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審決分類 審判 全部無効 特36条4項詳細な説明の記載不備  C11D
審判 全部無効 発明同一  C11D
審判 全部無効 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  C11D
審判 全部無効 2項進歩性  C11D
管理番号 1280968
審判番号 無効2011-800120  
総通号数 168 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2013-12-27 
種別 無効の審決 
審判請求日 2011-07-08 
確定日 2013-11-05 
事件の表示 上記当事者間の特許第4082734号発明「安定化された臭化アルカン溶媒」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 特許第4082734号の請求項1ないし10に係る発明についての特許を無効とする。 審判費用は、被請求人の負担とする。 
理由 第1 手続の経緯
1997年2月26日(パリ条約による優先権主張 外国庁受理 1996年3月4日 米国(US))を国際出願日として,名称を「安定化された臭化アルカン溶媒」とする発明について特許出願(特願平9-531832号)がされ,平成20年2月22日に,特許第4082734号として設定登録がなされた(請求項の数10。以下,その特許を「本件特許」といい,その明細書及び特許請求の範囲を合わせて「本件明細書」といい,特許権者であるアルベマール・コーポレーシヨンを「被請求人」という。)。
本件特許について,株式会社カネコ化学(以下,「請求人」という。)から,本件無効審判の請求がなされた。その手続の経緯は以下のとおりである。

平成23年 7月 8日 審判請求書・甲第1?14号証提出(請求人)
平成23年12月 7日 答弁書・乙第1?13号証提出(被請求人)
平成24年 1月25日 審理事項通知書
平成24年 3月22日 口頭審理陳述要領書・甲第15?22号証提出
(請求人)
平成24年 3月23日 口頭審理陳述要領書・乙第14?27号証提出
(被請求人)
平成24年 4月 5日 口頭審理
平成24年 4月 5日 補正許否の決定
平成24年 4月10日 上申書・甲第15号証再提出(請求人)
平成24年 4月17日 上申書(被請求人)
平成24年 5月 2日 上申書(請求人)
平成24年 5月30日 上申書・甲第23?27号証提出(請求人)
平成24年 5月30日 上申書・乙第28?32号証提出(被請求人)
平成24年 6月15日 審理終結通知
平成24年 6月21日 上申書(被請求人)

第2 本件特許の特許請求の範囲の記載
本件特許の請求項1?10の記載は,その特許請求の範囲の請求項1?10に記載した,以下のとおりのものである。
「【請求項1】
安定化された溶媒組成物であって、臭化n-プロピルを少なくとも90重量%含有する溶媒部分とニトロアルカン、1,2-ブチレンオキサイドおよび1,3-ジオキソランを含んでいて1,4-ジオキサンを含まない安定剤系部分を含む溶媒組成物。
【請求項2】
該ニトロアルカンがニトロメタン、ニトロエタンまたはそれらの混合物である請求の範囲第1項記載の溶媒組成物。
【請求項3】
該ニトロアルカンがニトロメタンである請求の範囲第1項記載の溶媒組成物。
【請求項4】
該溶媒部分が臭化n-プロピルを90から92重量%含有する請求の範囲第1項記載の溶媒組成物。
【請求項5】
該溶媒部分が臭化n-プロピルを94から98重量%含有する請求の範囲第1項記載の溶媒組成物。
【請求項6】
該安定剤系部分がニトロアルカンを0.045から1.0重量%、1,2-ブチレンオキサイドを0.045から1.0重量%および1,3-ジオキソランを2.0-6.0重量%含む請求の範囲第1項記載の溶媒組成物。
【請求項7】
該溶媒部分が臭化n-プロピルを90から92重量%含有する請求の範囲第6項記載の溶媒組成物。
【請求項8】
該溶媒部分が臭化n-プロピルを94から98重量%含有する請求の範囲第6項記載の溶媒組成物。
【請求項9】
物品を洗浄する方法であって、臭化n-プロピルを少なくとも90重量%含有する溶媒部分とニトロアルカン、1,2-ブチレンオキサイドおよび1,3-ジオキソランを含んでいて1,4-ジオキサンを含まない安定剤系部分を含む室温から55℃の範囲内の温度の溶媒組成物に該物品を浸漬することを含む方法。
【請求項10】
物品を洗浄する方法であって、臭化n-プロピルを少なくとも90重量%含有する溶媒部分とニトロアルカン、1,2-ブチレンオキサイドおよび1,3-ジオキソランを含んでいて1,4-ジオキサンを含まない安定剤系部分を含む溶媒組成物の沸騰体から発散して来る蒸気に該物品をさらすことを含む方法。」

第3 請求の趣旨並びにその主張の概要及び請求人が提出した証拠方法
1 審判請求書,口頭審理陳述要領書,上申書に記載した無効理由の概要
請求人が主張する請求の趣旨は,
特許第4082734号発明の特許請求の範囲の請求項1ないし10に係る発明についての特許を無効にする。審判請求費用は被請求人の負担とする。との審決を求める。」と認める(第1回口頭審理調書参照)。
そして,請求人は概略以下の無効理由1?9を主張していると認められる。

(1)無効理由1
本件特許の請求項1?3,5?6,及び8?10に係る発明は,本件特許出願日(優先日)前の出願を基礎とする優先権主張を伴う出願であって,その出願(優先日)後に公開された特許出願の願書に最初に添付した明細書(甲第1号証)及びその優先権主張の基礎となる特許出願の願書に最初に添付された明細書(甲第2号証)に記載された発明と同一であるから,特許法第29条の2の規定により,特許を受けることができないものであり,本件特許は,同法第123条第1項第2号に該当し,無効とすべきである。

(2)無効理由2
本件特許の請求項1?10に係る発明は,本件特許出願日(優先日)前に頒布された甲第3号証,甲第4号証及び甲第5号証に記載された発明に基いて,その出願日(優先日)前に当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであり,本件特許は,同法第123条第1項第2号に該当し,無効とすべきである。

(3)無効理由3
本件特許の請求項1?10に係る発明は,本件特許出願日(優先日)前に頒布された甲第3号証,甲第6号証及び甲第7号証に記載された発明に基いて,その出願日(優先日)前に当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであり,本件特許は,同法第123条第1項第2号に該当し,無効とすべきである。

(4)無効理由4
本件特許の請求項1?3,5?6,及び8?10に係る発明は,本件特許出願日(優先日)前に頒布された甲第8号証及び甲第3号証に記載された発明に基いて,その出願日(優先日)前に当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであり,本件特許は,同法第123条第1項第2号に該当し,無効とすべきである。

(5)無効理由5
本件特許の請求項1?10に係る発明は,本件特許出願日(優先日)前に頒布された甲第9号証及び甲第3号証に記載された発明に基いて,その出願日(優先日)前に当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであり,本件特許は,同法第123条第1項第2号に該当し,無効とすべきである。

(6)無効理由6
本件特許の請求項1?5,9及び10に係る発明は,本件特許出願日(優先日)前に頒布された甲第10号証及び甲第3号証に記載された発明に基いて,その出願日(優先日)前に当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであり,本件特許は,同法第123条第1項第2号に該当し,無効とすべきである。

(7)無効理由7
本件特許は,特許請求の範囲の記載が,特許法第36条第6項第1号に適合せず,同法第36条第6項に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであり,同法第123条第1項第4号に該当し,無効とすべきである。

(8)無効理由8
本件特許は,発明の詳細な説明の記載が,特許法第36条第4項に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであり,同法第123条第1項第4号に該当し,無効とすべきである。

(9)無効理由9
本件特許は,特許請求の範囲の記載が,特許法第36条第6項第2号に適合せず,同法第36条第6項に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであり,同法第123条第1項第4号に該当し,無効とすべきである。

2 請求人の提出した証拠方法
請求人の提出した証拠方法は,以下のとおりである。

(1)審判請求書で提出した証拠方法
甲第1号証 特開平8-337795号公報
甲第2号証 特願平7-86888号明細書
甲第3号証 特開平6-220494号公報
甲第4号証 米国特許第5403507号明細書
甲第5号証 特開平7-292393号公報
甲第6号証 特開昭49-87606号公報
甲第7号証 特公昭44-20082号公報
甲第8号証 特開昭56-25118号公報
甲第9号証 米国特許第3238137号明細書
甲第10号証 米国特許第4394284号明細書
甲第11号証 「1,4-ジオキサンによる健康障害を防止するための指針について」(労働安全衛生法第28条第3項の規定に基づく指針)(平成4年12月21日官報公示)
甲第12号証 安川三郎ら著,「1,1,1-トリクロロエタンによるアルミニウムの溶解反応に対する有機試薬の阻害機構」,表面技術,Vol.44, No.2, 1993, pp.167-171
甲第13号証 本件特許に係る平成18年12月19日付け(発送)拒絶理由通知書
甲第14号証 本件特許に係る平成19年6月4日付け(提出)意見書

(2)口頭審理陳述要領書(平成24年3月22日付け)で提出した証拠方法
甲第15号証 甲第1号証(特開平8-337795)における「チオシアン酸メチル」を「1,3-ジオキソラン」に置き換えた場合の金属腐食防止効果検証試験(株式会社カネコ化学 技術部嶋田清,2012年3月19日作成)
甲第16号証 Federal Register,vol.72, No.103(2007年5月30日)
甲第17号証 クロロカーボン衛生協会通信,第7号(2009年2月)
甲第18号証 JIS-K1600^(-1981)(平成4年4月28日官報公示)
甲第19号証 特公昭48-39925号公報
甲第20号証 「アルミニウム粒と四塩化炭素との反応のエーテル類,エステル類,ニトリル類,アミン類,アミド類添加による阻害作用」,金属表面技術,Vol.13, No.9, 1962, pp.387-391
甲第21号証 特開平5-105899号公報
甲第22号証 特開平5-124998号公報
なお,甲第15号証は再提出され,甲第16号証及び甲第17号証は撤回された(第1回口頭審理調書参照)。
また,甲第19号証?甲第22号証については,平成24年4月5日付けの補正許否の決定により,証拠の追加が許可されなかった(第1回口頭審理調書参照)。

(3)上申書(平成24年4月10日付け)で提出した証拠方法
甲第15号証 同上(再提出)

(4)上申書(平成24年5月30日付け)で提出した証拠方法
甲第23号証 実験成績証明書1(株式会社カネコ化学 技術部嶋田清,平成24年5月28日作成)
甲第24号証 実験成績証明書2(株式会社カネコ化学 技術部嶋田清,平成24年5月28日作成)
甲第25号証 化学大辞典,化学大辞典編集委員会編,第2巻,第684頁,昭和47年9月15日発行
甲第26号証 広辞苑第四版,新村出編,岩波書店,第1330頁,1991年11月15日発行
甲第27号証 実験成績証明書3(株式会社カネコ化学 技術部嶋田清,平成24年5月28日作成)

第4 答弁の趣旨並びにその主張の概要及び被請求人が提出した証拠方法
1 答弁の趣旨並びにその主張の概要
被請求人が主張する答弁の趣旨は,「本件審判請求は成り立たない、審判費用は請求人の負担とする、との審決を求める。」であると認める(第1回口頭審理調書参照)。
そして,被請求人は上記無効理由1?9は,いずれも理由がない旨の主張をしていると認める。

2 被請求人が提出した証拠方法
被請求人が提出した証拠方法は,以下のとおりである。

(1)答弁書で提出した証拠方法
乙第1号証 特許第4082734号公報
乙第2号証 欧州特許公開第609004号
乙第3号証 特開平6-256796号公報
乙第4号証 特願2004-65838号に係る平成16年8月17日付け意見書
乙第5号証の1 ジブロモメタンの国際化学物質安全カード(ウェブサイト,1995年10月更新)
乙第5号証の2 ジブロモメタンの製品安全データシート(ウェブサイト,2009年3月30日作成)
乙第6号証の1 臭化n-プロピルの国際化学物質安全カード(ウェブサイト,2004年10月更新)
乙第6号証の2 臭化n-プロピルの製品安全データシート(ウェブサイト,2010年2月1日作成)
乙第7号証の1 メチルクロロホルムの国際化学物質安全カード(ウェブサイト,2007年4月更新)
乙第7号証の2 メチルクロロホルムの製品安全データシート(ウェブサイト,2009年3月30日改訂)
乙第8号証 1,3-ジオキソランの化学物質等安全性データシート(昭和化学株式会社,平成22年1月15日改訂)
乙第9号証 甲第4号証の抄訳文
乙第10号証 特開平6-166895号公報
乙第11号証 特許第3640661号公報
乙第12号証 特許第2576933号公報
乙第13号証 特許第2956578号公報

(2)口頭審理陳述要領書(平成24年3月23日付け)で提出した証拠方法
乙第14号証 米国特許第5858953号明細書
乙第15号証 実験成績証明書(アルベマール日本株式会社 三輪央,2011年12月6日作成)
乙第16号証 実験成績証明書2(アルベマール日本株式会社 三輪央,2012年3月21日作成)
乙第17号証 湯川泰秀,向山光昭監訳,「パイン有機化学[I]第5版」,東京廣川書店,表紙,第42頁,奥付,平成元年4月15日初版発行
乙第18号証 山辺正顕,松尾仁編,「フッ素系材料の開発」,(株)シーエムシー,表紙,第21頁,奥付,1994年1月31日初版第1刷発行
乙第19号証 K.S.Law et.al.,「Halogenated Very
Short-Lived Substances」,表紙,目次,2.1?2.57頁,2007年2月
乙第20号証 米国特許第4016215号明細書
乙第21号証 米国特許第2008680号明細書
乙第22号証 米国特許第3989640号明細書
乙第23号証 米国特許第3657120号明細書
乙第24号証 米国特許出願公開第2006/33072号明細書
乙第25号証 米国特許第5993682号明細書
乙第26号証 米国特許第6689734号明細書
乙第27号証 ウェブサイト
(http://www.epa.gov/ozone/snap/solvents/lists/metals.html)
なお,乙第19証及び乙第24?27号証は撤回された(第1回口頭審理調書参照)。

(3)上申書(平成24年5月30日付け)で提出した証拠方法
乙第28号証 実験成績証明書3(アルベマール日本株式会社 三輪央,2012年5月30日作成)
乙第29号証 平成21年(行ケ)第10238号判決
乙第30号証 特表2002-521417号公報
乙第31号証 特許庁審査基準 第II部 第3章 特許法第29条の2
乙第32号証 平成22年(行ケ)第10245号判決

第5 当審の判断
当審では,事案の性質に鑑みて,まず,無効理由9について検討したところ,本件特許の請求項1?8に係る発明について理由があると判断する。
そして,仮に,特許請求の範囲を被請求人の主張に沿って解釈して,さらに検討した結果,無効理由7は本件特許の請求項5,8?10に係る発明については理由があると判断し,無効理由8はすべて理由がないと判断し,さらに,無効理由1は,本件特許の請求項1?3,5,9,10に係る発明については理由があり,本件特許の請求項6,8に係る発明については理由がないと判断し,無効理由2?6については,すべて理由がないと判断する。
その理由は,以下のとおりである。

1 無効理由9(特許法第36条第6項第2号)について
(1)請求人の主張する無効理由
請求人は,審判請求書で無効理由9に関して,要約すると,以下の主張をしている。

ア 無効理由9-1
請求項1には,「少なくとも90重量%含有する溶媒部分」と記載されているが,この「90重量%」は,「溶媒部分」に対する割合をいうのか,あるいは「溶媒組成物」全体に対する割合をいうのかが不明確である。(審判請求書第80頁第13?23行)

イ 無効理由9-2
請求項1には,「1,4-ジオキサンを含まない安定剤系部分」と記載されているが,発明の詳細な説明には,「本溶媒系に1,4-ジオキサンを含めない、即ちこれが本溶媒組成物を構成する量を不純物量のみ、即ち500ppm未満にする。少しの1,4-ジオキサンも本溶媒組成物に存在させないのが好適である。」と記載されており,1,4-ジオキサンの含有量が500ppm未満まで許容されているのか不明である。(審判請求書第80頁第24?33行)

ウ 無効理由9-3
請求項1には,「ニトロアルカン、1,2-ブチレンオキサイドおよび1,3-ジオキソランを含んでいて1,4-ジオキサンを含まない安定剤系部分」と記載されているが,本件発明1は,溶媒部分と安定剤系部分を含む溶媒組成物に関するものであるところ,溶媒部分に1,4-ジオキサンを含んでよいかが明らかでない。(審判請求書第81頁第1?10行)

エ 無効理由9-4
請求項1には,「1,4-ジオキサンを含まない安定剤系部分」と記載されているが,「1,4-ジオキサンを含まない安定剤系部分」との記載では,1,4-ジオキサン以外にも毒性(発がん性)は強いが,安定剤として有用な,アミン類等の化合物が他の成分として含まれてもよいことになってしまい,この場合は,本発明の目的である「使用者および環境の両方に優しくて高い効果を示す脱グリース用および洗浄用溶媒を提供すること」が達せられないことになってしまい,自己矛盾を来すことになる。(審判請求書第81頁第11?20行)

オ 無効理由9-5
請求項1には,「安定化された溶媒組成物」と記載されている。
しかし,請求項にも,発明の詳細な説明にも,「安定化」の定義について明確に記載した部分がなく,「安定化」が何をどのように安定化することを意味するのかが明確でない。
また,発明の詳細な説明の記載からは,安定化を受けさせた脱グリース用および洗浄用溶媒組成物が前提として存在し,これにさらに安定剤系を加えて安定化させるように解されるところ,安定剤系を加える前の「安定化」,及び安定剤を加えたことによる「安定化」のそれぞれの意義,相互の意義の違いが明らかでない。(審判請求書第81頁第21行?第82頁第1行)

カ 無効理由9-6
請求項1には,「ニトロアルカン」と記載されているが,当該アルカンにおける炭素原子数が不明確である。(審判請求書第82頁第2?5行)

キ 無効理由9-7
請求項8には,溶媒部分が「臭化n-プロピルを94から98%含有する請求の範囲6項記載の溶媒組成物」と記載され,請求項8が引用する請求項6には,「ニトロアルカンを0.045から1.0重量%、1,2-ブチレンオキサイドを0.045から1.0重量%および1,3-ジオキソランを2.0-6.0重量%含む」と記載されている。
ここで,請求項6に記載された範囲のうち,最低含有量を選択したい場合,その合計が2.09重量%で,「臭化n-プロピル」は97.91重量%を超える値をとることができず,請求項8の記載と矛盾する。(審判請求書第82頁第6?17行)

(2)判断
これらの無効理由についての当審の判断は,以下のとおりである。
なお,無効理由9-5を除いては,平成24年1月25日付けの審理事項通知書に示した当審の暫定的見解に沿ったものであって,それに対しては,両当事者とも意見がなかった(第1回口頭審理調書参照)。

ア 無効理由9-1について
請求項1の「少なくとも90重量%含有する溶媒部分」との記載については,本件明細書に「特に明記しない限り、本明細書で用いる重量%およびppm値は本溶媒組成物の全重量を基にした値である。」(第4欄第20?21行,以下,本件明細書の記載箇所は公報の記載箇所で示す。)と記載されていることから,「90重量%」が「溶媒組成物の全重量」に対する割合であることは明らかであって,請求項1の「少なくとも90重量%含有する溶媒部分」との記載が明確でないとはいえない。

イ 無効理由9-2について
請求項1の「1,4-ジオキサンを含まない安定剤系部分」との記載については,本件明細書に「本溶媒系に、1,4-ジオキサンを含めない、即ちこれが本溶媒組成物を構成する量を不純物量のみ、即ち500ppm未満にする。少しの1,4-ジオキサンも本溶媒組成物に存在させないのが好適である。」(第4欄第43?47行)と記載されていることから,本溶媒組成物に1,4-ジオキサンは,不純物として500ppm未満で含む場合は許容されるとの意味であることは明らかである。
よって,請求項1の「1,4-ジオキサンを含まない安定剤系部分」との記載が明確でないとはいえない。

ウ 無効理由9-3について
請求項1の「ニトロアルカン、1,2-ブチレンオキサイドおよび1,3-ジオキソランを含んでいて1,4-ジオキサンを含まない安定剤系部分」との記載については,本件明細書に「本溶媒系に、1,4-ジオキサンを含めない、即ちこれが本溶媒組成物を構成する量を不純物量のみ、即ち500ppm未満にする。」(第4欄第43?45行)と記載されていることから,「1,4-ジオキサン」は「溶媒組成物」に含まれていないことは明らかであって,「溶媒組成物」の一部である「溶媒部分」にも「1,4-ジオキサン」が含まれないことは明らかである。
よって,請求項1における「ニトロアルカン、1,2-ブチレンオキサイドおよび1,3-ジオキソランを含んでいて1,4-ジオキサンを含まない安定剤系部分」との記載が明確でないとはいえない。

エ 無効理由9-4について
「1,4-ジオキサンを含まない安定剤系部分」との記載が,1,4-ジオキサン以外にも毒性(発がん性)は強いが安定剤として有用な,アミン類等の化合物が他の成分として含むものであっても,「1,4-ジオキサンを含まない」との記載は,上記イで述べた意味として明確である。
仮に,「アミン類等の化合物が他の成分として含むもの」では,本件明細書に記載される「本発明の目的は、使用者および環境の両方に優しくて高い効果を示す脱グリース用および洗浄用溶媒を提供すること」(第4欄第10?12行)と矛盾するとしても,そのことによって,請求項1に記載された特許を受けようとする発明が不明確となるわけではない。
よって,請求項1における「1,4-ジオキサンを含まない安定剤系部分」との記載が明確でないとはいえない。

オ 無効理由9-5について
(ア)経緯
請求項1の「安定化された溶媒組成物」との記載については,被請求人は答弁書において,「安定化された」とは,洗浄されるべき金属物体を腐食しないことを意味していると主張し(答弁書第84頁第19行?第87頁第6行),当審がそれに沿った暫定的見解を示した(平成24年1月25日付け審理事項通知書)ところ,口頭審理において,請求人から,甲第1号証や甲第8号証によれば,金属の腐食にも程度の差があり,「金属を腐食させない」といっても,どのような条件で「金属を腐食しない」のであれば,本件発明における「金属の腐食を発生させない」という「安定化」効果を奏するのかが明らかではないとの主張がなされ(口頭審理陳述要領書第34頁第16行?第35頁第6行),これに対して口頭審理で被請求人から明確な回答がなかった。
そして,この部分の解釈が不明であると,その他の無効理由の実質的な審理が困難になるため,本件明細書の実施例等の記載等からみて,「安定化された溶媒組成物」とは「溶媒組成物にアルミニウム合金、マグネシウム、チタンの金属片を浸漬し、溶媒組成物を還流し、24時間後に目視で検査して金属片に腐食が観察されない」という効果を奏する「溶媒組成物」の意味であると解釈でき,その意味であれば,使用条件を特許請求の範囲において規定せずとも「安定化された溶媒組成物」との記載は明確であるとの暫定的見解を当審から示し,その他の無効理由についても口頭審理を行ったものである(第1回口頭審理調書参照)。
これに対して,被請求人は,当審の上記暫定的見解の認否は後日回答するとし,平成24年4月17日付けの上申書において,当審の上記暫定的見解を否認し,「安定化」とは「金属腐食の遅延化」,すなわち,「安定剤を溶媒に添加することにより金属が比較的長時間腐食しないこと」を意味するとし,「安定剤を含まない溶媒において金属腐食が始まる時点であっても、安定剤を溶媒に添加することによって当該時点において金属が腐食しない」のであれば,安定剤の使用により「安定化」されると主張し始めたものである(第3頁第4行?第5頁16行参照)。

(イ)判断
(イ-1)本件明細書及び甲第1,3号証の記載事項
本件明細書には,以下の記載がある。
(a)「臭化n-プロピルはそれを低い温度、即ち55℃以下の温度で用いる時にはかなり安定であることを確認した。・・・臭化n-プロピルを蒸気洗浄系で用いる場合には安定化が必要である。温度をより高くする、即ち69-71℃にすると、鋼、アルミニウム、チタンおよびマグネシウムなどの如き金属の腐食がもたらされる可能性がある。この金属が臭化n-プロピルの脱臭化水素化反応の触媒になることでHBrが生じ、今度はそれが上記金属の腐食で利用され得ると考えている。上記金属の触媒活性を低くしそして/または生じる全てのハロゲン化水素を失活させる安定剤が従来技術に豊富に記述されている。」(第3欄第34?44行)
(b)「実施例
以下に示す材料を一緒に混合することによって溶媒組成物を調製した:
臭化n-プロピルを96.5重量%
1,3-ジオキソランを2.5重量%
1,2-ブチレンオキサイドを0.5重量%
ニトロメタンを0.5重量%。
試験クーポン(test coupons)であるアルミニウム合金(2024)、マグネシウム(AZ-31B)およびチタン(MIL-T-9046)を布やすりで曇りがなくなって明るく輝くまで磨いた。次に、この磨いたクーポンを石鹸で洗浄した後、蒸留水で濯いだ。この濯いだクーポンを素手で取り扱わないようにしてアセトンで乾燥させた。次に、この乾燥させたクーポンを上記溶媒組成物に24時間浸漬した。この浸漬期間中、上記溶媒組成物を還流に維持した。24時間後、上記クーポンを回収し、冷却した後、腐食を目で検査した。腐食は全く観察されなかった。」(第6欄第16?33行)

