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審決分類 審判 全部無効 2項進歩性  H04L
審判 全部無効 1項3号刊行物記載  H04L
管理番号 1274442
審判番号 無効2010-800144  
総通号数 163 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2013-07-26 
種別 無効の審決 
審判請求日 2010-08-20 
確定日 2013-01-04 
事件の表示 上記当事者間の特許第3111411号発明「擬周期系列を用いた通信方式」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 審判費用は、請求人の負担とする。 
理由 第1.手続の経緯
本件特許第3111411号は、平成5年6月15日に出願(特願平5-144033号)され、平成12年9月22日に特許権の設定登録が行われたものである。
そして、本件無効審判請求後の手続の経緯は以下のとおりである。

無効審判請求:平成22年8月20日
答弁書:平成22年11月15日
口頭審理陳述要領書(被請求人):平成22年12月29日
口頭審理陳述要領書(請求人):平成23年1月7日
口頭審理陳述要領書(2)(請求人):平成23年1月24日
口頭審理:平成23年1月24日
上申書(被請求人):平成23年2月1日
上申書(請求人):平成23年2月3日

第2.本件特許発明
本件特許第3111411号の請求項1に係る発明(以下、「本件特許発明」という。)は、明細書及び図面の記載からみて、その特許請求の範囲の請求項1に記載された次のとおりのものである。

「伝送すべき情報をbとしたとき、b(a_(N-L) ,・・・,a_(N-1) ,a_(0) ,・・・,a_(N-1) ,a_(0 ),・・・,a_(L-1) )という長さN+2Lの信号を送信信号とし、(a_(0) ,a_(1) ,・・・・,a_(N-1) )という長さNの信号に対する整合フィルタを通して前記情報bを受信することを特徴とする擬周期系列を用いた通信方式。」

第3.当事者の主張及び証拠方法
1.請求人
請求人は、「特許第3111411号の特許を無効とする。審判費用は被請求人らの負担とする。」との審決を求めているところ、請求の理由の要点及び証拠方法は以下のとおりである。

(1)請求の理由の要点
ア.無効理由1
本件特許発明は、甲第1号証に具体的に開示された発明であるから、特許法第29条第1項第3号の規定に該当し、特許を受けることができないものである。したがって、本件特許は、同法第123条第1項第2号に該当し、無効とすべきものである。
イ.無効理由2(1)
本件特許発明は、甲1発明及び甲第2号証乃至甲第9号証に記載された発明に基づいて、出願前に当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものである。したがって、本件特許は、同法第123条第1項第2号に該当し、無効とすべきものである。
ウ.無効理由2(2)
本件特許発明は、甲2発明及び甲第7号証に記載された発明、並びに甲第4号証乃至甲第6号証の記載に基づいて、出願前に当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものである。したがって、本件特許は、同法第123条第1項第2号に該当し、無効とすべきものである。
エ.無効理由3
本件特許発明は、特許法第2条第1項にいう「自然法則を利用した技術的思想の創作」たる発明には該当せず、同法第29条第1項柱書に違反して特許されたものである。したがって、本件特許は、同法第123条第1項第2号の規定により無効とすべきものである。
なお、口頭審理において、本件特許発明に対して特許法第29条第1項柱書違反とする主張は撤回されたので、本審決においては、これを審理対象としない。

(2)証拠方法
甲第1号証:特開平5-22251号公報
甲第2号証:特開平5-7196号公報
甲第3号証:特開昭56-158549号公報
甲第4号証:ロバートC.ディクソン著、「最新スペクトラム拡散通信方式」、ジャテック出版、昭和53年11月30日初版発行、第76頁、第206頁、及び第207頁
甲第5号証:中川正雄、真壁利明著、「確率過程」、培風館、昭和62年1月10日初版発行、第153頁
甲第6号証:B.P.ラシィ著、「詳解ディジタルアナログ通信方式(下巻)」、HBJ出版局、1986年3月13日第1刷発行、第549頁
甲第7号証:米国特許5127025号明細書
甲第8号証:特開平3-72725号公報
甲第9号証:特開昭63-24732号公報
甲第10号証:宮内一洋著、「通信方式入門」、コロナ社、1991年2月25日初版発行、第186頁、及び第187頁
甲第11号証:山内雪路著、「ディジタル移動通信方式」、東京電機大学出版局、1993年2月20日第1版1刷発行、第93頁乃至第109頁
甲第12号証:特開昭62-190940号公報
甲第13号証:特開平2-132938号公報
甲第14号証:ロバートC.ディクソン著、「最新スペクトラム拡散通信方式」、ジャテック出版、昭和53年11月30日初版発行、第136頁、第173頁乃至第180頁、及び第191頁乃至第229頁
甲第15号証:特開昭63-13440号公報
甲第16号証:特開昭63-110837号公報
甲第17号証:特開平2-98242号公報

2.被請求人
被請求人は、「本件請求は成り立たない。審判費用は請求人の負担とする。」との審決を求めているところ、答弁の理由の要点は以下のとおりである。

(1)答弁の理由の要点
答弁書の趣旨および理由は、本件特許発明と類似するのは甲第1号証のみであるから甲第1号証以外は本件無効審判請求の論拠とならない、本件特許発明と甲1号証とは技術思想が異なり進歩性は明らかである、というものである。

(2)証拠方法
乙第1号証:今井秀樹著、「符号理論」、電子情報通信学会、平成2年3月15日初版発行、第17頁、及び第18頁
乙第2号証:電子情報通信学会編、「電子情報通信用語辞典」、コロナ社、1984年11月30日初版第1刷発行、第760頁、及び第761頁
乙第3号証:今井秀樹著、「符号理論」、電子情報通信学会、平成2年3月15日初版発行、第36頁乃至第38頁
乙第4号証:電子情報通信学会編、「電子情報通信用語辞典」、コロナ社、1984年11月30日初版第1刷発行、第302頁
乙第5号証:電子情報通信学会編、「電子情報通信用語辞典」、コロナ社、1984年11月30日初版第1刷発行、第535頁、及び第536頁
乙第6号証:福田明著、「基礎通信工学」、森北出版、1999年3月10日第1版第1刷発行、第204頁乃至第209頁
乙第7号証:丸林元、中川正雄、河野隆二共著、「スペクトル拡散通信とその応用」、電子情報通信学会、平成10年5月10日初版第1刷発行、第108頁乃至第115頁
乙第8号証:奥村喜久、進士昌明監修、「移動通信の基礎」、電子情報通信学会、昭和61年10月1日初版第1刷発行、第128頁、及び第129頁
乙第9号証:野本真一著、「ワイヤレス基礎理論」、電子情報通信学会、平成15年7月20日初版第1刷発行、第290頁、及び第291頁
乙第10号証:電子情報通信学会編、「電子情報通信用語辞典」、コロナ社、1984年11月30日初版第1刷発行、第499頁、及び第500頁

