• ポートフォリオ機能


ポートフォリオを新規に作成して保存
既存のポートフォリオに追加保存

  • この表をプリントする
PDF PDFをダウンロード
審決分類 審判 全部無効 1項2号公然実施  E04H
審判 全部無効 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  E04H
審判 全部無効 1項3号刊行物記載  E04H
管理番号 1280218
審判番号 無効2012-800057  
総通号数 168 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2013-12-27 
種別 無効の審決 
審判請求日 2012-04-19 
確定日 2013-08-26 
訂正明細書 有 
事件の表示 上記当事者間の特許第4706958号発明「免震構造」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 請求のとおり訂正を認める。 特許第4706958号の請求項1ないし2に係る発明についての特許を無効とする。 審判費用は、被請求人の負担とする。 
理由 第1 手続の経緯
本件の手続の経緯は以下のとおりである。
平成17年 4月12日 本件出願(特願2005-114290号)
平成23年 3月25日 設定登録(特許第4706958号)
平成24年 4月19日 本件審判請求
平成24年 7月13日 被請求人より審判事件答弁書及び
訂正請求書提出
平成24年 8月22日 請求人より審判事件弁駁書提出
平成24年 8月31日 補正許否の決定
平成24年10月 2日 被請求人より審判事件答弁書及び
訂正請求書提出
平成24年11月 9日 請求人より審判事件弁駁書(2)提出
平成24年12月19日 審理事項通知
平成25年 1月31日 請求人より口頭審理陳述要領書(1)提出
平成25年 2月 1日 被請求人より口頭審理陳述要領書提出
平成25年 2月15日 口頭審理(補正許否の決定,無効理由通知)
平成25年 3月 1日 被請求人より意見書及び訂正請求書提出
平成25年 3月13日 請求人より審判事件弁駁書(3)提出
平成25年 3月29日 審決の予告


第2 当事者の主張等
1 請求人の主張の概要
請求人は,特許第4706958号の特許請求の範囲の請求項1及び2に係る発明についての特許を無効とする,審判費用は被請求人の負担とする,との審決を求め,その理由として以下の無効理由を主張し,証拠方法として甲第1?7号証を提出した。

(1)無効理由1(特許法第29条第1項第3号)
本件特許発明1は,甲第1号証に記載された発明である。
よって,本件特許発明1は,特許法第29条第1項第3号に該当し特許を受けることができないものであり,同法第123条第1項第2号に該当し,無効とすべきである。

(2)無効理由2(特許法第29条第2項)
本件特許発明1は,甲第1号証に記載された発明及び甲第3,6,7号証に記載された周知技術に基づき,あるいは甲第1号証に記載された発明に甲第3号証に記載された発明を適用することにより当業者が容易に発明をすることができたものである。
よって,本件特許発明1は,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであり,特許法第123条第1項第2号に該当し,無効とすべきである。

(3)無効理由3(特許法第36条第6項第1号)
本件特許の請求項1の記載は,特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであるとはいえない。
よって,本件特許は特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たさないものであり,特許法第123条第1項第4号に該当し,無効とすべきである。

[具体的理由]
本件特許発明1において仮に剛滑り支承が中小地震動?大地震動において滑り出すとすると,剛滑り支承の滑り出す瞬間に生じる大きなスパイクノイズを避けることができなくなる。スパイクノイズの低減という作用効果を得るためには,水平荷重が比較的小さい微振動ないし中小地震時において滑り出すように剛滑り支承を設定しなければならないことは明らかである。
本件特許明細書の発明の詳細な説明には,摩擦係数が0.01程度の剛滑り支承と摩擦係数が0.1程度の弾性滑り支承とを組み合わせ,スパイクノイズを低く抑えることが記載されているのみであり,水平荷重が比較的大きい中小地震動?大地震動において滑り出すような剛滑り支承を用いることは記載されていない。
これに対し本件特許発明1は,文言上,弾性滑り支承及び剛滑り支承の摩擦係数が特定されておらず,水平荷重が比較的大きい中小地震動?大地震動において滑り出すような剛滑り支承を用いる発明を包含しており,本件特許発明1には発明の詳細な説明に記載された課題を解決するための手段が反映されておらず,発明の詳細な説明に記載した範囲を超えて特許を請求するものである。(平成25年3月13日付け「審判事件弁駁書(3)」の「(2)」)

(4)無効理由4(特許法第29条第2項)
本件特許発明2は,甲第1号証に記載された発明及び甲第2?4,6,7号証に記載された周知技術に基いて当業者が容易に発明をすることができたものである。
よって,本件特許発明2は,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであり,特許法第123条第1項第2号に該当し,無効とすべきである。

(5)証拠方法
甲第1号証:「横須賀駅周辺地区ケア付き高齢者住宅・ナーシングホーム棟新築工事」,ビルデイングレター/1998・11,財団法人日本建築センター,平成10年11月20日発行,p.67?68
甲第2号証:特開昭61-192941号公報
甲第3号証:特開平8-158697号公報
甲第4号証:特開2001-227176号公報
甲第5号証:社団法人日本免震構造協会編「はじめての免震建築」第1版,株式会社オーム社,平成12年9月1日発行,p.127?139
甲第6号証:特開2000-291733号公報
甲第7号証:特開2000-291734号公報
(甲第1?5号証については,審判請求書で提出。甲第6,7号証については,平成24年8月22日付け審判事件弁駁書で提出。)

2 当審の無効理由(特許法第29条第2項)
平成24年10月2日付け訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲の請求項1,2について
・本件特許発明1(請求項1)について
甲第1号証には,平面視したときに互いに異なる位置に弾性滑り支承と積層ゴム支承とを備える免震構造物が記載されている。また,積層ゴム支承は径800と径1200,弾性滑り支承は径600,1000,1200のものが記載されており,これらの剛性が異なることは明らかである。
甲第3号証には,平面視したときに互いに異なる位置に弾性滑り支承と積層ゴム支承を配置する実施例が記載された上で(段落【0014】,図2参照),段落【0028】には,滑り支承として,弾性滑り支承を採用しているが,剛性滑り支承(剛滑り支承)と弾性滑り支承とを併用して採用すること、剛性滑り支承を用いた場合には、剛性滑り支承に滑りが発生するまで・・・ごく小規模な地震に対しては免震効果が期待できないことが記載されていることからみて、平面視したとき互いに異なる位置に弾性滑り支承と剛性滑り支承とを配置するものと認められる。
そして,甲第1号証に記載の発明では,全ての滑り支承が弾性滑り支承で構成されているが,甲第3号証の上記記載から,甲第1号証に記載の発明における弾性滑り支承のいずれかについて剛滑り支承とすることは当業者が容易に想到し得たことである。また,甲第3号証に記載の発明における積層ゴム支承あるいは弾性滑り支承について,その具体的化にあたって甲第1号証のように剛性を異ならせるものとすることは当業者が容易に想到し得たことである。
このとき,平面視したときに互いに異なる位置に配置された剛滑り支承と弾性滑り支承とを併用すると,剛滑り支承が滑らなければ弾性滑り支承は変形せず,弾性滑り支承は変形しなければ滑りを発生させるための水平方向の力が発生しないから,剛滑り支承と弾性滑り支承との摩擦係数が同じであろうと異なろうと,剛滑り支承が先に滑り出し,その後弾性滑り支承が滑り出すことは明らかである。
また,剛滑り支承と弾性滑り支承の摩擦係数は,同じにするか異ならせるかという選択的な事項であり,また,滑り板等の材質は自由に選定すべきものと考えられるから,両者を異ならせることは当業者が適宜なし得る事項である。そして,両者を異ならせることによる格別の作用効果も見いだせない。
衝撃加速度(スパイクノイズ)の低減という作用効果については,滑り支承が順次滑り出すことに起因するものであるから,剛滑り支承と弾性滑り支承とを併用することで当然に予測できるものである。
よって,本件特許発明1は,甲第1号証及び甲第3号証に基いて,当業者が容易に想到し得たものである。
したがって,本件特許発明1は,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであり,特許法第123条第1項第2号に該当し,無効とすべきである。

・本件特許発明2(請求項2)について
上記本件特許発明1で述べたことに加えて,請求項2で付加されている部分は,甲第3号証に記載されており,また周知技術(甲第2号証?甲第4号証)でもある。
よって,本件特許発明2は,甲1号証及び甲第3号証に基いて,又は甲第1号証,甲第3号証及び周知技術に基いて当業者が容易に想到し得たものである。
したがって,本件特許発明2は,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであり,特許法第123条第1項第2号に該当し,無効とすべきである。

3 被請求人の主張の概要
被請求人は,特許第4706958号の明細書,特許請求の範囲及び図面を,平成25年3月1日付け訂正請求書に添付した訂正明細書及び特許請求の範囲のとおり一群の請求項ごとに訂正することを求め,本件無効審判の請求は成り立たない,審判費用は請求人の負担とするとの審決を求めた。
なお,特許法第134条の2第6項の規定により,平成24年7月13日付け及び同年10月2日付け訂正請求は取下げられたものとみなされる。


第3 訂正についての判断
1 請求の内容
平成25年3月1日の訂正請求(以下,「本件訂正」という。)は,本件特許の願書に添付した明細書及び特許請求の範囲を訂正明細書及び特許請求の範囲のとおりに訂正しようとするものであり,その内容は以下のとおりである。

(1)訂正事項1
願書に添付した特許請求の範囲の請求項1の「上部構造物を支持する摩擦係数の異なる複数種類の滑り支承とからなることを特徴とする免震構造。」との記載を,
「上部構造物を支持する摩擦係数の異なる複数種類の滑り支承とからなり,前記滑り支承は,前記上部構造物を平面視したときに互いに異なる位置に配された弾性滑り支承および剛滑り支承で構成され,前記剛滑り支承における滑り材と滑り板との間の摩擦係数を,前記弾性滑り支承における滑り材と滑り板との間の摩擦係数よりも小さくし,微小振動および強風時振動に対しては前記剛滑り支承が滑り出さずに水平剛性を保持し,地震時には前記剛滑り支承が前記弾性滑り支承よりも先に滑り出すように構成されていることを特徴とする免震構造。」に訂正する。

