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この審決には、下記の判例・審決が関連していると思われます。
審判番号(事件番号) データベース 権利
無効2013800042 審決 特許
無効2011800051 審決 特許
無効2012800042 審決 特許
無効2007800138 審決 特許
無効2012800032 審決 特許

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審決分類 審判 全部無効 2項進歩性  A61K
審判 全部無効 特36条4項詳細な説明の記載不備  A61K
審判 全部無効 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  A61K
管理番号 1278745
審判番号 無効2011-800177  
総通号数 166 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2013-10-25 
種別 無効の審決 
審判請求日 2011-09-16 
確定日 2013-07-25 
事件の表示 上記当事者間の特許第3909998号発明「経口投与製剤」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 特許第3909998号の請求項1?11に係る発明についての特許を無効とする。 特許第3909998号の請求項12、13に係る発明についての審判請求は、成り立たない。 審判費用は、その13分の2を請求人の負担とし、13分の11を被請求人の負担とする。 
理由 第1 手続の経緯

(1)本件特許第3909998号の請求項1?13に係る発明についての出願は、平成12年3月22日に出願され(特願2000-79499号)、平成19年2月2日に特許権の設定登録がされたものである。

(2)これに対して、請求人遼東化学工業株式会社は、平成23年9月16日付けで請求項1?13に係る各発明に対して無効審判を請求した。
以後の手続の経緯は次のとおりである。
平成23年12月9日付け 答弁書(被請求人)
平成24年1月31日付け 審理事項通知書(当審)
同年3月28日付け 口頭審理陳述要領書(請求人)
同 上 口頭審理陳述要領書(被請求人)
同年4月11日 口頭審理
平成24年4月11日付け 上申書A(請求人:甲第9及び13号証につ いて、鮮明に印刷されたものを再提出するも の)
同 上 上申書B(請求人:乙第2号証に記載の比較 実験成績に関する意見を述べたもの)
同年4月18日付け 上申書(被請求人)
同年5月9日付け 上申書(請求人)
同年5月23日付け 上申書(被請求人)


第2 本件特許発明

本件特許第3909998号の請求項1?13に係る発明は、同特許の特許請求の範囲の請求項1?13に記載された次のとおりのものと認める。

「[請求項1]
ベポタスチンのベンゼンスルホン酸塩に、マンニトール、白糖、乳糖及びこれらの混合物から選択される賦形剤、並びにポリエチレングリコールを配合した経口投与用固形製剤。
[請求項2]
固形製剤の全体重量に対して以下の量:
ベポタスチンのベンゼンスルホン酸塩:1?30重量% ;
マンニトール、白糖、乳糖及びこれらの混合物から選択される賦形剤:5?95重量%
;並びに
ポリエチレングリコール:2?40重量%
を配合した、請求項1記載の経口投与用固形製剤。
[請求項3]
結晶セルロースを更に配合した、請求項1又は2記載の経口投与用固形製剤。
[請求項4]
結晶セルロースの配合量が、固形製剤の全体重量に対して1?30重量%である、請求項3記載の経口投与用固形製剤。
[請求項5]
錠剤である、請求項1?4のいずれか1項記載の経口投与用固形製剤。
[請求項6]
ベポタスチンのベンゼンスルホン酸塩に、マンニトール、ポリエチレングリコール及び結晶セルロースを配合した経口投与用錠剤。
[請求項7]
ベポタスチンのベンゼンスルホン酸塩に、白糖、ポリエチレングリコール及び結晶セルロースを配合した経口投与用錠剤。
[請求項8]
フィルムコーティング層を更に有する、請求項5?7のいずれか1項記載の経口投与用錠剤。
[請求項9]
フィルムコーティング層の皮膜率が、被覆されていない錠剤の全体重量に対して2?10重量%である、請求項8記載の経口投与用錠剤。
[請求項10]
ベポタスチンのベンゼンスルホン酸塩に、マンニトール、白糖、乳糖及びこれらの混合物から選択される賦形剤、並びにポリエチレングリコールを配合して造粒することにより、造粒物を調製する方法。
[請求項11]
加熱造粒法により造粒する、請求項10記載の方法。
[請求項12]
請求項10又は11記載の方法で調製した造粒物に、結晶セルロース又はカルボキシメチルセルロースを添加し、打錠することにより、錠剤を調製する方法。
[請求項13]
請求項12記載の方法で調製した錠剤に、フィルムコーティング層を形成することにより、コーティング錠を調製する方法。」

以下、本件特許の請求項1?13に係る発明を、それぞれ「本件発明1」?「本件発明13」といい、本件発明1?13をまとめて「本件発明」ともいう。


第3 請求人の主張

請求人は、本件発明1?13についての特許を無効とする、審判費用は被請求人の負担とする、との審決を求め、以下の無効理由1?3を主張し、証拠方法として、甲第1?13号証を提出している。

[無効理由1]
本件発明1?11は、下記甲第1号証?第4号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に想到できたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるので、本件発明1?11についての特許は、同法第123条第1項第2号に該当し、無効とされるべきである。

[無効理由2]
本件特許明細書の発明の詳細な説明は、本件発明1?9を、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に、記載されていないので、特許法第36条第4項の規定を満たしておらず、特許を受けることができないものであるので、本件発明1?9についての特許は、同法第123条第1項第4号に該当し、無効とされるべきである。

[無効理由3]
本件発明1?13は、本件特許明細書の発明の詳細な説明に記載されたものでないので、特許法第36条第6項第1号の規定を満たしておらず、特許を受けることができないものであるので、本件発明1?13についての特許は、同法第123条第1項第4号に該当し、無効とされるべきである。

