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審決分類 審判 一部無効 特29条の2  A61M
管理番号 1278263
審判番号 無効2010-800064  
総通号数 166 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2013-10-25 
種別 無効の審決 
審判請求日 2010-04-12 
確定日 2012-05-18 
事件の表示 上記当事者間の特許第2647132号発明「安全後退用針を備えたカニューレ挿入装置」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 審判費用は、請求人の負担とする。 
理由 1.手続の経緯
(1)本件特許第2647132号の請求項1?4に係る発明についての出願(以下、「本件出願」という。)は、昭和63年4月28日に出願され、平成9年5月9日にそれらの発明について特許権の設定登録がなされたものである。
(2)本件特許に対し、請求人は、平成22年4月12日に本件特許無効審判(無効2010-800064)を請求し、証拠方法として甲第1号証ないし甲第16号証を提出し、無効理由1により、本件特許の請求項1に係る発明についての特許を無効にするとの審決を求めた。
(3)それに対し、被請求人は、平成22年7月27日に答弁書を乙第1号証と共に提出した。
(4)その後、請求人、被請求人共に平成22年8月24日付けで、口頭審理陳述要領書を提出し、平成22年9月7日に口頭審理が実施された。
(5)口頭審理実施後、請求人は、平成22年9月21日に上申書を甲第17号証ないし甲第26号証と共に提出し、その後、被請求人は、平成22年9月28日に上申書を乙第2号証ないし乙第4号証と共に提出した。

2.本件特許発明
本件特許の請求項1に係る発明(以下、「本件特許発明」という。)は、平成22年2月22日に請求された訂正審判(訂正2010-390017)の平成22年6月1日付けの審決により、以下のように訂正することが認容されている。
特許請求の範囲の請求項1は、以下のとおりである(以下、「本件特許発明」という。)。
「近い端及び遠い端を有する中空のハンドルと、
該ハンドル内に配置されたニードルハブと、
鋭い自由端と、前記ニードルハブに連結された固着端とを有し、カニューレを患者の定位置に案内し運ぶためのニードルと、
前記ニードルハブを前記中空なハンドルの近い端に向かって付勢する付勢手段と、
前記ニードルハブから独立して移動可能であり、前記ニードルハブを前記付勢手段の力に抗して一時的に前記中空のハンドルの遠い端に隣接して保持するラッチであって、前記ニードルの長さよりも短い振幅で手動により駆動され、前記ニードルの移動距離よりも短い距離のみ移動するラッチと、
から成ることを特徴とする、カニューレ挿入のための安全装置。」

3.請求人の主張
請求人は、本件特許発明を無効とするとの審決を求め、証拠方法として以下の甲第1号証?甲第16号証を提出し、無効とすべき理由を次のように主張している。
本件特許発明は先願発明(特願昭63-98036号)と同一の発明であり、しかも本件出願の発明者は他の出願の出願人とも同一でないので、特許法第29条の2の規定により、特許を受けることができない。

4.被請求人の主張
本件特許発明は、先願発明とは同一でなく、特許法第29条の2の規定により特許を受けることができないものではない。よって、本件特許は、特許法第123条第1項第2号の規定により無効とされるべきではない。

5.当審の判断
請求人の示した文献等
甲第1号証:特願昭63-98036号(特開昭63-290577号)
甲第2号証:実公昭49-25514号公報
甲第3号証:実願昭52-162022号(実開昭54-87693号) のマイクロフィルム
甲第4号証:米国特許第3262449号明細書
甲第5号証:米国特許第4592744号明細書
甲第6号証:米国特許第4160450号明細書
甲第7号証:米国特許第3572334号明細書
甲第8号証:特公昭62-26787号公報
甲第9号証:実公昭49-18462号公報
甲第10号証:特公昭46-26717号公報
甲第11号証:人工透析研究会会誌、第15巻第1号(1982年1月31日発行 )、抄本の写し
甲第12号証:透析療法とその周辺知識、1979年12月10日第1刷、南江堂 発行、108?109頁の写し
甲第13号証:サーフロー留置針C型、テルモのカタログの写し
甲第14号証:ニプロ、セーフレットキャスのカタログの写し
甲第15号証:ジェルゴ、I.V.カテーテル、I.V.スタイレットのカタログの写 し
甲第16号証:バソフィックス静脈留置針のカタログの写し
甲第17号証:わかる・できる注射・輸液・輸血・採血、2006年3月20日 発行、南江堂発行、1?11頁の写し
甲第18号証:訪問看護における静脈注射実施に関するガイドライン、平成 16年3月発行、社団法人全国訪問看護事業協会発行、5?16頁の写し
甲第19号証:静脈注射の実施に関する指針、2003年5月7日印刷、社団法 人日本看護協会発行、4?5頁の写し
甲第20号証:特公昭58-22225号公報
甲第21号証:特表昭62-500145号公報
甲第22号証:特開昭63-31673号公報
甲第23号証:特公昭61-24020号公報
甲第24号証:本件出願の、平成7年3月27日付け手続補正書の写し
甲第25号証:同、平成8年5月20日付け拒絶理由通知書の写し
甲第26号証:同、平成8年12月18日付け意見書の写し

