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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 A61K
管理番号 1277369
審判番号 不服2010-24494  
総通号数 165 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2013-09-27 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2010-10-29 
確定日 2013-07-31 
事件の表示 特願2000-565916「骨の靭性、及び、剛性を増し、骨折を減少させる方法」拒絶査定不服審判事件〔平成12年 3月 2日国際公開、WO00/10596、平成14年 7月30日国内公表、特表2002-523375〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 1.手続の経緯
本願は、1999年8月19日(パリ条約による優先権主張 1998年8月19日(US)アメリカ合衆国、1998年9月10日(US)アメリカ合衆国)を国際出願日とする出願であって、平成22年6月23日付けで拒絶査定がなされ、これに対し、平成22年10月29日に拒絶査定不服審判が請求されたものである。


2.本願発明
本願の請求項1?6に係る発明は、平成21年12月4日付け手続補正書の特許請求の範囲の請求項1?6に記載された事項により特定されるものであるところ、その請求項1に係る発明(以下「本願発明」という。)は次のとおりのものである。
「【請求項1】 骨粗鬆症の危険のある、または有するヒト患者における椎骨および非椎骨の骨折の両方の危険を同時に減少させるための薬剤を製造するためのヒト副甲状腺ホルモンのアミノ酸配列1-34からなる副甲状腺ホルモンの使用であって、該薬剤は少なくとも12月、3年までの間、1日用量20μgで、ビタミンDまたはカルシウム以外の抗再吸収剤の同時投与なしに該ヒト患者に皮下注射により投与する使用。」


3.引用例に記載された事項
(1)原査定の拒絶の理由に引用された、本願の優先日前に頒布された刊行物である特開平7-179358号公報(以下「引用例1」という。)には、以下の事項が記載されている。
(ア)「【0010】発明の要旨
したがって、骨粗鬆症のヒトに対し骨質量を増加させるような方法を提供することが本発明の目的である。骨粗鬆症のヒトに対し骨質量を増加させるために使用することができる医薬組成物を提供することも本発明のもう一つの目的である。以下の記載から更に容易に明らかとなるように、本発明のこれらの、そして他の目的は、ヒトの骨質量を増加させる方法を提供することによって達成されたのであるが、その方法とは、副甲状腺ホルモン又はその生理学上活性なフラグメントもしくはその等価物を、(a)ヒドロキシル化ビタミンD化合物、又はその構造的もしくは機能的類似物、あるいは(b)カルシウム補助食と組合せて前記ヒトに投与することからなるものである。
・・・
【0012】副甲状腺ホルモンは骨形成を促進するようである。ヒドロキシル化ビタミンD成分は、カルシウムの腸管吸収を増大させ、しかも、直接に又はその腸管からのカルシウム吸収効果を介して骨代謝に有効な影響を与えるという作用をなすらしい。」(【0010】?【0012】)

(イ)「【0014】本発明方法に含まれる第1の成分は“副甲状腺ホルモン”又はそのフラグメントであり、以後“PTHF”と略記する。・・・ヒト副甲状腺ホルモンの最初の34個のアミノ酸残基からなるPTHF(以後、“hPTHF1‐34”と略記する)の使用は、ヒトに使用する場合には特に好ましい。」(【0014】?【0017】)

(ウ)「【0018】hPTHF1‐34の投与量範囲は、例えば、100?700単位/日、更に好ましくは200?600単位/日、最も好ましくは400?500単位/日であり、ここで“単位”は、hPTHF1‐34の国際標準品および確立された一つのPTH生物検定法における比較生物検定とによって定義づけられる。各種PTH類似物の効力比は各々の検定法毎に異なる。“単位”はチック高カルシウム血症検定に基づき表わされている。」(【0018】)

(エ)「【0026】成分は、注射、急速注入、鼻咽腔吸収、皮膚吸収によって非経口的に、更には経口的に投与することができる。」(【0026】)

