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審決分類 審判 全部無効 2項進歩性  B32B
管理番号 1279475
審判番号 無効2013-800019  
総通号数 167 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2013-11-29 
種別 無効の審決 
審判請求日 2013-02-04 
確定日 2013-09-12 
事件の表示 上記当事者間の特許第4151821号発明「透明導電性フィルム用表面保護フィルム及び透明導電性フィルム」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 審判費用は、請求人の負担とする。 
理由
第1 手続の経緯
本件無効審判の請求に係る特許第4151821号(以下、「本件特許」という。)の手続の経緯は、以下のとおりである。
平成14年 1月11日 本件特許出願
平成20年 7月11日 設定登録
平成25年 2月 4日 本件無効審判請求
同年 4月22日付け 審判事件答弁書
同年 5月21日付け 審理事項通知書
同年 6月 5日付け 口頭審理陳述要領書(請求人)
同年 6月19日付け 口頭審理陳述要領書(被請求人)
同年 6月26日付け 口頭審理陳述要領書(第2回)(請求人)
同年 6月26日付け 審理事項通知書
同年 7月 2日付け 口頭審理陳述要領書(第3回)(請求人)
同年 7月 2日付け 口頭審理陳述要領書(被請求人)
同年 7月 3日 口頭審理

第2 本件特許発明
本件特許の請求項1ないし3に係る発明(以下、「本件特許発明1」ないし「本件特許発明3」という。)は、特許請求の範囲の請求項1ないし3に記載された、以下のとおりのものである。
「【請求項1】
透明導電性フィルムの導電性薄膜とは反対側の表面を保護し、剥離することができるフィルムであって、前記表面保護フィルムは基材フィルムの片面側に粘着剤層が設けられており、当該粘着剤層を被着面に貼り合せた状態で150℃で1時間加熱した後に、前記表面保護フィルムを粘着剤層と被着面の間で剥離する際の、引張速度0.3m/分の条件で測定した粘着力、および引張速度10m/分の条件で測定した粘着力が、ともに2.8N/20mm以下であることを特徴とする透明導電性フィルム用表面保護フィルム。
【請求項2】
基材フィルムの片面側に導電性薄膜を他面側にハードコート層又はアンチグレア層を備えると共に、請求項1記載の透明導電性フィルム用表面保護フィルムの粘着剤層を、前記ハードコート層又は前記アンチグレア層の表面に貼着してなる透明導電性フィルム。
【請求項3】
基材フィルムの片面側に導電性薄膜を備えると共に、請求項1記載の透明導電性フィルム用表面保護フィルムの粘着剤層を、基材フィルムの他面側の表面に貼着してなる透明導電性フィルム。」

第3 請求人の主張
請求人は、本件特許発明1ないし3についての特許を無効とする、審判費用は被請求人の負担とする、との審決を求め、証拠方法として甲第1号証ないし甲第26号証(以下、簡潔に「甲1」ないし「甲26」と表記する。)を提出し、以下の無効理由を主張する。

(無効理由)
本件特許発明1及び3は、甲1、甲2に記載された発明、及び、周知技術に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであり、本件特許発明2は、甲1ないし甲3に記載された発明、及び、周知技術に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本件特許発明1ないし3についての特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであり、特許法第123条第1項第2号に該当し、無効とすべきものである。

(証拠方法)
甲1:特開2001-33776号公報
甲2:特開平5-163468号公報
甲3:特開2001-262088号公報
甲4:特開平8-143832号公報
甲5:特開平7-68690号公報
甲6:特開平10-121227号公報
甲7:特開平11-256111号公報
甲8:特開平3-139517号公報
甲9:4官能性エポキシ樹脂TETRAD^((R))カタログ、三菱ガス化学
株式会社、1995年 (審決注:(R)は丸囲いされたR、すなわち、
登録商標を示す記号である。)
甲10:特開平1-100260号公報
甲11:特開平2-276630号公報
甲12:特公平3-15536号公報
甲13:特許第4151821号公報(本件特許公報)
甲14:特開2003-13035号公報
甲15:特開平10-208555号公報
甲16:特開平11-268168号公報
甲17:特開平11-320744号公報
甲18:特開平5-66411号公報
甲19:特開平7-72492号公報
甲20:特開平10-67062号公報
甲21:特開平11-961号公報
甲22:「透明導電フィルムの製造と応用」、株式会社シーエムシー、1986
年8月25日、p.134-141
甲23:「タッチパネルの基礎と応用」、株式会社テクノタイムズ社、2001
年12月26日、p.119-123
甲24:特開2000-105669号公報
甲25:特開平8-148036号公報
甲26:「初歩から学ぶ粘着剤」、株式会社工業調査会、2001年5月20日
、p.82-89