[証拠方法]
甲第1号証:特開平06-100447号公報
甲第2号証:特開平04-202131号公報
甲第3号証:特開平02-25465号公報及び特願昭63-175142号についての補正の掲載
甲第4号証:特開平10-237070号公報
甲第5号証:「化学大辞典9縮刷版」、第529頁(写)(共立出版株式会社、昭和39年3月15日発行)
甲第6号証:″Wako CHEMICALS 2000″、総合カタログ第31版、第1208頁(写)(和光純薬工業株式会社、1999年10月1日発行)
(以上、平成23年9月16日付け審判請求書に添付。)
甲第7号証:医薬品開発基礎講座XI 薬剤製造法(上)、株式会社地人書館、昭和46年7月10日発行、132?137頁(写)
甲第8号証:医薬品添加物ハンドブック、丸善株式会社、平成元年3月30日発行、乳糖、249?261頁、白糖、262?267頁、マンニトール、365?369頁(写)
甲第9号証:医薬品添加物事典、株式会社薬事日報社、1994年1月14日発行、56?57頁、106頁、126?129頁 (写)
甲第10号証:医薬品製造指針 1998年度版、株式会社薬業時報社、平成10年10月1日発行、168?177頁(写)
甲第11号証:医薬品インタビューフォーム、アンジオテンシン変換選択性阻害剤 タナトリル錠2.5タナトリル錠5タナトリル錠10(写)
甲第12号証:医薬品インタビューフォーム、選択的β1アンタゴニスト日本薬局方ビソプロロールフマル酸塩錠メインテート錠0.625メインテート錠2.5メインテート錠5(写)
甲第13号証:経口投与製剤の処方設計、株式会社薬業時報社、平成10年4月15日発行、36?41頁(写)
(以上、平成24年3月28日付け口頭陳述要領書に添付。なお、甲第9号及び13号証については、平成24年4月5日付け上申書Aにおいて鮮明に印刷されたものが再提出された。)


第4 被請求人の主張

被請求人は、本件審判の請求は成り立たない、審判費用は、請求人の負担とする、との審決を求め、その理由として、本件特許には、上記無効理由は存在しない点を主張し、証拠方法として、乙第1?7号証を提出している。
[証拠方法]
乙第1号証:特願2009-79499 平成18年12月5日付手続補正書(方式)
乙第2号証:特願2009-79499 平成18年7月28日付意見書
(以上、平成23年12月9日付け答弁書に添付。)
乙第3号証:医薬品添加物事典、日本医薬品添加剤協会編、薬事日報社刊、1994年1月14日第1版発行、(5)?(7)、(9)、335、343、344、353?356頁
乙第4号証:International Journal of Pharmaceutics, vol.142, 1996, p61-66
乙第5号証:米国特許第5,562,921号
乙第6号証:Journal of Pharmaceutical and Biomedical Analysis, vol.55, 2011, p424-428
乙第7号証:塩路雄作著、医薬品添加剤、クレスト社刊、昭和63年8月30日発行、12?13頁
(以上、平成24年3月28日付け口頭陳述要領書に添付)
乙第4?6号証の抄訳(平成24年4月4日付け上申書に添付)
乙第8号証:International Journal of Pharmaceutics, vol. 119, 1995, p71-79(抄訳付)
乙第9号証:実験報告書
乙第10号証:実験報告書
(以上、平成24年5月23日付け上申書に添付。)


第5 当審の判断

事案に鑑み、無効理由2、無効理由3、無効理由1の順に検討する。

1 無効理由2(特許法第36条第4項)について

(1)請求人が主張する無効理由2の概要

請求人は、本件発明1?9については、本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載は、当業者がその発明を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されていないので、本件特許出願が特許法第36条第4項に規定する要件を満たしていない理由として、以下の事項を主張している。

本件特許明細書の発明の詳細な説明には、実施例1?16の記載があり、一応その配合組成は記載されているが、これらの実施例では、その組成により調製した経口投与用固形製剤で、ベポタスチンのベンゼンスルホン酸塩のラセミ化が防止し得たかどうかについて、全く記載がない。
本件特許明細書には、「本発明の経口投与用固形製剤を、40℃、瓶密栓(乾燥剤なし)で、6ヵ月間保存し、ベポタスチン対掌体の増加量をキラルな高速液体クロマトグラフィ-法(充填剤:信和化工ULTRONES-OVM)で測定した結果、本発明の製剤中でのベポタスチン対掌体の増加量は、いずれも0.4%以下であった。この結果より、本発明の固形製剤においては、ベポタスチンのラセミ化はごくわずかであり、ベポタスチンが安定に長期間保存され、変性しないことが確認された。」(段落[0028])と記載されているが、前記「本発明の製剤」において、S体ベポタスチンのどの酸付加塩が使用され、添加剤として何が、どのような配合組成で使用されたのか、そして製剤を製造する際に造粒したのか、造粒したのであればどのような造粒法で造粒したのか、更に製剤にコーティングをしたものかも全く不明である。
このように、本発明として認められるべきラセミ化効果を奏する具体的経口投与用固形製剤の内容が、全く不明である以上、どのような成分の組み合わせで、ラセミ化が防止できるかなどは理解できる筈もなく、当然、発明が実施できない。

(2)当審の判断

本件発明は、ベポタスチンのベンゼンスルホン酸塩、マンニトール、白糖、乳糖及びこれらの混合物から選択される賦形剤、並びにポリエチレングリコールを配合した経口投与用固形製剤に関するものであるところ、本件特許明細書の発明の詳細な説明には、ベポタスチンの薬理学的に許容しうる塩として、ベンゼンスルホン酸の付加塩が特に好ましいこと(段落[0009])、マンニトールなどの賦形剤として、製剤に通常使用されるグレードのものであればいかなるものも使用することができること(段落[0010])、ポリエチレングリコールとしては、平均分子量約1,000?20,000、特に約4,000?6,000のポリエチレングリコールが好ましいこと(段落[0011])が記載され、さらに、これらの成分の好ましい配合量について(段落[0012])も記載されている。
また、必要に応じて配合できる結晶セルロースなどの添加剤やその配合量についての記載(段落[0013]及び[0014])、経口投与用固形製剤の剤形及びその調製方法についての記載(段落[0015]?[0027])があり、さらに本件発明の製剤として、ベポタスチンのベンゼンスルホン酸塩を用いて調製した実施例1?16(段落[0031]?[0045])が記載されている。
このように、発明の詳細な説明には、本件発明の製剤を構成する成分について具体的に説明する記載及び調製例が記載されているのであるから、これらの記載を参酌した当業者であれば、本件発明の製剤を過度の負担なく調製できることは明らかである。
そして、当業者であれば、前記実施例1?16の製剤については、段落[0028]に記載された条件下において、ベポタスチンのラセミ化はごくわずかであり、ベポタスチンが安定に長期間保存され、変性しないことが確認されたことを、容易に理解するものと認められる。
確かに請求人が主張するとおり、本件発明の効果が記載されている段落[0028]には、用いられた「本発明の製剤」の具体的な組成が記載されていないが、当業者であれば、前記「本発明の製剤」は、少なくとも実施例1?16の製剤を包含するものである、と解するのが自然である。
しかも、請求人は、本件発明の経口投与用固形製剤の範疇に属するにもかかわらず、当業者が実施をすることができない製剤の例を、具体的に示してはいないので、本件発明の製剤として認められるべき経口投与用固形製剤の内容が不明であるとまでは言えない。
したがって、当業者は、発明の詳細な説明の記載に基づいて、ラセミ化防止効果を有する本件発明1?9の経口投与用固形製剤を過度の負担なく実施できるのであるから、本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載は、当業者が本件発明1?9の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されているので、特許法第36条第4項により規定される要件を満たしていると言える。
よって、請求人が主張する無効理由2により、本件発明1?9についての特許を無効とすることはできない。