(オ)「【0028】上記の開示は本発明を一般的に説明する。更に完全な理解は下記具体例を参照して得ることができるが、下記例はここでは説明だけの目的で挙げられているのであって、他に指摘のない限り限定させるためのものではない。
例 1
本発明の方法および組成物の効果をヒトの患者で調べた。骨粗鬆症の3人の成人男性に、正常のカルシウム食(15?20mmol/日)をとらせる一方で、6?12か月間にわたり毎日ヒト副甲状腺ホルモンフラグメント(hPTHF1‐34)500単位及び1,25‐ジヒドロキシビタミンD_(3) (1,25‐(OH)_(2) D_(3))0.25μgを投与した。4人目の患者には、高カルシウム摂取(総摂取量50mmol Ca /日以上)を受けさせる一方で、同量の副甲状腺ホルモンフラグメントを投与した。カルシウムとリンのバランスを考慮したこれらの治療の効果は表2に示されている。骨密度に関するこれらの治療効果は表3に示されている。
【0029】・・・骨皮質密度は、前腕において、放射性^(125)Iフォトンの減衰を橈骨軸によって測定することにより決定した。骨梁密度は、脊椎において、腰椎体のコンピュ?タX線断層撮影定量法によって決定した。これらの技術は当業者によりこのような目的のために広く利用されている。
【0030】
【表2】
・・・
【0031】3人のこれら同様の患者の前腕において、骨皮質密度が継続して維持されていることは表3に示されている。コントロ?ル測定は各人について数か月にわたり行なわれたが、治療効果は数か月の間隔で行なわれた測定値にも反映されている。
【表3】

【0032】コンピュ?タ断層撮影法を患者4の脊椎における骨密度を測定するために採用した。これらの測定は、3つの腰椎(L1?L3)について行なわれた。位置確認用の探察画像を用いて、中間脊椎の1つの1cm厚断層を得た。最初の一連の走査後、患者を自由に動かせ、しかる後2回目の測定を行なった。走査結果は表4に示されている。

表4に示された治療11か月後の骨密度は、この患者の年令の男性平均よりも標準偏差が約2低い。本発明方法による治療終了時の骨密度測定値は、9か月の治療期間後と比べて、約20%の骨密度の上昇が見られる。
【0033】例 2
特発性骨粗鬆症の5人の成人男性を、例1に記載した投与量にて、hPTHF(1‐34)及び1,25‐(OH)_(2) D_(3)(患者5?8)、又はhPTHF(1‐34)及びカルシウム(患者4)で治療した。この試験結果は図1に図示されている。各腰椎体は骨梁密度測定値はK_(2) HPO_(4) に換算して示されている。すべての患者が、治療期間中、椎骨梁密度の著しい増加を示した。患者4は治療を中止した治療20か月目まで骨密度の安定した増加を示した。治療中止後14か月目に骨密度を測定したところ、この患者の骨密度は再び低下した。このことは更に、脊椎の骨梁密度に及ぼす骨粗鬆症の影響を解消させる本発明の組合せ療法の有効性を示すものである。患者7及び8では、治療前に脊椎の破損があったため、数個の椎骨については測定が不可能であった。これらの図は、これら患者の骨梁密度に対する漸進的で一貫した改善効果を示している。骨皮質密度を、これら同一の患者の前腕において、治療前及び治療中3か月毎に測定した。密度測定では一定の変化は見られなかった。本発明はこのように充分に開示されているが、前記発明の精神又は範囲から逸脱しない限り、多くの変更及び修正を加えることができることは当業者にとって明らかであろう。
・・・
【図1】

」(【0028】?【0033】及び【図1】)

同じく、原査定の拒絶の理由に引用された、本願の優先日前に頒布された刊行物であるLINDSAY,R. et al, Randomised controlled study of effect of parathyroid hormone on vertebral-bone mass and fracture incidence among postmenopausal women on oestrogen with osteoporosis, Lancet, 1997, Vol.350, No.9077, p.550-5(以下「引用例2」という。)には、以下の事項が記載されている。(引用例2は英語で記載されているので、訳文で示す。)
(カ)「骨粗鬆症に罹患しエストロゲン治療を受けている閉経後女性の間での脊椎骨量と骨折発生率における副甲状腺ホルモンの効果についての、ランダムにコントロールされた研究」(550ページのタイトル部分)

(キ)「方法
我々は、骨粗鬆症に罹患しホルモン置換療法を受けている閉経後女性(n=17)における、1-34ヒト副甲状腺ホルモン(hPTH[1-34]、400U/25μg 毎日 皮下注射)の効果を見いだすために、3年間の、ランダムにコントロールされた試験を行った。」(550ページ左欄9?13行)