甲第1号証には以下の事項が記載されている。
(c)「【0033】実施例19
100mlのガラス製三角フラスコに、1-ブロモプロパン100重量部に対し、ニトロメタンを0.5重量部、1,2-ブチレンオキサイドを0.5重量部添加した1-ブロモプロパン組成物50mlを入れ、この中に表面を良く研磨して十分洗浄乾燥した金属試験片(寸法:13mm×65mm×3mm)1枚を気液両相にまたがるように位置させる。この三角フラスコの上部に還流冷却器を取り付けて湯浴上で沸騰温度まで加熱し、還流しながら試験片を気液両相に接触させる。140時間加熱還流後、室温まで冷却して試験片を取り出し、その腐食状況および液相の着色度を観察し、さらに発生した酸分(臭化水素)を滴定により定量した。1-ブロモプロパン100重量部に対する安定剤の組成を表3に、試験結果を表4に示す。
【0034】
【表3】

【0035】
【表4】

【0036】なお、使用した金属試験片の材質は下記のとおりである。
【0037】
アルミニウム片:JIS A1100P
亜鉛片 :JIS 第2種(平板用)
鉄片 :JIS 冷間圧延鋼板 SPCC
銅片 :JIS 銅板1種(普通級)
また、金属試験片の外観及び試験液の着色の判定基準は次のとおり標示する。
<金属試験片の判定基準>
◎:全く変化がない。
【0038】○:わずかに一部の光沢が落ちる。
【0039】△:全体的に光沢が落ちる。
【0040】×:全体的に変色もしくは腐食が明らかに認められる。」

甲第3号証には,以下の事項が記載されている。
(d)「【0004】
【課題を解決するための手段】本発明者らは、臭化炭化水素について種々検討した結果、n-臭化プロピル及びイソ臭化プロピルは難燃性であり、各種油類に対する溶解力が非常に大きく、かつ優れた脱脂洗浄性を有していることを見いだした。又、これらの溶剤だけでは、金属、特にアルミニウムまたはその合金との反応性が非常に大きいという欠点があり、この反応は常温においても起るが、特に蒸気洗浄のために温度を上げると顕著となり10?20分の短時間の内にアルミニウムと反応し黒褐色のタールまたは炭化物となり、アルミニウムも激しく腐食され、完全に溶解するとの問題を見いだした。」
(e)「【0007】
・・・特定の安定剤を添加することにより、被洗浄物の金属を腐食することなく、長期間安定して良好に脱脂洗浄することができる。」

(イ-2)明確性について
被請求人は,上述のように,本件発明1の「安定化された」との意味は,「安定剤を含まない溶媒において金属腐食が始まる時点であっても、安定剤を溶媒に添加することによって当該時点において金属が腐食しない」ことを意味すると主張している。
確かに,本件明細書の記載(摘記a参照),甲第3号証の記載(摘記d,e参照)からみれば,「安定剤」の添加により溶剤組成物による「金属腐食を起こさない」ことが読み取れるから,「安定化された」とは「安定剤を含まない溶媒において金属腐食が始まる時点であっても、安定剤を溶媒に添加することによって当該時点において金属が腐食しない」との意味も含み得る。
しかしながら,「安定化された」との用語を,上記のように解することができるとしても,「安定化された」との用語は,溶剤組成物を金属に対して使用したときに「安定剤を含まない溶媒において金属腐食が始まる時点であっても、安定剤を溶媒に添加することによって当該時点において金属が腐食しない」との現象が生じることを意味するものであって,「溶媒組成物」そのものの物性を規定するものではない。
そして,金属の種類によって腐食しやすさが異なるとの一般的な技術常識があるところ,甲第1号証の例えば比較例35,41に関する記載(摘記c参照),被請求人が提出した平成24年5月30日付け上申書の追試1と追試2との比較(第3頁第22行?第8頁第16行)などからみて,金属の種類が異なれば,同じ溶媒組成物を用いて同一の使用条件で腐食試験を実施しても,金属腐食が生じる場合と生じない場合があり,また,本件明細書の記載(摘記a参照),甲第3号証の記載(摘記d参照)からみて,温度を高くすると低い場合よりも金属腐食が起きやすくなるのであるから,溶剤組成物の使用条件である,対象金属や温度等が異なれば,同じ溶媒組成物を使用しても金属腐食が生じる場合と生じない場合があることが理解できる。
また,対象金属や温度等の溶媒組成物の使用条件がどのような場合でも,安定剤を含む溶剤組成物を使用すると,「安定剤を含まない溶媒において金属腐食が始まる時点であっても、安定剤を溶媒に添加することによって当該時点において金属が腐食しない」という現象が生じるという技術常識もあるとはいえない。例えば,アルミニウムには安定剤を含まない溶媒のほうが安定剤を含む溶媒よりも早く腐食するという現象が生じる溶媒組成物があったとしても,その溶媒組成物をチタンに用いた場合に,必ずしも安定剤を含まない溶媒のほうが安定剤を含む溶媒よりも早く腐食するという現象が生じるとは限らないから,同じ溶媒組成物を用いても,その使用条件によって「安定剤を含まない溶媒において金属腐食が始まる時点であっても、安定剤を溶媒に添加することによって当該時点において金属が腐食しない」現象が発生する場合と発生しない場合があることは明らかである。
そして,被請求人は「溶媒組成物」の使用条件とそれによって得られる「安定化」との関係について,口頭審理から指摘されているにもかかわらず,その後提出された上申書においても回答していない。
してみると,「安定化された」とは,「安定剤を含まない溶媒において金属腐食が始まる時点であっても、安定剤を溶媒に添加することによって当該時点において金属が腐食しない」という意味として理解できるとしても,「安定化された溶媒組成物」との記載は,上述のように同一溶媒組成物を用いても,使用条件によっては「安定化された」場合とそうでない場合が存在し得るのであるから,使用条件が特定されていない「安定化された溶媒組成物」との記載は明確であるとはいえない。
さらに,当審から口頭審理で示した暫定的見解のように,本件明細書の記載からみて,その実施例に示される使用条件下で金属腐食が観察されない溶媒組成物は「安定化された」ものとし,金属腐食が観察されるものは「安定化されていない」とする判断基準として解し得るところ,そうではなく,「安定化された溶媒組成物」が何らかの使用条件では「安定剤を含まない溶媒において金属腐食が始まる時点であっても、安定剤を溶媒に添加することによって当該時点において金属が腐食しない」との現象が生じる「溶媒組成物」をすべて含むことを意味することになれば,例えば,本件明細書の実施例の使用条件下では金属腐食が観察される「溶媒組成物」であっても,「安定剤を含まない溶媒において金属腐食が始まる時点であっても、安定剤を溶媒に添加することによって当該時点において金属が腐食しない」との現象がそれ以外の何らかの使用条件下で生じるものであれば,「安定化された溶媒組成物」となり,請求項1?8の特許を受けようとする発明の範囲として含まれることになる。
しかしながら,本件明細書で「安定化された」との効果が得られる「溶媒組成物」の裏付けとして記載されている実施例は,単に24時間後の金属腐食の有無を観察しているにすぎす,安定剤を含まない溶媒組成物との金属腐食時間の差を比較するものではない。また,アルミニウムに対しては安定剤を含まないn-臭化プロピルは極めて短時間で金属腐食を引き起こすことが技術常識として知られていたので,この実施例は,結果として安定剤を含まないものに対して金属腐食の遅延化の効果を示すとしても,同様に金属腐食を観察しているチタンについては,短時間でn-臭化プロピルが金属腐食を引き起こすというような技術常識もない(実際に,甲第27号証では安定剤を含まない溶媒でもチタンは腐食しない結果が示されている)から,この実施例が,安定剤を含まないものとの金属腐食の時間の差を比較する目的で記載されたものでないことは明らかである。また,本件明細書のその他の記載をみても,安定剤を含まないものよりも含むものの金属腐食時間が延びれば,それが「安定化された溶媒組成物」であることを意味する趣旨の記載はなく,実施例の使用条件下において,金属腐食が観察される溶媒組成物であれば,「安定化された溶媒組成物」ではなく,請求項1?8の特許を受けようとする発明の対象外と当業者が理解するのが自然と考えられるから,「安定化された溶媒組成物」とは,何らかの使用条件では「安定剤を含まない溶媒において金属腐食が始まる時点であっても、安定剤を溶媒に添加することによって当該時点において金属が腐食しない」との現象が生じる「溶媒組成物」をすべて含むものの意味には解することはできない。

したがって,いずれにしても,請求項1?8の「安定化された溶媒組成物」との記載は明確であるとはいえない。

カ 無効理由9-6について
請求項1の「ニトロアルカン」との記載については,炭素数が規定されていなくても,「ニトロアルカン」の技術用語に含まれる意味は,「ニトロ基を有するアルカン」という意味で明確であり,請求項1の「ニトロアルカン」との記載が明確でないとはいえない。

キ 無効理由9-7について
請求項6の「ニトロアルカンを0.045から1.0重量%、1,2-ブチレンオキサイドを0.045から1.0重量%および1,3-ジオキソランを2.0-6.0重量%含む」との記載から,その最低含有量を選択した場合,その合計は2.09重量%となり,その場合には,「臭化n-プロピル」の含有量は97.91重量%を超えることはできない。一方,請求項8には,「臭化n-プロピルを94から98重量%含有する」と記載されているが,有効数字を考慮すれば,前記上限値の「97.91重量%」は「98重量%」と表記可能であるから,請求項8の「臭化n-プロピル」の上限値が「98重量%」であることと矛盾するものではない。
よって,請求項8における「臭化n-プロピルを94から98重量%含有する請求の範囲第6項記載の溶媒組成物」との記載が明確でないとはいえない。

(3)小括
以上のとおり,請求項1及びこれを引用する請求項2?8の特許を受けようとする発明は,明確であるとはいえないから,特許請求の範囲の記載は特許法第36条第6項2号に適合せず,本件特許は特許法第36条第6項に規定する要件を満たさない特許出願に対してなされたものである。

なお,請求項1?8の特許を受けようとする発明が明確であるとはいえないので,無効理由1?8については,仮に,被請求人の主張に沿って,「安定化された」とは,「安定剤を含まない溶媒において金属腐食が始まる時点であっても、安定剤を溶媒に添加することによって当該時点において金属が腐食しない」(以下,「金属腐食の遅延化」という。)という意味と解し,さらに,「安定化された溶媒組成物」とは,このような現象が何らかの使用条件では生じる「溶媒組成物」を意味するものとして,以下判断する。

2 無効理由7(特許法第36条第6項第1号)について
(1)請求人が主張する無効理由
請求人の主張する無効理由7は,要約すると以下のとおりと認める。(審判請求書第77頁第27行?第79頁第10行,口頭審理陳述要領書第32頁第25行?第34頁第4行)

ア 安定剤の含有量の範囲について
発明の詳細な説明には,安定剤として,1,3-ジオキソラン2.5重量%,1,2-ブチレンオキサイド0.5重量%,ニトロメタン0.5重量%を用いた実施例しか記載されていない。
請求項1において,安定剤である「ニトロアルカン」,「1,2-ブチレンオキサイド」,「1,3-ジオキソラン」の含有量が定義されていないので,これらの好適範囲として記載されている数値範囲(公報第4欄第48行?第5欄第10行)以外,特に好適範囲の下限値を下回るものでは,本件発明の効果を奏さない(課題を解決し得ない)蓋然性が高い。
請求項6において,安定剤系部分が「ニトロアルカンを0.045から1.0重量%,1,2-ブチレンオキサイドを0.045から1.0重量%および1,3-ジオキソランを2.0-6.0重量%含む」と記載されているが,下限値は実施例の1/10以下の値であり,このような値まで本件発明の効果を奏さない(課題を解決し得ない)蓋然性が高い。
請求項9,10において,安定剤である「ニトロアルカン」,「1,2-ブチレンオキサイド」,「1,3-ジオキソラン」の含有量が定義されていないので,これらの好適範囲として記載されている数値範囲(公報第4欄第48行?第5欄第10行)以外,特に好適範囲の下限値を下回るものでは,本件発明の効果を奏さない(課題を解決し得ない)蓋然性が高い。
したがって,発明の詳細な説明に記載された1つの実施例から,請求項1の要件(安定剤系部分に含まれる各成分の任意の含有量),請求項6の要件(安定剤系部分に含まれるの各成分の上記範囲内の任意の含有量)及び請求項9,10の要件(安定剤系部分に含まれる各成分の任意の含有量)を満たす任意の溶媒組成物に拡張,一般化することができず,本件の請求項1?10の特許を受けようとする発明は発明の詳細な説明に記載されたものではない。

イ 請求項5,8において,「臭化n-プロピルを94から98重量%含有する」と規定されている点
請求項5,8において,「臭化n-プロピルを94から98重量%含有する」と記載されているが,発明の詳細な説明には,「臭化n-プロピルが高純度の場合には、臭化n-プロピルが本溶媒組成物の94-97重量%になるようにしてもよい」ことが記載されているものの,臭化n-プロピルが94から98重量%含有することは記載されていない。
したがって,本件の請求項5,8の特許を受けようとする発明は発明の詳細な説明に記載されたものではない。

(2)特許法第36条第6項第1号の解釈
特許法第36条第6項は,「第三項第四号の特許請求の範囲の記載は,次の各号に適合するものでなければならない。」と規定し,その第1号において「特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであること。」と規定している。同号は,明細書のいわゆるサポート要件を規定したものであって,特許請求の範囲の記載が明細書のサポート要件に適合するか否かは,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである。
以下,この観点に立って検討する。

(3)本件発明の課題について
本件特許の請求項1?10の特許を受けようとする発明が解決しようとする課題(以下,「本件発明の課題」という。)は,本件明細書に「本発明の目的は、使用者および環境に優しくて高い効果を示す脱グリース用および洗浄用溶媒を提供することにある。」(第4欄第10?12行)と記載されているので,「使用者および環境に優しくて高い効果を示す脱グリース用および洗浄用溶媒を提供すること」にあるものと認められる。
そして,「使用者および環境に優しくて」とは,「臭化n-プロピルは・・・これがオゾンを枯渇させる可能性が低くて容認され得る。」(第3欄第18?20行),「臭化n-プロピルは毒性試験で有望さを示している」(第3欄第24?25行),「昔から使用されている非常に一般的な安定剤成分である1,4-ジオキサンは,健康上の懸念から、現在では好ましいものではない。」(第4欄第6?9行)との記載からみて,「臭化n-プロピル」を洗浄溶媒とする毒性の低い(1,4-ジオキサンを含まない)洗浄用溶媒を用いることを意味するものと認められる。
また,「高い効果」とは,「臭化n-プロピルはそれを低い温度、即ち55℃以下の温度で用いる時はかなり安定であることを確認した。・・・温度をより高くする、即ち69-71℃にすると、鋼、アルミニウム、チタンおよびマグネシウムなどの如き金属の腐食がもたらされる可能性がある。」(第3欄第30?38行)との記載からみて,臭化n-プロピルが鋼,アルミニウム,チタンおよびマグネシウムなどの如き金属の腐食を起こさないように安定化されていることを意味しているものと認められる。
さらに,「安定化されている」とは,金属腐食の遅延化の意味であるから,本件発明の課題は,「臭化n-プロピルを洗浄溶媒とする毒性の低い(1,4-ジオキサンを含まない)洗浄用溶媒であって、臭化n-プロピルが(何らかの使用条件では)金属腐食の遅延化をもたらす洗浄用溶媒の提供」にあるものと認められる。

(4)対比・判断
ア 安定剤の含有量の範囲について
(ア)特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の対比
本件特許の請求項1の特許を受けようとする発明は,「安定化された溶媒組成物であって、臭化n-プロピルを少なくとも90重量%含有する溶媒部分とニトロアルカン、1,2-ブチレンオキサイドおよび1,3-ジオキサンを含んでいて1,4-ジオキサンを含まない安定剤系部分を含む溶媒組成物」である。
また,本件特許の請求項6の特許を受けようとする発明は,「該安定剤部分がニトロアルカンを0.045から1.0重量%、1,2-ブチレンオキサイドを0.045重量%および1,3-ジオキサンを2.0-6.0重量%含む請求の範囲第1項記載の溶媒組成物」である。
一方,発明の詳細な説明には,「本発明は安定化を受けさせた(stabilized)脱グリース用および洗浄用溶媒組成物に関し、これに、臭化n-プロピルを少なくとも90重量%含む溶媒部分を含有させ、かつ、ニトロアルカン、1,2-ブチレンオキサイドおよび1,3-ジオキサン組成物を含んでいて1,4-ジオキサンを含まない安定剤系部分を含有させる。」(第4欄第14?20行)と記載されているので,請求項1の特許を受けようとする発明は,発明の詳細な説明に形式的には記載されているといえる。
また,発明の詳細な説明には,「本溶媒系に含めるニトロアルカン成分は・・・このニトロアルカンの使用量は一般に0.045から1.0重量%の範囲内である。・・・1,2-ブチレンオキサイド成分を一般に0.045から1.0重量%の範囲内の量で存在させ、・・・1,3-ジオキソラン成分の・・・好適な量は2.0から6.0重量%の範囲内である。」(第4欄第48行?第5欄第10行)と記載されているので,請求項6の特許を受けようとする発明は,発明の詳細な説明に形式的には記載されているといえる。

(イ)本件発明の課題の解決について
(イ-1)請求項1?8の特許を受けようとする発明について
発明の詳細な説明には,実施例として,臭化n-プロピル96.5重量%,1,3-ジオキソラン2.5重量%,1,2-ブチレンオキサイド0.5重量%,ニトロメタン0.5重量%からなる溶媒組成物を用い,この溶媒組成物にアルミニウム合金,マグネシウム,チタンのクーポンを浸漬し,浸漬期間中溶媒組成物を還流に維持し,24時間後にクーポンを回収し,腐食が観察されなかったことが記載されている(第6欄第16?33行)。
そうすると,実施例に記載された「臭化n-プロピル96.5重量%、1,3-ジオキソラン2.5重量%、1,2-ブチレンオキサイド0.5重量%、ニトロメタン0.5重量%からなる溶媒組成物」は,明らかに請求項1又は6の特許を受けようとする発明に含まれるところ,健康に懸念のある「1,4-ジオキサン」を含まず,上記実施例に示す試験条件において,金属の腐食を起こさないことが裏付けられている。そして,発明の詳細な説明には,このような安定剤を含まない溶媒組成物を同じく上記実施例に示す条件で用いて比較したものは記載されておらず,安定剤を含まないものに対する金属腐食の長期化の効果について直接の記載があるわけではないが,本件明細書の「臭化n-プロピルを蒸気洗浄系で用いる場合には安定化が必要である。温度をより高くする、即ち69-71℃にすると、鋼、アルミニウム、チタンおよびマグネシウムなどの如き金属の腐食がもたらされる可能性がある。」との記載や甲第3号証の記載からみて,臭化n-プロピルが安定剤を含まない状態では10?20分間でアルミニウムの金属腐食が生じることが明らかであるといえるので,この技術常識を参酌すれば,上記実施例によって,この使用条件下での安定剤を含まないものに対する金属腐食の遅延化の効果を奏することが理解できる。
そうすると,本件発明の課題である「臭化n-プロピルを洗浄溶媒とする毒性の低い洗浄用溶媒であって、臭化n-プロピルが(何らかの使用条件で)金属腐食の遅延化をもたらす洗浄用溶媒の提供」という課題が,発明の詳細な説明の記載及び当業者の技術常識に照らして,当業者が解決できると認識できるものである。
また,「ニトロアルカン」,「1,2-ブチレンオキサイド」,「1,3-ジオキソラン」の含有量が,上記実施例の1点しか,実施例と同等の効果を奏さないということは技術常識からして考えられず,実施例で示された安定剤の含有量を含む一定の範囲内においては,本件発明の課題を解決できると当業者が認識できる範囲といえる。
そして,請求項1又は6の特許を受けようとする発明は,いずれも「安定化された溶媒組成物であって」との発明特定事項を含み,この「安定化された溶媒組成物」とは,上記1(3)で述べたとおり「金属腐食の遅延化が何らかの使用条件で生じる溶媒組成物」の意味と仮定されるものであるから,安定剤の含有量の好適範囲として記載されている数値範囲以外,特に下限値を下回るもので,結果的に「金属腐食の遅延化をもたらす」との課題が解決できないものは,「安定化された溶媒組成物」ではなく,請求項1又は6の特許を受けようとする発明及びこれらを引用する請求項2?5,7,8の特許を受けようとする発明の範囲外になるものと認められる。
そうすると,請求項1に,安定化剤である「ニトロアルカン」,「1,2-ブチレンオキサイド」,「1,3-ジオキソラン」の含有量が定義されていなくても,また,請求項6で定められた,安定化剤である「ニトロアルカン」,「1,2-ブチレンオキサイド」,「1,3-ジオキソラン」の各成分の含有量のすべての範囲で実施例と同様の効果が得られないとしても,そのことを理由として,本件特許の請求項1?8の特許を受けようとする発明では本件発明の課題が解決できないとはいえない。

(イ-2)請求項9,10の特許を受けようとする発明について
請求項9,10の特許を受けようとする発明は,「安定化された溶媒組成物」との発明特定事項を含んでいない。
この点に関して,被請求人は,要約すると,請求項9,10の特許を受けようとする発明も,請求項1?8の特許を受けようとする発明に係る溶媒組成物を備える溶媒部分(n-臭化プロピルを少なくとも90重量%含有する)及び安定化剤系部分(ニトロアルカン,1,2-ブチレンオキサイド及び1,3-ジオキソランを含んでいて1,4-ジオキサンを含まない)と同一の溶媒部分及び同一の安定剤系部分を含んでいるから,請求項1?8の特許を受けようとする発明に係る溶媒組成物と同様に「安定化された」ものである,また,請求項9,10の特許を受けようとする発明が,請求項1?8の特許を受けようとする発明の安定化された溶媒組成物の方法発明であることは当業者に明らかであると主張している(口頭審理陳述要領書第54頁第28行?第55頁第17行)。
しかしながら,上述のように,請求項1?8の特許を受けようとする発明は,「安定化された溶媒組成物」との発明特定事項を有するために,「安定化された」との効果が奏されるものであって,その発明特定事項を含まない請求項9,10の特許を受けようとする発明は,安定剤の含有量の好適範囲として記載されている数値範囲以外,特に好適範囲の下限値を下回るものを含むものであるから,そのようなものにあっては,必ずしも「金属腐食の遅延化をもたらす」との課題が解決できるといえないことは明らかである。さらに,請求項9,10は,請求項1?8に記載される「溶媒組成物」を引用して記載するものでもないから,請求項9,10の特許を受けようとする発明が,「安定化された溶媒組成物」との発明特定事項を含む請求項1?8の特許を受けようとする発明の「安定化された溶媒組成物」の方法発明であるということもできない。
してみると,被請求人の上記主張は採用できないから,本件特許の請求項9,10の特許を受けようとする発明では,その範囲すべてにおいて本件発明の課題が解決できるとはいえない。

イ 請求項5,8において,「臭化n-プロピルを94から98重量%含有する」と規定されている点
(ア)特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の対比
本件特許の請求項5の特許を受けようとする発明は,「該溶媒部分が臭化n-プロピルを94から98重量%含有する請求項1記載の溶媒組成物」であり,
本件特許の請求項8の特許を受けようとする発明は,「該溶媒部分が臭化n-プロピルを94から98重量%含有する請求項1記載の溶媒組成物」である。
一方,発明の詳細な説明には,「臭化n-プロピルが本溶媒組成物の94-97重量%になるようにしてもよい。」(公報第5欄第30?32行)と記載されてはいるものの,「臭化n-プロピルを94から98重量%含有する」ことについては一切記載がない。また,臭化n-プロピルを「97から98重量%含有」することも,発明の詳細な説明に記載がない。
発明の詳細な説明には、「臭化n-プロピルを少なくとも90重量%含む」ことについて記載され,「少なくとも90重量%含む」との数値範囲に「94から98重量%含む」との数値範囲を包含し,「94から98重量%含む」という技術思想が「少なくとも90重量%含む」という技術思想の下位概念には当たるものの,下位概念と上位概念で表現された発明は、技術思想としては別のものといわざるを得ない。
そうすると,請求項5又は8の特許を受けようとする発明において,「該溶媒部分が臭化n-プロピルを94から98重量%含有する」との発明特定事項が,そもそも発明の詳細な説明に一切記載されておらず,請求項5又は8の特許を受けようとする発明は「発明の詳細な説明に記載された発明」ということはできない。

(イ)被請求人の主張
(イ-1)主張の概要
被請求人は,要約すると,以下のように主張している(陳述要領書第53頁第18行?第54頁第27行)。
請求項5,8の特許を受けようとする発明の「臭化n-プロピルを94から98重量%含有する」が,本件特許明細書中の「臭化n-プロピルが本溶媒の組成物の94-97重量%になるようにしてもよい。」に対応することは明らかである。本件明細書においては,「臭化n-プロピルを90-92重量%及び臭化イソプロピルを4-6重量%含有し、それにニトロメタンを0.25-1.0重量%、1,2-ジブチレンオキサイド0.25-1.0重量%及び1,3-ジオキソランを2.0-6.0重量%含有させる」と記載され,「臭化n-プロピルが高純度の場合には、臭化n-プロピルが本溶媒組成物の94-97重量%になるようにしてもよい。」と記載されており,この文脈においては,「高純度」とは臭化イソプロピルを全く有さないことを意味し,そうすると,高純度の臭化n-プロピルは90?92重量%+4?6重量%,すなわち,94-98重量%含有することが予測され,実質的に記載されている。
また,本件明細書には,「このニトロアルカンの使用量は一般に0.25から1.0重量%の範囲内である・・・1,2-ブチレンオキサイド成分を一般に0.045から1.0重量%の範囲内の量で存在させ・・・1,3-ジオキソラン成分の適切な量は0.1から10重量%の範囲内の量である」と記載され,ニトロアルカン,1,2-ブチレンオキサイド,1,3-ジオキソランの最低量を選択した場合,臭化n-プロピルの含有量が97.91重量%となり,有効数字でいえば,98重量%になるので,臭化n-プロピルの上限値が98重量%であることは本件明細書に実質的に記載されている。

