• ポートフォリオ機能


ポートフォリオを新規に作成して保存
既存のポートフォリオに追加保存

  • この表をプリントする
PDF PDFをダウンロード
審決分類 審判 査定不服 特36条4項詳細な説明の記載不備 特許、登録しない。 C12N
管理番号 1266372
審判番号 不服2010-10012  
総通号数 157 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2013-01-25 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2010-05-11 
確定日 2012-11-14 
事件の表示 特願2000-507821「万能葉緑体組込および発現ベクター、その形質転換植物ならびに生産物」拒絶査定不服審判事件〔平成11年 3月 4日国際公開、WO99/10513、平成14年 8月 6日国内公表、特表2002-524023〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1.手続の経緯
本願は、1998年8月5日(パリ条約による優先権主張1997年8月7日,米国、1998年3月23日,米国、1998年5月15日、米国)を国際出願日とする出願であって、平成21年1月8日付けで手続補正がなされ、平成22年1月7日付けで拒絶査定がなされ、これに対し、同年5月11日に拒絶査定不服審判の請求がなされたものである。

第2.本願発明について
1.本願発明
本願の請求項1ないし40に係る発明は、平成21年1月8日付け手続補正書の特許請求の範囲の請求項1ないし40に記載されたとおりのものである。
そして本願の請求項1に係る発明(以下、「本願発明」という。)は、以下のとおりのものである。
「【請求項1】
作動可能に結合した、目的のペプチドをコードする異種DNA配列と、その5’末端から上流および該コード配列の3’末端から下流に位置する調節配列とを含む、標的植物の葉緑体ゲノムにおいて該コード配列の発現を与えるための発現カセットと、該発現カセットの各々の側のフランキングを含むベクターであって、フランキングDNA配列は標的葉緑体ゲノムのスペーサー配列と相同性であって、その配列は異なる植物種の葉緑体ゲノムに保存されており、かつ、その配列は、同じDNA鎖上に配置される2つの遺伝子間の転写上活性なスペーサー領域中に挿入され、それにより、フランキング配列と標的葉緑体ゲノムの相同配列との相同的組換を介して該異種コード配列の標的植物の葉緑体ゲノムへの安定な組込が促進されることを特徴とする異なる植物種の葉緑体ゲノムを安定に形質転換する能力を有する万能葉緑体組込および発現ベクター。」

2.実施可能要件
(1)原査定の理由
原査定の理由は、要するに以下のとおりのものである。
「発明の詳細な説明の記載では、スペーサ領域について、「コーディング領域間のスペーサー領域は、通常、保存されていない。保存性の欠如およびスペーサー領域間の相同性の低さに関して受け入れられている定説は、典型的にはスペーサー領域は必須の機能を果たさないということである。」、「さらにリボソームRNAオペロン中のスペーサー領域の種間相同性が相対的に低いことを示唆する。」、「本発明は、異なる植物間で高度に保存されたスペーサー領域を用いて、種々の植物を形質転換する能力のあるベクターを構築するものである。」(【0009】)と記載され、RNAオペロン中であっても、スペーサ領域には、保存性の低い領域と、高度に保存された領域があることが記載されている。また、フランキング配列の長さ、相同性は相同組換えに重要であるから、出願人が引用する参考資料2を参照しても、転写上活性なスペーサー領域であって、フランキングとして最適な長さをみたす配列を特定することができない。さらに、葉緑体ゲノム上において、tRNAIle遺伝子とtRNAAla遺伝子はイントロンを含みスペーサ領域も3箇所存在する(図4F)。そして、本願で葉緑体ゲノムへ遺伝子挿入が可能であったことが記載されているフランキング配列は、図7Aに記載のフランキング配列のみであるが、その最適なフランキング配列の大きさの特定がない。また、その他のフランキング配列によって万能発現ベクターとして機能できるかは、記載されていない。ベクターの発明においては、その構成が明らかでない限り使用することができないから、発明を実施することができない。」

(2)スペーサー領域の保存性について
遺伝子をコードする領域は植物の生存に重要であり、この領域に変異が起きれば、植物が生存できなくなることもあるから、異なる植物種間であっても、そのような重要な遺伝子のコード領域の配列は保存されていると考えられる。一方スペーサー領域は、遺伝子をコードする領域ではないから、変異が起きて配列が保存されなくても、植物の生存には影響がないと考えられる。したがって、スペーサー領域はコード領域よりも保存性が低く、異なる植物種間での相同性が低いことが考えられる。そして、そのように考えられることは、本願明細書の【0009】段落の下記記載とも一致する。
「【0009】
遺伝子間スペーサー領域についての従来の考え方
葉緑体ゲノムを包含するゲノムのコーディング領域のヌクレオチド配列は種間で保存されていることがよくあるが、対照的に、機能的遺伝子に隣接する配列、すなわち、コーディング領域間のスペーサー領域は、通常、保存されていない。保存性の欠如およびスペーサー領域間の相同性の低さに関して受け入れられている定説は、典型的にはスペーサー領域は必須の機能を果たさないということである。それゆえ、種間におけるスペーサー領域の配列を保存するための選択圧は、あったとしてもわずかである。スペーサー領域の配列が変化しても望ましくない効果は生じないであろう。
Stummannらの1998年の文献には、タバコ、トウモロコシおよびゼニゴケの一種Marchantiaを包含する異なる植物種間において葉緑体ゲノムのリボソームRNAオペロンの遺伝子順序が同じであり、このオペロンのコーディング配列が非常に相同的であることが開示されている。さらにStummannは、オペロンの種間相同性は遺伝子コーディング領域の種間相同性よりも低いことを開示している。このことは、スペーサー領域の保存性の欠如と矛盾せず、さらにリボソームRNAオペロン中のスペーサー領域の種間相同性が相対的に低いことを示唆する。」

