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審決分類 審判 査定不服 1項3号刊行物記載 特許、登録しない。 C09J
審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 C09J
審判 査定不服 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 特許、登録しない。 C09J
管理番号 1280952
審判番号 不服2013-1222  
総通号数 168 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2013-12-27 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2013-01-23 
確定日 2013-10-31 
事件の表示 特願2009-189100「強接着再剥離型粘着剤及び粘着テープ」拒絶査定不服審判事件〔平成21年11月26日出願公開、特開2009-275232〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 1.手続の経緯
本願は、平成11年2月17日の特許出願(特願平11-38529号:以下、「原出願」という。)の一部を平成21年8月18日に新たな特許出願としたものであって、平成24年6月15日付けで拒絶理由が通知され、同年8月10日に意見書及び手続補正書が提出され、同年10月17日付けで拒絶査定され、平成25年1月23日に拒絶査定不服審判が請求されたものである。

なお、原出願である特願平11-38529号は、平成21年5月18日付けで拒絶査定され、同年8月18日付けで拒絶査定不服審判が請求されたが(不服2009-14917)、平成24年7月4日付けで「請求は成り立たない」旨の審決がなされ、審決取消を求めて知的財産高等裁判所に出訴されたものの(平成24年(行ケ)第10292号)、平成25年6月27日に請求棄却の判決が言い渡され、その後、当該判決及び審決が確定している。

2.原査定の拒絶の理由
原査定の拒絶の理由は「平成24年6月15日付け拒絶理由通知書に記載した理由1-3」にあるが、そのうち、理由3は、「この出願は、特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない。」というものである。