(2)引用例1の記載事項(ア)によれば、引用例1には、骨粗鬆症のヒトに対し骨質量を増加させるような方法、及び、その方法に使用することができる医薬組成物が記載され、その方法とは、副甲状腺ホルモン又はその生理学上活性なフラグメントもしくはその等価物を、(a)ヒドロキシル化ビタミンD化合物など、あるいは(b)カルシウム補助食と組合せて前記ヒトに投与することからなるものであることが記載されている。また、副甲状腺ホルモンは骨形成を促進するようであり、ヒドロキシル化ビタミンD成分は、カルシウムの腸管吸収を増大させ、しかも、直接に又はその腸管からのカルシウム吸収効果を介して骨代謝に有効な影響を与えるという作用をなすらしい、という説明も記載されている。また、同記載事項(イ)によれば、該副甲状腺ホルモンとして、ヒト副甲状腺ホルモンの最初の34個のアミノ酸残基からなるPTHF(hPTHF1‐34)の使用は、ヒトに使用する場合には特に好ましいことが記載され、同記載事項(ウ)によれば、hPTHF1‐34の投与量範囲は、例えば、100?700単位/日、更に好ましくは200?600単位/日、最も好ましくは400?500単位/日であることが記載され、同記載事項(エ)によれば、注射、急速注入、鼻咽腔吸収、皮膚吸収によって非経口的に、更には経口的に投与することができることが記載されている。さらに同記載事項(オ)によれば、具体例として、骨粗鬆症の3人の成人男性に、正常のカルシウム食をとらせる一方で、6?12か月間にわたり毎日ヒト副甲状腺ホルモンフラグメント(hPTHF1‐34)500単位及び1,25‐ジヒドロキシビタミンD_(3) を投与したこと、及び、4人目の患者には、高カルシウム摂取を受けさせる一方で、同量の副甲状腺ホルモンフラグメントを投与したこと、「患者4」なる患者について、「治療を中止した治療20か月目まで骨密度の安定した増加を示した」こと、が記載されている。ここで、同記載事項(オ)の内容からみて、上記「4人目の患者」と「患者4」は同一人物であると解されるから、この患者については、20か月間にわたり毎日ヒト副甲状腺ホルモンフラグメント(hPTHF1‐34)500単位を投与したことが記載されているといえる。
そうすると、これら引用例1の記載を総合すれば、引用例1には、以下の発明(以下「引用発明」という。)が記載されているものと認められる。
「骨粗鬆症のヒト患者における骨質量を増加させるための医薬組成物を製造するためのヒト副甲状腺ホルモンの最初の34個のアミノ酸残基からなるPTHF(hPTHF1‐34)の使用であって、該医薬組成物は、20か月間にわたり、例えば、100?700単位/日、更に好ましくは200?600単位/日、最も好ましくは400?500単位/日、具体例として毎日500単位、で、ヒドロキシル化ビタミンD化合物など、あるいは、カルシウム補助食と組合せて、該ヒト患者に、注射、急速注入、鼻咽腔吸収、皮膚吸収によって非経口的に、更には経口的に投与する使用。」


4.対比
本願発明と引用発明とを対比する。
まず、引用発明にいう「骨粗鬆症のヒト患者」は、本願発明にいう「骨粗鬆症の危険のある、または有するヒト患者」に相当し、引用発明にいう「医薬組成物」は、本願発明にいう「薬剤」に相当し、引用発明にいう「ヒト副甲状腺ホルモンの最初の34個のアミノ酸残基からなるPTHF(hPTHF1‐34)」は、本願発明にいう「ヒト副甲状腺ホルモンのアミノ酸配列1-34からなる副甲状腺ホルモン」に相当するものである。また、引用発明にいう「ヒドロキシル化ビタミンD化合物など、あるいは、カルシウム補助食と組合せて、」は、本願発明にいう「ビタミンDまたはカルシウム以外の抗再吸収剤の同時投与なしに」に相当する事項であるといえる。また、引用発明にいう「20か月間にわたり、」は、本願発明にいう「少なくとも12月、3年までの間、」に包含される期間であるから、該「少なくとも12月、3年までの間、」に相当する事項であるといえる。そして、引用発明にいう「例えば、100?700単位/日、更に好ましくは200?600単位/日、最も好ましくは400?500単位/日、具体例として毎日500単位、で、」も、本願発明にいう「1日用量20μgで、」も、特定の投与量であることに変わりはないし、引用発明にいう「骨質量を増加させる」も、本願発明にいう「椎骨および非椎骨の骨折の両方の危険を同時に減少させる」も、骨粗鬆症を改善させる作用であることに変わりはない。

