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審決分類 審判 査定不服 特36条4項詳細な説明の記載不備 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) C09K
審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) C09K
管理番号 1274160
審判番号 不服2011-13787  
総通号数 163 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2013-07-26 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2011-06-29 
確定日 2013-05-16 
事件の表示 特願2007-185416「高分子発光体およびそれを用いた高分子発光素子」拒絶査定不服審判事件〔平成20年 1月31日出願公開、特開2008- 19443〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
本件審判請求に係る出願(以下「本願」という。)は、平成14年3月26日になされた特許出願(特願2002-86099号、優先権主張:平成13年3月27日、特願2001-89623号、平成13年9月28日、特願2001-302909号)の一部を平成19年7月17日に新たな特許出願としたものであって、以降の手続の経緯は以下のとおりである。

平成22年 9月21日付け 拒絶理由通知
平成22年11月26日 意見書・手続補正書
平成23年 3月24日付け 拒絶査定
平成23年 6月29日 本件審判請求
同日 手続補正書
平成23年 7月11日付け 手続補正指令(方式)
平成23年 8月10日 手続補正書(方式)
平成23年 8月11日 手続補足書
平成23年 8月15日付け 審査前置移管
平成23年 9月 5日付け 前置報告書
平成23年 9月 9日付け 審査前置解除
平成24年 8月 9日付け 審尋
平成24年10月19日 回答書
同日 手続補足書
平成24年12月19日付け 拒絶理由通知
平成25年 2月22日 意見書・手続補正書

第2 当審が通知した拒絶理由の概要
当審が平成24年12月19日付けで通知した拒絶理由の概要は、以下のとおりである。

「理由1:本願は、明細書の発明の詳細な説明の記載が下記の点で不備であるから、特許法第36条第4項に規定する要件を満たしていない。
理由2:・・(中略)・・



1.理由1について
本願明細書の発明の詳細な説明の記載につき検討すると、「3重項励起状態からの発光を示す金属錯体構造をその側鎖に有する高分子発光体」については、【0072】?【0080】において、その定義、構造上の特徴点、具体的繰り返し単位の例示がなされているのみであり、そのほかに「3重項励起状態からの発光を示す金属錯体構造をその側鎖に有する高分子発光体」につき記載がなく、この「高分子発光体」を使用した膜の造膜方法に係る実施例も記載されていない。
しかるに、上記で例示されている「具体的繰り返し単位」(【0079】?【0080】)につき検討すると、いずれも主鎖構造がパラフェニレン残基又はパラフェニレンビニレン残基であるもののみであるところ、ポリパラフェニレン又はポリパラフェニレンビニレンなどの「全π共役系導電性高分子」などと称呼される高分子は、いずれも通常不溶不融のもの、すなわち溶解する溶媒がなく、融解も困難であることが当業者に自明である(必要ならば下記参考文献参照)。
・・(中略)・・
してみると、本願明細書の発明の詳細な説明の記載に接した者は、当業者であっても、本願請求項に記載された「ポリスチレン換算の数平均分子量が103?108である高分子発光体であって、該発光体がその側鎖に下記式(6-1)で示される構造である3重項励起状態からの発光を示す金属錯体構造を有し、該金属錯体構造が芳香環を含み、芳香環若しくはその縮環部が該発光体の主鎖と、単結合、2重結合、酸素原子、硫黄原子若しくはセレン原子を介した結合、メチレン基、アルキレン基若しくはアリーレン基を介した結合を介して連結した高分子発光体と溶媒とを含む溶液から塗布法により成膜する膜の成膜方法」につき、「高分子発光体」を構成すること及び「高分子発光体と溶媒とを含む溶液」を構成することは極めて困難(実質的に不可能)であるから、当該「膜の成膜方法」に係る発明を実施することができるものとは認められない。
したがって、本願明細書の発明の詳細な説明は、本願請求項1ないし8に記載された事項で特定される「膜の成膜方法」に係る発明を、当業者が実施することができる程度に明確かつ十分に記載したものであるということができない。