なお、拒絶査定には、次の点が付記されている。

この出願の発明が解決しようとする課題は、【0004】の記載から「再利用が可能な部品に対して強固な接着性を発揮し、部品より剥離する際は、加熱等の特別な処理なしに糊残りなく剥離が可能で、エーテル系ウレタンフォームを含む幅広い被着体に対しても有用な粘着剤を提供する」ことと認められる。
これに対して、本願の発明の詳細な説明には、上記した課題の解決に関連して【0017】【0018】【0020】【0022】に、本願請求項1にて特定する要件に外れるものは不具合がある旨の説明がされている。
さらに発明の詳細な説明には、実施例として特定のアクリル系共重合体及び粘着付与樹脂、架橋剤からなり、それぞれが特定の含有量である粘着剤の例が、一応、4つ記載されている。これらの実施例は本願請求項の発明特定事項を充足して、ステンレス、ポリプロピレンやエーテル系ウレタンフォームに対する接着力に優れ、亜鉛メッキ鋼板などとの再剥離性も優れるものではある。しかし、4の実施例ともに特定の共重合体からなるアクリル系共重合体及び粘着付与樹脂、架橋剤を配合したものである。
具体的には請求項1ではアクリル系共重合体は、「(a)n-ブチル(メタ)アクリレート50重量部以上、カルボキシル基を持つビニルモノマー又は窒素含有ビニルモノマーの一種以上を1?5重量部、水酸基含有ビニルモノマー0.01?5重量部を必須成分として調製される」と特定するのに対して、実施例のアクリル共重合体はn-ブチルアクリレートが最大で96.5重量部、最小で87.5重量部、カルボキシル基を持つビニルモノマーはアクリル酸のみで2または4重量部、さらに窒素含有ビニルモノマーとしてはビニルピロリドンのみで2または3重量部、水酸基含有ビニルモノマーはおそらく2-ヒドロキシエチルアクリレートを0.5または1重量部である。したがって、実施例のアクリル系共重合体はモノマーの種類、組み合わせは請求項に特定する範囲内のごく一部である1,2種の組み合わせに過ぎず、各モノマーの配合量も近接した値であり、請求項に特定する範囲に比較して、限定的な例といわざるをえない。
本願請求項ではモノマーの配合に加えて「tanδのピーク値が5℃以下、50℃での貯蔵弾性率G'が6×10^(4)(Pa)を越え2×10^(5)(Pa)以下及び130℃でのtanδの値が1以下である」という粘弾特性を特定する。そしてこれにより「強固な接着性を発揮し、部品より剥離する際は、加熱等の特別な処理なしに糊残りなく剥離が可能」ということを達成して、本願請求項に係る発明の上記の課題の解決が図られるとしている。しかし、実施例の粘着剤の粘弾性特性は50℃での貯蔵粘弾性G'が7.0×10^(4)(Pa)か9.0×10^(4)(Pa)で、130℃でのtanδの値も近接した数値範囲内にある。
本願明細書には【0017】【0018】【0020】【0022】には、アクリル系共重合体のモノマー配合及び粘着剤の粘着特性の技術的意義について一応の記載はある。しかし、一般に粘着剤の性能は粘着剤を構成する成分、共重合体であれば共重合体を構成するモノマーの配合に依存することは技術常識に類することである。しかし、どのようなモノマーの配合、他の成分をを含む組成であると、ステンレスやエーテル系ウレタンフォームに対する接着性が優れるかは、粘着剤を構成する成分やその化学構造からは直ちに予測することのできない事項である。同様に粘着剤のtanδのピーク値、50℃での貯蔵弾性率G'、130℃でのtanδの値からは、粘着剤がエーテル系ウレタンフォームや他の材料に対してどのような接着性能を発揮するかは予測性の無いことが通常である。実際、本願の出願時において、粘着剤に含まれるアクリル系共重合体のモノマー配合及び粘着剤の50℃での貯蔵弾性率G'、130℃でのtanδの値といった粘着特性と各種材料に対する接着性についての技術常識や、各種接着性能を定量的に決定できる何らかの理論の存在も認められない。
したがって、発明の詳細な説明には、共通性の高い上記実施例以外には、請求項に係る発明について有意に説明して裏付ける記載があるとはいえない。実施例の個別の例においては上記の課題を解決しているとしても、本願請求項に特定するもののうち共通性、類似性の高い限定的な例といわざるをえない4の実施例を基にして、それ以外の本願請求項に係る発明のいずれの場合においても上記の課題が解決が図られるとは認められない。
出願人は意見書にて、本願特許請求の範囲に記載の各モノマー成分の含有量や、ガラス転移温度、貯蔵弾性率、tanδ値等の範囲は、当該実施例から大きく逸脱する範囲ではないとの主張をしている。しかし上記の通り本願中実施例の粘着剤のアクリル共重合体は、請求項に特定する範囲に対してある特定のモノマーの配合に限られている。そして、実施例の特定の例から、請求項に特定する範囲全般にわたって、同様の粘着剤の性能となるかは、実験的な検証、理論的な裏付け、そのことを裏付ける何らかの技術常識のいずれもに存在しないから、この主張は採用できない。
してみると、発明の詳細な説明の記載によっては、本願請求項に係る発明の範囲全般に亘って、当業者が上記の課題を解決できると認識できる範囲のものであるとも、また、出願時の技術常識に照らし当該課題を解決できると認識できる範囲のものであるとすることもできない。
よって、本願各請求項に係る発明は、発明の詳細な説明に記載したものでない。」

3.本願明細書の記載
願書に最初に添付された明細書及び平成24年8月10日付け手続補正書により補正された特許請求の範囲には次の事項が記載されている。

(1)特許請求の範囲の記載
「【請求項1】
(a)n-ブチル(メタ)アクリレート50重量部以上、カルボキシル基を持つビニルモノマー又は窒素含有ビニルモノマーの一種以上を1?5重量部、水酸基含有ビニルモノマー0.01?5重量部を必須成分として調製されるアクリル共重合体100重量部と、
(b)粘着付与樹脂10?40重量部からなる粘着剤組成物を架橋した粘着剤であり、前記粘着剤の周波数1Hzにて測定されるtanδのピークが5℃以下にあり、50℃での貯蔵弾性率G'が6×10^(4)(Pa)を越え2×10^(5)(Pa)以下、130℃でのtanδが1以下であることを特徴とする強接着再剥離型粘着剤。
【請求項2】
粘着付与樹脂として、少なくとも1種以上の重合ロジンエステル系樹脂を含む請求項1に記載の強接着再剥離型粘着剤。
【請求項3】
架橋剤としてイソシアネート系架橋剤を含有する請求項1又は2に記載の強接着再剥離型粘着剤。
【請求項4】
前記架橋剤の含有量が、固形分45%の粘着剤組成物100重量部に対し、0.9?1.3重量部である請求項1?3のいずれかに記載の強接着再剥離型粘着剤。
【請求項5】
n-ブチル(メタ)アクリレートの含有量が、87.5?96.5重量部である請求項1?4のいずれかに記載の強接着再剥離型粘着剤。
【請求項6】
請求項1?5のいずれかに記載の粘着剤を基材の少なくとも片面に設けてなることを特徴とする粘着テープ。
【請求項7】
前記した基材が不織布基材であって、請求項1?4の何れかに記載の粘着剤が該基材に含浸されている両面粘着テープであり、該粘着テープの流れ方向と幅方向の引っ張り強度が23℃で1.5?4.5kgf/20mmである請求項6に記載の粘着テープ。」

