカップルから書面での自発的同意を得て寄贈されたものである」であっても通常のヒト受精胚と同様に人の生命の萌芽として尊重すべきものであり、体外受精(IVF)処置に係る特定の医療の現場においてひとたび余剰胚と扱われたことにより、当該ヒト受精胚が「人の生命の萌芽」でないものとなって、「人の尊厳」という社会の基本的価値を維持していくことに反するおそれはなくなり、公序良俗を害するおそれが例外的にないとの条件を満たすということはできない。
そして、その他に特許請求の範囲の記載からみて本願発明1が「人の尊厳」という社会の基本的価値を維持していくことに反するおそれはなく、公序良俗を害するおそれが例外的にないものといえるとの根拠を見出すことはできない。
よって、本願発明1は、特許法第32条の規定により、特許を受けることができない。

4.請求人の主張について
請求人は、審判請求書の請求の理由において、おおむね次のように主張している。
(主張1)補正後の請求項1?14に係る発明は、いずれも「該単離されたヒト胚盤胞(胚盤胞期胚)は、体外受精(IVF)処置から得たヒト余剰胚であり、該単離されたヒト胚盤胞(胚盤胞期胚)は、体外受精(IVF)処置を受けているカップルから書面での自発的同意を得て寄贈されたものである」という特徴を有する。体外受精処置で得られた、いわゆる「余剰胚」は、滅失させることがドナーの意思により決定されたものであり、ドナーが意思決定した時点で、「人の生命の萌芽」たり得ず、ヒト個体に成長することはあり得ない。

(主張2)文部科学省により定められた我が国のヒトES細胞の樹立及び分配に関する指針(平成二十一年八月二十一日付け文部科学省告示第百五十六号)の第6条第1項(甲第3号証)には、
第6条 第一種樹立の用に供されるヒト受精胚は、次に掲げる要件を満たすものとする。
一 生殖補助医療に用いる目的で作成されたヒト受精胚であって、当該目的に用いる予定がないもののうち、提供する者による当該ヒト受精胚を滅失させることについての意思が確認されているものであること。
二 ヒトES細胞の樹立の用に供されることについて、適切なインフォームド・コンセントを受けたものであること。
三 凍結保存されているものであること。
四 受精後十四日以内(凍結保存されている期間を除く。)のものであること。』
と記載されており、ここで第6条における「第一種樹立」とは、第1条第8号において『第一種樹立 ヒト受精胚を用いてヒトES細胞を樹立すること(次号に掲げるものを除く。)をいう。』と定義されている。
この記載はすなわち、ヒトES細胞の樹立のために、いわゆる「余剰胚」を使用し得ることを規定している。
したがって、本願発明は、我が国における公的指針「ヒトES細胞の樹立及び分配に関する指針」第6条各号の要件を満たす。

(主張3)本願明細書段落番号[0033]の記載「体外受精(IVF)処置を受けているカップルが、余剰のヒト胚を自発的に寄贈する。これらの胚は、これらのカップルからの書面にて自発的同意を得た後に、研究目的のために使用される。」から明らかであるように、本願発明は、我が国における公的指針「ヒトES細胞の使用に関する指針」(平成二十一年文部科学省告示第百五十七号)第5条の要件、
第5条 第一種樹立により得られたヒトES細胞の使用は、次に掲げる要件を満たす場合に限り、行うことができるものとする。
一 次のいずれかに資する基礎的研究を目的としていること。
イ ヒトの発生、分化及び再生機能の解明
ロ 新しい診断法、予防法若しくは治療法の開発又は医薬品等の開発
二 ヒトES細胞を使用することが前号に定める研究において科学的合理性及び必要性を有すること。』
もまた満たしている。