(イ-2)主張の検討
本件明細書の発明の詳細な説明には,「高純度の臭化n-プロピル」が臭化イソプロピルを全く含まないとの記載はなく,さらに,臭化イソプロピルの全量をすべて臭化n-プロピルに代替できるとの記載もなく,高純度の臭化n-プロピルの量として,臭化n-プロピルと臭化イソプロピルの含有量の上限をそれぞれ合計したものを,臭化n-プロピルを単独で用いる場合の上限として採用しなければならない理由もない。
同様に,ニトロアルカン,1,2-ブチレンオキサイド,1,3-ジオキソランの最低量を選択した場合,臭化n-プロピルの含有量が有効数字で98重量%を選択し得るとしても,臭化n-プロピルの含有量の上限として,ニトロアルカン,1,2-ブチレンオキサイド,1,3-ジオキソランの最低量を選択し,他の成分を全く含まない場合を選択しなければならない理由も存在しない。
なお,上記1(2)キにおいては,請求項8の「臭化n-プロピル」の上限値が「98重量%」であることは,ニトロアルカン,1,2-ブチレンオキサイド,1,3-ジオキソランの最低量を選択した場合と矛盾しないと述べたが,特許請求の範囲の記載が矛盾しないことと,そもそも,臭化n-プロピルの含有量として「94-98重量%」とすることが発明の詳細な説明に記載されていることとは別問題である。
よって,被請求人の上記主張は採用できない。

(5)小括
以上のとおりであるから,請求項5,8?10の特許を受けようとする発明は,発明の詳細な説明に記載されたものとは認められず,特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第1号に適合せず,本件特許は特許法第36条第6項の規定を満たさない特許出願に対してなされたものである。

3 無効理由8(特許法第36条第4項)について
(1)請求人の主張する無効理由
請求人の主張する無効理由8は,要約すると以下のとおりである。(審判請求書第79頁第11行?第80頁第11行,口頭審理陳述要領書第34頁第5?14行)

請求項1において,安定剤である「ニトロアルカン」,「1,2-ブチレンオキシド」,「1,3-ジオキソラン」の含有量が定義されていないので,これらの好適範囲として記載されている数値範囲以外,特にその下限値を下回るものでは,本件発明の効果を奏さない蓋然性が高い。
請求項6に記載された発明において,安定剤系部分が「ニトロアルカンを0.045から1.0重量%、1,2-ブチレンオキシドを0.045から1.0重量%および1,3-ジオキソランを2.0-6.0重量%含む」との発明特定事項を含むが,下限値は実施例の1/10以下の値であり,このような値まで本件発明の効果を奏さない蓋然性が高い。
発明の詳細な説明に記載された実施例は1例のみで,本件発明の効果を奏さない蓋然性が高い範囲を含む本件発明の溶媒組成物が理想的な適合とはいえず,本件発明の所望の効果を得る「洗浄用溶媒」を得るには当業者が過度の試行錯誤を必要とする。
請求項9,10に記載された発明においては,「安定化された」との発明特定事項を含まないので,金属を腐食させる溶剤組成物も対象となるが,発明の詳細な説明には,実施例は1例しか記載されていないので,効果を奏さない蓋然性高く,本件発明の所望の効果を得る「洗浄用溶媒」を得るには当業者が過度の試行錯誤を必要とする。

(2)特許法第36条第4項の解釈
特許法第36条第4項は,「前項第三号の発明の詳細な説明の記載は、通商産業省令で定めるところにより、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載しなければならない。」と規定している。同項は,明細書のいわゆる実施可能要件を規定したものであって,物の発明では,その物を製造する方法についての具体的な記載が発明の詳細な説明にあるか,そのような記載がない場合には,明細書及び図面の記載並びに出願時の技術常識に基づき,当業者が過度の試行錯誤を行う必要なく,その物を製造することができなければならないと解される。
また,方法の発明では,その方法を実施する具体的な記載が発明の詳細な説明にあるか,そのような記載がない場合には,明細書及び図面の記載並びに出願時の技術常識に基づき,当業者が過度の試行錯誤を行う必要なく,その方法を実施することができなければならないと解される。

(3)判断
ア 発明の詳細な説明の記載
発明の詳細な説明には,以下の事項が記載されている。
「実施例
以下に示す材料を一緒に混合することによって溶媒組成物を調製した:
臭化n-プロピルを96.5重量%
1,3-ジオキソランを2.5重量%
1,2-ブチレンオキサイドを0.5重量%
ニトロメタンを0.5重量%。
試験クーポン(test coupons)であるアルミニウム合金(2024)、マグネシウム(AZ-31B)およびチタン(MIL-T-9046)を布やすりで曇りがなくなって明るく輝くまで磨いた。次に、この磨いたクーポンを石鹸で洗浄した後、蒸留水で濯いだ。この濯いだクーポンを素手で取り扱わないようにしてアセトンで乾燥させた。次に、この乾燥させたクーポンを上記溶媒組成物に24時間浸漬した。この浸漬期間中、上記溶媒組成物を還流に維持した。24時間後、上記クーポンを回収し、冷却した後、腐食を目で検査した。腐食は全く観察されなかった。」(第6欄第16?33行)。

イ 判断
(ア)請求項1?8の特許を受けようとする発明について
発明の詳細な説明には,上述の実施例が記載されており,これによって請求項1?3,5,6,8の特許を受けようとする発明に当たる「溶媒組成物」が具体的に記載されているから,少なくとも請求項1?3,5,6,8の特許を受けようとする発明については,その一部について具体的に製造できるといえる。
そして,発明の詳細な説明には,溶剤組成物の各安定剤の好適な含有量の数値範囲について,「本溶媒系に含めるニトロアルカン成分は・・・このニトロアルカンの使用量は一般に0.045から1.0重量%の範囲内である。・・・1,2-ブチレンオキサイド成分を一般に0.045から1.0重量%の範囲内の量で存在させ、・・・1,3-ジオキソラン成分の・・・好適な量は2.0から6.0重量%の範囲内である。」(第4欄第48行?第5欄第10行)と記載されており,このような数値範囲を参考に,実施例と同様の実験を行い,「金属腐食の遅延化」の効果が得られる数値範囲を実験的に定めることに当業者が過度の試行錯誤を必要とするものとは認められない。
請求項4,7の特許を受けようとする発明については,実施例が発明の詳細な説明に記載されてはいないが,発明の詳細な説明に,「使用する臭化n-プロピルが特に高純度ではない典型的な溶媒組成物は臭化n-プロピルを90-92重量%および臭化イソプロピルを4-6重量%含有し、それに、ニトロメタンを0.25-1.0重量%、1,2-ブチレンオキサイドを0.25-1.0重量%および1,3-ジオキソランを2.0から6.0重量%含有させる。」(第5欄第24?30行)との記載があるので,この記載を参考に,請求項4,7の特許を受けようとする発明の「溶媒組成物」を製造することができるといえる。そして,この範囲で,実施例と同様の実験を行い,「金属腐食の遅延化」の効果が得られる数値範囲を実験的に定めることに当業者が過度の試行錯誤を必要とするものとは認められない。

(イ)請求項9,10の特許を受けようとする発明について
請求項9の特許を受けようとする発明は,「室温から55℃の範囲内の温度の溶媒組成物に該物品を浸漬することを含む方法」であって,実施例が発明の詳細な説明に記載されてはいないが,発明の詳細な説明に「臭化n-プロピルは冷洗浄系および蒸気洗浄系の両方で使用可能であることが実験研究で示されている。驚くべきことに、臭化n-プロピルはそれを低い温度、即ち55℃以下の温度で用いる時にはかなり安定であることを確認した。冷洗浄系の場合、臭化n-プロピルの安定化を受けさせるとしても必要な安定化は僅かのみであることが試験で示された。」(第3欄第28?第34行)との記載があり,実施例よりも低い温度である室温から55℃の範囲で洗浄しても実施例と同様に「金属の腐食しない」との結果が得られることは当業者の技術常識からして明らかといえる。また,甲第3号証では,「n-臭化プロピル及びイソ臭化プロピルは・・・これらの溶剤だけでは、金属、特にアルミニウムまたはその合金との反応性が非常に大きいという欠点があり、この反応は常温においても起るが」と記載されている(【0004】参照)ことから,安定化剤を含まない臭化n-ブチルのみを室温から55℃の範囲で金属の洗浄に用いた場合には,アルミニウムが腐食するといえる。そして,このような技術常識を参酌すれば,請求項9の特許を受けようとする発明のように,室温から55℃の範囲で「臭化n-プロピルを少なくとも90重量%含有する溶媒部分とニトロアルカン、1,2-ブチレンオキサイドおよび1,3-ジオキソランを含み1,4-ジオキサンを含まない安定剤系部分を含む」溶媒組成物に物品を浸漬させても,金属腐食の遅延化の効果が得られることは当業者に理解でき,この温度範囲及び上述の好適とされる安定剤系部分の含有量の範囲を参考に実験を行い,金属腐食の遅延化の効果が得られる数値範囲を実験的に定めることに当業者が過度の試行錯誤を必要とするものとは認められない。
請求項10の特許を受けようとする発明は,「溶媒組成物の沸騰体から発散して来る蒸気に該物品をさらすことを含む方法」である。上記実施例では,洗浄対象となる金属片が溶剤組成物中に浸漬された状態で還流が行われているので,「溶媒組成物の沸騰体から発散して来る蒸気に該物品をさら」しているのか明確ではないが,甲第18号証(JIS K1600^(-1981))に「試料200mlを三角フラスコに入れる。これにA片を浸せきし,B片をリービッヒ冷却器の底部に取り付け・・・電球で試料を加熱還流し,試料がリービッヒ冷却器の半分以下の高さで凝縮するように,冷却水の流量を調節する。」と記載される(第10頁第2?6行)ように,試料(溶媒組成物)の還流を行う冷却器の底部にも金属片を取り付け(結果として,溶剤組成物の蒸気相にも配置されていることになる),溶媒組成物を還流させて腐食状態を観察することは技術常識であったのであるから,これと同様に金属片を配置することで金属の腐食の有無を確認することができたといえる。そして,発明の詳細な説明の実施例が還流によって沸騰する溶媒組成物に金属片が浸漬された状態であれば,一部の沸騰蒸気が気泡等により金属片と接触しているとみることができるから,その状態は,沸騰体から蒸気が発散している状態と実質的に変わらないものと推認でき,「臭化n-プロピルを少なくとも90重量%含有する溶媒部分とニトロアルカン、1,2-ブチレンオキサイドおよび1,3-ジオキソランを含み1,4-ジオキサンを含まない安定剤系部分を含む」溶媒組成物の沸騰体から発散して来る蒸気に該物品をさらすことで,金属腐食の遅延化という効果を奏することは十分理解でき,上述の試験条件及び上述の好適とされる安定化剤の含有量の範囲を参考に実験を行い,金属腐食の遅延化の効果が得られる数値範囲を実験的に定めることに当業者が過度の試行錯誤を必要とするものとは認められない。
なお,請求項9,10の特許を受けようとする発明の範囲の一部においては,上記2(4)ア(イ)(イ-2)で述べたように,金属腐食の遅延化の効果を奏さない溶媒組成物の範囲も含まれ得るが,そのことによって,直ちに,金属腐食の遅延化の効果を奏する請求項9,10の特許を受けようとする発明を当業者が実施するに際して過度の試行錯誤が必要になるわけではない。

(4)小括
以上のとおりであるから,発明の詳細な説明は,当業者が本件の請求項1?10の特許を受けようとする発明を実施できるように明確かつ十分に記載されていると認められるから,本件特許が特許法第36条第4項の規定を満たさない特許出願に対してなされたものとはいえない。

4 無効理由1(特許法第29条の2)
(1)本件発明
本件特許の請求項1?10に係る発明(以下,「本件発明1」?「本件発明10」といい,合わせて「本件発明」という。)は,その特許請求の範囲の請求項1?10に記載した,上記「第2」に示したとおりのものである。
ただし,上記1(3)で述べたように,「安定化された溶媒組成物」とは,「金属腐食の遅延化」が何らかの使用条件では生じる「溶媒組成物」を意味するものとして判断する。
また,本件発明の認定は,無効理由2?6においても同様である。

(2)甲第1号証(甲第2号証),甲第11号証の記載事項
ア 甲第1号証(甲第2号証)の記載事項
本件特許の優先日以前の優先権主張(特願平7-86888号)を伴う,特願平8-85268号(特開平8-337795号)の願書に最初に添付された明細書(甲第1号証,以下,「先願明細書」といい,優先権主張の基礎となる先の出願の願書に最初に添付された明細書(甲第2号証)を「優先権明細書」という。)には以下の事項が記載されている。
なお,以下の記載事項は,先願明細書を基準とし,先願明細書の記載が優先権明細書の記載と異なるところについては,優先権明細書の記載を括弧内({})に示す。
(1-a)「【請求項3】 1-ブロモプロパン100重量部、ニトロメタン0.1?1重量部及び1,2-ブチレンオキサイド0.1?1重量部を含有することを特徴とする請求項1に記載の{「請求項1記載の」はない}安定化された1-ブロモプロパン組成物。」(優先権明細書【請求項1】)
(1-b)「【0006】この1-ブロモプロパンの金属との接触による分解反応は、金属の種類によって内容が異なるが、特にアルミニウムの場合が著しく、また常温においては非常に緩やかに進行するが、加温条件下では臭化水素を発生しながら連鎖反応的に分解が進行し、最終的にはアルミニウムを激しく腐食させ、黒褐色のタール状物質に変化する。従って、1-ブロモプロパンを各種金属部品の洗浄等に使用する場合には各種金属、特にアルミニウムにより誘発する1-ブロモプロパンの分解反応を抑制し、被洗浄物や洗浄装置を腐食させない1-ブロモプロパンの安定化が必須の要件である。」(優先権明細書【0006】)
(1-c)「【0013】例えば、ニトロメタンを単独で用いた場合、金属との接触による分解反応は抑えられるが、蒸気洗浄のように高温度で長時間繰り返し使用される条件下では1-ブロモプロパン中の水分と1-ブロモプロパンが反応することにより臭化水素ガスが発生し、金属を腐食することとなる。また、1,2-ブチレンオキサイド又はトリメトキシメタンを単独で用いた場合には、全く安定化の効果は認められない。即ち{すなわち}、ニトロメタンが金属との接触による分解反応を抑え、1,2-ブチレンオキサイド又はトリメトキシメタンが臭化水素ガスを捕捉し安定化するものと考えられる。従って{したがって}、1-ブロモプロパンに本発明の2成分の安定剤を組み合わせることによってはじめてアルミニウムは勿論のこと亜鉛、鉄、銅等の金属に対して安定化効果が現れ、蒸気洗浄のように高温度で長時間繰り返し使用される条件下で特に有効な安定性を保つ。また、常温洗浄においても有効な安定性を保つ。」(優先権明細書【0012】)
(1-d)「【0015】また、本発明で提案する安定剤を他の種々の安定剤と併用することも可能である。例えば、1,4-ジオキサン、1,3-ジオキソラン、1,3,5-トリオキサン等の環状エーテル類、1,2-ジメトキシエタン等の鎖状エーテル、イソプロパノール、tert-ブチルアルコール、tert-アミルアルコール等の飽和アルコール類、2-メチル-3-ブチン-2-オール等の不飽和アルコール類、フェノール、チモール、2,6-ジ-tert-ブチル-p-クレゾール、カテコール等のフェノール類、チオシアン酸メチル、チオシアン酸エチル等のチオシアン酸エステル類から選ばれる安定剤とともに用いられる。」(優先権明細書【0015】)
(1-e)「【0018】実施例1
50mlのガラス製試験管に、1-ブロモプロパン100重量部に対し、ニトロメタンを0.5重量部、1,2-ブチレンオキサイドを0.5重量部添加した1-ブロモプロパン組成物10mlを入れ、この中に表面を良く研磨して十分洗浄乾燥したアルミニウム試験片(規格:JIS A-1100P、寸法:13mm×65mm×3mm)1枚を気液両相にまたがるように位置させる{た}。この試験管の上部に空冷器を取り付けて油浴中で加熱還流する{た}。空冷管にはpH試験紙を取り付けておき、96時間加熱還流後室温まで冷却して試験片を取り出し、その腐食状況および液相の着色度を観察しさらに発生した臭化水素ガスをpH試験紙で確認した。1-ブロモプロパン100重量部に対する安定剤の組成及び試験結果を表1に示す。
【0019】
【表1】

{【表1】


【0020】なお、アルミニウム試験片の外観及び試験液の着色の判定基準は次のとおり標示する。
【0021】<金属試験片の判定基準>
◎:全く変化がない。
【0022】○:わずかに一部の光沢が落ちる。
【0023】△:全体的に光沢が落ちる。
【0024】×:全体的に変色もしくは腐食が明らかに認められる。
【0025】<試験液の着色の判定基準>
◎:無色透明。
【0026】○:わずかに着色する。
【0027】△:明らかに着色が認められる。
【0028】×:著しく着色する。
【0029】また、臭化水素ガスの発生については、
○:発生無し
×:発生有りとした。
【0030】実施例2?18{2?5}、比較例1?9{1?6}
本発明で提案する安定剤の組成及び{ニトロメタンと1,2-ブチレンオキサイドの}添加量を変えた以外は実施例1と同様に1-ブロモプロパン組成物の試験を行った。1-ブロモプロパン100重量部に対する安定剤の組成及び試験結果を表1に合わせて示す。」(優先権明細書【0017】?【0023】)
(1-f)「【0031】比較例10{7}?27{24}
安定剤を変えた以外は実施例1と同様に1-ブロモプロパン組成物の試験を行った。1-ブロモプロパン100重量部に対する安定剤の組成及び試験結果を表2に合わせて示す。
【0032】
【表2】

{【表2】

}」(優先権明細書【0024】,【0025】)
(1-g)「【0033】実施例19{6}
100mlのガラス製三角フラスコに、1-ブロモプロパン100重量部に対し、ニトロメタンを0.5重量部、1,2-ブチレンオキサイドを0.5重量部添加した1-ブロモプロパン組成物50mlを入れ、この中に表面を良く研磨して十分洗浄乾燥した金属試験片(寸法:13mm×65mm×3mm)1枚を気液両相にまたがるように位置させる{た}。この三角フラスコの上部に還流冷却器を取り付けて湯浴上で沸騰温度まで加熱し、還流しながら試験片を気液両相に接触させる{た}。140時間加熱還流後、室温まで冷却して試験片を取り出し、その腐食状況および液相の着色度を観察し、さらに発生した酸分(臭化水素)を滴定により定量した。1-ブロモプロパン100重量部に対する安定剤の組成を表3に、試験結果を表4に示す。
【0034】
【表3】

{【表3】


【0035】
【表4】

{【表4】


【0036】なお、{「、」はない}使用した金属試験片の材質は下記のとおりである。
【0037】
アルミニウム片:JIS A1100P
亜鉛片 :JIS 第2種(平板用)
鉄片 :JIS 冷間圧延鋼板 SPCC
銅片 :JIS 銅板1種(普通級)
また、金属試験片の外観及び試験液の着色の判定基準は次のとおり標示する。
<金属試験片の判定基準>
◎:全く変化がない。
【0038】○:わずかに一部の光沢が落ちる。
【0039】△:全体的に光沢が落ちる。
【0040】×:全体的に変色もしくは腐食が明らかに認められる。
【0041】<試験液の着色の判定基準>
◎:無色透明。
【0042】○:わずかに着色する。
【0043】△:明らかに着色が認められる。
【0044】×:著しく着色する。
【0045】実施例20{7}?実施例38{12}、比較例28{25}?比較例44{30}
本発明で提案する安定剤の組成及び添加量{安定剤の組成}を変えた以外は実施例19{6}と同様に1-ブロモプロパン組成物の試験を行った。1-ブロモプロパン100重量部に対する安定剤の組成を表3に、試験結果を表4に合わせて示す。
【0046】表3及び表4{表4}から明らかなように、{実施例で用いた}本発明の1-ブロモプロパン組成物はアルミニウム、亜鉛、鉄及び銅について十分な安定化効果を示した。しかしながら、比較例で示したような安定剤の組み合わせでは、ある金属については安定化効果が認められるがその他の金属では安定化効果が認められないといった不十分な安定化効果を示した。」(優先権明細書【0026】?【0033】)

イ 甲第11号証の記載事項
本願の優先日前に頒布された刊行物である「1,4-ジオキサンによる健康障害を防止するための指針について」(労働安全衛生法第28条第3項の規定に基づく指針)(甲第11号証)には以下の事項が記載されている。
(11-a)「指針は、1,4-ジオキサンによる労働者の健康障害の防止に資するため、その製造、取扱い等に際し事業者が講ずべき措置に関する留意事項について定めたものである。
ついては、別添1のとおり指針(全文)を送付するので、下記事項に留意の上、あらゆる機会をとらえて事業者及び関係事業者団体等に対して、指針の周知を図るとともに、指針の趣旨を踏まえ各事業場において1,4-ジオキサンによる健康障害の防止対策が適正に行われるように指導されたい。」(前文の第3?7行)
(11-b)「このようなことから、1,4-ジオキサンのがん原性に着目し、指針において、現行の有機則の規定による措置以外に、1,4-ジオキサンを含有するものを製造し、又取り扱う業務全般を対象として、労働者の健康障害を防止するために講ずべき措置を定めることとしたものである。」(「第1 趣旨」の第15?17行)

(3)先願明細書に記載された発明(先願発明)
先願明細書及び優先権明細書の双方に記載されている事項に基づいて,先願発明を認定し,本件発明1?3,5,6,8?10との対比・判断をする。以下,無効理由1の判断において,単に「先願明細書」に記載されていると述べる事項については,特に指摘しない限り,「優先権明細書」にも記載されている事項である。

先願明細書には,「1-ブロモプロパン100重量部、ニトロメタン0.1?1重量部及び1,2-ブチレンオキサイド0.1?1重量部を含有することを特徴とする安定化された1-ブロモプロパン組成物」(摘記1-a参照)であって,「1-ブロモプロパンに本発明の2成分の安定剤を組み合わせる」と記載されている(摘記1-b参照)ので,「ニトロメタン」,「1,2-ブチレンオキサイド」は「安定剤」であり,また,「本発明で提案する安定剤を他の種々の安定剤と併用することも可能で・・・1,4-ジオキサン、1,3-ジオキソラン、1,3,5-トリオキサン等の環状エーテル類、1,2-ジメトキシエタン等の鎖状エーテル、イソプロパノール、tert-ブチルアルコール、tert-アミルアルコール等の飽和アルコール類、2-メチル-3-ブチン-2-オール等の不飽和アルコール類、フェノール、チモール、2,6-ジ-tert-ブチル-p-クレゾール、カテコール等のフェノール類、チオシアン酸メチル、チオシアン酸エチル等のチオシアン酸エステル類から選ばれる安定剤とともに用いられる」(摘記1-c参照)ものである。
そうすると,先願明細書には,
「1-ブロモプロパン100重量部、ニトロメタン0.1?1重量部及び1,2-ブチレンオキサイド0.1?1重量部を含有することを特徴とする安定化された1-ブロモプロパン組成物であって、併用することが可能な安定剤として、1,4ジオキサン、1,3-ジオキソラン、1,3,5-トリオキサン等の環状エーテル類、1,2-ジメトキシエタン等の鎖状エーテル、イソプロパノール、tert-ブチルアルコール、tert-アミルアルコール等の飽和アルコール類、2-メチル-3-ブチン-2-オール等の不飽和アルコール類、フェノール、チモール、2,6-ジ-tert-ブチル-p-クレゾール、カテコール等のフェノール類、チオシアン酸メチル、チオシアン酸エチル等のチオシアン酸エステル類から選ばれる安定剤を含む組成物」の発明(以下,「先願発明1」という)が記載されている。
また,先願明細書には,「1-ブロモプロパンに本発明の2成分の安定剤を組み合わせることによってはじめてアルミニウムは勿論のこと亜鉛、鉄、銅等の金属に対して安定化効果が現れ、蒸気洗浄のように高温度で繰り返し使用される条件下で特に有効な安定性を保つ」と記載され(摘記1-c参照),さらに,「常温洗浄においても有効な安定性を保つ」と記載されている(摘記1-d参照)。
そうすると,先願明細書には,
「1-ブロモプロパン100重量部、ニトロメタン0.1?1重量部及び1,2-ブチレンオキサイド0.1?1重量部を含有することを特徴とする安定化された1-ブロモプロパン組成物であって、併用することが可能な安定剤として、1,4ジオキサン、1,3-ジオキソラン、1,3,5-トリオキサン等の環状エーテル類、1,2-ジメトキシエタン等の鎖状エーテル、イソプロパノール、tert-ブチルアルコール、tert-アミルアルコール等の飽和アルコール類、2-メチル-3-ブチン-2-オール等の不飽和アルコール類、フェノール、チモール、2,6-ジ-tert-ブチル-p-クレゾール、カテコール等のフェノール類、チオシアン酸メチル、チオシアン酸エチル等のチオシアン酸エステル類から選ばれる安定剤を含む組成物を蒸気洗浄又は常温洗浄に用いる方法」(以下,「先願発明2」という。)が記載されているといえる。