甲1ないし甲26の成立につき当事者間に争いはない。

第4 被請求人の主張
被請求人は、本件無効審判の請求は成り立たない、審判費用は請求人の負担とする、との審決を求め、証拠方法として乙第1号証ないし乙第3号証(以下、簡潔に「乙1」ないし「乙3」と表記する。)を提出し、無効理由が成り立たないと主張する。

(証拠方法)
乙1:平成22年(行ケ)10351号審決取消請求事件判決、p.1-2、p.26-27
乙2:「粘着ハンドブック」、第2版、日本粘着テープ工業会、1995年10
月12日、p.66-67
乙3:特許第4151821号公報(本件特許公報)、p.1-2、p.7-8

乙1ないし乙3の成立につき当事者間に争いはない。

第5 当審の判断
1.本件特許発明1について
(1)甲1の記載
甲1には、以下の記載がある。

(1a)「【請求項1】 光学部材の表面を接着被覆する保護フィルムであり、光学部材に対する常温での180度ピールに基づく接着力において、10m/分の剥離速度によるそれが0.3m/分の剥離速度によるそれの2.5倍以内であることを特徴とする表面保護フィルム。
【請求項2】 請求項1において、光学部材が偏光板、位相差板、それらの積層体又は防眩シートである表面保護フィルム。」

(1b)「【0002】
【発明の背景】液晶パネルの形成などに用いられる偏光板や位相差板、それらを積層した楕円偏光板等の光学部材は、通例その表面が損傷されないように表面保護フィルムで接着被覆した状態でパネルの組立等に供され、その保護フィルムは光学部材と液晶セルを接着した後に剥離除去される。」

(1c)「【0004】
【発明の技術的課題】本発明は、温度や湿度等の環境変化で光学部材より剥離せず、かつ剥離時には糊残りなく光学部材より剥離分離できる基本的性能を満足させつつ、低速から高速まで光学部材の損傷や液晶セルよりの剥離なしに手や機械を介し安定して剥離分離できる表面保護フィルムの開発を課題とする。」

(1d)「【0007】
【発明の実施形態】本発明による表面保護フィルムは…(中略)…その例を図1に示した。1が表面保護フィルムで、11が保護基材、12が粘着層であり、2が光学部材で、21が光学素材、22が粘着層である。
【0008】表面保護フィルムは、図例の如く保護基材11に粘着層12を設けてその粘着層と共に保護基材を光学部材より剥離できるように形成される。」

(1e)「【0011】表面保護フィルムにおける粘着層は、光学部材の表面に接着したものを剥離分離する際の接着力において、10m/分の剥離速度によるそれが0.3m/分の剥離速度によるそれの2.5倍以内であるものにて形成される。これにより低速から高速まで光学部材に損傷や液晶セルよりの剥離を発生させずに手や機械を介し安定して剥離分離することができる。なお前記の接着力は、光学部材に対する常温での所定剥離速度による180度ピールに基づく。
【0012】前記した接着力の剥離速度依存性の抑制、温度や湿度等の環境変化による接着力の変化の防止性や光学部材よりの剥離の防止性、剥離時における糊残りのない光学部材よりの剥離分離性などの点より好ましい粘着層は、アクリル系粘着剤の如く透明性や耐候性、耐熱性等に優れるものであり、当該接着力の剥離速度依存性が2.0倍以内、就中1.5倍以内のものである。
【0013】前記の接着特性を示す表面保護フィルムは、例えば粘着層の弾性率、就中、粘着層を形成するポリマーの弾性率を制御する方式などにて形成することができる。その場合、従来よりも弾性率の高い粘着層とすることにより前記の接着特性を付与することができる。
【0014】なお粘着層の弾性率の向上は、例えばポリマー種の変更やポリマーの分子量の増大、架橋剤による架橋処理ないし分子量の増大などにより実現することができる。」