第4.無効理由についての当審の判断
1.無効理由1について
(1)甲第1号証の記載事項
本件の特許出願前に頒布された甲第1号証の刊行物には、「スペクトラム拡散通信用送受信機」に関し、図面の図示とともに次の技術事項が記載されている。
a.「【請求項1】 符号長がLi(但し、1≦i≦kであり、Li=1を含む)であるk個の、符号長を異にする符号をCiと表し(但し、1≦i≦k)、以下に行う操作の都合上、該符号Ciに全く同じ符号をCi´として別に置き、前記符号Ciの先頭ビット位置からj番目(但し、j≧1であり、j>Liの場合には、(j-1)/Liの剰余に1を加えた値を新たにjと置く)のビット位置に位置する1ビットを、前記符号Ci´の末尾に付加し、前記符号Ciの末尾のビット位置から先頭に向けてj番目のビット位置に位置する1ビットを、前記符号Ci´の先頭に付加することにより、符号Ci´の再構成を行うという操作を、j=1から順にn回繰り返した後に得られる符号Ci´(即ちk個の符号)を相互につなげて構成される符号長(ΣLi+2kn)の符号Cを拡散符号として用い(但し、ΣLiは、i=1 からi=k までについて足し合わせることを意味する)、
データ信号の1ビット分の継続時間が、拡散符号1周期の継続時間に等しい如き、データ信号と、該拡散符号との排他的論理和を、該拡散符号の1ビット毎にとることにより、変調信号を構成し、これを送出する手段を備えたスペクトラム拡散通信用送信機と、
送信されてきたデータ信号1ビット分の変調信号に対し、データ信号1ビット分の継続時間において、送信機側で用いたのと同じ拡散符号Cを使い、両者間で相互相関値を求める際、拡散符号Cを構成する符号Ci´の各々について、前記符号Ciの前後にそれぞれ付加されたnビット相当のビット部分を除いた後の(ΣLi)ビット分について得た相互相関値を、復調信号として求める復調手段を備えたスペクトラム拡散通信用受信機と、から成ることを特徴とするスペクトラム拡散通信用送受信機。」(第2頁1欄第2行?第33行)

b.「【0001】
【産業上の利用分野】本発明は、スペクトラム拡散通信用送受信機に関するものである。」(第2頁1欄第46行?第48行)

c.「【0004】
【発明が解決しようとする課題】従来のスペクトラム拡散通信用送受信機を用いた多重接続方式は、上記のように構成され、各通信路(チャネル)の送受間には距離差が存在する。距離差に起因して、受信側における各チャネルの変調信号間には、レベル差と位相差が生じるため、受信側における符号間の相互相関値が増加する。この相互相関値の増加がチャネル間干渉の原因となるため、従来技術では、拡散符号に用いるPN系列等の符号長を大きく設定する方法や拡散符号の同期のとり方を工夫することにより、この問題に対処していた。
【0005】しかし、PN系列等の符号長を大きくする方法では、各変調信号間のレベル差や位相差を許容するため、要求される符号長が膨大となるという問題点が存在し、また、符号長をより短くするために、例えば符号間の相互相関値が零となる直交系列のような相互相関値の小さな系列を、拡散符号に利用した同期多重接続では、拡散符号間の同期がとれなかったり、同期に小さな誤差が生じた場合にチャネル間干渉が増加するといった問題点を存在した。
【0006】本発明は、このような問題点を解決するためになされたもので、例えばM系列のような符号に対して前後を延長した符号を用い、受信側では、延長した部分を除いて相関をとり復調信号を得ることで、各チャネルのデータ信号の変化による相互相関値の増加を抑えることにより、チャネル間レベル差、チャネル間位相差が存在しても、チャネル間干渉を抑えて複数のチャネルの分離復調を可能とするスペクトラム拡散通信用送受信機を提供することを目的とする。
【0007】
【課題を解決するための手段】上記の目的を達成するために本発明では、符号長で構成される1周期の継続時間が、データ信号1ビット分の継続時間に相当する如き、拡散符号に、例えばM系列のような符号(符号長L1ビット、但し、符号長1を含む)、あるいはM系列の末尾に0を付加してできる直交系列のように、複数k個の符号(符号長L1,L2,....Lk)をつなげて構成される符号に対し、Li(1≦i≦k)ビットの各符号の先頭の1ビットに等しい1ビットを、その符号の最後に付加し、同様にLi(1≦i≦k)ビットの末尾のビットに等しい1ビットを、符号の先頭に付加するというように、ビットを付加するという操作を、次はLi(1≦i≦k)ビットの符号の先頭から2ビット目、及び末尾から2ビット目のそれに、それぞれ等しい1ビットを、それぞれ符号の最後と先頭に付加するというように、かかる操作をn回繰り返すことにより、Li(1≦i≦k)ビットの符号の前後にnビットずつ付加することで新たに形成される符号長ΣLi+2knビットの符号を拡散符号に用い(但し、ΣLiは、i=1からi=kまでについて足し合せることを意味する)、変調信号を発生させる変調手段を送信側に設けた。
【0008】また、受信側において、送信されてきた信号に対し、送信側で用いたものと同一の拡散符号を用いて、拡散符号の1周期毎に相互相関値を得る際に、拡散符号において各符号の前記に付加されているnビット部分を除き、元のLi(1≦i≦k)ビットの各符号の部分についてのみ、相互相関値を求め、これを復調信号とする復調手段を備えた。
【0009】
【作用】本発明においては、スペクトラム拡散を用いた符号分割多重通信の各送信機における変調の際、伝送路における各チャネル間の距離差に起因する、最大のチャネル間位相差に相当するビット数nを、符号の前後に付加することで構成される符号、あるいはこのような符号を複数個つなげて構成される符号を、拡散符号に用い、復調時においては、拡散符号と受信信号との相互相関値を求める際、符号の前後に付加されているビットの部分を除いて相関をとることにより、チャネル間位相差によるデータ信号の変化が原因となる相互相関値の増加分を排除でき、チャネル間位相差が存在しない場合に、ビットを前後に付加する前の符号を拡散符号に用いて得られる復調信号と同等の、チャネル間干渉のない復調信号を得ることができる。」(第2頁2欄第23行?第3頁3欄第45行)

