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審決分類 |
審判 査定不服 特36条4項詳細な説明の記載不備 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) C12N 審判 査定不服 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) C12N |
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管理番号 | 1271628 |
審判番号 | 不服2009-19957 |
総通号数 | 161 |
発行国 | 日本国特許庁(JP) |
公報種別 | 特許審決公報 |
発行日 | 2013-05-31 |
種別 | 拒絶査定不服の審決 |
審判請求日 | 2009-10-19 |
確定日 | 2013-03-19 |
事件の表示 | 特願2003-507120「ses-3の同定、およびその使用」拒絶査定不服審判事件〔平成15年 1月 3日国際公開、WO03/00717、平成17年 3月31日国内公表、特表2005-508148〕について、次のとおり審決する。 |
結論 | 本件審判の請求は、成り立たない。 |
理由 |
第1 手続の経緯・本願発明 本願は,2002(平成14)年6月24日(パリ条約による優先権主張2001年6月22日 独国)を国際出願日とするものであって,当審において平成24年5月21日付けで拒絶理由が通知されたのに対し,同年8月28日に特許請求の範囲について手続補正書が提出された。 本願発明は,平成24年8月28日付け手続補正書の特許請求の範囲の請求項1乃至4に記載された事項により特定されるとおりのものであるところ,そのうちその請求項1及び3に係る発明(以下,「本願発明1」及び「本願発明3」という。)は,以下のとおりのものである。 「【請求項1】 sel-12のC.elegans変異体における産卵異常表現型(Egl)を相殺するSES-3遺伝子の対立遺伝子を含むトランスジェニックC.elegans生物であって,SES-3遺伝子は配列番号1で示されるアミノ酸配列を有するSES-3タンパク質をコードしており,そして対立遺伝子は以下のa)もしくはb)の変異: a)配列番号2におけるエキソン8の2015?2169位の欠失,もしくは b)配列番号2における1817位でのTc3挿入, の1つもしくは両方を含むか,または, c)SES-3遺伝子が完全に除去されている, トランスジェニックC.elegans生物。」 「【請求項3】 神経変性疾患を治療するための医薬を製造するための,配列番号1で示されるアミノ酸配列を有するSES-3をコードする単離された核酸分子またはその相補配列を有する核酸分子の使用。」 第2 特許法第36条第4項及び第6項第1号について 1.本願明細書の記載 本願明細書には以下の記載がある。 ア 「アルツハイマー病が発症する家族の分子遺伝学的調査により,ヒト遺伝子プレセニリン1およびプレセニリン2が同定され(略)これらが特定の変異により改変された場合,原因としてアルツハイマー病の発症に関与し,これはまた,病気の進行の際に,ノッチシグナル伝達経路において主要な役割を果たす。プレセニリンタンパク質はER-ゴルジに存在し,少なくとも6回膜貫通ドメインを有する。PS1およびPS2における変異が,Aβ4の形成に影響を及ぼし,おそらくアミロイド沈着が形成されることによりアルツハイマー病発症に関与するということがわかっている。プレセニリンファミリーのメンバーは,特に,マウス,キイロショウジョウバエ,アフリカツメガエル,および,線虫Caenorhabditis elegansで同定されている。ヒトにおいて変異プレセニリンはAPPのプロセシングに影響を与えるが,ヒトにおけるそれらの天然の機能は,詳細にはわかっていない;それらはAPPプロテアーゼ(γ-セクレターゼ)として機能する可能性があると仮定されている。ヒト細胞培養物で行われたその他の調査によれば,プレセニリンは,それらがリガンド結合により活性化された後の細胞内のノッチ様受容体のタンパク質分解において役割を果たすということが示されている。それゆえに,プレセニリンが,少なくとも2種の異なる膜タンパク質(APPおよびノッチ)のプロセシングに関与すると考えられる。」(段落【0003】) イ 「これまでのところ,sel-12,hop-1およびspe-4と指定される3種のプレセニリン遺伝子が線虫C.elegansで同定されている。・・・hop-1における変異は目に見える表現型を全く示さないが,その変異とsel-12の変異とを組み合わせると,合成的な致死性の表現型がもたらされる(略)。