参考文献:高分子学会編「高分子新素材便覧」平成元年9月20日、丸善株式会社発行、第60頁
・・(後略)」

第3 当審の判断
当審は、上記拒絶理由通知における理由1は、依然として成立するものであり、本願は拒絶されるべきものと判断する。以下詳述する。

1.本願の請求項に記載された事項
平成25年2月22日付けで手続補正された本願の請求項1ないし7には、以下の事項が記載されている。

「【請求項1】
ポリスチレン換算の数平均分子量が10^(3)?10^(8)である高分子発光体であって、
該発光体が、その側鎖に下記式(6-1)で示される構造である3重項励起状態からの発光を示す金属錯体構造を有し、該金属錯体構造が芳香環を含み、芳香環若しくはその縮環部が該発光体の主鎖と、単結合、2重結合、酸素原子、硫黄原子若しくはセレン原子を介した結合、メチレン基、アルキレン基若しくはアリーレン基を介した結合を介して連結した繰り返し単位と、下記式(1)で示される繰り返し単位(但し、式(6-1)で示される金属錯体構造を有さない。)とを含み、式(6-1)で示される金属錯体構造を有する繰り返し単位と式(1)で示される繰り返し単位との合計に対して、式(6-1)で示される金属錯体構造を有する繰り返し単位が0.01モル%以上10モル%以下である高分子発光体と
溶媒とを含む溶液から塗布法により成膜する膜の成膜方法。


(6-1)
(式中、Mは、イリジウム原子を示す。Ar”は、フェニルピリジン、2-(パラフェニルフェニル)ピリジン、7-ブロモベンゾ[h]キノリン、2-(4-チオフェン-2-イル)ピリジン、2-(4-フェニルチオフェン-2-イル)ピリジン、2-フェニルベンゾオキサゾール、2-(パラフェニルフェニル)ベンゾオキサゾール、2-フェニルベンゾチアゾール、2-(パラフェニルフェニル)ベンゾチアゾール、2-(ベンゾチオフェン-2-イル)ピリジン7,8,12,13,17,18-ヘキサキスエチル-21H,23H-ポルフィリンであり、これらにハロゲン原子、アルキル基、アルケニル基、アラルキル基、アリールチオ基、アリールアルケニル基、環状アルケニル基、アルコキシ基、アリールオキシ基、アルキルオキシカルボニル基、アラルキルオキシカルボニル基、アリールオキシカルボニル基、アリール基および1価の複素環基からなる群より選択される置換基を有していてもよい。Lは水素原子、アルキル基、アリール基、複素環配位子、カルボキシル基、ハロゲン原子、アミド基、イミド基、アルコキシ基、アルキルメルカプト基、カルボニル配位子、アルケン配位子、アルキン配位子、アミン配位子、イミン配位子、ニトリル配位子、イソニトリル配位子、ホスフィン配位子、ホスフィンオキシド配位子、ホスファイト配位子、エーテル配位子、スルホン配位子、スルホキシド配位子またはスルフィド配位子である。mは、1?5の整数を示す。oは、0?5の整数を示す。)


(1)
(式中、Ar_(1)は、アリーレン基または2価の複素環基を示す。R_(1)およびR_(2)は、それぞれ独立に水素原子、アルキル基、アリール基、1価の複素環基またはシアノ基を示す。nは0または1である。)
【請求項2】
前記式(6-1)で示される金属錯体構造を2種以上含むことを特徴とする請求項1に記載の成膜方法。
【請求項3】
高分子発光体が、下記式(2)で示される繰り返し単位を含むことを特徴とする請求項1または2に記載の成膜方法。


(2)
〔式中、Ar_(2)およびAr_(3)はそれぞれ独立にアリーレン基または2価の複素環基であり、Ar_(2)とAr_(3)は架橋しない。また、R_(11)は、アルキル基、アリール基、1価の複素環基、下記(3)で示される基、または下記(4)で示される基を示す。tは1?4の整数である。


(3)
(式中、Ar_(4)はアリーレン基または2価の複素環基である。R_(12)は、水素原子、アルキル基、アリール基、1価の複素環基、または下記式(4)で示される基を示す。Z_(1)は、-CR_(13)=CR_(14)-または-C≡C-を表す。R_(13)およびR_(14)はそれぞれ独立に水素原子、アルキル基、アリール基、1価の複素環基またはシアノ基を示す。uは0?2の整数である。)