2 無効理由3(第36条第6項第1号について)

(1)請求人が主張する無効理由3の概要

請求人は、本件特許出願が特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていないとする理由として、次の事項を主張している。

本件発明1は「ベポタスチンのベンゼンスルホン酸塩に、マンニトール、白糖、乳糖及びこれらの混合物から選択される賦形剤、並びにポリエチレングリコールを配合した経口投与用固形製剤。」であり、ここで使用されるポリエチレングリコールには、何ら制限はない。
一方、本件特許明細書の発明の詳細な説明中、実施例においては、ベシル酸ベポタスチンと、乳糖、白糖またはマンニトールをそれぞれ単独で用い、更にポリエチレングリコール6000と組み合わせた処方が記載されているが、ポリエチレングリコール(以下、「PEG」と略す)に関しては、PEG6000のみで、それ以外の分子量のものを用いた処方は一切記載されていない。
ところでPEGは、その分子量が200から4,000,000までの16種類のものが広く知られ、その分子量の違いによった製品が提供され(甲第6号証中、第1208頁、CAS Registry Number [25322-68-3])、これらはそれぞれその性質が相違するものと解されるので、PEG6000しか用いていない実施例から、その他の分子量のPEGにまで一般化ないし拡張できるものではない。
したがって、本件発明1は、発明の詳細な説明に記載されたものでない。
また、本件発明2?13は、本件発明1について、さらに限定を加えたののであるから、同様の理由により、発明の詳細な説明に記載されたものでない。

(2)当審の判断

請求人が甲第9号証として提出した「医薬品添加物事典」には、当該技術分野における周知技術について記載されており、各種マクロゴール(ポリエチレングリコールの別名)の主要な性質、用途等について、分子量の順に示すと、次のとおり記載されている。(甲第9号証の第126?129頁)

・マクロゴール200:無色透明の粘性の液、やや吸湿性
・マクロゴール300:無色透明の粘性の液、やや吸湿性、湿潤剤
・マクロゴール400:無色透明の粘調性のある液、やや吸湿性、湿潤剤
・マクロゴール600:無色透明の粘性の液又は白色ワセリンようの固体、
やや吸湿性
・マクロゴール1000:白色のワセリンよう又はパラフィンようの固体、
湿潤剤
・マクロゴール1500:白色の滑らかなワセリンようの固体、結合剤、
賦形剤、湿潤剤、防湿剤
・マクロゴール1540:白色の滑らかなワセリンよう又はパラフィンよう
の固体、賦形剤
・マクロゴール4000:白色のパラフィンようの塊、薄片又は粉末、
結合剤、湿潤剤、賦形剤、防湿剤
・マクロゴール6000:白色のパラフィンようの塊、薄片又は粉末、
結合剤、湿潤調整剤、賦形剤、防湿剤
・マクロゴール20000:白色のパラフィンようの薄片又は粉末、
結合剤、湿潤剤

ところで、本件発明1は、吸湿性のため不安定であることが知られているS配置のベポタスチンを製剤化するにあたり、結合剤としてポリエチレングリコール(以下、「PEG」という。)を用いた固形製剤であるから(段落[0005]及び[0006])、当業者であれば、本件発明1のPEGとして、上記各種マクロゴールの中で、結合剤及び防湿剤の用途を有する固体のPEGであるマクロゴール1500、4000、6000を用いるものと解される。
そして、これらのPEGを用いることは、本件特許明細書の発明の詳細な説明における「本発明の固形製剤に配合されるポリエチレングリコールとしては、平均分子量約1,000?20,000、特に約4,000?6,000のポリエチレングリコールが好ましい。」(段落[0011])との記載と矛盾しておらず、これらのPEGが有する平均分子量範囲であれば、実施例で用いられているPEG6000と同様の効果が得られるものと、当業者は推測できるはずである。
一方、請求人は、PEG6000以外で、前記段落[0011]に記載のPEGに該当するものを用いた固形製剤であるにもかかわらず、本件発明の効果を奏し得ないとする具体的な証拠を示してはいない。
してみれば、本件発明1で用いるPEGの平均分子量範囲は、当業者にとって明らかであると認められるので、本件発明1においてPEGの平均分子量範囲が特定されていないことをもって、直ちに本件発明1が発明の詳細な説明に記載された範囲を超えるものであるとすることはできない。
したがって、本件発明1は、発明の詳細な説明に記載されたものであり、特許法第36条第6項第1号により規定される要件を満たしている。
そして、本件特許2?13発明も、同様の理由により、特許法第36条第6項第1号により規定される要件を満たしている。
よって、請求人が主張する無効理由3により、本件発明1?13についての特許を無効とすることはできない。

3 無効理由1について

(1)請求人が主張する無効理由1の概要

本件発明1は、甲第4号証に開示のベポタスチンやそのS体のベンゼンスルホン酸塩に、医薬物質の水による変性を防ぐための製剤化技術である甲第1号証または甲第2号証に開示の発明を適用することで当業者が容易に想到しえたものであり、特許法第29条第2項に該当するものとして無効とされるべきものである。
また、本件発明2?11も、本件発明1と同様の理由により、特許法第29条第2項に該当するものとして無効とされるべきものである。

(2)引用例に記載されている事項

ア 請求人が提出した、本件特許出願の出願日前に頒布された刊行物である甲第4号証(特開平10-237070号公報、以下、「引用例1」という。)には、以下の事項が記載されている。

(1-a)「[請求項1]式(I)

で示される絶対配置が(S)体である光学活性ピペリジン誘導体のベンゼンスルホン酸塩。」

(1-b)「[請求項4](S)-4-〔4-〔(4-クロロフェニル)(2-ピリジル)メトキシ〕ピペリジノ〕ブタン酸・ベンゼンスルホン酸塩を有効成分としてなる医薬組成物。」