(i)特願昭63-98036号の願書に最初に添付された明細書又は図面(以下、「先願明細書」という。)の記載内容(甲第1号証の記載を援用する。)

(あ)「(1)開いた基部と実質的に閉じた末端部とを有する中空のシリンダ(24、62)と、その基部を介して前記シリンダ内に入れられる予め満たされたアンプル(14)とを含み、前記アンプルはその一方端部で封止キャップ(18)を有し、前記アンプルの前方に前記シリンダ内に位置決めされかつ前記アンプルと間隔を置かれた軸方向の整列で配置された両端皮下針(40)とを含む注射器(1、60)であって、前記注射器は
前記針の基部が前記アンプルの端部キャップを貫通しかつ前記針の末端部は前記シリンダの末端を通って外方向に突出するように前記シリンダを介して前記アンプルを軸方向にかつ末端方向に進めるための手段(8)と、
前記シリンダ内の末端に進められた位置で前記アンプルを解放可能に保持してロックされた位置に可動であるかまたは末端部に進められた位置から前記アンプルを離してロックされていない位置に可動であるロッキング手段(32、67)とを含み、そのため前記アンプルは前記シリンダを介して基部方向に変位されかつ前記針の末端部は前記シリンダ内に引込められ得ることを特徴とする、注射器。
………………………………………………
(7)前記両端針(40)が保持される針カートリッジ(21)をさらに特徴とし、前記針カートリッジは前記針を取囲む中空のスリーブ(22、66)と、前記針を前記アンプル(14)と軸方向に整列するように支持するための両端の基部(36)および末端(38)壁とを有する、請求項1ないし6記載の注射器。
………………………………………………
(9)前記針保持カートリッジ(21)はまた前記中空スリーブ(22、66)内に置かれかつ前記カートリッジの前記両端の壁(36、38)の間を延びる圧縮可能ばね手段(34)を含む、請求項7または8記載の注射器。
(10)前記壁(38)の一方がその反対の壁(36)に関連して前記ばね手段(34)の偏倚力に対して前記針保持カートリッジ(21)の中空のスリーブ(22、66)を介して可動であり、その結果前記ばね手段が前記両端の壁の間で圧縮されるようになり、前記アンプル(14)は前記シリンダ(24、62)を介して軸方向にかつ末端方向に進められ、その結果前記可動壁が前記中空のスリーブを介して動かされかつ前記ばね手段が圧縮されるようにされ、それによって前記針(40)の末端部は前記スリーブから外方向に力が加えられ前記針シリンダの末端部を通過して注射が行なわれ、
前記ばね手段は緩められた位置に戻って前記反対の壁から前記カートリッジの可動の壁を離して駆動し、それによって前記針の末端部は前記ロッキング手段が前記アンプルを末端方向に進められた位置から開放すると前記カートリッジスリーブ内に引込められる、請求項7ないし9記載の注射器。」(【特許請求の範囲】)
(い)「[技術分野]
この発明は液体の薬品の入った予め満たされたアンプルと、取外し可能針カートリツジ内に保持されかつ液体の薬品を目標とされる組織区域に注射する位置である末端方向に延ばされた位置から、針が注射器のシリンダ内に引き込まれかつそれによって保護される位置である基部方向に引込められた位置に、自動的に位置を代えるように適合される両端部皮下針とを有する歯科用注射器に関するものである。」(3頁左上欄18行?右上欄7行)
(う)「[発明の背景]
液体の薬品が入った予め満たされたアンプルと両端部の皮下針とを有する型の歯科用注射器はアンプルから患者の目標とされる組織区域にそのような薬品を注入するためのもので、先行技術で周知である。……しかしなから、注射が終わると針は典型的には注射器シリンダを介して形成された末端の孔から外方向に突出している軸方向に延びた位置にロックされている。
場合によっては、注射器は伝染病を保持している患者の処置をするために用いられるかもしれない。注射器を処分する前に皮下針は再利用を防ぐためにしばしば折られたりまたは破壊されたりする。歯医者で働いている人達は特に使用後の不注意な取扱いやまたは針を折ったり注射器を処分したりすることによって偶発的に感染の可能性を持った針に当たることが起こりやすい。」(3頁右上欄8行?左下欄7行)