(4)
(式中、Ar_(5)およびAr_(6)はそれぞれ独立にアリーレン基または2価の複素環基である。また、R_(15)はアルキル基、アリール基または1価の複素環基を示す。R_(16)は水素原子、アルキル基、アリール基または1価の複素環基を示す。vは1?4の整数である。)〕
【請求項4】
高分子発光体が下記式(5)で示される繰り返し単位を含むことを特徴とする請求項1または2に記載の成膜方法。


(5)
(式中、R_(11)は、アルキル基、アリール基、1価の複素環基、前記式(3)で示される基、または前記式(4)で示される基を示す。R_(18)およびR_(19)は芳香環上の置換基を表し、ハロゲン原子、アルキル基、アルケニル基、アラルキル基、アリールチオ基、アリールアルケニル基、環状アルケニル基、アルコキシ基、アリールオキシ基、アルキルオキシカルボニル基、アラルキルオキシカルボニル基、アリールオキシカルボニル基、アリール基または、1価の複素環基を示す。a、bはそれぞれ独立に0?3の整数であり、aまたはbが2以上の時、各R_(18)またはR_(19)は同一であっても、異なっていてもよい。)
【請求項5】
溶媒がクロロホルム、塩化メチレン、ジクロロエタン、テトラヒドロフラン、トルエン、キシレン、メシチレン、テトラリン、デカリン、n-ブチルベンゼンのいずれかを含む請求項1?4のいずれか一項に記載の成膜方法。
【請求項6】
高分子発光体を溶媒に0.1重量%以上溶解している請求項1?5のいずれか一項に記載の成膜方法。
【請求項7】
塗布法がスピンコート法、キャスティング法、マイクログラビアコート法、グラビアコート法、バーコート法、ロールコート法、ワイアーバーコート法、ディップコート法、スプレーコート法、スクリーン印刷法、フレキソ印刷法、オフセット印刷法またはインクジェットプリント法である請求項1?6のいずれか一項に記載の成膜方法。」

2.上記理由1について
本願明細書の発明の詳細な説明の記載につき検討すると、「3重項励起状態からの発光を示す金属錯体構造をその側鎖に有する高分子発光体」については、【0072】?【0080】において、その定義、構造上の特徴点、具体的繰り返し単位の例示がなされているのみであり、そのほかに「3重項励起状態からの発光を示す金属錯体構造をその側鎖に有する高分子発光体」につき記載がなく、この「高分子発光体」を使用した膜の造膜方法に係る実施例も記載されていない。
しかるに、請求項における「式(6-1)で示される金属錯体構造を有する繰り返し単位」として上記で例示されている「具体的繰り返し単位」(【0079】?【0080】)及び請求項における「式(1)で示される繰り返し単位」につき検討すると、いずれも主鎖構造がパラフェニレン残基又はパラフェニレンビニレン残基のみからなるものを含むものであるところ、ポリパラフェニレン又はポリパラフェニレンビニレンなどの「全π共役系導電性高分子」などと称呼される高分子は、いずれも通常不溶不融のもの、すなわち溶解する溶媒がなく、融解も困難であることが当業者に自明である(必要ならば下記参考文献参照)から、少なくとも「式(6-1)で示される金属錯体構造」以外の側鎖置換基を有さないものにつき、溶媒に溶解して溶液とすることは、極めて困難である。
また、上記「具体的繰り返し単位」を構成すべく単量体を合成し「式(1)で示される繰り返し単位」を構成する単量体と共重合を行ったとしても、上記「具体的繰り返し単位」を構成する単量体の主鎖を構成する重合活性部が、大きな体積を有する金属錯体構造又は連結基であるパラフェニレンなどの基が結合する炭素に近接する炭素(2位(オルソ位)など)であるから、技術常識からみて、立体障害などにより、重合が極めて困難であって上記「具体的繰り返し単位」を有する高分子発光体を得ることも極めて困難であると認められ、仮に、この高分子発光体が重合により得られたとしても、上記立体障害により、主鎖を構成するパラフェニレン基と金属錯体構造の配位子が有する芳香環又は連結基であるパラフェニレンなどの基とが、同一平面上に環の平面が存するものとは認められず、主鎖の共役系と金属錯体構造の共役系とが連結するものとは認められない。
してみると、本願明細書の発明の詳細な説明の記載に接した者は、当業者であっても、本願請求項に記載された「ポリスチレン換算の数平均分子量が10^(3)?10^(8)である高分子発光体であって、該発光体がその側鎖に下記式(6-1)で示される構造である3重項励起状態からの発光を示す金属錯体構造を有し、該金属錯体構造が芳香環を含み、芳香環若しくはその縮環部が該発光体の主鎖と、単結合、2重結合、酸素原子、硫黄原子若しくはセレン原子を介した結合、メチレン基、アルキレン基若しくはアリーレン基を介した結合を介して連結した繰り返し単位と式(1)で示される繰り返し単位とを含む高分子発光体と溶媒とを含む溶液から塗布法により成膜する膜の成膜方法」につき、「高分子発光体」を構成すること及び「高分子発光体と溶媒とを含む溶液」を構成することは極めて困難(実質的に不可能)であるから、当該「膜の成膜方法」に係る発明を実施することができるものとは認められない。
したがって、本願明細書の発明の詳細な説明は、本願請求項1ないし7に記載された事項で特定される「膜の成膜方法」に係る発明を、当業者が実施することができる程度に明確かつ十分に記載したものであるということができない。

