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審決分類 審判 査定不服 1項3号刊行物記載 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) C07K
管理番号 1273179
審判番号 不服2010-838  
総通号数 162 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2013-06-28 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2010-01-15 
確定日 2013-04-25 
事件の表示 特願2005-517692「システイン残基が酸化されたDJ-1誘導体」拒絶査定不服審判事件〔平成17年 8月18日国際公開、WO2005/075513〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1.手続の経緯・本願発明
本願は、特許法第41条に基づく優先権主張を伴う平成17年(2005年)2月2日を国際出願日(優先日2004年2月4日 特願2004-27617号、2004年2月24日 特願2004-47517号)とする国際出願であって、その請求項1に係る発明は、平成25年1月22日付手続補正書によって補正された特許請求の範囲の請求項1の記載からみて、以下のとおりのものである。

「DJ-1において、106位のシステイン残基がシステインスルホン酸に酸化されてなるDJ-1誘導体(Cys(SO_(3)H)^(106)DJ-1)。」(以下、「本願発明」という。)

第2.引用例
当審の拒絶の理由で引用例1として引用された、本願優先日前の2001年(平成13年)に頒布された刊行物であるFree Radical Biology & Medicine,2001,Vol.30,No.6,pp.625-635には、下記の事項が記載されている。

(1)「我々は、二次元ポリアクリルアミドゲル電気泳動(2D-PAGE)により、酸化ストレスに反応する、ヒト臍帯静脈内皮細胞(HUVEC)で発現する蛋白のパターンを調べた。HUVECにH_(2)O_(2)を100μMで60分間曝露すると、銀染色後の2Dゲルにおいて、コントロールゲルに比較して、8つのスポットの濃度が増加し、8つのスポットの濃度が減少した。これらの変化は、クメンヒドロパーオキシド及びtert-ブチルヒドロパーオキシドのようなヒドロパーオキシドに対して細胞を曝露した場合にも観察されたが、S-アルキル化化合物、酸化窒素及び重金属塩のような酸化ストレスを誘導する他の薬剤に曝露した場合には、観察されなかった。それゆえ、これらのタンパク質をヒドロパーオキシド反応タンパク質(HPRPs)と名付けた。」(abstractの項1?7行)

(2)「HUVECをH_(2)O_(2)に曝露後の反応タンパク質の検出
我々は2D-PAGEをヒト臍帯静脈内皮細胞(HUVEC)において、酸化ストレスに対して、そのレベルが反応するタンパク質を検出するために、2D-PAGEを使用した。最初に、生物システムにおいて産生されるROS(合議体注:活性酸素種)であるH_(2)O_(2)に対しHUVECを曝露した。Figure 1A及び1Bは典型的な2Dゲルを示している。その上では、タンパク質は等電点電気泳動法(IEF)により第1次元方向に分離された。100μM H_(2)O_(2)で1時間曝露した後、我々は、コントロールゲルに比較して、ゲル上で新たに見えるようになった4つのスポット及び濃くなった2つのスポットを見出した(Figs.1C 1D)。それと同時に、H_(2)O_(2)に反応して、6つのスポットが、濃度が減少し、あるいは、消滅した。次に、塩基性pIをもつタンパク質を分析するために、我々は、第1次元をNEPHGEにより2D-PAGEを行った。・・・。結局のところ、銀染色による検出により、HUVECにおいて、16のタンパク質の発現が、H_(2)O_(2)に反応するように見えた。シクロヘキシミド(10μg/ml)は、タンパク質合成を阻害するものであるが、これらのH_(2)O_(2)に誘導される反応に対し影響を示さなかった。」(627頁右欄12?35行)

(3)「HPRPsの同定
HPRPsを同定するために、我々は、マイクロシークエンシングにより様々なタンパク質の内部アミノ酸配列を分析した。得られたアミノ酸配列及びコンピューターデータベースから同定された対応するタンパク質はTable 1に要約されている。我々の分析は、16HPRPsのうちの12個が、2つの異なるそれぞれのpI値をもつ6のタンパク質に対応することを明らかにした。」(629頁左欄9?16行)

(4)「これらの観察は、様々なタンパク質はH_(2)O_(2)に反応して、より低いpI値の構造的に修飾された形へ変換されたことを示している。それは、たぶん、特定の遺伝子の活性化に関わらない。」(629頁右欄4?8行)