(1f)「【0032】
【実施例】実施例1
2-エチルヘキシルアクリレート100部(重量部、以下同じ)、酢酸ビニル70部、メチルアクリレート8部及びアクリル酸5部をベンゾイルパーオキサイド0.3部を介しトルエン中、約60℃で反応させて得たポリマー溶液にその固形分100部あたり架橋剤(テトラッドC、三菱化学社製)4部を加え、それを厚さ35μmのポリエステルフィルム上に塗工して厚さ25μmのアクリル系粘着層を形成し、表面保護フィルムを得た。」

(1g)「【0034】評価試験
実施例、比較例で得た表面保護フィルムをその粘着層を介し2kgのゴムロールを一往復させる方式で市販の偏光板に接着し、それを50mm×150mmのサイズにカットして試験片を形成し、それを引張試験機を介し10m/分(高速時)又は0.3m/分(低速時)の剥離速度による180度ピール値を測定して23℃における偏光板に対する表面保護フィルムの接着力を調べた。
【0035】前記の結果を次表に示した。
実施例1 比較例
高速時(gf/50mm) 45 460
低速時(gf/50mm) 32 33
高速時/低速時 1.4 13.9 」

(1h)「 【図1】



図1より、保護基材11の片面側に粘着層12が設けられていることが明らかである。
以上の記載によれば、甲1には、次の発明(以下、「甲1発明」という。)が記載されていると認められる。

「光学部材の表面を接着被覆する表面保護フィルムであって、
前記表面保護フィルムは、保護基材の片面側に粘着層が設けられ、粘着層と共に保護基材を光学部材より剥離できるように形成されており、
光学部材に対する常温での180度ピールに基づく接着力において、10m/分の剥離速度による接着力が0.3m/分の剥離速度による接着力の2.5倍以内である表面保護フィルム。」

(請求人の主張について)
請求人は、甲1に記載された発明を、次のとおり認定すべき旨主張する。
「光学部材の表面を接着被覆する保護フィルムであって、
前記表面保護フィルムは、保護基材の片面側に粘着層が設けられており、
光学部材に対する常温(23℃)での180度ピールに基づく接着力において、10m/分の剥離速度による接着力が0.18(N/20mm)であり、0.3m/分の剥離速度による接着力が0.13(N/20mm)である、表面保護フィルム。」
しかし、上記請求人の主張は、以下のとおり、採用できない。
請求人の主張における具体的な接着力である「0.18(N/20mm)」及び「0.13(N/20mm)」は、それぞれ、甲1に記載された実施例1の接着力「45(gf/50mm)」及び「32(gf/50mm)」に基づくものである。ここで、上記接着力は、表面保護フィルムをその粘着層を介し「市販の偏光板」に接着した場合の接着力を測定したものである(上記(1g))。一方、甲1には、「光学部材」の表面を接着被覆する保護フィルムの発明が記載され、「光学部材」に対する接着力について記載されているが、「光学部材」全般に対する具体的な接着力が「0.18(N/20mm)」及び「0.13(N/20mm)」であることの記載はない。そして、甲1において「偏光板」は、「光学部材」の一例として記載されているが、一般に、粘着層が設けられたフィルムの他の部材に対する接着力は、当該他の部材によって異なるのが技術常識であるから、「市販の偏光板」に接着した場合の接着力と、他の「光学部材」に接着した場合の接着力が同じであるとはいえない。よって、「偏光板」は、概念上は「光学部材」に包含されるが、「市販の偏光板」に対する上記の具体的な接着力を、「光学部材」全般に対する接着力として認定することはできない。
よって、甲1に、「光学部材」に対する接着力が「0.18(N/20mm)」及び「0.13(N/20mm)」であることが記載されていると認めることはできないから、甲1に記載された発明を、請求人が主張するとおりに認定することはできない。