主張1について検討する。
3.で述べたように、生殖補助医療としてヒト余剰胚の提供がなされ、ヒト余剰胚による生殖補助医療を受けた人が妊娠・出産することによって、「人」として誕生し得る可能性が依然として残されており、体外受精(IVF)処置に係る特定の医療の現場においてドナーの意志により余剰胚と扱われたとしても、それによりヒト受精胚が「人」として誕生し得る可能性や能力が失われる訳ではない。
ヒト受精胚が“余剰”胚であることによって「人の生命の萌芽」でないものとはならないから、“余剰”胚であることをもって、「人の尊厳」という社会の基本的価値を維持していくことに反するおそれや、公序良俗を害するおそれが例外的にないとの条件を満たす、ということはできない。
したがって、請求人の主張1は採用することができない。

主張2について検討する。
請求項1に記載された発明に係るヒトES細胞の樹立の用に供されるヒト胚盤胞期胚を特定する事項は「体外受精(IVF)処置から得たヒト余剰胚であり、該単離されたヒト胚盤胞期胚は、体外受精(IVF)処置を受けているカップルから書面での自発的同意を得て寄贈されたもの」であり、ヒトES細胞の樹立及び使用に関する指針の第6条第1項各号の各要件を、樹立の用に供されるヒト胚盤胞期胚が満たすことは、請求項1に記載された発明を特定するための事項となっていない。したがって、請求人の主張2は特許請求の範囲の記載に基づかないものであって失当である。
また、そもそも3.で述べたように、本願発明1は、商業的に、又は商業的規模でヒト胚盤胞期胚を滅失させ、細胞株を樹立する方法である。我が国のヒトES細胞の樹立及び使用に関する指針(平成十九年五月二十三日付け文部科学省告示第八十七号 http://www.mext.go.jp/b_menu/hakusho/nc/07052413.htm)の第二十7条及び第二十8条には、ヒトES細胞を使用する機関に対する分配の要件として「必要な経費を除き、無償で分配をすること。」と定められており、商業的に、又は商業的規模で実施する本願発明はこの要件を明らかに満たすとはいえない。
したがって、本願発明は、我が国における公的指針「ヒトES細胞の樹立及び分配に関する指針」に従うものではない。
よって、請求人の主張2は採用することができない。

主張3について検討する。
請求項1に記載された発明は、「単離されたヒト胚盤胞期胚の内部細胞塊からヒト胚性幹細胞株を樹立するための方法」であって、樹立後のヒトES細胞がどのように用いられるかは、請求項1に記載された発明を特定するための事項となっていない。したがって、審判請求人の主張3は特許請求の範囲の記載に基づかないものであって失当である。
また、仮に、本願発明1の方法に基づいて得られたES細胞等が公的指針を満たすように使用されるとしても、商業的に、又は商業的規模でヒト受精胚を滅失させることによって毀損する「人の尊厳」という社会の基本的価値が回復されるということはない。
そもそも、請求人が提出した公的指針「ヒトES細胞の使用に関する指針」(平成二十一年文部科学省告示第百五十七号)第5条第1項第1号及び第二号に記載されているとおり、ヒトES細胞が一旦樹立された後でも、その使用目的は、ヒトの発生、分化及び再生機能の解明、新しい診断法、予防法若しくは治療法の開発又は医薬品等の開発のいずれかに資する基礎的研究であって、しかもその使用が科学的合理性及び必要性を有する場合に厳しく制限されているのであり、その商業的利用については全く認められていない。 そうすると、商業的に、又は商業的規模でヒト受精胚を滅失させ、細胞株を樹立する方法である本願発明1そのものが、「人の尊厳」という社会の基本的価値を維持していくことに反するとの判断を何ら覆すことができるものではない。
したがって、請求人の主張3は採用することができない。

5.むすび
以上のとおりであるから、本願の請求項1に係る発明は、特許法第32条の規定により特許を受けることができないものであるから、本願は拒絶すべきものである。

よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2012-05-31 
結審通知日 2012-06-01 
審決日 2012-06-12 
出願番号 特願2007-311763(P2007-311763)
審決分類 P 1 8・ 24- Z (C12N)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 長井 啓子田中 公子  
特許庁審判長 鵜飼 健
特許庁審判官 中島 庸子
六笠 紀子
発明の名称 ヒト胚性幹細胞(hESC)株の樹立のための内部細胞塊の単離  
代理人 安村 高明  
代理人 森下 夏樹  
代理人 山本 秀策  

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