(え)「この発明の歯科用注射器1の動作は図面の第3図ないし第5図を参照してここで説明される。第3図に見られるように、歯科医が1対の指(たとえば人差指と中指)を注射器シリンダ24の基部のフランジ28の耳状部分30の下に置く。フランジ28の耳状部分30に角度がつけられているので、歯科医の指はシリンダ24のロッキングアーム32に対して同等かつ反対の圧縮力(参照矢印48によって示される方向に)を与えるように自動的に位置決めされる。したがって、ロッキングアーム32はその通常のばねの偏倚力に逆らって回動することを引き起こされ、その結果それぞれのロッキングフィンガ33はシリンダ24内に形成されたスロット(第2図で42で示される)を通って回転される。
歯科医は親指を使って次に保持カラー8の基部でフランジ10を押して、シリンダ24の開いた基部を介して軸方向および末端方向(参照矢印50の方向)にカラー8を進める。保持カラー8はロッキングスカート12が内部に延びているロッキングアーム32のロッキングフィンガ33の下でパチンと受取られると、シリンダ内の軸方向に進められた位置にロックされる。保持カラー8の末端への動きによってアンプル14の端部キャップ18が針支持および整列部材38のレセプタクル(第2図で39で示される)内で受取られるまで、針カートリッジ21のスリーブ22を介して軸方向にかつ末端方向にアンプル14の対応する動きを引き起こす。アンプル14は端部キャップ18が針支持部材38のレセプタクル39の環状リップ41の下でパチンと受取られるとスリーブ22の軸方向に進められた位置にロックされる。
カートリッジ21のスリーブ22を介してアンプル14が軸方向および末端方向の進むことによって、アンプル(およびその内部の液体)が皮下針40と連絡し、その結果針の基部はアンプルがレセプタクル39内に受取られるとアンプル14の封止された端部キャップ18を貫通する。さらに、針40の末端部はばねシリンダ24から外方向に動きかつその末端部壁26を通過する。同様に、針支持および整列部材38はスリーブ22を介して軸方向および末端方向に駆動され、それによって圧縮ばね34は針支持部材38とカートリッジ21の末端プラグ36との間で(その通常の偏倚力に対して)圧縮される。
第4図では、歯科医はフランジ28の角度をつけられた耳状部分30の下に置いたままで親指を保持カラー8のフランジ10からピストンステム2の基部の指ループ4に置換える。保持カラー8のロッキングスカート12をロッキングアーム32によってシリンダ24内の軸方向に進められた位置にロックしたままで、歯科医は保持カラー8を介して末端方向(参照矢印52の方向)にピストンステム2を押し、その結果軸方向の力は指ループ4からアンプル14の基部のプランジャ16に移る。したがって、プランジャ16はアンプル14を介して軸方向および末端方向に動かされ、アンプル中の液体が針40を介して患者の目標の組織へと注入され得る。」(5頁右下欄13行?6頁左下欄11行)

(お)「第5図では、アンプル14の中身が患者の中に入りかつ針40が目標とされた組織区域から取外された後、歯科医はフランジ28の角度をつけられた耳30の下から指を外しかつ指ループ4から親指を外す。針40は即座にかつ自動的に完全に注射器シリンダ内に戻る。特に、歯科医の指をフランジ28の耳状部分30の下でロッキングアーム32と係合をはずすと、アーム32のロッキングフィンガ33は保持カラー8の円錐状ロッキングスカート12から外れる。
すなわち、ロッキングアーム32の通常のばねの偏倚力によってそのようなアームは注射器のシリンダ24の外方向にそこから離れて(参照矢印54の方向)回動するようになる。ロッキングフィンガ33をロッキングスカート12から外し、かつアンプル14の端部キャップ18を針支持および整列部材38のレセプタクル内にロックしたままにすると、先に圧縮さればね34は自由になりその解放された状態に戻る。しかしながら、ばね34内に蓄えられた位置エネルギによって針40と針支持部材38とアンプル14とピストンステム2と指ループ4との相互接続を含むピストンアセンブリは針カートリッジ21のスリーブ22を介して軸方向および基部方向に十分駆動される。
したがって、針40は針カートリッジスリーブ22内に完全に戻される(参照矢印56の方向)ように注射器シリンダ24の末端部壁26を介して引張られる。」(6頁左下欄12行?右下欄19行)