(2)甲2の記載
甲2には、以下の記載がある。

(2a)「【0002】
【従来の技術・発明が解決しようとする課題】従来、アクリル板やポリカーボネイト板、またはこれらの表面にハードコート処理やノングレア処理した樹脂板用の表面保護材料として、溶融二層押出フィルム(例えば、基材層:ポリエチレン、粘着剤層:エチレン-酢酸ビニル共重合体)が広く用いられている。しかしながら、これらの加工工程において加熱処理される場合は、上記フィルムは熱可塑性が大きいため接着面積が増大し、接着力が増し、容易に剥がせなくなったり、ひどいものでは剥離中フィルムが破れるといった不具合が生じることがある。また、ポリエチレン等のプラスチックフィルムの片面にアクリル系粘着剤を塗布した表面保護フィルムも使用されるが、やはり貼付後の接着力の上昇が大きいという問題点がある。
【0003】こうした問題点を解決するために、粘着剤の架橋密度を高め凝集力を向上させることで弱粘着としたものがあるが、このようなものでも加熱下では接着力が上昇してしまったり、常温において実用的な剥離速度(30m/分程度)での接着力が大きく、剥離作業が困難であるといった問題がある。
【0004】本発明は、樹脂板に対して良好な貼付性を示し、接着力の経時変化が室温中ではもちろんのこと、加熱下においても少なく、実用的な剥離速度(30m/分程度)において剥離性(高速剥離性)の良好な表面保護フィルム用粘着剤を提供することを目的とするものである。」

(2b)「【0015】実施例1
アクリル酸ブチル及びアクリル酸を、アクリル酸ブチル:アクリル酸=100:6(重量比)なる配合で、常法によりトルエン中で重合して共重合物(アクリルゴム)を得た。このゴム固形分100部に対し、エポキシ系化合物として、カルボキシル基1当量当たり0.83当量のテトラグリシジル-1,3-ビスアミノメチルシクロヘキサンを混合して、粘着剤溶液を作製した。得られた粘着剤溶液を、片面コロナ処理したポリエチレンフィルム(厚さ60μm)のコロナ処理面に、固形分で5μm厚さになるように塗布し、90℃で5分間加熱乾燥し、室温で5日間エージングの後、表面保護フィルムを得た。」

(2c)「【0025】(3)貼付・加熱後の接着力
初期接着力の場合と同様にして、表面保護フィルムをアクリル板に貼付し、70℃で3日間加熱した後に、300mm/分・180 °剥離の条件で、テンシロン型引張試験機にて接着力を測定した。
【0026】(4)貼付・加熱後の高速剥離での接着力
初期接着力の場合と同様にして、表面保護フィルムをアクリル板に貼付し、70℃で3日間加熱した後に、30m/分・180 °剥離の条件で、テンシロン型引張試験機にて接着力を測定した。
【0027】
【表1】


(審決注:原文中の丸数字は、○に代えて( )で表記した。)

(3)本件特許発明1と甲1発明との対比
甲1発明の「光学部材の表面」と、本件特許発明1の「透明導電性フィルムの導電性薄膜とは反対側の表面」とは、「部材の表面」との限度で一致する。
甲1発明の「保護基材」、「粘着層」は、それぞれ、本件特許発明1の「基材フィルム」、「粘着剤層」に相当する。
甲1発明が「光学部材に対する常温での180度ピールに基づく接着力において、10m/分の剥離速度による接着力が0.3m/分の剥離速度による接着力の2.5倍以内である」ことと、本件特許発明1が「当該粘着剤層を被着面に貼り合せた状態で150℃で1時間加熱した後に、前記表面保護フィルムを粘着剤層と被着面の間で剥離する際の、引張速度0.3m/分の条件で測定した粘着力、および引張速度10m/分の条件で測定した粘着力が、ともに2.8N/20mm以下である」ことは、「表面保護フィルムを粘着剤層と被着面の間で剥離する際の、引張速度0.3m/分の条件で測定した粘着力、および引張速度10m/分の条件で測定した粘着力が特定されている」限りにおいて一致する。
よって、本件特許発明1と甲1発明との一致点、相違点は以下のとおりである。

