• ポートフォリオ機能


ポートフォリオを新規に作成して保存
既存のポートフォリオに追加保存

  • この表をプリントする
PDF PDFをダウンロード
審決分類 審判 訂正 ただし書き2号誤記又は誤訳の訂正 訂正する G02B
管理番号 1276567
審判番号 訂正2013-390079  
総通号数 165 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2013-09-27 
種別 訂正の審決 
審判請求日 2013-05-13 
確定日 2013-06-20 
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第5005688号に関する訂正審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 特許第5005688号に係る明細書及び図面を本件審判請求書に添付された訂正明細書及び図面のとおり訂正することを認める。 
理由 第1 手続の経緯
本件訂正審判の請求に係る特許第5005688号は、2007年5月31日(優先権主張2006年6月30日、日本国)を国際出願日とする特願2008-522370号であって、その請求項1乃至23に係る発明は、平成24年6月1日にその特許権の設定登録がなされたものであって、平成25年5月13日に本件訂正審判が請求された。


第2 請求の趣旨及び訂正の内容
本件訂正審判の請求の趣旨は、本件特許第5005688号の願書に添付した明細書及び特許請求の範囲を審判請求書に添付した訂正明細書及び特許請求の範囲のとおり一群の請求項ごとに訂正することを求めることであり、その訂正の内容は、以下のとおりである。

・訂正事項1
特許請求の範囲の請求項3?11からなる一群の請求項について、請求項3に
「前記面Aの超微小押し込み硬さは、他方の面Bの超微小押し込み硬さより小さい」
とあるのを、
「前記面Aの超微小押し込み硬さは、他方の面Bの超微小押し込み硬さより大きい」
に訂正する。

・訂正事項2
明細書の段落【0013】に
「前記面Aの超微小押し込み硬さは、他方の面Bの超微小押し込み硬さより小さい。」
とあるのを、
「前記面Aの超微小押し込み硬さは、他方の面Bの超微小押し込み硬さより大きい。」
に訂正する。

・訂正事項3
明細書の段落【0036】に
「面Aの反対側の面B(レンズ基材上に配置される使用態様の場合、通常、レンズ基材と対向する面)の超微小押し込み硬さは、面Aの超微小押し込み硬さより高いことが好ましい。」
とあるのを、
「面Aの反対側の面B(レンズ基材上に配置される使用態様の場合、通常、レンズ基材と対向する面)の超微小押し込み硬さは、面Aの超微小押し込み硬さより小さいことが好ましい。」
に訂正する。

・訂正事項4
特許請求の範囲の請求項12?23からなる一群の請求項について、請求項12に
「第一モールドと対向する面の超微小押し込み硬さが前記最表面の超微小押し込み硬さより小さい」
とあるのを、
「第一モールドと対向する面の超微小押し込み硬さが前記最表面の超微小押し込み硬さより大きい」
に訂正する。

・訂正事項5
明細書の段落【0021】及び【0130】に
「第一モールドと対向する面の超微小押し込み硬さが前記最表面の超微小押し込み硬さより小さい」
とあるのを、
「第一モールドと対向する面の超微小押し込み硬さが前記最表面の超微小押し込み硬さより大きい」
に訂正する。

・訂正事項6
明細書の段落【0136】に
「フォトクロミック膜最表面の超微小押し込み硬さを上記範囲とした上で、その反対の面(第一モールド表面と対向する面)の超微小押し込み硬度を最表面よりも小さくする。」
とあるのを、
「フォトクロミック膜最表面の超微小押し込み硬さを上記範囲とした上で、その反対の面(第一モールド表面と対向する面)の超微小押し込み硬さを最表面よりも大きくする。」
に訂正する。

・訂正事項7
明細書の段落【0170】に
「表4から、ヒンダートフェノール化合物の添加量増加とともに超微小押し込み硬さの数値が小さくなり」
とあるのを、
「表4から、ヒンダートフェノール化合物の添加量増加とともに超微小押し込み硬さの数値が大きくなり」
に訂正する。


第3 当審の判断
1.訂正事項1
(1)訂正の目的について
本件訂正審判の請求に係る訂正(以下「本件訂正」という。)前の明細書には、光応答性に優れたフォトクロミック膜及びフォトクロミック膜を有するフォトクロミックレンズを得るという「第一の目的」と、光応答性及び光学特性に優れたフォトクロミックレンズを得るという「第二の目的」という2つの目的が記載されており(段落【0009】?【0028】参照)、特許請求の範囲の各請求項に係る発明は、その少なくとも一方の目的を達成するためのものであることは明らかである。

まず、本件訂正前の請求項3に係る発明が、「第一の目的」を達成するためのものであるとして、訂正事項1について検討する。
「第一の目的」を達成するためには、フォトクロミック膜の少なくとも一方の面の超微小押し込み硬さが800nm以上である構成を有すればよいことは、本件訂正前の明細書の段落【0031】等の記載からみて明らかである。
また、本件訂正前の請求項3に係る発明では、面Aの超微小押し込み硬さは800nm以上であり、面Aの超微小押し込み硬さは面Bの超微小押し込み硬さより小さい、すなわち、面Bの超微小押し込み硬さは面Aの超微小押し込み硬さより大きいから、面Bの超微小押し込み硬さも800nm以上であることは明らかである。
すると、本件訂正前の請求項3に係る発明は、面A及び面Bともに超微小押し込み硬さが800nm以上であり、「第一の目的」を達成できることは明らかであるから、本件訂正前の請求項3の「前記面Aの超微小押し込み硬さは、他方の面Bの超微小押し込み硬さより小さい」が、上記本件訂正前の明細書の記載からみても誤記であるとはいえないと解することが可能である。

次に、本件訂正前の請求項3に係る発明が、「第二の目的」を達成するためのものであるとして、訂正事項1について検討する。
本件訂正前の明細書において、段落【0033】の「面Aには適度な柔軟性を持たせ、他方の面(面B)には適度な硬度を持たせることが、光応答性と光学特性を両立する上では好ましい。」、段落【0035】の「フォトクロミック膜のレンズ基材側表面を適度に硬くしたとしても、フォトクロミック膜側から光を入射させれば、柔軟性を持たせた面側から光が入射するため、優れた光応答性を確保することができる。」という記載により、フォトクロミック膜のレンズ基材側の面をフォトクロミック膜の他の面よりも硬くするという技術事項が記載され、さらに、段落【0037】?【0038】の「本発明における「超微小押し込み硬さ」とは、エリオニクス社製超微小押し込み硬さ試験機ENT-2100を用いて、荷重100mgfをかけることにより測定される値である。・・・(中略)・・・本発明では、この変位量(nm)を超微小押し込み硬さとする。数値が小さいほど硬度が高いことを意味し、数値が大きいほど硬度が低く柔軟であることを意味する。」という記載により、「超微小押し込み硬さ」の定義が記載されていることから、本件訂正前の明細書には、フォトクロミック膜のレンズ基材側の面の微小押し込み硬さをフォトクロミック膜の他の面の微小押し込み硬さよりも小さくするという技術事項が記載されていることは明らかである。
ところで、本件訂正前の請求項3及び該請求項3が引用する請求項1及び2の記載からは、「面A」及び「面B」が、レンズ基材に対してどのような関係を有する面であるかの限定はないことを考慮すれば、「面A」及び「面B」のどちらの「超微小押し込み硬さ」が小さくてもよい(小さい方の面をレンズ基材側の面とすればよい)から、本件訂正前の請求項3の「前記面Aの超微小押し込み硬さは、他方の面Bの超微小押し込み硬さより小さい」が、上記本件訂正前の明細書の記載からみても誤記であるとはいえないと解することが可能である。

以上のとおり、本件訂正前の請求項3のみについて検討すると、本件訂正前の請求項3に係る発明が、「第一の目的」を達成するためのものであるとしても、「第二の目的」を達成するためのものであるとしても、本件訂正前の請求項3の「前記面Aの超微小押し込み硬さは、他方の面Bの超微小押し込み硬さより小さい」が、上記本件訂正前の明細書の記載からみても誤記であるとはいえないと解する余地がないわけではない。

しかし、請求項3が「前記面Aの超微小押し込み硬さは、他方の面Bの超微小押し込み硬さより小さい」であるとしたとき、請求項3を請求項8等を介して引用する請求項9の「前記フォトクロミック膜は、面Aの他方の面Bがレンズ基材表面と対向するように配置されている請求項8に記載のフォトクロミックレンズ。」について検討すると、この請求項9の記載により、「面B」が「レンズ基材表面と対向する」面であることが規定されているから、上記本件訂正前の明細書の記載からは、「面B」の「超微小押し込み硬さ」は「面A」の「超微小押し込み硬さ」より小さい、すなわち、「面A」の「超微小押し込み硬さ」は「面B」の「超微小押し込み硬さ」より大きい必要があることとなり、請求項3の記載と矛盾することになることは明らかである。
そこで、請求項3が請求項3?11からなる一群の請求項中の請求項であることを勘案すれば、本件訂正前の請求項3の「前記面Aの超微小押し込み硬さは、他方の面Bの超微小押し込み硬さより小さい」は、「前記面Aの超微小押し込み硬さは、他方の面Bの超微小押し込み硬さより大きい」の誤記であると解するのが相当である。
してみると、本件訂正前の請求項3の「前記面Aの超微小押し込み硬さは、他方の面Bの超微小押し込み硬さより小さい」は、「前記面Aの超微小押し込み硬さは、他方の面Bの超微小押し込み硬さより大きい」と記載するべきであった誤記であるから、訂正事項1は、誤記の訂正を目的とするものである。
したがって、訂正事項1は、特許法第126条第1項ただし書き第2号に掲げる事項を目的とするものに該当する。

(2)訂正が本願の願書に最初に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内のものであるか否かについて
上記「1.」「(1)」で挙げた本件訂正前の明細書段落【0033】、【0035】、【0037】?【0038】は本願の願書に最初に添付した明細書から補正されておらず、本件訂正後の請求項3の「前記面Aの超微小押し込み硬さは、他方の面Bの超微小押し込み硬さより大きい」は、本願の願書に最初に添付した明細書に記載されたものであるから、訂正事項1は、本願の願書に最初に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内のものである。
したがって、訂正事項1は、特許法第126条第5項の規定に適合するものである。

(3)訂正が実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものであるか否かについて
訂正事項1は、本件訂正前後において、形式的には、「小さい」から「大きい」へと請求項3を変更するものである。しかし、上記「1.」「(1)」で指摘したとおり、「前記面Aの超微小押し込み硬さは、他方の面Bの超微小押し込み硬さより小さい」は、「前記面Aの超微小押し込み硬さは、他方の面Bの超微小押し込み硬さより大きい」と記載するべきであった誤記であり、本件訂正前の請求項3においても、実質的に「前記面Aの超微小押し込み硬さは、他方の面Bの超微小押し込み硬さより大きい」であるとして、請求項3に係る発明を認定するべきであるから、訂正事項1は実質上特許請求の範囲を変更するものではない。また、拡張するものではないことも明かである。
したがって、訂正事項1は、特許法第126条第6項の規定に適合するものである。

(4)訂正後における特許請求の範囲に記載されている事項により特定される発明が特許出願の際独立して特許受けることができるか否かについて
本件訂正後の請求項3に記載されている事項により特定される発明が特許出願の際独立して特許受けることができないとする理由を発見しない。同様に、本件訂正後の請求項4?11に記載されている事項により特定される発明が特許出願の際独立して特許受けることができないとする理由を発見しない。
したがって、訂正事項1は、特許法第126条第7項の規定に適合するものである。

2.訂正事項2
(1)訂正の目的について
本件訂正前の明細書段落【0013】は、段落【0010】?【0019】の一連の記載を構成するものであり、段落【0012】の「一態様によれば、前記面Aは、使用時に入射面側に配置される。」及び段落【0017】の「一態様によれば、前記フォトクロミック膜は、面Aの他方の面Bがレンズ基材表面と対向するように配置されている。」という記載との整合性を考慮すれば、「面B」はレンズ基材表面と対向する面であり、「面A」はその他方の面であると解するのが相当であり、上記「1.」「(1)」で指摘したとおり、本件訂正前の明細書段落【0033】、【0035】、【0037】?【0038】により、本件訂正前の明細書には、フォトクロミック膜のレンズ基材側の面の微小押し込み硬さをフォトクロミック膜の他の面の微小押し込み硬さよりも小さくするするという技術事項が記載されていることは明らかであるから、面Bの超微小押し込み硬さは他方の面Aの超微小押し込み硬さより小さい、すなわち、面Aの超微小押し込み硬さは他方の面Bの超微小押し込み硬さより大きいと認められる。
すると、本件訂正前の明細書段落【0013】の「前記面Aの超微小押し込み硬さは、他方の面Bの超微小押し込み硬さより小さい」は、「前記面Aの超微小押し込み硬さは、他方の面Bの超微小押し込み硬さより大きい」と記載するべきであった誤記であるから、訂正事項2は、誤記の訂正を目的とするものである。
したがって、訂正事項2は、特許法第126条第1項ただし書き第2号に掲げる事項を目的とするものに該当する。

(2)訂正が本願の願書に最初に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内のものであるか否かについて
上記「2.」「(1)」で挙げた本件訂正前の明細書段落【0010】?【0019】、【0033】、【0035】、【0037】?【0038】は、本願の願書に最初に添付した明細書から補正されておらず、本件訂正後の明細書の段落【0013】の「前記面Aの超微小押し込み硬さは、他方の面Bの超微小押し込み硬さより大きい」は、本願の願書に最初に添付した明細書に記載されたものであるから、訂正事項2は、本願の願書に最初に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内のものである。
したがって、訂正事項2は、特許法第126条第5項の規定に適合するものである。

(3)訂正が実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものであるか否かについて
訂正事項2は、訂正事項1と同様、本件訂正前後において、形式的には、「小さい」から「大きい」へと変更するものである。しかし、上記「1.」「(3)」で判断したとおり、本件訂正前の請求項3においても、実質的に「前記面Aの超微小押し込み硬さは、他方の面Bの超微小押し込み硬さより大きい」であるとして、請求項3に係る発明を認定するべきであるから、訂正事項2も、同様に、実質上特許請求の範囲を変更するものではない。また、拡張するものではないことも明かである。
したがって、訂正事項2は、特許法第126条第6項の規定に適合するものである。

3.訂正事項3
(1)訂正の目的について
本件訂正前の明細書段落【0036】の「面Aの反対側の面B(レンズ基材上に配置される使用態様の場合、通常、レンズ基材と対向する面)の超微小押し込み硬さは、面Aの超微小押し込み硬さより高いことが好ましい。」という記載から、「面B」はレンズ基材と対向する面であり、「面A」はその他方の面であり、上記「1.」「(1)」で指摘したとおり、本件訂正前の明細書段落【0033】、【0035】、【0037】?【0038】により、本件訂正前の明細書には、フォトクロミック膜のレンズ基材側の面の微小押し込み硬さをフォトクロミック膜の他の面の微小押し込み硬さよりも小さくするするという技術事項が記載されていることは明らかであるから、面Bの超微小押し込み硬さは他方の面Aの超微小押し込み硬さより小さい、すなわち、面Aの超微小押し込み硬さは他方の面Bの超微小押し込み硬さより大きいと認められる。
すると、本件訂正前の明細書段落【0036】の「面Aの反対側の面B(レンズ基材上に配置される使用態様の場合、通常、レンズ基材と対向する面)の超微小押し込み硬さは、面Aの超微小押し込み硬さより高いことが好ましい。」は、「面Aの反対側の面B(レンズ基材上に配置される使用態様の場合、通常、レンズ基材と対向する面)の超微小押し込み硬さは、面Aの超微小押し込み硬さより小さいことが好ましい。」と記載するべきであった誤記であるから、訂正事項3は、誤記の訂正を目的とするものである。
したがって、訂正事項3は、特許法第126条第1項ただし書き第2号に掲げる事項を目的とするものに該当する。

(2)訂正が本願の願書に最初に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内のものであるか否かについて
上記「3.」「(1)」で挙げた本件訂正前の明細書段落【0033】、【0035】、【0037】?【0038】は、本願の願書に最初に添付した明細書から補正されておらず、本件訂正後の明細書段落【0036】の「面Aの反対側の面B(レンズ基材上に配置される使用態様の場合、通常、レンズ基材と対向する面)の超微小押し込み硬さは、面Aの超微小押し込み硬さより小さいことが好ましい。」は、本願の願書に最初に添付した明細書に記載されたものであるから、訂正事項3は、本願の願書に最初に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内のものである。
したがって、訂正事項3は、特許法第126条第5項の規定に適合するものである。

(3)訂正が実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものであるか否かについて
訂正事項3は、訂正事項1と同様、本件訂正前後において、形式的には、「高い」から「小さい」へと変更するものである。しかし、上記「1.」「(3)」で判断したとおり、本件訂正前の請求項3においても、実質的に「前記面Aの超微小押し込み硬さは、他方の面Bの超微小押し込み硬さより大きい」であるとして、請求項3に係る発明を認定するべきであるから、訂正事項3も、同様に、実質上特許請求の範囲を変更するものではない。また、拡張するものではないことも明かである。
したがって、訂正事項3は、特許法第126条第6項の規定に適合するものである。