(2)訂正事項2
願書に添付した明細書の段落【0005】の「上部構造物を支持する摩擦係数の異なる複数種類の滑り支承とからなることを特徴とする。」との記載を,
「上部構造物を支持する摩擦係数の異なる複数種類の滑り支承とからなり,前記滑り支承は,前記上部構造物を平面視したときに互いに異なる位置に配された弾性滑り支承および剛滑り支承で構成され,前記剛滑り支承における滑り材と滑り板との間の摩擦係数を,前記弾性滑り支承における滑り材と滑り板との間の摩擦係数よりも小さくし,微小振動および強風時振動に対しては前記剛滑り支承が滑り出さずに水平剛性を保持し,地震時には前記剛滑り支承が前記弾性滑り支承よりも先に滑り出すように構成されていることを特徴とする。」に訂正する。

2 本件訂正の適否
(1)訂正事項1について
ア 訂正の目的
上記訂正事項1は,訂正前の請求項1記載の「上部構造物を支持する摩擦係数の異なる複数種類の滑り支承」に関し,滑り支承が,「前記上部構造物を平面視したときに互いに異なる位置に配された弾性滑り支承および剛滑り支承で構成され」ること,「前記剛滑り支承における滑り材と滑り板との間の摩擦係数を,前記弾性滑り支承における滑り材と滑り板との間の摩擦係数よりも小さく」すること,「微小振動および強風時振動に対しては前記剛滑り支承が滑り出さずに水平剛性を保持し,地震時には前記剛滑り支承が前記弾性滑り支承よりも先に滑り出すように構成され」る構成に限定しようとするものであるから,特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。

イ 願書に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であること
(ア)願書に添付した明細書の段落【0013】の「図1に示すように,高減衰積層ゴム1は免震層の外周部に配置し,弾性滑り支承2および剛滑り支承3は免震層の中央部に配置する。即ち,上部構造物4のスパン方向および桁行方向について,それぞれ高減衰積層ゴム1,弾性滑り支承2および剛滑り支承3を対称に配置し」との記載及び図1,図2から,弾性滑り支承2および剛滑り支承3の配置について,「前記上部構造物を平面視したときに互いに異なる位置に配された」ことが記載されているといえる。
してみれば,「前記上部構造物を平面視したときに互いに異なる位置に配された弾性滑り支承および剛滑り支承で構成され」とする訂正は,願書に添付した明細書,特許請求の範囲及び図面に記載した事項の範囲内で行うものである。

(イ)願書に添付した明細書の段落【0005】に「本発明では,免震層に摩擦係数の異なる複数種類の滑り支承を用いているため,地震時には摩擦係数の小さな滑り支承から順次,滑り出すことになる。」と,段落【0014】に「地震時には,先ず,摩擦係数の小さな剛滑り支承3が滑り出し,続いて弾性滑り支承2を構成する滑り支承13が滑り出す。」と,段落【0011】の「弾性滑り支承2は,・・・摩擦係数μは0.1程度である。」及び段落【0012】の「剛滑り支承3は,・・・摩擦係数μは0.01程度である。」との記載から,剛滑り支承の摩擦係数が弾性滑り支承の摩擦係数「よりも小さく」されていることは明らかである。
また,段落【0011】には「滑り材8と滑り板11との間の摩擦係数」と,段落【0012】には「滑り材14と滑り板15との間の摩擦係数」と記載され,摩擦係数は「滑り材と滑り板との間の摩擦係数」であることが記載されている。
してみれば,「前記剛滑り支承における滑り材と滑り板との間の摩擦係数を,前記弾性滑り支承における滑り材と滑り板との間の摩擦係数よりも小さく」とする訂正は,願書に添付した明細書,特許請求の範囲及び図面に記載した事項の範囲内で行うものである。

(ウ)願書に添付した明細書の段落【0014】には「平常時の振動(生産機器や設備機器の振動,交通振動)および強風に対しては,上部構造物4に作用する水平力が滑り支承3,13の最大摩擦力より小さいため,微小振動および強風時振動に対して,免震層は高い水平剛性を保持し,上部構造物4の脚部は水平方向に固定された状態となる。一方,地震時には,先ず,摩擦係数の小さな剛滑り支承3が滑り出し,続いて弾性滑り支承2を構成する滑り支承13が滑り出す。」と記載されている。
してみれば,「微小振動および強風時振動に対しては前記剛滑り支承が滑り出さずに水平剛性を保持し,地震時には前記剛滑り支承が前記弾性滑り支承よりも先に滑り出すように構成され」とする訂正は,願書に添付した明細書,特許請求の範囲及び図面に記載した事項の範囲内で行うものである。

ウ 実質上特許請求の範囲を拡張し,又は変更する訂正ではないこと
上記訂正事項1は,発明特定事項を直列的に付加するものであり,カテゴリーや対象,目的を変更するものではないから,実質上特許請求の範囲を拡張し,又は変更するものには該当しない。

(2)訂正事項2について
上記訂正事項2は,上記訂正事項1に係る訂正にともなって,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載との整合を図るためのものであるから,明瞭でない記載の釈明を目的とするものであり,願書に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内であって,実質上特許請求の範囲を拡張し,又は変更するものではない。

3 むすび
したがって,本件訂正は,特許法第134条の2第1項ただし書きの規定に適合し,特許法第134条の2第9項において準用する特許法第126条第5項及び第6項の規定に適合するので,当該訂正を認める。


第4 本件発明
上記「第3」において,本件訂正を適法な訂正と認めたので,本件特許の請求項1及び2に係る発明は,平成25年3月1日付け訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲の,請求項1,2に記載された,以下のとおりのものである。
「 【請求項1】
上部構造物と当該上部構造物下の下部構造物との間に設けられる免震層は,上部構造物を支持する剛性の異なる複数種類の積層ゴムと,上部構造物を支持する摩擦係数の異なる複数種類の滑り支承とからなり,
前記滑り支承は,前記上部構造物を平面視したときに互いに異なる位置に配された弾性滑り支承および剛滑り支承で構成され,
前記剛滑り支承における滑り材と滑り板との間の摩擦係数を,前記弾性滑り支承における滑り材と滑り板との間の摩擦係数よりも小さくし,
微小振動および強風時振動に対しては前記剛滑り支承が滑り出さずに水平剛性を保持し,
地震時には前記剛滑り支承が前記弾性滑り支承よりも先に滑り出すように構成されていることを特徴とする免震構造。
【請求項2】
前記免震層の外周部に前記積層ゴムを配置し,前記免震層の中央部に前記滑り支承を配置することを特徴とする請求項1に記載の免震構造。」
(以下,請求項1に係る発明を「本件特許発明1」と,請求項2に係る発明を「本件特許発明2」という。)

第5 無効理由についての判断
1 特許法第36条第6項第1号について(無効理由3)
事案にかんがみ,まず無効理由3について検討する。

本件明細書には,発明が解決しようとする課題の欄に「地震力が滑り支承の最大摩擦力を超え,滑り支承が滑り出す瞬間に発生するスパイクノイズと呼ばれる衝撃加速度が問題となる」(段落【0003】)ことが記載され,課題を解決するための手段の欄に「免震層に摩擦係数の異なる複数種類の滑り支承を用いているため,地震時には摩擦係数の小さな滑り支承から順次,滑り出すことになる。そのため,滑り出し時の水平力が分散され,上部構造物が滑り出す瞬間に発生する衝撃加速度が低減される。」(段落【0005】)と,発明を実施するための最良の形態の欄には,剛滑り支承と弾性滑り支承とを併用した場合については「地震時には,先ず,摩擦係数の小さな剛滑り支承3が滑り出し,続いて弾性滑り支承2を構成する滑り支承13が滑り出す。そのため,滑り出し時の水平力が分散され,上部構造物4が滑り出す瞬間に発生するスパイクノイズと呼ばれる衝撃加速度が低減されることになる。」(段落【0014】)と記載されている。
上記記載によれば,本件発明では,滑り出し時の水平力が分散され,上部構造物が滑り出す瞬間に発生するスパイクノイズを低減するために,滑り支承が順次滑り出すようにしたものと認められるところ,滑り支承が順次滑り出すことについては,特許請求の範囲に「地震時には前記剛滑り支承が前記弾性滑り支承よりも先に滑り出す」と特定して記載されているから,特許を受けようとする発明は,発明の詳細な説明に記載されたものであるというべきである。
この点について,請求人は,本件特許明細書には,剛滑り支承の摩擦係数を0.01程度とし,弾性滑り支承の摩擦係数が0.1程度とすることしか記載されていない,特許請求の範囲の記載では中小地震動で滑り出さず,大地震動で滑り出すものを含むからスパイクノイズの低減にならない等と主張している。しかしながら,どの程度の大きさのスパイクノイズが有害であり,それを低減するために如何なる地震動で滑り出させるかは,当該建物に要求されるスパイクノイズの限度等を勘案して,当業者が適宜設計すべきものと解するのが相当であり,たとえ滑り出しの地震動が大きくても,「剛滑り支承が弾性滑り支承よりも先に滑り出す」ことで,滑り出し時の水平力の分散効果は発揮されるものといえるから,程度の大小はあるとしてもスパイクノイズの低減効果を奏するものといえる。また,明細書に記載された摩擦係数(0.1,0.01)は,発明を実施するための最良の形態のひとつとして記載されているに過ぎないし,具体的な摩擦係数は,滑り出しの地震動をを如何にするかや,各滑り支承が負担する荷重の大きさ(建物の総荷重や,滑り支承と積層ゴム支承が支持する鉛直荷重の比,剛滑り支承と弾性滑り支承が支持する鉛直荷重の比などによって変化する)等に応じて適宜設計すべきものであり,明細書に記載された具体的数値は,単なる実施例であると解するのが相当である。よって,請求人の主張は採用できない。


2 特許法第29条第1項第3号について(無効理由1)
(1)甲号証及びその記載事項
ア 甲号証及びその記載事項の摘記
(ア)甲第1号証(「横須賀駅周辺地区ケア付き高齢者住宅・ナーシングホーム棟新築工事」,ビルデイングレター/1998・11,財団法人日本建築センター,平成10年11月20日発行,p.67?68)
本件特許の出願前に頒布された刊行物である甲第1号証には,次の事項が記載されている。
(1a)「免震建築物 上部構造と基礎の間に免震装置(弾性すべり支承+積層ゴム支承+ダンパー)を設置した共同住宅」(第67ページ第2?3行)