d.「【0010】
【実施例】以下、本発明の一実施例を図について説明する。図1は本発明にかかる送信機の一実施例を示すもので、スペクトラム拡散による変調信号を作る回路のブロック図であり、図2は、その変調信号を復調する受信機の回路のブロック図である。
【0011】図1において、21はデータ入力端子、22は入力されたデータ信号をxビットパラレルに変換するシリアル/パラレル変換回路、23は22によりxビットパラレルに変換されたデータ信号を拡散符号の1周期と同期させるためのD-FF回路、24は拡散符号とデータ信号から変調信号を作る排他的論理和回路、25は拡散符号を記憶しているROM、26はxビットパラレルの変調信号を変換するパラレル/シリアル変換回路、27は変調信号の出力端子である。
【0012】図1の送信機の動作を説明する。この送信機における変調信号の速度をfc〔bps〕とする。また、本実施例では、LビットのM系列に、チャネル間位相差を許容する為M系列の巡回規則に従って前後にnビットを付加した(L+2n)ビットの符号を拡散符号として用いることにする。従ってデータ信号の速度はfc/(L+2n)〔bps〕とする。
【0013】これらから、図1における各ブロックの動作速度は、シリアル/パラレル変換回路22、排他的論理和回路24、ROM25ではfc/x〔Hz〕,D-FF23ではfc/x(L+2n)〔Hz〕,パラレル/シリアル変換回路26ではfc〔Hz〕となる。
【0014】データ入力端子21に入力された速度fc/(L+2n)〔bps〕のデータ信号は、シリアルパラレル変換回路22及び、D-FF23により、速度fc/x(L+2n)〔bps〕のxビットのパラレルの信号に変換されて、排他的論理和回路24の一方の入力ポート(xビット入力)に入力される。排他的論理和回路24の他方の入力ポートには、ROM25から速度fc/x〔bps〕でxビットパラレルで拡散符号が入力され、速度fc/x〔Hz〕で排他的論理和が計算され、排他的論理和回路24の出力ポートから速度fc/x〔bps〕で出力される。この出力はxビットパラレルであるため、パラレル/シリアル変換回路26により速度fcのシリアル信号に変換され、出力端子27から変調信号として出力される。」(第3頁3欄第46行?第3頁4欄第36行)

e.「【0015】図2において、31は変調信号入力端子、32はA/D変換回路、33はA/D変換回路32によりyビットパラレルのディジタル信号に変換された変調信号と拡散符号の相互相関値を符号1周期毎に計算する累積器、34は送信機で用いたものと同一の拡散符号を累積器における累積の極性として記憶し、また累積値のクリア信号も記憶するROM、35はD/A変換回路、36は復調信号出力端子、37は同期判定回路、38はROM34の読み出しアドレスを発生させるカウンタである。
【0016】図2の受信機の動作を説明する。図2の受信機において入力される変調信号の速度は、送信機と同一のfc〔bps〕であるとする。また、用いる拡散符号は、図1の送信機で用いたものと同一の符号で、LビットのM系列の前後にnビットずつ付加した符号長(L+2n)ビットのものを用いる。図2の受信機の各ブロックの動作速度はfc〔Hz〕とする。
【0017】伝送されてきた変調信号は、入力端子31に入力された後、アナログ信号としてA/D変換回路32において速度fc〔Hz〕でサンプリングされ、yビットパラレルのディジタル信号として累積器33の入力ポートに入力される。入力されたデータは、速度fc〔Hz〕で累積され、拡散符号の1周期(速度fc〔bps〕でL+2nビット)毎に累積値が累積器33の出力ポートからzビットのパラレル信号として出力される。
【0018】累積器33における累積の際の正負の極性は、送信機で用いたものと同一の拡散符号として、ROM34に記憶されており、(L+2n)ビットを1周期とする符号の1ビットが1ならば、累積の極性は正,0ならば負として累積される。ROM34には累積器33に対し、累積値を拡散符号の1周期毎にクリアする信号も記憶されているが、本実施例では、M系列の前後にnビットずつ付加されているものを拡散符号に用いており、この場合クリア信号は前後に付加されたビットを極性とした累積の期間中累積器33に入力されている。
【0019】これにより、拡散符号の1周期毎の累積において、変調時にM系列との排他的論理和をとった信号のみが累積され、前後に付加された計2nビットの期間は累積されない。クリア信号のレベルがLowのとき、累積値がクリアされるとすると、クリア信号の立ち下がりを累積器33の出力クロックに用いることで、累積器33の出力ポートからは、拡散符号前後nビットを除いたM系列の部分を極性とした変調信号の累積値がfc/(L+2n)〔bps〕で出力されることになる。累積器33の出力ポートからのzビットパラレルのディジタル信号は、D/A変換回路35に入力され、アナログ信号に変換された後、復調信号として出力端子36から出力される。
【0020】また、この復調信号を同期判定回路37に入力し、拡散符号の1周期毎に1ビットの復調信号が復調される場合にROM34の読み出しアドレスがクリアされるようカウンタ38へのクリアパルスが送出され、伝送されてきた変調信号に施されている拡散符号との排他的論理和の周期と累積器33における変調信号と符号との相関の周期に同期がとれることになる。」(第3頁4欄第37行?第4頁5欄第42行)