4.訂正事項4
(1)訂正の目的について
本件訂正前の明細書において、段落【0020】の「フォトクロミック膜のレンズ基材との接触面側の硬度を、物体側の硬度より高めることにより、注型重合法においてレンズ基材とフォトクロミック膜との界面での混ざり合いによる光学特性低下を生じることなく、物体側で色素を動き易い状態として光応答性を確保することができ、これにより光応答性および光学特性に優れたフォトクロミックレンズが得られることを見出した。」及び段落【0033】の「本発明のフォトクロミック膜は、少なくとも一方の面(面A)が上記範囲の超微小押し込み硬さとなる柔軟性を有すればよく、フォトクロミック膜全体に同様の柔軟性を持たせることももちろん可能である。但し、面Aには適度な柔軟性を持たせ、他方の面(面B)には適度な硬度を持たせることが、光応答性と光学特性を両立する上では好ましい。」という記載により、フォトクロミック膜を柔軟性を持たせれば、光応答性がよくなるが、レンズ基材との界面で混ざり合いによる光学特性低下が生じるので、フォトクロミック膜の物体側よりレンズ基材側の面を硬くするという技術事項が記載され、また、段落【0130】、【0132】?【0139】には、第一モールドの片面にフォトクロミック液を塗布して硬化処理を施し、その後、第二モールドとガスケットを配置してキャビティを形成し、このキャビティ内にレンズ原料液を注入して硬化処理を行うという製造方法が記載されている。さらに、段落【0037】?【0038】の「本発明における「超微小押し込み硬さ」とは、エリオニクス社製超微小押し込み硬さ試験機ENT-2100を用いて、荷重100mgfをかけることにより測定される値である。・・・(中略)・・・本発明では、この変位量(nm)を超微小押し込み硬さとする。数値が小さいほど硬度が高いことを意味し、数値が大きいほど硬度が低く柔軟であることを意味する。」という記載により、「超微小押し込み硬さ」の定義が記載されている。これらの記載から、本件訂正前の明細書には、第一モールドの片面にフォトクロミック液を塗布して硬化処理を施す際に、第一モールドと対向する面の超微小押し込み硬さはフォトクロミック膜の最表面の超微小押し込み硬さよりも大きくなるように、硬化処理を行うという技術事項が記載されていることは明らかである。
すると、本件訂正前の請求項12の「第一モールドと対向する面の超微小押し込み硬さが前記最表面の超微小押し込み硬さより小さい」は、「第一モールドと対向する面の超微小押し込み硬さが前記最表面の超微小押し込み硬さより大きい」の誤記であると解するのが相当である。
よって、本件訂正前の請求項12の「第一モールドと対向する面の超微小押し込み硬さが前記最表面の超微小押し込み硬さより小さい」は、「第一モールドと対向する面の超微小押し込み硬さが前記最表面の超微小押し込み硬さより大きい」と記載するべきであった誤記であるから、訂正事項4は、誤記の訂正を目的とするものである。
したがって、訂正事項4は、特許法第126条第1項ただし書き第2号に掲げる事項を目的とするものに該当する。

(2)訂正が本願の願書に最初に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内のものであるか否かについて
上記「4.」「(1)」で挙げた本件訂正前の明細書段落【0020】【0033】、【0037】?【0038】、【0130】、【0132】?【0139】は、本願の願書に最初に添付した明細書から補正されておらず、本件訂正後の請求項12の「第一モールドと対向する面の超微小押し込み硬さが前記最表面の超微小押し込み硬さより大きい」は、本願の願書に最初に添付した明細書に記載されたものであるから、訂正事項4は、本願の願書に最初に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内のものである。
したがって、訂正事項4は、特許法第126条第5項の規定に適合するものである。

(3)訂正が実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものであるか否かについて
訂正事項4は、本件訂正前後において、形式的には、「小さい」から「大きい」へと請求項12を変更するものである。しかし、上記「4.」「(1)」で指摘したとおり、「第一モールドと対向する面の超微小押し込み硬さが前記最表面の超微小押し込み硬さより小さい」は、「第一モールドと対向する面の超微小押し込み硬さが前記最表面の超微小押し込み硬さより大きい」と記載するべきであった誤記であり、本件訂正前の請求項12においても、実質的に「第一モールドと対向する面の超微小押し込み硬さが前記最表面の超微小押し込み硬さより大きい」であるとして、請求項12に係る発明を認定するべきであるから、訂正事項4は実質上特許請求の範囲を変更するものではない。また、拡張するものではないことも明かである。
したがって、訂正事項4は、特許法第126条第6項の規定に適合するものである。

(4)訂正後における特許請求の範囲に記載されている事項により特定される発明が特許出願の際独立して特許受けることができるか否かについて
本件訂正後の請求項12に記載されている事項により特定される発明が特許出願の際独立して特許受けることができないとする理由を発見しない。同様に、本件訂正後の請求項13?23に記載されている事項により特定される発明が特許出願の際独立して特許受けることができないとする理由を発見しない。
したがって、訂正事項4は、特許法第126条第7項の規定に適合するものである。

5.訂正事項5
(1)訂正の目的
上記「4.」「(1)」と同様、訂正事項5は、誤記の訂正を目的とするものである。
したがって、訂正事項5は、特許法第126条第1項ただし書き第2号に掲げる事項を目的とするものに該当する。

(2)訂正が本願の願書に最初に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内のものであるか否かについて
上記「4.」「(2)」と同様、訂正事項5は、本願の願書に最初に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内のものである。
したがって、訂正事項5は、特許法第126条第5項の規定に適合するものである。

(3)訂正が実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものであるか否かについて
訂正事項5は、訂正事項4と同様、本件訂正前後において、形式的には、「小さい」から「大きい」へと変更するものである。しかし、上記「4.」「(3)」で判断したとおり、本件訂正前の請求項12においても、実質的に「第一モールドと対向する面の超微小押し込み硬さが前記最表面の超微小押し込み硬さより大きい」であるとして、請求項12に係る発明を認定するべきであるから、訂正事項5も、同様に、実質上特許請求の範囲を変更するものではない。また、拡張するものではないことも明かである。
したがって、訂正事項5は、特許法第126条第6項の規定に適合するものである。

6.訂正事項6
(1)訂正の目的
「小さくする」を「大きくする」に訂正することについては、上記「4.」「(1)」と同様、誤記の訂正を目的とするものである。
「超微小押し込み硬度」を「超微小押し込み硬さ」に訂正することについて、本件訂正前の明細書及び特許請求の範囲の記載では、「超微小押し込み硬度」という記載は段落【0136】のみに存在しており、他はすべて「超微小押し込み硬さ」という記載であるから、段落【0136】の「超微小押し込み硬度」は、「超微小押し込み硬さ」と記載するべきであった誤記であるから、当該訂正は誤記の訂正を目的とするものである。
すると、本件訂正前の明細書段落【0136】の「その反対の面(第一モールド表面と対向する面)の超微小押し込み硬度を最表面よりも小さくする。」を「その反対の面(第一モールド表面と対向する面)の超微小押し込み硬さを最表面よりも大きくする。」と訂正する訂正事項6は、誤記の訂正を目的とするものである。
したがって、訂正事項6は、特許法第126条第1項ただし書き第2号に掲げる事項を目的とするものに該当する。

(2)訂正が本願の願書に最初に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内のものであるか否かについて
「小さくする」を「大きくする」に訂正することについては、上記「4.」「(2)」と同様、本願の願書に最初に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内のものである。
「超微小押し込み硬度」を「超微小押し込み硬さ」に訂正することについて、「超微小押し込み硬さ」は本願の願書に最初に添付した明細書に記載されたものであることは明らかであるから、当該訂正は、本願の願書に最初に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内のものである。
すると、訂正事項6は、本願の願書に最初に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内のものである。
したがって、訂正事項6は、特許法第126条第5項の規定に適合するものである。

(3)訂正が実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものであるか否かについて
「小さくする」を「大きくする」に訂正することについては、上記「4.」「(3)」と同様、実質上特許請求の範囲を変更するものではない。また、拡張するものではないことも明かである。
「超微小押し込み硬度」を「超微小押し込み硬さ」に訂正することについて、当該訂正は、特許請求の範囲に記載された「超微小押し込み硬さ」という記載と整合性をとるものであるから、実質上特許請求の範囲を変更するものではない。また、拡張するものではないことも明かである。
したがって、訂正事項6は、特許法第126条第6項の規定に適合するものである。

7.訂正事項7
(1)訂正の目的
本件訂正前の明細書段落【0094】の「またラジカル補足剤添加によりラジカル重合の進行を抑制できるため、柔軟なフォトクロミック膜を形成するためにもラジカル補足剤添加は有効である。」及び【0095】の「以上の観点から好ましい添加剤としては、ヒンダートアミン化合物およびヒンダートフェノール化合物が挙げられる。上記化合物はラジカル補足能を発揮し得るため、柔軟なフォトクロミック膜の形成に寄与することができる」という記載により、ヒンダードフェノール化合物を添加が柔軟なフォトクロミック膜の形成に寄与するという技術事項が記載され、また、【表4】の記載からは、ヒンダードフェノール化合物の添加量が増加すると、超微小押し込み硬さの数値が大きくなることが読み取れる。これらの記載から、本件訂正前の明細書には、ヒンダードフェノール化合物の添加量が増加すると、超微小押し込み硬さの数値が大きくなるという技術事項が記載されていることは明らかである。
すると、本件訂正前の明細書段落【0170】の「表4から、ヒンダートフェノール化合物の添加量増加とともに超微小押し込み硬さの数値が小さくなり」は、「表4から、ヒンダートフェノール化合物の添加量増加とともに超微小押し込み硬さの数値が大きくなり」の誤記であると解するのが相当である。
よって、本件訂正前の明細書段落【0170】の「表4から、ヒンダートフェノール化合物の添加量増加とともに超微小押し込み硬さの数値が小さくなり」は、「表4から、ヒンダートフェノール化合物の添加量増加とともに超微小押し込み硬さの数値が大きくなり」と記載するべきであった誤記であるから、訂正事項7は、誤記の訂正を目的とするものである。
したがって、訂正事項7は、特許法第126条第1項ただし書き第2号に掲げる事項を目的とするものに該当する。

(2)訂正が本願の願書に最初に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内のものであるか否かについて
上記「7.」「(1)」で挙げた本件訂正前の明細書段落【0094】、【0095】、【表4】は、本願の願書に最初に添付した明細書から補正されておらず、本件訂正後の明細書段落【0170】の「表4から、ヒンダートフェノール化合物の添加量増加とともに超微小押し込み硬さの数値が大きくなり」は、本願の願書に最初に添付した明細書に記載されたものであるから、訂正事項7は、本願の願書に最初に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内のものである。
したがって、訂正事項7は、特許法第126条第5項の規定に適合するものである。

(3)訂正が実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものであるか否かについて
特許請求の範囲には、ヒンダードフェノール化合物の添加量と超微小押し込み硬さの数値との関係の記載はなく、当該訂正は、特許請求の範囲の記載の解釈に影響を与えるものではないから、実質上特許請求の範囲を変更するものではない。また、拡張するものではないことも明かである。
したがって、訂正事項7は、特許法第126条第6項の規定に適合するものである。

8.特許法施行規則に基づく一群の請求項について
請求項4?11は、それぞれ、請求項3を直接的又は間接的に引用するものであり、請求項3?11は、特許法施行規則第46条の2各号に掲げる関係を有する一群の請求項である。
請求項13?23は、それぞれ、請求項12を直接的又は間接的に引用するものであり、請求項12?23は、特許法施行規則第46条の2各号に掲げる関係を有する一群の請求項である。
そして、訂正事項1?3は、それぞれ、請求項3?11からなる一群の請求項ごとに訂正請求するものであり、訂正事項4?6は、それぞれ、請求項12?23からなる一群の請求項ごとに訂正請求するものであり、訂正事項7は、請求項3?11からなる一群の請求項又は請求項12?23からなる一群の請求項ごとに訂正請求するものである。
したがって、訂正事項1及び4は特許法第126条第3号の規定に適合するものであり、訂正事項2?3及び5?7は特許法第126条第4号の規定に適合するものである。


第4 むすび
以上のようであるから、本件訂正は、特許法第126条第1項ただし書き第2号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同条第3?7項の規定に適合するものである。
よって、結論のとおり審決する。
 
