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審決分類 審判 全部無効 特36条4項詳細な説明の記載不備  A23L
審判 全部無効 特29条特許要件(新規)  A23L
審判 全部無効 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  A23L
管理番号 1281944
審判番号 無効2012-800040  
総通号数 169 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2014-01-31 
種別 無効の審決 
審判請求日 2012-03-30 
確定日 2013-11-26 
事件の表示 上記当事者間の特許第4636616号発明「餅」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 審判費用は、請求人の負担とする。 
理由 第1 手続の経緯の概要
本件特許第4636616号についての手続の経緯の概要は以下のとおりである。
平成18年 3月29日 :平成14年10月31日に出願された特願2002-318601号の一部を特許法第44条の規定により新たな出願として出願
平成22年12月 3日 :特許権の設定登録
平成24年 3月30日 :審判請求書及び
甲第1ないし4号証提出
平成24年 7月 9日 :答弁書及び乙第1ないし13号証提出
平成24年10月 1日 :口頭審理審理事項通知
平成24年10月19日 :請求人口頭審理陳述要領書,
弁駁書及び甲第5ないし14号証提出
平成24年10月19日 :被請求人口頭審理陳述要領書提出
平成24年10月31日 :被請求人上申書提出
平成24年11月 2日 :口頭審理
平成24年11月16日 :請求人上申書及び添付資料1ないし12提出
平成24年12月 4日 :請求人手続補正書提出

第2 本件特許請求の範囲の記載
本件特許請求の範囲の請求項1及び2(以下,それぞれの請求項に係る発発明を「本件発明1」及び「本件発明2」といい,これらを併せて「本件発明」という。)は,次のとおりである。なお,請求人が付したAないしJの項目を付記した。

【請求項1】
A 焼き網に載置して焼き上げて食する輪郭形状が方形の小片餅体である切餅であって,
B この焼き網に載置する際に,最も面積の大きい対向する広大面の一方を載置底面他方を上面とする高さ寸法が幅寸法及び奥行き寸法より短い薄平板状の偏平方形体の切餅の,前記上下の広大面間の立直側面に,この上下の広大面間の立直側面に沿う周方向に長さを有する一若しくは複数の切り込み部又は溝部を設け,
C この切り込み部又は溝部は,この立直側面に沿う周方向に直線状であって,四辺の前記立直側面のうちの対向二側面である長辺部の立直側面の双方に夫々形成した切り込み部又は溝部として,
D 焼き上げるに際し,前記立直側面の周方向に形成した前記切り込み部又は溝部の上側が下側に対して持ち上がり,最中やサンドウイッチのように上下の焼板状部の間に膨化した中身がサンドされている状態に膨化変形することで膨化による外部への噴き出しを抑制するように構成したことを特徴とする
E 餅。
【請求項2】
F 焼き網に載置して焼き上げて食する輪郭形状が方形の小片餅体である切餅であって,
G この焼き網に載置する際に,最も面積の大きい対向する広大面の一方を載置底面他方を上面とする高さ寸法が幅寸法及び奥行き寸法より短い薄平板状の偏平方形体の切餅の,前記上下の広大面間の立直側面に,この上下の広大面間の立直側面に沿う周方向に長さを有する一若しくは複数の切り込み部又は溝部を設け,
H この切り込み部又は溝部は,この立直側面に沿う周方向で且つ前記広大面と平行な直線状であって,四辺の前記立直側面のうちの対向二側面である長辺部の立直側面の双方に夫々長さいっぱいに形成した切り込み部又は溝部であり,刃板に対して前記小片餅体を前記長辺部長さ方向に相対移動することで形成した切り込み部又は溝部として,
I 焼き上げるに際し,前記立直側面の周方向に形成した前記切り込み部又は溝部の上側が下側に対して持ち上がり,最中やサンドウイッチのように上下の焼板状部の間に膨化した中身がサンドされている状態に膨化変形することで膨化による外部への噴き出しを抑制するように構成したことを特徴とする
J 餅。