参考文献:高分子学会編「高分子新素材便覧」平成元年9月20日、丸善株式会社発行、第60頁

3.審判請求人の主張について

(1)審判請求人の主張内容
審判請求人は、平成25年2月22日付け意見書において、以下のa.ないしc.の理由により上記理由1は解消される旨を主張し、上記拒絶理由通知で付記した点につき下記d.のとおり主張している。

a.「本願発明1は、上記補正1?4により、上記構成(A)?(C)を満たす膜の成膜方法に具体的に限定された。そして、審判長殿もご認定のように、明細書[0072]?[0080]には、3重項励起状態からの発光を示す金属錯体構造をその側鎖に有する繰り返し単位を含む高分子発光体について記載されており、明細書[0079]および[0080]には、3重項励起状態からの発光を示す金属錯体構造をその側鎖に有する繰り返し単位について具体的に記載されている。また、明細書[0131]には、「該高分子発光体に対する良溶媒としては、クロロホルム、塩化メチレン、ジクロロエタン、テトラヒドロフラン、トルエン、キシレン、メシチレン、テトラリン、デカリン、n-ブチルベンゼンなどが例示される。高分子発光体の構造や分子量にもよるが、通常はこれらの溶媒に0.1重量%以上溶解させることができる。」と記載されており、明細書[0213]には、「高分子LED作成の際に、本発明の有機溶媒可溶性の高分子発光体を用いることにより、溶液から成膜する場合、この溶液を塗布後乾燥により溶媒を除去するだけでよく、また電荷輸送材料や発光材料を混合した場合においても同様な手法が適用でき、製造上非常に有利である。溶液からの成膜方法としては、スピンコート法、キャスティング法、マイクログラビアコート法、グラビアコート法、バーコート法、ロールコート法、ワイアーバーコート法、ディップコート法、スプレーコート法、スクリーン印刷法、フレキソ印刷法、オフセット印刷法、インクジェットプリント法等の塗布法を用いることができる。」と記載されている。ゆえに、本願明細書における発明の詳細な説明は、当業者が本願発明1を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されたものであると考える。
審判長殿は、『「具体的繰り返し単位」([0079]?[0080])につき検討すると、いずれも主鎖構造がパラフェニレン残基又はパラフェニレンビニレン残基であるもののみであるところ、ポリパラフェニレン又はポリパラフェニレンビニレンなどの「全π共役系導電性高分子」などと称呼される高分子は、いずれも通常不溶不融のもの、すなわち溶解する溶媒がなく、融解も困難であることが当業者に自明である(必要ならば下記参考文献参照)。』と指摘されているが、当業者であれば、高分子発光体との組み合わせに適した溶媒を選択することが可能であると考える。また、明細書[0054]には、明細書[0019]?[0039]に記載の3重項発光錯体の置換基Rについて、「Rの例のうち、高分子発光体の溶媒への溶解性を高めるためには、1つ以上に環状または長鎖のあるアルキル鎖が含まれることが好ましくは、シクロペンチル基、シクロへキシル基、ペンチル基、ヘキシル基、オクチル基、2-エチルヘキシル基、デシル基、3,7-ジメチルオクチル基が例示される。・・・」と記載されており、当業者であれば、高分子発光体における金属錯体構造の置換基を適宜選択することや、式(1)で示される繰り返し単位の置換基を適宜選択することが可能であると考える。」(意見書「4.1 理由1(特許法第36条第4項)について」の「審判長殿が拒絶理由通知でご指摘のi)について」の欄)