(5)Table 1には、HPRP-2が、分子量25.1kDa、pI 6.2であること、及び、HPRP-2’が、分子量25.1kDa、pI 5.8であることが記載されている。(630頁)


当審の拒絶の理由で引用例2として引用された、本願優先日前の2001年(平成13年)に頒布された刊行物であるFree Rad. Res.,2001,Vol.35,pp.301-310は、「2次元ゲルにおけるペルオキシレドキシン及びDJ-1の酸化体が、Paraquatの致死レベルへの反応において、増加した」と題した文献であって、下記の事項が記載されている。

(6)「我々は以前に、パーオキシレドキシンI(PrxI),Prx II,Prx III,Prx VI,HSP27,G3PDH及び2つの同定されていないタンパク質(HPRP-2'及びHPRP-5')からなる、ヒドロパーオキシド反応タンパク質(HPRPs)をヒト臍帯静脈内皮細胞で発見した。」(301頁左欄1?5行)

(7)「マイクロシークエンス分析により、HPRP-2及び-2'は、ヒトDJ-1に一致することが明らかになった。」(301頁左欄18?20行)

(8)「我々は以前に、初代培養されたヒトさい帯静脈から誘導された内皮細胞(HUVEC)においてHPRPsを見出した[12]。我々はHUVEC にかえて、ヒト内皮細胞株(ECV304)を用いると、細胞外からのECV304に対するH_(2)O_(2)曝露により、HPRP-5'を除いて、全てのHPRPsが同様に観察されたが(Figure 1,Table I)、ECV304はHUVECよりも酸化剤に対して僅かな耐性がみられた。」(304頁左欄5?11行)

(9)TABLE Iには、コントロールにおいて観察されたHPRP-2が、分子量25.1kDaでpIが6.2であること、及び、H_(2)O_(2)処理において観察されたHPRP-2'が、分子量25.1kDaでpIが5.8であること、及び、HPRP-2及びHPRP-2'の両者が、DJ-1であることが記載されている。(305頁)

ここで、引用例2において、[12]として引用されている文献は、上記の引用例1である。
したがって、記載事項(6)及び(8)より、HUVECにおいて見出されたHPRPsが、ECV304においてもHPRP-5'を除いて観察されたことがわかり、記載事項(7)及び(9)より、ECV304において同定されたHPRP-2及びHPRP-2'が、いずれもDJ-1であることがわかる。そして、記載事項(9)により、DJ-1であると同定されたHPRP-2及びHPRP-2'の分子量及びpIは、記載事項(5)のHPRP-2及びHPRP-2'と分子量及びpIで一致していることからみて、引用例1に記載されるHPRP-2及びHPRP-2'は、DJ-1であることがわかる。