(あ)から(お)の記載事項から、
先願明細書に記載された、ロッキングアーム32とロッキングスカート12とからなる構造は、歯科医の指によりロッキングアーム32に圧縮力を与えている間、針40及び針支持部材38が末端部から基部方向に戻るのをロックさせ、圧縮力を取り去ると、ロックを解除して針40及び針支持部材38が末端部から基部方向に戻るようにさせている点で、「一時的保持手段」といえる。
その「一時的保持手段」は、針40及び針支持部材38から独立して移動可能であり、針40及び針支持部材38をばね34の力に抗して一時的に中空のシリンダ24の末端部にロックし、圧縮力を取り去ることにより、ロッキングアーム32がばねの偏倚力によって駆動され、ロッキングアーム32によるロッキングスカート12のロックを外し、針40及び針支持部材38をばね34によってシリンダ内に戻すことができ、ロッキングアーム32がばねの偏倚力により針40の長さよりも短い振幅で駆動され、針40の移動距離よりも短い距離のみ移動することが、先願明細書に記載されている。

上記記載事項から、先願明細書には次の発明(以下、「先願発明」という。)が記載されている。
「基部と末端部を有する中空のシリンダ24と、
シリンダ24内に配置された針40及び針支持部材38と、
鋭い自由端と、針支持部材38に支持される、反対側の鋭い自由端とを持つ針40と、
針40及び針支持部材38を中空なシリンダの基部に向かって付勢するばね34と、
針40及び針支持部材38から独立して移動可能であり、針40及び針支持部材38を圧縮力を与えることによって、ばね34の力に抗して一時的に中空のシリンダ24の末端部にロックし、針40及び針支持部材38を末端部に隣接して保持することができる一時的保持手段と、
圧縮力を取り去ることにより、ロッキングアーム32がばねの偏倚力によりロッキングスカート12のロックを外し、針40及び針支持部材38をばね34によってシリンダ内に戻すことができ、ロッキングアーム32がばねの偏倚力により針40の長さよりも短い振幅で駆動され、針40の移動距離よりも短い距離のみ移動する一時的保持手段と、
からなる注射器の安全装置。」

(ii)対比・判断
本件特許発明と先願発明とを対比する。
先願発明の「針40」及び「針支持部材38」とは、本件特許発明の「ニードル」と「ニードルハブ」に相当すると認められる。
先願発明の「基部」、「末端部」は、本件特許発明の「近い端」、「遠い端」にそれぞれ相当する。先願発明の「中空のシリンダ24」は操作者が手に握って把持するものだから、本件特許発明の「中空のハンドル」に相当する。
先願発明の「ばね34」は、「針40及び針支持部材38」を中空なシリンダの基部に向かって付勢する付勢手段であるから、本件特許発明の「付勢手段」に相当する。
先願発明の「圧縮力を与えることによって、ばね34の力に抗して一時的に中空のシリンダ24の末端部にロックし、針40及び針支持部材38を末端部に隣接して保持することができる一時的保持手段」も、針40及び針支持部材38から独立して移動可能であり、針40及び針支持部材38をばね34の力に抗して一時的に中空のシリンダ24の端で保持するものであって、針40の長さよりも短い振幅で駆動され、針40の移動距離よりも短い距離のみ移動するものであるから、本件特許発明とは「ニードルハブから独立して移動可能であり、ニードルハブを付勢手段の力に抗して一時的に中空のハンドルの端で保持するラッチであって、ニードルの長さよりも短い振幅で駆動され、ニードルの移動距離よりも短い距離のみ移動するラッチ」で共通する。

してみれば、両者は本件特許発明の用語を用いて表現すると、
「近い端及び遠い端を有する中空のハンドルと、
該ハンドル内に配置されたニードルハブと、
鋭い自由端と、前記ニードルハブに連結された端部を有するニードルと、
ニードルハブを中空なハンドルの近い端に向かって付勢する付勢手段と、
ニードルハブから独立して移動可能であり、ニードルハブを付勢手段の力に抗して一時的に中空のハンドルの端で保持するラッチであって、ニードルの長さよりも短い振幅で駆動され、ニードルの移動距離よりも短い距離のみ移動するラッチと、
からなる安全装置。」
である点で一致し、次の点で相違する。