(1-c)「[発明の属する技術分野]本発明は、抗ヒスタミン活性及び抗アレルギー活性が優れている(S)-4-〔4-〔(4-クロロフェニル)(2-ピリジル)メトキシ〕ピペリジノ〕ブタン酸のベンゼンスルホン酸塩又は安息香酸塩及びその製造法に関し、該酸付加塩は吸湿性が少なく、物理化学的安定性に優れているので、医薬品として特に適した化合物である。また、本発明は、これらを有効成分としてなる医薬組成物に関する。」([0001])

(1-d)「[発明が解決しようとする課題]一般に光学異性体間で薬理活性や安全性が異なり、更に代謝速度、蛋白結合率にも差が生じることが知られている(ファルマシア、25(4),311-336, 1989)。したがって、医薬品とするには薬理学的に好ましい光学異性体を高光学純度で提供する必要がある。また該光学異性体の医薬品としての高度な品質を確保するために、物理化学的安定性に優れた性質を有することが望まれる。」([0005])

(1-e)「[課題を解決するための手段]本発明者等は、この課題解決のため鋭意研究を重ねた結果、上記式(I)で示される光学活性な(S)-4-〔4-〔(4-クロロフェニル)(2-ピリジル)メトキシ〕ピペリジノ〕ブタン酸のベンゼンスルホン酸塩及び安息香酸塩が医薬品として好ましい優れた安定性を有することを見い出し、本発明を完成するに至った。」([0006])

(1-f)「〔薬理試験〕次の光学活性ピペリジン誘導体エステルの(S)-エステル及び(R)-エステルを用いて、光学異性体による薬理作用の差を試験した。
(S)-エステル:(S)-4-〔4-〔(4-クロロフェニル)(2-ピリジル)メトキシ〕ピペリジノ〕ブタン酸エチルフマル酸塩(参考例3で調製)
(R)-エステル:(R)-4-〔4-〔(4-クロロフェニル)(2-ピリジル)メトキシ〕ピペリジノ〕ブタン酸エチルフマル酸塩(参考例4で調製)
ヒスタミンショック死抑制作用
体重250?550gのHartley 系雄性モルモットを使用し、Lands 等の方法(Lands, A.M., Hoppe, J.O., Siegmund, O.H. and Luduena, F.F., J. Pharmacol. Exp. Ther. 95, 45 (1949))に準じてヒスタミンショック死抑制作用を試験した。実験動物を一夜(約14h)絶食させた後、試験物質5ml/kg を経口投与した。試験物質投与2時間後に、ヒスタミン塩酸塩1.25mg/kg を静脈投与して、ヒスタミンショックを誘発させた。誘発後、実験動物の症状観察及びヒスタミンショックの発現時間を測定し、呼吸停止又は回復まで観察した。試験結果を表1に示す。」([0030]?[0031])

(1-g)「〔安定性試験〕
ベンゼンスルホン酸塩:(S)-4-〔4-〔(4-クロロフェニル)(2-ピリジル)メトキシ〕ピペリジノ〕ブタン酸一ベンゼンスルホン酸塩(実施例1で調製)
安息香酸塩:(S)-4-〔4-〔(4-クロロフェニル)(2-ピリジル)メトキシ〕ピペリジノ〕ブタン酸一安息香酸塩(実施例2で調製)
上記各化合物を粉砕後、500μm 篩を通過させたものを試験試料とした。各試料をガラスシャーレに分割して入れ、40℃、75%湿度にて保存し、1ヵ月後に取り出して、含有類縁物質量及びラセミ化による(R)-体含有量を測定して、試験開始時の含有量と比較した。
(a)類縁物質の含有量変化
試料を移動相に溶かして、・・・液体クロマトグラフ法にて各々のピーク面積百分率を自動積分法により測定した。・・・面積測定範囲:試料注入後50分の範囲
(b)(R)体量
試料約5mgを移動相に溶かして、・・・液体クロマトグラフ法にて各々のピーク面積百分率を自動積分法により測定し、下式により(R)体量(%)を算出した。・・・保持時間:(R)体 約7?10min (S)体 約13?15min」([0040]?[0045])

(1-h)

([0046]の[表4])

(1-i)「表4の試験結果から、(S)-エステルは分解により類縁物質の増加が顕著に認められ、しかも(R)体量の増加に伴い光学純度が低下することが明らかになった。したがって、物理化学的に不安定な化合物であり、医薬品として長期間高度な品質を確保できるとは言い難い。一方、ベンゼンスルホン酸塩及び安息香酸塩は、類縁物質及び(R)体量の顕著な増加は認められず、吸湿性も少ないことが確認された。したがって、これらは光学活性体として物理化学的な安定性を有する化合物である。」([0047])

(1-j)「参考例3
(S)-4-〔4-〔(4-クロロフェニル)(2-ピリジル)メトキシ〕ピペリジノ〕ブタン酸エチルフマル酸塩の合成
・・・析出晶を濾取して、目的とする(S)-4-〔4-〔(4-クロロフェニル)(2-ピリジル)メトキシ〕ピペリジノ〕ブタン酸エチルフマル酸塩1.97g(収率:90.1%、光学純度:99.0%ee)を得た。融点123?124℃
元素分析値(%):C_(22)H_(29)ClN_(2) O_(3) ・C_(4) H_(4) O_(4) として
計算値:C60.84 H6.24 N5.26
実測値:C60.73 H6.32 N5.21」([0059]?[0061])

(1-k)「実施例1
(S)-4-〔4-〔(4-クロロフェニル)(2-ピリジル)メトキシ〕ピペリジノ〕ブタン酸一ベンゼンスルホン酸塩の合成
・・・目的物0.42g(収率:67.3%、光学純度:99.2%ee)を淡灰色プリズム晶として得た。〔α〕_(D)^(20)+6.0°(c=5、MeOH)。融点:161?163℃」([0066])

イ 請求人が提出した、本件特許出願の出願日前に頒布された刊行物である甲第1号証(特開平6-100447号公報、以下「引用例2」という。)には、以下の事項が記載されている。

(2-a)「[請求項1] イミダプリルまたはその薬理的に許容しうる塩に、乳糖または(及び)マンニット、並びにポリエチレングリコールを配合してなる保存安定性に優れた製剤。
[請求項2] 薬理的に許容しうる塩が塩酸塩である請求項1記載の製剤。[請求項3] 錠剤である請求項1記載の製剤。」([特許請求の範囲])
(2-b)「しかしながら、本化合物は加水分解しやすく、通常この分野で汎用される賦形剤や結合剤を用いて製剤化した場合には、吸湿水分によって該化合物が加水分解を起こし、製剤中の含量が低下するという問題がある。」([0003])