発明の名称 (54)【発明の名称】
フォトクロミック膜およびそれを有するフォトクロミックレンズ、ならびにフォトクロミックレンズの製造方法
【関連出願の相互参照】
【0001】
本出願は、2006年6月30日出願の日本特願2006-181073号および2006年6月30日出願の日本特願2006-181077号の優先権を主張し、それらの全記載は、ここに特に開示として援用される。
【技術分野】
【0002】
本発明は、光応答性に優れたフォトクロミック膜およびそれを有するフォトクロミックレンズに関する。
更に本発明は、光応答性に優れたフォトクロミック膜を有するフォトクロミックレンズの製造方法に関する。
【背景技術】
【0003】
近年、有機フォトクロミック染料を応用したプラスチック製フォトクロミックレンズが眼鏡用として市販されている。これらは明るい屋外で発色して高濃度のカラーレンズと同様な防眩効果を有し、室内に移ると高い透過率を回復するものである。
【0004】
プラスチックレンズにフォトクロミック性を付与するためには、レンズ基材上にフォトクロミック色素を含むコーティング(フォトクロミック膜)を設ける方法、レンズ基材によってフォトクロミック膜を被覆する方法、2枚のレンズ基材間にフォトクロミック膜を配置する方法等が用いられている(例えば特開2005-305306号公報およびその英語ファミリーメンバーUS2005/0168690A1参照、それらの全記載は、ここに特に開示として援用される)。ここで使用されるフォトクロミック膜には、所定の光が入射するとすばやく応答して高濃度で発色し、かつ上記光がない環境下に置かれると速やかに退色することが求められる。
【0005】
レンズ基材上にフォトクロミック膜を有する構造のフォトクロミックレンズの製造方法として、特開平10-231331号公報およびその英語ファミリーメンバー米国特許第5,914,174号明細書(それらの全記載は、ここに特に開示として援用される)には、注型重合によりプラスチックレンズを製造する際に、モールド内面にフォトクロミック色素を含む塗布液を予め塗布しておくことにより、レンズの硬化とフォトクロミック膜の形成を同時に行う方法(注型重合法)が提案されている。
【0006】
従来、フォトクロミック膜の発退色の反応速度および発色濃度は、分子構造に起因するフォトクロミック色素固有の特性に依存すると考えられていた。そのため、特定の分子構造を有するフォトクロミック色素を使用することにより、フォトクロミック膜の光に対する応答性(反応速度および発色濃度)を改善することが検討されてきた。
【0007】
しかし、従来のフォトクロミック膜の光に対する応答性(反応速度および発色濃度)は必ずしも満足いくものではなく、光応答性の更なる改善が求められていた。
【0008】
また、上記特開平10-231331号公報に記載の製造方法は、フォトクロミック層とレンズ基材との接着性を確保するために、レンズモノマー注入前にはモールド内面に塗布したフォトクロミック液を未重合状態または部分的に硬化した状態とし、レンズモノマー注入後にフォトクロミック液およびレンズ基材を順次硬化させている。この方法は、レンズ基材の硬化とフォトクロミック膜付与を同時に行うことができるため、作業性に優れるという利点を有するが、レンズ基材とフォトクロミック層との混ざり合いが生じるため、レンズの光学特性が低下するという問題(曇り、脈理の発生)がある。また、この方法により得られたフォトクロミックレンズの光に対する応答性(反応速度および発色濃度)は必ずしも満足いくものではなく、光応答性の更なる改善が求められていた。
【0009】
発明の開示
そこで、本発明の第一の目的は、光応答性に優れたフォトクロミック膜および前記フォトクロミック膜を有するフォトクロミックレンズを提供することにある。
更に本発明の第二の目的は、光応答性および光学特性に優れたフォトクロミックレンズの製造方法を提供することにある。
【0010】
本発明者らは、上記第一の目的を達成するために鋭意検討を重ねた。
従来、フォトクロミック膜中のフォトクロミック色素の発退色の反応速度および発色濃度は分子構造に起因するフォトクロミック色素固有の特性に依存すると考えられていた。しかし、本発明者らは検討を重ねた結果、フォトクロミック膜の光応答性に関して以下の新たな知見を得た。
(1)フォトクロミック膜を完全に硬化させずに柔軟性(流動性)を持たせれば、膜中で色素が動き易くなり発退色の反応速度および発色濃度が大きく向上する。
(2)フォトクロミックレンズにおける光応答性は、主として光が入射する物体側(入射面側)表層部において発現されるため、少なくともフォトクロミック膜の物体側表層部に存在する色素を動き易い状態としておけば、高い光応答性を得ることができる。
本発明の第一の態様は、以上の知見に基づき完成された。
【0011】
即ち、本発明の第一の態様によれば、フォトクロミック色素および樹脂成分を含有するフォトクロミック膜であって、少なくとも一方の面Aの超微小押し込み硬さは800nm以上であるフォトクロミック膜、が提供される。
【0012】
一態様によれば、前記面Aは、使用時に入射面側に配置される。
【0013】
一態様によれば、前記面Aの超微小押し込み硬さは、他方の面Bの超微小押し込み硬さより大きい。前記面Bの超微小押し込み硬さは、500?5000nmの範囲であることができる。更に、前記樹脂成分は、硬化性成分が硬化することにより形成された硬化樹脂および未硬化の硬化性成分を含み、前記面Bおよびその近傍は、前記硬化樹脂を主成分として含み、前記面Aおよびその近傍における硬化樹脂含有率は、面Bおよびその近傍における硬化樹脂含有率より低いことが好ましい。
【0014】
一態様によれば、前記硬化性成分は、紫外線硬化性成分である。
【0015】
一態様によれば、前記フォトクロミック膜はヒンダートアミン化合物および/またはヒンダートフェノール化合物を含む。
【0016】
更に本発明の第一の態様によれば、レンズ基材上にフォトクロミック膜を有するフォトクロミックレンズが提供される。本発明の第一の態様のフォトクロミックレンズが有するフォトクロミック膜は、前述の第一の態様にかかるフォトクロミック膜であって、かつ面Aが入射面側に位置するようにレンズ基材上に配置されている。
【0017】
一態様によれば、前記フォトクロミック膜は、面Aの他方の面Bがレンズ基材表面と対向するように配置されている。
【0018】
一態様によれば、前記レンズ基材は、熱硬化性成分を含むレンズ原料液を加熱することによって得られた成形品である。
【0019】
一態様によれば、前記フォトクロミック膜のレンズ基材表面と対向する面とは反対の面上にハードコートおよび/または反射防止膜を更に有する。
【0020】
更に本発明者らは、上記第二の目的を達成するために鋭意検討を重ねた結果、以下の知見を得た。
先に説明したように、本発明者らの検討の結果、フォトクロミック膜を完全に硬化させずに柔軟性(流動性)を持たせれば、膜中で色素が動き易くなり発退色の反応速度および発色濃度が大きく向上することが新たに判明した。
しかし、特開平10-231331号公報に記載の注型重合法によりフォトクロミックレンズを製造する場合、フォトクロミック膜全体の柔軟性(流動性)を高めると、注型重合時にレンズ原料液とフォトクロミック膜の未硬化部分との混ざり合いが生じ、光学特性が低下するという問題がある。
そこで、本発明者らは更に検討を重ね、フォトクロミック膜のレンズ基材との接触面側の硬度を、物体側の硬度より高めることにより、注型重合法においてレンズ基材とフォトクロミック膜との界面での混ざり合いによる光学特性低下を生じることなく、物体側で色素を動き易い状態として光応答性を確保することができ、これにより光応答性および光学特性に優れたフォトクロミックレンズが得られることを見出した。
本発明の第二の態様は、以上の知見に基づき完成された。
【0021】
即ち、本発明の第二の態様によれば、
レンズの一方の面を形成するための第一モールドの片面にフォトクロミック色素および硬化性成分を含有するフォトクロミック液を塗布し、
前記フォトクロミック液に硬化処理を施すことにより、最表面が500?5000nmの超微小押し込み硬さを有し、かつ第一モールドと対向する面の超微小押し込み硬さが前記最表面の超微小押し込み硬さより大きいフォトクロミック膜を形成し、
前記第一モールドとレンズの他方の面を形成するための第二モールドを、前記フォトクロミック膜の最表面が第二モールド表面と対向するように配置し、かつ前記2つのモールドの周囲に環状のガスケットを配置することにより、前記2つのモールドとガスケットによってフォトクロミック膜が内部に位置するキャビティを形成し、
前記キャビティ内に硬化性成分を含むレンズ原料液を注入し、該キャビティ内で前記硬化性成分の硬化反応を行い、レンズ基材上にフォトクロミック膜を有するフォトクロミックレンズを得るフォトクロミックレンズの製造方法
が提供される。
【0022】
一態様によれば、前記硬化処理は、フォトクロミック膜の第一モールドと対向する面の超微小押し込み硬さが800?5000nmの範囲となるように行われる。
【0023】
一態様によれば、前記フォトクロミック膜形成後であって前記キャビティの形成前に、フォトクロミック膜の最表面に対してUVオゾンまたはプラズマによるドライエッチング処理を施す。
【0024】
一態様によれば、フォトクロミック膜に含まれる硬化性成分は光硬化性成分であり、前記硬化処理は光照射により行われる。前記光照射は、前記第一モールドのフォトクロミック液塗布面に対して光照射を行うことを含み得る。更に、第一モールドが光透過性を有する場合、前記光照射は、第一モールドを介して第一モールドに塗布されたフォトクロミック液に対して光照射を行うことを含み得る。前記照射される光の波長は150?380nmの範囲であり得る。前記第一モールドを介した光照射は、前記フォトクロミック液塗布面に対する光照射よりも低い照射量で行われ得る。前記第一モールドを介した光照射は、0.1?30J/cm^(2)の照射量で行うことができ、前記フォトクロミック液塗布面に対する光照射は、1?100J/cm^(2)の照射量で行うことができる。
【0025】
一態様によれば、前記レンズ原料液に含まれる硬化性成分は、熱硬化性成分であり、前記硬化反応は加熱により行われる。
【0026】
一態様によれば、前記レンズ原料液は紫外線吸収剤を含む。
【0027】
一態様によれば、前記フォトクロミック液はヒンダートアミン化合物および/またはヒンダートフェノール化合物を含む。
【0028】
本発明によれば、優れた光応答性と光学特性を兼ね備えたフォトクロミックレンズを提供することができる。
【0029】
発明を実施するための最良の形態
本発明は、フォトクロミック膜および該フォトクロミック膜を有するフォトクロミックレンズにかかる第一の態様と、フォトクロミックレンズの製造方法にかかる第二の態様を包含する。以下に、本発明のフォトクロミック膜、フォトクロミックレンズおよびフォトクロミックレンズの製造方法の詳細を説明する。
【0030】
[フォトクロミック膜]
本発明は、フォトクロミック色素および樹脂成分を含有するフォトクロミック膜に関する。本発明のフォトクロミック膜においては、少なくとも一方の面Aの超微小押し込み硬さは800nm以上である。
以下に、本発明のフォトクロミック膜について更に詳細に説明する。
【0031】
先に説明したように、本願発明者らの検討の結果、フォトクロミック膜に適度な柔軟性(流動性)を持たせれば、膜中で色素が動き易くなり発退色の反応速度および発色濃度が大きく向上することが判明した。更に、フォトクロミック膜における光応答性は、主として光が入射する物体側表層部において発現されるため、少なくともフォトクロミック膜の物体側表層部に存在する色素を動き易い状態としておけば、高い光応答性を得ることができることも判明した。
そこで、本発明のフォトクロミック膜では、少なくとも一方の面Aの超微小押し込み硬さを800nm以上とする。フォトクロミック膜の一方の面の超微小押し込み硬さが800nm以上であれば、該面近傍でフォトクロミック色素が動き易い状態となるため、面Aを入射面側に配置することにより、高い光応答性を得ることができる。
【0032】
面Aの超微小押し込み硬さが大きいほど、つまり面A近傍の柔軟性(流動性)が高いほど、フォトクロミック色素が動き易くなりフォトクロミック性能の点では好ましい。但し、面Aが過度に柔軟であると面形状を保持することが困難となったり、面A上にコーティング膜を設ける場合に界面で混ざり合いが生じ、さらには密着性の低下が発生するおそれがある。以上の観点から、面Aの超微小押し込み硬さは、5000nm以下であることが好ましい。面Aの超微小押し込み硬さの好ましい範囲は、900?4000nmであり、1200nm以上であることが更に好ましい。
【0033】
本発明のフォトクロミック膜は、少なくとも一方の面(面A)が上記範囲の超微小押し込み硬さとなる柔軟性を有すればよく、フォトクロミック膜全体に同様の柔軟性を持たせることももちろん可能である。但し、面Aには適度な柔軟性を持たせ、他方の面(面B)には適度な硬度を持たせることが、光応答性と光学特性を両立する上では好ましい。以下に、この点について更に説明する。
【0034】
図1に、フォトクロミック膜を有するフォトクロミックレンズの一例を示す。
図1に示すように、レンズ基材上にフォトクロミック膜を有するレンズを製造する方法としては、以下の2つの方法が挙げられる。
1.注型重合法
注型重合を用いて、レンズ基材の硬化とレンズ基材上へのフォトクロミック膜の形成を成形型内で行う方法。この方法では、まず、レンズの一方の面を形成するためのモールドの片面にフォトクロミック液を塗布し、塗布されたフォトクロミック液に硬化処理を施すことにより、モールド表面にフォトクロミック膜を形成する。その後、表面にフォトクロミック膜が形成されたモールドを使用して、レンズ基材の重合反応を行う。
2.コーティング法
予めレンズ原料液を重合・硬化することにより作製したレンズ基材上に、フォトクロミック色素を含む塗布液を塗布し、該塗布液を硬化することによりフォトクロミック膜付きレンズを得る方法。
【0035】
上記注型重合法によってフォトクロミック膜付きレンズを製造する場合は、フォトクロミック膜全体の柔軟性(流動性)を高めると、成形型内でレンズ原料液とフォトクロミック膜との混ざり合いが生じ、レンズの光学特性が低下する(曇り、脈理の発生)おそれがある。この場合には、フォトクロミック膜のレンズ基材側表面に適度な硬度を持たせて、界面での混ざり合いを防ぐことが好ましい。前記のように、フォトクロミック膜の光応答性は、主として光が入射する物体側表層部において発現される。よって、フォトクロミック膜のレンズ基材側表面を適度に硬くしたとしても、フォトクロミック膜側から光を入射させれば、柔軟性を持たせた面側から光が入射するため、優れた光応答性を確保することができる。
【0036】
以上の観点から、本発明のフォトクロミック膜において、面Aの反対側の面B(レンズ基材上に配置される使用態様の場合、通常、レンズ基材と対向する面)の超微小押し込み硬さは、面Aの超微小押し込み硬さより小さいことが好ましい。面Bの超微小押し込み硬さの好ましい範囲は、500?5000nmの範囲である。面Bの超微小押し込み硬さが500nm以上であれば、基材とフォトクロミック膜との密着性を確保することができ、5000nm以下であれば、注型重合法において生じ得る基材とフォトクロミック膜との界面での混ざり合いを防ぎ、良好な光学特性を確保することができる。面Bの超微小押し込み硬さの下限は、より好ましくは600nm、更に好ましくは1000nm、特に好ましくは2500nmであり、その上限は、より好ましくは3500nmである。
【0037】
本発明における「超微小押し込み硬さ」とは、エリオニクス社製超微小押し込み硬さ試験機ENT-2100を用いて、荷重100mgfをかけることにより測定される値である。測定は、以下のように行うことができる。超微小押し込み硬さの測定方法の概略図を図2に示す。
まず、レンズ基材上のフォトクロミック膜を基材から剥がし、測定対象面(面Aまたは面B)が最表面に位置するようにモニターガラス上に固定する。次いで、測定対象面に三角錐形状のダイヤモンド圧子(稜間隔115度)を用いて荷重100mgfをかけて垂直に押し込み、その際の膜の変位量(nm)を測定する。本発明では、この変位量(nm)を超微小押し込み硬さとする。数値が小さいほど硬度が高いことを意味し、数値が大きいほど硬度が低く柔軟であることを意味する。
【0038】
上記超微小押し込み硬さにより、測定対象面の表層部の硬さ(柔軟性)を評価することができる。同様に表層部の硬さの指標としては、インデンテーション硬さ、マルテンス硬さ、複合ヤング(Young)率も知られている。
【0039】
インデンテーション硬さは、圧子の負荷から除荷までの変位-荷重曲線から求められる値であってISO 14577に規定されている。超微小押し込み硬さと同様にエリオニクス社製超微小押し込み硬さ試験機ENT-2100を用いて負荷開始から除荷までの全過程にわたって押し込み荷重P(mgf)に対応する押し込み深さh(nm)を連続的に測定し、P-h曲線を作成する。作成されたP-h曲線からインデンテーション硬さHを、下記式(1)により求めることができる。
H(mgf/μm^(2))=Pmax/A・・・(1)
[Pmax:最大荷重(mgf)、A:圧子投影面積(μm^(2))]
【0040】
また、複合ヤング率E^(*)(mgf/μm^(2))は、上記P-h曲線から、下記式(2)により求めることができる。
【数1】

[P:荷重(mgf)、Pmax:最大荷重(mgf)、A:圧子投影面積(μm^(2))、h:押し込み深さ(nm)]
【0041】
マルテンス硬さも、ISO 14577に規定されている。マルテンス硬さは、荷重Fをかけて圧子を所定の押し込み量hまで押し込んだときに、荷重Fを圧子の侵入した表面積Asで除した値と定義され、塑性および弾性変形の両方の成分が含まれる。試験荷重が負荷された状態で測定される硬さであり、負荷増加時の荷重-押し込み深さ曲線の値から求めることができる。測定は、上記エリオニクス社製超微小押し込み硬さ試験機ENT-2100を用いて行うことができる。
【0042】
前記フォトクロミック膜の両面の硬さ(柔軟性)をインデンテーション硬さによって表すと、面Aについては、好ましくは0.5以上、より好ましくは1.2?10、面Bについては、好ましくは1.0以上、より好ましくは1.5?20である。また、複合ヤング率によって表すと、面Aについては、好ましくは1.0以上、より好ましくは3?150、面Bについては、好ましくは3.0以上、より好ましくは6?300である。マルテンス硬さによって表すと、面Aについては、好ましくは0.1以上、より好ましくは0.2?5、面Bについては、好ましくは0.3以上、より好ましくは0.5?10である。
【0043】
前記フォトクロミック膜は、フォトクロミック色素と硬化性成分を含むフォトクロミック膜形成用塗布液(以下、フォトクロミック液ともいう)に対して硬化処理を施すことによって形成することができる。フォトクロミック膜の柔軟性(各面の超微小押し込み硬さ)は、(1)フォトクロミック液の組成、(2)硬化条件、(3)フォトクロミック膜の厚さ、によって制御することができる。上記(1)?(3)の詳細は、後述する。
【0044】
本発明のフォトクロミック膜の使用態様としては、レンズ基材上に積層する態様、レンズ基材によって被覆する態様、2枚のレンズ基材によって挟み込む態様等の各種態様が挙げられる。いずれの使用態様においても、800nm以上の超微小押し込み硬度を有する面を入射面側に配置することにより、優れた光応答性を得ることができる。
本発明のフォトクロミック膜の好ましい使用態様、組成、製造方法等の詳細については、本発明のフォトクロミックレンズおよび本発明のフォトクロミックレンズの製造方法について後述する通りである。
【0045】
[フォトクロミックレンズ]
本発明は、レンズ基材上にフォトクロミック膜を有するフォトクロミックレンズに関する。本発明のフォトクロミックレンズは、本発明のフォトクロミック膜が入射面側に位置するようにレンズ基材上に配置されたものである。前述のように、本発明のフォトクロミック膜は、少なくとも一方の面(面A)に適度な柔軟性(流動性)が付与されている。本発明のフォトクロミックレンズは、この面Aが入射面側に配置されているため、優れた光応答性を発現することができる。フォトクロミック膜の各面の超微小押し込み硬さについては、先に記載した通りである。
【0046】
図1に示すようなレンズ基材上にフォトクロミック膜を積層した構成のフォトクロミックレンズに対しては、通常、フォトクロミック膜側から光が照射される。よって、この場合には、面A(入射面側)の反対の面Bがレンズ基材表面と対向する。
【0047】
前述のように、フォトクロミック膜の柔軟性(超微小押し込み硬さ)は、フォトクロミック膜の硬化状態を調整することによって制御することができる。前述のように、フォトクロミック膜の硬化状態は、(1)フォトクロミック液の組成、(2)硬化条件、(3)フォトクロミック膜の厚さ、によって制御することができる。以下に、上記(1)?(3)について順次説明する。
【0048】
(1)フォトクロミック液
フォトクロミック液は、硬化性成分、フォトクロミック色素、重合開始剤、および任意に添加される添加剤から形成することができる。以下に、各成分について説明する。
【0049】
(i)硬化性成分
フォトクロミック膜形成のために使用可能な硬化性成分は、特に限定されず、(メタ)アクリロイル基、(メタ)アクリロイルオキシ基、ビニル基、アリル基、スチリル基等のラジカル重合性基を有する公知の光重合性モノマーやオリゴマー、それらのプレポリマーを用いることができる。これらのなかでも、入手のし易さ、硬化性の良さから(メタ)アクリロイル基または(メタ)アクリロイルオキシ基をラジカル重合性基として有する化合物が好ましい。なお、前記(メタ)アクリロイルは、アクリロイルとメタクリロイルの両方を示す。
【0050】
フォトクロミック膜とレンズ基材との界面での混ざり合い防止、硬度調整の容易さ、膜形成後の耐溶剤性や硬度、耐熱性等の硬化体特性、または発色濃度や退色速度等のフォトクロミック特性を良好なものとするため、ラジカル重合性単量体としては、単独重合体のLスケールロックウェル硬度が60以上を示すもの(以下、高硬度モノマーと称す場合がある)と、同じく単独重合体のLスケールロックウェル硬度が40以下を示すもの(以下、低硬度モノマーと称す場合がある)を併用することがより好ましい。
Lスケールロックウェル硬度とは、JIS-B7726に従って測定される硬度を意味する。各モノマーの単独重合体についてこの測定を行うことにより、前記硬度条件を満足するかどうかを簡単に判断することができる。具体的には、モノマーを重合させて厚さ2mmの硬化体を得、これを25℃の室内で1日保持した後にロックウェル硬度計を用いて、Lスケールロックウェル硬度を測定することにより容易に確認することができる。
【0051】
また、前記Lスケールロックウェル硬度の測定に供する重合体は、仕込んだ単量体の有す重合性基の90%以上が重合する条件で注型重合して得たものである。このような条件で重合された硬化体のLスケールロックウェル硬度は、ほぼ一定の値として測定される。
前記高硬度モノマーは、硬化後の硬化体の耐溶剤性、硬度、耐熱性等を向上させる効果を有する。これらの効果をより効果的なものとするためには、単独重合体のLスケールロックウェル硬度が65?130を示すラジカル重合性単量体が好ましい。
このような高硬度モノマーは、通常2?15個、好ましくは2?6個のラジカル重合性基を有する化合物であり、好ましい具体例としては、下記一般式(1)?(5)で表される化合物が挙げられる。
【0052】
【化1】

(式中、R^(13)は水素原子またはメチル基であり、R^(14)は水素原子、メチル基またはエチル基であり、R^(15)は3?6価の有機基であり、fは0?3の範囲の整数、f’はO?3の範囲の整数、gは3?6の範囲の整数である。)
【0053】
【化2】

(式中、R^(16)は水素原子またはメチル基であり、Bは3価の有機基であり、Dは2価の有機基であり、hは1?10の範囲の整数である。)
【0054】
【化3】

(式中、R^(17)は水素原子またはメチル基であり、R^(18)は水素原子、メチル基、エチル基またはヒドロキシル基であり、Eは環状の基を含む2価の有機基であり、iおよびjは、i+jの平均値が0?6となる正の整数である。)
【0055】
【化4】