したがって、両者は、
「骨粗鬆症の危険のある、または有するヒト患者における骨粗鬆症を改善させるための薬剤を製造するためのヒト副甲状腺ホルモンのアミノ酸配列1-34からなる副甲状腺ホルモンの使用であって、該薬剤は少なくとも12月、3年までの間、特定の投与量で、ビタミンDまたはカルシウム以外の抗再吸収剤の同時投与なしに該ヒト患者に投与する使用。」
である点で一致し、以下の点で相違する。
・骨粗鬆症を改善させる作用の内容が、引用発明では「骨質量を増加させる」であるのに対し、本願発明では「椎骨および非椎骨の骨折の両方の危険を同時に減少させる」である点(以下、「相違点1」という。)
・投与量が、引用発明では「例えば、100?700単位/日、更に好ましくは200?600単位/日、最も好ましくは400?500単位/日、具体例として毎日500単位」であるのに対し、本願発明では「1日用量20μg」である点。(以下、「相違点2」という。)
・投与方法が、引用発明では「注射、急速注入、鼻咽腔吸収、皮膚吸収によって非経口的に、更には経口的に」であるのに対し、本願発明では「皮下注射により」である点(以下「相違点3」という。)。


5.判断
上記相違点について検討する。
1)相違点1について
骨粗鬆症とは、「骨の絶対量の減少を生じている・・・状態をいう。」とされ、「骨の力学的強度も弱化する。」とか「X線では椎体の横方向の骨梁が減少し、圧迫骨折・・・をみることが多い。また、大腿骨頸部内側骨折でもしばしば骨粗鬆がみられる。」(いずれも、南山堂医学大辞典18版1刷、1998年1月16日、「骨粗鬆(しょう)症」の欄より。)とされている疾患である。すなわち、骨粗鬆症とは、骨の量が減少して、骨の力学的強度が弱化している状態であり、椎体すなわち椎骨においても、大腿骨頸部すなわち非椎骨においても、骨折を招く場合がある疾患として、本願優先日前から周知のものであるといえる。してみると、骨の量すなわち骨質量を増加させることができれば、骨の力学的強度が強化されること、そして、骨の力学的強度が強化されれば、骨折の危険を減少させられること、そして、これらのことは、椎骨であれ非椎骨であれ変わらないこと、は、当業者にとって、本願優先日当時自明の事柄であったといえる。したがって、引用発明の医薬組成物が骨質量を増加させるものであることが記載された引用例1の記載に接した当業者ならば、該医薬組成物を、椎骨および非椎骨の骨折の両方の危険を同時に減少させるために使用することに、格別の創意を要したものとはいえない。

2)相違点2について
引用発明にいう「単位」なる単位は、引用例1の記載事項(ウ)にあるとおり、hPTHF1‐34の国際標準品との一定の比較生物検定によって決まるものであり、引用発明で使用するhPTHF1‐34の1単位分が何μgであるかは、その純度や状態によって変わり得るものと認められる。
しかしながら、引用発明で使用するhPTHF1‐34は、ヒト患者に投与する医薬であるから、その純度や状態は、医薬として安全かつ信頼できる一定のレベルのものとみるのが相当である。ここで、引用例2の記載事項(カ)によれば、引用例2には、骨粗鬆症に罹患している女性の間での脊椎骨量と骨折発生率における副甲状腺ホルモンの効果についての研究の内容が記載され、同記載事項(キ)によれば、17人の該女性に、3年間、1-34ヒト副甲状腺ホルモン(hPTH[1-34]、400U/25μg 毎日 皮下注射)を投与したことが記載されている。そして、引用例2の研究で用いられた1-34ヒト副甲状腺ホルモンが、引用発明で使用するhPTHF1‐34と同じものであることは論を待たないし、多数の患者に3年間の間にわたって投与されたのであるから、その純度や状態は、引用発明で使用するhPTHF1‐34と同様、医薬として安全かつ信頼できる一定のレベルのものとみるのが相当である。また、そのような医薬として用いるホルモンの検定を行うにあたっては、国際標準品や標準的な比較生物検定法を用いたとみるのが相当であり、それは引用発明においても同様である。そうすると、引用例2の研究で用いられた1-34ヒト副甲状腺ホルモンの単位と質量の関係が、400U/25μg、すなわち、400単位が25μgに相当するとされているのであるから、引用発明で使用するhPTHF1‐34の単位と質量の関係も、それと同じか、少なくとも、それに近似するものであると推認することは、至極、合理的である。してみれば、引用発明にいう「例えば、100?700単位/日、更に好ましくは200?600単位/日、最も好ましくは400?500単位/日、具体例として毎日500単位、で、」は、質量に換算すれば、おおむね「例えば、6.25?43.75μg/日、更に好ましくは12.5?37.5μg/日、最も好ましくは25?31.25μg/日、具体例として毎日31.25μg、で、」であると推認され、このような引用発明における投与量をもとに検討し、その投与量の範囲内である、本願発明にいう「1日用量20μg」なる投与量を設定することは、当業者が実験的に適宜なし得たことに過ぎない。