第3 請求人の主張の概要
請求人は,本件発明1及び2について特許を無効とする,審判費用は被請求人の負担とするとの審決を求め,審判請求書と共に甲第1号証ないし甲第4号証を,口頭審理陳述要領書,弁駁書と共に甲第5ないし14号証を,上申書と共に添付資料1ないし12を提出し,本件発明1及び2は発明未完成であるので,特許法第29条第1項柱書の発明に該当しない(無効理由1),及び本件発明1及び2は,特許法第36条第4項第1号及び第6項第2号の要件を満たしていない(無効理由2の1及び2)ので,本件特許は同法第123条第1項第2号及び第4号に該当し,無効とすべきものであると,以下のように主張している。なお,甲第1号証ないし甲第14号証を,順に甲1ないし甲14という。

1 無効理由1(発明未完成)
(1)特許法第29条第1項柱書の「発明」とは,「自然法則を利用した技術的思想のうち高度のもの」(同法第2条第1項)であり,その技術内容は当業者が反復実施して目的とする技術効果を挙げることができる程度のまで具体的・客観的のものとして構成されなければならないから,技術内容が右の程度にまで構成されていないものは,発明として未完成なものであって,法2条1項にいう「発明」とはいえない(最判一小昭和52年10月13日)ところ,本件発明は,技術内容が未だその程度にまで構成されていないと見るべきであり,発明として未完成というべきである。

(2)つまり,本件発明は,以下(3)及び(4)に記載のように,構成B及びC、並びに構成G及びHである「切り込み部又は溝部」(以下,「スリット」という。)を設けることで,「スリットの上側が下側に対して持ち上がって,最中やサンドウイッチのように上下の焼板状部の間に,膨化した中身が,サンドされている状態に膨化変形することで,膨化による外部への噴出しを抑制する」という構成(構成D及びI)の技術内容が,当業者が反復実施して目的とする技術効果をあげることができる程度にまで具体的・客観的なものとして構成されていると言うことができないため,発明として未完成のものである。

(3)膨化噴き出しとスリットの関係について
膨化が発生することは,どのような餅でもいえることであるが,甲2及び3の実験結果と報告書から,スリット餅の方がスリット無しの餅に比して膨化の程度が高く(請求書第10頁の表),スリット餅では70%の割合で噴き出しが生じ(請求書第8頁の上の表),スリットが噴き出しの抑制に結びつかない。
甲8,9及び12から,噴き出し発生率,片持ち状膨化,割れ位置は,スリットの有無で差異がない。
本件発明でスリットに噴き出しを抑制する効果を出させるためには,餅の焼き方や材質などについての付帯条件が必要であるが,本件の特許請求の範囲,明細書及び図面にはいずれも全く明らかにされていない。
したがって,スリットを設けることで「焼き上げるに際し,前記立直側面の周方向に形成した前記切り込み部又は溝部の上側が下側に対して持ち上がり,最中やサンドウイッチのように上下の焼板状部の間に膨化した中身がサンドされている状態に膨化変形することで膨化による外部への噴き出しを抑制する」という構成の技術内容は,当業者が反復実施して目的とする技術効果を挙げることができる程度にまで具体的・客観的なものとして構成されていない。