(式中、R^(19)は水素原子またはメチル基であり、Fは側鎖を有していてもよい主鎖炭素数2?9のアルキレン基である。)
【0056】
【化5】

(式中、R^(20)は水素原子、メチル基またはエチル基であり、kは1?6の範囲の整数である。)
【0057】
前記一般式(1)?(4)における、R^(13)?R^(19)は、いずれも水素原子またはメチル基であるため、一般式(1)?(4)で示される化合物は2?6個の(メタ)アクリロイルオキシ基を有する化合物である。
前記一般式(1)におけるR^(14)は水素原子、メチル基またはエチル基である。一般式(1)におけるR^(15)は3?6価の有機基である。この有機基は特に限定されるものではなく、また、その主鎖中に、エステル結合、エーテル結合、アミド結合、チオエーテル結合、スルホニル結合、ウレタン結合等の炭素一炭素結合以外の結合を含んでいてもよい。
単独重合体のLスケールロックウェル硬度が60以上を示すためには、R^(15)は、好ましくは炭素数1?30の有機基であり、より好ましくはエーテル結合および/またはウレタン結合を含んでいてもよい炭素数1?15の有機基である。
また、fおよびf’は、それぞれ独立に0?3の範囲の整数である。また、Lスケールロックウェル硬度を60以上とするためには、fおよびf’の合計が0?3であることが好ましい。
【0058】
前記一般式(1)で示される高硬度モノマーの具体例としては、トリメチロールプロパントリメタクリレート、トリメチロールプロパントリアクリレート、テトラメチロールメタントリメタクリレート、テトラメチロールメタントリアクリレト、トリメチロールブロパントリメタクリレート、テトラメチロールメタンテトラメタアクリレート、テトラメチロールメタンテトラアクリレート、トリメチロールプロパントリエチレングリコールトリメタクリレート、トリメチロールプロパントリエチレングリコールトリアクリレート、エトキシ化ペンタエリスリトールテトラアクリレート、エトキシ化ペンタエリスリトールテトラメタクリレート、ペンタエリスリトールトリメタクリレート、ペンタエリスリトールテトラメタクリレート、ジペンタエリスリトールヘキサアクリレート、ウレタンオリゴマーテトラアクリレート、ウレタンオリゴマーヘキサメタクリレート、ウレタンオリゴマーヘキサアクリレート、ポリエステルオリゴマーヘキサアクリレート、カプロラクトン変性ジペンタエリスリトールヘキサアクリレート、ジトリメチロールプロパンテトラアクリレート等が挙げられる。
【0059】
前記一般式(2)におけるBは3価の有機基であり、Dは2価の有機基である。このBおよびDは特に限定されるものではなく、その主鎖中に、エステル結合、エーテル結合、アミド結合、チオエーテル結合、スルホニル結合、ウレタン結合等の炭素-炭素結合以外の結合を含んでいてもよい。単独重合体のLスケールロックウェル硬度が60以上であるためには、Bは炭素数3?10の直鎖または分枝状の炭化水素から誘導される有機基であると好ましく、Dは炭素数1?10の直鎖または分枝状の脂肪族炭化水素、または炭素数6?10の芳香族炭化水素から誘導される有機基である。
また単独重合体のLスケールロックウェル硬度を60以上とするために、hは1?10の範囲の整数であり、好ましくは1?6の範囲の整数である。
前記一般式(2)で示される高硬度モノマーの具体的としては、分子量2,500?3,500の4官能ポリエステルオリゴマー(ダイセルユーシービー社、EB80等)、分子量6,000?8,000の4官能ポリエステルオリゴマー(ダイセルユーシービー社、EB450等)、分子量45,000?55,000の6官能ポリエステルオリゴマー(ダイセルユーシービー社、EB1830等)、分子量10,000の4官能ポリエステルオリゴマー(第一工業製薬社、GX8488B等)等が挙げられる。
【0060】
前記一般式(3)におけるR^(18)は水素原子、メチル基、エチル基またはヒドロキシル基である。また式(3)におけるEは環状の基を含む2価の有機基である。この有機基は環状の基を含むものであれば特に限定されるものではなく、また、その主鎖中に、エステル結合、エーテル結合、アミド結合、チオエーテル結合、スルホニル結合、ウレタン結合等の炭素-炭素結合以外の結合を含んでいてもよい。Eに含まれる環状の基としては、ベンゼン環、シクロヘキサン環、アダマンタン環または以下に示す環状の基等が挙げられる。
【化6】

【0061】
Eに含まれる環状の基はベンゼン環であることが好ましく、さらにEは下記式:
【化7】

(Gは、酸素原子、硫黄原子、-S(O_(2))-、-C(O)-、-CH_(2)-、-CH=CH-、-C(CH_(3))_(2)-および-C(CH_(3))(C_(6)H_(5))-から選ばれるいずれかの基であり、R^(21)およびR^(22)は、それぞれ独立に炭素数1?4のアルキル基またはハロゲン原子であり、lおよびl’は、それぞれ独立に0?4の範囲の整数である。)で示される基であるとより好ましく、最も好ましいEは下記式:
【化8】

で示される基である。
【0062】
前記一般式(3)中、iおよびjは、i+jの平均値が0?6となる正の整数である。なお、式(3)で示される化合物は、iおよびjの双方が0である場合を除き、通常iおよびjの異なる複数の化合物の混合物として得られる。それらの単離は困難であるため、iおよびjはi+jの平均値で示される。i+jの平均値は2?6であることがより好ましい。
一般式(3)で示される高硬度モノマーの具体的としては、ビスフェノールAジメタクリレート、2,2-ビス(4-メタクリロイルオキシエトキシフェニル)プロパン、2,2-ビス(3,5-ジブロモ-4-メタクリロイルオキシエトキシフェニル)プロパン等が挙げられる。
【0063】
前記一般式(4)におけるR^(19)は水素原子またはメチル基であり、Fは側鎖を有していてもよい主鎖炭素数2?9のアルキレン基である。この主鎖炭素数2?9のアルキレン基としては、エチレン基、プロピレン基、トリメチレン基、ブチレン基、ネオペンチレン基、ヘキシレン基、ノニリレン基等が例示される。
一般式(4)で示される高硬度モノマーの具体的としては、エチレングリコールジアクリレート、エチレングリコールジメタクリレート、1,4-ブチレングリコールジメタクリレート、1,9-ノニレングリコールジメタクリレート、ネオペンチレングリコールジメタクリレート、ネオペンチレングリコールジアクリレート等が挙げられる。
【0064】
前記一般式(5)におけるR^(20)は水素原子、メチル基またはエチル基であり、kは2?6の範囲の整数であり、好ましくはkは3または4である。
一般式(5)で示される高硬度モノマーの具体的としては、ジエチレングリコールジメタクリレート、トリエチレングリコールジメタクリレート、テトラエチレングリコールジメタクリレート、トリプロピレングリコールジメタクリレート、テトラプロピレングリコールジメタクリレート等が挙げられる。
なお、前記一般式(1)?(5)で示される化合物でも、置換基の組み合わせによっては単独重合体のLスケールロックウェル硬度が60未満のものがあるが、その場合には、これらの化合物は後述する低硬度モノマーまたは中硬度モノマーに分類される。
また、前記一般式(1)?(5)で示されない高硬度モノマーもあり、その代表的化合物としては、ビスフェノールAジグリシジルメタクリレート、エチレングリコールビスグリシジルメタクリレート、グリシジルメタクリレート等が挙げられる。
【0065】
また、前記低硬度モノマーは、硬化体を強靭なものとし、またフォトクロミック化合物の退色速度を向上させる効果を有する。
このような低硬度モノマーとしては、下記一般式(6):
【化9】

(式中、R^(23)は水素原子またはメチル基であり、R^(24)およびR^(25)は、それぞれ独立に水素原子、メチル基またはエチル基であり、Zは酸素原子または硫黄原子であり、mはR^(23)が水素原子の場合は1?70の整数であり、R^(23)がメチル基の場合は7?70の整数でありそしてm’は0?70の範囲の整数である。)
【0066】
または下記一般式(7):
【化10】

(式中、R^(26)は水素原子またはメチル基であり、R^(27)およびR^(28)は、それぞれ独立に水素原子、メチル基、エチル基またはヒドロキシル基であり、Iは環状の基を含む2価の有機基であり、i’およびj’は、i’+j’の平均値が8?40となる整数である。)
で示される2官能モノマーや、下記一般式(8):
【0067】
【化11】

(式中、R^(29)は水素原子またはメチル基であり、R^(30)およびR^(31)は、それぞれ独立に水素原子、メチル基またはエチル基であり、R^(32)は水素原子、炭素数1?25のアルキル基、アルケニル基、アルコキシアルキル基もしくはハロアルキル基、炭素数6?25のアリール基、または炭素数2?25の(メタ)アクリロイル基以外のアシル基であり、Zは酸素原子または硫黄原子であり、m’’はR^(29)が水素原子の場合は1?70の整数であり、R^(29)がメチル基の場合は4?70の整数であり、m’’’は0?70の範囲の整数である。)
【0068】
または下記一般式(9):
【化12】

(式中、R^(33)は水素原子またはメチル基であり、R^(34)はR^(33)が水素原子の場合には炭素数1?20のアルキル基であり、R^(33)がメチル基の場合には炭素数8?40のアルキル基である。)
で示される単官能のモノマーが例示される。
【0069】
前記一般式(6)?(9)において、R^(23)、R^(26)、R^(29)およびR^(33)は水素原子またはメチル基である。すなわち、低硬度モノマーは重合性基として、通常2個以下の(メタ)アクリロイルオキシ基または(メタ)アクリロイルチオ基を有する。
前記一般式(6)におけるR^(24)およびR^(25)は、それぞれ独立に水素原子、メチル基またはエチル基であり、Zは酸素原子または硫黄原子である。
一般式(6)においては、R^(23)が水素原子の場合、すなわち重合性基としてアクリロイルオキシ基またはアクリロイルチオ基を有する場合には、mは1?70の整数であり、一方、R^(23)がメチル基である場合、すなわち重合性基としてメタクリロイルオキシ基またはメタクリロイルチオ基を有する場合には、mは7?70の整数である。また、m’は0?70の範囲の整数である。
一般式(6)で示される低硬度モノマーの具体的としては、トリアルキレングリコールジアクリレート、テトラアルキレングリコールジアクリレート、ノニルアルキレングリコールジアクリレート、ノニルアルキレングリコールジメタクリレート等のアルキレングリコールジ(メタ)アタリレート類が挙げられる。
【0070】
前記一般式(7)におけるR^(26)は水素原子、メチル基またはエチル基である。また、Iは環状の基を含む2価の有機基である。このIとしては前記式(9)に含まれる環状の基であるEとして例示されたものと同様である。式(7)におけるi’およびj’は、i’+j’の平均値が8?40となる整数、好ましくは9?30となる整数である。このi’およびj’も前記した式(3)におけるiおよびjと同様の理由で通常は平均値で示される。
一般式(7)で示される低硬度モノマーの具体的としては、平均分子量776の2,2-ビス(4-アクリロイルオキシポリエチレングリコールフェニル)プロパン等を挙げることができる。
【0071】
前記一般式(8)におけるR^(29)は水素原子またはメチル基であり、R^(30)およびR^(31)は、それぞれ独立に水素原子、メチル基またはエチル基である。R^(32)は水素原子、炭素数1?25のアルキル基、アルケニル基、アルコキシアルキル基もしくはハロアルキル基、炭素数6?25のアリール基、または炭素数2?25のアクリロイル基以外のアシル基である。
炭素数1?25のアルキル基またはアルケニル基としては、メチル基、エチル基、プロピル基、ノニル基等が挙げられる。また、これらアルキル基またはアルケニル基は直鎖状でも分枝状でもよく、さらには、ハロゲン原子、ヒドロキシル基、アリール基、エポキシ基等の置換基で置換されていてもよい。
炭素数1?25のアルコキシアルキル基としては、メトキシブチル基、エトキシブチル基、ブトキシブチル基、メトキシノニル基等が挙げられる。
炭素数6?25のアリール基としては、フェニル基、トルイル基、アントラニル基、オクチルフェニル基等が挙げられる。(メタ)アクリロイル基以外のアシル基としては、アセチル基、プロピオニル基、ブチリル基、バレリル基、オレイル基等が挙げられる。
一般式(8)におけるm’’は、R^(29)が水素原子の場合、すなわちアクリロイルオキシ基またはアクリロイルチオ基を重合性基として有する場合には1?70の範囲の整数であり、R^(29)がメチル基の場合、すなわちメタクリロイルオキシ基またはメタクリロイルチオ基を重合性基として有する場合にはm’’は4?70の整数であり、またm’’’は0?70の範囲の整数である。
【0072】
一般式(8)で示される低硬度モノマーの具体的としては、平均分子量526のポリエチレングリコールメタアクリレート、平均分子量360のポリエチレングリコールメタアクリレート、平均分子量475のメチルエテルポリエチレングリコールメタアクリレート、平均分子量1,000のメチルエーテルポリエチレングリコールメタアクリレート、平均分子量375のポリプロピレングリコールメタアクリレート、平均分子量430のポリプロピレンメタアクリレート、平均分子量622のポリプロピレンメタアクリレート、平均分子星620のメチルエーテルポリプロピレングリコールメタアクリレート、平均分子量566のポリテトラメチレングリコールメタアクリレート、平均分子量2,034のオクチルフェニルエーテルポリエチレングリコールメタクリレート、平均分子量610のノニルエーテルポリエチレングリコールメタクリレート、平均分子量640のメチルエーテルポリエチレンチオグリコールメタクリレート、平均分子量498のパーフルオロヘブチルエチレングリコールメタクリレート等のポリアルキレングリコール(メタ)アタリレート等が挙げられる。一般式(8)で示される低硬度モノマーの平均分子量の好ましい範囲は200?2500、より好ましくは300?700である。なお、本発明における平均分子量は、質量平均分子量である。
【0073】
前記一般式(9)におけるR^(33)は水素原子またはメチル基であり、R^(33)が水素原子の場合には、R^(34)は炭素数1?20のアルキル基であり、R^(33)がメチル基の場合には、R^(34)は炭素数8?40のアルキル基である。これらアルキル基は直鎖状でも分枝状でもよく、ハロゲン原子、ヒドロキシル基、アルコキシル基、アシル基、エポキシ基等の置換基で置換されていてもよい。
一般式(9)で示される低硬度モノマーの具体的としては、ステアリルメタクリレート、ラウリルメタアクリレート、エチルヘキシルメタクリレート、メチルアクリレート、エチルアタリレート、ブチルアタリレート、ラウリルアクリレート等を挙げることができる。
これら式(6)?(9)で表される低硬度モノマーの中でも、平均分子量475のメチルエテルポリエチレングリコールメタアクリレート、平均分子量1,000のメチルエーテルポリエチレングリコールメタアクリレート、トリアルキレングリコールジアクリレート、テトラアルキレングリコールジアクリレート、ノニルアルキレングリコールジアクリレート、メチルアクリレート、エチルアクリレート、ブチルアクリレート、ラウリルアクリレートが特に好ましい。
前記式(6)?(9)で示される化合物でも、置換基の組み合わせによっては単独重合体のLスケールロックウェル硬度が40以上を示すものがあるが、その場合には、これらの化合物は前述した高硬度モノマーまたは後述する中硬度モノマーに分類される。
【0074】
前記高硬度モノマーでも低硬度モノマーでもないモノマー、すなわち、単独硬化体のLスケールロックウェル硬度が40を超え60未満を示すモノマー(中硬度モノマーと称す場合がある)として、例えば、平均分子量650のポリテトラメチレングリコールジメタアクリレート、平均分子量1,400のポリテトラメチレングリコールジメタアクリレート、ビス(2-メタクリロイルオキシエチルチオエチル)スルフィド等の2官能(メタ)アタリレート;ジアリルフタレート、ジアリルイソフタレート、酒石酸ジアリル、エポキシこはく酸ジアリル、ジアリルフマレート、クロレンド酸ジアリル、ヘキサフタル酸ジアリル、アリルジグリコールカーボネート等の多価アリル化合物;1,2-ビス(メタクリロイルチオ)エタン、ビス(2-アクリロイルチオエチル)エーテル、1,4-ビス(メタクリロイルチオメチル)ベンゼン等の多価チオアクリル酸および多価チオメタクリル酸エステル化合物;アクリル酸、メタクリル酸、無水マレイン酸等の不飽和カルボン酸;メタクリル酸メチル、メタクリル酸ブチル、メタクリル酸ベンジル、メタクリル酸フェニル、2-ヒドロキシエチルメタクリレート、メタクリル酸ビフェニル等のアクリル酸およびメタクリル酸エステル化合物;フマル酸ジエチル、フマル酸ジフェニル等のフマル酸エステル化合物;メチルチオアクリレート、ベンジルチオアクリレート、ベンジルチオメタクリレート等のチオアクリル酸およびチオメタクリル酸エステル化合物;スチレン、クロロスチレン、メチルスチレン、ビニルナフタレン、α-メチルスチレンダイマー、ブロモスチレン、ジビニルベンゼン、ビニルピロリドン等のビニル化合物;オレイルメタクリレート、ネロールメタクリレート、ゲラニオールメタクリレート、リナロールメタクリレート、ファルネソールメタクリレート等の分子中に不飽和結合を有する炭化水素鎖の炭素数が6?25の(メタ)アタリレートなどのラジカル重合性単官能単量体等が挙げられる。
【0075】
これらの中硬度モノマーを使用することも可能であり、前記高硬度モノマー、低硬度モノマーおよび中硬度モノマーは適宜混合して使用できる。硬化性組成物の硬化体の耐溶剤性や硬度、耐熱性等の硬化体特性、あるいは発色濃度や退色速度等のフォトクロミック特性のバランスを良好なものとするため、前記ラジカル重合性単量体中、低硬度モノマーは5?70質量%、高硬度モノマーは5?95質量%であることが好ましい。さらに、配合される高硬度モノマーとして、ラジカル重合性基を3つ以上有する単量体が、その他のラジカル重合性単量体中少なくとも5質量%以上配合されていることが特に好ましい。
【0076】
(ii)フォトクロミック色素
フォトクロミック液に添加し得るフォトクロミック色素としては、公知のものを使用することができ、例えば、フルギミド化合物、スピロオキサジン化合物、クロメン化合物等のフォトクロミック化合物が挙げられ、本発明においては、これらのフォトクロミック化合物を特に制限なく使用することができる。
前記フルギミド化合物、スピロオキサジン化合物およびクロメン化合物としては、例えば、特開平2-28154号公報、特開昭62-288830号公報、WO94/22850号明細書、WO96/14596号明細書(それらの全記載は、ここに特に開示として援用される)などに記載されている化合物が好適に使用できる。
また、優れたフォトクロミック性を有する化合物として、例えば、特開2001-114775号公報、特開2001-031670号公報、特開2001-011067号公報、特開2001-011066号公報、特開2000-347346号公報、特開2000-34476号公報、特開2000-3044761号公報、特開2000-327676号公報、特開2000-327675号公報、特開2000-256347号公報、特開2000-229976号公報、特開2000-229975号公報、特開2000-229974号公報、特開2000-229973号公報、特開2000-229972号公報、特開2000-219687号公報、特開2000-219686号公報、特開2000-219685号公報、特開平11-322739号公報、特開平11-286484号公報、特開平11-279171号公報、特開平10-298176号公報、特開平09-218301号公報、特開平09-124645号公報、特開平08-295690号公報、特開平08-176139号公報、特開平08-157467号公報等に開示された化合物も好適に使用することができる。上記公報の全記載は、ここに特に開示として援用される。
【0077】
これらフォトクロミック化合物の中でも、クロメン系フォトクロミック化合物は、フォトクロミック特性の耐久性が他のフォトクロミック化合物に比べ高く、さらにフォトクロミック特性の発色濃度および退色速度の向上が他のフォトクロミック化合物に比べて特に大きいため特に好適に使用することができる。さらに、これらクロメン系フォトクロミック化合物中でもその分子量が540以上の化合物は、本発明によるフォトクロミック特性の発色濃度および退色速度の向上が他のクロメン系フォトクロミック化合物に比べて特に大きいため好適に使用することができる。
【0078】
さらに、その発色濃度、退色速度、耐久性等の各種フォトクロミック特性が特に良好なクロメン化合物としては、下記一般式(12)で表されるものが好ましい。
【化13】