(1b)第67ページ下部には以下の図が記載されている。



(1c)第68ページ左欄の「*免震装置」欄には,以下の記載がある。



なお,「→」,「○」,下線は,請求人が説明のために記載したものである。

(イ)甲第2号証(特開昭61-192941号公報)
本件特許の出願前に頒布された刊行物である甲第2号証には,次の事項が記載されている。
(2a)「〔発明の概要〕
本発明によれば,構造物と基礎との間にまず水平方向に弾性を有した第1の支持体が設けられる。また,構造物下面あるいは基礎上面のいずれか一方に摩擦係数の分布が半径方向に異なるすべり摩擦板が固定される。さらに,先端にこのすべり摩擦板と対面して接する摩擦面を有し,その押し付け力の調整が可能な機構を持つ支持装置を,基礎上面あるいは構造物下面に弾性支持体と並列に固定することにより,小規模地震では構造物を基礎に対して固定し,中規模以上の地震に対して確実に作動して構造物と基礎との相対変位を抑え,システム全体の健全性を保つことができる。
〔発明の実施例〕
以下,図面を参照してこの発明の詳細な説明する。第1図において,弾性支持体6が上部固定板7および下部固定板8によりそれぞれ構造物1の下面および支持台4に固定され,支持台4は基礎3に固定されている。また,構造物1の下面にはすべり摩擦板13が固定されており,これは中心から半径方向に摩擦係数の大きくなっている3種類の摩擦面14,15,16から構成されている。さらに,摩擦板16の外周には,ストッパー17が設置してある。また,先端にすべり摩擦板13と対面して接する摩擦面11を設け,その押し付け力を任意に設定できる調整装置12を備えた支持装置10が基礎3の上面に,弾性支持機構5と並列に固定されている。」(第3ページ左上欄第19行?左下欄第第6行)

(2b)第1図には,以下の図面が記載されている



(ウ)甲第3号証(特開平8-158697号公報)
本件特許の出願前に頒布された刊行物である甲第3号証には,次の事項が記載されている。
(3a)「【特許請求の範囲】
【請求項1】 (略)
【請求項2】 基礎部と上部構造物との間に介在された免震装置において,
前記基礎部に対して前記上部構造物を水平方向に滑動可能に支承する滑り支承と,前記上部構造物と前記基礎部とに上下端部がそれぞれ固定されて水平方向に弾性変形可能な弾性体とを備え,前記滑り支承及び前記弾性体の両方で前記上部構造物の鉛直荷重を受け止めるようにしたことを特徴とする免震装置。
【請求項3】 (略)
【請求項4】 (略)
【請求項5】 前記弾性体を,前記基礎部と前記上部構造物との間の周縁部に沿って複数配置したことを特徴とする請求項2?4のいずれか一項に記載の免震装置。」

(3b)「【0014】図1に従って説明すると,免震装置1は,その基本的構成として地盤上に構築されたコンクリートスラブ等からなる基礎部2と上部建物(以下,単に「建物」という。)3との間にそれぞれ介在された弾性滑り支承4及び積層ゴム支承5を備える。弾性滑り支承4は,建物3の柱3aの下端に固定された鋼製枠4aを備える。鋼製枠4a内には,積層ゴム6とPTFE板(四フッ化エチレン樹脂)9とが嵌め込まれている。積層ゴム6は,弾性滑り支承4を水平方向に弾性変形可能にするためのものであり,鉄板等の金属板7とゴム8とを交互に積層して構成される。PTFE板9は,積層ゴム6の底面に貼着されている。また,基礎部2のPTFE板9を臨む部分には,PTFE板9の下面を滑動可能になすと共に,建物3の鉛直荷重を受け止めるステンレス鋼板等からなる滑り板10が上面を露出させて埋め込まれている。本実施例では,震度1?3の中小地震で積層ゴム6が水平方向に弾性変形し,震度4?5の大地震でPTFE板9が滑るようにPTFE板9の摩擦係数μを設定してあるが,これに限定されず,建物3の構築地域等に応じて適宜調整して設定する。また,本実施例では,かかる構成の弾性滑り支承4を,建物3の略中央部に配置された4本の各柱3aの下端に一つずつ合計4か所配置している(図2参照)。
【0015】積層ゴム支承(弾性体)5は,鉄板等の金属板11とゴム12とを交互に積層して形成されたものであり,水平方向に弾性変形可能とされている。積層ゴム支承5は,上下端部にそれぞれフランジ13,14を備えており,フランジ13は建物3の柱3aの下端にボルト(図示せず。)等介して固定され,フランジ14はアンカーボルト(図示せず。)等を介して基礎部2に固定されている。そして,固定された状態においては,積層ゴム支承5は建物3の鉛直荷重を受け止めるようにされている。本実施例では,かかる構成の積層ゴム支承5を,建物3の周縁部に沿って配置された10本の各柱3aの下端に一つずつ合計10か所配置している(図2参照)。そしてこのように滑り支承4と積層ゴム支承5とで建物3の鉛直荷重を受け止めることによって,鉛直方向の剛性を確保している。」

(3c)「【0026】このように図5に示す従来の免震装置においては,地震発生時に建物3に入力される地震力を小さくしようとすると,滑りによる水平バネ16の水平方向の変位が大きくなり,一方,滑りによる水平ばね16の水平方向の変位を小さくしようとすると,建物3に入力される地震力が大きくなるという不都合がある。これに対し,本実施例の装置では,上述したように建物3の鉛直荷重を弾性滑り支承4及び積層ゴム支承5の両方で受け止めているため,弾性滑り支承4が受け止める建物3の鉛直荷重の配分をα(弾性滑り支承4に作用する建物3の鉛直荷重/建物3の総重量W)とすると,積層ゴム支承5の荷重配分は(1-α)となる。尚,図3は水平荷重Qを縦軸,水平変位δを横軸にとり,弾性滑り支承4の復元力特性と積層ゴム支承5の復元力特性とを合成した全体系の特性グラフである。そして,弾性滑り支承4のばね定数(剛性)をK1 ,積層ゴム支承5のばね定数をK2 ,PTFE板9の摩擦係数をμとすると,滑り層での建物3全体の滑り発生層せん断力QS1は,



【0027】従って,(3)式と従来の(2)式との関係は,QS1=QSa・αとなる。ここで,0<α<1であるため,本実施例のQS1は,図5に示す従来の装置と比較して必ず小さくなる。このことは,摩擦係数μにαを乗じたものが本実施例の摩擦係数(みかけの摩擦係数)μαに相当し,従来と比較して本実施例の見かけの摩擦係数が小さくなったことを意味する。このように,本実施例の装置においては,QS1の値を小さく設定するには,αの値を小さくすれば足り従来のようにばね定数K2 を小さくする必要がないため,積層ゴム支承5の剛性を良好に確保することができ,しかも,ばね定数K2 を大きくして積層ゴム支承5の剛性を増すようにしても,αの値を小さくする(弾性滑り支承4の数を少なくする)ことにより,QS1を小さい値に維持することができる。この結果,QS1の値を小さくすることができると共に,ばね定数K2 の値,即ち,積層ゴム支承5の剛性を増すことができるので,建物3に入力される地震力を低減するようにしても,滑りの際の積層ゴム支承5の水平方向の変位量を低減することができ,従って,滑り後の残留変位量も小さくなって建物3を原点位置に戻すためのジャッキ等の反力装置を不要にすることができる。」

(3d)「【0028】尚,上記実施例では,滑り支承として,積層ゴム6及びPTFE板9を備えた弾性滑り支承4を採用しているが,積層ゴム6を備えていない剛性滑り支承(図示せず)と弾性滑り支承4とを併用して採用することにより,より低いレベルでの滑りが期待できる。但し,剛性滑り支承を用いた場合は,剛性滑り支承に滑りが発生するまで建物3に地震力が直接伝達されるので,ごく小規模な地震に対しては免震効果が期待できない。」

(3e)「【0030】
【発明の効果】・・・
【0031】さらに,上部構造物と基礎部とに上下端部がそれぞれ固定された弾性体を基礎部と上部構造物との間の周縁部に沿って配置することによって,地震発生時における免震支承部の浮き上がりを良好に防止することができるという効果が得られる。」


(エ)甲第4号証(特開2001-227176号公報)
本件特許の出願前に頒布された刊行物である甲第4号証には,次の事項が記載されている。
(4a)「【0015】次に,該増築建屋Bの免震化について説明する。図2は該工場Aの平面を示し,該工場Aの外周に位置する全ての外柱2a,2a…の上部に後述する積層ゴム7,7…を,他の全ての内柱2b,2b…の上部に後述する滑り支承8,8…を配設し,前記した増築柱2c,2c…は該積層ゴム7,7…及び該滑り支承8,8…上に立設する。該内柱2b,2b…上に多くの該滑り支承8,8…を配設するのは該滑り支承8,8…の価格が該積層ゴム7,7…の価格より安価であるため,経済的に免震化が図れるためである。又,該増築建屋Bが鉄骨造で軽量であった場合,該積層ゴム7,7…だけで免震化しようとすると,水平剛性が大き過ぎて短周期で揺れて長周期化が難しいが,該滑り支承8,8…を併用すると該滑り支承8,8…は動き出せば剛性は無視できるため全体としての剛性を小さくし,長周期化が可能となり免震効果が増大することになる。
【0016】更に,該滑り支承8,8…の摩擦による減衰が期待できるのでオイルダンパ等の他の減衰機構を追加する必要もなくなる。又,該外柱2a,2a…上に該積層ゴム7,7…を,該内柱2b,2b…上に該滑り支承8,8…を配設することによって該積層ゴム7,7…は剛性があり,且つ,ねじれ抵抗があるので該増築建屋Bのねじれ変形に対する抵抗が大きくなり,有害なねじれ変形が生じない。」

(オ)甲第5号証(社団法人日本免震構造協会編「はじめての免震建築」第1版,株式会社オーム社,平成12年9月1日発行,p.127?139)
本件特許の出願前に頒布された刊行物である甲第5号証には,「付録1 免震構造用語解説集」中に,次の事項が記載されている。
(5a)「1次形状係数(first shape factor)
積層ゴムのゴム一層について受圧面積と自由面積の比で定義される。積層ゴムが円形断面の場合,1次形状係数S1はゴムの直径Dとゴム一層の厚さtを用いて次式で表されるため,ゴム一層の偏平度を示す尺度となる。
S1=(受圧面積)/(自由面積)=・・・=D/4t
1次形状係数は積層ゴムの圧縮剛性や曲げ剛性に大きく影響を及ぼし,1次形状係数が大きくなるに従い,これらの値も増大する。」(第127ページ)