f.「【0021】図3はデータ信号と従来技術のスペクトラム拡散技術により、変調された変調信号Aのタイムチャートである。また、データ信号の上には、データ信号と排他的論理和をとる拡散符号(M系列)aを示す(符号長L=7)。
【0022】図4は、同じくデータ信号と本発明による図1の送信機による変調信号A´のタイムチャートである。また、データ信号の上にはデータ信号と排他的論理和をとる拡散符号として、図3のM系列aの前後に2ビットずつ付加することにより構成される符号a´を示す(符号長L´=L+2n=9:L=7,n=1)。図5は、図3の変調信号Aと、スペクトラム拡散技術により変調信号Aが多重される場合の他のチャネルに用いられている拡散符号(M系列)bと、符号bと変調信号Aとの排他的論理和及び符号一周期毎の相互相関値である。このとき、チャネル間には距離差に起因するチャネル間位相差が存在するものとする。
【0023】図5において、排他的論理和「0100010」に対して、(相互相関値)が(-3)と記載されているが、「0」は伝送路上で「-1」として伝送され、「1」は「+1」として伝送されるので、結果として相互相関値が(-3)となるのである。
【0024】図6は図4の変調信号A´と、変調信号A´がスペクトラム拡散により他のチャネルと多重される場合の他チャネルに用いられる拡散符号b´と、符号b´と変調信号A´との排他的論理和、及び符号一周期毎の相互相関値である。また、符号b´は変調信号A´に用いられた符号a´と同様、本発明の実施例であるM系列の前後に2ビットずつ付加して構成される符号である。このとき、チャネル間には図5と同じチャネル間位相差を与える。
【0025】図4に示した拡散符号は、M系列の前後に巡回規則に従って1ビットずつ付加したものである。従来技術と、この符号を拡散符号に用いた場合のスペクトラム拡散による多重を、図5と図6で比較する。多重するチャネルに等しい位相差を与えた場合、従来技術では、位相差が存在しない場合に、M系列を符号として用いた場合の相互相関値(-1),(+1)を維持できない。しかし、本発明による復調方法をとる場合、符号の一周期毎の相互相関値には、他のチャネルのデータの変化による増加分が含まれず、相互相関値の増加を抑えることができる。
【0026】さらにM系列のような巡回符号に、巡回規則に従ってビットを付加したものを拡散符号に用いることによって、チャネル間に位相差が存在しても、巡回符号同士の相互相関値を取ることになるため、位相差が存在しない場合に等しい振幅を持つ復調信号(位相差がない場合と同等な、チャネル間干渉の少ない復調信号)を得ることができる。
【0027】従って巡回符号にM系列を用い、これにチャネル間位相差に相当するビットを前後に付加した符号を拡散符号に用いることにより、チャネル間の符号の相互相関値は、位相差に依らず(-1)を維持できる。また巡回符号にM系列と0を用い、それぞれについてチャネル間位相差に相当するビットを付加し、これをつなげた符号を拡散符号に用いることにより、チャネル間の相互相関値は、チャネル間位相差に依らず0を維持できる。チャネル間相互相関値は小さいほど、チャネル間干渉が少ないことを意味する。」(第4頁5欄第43行?第5頁7欄第1行)

g.「【0028】
【発明の効果】以上のように、本発明によれば、スペクトラム拡散による符号分割多重通信の各送信機における変調の際、拡散符号として、符号または複数の符号に対し、チャネル間位相差に相当するビットnビットを各符号の前後に付加することで構成される符号、あるいはこれらをつなげて構成される符号を用い、各受信機における復調の際には、元の各符号の前後に付加されているnビット部分を除き、元の符号と変調信号との相互相関値を復調信号とすることにより、チャネル間位相差による他チャネルのデータ信号の変化が原因となる相関値の増加分を排除できるという利点がある。
【0029】さらに、元の符号にM系列のような巡回符号や複数の巡回符号を用いることにより、相互相関を求める期間において、チャネル間の符号の位相関係をチャネル間位相差=0で巡回符号や巡回符号をつなげて構成される符号を拡散符号に用いた場合の位相関係と等しくできるため、チャネル間位相差の大きさによらず、巡回符号や複数の巡回符号をつなげて構成される符号を、拡散符号に用いた場合と同じ値の振幅を持つ復調信号を得ることができるという効果がある。」(第5頁7欄第2行?第22行)


上記甲第1号証の摘記事項及び図面の記載を総合すると、
・「データ信号」は、伝送すべき情報であって、その情報をbと称することは任意であり、
・上記f.【0022】から明らかなように、「符号a´」は、「M系列a」の前後にnビットずつ付加することにより構成され、符号長はL+2nであるから、(a_(L-n) ,・・・,a_(L-1) ,a_(0) ,・・・,a_(L-1) ,a_(0) ,・・・,a_(n-1) )と表現できるものであり、
・上記e.【0017】、【0019】から明らかなように、「累積器33」では、「前後に付加された計2nビットの期間は累積されない」ように、「拡散符号の1周期毎」に「累積値」が出力されるから、長さLの信号に対する累積値を出力しており、
・上記「L」、「n」は整数を表す文字であるから、それぞれ「N」、「L」と置き換えて表現することは任意であって、この場合、「排他的論理和24」の出力は、b(a_(N-L) ,・・・,a_(N-1) ,a_(0) ,・・・,a_(N-1) ,a_(0) ,・・・,a_(L-1) )という長さN+2Lの信号となり、この系列は擬周期系列といえるものであるから、
甲第1号証には、次の発明(以下、「甲1発明」という。)が記載されている。

「伝送すべき情報をbとしたとき、b(a_(N-L) ,・・・,a_(N-1) ,a_(0) ,・・・,a_(N-1) ,a_(0) ,・・・,a_(L-1) )という長さN+2Lの信号を送信信号とし、(a_(0) ,a_(1 ),・・・・,a_(N-1) )という長さNの信号に対する累積値を拡散符号の1周期毎に出力して前記情報bを受信する擬周期系列を用いた通信方式。」

(2)対比・判断
本件特許発明と甲1発明とを対比すると、甲1発明の「(a_(0) ,a_(1) ,・・・・,a_(N-1) )という長さLの信号に対する累積値を拡散符号の1周期毎に出力して」と本件特許発明の「(a_(0) ,a_(1 ),・・・・,a_(N-1) )という長さNの信号に対する整合フィルタを通して」とは、いずれも「(a_(0) ,a1 ,・・・・,a_(N-1) )という長さNの信号に対する相関を利用して」いる点で共通する。
したがって、両者は、以下の点で一致ないし相違している。

(一致点)
「伝送すべき情報をbとしたとき、b(a_(N-L) ,・・・,a_(N-1) ,a_(0) ,・・・,a_(N-1) ,a_(0) ,・・・,a_(L-1) )という長さN+2Lの信号を送信信号とし、(a_(0) ,a_(1) ,・・・・,a_(N-1) )という長さNの信号に対する相関を利用して前記情報bを受信する擬周期系列を用いた通信方式。」