<相違点1>
本件特許発明のラッチは、「手動により駆動される」のに対し、先願発明は「ラッチ(一時的保持手段)がばねの偏倚力によって駆動される」ものである点。

<相違点2>
本件特許発明は「カニューレを患者の定位置に案内し運ぶためのニードル」を有するのに対し、先願発明は、単なる「ニードル」にすぎない点。

<相違点3>
本件特許発明は「カニューレ挿入のための安全装置」であるのに対し、先願発明は「注射器の安全装置」である点。

上記相違点について、判断する。
<相違点1について>
ラッチが本件特許発明のように「手動により駆動される」ことと、先願発明のように「ばねの偏倚力によって駆動される」ことでは駆動機構及び作用効果が異なり、単なる課題解決のための具体化手段における微差とはいえないので、実質的に同一とはいえない。
なお、請求人は、平成22年8月24日付け口頭審理陳述要領書において、「すなわち、本件発明の「手動により駆動される」とは、上記実施例を包含するものであるから、手の力だけでラッチを移動させることを意味しているのではなく、ラッチを移動させる段階でばねの偏倚力を利用するものを含み、手動で作動させる、あるいは、手動で操作するという意味であると解するのが相当である。
これに対し、先願発明においては、歯科医がフランジ28の耳30の下から指を外すと、ロッキングアーム32が自由となり、ロッキングアーム32のばねの偏倚力によって、ロッキングフィンガ33が円錐状ロッキングスカート12から外れることにより、圧縮ばねが針を注射器シリンダ内に戻すのであり、ラッチを解除する際に、手動により力を加えるか、加えていた力を無くするかの違いはあるものの、手動で作動させる、あるいは手動で操作するという点では本件発明と同じである。
よって、先願発明においても、ラッチは「手動により駆動される」と認定すべきであり、相違点1は存在しない。」(5頁ウ?オ)と主張しているが、ある部材が「?により駆動される」とは、ある部材を動かす力が?によりもたらされていることを意味すると解される。この観点で検討すると、本件特許発明においては、ラッチの動作は手動によりもたらされており、先願発明のラッチ(一時的保持手段)の動作はフランジ28の耳30の下から指を外した時に、ロッキングアーム32のばねの偏倚力によりもたらされているものであるから、両者は異なるものである。
また、請求人は「なお、先願発明のラッチが「手動により駆動される」と認定できないとしても、本件発明の上記実施例と比較すると、手動により力を加えるか、加えていた手の力を無くすだけの違いがあるだけで、駆動機構及び作用効果に差異があるとは考えられないから、単なる課題解決のための具体化手段における微差にすぎず、実質的に同一といえる。」(6頁カ)とも主張しているが、手動により力を加えるか、加えていた手の力を無くすかの違いにより、本件特許発明は積極的に操作しないと作動しないが、先願発明は装置から手を離すと自動的に作動してしまう点で、例えば、操作の確実性に差異があるものであって、単なる微差とは言えない。
以上の点から、請求人の上記主張は採用できない。