(2)発明の詳細な説明の記載
(ア)発明が解決しようとする課題
「【0004】
本発明の課題とするところは、再利用が可能な部品に対して強固な接着性を発揮し、部品より剥離する際は、加熱等の特別な処理なしに糊残りなく剥離が可能で、接着しづらいエーテル系ウレタンフォームから各種プラスチック、金属までの幅広い被着体に対しても有用な粘着剤及び粘着テープ類を提供するものである。」

(イ)課題を解決するための手段
「【0005】
本発明者らは鋭意研究した結果、(メタ)アクリル共重合体に粘着付与樹脂を添加した粘着剤組成物を架橋した粘着剤が、特定の動的粘弾性の範囲にあるときに、再剥離性、エーテル系ウレタンフォームへの接着性をはじめとする物性を満足できることを見いだした。また本粘着剤を使用した粘着テープ類を用いることにより、再利用が可能なプラスチックや金属製部品に対して強固な接着性を発揮し、部品より剥離する際は加熱等の特別な処理なしに糊残りなく剥離が可能になることを見いだし、本発明を完成するに至った。」

(ウ)発明の実施の形態
「【0012】
本発明に用いるアクリル共重合体はn-ブチル(メタ)アクリレート、高極性ビニルモノマー、架橋剤と反応する官能基を有するビニルモノマーを必須成分としてなる。」
「【0015】
高極性ビニルモノマーとしては、カルボキシル基含有ビニルモノマー、窒素含有ビニルモノマー等が挙げられる。カルボキシル基含有ビニルモノマーとしては、(メタ)アクリル酸、イタコン酸、マレイン酸、(メタ)アクリル酸2量体等が、窒素含有ビニルモノマーとしては、N-ビニルピロリドン、N-ビニルカプロラクタム、アクリロイルモルホリン、N,N-ジメチルアクリルアミド、ジメチルアミノアクリレート等が挙げられる。また、必要に応じてアクリル共重合体の凝集力を上げるために、酢酸ビニル等を共重合しても良い。」
「【0016】
架橋剤と反応する官能基を有するビニルモノマーとしては、特に限定されないが、2-ヒドロキシエチルアクリレート、2-ヒドロキシエチルメタクリレート、4-ヒドロキシブチルアクリレート等の水酸基含有ビニルモノマーや、アミンを含有ビニルモノマー等が挙げられる。」
「【0017】
アクリル共重合体を100重量部とした場合、炭素数1から14の(メタ)アクリル酸アルキルエステル量が、50重量部より少ない場合は、初期接着性が著しく低下する。高極性ビニルモノマー量が1重量部未満の場合は、凝集力が低下し粘着テープをリサイクル部品より剥離する際に糊残りが生じる。また5重量部を越えると、低温接着性、エーテル系ウレタンフォームへの接着性が損なわれる。」
「【0018】
架橋剤と反応する官能基を有するビニルモノマー量が、0.01重量部未満では、例えば架橋剤としてイソシアネート化合物を用いた場合、架橋反応性が著しく低下し、5重量部を越える場合は感圧接着剤溶液のポットライフが著しく低下する。」
「【0019】
本発明で使用する粘着付与樹脂としては特に限定されるものではないが、重合ロジンエステル系の粘着付与樹脂を少なくとも1種以上添加することが好ましい。」
「【0020】
アクリル共重合体100重量部に対する粘着付与樹脂の添加量は10?40重量部である。10重量部未満ではポリオレフィンに対する接着性が低下し、40重量部を超えると低温性が悪化する。」
「【0021】
粘着剤を架橋する架橋剤は特に限定されないが、イソシアネート系化合物やエポキシ系架橋剤、アジリジン系架橋剤、金属キレート系架橋剤が挙げられる。」
「【0022】
本発明の粘着剤は、tanδのピークが5℃以下にあり、50℃での貯蔵弾性率G'が6×10^(4)(Pa)を超え2×10^(5)(Pa)以下、50℃でのtanδが0.3から0.7の範囲が好ましい。tanδのピークが5℃を超える場合は、低温性が悪化する。50℃での貯蔵弾性率G'が6×10^(4)(Pa)以下では、再剥離性が悪化し、2×10^(5)(Pa)を超える場合は耐反撥性、定荷重性が悪化する。また130℃でのtanδが1を超える場合は、再剥離性が低下する。」