【0079】
[式中、下記一般式(13):
【化14】

で示される基は、置換もしくは非置換の芳香族炭化水素基、または置換もしくは非置換の不飽和複素環基であり、R^(43)、R^(44)およびR^(45)は、それぞれ独立に、水素原子、アルキル基、アルコキシル基、アラルコキシ基、アミノ基、置換アミノ基、シアノ基、置換もしくは非置換のアリール基、ハロゲン原子、アラルキル基、ヒドロキシル基、置換もしくは非置換のアルキニル基、窒素原子をヘテロ原子として有し該窒素原子とピラン環もしくは前記式(13)で示される基の環とが結合する置換もしくは非置換の複素環基、または該複素原基に芳香族炭化水素環もしくは芳香族複素環が縮合した縮合複素環基であり、oは0?6の範囲の整数であり、
R^(41)およびR^(42)は、それぞれ独立に、下記一般式(14)、
【化15】

(式中、R^(46)は、置換もしくは非置換のアリール基、または置換もしくは非置換のヘテロアリール基であり、R^(47)は、水素原子、アルキル基、またはハロゲン原子であり、pは1?3の範囲の整数である。)で示される基、下記一般式(15):
【化16】

(式中、R^(48)は、置換もしくは非置換のアリール基、または置換もしくは非置換のヘテロアリール基であり、p’は1?3の整数である。)で示される基、置換もしくは非置換のアリール基、置換もしくは非置換のヘテロアリール基、またはアルキル基であるか、あるいはR^(41)とR^(42)とが一緒になって、脂肪族炭化水素環もしくは芳香族炭化水素環を構成していてもよい。]
なお、前記一般式(14)、(15)、前記R^(41)およびR^(42)にて説明した置換アリール基および置換ヘテロアリール基における置換基としては、前記R^(43)?R^(44)と同様の基が挙げられる。
【0080】
前記一般式(12)で示されるクロメン化合物のなかでも、発色濃度、退色速度等のフォトクロミック特性および耐久性の点から、下記一般式(16)?(21)で示される化合物が特に好適である。
【化17】

(式中、R^(49)およびR^(50)は、それぞれ前記一般式(12)のR^(41)およびR^(42)と同様であり、R^(51)およびR^(52)は、それぞれ前記式(12)のR^(45)と同様であり、qおよびq’は、それぞれ1または2である。)
【0081】
【化18】

{式中のR^(53)およびR^(54)は、それぞれ前記一般式(12)のR^(41)およびR^(42)と同様であり、R^(55)およびR^(56)は、それぞれ前記式(12)のR^(45)と同様であり、Lは下記式:
【化19】

(上記式中、Pは、酸素原子または硫黄原子であり、R^(57)は、炭素数1?6のアルキレン基であり、s、s’およびs’’は、いずれも1?4の整数である。)で示されるいずれかの基であり、rおよびr’は、それぞれ独立に1または2である。}
【0082】
【化20】

(式中、R^(58)およびR^(59)は、それぞれ前記式(12)のR^(41)およびR^(42)と同様であり、R^(60)、R^(61)およびR^(62)は、それぞれ前記式(12)のR^(45)と同様であり、vは1または2である。)
【0083】
【化21】

(式中、R^(63)およびR^(64)は、それぞれ前記式(12)のR^(41)およびR^(42)と同様であり、R^(65)およびR^(66)は、それぞれ前記式(12)のR^(45)と同様であり、wおよびw’は、それぞれ独立に1または2である。)
【0084】
【化22】

(式中、R^(67)およびR^(68)は、それぞれ前記式(12)のR^(41)およびR^(42)と同様であり、R^(69)、R^(70)、R^(71)およびR^(72)は、それぞれ前記式(12)のR^(45)と同様であり、xおよびx’は、それぞれ独立に1または2である。)
【0085】
【化23】

(式中、R^(73)およびR^(74)は、それぞれ前記式(12)のR^(41)およびR^(42)と同様であり、R^(75)、R^(76)およびR^(77)は、それぞれ前記式(12)のR^(45)と同様であり、
【化24】

は、少なくとも1つの置換基を有してもよい脂肪族炭化水素環であり、y、y’およびy’’は、それぞれ独立に1または2である。]
【0086】
上記一般式(16)?(21)で示されるクロメン化合物の中でも、下記構造のクロメン化合物が特に好ましい。
【化25】