b.「本願発明1は、上記補正1?4により、上記構成(A)?(C)を満たす膜の成膜方法に具体的に限定された。そして、明細書[0133]?[0144]には、主鎖にビニレン基を有する高分子発光体の製造方法について、複数の重合方法が詳細に記載されており、明細書[0145]?[0150]には、主鎖にビニレン基を有しない高分子発光体の製造方法について、複数の重合方法が詳細に記載されている。また、明細書[0152]?[0170]には、高分子発光体の製造方法で必要に応じて使用する有機溶媒、アルキルおよび触媒が複数記載されるとともに、その使用方法について詳細に記載されている。さらには、明細書[0152]?[0170](特に、明細書[0157]?[0169])には、反応温度や反応時間をはじめとする高分子発光体の製造方法の反応条件についても詳細に記載されている。当業者であれば、側鎖に金属錯体構造を有する繰り返し単位を構成するための単量体の形態に応じて、重合方法を適宜選択することや、必要に応じて使用する有機溶媒、アルキルおよび触媒を適宜選択することや、反応温度や反応時間をはじめとする反応条件を適宜調整することが可能であると考える。ゆえに、本願明細書における発明の詳細な説明は、当業者が本願発明1を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されたものであると考える。
審判長殿は、『仮に、この高分子発光体が重合により得られたとしても、上記立体障害により、主鎖を構成するパラフェニレン基と金属錯体構造の配位子が有する芳香環又は連結基であるパラフェニレンなどの基とが、同一平面上に環の平面が存するものとは認められず、主鎖の共役系と金属錯体構造の共役系とが連結するものとは認められない。』と指摘されているが、本願発明1は、上記構成(A)?(C)を満たす膜の成膜方法に係るものであり、主鎖の共役系と金属錯体構造の共役系とが連結するものに限定されるものではない。」(意見書「4.1 理由1(特許法第36条第4項)について」の「審判長殿が拒絶理由通知でご指摘のii)について」の欄)

c.「「審判長殿が拒絶理由通知でご指摘のi)について」および「審判長殿が拒絶理由通知でご指摘のii)について」で詳述したとおり、本願明細書の発明の詳細な説明の記載に接した当業者であれば、本願発明1の「高分子発光体」を構成することが可能であり、本願発明1の「高分子発光体と溶媒とを含む溶液」を構成することが可能であるから、本願発明1である「膜の成膜方法」を実施することができると考える。」(意見書「4.1 理由1(特許法第36条第4項)について」の「審判長殿が拒絶理由通知でご指摘のiii)について」の欄)

d.「平成23年8月10日付け手続補正書、および、平成24年10月19日付け回答書において提示した実験成績証明書に記載されている高分子化合物は、単量体の仕込み比から、以下の構成単位およびモル比率を有し、(PA)の構成単位と(PB)から選ばれる構成単位とが交互に重合した高分子化合物である。
(式は省略)
この高分子化合物は、主鎖構造として、パラフェニレン構造、フルオレン構造、および、金属錯体構造を側鎖に有するメタフェニレン構造を含むものであるため、主鎖構造にメタフェニレン構造のみを含むものではない。そして、明細書[0078]には、「また、3重項励起状態からの発光を示す金属錯体構造を有する繰り返し単位として、後記式(1)の繰り返し単位のAr_(1)の置換基またはR_(1)、R_(2)が3重項励起状態からの発光を示す金属錯体構造を有する1価の基であるもの等も挙げられる。ここに3重項励起状態からの発光を示す金属錯体構造を有する1価の基とは、上述の3重項発光錯体の配位子から一つの水素が脱離した残りの結合手が1本の基である。・・・」と記載されており、明細書[0086]には、Ar1として、下記式2で示されるメタフェニレン基が記載されている。
(式は省略)
ゆえに、実験成績証明書に記載されている高分子化合物は、本願明細書において記載および説明がなされている高分子化合物である。