(4)対比・判断
(4-1)本件発明1について
ア 対比
本件発明1と先願発明1とを対比する。
先願発明1の「1-ブロモプロパン」,「ニトロメタン」は,それぞれ,本件発明1の「臭化n-プロピル」,「ニトロアルカン」に相当する。そして,先願発明の「1-ブロモプロパン」は「溶剤」で,「1-ブロモプロパン」,「ニトロメタン」は「安定剤」であるから,それぞれ,本件発明1の「溶媒部分」,「安定剤系部分」に相当する。
さらに,先願明細書の「1-ブロモプロパンの金属との接触による分解反応は・・・加温条件下では臭化水素を発生しながら連鎖反応的に分解が進行し、最終的にはアルミニウムを激しく腐食させ・・・1-ブロモプロパンを各種金属部品の洗浄等に使用する場合には・・・被洗浄物や洗浄装置を腐食させない1-ブロモプロパンの安定化が必須の要件である」(摘記1-b参照)との記載からみて,1-ブロモプロパンは加温条件下でアルミニウムを腐食するので,そのアルミニウムなどの腐食を防ぐために安定剤を添加したものを,先願発明1の「安定化された1-ブロモプロパン組成物」と呼んでいるものと解され,それは同時に,加温状態において,「安定剤を含まない溶媒において金属腐食が始まる時点であっても、安定剤を溶媒に添加することによって当該時点において金属が腐食しない」との金属腐食の遅延化の効果が得られるものであるから,本件発明1の「安定化された溶媒組成物」ということができる。
してみると,両者は,「安定化された溶媒組成物であって、臭化n-プロピルを含有する溶媒部分とニトロアルカン、1,2-ブチレンオキサイドを含む安定剤系部分を含む溶媒組成物」である点で一致し,以下の2点で一応相違する。
(i)「安定剤系部分」として,前者が「1,3-ジオキソランを含んでいて1,4-ジオキサンを含まない」のに対して,後者が「1,4ジオキサン、1,3-ジオキソラン、1,3,5-トリオキサン等の環状エーテル類、1,2-ジメトキシエタン等の鎖状エーテル、イソプロパノール、tert-ブチルアルコール、tert-アミルアルコール等の飽和アルコール類、2-メチル-3-ブチン-2-オール等の不飽和アルコール類、フェノール、チモール、2,6-ジ-tert-ブチル-p-クレゾール、カテコール等のフェノール類、チオシアン酸メチル、チオシアン酸エチル等のチオシアン酸エステル類から選ばれる安定剤を含むことが可能である」点
(ii)前者は「臭化n-プロピルを少なくとも90重量%含有する」のに対して、後者は「1-ブロモプロパン100重量部、ニトロメタン0.1?1重量部及び1,2-ブチレンオキサイド0.1?1.0重量部を含有」し,その他の安定剤の含有量が明確でない点

イ 相違点の検討
(ア)相違点(i)の検討
(ア-1)先願発明1の実施態様が先願明細書に記載されているかについて
先願明細書には,併用することが可能な安定剤として「1,4ジオキサン、1,3-ジオキソラン、1,3,5-トリオキサン等の環状エーテル類、1,2-ジメトキシエタン等の鎖状エーテル、イソプロパノール、tert-ブチルアルコール、tert-アミルアルコール等の飽和アルコール類、2-メチル-3-ブチン-2-オール等の不飽和アルコール類、フェノール、チモール、2,6-ジ-tert-ブチル-p-クレゾール、カテコール等のフェノール類、チオシアン酸メチル、チオシアン酸エチル等のチオシアン酸エステル類から選ばれる安定剤とともに用いられる」(摘記1-d参照)と記載されている。
そして,併用することが可能な安定剤を選択する場合,複数の安定剤を組み合わせて用いるとそれだけ多くの種類の安定剤を用意する必要があるので,併用することが可能な安定剤として,上述ような幾つかの成分の例示があれば,まず,それら例示成分の中から1つの成分のみを選択するのが通常の実施態様と考えられ,このことは,実施例37,38において,併用可能な安定剤として「チオシアン酸メチル」を単独で添加していることからも裏付けられる。
そうすると,先願明細書には,併用可能な安定剤として,実施例にある「チオシアン酸メチル」のみならず,その他の14個の例示成分の一つである「1,3-ジオキソラン」を単独で添加するものも,先願発明1の一実施態様として,記載されているといえる
そして,先願発明の一実施態様として記載されている,併用可能な安定剤として「1,3-ジオキソラン」を単独で添加する場合には,溶媒組成物に「1,4-ジオキサン」は明らかに含まれない。

(ア-2)相違点(i)が実質的な相違でないための要件について
相違点(i)が実質的な相違でないというためには,以下の2点を満たす必要があるものと認められる。
(i-1)先願発明1の併用することが可能な安定剤として,「1,3-ジオキソランのみを含む(1,4-ジオキサンを含まない)」との態様が,発明として完成していること(以下,「完成発明であること」という。)。
なお,「発明が完成したというためには,その技術手段が、当該技術分野における通常の知識を有する者が反復実施して目的とする効果を挙げることができる程度にまで具体的・客観的なものとして構成されていることを要し,かつ,これをもって足りるものと解すべきである」(平成10年(行ケ)第401号)とされている。
そして,この判示事項からすれば,「完成された発明」とは,先願明細書に記載された技術手段で目的とする効果が得られるものであれば,実施例として記載されているもののみならず,比較例として記載されているものや先願明細書の記載全体から,目的とする効果を挙げることが当業者に理解できるものも含まれると解される。さらに,「目的とする効果」とは必ずしも実施例の水準に達しなくても,何らかの効果があるものであれば,「目的とする効果」ということができると解される。なぜなら,先願明細書に当初は実施例ではなく比較例等として記載された発明であっても補正により,特許請求の範囲の特許を受けようとする発明とすることは可能であり,比較例等として記載されているからといって「完成された発明」として認めないとすれば,そのような発明がその後出願された場合に,当該先願を先の出願とするる特許法第29条の2の適用を受けないことになり,法の趣旨に反するからである。
(i-2)併用することが可能な安定剤として,「1,3-ジオキソランを含んでいて1,4-ジオキサンを含まない」ものが,先願明細書に実施例として記載されている併用可能な安定剤を含まないものや1,3-ジオキソラン以外の安定剤(チオシアン酸メチル)を含むものと比べて顕著な効果を奏するものではないこと(以下,「選択発明でないこと」という。)。

(ア-3)完成発明であることについて
先願明細書には,実施例19,37,38(優先権明細書の実施例6,11,12)として,「1-ブロモプロパン100重量部に対してニトロメタン0.5重量部、1,2-ブチレンオキサイド0.5重量部の安定剤を含む組成物」,「1-ブロモプロパン100重量部に対してニトロメタン0.2重量部、1,2-ブチレンオキサイド0.5重量部、チオシアン酸メチル0.01重量部の安定剤を含む組成物」,「1-ブロモプロパン100重量部に対してニトロメタン0.2重量部、1,2-ブチレンオキサイド0.5重量部、チオシアン酸メチル0.1重量部の安定剤を含む組成物」を「還流しながら」,「アルミニウム片」,「亜鉛片」,「鉄片」,「銅片」の「試験片を気液両相に接触させ」,「140時間加熱還流後、室温まで冷却して試験片を取り出し、その腐食状況および液相の着色度を観察し」たところ,「アルミニウム片」,「亜鉛片」,「鉄片」,「銅片」の「試験片」は試験後の状態が「◎:全く変化がない」ことが記載されている(摘記1-g参照)。
そして,先願明細書には,「ニトロメタンが金属との接触による分解反応を抑え、1,2-ブチレンオキサイド又はトリメトキシメタンが臭化水素ガスを捕捉し安定化するものと考えられる。従って、1-ブロモプロパンに本発明の2成分の安定剤を組み合わせることによってはじめてアルミニウムは勿論のこと亜鉛、鉄、銅等の金属に対して安定化効果が現れ、蒸気洗浄のように高温度で長時間繰り返し使用される条件下で特に有効な安定性を保つ」(摘記1-c参照)と記載され,それに続く文脈として「本発明で提案する安定剤を他の種々の安定剤と併用することも可能である」と記載されているので,これをそのまま解すれば,先願発明1は,「ニトロメタン」,「1,2-ブチレンオキサイド」の2成分の安定剤を有効量含むと安定化の効果が得られ,さらに,「種々の安定剤と併用」してもそのような安定化の効果が得られるものとして記載されていることが理解できる。
そして,それを裏付ける具体例として,先願明細書には,併用することが可能な安定剤として,実施例37,38として具体的に記載される「チオシアン酸メチル」とともに,併用可能な安定剤の一つとして「1,3-ジオキソラン」も記載されているのであるから,安定剤として,「ニトロメタン」,「1,2-ブチレンオキサイド」の他に「1,3-ジオキソラン」を加えた「1-ブロモプロパン組成物」(この組成物は1,4-ジオキサンを含まない。)も,実施例19,37,38に記載された「1-ブロモプロパン組成物」と同様の効果を示すものとして当業者に理解される。
ただし,比較例41(優先権明細書には記載がない)に記載されるように,併用することが可能な安定剤として,「1,4-ジオキサン」を選択し,「1-ブロモプロパン100重量部に対してニトロメタン0.2重量部、1,2-ブチレンオキサイド0.5重量部、1,4-ジオキサン3重量部の安定剤を含む組成物」を試験した場合には,「アルミニウム片」,「亜鉛片」,「鉄片」,「銅片」の「試験片」は試験後の状態がそれぞれ,「○:わずかに光沢が落ちる」,「×:全体的に変色もしくは腐食が明らかに認められる」,「×:全体的に変色もしくは腐食が明らかに認められる」との結果が得られており,先願明細書に併用可能な安定剤として例示されるものを選択しても,実施例19,37,38と同様の結果が得られない可能性があることも理解できる。(なお,比較例41は優先権明細書に記載はないので先願発明1の認定の根拠として用いることはできないが,「ニトロメタン」,「1,2-ブチレンオキサイド」の他に併用可能な安定剤を加えた「1-ブロモプロパン組成物」が完成発明といえないことの根拠として用いることは可能である。)
その一方で,先願明細書には,比較例13(優先権明細書の比較例10)として,「1-ブロモプロパン100重量部に対して1,3-ジオキソラン3重量部の安定剤を含む組成物」を「加熱還流し」,「アルミニウム試験片」を「気液両相にまたがるように位置させ」,「96時間加熱還流後室温まで冷却して試験片を取り出し、その腐食状況および液相の着色度を観察し」たところ,「試験片」は試験の状態が「◎:全く変化がない」こと,「酸性ガスの発生」が「×:発生有り」であることが記載され(摘記1-f参照),また,その他の安定剤として「1,4-ジオキサン」などを単独で含む「1-ブロモプロパン組成物」は,すべて「試験片」は試験の状態が「×:全体的に変色もしくは腐食が明らかに認められる」ことが記載されている(摘記1-f参照)から,「1,3-ジオキソラン」を単独で使用しただけでも,他の安定剤とは異なり,酸性ガスは発生するものの,少なくとも,アルミニウムの「安定剤を添加しないものに対する腐食時間の遅延化」という効果が得られることは明らかである。
そうすると,理論的に必ずしも解明されていない有機溶剤による腐食反応の安定化機構においては,一般論として,安定剤として「ニトロメタン」と「1,2-ブチレンオキサイド」を加えたものが安定化効果を奏したとしても,単独では同等の安定化効果を奏さない別の安定剤をさらに加えても,実験等でその安定化効果を裏付けたものでなければ,必ずしも同等の効果を奏するとは限らないかもしれないが,先願明細書の実施例19に示されるように,「ニトロメタン」と「1,2-ブチレンオキサイド」のみを安定剤として用いた場合にも,併用する安定化剤として「チオシアン酸メチル」を選択した実施例37,38と同様に金属腐食に対する良好な結果が得られ,比較例13では「1,3-ジオキソラン」は単独で用いても金属腐食などの安定剤よりも有利な結果が得られているとの具体例を考慮すると,安定剤として「ニトロメタン」と「1,2-ブチレンオキサイド」のほかに併用可能な安定剤として「1,3-ジオキソランのみ」を加えた「1-ブロモプロパン組成物」の場合は,少なくとも,比較例13に示される程度の金属腐食を防ぐ効果,すなわち,本件発明1と同様の「安定剤を添加しないものに対する腐食時間の遅延化」という目的とする効果を実際に挙げることは,技術常識からみて具体的,客観的に裏付けられているということができる。
比較例10(優先権明細書の比較例7)のように,1,4-ジオキサンを単独の安定剤として使用する場合には,アルミニウム片の腐食の結果が「×:全体的に変色もしくは腐食が明らかに認められる」ものであるが,比較例41のように,「ニトロメタン」,「1,2-ブチレンオキサイド」とともに「1,4-ジオキサン」を使用した場合には,アルミニウム片の腐食の結果が「○:わずかに光沢が落ちる」となっているので,比較例41の結果からは,「ニトロメタン」,「1,2-ブチレンオキサイド」の他に「1,3-ジオキソラン」を加えた「1-ブロモプロパン組成物」が必ずしも実施例19,37,38と同等の効果は奏しないことの根拠にはなる可能性があるとしても,比較例13で示される程度の効果すら奏さないことの根拠とはならない。
したがって,本件発明1の「安定化された溶媒組成物」とは,何らかの使用条件において「安定剤を添加しないものに対する金属腐食の遅延化」という効果をもたらすものであればよく,酸性ガスが発生しないことまでも要件とするものではないから,安定剤として,「ニトロメタン」,「1,2-ブチレンオキサイド」の他に「1,3-ジオキソランのみ」を加えた「1-ブロモプロパン組成物」(この組成物は1,4-ジオキサンを含まない。)が,反復実施してこのような効果を挙げることができる程度まで具体的・客観的に先願明細書に記載されていたといえる。

(ア-4)選択発明とはいえないことについて
併用することが可能な安定剤として,「1,3-ジオキソランを含んでいて1,4-ジオキサンを含まない」ものが,併用する安定剤を含まないものや1,3-ジオキソラン以外の安定剤を含むものと比べて顕著な効果を奏するか否かについて検討する。

(ア-4-1)1,3-ジオキソランを併用安定剤とする点について
請求人が提出した甲第23号証の実験及び被請求人が提出した平成24年5月30日付け上申書に記載される追試1は,臭化n-プロピル96.5重量%,ニトロメタン0.5重量%,1,2-ブチレンオキサイド0.5重量%をベースとし,これに1,3-ジオキソラン2.5重量%を含む溶剤組成物(本件発明1に相当する)と,1,3-ジオキソランに代え臭化n-プロピルを99.0重量%まで増加させた溶剤組成物(先願発明1に相当する),1,3-ジオキソランに代えチオシアン酸メチルを2.5重量%を含む溶剤組成物(先願発明1に相当する)の3種類について,本件明細書の実施例に記載されたものと同じ条件で実施されたものであり,いずれの実験も,すべての溶媒組成物とも24時間後において,アルミニウム合金(2024)の金属腐食が確認できないという結果が得られている。
してみると,本件明細書の実施例と同じ条件で比較すると,「1,3-ジオキソランを含んでいて1,4-ジオキサンを含まない」ものが,併用する安定剤を含まないものや1,3-ジオキソラン以外の安定剤を含むものと比べて顕著な効果を奏するということはできない。
これに関して,被請求人は追試2として,乙第28号証を提出し,試験片として,本件明細書の実施例の「アルミニウム合金(2024)」に代えて「アルミニウム合金ADC14」を用い,先願明細書の実施例に対応した溶剤組成物と本件明細書の実施例に合わせ溶媒組成物とを対比したところ,ニトロメタン,1,2-ブチレンオキサイドのほかに併用する安定剤として1,3-ジオキソランを含む溶媒組成物(本件発明1)は,併用する安定剤を含まない溶剤組成物(先願明細書の実施例19)や,チオシアン酸メチルを含む溶媒組成物(先願明細書の実施例37,38)よりも腐食開始時間が延びるという実験結果を示しているから,顕著な効果を奏すると主張している(平成24年5月30日付け上申書第5頁第17行?第9頁第4行)。
しかしながら,本件明細書には,試験片として「アルミニウム合金(2024)」を用いて本件発明1の溶媒組成物を24時間の沸騰条件で洗浄を行ったときに金属腐食が観察されないという結果しか記載されておらず,試験片として「アルミニウム合金ADC14」を用いた場合の金属腐食試験については記載がなく,本件発明1の効果として,本件発明1の溶媒組成物が安定剤を添加しない溶媒組成物に対して金属腐食の遅延化をもたらすという効果以上のものが記載されているとは認められない。
そして,本件明細書の実施例と同じ条件では,1,3-ジオキソランに代え臭化n-プロピルを99.0重量%まで増加させた溶剤組成物,1,3-ジオキソランに代えチオシアン酸メチルを2.5重量%を含む溶剤組成物とも,本件発明1の溶媒組成物と同様にアルミニウムの金属腐食が観察されないのに,別の試験片を使うと本件発明1の溶媒組成物は先願発明1の溶媒組成物よりも腐食時間の遅延化が得られるということを,本件明細書の記載から推認し得るとする技術常識も認められない。

さらにいえば,乙第28号証に示される実験結果をみると,目視で試験片が腐食が始まるまでの時間を「腐食開始時間」としているが,目視で腐食が始まった時点の試験片の状態について写真が載せられておらず,腐食開始時間のみが記載されている。また,乙第15号証,乙第16号証に示される実験結果をみても,同様に腐食が始まったとされる試験片の状態については写真で示されておらず,腐食開始時間のみが記載されているだけである。また,乙第16号証の腐食開始時間はチオシアン酸メチルの添加によってむしろ腐食時間が短くなる場合もあって不自然なものであり,腐食開始時間の測定の正確性について疑義を生じせしむるものであるから,これと同様の実験を行っている乙第28号証においても腐食開始時間の測定の正確性について疑義が残るものである。
その一方,請求人が提出した甲第24号証,甲第27号証の実験結果をみると,臭化n-プロピル,ニトロメタン,1,2-ブチレンオキサイドを含む溶媒組成物やさらに1,3-ジオキソラン,チオシアン酸メチルを含む溶媒組成物を140時間還流下に試験片を浸漬して腐食を確認しており,いずれの溶媒組成物の場合も,アルミニウム合金(2024)の試験片の写真が添付されており,腐食が発生していないことを示している。
そうすると,乙第15号証,乙第16号証,乙第28号証に示される実験結果についてはその正確性について疑義が残るところ,その一方で,甲第24号証,甲第27号証には,140時間という本件明細書の実施例の5倍もの長時間の還流を行ったとしても腐食遅延の効果に差がないことが明確に示されているのであるから,乙第15号証,乙第16号証,乙第28号証に示される実験結果をもって,本件発明1が先願明細書の実施例等の具体的開示があるものに対して顕著な効果を有しているとは認めることができない。

(ア-4-2)「1,4-ジオキサンを含まない」点について
本件発明1は,「1,4-ジオキサンを含まない」ことによる使用者への健康への懸念の解消という効果をも奏するが,甲第11号証には「1,4-ジオキサンのがん原性に着目し、指針において、現行の有機則の規定による措置以外に、1,4-ジオキサンを含有するものを製造し、又取り扱う業務全般を対象として、労働者の健康障害を防止するために講ずべき措置を定めることとした」と記載され(摘記11-b参照),このことは,指針として「事業者及び関係事業団体等に対して」「周知」が図られた(摘記11-a参照)といえるから,1,4-ジオキサンによる健康被害は当業者の技術常識であって,1,4-ジオキサンを含まないことによる効果は当業者にとって自明のものと認められる。

(ア-5)小括
よって,相違点(i)は実質的な相違とは認められない。

(イ)相違点(ii)の検討
併用する安定剤の量については,先願明細書に,その数値範囲が記載されていないものの,臭化n-プロピル100重量部,ニトロメタン0.2重量部,1,2-ブチレンオキシド0.5重量部,その他の安定成分として「チオシアン酸メチル」を,それぞれ0.01重量部,0.1重量部を用いた実施例37,38が記載されている(摘記1-g参照)。そうすると,「チオシアン酸メチル」以外の併用する安定剤であっても,この程度の量を用いることは当業者に明らかといえるから,この実施例に基づいて計算すると,臭化n-プロピルは溶媒組成物全体に対して「99.3重量%」,「99.2重量%」となり,「少なくとも90重量%含有」しているといえる。
また,先願発明1は,「1-ブロモプロパン100重量部、ニトロメタン0.1?1重量部及び1,2-ブチレンオキサイド0.1?1重量部を含有することを特徴とする安定化された1-ブロモプロパン組成物」であり,技術常識からして併用される安定化剤が必須とされるニトロメタンや1,2-ブチレンオキサイドとかけ離れた配合量では含まれることはないと解されるから,併用される安定化剤の量は1重量部を上限として含まれるものと解され,これによれば,臭化n-プロピルは97.1%以上となるから,この点からも「少なくとも90重量%含有する」といえる。
したがって,相違点(ii)は実質的な相違ではない。

ウ まとめ
よって,本件発明1は先願発明1と同一と認められる。

(4-2)本件発明2,3,5について
本件発明2は,本件発明1において,「ニトロアルカン」が「ニトロメタン、ニトロエタンまたはそれらの混合物」に限定されたものであるが,先願発明1は安定剤として「ニトロメタン」を用いているから,この点は新たな相違点とはならない。
本件発明3は,本件発明1において,「ニトロアルカン」が「ニトロメタン」に限定されたものであるが,先願発明1は安定剤として「ニトロメタン」を用いているから,この点は新たな相違点とはならない。
本件発明5は,本件発明1において,「臭化n-プロピルを少なくとも90重量%含有する」が「臭化n-プロピルを94から98重量%含有する」と限定されたものである。
上記(4-1)イ(イ)で検討したように,臭化n-プロピルは97.1重量%以上含み得るといえるから,臭化n-プロピルの含有量が重複し,この限定も新たな相違点とはならない。
よって,本件発明2,3,5も先願発明1と同一と認められる。

(4-3)本件発明6,8について
ア 対比
本件発明6は,本件発明1において,「ニトロアルカン、1,2ブチレンオキサイドおよび1,3-ジオキソランを含んでいて1,4-ジオキサンを含まない」が「ニトロアルカンを0.045から1.0重量%、1,2-ブチレンオキサイドを0.045から1.0重量%、1,3-ジオキソランを2.0-6.0重量%含む」と限定されたものである。
そうすると,本件発明6は先願発明1とは,上記相違点(i),(ii)に加えて,さらに以下の点で相違する。
(iii)本件発明6は,「ニトロアルカンを0.045から1.0重量%、1,2-ブチレンオキサイドを0.045から1.0重量%、1,3-ジオキソランを2.0-6.0重量%含む」のに対して,先願発明1は,「1-ブロモメタン100重量部に対してニトロメタン0.1?1.0重量部、1,2-ブチレン0.1?1.0重量部を含み」,さらに添加する併用できる安定剤の含有量が明確でない点。

イ 相違点の検討
先願明細書には,比較例13(優先権明細書の比較例10)として,1,3-ジオキソランを3.0重量%添加したものが記載されてはいる(摘記1-f参照)が,これは単独の安定剤として添加した場合の量であって,必須成分であるニトロメタン,1,2-ブチレンオキサイドとともに併用可能な安定剤として用いたものではない。先願明細書には,併用可能な安定剤の添加量をどの程度にするか記載はないが,具体例である実施例37,38(優先権明細書の実施例11,12)においては,0.01重量部,0.1重量部であり,先願発明1では必須の安定剤成分であるニトロメタン,1,2-ブチレンオキサイドの上限値がそれぞれ1.0重量部である(先願明細書には,ニトロメタン、1,2-ブチレンオキサイドの上限が5.0重量%とすることが記載されている(【請求項1】,【0014】参照)が,このことは優先権明細書には記載されていない)ことからすれば,併用可能な安定剤成分も必須成分の上限である1.0重量%を超えて含まれるとは考えにくく,併用可能な安定剤として「1,3-ジオキソラン」を含む場合においても,3.0重量%含むことまで記載されていたとはいえない。
してみると,上記相違点(iii)は実質的な相違といえる。

ウ まとめ
よって,本件発明6は先願発明1と同一ということはできない。
また,本件発明8は本件発明6を引用し,本件発明6の発明特定事項をすべて含むものであるから,同様に先願発明1と同一であるということはできない。