(4)「膨化した中身」,「最中やサンドウイッチのように」,「噴き出し抑制」に関して
ア 「膨化した中身」について,原出願の公開公報(甲13段落【0036】)には,「たっぷりと具を挟み込んだような最中状態に焼き上がり」と記載されており,「膨化した中身」は,餅としての実体を有する澱粉質のもの(審判請求書別紙2の模式図)を意味していることは明らかであるが,甲2及び3の実験結果と報告書からみて,上記のような「膨化した中身」が,最中やサンドウイッチのように上下の焼板状部の間にサンドされている状態に膨化変形するように構成するための技術内容は,スリットによって実現されない。
イ 本件発明の「最中やサンドウイッチのように上下の焼板状部の間に膨化した中身がサンドされている状態に膨化変形すること」(「最中サンド要件」)は,本件発明の要諦であることは,本件明細書及び原出願の審査手続きで被請求人が提出した書類(甲10,11,14)の記載から明らかであり,噴き出し抑制に関して,これを除外してはならなず,本件発明は「スリットに対しての上下方向膨化→最中サンド要件→噴き出し抑制」となるものである。仮に,「膨化した中身」が,空気・水蒸気も含むとすれば,「膨化した中身がサンドされている状態に膨化変形する」は,餅全般にいえる現象で,スリットによって達成できるものでない。
ウ 構成D及びIの「切り込み部又は溝部の上側が下側に対して持ち上がり」は,「切り込み部又は溝部」のいずれか1つという限定がないので,4側面切り込みの場合は4側面全て,対向2側面の場合は両方の側面の上側でなければ「最中」や「サンドウイッチ」形状にならない。
本件明細書の段落【0022】,には,「最中」や「サンドウイッチ」の他に「焼きはまぐりができあがったようなやや片持ち状態に開いた貝のような形状」のものもできると記載されており,「片持ち形状」と「最中やサンドウイッチのように上下の焼板状部の間に膨化した中身がサンドされている状態」とは別の概念であり,片持ち状態の膨化変形は本件発明の対象外である。(添付資料6ないし8,甲11,13)
エ 「噴き出し抑制」とは,「抑制」の語義及び本件明細書(乙1),原出願の公開公報(甲13),手続補正書(甲14)及び意見書(甲10)からして,100%噴き出しを阻止することである。しかしながら,最中サンド状に膨化変形するものは4%,噴き出しを抑制できないものは70%である(甲3)。
オ したがって,スリットを設けることで,「餅としての実体を有する澱粉質のもの」である「膨化した中身」が,「焼き上げるに際して前記切り込み部又は溝部の上側が下側に対して持ち上がり,最中やサンドウイッチのように上下の焼板状部の間にサンドされている状態に膨化変形することで膨化による外部への噴き出しを抑制する」という構成の技術内容は,当業者が反復実施して目的とする技術効果を挙げることができる程度にまで具体的・客観的なものとして構成されていない。

2 無効理由2の1
(1)甲2及び3の実験結果及び報告書から,スリットの存在が必ずしも膨化に伴う噴き出しの抑制に結びつかないといわざるを得ず,餅の焼き方や材質などについての付帯条件が必要であるところ,本件明細書の発明の詳細な説明には,付帯条件の記載がなく,当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されていない。

(2)「膨化した中身」を餅としての実体を有する澱粉質のものと解釈した場合,「最中やサンドウイッチのように上下の焼板状部の間に膨化した中身がサンドされている状態に膨化変形する」ための具体的な技術が,本件明細書の発明の詳細な説明には,当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されていない。

3 無効理由2の2
本件発明の「膨化した中身」及び「焼板状部」は,具体的に何を意味するか不明であり,本件発明は明確でない。

請求人が提出した証拠方法及び添付資料は以下のとおりである。
甲第1号証:「切込み入り包装餅の効果についての見解」平成24年3月5日 技術士江川和徳
甲第2号証の1及び2:膨化比較試験一覧及び同写真
甲第3号証:「包装餅焼き試験結果報告書」平成24年3月16日 たいまつ食品(株)中村雅彦,小林慶一郎
甲第4号証:江川和徳編集「つくってあそぼう「4」もちの絵本」2010年4月30日第6刷発行 (社)農山漁村文化協会 第6,7,32?35頁
甲第5号証:大手家電メーカー オーブントースター販売機種仕様一覧
甲第6号証の1ないし7:甲第5号証の各オーブントースターの取扱説明書
甲第7号証:オーブントースター熱伝対試験(中心部温度波形比較)
甲第8号証:噴き出し確認テスト(乙第2号証に対する追加試験及び結果)作成日2012/10/9 たいまつ食品(株) 品質管理室
甲第9号証:餅の割れ方の関する検証 作成日2012/10/5 たいまつ食品(株) 品質管理室
甲第10号証:本件特許に係る意見書
甲第11号証:本件特許に係る回答書
甲第12号証:「片持ちはまぐり状」膨化の頻度(甲2実験写真及びデータに基づく分析)
甲第13号証:本件特許の公開公報(特開2004-147598号公報)
甲第14号証:本件特許に係る手続補正書
以下,上申書の添付資料
添付資料1 :「餅の焼成時における老化と膨化現象の関係についての見解」平成24年11月13日 技術士 江川和徳
添付資料2 :佐藤秀美,「おいしさをつくる「熱」の科学 料理の加熱の「なぜ?」にこたえるQ&A」,柴田書店,2008年5月15日第二版発行,p.36-39
添付資料3:オーブントースターの庫内温度試験 試験実施日2012/11/13
添付資料4:スリット有無による噴出し確認テスト(製造後2ヶ月) たいまつ食品(株)品質管理室 試験実施日2012/11/9,2012/11/12?13
添付資料5:スリット有無による噴出し確認テスト(製造直後) たいまつ食品(株)品質管理室 試験実施日2012/11/7
添付資料6:明細書の全文補正による手続補正書(平成18年3月29日提出)
添付資料7:審判請求書の請求理由の手続補正書(平成18年3月29日提出)
添付資料8:審尋(起案日平成18年11月1日)
添付資料9:市販されている切餅(杵搗き餅)の包装袋
添付資料10:市販されている切餅(杵搗き餅)の包装袋
添付資料11:岡田吉美,「未完成発明,引用発明の適格性,発明の容易性についての考察(上)」,パテント,Vol.60,No.5,2007,p.50-67,及び同(下)パテント,Vol.60,No.8,2007,p.89-107
添付資料12:神谷惠理子,「拒絶査定不服審判及び無効審判における発明未完成の意義」,パテント,Vol.58,No.5,2005,p.33-39