3)相違点3について
引用発明における投与方法は、「注射、急速注入、鼻咽腔吸収、皮膚吸収によって非経口的に、更には経口的に」とされ、また、注射の中でも皮下注射は、代表的な注射の一つとして、本願優先日前から周知・慣用のものであるから、引用発明における投与方法として、本願発明にいう「皮下注射により」を選択することに、当業者が格別の創意を要したものとはいえない。しかも、引用例2の記載事項(キ)によれば、引用例2には、1-34ヒト副甲状腺ホルモンを皮下注射したことが記載されているから、引用例1及び2を併せ見た当業者ならば、なおのこと、引用発明における投与方法として、皮下注射を採用することに、格別の創意を要したものとはいえない。

また、本願発明の効果について検討するに、本願明細書の実施例3には、18?24ヶ月間、0、20、または、40μg/日の組換えヒト副甲状腺ホルモン(1?34)、で処置し、ビタミンD及びカルシウムを補給した総数1637人の女性を含む臨床試験からのデータは、表15?19に記録した結果を示したことが記載されている。そして、表15?19は、以下のとおりである。

「【表15】椎骨骨折の数、及び、重篤さへのPTHを用いた処置の効果

」、
「【表16】非椎骨骨折数のPTH処置による効果

」、
「【表17】基線からの終点%変化(SD)として表される骨塩含有量に対するPTHの効果

」、
「【表18】基線からの終点%変化(SD)として表される骨塩密度に対するPTHの効果

」、
「【表19】基線からの終点%変化(SD)として表される骨面積に対するPTHの効果



そこで、これらの表に示された本願発明の効果について検討すると、まず、本願明細書の表15では、椎骨骨折の数、及び、重篤さが、プラシーボと比較して、20μg/日PTHでも、40μg/日PTHでも、減少したことがうかがえる。また、本願明細書の表18では、腰椎、大腿骨/股関節、及び、手関節における骨塩密度に対するPTHの効果が記載され、その中で、腰椎については、プラシーボと比較して、20μg/日PTHでも、40μg/日PTHでも、骨塩密度が増加したことがうかがえる。同様の傾向が、本願明細書の表17の腰椎における骨塩含有量についてもうかがえる。
しかしながら、引用例1の記載事項(オ)には、例1の患者4について、「コンピュ?タ断層撮影法を患者4の脊椎における骨密度を測定するために採用した。これらの測定は、3つの腰椎(L1?L3)について行なわれた。・・・走査結果は表4に示されている。・・・本発明方法による治療終了時の骨密度測定値は、9か月の治療期間後と比べて、約20%の骨密度の上昇が見られる。」ことが記載され、例2の試験の結果として、「各腰椎体は骨梁密度測定値はK_(2) HPO_(4) に換算して示されている。すべての患者が、治療期間中、椎骨梁密度の著しい増加を示した。患者4は治療を中止した治療20か月目まで骨密度の安定した増加を示した。」と記載されている。
してみると、引用発明においても、椎骨の梁密度や骨密度は、著しく改善しているものといえるから、椎骨骨折の数、及び、重篤さが、プラシーボと比較して減少した、及び、腰椎における骨塩密度が増加した、という本願発明の効果は、引用例1の記載に基づいて当業者が予測し得た範囲のものに過ぎない。また、「骨密度は骨塩量・・・を骨幅・・・で割った値で表示する・・・。」(上記南山堂医学大辞典、「骨密度」の欄より。)とされており、通常、骨幅が大きく変化するとは考え難いから、骨塩密度と骨塩含有量は同様の推移を示すものと考えられるので、腰椎における骨塩含有量が増加した、という本願発明の効果も、引用例1の記載に基づいて当業者が予測し得た範囲のものに過ぎない。