(4-4)本件発明9について
ア 対比
本件発明9と先願発明2とを対比する。
先願発明2における「常温洗浄」とは,溶剤組成物と物品を接触させて常温で洗浄させることを意味し,接触は洗浄対象の物品を洗浄溶剤中に浸漬することになり,「常温」は「室温」と同義であるから,先願発明2の「常温洗浄する方法」は,本件発明9の「物品を洗浄する方法であって、室温から55℃の範囲内の温度の溶媒組成物に該物品を浸漬することを含む方法」に相当する。
そうすると,本件発明9と先願発明2とは,
「物品を洗浄する方法であって、臭化n-プロピルを含有する溶媒部分とニトロアルカン、1,2-ブチレンオキサイドを含む安定剤系部分を含む室温から55℃の範囲内の温度の溶媒組成物に該物品を浸漬することを含む方法」である点で一致し,以下の2点で一応相違する。
(iv)「安定剤系部分」として,前者が「1,3-ジオキソランを含んでいて1,4-ジオキサンを含まない」のに対して,後者が「1,4ジオキサン、1,3-ジオキソラン、1,3,5-トリオキサン等の環状エーテル類、1,2-ジメトキシエタン等の鎖状エーテル、イソプロパノール、tert-ブチルアルコール、tert-アミルアルコール等の飽和アルコール類、2-メチル-3-ブチン-2-オール等の不飽和アルコール類、フェノール、チモール、2,6-ジ-tert-ブチル-p-クレゾール、カテコール等のフェノール類、チオシアン酸メチル、チオシアン酸エチル等のチオシアン酸エステル類から選ばれる安定剤を含むことが可能である」点
(v)前者は「臭化n-プロピルを少なくとも90重量%含有する」のに対して,後者は「1-ブロモプロパン100重量部、ニトロメタン0.1?1重量部及び1,2-ブチレンオキサイド0.1?1.0重量部を含有」し,その他の安定剤の含有量が明確でない点

イ 相違点の検討
上記相違点(iv),(v)は,上記(4-1)アで述べた,本件発明1と先願発明1との相違点(i),(ii)とそれぞれ同じものである。
そうすると,上記(4-1)イ(ア),(イ)で述べたとおり,これらの相違点は,実質的な相違ではない。

ウ まとめ
よって,本件発明9は先願発明2と同一と認められる。

(4-5)本件発明10について
ア 対比
本件発明10と先願発明2とを対比する。
先願発明2の「蒸気洗浄」とは,「三角フラスコに入れ」,「この三角フラスコの上部に還流冷却器を取り付けて油浴上で沸騰温度まで加熱し、還流しながら試験片を気液両相に接触させる。」(摘記1-g参照)と記載されるように,沸騰した溶媒組成物から出る蒸気に物品がさらされて洗浄することを意味するから,本件発明10の「物品を洗浄する方法であって、溶媒組成物の沸騰体から発散して来る蒸気に該物品をさらすことを含む方法」に相当する。
そうすると,本件発明10と先願発明2とは,
「物品を洗浄する方法であって、臭化n-プロピルを含有する溶媒部分とニトロアルカン、1,2-ブチレンオキサイドを含む安定剤系部分を含む溶媒組成物の沸騰体から発散して来る蒸気に該物品をさらすことを含む方法」である点で一致し,以下の2点で一応相違する。
(vi)「安定剤系部分」として,前者が「1,3-ジオキソランを含んでいて1,4-ジオキサンを含まない」のに対して,後者が「1,4ジオキサン、1,3-ジオキソラン、1,3,5-トリオキサン等の環状エーテル類、1,2-ジメトキシエタン等の鎖状エーテル、イソプロパノール、tert-ブチルアルコール、tert-アミルアルコール等の飽和アルコール類、2-メチル-3-ブチン-2-オール等の不飽和アルコール類、フェノール、チモール、2,6-ジ-tert-ブチル-p-クレゾール、カテコール等のフェノール類、チオシアン酸メチル、チオシアン酸エチル等のチオシアン酸エステル類から選ばれる安定剤を含むことが可能である」点
(vii)前者は「臭化n-プロピルを少なくとも90重量%含有する」のに対して,後者は「1-ブロモプロパン100重量部、ニトロメタン0.1?1重量部及び1,2-ブチレンオキサイド0.1?1.0重量部を含有」し,その他の安定剤の含有量が明確でない点

イ 相違点の検討
上記相違点(vi),(vii)も,上記(4-1)アで述べた,本件発明1と先願発明1との相違点(i),(ii)とそれぞれ同じものである。
そうすると,上記(4-1)イ(ア),(イ)で述べたとおり,これらの相違点は,実質的な相違ではない。

ウ まとめ
よって,本件発明10は先願発明2と同一と認められる。

(5)被請求人の主張について
ア 被請求人の主張の要点
被請求人は,無効理由1に関して,答弁書,口頭審理陳述要領書,平成24年5月30日付け上申書において,要約すると,以下の主張をしている。

(ア)先願明細書には,「臭化n-プロピル、ニトロメタン、1,2-ブチレンオキサイド及び1,3-ジオキソランを含む」組成物を開示していない。
すなわち,先願明細書【0015】には,単に,先願明細書記載の発明に係る安定剤を他の種々の安定剤と併用することも「可能である」と記載しているにすぎず,また,段落【0015】には漠然とした上位概念が記載されており,それらに包含される具体的な化合物は合計するとおそらく数百にも達するが,1,3-ジオキソランはその中にたまたま記載されているものに過ぎず,その含量も特定されていないし,そのような数百もの化合物の1つとして本件発明の重要な成分が記載されているにすぎないような先願明細書については,法律問題として,本件発明と同一である発明が開示されているというには不十分である。
完成された発明というためには,化学技術に関する発明については,効果を確認するための実験結果の裏付けが必要とされるが,具体的な裏付けがあるのは,併用可能な安定剤として「チオシアン酸メチル」を用いたものだけで,それ以外の安定剤については完成された発明とはいえない。
先願明細書の請求項3の記載の内容を比較例13と恣意的に組み合わせて,自己に都合のよい発明を作り上げることは許されない。
(答弁書第8頁第17行?第13頁第15行,口頭審理陳述要領書第3頁第24行?第4頁第2行,第4頁第22行?第5頁第21行,第6頁第25行?第11頁第24行,第12頁第5行?第13頁第26行,第14頁第12行?第15頁第13行参照)

(イ)先願明細書は,「1,4-ジオキサンを含まない」組成物を開示していない。
先願発明1には,「1,3-ジオキソランを含んでいて1,4-ジオキサンを含まない」ものも,その一態様として含んでいるというのは,恣意的な解釈である。
先願明細書は,「1,4-ジオキサンを含まない」という技術思想を開示していないし,1,4-ジオキサンが使用者の健康上の点で望ましくないことに言及してない。平成22年(行ケ)第10245号判決からみても,先願明細書には「1,4-ジオキサンを含まない」との技術思想が開示されておらず,1,4-ジオキサンの忌避について何ら示唆されていない以上,先願明細書は,本件発明1を開示していない。
(答弁書第13頁第16行?第14頁第1行,口頭審理陳述要領書第3頁第4?23行,第13頁第27行?第14頁第11行,平成24年5月30日付け上申書第15頁第5行?第17頁第6行参照)

(ウ)先願明細書の比較例13は酸性ガスの生成する不十分な安定化効果しか示さないので,1,3-ジオキソランを併用する安定剤として用いても,実施例37,38と同等の十分な安定化効果を得られるかは予測ができない。
(口頭審理陳述要領書第15頁第14行?第20頁第29行)

(エ)先願明細書は,「臭化n-プロピルを少なくとも90重量%含有する溶媒部分」を開示しない。
先願明細書の実施例37,38に基づいて,成分配合量の根拠とすることは適切ではない。
(答弁書第16頁第9?20行,口頭審理陳述要領書第4頁第11?20行)

(オ)本件発明には先願発明1に対する優れた効果がある。
すなわち,乙第15号証,乙第16号証,乙第28号証の実験結果からみて,ニトロアルカン及び1,2-ブチレンオキサイドを含む臭化n-プロピルの溶媒組成物へ1,3-ジオキソランの添加することが,1,3-ジオキソランの添加しない場合やチオシアン酸メチルを添加するよりも,高い安定化効果を発揮することは明らかである。実施例と違う条件の効果の参酌は平成21年(行ケ)第10238号判決でも認められている。
本件明細書の実施例と同1条件において,ニトロアルカン及び1,2-ブチレンオキサイドを含む臭化n-プロピル組成物に1,3-ジオキソランの添加したもの(実施例)も,1,3-ジオキソランの添加しないもの(比較例1)もチオシアン酸メチルを添加したもの(比較例2)も,すべて金属の腐食が観察されなかったという実験結果は,実施例,比較例1,2の安定効果の優劣について何も示さず,実施例に係る安定剤の組み合わせの効果は、比較例1,2に係る安定化剤の組み合わせの効果以上であることがいえる。
また,本件発明は,1,4-ジオキサンを含まないことで使用者の健康上の問題の回避という優れた効果を有する。先願明細書等からみて,1,4-ジオキサンを安定剤として回避すべきことは周知ではない。
先願明細書の比較例13では,金属腐食により酸性ガスが発生するので,最終的には金属を腐食するはずであり,比較例13において金属の腐食が観察されないという実験結果は信憑性がない。
(口頭審理陳述要領書第20頁末行?第24頁第10行,平成24年5月30日付け上申書第3頁第22行?第13頁第23行)

イ 検討
被請求人の主張について検討する。
(ア)主張(ア),(イ)について
先願明細書に,併用可能な安定剤が,たとえ何百もの組み合わせとして示されていたとしても,その中において,その併用可能な安定剤が目的とする効果を挙げる程度に客観的・具体的に記載されている(完成発明)のであればよいのであって,例示される選択肢の多寡と完成発明の成立とは関係がない。
そして,上記(4)(4-1)イ(ア)(ア-1)?(ア-3)で述べたように,先願明細書には,「臭化n-プロピル」溶媒に安定剤として「ニトロメタン、1,2-ブチレンオキサイド及び1,3-ジオキソランを含む」と同時に「1,4-ジオキサンを含まない」との事項が完成された発明として記載されていたといえる。
なお,被請求人が引用する平成22年(行ケ)第10245号判決(乙第32号証)は,引用刊行物の実施例において「MIT(2-メチルイソチアゾリン-3-オン)及びBIT(1,2-ベンゾイソチアゾリン-3-オン)」の組み合わせのみからなる組成物が示される一方,「CMIT(5-クロロ-2-メチルイソチアゾリン-3-オン)」の使用について示されるものの「CMITを含まない」という技術思想や技術的意味について開示されていない場合に,「CMITを含まない」との発明特定事項は引用刊行物に記載されていたとはいえないとして,新規性が認められた事案である。
しかしながら,この事案においては,「CMITを含まない」という技術思想や技術的意味について引用刊行物に記載されていないことのみで新規性が認められたわけではなく,出願日(優先日)当時「CMITとMIT」が混合したものしか市販されておらず,引用刊行物に実施例として記載された「MIT」が純粋な「MIT」であるかは明確でなく,「CMIT」を含み得るものであったことなどが総合的に考慮された結果としてこのように判断されたものと認められる(判決第33頁第15行?第34頁第25行)。
一方,先願明細書には,実施例として,明らかに1,4-ジオキサンを含まない,「ニトロメタン」,「1,2-ブチレンオキサイド」,「チオシアン酸メチル」のみを含む安定剤が記載され,また,先願明細書には,併用する安定剤の成分として,「1,4-ジオキサン」も「1,3-ジオキソラン」,「チオシアン酸メチル」などの選択肢と並んで記載されてはいるものの,「1,4-ジオキサン」が安定剤として必須成分又は不可避の成分として含まれるものでないことは先願明細書の記載や技術常識からも明らかであるから,併用可能な安定剤として,「1,3-ジオキソラン」のみを用いる場合も先願明細書に記載されていたといえ,この場合においては,「1,4-ジオキサンを含まない」との発明特定事項も同時に充足する。
さらにいえば,「1,4-ジオキサン」が健康に被害を与えることは,先願明細書には記載がないが,上記(4)(4-1)イ(ア)(ア-4-2)でも述べたように,甲第11号証の記載からして当業者の技術常識であったといえ,「1,4-ジオキサンを含まない」ことの技術的意味について先願明細書に記載がなかったとしても,その技術的意味は当業者が当然に認識できていたものといえる。
してみると,本件と上記判決の事例とは,事情を異にし,この判決を本件に適用できないことは明らかであるから,被請求人の主張は採用できない。

(イ)主張(ウ)について
上記(4)(4-1)イ(ア)(ア-3)で述べたように,比較例13は,酸性ガスの生成する不十分な安定化効果しか示さないとしても,本件発明と同様,安定剤を含まないものに対して金属腐食を遅延化させる効果は示しているのであるから,本件発明で得られる効果と変わりがない。
よって,被請求人の主張は採用できない。

(ウ)主張(エ)について
上記(4)(4-1)イ(イ)で述べたように,先願明細書の実施例37,38のチオシアン酸メチルは,併用する安定剤として用いられたものであるから,その添加量を同じ併用可能な安定剤でる「1,3-ジオキソラン」の配合比算定の根拠とすることに何の不都合もなく,さらに,先願明細書の他の記載や技術常識を参酌しても,「臭化n-プロピルを少なくとも90重量%含有する」との発明特定事項が満たされることは十分理解できる。
よって,被請求人の主張は採用できない。

(エ)主張(オ)について
上記(4)(4-1)イ(ア)(ア-4-1)で述べたように,乙第15号証,乙第16号証,乙第28号証で示された結果は,本件明細書から推認できる範囲のものではない。
被請求人が引用する平成21年(行ケ)第10238号(乙第29号証)では,「当初明細書に「発明の効果」に関し,何らの記載がない場合はさておき,当業者において「発明の効果」を認識できる程度の記載がある場合や,これを推論できる記載がある場合には,記載の範囲を超えない限り、出願後に補充した実験効果等を参酌することは許されるべき」と判示されているのであって,当初明細書の記載から推認できないような効果まで,参酌が許されるべきものでないことは当然である。仮に,乙第28号証等に示す実験結果が記載された明細書と,その特定の使用条件を規定して本件発明1の溶剤組成物の用途発明をクレームとする出願がこの後なされた場合には,本件発明1の存在があっても,選択発明として認められる余地があるところ,本件において,乙第28号証の実験データを参酌すると,このような用途発明も本件発明1は含むこととなり,後願発明が選択発明として認められなくなるから,先願主義における第三者との公平性の観点からみても,本件明細書の記載からは推認し得ない乙第28号証等に示される実験データを参酌することは認められるべきではない。
また,平成24年5月30日付け上申書で示した追試1の条件で,すべて金属の腐食が観察されなかったという実験結果は,追試1の実施例,比較例1,2の安定効果の優劣について何も示さないというだけで,実施例に係る安定剤の組み合わせの効果は,比較例1,2に係る安定化剤の組み合わせよりも悪い場合もあり得るのであるから,本件発明が先願発明に対して顕著な効果を奏する根拠とはならない。
さらに,「1,4-ジオキサンを含まない」ことの効果は,上記(4)(4-1)イ(ア)(ア-4-2)で述べたとおりであり,また,先願明細書の比較例13は,少なくとも,本件発明と同様,安定剤を含まないものに対して金属腐食を遅延化させる効果は示している点において誤りはない。

(5)小括
以上のとおりであるから,本件発明1?3,5,9,10は,先願発明1又は2と同一であり,また,本件特許に係る発明の発明者が先願に係る発明の発明者と同一の者ではなく,本件特許の特許出願時にその出願人と先願の出願人が同一の者でもないから,本件発明1?3,5,9,10の特許は特許法第29条の2の規定に違反してされたものである。

5 無効理由2(特許法第29条第2項)
(1)刊行物の記載事項
ア 甲第3号証の記載事項
本件特許の優先日前に頒布された特開平6-220494号公報(甲第3号証)には以下の事項が記載されている。
(3-a)「【請求項1】 n-臭化プロピル及び/又はイソ臭化プロピルを含有することを特徴とする洗浄用溶剤組成物。
【請求項2】 ニトロアルカン類、エーテル類、エポキシド類及びアミン類からなる群から選ばれる少なくとも1種の安定剤を含有する請求項1記載の洗浄用溶剤組成物。」
(3-b)「【0004】
【課題を解決するための手段】本発明者らは、臭化炭化水素について種々検討した結果、n-臭化プロピル及びイソ臭化プロピルは難燃性であり、各種油類に対する溶解力が非常に大きく、かつ優れた脱脂洗浄性を有していることを見いだした。又、これらの溶剤だけでは、金属、特にアルミニウムまたはその合金との反応性が非常に大きいという欠点があり、この反応は常温においても起るが、特に蒸気洗浄のために温度を上げると顕著となり10?20分の短時間の内にアルミニウムと反応し黒褐色のタールまたは炭化物となり、アルミニウムも激しく腐食され、完全に溶解するとの問題を見いだした。しかしながら、蒸気洗浄を行なっても長期間安定に作業可能な安定剤について種々研究を重ねた結果、特定の安定剤を添加すると金属との反応性を大幅に改良できるとの知見を得た。本発明は、このような知見に基づいてなされたのである。すなわち、本発明は、n-臭化プロピル及び/又はイソ臭化プロピルを含有することを特徴とする洗浄用溶剤組成物を提供する。本発明は、又、この洗浄用溶剤組成物に、ニトロアルカン類、エーテル類、エポキシド類及びアミン類からなる群から選ばれる少なくとも1種の安定剤を含有させた安定な洗浄用溶剤組成物を提供する。
【0005】本発明において使用するニトロアルカン類としては、ニトロメタン、ニトロエタン、1-ニトロプロパン、2-ニトロプロパン、ニトロベンゼンなどの一種又は二種以上の混合物があげられる。エーテル類として1,2-ジメトキシエタン、1,4-ジオキサン、ジエチルエーテル、ジイソプロピルエーテル、シブチルエーテル、トリオキサン、メチルセロソルブ、エチルセロソルブ、イソプロピルセロソルブ、アセタール、アセトンジメチルアセタール、γ-ブチロラクトン、メチル第三ブチルエーテル、テトラヒドロフラン、N-メチルピロールなどの一種又は二種以上の混合物があげられる。エポキシド類としては、エピクロヒドリン、プロピレンオキシド、ブチレンオキシド、シクロヘキセンオキシド、グリシジルメチルエーテル、グリシジルメタクレート、ペンテンオキシド、シクロペンテンオキシド、シクロヘキセンオキシドなどの一種又は二種以上の混合物があげられる。アミン類としては、ヘキシルアミン、オクチルアミン、2-エチルヘキシルアミン、ドデシルアミン、エチルブチルアミン、ヘキシルメチルアミン、ブチルオクチルアミン、ジブチルアミン、オクタデシルメチルアミン、トリエチルアミン、トリブチルアミン、ジエチルオクチルアミン、テトラデシルジメチルアミン、ジイソブチルアミン、ジイソプロピルアミン、ペンチルアミン、N-メチルモルホリン、イソプロピルアミン、シクロヘキシルアミン、ブチルアミン、イソブチルアミン、ジプロピルアミン、2,2,2,6-テトラメチルピペリジン、N,N-ジアリル-P-フェニレンジアミン、ジアリルアミン、アニリン、エチレンジアミン、プロピレンジアミン、ジエチレントリアミン、テトラエチレンペンタミン、ベンジルアミン、ジベンジルアミン、ジフェニルアミン、ジエチルヒドロキシアミンなどの一種又は二種以上の混合物があげられる。」
(3-c)「【0006】本発明では、上記安定剤の外に、塩素系炭化水素の安定剤と使用されるフェノール、O-クレゾールなどのフェノール類、モノエタノールアミン、ジエタノールアミン、トリエタノールアミンなどのアミノアルコール、メチルブチノール、メチルペンチノール、プロパギルアルコールなどのアセチレン系アルコール、ベンゾトリアゾール、(2-ヒドロキシフェニル)ベンゾトリアゾール、クロロベンゾトリアゾールなどのトリアゾール類を補助安定剤として使用することもできる。n-臭化プロピル、イソ臭化プロピルの安定化に必要な安定剤の添加量およびその割合は、被洗浄物の材質に付着している油の種類や洗浄方法などの使用条件によって異なり、かなり広い範囲にわたって変えることができるが、n-臭化プロピルやイソ臭化プロピルの全重量に対して0.1?15重量%の範囲で使用するのが好ましく、より好ましくは0.5?10重量%である。つまり、0.1%以下では安定化効果が低下する傾向があり、一方、15%以上添加するのは経済的でないからである。上記安定剤は、単独で使用しても効果はあるが、2種、3種又はそれ以上と併用して使用してもよく、その添加量はトータルで0.1?15%の範囲にするのが好ましい。」
(3-d)「【0008】
【実施例】
実施例1
表-1に示す洗浄用溶剤組成物を調製し、JIS-K1600に記載の方法に従い、洗浄用溶剤組成物の液相部及び気相部の各々にアルミニウム片(JIS-H-4000、A1100P)を配置し、48時間後の金属片の腐食状況を観察し、次の基準で評価した。
腐食状況評価基準
○ 変化なし
× 腐食あり
得られた結果を、比較例の結果とともに表-1に示す。尚、表中、n-プロピルブロマイドは、nPB、イソプロピルブロマイドは、IPBで示し、かつ配合量を( )内に重量比として示した。
【0009】また脱脂洗浄力を以下の方法で測定した。
脱脂洗浄力試験
予じめ清浄したSPCC軟鋼板(50×100×0.3mm) にプレス油(商品名日本工作油#640)を塗布、室内放置3日経過したものを試験片とした(油付着量200?300mg/dm^(2))。この試験片を供試液に、室温で2分浸漬させた後乾燥し、重量法により残存油分量を測定した。トリクロロエタンと同等の2mg/dm^(2) 以下を脱脂洗浄力良好とした。
残存油分量 2mg/dm^(2 )以上 ×
残存油分量 2mg/dm^(2) 以下 ○
【0010】
【表1】 表-1
腐食 脱脂
No. 洗浄用溶剤組成物 状況 洗浄力
1 nPB(99.5)/ニトロメタン(0.5) ○ ○
2 IPB(99)/ニトロメタン(1) ○ ○
3 nPB(95)/1,2 ジメトキシエタン(5) ○ ○
4 IPB(97)/エピクロヒドリン(3) ○ ○
5 nPB(95)/ジイソプロピルアミン(5) ○ ○
6 IPB(97)/ニトロメタン(2)/フェノール(1) ○ ○
7 nPB(97)/ニトロメタン(2)/トリエタノールアミン(1) ○ ○
8 IPB(97)/ニトロメタン(2)/メチルブチノール(1) ○ ○
9 IPB(97)/ニトロメタン(2)/ベンゾトリアゾール(1) ○ ○
10 nPB(97)/ニトロメタン(2)/1,2 ジメトキシエタン(1) ○ ○
11 IPB(97)/ニトロメタン(2)/ジイソプロピルアミン(1) ○ ○
13 nPB(100) × ○
14 IPB(100) × ○」

イ 甲第4号証の記載事項
本件特許の優先日前に頒布された米国特許第5403507号明細書(甲第4号証)には以下の事項が記載されている。なお,翻訳は請求人による抄訳である。
(4-a)「This invention relates to a method for cleaning articles
by vapor degreasing; and more particularly to a method of removing
organic materials from metallic and electrical materials with a
solvent employing various blends including dibromomethane and
appropriate stabilizers.」(第1欄第9?14行)
「この発明は、蒸気脱脂による物品を洗浄する方法に関し:そして、より具体的には、ジブロモメタン及び適切な安定剤を含有する様々なブレンドを用いた溶媒で、金属及び電子材料から有機材料を除去する方法に関する。」
(4-b)「It has been found that dibromomethane can be stabilized
with a mixture of three low boiling solvents to prevent it from
turning acidic and releasing free bromine into the air. The
solvents are nitromethane, 1,2 butylene oxide and 1,3, dioxolane.
It was also discovered that excessive pitting and corrosion
would appear on metals placed into the vapor layer unless
appropriate stabilizers as indicated have been added. It has been
determined that the appropriate ratio of the stabilizers is
approximately 0.5% nitromethane, 0.5% of 1,2 butylene oxide and
3-4% 1,3 dioxolane.」(第3欄第19?29行)
「ジブロモメタンは、それを酸性に変えること及びフリーの臭素を空気に放出することを妨げる3つの低沸点溶媒の混合物で安定化されることを見出した。溶媒は、ニトロメタン、1,2-ブチレンオキシド及び1,3-ジオキソランである。過剰な穴あき及び腐食が現れることも見出した。安定剤の適切な比は、おおよそニトロメタン0.5%、1,2-ブチレンオキシド0.5%及び1,3-ジオキソラン3?4%であることが決定している。」

ウ 甲第5号証の記載事項
本件特許の優先日前に頒布された特開平7-292393号公報(甲第5号証)には以下の事項が記載されている。
(5-a)「【特許請求の範囲】
【請求項1】炭素数4以下、沸点100℃以下のハロゲン系溶剤と防錆剤0.1?15重量%から成ることを特徴とする洗浄剤。
【請求項2】炭素数4以下、沸点100℃以下のハロゲン系溶剤と防錆剤0.1?15重量%、および沸点350℃以下で引火性のある有機溶剤5?40重量%から成ることを特徴とする洗浄剤。
【請求項3】 前記ハロゲン系溶剤は、イソプロピルブロマイド、n-プロピルブロマイド、メチレンブロマイド、ブロモクロロメタン、n-ブチルブロマイド、イソブチルブロマイド、secブチルブロマイド、tertブチルブロマイド、tertブチルクロライドであり、これらの溶剤を1種または2種以上混合したものであることを特徴とする請求項1乃至2記載の洗浄剤。」
(5-b)「【0001】
【産業上の利用分野】本発明は、洗浄剤、特に電子機器に用いるプリント基板や電子部品、或は精密機械部品等を洗浄するのに適した洗浄剤に関する。」
(5-c)「【0007】
【課題を解決するための手段】ハロゲン系溶剤は松脂や油を大変よく溶解するが、アルミニウムやマグネシュウムのような活性な金属に対しては、反応して金属を侵してしまうという問題がある。しかしながら、本発明者は、このハロゲン系溶剤に或る種の抑制剤を添加すると、活性金属に対する反応性がなくなること、またハロゲン系溶剤に沸点が350℃以下で引火性のある有機溶剤を添加すると、洗浄性がさらに向上することを見い出し本発明を完成させた。」
(5-d)「【0011】引火点のないハロゲン系溶剤としては、イソプロピルブロマイド、n-プロピルブロマイド、メチレンジブロマイド、メチレンブロマイド、ブロモクロロメタン等がある。これらのハロゲン系溶剤は、比較的安価であり、引火点がなく、かえって自己消火性を有している。またこれらの溶剤は室温で使用する分には、ほとんど毒性がないばかりか、一般に使用される樹脂類を侵すようなこともないものであり、現在は規制対象外の溶剤である。」
(5-e)「【0015】防錆剤は、活性金属との反応を抑制するために添加するものであり、本発明に使用する防錆剤としては、油溶性防錆剤、乾燥性防錆剤、溶剤希釈型防錆剤、防錆潤滑剤、乳化性防錆剤等がある。」