(相違点)
「(a_(0) ,a_(1) ,・・・・,a_(N-1) )という長さNの信号に対する相関を利用して」に関し、本件特許発明は「(a_(0 ),a_(1) ,・・・・,a_(N-1) )という長さNの信号に対する整合フィルタを通して」であるのに対し、甲1発明は「(a_(0) ,a_(1) ,・・・・,a_(N-1) )という長さNの信号に対する累積値を拡散符号の1周期毎に出力して」である点。

そこで、上記相違点について、以下に検討する。
上記相違点に関し、甲1発明では、「(a_(0) ,a_(1) ,・・・・,a_(N-1) )という長さNの信号に対する累積値を拡散符号の1周期毎に出力」するための回路が「累積器33及びROM34」であるところ、請求人は、審判請求書7-1-1(2)(第10頁)、7-4-3(2)(b)(第47頁?第48頁)において、累積器33及びROM34が整合フィルタと等価である旨を主張している。
ここで検討するに、例えば、甲5号証の第153頁第2行?第12行、甲10号証の第186頁第2行?第6行、乙8号証の第129頁第5行?第15行に示されるように、「整合フィルタ」とは、フィルタのインパルス応答(甲5号証、甲10号証、乙8号証において、h(t)と表現される関数)が、入力信号を時間反転して所定の時間(甲5号証、甲10号証、乙8号証において、それぞれt_(m)、t_(0)、Tと表現される時間)だけ移動したものとなるフィルタ(甲10号証の図9.3、乙8号証の図6・7で示された関係となるフィルタ)であることが技術常識である。
したがって、本件特許発明の「(a_(0) ,a_(1) ,・・・・,a_(N-1) )という長さNの信号に対する整合フィルタ」は、インパルス応答として(a_(N-1) ,・・・・,a_(1) ,a_(0 ))を出力するフィルタであるといえる。
一方、甲第1号証における「累積器33及びROM34」の動作は、上記e.【0017】?【0019】から明らかなように、拡散符号の1周期毎に累積値を出力するものであって、インパルス応答として、(a_(N-1) ,a_(N-2) ,・・・・,a_(0 ))を得ることができないから、本件特許発明の「(a_(0) ,a_(1) ,・・・・,a_(N-1) )という長さNの信号に対する整合フィルタ」に相当するとはいえない。
この点に関し、請求人は、口頭陳述要領書5.1(1)(第3頁?第5頁)において、甲第10号証の9.2.8に「相関受信器が整合フィルタと等価である」との記載があることと、甲第1号証に記載の「累積器33及びROM34」が甲第10号証の図9.4に記載の相関受信器の各回路に相当することから、「累積器33及びROM34」が整合フィルタに相当する旨も主張している。
この点について検討すると、当該主張の根拠として、「累積器33」が有する動作が甲第10号証の相関受信器における「乗算器」と「積分器」に相当する点があるが、甲第10号証における相関受信器が整合フィルタとして動作する場合には、上記で示したインパルス応答を得るために、任意のt_(2)において(9.51)で示される出力信号が必要であるところ、甲第1号証に記載の「累積器33」は、拡散符号の1周期毎に累積値を出力するものであって任意のt_(2)において出力信号が得られる動作となっていないから、甲第1号証に記載の「累積器33及びROM34」は整合フィルタと等価の動作までは行っていないといえる。
したがって、甲1発明の「(a_(0) ,a_(1) ,・・・・,a_(N-1) )という長さNの信号に対する累積値を拡散符号の1周期毎に出力して」という構成は、本件特許発明の「(a_(0) ,a_(1) ,・・・・,a_(N-1) )という長さNの信号に対する整合フィルタに通して」に相当するとはいえない。
よって、本件特許発明は、甲第1号証に具体的に開示された発明であるとすることはできない。

2.無効理由2(1)について
(1)甲第1号証?甲第9号証の記載事項
ア.甲第1号証の記載事項
上記「1.無効理由1について」の項において認定した通り、甲第1号証には、次の甲1発明が記載されている。

「伝送すべき情報をbとしたとき、b(a_(N-L) ,・・・,a_(N-1) ,a_(0) ,・・・,a_(N-1) ,a_(0) ,・・・,a_(L-1 ))という長さN+2Lの信号を送信信号とし、(a_(0) ,a_(1) ,・・・・,a_(N-1) )という長さNの信号に対する累積値を拡散符号の1周期毎に出力して前記情報bを受信する擬周期系列を用いた通信方式。」

イ.甲第2号証?9号証の記載事項
本件の特許出願前に頒布された甲第2号証の刊行物には、図面の図示とともに次の技術事項が記載されている。
a.「【0006】
【目的】本発明は、上述のごとき実情に鑑みてなされたもので、同一のPN符号系列を元にその一部を情報伝送に用い、残りを同期保持に用いることで、簡易な構成のスペクトル拡散同期方式においてもBPSK(Binary Phase Shift Keying)変調が使えるようにすること、また、搬送周波帯域の拡散信号に対しても適用出来るようにすること、さらに、同期点のずれを除去するためのスペクトル拡散変復調方式を提供することを目的としてなされたものである。」(第2頁2欄第40行?第49行)