sel-12は,ヒトPS1およびPS2に最もよく似た遺伝子であり,C.elegansにおいて最もよく研究されたプレセニリン遺伝子でもある。特定のsel-12変異体は産卵異常を示し,さらに産卵口発達における形態学的変化も示すということがわかっている(略)。sel-12はヒトプレセニリンと50%同一であり,sel-12変異体における産卵異常は,sel-12プロモーターからPS1またはPS2を遺伝子導入により発現させることにより相殺される(略)。これは,PS1およびPS2が,sel-12と機能的に相同であることを示している。」(段落【0006】) ウ 「C.elegansのses-3遺伝子における変異が,欠陥,特にsel-12変異体の産卵異常を抑制することができることを見出した。これら変異は,ses-3の発現または活性を改変する,特に減少させることを特徴とする。これは,ses-3遺伝子における特定の変異により,例えば,特定のsel-12変異により生じる産卵異常が除去され,二重変異体(sel-12^(-);ses-3^(-))が再び正常な野生型表現型を示すようになることを意味する。より詳細な調査によれば,ses-3遺伝子におけるこれら変異により,sel-12変異体において,hop-1が活性化されるようになり,すなわちhop-1プレセニリンタンパク質が,欠陥sel-12プレセニリンタンパク質の機能に取って代わることが示された(図1)。」(段落【0007】) エ 「従って,ses-3遺伝子の完全な欠失もまた含むses-3遺伝子における様々な変異は,sel-12変異が抑制されることにより引き起こされる特定の改変された表現型を生じる。ses-3変異体におけるこれらsel-12の欠陥の抑制は,hop-1発現を後半に目立って活性化すること,および,HOP-1タンパク質がおそらく欠陥SEL-12タンパク質の機能に取って代わることが可能なことにより達成される。」(段落【0018】) オ 「本発明はまた,神経疾患,特に神経変性疾患,特に好ましくはアルツハイマー病を治療するための医薬を製造するため,または,神経疾患,特に神経変性疾患のさらなる調査および解明のためのモデル生物を作製するための,本発明に係る核酸分子の使用を含む。上述の医薬は,例えば,遺伝子治療剤として本発明に係る核酸分子自体を用いることにより,または,このような核酸分子を用いてモデル生物を構築し,このモデル生物を用いて見出された物質を製剤化することにより得ることができる。」(段落【0033】,【0034】) カ 「ses-3変異体の単離 sel-12変異動物でみられる産卵異常のサプレッサーをC.elegansにおいて単離するために,sel-12(ar171)変異を,突然変異誘発系統mut-7(pk704)に交雑した。・・・約30000の一倍体ゲノムを分析した結果,再現可能に産卵できる2匹の独立した変異動物を単離した。これら動物の産卵行動を,野生型動物の産卵行動と比較した。これら変異のうちの一つはses-3(by101)と名付けられた。」(段落【0043】) キ 「sel-12;ses-3表現型 ses-3における変異は,sel-12変異体の産卵異常を,実質的に完全に抑制する。95%のsel-12(ar171);ses-3(by101)二重変異動物は,野生型の産卵行動と類似した産卵行動を示したが,一方で,5%の動物は,産卵における欠陥を示し,この欠陥は,sel-12単一変異体における欠陥に相当する。ses-3における変異は,全ての既知のsel-12変異を抑制することができる。このことから,ses-3は対立遺伝子特異的な方法で作用しないと結論付けることができる。sel-12(ar171);ses-3(by101)二重変異動物は180?280個の子孫を生じる卵を産み,これは,平均60匹の子孫が生じるsel-12(ar171)単一変異体と対照的である。」(段落【0044】) ク 「ses-3の構造 ses-3(Y40B1B.6)は8個のエキソンで構成され,遺伝子Y40b1B.5と共にオペロンを形成する(図6を参照)。Y40B1B.6と予想されたcDNAは,2313個の塩基対のcDNAと計算され(配列番号2),これがses-3と決定された。ses-3は,770個のアミノ酸からなるタンパク質をコードする(配列番号1)。・・・データベースでの配列比較によれば,他のC.elegans遺伝子,すなわちT08D10.2,および,ヒトEST KIAA0601,および,予想されたDrosophila遺伝子alt1と相同性を示した(図3)。図4は,どのように遺伝子が互いに関連するかを示す。」