[一致点]
「部材の表面を保護し、剥離することができるフィルムであって、
前記表面保護フィルムは基材フィルムの片面側に粘着剤層が設けられており、
前記表面保護フィルムを粘着剤層と被着面の間で剥離する際の、引張速度0.3m/分の条件で測定した粘着力、および引張速度10m/分の条件で測定した粘着力が特定されている表面保護フィルム。」

[相違点1]
本件特許発明1は、「透明導電性フィルムの導電性薄膜とは反対側の表面」を保護する「透明導電性フィルム用表面保護フィルム」であるのに対し、甲1発明は、「光学部材の表面」を保護する「表面保護フィルム」である点。

[相違点2]
表面保護フィルムを粘着剤層と被着面の間で剥離する際の粘着力について、本件特許発明1は、「粘着剤層を被着面に貼り合せた状態で150℃で1時間加熱した後に」、「引張速度0.3m/分の条件で測定した粘着力、および引張速度10m/分の条件で測定した粘着力が、ともに2.8N/20mm以下である」と特定しているのに対し、甲1発明は、「常温」で「10m/分の剥離速度による接着力が0.3m/分の剥離速度による接着力の2.5倍以内である」と特定するものである点。

(請求人の主張について)
請求人は、本件特許発明1と甲1に記載された発明の一致点、相違点を、次のとおり認定すべき旨主張する。
[一致点]基材フィルムの片面側に粘着剤層が設けられている表面保護フィルムであって、所定温度において、表面保護フィルムを粘着剤層と被着面の間で剥離する際の、引張速度0.3m/分の条件で測定した粘着力、および引張速度10m/分の条件で測定した粘着力が、ともに2.8N/20mm以下である、表面保護フィルム。
[相違点1]本件特許発明1の表面保護フィルムの被着面は、「透明導電性フィルムの導電性薄膜とは反対側の表面」であるのに対して、甲1発明の表面保護フィルムの被着面は、「光学部材の表面」である点。
[相違点2]本件特許発明1は、「当該粘着剤層を被着面に貼り合せた状態で150℃で1時間加熱した後に」、粘着力を測定するのに対して、甲1発明は、かかる加熱工程を経ずに、粘着力を測定する点。
しかし、上記請求人の主張は、以下のとおり、採用できない。
請求人が主張する一致点、相違点は、請求人が主張する甲1に記載された発明を前提とするものであるが、この前提を採用できないことは上記(1)(請求人の主張について)に示したとおりである。
さらに、表面保護フィルムの粘着剤層を被着面に貼り合せた状態で加熱すると粘着力が上昇する場合のあることは、請求人も主張するように周知であり(甲2、甲4、甲6、甲7)、このことを考慮すれば、加熱工程を経たか否かは、粘着力に影響する重要な前提条件というべきである。そうすると、加熱工程を経たか否かと粘着力とは、これらを一体的に評価するのが相当である。請求人が主張する一致点、相違点の認定は、加熱工程を経たか否かという前提条件と粘着力とを独立に評価して、粘着力自体は一致し(一致点)、加熱工程を経たか否かが相違する(相違点2)とする点で妥当性を欠くものであり、採用できない。

(4)相違点2についての判断
ア.事案に鑑み、相違点2の容易想到性から判断する。
請求人は、甲2の実施例1の粘着剤組成物(上記(2b))は、本件特許の実施例1の粘着剤組成物と、全く同じものであり、甲1発明の表面保護フィルムの粘着剤層として、上記甲2の実施例1の粘着剤組成物を採用することにより、相違点2に係る本件特許発明1の構成を得られる旨主張する。
そして、甲2の実施例1の粘着剤組成物と、本件特許の実施例1の粘着剤組成物の組成が同じであることについては、被請求人は争わない。
そこで、甲1発明の表面保護フィルムの粘着剤層として、甲2の実施例1の粘着剤組成物を採用することを、当業者が容易に想到し得たかにつき検討する。