次に、本願明細書の表18では、上述のように、腰椎、大腿骨/股関節、及び、手関節における骨塩密度に対するPTHの効果が記載され、その中で、手関節(超末端、1/3橈骨)については、20μg/日PTHでも、40μg/日PTHでも、骨塩密度が減少したことがうかがえ、しかも、1/3橈骨では、20μg/日PTHでも、40μg/日PTHでも、プラシーボより骨塩密度がより減少したことがうかがえる。ほぼ同様の傾向が、本願明細書の表17の手関節(超末端、1/3橈骨)における骨塩含有量についてもうかがえる。
これに対し、引用例1の記載事項(オ)には、例1の3人の患者について、「患者の前腕において、骨皮質密度が継続して維持されていることは表3に示されている。」ことが記載され、該表3のタイトルは、「1/3末端の骨密度」と記載され、また、例2の試験の結果として、「骨皮質密度を、これら同一の患者の前腕において、治療前及び治療中3か月毎に測定した。密度測定では一定の変化は見られなかった。」と記載されており、非椎骨である前腕の骨において、骨皮質密度が継続して維持されているとか、一定の変化は見られなかったことが記載されている。ここで、骨塩定量は、「前腕の橈骨ないしは尺骨を測定部位として・・・測定」(上記南山堂医学大辞典、「骨ミネラル測定」の欄より。)することが通常の方法の一つであるから、本願明細書に記載の上記手関節(超末端、1/3橈骨)と引用例1に記載の前腕の骨や1/3末端は、骨塩密度の測定部位としておおむね同じところであるといえる。
してみれば、手関節の骨塩密度についての本願発明の効果は、引用発明における、前腕の骨において、骨皮質密度が継続して維持されているとか、一定の変化は見られなかった、という効果と比較して、劣るか、せいぜい、おおむね差異はない、という程度のもの、というほかはないから、引用発明に比較して優れた効果であるとはいえない。また、上述のように、骨塩密度と骨塩含有量は同様の推移を示すものと考えられるので、手関節の骨塩含有量についての本願発明の効果も、引用発明に比較して優れた効果であるとはいえない。

一方、本願明細書の表16では、非椎骨骨折数のPTH処置による効果が記載され、体全体の種々の非椎骨骨折の数が、プラシーボと比較して、20μg/日PTHでも、40μg/日PTHでも、減少したことがうかがえる。また、本願明細書の表17及び表18には、腰椎、大腿骨/股関節、及び、手関節における骨塩含有量及び骨塩密度に対するPTHの効果が記載され、その中で、大腿骨/股関節については、プラシーボと比較して、20μg/日PTHでも、40μg/日PTHでも、骨塩含有量及び骨塩密度が増加したことがうかがえる。また、本願明細書の表19では、腰椎、大腿骨/股関節、及び、手関節における骨面積に対するPTHの効果が記載され、骨塩含有量や骨塩密度に比較して、総じてだいぶ小さい変化率が示されていることがうかがえる。
これに対し、引用例1には、非椎骨骨折の数、大腿骨/股関節の骨塩含有量や骨塩密度、及び、骨面積についての記載はない。
しかしながら、先に説示したように、本願発明の薬剤も引用発明の医薬組成物も、有効成分は同じであり、その効果も、先に検討したものについては、両者の間で格別の差はないのであるから、引用例1に記載のない上記各効果においても、両者の間で格別の差はないものと推認される。
しかも、さらにここで、本願明細書の実施例3のデータを子細にみると、表17及び表18の大腿骨/股関節のデータによれば、大腿骨/股関節の骨塩含有量や骨塩密度については、40μg/日PTH投与群の方が20μg/日PTH投与群より効果が高く、用量依存的に効果が高まっていることが読み取れる。その一方で、表16の非椎骨骨折数のデータ、及び、表19の骨面積のデータについては、40μg/日PTH投与群の方が20μg/日PTH投与群より効果が高い場合、その逆の場合、及び、両者が同じ場合、が混在しており、両投与群のどちらの効果が高いのか判然とせず、両投与群の効果におおむね差はない、という評価をするほかはない。
他方、引用例1の具体例では、上述のように、おおむね毎日31.25μgという投与量を採用していると推認される。
そうすると、本願明細書において、40μg/日PTH投与群の方が20μg/日PTH投与群より効果が高く、用量依存的に効果が高まっていることが読み取れる、大腿骨/股関節の骨塩含有量や骨塩密度については、引用例1の具体例では、本願明細書の上記両投与群の中間くらいの効果すなわち20μg/日PTH投与群より優れた効果を示していると推認される。また、両投与群の効果におおむね差はない、非椎骨骨折数、及び、骨面積については、引用例1の具体例でも、本願明細書の上記両投与群と同程度の効果を示していると推認される。
そうであれば、引用例1には、非椎骨骨折の数、大腿骨/股関節の骨塩密度や骨塩含有量、及び、骨面積についての記載はないけれども、これらについての本願発明の効果は、引用例1の具体例で示していると推認される効果に比較して、せいぜい同程度のものであるといえる。