(2-c)「[課題を解決するための手段]上記課題を解決するため研究した結果、イミダプリルに乳糖または(及び)マンニット、並びにポリエチレングリコールを配合することによって、保存安定性に優れた製剤が得られることを見いだし本発明を完成するに至った。乳糖、マンニットは賦形剤として、又、ポリエチレングリコールは結合剤として公知の物質であるが、イミダプリルにこれらを組み合わせて配合した場合、該医薬活性成分の加水分解が抑制されるという知見は全く知られていなかったものである。」([0005])

(2-d)「本発明の製剤においては、その剤型に応じて更に他の賦形剤あるいは滑沢剤を使用することもできる。併用できる賦形剤としては、経口用製剤に通常用いられるものであればいずれも使用でき、これら賦形剤としては例えばデンプン、ソルビット、結晶セルロース、第二リン酸カルシウム、白糖、硫酸カルシウム等があげられる。これらの賦形剤は、約10?25重量%の範囲で用いるのが好ましい。また、滑沢剤も経口用製剤に通常用い得るものであればよく、例えば、タルク、ステアリン酸マグネシウム、ステアリン酸カルシウム、ステアリン酸、ワックス等があげられる。これらの滑沢剤は約0.1?4.0重量%の範囲で用いるのが好ましい。」([0010])

(2-e)「実施例3
塩酸イミダプリル2.5重量部、乳糖51.5重量部、及びポリエチレングリコール(平均分子量6000)5.5重量部を混合し、高速撹拌造粒機(ハイスピードミキサー)に入れ、外浴温度75℃にて加熱造粒する。造粒物を室温まで冷却し、20メッシュのJIS標準篩で処理し、篩を通過したものにステアリン酸カルシウム0.5重量部を加えて混合する。混合物を回転式打錠機(直径5.5mm)で圧縮成形することにより、1錠当たり60mgの錠剤を得る。」([0016])

(2-f)「実施例4
塩酸イミダプリル10重量部、乳糖30重量部、マンニット31.1重量部、及び結晶セルロース10重量部を混合し、撹拌造粒機(品川式混合機)に入れ、これにポリエチレングリコール(平均分子量4000)8.2重量部を含む50w/w%含水エタノールを加えて練合する。練合物を40℃で15分間乾燥後、練合物を破砕する。再び40℃で3時間乾燥後、32メッシュのJIS標準篩で処理する。篩を通過したものにステアリン酸マグネシウム0.7重量部を加えて混合し、回転式打錠機(直径6.5mm)で圧縮成形することにより、1錠当たり90mgの錠剤を得る。」([0017])
(2-g)「実験例
塩酸イミダプリルを表1に示す賦形剤、結合剤及び滑沢剤と組み合わせた場合における安定性を試験した。実験は各成分を所定の比率で混合し、常法により製した錠剤を50℃、1箇月間保存し、保存後の活性薬剤及びその分解物量を測定して分解率を算出した。結果は表1に示した通りである。

([0018]、[0019]の[表1])


ウ 請求人が提出した、本件特許出願の出願日前に頒布された刊行物である甲第2号証(特開平4-202131号公報、以下「引用例3」という。)には、以下の事項が記載されている。

(3-a)「(1)ビソプロロールまたはその薬理的に許容しうる塩にマンニットおよびポリエチレングリコールを配合してなる長期間安定な経口用医薬製剤。」(特許請求の範囲第1項)

(3-b)「しかしながら、この化合物は加水分解しやすく、通常この分野で汎用される賦形剤や結合剤等を用いて製剤した場合には、吸湿水分によって該化合物が加水分解を起こし、製剤中の含量が低下するという問題がある。」(第1頁右欄第12?16行)

(3-c)「本発明の製剤においては、その剤型に応じて更に他の賦形剤あるいは滑沢剤を使用することもできる。賦形剤としては経口用製剤に通常用いられるものであればいずれも使用でき、これら賦形剤としては例えば乳糖、・・・、結晶セルロース、・・・、白糖、・・・等が挙げられ、・・・使用できる。」(第2頁左下欄第2?9行)

(3-d)「本発明の製剤は、・・・上記の操作はいずれもこの技術分野における常法により実施することができ、例えば加熱造粒法、・・・できる。加熱造粒法によるときには医薬活性成分、マンニット及びポリエチレングリコールを混合し、・・・加えればよい。」(第2頁左下欄第16行?右下欄第10行)

(3-e)「実験例
ビソプロロール・1/2フマル酸塩を下記第1表に示す賦形剤、結合剤及び滑沢剤と組合せた場合における安定性を試験した。
実験は各物質を所定の比率で混合し、常法により製した錠剤を60°C11カ月間保存し、保存後の活性薬剤の残存量を測定し残存率を算出した。結果は第1表に示す通りである。」(第3頁左上欄第13?20行)

(3-f)

(第3頁右上欄の第1表)


(3)当審の判断

ア 本件発明1について

(ア)引用例1に記載されている発明

引用例1における、一般式(I)で示される絶対配置が(S)体である光学活性ピペリジン誘導体((1-a))の化学名は、「(S)-4-〔4-〔(4-クロロフェニル)(2-ピリジル)メトキシ〕ピペリジノ〕ブタン酸」である。((1-b)、(1-c)及び(1-e))
そして、引用例1には、当該光学活性ピペリジン誘導体のベンゼンスルホン酸塩を有効成分としてなる医薬組成物が記載されており((1-b))、医薬組成物にする際、有効成分に添加剤を配合することは、自明である。
さらに、光学異性体による薬理作用の差を試験する薬理試験において、試験物質である当該光学活性ピペリジン誘導体の(S)-エステル及び(R)-エステルを実験動物に5ml/kg の量で経口投与しているので((1-f))、引用例1における医薬組成物が経口投与用の医薬組成物を包含していることも、自明である。
以上のことから、引用例1には、下記の発明(以下、「引用発明1」という。)が記載されている。
「(S)-4-〔4-〔(4-クロロフェニル)(2-ピリジル)メトキシ〕ピペリジノ〕ブタン酸のベンゼンスルホン酸塩に、添加剤を配合した経口投与用医薬組成物」