第4 被請求人の主張の概要
被請求人は,本件審判請求は成り立たない,審判の費用は請求人の負担とするとの審決を求め,答弁書と共に乙第1ないし13号証,口頭審理陳述要領書及び上申書を提出し,請求人の主張する理由及び証拠によっては本件発明を無効とすることはできないと以下のように主張している。なお,乙第1号証ないし乙第13号証を,順に乙1ないし乙13という。

1 無効理由1に対して
(1)発明未完成について
「発明未完成」及び「未完成発明」は,技術的課題のみが存在し,その解決のための技術的構成が確立しておらず,その効果も確認されていないものとされている。また,「反復可能性」については,専門的な知識経験のある者であれば誰でも,同じ方法で同じ発明を一定の確実性をもって実施できることが必要なことであり,その確実性が高いことを要しないとされている。
また,現在の特許庁の審査基準では,「発明未完成」という区分は削除されており,「目的達成のための手段は示されているものの,その手段によっては,課題を解決することが明らかに不可能なもの」は,「発明」に該当しないものの類型に含まれ,「自然法則を利用した技術的思想の創作」ではないから,「発明」に該当しないとしている。
以上のことから,本件発明1及び2は,発明未完成に該当せず,請求人の主張は根拠がない。

(2)本件明細書の記載
本件明細書の記載から,本件発明は,餅にスリットを形成し,スリットの上側が下側に対して持ち上がることにより,本件明細書に記載された,噴き出しの抑制,切り込み部位の忌避すべき焼き上がりの防止,均一な焼き上がり,食べ易く美味しい焼き上がりの作用効果が生じるものと理解できる。

(3)追加実験による作用効果の検証
乙2の実験結果から,本件発明は,スリット無しの餅に比べ,焼き上げによる上下方向への膨化量が大きく(乙2第4頁表1から平均で1.93mm),上下方向からの投影面積の増加が少ない(同第5頁表2から平均で上面2.03cm^(2),底面1.26cm^(2))ことから,加熱時の突発的な膨化による噴き出しの抑制の作用効果が裏付けられた。

(4)商業的成功について
スリット餅は,消費者に高い評価を得ていることから(乙3ないし13),本件発明が未完成ということはあり得ない。

(5)未完成理由1(上記「第3 1(3)」に対応)に対して
上下方向に膨化することによって作用効果が生じるのが本件発明であるから,試験結果から,スリット餅の方がスリット無し餅に比して膨化の程度が高くなる旨の主張は,まさに,本件発明が作用効果を奏することを示している。

(6)未完成理由2(上記「第3 1(4)」に対応)に対して
「膨化した中身」を,「餅としての実体を有する澱粉質のもの」と「空気・水蒸気も含むもの」に峻別する理由が不明である。