エ 乙第20号証の記載事項
本件特許の優先日前に頒布された米国特許第4016215号明細書(乙第20号証)には以下の事項が記載されている。なお,翻訳は被請求人による抄訳である。
(20’-a)「It is well recognized in the art, however, that good
stabilization of one type of halogenated hydrocarbon is no
indication of successful stabilization against other halogenated
hydrocarbons, since the nature and degree of the decomposition
reaction is greatly different for each of the different halogenated
hydrocarabons.」(第1欄第58?64行)
「但し、分解反応の性質及び程度はそれぞれハロゲン化炭化水素によって大きく異なることから、ある種類のハロゲン化炭化水素に対して優れた安定化が現れたとしても、他のハロゲン化炭化水素に対しても上手く安定化効果が現れるものではないことは本技術分野ではよく知られている。」

オ 乙第23号証の記載事項
本件特許の優先日前に頒布された米国特許第3657120号明細書(乙第23号証)には以下の事項が記載されている。なお,翻訳は被請求人による抄訳である。
(23’-a)「Chlorinated hydrocarbons have been stabilized
heretofore with a binary combination of polyhydroxy alchols e.g.
1,2-benzenediol) and epoxy compounds. Another stabilization system
for chlorinated hydrocarbons such as perchlorethylene and
trichloroethylene, makes use of a combination of an oxime, an
epoxide and a dialkylhydrazone.」(第1欄第24?30行)
「塩素化炭化水素はこれまで、多価アルコール(例えば、1,2-ベンゼンジオール)とエポキシ化合物の2つの組み合わせにより安定化されている。ペルクロロエチレン、トリクロロエチレン等の他の塩素化炭化水素安定化システムは、オキシム、エポキシド及びジアルキルヒドラゾンの組み合わせを利用する。」
(23’-b)「It has not, however, been possible heretofore to
stabilize bromine-containng hydrocarbons (bromocarbons) and
hydrocarbons containing both bromine and chlorine
(bromochlorocarbons) with stabilization systems of the
aforedescribed type. This disadvantage is particularly acute
because of the fact that bromocarbons and bromochlorocarbons have
been found to be better fire-extinguishing substances than the
chlorinated hydrocarbons described earlier and thus are most
desirable for use in fire extinguishers which must be stored for
long periods of time.」(第1欄第45?55行)
「しかし、これまで、前記種類の安定化システムにより臭素含有炭化水素(ブロモカーボン)及び臭素塩素含有炭化水素(ブロモクロロカーボン)を安定する(審決注:「安定化する」の誤記と認められる。)ことは不可能であった。ブロモカーボンとブロモクロロカーボンが前述の塩素化炭化水素よりも優れた消火作用をもつ物質であることが判明しているため、このデメリットは特に深刻である。」

(2)甲第3号証に記載された発明(引用発明3)
甲第3号証には,「n-臭化プロピル及び/又はイソ臭化プロピルを含有することを特徴とする洗浄用溶剤組成物」であって,「ニトロアルカン類、エーテル類、エポキシド類及びアミン類からなる群から選ばれる少なくとも1種の安定剤を含有する」ものが記載されている(摘記3-a参照)。
また,甲第3号証には,「本発明では、上記安定剤の外に、塩素系炭化水素の安定剤と使用される・・・トリエタノールアミンなどのアミノアルコール・・・を補助安定剤として使用することもできる。」と記載されている(摘記3-c参照)。
そうすると,甲第3号証には,
「n-臭化プロピル及び/又はイソ臭化プロピルを含有することを特徴とする洗浄用溶剤組成物であって、ニトロアルカン類、エーテル類、エポキシド類及びアミン類からなる群から選ばれる少なくとも1種の安定剤を含有し、塩素系炭化水素の安定剤として使用される補助安定剤を含有してもよい洗浄用溶剤組成物」の発明(以下,「引用発明3」という。)が記載されているといえる。

(3)対比・判断
(3-1)本件発明1について
ア 対比
本件発明1と引用発明3とを対比する。
両者は,「安定化された溶媒組成物であって、臭化n-プロピルを含有する溶媒部分と安定剤系部分を含む溶媒組成物」である点で一致し,以下の2点で相違する。
(i’)「安定剤系部分」として,前者が「ニトロアルカン、1,2-ブチレンオキサイドおよび1,3-ジオキソランを含んでいて1,4-ジオキサンを含まない」のに対して,後者が「ニトロアルカン類、エーテル類、エポキシド類及びアミン類からなる群から選ばれる少なくとも1種を含有し、塩素系炭化水素の安定剤として使用される補助安定剤を含んでもよい」点
(ii’)前者は「臭化n-プロピルを少なくとも90重量%含有する」のに対して,後者は「安定剤の添加量がn-臭化プロピルの全重量に対して、0.5?10重量%」である点

イ 相違点の検討
上記相違点(i’)について検討する。
甲第3号証には,安定剤の「ニトロアルカン類」,「エーテル類」として「1,4-ジオキサン」(摘記3-b参照),「エポキシド類」として「ブチレンオキシド」(摘記3-b参照)が記載されているので,引用発明3には,安定剤として「ニトロアルカン、1,4-ジオキサン及びブチレンオキシド」を含む実施態様が含まれているといえる。
なお,被請求人は,平成18年(行ケ)第10346号判決で,複数の特定の技術要素の組み合わせから構成される発明が刊行物に記載されているというためには,当該刊行物に当該特定の技術的要素を含む選択肢が存在することを示すだけでは足りず,それらの特定の技術的要素を選択して実際に組合せた発明が当該刊行物に具体的に記載されている必要があるとの判示があるから,上記のような態様は甲第3号証に記載されているとはいえないと主張する(答弁書第28頁第19?26行,口頭審理陳述要領書第25頁第12?29行,第27頁第10?第30頁第6行)。しかしながら,上記判決にそのような判示事項はないことは被請求人も認めるところであり(第1回口頭審理調書参照),被請求人の主張は失当である。
また,甲第3号証には,実施例として,「n-臭化プロピル」に安定剤として「ニトロメタン」,「トリエタノールアミン」(実施例7),「ニトロメタン」,「1,2ジメトキシエタン」(実施例10)を含有するものが記載されている(摘記3-d参照)ので,引用発明3には,安定剤として「ニトロメタン及びトリエタノールアミン」又は「ニトロメタン及び1,2ジメトキシエタン」を含む態様も含まれているといえる。

甲第4号証には,「蒸気脱脂による物品を洗浄する方法に関し:・・・ジブロモメタン及び適切な安定剤を含有する様々なブレンドを用いた溶媒で、金属及び電子材料から有機材料を除去する方法」(摘記4-a参照)において,「ジブロモメタンは・・・3つの低沸点溶媒の混合物で安定化されることを見出した。溶媒は、ニトロメタン、1,2-ブチレンオキシド及び1,3-ジオキソランである」と記載されている(摘記4-b参照)ので,甲第4号証において,ジブロモメタンを含む洗浄溶媒において,ニトロメタン,1,2-ブチレンオキサイド及び1,3-ジオキソランの3成分の安定剤を含有させて安定化することが記載されているといえる。
一方,甲第5号証には,「ハロゲン系溶剤は・・・アルミニウムやマグネシュウムのような活性な金属に対しては、反応して金属を侵してしまう問題点がある。しかしながら、本発明者は、このハロゲン系溶剤に或る種の抑制剤を添加すると、活性金属に対する反応性がなくなること・・・を見い出し本発明を完成させた。」(摘記5-b参照),「引火点がないハロゲン系溶剤としては、イソプロピルブロマイド、n-プロピルブロマイド、メチレンジブロマイド、メチレンブロマイド、ブロモクロロメタン等がある。」(摘記5-c参照)と記載されている。そして,「炭素数4以下、沸点100℃以下のハロゲン系溶剤と防錆剤0.1?15重量%からなることを特徴とする洗浄剤」(摘記5-a参照)で,「防錆剤は、活性金属との反応を抑制するために添加するものであり、本発明に使用する防錆剤としては、油溶性防錆剤、乾燥性防錆剤、溶剤希釈型防錆剤、防錆潤滑剤、乳化性防錆剤等がある。」(摘記5-e参照)との記載があるので,甲第5号証のこれらの記載からは,n-プロピルブロマイドとメチレンジブロマイド(甲第4号証の「ジブロモメタン」である。)などのハロゲン系溶剤と金属が反応してしまうことを防錆剤で抑制することが記載されているものと認められる。
そして,甲第5号証に記載されるハロゲン系溶剤と金属との反応を防ぐ「防錆剤」は本件発明1や引用発明3で意味する「安定剤」に相当するものであるが,この「防錆剤」に含まれる成分が何か記載されていないし,n-プロピルブロマイドとメチレンジブロマイドは同じハロゲン系溶剤ではあるものの,同じ安定剤で同様にハロゲン系溶剤と金属の反応を防ぐことができることについて示唆されているとは認められない。

そうすると,引用発明3に,安定剤として「ニトロアルカン、1,4-ジオキサン及びブチレンオキシド」を含む実施態様が含まれているとして,この安定剤をメチレンジブロマイドの安定剤として記載される甲第4号証の「ニトロアルカン、1,3-ジオキサン及び1,2-ブチレンオキサイド」に安定剤を置き換えたとしても,同様の安定化の効果を奏するとはいえないから,相違点(i)は当業者が容易になし得たことと認めることができない。
また,同様に,引用発明3の実施態様といえる,安定剤として「ニトロメタン及びトリエタノールアミン」又は「ニトロメタン及び1,2ジメトキシエタン」を含有するものを,甲第4号証に記載される安定剤として「ニトロアルカン、1,3-ジオキサン及び1,2-ブチレンオキサイド」を含むものとすることも,同様に当業者が容易になし得たことと認めることができない。

ウ まとめ
以上のとおりであるから,その余の相違点や効果について検討するまでもなく,本件発明1は甲第3?5号証に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものと認めることができない。

(3-2)本件発明2?10について
本件発明2?8は,いずれも本件発明1の発明特定事項をすべて含み,さらに限定したものであるから,本件発明1が甲第3?5号証に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものと認めることができない以上,本件発明2?8も同様に甲第3?5号証に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものと認めることができない。
また,本件発明9,10も,本件発明1と共通する発明特定事項である「臭化n-プロピルを少なくとも90重量%含有する溶媒部分とニトロアルカン、1,2-ブチレンオキサイドおよび1,3-ジオキソランを含んでいて1,4-ジオキサンを含まない安定剤系部分を含む溶媒組成物」を用いたもので,この発明特定事項は上記相違点(i’)を含むものであるから,本件発明9,10も上述の理由により甲第3?5号証に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものと認めることができない。

(4)請求人の主張
ア 請求人の主張の要点
請求人は,甲第5号証の記載から,金属腐食や安定化の機構はハロゲン系溶剤に特有な問題点として捉えることができ,n-プロピルブロマイドとメチレンジブロマイドが同じハロゲン系溶剤であるから,両者が金属との反応を抑制するにあたって両者は同列に扱え,甲第3号証に記載される「臭化n-プロピル」と甲第4号証に記載される「メチレンジブロマイド」とはオゾン層破壊係数の観点やカウリ-ブタノール値の観点から両者は共通するので,甲第4号証に開示されたジブロモメタンに適用された安定化剤を同様の洗浄用溶剤として適した臭化n-プロピルに適用する動機付けがあると述べている(審判請求書第30頁第27?34行,口頭審理陳述要領書第15頁第5行?第17頁第24行)。

イ 検討
請求人の主張のように,n-プロピルブロマイドとメチレンジブロマイドも,ハロゲン系溶剤と金属が反応してしまうことを安定剤で抑制することができるという点では共通するところがあるものの,同じハロゲン系溶剤でも種類が異なれば金属との反応性も異なることは,乙第20号証の「但し、分解反応の性質及び程度はそれぞれハロゲン化炭化水素によって大きく異なることから、ある種類のハロゲン化炭素に対してもうまく安定化効果が現れるものではないことは本技術分野ではよく知られている」(摘記20’-a参照)との記載,乙第23号証の「塩素化炭化水素はこれまで、多価アルコール(例えば、1,2-ベンゼンジオール)とエポキシ化合物の2つの組み合わせにより安定化されている。ペルクロロエチレン、トリクロロエチレン等の他の塩素化炭化水素安定化システムは、オキシム、エポキシド及びジアルキルヒドラゾンの組み合わせを利用する。」(摘記23’-a参照),「しかし,これまで、前記の種類の安定化システムにより臭素含有炭化水素(ブロモカーボン)及び臭素塩素含有炭化水素(ブロモクロロカーボン)を安定化することは不可能であった。」(摘記23’-b参照)との記載から明らかであって,甲第5号証の記載は,必ずしもn-プロピルブロマイドとメチレンジブロマイドが同じ安定剤により同様に安定化を生じさせることを意味するものではない。
また,オゾン層破壊係数の観点やカウリ-ブタノール値の観点から,n-プロピルブロマイドとメチレンジブロマイドが共通するところがあっても,同じ安定剤で同様に安定化させることを示唆するものではないから,甲第4号証に開示されたジブロモメタンに適用された安定剤を,臭化n-プロピルに適用する動機付けがあるということはできない。

(5)小括
以上のとおりであるから,本件発明1?10は甲第3?5号証に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものとは認められず,上記理由及び証拠によっては,本件発明1?10についての特許は特許法第29条第2項の規定に違反してなされたものとはいえない。

6 無効理由3(特許法第29条第2項)
(1)刊行物の記載事項
上記5(1)において,すでに摘記した刊行物の記載事項は省略する。

ア 甲第6号証の記載事項
本件特許の優先日前に頒布された特開昭49-87606号公報(甲第6号証)には以下の事項が記載されている。
(6-a)「メチルクロロホルム(1、1、1-トリクロルエタン)は蒸気脱脂作業に広く用いられる工業溶剤である。」(第1頁右下欄第2?4行)
(6-b)「メチルクロロホルムを効果的に安定化する添加剤の2組成物に1、3-ジオキソランと1、4-ジオキサンがある。これ等2種添加剤はメチルクロロホルムがアルミニウム誘起の分解を受けるのを防ぐからして有用である。」(第1頁右下欄第10?14行)

イ 甲第7号証の記載事項
本件特許の優先日前に頒布された特公昭44-20082号公報(甲第7号証)には以下の事項が記載されている。
(7-a)「本発明はハロゲン化飽和脂肪属炭化水素の安定化に関する。或るハロゲン化置換分、特に塩素を含有する飽和脂肪属炭化水素がなかんずくアルミニウム或はその合金及びマグネシウムとその合金のような金属と接触するときは不安定であることはよく知られている。これらの不安定性は附随するハロゲン化水素酸の生成と前記ハロゲン化炭化水素の着色とを伴うハロゲン化炭化水素の劣化を生ずる。これは金属部品或は要素用の脱グリース溶剤及び或はクリーニング溶剤としてこれらのハロゲン化炭化水素の使用方面において重大な不利を生ずる。」(第1欄第22?33行)
(7-b)「本発明の方法によつて安定化される飽和脂肪属炭化水素のハロゲン化誘導体の中には特に次の化合物の目録が説明として注目されるが併し制限するものではない。即ちジクロロエタン、トリクロロエタン、1,2-ジクロロプロパン、1,2と2,3-ジクロロ-ブタン、トリブロモエタンと1,2-ジクロロ-プロパンである。」(第3欄第9?15行)
(7-c)「実施例 1-9
トリメチルオルトホーメート(TMOF)の安定効果を示す一方、他方1,4-ジオキサン、ニトロメタン、トリオキサン、アセトニトリル、ターテイオブタノール、夫々1,1,1-トリクロロ-エタンとトリメチルオルソホーメートの結合を示す目的で次の試験が行われた。安定剤を加えられた40mlの溶剤が純度99.9%、厚味1mm、長さ7.5mm、幅12mmのアルミニユウム板の存在下で還流加熱された。この板は溶剤中に部分的に浸漬される。酸蒸気の発生そして或は溶剤の着色の発生を起す前の還流時間は安定剤の安定能力或は試験された安定組成物を示す。
次の表は種々の安定剤と1,1,1-トリクロロ-エタン及び組成物の安定試験により得られた結果を要約する。比較並に本発明の利益をよりよく示すため、次の安定剤で実現された試験の結果が又この表で指摘されている。即ち1,4-ジオクタン(審決注:「1,4-ジオキサン」の誤記と認める。)、トリオキサントとアセトニトリルである。いずれの安定剤も含有されていない1,1,1-トリクロロ-エタンから成る参考空試験も亦含まれている。」(第4欄第2?23行)
(7-d)「実施例10並に11
実施例1から9と同様の方法により1,1-ジクロロ-エタンの安定化試験が行われ、得られる結果は次の表に示された。」(第5欄第25行?第6欄第26行)

ウ 甲第12号証の記載事項
本件特許の優先日前に頒布された刊行物である「安川三郎ら著,「1,1,1-トリクロロエタンによるアルミニウムの溶解反応に対する有機試薬の阻害機構」,表面技術,Vol.44,No.2,1993,pp.167-171」(甲第12号証)には以下の事項が記載されている。
(12-a)「既報^(1))では1,1,1-トリクロロエタン(以後CCl_(3)CH_(3)と略記する)によるアルミニウム(以後Alと略記する)の溶解反応の誘導期(反応によって塩化アルミニウムを生成し,これが触媒となってAlの溶解速度を急増するようになるまでの時間)を支配する要因を明らかにし,トリクロロエチレンや四塩化炭素(以後CCl_(4)と略記する)とAlとの反応の誘導期と比べかなり短いことの理由について考察した。」(第167頁左欄第2?9行)
(12-b)「またCCl_(3)CH_(3)に無水塩化アルミニウム(以後AlCl_(3)と略記する)を添加した溶液は導電性を示し、導電性の大きいほど誘導期が短縮されることから、Alの溶解はイオン反応であると推論した。
一般の有機ハロゲン化物とAlとの反応がラジカル反応であるか,イオン反応であるかについて既往の研究のいくつかを示すと次のようになる。」(第167頁左欄第16行?右欄第2行)
(12-c)「しかし,臭化エチル,塩化ブチル,塩化ステリアルなどに対してはAlCl_(3)はよく溶けて導電性を示す^(10))。そしてAlCl_(3)濃度がある値以上にならなければAlの溶解促進効果を示さず,促進効果を示す濃度では溶液は導電性を帯びるようになる^(11),12))。従って,この場合の溶解機構はイオン反応によるものといえる。前述したように筆者らの研究によればCCl_(3)CH_(3)に対するAlの溶解もイオン反応である。」(第167頁右欄第25行?第168頁左欄第6行)
(12-d)「AlCl_(3)を溶かしたCCl_(3)CH_(3)は高温になるほど速やかに,また室温においても時間が経過すると,塩化水素を発生して分解する^(4),8))。従って,長時間経過では導電率測定が困難になる。そこで確実な測定結果を得るため,AlCl_(3)が存在しても分解しない有機ハロゲン化物である臭化エチルおよび塩化ブチルについて類似の実験を行った。」(第168頁左欄第41行?右欄第1行)
(12-e)「3.1 C_(4)H_(9)Cl溶液の導電率及び誘導期
C_(4)H_(9)Clに対してAlCl_(3)を250モル/m^(3)で溶かし,(a)ニトロベンゼン,(b)n-ブチルアルコール,(c)フェノール,(d)ベンジルアミン,(e)アニリンおよび(f)1,6-ジアミノヘキサンをそれぞれ種々の濃度で添加した溶液の導電率を図1に示し,このような溶液に対するAl溶解反応の誘導期を図2に示した。・・・図1に示したように(a)?(c)のニトロベンゼン、n-ブチルアルコールおよびフェノールは導電率を十分に降下させえない。このような試薬は図2に示したようにAlCl_(3)1モルに対し10?12モルまで過剰に添加しても誘導期を延長させることができない。すなわち,AlCl_(3)が生成してからでは阻害作用を全く与えないことになる。」(第168頁右欄第2行?第169頁左欄第8行)
(12-f)「3.2 C_(2)H_(5)Br溶液の導電率
C_(2)H_(5)Brに対しAlCl_(3)を210モル/m^(3)の濃度で溶かし,有機試薬として(a)iso-プロピルエーテル,(b)iso-プロピルアルコール,(c)ニトロベンゼンおよび(d)m-ジニトロベンゼンを種々の濃度で添加した溶液の導電率を図3に示す。・・・しかし,ニトロベンゼン類(c)と(d)は過剰に加えても導電率は増加しない。C_(2)H_(5)Br溶液に対するAl溶解反応の誘導期は調べていないが,(a)?(c)のエーテルやアルコールに比べ(c)?(d)のニトロベンゼン類は強力な阻害剤になるものと推定される。」(第169頁左欄第12?27行)
(12-g)「3.3 CCl_(3)CH_(3)溶液の導電率
CCl_(3)CH_(3)に対しAlCl_(3)を210モル/m^(3)の濃度で溶かし,(a)アニリンおよび(b)n-ブチルアルコールを種々の濃度で添加した溶液の導電率およびAlとの反応の誘導期を図4に示した。・・・なお,iso-プロピルアルコール,n-ブチルエーテルについても(a)と類似の結果を得ている。そして,これらの結果は3.1および3.2で述べたC_(4)H_(9)Cl溶液およびC_(2)H_(5)Br溶液に対する結果(図1?2の曲線(b)および図3の曲線(b))と類似している。」(第169頁左欄第28行?右欄第12行)
(12-h)「3.4 有機試薬添加による阻害機構
AlがCCl_(3)CH_(3)に溶解する際の機構については前報^(4))で説明したが,その反応式の主要部分を再記すると次の(1)?(6)式となる。
連鎖の生起
CCl_(3)CH_(3) →^(・)CCl_(2)CH_(3)+^(・)Cl・・・・(1)
Al+^(・)Cl →^(・)AlCl・・・・・・・・・・・(2)
連鎖の伝わり
^(・)AlCl+CCl_(3)CH_(3) →^(・)AlCl_(2)+^(・)CCl_(2)CH_(3)
・・・(3)
^(・)AlCl_(2)+CCl_(3)CH_(3) →AlCl_(3)+^(・)CCl_(2)CH_(3)
・・・(4)
AlCl_(3)+CCl_(3)CH_(3) →CCl_(2)CH_(3)^(+)[AlCl_(4)]^(-)
・・・(5)
CCl_(2)CH_(3)^(+)[AlCl_(4)]^(-)
→AlCl_(3)+^(・)CCl_(2)CH_(3)+^(・)Cl・・・(6)
この(1)?(6)式の反応は過剰のCCl_(3)CH_(3)の存在ではAlの全部が溶解し終わるまで繰り返し続く,すなわち連鎖反応である。これらの式のうち(5)式で生成する錯化合物は前述したようにイオンに解離している。
ところで,有機試薬添加による反応阻害の機構として次のi)からiii)の三つが考えられている。i)(1)式によって生ずる遊離ラジカル^(・)Clと優先的に反応して(6)式のAlCl_(3)生成までの進行を妨げる。・・・次にii)(2)式のAl表面に吸着膜を作ってCCl_(3)CH_(3)の接近を妨げ(3)式以下の反応を進ませない,という考え方がある。・・・最後にiii)AlCl_(3)と安定化な錯化合物を作ってCCl_(2)CH_(3)^(+)[AlCl_(4)]^(-)の触媒能を減殺する。
例えば,反応阻害剤としてアミン類RNH_(2)を加えると,
CCl_(2)CH_(3)^(+)[AlCl_(4)]^(-) +RNH_(2)
→CCl_(3)CH_(3)+R[AlCl_(3)・NH_(2)]・・・(7)
となって導電率を低下させると同時にAlCl_(3)の触媒能を減殺してしまう。」(第170頁第7?41行)

(2)甲第3号証に記載された発明(引用発明3)
5(2)で述べたとおりである。

(3)対比・判断
(3-1)本件発明1について
ア 対比
5(3)(3-1)アで述べたとおりである。

イ 相違点の検討
相違点(i’)について検討する。
上記5(3)(3-1)イで述べたように,引用発明3には,安定剤として「ニトロアルカン、1,4-ジオキサン及びブチレンオキシド」を含む態様も含まれているといえる。