【0087】
これらフォトクロミック化合物は適切な発色色調を発現させるため、複数の種類のものを適宜混合して使用することができる。
【0088】
本発明では、フォトクロミック液中のフォトクロミック色素濃度によってフォトクロミック膜の硬化状態を制御することができる。光重合により硬化反応を行う場合、重合のために光照射を行うと、その光に応答してフォトクロミック色素が発色するため、重合用に照射された光の膜内部への透過が抑制される。これにより、重合用に照射された光が入射する面では硬化反応が良好に進行し、高い硬度を得ることができ、他方の面での硬化反応の進行を抑えることができる。上記の効果を得るためには、フォトクロミック液中のフォトクロミック色素の濃度は、前記重合性成分100質量部(ラジカル重合性単量体等)に対して、0.01?20質量部とすることが好ましく、0.1?10質量部とすることが更に好ましい。
【0089】
(iii)重合開始剤
フォトクロミック液に添加する重合開始剤は、重合方法に応じて、公知の熱重合開始剤および光重合開始剤から適宜選択することができる。
光重合開始剤としては、特に限定されないが、例えば、ベンゾイン、ベンゾインメチルエーテル、ベンゾインブチルエーテル、ベンゾフェノール、アセトフェノン、4,4’-ジクロロベンゾフェノン、ジエトキシアセトフェノン、2-ヒドロキシ-2-メチル-1-フェニルプロパン-1-オン、ベンジルメチルケタール、1-(4-イソプロピルフェニル)-2-ヒドロキシ-2-メチルプロパン-1-オン、1-ヒドロキシシクロヘキシルフェニルケトン、2-イソプロピルチオオキサントン、ビス(2,6-ジメトキシベンゾイル-2,4,4-トリメチル-ペンチルフォスフィンオキサイド、ビス(2,4,6-トリメチルベンゾイル)-フェニルフォシフィンオキサイド、2,4,6-トリメチルベンゾイルジフェニル-フォスフィンオキサイド、2-ベンジル-2-ジメチルアミノ-1-(4-モルホリノフェニル)-ブタノン-1等が挙げられ、1-ヒドロキシシクロヘキシルフェニルケトン、2-イソプロピルチオオキサントン、ビス(2,6-ジメトキシベンゾイル-2,4,4-トリメチル-ペンチルフォスフィンオキサイド、ビス(2,4,6-トリメチルベンゾイル)-フェニルフォシフィンオキサイド、2,4,6-トリメチルベンゾイルジフェニル-フォスフィンオキサイドが好ましい。
これら光重合開始剤は、複数の種類のものを適宜混合して使用することができる。光重合開始剤のフォトクロミック液全量に対する配合量としては、前記重合性成分100質量部(ラジカル重合性単量体等)に対して、通常0.001?5質量部であり、0.1?1質量部であると好ましい。
【0090】
また、フォトクロミック膜を熱重合により形成する場合、使用可能な熱重合開始剤として、ベンゾイルパーオキサイド、p-クロロベンゾイルパーオキサイド、デカノイルパーオキサイド、ラウロイルパーオキサイド、アセチルパーオキサイド等のジアシルパーオキサイド;t-ブチルパーオキシ-2-エチルヘキサノエート、t-ブチルパーオキシジカーボネート、クミルパーオキシネオデカネート、t-ブチルパーオキシベンゾエート等のパーオキシエステル;ジイソプロピルパーオキシジカーボネート、ジ-2-エチルヘキシルパーオキシジカーボネート、ジ-sec-ブチルオキシカーボネート等のパーカーボネート類;2,2’-アゾピスイソプチロニトリル、2,2’-アゾピス(4-ジメチルバレロニトリル)、2,2’-アゾビス(2-メチルブチロニトリル)、1,1’-アゾビス(シクロヘキサン-1-カーボニトリル)等のアゾ化合物等挙げられる。
これら熱重合開始剤の使用量は、重合条件や開始剤の種類、重合性単量体の種類や組成によって異なるが、通常、前記重合性成分100質量部に対して0,01?10質量部の範囲とすることが好適である。上記熱重合開始剤は単独で用いてもよいし、複数を混合して用いてもよい。
【0091】
(iv)添加剤
フォトクロミック液には、フォトクロミック色素の耐久性の向上、発色速度の向上、退色速度の向上や成形性の向上のために、さらに界面活性剤、酸化防止剤、ラジカル補足剤、紫外線安定剤、紫外線吸収剤、離型剤、着色防止剤、帯電防止剤、蛍光染料、染料、顔料、香料、可塑剤等の添加剤を添加してもよい。これら添加剤としては、公知の化合物が何ら制限なく使用できる。
【0092】
前記界面活性剤としては、ノニオン系、アニオン系、カチオン系の何れも使用できるが、重合性単量体への溶解性からノニオン系界面活性剤を用いるのが好ましい。好適に使用できるノニオン系界面活性剤を具体的に挙げると、ソルビタン脂肪酸エステル、グリセリン脂肪酸エステル、デカグリセリン脂肪酸エステル、プロピレングリコール・ペンタエリスリトール脂肪酸エステル、ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステル、ポリオキシエチレンソルビット脂肪酸エステル、ポリオキシエチレングリセリン脂肪酸エステル、ポリエチレングリコール脂肪酸エステル、ポリオキシエチレンアルキルエーテル、ポリオキシエチレンフィトステロール・フィトスタノール、ポリオキシエチレンポリオキシプロピレンアルキルエーテル、ポリオキシエチレンアルキルフェニルエーテル、ポリオキシエチレンヒマシ油・硬化ヒマシ油、ポリオキシエチレンラノリン・ラノリンアルコール・ミツロウ誘導体、ポリオキシエチレンアルキルアミン・脂肪酸アミド、ポリオキシエチレンアルキルフェニルホルムアルデヒド縮合物、単一鎖ポリオキシエチレンアルキルエーテル等である。界面活性剤の使用に当たっては、2種以上を混合して使用してもよい。界面活性剤の添加量は、前記重合性成分100質量部に対し、0.1?20質量部の範囲が好ましい。
【0093】
また、酸化防止剤、ラジカル補足剤、紫外線安定剤、紫外線吸収剤としては、ヒンダードアミン光安定剤、ヒンダードフェノール酸化防止剤、フェノール系ラジカル補足剤、イオウ系酸化防止剤、ベンゾトリアゾール系化合物、ベンゾフェノン系化合物等を好適に使用できる。これら酸化防止剤、ラジカル補足剤、紫外線安定剤、紫外線吸収剤は、2種以上を混合して使用してもよい。さらにこれらの非重合性化合物の使用に当たっては、界面活性剤と酸化防止剤、ラジカル補足剤、紫外線安定剤、紫外線吸収剤を併用して使用してもよい。これら酸化防止剤、ラジカル補足剤、紫外線安定剤、紫外線吸収剤の添加量は、前記重合性成分100質量部に対し、0.001?20質量部の範囲が好ましい。
【0094】
高分子素材については、酸素存在下において、以下のメカニズムにより紫外線、熱等のエネルギーがきっかけとなり酸化劣化するという問題があることが知られている。まず高分子化合物がUV照射などの高エネルギーに暴露されると、高分子中にラジカルが発生する。するとそれが起点となって、新たなラジカルや過酸化物が発生する。一般に過酸化物は不安定なため、熱や光で容易に分解し、さらに新たなラジカルを作り出す。このように、一度酸化が始まると、次々と連鎖的に酸化が起きるため高分子素材が劣化し機能低下をもたらされる。このようなメカニズムによって生じる酸化を防止するためには、(1)発生したラジカルを無効化する方法、(2)発生した過酸化物を無害な物質に分解し、新たなラジカルが発生しないようにする方法、が考えられる。そこで、高分子素材用の酸化防止剤としては、上記方法(1)により酸化を防止するためにラジカル補足能を有するもの(ラジカル補足剤)を用いることが考えられ、上記方法(2)により酸化を防止するために過酸化物分解能を有するもの(過酸化物分解剤)を用いることが考えられる。本発明では酸化防止剤としてラジカル補足能を有する、過酸化物分解能を有するもののいずれを用いてもよいが、ラジカル補足能を有する化合物を酸化防止剤として用いることが好ましい。フォトクロミック化合物は太陽光からの紫外線を吸収し、分子構造が変化することで着色し、熱や可視光線を吸収することで元の状態に戻る。この変化の経路において酸素存在下では酸素へのエネルギー移動を生じ、酸化力の強い酸素ラジカルが発生する。そこで、ラジカル補足能を有する化合物によってこの酸素ラジカルを補足することで、フォトクロミック膜における酸化を有効に防止することができる。またラジカル補足剤添加によりラジカル重合の進行を抑制できるため、柔軟なフォトクロミック膜を形成するためにもラジカル補足剤添加は有効である。
【0095】
以上の観点から好ましい添加剤としては、ヒンダートアミン化合物およびヒンダートフェノール化合物が挙げられる。上記化合物はラジカル補足能を発揮し得るため、柔軟なフォトクロミック膜の形成に寄与することができるとともに、得られたフォトクロミック膜の酸化を防止し耐久性を向上することができる。更に、前記化合物の添加により、硬化させる際のフォトクロミック色素の劣化を防止することもできる。ヒンダードアミン化合物およびヒンダートフェノール化合物としては、公知の化合物を何ら制限なく用いることができる。ヒンダートアミン化合物の中でも、塗布用に用いる場合、特に、フォトクロミック色素の劣化防止効果を発現する化合物としては、ビス(1,2,2,6,6-ペンタメチル-4-ピペリジル)セバケート、旭電化工業(株)製アデカスタブLA-52、LA-62、LA-77、LA-82等を挙げることができる。また、好ましいヒンダートフェノール化合物としては、例えばジブチルヒドロキシトルエン酸(BHT)が挙げられる。その添加量は、前記重合性成分100質量部に対し、例えば0.001?20質量部の範囲であり、0.1?10質量部の範囲が好ましく、より好適には、1?5質量部の範囲である。
【0096】
なお、前述のラジカル補足能を有する化合物等の各種添加剤は、フォトクロミック液に添加することができるが、フォトクロミック膜形成後に含浸処理等によって添加することも可能である。この場合、ラジカル補足能を有する化合物については、物体側表面から含浸させることが好ましい。
【0097】
また、フォトクロミック液においては、成膜時の均一性を向上させるために、界面活性剤、レベリング剤等を含有させることが好ましく、特にレベリング性を有するシリコーン系・フッ素系レベリング剤を添加することが好ましい。その添加量としては、特に限定されないが、フォトクロミック液全量に対し、通常0.01?1.0質量%であり、0.05?0.5質量%の範囲が好ましい。
【0098】
本発明においては、フォトクロミック液に、密着性を向上させるために通常添加される各種成分(カップリング剤等の密着剤、またはカップリング剤の重合触媒)を添加しないことが好ましい。これにより、後述するように注型重合によりレンズを製造する場合、フォトクロミック膜付きの成形体を成形型から取り出すことが容易になる。また、シランカップリング剤等を含む塗布液は、液保存時に自己重合により液寿命(ポットライフ)が低下するため、そのような成分を含まないことは、作業性の面から好ましい。
【0099】
本発明において、フォトクロミック液の調製方法は特に限定されず、所定量の各成分を秤取り混合することにより行うことができる。なお、各成分の添加順序は特に限定されず全ての成分を同時に添加してもよいし、モノマー成分のみを予め混合し、重合させる直前にフォトクロミック色素や他の添加剤を添加・混合してもよい。
前記フォトクロミック液は、25℃での粘度が20?500cpであることが好ましく、50?300cpであることがより好ましく、60?200cpであることが特に好ましい。この粘度範囲とすることにより、フォトクロミック液の塗布が容易となり、所望の厚さのフォトクロミック膜を容易に得ることができる。
【0100】
(2)硬化条件
本発明のフォトクロミックレンズを注型重合法によって製造する場合には、まず、レンズの一方の面を形成するためのモールドの片面にフォトクロミック液を塗布し、塗布されたフォトクロミック液に硬化処理を施すことにより、モールド表面にフォトクロミック膜を形成する。その後、表面にフォトクロミック膜が形成されたモールドを使用して、レンズ基材の重合反応を行う。なお、レンズ基材の重合等の詳細は、後述する。
【0101】
モールド表面へのフォトクロミック液の塗布は、ディッピング法、スピンコート法、スプレー法等の公知の方法によって行うことができる。塗布液の粘性、面精度の点からは、スピンコート法を使用することが好ましい。塗布量は、所望のフォトクロミック膜の厚さに応じて適宜調整すればよい。メニスカス形状のレンズを形成するためには、レンズの凹面を形成すべく凸面側(使用時に眼球側)に成形面を有する凸面型と、レンズの凸面(使用時に物体側)を形成すべく凹面側に成形面を有する凹面型が用いられる。本発明では、この凹面型(モールド)上にフォトクロミック液を塗布してフォトクロミック膜を形成することにより、物体側にフォトクロミック膜を有するフォトクロミックレンズを得ることができる。レンズ上にフォトクロミック液を塗布、硬化することによりフォトクロミックレンズを製造する方法では、使用時に物体側に位置する凸面上にフォトクロミック液を塗布するため、フォトクロミック液の粘度が低い場合や塗布量が多い場合には、塗布されたフォトクロミック液が凸面から流下することがある。それに対し、前記のように凹面上にフォトクロミック液を塗布すれば、モールド表面から流下することなく安定に保持することができるという利点がある。
【0102】
前記のようにモールド表面にフォトクロミック液を塗布した後、フォトクロミック液に硬化処理を施すことにより、モールド上にフォトクロミック膜を形成することができる。この際の硬化条件を調整することによって、得られるフォトクロミック膜の硬化状態を制御することができる。硬化状態の制御のためには、光重合によって硬化処理を行うことが好ましい。この場合は、光源とモールド表面(フォトクロミック液塗布面)との距離、照度、照射エネルギー、照射時間を調整することにより、重合用の光が照射される側の面近傍は硬化し、かつ内部が未硬化状態であって、一方の面に適度な柔軟性が付与されたフォトクロミック膜を得ることができる。なお、硬化効率を上げるために、光照射を不活性雰囲気下で行うことが好ましい。
【0103】
照射する光は、フォトクロミック液に含まれる重合開始剤に応じて選択すればよいが、前述のように、フォトクロミック色素の発色により硬化反応を制御するためには、フォトクロミック色素が応答する波長の光、例えば波長150?380nmの光、好ましくは紫外線(波長200?380nm)を使用することができる。紫外線の光源としては、超高圧水銀灯、高圧水銀灯、低圧水銀灯、キセノンランプ、カーボンアーク、殺菌灯、無電極ランプ等の公知の光源を使用することができる。光源とモールド表面との距離、照射エネルギー、照射時間は、フォトクロミック液の組成や塗布量を考慮して調整することが好ましい。具体的には、照射エネルギーは1?100J/cm^(2)とすることができ、1?75J/cm^(2)することが好ましい。例えば、光源とモールド表面との距離は100?300mm、照度は100?250mW/cm^(2)、照射時間は10?400秒とすることができる。照射時間に関しては10?300秒であるとさらに好適である。
【0104】
前述のように、モールドのフォトクロミック液塗布面に対して光照射を行うことにより、少なくとも最表面が硬化し、かつ内部に未硬化の硬化性成分を含むフォトクロミック膜を形成することができる。なお、前記モールドとして光透過性の素材(例えばガラス)からなるモールドを使用し、モールドを介して光照射を行うことにより、モールド表面と対向している面近傍の硬度を調整することもできる。これにより、フォトクロミック膜の耐久性を確保することができる。但し、通常、モールド表面と対向している面は、使用時には入射面側に位置するため、モールドを介して光照射を行う場合には、入射面側でのフォトクロミック色素の動き易さを確保できる程度の光照射とすべきである。モールドを介した光照射は、フォトクロミック液塗布面に対する光照射よりも低い照射量、例えば0.1?30J/cm^(2)の照射量で行うことが好ましい。また、後述するようにフォトクロミック膜上にハードコートや反射防止膜を設ける場合には、それらによってフォトクロミック膜表面が保護されるため、モールドを介した光照射を行うことなく耐久性を確保することができる。
【0105】
また、本発明のフォトクロミックレンズは、前述のようにコーティング法によって製造することもできる。通常、レンズ基材と対向する面とは反対側の面が入射面側に配置されるため、当該面に適度な柔軟性を付与することが好ましい。よって、コーティング法を使用する場合は、レンズ基材上にフォトクロミック液を塗布した後、レンズ基材側からフォトクロミック液に対して光照射を行うことが好ましい。この方法におけるフォトクロミック液の塗布および硬化処理は、前述した方法および条件に準じて行うことができる。
但し、この方法を用いて紫外線照射によってフォトクロミック液の硬化処理を行う場合には、レンズ基材としては、紫外線吸収剤を含まないものを使用することが好ましい。レンズ基材に紫外線吸収剤が含まれている場合には、照射した紫外線の大部分はレンズ基材に吸収されてしまうため、レンズ基材と対向するフォトクロミック膜表面を接着性が確保できる程度に硬化させることが困難となる。
また、コーティング法において、レンズ基材側からの光照射とフォトクロミック液塗布面側からの光照射を併用することも可能である。但し、この場合も、注型重合法におけるモールド側からの光照射と同様に、入射面側でのフォトクロミック色素の動き易さを確保できる程度の光照射とすべきである。
【0106】
(3)フォトクロミック膜の厚さ
フォトクロミック膜の硬化状態は、フォトクロミック膜の厚さによっても調整することができる。フォトクロミック膜が過度に薄いと、照射した光の大部分が膜を透過し、膜全体の重合が進行するため、フォトクロミック膜に適度な柔軟性を付与することが困難となる。また、フォトクロミック膜において色素が動き易い部分が少なくなるため、発退色の反応速度や発色濃度を向上することが困難となる。以上の点から、フォトクロミック膜の厚さは、10μm以上であることが好ましく、20?60μmであることが更に好ましい。
【0107】
前述のようにフォトクロミック膜中の硬化状態を制御することによって、硬化性成分が硬化することによって形成された硬化樹脂と未硬化の硬化性成分を含むフォトクロミック膜を得ることができる。フォトクロミック膜中の面B(図1の態様のレンズの場合、レンズ基材と接触する面)およびその近傍は、硬化樹脂を主成分として含むことが好ましく、一方、面A(注型重合法を使用する場合、モールド表面と接触する面)およびその近傍における硬化樹脂含有率は、面Bおよびその近傍における硬化樹脂含有率より低いことが好ましい。こうして、面Aに適度な柔軟性が付与されたフォトクロミックレンズを得ることができる。なお、上記の「近傍」とは、例えば、表面からフォトクロミック層内部に至る表層部で硬度が徐々に低下する領域である。
【0108】
レンズ基材
本発明のフォトクロミックレンズにおけるレンズ基材は、通常プラスチックレンズとして使用される種々の基材を用いることができる。前記レンズ基材としては、例えば、メチルメタクリレートと一種以上の他のモノマーとの共重合体、ジエチレングリコールビスアリルカーボネートと一種以上の他のモノマーとの共重合体、ポリウレタンとポリウレアの共重合体、ポリカーボネート、ポリスチレン、ポリ塩化ビニル、不飽和ポリエステル、ポリエチレンテレフタレート、ポリウレタン、ポリチオウレタン、エン-チオール反応を利用したスルフィド樹脂、硫黄を含むビニル重合体等が挙げられる。上記中、ウレタン系が好適であるが、これらに限定されるものではない。また、前記レンズ基材は、プラスチックレンズ基材であることが好ましく、眼鏡用プラスチックレンズ基材であることが更に好ましい。
【0109】
ハードコート、反射防止膜
本発明のフォトクロミックレンズは、フォトクロミック膜上に、ハードコート層を有することができる。更に、このハードコート層上に、反射防止膜を有することもできる。
このハードコート層の材料としては、特に限定されず、公知の有機ケイ素化合物及び金属酸化物コロイド粒子よりなるコーティング組成物を使用することができる。
前記有機ケイ素化合物としては、例えば下記一般式(III)で表される有機ケイ素化合物またはその加水分解物が挙げられる。
(R^(91))_(a’)(R^(93))_(b’)Si(OR^(92))_(4-(a’+b’))・・・(III)
(式中、R^(91)は、グリシドキシ基、エポキシ基、ビニル基、メタアクリルオキシ基、アクリルオキシ基、メルカプト基、アミノ基、フェニル基等を有する有機基、R^(92)は炭素数1?4のアルキル基、炭素数1?4のアシル基または炭素数6?10のアリール基、R^(93)は炭素数1?6のアルキル基または炭素数6?10のアリール基、a’およびb’はそれぞれ0または1を示す。)
【0110】
前記R^(92)の炭素数1?4のアルキル基としては、例えば、直鎖または分岐のメチル基、エチル基、プロピル基、ブチル基等が挙げられる。
前記R^(92)の炭素数1?4のアシル基としては、例えば、アセチル基、プロピオニル基、オレイル基、ベンゾイル基等が挙げられる。
前記R^(92)の炭素数6?10のアリール基としては、例えば、フェニル基、キシリル基、トリル基等が挙げられる。
前記R^(93)の炭素数1?4のアルキル基としては、例えば、直鎖または分岐のメチル基、エチル基、プロピル基、ブチル基、ペンチル基、ヘキシル基等が挙げられる。
前記R^(93)の炭素数6?10のアリール基としては、例えば、フェニル基、キシリル基、トリル基等が挙げられる。
【0111】
前記一般式(III)で表される化合物の具体例としては、メチルシリケート、エチルシリケート、n-プロピルシリケート、i-プロピルシリケート、n-ブチルシリケート、sec-ブチルシリケート、t-ブチルシリケーテトラアセトキシシラン、メチルトリメトキシシラン、メチルトリエトキシシラン、メチルトリプロポキシシラン、メチルトリアセトキシシラン、メチルトリブトキシシラン、メチルトリプロポキシシラン、メチルトリアミロキシシラン、メチルトリフェノキシシラン、メチルトリベンジルオキシシラン、メチルトリフェネチルオキシシラン、グリシドキシメチルトリメトキシシラン、グリシドキシメチルトリエトキシシラン、α-グリシドキシエチルトリエトキシシラン、β-グリシドキシエチルトリメトキシシラン、β-グリシドキシエチルトリエトキシシラン、α-グリシドキシプロピルトリメトキシシラン、α-グリシドキシプロピルトリエトキシシラン、β-グリシドキシプロピルトリメトキシシラン、β-グリシドキシプロピルトリエトキシシラン、γ-グリシドキシプロピルトリメトキシシラン、γ-グリシドキシプロピルトリエトキシシラン、γ-グリシドキシプロピルトリプロポキシシラン、γ-グリシドキシプロピルトリブトキシシラン、γ-グリシドキシプロピルトリフェノキシシラン、α-グリシドキシブチルトリメトキシシラン、α-グリシドキシブチルトリエトキシシラン、β-グリシドキシブチルトリメトキシシラン、β-グリシドキシブチルトリエトキシシラン、γ-グリシドキシブチルトリメトキシシラン、γ-グリシドキシブチルトリエトキシシラン、δ-グリシドキシブチルトリメトキシシラン、δ-グリシドキシブチルトリエトキシシラン、(3、4-エポキシシクロヘキシル)メチルトリメトキシシラン、(3、4-エポキシシクロヘキシル)メチルトリエトキシシラン、β-(3、4-エポキシシクロヘキシル)エチルトリメトキシシラン、β-(3、4-エポキシシクロヘキシル)エチルトリエトキシシラン、β-(3、4-エポキシシクロヘキシル)エチルトリプロポキシシラン、β-(3、4-エポキシシクロヘキシル)エチルトリブトキシシラン、β-(3、4-エポキシシクロヘキシル)エチルトリフェノキシシラン、γ-(3、4-エポキシシクロヘキシル)プロピルトリメトキシシラン、γ-(3、4-エポキシシクロヘキシル)プロピルトリエトキシシラン、δ-(3、4-エポキシシクロヘキシル)ブチルトリメトキシシラン、δ-(3、4-エポキシシクロヘキシル)ブチルトリエトキシシラン、グリシドキシメチルメチルジメトキシシラン、グリシドキシメチルメチルジエトキシシラン、α-グリシドキシエチルメチルジメトキシシラン、α-グリシドキシエチルメチルジエトキシシラン、β-グリシドキシエチルメチルジメトキシシラン、β-グリシドキシエチルメチルジエトキシシラン、α-グリシドキシプロピルメチルジメトキシシラン、α-グリシドキシプロピルメチルジエトキシシラン、β-グリシドキシプロピルメチルジメトキシシラン、β-グリシドキシプロピルメチルジエトキシシラン、γ-グリシドキシプロピルメチルジメトキシシラン、γ-グリシドキシプロピルメチルジエトキシシラン、γ-グリシドキシプロピルメチルジプロポキシシラン、γ-グリシドキシプロピルメチルジブトキシシラン、γ-グリシドキシプロピルメチルジフェノキシシラン、γ-グリシドキシプロピルエチルジメトキシシラン、γ-グリシドキシプロピルエチルジエトキシシラン、γ-グリシドキシプロピルビニルジメトキシシラン、γ-グリシドキシプロピルビニルジエトキシシラン、γ-グリシドキシプロピルフェニルジメトキシシラン、γ-グリシドキシプロピルフェニルジエトキシシラン、エチルトリメトキシシラン、エチルトリエトキシシラン、ビニルトリメトキシシラン、ビニルトリアセトキシシラン、ビニルトリメトキシエトキシシラン、フェニルトリメトキシシラン、フェニルトリエトキシシラン、フェニルトリアセトキシシラン、γ-クロロプロピルトリメトキシシラン、γ-クロロプロピルトリエトキシシラン、γ-クロロプロピルトリアセトキシシラン、3、3、3-トリフルオロプロピルトリメトキシシラン、γ-メタクリルオキシプロピルトリメトキシシラン、γ-メルカプトプロピルトリメトキシシラン、γ-メルカプトプロピルトリエトキシシラン、β-シアノエチルトリエトキシシラン、クロロメチルトリメトキシシラン、クロロメチルトリエトキシシラン、N-(β-アミノエチル)γ-アミノプロピルトリメトキシシラン、N-(β-アミノエチル)γ-アミノプロピルメチルジメトキシシラン、γ-アミノプロピルメチルジメトキシシラン、N-(β-アミノエチル)γ-アミノプロピルトリエトキシシラン、N-(β-アミノエチル)γ-アミノプロピルメチルジエトキシシラン、ジメチルジメトキシシラン、フェニルメチルジメトキシシラン、ジメチルジエトキシシラン、フェニルメチルジエトキシシラン、γ-クロロプロピルメチルジメトキシシラン、γ-クロロプロピルメチルジエトキシシラン、ジメチルジアセトキシシラン、γ-メタクリルオキシプロピルメチルジメトキシシラン、γ-メタクリルオキシプロピルメチルジエトキシシラン、γ-メルカプトプロピルメチルジメトキシシラン、γ-メルカプトプロピルメチルジエトキシシラン、メチルビニルジメトキシシラン、メチルビニルジエトキシシラン等が挙げられる。
【0112】
前記金属酸化物コロイド粒子としては、例えば、酸化タングステン(WO_(3))、酸化亜鉛(ZnO)、酸化ケイ素(SiO_(2))、酸化アルミニウム(Al_(2)O_(3))、酸化チタニウム(TiO_(2))、酸化ジルコニウム(ZrO_(2))、酸化スズ(SnO_(2))、酸化ベリリウム(BeO)、酸化アンチモン(Sb_(2)O_(5))等が挙げられ、単独又は2種以上を併用することができる。
【0113】
前記反射防止膜の材質および形成方法は特には限定されず、公知の無機酸化物よりなる単層、多層膜を使用することができる。
この無機酸化物としては、例えば、二酸化ケイ素(SiO_(2))、酸化ジルコニウム(ZrO_(2))、酸化アルミニウム(Al_(2)O_(3))、酸化ニオブ(Nb_(2)O_(5))酸化イットリウム(Y_(2)O_(3))等が挙げられる
【0114】
本発明のフォトクロミックレンズにおいて、レンズ基材、および必要に応じて設けられるハードコート、反射防止膜の厚さは特に限定されないが、レンズ基材の厚さは、例えば1?30mm、ハードコートの厚さは、例えば0.5?10μm、反射防止膜の厚さは、例えば0.1?5μmとすることができる。また、フォトクロミック膜の厚さについては、前述の通りである。
【0115】
次に、本発明のフォトクロミックレンズを製造するために好適な方法について説明する。
本発明のフォトクロミックレンズを製造する方法としては、前述のように注型重合法、コーティング法を挙げることができる。注型重合の好ましい態様としては、以下の第一工程?第四工程を含む方法を挙げることができる。但し、本発明のフォトクロミックレンズは、以下の製造方法によって得られるものに限定されるものではない。
(第一工程)レンズの一方の面を形成するための第一モールドの片面にフォトクロミック色素および硬化性成分を含有するフォトクロミック液を塗布する。
(第二工程)前記フォトクロミック液に硬化処理を施すことにより、少なくとも最表面が硬化し、かつ内部に未硬化の硬化性成分を含むフォトクロミック膜を形成する。
(第三工程)前記第一モールドとレンズの他方の面を形成するための第二モールドを、前記フォトクロミック膜の最表面が第二モールド表面と対向するように配置し、かつ前記2つのモールドの周囲に環状のガスケットを配置することにより、前記2つのモールドとガスケットによってフォトクロミック膜が内部に位置するキャビティを形成する。
(第四工程)前記キャビティ内に重合性成分を含むレンズ原料液を注入し、該キャビティ内で前記重合性成分の重合反応を行う。
前記第一工程および第二工程については、先に説明した通りである。
以下に、前記第三工程および第四工程について説明する。
【0116】
(第三工程)
第三工程では、第二工程において表面にフォトクロミック膜を形成した第一モールドを、レンズの他方の面と対向するように配置するとともに、これら2つのモールドの周囲に環状のガスケットを配置することにより、2つのモールドとガスケットによってキャビティを形成する。ここで、第一モールドは、フォトクロミック膜の最表面が第二モールド表面と対向するように配置される。これにより、フォトクロミック膜はキャビティ内部に位置することになる。
【0117】
前記モールド、ガスケットとしては、通常注型重合に使用されるものをそのまま使用することができるが、モールドとしては、破損及びキズをつきにくくするために化学強化処理を施したガラス製モールドを使用することが好ましい。
【0118】
第一モールド、第二モールドおよびガスケットを前記のように配置することにより構成されたレンズ鋳型の概略図を、図3に示す。以下、図3に基づいて第三工程について説明する。但し、本発明は、図3に示す態様に限定されるものではない。
【0119】
図3中、レンズ鋳型1は、レンズの前面(凸面)を形成すべく凹面側に成形面を有する凹面型である第一モールド10、レンズの後面(凹面)を形成すべく凸面側に成形面を有する凸面側に成形面を有する第二モールド11、およびガスケット12によって内部にキャビティ13が形成されている。ガスケット12は、ガスケットの外周ホルダーとして機能し、レンズの厚さを決める役割を果たす。
【0120】
第一モールドおよび第二モールドは、製造治具にて取り扱い可能な非転写面(非使用面101、111)とレンズの光学表面を転写させるための転写面(使用面102、112)を有する。使用面102、112はレンズの光学面形状および表面状態を転写する面である。使用面102上には、第二工程においてフォトクロミック膜が形成されている。
【0121】
フォトクロミック膜が酸化防止剤を含む場合には、フォトクロミック膜を形成した第一モールドに対し、キャビティ形成前にアニールを施すことが好ましい。これにより、キャビティ内でフォトクロミック膜に含まれる酸化防止剤がレンズ原料液に溶出することを防ぐことができる。アニール条件は、適宜設定することができる。
【0122】
本発明では、第一モールド表面に形成されたフォトクロミック膜の最表面に対して、前記のキャビティ形成に先立って、UVオゾン、プラズマ処理等のドライエッチング処理を行うことが好ましい。前記処理を行うことにより、密着剤を使用することなく、レンズ基材とフォトクロミック膜との密着性を高めることができる。なお、フォトクロミック膜が密着剤を含まないことによって得られる効果については、前述の通りである。
【0123】
前記UVオゾン処理を施すことにより、フォトクロミック膜表面において、分子レベルで結合が切れ、親水性の高い官能基(例えば、-OH,-CHO,-COOH)が発現し、レンズ基材に含まれる物質がフォトクロミック膜成分と結合することにより、レンズ基材とフォトクロミック膜の密着性が向上すると考えられる。また、UVオゾン処理によってフォトクロミック膜に含まれる不純物が洗浄されるため、これら不純物によってレンズ基材との密着性が阻害されなくなることも、密着性向上に寄与すると考えられる。
【0124】
図4に、UVオゾン処理の一例を示す。UVオゾン処理は、図4に示すようにUVランプ下にフォトクロミック膜を形成したモールドをフォトクロミック膜が表面に位置するように配置して行うことができる。ここで、UVランプとフォトクロミック膜表面との距離は、照射エネルギーが1?10mW/cm^(2)程度の場合には、10?20cmとすることが好ましい。また、処理時間は、例えば5?600秒とすることができる。
【0125】
また、プラズマ処理の場合、処理条件としては出力100?300W、処理時間10?300秒が好ましい。導入ガスは特に限定されないが、大気、酸素、窒素等を使用できる。
【0126】
(第四工程)
第四工程は、第三工程において形成されたキャビティ内へレンズ原料液を注入し、レンズ基材の重合とレンズ基材上へのフォトクロミック膜の形成を行う工程である。
キャビティ内へ注入されるレンズ原料液は、先に説明したレンズ基材を構成する各種ポリマーの原料モノマー、オリゴマーおよび/またはプレポリマーを含むことができ、共重合体を形成するために2種以上のモノマーの混合物を含むこともできる。レンズ原料液には、必要があればモノマーの種類に応じて選択した触媒を添加することもできる。また、レンズ原料液には、前述のように各種添加剤を含むこともできる。
【0127】
なお、従来のように、プラスチックレンズ上にフォトクロミック色素を含む塗布液を塗布し、該塗布液を硬化することによりフォトクロミック膜付きレンズを得る方法では、紫外線照射によりフォトクロミック膜を形成する場合には、レンズ基材に紫外線吸収剤が含まれると、レンズ基材側から紫外線照射を行っても、照射した紫外線の大部分はレンズ基材に吸収されてしまう。従って、この場合には、フォトクロミック膜側から紫外線照射をすることになる。しかし、この方法では、フォトクロミック膜のレンズ基材と対向する面の硬度を、他方の面より高めることは難しい。それに対し、本発明のフォトクロミックレンズの製造方法によれば、フォトクロミック膜には予め所望の硬度となるように硬化処理を施すことができるため、レンズ基材に紫外線吸収剤が含まれていても、前記基材上に所望の硬度を有するフォトクロミック膜を形成することができる。そのため、注型重合法は、レンズ基材に紫外線吸収剤を含むフォトクロミックレンズを得る方法として、特に好適である。
【0128】
前記キャビティ内へのレンズ原料液の注入およびその後の重合反応は、通常の注型重合と同様に行うことができる。本発明では、前記のようにフォトクロミック膜の硬化処理を光重合によって行うことが好ましく、他方、レンズ基材の硬化処理は、熱重合によって行うことが好ましい。フォトクロミック膜とレンズ基材の硬化処理を、同種の重合反応によって行う場合には、一方の重合反応により他方が影響を受けてしまうため、特に注型重合法においては、フォトクロミック膜とレンズ基材の重合状態を別個に制御することは困難となる。それに対し、光重合によって形成されたフォトクロミック膜をキャビティ内でレンズ基材上に形成する場合、レンズ基材の硬化を加熱によって行えば、この加熱によってはフォトクロミック膜の重合が進行することはないため、所定の硬化状態を維持した状態のフォトクロミック膜をレンズ基材上に形成することができる。
【0129】
レンズ基材の硬化のための加熱の条件は、レンズ原料液中の重合性成分の種類や組成(混合物の場合)さらには触媒の種類等により適宜調整できる。そして重合が完了した後にフォトクロミック膜がコーティングされたレンズの形状の成形体を鋳型より離型する。
以上の工程により、フォトクロミックレンズを得ることができる。また、得られたフォトクロミックレンズに対しては、ハードコート、反射防止膜等の各種コーティングを公知の方法で形成することもできる。
【0130】
[フォトクロミックレンズの製造方法]
本発明のフォトクロミックレンズの製造方法は、以下の工程を行うことにより、レンズ基材上にフォトクロミック膜を有するフォトクロミックレンズを得るものである。
(第一工程)レンズの一方の面を形成するための第一モールドの片面にフォトクロミック色素および硬化性成分を含有するフォトクロミック液を塗布する。
(第二工程)前記フォトクロミック液に硬化処理を施すことにより、最表面が500?5000nmの超微小押し込み硬さを有し、かつ第一モールドと対向する面の超微小押し込み硬さが前記最表面の超微小押し込み硬さより大きいフォトクロミック膜を形成する。
(第三工程)前記第一モールドとレンズの他方の面を形成するための第二モールドを、前記フォトクロミック膜の最表面が第二モールド表面と対向するように配置し、かつ前記2つのモールドの周囲に環状のガスケットを配置することにより、前記2つのモールドとガスケットによってフォトクロミック膜が内部に位置するキャビティを形成する。
(第四工程)前記キャビティ内に硬化性成分を含むレンズ原料液を注入し、該キャビティ内で前記硬化性成分の硬化反応を行う。
【0131】
本発明のフォトクロミックレンズの製造方法では、注型重合前に、レンズ原料液が接触するフォトクロミック膜最表面を硬化させ所定の硬度を持たせる。これにより、注型重合時にフォトクロミック膜最表面近傍において、レンズ原料液とフォトクロミック膜の未硬化部分とが混ざり合うことを防ぐことができる。界面での混ざり合いは曇りや脈理の原因となるため、前記のように界面での混ざり合いを防ぐことによって優れた光学特性を有するフォトクロミックレンズを得ることができる。
更に、本発明のフォトクロミックレンズの製造方法では、フォトクロミック膜の第一モールドと対向する面の硬度を他方の面の硬度より下げ、使用時に入射面側となる面近傍に適度な柔軟性(流動性)を付与する。これにより、フォトクロミック膜の物体側表層部での光応答性を顕著に高めることができる。この点については先に説明した通りである。
こうして、本発明によれば、優れた光応答性と光学特性を兼ね備えたフォトクロミックレンズを得ることができる。
以下に、前記第一?第四工程の詳細を説明する。
【0132】
(第一工程)
本工程では、レンズの一方の面を形成するためのモールド(第一モールド)の片面に、フォトクロミック液を塗布する。
フォトクロミック液は、少なくともフォトクロミック色素と硬化性成分を含み、任意に重合開始剤、各種添加剤を含むことができる。各成分および塗布方法の詳細は、先に説明した通りである。
【0133】
(第二工程)
本工程では、第一モールド上に塗布されたフォトクロミック液に硬化処理を施すことにより、第一モールド上にフォトクロミック膜を形成する。この際の硬化状態を調整することによって、得られるフォトクロミック膜の硬化状態を制御し、各面に所望の硬度(超微小押し込み硬さ)を持たせることができる。
【0134】
フォトクロミック膜の硬化状態は、(1)フォトクロミック液の組成、(2)硬化条件、(3)フォトクロミック膜の厚さ、によって制御することができる。上記(1)?(3)の詳細は、先に説明した通りである。本工程におけるフォトクロミック膜の硬化処理は、光重合、熱重合のいずれによって行ってもよいが、両面で異なる硬度を有するフォトクロミック膜を得るためには、硬化状態の部分的制御が容易な光重合を用いることが好ましい。光重合を用いる場合、第一モールドのフォトクロミック液塗布面に対して光照射を行うことにより、光照射側の面(フォトクロミック膜最表面)近傍は硬化し、かつ内部が未硬化状態であって、一方の面に適度な柔軟性が付与されたフォトクロミック膜を得ることができる。
【0135】
本発明のフォトクロミックレンズの製造方法では、前述のようにフォトクロミック膜の硬化状態を制御することにより、フォトクロミック膜最表面の超微小押し込み硬度を500?5000nmとする。最表面(注型重合時にフォトクロミック液と接する面)の超微小押し込み硬度が500nm未満では、レンズ基材とフォトクロミック膜との密着性が弱くなりフォトクロミックレンズの耐久性が低下するという問題がある。一方、最表面の超微小押し込み硬さが5000nmを超えると、注型重合時に、フォトクロミック膜の未硬化部分とレンズ原料液との混ざり合いが生じ、これによりレンズ内に曇りや脈理が生じて光学特性が低下するという問題がある。フォトクロミック膜最表面の超微小押し込み硬さの下限は、好ましくは600nm、更に好ましくは1000nm、特に好ましくは2500nmであり、その上限は、好ましくは3500nmである。
【0136】
本発明のフォトクロミックレンズの製造方法では、フォトクロミック膜最表面の超微小押し込み硬さを上記範囲とした上で、その反対の面(第一モールド表面と対向する面)の超微小押し込み硬さを最表面よりも大きくする。このように使用時に物体側(入射面側)となる面を柔軟にすることにより、該面近傍でフォトクロミック色素が動き易い状態となる。これにより、所定の波長の光が入射するとすばやく応答して高濃度で発色し、かつ所定の波長の光がない環境下に置かれると速やかに退色するフォトクロミック膜を得ることができる。
【0137】
フォトクロミック膜の第一モールドと対向する面の超微小押し込み硬さは、800?5000nmの範囲であることが好ましい。この面は、通常使用時に物体側に配置されるため、この面の超微小押し込み硬さを800nm以上とすることにより、物体側表面近傍でフォトクロミック色素を動き易い状態とすることができる。これにより、所定波長の光が入射するとすばやく応答して高濃度で発色し、また所定波長の光がない環境下におかれると速やかに退色するフォトクロミックレンズを得ることができる。フォトクロミック膜の第一モールドと対向する面の超微小押し込み硬さは、4000nm以下であることが更に好ましく、3500nm以下であることがより一層好ましい。また、フォトクロミック膜の第一モールドと対向する面の超微小押し込み硬さは、より好ましくは900nm以上、更に好ましくは1200nm以上、より一層好ましくは2000nm以上である。
【0138】
なお、上記効果を良好に得るためには、フォトクロミック膜の硬化とレンズ基材の硬化を異なる重合反応によって行うべきである。フォトクロミック膜とレンズ基材の硬化を同種の重合反応によって行うと、レンズ基材の重合反応時にフォトクロミック膜の重合反応も進行してしまい、第二工程において適度な柔軟性を付与した面(第一モールドと対向する面)が硬化してしまい、フォトクロミック色素の動き易さが損なわれるおそれがある。具体的には、本発明では、フォトクロミック膜の硬化は光照射によって行うことが好ましく、レンズ基材の硬化は熱重合によって行うことが好ましい。
【0139】
(第三工程、第四工程)
第三工程では、第二工程において表面にフォトクロミック膜を形成した第一モールドを、レンズの他方の面と対向するように配置するとともに、これら2つのモールドの周囲に環状のガスケットを配置することにより、2つのモールドとガスケットによってキャビティを形成する。
次いで、第四工程は、第三工程において形成されたキャビティ内へレンズ原料液を注入し、レンズ基材の重合とレンズ基材上へのフォトクロミック膜の形成を行う工程である。第三工程および第四工程の詳細は、先に説明した通りである。
【0140】
以上説明した本発明のフォトクロミックレンズの製造方法は、本発明のフォトクロミックレンズを製造するための方法として好適である。
【実施例】
【0141】
以下に、実施例により本発明を更に説明する。但し、本発明は実施例に示す態様に限定されるものではない。
【0142】
[実施例1]
1.フォトクロミック液の調製
プラスチック製容器にトリメチロールプロパントリメタクリレート20重量部、BPEオリゴマー(2,2-ビス(4-メタクリロイルオキシポリエトキシフェニル)プロパン)35重量部、EB6A(ポリエステルオリゴマーヘキサアクリレート)10重量部、平均分子量532のポリエチレングリコールジアクリレート10重量部、グリシジルメタクリレート10重量部からなるラジカル重合性単量体100重量部に、フォトクロミック色素として下記クロメン1を3重量部、ヒンダートアミン化合物(酸化防止剤)としてLS765(ビス(1,2,2,6,6-ペンタメチル-4-ピペリジル)セバケート、メチル(1,2,2,6,6-ペンタメチル-4-ピペリジル)セバケート)を5重量部、紫外線重合開始剤としてCGI-184(1-ヒドロキシシクロヘキシルフェニルケトン)を0.4重量部、CGI403(ビス(2,6-ジメトキシベンゾイル-2,4,4-トリメチルペンチルフォスフィンオキサイド)を0.1重量部添加した。その液を自転公転方式攪拌脱泡装置((株)シンキー製AR-250)にて2分間脱泡することで、フォトクロミック液を得た。得られた液の粘度は200mpa/sであった。
【0143】
【化26】