イ.請求人は、甲1発明の表面保護フィルムの粘着剤層として、甲2の実施例1の粘着剤組成物を採用することを、当業者が容易に想到し得たことにつき、以下のように主張する。
甲1には、温度変化による接着力の変化(加熱による粘着力の上昇)を防止するなどの点で優れた粘着層(アクリル系粘着剤)を採用することが好ましいことが記載されている。
甲2には、常温においてだけでなく、加熱後においても粘着力の上昇が小さい表面保護フィルム用粘着剤を提供することが、解決すべき課題として記載されている。
表面保護フィルムの粘着剤層を被着面に貼り合わせた状態で加熱すると、粘着力が上昇して剥離が困難になることは、本件特許出願前に周知事項であった(甲4、甲6)。
常温においてだけでなく、加熱後においても粘着力の上昇が小さい表面保護フィルムを提供することも、本件特許出願前から周知の課題であった(甲2、甲7)。
透明導電性フィルムの製造工程において、透明導電性フィルムの透明導電膜とは反対側の面に、粘着剤層を介して表面保護フィルムを貼り合せることが周知であり(甲15、甲16、甲17)、透明導電性フィルムの製造工程において、「150℃で1時間加熱する」程度の加熱処理(アニール処理、アニーリング)を行うことが周知であった(甲10、11、12、18、19、20)ことから、透明導電性フィルムの製造工程において、透明導電性フィルムの透明導電膜とは反対側の表面に、表面保護フィルムが貼り合わされた状態で、「150℃で1時間加熱する」程度の加熱処理工程を経た後に、表面保護フィルムが被着面から剥離されることは、当業者の設計事項であった。
したがって、甲1発明において、温度変化による接着力の変化(加熱による粘着力の上昇)を防止する点で優れた粘着層(アクリル系粘着剤)を採用することが好ましいことから、甲2に、常温においてだけでなく、加熱後においても粘着力の上昇が小さい表面保護フィルム用粘着剤を提供することが、解決すべき課題として記載されていることを踏まえて、甲2の実施例1のアクリル系粘着剤組成物を、表面保護フィルムの粘着剤層として採用することは、当業者が容易に想到できたことである。

ウ.しかしながら、上記請求人の主張は採用できず、甲1発明の表面保護フィルムの粘着剤層として、甲2の実施例1の粘着剤組成物を採用することを、当業者が容易に想到し得たということはできない。その理由は以下のとおりである。

(ア)甲1には、「温度や湿度等の環境変化で光学部材より剥離せず」(上記(1c))、「温度や湿度等の環境変化による接着力の変化の防止性や光学部材よりの剥離の防止性」(上記(1e))と記載されており、温度変化による接着力の変化を防止することを、解決すべき課題としていることが認められる。
しかし、具体的にどの程度の温度変化を意味するかについての記載はなく、表面保護フィルムが加熱される旨の記載もない。さらに、実施例の記載(上記(1f)、(1g))も、得られた表面保護フィルムを加熱することなく、23℃における接着力を評価することが記載されているにとどまるものである。
そうすると、甲1には、常温付近での温度変化による接着力の変化を防止することは開示されているとしても、表面保護フィルムを加熱することや、表面保護フィルムを加熱した場合の温度変化による接着力の変化を防止することまでが開示されているとはいえない。
加えて、甲1の上記(1c)、(1e)の記載は、光学部材よりの剥離を問題としているから、接着力の低下を問題とする記載であって、接着力の上昇を問題とするものとは解せない。
したがって、甲1には、加熱による接着力の上昇を防止するとの課題が開示されているとはいえず、同課題を解決しようとする動機付けは生じない。
よって、甲1、甲2に開示された課題を考慮しても、甲1発明の表面保護フィルムの粘着剤層として、甲2の実施例1の粘着剤組成物を採用することを当業者が容易に想到し得たとはいえない。