第3.対比・判断
1.本願発明について
本願明細書段落【0023】?【0025】には、
「実施例1
(1)試料調製
培養ヒトさい帯静脈血管内皮細胞(Human Umbilical Vein Endothelial Cell: HUVEC, 三光純薬より初代培養品を購入)を直径6cmのディッシュで培養した。培地にEGM-2(三光純薬製)を用い、37oC, 5% CO2のCO2インキュベータにより培養を行う。細胞は4代継代して80-90%コンフルエントになった時点で、培地中に88.2 mM過酸化水素を3.4μl添加し(最終濃度100 μ M)1時間CO2インキュベータ内で培養を続けた。過酸化水素処理を行った細胞は回収した後リン酸緩衝液で洗浄し二次元電気泳動に供した。(2)二次元電気泳動
回収した細胞は等電点電気泳動用溶液(9M尿素、2% CHAPS、65mM DTE、0.5% IPG Buffer(AmershamBioscience社))280 μ lに溶解し、15000 rpm 20min遠心して不溶成分を除き250 μ lを Immobiline Dry Strip (13 cm長、pIレンジ4-7、AmershamBioscience社)に添加、12時間膨潤させた。膨潤したのちIPGPhor 電気泳動装置(AmershamBioscience社)により500V1時間、1000V1時間、8000V6時間のタイムプログラムにより等電点電気泳動(一次元目)を行った。泳動終了後、等電点電気泳動を行ったゲルは50 mM Tris-HCl(pH 6.8)、6M尿素、30% グリセロール、2% SDS、20mM DTEにより平衡化し、12.5% のSDSポリアクリルアミドゲル電気泳動によって二次元目の電気泳動を行った。二次元電気泳動ゲルはSyproRuby (Molecular Probes社)により蛍光染色してスポットを可視化し、HUVECへの過酸化水素負荷の有無により位置の移動したスポットを切り出した。 なお、過酸化水素添加前の試料(コントロール)を同様にして二次元電気泳動を行った。結果を図1に示す。
(3)質量分析によるタンパク質同定と構造解析
過酸化水素負荷に応答を示した(二次元電気泳動上で位置の移動した)スポットは、トリプシンを用いたゲル内消化によりペプチド断片とした。このペプチド混合物はナノスプレーイオン化LC-MS/MSシステムに導入した。(溶媒A:0.1%ギ酸、5% アセトニトリル水溶液;溶媒B:0.1%ギ酸、98%アセトニトリル水溶液;溶媒Aに対しBを5%から65%まで40分の直線グラジエントで2 μ l/minの流速で送液した。カラムは逆相C18カラム(MAGIC C18, MichromBioresources社)を通してイオントラップ型質量分析計(LCQ-DECA、ThermoElectron社)によりdeta dependent scan modeにより測定を行った。)測定データはMASCOTシステム(Matrix Science社)によりペプチド-マスフィンガープリント法、MS/MSデータサーチ法を併用しタンパク質同定を行った。これらのデータベース検索により、天然型DJ-1、ならびにDJ-1誘導体のトリプシン消化フラグメントの68%、93%を同定した。
その結果、二次元電気泳動上で酸性側に現れたスポット(DJ-1誘導体)について、LC-MS/MSの測定データから構造決定を行ったところ、DJ-1の106番目のシステイン残基がシステインスルホン酸(Cys-SO3H)に酸化されていることがわかった。」(下線は、合議体による。)
と記載されている。
そうすると、本願発明のDJ-1誘導体は、HUVECに対して、H_(2)O_(2)を100 μM濃度で1時間の条件で処理し、その後、一次元目に等電点電気泳動、及び、二次元目にSDSポリアクリルアミドゲル電気泳動を用いた二次元電気泳動を施すことで、位置が酸性側に移動したスポットの一つから単離した物質であるといえる。

2.対比
本願発明と、引用例1に記載された事項とを比較すると、引用例1に記載のHPRP-2'は、上記第2.に記載のとおりH_(2)O_(2 )に反応して酸性側にシフトして現れたDJ-1であるから、両者は、
「DJ-1において、H_(2)O_(2)処理により酸化されてなるDJ-1誘導体」
である点で一致するが、
本願発明は、「106位のシステイン残基がシステインスルホン酸」に酸化されている「Cys(SO_(3)H)^(106)DJ-1」であるのに対し、引用例1に記載のDJ-1は、どのような位置がどのように酸化されているのかが特定されていない点で相違する。

3.当審の判断
化学物質に係る発明に関しては、新規な化学物質を世の中に提供するという貢献に対して排他的独占権である特許権が付与されるものであり、公知の化学物質の、未知であった部分構造を解明し、解明された部分構造を特定することでは、新規な化学物質を提供したとはいえない。そのような新たに解明された部分構造によりが特定された化学物質であっても、部分構造による特定は、公知の化学物質に関する新規な情報を提供しているにすぎず、その化学物質自体が新規ではないと判断される。

ここで、本願発明と、引用例1記載のDJ-1の誘導体(HPRP-2')を比較すると、いずれも、同じ細胞であるHUVECに対し、同じ酸化剤であるH_(2)O_(2)を、同じ100μMという濃度条件下、同じく1時間という時間条件で処理を施して得られたDJ-1の酸化誘導体であるから、両者は物として同一である蓋然性が極めて高いものである。
詳細に実験条件を比較すると、両者の電気泳動の条件等に若干の差異は認められるものの、強力な酸化剤であるH_(2)O_(2)を、100μMで1時間という、通常生体内では存在し得ないような過酷な酸化条件に細胞は曝露されていることから、両者の酸化剤の負荷以外の若干の実験条件の差異によって、DJ-1の酸化状態に差異が生じているとは考えにくい。