甲第6号証には,「蒸気脱脂作業に広く用いられる」「メチルクロロホルム」(摘記6-a参照)を「効果的に安定化する添加剤」として,「1、3-ジオキソランと1、4-ジオキサンが」あり,これらの「添加剤はメチルクロロホルムがアルミニウム誘起の分解をうけるのを防ぐ」(摘記6-b参照)ことが記載されている。
甲第7号証には,「ハロゲン化飽和脂肪属炭化水素の安定化に関」し,「特に塩素を含有する飽和脂肪属炭化水素が・・・アルミニウム・・・のような金属と接触するときは不安定であること」(摘記7-a参照),そのような「飽和脂肪属炭化水素のハロゲン化誘導体の中には・・・ジクロロエタン、トリクロロエタン、1,2-ジクロロプロパン、1,2と2,3-ジクロロ-ブタン、トリブロモエタンと1,2-ジクロロ-プロパン」が含まれること(摘記7-b参照)が記載されている。
しかしながら,甲第7号証には,臭化n-プロピルに関する記載はなく,「1,1,1-トリクロロエタン」,「1,1-ジクロロエタン」の安定剤として,主として「トリメチルオルトホーメート」を使用する場合が記載されている(摘記7-c,7-d参照)にすぎず,1,1,1-トリクロロエタン(「メチルクロロホルム」のことである)とn-臭化プロピルとが同じ安定剤により同様の安定化を生じることを示唆する記載はない。
また,甲第12号証には,「CCl_(3)CH_(3)に無水塩化アルミニウム(以後AlCl_(3)と略記する)を添加した溶液は導電性を示し,・・・Alの溶解はイオン反応であると推論した。」(摘記12-b参照),「臭化エチル,塩化ブチル,塩化ステアリルなどに対してはAlCl_(3)はよく溶けて導電性を示す。・・・この場合の溶解機構はイオン反応によるものといえる。」(摘記12-c参照)との記載があり,CCl_(3)CH_(3) (メチルクロロホルム),臭化エチル,塩化ブチルによるAlの溶解が同様のイオン反応と推論されていることが理解できる。
また,甲第12号証においては,「CCl_(3)CH_(3)に対し・・・(a)アニリン・・・を・・・添加した溶液の導電率およびAlとの反応の誘導期」を調べ,「iso-プロピルアルコール,n-ブチルエーテルについても(a)と類似の結果を得ている。そして,これらの結果は3.1および3.2で述べたC_(4)H_(9)Cl溶液およびC_(2)H_(5)Br溶液に対する結果(図1?2の曲線(b)および図3の曲線(b))と類似している。」(摘記12-g参照)と記載され,「C_(4)H_(9)Clに対して・・・(b)n-ブチルアルコール・・・を・・・濃度で添加した溶液の導電率・・・Al溶解反応の誘導期を・・・示した」(摘記12-e参照),「C_(2)H_(5)Brに対し・・・(b)iso-プロピルアルコール・・・を・・・添加した溶液の導電率を・・・示す」(摘記12-f参照)とも記載されていることから,CCl_(3)CH_(3)溶液に対し,有機試薬として「iso-プロピルアルコール,n-ブチルエーテル」を添加した場合は,C_(4)H_(9)Cl溶液に対して「n-ブチルアルコール」を添加した場合やC_(2)H_(5)Br溶液に対して「iso-プロピルアルコール」を添加した場合と同様に誘電率が低下し,Al溶解反応の誘導期を延長させることが理解できる。
そして,「誘導期」とは,「アルミニウム・・・の溶解反応の誘導期(反応によって塩化アルミニウムを生成し,これが触媒となってAlの溶解速度を急増するようになるまでの時間)」(摘記12-a参照)のことであり,誘導期が延長されればAlの溶解反応が延長され,本件発明における「金属腐食の遅延化」(安定化)の効果が得られることも理解できる。
そうすると,甲第12号証の上記記載は,CCl_(3)CH_(3)溶液に対し,Al溶解反応の阻害剤(安定剤)として「iso-プロピルアルコール,n-ブチルエーテル」を添加した場合は,C_(4)H_(9)Cl溶液に対して「n-ブチルアルコール」を添加した場合やC_(2)H_(5)Br溶液に対して「iso-プロピルアルコール」を添加した場合と同様に,安定化の効果が得られることを示唆している。
その一方,甲第12号証には,「C_(4)H_(9)Clに対して・・・(a)ニトロベンゼン・・・を・・・添加した溶液の導電率・・・Al溶解反応の誘導期を・・・示した。」,「(a)?(c)のニトロベンゼン・・・は導電率を十分に降下させえない。このような試薬は・・・過剰に添加しても誘導期を延長させることができない。すなわち,AlCl_(3)が生成してからでは阻害作用を全く与えないことになる。」(摘記12-e参照),「C_(2)H_(5)Brに対し・・・(c)ニトロベンゼン・・・を種々の濃度で添加した溶液の導電率を・・・示す。・・・しかし,ニトロベンゼン類(c)と(d)は過剰に加えても導電率は増加しない。C_(2)H_(5)Br溶液に対するAl溶解反応の誘導期は調べていないが,(a)?(c)のエーテルやアルコールに比べ(c)?(d)のニトロベンゼン類は強力な阻害剤になるものと推定される。」(摘記12-f参照)と記載され,C_(4)H_(9)Cl溶液に対してAl溶解反応の阻害剤(安定剤)として「ニトロベンゼン」を添加した場合には,阻害作用が期待できないが,C_(2)H_(5)Br溶液に対して「ニトロベンゼン」を添加した場合には,阻害作用があることが推定されている。
してみると,甲第12号証には,「iso-プロピルアルコール」のように,異なるハロゲン溶剤に用いても同様に安定化の効果を示す阻害剤もあるが,「ニトロベンゼン」のように異なるハロゲン溶剤に用いると同様の安定化効果を得られないものもあることを示唆しているといえるから,甲第12号証の記載からは,メチルクロロホルム(1,1,1-トリクロロエタン)とn-臭化プロピルが同じハロゲン溶剤であるとしても,同じ安定剤により同様に安定化を生じるという一般則があることを示唆しているとは認められない。

したがって,引用発明3において,「臭化n-プロピル」の安定剤として「ニトロアルカン、1,4-ジオキサン及びブチレンオキシド」を含むものをその実施態様に含むとして,甲第6号証にn-臭化プロピルとは異なるメチルクロロホルムにおいて,1,3-ジオキソランと1,4-ジオキサンの安定剤が同列に扱えることが記載されていたとしても,引用発明3の「1,4-ジオキサン」を,「1,3-ジオキソラン」に置き換えて同様の安定化効果が得られるとはいえないから,相違点(i’)が当業者にとって容易になし得たということはできない。

ウ まとめ
以上のとおりであるから,その余の相違点や効果について検討するまでもなく,本件発明1は甲第3,6,7,12号証に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものと認めることができない。

(3-2)本件発明2?10について
本件発明2?8は,いずれも本件発明1の発明特定事項をすべて含み,さらに限定したものであるから,本件発明1が甲第3,6,7,12号証に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものと認めることができない以上,本件発明2?8も同様に甲第3,6,7,12号証に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものと認めることができない。
また,本件発明9,10も,本件発明1と共通する発明特定事項である「臭化n-プロピルを少なくとも90重量%含有する溶媒部分とニトロアルカン、1,2-ブチレンオキサイドおよび1,3-ジオキソランを含んでいて1,4-ジオキサンを含まない安定剤系部分を含む溶媒組成物」を用いたもので,この発明特定事項は上記相違点(i’)を含むものであるから,本件発明9,10も上述の理由により甲第3,6,7,12号証に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものと認めることができない。

(4)請求人の主張
ア 請求人の主張の要点
請求人は,甲第12号証には,「AlがCCl_(3)CH_(3)に溶解する際の機構反応機構」及びその反応機構の「有機試薬添加による反応阻害の機構として次のi)からiii)が考えられている」ことが記載されており(摘記12-h参照),これはCCl_(3)CH_(3)(メチルクロロホルム)を例示して説明しているが,当業者であれば,他のハロゲン化炭化水素についても同様の反応が進行することが理解でき,メチルクロロホルムと臭化エチルとのに共通する安定化機構が示され,メチルクロロホルムと臭素を含有するハロゲン化炭化水素とは,反応性が類似しており,また,同様に安定化されると主張している(口頭審理陳述要領書第24頁第10行?第25頁第14行)。

イ 検討
確かに,甲第12号証の記載からみて,ハロゲン化炭化水素が金属と反応するという性質を有し,上述の反応機構やそれを阻害する理由において共通性を有することは考え得るものの,そのことが,すべてのハロゲン化炭化水素が金属と反応する機構において,同じ阻害剤で同様に安定化できることを示唆するものではない。
すなわち,上記式(1)?(6)の反応が進行するとしても,その進み方(反応速度)は,ハロゲン化炭化水素の種類によって異なることは明らかである。
例えば,甲第12号証の「AlCl_(3)が存在しても分解しない有機ハロゲン化物である臭化エチルおよび塩化ブチルについて類似の実験を行った」(摘記12-d参照)との記載は,CCl_(3)CH_(3)(メチルクロロホルム)ではAlによる分解が起きるが,臭化エチルでは起きないことを意味し,このことは,上記(1)式の反応速度がメチルクロロホルムと臭化エチルとで異なることを意味する。なお,請求人は,上記記載は,「塩化アルミニウムを溶かした」メチルクロロホルムの記載であり,アルミニウム金属とメチルクロロホルムが反応して塩化アルミニウムが形成された後の段階,(5)式に関するものであり,アルミニウム金属と有機ハロゲン化物との反応段階とは異なると主張している(口頭審理陳述要領書第25頁第15行?第26頁第9行)が,甲第12号証には,「この(1)?(6)式の反応は過剰のCH_(3)CH_(3)の存在下ではAlの全部が溶解し終わるまで繰り返し続く,すなわち連鎖反応である。」と記載されている(摘記12-h参照)ように,塩化アルミニウムが形成されても,式(1)の反応は生じるのであるから,この主張は採用できない。
さらに,上述のように,ニトロベンゼンは,溶剤が異なると同様の安定化効果を奏さないが,このことは,「例えば,反応阻害剤としてアミン類RNH_(2)を加えると,
CCl_(2)CH_(3)^(+)[AlCl_(4)]^(-) +RNH_(2)
→CCl_(3)CH_(3)+R[AlCl_(3)・NH_(2)]・・・(7)
となって導電率を低下させると同時にAlCl_(3)の触媒能を減殺してしまう」(摘記12-h参照)と記載されるように,溶媒が異なると上記式(7)の反応速度が異なるので,導電率の低下の程度やAlCl_(3)の触媒能を減殺する効果が異なることを意味する。
そして,このようにハロゲン化炭化水素や金属との反応を阻害させる安定剤の種類が異なることで,上記式(1)?(7)の反応速度が異なり,その結果,ハロゲン化炭化水素が異なれば同じ安定剤を用いたとしても同様の安定化効果が得られないという現象が生じるものと理解できる。
このことは,上記5(4)でも述べたように,乙第20号証や乙第23号証の,あるハロゲン化溶剤に有効であった安定化剤が必ずしも他のハロゲン化溶剤では有効でないという現象が起きるとの記載からも裏付けられているといえる。
よって,請求人の主張は採用できない。

(5)小括
以上のとおりであるから,本件発明1?10は甲第3,6,7,12号証に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものとは認められず,上記理由及び証拠によっては,本件発明1?10についての特許は特許法第29条第2項の規定に違反してなされたものとはいえない。

7 無効理由4(特許法第29条第2項)
(1)刊行物の記載事項
本件特許の優先日前に頒布された特開昭56-25118号公報(甲第8号証)には以下の事項が記載されている。
(8-a)「α-メチルスチレン、ビニルトルエン、および不飽和炭化水素側鎖基を有する炭素数10以上の芳香族炭化水素から選ばれる少なくとも1種の不飽和基含有炭化水素類とエポキサイド類とを含むことを特徴とする安定化されたメチルクロロホルム。」(特許請求の範囲第1項)
(8-b)「メチルクロロホルムは各種油類の溶解力が大きくて、不燃性であり、他の塩素化炭化水素に比べて毒性が少ないので、金属の脱脂洗浄およびその他工業用溶剤として広く使用されている。しかしながら、メチルクロロホルムは他の塩素化炭化水素例えばトリクロルエチレン、パークロルエチレンなどと比べて安定性に欠け、特に金属の脱脂洗浄剤として用いる場合は金属との接触によつて分解する欠点がある。そして、一度分解がはじまると塩化水素を発生しつつ急激に分解が進行する。同時に金属も激しく腐食される。」(第1頁右下欄第17行?第2頁左上欄第8行)
(8-c)「特に好ましいエポキサイド類は1,2-ブチレンオキサイドである。」(第3頁左上欄第20行?右上欄第2行)
(8-d)「不飽和基含有芳香族炭化水素類およびエポキサイド類の含有割合は広範囲にわたつて変更可能であるが、通常はメチルクロロホルムに対して飽和基含有芳香族炭化水素類0.0001?1重量%、エポキサイド類0.001?1重量%程度が含まれることが好ましい。」(第3頁右上欄第11?16行)
(8-e)「本発明の安定化されたメチルクロロホルムにおいては、さらに他の安定剤を含有させてもよく、また他の安定剤を含むメチルクロロホルムに前記本発明における2つの安定剤を添加してもよい。かかる他の安定剤としては公知乃至周知のものなどが各種例示される。これら安定剤の一部を例示すれば、たとえば、1,4-ジオキサン、1,3-ジオキソランなどの環状エーテル類、ニトロメタン、ニトロエタンなどのニトロアルカン類、t-ブチルアルコール、ベンジルアルコールなどの飽和アルコール類、プロパギルアルコール、メチルペンチルアルコールなどの不飽和アルコール、アミン類、フエノール類、ニトリル類、ケトン類、エステル類などがある。」(第3頁右下欄第6?20行)
(8-f)「これら安定剤の含有量は、公知乃至周知の範囲から選定することができ、たとえばメチルクロロホルムに対して、それぞれアミン類あるいはフエノール類が0.0001?0.01重量%、環状エーテル類が0.1?5重量%、ニトロアルカン類が0.05?1重量%程度が選ばれる。」(第4頁左上欄第11?17行)
(8-g)「<加速酸化試験>
試料200mlを還流冷却器及び酸素導入管を備えた500ml三角フラスコに入れ、気相部と試料液中に軟鋼片を各1枚おいて、試料液中に酸素を吹き込みつつ、150W白熱電球により加熱還流を行なう。48時間加熱還流後に、軟鋼片の状態を観察し、且つ試料液を等容量の中性純水で抽出分離した後、水のP^(H)を測定する。p^(H)値5?7で合格とし、p^(H)値5未満の酸性を示せば、メチルクロロホルムの分解によりHClなどの酸性物質が生成したものと考えられ不合格とする。軟鋼片の腐食の程度は、次の記号で示す。合格○;腐食なし、不合格△;一部腐食、不合格×;全面腐食。」(第4頁左下欄第2?15行)
(8-h)「実施例1?9および比較例1?10
下記第1表および第2表記載の安定剤をメチルクロロホルムに対して同じく第1表および第2表記載の添加量でメチルクロロホルムに添加し、安定化されたメチルクロロホルムを製造した。」(第4頁右下欄第1?6行)
(8-i)「実施例10?27および比較例11?25
前記実施例1?9および比較例1?10と同じ方法で3成分以上の安定剤を含む安定化されたメチルクロロホルムの安定化試験を行つた。」(第5頁左下欄第1?4行)
(8-j)「第3表
実施例 安定剤 添加量 ・・・軟鋼片の状態
(重量%)
・・・
25 α-メチルスチレン 0.1 ○
1,2-ブチレンオキサイド 0.3
1,3-ジオキソラン 1.0
ニトロメタン 0.5」(第5頁右下欄?第6頁右上欄)

(2)甲第8号証に記載された発明(引用発明8)
甲第8号証には,実施例25として,「メチルクロロホルムに対して」,「α-メチルスチレン0.1重量%、1,2-ブチレンオキサイド0.3重量%、1,3-ジオキソラン1.0重量%、ニトロメタン0.5重量%」の「安定剤」を含む「安定化されたクロロホルム」が記載されている(摘記8-h,8-i,8-j参照)ので,甲第8号証には,
「α-メチルスチレン0.1重量%、1,2-ブチレンオキサイド0.3重量%、1,3-ジオキソラン1.0重量%、ニトロメタン0.5重量%を含む安定化されたクロロホルム」の発明(以下,「引用発明8」という。)が記載されている。

(3)対比・判断
(3-1)本件発明1について
ア 対比
本件発明1と引用発明8とを対比する。
引用発明8の「メチルクロロホルム」は,「金属の脱脂洗浄およびその他工業用溶剤として広く使用されて」いる(摘記8-b参照)ものであるから,本件発明1の「溶媒部分」に相当する。
甲第8号証には,「軟鋼片」を「48時間加熱還流後に、軟鋼片の状態を観察し」,「合格○;金属腐食なし」の試験結果が得られたものを実施例として記載される(摘記8-h,8-i,8-j参照)一方,安定剤を添加しない「クロロホルム」が「金属との接触によつて分解する欠点が」あり,「一度分解がはじまると塩化水素を発生しつつ急激に分解が進行」して,「同時に金属も激しく腐食される」ものであるから,引用発明8の「安定化されたクロロホルムは」,安定剤を添加しないものに対して金属腐食の遅延効果を奏することは明らかで,本件発明1の「安定化された溶媒組成物」に相当する。
また,引用発明8では,安定剤として「α-メチルスチレン0.1重量%、1,2-ブチレンオキサイド0.3重量%、1,3-ジオキソラン1.0重量%、ニトロメタン0.5重量%」のみを含み,残余は「メチルクロロホルム」のみが98.1重量%が含まれているといえ,「1,4-ジオキサン」は含まないといえる。
そうすると,本件発明1と引用発明8とは,
「安定化された溶媒組成物であって、溶媒部分とニトロアルカン、1,2-ブチレンオキサイドおよび1,3-ジオキソランを含んでいて1,4-ジオキサンを含まない安定剤系部分を含む溶媒組成物」である点で一致し,以下の2点で相違する。
(i’’)「溶媒部分」が,前者が「臭化n-プロピルを少なくとも90重量%含む」ものであるのに対して,後者は「クロロホルムを98.1重量%含む」ものである点
(ii’’)「安定剤系部分」において,前者は「ニトロアルカン、1,2-ブチレンオキサイドおよび1,3-ジオキソランを含んでいて1,4-ジオキサンを含まない」のに対して,後者は「α-スチレン、ニトロアルカン、1,2-ブチレンオキサイドおよび1,3-ジオキソランを含んでいて1,4-ジオキサンを含まない」点
なお,被請求人は,相違点(ii’’)の判断において,後者も「1,4-ジオキサンを含まない」と認定した点に異議を述べている(口頭審理陳述要領書第48頁第17?22行)が,上記(2)で述べたように,引用発明8は実施例25に基づいて認定しており,実施例25では,安定剤として「1,4-ジオキサン」を用いていないし,「1,4-ジオキサン」が他の安定剤やメチルクロロホルムに混在するというような技術常識もないから,被請求人の主張は失当である。

イ 相違点の検討
相違点(i’’)について検討する。
甲第3号証には,「n-臭化プロピル及び/又はイソ臭化プロピルを含有することを特徴とする洗浄用溶剤組成物であって、ニトロアルカン類、エーテル類、エポキシド類及びアミン類からなる群から選ばれる少なくとも1種の安定剤を含有し、塩素系炭化水素の安定剤として使用される補助安定剤を含有してもよい洗浄用溶剤組成物」が記載されていることは上記5(2)で述べたとおりである。
しかしながら,甲第3号証の記載からも,甲第8号証の記載(摘記8-a?8-j参照)からも,臭化n-プロピルとメチルクロロホルムとが同じ安定剤を用いて同様に安定化することの示唆を見出すことができず,メチルクロロホルムの安定化において有効であった安定剤が,そのままn-臭化プロピルにおいても有効であるとはいえないことは,すでに上記6(3)(3-1)イで述べたとおりである。
そうすると,溶剤としての類似性から,甲第8号証記載の「メチルクロロホルム」と甲第3号証の「臭化n-プロピル」に共通性があるとしても,置き換えた場合に,臭化n-プロピルでもメチルクロロホルムの場合と同様の安定剤としての機能を示すとはいえないのであるから,引用発明8の「メチルクロロホルム」を甲第3号証の「臭化n-プロピル」に置き換えることが当業者にとって容易に想到し得たということはできない。

ウ まとめ
以上のとおりであるから,その余の相違点や効果について検討するまでもなく,本件発明1は甲第3,8号証に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものと認めることができない。

(3-2)本件発明2,3,5,6,8?10について
本件発明2,3,5,6,8は,いずれも本件発明1の発明特定事項をすべて含み,さらに限定したものであるから,本件発明1が甲第3,8号証に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものと認めることができない以上,本件発明2,3,5,6,8も同様に甲第3,8号証に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものと認めることができない。
また,本件発明9,10も,本件発明1と共通する発明特定事項である「臭化n-プロピルを少なくとも90重量%含有する溶媒部分とニトロアルカン、1,2-ブチレンオキサイドおよび1,3-ジオキソランを含んでいて1,4-ジオキサンを含まない安定剤系部分を含む溶媒組成物」を用いたもので,この発明特定事項は上記相違点(i’’)を含むものであるから,本件発明9,10も上述の理由により甲第3,8号証に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものと認めることができない。

(4)小括
以上のとおりであるから,本件発明1?3,5,6,8?10は甲第3,8号証に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものとは認められず,上記理由及び証拠によっては,本件発明1?3,5,6,8?10についての特許は特許法第29条第2項の規定に違反してなされたものとはいえない。

8 無効理由5(特許法第29条第2項)
(1)甲第9号証の記載事項
本件特許の優先日前に頒布された米国特許第3238137号明細書(甲第9号証)には以下の事項が記載されている。なお,翻訳は請求人による抄訳である。
(9-a)「This invention relates to chlorinated solvents, and
particulary to new and highly effective stabilized solvent
compositions composed of chlorinated hydrocarbons containing
mixture of stabilizing additives, said compositions being
particularly suitable for the liquid and vapor phase
degreasing of metals.」(第1欄第8?13行)
「この発明は、塩素化溶媒、及び特に安定化添加剤の混合物を含有する塩素化炭化水素からなる新規及び高く効果的に安定化された溶媒組成物に関し、前記組成物は、特に金属の液体及び蒸気相脱脂に適している。」
(9-b)「

」(第5欄第50行より下の表)