(イ)対比

本件発明1と引用発明1とを対比する。
本件明細書の段落[0002]における「ベポタスチン〔化学名:(S)-4-〔4-〔(4-クロロフェニル)(2-ピリジル)メトキシ〕ピペリジノ〕ブタン酸〕」との記載からみて、引用発明1における有効成分である「(S)-4-〔4-〔(4-クロロフェニル)(2-ピリジル)メトキシ〕ピペリジノ〕ブタン酸のベンゼンスルホン酸塩」は、本件発明1における「ベポタスチンのベンゼンスルホン酸塩」に相当する。
また、本件明細書の段落[0002]?[0005]の記載からみて、本件発明1の「ベポタスチンのベンゼンスルホン酸塩」が製剤中の「有効成分」であり、「マンニトール、白糖、乳糖及びこれらの混合物から選択される賦形剤、並びにポリエチレングリコール」が製剤中の「添加剤」であることは、明らかである。
したがって、本件発明1と引用発明1とは、「ベポタスチンのベンゼンスルホン酸塩に、添加剤を配合した経口投与用医薬組成物」である点で一致し、以下の点で相違する。

・本件発明1の医薬組成物は「経口投与用固形製剤」であるのに対し、引用発明1の医薬組成物は、経口投与用であるが「固形製剤」であるとの記載はない点。(以下、「相違点1」という。)

・本件発明1は医薬組成物は、添加剤として「マンニトール、白糖、乳糖及びこれらの混合物から選択される賦形剤、並びにポリエチレングリコール」を配合しているのに対し、引用発明1では、添加剤を具体的に特定していない点。(以下、「相違点2」という。)

(ウ)判断

(i)相違点1について

経口投与用製剤において、錠剤等の固形製剤は汎用性が高い剤型である。 また、引用例1では、ベポタスチンのベンゼンスルホン酸塩(以下、「ベンゼンスルホン酸塩」という。)の「結晶」の物理化学的安定性を評価しているので((1-e)、(1-g)、(1-j))、引用発明1の経口投与用医薬組成物においては、ベンゼンスルホン酸塩を「結晶」という固体状態で配合することを前提としている、と解するのが自然である。
したがって、引用発明1の経口投与用医薬組成物を、汎用性が高い剤型である固形製剤とすることは、当業者が容易に想起し得た事項にすぎず、格別の創意工夫を要したものではない。

(ii)相違点2について

(ii-1)経口投与用固形製剤を設計する際には、原薬(有効成分)の物理化学的性質を検討する必要があり、原薬の状態では安定であっても製剤化により原薬が不安定になる場合があること、そして、製剤化により原薬が不安定になる要因として「製剤添加剤との配合性不良」、「湿度」、「製造工程」が挙げられることは、本件出願日当時の技術常識である。(甲第13号証の36頁18?26行及び38頁21行?39頁29行、乙第4号証の抄訳)
また、本件特許出願日当時、医薬品承認申請において、原体(有効成分)及び製剤について、苛酷試験、長期保存試験、加速試験のような安定性試験を実施することが厚生省により通知徹底されており(甲第10号証の第172頁?176頁)、錠剤等の固形製剤の安定性への影響について検討すべき主要な項目の一つとして「水分」が挙げられることも、本件出願日当時の技術常識である。(甲第10号証の第175頁の「7.その他の留意事項 別記 測定項目」における「3)製剤の剤形に応じて検討すべき項目の例 水分:錠剤,カプセル剤,散剤,用時溶解又は懸濁して用いる固形製剤等」との記載)

(ii-2)引用例1には、40℃、75%湿度にて1ヵ月保存とするという条件の「表4 安定性試験」の結果から、参考例3の(S)-エステルは、「吸湿量」が多く、「外観」が若干着色し、分解による「類縁物質」及び光学純度の低下による「(R)体量」の顕著な増加が見られたのに対し、ベンゼンスルホン酸塩は、「吸湿量」が少なく、「外観」は不変で、「類縁物質」及び「(R)体量」の増加は少なかったことが、記載されている。((1-g)?(1-i))
そうすると、引用例1に接した当業者は、吸湿による水分が、ベポタスチンの物理化学的安定性に悪影響を及ぼすことを、容易に理解し得ると解される。
一方、前記(i-1)で指摘したとおり、原薬の状態では安定であっても製剤化により原薬が不安定になる場合があることは、本件出願日当時の技術常識であるから、引用発明1のベンゼンスルホン酸塩は、原薬の状態では吸湿量が少なく水分に対して安定であるものの、固形製剤化した場合には、ベンゼンスルホン酸塩の安定性に対して水分による悪影響が生じる危険性があることは、当業者が容易に推考できることである。

(ii-3)このように、引用発明1のベンゼンスルホン酸塩を固形製剤化する際に、水分による悪影響を回避し得る適切な添加剤を選択する必要があることは明らかである。
そして、添加剤を選択する際の通常のアプローチとしては、固形製剤において通常用いられる添加剤を、各機能ごとに2?3種類選択し、原薬と適当な比率で混合した後、湿度に対する安定性を調査するという試行錯誤が想定されるところ(甲第13号証の第37頁第5?7行)、もし、本件出願日前に、固形製剤化において水分による悪影響を解決できた添加剤が既に知られているならば、まず、その添加剤について、引用発明1のベンゼンスルホン酸塩の固形製剤化において使用できるか否かを検討することは、当業者にとって常套の事項である。

(ii-4)ここで、引用例2及び3には、それぞれ添加剤として「乳糖または(及び)マンニット、並びにポリエチレングリコール」、「マンニットおよびポリエチレングリコール」を用いることにより、経口投与用固形製剤化において、吸湿水分による有効成分の加水分解を抑制できたことが記載されており、前記マンニットはマンニトールに相当する。((2-a)、(2-c)、(2-g)、(3-a)及び(3-e))
ここで、引用例2のイミダプリル及び引用例3のビソプロロールと、引用発明1のベンゼンスルホン酸塩とは、その化学構造において異なっている。
しかし、引用例2のイミダプリルと引用例3のビソプロロールとは、その化学構造が異なっているにもかかわらず、いずれもマンニット(マンニトール)、ポリエチレングリコールを用いた添加剤によって、有効成分の加水分解を抑制し、有効成分の安定性に対する水分による悪影響を回避するという共通の課題を解決できたのであるから、引用発明1のベンゼンスルホン酸塩を固形製剤化する際に、引用例2及び3と共通の課題、すなわち、有効成分の安定性に対する水分による悪影響を回避するという課題を解決するために、引用例2及び3で用いられた前記の添加剤を配合して本件発明1の固形製剤を得ることは、当業者が容易に想到し得た事項である。