(エ)実施例
「【0026】
〔実施例〕
(1)アクリル共重合体の調製
攪拌機、寒流冷却器、温度計、滴下漏斗及び窒素ガス導入口を備えた反応容器に表1の組み合わせのモノマー配合100重量部と重合開始剤として2,2'-アゾビスイソブチルニトリル0.2部とを酢酸エチル100部に溶解し、80℃で8時間重合してアクリル共重合体溶液を得た。
【0027】
(2)強接着再剥離型粘着剤の調製
上記のアクリル共重合体100重量部に対し、ロジンエステル系樹脂A-100(荒川化学社製)を10重量部、重合ロジンエステル系樹脂D-135(荒川化学社製)を20重量部添加し、トルエンで希釈混合し固形分45%の強接着再剥離型粘着剤溶液A,B,C,D,Eを得た。
【0028】
(3)テープの調製
上記(2)の粘着剤溶液100重量部に対し、イソシアネート系架橋剤(日本ポリウレタン社製コロネートL-45、固形分45%)を表2の通り添加し15分攪拌後、剥離処理した厚さ75μmのポリエステルフィルム上に乾燥後の厚さが65μmになるように塗工して、80℃で3分間乾燥した。得られた粘着シートを、麻100%の麻原紙にビスコースを含浸してなる坪量15g/m^(2)、流れ方向(MD)2.5kg/20mm、及び幅方向(TD)2.3kg/20mmの引っ張り強度である不織布の両面に転写し、80℃の熱ロールで4kgf/cm^(2)の圧力でラミネートし、不織布に粘着剤を充分含浸させた。その後40℃で2日間熟成し両面粘着テープを得た。
【0029】
実施例1?3、比較例1?2で作成した粘着剤溶液及び両面粘着テープについて、以下に示す方法により試験し、評価結果を表1?4に示した。
【0030】
(1)重量平均分子量
東ソー社製のGPC、SC-8020、高分子量カラムTSKgelGMHHR-Hで、溶媒はテトラヒドロフランを用いて、スチレン換算で重量平均分子量を測定した。
【0031】
(2)塗工性
コンマコーターで塗工速度30m/minのときの粘着剤の塗工面を目視にて評価した。
◎:塗工面が非常に平滑で良好
○:塗工面は平滑で良好
×:塗工面にロールスジが発生
【0032】
(3)動的粘弾性測定
架橋した粘着剤を5mm厚にまで重ね合わせ試験片とした。レオメトリックス社製粘弾性試験機アレス2KSTDに直径7.9mmのパラレルプレートを装着し、試験片を挟み込み、周波数1Hzで-50℃から150℃までの貯蔵弾性率(G')、損失弾性率(G")、損失正接(tanδ)を測定した。
【0033】
(4)引っ張り強度
標線長さ10mm、幅20mmのダンベル状に打ち抜いたサンプルを、テンシロン引っ張り試験機を用い、23℃で引っ張り速度300mm/minの測定条件で行った。
【0034】
(5)再剥離性25μmのポリエステルフィルムで裏打ちした20mm幅の両面粘着テープ試料を表3記載の各被着体に貼付し爪で充分加圧した。貼付後60℃・90%RH雰囲気下で12日間放置し、23℃下で1日冷却した後、約135°の方向にテープ試料を手剥がしした。不織布層での切断の有無及び剥離後の被着体への粘着剤の残り具合を以下の基準で目視評価した。
◎:全面糊残り無し。 (糊残り:0?5%未満)
○:剥離きっかけ部に糊残り有り。 (糊残り:5?10%未満)
△:僅かに糊残り有り。 (糊残り:10?20%未満)
×:広範囲に糊残り有り。 (糊残り:20%以上)
【0035】
(6)定荷重剥離試験
23℃下で25μmポリエステルフィルムで裏打ちした10mm幅の両面粘着テープ試料を、10mm幅×50mmになるように被着体に貼付し、2kgローラー8往復加圧した。40℃下で1時間熟成後、23℃下で両面テープの一端に300g荷重(被着体がエーテル系ウレタンフォームの場合は40g荷重)を吊し、1時間後の剥がれ距離(mm)を測定した。尚、1時間以内に落下した試料に関しては落下時間を測定した。
【0036】
(7)接着力
23℃下で25μmポリエステルフィルムで裏打ちした20mm幅の両面粘着テープ試料をステンレス板に貼付し、2kgローラー8往復加圧した。23℃下で1時間静置した後、180°方向に300mm/minの速度で引っ張り、接着力(kgf/20mm)を測定した。
【0037】
【表1】