また、審判長殿は、『なお、ポリメタフェニレンは、主鎖構造に共役系を有さない(すなわちフェニレン環の間の共鳴構造がない)ものであることが、当業者に自明である。』と指摘されているが、本願発明1は、上記構成(A)?(C)を満たす膜の成膜方法に係るものであり、本願発明1における高分子発光体は、主鎖構造に共役系のみを有するものに限定されるものではない。」(意見書「4.1 理由1(特許法第36条第4項)について」の「審判長殿が拒絶理由通知でご指摘のiv)について」の欄)

(2)検討

ア.前提事項
以下、上記a.ないしd.の各主張につき検討するにあたり、前提となる技術事項につき指摘する。

・電気発光(エレクトロルミネッセンス)材料について
本願明細書の発明の詳細な説明の記載(【0196】?【0246】)からみて、本願発明の「膜の成膜方法」は、実質上、その膜からなる層を挟持する電極間に電場(電圧)を付加することにより自発的に発光するエレクトロルミネッセンス(以下「EL」という。)素子における発光層を形成するための方法であるものと認められる。
EL素子の発光層に使用される発光材料においては、電場が付加されることにより送入される電子及び正孔が両電極から発光層に達して結合することによって形成される励起子が、発光材料の発光中心部(例えば本願発明でいう「3重項励起状態からの発光を示す金属錯体構造」などが挙げられる。)に十分に到達することを要求されることが当業者に自明であり、少なくとも、上記電子及び正孔がこの発光中心部に十分に到達することを要求されることも、当業者に自明である。
してみると、当該EL素子の発光層において、発光中心部構造に対して格段に低抵抗の導電構造が存在している場合、電子(及び正孔並びに励起子)の大部分がその導電構造の部分で移動し、発光中心部構造に電子などを実質的に送入することが困難となることは、当業者に自明であるから、EL素子の発光層において、電気的に接続されていない独立した導電材料であって、発光中心部に対して格段に低抵抗の導電材料が存在してはならないことも当業者に自明である。

イ.上記a.の主張について
本願明細書の発明の詳細な説明における「公知の3重項発光錯体を用いて発光層を形成するのには、通常真空蒸着法等の方法しか使用されず、塗布法により発光層を形成することが難しかった。」及び「本発明の目的は、3重項発光錯体構造を分子内に有し、塗布法により発光層を形成しうる新規な発光体、その製造方法、その製造に用いる単量体となりうる新規な錯体および該発光体用いた発光素子を提供することにある。」(【0007】?【0008】)なる本願発明の解決すべき課題に係る記載からみて、本願発明の「膜の成膜方法」において、高分子発光体が溶媒に溶解して溶液を形成できることは、その方法を実施するにあたり必要不可欠である主たる技術事項であることが明らかである。
しかるに、本願請求項には、その主鎖構造につき規定されていない式(6-1)で示される金属錯体構造を有する繰り返し単位と式(1)で示される繰り返し単位とを含む多種多岐にわたる高分子発光体及び特に種別が規定されていない多種多岐にわたる溶媒とを組み合わせて溶液とすることが規定されているのみである。
そして、明細書の発明の詳細な説明には、式(6-1)で示される金属錯体構造を有する繰り返し単位につき、具体的には【0079】?【0080】で例示されたパラフェニレン基又はパラフェニレンビニレン基を主鎖構造とするもののみであり、ほかにAr_(1)などの各基に係る多種多岐にわたる例示がなされているのみであって、式(1)で示される繰り返し単位についても、Ar_(1)などの各基に係る多種多岐にわたる例示がなされているのみである。
また、明細書の発明の詳細な説明には、高分子発光体の「良溶媒」として、溶解性が大きく異なる(例えば、脂肪(環)族飽和炭化水素である「デカリン」と比較的極性が高い「クロロホルム」では、溶解性が大きく異なる。)多種多岐にわたる広範な有機溶媒が例示されているのみであるとともに、式(6-1)で示される金属錯体構造を側鎖に有する繰り返し単位と式(1)で示される繰り返し単位とを含む高分子発光体につき具体的に実験例等として記載されておらず、何らかの溶媒に溶解した溶液についても記載されていない。
さらに、本願の原出願に係る優先日(平成13年3月27日)における当業界において、「ある一定の構造を有する高分子発光体であれば、溶解し得る溶媒が想定できる」又は「特定の溶媒であれば、溶解し得る高分子発光体が想定できる」と当業者が認識することができる技術常識が存するものとも認められない。
(例えば、高分子発光体の溶解性がいかなる程度のものであれば、いかなる溶媒に溶解可能であるかなどの技術常識が存するものではない。)
してみると、本願明細書の発明の詳細な説明の記載に接した当業者は、たとえ技術常識に照らしても、本願発明を実施しようと高分子発光体と溶媒との組合せを選定するにあたり、多種多岐にわたる過度の試行錯誤を要するものと認められる。
そして、当審が通知した上記拒絶理由における説示は、平成25年2月22日付けで手続補正された本願の請求項に記載された事項を依然として具備する主鎖構造がパラフェニレン基又はパラフェニレンビニレン基のみからなる高分子発光体につき、当業者の技術常識に基づいて、溶解するのが困難な溶媒しかなく、その溶液を構成することが困難であることにつき指摘したものである。
してみると、主鎖構造がパラフェニレン基又はパラフェニレンビニレン基のみからなるものなどの「全π共役系導電性高分子」などと称呼される高分子発光体を使用する態様においては、本願発明の必要不可欠な主たる技術事項である「高分子発光体が溶媒に溶解して溶液を形成できること」がいかにして達成され得るのか、当業者であっても依然として不明である。
以上を総合すると、本願明細書の発明の詳細な説明の記載に接した当業者は、その技術常識に基づき、本願の請求項に記載された事項を具備する発明につき、一部の態様が実施することができないとともに、その余の態様についても、高分子発光体と溶媒との組合せを選定するにあたり、多種多岐にわたる過度の試行錯誤を要するものと認めざるを得ない。
したがって、「当業者であれば、高分子発光体との組み合わせに適した溶媒を選択することが可能である」との主張及び「当業者であれば、高分子発光体における金属錯体構造の置換基を適宜選択することや、式(1)で示される繰り返し単位の置換基を適宜選択することが可能である」との主張を含む上記a.の主張は、当を得ないものである。