(9-c)「The stabilizing mixtures, or corrosion inhibitor
compositions, shown in Examples II through XI are added to
1,1,1-trichloroethane to form stabilized 1,1,1-trichloroethane
compositions. The corrosion inhibitor compositions are added
to the 1,1,1-trichloroethane in amount sufficient to form 0.3,
0.5, 1, 2, 4, 5, 6 10, and 12 weight percent compositions of
a stabilizing mixture in 1,1,1-trichloroethane.」(第5欄第66?73行)
「実施例IIからXIに示されている安定化混合物、すなわち腐食抑制組成物を、1,1,1-トリクロロエタンに添加し、安定化1,1,1-トリクロロエタン組成物を形成する。腐食抑制組成物は、1,1,1-トリクロロエタン中の安定化混合物の0.3、0.5、1、2、4、6、10、及び12重量%を形成するのに十分な量で、1,1,1-トリクロロエタンに加えられる。」
(9-d)「As indicated above, stabilized liquid compositions of
the present invention show little or no tendency to attack metals
even at boiling conditions.」(第6欄第47?49行)
「上述したように、本発明の安定化液体組成物は、沸騰条件であっても、金属をアタックする傾向をわずかに示すか又は全く示さない。」
(9-e)「Nonlimiting examples of the highly preferred dioxolane
compounds suitable to the practice of this invention include
1,3-dioxolane,
2-methyl-1,3-dioxolane,
4-methyl-1,3-dioxolane,
5-methyl-1,3-dioxolane,
2-ethyl-1,3-dioxolane,
4-ethyl-1,3-dioxolane,
5-ethyl-1,3-dioxolane,
2,2-dimethyl-1,3-dioxolane,
4,4-dimethyl-1,3-dioxolane,
5,5-dimethyl-1,3-dioxolane,
2,4-dimethyl-1,3-dioxolane,
2,5-dimethyl-1,3-dioxolane,
2,2-diethyl-1,3-dioxolane,
4,4-diethyl-1,3-dioxolane,
5,5-diethyl-1,3-dioxolane,
2,4-diethyl-1,3-dioxolane,
2,5-diethyl-1,3-dioxolane,
2-methyl-2-ethyl-1,3-dioxolane,
2-methyl-4-ethyl-1,3-dioxolane,
2-methyl-5-ethyl-1,3-dioxolane,
2-ethyl-4-methyl-1,3-dioxolane,
2-ethyl-5-methyl-1,3-dioxolane,
and the like.」(第7欄第27?53行)
「この発明の実施のために、高度に好ましいジオキソラン化合物の非限定的な例は、1,3-ジオキソラン、2-メチル-1,3-ジオキソラン、4-メチル-1,3-ジオキソラン、5-メチル-1,3-ジオキソラン、2-エチル-1,3-ジオキソラン、4-エチル-1,3-ジオキソラン、5-エチル-1,3-ジオキソラン、2,2-ジメチル-1,3-ジオキソラン、4,4-ジメチル-1,3-ジオキソラン、5,5-ジメチル-1,3-ジオキソラン、2,4-ジメチル-1,3-ジオキソラン、2,5-ジメチル-1,3-ジオキソラン、2,2-ジエチル-1,3-ジオキソラン、4,4-ジエチル-1,3-ジオキソラン、5,5-ジエチル-1,3-ジオキソラン、2,4-ジエチル-1,3-ジオキソラン、2,5-ジエチル-1,3-ジオキソラン、2-メチル-2-エチル-1,3-ジオキソラン、2-メチル-4-エチル-1,3-ジオキソラン、2-メチル-5-エチル-1,3-ジオキソラン、2-エチル-4-メチル-1,3-ジオキソラン、2-エチル-5-メチル-1,3-ジオキソラン等を含む。」
(9-f)「Nonlimiting examples of epoxides are such epoxides as epichlorohydrin,
2-chloro-3,4-epoxybutane,
1-chloro-2,3-epoxybutane,
1-chloro-2,4-epoxybutane,
1-chloro-3,4-epoxybutane,
2-chloro-3,4-epoxybutane,
1-chloro-2,4-epoxybutane,
epihydrin,
1,3-epoxypropane,
3,4-epoxybutane,
1,3-epoxybutane,
1,4-epoxybutane,
2,3-epoxybutane,
and the like.」(第7欄第54?68行)
「エポキシドの非限定的な例は、エピクロロヒドリン、2-クロロ-3,4-エポキシブタン、1-クロロ-2,3-エポキシブタン、1-クロロ-3,4-エポキシブタン、2-クロロ-3,4-エポキシブタン、1-クロロ-2,4-エポキシブタン、エピヒドリン、1,3-エポキシプロパン、3,4-エポキシブタン、1,3-エポキシブタン、1,4-エポキシブタン、2,3-エポキシブタン等である。」
(9-g)「Nonlimiting examples of nitoroaliphatic compounds
employed pursuant to the practice of this invention include
nitoroethylene, nitroacethylene, 1-nitropropane, 1-nitro-2-propane,
2-nitoro-1-propene, 2-nitropropane, 2-nitoro-1-propene,
nitroethane, nitromethane, 1-nitropropane, 2-nitropropane,
2-nitoro-1-propene, nitoroacetylene and the like.」(第7欄第69?74行)
「この発明の実施に従って用いられる脂肪族ニトロ化合物の非限定的な例は、ニトロエチレン、ニトロアセチレン、1-ニトロプロパン、1-ニトロ-2-プロパン、2-ニトロ-1-プロペン、2-ニトロプロパン、2-ニトロ-1-プロペン、ニトロエタン、ニトロメタン、1-ニトロプロパン、2-ニトロプロパン、2-ニトロ-1-プロペン、ニトロアセチレン等を含む。」
(9-h)「1. A stable solvent composition consisting essentially
of 1,1,1-trichroloethane contacting from about 0.3 to about 12
weight percent of a mixture consisting essentially of from about 10
to about 80 weight percent of a dioxolane compound, from about 10
to about 60 weight percent of an epoxide compound, and from about
10 to about 80 weight percent of a nitroaliphatic compound
dissolved therein, sufficient to inhibit the 1,1,1-trichloroethane
against decomposition, said dioxolane compound being a
1,3-dioxolane compound containing up to 2 alkyl substituents
each having from 1 to 2 carbon atoms, said epoxide being a
compound containing from about 3 to about 4 carbon atoms and up
to 1 chlorine atom, and said nitroaliphatic compound
having not more than 3 carbon atoms.」(第8欄第32?46行)
「1. 1,1,1-トリクロロエタンが分解するのを抑制するために十分な量の、溶解されている約10?約80重量%のジオキソラン化合物、約10?60重量%のエポキシド化合物、及び約10?約80重量%の脂肪族ニトロ化合物から本質的になる混合物の約0.3?12重量%を含有する、本質的に1,1,1-トリクロロエタンからなる安定な溶媒組成物であって、前記オキソラン化合物が、それぞれ1?2個の炭素原子を有する最大2個のアルキル置換基を有する1,3-ジオキソラン化合物であり,前記エポキシド化合物が、約3?約4個の炭素原子及び最大1個の塩素原子を含有し、そして前記脂肪族ニトロ化合物が3個以下の炭素原子を有する、安定な溶媒組成物。」

(2)刊行物9に記載された発明(引用発明9)
甲第9号証には,「溶解されている約10?約80重量%のジオキソラン化合物、約10?60重量%のエポキシド化合物、及び約10?約80重量%の脂肪族ニトロ化合物から本質的になる混合物」が「約0.3?12重量%を含有する」,「本質的に1,1,1-トリクロロエタンからなる安定な溶媒組成物であって」,「前記オキソラン化合物が、それぞれ1?2個の炭素原子を有する最大2個のアルキル置換基を有する1,3-ジオキソラン化合物であり,前記エポキシド化合物が、約3?約4個の炭素原子及び最大1個の塩素原子を含有し、そして前記脂肪族ニトロ化合物が3個以下の炭素原子を有する」,「安定な溶媒組成物」が記載されている(摘記9-h参照)。
そうすると,甲第9号証には,
「1,1,1-トリクロロエタンからなる安定な溶媒組成物であって、約10?80重量%のジオキソラン化合物、約10?60重量%のエポキシド化合物、及び約10?約80重量%の脂肪族ニトロ化合物から本質的になる混合物を約0.3?約12重量%を含有し、前記ジオキソラン化合物が、それぞれ1?2個の炭素原子を有する最大2個のアルキル置換基を有する1,3-ジオキソラン化合物であり、前記エポキシド化合物が、約3?4個の炭素原子及び最大1個の塩素原子を含有し、そして前記脂肪族ニトロ化合物が3個以下の炭素原子を有する、安定な溶媒組成物」の発明(以下,「引用発明9」という。)が記載されている。

(3)対比・判断
(3-1)本件発明1について
ア 対比
本件発明1と引用発明9とを対比する。
引用発明9の「1,1,1-トリクロロエタン」は,本件発明1の「溶媒部分」に相当し,溶媒組成物には,「約10?80重量%のジオキソラン化合物、約10?60重量%のエポキシド化合物、及び約10?約80重量%の脂肪族ニトロ化合物から本質的になる混合物を約0.3?約12重量%を含有」しているのであるから,残余の「1,1,1-トリクロロエタン」は,「88?99.7重量%」含まれるといえる。
また,引用発明9の「ジオキソラン化合物」,「エポキシド化合物」,「脂肪族ニトロ化合物」から本質的になる混合物は,「腐食抑制組成物」(摘記9-c参照)であるから,安定剤であって,本件発明1の「安定剤系部分」に相当する。
また,引用発明9の「安定な溶媒組成物」は,「沸騰条件であっても、金属をアタックする傾向をわずかに示すか又は全く示さない」ものである(摘記9-d参照)から,安定剤を添加しないものに対して金属腐食の遅延化の効果が得られているといえ,本件発明1の「安定化された溶媒組成物」に相当する。
そうすると,本件発明1と引用発明9とは,
「安定化された溶媒組成物であって、溶媒部分と安定剤系部分を含む溶媒組成物」である点で一致し,以下の2点で相違する。
(i’’’)「溶媒部分」が,前者は「臭化n-プロピルを少なくとも90重量%含む」ものであるのに対して,後者は「1,1,1-トリクロロエタンを88?99重量%含む」ものである点
(ii’’’)「安定剤系部分」において,前者は「ニトロアルカン、1,2-ブチレンオキサイドおよび1,3-ジオキソランを含んでいて1,4-ジオキサンを含まない」のに対して、後者は「ジオキソラン化合物が、それぞれ1?2個の炭素原子を有する最大2個のアルキル置換基を有する1,3-ジオキソランは化合物であり、前記エポキシ化合物が、約3?4個の炭素原子及び最大1個の塩素原子を含有し、そして前記脂肪族ニトロ化合物が3個以下の炭素原子を有する」ものである点

イ 相違点の検討
相違点(i’’’)について検討する。
甲第3号証には,「n-臭化プロピル及び/又はイソ臭化プロピルを含有することを特徴とする洗浄用溶剤組成物であって、ニトロアルカン類、エーテル類、エポキシド類及びアミン類からなる群から選ばれる少なくとも1種の安定剤を含有し、塩素系炭化水素の安定剤として使用される補助安定剤を含有してもよい洗浄用溶剤組成物」が記載されていることは上記5(2)で述べたとおりである。
しかしながら,甲第3号証の記載からも,甲第9号証の記載(摘記9-a?9-h参照)からも,臭化n-プロピルと1,1,1-トリクロロエタンとが同じ安定剤で同様に安定化されることを示唆する記載は見出すことができず,1,1,1-トリクロロエタンの安定化において有効であった安定剤が,そのままn-臭化プロピルにおいても有効であるとはいえないことは,すでに上記6(3)(3-1)イで論じたとおりである。
そうすると,溶媒としての類似性から,甲第9号証記載の「1,1,1-トリクロロエタン」と甲第3号証記載の「臭化n-プロピル」に共通性があるとしても,置き換えた場合に,臭化n-プロピルでも1,1,1-トリクロロエタンの場合と同様の安定剤としての機能を示すとはいえないのであるから,引用発明9の「1,1,1-トリクロロエタン」を甲第3号証の「臭化n-プロピル」に置き換えることが当業者にとって容易に想到し得たということはできない。

ウ まとめ
以上のとおりであるから,その余の相違点や効果について検討するまでもなく,本件発明1は甲第3,9号証に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものと認めることができない。

(3-2)本件発明2?10について
本件発明2?8は,いずれも本件発明1の発明特定事項をすべて含み,さらに限定したものであるから,本件発明1が甲第3,9号証に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものと認めることができない以上,本件発明2?8も同様に甲第3,9号証に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものと認めることができない。
また,本件発明9,10も,本件発明1と共通する発明特定事項である「臭化n-プロピルを少なくとも90重量%含有する溶媒部分とニトロアルカン、1,2-ブチレンオキサイドおよび1,3-ジオキソランを含んでいて1,4-ジオキサンを含まない安定剤系部分を含む溶媒組成物」を用いたもので,この発明特定事項は上記相違点(i’’’)を含むものであるから,本件発明9,10も上述の理由により甲第3,9号証に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものと認めることができない。

(4)小括
以上のとおりであるから,本件発明1?10は甲第3,9号証に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものとは認められず,上記理由及び証拠によっては,本件発明1?10についての特許は特許法第29条第2項の規定に違反してなされたものとはいえない。

9 無効理由6(特許法第29条第2項)
(1)甲第10号証の記載事項
本件特許の優先日前に頒布された米国特許第3238137号明細書(甲第9号証)には以下の事項が記載されている。なお,翻訳は請求人による抄訳である。
(10-a)「Methylchloroform is subject to degradation and forms
corrosive products in the presence of certain metals, especially
alluminum, zinc, iron, copper and their alloys. Most stabilized
methylchloroform compositions contain a combination of conpounds as
the stabilizer, some of which are intended to stabilize either the
vapor or liquid and others which will be effective in both.」(第1欄第13?20行)
「ある金属、特に、アルミニウム、亜鉛、鉄、銅及びそれらの合金の存在下で、メチルクロロホルムは分解に付され、腐食生成物を形成する。安定化されたメチルクロロホルム組成物の大部分は、安定剤としての化合物の組み合わせを含有し、これらのいくつかは、蒸気又は液体のいずれかを安定化されることを目的とし、そしてこれらのうちの他のものは蒸気及び液体の両方に効果的であろう。」
(10-b)「This solvent is useful in cold cleaning, hot cleaning
and in vapor degreasing.」(第1欄21?23行)
「この溶媒は、低温洗浄、高温洗浄及び蒸気脱脂に有用である。」
(10-c)「Since the introduction into the marketplace in 1957-
1958 as a commodity the largest volume of 1,1,1-trichloroethane sold
throughout the world contained 1,4-dioxolane, nitoromethane and
1,2-buthylene oxide as the sole inhitors. The next largest volume
has been that containing 1,3-dioxane (a five-membered dioxygen
heterocycle, a compound very simillar to 1,4-dioxane),
nitoromethane, 1,2-buthylene oxide and in most instances one or
more materials (such as lower ketones and/or alcohols) which account
for the remainder of the ten principal compunds used in industry
to stabilize 1,1,1-trichloroethane.」(第1欄第21?23行)
「商品として1957-1958年に市場に導入されて以降、世界中で販売された1,1,1-トリクロロエタンの最大の量は、1,4-ジオキサン、ニトロメタン及び1,2-ブチレンオキシドを唯一の抑制剤として含有していた。次の最大の量は、1,3-ジオキソラン(5員のジオキシヘテロ環であり、1,4-ジオキサンに非常によく似ている化合物)、ニトロメタン、1,2-ブチレンオキサシド、及び多くの場合に、1以上の材料(例えば、低級ケトン及び/又はアルコール)を含み、この材料は1,1,1-トリクロロエタンを安定化するための、産業で用いられる10の主要な化合物の残りを占める。」

(2)甲第10号証に記載された発明(引用発明10)
甲第10号証には,「1,1,1-トリクロロエタン」は「1,3-ジオキソラン」と「ニトロメタン」及び「1,2-ブチレンオキシド」を「抑制剤」を含むものが,「商品として・・・世界中で販売された」ことが記載されており(摘記10-c参照),「安定化されたメチルクロロホルム組成物の大部分は、安定剤としての化合物の組み合わせを含有」するもの(摘記10-a参照)であるから,抑制剤として,「1,3-ジオキソラン」と「ニトロメタン」と「1,2-ブチレンオキシド」をすべて含む「安定化された」「1,1,1-トリクロロエタン(メチルクロロホルム)」が記載されているといえるので,甲第10号証には,
「安定化された1,1,1-トリクロロエタン組成物であって、抑制剤として1,3-ジオキソラン、ニトロメタン及び1,2-ブチレンオキサイドを含む1,1,1-トリクロロエタン組成物」の発明(以下,「引用発明10」という。)が記載されているといえる。
なお,被請求人は,甲第10号証は,「1,3-ジオキソラン」,「ニトロメタン」,「1,2-ブチレンオキサイド」の各々が唯一の阻害剤と解すべきであるから,上記認定は誤まっていると主張している(答弁書第75頁第9?18行,口頭審理陳述要領書第51頁第23?29行)。
そこで,原文をみると,「the largest volume of
1,1,1-trichloroethane sold throughout the world」(世界中で販売された最大の量)が「1,4-dioxolane, nitoromethane and 1,2-buthylene
oxide as the sole inhitors」(1,4-ジオキサン,ニトロメタン及び1,2-ブチレンオキシドを唯一の抑制剤として),「contained」(含んでいた)との文章の後に,
「The next largest volume」(次の最大の量)が,「1,3-dioxane
(a five-membered dioxygen heterocycle, a compound very simillar to
1,4-dioxane), nitoromethane, 1,2-buthylene oxide」(1,3-ジオキソラン(5員のジオキシヘテロ環であり、1,4-ジオキサンに非常によく似ている化合物)、ニトロメタン、1,2-ブチレンオキシド)を「has been that containing 」(含むものであった)との文章が続いている。
これによれば,「最大の量」と「次の最大の量」販売された「1,1,1-トリクロロエタン」には,ともに,「ニトロメタン」,「1,2-ブチレンオキシド」が共通して含まれているから,「ニトロメタン」,「1,2-ブチレンオキサイド」が別々の阻害剤として含まれていることはなく(これらが単独の阻害剤として含まれるものならば,「最大の量」と「次の最大の量」販売された「1,1,1-トリクロロエタン」の双方に共通して含まれるはずがない),これら3成分がすべてが含まれた「抑制剤」として記載されているといえ,上記認定に誤りはない。よって,被請求人の主張は採用できない。

(3)対比・判断
(3-1)本件発明1について
ア 対比
本件発明1と引用発明10とを対比する。
引用発明10の「「1,1,1-トリクロロエタン」は,本件発明1の「溶媒部分」に相当する。
また,引用発明10の「ニトロメタン」,「1,3-ジオキソラン」,「1,2-ブチレンオキシド」は,「抑制剤」であるから,安定剤であって,本件発明1の「安定剤系部分」に相当する。
また,引用発明10の「安定化された1,1,1-トリクロロエタン(メチルクロロホルム)組成物」は,「蒸気又は液体のいずれかを安定化される」ものである(摘記10-a参照)から,安定剤を添加しないものに対して金属腐食の遅延化の効果が得られているといえ,本件発明1の「安定化された溶媒組成物」といえる。
そうすると,本件発明1と引用発明10とは,
「安定化された溶媒組成物であって、溶媒部分と安定剤系部分を含む溶媒組成物」である点で一致し,以下の2点で一応相違する。
(i’’’’)「溶媒部分」が,前者が「臭化n-プロピルを少なくとも90重量%含む」ものであるのに対して,後者は「1,1,1-トリクロロエタンを含む」ものである点
(ii’’’’)「安定剤系部分」において、前者は「ニトロアルカン、1,2-ブチレンオキサイドおよび1,3-ジオキソランを含んでいて1,4-ジオキサンを含まない」のに対して、後者は「1,3-ジオキソラン、ニトロメタン及び1,2-ブチレンオキサイドを含む」ものである点

イ 相違点の検討
相違点(i’’’’)について検討する。
甲第3号証には,「n-臭化プロピル及び/又はイソ臭化プロピルを含有することを特徴とする洗浄用溶剤組成物であって、ニトロアルカン類、エーテル類、エポキシド類及びアミン類からなる群から選ばれる少なくとも1種の安定剤を含有し、塩素系炭化水素の安定剤として使用される補助安定剤を含有してもよい洗浄用溶剤組成物」が記載されていることは5(2)で述べたとおりである。
しかしながら,甲第3号証の記載からも,甲第10号証の記載(摘記10-a?10-c参照)からも,臭化n-プロピルと1,1,1-トリクロロエタンとが同じ安定剤で同様に安定化されることの示唆を見出すことができず,1,1,1-トリクロロエタンの安定化において有効であった安定剤が,そのままn-臭化プロピルにおいても有効であるとはいえないことは,すでに上記6(3)(3-1)イで論じたとおりである。
そうすると,溶媒としての類似性から,甲第10号証記載の「1,1,1-トリクロロエタン」と甲第3号証記載の「臭化n-プロピル」に共通性があるとしても,置き換えた場合に,臭化n-プロピルでも1,1,1-トリクロロエタンの場合と同様の安定剤としての機能を示すとはいえないのであるから,引用発明10の「1,1,1-トリクロロエタン」を甲第3号証の「臭化n-プロピル」に置き換えることが当業者にとって容易に想到し得たということはできない。

ウ まとめ
以上のとおりであるから,その余の相違点や効果について検討するまでもなく,本件発明1は甲第3,10号証に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものと認めることができない。

(3-2)本件発明2?5,9,10について
本件発明2?5は,いずれも本件発明1の発明特定事項をすべて含み,さらに限定したものであるから,本件発明1が甲第3,10号証に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものと認めることができない以上,本件発明2?5も同様に甲第3,10号証に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものと認めることができない。
また,本件発明9,10も,本件発明1と共通する発明特定事項である「臭化n-プロピルを少なくとも90重量%含有する溶媒部分とニトロアルカン、1,2-ブチレンオキサイドおよび1,3-ジオキソランを含んでいて1,4-ジオキサンを含まない安定剤系部分を含む溶媒組成物」を用いたもので,この発明特定事項は上記相違点(i’’’’)を含むものであるから,本件発明9,10も上述の理由により甲第3,10号証に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものと認めることができない。

(4)小括
以上のとおりであるから,本件発明1?5,9,10は甲第3,10号証に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものとは認められず,上記理由及び証拠によっては,本件発明1?5,9,10についての特許は特許法第29条第2項の規定に違反してなされたものとはいえない。

第6 平成24年6月21日付けで被請求人から提出された上申書について
1 手続について
平成24年6月15日付け審理終結通知(同年同月19日発送)の後に,同年同月21日付けで被請求人から上申書が提出されたが,その理由として,口頭審理で主張した被請求人の主張・説明が口頭審理調書に明記されていないために提出したもので,この上申書の内容を参酌すべきと述べている。
しかしながら,口頭審理調書の内容は口頭審理の終了時に両当事者に対して口頭で確認し,後日書面でも確認したものであって,その際に,口頭審理調書の内容に不備があれば,意見等を上申書で述べる機会があったにもかかわらず,審理終結通知後になって,さらに意見を述べ始めたものであるから,この上申書の内容をそもそも参酌する必要はないものである。
さらに,今回の上申書では,口頭審理で述べたはずもない平成24年5月30日付けで請求人から提出された上申書に対する反論も含まれている(第12頁末行?第20頁第1行)から,この上申書の内容を参酌すべきとする上記被請求人の主張は失当である。

2 上申書の主張内容について
念のため,上申書の主張内容についても,検討する。

(1)無効理由1について
被請求人は,実験成績証明書3(参考資料1)に,臭化n-プロピルの溶媒部分に,1,2-ブチレンオキサイド,ニトロエタン,イソプロパノールを安定剤として含む溶媒組成物をアルミニウム合金(JIS ADC14)に対して使用した場合の腐食開始時間を測定した実験結果を示し,イソプロパノールを併用する安定剤として用いても,金属腐食の遅延効果を示さなかったのであるから,先願明細書の1,3-ジオキソランを併用する安定剤として用いることが記載されていても,それは完成発明とはいえないとしている(第3頁第14行?第5頁第9行)。
確かに,参考資料1は口頭審理において,被請求人から一度提出があったが,そこに示された実験結果が乙第15号証,乙第16号証で示された実験結果と矛盾する点を当審から指摘され,被請求人がその提出を撤回したため,口頭審理調書に記載しなかったものである。
すなわち,参考資料1の表1のブランク(臭化n-プロピルの溶媒部分に,1,2-ブチレンオキサイド,ニトロエタンのみを安定剤として含むもの)は,全く同じ溶媒組成物が乙第15号証,乙第16号証の表1のブランクとしても記載されているが,これらは同1条件で金属腐食試験が行われているから,本来であれば同じ結果となるはずのところ,参考資料1の金属腐食開始時間は280分であるのに対し,乙第15号証,乙第16号証の金属腐食開始時間はそれぞれ75分である。この実験結果の矛盾に関して,口頭審理で,当審から指摘したところ,被請求人は,試験片の磨き方に違いによって実験結果に差が出たと回答したため,さらに,試験片の磨き方によって実験結果に差が出るのであれば,乙第15号証,乙第16号証の実験結果も同様に試験片の磨き方によっては実験結果が異なるのであるから,正確な実験結果を反映しているとはいえないとの指摘を受け,参考資料1の提出を被請求人が撤回したものである。口頭審理調書にこのことの記載はないが,このような審理があったことは,試験片の磨き方で実験結果が異なるという被請求人からの主張があったため,本件明細書の実施例を追試するための実施条件として,わざわざ試験片の磨くための「布やすりの規格又は商品名」について請求人から被請求人に確認している(平成24年4月10日付けの上申書参照)ことからも裏付けられている。
してみると,参考資料1で示される実験結果は,同様の実験をしている乙第15号証,乙第16号証,乙第28号証の実験結果の正確性について,さらに疑義を深めるものであるから,仮に,上申書の主張内容を参酌しても,上記「第5 4」で述べた無効理由1の判断に影響を与えるものではない。

(2)無効理由9について
被請求人は,「安定化された」の定義が,ある溶媒と接触する金属が,当該溶媒への安定剤の添加により,安定剤を添加しない場合に比べてより腐食しにくくなることを意味し,この意味で明確であると主張し,平成24年5月30日付けの上申書で述べられた請求人の主張に反論している(第13頁第13行?第17頁第1行)。
しかしながら,上記「第5 1(2)オ」で述べたように,「安定化された」との用語が,上述のように解する余地があるとしても,使用条件を規定しない「安定化された組成物」との意味は明確ということができず,また,本件明細書の記載からみて,そもそも「安定化された」との用語も,必ずしも上述の意味として解せるものでもないから,請求人の主張は採用できない。
してみると,仮に,上申書の主張内容を参酌しても,上記「第5 1」に述べた無効理由9の判断に影響を与えるものではない。

第7 むすび
以上のとおりであるから,請求項1?10に係る発明についての特許は,特許法第123条第1項第4号に該当し,無効とすべきでものであり,また,請求項1?3,5,9,10に係る発明についての特許は,特許法第123条第1項第2号に該当し,無効とすべきでものである。
審判費用については,特許法第169条第2項の規定において準用する民事訴訟法第61条の規定により,被請求人の負担とする。
 
審理終結日 2012-06-15 
結審通知日 2012-06-19 
審決日 2012-07-02 
出願番号 特願平9-531832
審決分類 P 1 113・ 121- Z (C11D)
P 1 113・ 537- Z (C11D)
P 1 113・ 536- Z (C11D)
P 1 113・ 161- Z (C11D)
最終処分 成立  
前審関与審査官 坂井 哲也  
特許庁審判長 井上 雅博
特許庁審判官 木村 敏康
大畑 通隆
登録日 2008-02-22 
登録番号 特許第4082734号(P4082734)
発明の名称 安定化された臭化アルカン溶媒  
代理人 永井 秀人  
代理人 矢倉 千栄  
代理人 齋藤 房幸  
代理人 安藤 雅俊  
代理人 津国 肇  
代理人 実広 信哉  
代理人 長沢 幸男  
代理人 伊藤 佐保子  

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