確かに、引用例1では、どのような位置にどのような酸化が起きているかが明らかにされていないのに対し、本願発明においては、これを「106位のシステイン残基がシステインスルホン酸」に酸化されている「Cys(SO_(3)H)^(106)DJ-1」であると、酸化物の部分構造を明らかにしてはいるものの、これは、引用例1において、知られていなかった部分構造を単に解明したにすぎず、引用例1に記載される化学物質と比較して、本願発明が、このような部分構造を特定することで新規な化学物質を提供しているわけではない。

よって、上記の相違点は、実質的な相違点とは認められず、化学物質に係る発明である本願発明は、引用例1に記載された物質と同一であり、新規性を有しない。

4.小括
したがって、本願発明は、引用例1に記載された発明であるから、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができない。


5.請求人の主張
審判請求人は、意見書において、以下のような主張をしている。
(1)「しかしながら、出願時の技術常識によりますと、HUVECとECV304は異なる細胞であることは明らかです。本書に添付する手続補足書にて提出致します参考資料(Lab Investigation 2000,80:37-45)によりますと、HUVECとECV304の機能は大きく異なり、ECV304はHUVEC由来の細胞ではなく、更にECV304は内皮細胞の細胞株としてふさわしくないことが明らかに明記されています(Summary等をご参照ください。)
従いまして、審判長殿が述べられておりますように、ECV304がHUVEC細胞と同様とのご判断は誤っており、これらの2つ細胞は全く異なる機能を有します。従いまして、当業者がHUVECに代えてECV304細胞を用いてそれによる結果を参酌する筈がありません。」(下線は、合議体による。)

上記の主張は、先の拒絶理由通知に記載した、引用例2に記載されるpI=5.8のHPRP-2’は、本願明細書に記載される実施例(HUVECに対し、過酸化水素100μM、1時間処理)と比較して、同様な細胞に対して、同様な過酸化物処理により得られた、同様のpIを有する(本願図1参照)DJ-1の酸化物であるから、本願請求項1に係るDJ-1誘導体の発明と、物として同一であるという理由に対してなされた主張と理解される。そして、4.で述べた通り、本件は、引用例1に記載されるタンパク質が、本願発明と同一であるという拒絶の理由を有するものであるから、この主張は、4.で述べた判断と関連しないものである。

(2)「また、審判長殿は本願発明の図面から同様のpIを有するDJ-1の酸化物を同定したことにより、引用例等に記載の発明と物として同一であると述べられています。しかしながら、同一のpIであるからと言って、システイン残基がスルホン酸に酸化されていることは、引用例には何ら記載されておらず、それを当然に導き出せるような記載は全く存在しませんし。さらに、酸化されるアミノ酸残基がDJ-1における106位のシステイン残基といった、特定のシステイン残基であることも引用例には何ら記載はなく、これについても当業者が当然に導き出せるような示唆も教示も何ら見当たりません。」

確かに、引用例1には、DJ-1の106位のシステイン残基がスルホン酸に酸化されていることは記載されていないものの、4.で述べた通り、本願発明と引用例1に記載のタンパク質とは、いずれも、同じ細胞であるHUVECに対し、同じ酸化剤であるH_(2)O_(2)を、同じ100μMという濃度条件下、同じく1時間という時間条件で処理を施して得られたDJ-1の酸化誘導体であるから、両者は物として同一である蓋然性が極めて高いものであって、引用例1に記載のDJ-1の酸化物も、本願発明と同じく、106位のシステイン残基がスルホン酸に酸化されていると推認される。

したがって、請求人の主張は採用できない。


第4.むすび
以上のとおりであるから、本願請求項1に係る発明は、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができないから、本願は拒絶をすべきものである。
よって、結論の通り審決する。
 
審理終結日 2013-02-19 
結審通知日 2013-02-26 
審決日 2013-03-11 
出願番号 特願2005-517692(P2005-517692)
審決分類 P 1 8・ 113- WZ (C07K)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 伊達 利奈  
特許庁審判長 鈴木 恵理子
特許庁審判官 冨永 みどり
田中 晴絵
発明の名称 システイン残基が酸化されたDJ-1誘導体  

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