請求人は、甲1に、「好ましい粘着層は、・・・耐熱性等に優れるものであり」(【0012】)と記載され、「偏光板は、前記偏光フィルムの片面又は両面に透明保護層を有するものなどであってもよい。その透明保護層の形成には、透明性や機械的強度、熱安定性や水分遮蔽性等に優れるポリマーなどが好ましく用いられる。その例としては、上記の保護基材で例示のポリマー、あるいはアクリル系やウレタン系、アクリルウレタン系やエポキシ系やシリコーン系等の熱硬化型、ないし紫外線硬化型の樹脂などがあげられる。」(【0019】)と記載されているから、甲1には、加熱により粘着力が上昇することが示唆されていると主張する。
しかし、請求人が指摘する記載のうち、前者は、透明保護フィルムの粘着層として、アクリル系粘着剤の如く透明性や耐候性、耐熱性等に優れるものが好ましいことを意味するにすぎず、後者は、偏光板に形成される透明保護層として、熱的安定性に優れるポリマーや熱硬化型の樹脂が用いられることを意味するにすぎないから、いずれも、表面保護フィルムの粘着層について、加熱により粘着力が上昇することを示唆するものではない。
また、請求人は、偏光板に表面保護フィルムを接着被覆したものをオートクレーブにより「加熱(圧着)」することは周知・慣用技術であり(甲21)、「表面保護フィルムの粘着剤層を被着面に貼り合わせた状態で加熱すると、粘着力が上昇して剥離が困難になること」は周知であったことも考慮すれば、甲1に記載の表面保護フィルムにおいて、加熱により粘着力が上昇するとの問題が示唆されていると理解できる旨主張する。
しかし、上記請求人が指摘する周知技術を考慮しても、表面保護フィルムを偏光板あるいは被着面に貼り合わせたものが、必ず加熱されるとまでは認められず、甲1にも加熱を示唆する記載がないのであるから、甲1に記載の表面保護フィルムにおいて、加熱により粘着力が上昇する問題が示唆されていると理解することはできない。

(イ)また、請求人が主張するように、表面保護フィルムの粘着剤層を被着面に貼り合わせた状態で加熱すると、粘着力が上昇して剥離が困難になることが周知事項であって(甲4、甲6)、常温においてだけでなく、加熱後においても粘着力の上昇が小さい表面保護フィルムを提供することが、周知の課題であった(甲2、甲7)としても、甲1には、表面保護フィルムを加熱することが記載も示唆もされていないから、当業者は、甲1発明の表面保護フィルムを加熱することを想到し得ない。よって、請求人が主張する上記周知事項や周知の課題を甲1発明と結びつけることはない。
仮に、甲1発明の表面保護フィルムを加熱することを当業者が想到し得たとしても、上記周知の課題を解決するための手段として、特に甲2の実施例1の粘着剤組成物を選択すべき理由はない。甲2には70℃で3日間加熱した後の接着力が記載されている(上記(2c))が、150℃で1時間加熱した後の粘着力は示されていないから、150℃で1時間加熱した後の粘着力を指標として、甲2の実施例1の粘着剤組成物を採用し得たともいえない。
よって、請求人が主張する上記周知事項や周知の課題を考慮しても、甲1発明に甲2の実施例1の粘着剤組成物を採用する動機は認められない。

(ウ)さらに、請求人が主張するように、透明導電性フィルムの製造工程において、「150℃で1時間加熱する」程度の加熱処理(アニール処理、アニーリング)を行うことが周知であった(甲10、11、12、18、19、20)としても、該周知技術は、表面保護フィルムが貼り合わされた状態で加熱処理を行うものではなく、しかも、甲1に「透明導電性フィルム」は記載されていないのであるから、甲1発明に上記周知技術を適用する理由がない。
また、甲2には70℃で3日間加熱した後の接着力が記載されている(上記(2c))が、150℃で1時間加熱した後の粘着力は示されていないから、上記周知技術を前提とすれば、甲2の実施例1の粘着剤組成物が好適であると考える理由がない。
よって、請求人が主張する上記周知技術を考慮しても、甲1発明に甲2の実施例1の粘着剤組成物を採用する動機は認められない。