ウ.上記b.の主張について

(ア)本願明細書の発明の詳細な説明(【0133】?【0170】)には、審判請求人が指摘するとおり、ポリパラフェニレンビニレン、ポリパラフェニレンなどの「全π共役系導電性高分子」などと称呼される高分子化合物の当業界周知慣用の製造方法及びその製造条件(触媒、温度など)について記載されてはいる。
しかるに、当審が通知した上記拒絶理由における説示は、当該高分子化合物の製造方法及び条件などが当業界周知慣用であることを前提とした上で、本願発明における高分子発光体につき、その製造における重合反応部位が極めて嵩高い金属錯体構造又はフェニレン基などの連結基の近傍に存在するという特殊事情が存するところ、反応部位近傍の嵩高い官能基によるいわゆる立体障害が存する場合に反応が困難(又は不可能)になるという当業者の技術常識に基づき、本願発明における高分子発光体の重合による製造が困難(又は不可能)であろうことを指摘したに過ぎない。
そして、上記b.の主張(特に前段部)は、単に本願明細書の発明の詳細な説明(【0133】?【0170】)の記載に基づき、当業者が本願発明につき実施可能であるとするものであり、当審が説示した上記の点につき何ら反論するものではないから、当を得ないものである。

(イ)また、本願明細書の発明の詳細な説明(【0072】?【0075】)には、本願発明における高分子発光体として、「共役のつながった側鎖に3重項励起状態からの発光を示す金属錯体構造を有することが好まし」く、「3重項励起状態からの発光を示す金属錯体構造を側鎖に有している場合、該金属錯体構造の少なくとも1つの配位子に含まれる芳香族環と、高分子主鎖に含まれる芳香族環とが炭素-炭素単結合で連結されていることが望まし」く、「高分子発光体が共役系高分子発光体であるものが好ましい」旨記載されているところ、これは、本願発明における高分子発光体として、「全π共役系導電性高分子」などの共役系高分子化合物の主鎖構造に共役系が連結する形で側鎖として金属錯体構造が結合しているものが好適であることを意味するものと認められる。
しかるに、当審の「この高分子発光体が重合により得られたとしても、上記立体障害により、主鎖を構成するパラフェニレン基と金属錯体構造の配位子が有する芳香環又は連結基であるパラフェニレンなどの基とが、同一平面上に環の平面が存するものとは認められず、主鎖の共役系と金属錯体構造の共役系とが連結するものとは認められない。」との拒絶理由通知における説示は、本願発明における高分子発光体に係る好適な例示化合物を製造可能であるとは認めることができないことを説示したに過ぎない。
また、共役系導電性高分子からなる主鎖構造と金属錯体構造との間につき共役系が連結されていない高分子化合物につき検討すると、当該化合物は、低抵抗・良電導性の共役系導電性高分子からなる主鎖構造と高抵抗の半導体であり発光中心部である金属錯体構造とが、共役系が連結されていない、すなわち電気的に接続されていない状態で互いに独立して混在する化合物であるものと認められる。
しかるに、上記ア.で示したとおり、EL素子の発光層において、電気的に接続されていない独立した導電材料であって、発光中心部に対して格段に低抵抗の導電材料が存在してはならないことが当業者に自明であり、仮に当該導電材料が混在している場合、発光中心部に対して電子などが送入されることが困難となるのであるから、上記「共役系導電性高分子からなる主鎖構造と金属錯体構造との間につき共役系が連結されていない高分子化合物」により、EL素子の発光層を形成することが可能であるとも認めることができない。