(段落【0047】) ケ 「ses-3における変異 by101:cDNAの1817位におけるY40B1B.6のエキソン7におけるTc3挿入であり,mRNA発現に影響を与える(図5)。・・・ by119:EMS変異誘発から単離され,mRNA発現を減少させる(図5)。 by128:UV/TMP変異誘発から単離され,mRNA発現の減少,ならびにmRNAおよびゲノム領域の再構成を起こす(図5)。・・・ by139:UV/TMP変異誘発から単離され,mRNA発現の減少,バンドのサイズ減少,第二のより大きいバンドの出現,および,cDNAのエキソン8,2015?2169位の欠失を起こす(図5)。」(段落【0049】) コ 「ses-3によるsel-12抑制のメカニズム ses-3変異は,sel-12;hop-1ses-3の生殖不能を抑制することができない。これは,hop-1がsel-12を抑制するのに必要であることを実証する。ses-3対立遺伝子by101,by119,by128およびby139を含むsel-12;ses-3二重変異体のノーザンブロットによれば,hop-1発現は,sel-12および野生型系N2と比べて,L1段階でアップレギュレートされることが示される。hop-1はsel-12に取って代わることが可能であるため,hop-1は,初期の幼生段階でsel-12に取って代わる。」(段落【0050】) 2.本願発明3について (1)当審の判断 本願発明3の「配列番号1で示されるアミノ酸配列を有するSES-3をコードする単離された核酸分子またはその相補配列を有する核酸分子」について,配列番号1で示されるアミノ酸配列を有するSES-3はC.elegans由来の正常なタンパク質であるから,本願発明3は,正常なC.elegans由来SES-3をコードする核酸分子またはその相補配列を有する核酸分子(以下,「SES-3をコードする核酸分子等」ということもある。)を,神経変性疾患を治療するための医薬を製造するための使用に係る発明である。そして,該医薬はヒトを対象とする医薬を想定しているものと認められる。 一方,本願明細書において示されたのは,SES-3遺伝子の変異がsel-12のC.elegans変異体における産卵異常表現型(Egl)を相殺することのみであり(明細書記載事項ウ及びキ),正常なSES-3をコードする核酸分子等自体が何らかの機能を有したことは示されていない。 また,正常なSES-3をコードする核酸分子等を神経変性疾患を治療するための医薬として使用できることは本願明細書において示されておらず,SES-3のヒト相同遺伝子であるKIAA0601とは同一性27%,類似性45%程度であることを考慮すると(本願明細書図4),仮に,SES-3の変異がsel-12の変異による表現型を相殺するという機構が,それぞれのヒト相同体であるKIAA0601とヒトプレセニリンタンパク質PS1及びPS2との間でも同様に働くと仮定しても,ヒト相同体であるKIAA0601と上記程度の同一性及び類似性しか有さないSES-3をコードする核酸分子等がsel-12の相同体であるヒトのプレセニリンタンパク質PS1およびPS2に対して機能するかどうかは不明である。 よって,本願出願時の技術常識を考慮しても,C.elegansのSES-3が神経変性疾患においてどのように寄与するかは不明であり,神経変性疾患を治療するための医薬を製造するためにSES-3をコードする単離された核酸分子等を使用できるかどうか不明である。 さらに,本願明細書において示されたのは,SES-3の変異がsel-12の変異による表現型を相殺することだけであって,正常なSES-3をコードする核酸分子自体がどのような機能を有するか示されていないので,正常なSES-3をコードする核酸分子等を何に使用できるか不明である。 したがって,この出願の発明の詳細な説明は,当業者が本願発明3を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されていない。 また,本願発明の課題は,遺伝子治療剤として本発明に係る核酸分子自体を用いることにより,または,このような核酸分子を用いてモデル生物を構築し,このモデル生物を用いて見出された物質を製剤化することにより医薬を得ることであるが(明細書記載事項オ),本願明細書において示されたのは,SES-3の変異がsel-12の変異による表現型を相殺することだけであって,正常なSES-3をコードする核酸分子自体がどのように作用するかは示されておらず,遺伝子治療剤として使用できるかどうか不明であることは上記のとおりであるから,本願発明の課題が解決できることを当業者が理解できるよう記載されているとはいえないので,本願発明3は発明の詳細な説明に記載したものでない。 (2)審判請求人の主張 審判請求人は,平成24年8月28日付け意見書において以下のように主張している。 