(エ)したがって、甲1、甲2の記載や、請求人が主張する周知技術を考慮しても、甲1発明の表面保護フィルムの粘着剤層として、甲2の実施例1の粘着剤組成物を採用することを、当業者が容易に想到し得たということはできない。

エ.また、請求人は、甲22ないし甲25より、タッチパネルの製造・加工工程において、透明導電性フィルムが、複数の加熱工程を経て加工されることは周知であり、甲24ないし甲26より、透明導電性フィルムを用いてタッチパネルを製造・加工する工程において、透明導電性フィルムが、各種の加熱工程において、150℃程度までの温度で加熱されることは周知であり、また、その各種の加熱工程の加熱時間が合計で1時間前後程度であることも周知であると主張し、「150℃で1時間加熱した後に」(冷却後、23℃において)測定した粘着力を特定したことは、当業者の設計事項であり、当業者が容易に想到できたことであったと主張する。
しかし、請求人が主張する上記周知技術は、表面保護フィルムが貼り合わされた状態で加熱処理を行うものではなく、しかも、甲1に「透明導電性フィルム」は記載されていないのであるから、甲1発明に上記周知技術を適用する理由がない。
よって、甲1発明において、150℃で1時間加熱することは、当業者が容易に想到し得たことではなく、そのような加熱後の粘着力を特定することが設計事項であったとはいえない。

オ.よって、相違点2に係る本件特許発明1の構成は、甲1、甲2に記載された発明、及び、周知技術に基いて、当業者が容易に想到し得たものとはいえない。

(5)まとめ
したがって、本件特許発明1は、甲1、甲2に記載された発明、及び、周知技術に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえず、請求人の主張する無効理由によっては、本件特許発明1についての特許を無効とすることはできない。

2.本件特許発明2について
本件特許発明2は、本件特許発明1の発明特定事項を全て含み、さらに他の限定を付加したものに相当するから、少なくとも、前記1.(3)に示した[相違点2]で甲1発明と相違する。
そして、前記1.(4)に示したとおり、相違点2に係る構成は、甲1、甲2に記載された発明、及び、周知技術に基いて当業者が容易に想到し得たものとはいえず、また、甲3にも、相違点2に係る構成を示唆するところはない。
よって、本件特許発明2は、甲1ないし甲3に記載された発明、及び、周知技術に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえず、請求人の主張する無効理由によっては、本件特許発明2についての特許を無効とすることはできない。

3.本件特許発明3について
本件特許発明3は、本件特許発明1の発明特定事項を全て含み、さらに他の限定を付加したものに相当するから、少なくとも、前記1.(3)に示した[相違点2]で甲1発明と相違する。
そして、前記1.(4)に示したとおり、相違点2に係る構成は、甲1、甲2に記載された発明、及び、周知技術に基いて当業者が容易に想到し得たものとはいえない。
よって、本件特許発明3は、甲1、甲2に記載された発明、及び、周知技術に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえず、請求人の主張する無効理由によっては、本件特許発明3についての特許を無効とすることはできない。

第6 結び
以上のとおり、請求人の主張する理由及び提出した証拠によっては本件特許発明1ないし3に係る特許を無効にすることはできない。
審判に関する費用については、特許法第169条第2項において準用する民事訴訟法第61条の規定により、請求人が負担すべきものとする。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2013-07-17 
結審通知日 2013-07-19 
審決日 2013-07-30 
出願番号 特願2002-4090(P2002-4090)
審決分類 P 1 113・ 121- Y (B32B)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 鈴木 正紀  
特許庁審判長 河原 英雄
特許庁審判官 紀本 孝
渡邊 真
登録日 2008-07-11 
登録番号 特許第4151821号(P4151821)
発明の名称 透明導電性フィルム用表面保護フィルム及び透明導電性フィルム  
代理人 特許業務法人 ユニアス国際特許事務所  
代理人 鷺 健志  

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