してみると、上記b.の主張(特に後段部)における「本願発明1は、上記構成(A)?(C)を満たす膜の成膜方法に係るものであり、主鎖の共役系と金属錯体構造の共役系とが連結するものに限定されるものではない。」との主張は、当を得ないものである。

(ウ)以上のとおりであるから、上記b.の主張は、いずれも当を得ないものである。

エ.上記c.の主張について
上記イ.及びウ.で説示したとおり、上記a.及びb.の各主張は、いずれも当を得ないものであるから、当該各主張に基づく上記c.の主張についても、当を得ないものである。

オ.上記d.の主張について
審判請求人が平成23年8月10日付け手続補正書(審判請求理由補充書)及び平成24年10月19日付け回答書に添付した実験成績証明書における高分子化合物は、本願請求項に記載された事項で特定される高分子発光体の一種であることは明らかである。
しかしながら、上記高分子化合物は、上記ウ.で示した本願明細書の発明の詳細な説明(【0072】?【0080】、特に【0072】?【0075】)に記載された本願発明における側鎖に金属錯体構造を有する高分子発光体としての「好適な高分子化合物」には、共役系高分子化合物の主鎖構造を有さない点で該当しないものである。
また、上記実験成績証明書における実験内容を検討すると、特定の2種の高分子化合物につき、いずれも溶媒としてのキシレンに溶解して溶液とし、塗布法により薄膜を形成することができ、波長300nmの光照射で励起した場合に発光したことは記載されているものの、上記「好適な高分子化合物」が溶媒に溶解するか否か及び上記薄膜に電場(電圧)を付加した場合に自発的に発光するものか否か(いわゆるEL発光の可否)については、認識することができるものとは認められない。
してみると、上記実験成績証明書における実験結果により、極めて広範な高分子発光体と極めて広範な溶媒との組合せからなる溶液を使用する本願発明につき、一般的に実施することができるであろうと当業者が認識することができるものとは認められない。
したがって、審判請求人の上記d.の主張は、当を得ないものである。

(3)小括
以上のとおり、審判請求人の上記意見書における主張は、いずれも当を得ないものであるから、採用することができず、当審の上記理由に係る検討結果を左右するものではない。

4.当審の判断のまとめ
以上を総合すると、本願は、明細書の発明の詳細な説明の記載につき特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない。

第4 まとめ
以上のとおり、本願は、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていないものであるから、その余につき検討するまでもなく、同法第49条第4号の規定に該当し、拒絶すべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2013-03-14 
結審通知日 2013-03-19 
審決日 2013-04-01 
出願番号 特願2007-185416(P2007-185416)
審決分類 P 1 8・ 536- WZ (C09K)
P 1 8・ 121- WZ (C09K)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 鈴木 雅雄木村 伸也  
特許庁審判長 松浦 新司
特許庁審判官 橋本 栄和
小出 直也
発明の名称 高分子発光体およびそれを用いた高分子発光素子  
代理人 中山 亨  
代理人 坂元 徹  

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