ア 本願発明のSES-3をコードする遺伝子の機能としては,SES-3遺伝子における変異が,hop-1の脱抑制(derepression)を導き,増加したhop-1の発現により,sel-12変異体のEgl表現型を抑制することが記載されている。 ここで,本願発明のSES-3をコードする遺伝子がプレセニリン変異体表現型のサプレッサーの検索(本願明細書の段落[0004])の結果見出されたものであり,またC.elegans生物のsel-12が,ヒトPS1およびPS2との機能上の代替性を有するタンパク質であることから,正常なSES-3をコードする核酸のアンチセンス等を用いた医薬が,ヒトにおいてもPS1およびPS2の発現と機能に作用し,神経変性疾患の治療の医薬として用いることができる可能性については,当業者ならば理解できるものと考える。 上記主張について検討する。 SES-3をコードする遺伝子の機能として,SES-3遺伝子における変異が,hop-1の脱抑制を導き,増加したhop-1の発現により,sel-12変異体のEgl表現型を抑制すると主張しているが,本願明細書においてはhop-1の発現量の増加及び該発現量の増加した変異体の表現型の回復を現象として確認しただけであり,実際にhop-1がsel-12の機能を担っていることを実証したわけではない。 仮に,C.elegansにおいて上記機構が働くとしても,SES-3遺伝子における変異が,hop-1の脱抑制を導き,増加したhop-1の発現により,sel-12変異体のEgl表現型を抑制するという機構に対応するヒトの機構が存在することは示されておらず,特に,プレセニリンタンパク質であるhop-1に対応するヒト相同体が何であってどのような機能を有するか,SES-3に対応するKIAA0601がどのような作用を有するかなどが示されているわけでもないから,ヒトにおいて同様の機構が働くかどうか不明である。 また,例え,同様の機構が働くとしても,上記(1)の欄で述べたように,ヒト相同体であるKIAA0601と上記程度の同一性及び類似性しか有さないSES-3をコードする核酸分子等がsel-12の相同体であるヒトのプレセニリンタンパク質PS1およびPS2に対して機能するかどうかは不明である。 よって,正常なSES-3をコードする核酸のアンチセンスが,ヒトにおいてPS1およびPS2の発現と機能にどのように作用するか不明であるから,神経変性疾患の治療の医薬として用いることができるか不明である。 さらに,本願発明3は正常なSES-3をコードする核酸のセンス鎖自体を使用することも包含しており,該核酸分子についてはどのように使用できるか,なおさら不明である。 よって,請求人の主張は参酌できない。 (3)小括 したがって,本願明細書の発明の詳細な説明の記載は,本願発明3を当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載されているということはできない。 また,発明の詳細な説明は,本願発明3について発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載されているとはいえないから,本願の発明の詳細な説明に記載したものでない。 3.本願発明1について (1)当審の判断 本願発明1には,「sel-12のC.elegans変異体における産卵異常表現型(Egl)を相殺するSES-3遺伝子の対立遺伝子を含むトランスジェニックC.elegans生物であって,SES-3遺伝子は配列番号1で示されるアミノ酸配列を有するSES-3タンパク質をコードしており,そして対立遺伝子は・・・c)SES-3遺伝子が完全に除去されている,トランスジェニックC.elegans生物。」が包含されているが,本願明細書の実施例には,SES-3遺伝子が完全に除去されているトランスジェニックC.elegans生物において,産卵異常表現型(Egl)が相殺されたことはデータとして示されていない。 そして,明細書の記載事項カにおいて,再現可能に産卵できる2匹の独立した変異動物を単離したこと,これら変異のうちの一つはses-3(by101),つまりSES-3cDNAの1817位におけるTc3挿入変異をもつ変異体であり(記載事項ケ),ses-3(by101)では産卵異常が抑制されたことは示されている(記載事項キ)。しかし,記載事項カにおいて取得された2匹の変異体のうち,変異体ses-3(by101)以外が記載事項ケに記載された各変異体のどれに相当するか不明であり,記載事項ケに記載された各変異体において産卵異常の表現型が抑制されたことはデータとして示されていない。 