【0038】
【表2】

【0039】
【表3】

【0040】
【表4】



(オ)発明の効果
「【0041】
上記実施例のとおり、本発明の強接着再剥離型粘着剤を用いたテープは、ステンレスやプラスチック部品、エーテル系ウレタンフォーム等の再利用が可能な部品に対して強固な接着性を発揮し、部品より剥離する際は、加熱等の特別な処理なしに糊残りなく剥離することが可能であった。」

4.当審の判断
特許法第36条第6項は、「第2項の特許請求の範囲の記載は、次の各号に適合するものでなければならない。」と規定し、その第1号において「特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであること」と規定している。そして、特許請求の範囲の記載が、同号に規定する要件(いわゆる、「明細書のサポート要件」)に適合するか否かは、「特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきもの」(知的財産高等裁判所平成17年(行ケ)第10042号特別部判決)であるから、この観点に立って以下検討する。

本願の特許請求の範囲請求項1には、前記3.(1)のとおり、「(a)n-ブチル(メタ)アクリレート50重量部以上、カルボキシル基を持つビニルモノマー又は窒素含有ビニルモノマーの一種以上を1?5重量部、水酸基含有ビニルモノマー0.01?5重量部を必須成分として調製されるアクリル共重合体100重量部と、
(b)粘着付与樹脂10?40重量部からなる粘着剤組成物を架橋した粘着剤であり、前記粘着剤の周波数1Hzにて測定されるtanδのピークが5℃以下にあり、50℃での貯蔵弾性率G'が6×10^(4)(Pa)を越え2×10^(5)(Pa)以下、130℃でのtanδが1以下であることを特徴とする強接着再剥離型粘着剤。」に係る発明(以下、「本願発明」という)が記載されている。
一方、発明の詳細な説明には、前記3.(2)のとおり、発明の実施の態様として、炭素数1から14の(メタ)アクリル酸アルキルエステル(請求項1のn-ブチル(メタ)アクリレート)、高極性ビニルモノマー(請求項1のカルボキシル基を持つビニルモノマー又は窒素含有ビニルモノマー)及び架橋剤と反応する官能基を有するビニルモノマー(請求項1の水酸基含有ビニルモノマー)の配合量が請求項1に記載された範囲外では粘着特性の点で劣ることが記載(【0017】【0018】)され、また、カルボキシル基を持つビニルモノマー、窒素含有ビニルモノマー、水酸基含有ビニルモノマー及び粘着付与樹脂や架橋剤の具体例(【0012】?【0021】)が列挙されるとともに、【表1】には、実施例1ないし4及び比較例1及び2として、請求項1に記載された粘弾性特性を満たす粘着剤及び満たさない粘着剤の具体的組成が記載されている。
また、前記3.(2)のとおり、本願明細書の発明の詳細な説明(【0022】)には、発明の実施の形態として、「tanδのピークが5℃を超える場合は、低温性が悪化する。50℃での貯蔵弾性率G’が6×10^(4)(Pa)以下では、再剥離性が悪化し、2×10^(5)(Pa)を超える場合は耐反撥性、定荷重性が悪化する。また130℃でのtanδが1を超える場合は、再剥離性が低下する。」と、粘弾性特性の各パラメータの値が請求項1に記載された範囲を外れる場合には、再剥離性、耐反発性、定荷重性等の粘着特性が悪化する携行にあることが記載されている。