(5b)「2次形状係数(second shape factor)
積層ゴムのゴム直径に対するゴム総高さの比をいい,2次形状係数S2はゴムの直径Dとゴム総高さhを用いて次式で表され,積層ゴム形状の偏平性を示す尺度となる。
S2=D/h
2次形状係数は積層ゴムの水平剛性の鉛直荷重依存性や変形性能と大きく関係し,2次形状件数が大きくなると水平剛性の鉛直荷重依存性が小さく,大変形時にも相対的に安定した復元性能が得られるようになる。」(第136ページ)

(カ)甲第6号証(特開2000-291733号公報)
本件特許の出願前に頒布された刊行物である甲第6号証には,次の事項が記載されている。
(6a)「【特許請求の範囲】
【請求項1】 各々上部構造および下部構造に固定される一対の定着板と,これら定着板の間に配設された連結板と,この連結板の上面または下面に本体部が固定されるとともに,先端部の滑り材が対向する上記定着板に摺動自在に設けられた滑り支承による第1の免震装置と,両端部がそれぞれ上記定着板および上記連結板に固定された弾性支承による第2の免震装置とが一体化されてなることを特徴とする複合免震ユニット。
【請求項2】 上記連結板の上下に配設された上記第1の免震装置は,平面視において上記本体部の少なくとも一部が互いに重複するように配設されていることを特徴とする請求項1に記載の複合免震ユニット。
【請求項3】 上記連結板の上下に配設された上記第2の免震装置は,積層ゴムを用いた免震装置であり,かつ平面視において少なくとも一部が互いに重複するように配設されていることを特徴とする請求項1または2に記載の複合免震ユニット。
【請求項4】 (略)
【請求項5】 上下部構造の免震装置を介装すべき軸力材間に,請求項1ないし4のいずれかに記載の複合免震ユニットが配設されていることを特徴とする免震構造物。」

(6b)「【0016】請求項1?4のいずれかに記載の複合免震ユニットおよびこれを用いた請求項5に記載の免震構造物によれば,小地震時や強風時には,滑り支承による第1の免震装置は,滑りを生じることが無い。したがって,当該第1の免震装置が,剛滑り支承である場合には,ユニットの上下の定着板間に相対変位が生じること無く安定状態が保持される。他方,上記第1の免震装置が,弾性滑り支承である場合には,第1および第2の免震装置が剪断変形することにより免震効果が発揮される。
【0017】次いで,中規模の地震が発生した際には,連結板の上方または下方のいずれか一方の,より摩擦抵抗の小さい第1の免震装置が定着板に対して摺動する。これに伴って,当該第1の免震装置に隣接する第2の免震装置が弾性変形することにより,これに追従する。そして,この際のすべりを生じた第1の免震装置と定着板との間に発生する摩擦エネルギーと,これに隣接する第2の免震装置の弾性変形による減衰効果によって,上記地震エネルギーが吸収される。
【0018】そしてさらに,大地震が発生した際には,連結板の上下に位置する第1の免震装置が,それぞれ対向する定着板に対して摺動する。この結果,連結板の上下に位置する第2の免震装置も弾性変形することにより,構造物の長周期化が図られて,上部構造への振動の伝達が緩和されるとともに,第1の免震装置と定着板間に発生する摩擦エネルギーによって振動エネルギーが吸収され,地震力が減衰する。さらに,地震後においては,第2の免震装置の弾性力によって構造物が元位置近傍に引き戻される。このように,上記複合免震ユニットによれば,一のユニットによって長周期化と高減衰化の双方の性能を実現することができ,よって小地震から大地震に至るまで高い免震効果が発揮される。
【0019】この際に,平常時,構造物の各柱や基礎等の軸力材に作用する鉛直荷重は,その下部に設置された複合免震ユニット内の滑り支承による第1の免震装置と弾性支承による第2の免震装置とによって共同して負担される。ここで,第1および第2の免震装置における鉛直荷重の負担の割合は,両免震装置の鉛直剛性の比によって決定される。一方,地震が発生して第1の免震装置に滑りが生じた際には,上下の定着板の相対変位量が大きくなるほど,弾性変形する第2の免震装置における鉛直剛性は低下し,この結果第1の免震装置における鉛直荷重の負担の割合が増加する。そして,大地震時に第2の免震装置が大きく変形した際には,もはや第2の免震装置によっては鉛直荷重を支えることができなくなり,逆にこれが固定されている定着板に引張力が作用することになる。このような場合においても,第1の免震装置によって当該鉛直荷重を支承することができるため,ユニット全体としての安定性を保持することができ,よって上部構造が不安定になることはない。」

(キ)甲第7号証(特開2000-291734号公報)
本件特許の出願前に頒布された刊行物である甲第7号証には,次の事項が記載されている。
(7a)「【特許請求の範囲】
【請求項1】 各々上部構造および下部構造に固定される一対の定着板と,これら定着板の間に配設された2枚以上の連結板と,これら連結板の上面または下面に本体部が固定されるとともに,先端部の滑り材が対向する上記定着板または上記連結板に摺動自在に設けられた滑り支承による第1の免震装置と,両端部がそれぞれ上記定着板または上記連結板に固定された弾性支承による第2の免震装置とが一体化されてなることを特徴とする多段滑り複合免震ユニット。
【請求項2】 対向配置された一対の定着板と,これら定着板の間に配設された連結板と,この連結板の上面または下面に本体部が固定されるとともに,先端部の滑り材が対向する上記定着板に摺動自在に設けられた滑り支承による第1の免震装置と,両端部がそれぞれ上記定着板および上記連結板に固定された弾性支承による第2の免震装置とが一体化された複合免震ユニットが,互いの上記定着板が連結されることにより複数段に一体化されてなることを特徴とする多段滑り複合免震ユニット。
【請求項3】 上下に位置する上記第1の免震装置は,平常時および想定される大地震時に滑りを生じた場合において,平面視において上記本体部の少なくとも一部が互いに重複するように配設されていることを特徴とする請求項1または2に記載の多段滑り複合免震ユニット。
【請求項4】 上記第2の免震装置は,積層ゴムを用いた免震装置であり,かつ上下に位置する当該第2の免震装置は,平面視において少なくとも一部が互いに重複するように配設されていることを特徴とする請求項1ないし3のいずれかに記載の多段滑り複合免震ユニット。
【請求項5】 (略)
【請求項6】 上下部構造の免震装置を介装すべき軸力材間に,請求項1ないし5のいずれかに記載の多段滑り複合免震ユニットが配設されていることを特徴とする免震構造物。」

(7b)「【0015】請求項1?5のいずれかに記載の多段滑り複合免震ユニットおよびこれを用いた請求項6に記載の免震構造物によれば,小地震時や強風時には,多段に配設された滑り支承による第1の免震装置は,いずれも滑りを生じることが無い。したがって,当該第1の免震装置が,剛滑り支承である場合には,ユニットの上下の定着板間に相対変位が生じること無く安定状態が保持される。他方,上記第1の免震装置が,弾性滑り支承である場合には,第1および第2の免震装置が小さく剪断変形することにより免震効果が発揮される。
【0016】次いで,中規模の地震が発生した際には,定着板および連結板間に上下に配設された複数の第1の免震装置のうちの,最も摩擦抵抗の小さいものが対向する定着板または連結板に対して摺動する。これに伴って,当該第1の免震装置に隣接する第2の免震装置が弾性変形することにより,これに追従する。そして,この際のすべりを生じた第1の免震装置と定着板との間に発生する摩擦エネルギーと,これに隣接する第2の免震装置の弾性変形による減衰効果によって,上記地震エネルギーが吸収される。
【0017】そしてさらに,大地震が発生した際には,上下に位置する全ての第1の免震装置が,それぞれ対向する定着板または連結板に対して摺動する。この結果,上下に位置する全ての第2の免震装置も弾性変形することにより,構造物の長周期化が図られて,上部構造への振動の伝達が緩和されるとともに,第1の免震装置と定着板または連結板間に発生する摩擦エネルギーによって振動エネルギーが吸収され,地震力が減衰する。さらに,地震後においては,第2の免震装置の弾性力によって構造物が元位置近傍に引き戻される。
【0018】このように,上記多段滑り複合免震ユニットによれば,一のユニットによって長周期化と高減衰化の双方の性能を実現することができ,よって小地震から大地震に至る広い範囲の地震力に対して,高い免震効果が発揮される。加えて,大地震が発生して上下部構造が大きく水平方向に相対変位した場合においても,弾性支承による第2の免震装置が上下方向に複数段に配設されているので,個々の第2の免震装置における変形量が小さくなり,よって座屈を生じる虞も無い。
【0019】この際に,平常時,構造物の各柱や基礎等の軸力材に作用する鉛直荷重は,その下部に設置された多段滑り複合免震ユニット内の滑り支承による第1の免震装置と弾性支承による第2の免震装置とによって共同して負担される。ここで,第1および第2の免震装置における負担の割合は,両免震装置の鉛直剛性の比によって決定される。」

イ 甲号証に記載された発明
(ア)甲第1号証に記載された発明
甲第1号証の上記記載事項(1c)の表から,免震装置は積層ゴム支承が16台,弾性滑り支承Aが2台及び弾性滑り支承Bが12台の計30台で構成される一方,同記載事項(1b)の図面において,地下1階平面図には「○」で示される箇所が30個あることにかんがみ,積層ゴム支承,弾性滑り支承A及び弾性滑り支承Bは当該「○」の位置に設置されるものと受け取れる。さらに,免震装置を設置するにあたり,複数個の免震装置を平面視したときに互いに異なる位置に配するのが技術常識である(甲第2号証乃至甲第4号証参照,なお,甲第6号証の段落【0019】及び甲第7号証の段落【0019】の「構造物の各柱・・の軸力材に作用する鉛直荷重は,その下部に設置された複合免震ユニット」との記載からみて,甲第6号証及び甲第7号証でもユニット化された複合免震ユニットを平面視で異なる位置に設けられるものと考えられる)から,弾性滑り支承A及び弾性滑り支承Bは,上部構造物を平面視したときに互いに異なる位置に配されたものであることは明らかである。