また,図5をみると,ses-3(by101)においてはses-3mRNAの発現は抑制されているものの全く発現していないわけではなく,上記のように発現が強く抑制されたses-3(by119)の表現型も不明である以上,SES-3遺伝子が完全に除去されているトランスジェニックC.elegans生物において産卵異常表現型(Egl)が相殺されることが示されているとはいえない。 また,SES-3遺伝子における変異がどのような機構で産卵異常表現型(Egl)を相殺するかが不明であり,変異により変化したSES-3の活性が産卵異常表現型を相殺させるために必要である可能性も否定できないから,SES-3遺伝子が完全に除去されているトランスジェニックC.elegans生物において産卵異常表現型(Egl)が相殺されるか不明である。 よって,本願発明1の選択肢c)に係るトランスジェニックC.elegans生物が,sel-12のC.elegans変異体における産卵異常表現型(Egl)を相殺する性質を有することは明細書に示されていないから,本願発明1は発明の詳細な説明に記載したものでない。 また,本願出願時の技術常識を考慮しても,上記の選択肢c)に係るトランスジェニックC.elegans生物であって,sel-12のC.elegans変異体における産卵異常表現型(Egl)を相殺する性質を有するものを作成できたか不明であるから,当業者がそのものを作ることができるように発明の詳細な説明が記載されていないので,この出願の発明の詳細な説明は,当業者が本願発明1を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されていない。 (2)審判請求人の主張 審判請求人は,平成24年8月28日付け意見書において以下のように主張している。 イ SES-3遺伝子における変異がEglを相殺する機構に関しては,本願明細書の段落〔0018〕に,「ses-3変異体におけるこれらsel-12の欠陥の抑制は,hop-1mRNA発現を後半に目立って活性化すること,および,HOP-1タンパク質がおそらく欠陥SEL-12タンパク質の機能にとって代わることが可能なことによって達成される」なる記載がある。 さらに,参考資料1として本意見書に添付する本願発明者等による,本願出願と同じ2002年に発行された論文(S. Eimer等; EMBO J, Vol.21, No.21, pp.5787-5796, 2002)の第5791頁左欄下から6?1行のパラグラフには,spr-5(本願ses-3と同じ)の減少がhop-1の脱抑制(derepression)を導き,hop-1の脱抑制がsel-12活性の欠損を補完するために十分であり,それゆえにsel-12変異体のEgl表現型を抑制することが記載されている。 ウ 本願明細書の〔図5〕には,種々のses-3変異,by101,by113,by119,by128,by134およびby139を含む変異体におけるses-3mRNAの発現を調べたノーザンブロットの実験結果が示されており,ses-3mRNAの発現は,ses-3変異体(by119)では,ses-3変異体(by101)と同様に,非常に強く抑制され,ses-3変異体(by139)では中程度に抑制されている。その一方で,〔図1〕には,これらses-3変異体におけるhop-1mRNAの発現を調べたノーザンブロットの実験結果が示されており,ses-3変異体(by139)でもses-3変異体(by119)でも,ses-3変異体(by101)と同じ程度のhop-1mRNA発現の増強効果がみられる。 上記のように,SES-3遺伝子における変異が,hop-1発現の増強効果をもたらし,その結果sel-12活性の欠損を補完することによって,Eglを相殺する機構が強く示唆され,実際に,上記のように,本願のses-3変異体は,ses-3mRNAの発現が,非常に強く抑制されているses-3変異体(by101)およびses-3変異体(by119)を含めて,いずれも強いhop-1mRNA発現の増強効果を示している。中でも,ses-3mRNAの発現がほとんどみられないses-3変異体(by119)でも同様の強いhop-1mRNA発現の増強効果がみられることから,ses-3mRNAの発現が完全にない,「SES-3遺伝子が完全に除去されているトランスジェニックC.elegans」においても,同様に強いhop-1mRNA発現の増強効果がみられること,そしてEglを相殺することは,自明であると考える。 ses-3mRNAの発現の抑制の程度は,ses-3変異体によって様々な程度(中程度by128?非常に強いby119)でみられているのに対して,同じ程度の強いhop-1mRNA発現の増強効果がみられていることは,ses-3mRNAの発現の抑制の程度とhop-1mRNA発現の強さの程度には,用量反応関係がないことを示す。