2 無効理由2の1(実施可能要件)に対して
(1)本件発明は,スリットを形成し,焼き上がり時に上側が持ち上がることにより,作用効果が生じるものであるから,請求人の主張する,試験結果からスリット餅の方がスリット無し餅に比して膨化の程度が高くなることは,まさに本件発明の作用効果を示している。
(2)「膨化した中身」は,図2のような状態の上下の焼板状部に挟まれた餅の部分である。
(3)本件明細書には,「単に焼き網に小片餅体1を載せて加熱するだけ」(段落【0017】)で焼くことが記載され,餅を焼くための手段として,「オーブントースターや電子レンジなどで焼くことが多い」(段落【0003】)と具体的に記載されている。また,スリット餅を上記の手段で焼くことで,「最中やサンドウイッチのような上下の焼板状部の間に膨化した中身がサンドされている状態」に膨化変形すること(段落【0021】等)が示されている。

3 無効理由2の2(明確性)に対して
本件明細書の記載及び図2から,「焼板状部」は,切り込み部から上側及び下側の板状の部分であり,「膨化した中身」は,上下の焼板状部の間に挟まれた餅の部分であり,いずれも明確である。

被請求人の提出した証拠方法は以下のとおりである。
乙第1号証:特許4636616号公報(本件特許公報)
乙第2号証:切餅に付す側面切り込みの有無による効果を比較した試験結果 平成24年6月25日 越後製菓株式会社 総合研究所 食品研究室 小林篤
乙第3号証の1ないし22:ふっくら名人アンケート回答結果
乙第4号証の1及び2:平成16年9月27日付及び平成17年10月17日付日本食糧新聞記事
乙第5号証:平成18年10月16日付日本食糧新聞記事
乙第6号証の1ないし4:平成15年9月22日及び29日フードウイークリー記事
乙第6号証の5:平成15年9月16日付商経アドバイス記事
乙第7号証:ケンコーコムウェブサイト
乙第8号証:平成17年9月14日付食品新聞記事
乙第9号証:平成18年10月16日付日本食糧新聞記事
乙第10号証:平成20年10月6日付日本食糧新聞記事
乙第11号証:平成22年10月6日付日本食糧新聞記事
乙第12号証:平成18年10月2日付商経アドバイス記事
乙第13号証:平成22年9月8日付食品新聞記事

第4 当審の判断
本件発明1及び本件発明2についての各無効理由は同じであるため,両発明をまとめて本件発明として,以下検討する。
1 無効理由1(発明未完成)について
(1)「発明未完成」について
被請求人は,現在の特許庁の審査基準では,「発明未完成」という区分は削除されており,「目的達成のための手段は示されているものの,その手段によっては,課題を解決することが明らかに不可能なもの」は「発明」に該当しないものの類型に含まれ,「自然法則を利用した技術的思想の創作」ではないから「発明」に該当しないとしているから,本件発明1及び2は,発明未完成に該当しないことは明確である旨主張する。
特許法第29条第1項柱書について,特許庁は,被請求人のいうような運用をしている。一方で,発明の詳細な説明の記載から,当業者が実施をすることができない発明については,明細書の発明の詳細な説明の記載は当業者が発明を実施することができる程度に明確かつ十分に記載したものであることを求めている特許法第36条第4項実施可能要件違反(明細書の記載要件違反)として扱っている。
そして,請求人の「発明未完成」の主張は,本件発明が,特許法第2条第1項でいう「自然法則を利用した技術的思想の創作」でなく,「発明」に該当しないという主張といえるものであること,請求人が主張するように,判例上(最判一小昭和52年10月13日),「発明未完成」についての判示がされていること,及び請求人は,上記判例に沿って,本件発明が発明未完成であるという無効理由を第1の無効理由として挙げ,実施可能要件を第2の無効理由(無効理由2の1)として,判断を求めていることから,請求人が主張する発明未完成の観点について,以下に検討することとする。