さらに、実施例1ないし4及び比較例1及び2には、tanδのピークが-7℃以下で、50℃での貯蔵弾性率G'及び130℃でのtanδが請求項1に記載された範囲(実施例1ないし4)であれば、再剥離性やエーテル系ウレタンフォームあるいはステンレス等に対する接着力において、優れた粘着特性が発揮されるのに対して、tanδのピーク(-7℃)が請求項1に記載された数値の範囲内であっても、50℃での貯蔵弾性率G'(5×10^(4)(Pa))及び130℃でのtanδ(1.05)が請求項1に記載された数値範囲を外れると、再剥離性が劣り(比較例1)、また、tanδのピーク(0℃)及び130℃でのtanδ(0.6)が請求項1に記載された数値の範囲内であっても、50℃での貯蔵弾性率G'(15×10^(4)(Pa))が請求項1に記載された数値の範囲を外れると、定荷重性が劣ること(比較例2)が記載されている。
そして、請求人が審判請求の理由において提示した甲第3号証(「粘着技術ハンドブック」196頁、平成9年3月31日、日刊工業新聞社発行)によれば、tanδのピークが5℃以下であることは、一般の粘着剤が備える粘弾性特性であると認められるから、これら実施例及び比較例のデータは、発明の実施の形態として粘着特性の傾向が定性的に記載された粘弾性特性の範囲の中でも、特に請求項1に記載された50℃での貯蔵弾性率G'及び130℃でのtanδの範囲の粘着剤は、優れた粘着特性を有すること及び請求項1に記載された粘弾性特性を外れると、発明の実施の形態(【0022】)に記載されたとおり、粘着特性が劣るものとなることを示すものであるといえる。
しかしながら、実施例1ないし4は、いずれも、n-ブチルアクリレート(表1のBA)を90重量部程度有し、任意モノマーとして酢酸ビニル(同VAc)、カルボキシル基をもつビニルモノマーとしてアクリル酸(同AA)、窒素含有ビニルモノマーとしてNビニルピロリドン(同NVP、)水酸基含有ビニルモノマーとしてヒドロキシエチルアクリレート(同HEA)、粘着付与樹脂としてロジンエステル系樹脂A-100(荒川化学社製)及び重合ロジンエステル系樹脂D-135(荒川化学社製)を用いたものであって、請求項1に記載された組成の中のごく一部のものにすぎない。
また、請求項1に記載された粘弾性特性のパラメータであるtanδのピーク、50℃での貯蔵弾性率G’及び130℃でのtanδのそれぞれの値を制御するには何を行えばよいのかについて、本願明細書の発明の詳細な説明には、何らの記載もない。
さらに、例えば、請求人が審判請求の理由において提示した甲第6号証(佐藤浩三「粘弾性と粘着物性」日本ゴム協会誌第69巻第12号(1996)802頁)の図6には、モノマー組成が同一のアクリル系粘着剤であっても分子量が大きいほど、50℃での貯蔵弾性率G'は小さく、130℃でのtanδが大きいことが記載され、また図7には、架橋剤量が多いほど、50℃での貯蔵弾性率G'は大きく、130℃でのtanδが小さいことが記載されているように、粘着剤の技術常識によれば、請求項1に記載された粘弾性特性の各パラメータの値は、アクリル系共重合体を構成するモノマーの種類(官能基の種類や側鎖の長さなど)や各種モノマーの配合比だけでなく、それらが重合してなるアクリル重合体の分子量、粘着付与樹脂の種類や配合量、架橋の程度など、様々な要因の影響を複合的に受けて変化するものである。
そうすると、粘着剤が請求項1に記載された組成を満たしているとしても、それ以外の多数の要因を調整しなくては、請求項1に記載された粘弾特性を満たすようにならないことは明らかであり、実施例1ないし4という限られた具体例の記載があるとしても、請求項1に記載された組成及び粘弾特性を兼ね備えた粘着剤全体についての技術的裏付けが、発明の詳細な説明に記載されているということはできない。また、そうである以上、請求項1に記載された粘着剤は、発明の詳細な説明に記載された事項及び本件出願時の技術常識に基づき、当業者が本願発明の前記課題を解決できると認識できる範囲のものであるということもできない。
以上によれば、本願発明に係る特許請求の範囲の記載は、サポート要件に適合しないというべきである。