b.「【0009】図1は、本発明によるスペクトル拡散変復調方式の一実施例を説明するための構成図で、図中、1はクロック発生器、2はPN符号発生器(送信側)、3,4は乗算器、5,6は利得調整回路、7は加算器、8は相関器、9は低域通過フィルタ(LPF)、10は電圧制御発振器、11はPN符号発生器(受信側)、12は判定器である。まず、図1(a)の変調器の動作について述べる。水晶発振器等のクロック発生器1の出力を2分し、一方でPN符号発生器2を駆動して図2(a)のPN符号系列を発生する。この系列とクロック信号を乗算器4により乗算し、図2(b)のマンチェスタ化PN符号系列を得る。ディジタル回路の場合、乗算器4は排他的論理和回路で代用できる。一方、PN符号を別の乗算器3により情報信号でBPSK変調し、該変調信号と前記マンチェスタ化PN符号それぞれを利得調整回路5,6により利得調整して加算器7に入力し、該加算器7の加算出力を送信信号とする。利得調整はPN符号の自己相関により同期がはずれないようにマンチェスタ化符号出力の方を大きくする方が良い。両者の振幅比を2とした場合の送信信号のパターンを図2(c)に示す。なお、利得調整回路は、増幅器に限らず抵抗等の減衰器を用いても良い。
【0010】次に、復調器について述べる前に、図2(a)?(c)の各信号系列とPN符号との相互相関特性を夫々図3(a)?(c)に示す。図3(c)は(a),(b)の特性を線形に重ね合わせたような特性となる。図(c)の特性は情報信号が0の場合は実線の状態から破線の状態に変化する。さらに、相関器出力を情報信号帯域以上の周波数成分を遮断する低域通過フィルタに通した後の相互相関特性を考えると、情報信号による図3(a)の変動成分が除去されるため、図3(b)の同期用制御信号成分のみが残ることになる。従って、低域通過フィルタにより同期点を遅延時間0の点に維持可能となる。このとき相関器出力は情報信号により正負に変動するので、これを取り出すことによりBPSK変調波を復調できる。
【0011】図1(b)は復調器の構成図である。送信側と同一のPN符号発生器11を用意し、その出力と受信信号の相互相関を相関器8により求める。相関器8の出力を情報信号の帯域以上の周波数成分を遮断する低域通過フィルタ9に通し、その出力を制御信号として電圧制御発振器10の出力クロック周波数を制御し、PN符号の同期を図る。情報信号は低域通過フィルタ9の前の相関器8の出力に現れるので、これをヒステリシスのあるコンパレータ等の判定器12に通すことにより情報信号を復調出来る。なお、図示しないが低域通過フィルタ9の前後の信号を比較することにより情報信号を復調することも可能である。」(第3頁4欄第1行?第48行)

本件の特許出願前に頒布された甲第3号証の刊行物には、図面の図示とともに次の技術事項が記載されている。
a.「入力端子201からの1,0の入力パルス列は乗算と等価の動作をする排他的論理和回路104に加えられ、VCO111からのCLKが乗ぜられる。」(第2頁右上欄第18行?第20行)

本件の特許出願前に頒布された甲第4号証の刊行物には、図面の図示とともに次の技術事項が記載されている。
a.「本章での考察は,積分区間が十分長い場合(-∞?+∞)に限定されていることに注意してほしい。これは,我々の対象としている単純な例についていえば,符号は2^(n)-1ビットごとに繰り返されるので,積分区間として符号系列1周期をとることに等しい。同期検出器のように,使用される符号系列の長さよりも短い積分区間をとる場合には,短期の相互相関が現れることがあることを指摘しておく。すなわち,2符号間で同一のビットパターンが存在したり,同一の符号内で同一のビットパターンが繰り返えされたりする場合には,積分区間がそのパターンより十分長くない限り,それが正規の符号同期と誤認されるおそれがある。」)」(第76頁第5行?第12行)
また、第207頁の図6.6には、入力信号における{T2、T5、T6、T7}位置に対応する信号と、{T1、T3、T4}の位置に対応する信号に-1を乗じた信号とを加算することにより、入力信号との間の相関値を算出する遅延線整合フィルタが記載されている。

本件の特許出願前に頒布された甲第5号証の刊行物には、図面の図示とともに次の技術事項が記載されている。
a.「インパルス応答h(t)の形を調べるために,上式をフーリエ逆変換すると,F*(ω)=F(-ω)(F(ω)は実関数f(t)のフーリエ変換であるから)に注意して,h(t)は
...(中略)...
=f(t_(m)-t) (6.61)
として与えられる。フィルタのインパルス応答h(t)は,パルス信号f(t)のとき間軸を正負逆転し,t_(m)だけずらしたものになる。このように,最適フィルタのインパルス応答が,入力パルス信号と密接な関係を持つために,このフィルタを整合フィルタ(matched filter)とよんでいる。」(第153頁第2行?第12行)

本件の特許出願前に頒布された甲第6号証の刊行物には、図面の図示とともに次の技術事項が記載されている。
a.「マッチドフィルタは相関器と等価である。それゆえマッチドフィルタの代わりに相関器を用いても良い。」(第549頁第24行?第25行)

本件の特許出願前に頒布された甲第7号証の刊行物には、図面の図示とともに次の技術事項が記載されている。
a.「Each transmitted burst comprises a preamble followed by a data field. The preamble is of a 25-bit sequence which, as shown in FIG. 2, consists of a 5-bit header sequence representing #0 to #4 bits of the preamble, a 15-bit intermediate sequence representing #5 to #19 bits, and a 5-bit trailer sequence representing #20 to #24 bits. The intermediate sequence is a maximum length sequence with period 15 consisting of (-1, -1, -1, +1, -1, -1, +1, +1, -1, +1, -1, +1, +1, +1, +1). The 5-bit header sequence is a replica of the last five bits of the maximum length sequence and the 5-bit trailer sequence is a replica of the first five bits of the maximum length sequence.」(第3欄第58行?第4欄第2行)

b.「A series of bits comprising a preamble are fed to the first shift register SR1 and successively stepped along the delay line at symbol intervals to the last shift register SR14. Taps of the delay line are coupled respectively to multipliers M0 through M14 where the successively delayed bits are multiplied with the contents of a register 30 which correspond to the bit pattern of the maximum length sequence of the preamble. Detection of correlation begins at the instant #0 bit of a preamble is entered into multiplier M14 and multiplied with the value -1 of #5 bit of the stored preamble and ends at the instant #24 bit of the preamble is entered into multiplier M0 and multiplied with the value +1 of #19 bit of the stored preamble. The outputs of multipliers M0?M14 are summed by an adder 31 to produce a series of output values representing an impulse response of the transmission channel. If there is no intersymbol interference and the sample timing of each signal path is synchronized with each received sequence, each of multipliers M0 to M14 simultaneously produces a +1 output at the instant the #5 to #19 bits of the incoming preamble are simultaneously entered into multipliers M0 to M14 respectively and adder 31 produces an output value 15 as shown in FIG. 4A. The instant at which the peak output value is generated is the reference timing, or OT, and the delay times with respect thereto are indicated by a step of intervals T. Under such ideal conditions, the adder 31 will produce an output value -1 at each of ten delayed instants -T to -5T and T to 5T.」(第4欄第14行?第4欄第43行)