<相違点2、3について>
先願発明の針40は、カニューレを患者の定位置に案内し運ぶための針ではなく、注射器もカニューレ挿入のために用いられるものでもない。
そして、相違点2、3について、請求人は、甲第2号証?甲第7号証を示し、本件特許発明の出願当時に注射器を安全に処理するために末端に延ばされた位置から注射器シリンダの基部に引込められた位置に皮下針を置換える注射器が周知であったこと、カニューレを患者の定位置に案内し運ぶための針を有する注射器が周知であったことを主張している。
すなわち、請求人は、平成22年9月21日付け上申書において、甲第17?19号証の記載から「注射とは、薬剤を経皮的に体内に注入する方法のことで、生体に対し注入針を用いて薬液や輸液剤を投与する行為を意味する。この定義によると“注射”のなかに、皮下や筋肉内へ薬剤を注入するいわゆる注射(これらは皮下注射、筋肉内注射という)や、輸液(輸液療法)あるいは経静脈栄養などもすべて含まれることになる。」(上申書3頁4?8行)と引用して、これらに使用される器具は、注射に使用するための器具であるから、「注射器」であると主張している。
しかし、「注射器」の通常の意味は、「注射液を体内に注入するのに使用する器具。シリンダーとピストン、注射針からなり、ピストンの押す圧力により薬液を体内に押し込む。」(廣川「薬科学大辞典」第2版、乙4号証)であり、薬液を押し込むための構造、すなわちピストン等を有していない装置は、注射器には含まれないものと解される。
そうした観点からすると、甲第2号証ないし甲第7号証に記載されたカニューレ(カテーテル)挿入のための装置は、いずれも薬液を押し込むピストン等を有しておらず、注射器とは言えないものである。
甲第2号証ないし甲第7号証記載の装置が注射器でない以上、それを参酌しても、注射器である先願発明がカニューレ挿入のための装置を包含するものとは言えない。
また、本件発明特許の明細書(公報3欄32行?5欄20行参照)によると、
皮下針、刺らく針(採血に使用する)と、カニューレ挿入に用いられる針とは、以下のように区別されている。
皮下針では、患者から引き抜いた後に医療関係者は、両手をその針の適正な処理に利用しうる状況あるいは片手が自由である状況に対し、カニューレ挿入に用いられる針では、患者の血管にカニューレを据え付けた場合、患者の血管は、患者の血液を身体外部に搬送するために開いた経路を、患者の身体内へ注射されるべき流体で加圧されている嵌合用チューブに連結されるまで、そして、連結されている間はしっかり閉塞されねばならず、医療関係者は両手を使ってカニューレの先端において患者の身体の外部に両手を使って手動で押圧することにより血管を閉塞しなければならない。よって、医療関係者の両手は自由にならない状況がある。
上記のことから、皮下針では、医療関係者は両手あるいは片手が自由である状況であるのに対し、カニューレ挿入のための針では、医療関係者の両手は塞がっている状況があり、針刺しの危険度が格段に異なるものと解され、それに伴って両者の課題も異なるものと言える。
さらに注射器とは「注射液を体内に注入するのに使用する器具。シリンダーとピストン、注射針からなり、ピストンの押す圧力により薬液を体内に押し込む。」(廣川「薬科学大辞典」第2版、乙4号証)であり、仮に、注射器をカニューレ挿入装置に転用する場合が多いとしても、シリンダー、ピストン等を持つ必要のないカニューレ挿入装置とは、本来的に構造を異にするものと解される。
また、注射器の注射針は必ず中空針であるのに対し、本件特許発明の明細書(公報19欄11?41行)にも記載されるように、カニューレ挿入に用いられる針は中空針には限らず中実針も用いられることからも、両者の構造には本来的な差異があるものといえる。
このように、注射器と、カニューレ挿入のための装置とでは、本来的な構造も異なり、求められる課題も異なるものであるから、相違点2、3は課題解決のための具体化手段における微差とはいえないので、両者は実質的に同一とはいえない。

以上の点から、本件特許発明は、先願明細書記載の発明とは同一ではなく、特許法第29条の2の規定により特許を受けることができないものとすることはできない。
したがって、本件特許は、特許法第29条の2の規定に違反してなされたものではなく、同法第123条第1項第2号に該当せず、請求人の主張する理由によって無効とすることはできない。

6.むすび
以上のとおりであるから、請求人の主張する理由及び提出した証拠方法によっては、本件特許を無効とすることはできない。
審判に関する費用については、特許法第169条第2項の規定で準用する民事訴訟法第61条の規定により、請求人が負担すべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2010-10-01 
結審通知日 2010-10-07 
審決日 2010-10-27 
出願番号 特願昭63-107382
審決分類 P 1 123・ 16- Y (A61M)
最終処分 不成立  
特許庁審判長 亀丸 広司
特許庁審判官 増沢 誠一
吉澤 秀明
登録日 1997-05-09 
登録番号 特許第2647132号(P2647132)
発明の名称 安全後退用針を備えたカニューレ挿入装置  
代理人 山田 徹  
代理人 櫻井 義宏  
代理人 豊岡 静男  
代理人 山田 徹  
代理人 杉山 共永  
代理人 平出 貴和  
代理人 豊岡 静男  
代理人 田中 成志  
代理人 森 修一郎  
代理人 田中 成志  
代理人 片山 英二  
代理人 中村 閑  
代理人 高松 俊雄  
代理人 日野 真美  
代理人 高松 俊雄  
代理人 櫻井 義宏  
代理人 黒川 恵  
代理人 森 修一郎  
代理人 本多 広和  
代理人 平出 貴和  

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