(ii-5)被請求人は、引用例2及び3における課題は加水分解抑制であり、ラセミ化抑制については記載も示唆もされておらず、加水分解抑制とラセミ化抑制とは全く異なる課題である旨を主張している。(答弁書 第8頁第11行?第9頁第10行、及び口頭審理陳述要領書 第5頁第26行?第6頁第2行)
確かに「(R)体量」と「加水分解率」とは異なる評価項目であるし、一般に、光学活性体のラセミ化の要因は「水分」だけではなく、熱や光等、他の要因も存在することは、本件特許出願日当時の技術常識である。(甲第5号証 第529頁左欄)
しかし、引用例2及び3における加水分解は、いずれも有効成分の安定性に対する水分による悪影響によって生じた現象である。(2-b)及び(3-b))
そして、上記(ii-2)で指摘したように、引用発明1には、吸湿による水分が、ベポタスチンの物理化学的安定性に悪影響を及ぼすことが記載されているので、引用発明1と引用例2及び3とは、いずれも有効成分の安定性に対する水分による悪影響を防止するという点で、解決すべき課題は共通していると認められるので、被請求人の上記主張を採用することはできない。

(ii-6)また、被請求人は、乙第8号証に記載のように、添加剤であるポリエチレングリコール6000と、有効成分であるケトプロフェンとの間に、強い固相相互反応が観察されたことが本件出願日前に知られており、添加剤であれば医薬有効成分に影響を与えないとは言えないのであるから、有効成分が異なる製剤に使用されている添加剤を、何の試行錯誤もなく、直ちに用いることができるとは言えない旨を主張している。(乙第8号証の要約、及び平成24年5月23日付け上申書の第4頁第4行?第5頁第16行)
確かに、製剤化において、添加剤と有効成分との相互反応等は考慮すべき事項ではあるものの、ケトプロフェンとは化学構造が異なる引用例2のイミダプリルや引用例3のビソプロロールの固形製剤化において、それぞれの実施例では乙第8号証と同様にポリエチレングリコール6000を用いているにもかかわらず((2-g)及び(3-f))、有効成分とポリエチレングリコール6000との相互反応の問題をうかがわせるような事項は記載されていない。
しかも、乙第8号証には、引用発明1のベンゼンスルホン酸塩とポリエチレングリコール6000との間の相互反応の問題を、当業者が容易に推測し得る根拠となる事項は記載されていない。
そうすると、ケトプロフェンとポリエチレングリコール6000との間に強い固相相互反応が観察されたことが知られていたとしても、そのことを根拠として、ケトプロフェンとは化学構造が異なる引用発明1のベンゼンスルホン酸塩とポリエチレングリコール6000との間に、同様の相互反応が生じると、直ちに当業者が予測するとは考え難い。
よって、被請求人の上記主張を採用することはできない。

(iii)効果について

引用例2及び3には、添加剤として「乳糖または(及び)マンニット、並びにポリエチレングリコール」、「マンニットおよびポリエチレングリコール」を用いることにより、水分による加水分解が抑制され、有効成分の安定性の低下が回避されたことが示されている。((2-g)及び(3-f))
そして、上記(ii-2)で指摘したように、引用例1には、「吸湿量」が少ないベンゼンスルホン酸塩は、「外観」は不変で、分解による「類縁物質」及び光学純度の低下による「(R)体量」の増加は少なかったという結果が記載されているのであるから、引用発明1に、引用例2及び3の添加剤を配合して得られた本件発明1の固形製剤において、有効成分の安定性に対する水分による悪影響が回避された結果、「ベポタスチン対掌体の増加量」または「ベポタスチンのラセミ化」が抑制されたことは(本件明細書の段落[0028])、引用例1?3の記載からみて、当業者が容易に予測し得た程度の効果にすぎない。
また、本件明細書の段落[0028]には、40℃、瓶密栓(乾燥剤なし)で6カ月保存した場合、「ベポタスチン対掌体の増加量」または「ベポタスチンのラセミ化」が0.4%以下に抑制された旨が記載されているが、「0.4%以下」という値は、保存前と保存後の相対変化量を示す値であって、保存前と保存後それぞれのベポタスチン対掌体の絶対量が示されていない。しかも、水分に対する安定性試験において、結果に大きな影響を及ぼすことが明らかである「瓶内の湿度条件」が記載されていない。
そうすると、本件発明において「ベポタスチン対掌体の増加量」または「ベポタスチンのラセミ化」が「0.4%以下」に抑制されたという結果は、引用例1の「表4 安定性試験」における、ベンゼンスルホン酸塩を40℃、75%湿度で1ヵ月保存した後の(R)体含量が0.39%であり、(R)体含量の増加量は0.02%であったという実験結果からみて((1-g)及び(1-h))、当業者が予測し得る範囲を超えるほどに格別顕著な効果であるとまでは言えない。

(iv)比較実験成績等について

被請求人は、乙第2号証、乙第9号証及び乙第10号証を提示し、本件発明は、当業者が予測し得ない顕著な効果を奏するものである旨を主張している。(乙第2号証 第4?5頁、答弁書 第9頁第15?27行、乙第9号証、乙第10号証)
しかし、乙第9号証における有効成分はイミダプリル塩酸塩であって本件発明のベンゼンスルホン酸塩ではなく、また、乙第10号証の製剤は、ベンゼンスルホン酸塩を有効成分とする固形製剤ではあるものの「均質混合してなる処方末(造粒及び錠剤化していない物理混合物)」であり、本件明細書に記載されている、白糖及びポリエチレングリコールを用いた実施例2、9?11の「錠剤」とは、剤型も、添加剤の配合量も異なっている。
したがって、乙第9号証及び乙第10号証の実験結果を根拠として、本件発明の製剤においても、造粒方法の違いによるラセミ化抑制効果への影響に実質的な相違は生じないと断定することはできない。
また、乙第2号証の比較実験成績(表1)の比較製剤A、Bで用いられたトウモロコシデンプン、ポリビニルピロリドンは、引用例2、3の比較例(対照)で用いられた添加剤であり、引用例2、3において、トウモロコシデンプン、ポリビニルピロリドンを用いた場合と比較して、マンニット(マンニトール)、ポリエチレングリコールを用いた場合に、有効成分の安定性に対する水分による悪影響が回避されたことを示す実験結果が既に示されているのであるから((2-g)及び(3-f))、仮に、造粒方法の違いによる実質的な相違が生じないとしても、当該比較実験成績(表1)で示された効果が、引用例1?3の記載からみて、当業者が容易に予測し得た程度のものにすぎないことは、上記(iii)で既に指摘したとおりである。
よって、被請求人の上記主張を採用することはできない。