【0144】
2.フォトクロミック膜の形成
上記1.で得たフォトクロミック液を用いて、以下の工程によりモールド上にフォトクロミック膜を形成した。
(1)フォトクロミック液を約2g程度、清浄に洗浄されたガラスモールドの凹面側に滴下し、スピンコート法にて600回転で20秒間、コーティングを行った。
(2)その後、窒素雰囲気中で東芝ライラック製UVランプにてモールドの凹面側から紫外線を照射し、フォトクロミック液の硬化処理を行った。紫外線照射は、照射距離330mm、照射時間165秒で行った。
(3)モールド上に形成された硬化膜の膜厚を測定すると30ミクロンであった。
(4)次に硬化膜が付いたガラスモールドを110℃×100分の加熱処理(アニール)をした後、180秒間のUVオゾン処理(メーカー:アイグラフィック社製)を行った。
【0145】
3.注型重合
フォトクロミック膜の形成が終了したモールドを使用し、以下の工程によりフォトクロミックレンズを成形した。
(1)フォトクロミック膜を形成したモールドをレンズ凸面となるよう筒状のガスケットに押し込み、レンズ凹面となる面にはフォトクロミック膜が形成されていないモールドを所定量押し込み組み付けをしてキャビティを形成した。
(2)次に、(1)にて形成されたキャビティ内に熱硬化性ウレタン系モノマーを含むレンズ原料を注入し所定の重合プログラムにて加熱重合しモノマーを硬化させた。
(3)重合が終了し硬化したレンズからモールドを離型した。このときモールドに形成されたフォトクロミック膜がレンズに転写された。
(4)フォトクロミック膜が転写されたレンズは外周部を切削後洗浄し、所定のプログラムでアニール処理をした。
以上の工程により、凸面上にフォトクロミック膜を有するメニスカス形状のフォトクロミックレンズを得た。
【0146】
[実施例2](膜厚60μmのフォトクロミック膜形成)
実施例1の2.(1)におけるスピンコート法での回転数を300回転、時間を10秒とした。その他の処理は実施例1と同様に行い、厚さ60ミクロンのフォトクロミック膜を形成した。
【0147】
[実施例3](モールドの両面から紫外線照射)
実施例1の2.(2)における窒素雰囲気中で東芝ライラック製UVランプによるモールドの凹凸両面から紫外線を照射し、フォトクロミック液の硬化処理を行った。紫外線照射は、照射距離330mm、照射時間は凹面側が165秒、凸面側が90秒で行った。その他の処理は実施例1と同様の方法で行い、厚さ30ミクロンのフォトクロミック膜を形成した。
【0148】
[比較例](レンズ基材凸面にフォトクロミック液を塗布、凸面側から紫外線照射)
1.フォトクロミック液の調製
実施例1の成分に加えて、密着剤として、エポキシ基を有する有機ケイ素化合物(γ-グリシドキシプロピルトリメトキシシラン)4.8質量部、ラジカル重合性官能基を有する有機ケイ素化合物としてγ-メタクリロイルオキシプロピルトリメトキシシラン1.6質量部を攪拌しながら滴下した。十分に攪拌した後、N-メチルジエタノールアミン1.4質量部を秤量滴下し、さらに十分に攪拌混合を行った。その後、シリコーン系レベリング剤Y-7006(ポリオキシアルキレン・ジメチルポリシロキサンコポリマー:日本ユニカー(株)製)を0.1重量部添加混合した後、自転公転方式攪拌脱泡装置((株)シンキー製AR-250)にて2分間脱泡することで、フォトクロミック液を得た。
【0149】
2.フォトクロミックレンズの形成
プラスチックレンズ基材としてポリチオウレタン(HOYA(株)製 商品名 EYAS(紫外線吸収剤含有)、中心肉厚2.0mm厚)を60℃、10質量%の水酸化ナトリウム水溶液にて5分間浸漬処理して十分に純水洗浄、乾燥を行った後、上記1.で調製したフォトクロミック液を用いて、スピンコート法で基材凸面側のコーティングを行った。
その後、窒素雰囲気中で東芝ライラック製UVランプにてレンズの凸面側(フォトクロミック液塗布面側)から光照射し、フォトクロミック膜を硬化させた。照射距離は330mm、照射時間は165秒で行った。硬化膜の膜厚を測定すると30ミクロンであった。
さらに、110℃、100分間硬化を行い、フォトクロミック膜を有するプラスチックレンズレンズを得た。
【0150】
フォトクロミックレンズの評価
(1)密着性評価
実施例1、2、および3で得られたフォトクロミックレンズを、それぞれ1mm間隔で100目クロスカットし、粘着テープ(商品名;セロテープ、ニチバン(株))を強く貼り付け急速に剥がし、フォトクロミック膜の剥離の有無を調べた。表2に、全く剥がれないものは100/100、全て剥がれたものは0/100として表記した。
【0151】
(2)外観
実施例1、2および3で得られたフォトクロミックレンズについて、暗室内蛍光灯下にて目視判定を行った。塗膜表面にゆがみが無く均一に塗布されているものを良好と判定した。結果を表2に示す。
【0152】
(3)調光性能
(i)透過率の変化
JIS T7333に準じた以下の方法によってフォトクロミック性の評価を行った。実施例1、2および比較例で得られたフォトクロミックレンズ上のフォトクロミック膜に対し、キセノンランプを用い、エアロマスフィルターを介して15分間(900秒)、フォトクロミック膜表面(レンズ基材と対向する面とは反対の面)に対して光照射し、フォトクロミック膜を発色させた。この時の発色濃度について大塚電子工業製の分光光度計により550nmの透過率を測定した。上記光照射は、JIS T7333に規定されているように放射照度および放射照度の許容差が下記表1に示す値となるように行った。この数値が、小さいほどフォトクロミック性が優れていることを示す。退色速度は同様に15分間(900秒)光照射し、照射を止めた時点からの透過率(550nm)を測定した。時間と共に透過率が元に戻る速度が速いほど、フォトクロミック性が優れている。結果を図5に示す。図5上図は、照射(0?15分)、照射終了(15分)、照射終了後(15分?)のフォトクロミックレンズの光透過率(550nm)を示し、図5下図は、実施例1、2および比較例で得られたフォトクロミックレンズ上のフォトクロミック膜に対し、上記方法により光照射を930秒間行った際の異なる波長毎のフォトクロミックレンズの光透過率を示す。
【0153】
【表1】