(3)実施可能要件について
本願発明のフランキング配列は、「標的葉緑体ゲノムのスペーサー配列と相同性であって、その配列は異なる植物種の葉緑体ゲノムに保存されて」いるものである。つまり、本願発明で使用できるフランキングDNA配列は、“異なる植物種の葉緑体ゲノムに保存されたスペーサー配列”と相同性の高いものであるが、上記(2)で述べたように、スペーサー領域はコード領域よりも種間での相同性が低いことが考えられるから、本願明細書において具体的に記載されている以外の“異なる植物種の葉緑体ゲノムに保存されたスペーサー配列”を特定することは、当業者であっても過度の試行錯誤を要すると考えられる。
また、本願発明のフランキング配列は、「フランキング配列と標的葉緑体ゲノムの相同配列との相同的組換を介して該異種コード配列の標的植物の葉緑体ゲノムへの安定な組込が促進される」ものであるが、相同組換の効率や安定性には、フランキング配列の長さも関与すると考えられるところ、「安定な組込が促進される」ような適切な長さを持つ“異なる植物種の葉緑体ゲノムに保存されたスペーサー配列”を特定することは、さらに過度の試行錯誤を要するといえる。
したがって、当業者であっても、本願明細書の記載から、本願明細書に具体的に記載されている「tRNAIle遺伝子と、tRNAAla遺伝子との間の遺伝子間スペーサー2領域部分」以外のスペーサー配列を特定し、それと相同性を有するフランキング配列を用いた発現ベクターを構築できるとはいえない。

なお、請求人は審判請求書の請求の理由において、参考資料1および2を示して、本願の出願当時、少なくとも8つの植物種の全葉緑体ゲノムが配列決定されていたことを主張している。
しかし、少なくとも8つの植物種の全葉緑体ゲノムが配列決定されていたとしても、本願明細書の発明の詳細な説明の記載から、本願発明に特定される要件を満足する“異なる植物種の葉緑体ゲノムに保存されたスペーサー配列”を特定し、それと相同性を有するフランキング配列を用いた発現ベクターを構築することを当業者が実施できるとはいえない。

よって、スペーサー領域が「tRNAIle遺伝子と、tRNAAla遺伝子との間の遺伝子間スペーサー2領域部分」に特定されず、広範なフランキング配列を用いることを特定する発現ベクターに係る本願発明は、本願明細書の記載から当業者が実施できないから、本願明細書の記載は特許法第36条第4項に規定する要件を満たさない。

3.補正案について
請求人は、平成22年6月24日付け手続補正書(方式)によって補正された審判請求書の請求の理由において、以下の補正案を示しているので、念のため検討する。
[補正案]
(請求項1)安定に形質転換した植物を生産する方法であって、作動可能に結合した、目的のペプチドをコードする異種DNA配列と、その5’末端から上流および該コード配列の3’末端から下流に位置する調節配列とを含む発現カセットを標的植物組織の葉緑体ゲノムの転写上活性なスペーサー領域中に挿入して、該葉緑体ゲノム中に該コーディング配列の発現を提供し、次いで、該標的植物組織を形質転換植物に成長させることを特徴とする方法。

上記補正案によれば、“発現カセット”を標的植物組織の葉緑体ゲノムの“転写上活性なスペーサー領域中”に挿入することが特定されている。
しかし、本願の願書に最初に添付した明細書および図面(以下「当初明細書等」という。)には、【0007】段落に「本発明は、葉緑体ゲノムの転写上活性な領域中にカセット(後でさらに説明する転写ターミネーターを含む)を組込むものである。」と記載され、“(発現)カセット”を標的植物組織の葉緑体ゲノムの“転写上活性領域中”に挿入することは記載されているが、該“転写上活性な領域中”が“転写上活性なスペーサー領域中”であることは記載されていない。
また、図6には、trnI遺伝子の領域に、また図7にはtrnI遺伝子とtrnA遺伝子間に、それぞれ“(発現)カセット”を挿入することが記載されていると認められるが、これらの挿入箇所が“転写上活性なスペーサー領域中”であることは記載されておらず、また当初明細書等の記載から、これらの挿入箇所が“転写上活性なスペーサー領域中”であることが理解されるともいえない。
したがって、補正案における“発現カセット”を標的植物組織の葉緑体ゲノムの“転写上活性なスペーサー領域中”に挿入するという特定は、本願の当初明細書等のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入しないものとはいえない。