(エ)小括

したがって、本件発明1は、本件出願日前に頒布された刊行物である甲第4号証、甲第1号証及び甲第2号証に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるので、同法第123条第1項第2号に該当し、無効とされるべきである。

イ 本件発明2について

本件発明2は、本件発明1におけるベポタスチンのベンゼンスルホン酸塩、マンニトール、白糖、乳糖及びこれらの混合物から選択される賦形剤、ポリエチレングリコールの配合量を限定するものである。
しかし、甲第1号証の実験例には、1錠(110mg)あたり、塩酸イミダプリル 10mg(約9.1重量%)、乳糖 86.6mg (約78.7重量%)、ポリエチレングリコール6000 10mg(約9.1重量%)等を含有する錠剤が記載されており((2-g))、また、甲第2号証の実験例にはビソプロロール・1/2フマル酸塩 12重量%、マンニット 60重量%、ポリエチレングリコール6000 20重量%等を含有する錠剤がそれぞれ記載されている。((3-e)及び(3-f))
これらの記載に基づけば、本件発明1における各成分の配合量を本件発明2の範囲にすることは当業者が適宜調整し得る事項にすぎない。
また、本件発明2の配合量に限定することにより、格別顕著な効果が得られたとも認められない。
よって、本件発明2は、本件発明1と同様に、甲第4号証、甲第1号証及び甲第2号証に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものである。

ウ 本件発明3、4について、

本件発明3は、本件発明1又は2の経口投与用固形製剤に更に結晶セルロースを含有させたものであり、本件発明4は、更にその量を限定するものである。
しかし、結晶セルロースは、甲第1号証にも甲第2号証にも記載されているように((2-d)及び(3-c))、周知の賦形剤である。
また、結晶セルロースを含有させること、さらに配合量を特定することによって、格別顕著な効果が得られたとも認められない。
よって、本件発明3、4は、本件発明1と同様に、甲第4号証、甲第1号証及び甲第2号証に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものである。

エ 本件発明5について

本件発明5は、本件発明1?4のいずれかの経口投与用固形製剤を錠剤に限定するものであるが、甲第1号証や、甲第2号証でも、実施例や実験例で錠剤が記載されているのであるから、本件発明5は、本件発明1と同様に、甲第4号証、甲第1号証及び甲第2号証に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものである。

オ 本件発明6について

本件発明6は、「ベポタスチンのベンゼンスルホン酸塩に、マンニトール、ポリエチレングリコール及び結晶セルロースを配合した経口投与用錠剤。」の発明である。
しかしながら、甲第1号証の実施例4及び甲第2号証の実験例には、有効成分と、乳糖、マンニット、結晶セルロース及びポリエチレングリコールを組み合わせた錠剤が記載されていることから((2-f)及び(3-f))、本件発明6は、本件発明1と同様に、甲第4号証、甲第1号証及び甲第2号証に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものである。

カ 本件発明7について

本件発明7は、「ベポタスチンのベンゼンスルホン酸塩に、白糖、ポリエチレングリコール及び結晶セルロースを配合した経口投与用錠剤。」の発明である。
上記オで指摘したように、甲第1号証の実施例4及び甲第2号証の実験例には、有効成分と、乳糖、マンニット、結晶セルロース及びポリエチレングリコールを組み合わせた錠剤が記載されており、乳糖と白糖は共に糖類であること、また、甲第1号証及び甲第2号証には、賦形剤として白糖を配合してもよいことが記載されていることから((2-d)及び(3-c))、乳糖を白糖に置き換えることは、当業者が適宜選択しえた事項であり、格別の創意工夫を要したとは認められない。
また、本件明細書中には、乳糖を白糖に置き換えたことにより格別顕著な効果が得られたか否かについては記載されていない。
よって、本件発明7は、本件発明1と同様に、甲第4号証、甲第1号証及び甲第2号証に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものである。

キ 本件発明8、9について

本件発明8は、本件発明5?7のいずれかの経口投与用錠剤に、更にフィルムコーティング層を設けた経口投与用錠剤であり、本件発明9は、更にそのコーティング層の皮膜率を限定するものであるが、錠剤にフィルムコーティング層を設けることは周知慣用の技術であり、このような技術を用いることに格別の創意工夫を要したとは認められない。
また、このコーティング層を、被覆されていない錠剤の全体重量に対して2?10重量%とすることも、当業者が適宜調整し得た事項にすぎない。
よって、本件発明8、9は、甲第4号証、甲第1号証及び甲第2号証に記載された発明に基づき、周知慣用技術を勘案して、当業者が容易に想到できたものである。

ク 本件発明10、11について

本件発明10、11は、実質的に本件発明1等の経口投与用固形製剤を造粒して調製する方法、及び造粒方法を加熱造粒法に限定するものであるが、甲第1号証の実施例3には、有効成分、乳糖、ポリエチレングリコールを混合し、これを外浴温度75℃で加熱造粒したことが記載されており((2-e))、甲第2号証にも加熱造粒法により実施することが記載されている。((3-d))
よって、本件発明10、11は、本件発明1と同様に、甲第4号証、甲第1号証及び甲第2号証に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものである。

第6 むすび

以上のように、本件発明1?11は、甲第4号証、甲第1号証及び甲第2号証に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるので、同法第123条第1項第2号に該当し、無効とされるべきである。
そして、本件発明12及び13については、特許を無効とすべき理由は見当たらない。
また、審判に関する費用については、特許法第169条第2項の規定により準用する民事訴訟法第64条の規定により、その13分の2を請求人の負担とし、13分の11を被請求人の負担とする。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2012-06-12 
結審通知日 2012-06-18 
審決日 2012-07-09 
出願番号 特願2000-79499(P2000-79499)
審決分類 P 1 113・ 536- ZC (A61K)
P 1 113・ 537- ZC (A61K)
P 1 113・ 121- ZC (A61K)
最終処分 一部成立  
前審関与審査官 長部 喜幸  
特許庁審判長 横尾 俊一
特許庁審判官 前田 佳与子
中村 浩
登録日 2007-02-02 
登録番号 特許第3909998号(P3909998)
発明の名称 経口投与製剤  
代理人 塩見 敦  
代理人 津国 肇  
代理人 齋藤 房幸  
代理人 齋藤 房幸  
代理人 塩見 敦  
代理人 特許業務法人 小野国際特許事務所  
代理人 小國 泰弘  
代理人 小澤 圭子  
代理人 小澤 圭子  
代理人 津国 肇  
代理人 小國 泰弘  

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