【0154】
(ii)緩和時間の測定
実施例1、2および比較例で得られたフォトクロミックレンズに対し、上記(i)と同様に光照射を行い、図5上図に示す調光特性曲線においてフォトクロミック色素が発色または退色する際に一定の平衡状態に到達するまでの時間として、発色時および退色時の緩和時間を求めた。ここで「一定の平衡状態」とは、発色時は90秒間、退色時は360秒間を計測時間と規定しその間の色素の状態変化のことを示すこととし、緩和時間(一定の平衡状態に到達する時間)を以下の方法によって算出した。
まず、初期値、変色飽和値、変化量(初期値-変色飽和量)を求めた後、各時間経過後の数値=ln((各時間経過後の透過率-変色飽和値)/変化量)について経過時間(例えば30秒)毎にプロットし、線形近似曲線を作成した。作成した線形近似曲線の傾き(1/τ)を算出後、その逆数τ(sec)を求め、緩和時間とした。
結果を表3に示す。緩和時間は調光特性を示す指標であり、数値が小さいほど、変化に要する時間が短いこと、即ち発色速度および退色速度が速いことを意味する。なお、発色時については、通常、緩和時間が3秒程度異なれば発色速度の違いが目視でも確認できる。また、退色時については、通常、緩和時間が20秒程度異なれば退色速度の違いが目視でも確認できる。
【0155】
(4)フォトクロミック膜の硬度測定
(i)超微小押し込み硬さ
実施例1、2、3および比較例で得られたフォトクロミックレンズからフォトクロミック膜を剥がした。前記方法にて、実施例1、2および3のフォトクロミック膜の両面の超微小押し込み硬さを測定した。同様の方法で比較例のフォトクロミック膜の物体側表面の超微小押込み硬さを測定した。結果を表2に示す。
【0156】
(ii)インデンテーション硬さ
エリオニクス社製超微小押し込み硬さ試験機ENT-2100を用いて、荷重100mgfを加え、負荷開始から除荷までの全過程にわたって押し込み荷重P(mgf)に対応する押し込み深さh(nm)を連続的に測定し、P-h曲線を作成した。作成したP-h曲線からインデンテーション硬さHを、前述の式(1)により求めた。
【0157】
(iii)複合ヤング率
上記(ii)で作成したP-h曲線から、前述の式(2)によって複合ヤング率を求めた。
(iv)マルテンス硬さ
エリオニクス社製超微小押し込み硬さ試験機ENT-2100を用いて、荷重100mgfをかけて圧子を押し込んだ。このときに圧子の侵入した表面積を押し込み深さから測定し、「荷重/圧子の侵入した表面積」としてマルテンス硬さを求めた。
【0158】
【表2】

【0159】
【表3】

【0160】
図5上図に示すように、実施例1および2のレンズは照射開始後および照射終了後直ちに透過率が大きく変化した。これは、発退色の反応速度が高いことを示す。また、図5上図および下図に示すように、実施例1および2のレンズは、比較例のレンズと比べて照射時の光透過率が低かった。これは、光照射時の発色濃度が高いことを示す。
さらに、照射終了後には実施例1および2のレンズは比較例と比べて透過率が早く元に戻り、優れたフォトクロミック性を有していた。
実施例1、2および比較例のレンズ上のフォトクロミック膜の発退色速度を緩和時間により数値化したところ、表3に示すように実施例1および2のレンズの発退色速度は、比較例のレンズよりも速いことが確認できた。
また、実施例3のレンズについても上記と同様の測定を行ったところ、実施例1および2のレンズと同様の優れた調光性能を示した。
以上の結果からわかるように、比較例のレンズと比べて物体側表面が軟らかく、かつ物体側表面が眼球側表面に比べて軟らかい実施例1?3のフォトクロミックレンズは、優れた調光特性を有していた。
【0161】
[実施例4](ハード層、反射防止層形成)
実施例1で形成した凸面上にフォトクロミック膜を有するメニスカス形状のフォトクロミックレンズに対して下記4.5の処理を行い、ハードコート層および反射防止膜を形成した。
【0162】
4.ハードコーティング液の調整
5℃雰囲気下、変性酸化第二スズ-酸化ジルコニウム-酸化タングステン-酸化珪素複合体メタノールゾル45質量部とγ-グリシドキシプロピルトリメトキシシラン15質量部およびテトラエトキシシラン3質量部とを混合し、1時間攪拌した。その後、0.001モル/L濃度の塩酸4.5質量部を添加し、50時間攪拌した。その後、溶媒としてプロピレングリコールモノメチルエーテル(PGM)25質量部、ダイアセトンアルコール(DAA)9質量部および(C)成分であるアルミニウムトリスアセチルアセトネート(AL-AA)1.8質量部、過塩素酸アルミニウム0.05質量部を順次添加し、150時間攪拌した。得られた溶液を0.5μmのフィルターでろ過したものをコーティング組成物とした。
【0163】
5.ハードコート層の形成
実施例1で形成したフォトクロミックレンズのフォトクロミック膜表面に対して30秒間のUVオゾン処理を実施した。その後、60℃、10質量%の水酸化ナトリウム水溶液にて5分間浸漬処理して十分に純水洗浄/乾燥を行った後、前記4.で調製されたハードコーティング組成物を用いて、ディッピング法(引き上げ速度20cm/分)でコーティングを行い、110℃、60分加熱硬化することでハードコート層を形成した。
【0164】
6.反射防止膜の形成
前記5.にてハードコート層を形成したプラスチックレンズを蒸着装置に入れ、排気しながら85℃に加熱し、2.7mPa(2×10^(-5)torr)まで排気した後、電子ビーム加熱法にて蒸着原料を蒸着させて、SiO_(2)からなる膜厚0.6λの下地層、この下地層の上にTa_(2)O_(5)、ZrO_(2)、Y_(2)O_(3)からなる混合層(nd=2.05、nλ=0.075λ)とSiO_(2)層(nd=1.46、nλ=0.056λ)からなる第一屈折層、Ta_(2)O_(5)、ZrO_(2)、Y_(2)O_(3)からからなる混合層(nd=2.05、nλ=0.075λ)とSiO_(2)層からなる第2低屈折率層(nd=1.46、nλ=0.25λ)を形成して反射防止膜を施した。
以上の工程により、レンズ基材の凸面上にフォトクロミック膜、ハードコート層、および反射防止層をこの順に有するフォトクロミックレンズを得た。得られたフォトクロミックレンズについて評価した結果、密着性、外観共に問題のないレンズが得られたことが確認された。そのレンズの調光性能を前述と同様の方法で評価した。結果を図6に示す。
図6は、照射(0?900秒)、照射終了(900秒)、照射終了後(900秒)のフォトクロミックレンズの光透過率(550nm)を示す。図6からわかるように、実施例4のレンズは発退色の反応速度および発色濃度が高く、優れた光応答性を有していた。
【0165】
[実施例5](コーティング法による製造)
比較例の2.における紫外線照射方法をレンズ凸面側からレンズ凹面側へ変更し、比較例で使用したレンズ基材から紫外線吸収剤のみを除外した紫外線を透過するレンズ基材を使用した以外は比較例と同様の方法で、厚さ30ミクロンのフォトクロミック膜を有するフォトクロミックレンズを得た。得られたフォトクロミックレンズについて評価した結果、密着性、外観共に問題のないレンズが得られた。
得られたフォトクロミック膜について前記方法によって両面の超微小押し込み硬さを測定したところ、物体側は2930nm、眼球側は2010nmであった。更に、このフォトクロミックレンズに実施例4と同様の方法でハードコート層、反射防止膜層を形成した結果、密着性、外観共に問題のないレンズが得られた。加えてそのレンズの調光性能は実施例4と同等であった。
【0166】
[実施例6](ヒンダートフェノール化合物の使用)
フォトクロミック液調製時、ヒンダートアミン化合物に代えて表4記載の量のヒンダートフェノール化合物(ジブチルヒドロキシトルエン酸(BHT))を使用した以外は実施例1と同様の方法でフォトクロミックレンズを作製した。得られたレンズについて、前述の方法により光照射時に入射面側となる面の超微小押し込み硬さを測定した。結果を表4に示す。以下に示す添加量は、ラジカル重合性単量体100gに対する質量部を示す。
【0167】
【表4】

【0168】
得られたフォトクロミックレンズについて、以下の方法によりフォトクロミック性能(退色性)を評価した。結果を表5に示す。
(退色半減期の測定)
各フォトクロミックレンズ上のフォトクロミック膜に対し、キセノンランプを用い、エアロマスフィルターを介して15分間(900秒)、フォトクロミック膜表面(レンズ基材と対向する面とは反対の面)に対して光照射し、フォトクロミック膜を発色させた後、光照射を止めフォトクロミック膜を退色させた。大塚電子工業製の分光光度計により波長550nmにおける透過率を測定し、得られた分光光度スペクトルから最大発色時および退色時の透過率を求め、更に下記方法により算出される第1?第3半減期における透過率を求めた。
第1半減期=最大発色時?透過率が[(退色時透過率)-(最大発色時透過率)]/2の値となるまでに要する時間:
第2半減期=最大発色時?透過率が[(退色時透過率)-(第1半減期透過率)]/2の値となるまでに要する時間:
第3半減期=最大発色時?透過率が[(退色時透過率)-(第2半減期透過率)]/2の値となるまでに要する時間。
【0169】
【表5】

例).添加量0phmの場合の半減期の求め方(1/100は切り捨て)
第1半減期:
(90.7-18.8)/2+18.8=54.75%
…第1半減期は、透過率が18.8%から54.7%に戻るまでに要する時間
第2半減期:
(90.7-54.75)/2+54.75=72.75%
…第2半減期は、透過率が18.8%から72.7%に戻るまでに要する時間
第3半減期:
(90.7-72.75)/2+72.75=81.725%
…第3半減期は、透過率が18.8%から81.7%に戻るまでに要する時間
【0170】
表4から、ヒンダートフェノール化合物の添加量増加とともに超微小押し込み硬さの数値が大きくなり、フォトクロミック膜が柔軟になったことが確認できる。
表5から、ヒンダートフェノール化合物の添加量増加とともにフォトクロミック膜の第1半減期が小さくなり退色速度が速くなったことが確認できる。第2半減期、第3半減期についても同様の傾向が見られた。
【0171】
本発明のフォトクロミックレンズは、優れた調光性能を有し、眼鏡レンズとして好適である。
【図面の簡単な説明】
【0172】
【図1】フォトクロミック膜を有するフォトクロミックレンズの一例を示す。
【図2】超微小押し込み硬さの測定方法の概略図を示す。
【図3】本発明のフォトクロミックレンズを製造するために使用可能なレンズ鋳型の概略図を示す。
【図4】UVオゾン処理の一例を示す。
【図5】実施例1、2および比較例で得られたフォトクロミックレンズ上のフォトクロミック膜の発色濃度、発退色速度の測定結果を示す。
【図6】実施例4で得られたフォトクロミックレンズの調光性能の測定結果を示す。
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
フォトクロミック色素および樹脂成分を含有するフォトクロミック膜であって、少なくとも一方の面Aの超微小押し込み硬さは800nm以上であるフォトクロミック膜。
【請求項2】
前記面Aは、使用時に入射面側に配置される請求項1に記載のフォトクロミック膜。
【請求項3】
前記面Aの超微小押し込み硬さは、他方の面Bの超微小押し込み硬さより大きい請求項1または2に記載のフォトクロミック膜。
【請求項4】
前記面Bの超微小押し込み硬さは、500?5000nmの範囲である請求項3に記載のフォトクロミック膜。
【請求項5】
前記樹脂成分は、硬化性成分が硬化することにより形成された硬化樹脂および未硬化の硬化性成分を含み、
前記面Bおよびその近傍は、前記硬化樹脂を主成分として含み、
前記面Aおよびその近傍における硬化樹脂含有率は、面Bおよびその近傍における硬化樹脂含有率より低い請求項3または4に記載のフォトクロミック膜。
【請求項6】
前記硬化性成分は、紫外線硬化性成分である請求項5に記載のフォトクロミック膜。
【請求項7】
ヒンダートアミン化合物および/またはヒンダートフェノール化合物を更に含む請求項1?6のいずれか1項に記載のフォトクロミック膜。
【請求項8】
レンズ基材上にフォトクロミック膜を有するフォトクロミックレンズであって、前記フォトクロミック膜は、請求項1?7のいずれか1項に記載のフォトクロミック膜であって、かつ面Aが入射面側に位置するようにレンズ基材上に配置されている、前記フォトクロミックレンズ。
【請求項9】
前記フォトクロミック膜は、面Aの他方の面Bがレンズ基材表面と対向するように配置されている請求項8に記載のフォトクロミックレンズ。
【請求項10】
前記レンズ基材は、熱硬化性成分を含むレンズ原料液を加熱することによって得られた成形品である請求項8または9に記載のフォトクロミックレンズ。
【請求項11】
前記フォトクロミック膜のレンズ基材表面と対向する面とは反対の面上にハードコートおよび/または反射防止膜を更に有する請求項8?10のいずれか1項に記載のフォトクロミックレンズ。
【請求項12】
レンズの一方の面を形成するための第一モールドの片面にフォトクロミック色素および硬化性成分を含有するフォトクロミック液を塗布し、
前記フォトクロミック液に硬化処理を施すことにより、最表面が500?5000nmの超微小押し込み硬さを有し、かつ第一モールドと対向する面の超微小押し込み硬さが前記最表面の超微小押し込み硬さより大きいフォトクロミック膜を形成し、
前記第一モールドとレンズの他方の面を形成するための第二モールドを、前記フォトクロミック膜の最表面が第二モールド表面と対向するように配置し、かつ前記2つのモールドの周囲に環状のガスケットを配置することにより、前記2つのモールドとガスケットによってフォトクロミック膜が内部に位置するキャビティを形成し、
前記キャビティ内に硬化性成分を含むレンズ原料液を注入し、該キャビティ内で前記硬化性成分の硬化反応を行い、レンズ基材上にフォトクロミック膜を有するフォトクロミックレンズを得るフォトクロミックレンズの製造方法。
【請求項13】
前記硬化処理は、フォトクロミック膜の第一モールドと対向する面の超微小押し込み硬さが800?5000nmの範囲となるように行われる請求項12に記載のフォトクロミックレンズの製造方法。
【請求項14】
前記フォトクロミック膜形成後であって前記キャビティの形成前に、フォトクロミック膜の最表面に対してUVオゾンまたはプラズマによるドライエッチング処理を施す請求項12または13に記載のフォトクロミックレンズの製造方法。
【請求項15】
フォトクロミック膜に含まれる硬化性成分は光硬化性成分であり、前記硬化処理は光照射により行われる請求項12?14のいずれか1項に記載のフォトクロミックレンズの製造方法。
【請求項16】
前記光照射は、前記第一モールドのフォトクロミック液塗布面に対して光照射を行うことを含む請求項15に記載のフォトクロミックレンズの製造方法。
【請求項17】
前記第一モールドは光透過性を有し、
前記光照射は、第一モールドを介して第一モールドに塗布されたフォトクロミック液に対して光照射を行うことを含む請求項15または16に記載のフォトクロミックレンズの製造方法。
【請求項18】
前記照射される光の波長は150?380nmの範囲である請求項15?17のいずれか1項に記載のフォトクロミックレンズの製造方法。
【請求項19】
前記第一モールドを介した光照射は、前記フォトクロミック液塗布面に対する光照射よりも低い照射量で行われる請求項17または18に記載のフォトクロミックレンズの製造方法。
【請求項20】
前記第一モールドを介した光照射は、0.1?30J/cm^(2)の照射量で行われ、前記フォトクロミック液塗布面に対する光照射は、1?100J/cm^(2)の照射量で行われる請求項19に記載のフォトクロミックレンズの製造方法。
【請求項21】
前記レンズ原料液に含まれる硬化性成分は、熱硬化性成分であり、前記硬化反応は加熱により行われる請求項12?20のいずれか1項に記載のフォトクロミックレンズの製造方法。
【請求項22】
前記レンズ原料液は紫外線吸収剤を含む請求項12?21のいずれか1項に記載のフォトクロミックレンズの製造方法。
【請求項23】
前記フォトクロミック液はヒンダートアミン化合物および/またはヒンダートフェノール化合物を更に含む請求項12?22のいずれか1項に記載のフォトクロミックレンズの製造方法。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
審決日 2013-06-11 
出願番号 特願2008-522370(P2008-522370)
審決分類 P 1 41・ 852- Y (G02B)
最終処分 成立  
前審関与審査官 濱野 隆  
特許庁審判長 伊藤 昌哉
特許庁審判官 神 悦彦
土屋 知久
登録日 2012-06-01 
登録番号 特許第5005688号(P5005688)
発明の名称 フォトクロミック膜およびそれを有するフォトクロミックレンズ、ならびにフォトクロミックレンズの製造方法  
代理人 特許業務法人特許事務所サイクス  
代理人 特許業務法人特許事務所サイクス  

プライバシーポリシー   セキュリティーポリシー   運営会社概要   サービスに関しての問い合わせ