本件の特許出願前に頒布された甲第8号証の刊行物には、図面の図示とともに次の技術事項が記載されている。
a.「このプリアンブルは、例えば、周期15の最大周期系列(M系列)を用いて第5図のような25シンボルのプリアンブルを用いることができる。」(第4頁左下欄第19行?右下欄第1行)
b.「入力端子80に入力したAD変換回路13又は14からのディジタル信号は、シフトレジスタ85のタップから出力し、レジスタ84からのリファレンス系列であるM系列と15個の乗算器81で掛算され、加算器82で加算され、出力される。」(第4頁右下欄第6行?第11行)

本件の特許出願前に頒布された甲第9号証の刊行物には、図面の図示とともに次の技術事項が記載されている。
a.「しかし、この受信機に用いる整合フィルタは、第2図に示すように、構成されるのが通常である。」(第1頁右欄第1行?第3行)

(2)対比・判断
本件特許発明と甲1発明とを対比すると、上記「1.無効理由(1)について」の項において認定した通り、両者は、以下の点で一致ないし相違している。

(一致点)
「伝送すべき情報をbとしたとき、b(a_(N-)L ,・・・,a_(N-1) ,a_(0) ,・・・,a_(N-1) ,a_(0) ,・・・,a_(L-1) )という長さN+2Lの信号を送信信号とし、(a_(0) ,a_(1 ),・・・・,a_(N-1) )という長さLの信号に対する相関を利用して前記情報bを受信する擬周期系列を用いた通信方式。」

(相違点)
「(a_(0) ,a_(1) ,・・・・,a_(N-1) )という長さNの信号に対する相関を利用して」に関し、本件特許発明は「(a_(0) ,a_(1) ,・・・・,a_(N-1) )という長さNの信号に対する整合フィルタを通して」であるのに対し、甲1発明は「(a_(0) ,a_(1) ,・・・・,a_(N-1) )という長さNの信号に対する累積値を拡散符号の1周期毎に出力して」である点。

そこで、上記相違点について、以下に検討する。
上記相違点に関し、請求人は、審判請求書7-1-2(1)(b)(第20頁?第21頁)、7-4-4(1)(b)(第50頁?第52頁)において、累積器33及びROM34が相関器として機能し、甲第5号証、甲第6号証に記載されるように整合フィルタが相関器と等価であることから、甲1発明において累積器33及びROM34を整合フィルタとすることは当業者が容易に想到する旨を主張し、また、甲第4号証に記載の遅延整合フィルタが相関値を算出する作用のために設けられる点で累積器33及びROM34と共通するから、甲1発明において累積器33及びROM34を甲第4号証の遅延整合フィルタとすることは当業者が容易に想到する旨を主張している。
そこでまず、この累積器33及びROM34の動作について検討を行う。
甲第1号証では、上記甲第1号証のc.【0006】から明らかなように、チャネル間位相差による干渉を抑えることを目的とし、上記甲第1号証のc.【0008】、【0009】から明らかなように、最大のチャネル間位相差に相当するビットを符号の前後に付加して、各符号の前後に付加されているビットを除くように相互相関値を求めるようにしている。そして、上記甲第1号証のe.【0017】?【0019】から明らかなように、このような相互相関値を求めるために、累積器33及びROM34によって拡散符号の1周期毎の累積においてnビットの期間は累積されないように動作することで、拡散符号の1周期毎に累積値を出力する構成となっている。したがって、甲1発明の目的を達成するためには、拡散符号の1周期毎に累積値を出力する動作が不可欠な構成であるといえる。
一方、(a_(0) ,a_(1) ,・・・・,a_(N-1) )という長さNの信号に対する整合フィルタは、nビットの期間は累積されないように拡散符号の1周期毎に累積値を出力するような動作とならないから、仮に(a_(0) ,a_(1) ,・・・・,a_(N-1) )という長さNの信号に対する整合フィルタが周知技術であったとしても、甲1発明において整合フィルタを採用することには阻害要因があるといわざるを得ない。
よって、本件特許発明が甲1発明及び甲第2号証乃至甲第9号証に記載された発明に基づいて、出願前に当業者が容易に発明をすることができたものであるとすることはできない。

3.無効理由2(2)について
(1)甲2発明、甲第4号証?甲第7号証の記載事項
ア.甲第2号証の記載事項
上記「1.無効理由2(1)について」の項において摘記したので省略する。

上記甲第2号証の摘記事項及び図面の記載を総合すると、
・「情報信号」は、伝送すべき情報であり、上記b.【0009】から明らかなように、この信号と「PN符号」と乗算することで得られた信号を「送信信号」としており、
・上記b.【0010】、【0011】から明らかなように、送信時に用いた「PN符号」と同じ符号を用いる「相関器」を通して「情報信号」を受信するから、
甲第2号証には、次の発明(以下、「甲2発明」という。)が記載されていると認められる。

「伝送すべき情報信号とPN符号とを乗算することで得られた信号を送信信号とし、送信時に用いたPN符号と同じ符号を用いる相関器を通して、前記情報信号を受信する通信方式。」

イ.甲第4?7号証の記載事項
上記「1.無効理由2(1)について」の項において認定した通りである。

(2)対比・判断
本件特許発明と甲2発明とを対比すると、
・甲2発明の「伝送すべき情報」をbと表現することは任意であり、この場合、甲2発明の「伝送すべき情報信号とPN符号とを乗算することで得られた信号」は、「伝送すべき情報をbとしたとき、bにPN符号を乗算することで得られた信号」となり、この「bにPN符号を乗算することで得られた信号」と本件発明の「b(aN_(-L) ,・・・,a_(N-1) ,a_(0) ,・・・,a_(N-1 ),a_(0) ,・・・,a_(L-1) )という長さN+2Lの信号」とは、「bに符号を乗算した信号」で共通し、
・甲2発明の「送信時に用いたPN符号と同じ符号を用いる相関器」と本件特許発明の「(a_(0) ,a_(1) ,・・・・,a_(N-1) )という長さNの信号に対する整合フィルタ」とは「相関手段」で共通する。
したがって、両者は、以下の点で一致ないし相違している。

(一致点)
「伝送すべき情報をbとしたとき、bに符号を乗算した信号を送信信号とし、相関手段を通して前記情報bを受信する通信方式。」

(相違点1)
「bに符号を乗算した信号を送信信号」及び「通信方式」に関し、本件特許発明は、「b(a_(N-L) ,・・・,a_(N-1) ,a_(0) ,・・・,a_(N-1) ,a_(0) ,・・・,a_(L-1) )という長さN+2Lの信号」を送信信号とし、「擬周期系列を用い」た通信方式であるのに対し、甲2発明では、「bにPN符号を乗算することで得られた信号」を送信信号とした通信方式である点。