してみると、本願発明の上記各効果は、いずれも、引用例1の記載から当業者が予測し得ないほど優れたものとはいえない。

また、本願明細書の他の実施例に目を転ずると、本願明細書の【0042】によれば、実施例1は、ウサギに、Ca(審決注:カルシウムのこと。)を含むウサギ用実験食物を与え、PTH(1?34)を、10μg/kg/日、又は、40μg/kg/日の投与量で投与した実験であるから、その投与量は、仮に、体重60kgのヒトに換算すれば、600又は2400μg/日となり、本願発明の投与量であるヒト患者における1日用量20μgに比較して著しく大きい。また、本願明細書の【0080】によれば、実施例2は、体重が2.77±0.03kgのカニクイザルにカルシウムやビタミンD3を含む食餌を与え、1μg/kg、若しくは、5μg/kgのrhPTH(1?34)の日に1回の皮下注射で投与した実験であるから、その投与量は、約2.77又は13.85μg/日となり、本願発明の投与量であるヒト患者における1日用量20μgに比較して小さい。そうすると、これらの実施例からは、ヒト患者における1日用量20μgの投与量を発明特定事項とする本願発明の効果について、上記実施例3以上に意味のある情報を読み取ることができない。また、実施例以外の本願明細書の記載をみても同様である。

したがって、本願明細書の記載を検討しても、本願発明が、引用例1の記載から当業者が予測し得ないほど優れた効果を奏したものとはいえない。

なお、審判請求人は、審判請求書の中で、
「特に、本願出願当時の技術常識として、PTHの投与が皮質骨に対しては負の効果を有すると一般に信じられていたにも関わらず(明細書の[0005]、[0132]?[0134]等)、非椎骨(例えば、皮質骨)についても皮質骨量を増加させ、非椎骨骨折の発生を減少させるべく鋭意努力した結果(8頁[0008])、椎骨および非椎骨の骨折の両方の危険を同時に減少させる効果を発揮することができることを初めて見出したものであります([0131]?[0134]等)。」
と主張する。
しかしながら、先に検討した本願明細書の実施例から明らかなように、また、本願明細書の【0132】に、「複合的な非椎骨部位での骨折の減少は、PTHがこのような部位に対してマイナスの効果を有すると一般に信じられていたので、特に予期せぬものであった。・・・定説ではまた、PTH単独では効能を有する可能性はなく、皮質骨での負の効果を阻止する、同時の抗再吸収治療を必要とするとしている。本データはビタミンD、及び、カルシウムを補給した患者における、PTHの従来観察されていない効果を示す。」と記載されていることからも明らかなように、本願発明の効果は、PTHとビタミンD、及び、カルシウムを併用したことにより得られているものである。これに対し、上述のように、引用発明も、同様の併用により、本願発明と同程度か、又は、優れた効果を奏したものであるから、審判請求人のいう「本願出願当時の技術常識」は、引用発明により、すでに打破されていたといえるものである。