そうすると,上記記載事項(1a)?(1c)から,甲第1号証には以下の発明(以下,「甲1発明」という。)が記載されていると認められる。
「上部構造と基礎の間に免震装置(弾性すべり支承+積層ゴム支承+ダンパー)を設置した免震建築物であって,弾性すべり支承A及び弾性すべり支承Bは,上部構造物を平面視したときに互いに異なる位置に配され,免震装置の弾性すべり支承A,弾性すべり支承B及び積層ゴム支承は以下のようにしてなる免震建築物。
弾性すべり支承A
積層ゴム(クロロプレンゴム 厚6mm×7)とすべり板の組合せ
最大摩擦係数 μ=0.03(PTFE材とPTFE材の組合せ)
径600が2台
2次形状係数 14.3
弾性すべり支承B
積層ゴム(クロロプレンゴム 厚6mm×7)とすべり板の組合せ
最大摩擦係数 μ=0.12(PTFE材とSUS304の組合せ)
径1000が6台及び径1100が6台
2次形状係数 23.8 , 26.2
積層ゴム支承
積層ゴム(天然ゴム 厚9mm×26他)
径800が2台及び径1200が14台
2次形状係数 5.1」

(イ)甲第3号証に記載された発明
甲第3号証の上記記載事項(3d)の段落【0028】の「尚,上記実施例では,滑り支承として,積層ゴム6及びPTFE板9を備えた弾性滑り支承4を採用しているが,積層ゴム6を備えていない剛性滑り支承(図示せず)と弾性滑り支承4とを併用して採用することにより・・・」との記載に着目すると,「全ての滑り支承を弾性滑り支承とすることに換えて,弾性滑り支承と剛性滑り支承とを併用する」という技術的思想が把握できる。

そうすると,上記記載事項(3a),(3b),(3d)から,甲第3号証には,以下の発明(以下,「甲3発明」という。)が記載されていると認められる。
「基礎部と上部構造物との間に介在された免震装置において,
前記基礎部に対して前記上部構造物を水平方向に滑動可能に支承する滑り支承と,前記上部構造物と前記基礎部とに上下端部がそれぞれ固定されて水平方向に弾性変形可能な弾性体とを備えた免震装置であって,滑り支承を建物3の略中央部に配置された各柱3aの下端に一つずつ配置し,弾性体として積層ゴム支承5を,建物3の周縁部に沿って配置された各柱3aの下端に一つずつ配置し,全ての滑り支承を弾性滑り支承とすることに換えて,弾性滑り支承と剛性滑り支承とを併用し,剛性滑り支承を用いた場合は,剛性滑り支承に滑りが発生するまで建物3に地震力が直接伝達されるので,ごく小規模な地震に対しては免震効果が期待できない免震装置」

(2)本件特許発明1と甲1発明との対比
甲1発明における「上部構造」及び「基礎」は,本件特許発明1における「上部構造物」及び「上部構造物下の下部構造物」に相当し,甲1発明における上部構造物と基礎の「間」は,免震装置が設けられるのであるから,本件特許発明1の「免震層」に相当する。また,甲1発明の「免震装置」を設けた免震建築物の構造は,本件特許発明1の「免震構造」に相当する。
甲1発明における弾性滑り支承A,弾性滑り支承B及び積層ゴム支承は「支承」であるから,本件特許発明1の「上部構造物を支持」する構成に相当する。
甲1発明において,弾性滑り支承Aは径600で,クロロプレンゴムで厚6mm×7の積層ゴムを有し,弾性滑り支承Bは径1000及び1100で,クロロプレンゴムで厚6mm×7の積層ゴムを有し,また積層ゴム支承は径800及び径1200で,天然ゴムで厚9mm×26他の積層ゴムを有するから,これら弾性滑り支承A,弾性滑り支承B及び積層ゴム支承を構成する5種類の積層ゴムは,本件特許発明1の「複数種類の積層ゴム」に相当する。
甲1発明において,弾性滑り支承Aは最大摩擦係数が0.03で径600,弾性滑り支承Bは最大摩擦係数が0.12で径1000及び径1200であるから,これらは本件特許発明1の「摩擦係数の異なる複数種類の滑り支承」に相当する。

してみれば,甲1発明と本件特許発明1とは,
「上部構造物と当該上部構造物下の下部構造物との間に設けられる免震層は,上部構造物を支持する複数種類の積層ゴムと,上部構造物を支持する摩擦係数の異なる複数種類の滑り支承とからなる免震構造」の点で一致し,以下の点で相違する。

ア 相違点A1
本件特許発明1は,複数種類の積層ゴムが「剛性の異なる」ものであるのに対し,甲1発明は,そのように特定されていない点。
イ 相違点A2
本件特許発明1は,滑り支承が「弾性滑り支承および剛滑り支承で構成され」,「前記上部構造物を平面視したときに互いに異なる位置に配された弾性滑り支承及び剛滑り支承」で構成され,さらに「前記剛滑り支承における滑り材と滑り板との間の摩擦係数を,前記弾性滑り支承における滑り材と滑り板との間の摩擦係数よりも小さくし,微小振動および強風時振動に対しては前記剛滑り支承が滑り出さずに水平剛性を保持し,地震時には前記剛滑り支承が前記弾性滑り支承よりも先に滑り出すように構成されている」のに対し,甲1発明の複数種類の滑り支承は,摩擦係数の異なるものであり,上部構造物を平面視したときに互いに異なる位置に配されたものであるものの弾性滑り支承のみで構成され,剛滑り支承を有していない点。

(3)相違点についての検討
ア 相違点A1について
甲1発明において積層ゴム支承は径800と径1200,弾性滑り支承Aは径600,弾性滑り支承Bは径1000及び径1200のものが記載され,さらに,甲1発明の各積層ゴムについて,ゴムの厚みと層数から,甲1発明の積層ゴム層の厚みを求めると,次の(ア)及び(イ)のようになる。

(ア)一層の厚みと層数から算出される積層ゴムの厚み
甲1発明の「積層ゴム(クロロプレンゴム 厚6mm×7)」等の構成は,一層の厚み6mmで7層の積層ゴムのものと解されるから,これに基づいて積層ゴムの厚みを算出すると以下のとおり。
弾性滑り支承A 厚6mm× 7= 42mm
弾性滑り支承B 厚6mm× 7= 42mm
積層ゴム支承 厚9mm×26=234mm

(イ)2次形状係数から算出される積層ゴムの厚み
甲1発明において,2次形状係数は,弾性滑り支承Aは14.3,弾性滑り支承Bは23.8及び26.2,積層ゴム支承は5.1であるから,これを,甲第5号証の記載事項(5b)の式に弾性滑り支承A等の径を代入して,ゴム総高さhを求める(h=D/S2)と,以下のとおり。なお,積層ゴム支承と弾性滑り支承Bは,径と2次形状係数の対応関係が明確ではないが,以下の組み合わせで上記(ア)の積層ゴム層の厚みとほぼ一致する。また,径800の積層ゴム支承の157mmは,上記(ア)にないが,「厚9mm×26他」と記載された積層ゴム支承のうちの「他」に該当すると考えられる。
2次形状係数(S2) 径(D) ゴム総高さ(h)
弾性滑り支承A 14.3 600 42mm
弾性滑り支承B 23.8 1000 42mm
26.2 1100 42mm
積層ゴム支承 5.1 800 157mm
5.1 1200 235mm

すなわち積層ゴム支承(2種類),弾性滑り支承A及び弾性滑り支承B(2種類)は,積層ゴムの径及び厚み,すなわち形状が異なるものであり,さらに積層ゴム支承は天然ゴム,弾性滑り支承A及びBはクロロプレンゴムと材質も異なるのであるから,積層ゴム支承(2種類),弾性滑り支承A及び弾性滑り支承B(2種類)の剛性(圧縮剛性,水平剛性等の種々の剛性を含む広い概念)が同一ということはできず,これらの剛性は異なるものといえる。

一方,甲第5号証の記載によれば,1次形状係数は積層ゴムの圧縮剛性や曲げ剛性に大きく影響を及ぼすものであり,また,2次形状係数は積層ゴムの水平剛性の変形性能と大きく関係するものであり,1次形状係数についても甲第5号証の記載事項(5a)の式に基づいて算出すると,以下のようになる。なお,上述のように径800の積層ゴム支承を構成する積層ゴムの一層の厚みと層数は「他」に該当すると考えられ,一層の厚みは不明であるので,1次形状係数も不明である。
径(D) 一層の厚み(t) 1次形状係数(S1)
弾性滑り支承A 600 6mm 25
弾性滑り支承B 1000 6mm 41.7
1100 6mm 45.8
積層ゴム支承 800 不明 不明
1200 9mm 33.3

径800と径1200の積層ゴム支承については1次形状係数と2次形状係数が同じである可能性もあるが,少なくともそれ以外の1次形状係数や2次形状係数の異なる弾性滑り支承A,弾性滑り支承B(2種類)及び積層ゴム支承とでは1次形状係数,2次形状係数が異なるものであり,これらの積層ゴムは剛性が異なるといえる。

してみれば,相違点A1は,技術常識等を参酌して甲第1号証に記載されている事項から導き出せる事項であり,実質的に相違点ではない。

イ 相違点A2について
甲第1号証には,「剛滑り支承」は記載されていないし,弾性滑り支承が剛滑り支承と実質的に同一ということもできない。
この点について,請求人は,弾性滑り支承と剛滑り支承とは相互に置換・交換して併用するのが技術常識であるから,弾性滑り支承Aを剛滑り支承に置換・交換して弾性滑り支承Bと併用させた本件特許発明1の構成を導き出せ,甲第1号証に記載されているに等しい事項であると主張している(平成24年11月9日付け審判事件弁駁書(2)第4ページ第10?15行)。しかしながら,弾性滑り支承Aを剛滑り支承に置換・交換するということ自体が,弾性滑り支承Aと剛滑り支承とは異なるものであることを前提としているものであって,甲第1号証の弾性滑り支承Aが剛滑り支承と実質的に同一ということはできない。
してみれば,相違点A2について同一ということはできない。

(4)小括
よって,本件特許発明1は,甲第1号証に記載された発明ではないから,特許法第29条第1項第3号に該当しない。


3 特許法第29条第2項について(無効理由2,4,当審の無効理由)
3-1 甲1発明を主引例とする容易推考性
(1)本件特許発明1と甲1発明との対比
上記「2(2)」のとおりである。