(2)本件発明の「切り込み部又は溝部」(以下,「スリット」という。)を設けることで,スリットの「上側が下側に対して持ち上がって,最中やサンドウイッチのように上下の焼板状部の間に,膨化した中身が,サンドされている状態に膨化変形することで,膨化による外部への噴出しを抑制する」という構成の技術内容が,当業者が反復実施して目的とする技術効果を挙げることができる程度にまで具体的・客観的なものとして構成されているとすることができるか否かについて
ア 本件明細書の記載の検討
本件明細書には以下の記載がある。
・発明の属する技術分野として
「本発明は,例えば個包装されるなどして販売される角形の切餅に関するものである。」(段落【0001】)
・発明の課題として
「餅を焼いて食べる場合,加熱時の膨化によって内部の餅が外部へ突然膨れ出て下方へ流れ落ち,焼き網に付着してしまうことが多い。
そのためこの膨化による噴き出しを恐れるために十分に餅を焼き上げることができなかったり,付きっきりで頻繁に餅をひっくり返しながら焼かなければならなかった。古来のように火鉢で餅を手元に見ながら焼く場合と異なりオーブントースターや電子レンジなどで焼くことが多い今日では,このように頻繁にひっくり返すことは現実なかなかできず,結局この突然の噴き出しによって焼き網を汚してしまっていた。
このような膨化現象は焼き網を汚すだけでなく,焼いた餅を引き上げずらく,また食べにくい。更にこの膨化のため餅全体を均一に焼くことができないなど様々な問題を有する。
しかし,このような膨化は水分の多い餅では防ぐことはできず,十分に焼き上げようとすれば必ず加熱途中で突然起こるものであり,この膨化による噴き出し部位も特定できず,これを制御することはできなかった。」(段落【0002】?【0005】)
「切り込みを切餅の立直側面に設けることで,焼き途中での膨化による噴き出しを制御できると共に,焼いた後の焼き餅の美感も損なわず,しかも切り込みを少なくとも立直側面に沿う周方向に直線状にして対向二側面である長辺部の立直側面の双方に夫々形成することによって,焼き上がった餅が単にこの切り込みによって美感を損なわないだけでなく,逆に自動的に従来にない非常に食べ易く,また食欲をそそり,また現に美味しく食することができる画期的な焼き上がり形状となり,また今まで難しいとされていた焼き餅を容易に均一に焼くことができ餅の消費量を飛躍的に増大させることも期待できる極めて画期的な餅を提供することを目的としている。」(段落【0008】)
・発明の実施の形態として
「即ち,従来は加熱途中で突然どこからか内部の膨化した餅が噴き出し(膨れ出し),焼き網に付着してしまうが,切り込み3を設けていることで,先ずこれまで制御不能だったこの噴き出し位置を特定することができ,しかもこの切り込み3を周方向に長さを有するものとすることで,膨化による噴出力(噴出圧)を小さくすることができるため,焼き網へ垂れ落ちるほど噴き出し(膨れ出)たりすることを確実に抑制できることとなる。」(段落【0018】),
「即ち,立直側面2Aに切り込み3を周方向に沿って形成することで,この切り込み部位が焼き上がり時に平坦頂面に形成する場合に比べて見えにくい部位にあるというだけでなく,オーブン天火による火力が弱い位置に切り込み3が位置するため忌避すべき焼き形状とならない場合が多く,また,しかも切り込みを立直側面2Aに沿う周方向に直線状にして対向二側面である長辺部の立直側面2Aの双方に夫々形成することによって,膨化によってこの切り込み3の上側が下側に対して持ち上がり,この切り込み部位はこの持ち上がりによって忌避すべき焼き上がり状態とならず逆に自動的に従来にない非常に食べ易く,また食欲をそそり,また現に美味しく食することができる画期的な焼き上がり形状となり,それ故今まで難しいとされていた焼き餅を容易に均一に焼くことができるという画期的な作用・効果を生じる。