もし,Eglを相殺させるために,変異により変化したSES-3の活性が必要であるとしたら,ses-3mRNAの発現量と,hop-1mRNA発現の増強効果の間に用量反応関係がみられたはずであり,変異により変化したSES-3の活性がEglを相殺させるために必要である可能性はなかったと考える。 上記主張について検討する。 イについて,前記2(2)の欄で述べたように,SES-3遺伝子における変異がEglを相殺する機構について,HOP-1タンパク質が欠陥SEL-12タンパク質の機能にとって代わることは,hop-1の発現量の増加及び該発現量の増加した変異体の表現型の回復から予想しただけであり,実際にhop-1がsel-12の機能を担っていることを実証したわけではない。 例え,HOP-1タンパク質が欠陥SEL-12タンパク質の機能を補完するとしても,SES-3遺伝子における変異とHOP-1タンパク質の発現増加との関係は不明であり,SES-3発現量の変化が作用するのか,活性の変化が作用するのかなどその機構は不明であるから,SES-3遺伝子が完全に除去された場合にEglを相殺することを示すものではない。 また,参考資料1の記載は本願明細書において示されたこと以外の新たな事実を追加するものではない。 ウについて,本願明細書の図5に示された,by101以外の各変異体については,上記(1)の欄で述べたように,表現型が産卵異常表現型を相殺するものであるか不明である。 例え,表現型を相殺するものであったとしても,ses-3変異体(by101)と同様にses-3mRNAの発現が非常に強く抑制されているses-3変異体(by119)において,ses-3の遺伝子にどのような変異が起きているのか明らかでなく,ses-3遺伝子の変異の仕方とses-3mRNAの発現量との関係が不明であるところ,ses-3mRNAの発現量が様々であるses-3変異体(by128),ses-3変異体(by139),ses-3変異体(by101)及びses-3変異体(by119)において,同様に強いhop-1mRNA発現の増強効果がみられることから(本願明細書の図1),ses-3mRNAの発現とhop-1mRNA発現の間に相関関係がないということもでき,ses-3の変異がhop-1mRNA発現にどのように作用しているか不明である。そうすると,SES-3遺伝子が完全に除去された場合にhop-1mRNA発現が増強するかどうかは不明である。 よって,請求人の主張は参酌できない。 なお,本願発明1の,SES-3遺伝子が完全に除去されており,sel-12のC.elegans変異体における産卵異常表現型(Egl)が相殺されたトランスジェニックC.elegans生物は,ヒトにおいては,ヒトプレセニリンタンパク質PS1及びPS2変異における異常表現型つまりアルツハイマー病の症状が相殺された状態に対応するので,このようなC.elegans生物を何に使用するか不明であり,有用性が不明であるという理由も存在する。 (3)小括 したがって,本願明細書の発明の詳細な説明の記載は,本願発明1を当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載されているということはできない。 また,発明の詳細な説明は,本願発明1について発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載されているとはいえないから,本願の発明の詳細な説明に記載したものでない。 第3 むすび 以上のとおりであるから,この出願は,発明の詳細な説明の記載が,特許法第36条第4項に規定する要件を満たしておらず,また,特許請求の範囲の記載が,特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていないので,特許を受けることができないものであるから,他の請求項に係る発明について検討するまでもなく,本願は拒絶すべきものである。 よって,結論のとおり審決する。 |
審理終結日 | 2012-10-11 |
結審通知日 | 2012-10-16 |
審決日 | 2012-10-29 |
出願番号 | 特願2003-507120(P2003-507120) |
審決分類 |
P
1
8・
537-
WZ
(C12N)
P 1 8・ 536- WZ (C12N) |
最終処分 | 不成立 |
前審関与審査官 | 中村 正展 |
特許庁審判長 |
鵜飼 健 |
特許庁審判官 |
冨永 みどり 六笠 紀子 |
発明の名称 | ses-3の同定、およびその使用 |
代理人 | 三輪 昭次 |
代理人 | 結田 純次 |
代理人 | 竹林 則幸 |