5.請求人の主張について
請求人は、審判請求の理由において甲第1号証ないし甲第6号証を提示し、これらの文献に記載されている事項からみて「接着性と再剥離性の両方が共に優れた粘着剤とするためには、凝集力と接着力のバランスのよい適度な粘弾性を備えることが必要であること、粘着剤の架橋密度等の架橋構造は、凝集力と接着力に大きな影響を及ぼす物性であること、粘着剤の架橋密度の増大により、高温域のG’は増加してtanδは減少することは、本願出願当時にアクリル系粘着剤の分野において技術常識であった」とした上で、「今般の拒絶査定では、高分子のレオロジー特性や、粘着剤の接着性及び再剥離性に対する粘弾性の影響についての技術常識を考慮しておらず、技術常識から当然に理解できるはずの「tanδのピーク値」、「50℃での貯蔵弾性率G'」及び「130℃でのtanδ」の技術的意義を誤っており、ひいてはサポート要件適合性の判断を誤ったものである」と主張している。
そして、本願明細書段落【0012】【0013】【0015】【0016】【0017】【0018】【0020】の記載をまとめると、本願明細書には、「n-ブチルアクリレートを50重量部以上、カルボキシル基を持つビニルモノマー及び/又は窒素含有ビニルモノマーを1?5重量部、水酸基含有ビニルモノマーを0.01?5重量部含むアクリル共重合体100重量部と、粘着付与樹脂10?40重量部とからなる粘着剤組成物を架橋した粘着剤(即ち、粘着剤A)であれば、初期接着性、低温接着性、エーテル系ウレタンフォームに対する接着性、及びポリオレフィンに対する接着性が良好であり、かつ糊残りが生じ難いこと」が記載され、本願明細書段落【0022】には「粘着剤Aを基材の少なくとも片面に設けてなる粘着テープにおいて、粘着剤Aのtanδのピークが5℃以下の場合には低温性が良好であること、50℃のG'が6×10^(4)(Pa)超の場合には再剥離性が良好であること、50℃のG'が2×10^(5)(Pa)以下の場合には耐反撥性、定荷重剥離性が良好であること、130℃でのtanδが1以下の場合には再剥離性が良好であること」が記載され、実施例には、「50℃のG'が7.0×10^(4)(Pa)、7.5×10^(4)(Pa)、8.0×10^(4)(Pa)、又は9.0×10^(4)(Pa)の場合に、接着性と再剥離性を共に良好にできたこと(実施例1?4参照。)、50℃のG'が5.0×10^(4)(Pa)の場合に再剥離性が悪く(比較例1参照。)、15.0×10^(4)(Pa)の場合に接着性が悪かったこと(比較例2参照。)が開示されている」から、当業者であれば、本願明細書の記載及び本願出願時における技術常識から、「tanδのピークが5℃以下の場合に、5℃超の場合よりも低温性が良好であること」、「130℃のtanδが1以下であれば、当該粘着剤の架橋密度は、接着性と再剥離性を共に良好にし得る範囲内にあること」、「50℃のG'が6.0×10^(4)?2.0×10^(5)(Pa)であれば、使用温度域において、充分な凝集力を有しており、かつ充分な接着力を有し得るため、接着性と再剥離性の両方が共に優れた粘着剤が得られること」が認識でき、「以上より、本願発明は、本願明細書の記載及び出願当時の技術常識から当業者が本願発明1の課題を解決できると認識できる範囲内である。したがって、特許請求の範囲の記載は、発明の詳細な説明に記載、開示された事項を超えるものではなく、本願は、サポート要件を充足しており、サポート要件を充足しないとした拒絶査定は誤りである。」と主張している。