また、上記補正案において、“フランキング配列”に関する特定が削除されているが、本願の当初明細書等に記載された事項、特に【0001】段落、【0002】段落、【0008】段落および【00012】段落の記載から、本願発明は、多くの異なる植物種の葉緑体ゲノムの形質転換に利用できる「万能ベクター」を得ることを発明の課題としていることは明らかであり、また本願の当初明細書等の記載から、本願発明はそのような「万能ベクター」を得るために、標的葉緑体ゲノムのスペーサー配列と相同性であって、異なる植物種の葉緑体ゲノムに保存されているスペーサー配列と相同性の配列を“フランキング配列”として利用して、異種DNA配列を標的植物のスペーサー配列の領域に導入するものであることが理解される。
しかし、平成22年6月24日付け手続補正書(方式)で補正された審判請求書の請求の理由において、請求人は以下の主張をしている。
「本願発明では最初、2以上の種で保存されたフランキング配列の利用に関連する「万能」ベクターに重点を置いていたが、本願出願人は、出願当初明細書にサポートされる本発明の他の態様がより重要であることを認めるようになった。すなわち、ベクターを「転写サイレント」や「読み通し」領域ではなく、「転写上活性なスペーサー領域」に挿入することである(請求項1参照)。
したがって、ゲノムの保存領域由来のフランキング配列を用いるという問題は、転写上活性なスペーサー領域由来のフランキング配列を用いるという問題とは関係があるが、別ものである。本願発明では、遺伝子間スペーサー2領域が保存されており、かくして、多くの異なる種を形質転換することができるベクターを作成するのに使用できることを見出した。同時に、本願発明では、葉緑体ゲノムの保存領域に関わりなく、所定の種の転写上活性なスペーサー領域をその種の形質転換用ベクターを作成するため利用できることも見出したのである。このことは、上記したように、「ベクターは転写上活性なスペーサー領域中へ挿入するよう設計すべきではない」という当該分野の従来の定説に反する新規な発明である。」
つまり請求人は、補正案の発明は、出願当初に特許を取得しようとした「万能ベクター」を特徴とする発明ではなく、出願後に重要性を認めた別の発明であると主張している。そして上記補正案によって削除された、異なる植物種の葉緑体ゲノムに保存されているスペーサー配列に相同性を有するものである“フランキング配列”の要件は、「万能ベクター」を特徴づける要件である。
そうすると、補正案の発明は、異種DNAの挿入について、異なる植物種の葉緑体ゲノムに保存されているスペーサー領域(「万能ベクター」により挿入可能な領域)に挿入するものから、それ以外の任意のスペーサー領域にも挿入するものに変更されることになるが、そのような任意のスペーサー領域に異種DNAを挿入することは、当初明細書等には記載も示唆もされていない。
したがって、補正案において、“フランキング配列”に関する特定を削除することは、本願の当初明細書等のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入しないものとはいえない。

また、補正案の発明にいう“転写上活性なスペーサー領域”について、本願明細書には明確な定義がなされておらず、技術常識を参酌しても、具体的にどのようなものであるか、その構成が技術的に明らかであるとはいえない。
さらに、“転写上活性なスペーサー領域”として、どのような配列が使用できるかについて、当業者が具体的に理解できるとはいえないから、本願明細書は、本願発明を当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載されているともいえない。
よって、補正案に記載される請求項1に係る発明は、特許法第17条の2第3項に規定する要件、同法第36条第4項に規定する要件、および同条第6項第2号に規定する要件を満足しない。

したがって、請求人の補正案は、仮に補正の機会を与えたとしても、新たな拒絶の理由を生じるものである。

4.むすび
以上のとおり、本願明細書は特許法第36条第4項に規定する要件を満たさないから、本願発明は特許を受けることできない。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2012-06-14 
結審通知日 2012-06-19 
審決日 2012-07-02 
出願番号 特願2000-507821(P2000-507821)
審決分類 P 1 8・ 536- Z (C12N)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 水落 登希子  
特許庁審判長 鵜飼 健
特許庁審判官 中島 庸子
新留 豊
発明の名称 万能葉緑体組込および発現ベクター、その形質転換植物ならびに生産物  
代理人 水原 正弘  
代理人 松谷 道子  
代理人 青山 葆  
代理人 田中 光雄  
代理人 西野 満  

プライバシーポリシー   セキュリティーポリシー   運営会社概要   サービスに関しての問い合わせ