(2)相違点についての判断
ア 相違点A1については,上記「2(3)ア」で検討したとおり,実質的に相違点ではない。

イ 相違点A2について
(ア)滑り支承の摩擦係数の大小と滑り支承が滑り出す順序との関係
まず,滑り支承の摩擦係数の大小と滑り支承が滑り出す順序との関係について検討する。
本件明細書によれば,「地震力が滑り支承の最大摩擦力を超え,滑り支承が滑り出す瞬間に発生するスパイクノイズと呼ばれる衝撃加速度が問題となる」(【0003】)ことを解決しようとする課題とし,「免震層に摩擦係数の異なる複数種類の滑り支承を用いているため,地震時には摩擦係数の小さな滑り支承から順次,滑り出すことになる。そのため,滑り出し時の水平力が分散され,上部構造物が滑り出す瞬間に発生する衝撃加速度が低減される。」(【0005】)との作用が記載され,剛滑り支承と弾性滑り支承とを併用した場合については「地震時には,先ず,摩擦係数の小さな剛滑り支承3が滑り出し,続いて弾性滑り支承2を構成する滑り支承13が滑り出す。そのため,滑り出し時の水平力が分散され,上部構造物4が滑り出す瞬間に発生するスパイクノイズと呼ばれる衝撃加速度が低減されることになる。」(【0014】)と記載されている。
しかしながら,「地震時には摩擦係数の小さな滑り支承から順次,滑り出すことになる」あるいは「地震時には,先ず,摩擦係数の小さな剛滑り支承が滑り出し」との作用については必ずしもそうとは限らない。その理由は以下のとおりである。

弾性滑り支承は,弾性滑り支承の積層ゴムが水平方向に変形することで,変形量に応じた水平方向の弾性復元力が発生し,この弾性復元力が滑り板と滑り材との間の静止摩擦力を超えたときに滑り出す。逆にいうと,積層ゴムが水平方向に変形しなければ弾性復元力が発生せず,結果として弾性滑り支承が滑り出すことはない。
そして,本件特許発明1のように剛滑り支承と弾性滑り支承とを平面視したときに互いに異なる位置に配した場合には,剛滑り支承が滑り出さなければ,弾性滑り支承の積層ゴムも変形しないから,弾性復元力が発生せず,結果として弾性滑り支承は滑り出すことはない。剛滑り支承が滑り出した後にはじめて,弾性滑り支承の積層ゴムが変形し,変形に伴う弾性復元力が弾性滑り支承の静止摩擦力を超えたときに滑り出す。このため,剛滑り支承が滑り出さないと弾性滑り支承は滑り出さないのであるから,剛滑り支承の摩擦係数が大きく,弾性滑り支承の摩擦係数が小さくても,必ず剛滑り支承が先に滑り出すことになり,摩擦係数の大小は,滑り支承の滑り出しの順序と対応するものとはいえない。
さらに検討すると,弾性復元力は積層ゴムの水平剛性と変形量とを掛け合わせることにより算出され,静止摩擦力は摩擦係数と鉛直荷重とを掛け合わせることにより算出されるものである。そのため,上述のように弾性滑り支承が滑り出す条件,すなわち弾性復元力が静止摩擦力を超える条件としては,摩擦係数の大小だけでなく,弾性滑り支承の水平剛性や,弾性滑り支承が負担する鉛直荷重の大きさも影響を及ぼすことが明らかであり,この点からも摩擦係数の大小が滑り出しの順序を直接決定するものではないことが分かる。(全ての滑り支承の水平剛性が同一,かつ全ての滑り支承が支持する鉛直荷重が同一であれば,摩擦係数の大小が滑り出しの順序を決定するが,本件特許は剛滑り支承と弾性滑り支承とで構成され,水平剛性が同一であることを前提にしていない。)

以上のとおり,滑り支承の摩擦係数の相対的な大小関係は,必ずしも滑り出しの順序を決定する要因であるということはできない。

(イ)想到容易性についての検討
上述のように甲第3号証には,甲3発明が記載されており,甲1発明及び甲3発明は,免震構造として技術分野が関連するものであり,さらに甲1発明が平面視したときに互いに異なる位置に配された滑り支承が全て弾性滑り支承であるところ,甲3発明は,全ての滑り支承を弾性滑り支承とすることに換えて,弾性滑り支承と剛性滑り支承とを併用するものであるから,甲1発明に甲3発明を適用して,弾性滑り支承と剛滑り支承とを併用することは当業者が容易に想到し得たことである。その際,剛滑り支承の摩擦係数と弾性滑り支承の摩擦係数との関係については,同じにするか,いずれかを小さくするかという程度のものであって,剛性滑り支承の摩擦係数を弾性滑り支承の摩擦係数よりも小さくすることは当業者が適宜なし得る設計的事項に過ぎない。
また,剛滑り支承と弾性滑り支承を平面視で異なる位置に配置した場合,剛滑り支承が先に滑り出し,続いて弾性滑り支承が滑り出すことは,上記(ア)で検討したとおりである。
また,甲3発明のように剛性滑り支承を併用した場合,「ごく小規模な地震に対しては免震効果が期待できない」ものであるから,小規模の地震と,ほぼ同等程度の振動あるいはそれよりも小さい振動である「微小振動および強風時振動」に対しても,「前記剛滑り支承が滑り出さずに水平剛性を保持している」といえるし,少なくとも「微小振動および強風時振動」に対して「前記剛滑り支承が滑り出さずに水平剛性を保持している」ものとすることは当業者が容易になし得ることである。

(ウ)本件特許発明1の作用効果についての検討
上記(ア)で検討したとおり,剛滑り支承と弾性滑り支承を平面視したときに互いに異なる位置に配した場合,剛滑り支承が先に滑り出し,続いて弾性滑り支承が滑り出すものである。そして,滑り出しのタイミングが異なることで,滑り出し時の水平力が分散されることになるから,上部構造物が滑り出す瞬間に発生する衝撃加速度(スパイクノイズ)が低減されるという本件特許発明1の作用効果は当然に奏されるものに過ぎない。

なお,被請求人は,平成25年3月1日付け意見書において,参考図1を示し,「下記参考図1の線分Bのように剛滑り支承の滑り出しのタイミングが遅ければ(摩擦係数大の場合などで,剛滑り支承が中規模?大規模地震動で動き出す場合など),剛滑り支承と弾性滑り支承を併用して順次滑り出すようにしてもスパイクノイズの低減効果は少なくなってしまう」(第5ページ第20?24行)とし,本件特許発明1は,「剛滑り支承が微小振動及び強風時振動に対しては滑り出さず,地震時に滑り出すように構成(下記参考図1の線分A)した」(第5ページ最下行?第6ページ第2行)と主張している。しかしながら,本件特許発明1の記載は「微小振動および強風時振動に対しては前記剛滑り支承が滑り出さずに水平剛性を保持し,地震時には前記剛滑り支承が前記弾性滑り支承よりも先に滑り出すように構成されている」というものであって,地震時のどのタイミングで剛滑り支承が滑り出すかは特定されていない。また,仮に特定されたとしても,甲3発明は「ごく小規模な地震に対しては免震効果が期待できない」,逆に言えば,ごく小規模な地震動以上の振動で剛滑り支承が滑り出すものといえるから,剛滑り支承は,中規模から大規模地震動で動き出すものとはいえないし,弾性滑り支承は,上記記載事項(3b)に「震度4?5の大地震で・・・滑る」と記載されており,剛滑り支承を併用した際も同様に大地震で滑り出すよう設定すべきことは明らかである。よって,被請求人の主張は採用できない。

(エ)請求人の主張についての検討
請求人は,甲第1号証の弾性滑り支承Aを剛性滑り支承に置換することが容易である旨を主張している(平成24年8月22日付け審判事件弁駁書第4ページ第24行等)。しかしながら,甲第3号証の記載に照らして,甲1発明の複数の弾性滑り支承のうち特に弾性滑り支承Aを剛性滑り支承に置換することについての動機付け又は起因付けがあるということはできない。特に,請求人は,平成25年1月31日付け口頭審理陳述要領書に記載されたように「弾性滑り支承Bよりも先に弾性滑り支承Aが滑り出す」(第5ページ第35行)ことを前提として,剛滑り支承が弾性滑り支承よりも先に滑り出すものであるから,両者とも早く滑り出す滑り支承であるという作用効果の共通性を組み合わせの動機付けとしているとも考えられるが,上述(ア)で検討したように,摩擦係数の大小のみならず水平剛性や支持している鉛直加重等も加味されて,滑り出しのタイミングが決まるのであるから,弾性滑り支承Aの摩擦係数が弾性滑り支承Bの摩擦係数よりも小さいからといって,必ずしも弾性滑り支承Bよりも先に滑り出すものとはいえない。よって,請求人の主張は,前提においてこれを採用することができない。

さらに,請求人は,平成25年1月31日付け口頭審理陳述要領書で「弾性滑り支承と剛滑り支承とを併用する場合に,弾性滑り支承を用いる意義が失われないようにすることは当然のことであり,そのためには剛滑り支承の摩擦係数μbを弾性滑り支承の摩擦係数μaよりも小さく(μb<μa)としなければならないことは当業者にとって自明のことである。」(第3ページ第4?7行)とし,甲第3号証の剛滑り支承の摩擦係数は弾性滑り支承の摩擦係数よりも小さくしなければならないと主張しているが,上述(ア)で検討したように摩擦係数によらず剛滑り支承が滑り出した後に,弾性滑り支承が弾性変形するのであるから,また,次に示す例のように弾性滑り支承の摩擦係数が小さいとしても弾性滑り支承が十分に弾性変形することができるのであるから,請求人の主張を採用することはできない。
[例]
例えば,10tの建物を剛滑り支承1つと弾性滑り支承9つで支承しているとして,個々の滑り支承の支持部の面積が同一で,支承位置によらず負荷される鉛直加重も均一の場合を仮定すると,剛滑り支承は1t,弾性滑り支承は計9t(=1t×9個)の鉛直荷重を支持していることになる。ここで,剛滑り支承の摩擦係数が0.1で,弾性滑り支承の摩擦係数をそれよりも小さい0.05としても,剛滑り支承の静止摩擦力(=摩擦係数×鉛直荷重)は0.1tとなり,弾性滑り支承の静止摩擦力の0.45tの方が大きい。また,弾性滑り支承が滑るときは,剛滑り支承に動摩擦力が発生しているので,仮にこの動摩擦力を0.08t(剛滑り支承の静止摩擦力の80%)とすると,弾性滑り支承が滑るには,0.53t(=0.45t+0.08t)の力が必要ということになる。つまり,建物に水平方向に0.1t以上の力がかかった場合に剛滑り支承が滑り出し,0.1t?0.53tの力では,弾性滑り支承は弾性変形するが滑りは発生していない状態であり,弾性滑り支承の弾性変形の効果を奏することができる。