しかしながら、本願明細書の記載、及び上記甲第1号証ないし甲第6号証に記載された事項より明らかな本願出願時における技術常識から当業者が認識できるのは、「n-ブチルアクリレートを50重量部以上、カルボキシル基を持つビニルモノマー及び/又は窒素含有ビニルモノマーを1?5重量部、水酸基含有ビニルモノマーを0.01?5重量部含むアクリル共重合体100重量部と、粘着付与樹脂10?40重量部とからなる粘着剤組成物を架橋した粘着剤」が、「tanδのピークが5℃以下の場合に、5℃超の場合よりも低温性が良好であること」、「130℃のtanδが1以下であれば、当該粘着剤の架橋密度は、接着性と再剥離性を共に良好にし得る範囲内にあること」、「50℃のG'が6.0×10^(4)?2.0×10^(5)(Pa)であれば、使用温度域において、充分な凝集力を有しており、かつ充分な接着力を有し得るため、接着性と再剥離性の両方が共に優れた粘着剤が得られること」だけにとどまるものであり、どのようにすれば粘着剤のtanδのピークが5℃以下になるのか、130℃のtanδが1以下となるのか、50℃のG'が6.0×10^(4)?2.0×10^(5)(Pa)となるのかについては、本願明細書の記載及び本願出願時における技術常識から認識することは不可能である。
すなわち、本願発明の課題を解決するためには、「(a)n-ブチル(メタ)アクリレート50重量部以上、カルボキシル基を持つビニルモノマー又は窒素含有ビニルモノマーの一種以上を1?5重量部、水酸基含有ビニルモノマー0.01?5重量部を必須成分として調整されるアクリル共重合体100重量部と、(b)粘着付与樹脂10?40重量部からなる粘着剤組成物を架橋した粘着剤」で、かつ「前記粘着剤の周波数1Hzにて測定されるtanδのピークが5℃以下にあり、50℃での貯蔵弾性率G'が6×10^(4)(Pa)を越え2×10^(5)(Pa)以下、130℃のtanδが1以下」であることが必要であり、例えば比較例1に示されるように、粘着剤の組成が上記の要件を満たしていても、tanδ、50℃での貯蔵弾性率G'、及び130℃のtanδで特定される粘弾性特性が上記の要件を満たしていなければ、本願発明の課題を解決することはできない。そして、上記4.において述べたように、粘着剤の技術常識によれば、tanδ、50℃での貯蔵弾性率G'、及び130℃のtanδの値は、アクリル系共重合体を構成するモノマーの種類(官能基の種類や側鎖の長さなど)や各種モノマーの配合比だけでなく、それらが重合してなるアクリル重合体の分子量、粘着付与樹脂の種類や配合量、架橋の程度など、様々な要因の影響を複合的に受けて変化するものであるから、それ以外の多数の要因を調整しなくては、上記の粘弾特性を満たすようにならないことは明らかであり、粘弾性特性に影響を及ぼすこれらの要因の調整については全く言及されていない本願明細書の記載、及び本願出願時における技術常識からは、当業者が本願発明の課題を解決できると認識することはできない。
したがって、本願発明は、本願明細書の記載及び出願当時の技術常識から当業者が本願発明の課題を解決できると認識できる範囲内にはなく、特許請求の範囲の記載は、発明の詳細な説明に記載、開示された事項を超えるものであるから、請求人の上記主張は認めることができない。

6.むすび
以上のとおり、本件出願は、特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第1号に適合するものではなく同法第36条第6項に規定する要件を満たしていないから、拒絶をすべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2013-08-29 
結審通知日 2013-09-03 
審決日 2013-09-18 
出願番号 特願2009-189100(P2009-189100)
審決分類 P 1 8・ 113- Z (C09J)
P 1 8・ 537- Z (C09J)
P 1 8・ 121- Z (C09J)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 澤村 茂実  
特許庁審判長 松浦 新司
特許庁審判官 小石 真弓
新居田 知生
発明の名称 強接着再剥離型粘着剤及び粘着テープ  
代理人 河野 通洋  

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