(相違点2)
相関手段に関し、本件特許発明は「(a_(0) ,a_(1) ,・・・・,a_(N-1) )という長さNの信号に対する整合フィルタ」であるのに対して、甲2発明では「送信時に用いたPN符号と同じ符号を用いる相関器」である点。

上記各相違点について、以下に検討する。
上記相違点1に関して、請求人は、審判請求書7-1-2(2)(b)(第27頁?第28頁)、7-4-4(2)(c)(A)(第59頁)において、(a_(N-L) ,・・・,a_(N-1) ,a_(0) ,・・・,a_(N-1) ,a_(0) ,・・・,a_(L-1) )は甲第7号証に記載される旨を主張しているが、甲2発明のPN符号が拡散符号であるところ、甲第7号証に記載の信号(a_(N-L) ,・・・,a_(N-1) ,a0 ,・・・,a_(N-1) ,a_(0) ,・・・,a_(L-1) )はプリアンブル信号であって、情報を拡散するための拡散符号ではないから、両者は用途が全く異なっている。また、甲第7号証には、情報を拡散すること自体微塵も記載されていない。したがって、甲2発明の拡散符号として、甲第7号証のプリアンブル信号を用いることなどはとうてい想起できない。
また、請求人は、審判請求書7-1-2(2)(b)(第27頁?第28頁)、7-4-4(2)(c)(C)(第60頁?第61頁)において、本件特許発明が解決しようとする課題が甲第4号証に記載される旨を主張し、甲2発明が本願発明と同じくスペクトラム拡散通信の技術であるところ、甲第4号証がスペクトル拡散通信の技術に関する書籍であり、甲第7号証に係る発明が無線通信に係る発明であって、スペクトル拡散通信が無線通信の一分野であることは当業者に周知であることを根拠として、当業者が、甲第4号証を参照することにより課題を認識した上で甲第7号証を組み合わせる動機づけが存在する旨を主張している。
そこで、甲第4号証の第76頁第5行?第12行の記載を検討すると、そこには「積分区間が十分長い(-∞→+∞)場合」とは「積分区間として符号系列1周期をとることに等しい」と記載され、「使用される符号系列の長さよりも短い積分区間をとる場合には、短期の相互相関が現れることがある」と記載される。このことから明らかなように、指摘された記載箇所は、積分区間の長さについて記載されているだけであり、その長さについても「符号系列1周期」と「使用される符号系列の長さよりも短い積分区間」とを比較しているにすぎない。一方、請求人が審判請求書7-4-4(2)(c)(C)で指摘する本件特許明細書の【0004】?【0006】は、「周期系列・・・・・1,1,1,-1,1,1,1,-1,1,1,1,-1,・・・・・(1,1,1、-1は1周期)」と記載されるように、符号系列(1,1,1、-1)が繰り返されることを無限長周期系列と表現し、無限長ではない系列を有限長として、両者の系列に対する整合フィルタの出力について比較した記載であるから、積分区間の長さを比較しているものではない。したがって、甲第4号証の第76頁第5行?第12行に記載の技術事項と本件特許明細書の【0004】?【0006】に記載の技術事項とは全く異なる技術概念についての記載であって、本件特許発明が解決しようとする課題が甲第4号証に記載されるというのは、全くの失当である。
また、請求人は、口頭陳述要領書(3-2)イ(第18頁?第21頁)において、甲2発明の拡散符号の機能である同期を取る目的に着目して、甲2発明に甲第7号証のM系列信号を採用可能な旨を主張している。
この点に関しても検討すると、甲第2号証の上記a.【0006】から明らかなように、甲2発明は同期を取ることを目的としているところ、その目的を達成するための構成として、甲第2号証の図1(a)、図2に示されるように、情報信号とPN信号とを乗算して送信するだけでなくマンチェスタ化PNコードを加算して送信することによって、図3に示される相互相関を得て同期を取得している。そして、このような相互相関を得るためには、送信時に用いたPN符号と同じ符号を用いる相関器が必要であって、甲2発明の「送信時に用いたPN符号と同じ符号を用いる相関器」は目的を達成するために必須の構成であるといえる。ここで、仮に甲2発明のPN符号として甲第7号証記載の符号系列を用いた場合には、図3で示されるような相互相関特性が得られなくなるから、甲2発明のPN符号として、甲第7号証のプリアンブル系列を採用するなどということはありえないことである。
また、上記相違点2に関して、請求人は、審判請求書7-1-2(2)(b)(第27頁?第28頁)、7-4-4(2)(c)(B)(第59頁?第60頁)において、甲第7号証に記載の相関器が整合フィルタと等価である旨を主張している。
しかしながら、上記相違点1の検討で言及したように、甲2発明において、「送信時に用いたPN符号と同じ符号を用いる相関器」は必須の構成であるから、(a_(N-L) ,・・・,a_(N-1) ,a_(0) ,・・・,a_(N-1) ,a_(0) ,・・・,a_(L-1) )という長さN+2Lの符号により生成された送信信号に対して、(a0 ,a1 ,・・・・,a_(N-1) )という長さN(すなわち異なる符号)の信号に対する整合フィルタを採用することには阻害要因があると言わざるを得ない。
したがって、上記相違点1及び相違点2は、甲2発明、甲第4号証?甲第7号証に記載された事項から当業者が容易に想到し得たものとは認められない。

第5. 結び
以上のとおりであるから,請求人の主張及び証拠方法によっては、本件発明に係る特許を無効とすることができない。
審判に関する費用については、特許法第169条第2項の規定で準用する民事訴訟法第89条の規定により、請求人が負担すべきものとする。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2011-03-03 
結審通知日 2011-03-07 
審決日 2011-03-22 
出願番号 特願平5-144033
審決分類 P 1 113・ 121- Y (H04L)
P 1 113・ 113- Y (H04L)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 石井 研一河口 雅英  
特許庁審判長 山本 春樹
特許庁審判官 新川 圭二
高野 洋
登録日 2000-09-22 
登録番号 特許第3111411号(P3111411)
発明の名称 擬周期系列を用いた通信方式  
代理人 古瀬 康紘  
代理人 小原 淳見  
代理人 明石 英也  
代理人 龍華 明裕  
代理人 田中 昌利  
代理人 泉 通博  

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