また、審判請求人は、審判請求書の中で、
・「・・・「骨皮質密度(cortical bone density)を、同一患者の前腕(これは、非椎骨)において測定したところ、密度測定では一定の変化は見られなかった(同頁13?16行目)。」と明示されております。
つまり、引用文献1(審決注:引用例1のこと。以下、同じ。)に記載の発明は、椎骨(例えば、海綿骨)の骨密度を増加させることはできるものの、非椎骨(例えば、皮質骨)の骨密度を増加させることまでは達成できません。すなわち、本願発明の椎骨および非椎骨の骨折の両方の危険を同時に減少させることができる作用効果は、引用文献1記載の発明の作用効果とは相違し、当業者にとって全く予測不可能である顕著な有利な効果です。」
と主張する。
しかしながら、引用例1の具体例で示された効果と本願発明の効果が変わらないか、又は、本願発明の効果の方が劣るものであることは、先に説示したとおりである。さらには、骨塩密度は「加齢とともに低下する。」(上記南山堂医学大辞典、「骨密度」の欄より。)ものであるとされていることを考慮すると、引用例1において、前腕の骨皮質密度に変化は見られなかったということは、治療しなかった場合に比較すれば、前腕の骨塩密度は増加した、ともいい得ることであるから、引用発明においても、前腕の骨折の危険を減少させることができた、ということができる。

また、審判請求人は、続いて、
「骨量の増加は必ずしも骨折の耐性の増大をもたらすものではありません。その理由は、骨の強度は該骨塩密度だけではなく、微視的、超微視的なレベルでの骨の構造に依存するためです。例えば、FDA(米国医薬品局)による「閉経後骨粗鬆症の予防または治療において使用される薬剤の前臨床的および臨床的な評価のためのガイドライン」(参考資料21)中には、骨粗鬆症における最も重要な病的事象は骨折であるが、治療に関連するBMDの増加が、骨折の危険の低下をもたらすとまでは予測することはできない旨(7頁)記載されております。」
とも主張する。
しかしながら、骨の強度は骨塩密度だけで決まるものではないとしても、骨塩密度が骨の強度を左右する重要な要因であることは論を待たないから、骨塩密度が増加すれば、骨折の危険が低下することは、当然に期待されることである。

また、審判請求人は、続いて、
「最後に、副作用の観点から説明致します。
i) 本願発明は、上記2)の効果に加えて、所望しない副作用の低下をも達成し得ることを発見したものです(明細書[0135])。このことは、例えば本願の出願人であるリリー社がサポートし、発行している文献「骨粗鬆症を有する閉経後女性における骨折および骨塩密度に及ぼす副甲状腺ホルモン(1-34)の効果」(参考資料22)においても記載されております。・・・
ii) かかる文献中には、結論として、リリー社のpTH(1-34)の40μg用量は、20μg用量よりも骨密度を増加するが、骨折のリスクに関しては同程度の効果しか有さず、そしてより多くの副作用を有する傾向がある旨記載されております(1434頁左欄)。また、副作用に関しては具体的に、1437頁右欄?1439頁右欄に詳述されており、例えば偽薬および20μg/日の用量群の場合の中止された患者は6%であったのに対し、40μg/日の用量群の場合の中止された患者は11%であり、有害事象のために本特定の研究から中止される患者をより多く生じる傾向があることが示されております(1438頁左欄)。
従って、このことからも本願発明の副作用の低下の効果は、引用文献1の記載に基づいて当業者にとって全く予測し得ない顕著に有利な効果であることは明白です。」
と主張する。
ここで、本願明細書には、段落が【0134】までしか見いだせないので、審判請求人のいう「本願発明は、上記2)の効果に加えて、所望しない副作用の低下をも達成し得ることを発見したものです(明細書[0135])。」なる主張における「(明細書[0135])」は何かの間違いであると解されるが、それはさておき、薬の投与量が多くなれば、副作用が強くなることは当然のことであり、pTH(1-34)の40μg用量が20μg用量よりも強い副作用を有する傾向があるという事情があるとしても、何ら予想外の事柄ではないから、この事情により、本願発明に進歩性を見いだすことはできない。

したがって、審判請求人の上記各主張によっても、先に説示した本願発明の進歩性に対する判断は左右されない。


6.むすび
以上のとおり、本願発明は、引用例1に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであり、あるいは、引用例1及び2に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2013-03-01 
結審通知日 2013-03-05 
審決日 2013-03-19 
出願番号 特願2000-565916(P2000-565916)
審決分類 P 1 8・ 121- Z (A61K)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 安川 聡  
特許庁審判長 内藤 伸一
特許庁審判官 岩下 直人
穴吹 智子
発明の名称 骨の靭性、及び、剛性を増し、骨折を減少させる方法  
代理人 鮫島 睦  
代理人 森本 靖  
代理人 田村 恭生  
代理人 品川 永敏  
代理人 山中 伸一郎  

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