(オ)以上(ア)?(ウ)から,甲1発明において,相違点A2に係る構成とすることは,当業者が容易に想到し得たことである。

ウ (2)のまとめ
したがって,本件特許発明1は,甲1発明及び甲3発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものである。

(3)本件特許発明2と甲1発明との対比
本件特許発明2と甲1発明とを対比すると,上記相違点A1及びA2に加えて,以下の点で相違する。

相違点A3
甲1発明では「前記免震層の外周部に前記積層ゴムを配置し,前記免震層の中央部に前記滑り支承を配置する」ものであるのに対し,甲1発明はそのような構成を備えていない点で相違する。

(4)相違点についての判断
相違点A3について
滑り支承を中央に配置し,積層ゴム支承を外周部に配置することは,甲3発明に開示され,さらに甲第2号証及び甲第4号証にも記載されているように周知の技術でもある。
してみれば,甲1発明において,滑り支承を中央に配置し,積層ゴム支承を外周部に配置するようにすることは,甲1発明及び甲3発明に基いて,又は甲1発明及び周知の技術に基いて,当業者が容易になし得たことである。
浮き上がり防止,ねじれ防止等の作用効果についても,甲第3号証又は甲第4号証に記載されたとおりであり,当業者が予測可能な程度である。

したがって,本件特許発明2は,甲1発明及び甲3発明に基いて,又は甲1発明,甲3発明及び周知技術に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものである。

(5)小括
よって,本件特許発明1は,甲1発明及び甲3発明に基いて,又は甲1発明,甲3発明及び周知技術に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。


3-2 甲3発明を主引例とする容易推考性
(1)本件特許発明1と甲3発明との対比
本件特許発明1と甲3発明とを対比すると,甲3発明における「上部構造物」あるいは「建物3」は,本件特許発明1の「上部構造物」に相当し,甲3発明の「基礎部」は,本件特許発明1の「上部構造物下の下部構造物」に相当する。甲3発明の基礎部と上部構造物との「間」は,ここに免震装置が介在されるのであるから,本件特許発明1の「免震層」に相当する。また,甲3発明の「免震装置」を設けた構造は,本件特許発明1の「免震構造」に相当する。
甲3発明の弾性滑り支承は,積層ゴムを備えるものであり,また甲3発明の積層ゴム支承が積層ゴムを有することは明らかであるので,甲3発明は「上部構造物を支持する」「積層ゴム」を有するものである。
甲第3号証の段落【0028】には「剛性滑り支承を用いた場合は,剛性滑り支承に滑りが発生するまで建物3に地震力が直接伝達されるので,ごく小規模な地震に対しては免震効果が期待できない。」と記載されるように,剛性滑り支承を併用するとき,剛性滑り支承は,地震力を直接建物に伝達し得るものであるから,基礎部と建物とを直接結ぶようになされているものである。してみれば,剛性滑り支承と弾性滑り支承とは平面視で互いに異なる位置に配されているものであって,甲3発明は,本件特許発明1の「前記滑り支承は,前記上部構造物を平面視したときに互いに異なる位置に配された弾性滑り支承および剛滑り支承で構成され」との構成を有するものである。
そうすると,本件特許発明1と甲3発明とは,
「上部構造物と当該上部構造物下の下部構造物との間に設けられる免震層は,上部構造物を支持する積層ゴムと,上部構造物を支持する複数種類の滑り支承とからなり,
前記滑り支承は,前記上部構造物を平面視したときに互いに異なる位置に配された弾性滑り支承および剛滑り支承で構成された免震構造」
で一致し,以下の点で相違する。

ア 相違点B1
本件特許発明1では,「剛性の異なる複数種類の」積層ゴムを備えるのに対し,甲3発明ではそのような特定がない点。

イ 相違点B2
本件特許発明1では,「摩擦係数の異なる」複数種類の滑り支承を備え,「前記剛滑り支承における滑り材と滑り板との間の摩擦係数を,前記弾性滑り支承における滑り材と滑り板との間の摩擦係数よりも小さくし,微小振動および強風時振動に対しては前記剛滑り支承が滑り出さずに水平剛性を保持し,地震時には前記剛滑り支承が前記弾性滑り支承よりも先に滑り出すように構成されている」のに対し,甲3発明ではそのような特定がない点。

(2)相違点についての判断
ア 相違点B1について
甲第3号証の記載事項(3c)には,「弾性滑り支承4のばね定数(剛性)をK1 ,積層ゴム支承5のばね定数をK2 」とするとの記載があり,K1 ,K2として異なる記号が用いることで,弾性滑り支承4の剛性と積層ゴム支承とのばね定数(剛性)とを互いに異ならせることが示唆されている上,甲1発明の積層ゴム支承,弾性滑り支承A及び弾性滑り支承Bの積層ゴムは剛性が異なるものを用いていることは明らかであるように(上述「2(3)ア」参照),積層ゴムの剛性を異ならせることは公知技術でもある。
してみれば,甲3発明において,相違点B1に係る構成とすることは当業者が容易になし得たことである。

イ 相違点B2について
剛滑り支承の摩擦係数の摩擦係数と弾性滑り支承の摩擦係数との関係については,同じにするか,いずれかを小さくするかという程度のものであって,甲3発明において,剛性滑り支承の摩擦係数を弾性滑り支承の摩擦係数よりも小さくすることは当業者が適宜なし得る設計的事項に過ぎないものである。
また,剛滑り支承と弾性滑り支承を平面視したときに互いに異なる位置に配置した場合,剛滑り支承が先に滑り出し,続いて弾性滑り支承が滑り出すことは,上記「3-1(2)イ(ア)」で検討したとおりである。
また,甲3発明のように剛性滑り支承を併用した場合,「ごく小規模な地震に対しては免震効果が期待できない」ものであるから,小規模の地震と,ほぼ同等程度の振動あるいはそれよりも小さい振動である「微小振動および強風時振動」に対しても,「前記剛滑り支承が滑り出さずに水平剛性を保持している」といえるし,少なくとも「微小振動および強風時振動」に対して「前記剛滑り支承が滑り出さずに水平剛性を保持している」ものとすることは当業者が容易になし得ることである。

また,本件特許発明1の作用効果について,上記「3-1(2)イ(ウ)」で検討したとおりであり,剛滑り支承と弾性滑り支承を平面視したときに互いに異なる位置に配した場合,剛滑り支承が先に滑り出し,続いて弾性滑り支承が滑り出すものであり,滑り出しのタイミングが異なることで,滑り出し時の水平力が分散されることになって,上部構造物が滑り出す瞬間に発生する衝撃加速度(スパイクノイズ)が低減されるという本件特許発明1の作用効果は当然に奏されるものに過ぎない。

以上のことから,甲3発明において,相違点B2に係る構成とすることは,当業者が容易に想到し得たことである。

ウ (2)のまとめ
したがって,本件特許発明1は,甲3発明及び甲1発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものである。

(3)本件特許発明2と甲3発明との対比・判断
本件特許発明2と甲3発明とを対比すると,甲3発明の「滑り支承を建物3の略中央部に配置された各柱3aの下端に一つづつ配置」することは,本件特許発明2の「前記免震層の中央部に前記滑り支承を配置」することに相当し,甲3発明の「積層ゴム支承5を,建物3の周縁部に沿って配置された各柱3aの下端に一つづつ配置」することは,「前記免震層の外周部に前記積層ゴムを配置」することに相当する。
よって,本件特許発明2で限定された事項は,甲3発明も備えている。

したがって,本件特許発明2は,本件特許発明1と同様の理由により,甲3発明及び甲1発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものである。

(4)小括
よって,本件特許発明1及び2は,甲3発明及び甲1発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

第6 むすび
以上のとおり,本件特許発明1及び2は,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,本件特許は,特許法第29条第2項の規定に違反してなされたものであり,同法第123条第1項第2号に該当し,無効とすべきものである。

審判に関する費用については,特許法第169条第2項において準用する民事訴訟法第61条の規定により,被請求人が負担すべきものとする。

よって,結論のとおり,審決する。
 
発明の名称 (54)【発明の名称】
免震構造
【技術分野】
【0001】
本発明は、免震構造に関し、特に、精密環境施設に適用される免震構造に関する。
【背景技術】
【0002】
精密環境施設に免震構造を適用する場合、地震時における免震効果に加えて平常時における微振動対策が必要となる。そのため、積層ゴムと滑り支承を併用し、平常時は免震層を高剛性とし、滑り支承の最大摩擦力を超えるような地震力に対して滑り支承が滑り出して積層ゴムによる免震効果が発揮されるようにする。例えば、特許文献1では、弾性滑り支承および積層ゴム支承の両方で建物の鉛直荷重を受け止めることにより、積層ゴム支承の数を減らしてトータルのバネ定数を小さくし、建物の免震周期を長くして建物の応答せん断力を低減する免震方法が開示されている。
【特許文献1】特開平8-158697号公報 (第3-5頁、第1-3図)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
しかしながら、精密環境施設に設置される生産装置の機能維持の観点からは、生産装置に作用する最大加速度が問題となることがある。具体的には、地震力が滑り支承の最大摩擦力を超え、滑り支承が滑り出す瞬間に発生するスパイクノイズと呼ばれる衝撃加速度が問題となることがある。
【0004】
本発明は、上述する問題点に鑑みてなされたもので、精密環境施設内に設置されている、作用加速度に敏感な精密機器類の地震後における機能が維持され、生産ラインの継続使用を可能とする免震構造を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上記目的を達成するため、本発明は、上部構造物と当該上部構造物下の下部構造物との間に設けられる免震層は、上部構造物を支持する剛性の異なる複数種類の積層ゴムと、上部構造物を支持する摩擦係数の異なる複数種類の滑り支承とからなり、前記滑り支承は、前記上部構造物を平面視したときに互いに異なる位置に配された弾性滑り支承および剛滑り支承で構成され、前記剛滑り支承における滑り材と滑り板との間の摩擦係数を、前記弾性滑り支承における滑り材と滑り板との間の摩擦係数よりも小さくし、微小振動および強風時振動に対しては前記剛滑り支承が滑り出さずに水平剛性を保持し、地震時には前記剛滑り支承が前記弾性滑り支承よりも先に滑り出すように構成されていることを特徴とする。
ここで、摩擦係数は、静止摩擦係数および動摩擦係数の総称として用いている。
本発明では、免震層に摩擦係数の異なる複数種類の滑り支承を用いているため、地震時には摩擦係数の小さな滑り支承から順次、滑り出すことになる。そのため、滑り出し時の水平力が分散され、上部構造物が滑り出す瞬間に発生する衝撃加速度が低減される。その結果、作用加速度に敏感な精密機器類の地震後における機能が維持され、生産ラインの継続使用が可能となる。
【0006】
また、剛性は、水平剛性および鉛直剛性の総称として用いている。
本発明では、摩擦係数の異なる複数種類の滑り支承に加えて、剛性の異なる複数種類の積層ゴムを組み合わせることにより、上記作用効果に加えて、構造物の固有周期を容易に調節することが可能となる。
【0007】
また、本発明では、前記免震層の外周部に前記積層ゴムを配置し、前記免震層の中央部に前記滑り支承を配置することを好適とする。
本発明では、滑り支承を免震層の中央部に配置するとともに、積層ゴムを免震層の外周部に配置することにより、積層ゴムの剛性を利用し、地震時における上部構造物の捩れ変形を抑制することができる。併せて、転倒モーメントによる滑り支承の浮き上がりを防止することができる。
【発明の効果】
【0008】
本発明では、免震層に摩擦係数の異なる複数種類の滑り支承を用いているため、滑り出し時の水平力が分散され、上部構造物が滑り出す瞬間に発生する衝撃加速度が低減される。その結果、作用加速度に敏感な精密機器類の地震後における機能が維持され、生産ラインの継続使用が可能となる。
また、摩擦係数の異なる複数種類の滑り支承に加えて、剛性の異なる複数種類の積層ゴムを組み合わせることにより、構造物の固有周期を容易に調節することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
以下、本発明に係る免震構造の実施形態について図面に基づいて説明する。
図1は、免震層における積層ゴム、弾性滑り支承、および剛滑り支承の配置を示した平面図であり、図2は免震層の部分立面図である。
本実施形態では、上部構造物4と基礎(下部構造物)5との間に、高減衰積層ゴム(積層ゴム)1と、弾性滑り支承(積層ゴム+滑り支承)2と、剛滑り支承(滑り支承)3とを配置した免震層を設けている。
【0010】
高減衰積層ゴム1は、高減衰ゴム6と鋼板7を交互に積層したものであり、上下端面にそれぞれ装着されたフランジプレート17、17を介して上部構造物4と基礎5にそれぞれ連結されている。高減衰ゴム6は、天然ゴムに添加材を加えてゴムに高い減衰性を付与したものであり、高減衰積層ゴム1を用いることにより、ダンパーなどの減衰装置を免震層に設置する必要がなくなる。なお、高減衰積層ゴム1に代えて、鉛入り積層ゴムや鋼製ダンパー一体型積層ゴムなど他の減衰性を有する積層ゴムを用いてもよい。
【0011】
弾性滑り支承2は、積層ゴム12上に滑り支承13を備えたハイブリッド支承である。積層ゴム12は、天然ゴム9と鋼板10を交互に積層したものであり、下端面に装着されたフランジプレート18を介して基礎5に連結されている。一方、積層ゴム12の上端面には、ポリ4フッ化エチレン樹脂(以下、PTFE樹脂と呼ぶ。)からなる滑り材8が装着されており、上部構造物4の下面に貼着されたステンレス板などからなる滑り板11に面接触している。滑り材8と滑り板11との間の摩擦係数μは0.1程度である。
また、積層ゴム12は、高減衰積層ゴム1より成が低く、高減衰積層ゴム1より高い水平剛性を有している。
【0012】
剛滑り支承3は、下端面に装着されたフランジプレート19を介して基礎5に連結された剛体16の上端面にPTFE樹脂からなる滑り材14が装着されたものであり、上部構造物4の下面に貼着されたステンレス板などからなる滑り板15に面接触している。滑り材14と滑り板15との間の摩擦係数μは0.01程度である。
【0013】
図1に示すように、高減衰積層ゴム1は免震層の外周部に配置し、弾性滑り支承2および剛滑り支承3は免震層の中央部に配置する。即ち、上部構造物4のスパン方向および桁行方向について、それぞれ高減衰積層ゴム1、弾性滑り支承2および剛滑り支承3を対称に配置し、高減衰積層ゴム1の剛性を利用して、地震時における上部構造物4の捩れ変形を抑制するものである。併せて、高減衰積層ゴム1を免震層の外周部に配置することで、転倒モーメントによる滑り支承3、13の浮き上がりを防止することができる。
【0014】
次に、本発明に係る免震構造の作用について説明する。
図3は、高減衰積層ゴム1と滑り支承3、13を、それぞれ用いた免震建屋の水平方向荷重-変形関係を示したものである。
平常時の振動(生産機器や設備機器の振動、交通振動)および強風に対しては、上部構造物4に作用する水平力が滑り支承3、13の最大摩擦力より小さいため、微小振動および強風時振動に対して、免震層は高い水平剛性を保持し、上部構造物4の脚部は水平方向に固定された状態となる。
一方、地震時には、先ず、摩擦係数の小さな剛滑り支承3が滑り出し、続いて弾性滑り支承2を構成する滑り支承13が滑り出す。そのため、滑り出し時の水平力が分散され、上部構造物4が滑り出す瞬間に発生するスパイクノイズと呼ばれる衝撃加速度が低減されることになる。
【0015】
図4は、本発明に係る免震構造の水平方向荷重-変形関係を他の免震構造と比較して示した図である。図中、Aは本発明に係る免震構造の場合、Bは高減衰積層ゴム1+剛滑り支承3の場合、Cは従来の免震構造の場合、Dは非免震の場合をそれぞれ示している。同図より、摩擦係数の異なる滑り支承3、13と水平剛性の異なる積層ゴム1、12を組み合わせることによって、対象とする荷重レベルに応じて構造物の水平剛性をコントロールできることがわかる。即ち、剛性の異なる複数種類の積層ゴムと摩擦係数の異なる複数種類の滑り支承とを組み合わせることによって、免震構造の履歴ループの形状をコントロールすることができる。
【0016】
本実施形態による免震構造では、免震層に摩擦係数の異なる2種類の滑り支承3、13を用いているため、滑り出し時の水平力が分散され、上部構造物4が滑り出す瞬間に発生する衝撃加速度が低減される。その結果、作用加速度に敏感な精密機器類の地震後における機能が維持され、生産ラインの継続使用が可能となる。
また、本実施形態による免震構造では、水平剛性の異なる2種類の積層ゴム1、12を組み合わせることにより、構造物の固有周期を容易に調節することが可能となる。
【0017】
以上、本発明に係る免震構造の実施形態について説明したが、本発明は上記の実施形態に限定されるものではなく、その趣旨を逸脱しない範囲で適宜変更可能である。例えば、上記の実施形態では、積層ゴムと滑り支承が一体となった弾性滑り支承を使用しているが、剛性の異なる積層ゴムと摩擦係数の異なる滑り支承をそれぞれ単体で配置してもよい。また、上記の実施形態では、剛性の異なる積層ゴムおよび摩擦係数の異なる滑り支承はそれぞれ2種類としているが、3種類以上であってもよく、常時の微振動対応性能および地震時の免震性能を任意に付与することができる。要は、本発明において所期の機能が得られればよいのである。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】免震層における積層ゴム、弾性滑り支承、および剛滑り支承の配置を示した平面図である。
【図2】免震層の部分立面図である。
【図3】(a)は高減衰積層ゴムを用いた免震建屋の水平方向荷重-変形関係を示した図、(b)は滑り支承を用いた免震建屋の水平方向荷重-変形関係を示した図である。
【図4】本発明に係る免震構造の水平方向荷重-変形関係を他の免震構造と比較して示した図である。
【符号の説明】
【0019】
1 高減衰積層ゴム(積層ゴム)
2 弾性滑り支承(滑り支承+積層ゴム)
3 剛滑り支承(滑り支承)
4 上部構造物
5 基礎(下部構造物)
6 高減衰ゴム
7、10 鋼板
8、14 滑り材
9 天然ゴム
11、15 滑り板
12 積層ゴム
13 滑り支承
16 剛体
17、18、19 フランジプレート
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
上部構造物と当該上部構造物下の下部構造物との間に設けられる免震層は、上部構造物を支持する剛性の異なる複数種類の積層ゴムと、上部構造物を支持する摩擦係数の異なる複数種類の滑り支承とからなり、
前記滑り支承は、前記上部構造物を平面視したときに互いに異なる位置に配された弾性滑り支承および剛滑り支承で構成され、
前記剛滑り支承における滑り材と滑り板との間の摩擦係数を、前記弾性滑り支承における滑り材と滑り板との間の摩擦係数よりも小さくし、
微小振動および強風時振動に対しては前記剛滑り支承が滑り出さずに水平剛性を保持し、
地震時には前記剛滑り支承が前記弾性滑り支承よりも先に滑り出すように構成されていることを特徴とする免震構造。
【請求項2】
前記免震層の外周部に前記積層ゴムを配置し、前記免震層の中央部に前記滑り支承を配置することを特徴とする請求項1に記載の免震構造。
【図面】




 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
審理終結日 2013-06-27 
結審通知日 2013-07-01 
審決日 2013-07-16 
出願番号 特願2005-114290(P2005-114290)
審決分類 P 1 113・ 537- ZAA (E04H)
P 1 113・ 113- ZAA (E04H)
P 1 113・ 112- ZAA (E04H)
最終処分 成立  
前審関与審査官 田中 洋行  
特許庁審判長 中川 真一
特許庁審判官 住田 秀弘
筑波 茂樹
登録日 2011-03-25 
登録番号 特許第4706958号(P4706958)
発明の名称 免震構造  
代理人 川渕 健一  
代理人 川渕 健一  
代理人 土井 真理子  
代理人 市東 禮次郎  
代理人 寺本 光生  
代理人 寺本 光生  
代理人 土井 真理子  
代理人 市東 篤  

プライバシーポリシー   セキュリティーポリシー   運営会社概要   サービスに関しての問い合わせ