即ち,この持ち上がりにより,図2に示すように最中やサンドウィッチのような上下の焼板状部の間に膨化した中身がサンドされている状態,あるいは焼きはまぐりができあがりつつあるようなやや片持ち状態に開いた貝のような形状に自動的に膨化変形し,自動的に従来にない非常に食べ易く,また食欲をそそり,また美味しく食することができる焼き上がり形状となる。またほぼ均一に焼き上げることが可能となる。
本発明の方形(直方形)の切餅の場合であって,立直側面2Aに切り込み3をこの立直側面2Aに周方向に沿って形成することで,たとえ立直側面2Aの四面全てに連続して角環状に切り込み3をめぐらし形成しなくても,少なくとも対向側面である長辺部の立直側面2Aの双方に所定長さ以上連続して周方向に沿って直線状の切り込み3を形成することで,膨化によって流れ落ちる程噴き出すことなく,この切り込み3に対して上側が持ち上がり,前述のように最中やサンドウィッチのような上下の焼板状部間に膨化した中身がサンドされている状態,あるいは焼きはまぐりができあがったようなやや片持ち状態に開いた貝のような形状となり,自動的に従来にない非常に食べ易く,また食欲をそそり,また美味しく食することができる焼き上がり形状となる。
特にこの切り込み3を立直側面2Aに,小片餅体1の輪郭縁に沿った周方向に連続して四角環状に形成すれば,一層前記作用・効果が確実に発揮され,極めて画期的な餅となる。」(段落【0020】?【0023】)
・実施例として
「 本実施例は,つき立ての餅を急冷して個包装パックし袋詰めして市販する餅(例えばオーブントースターで焼いたり,電子レンジで加熱したりして食する餅)に本発明を適用したもので,切餅に適用した実施例である。
切餅における小片餅体1は,長方体状で輪郭形状は四角形である。
本実施例では,この直方形状の小片餅体1の上側表面部2の立直側面2Aである側周表面2Aに,この立直側面2Aに沿う方向を周方向としてこの周方向に連続させてほぼ角環状とした切り込み部3を設けている。
即ち,外側四面の立直側面2Aに切り込み3を連続してこれに沿ってめぐらすことで四角環状の切り込み3を形成している。
この四面の立直側面2Aに切り込み3を形成することで丸餅における実施例より更に前記作用・効果は顕著に発揮される。
即ち,立直側面2Aたる側周表面2Aに切り込み3をこの立直側面2Aに沿って形成することで,図2に示すように,この切り込み3に対して上側が膨化によって流れ落ちる程噴き出すことなく持ち上がり,前述のように最中やサンドウィッチのような上下の焼板状部間に膨化した中身がサンドされている状態(やや片持ち状態に持ち上がる場合も多い)となり,自動的に従来にない非常に食べ易く,また食欲をそそり,また美味しく食することができる焼き上がり形状となる。
従って,例えば図3に示すように対向二側面である長辺部の立直側面2Aの双方に刃板5によって切り込み3を形成することで,(前後の短辺部の立直側面2Aに切り込み3を殆ど形成せず環状に切り込み3を形成しないが)四面全てに連続させて形成して四角環状とする場合に比して十分ではないが持ち上がり現象は生じ,前記作用・効果は十分に発揮される。
即ち,刃板5に対して小片餅体1を長辺部長さ方向に相対移動するだけで小片餅体1の両側の長辺部の立直側面2Aに周方向に十分な長さを有する切り込み3を簡単に形成でき,前記作用・効果が十分に発揮されると共に,量産性に一層秀れる。」(段落【0025】?【0032】)
・発明の効果として
「本発明は上述のように構成したから,切り込みを立直側面に設けることで焼き途中での膨化による噴き出しを制御できると共に,焼いた後の焼き餅の美感も損なわず,しかも切り込みを少なくとも立直側面に沿う周方向に直線状にして対向二側面である長辺部の立直側面の双方に夫々形成することによって,焼き上がった餅が単にこの切り込みによって美感を損なわないだけでなく,逆に自動的に従来にない非常に食べ易く,また食欲をそそり,また現に美味しく食することができる画期的な焼き上がり形状となり,また今まで難しいとされていた焼き餅を容易に均一に焼くことができ餅の消費量を飛躍的に増大させることも期待できる極めて画期的な餅となる。
しかも本発明は,この切り込みを単なる餅の平坦上面に直線状に数本形成したり,X状や+状に交差形成したり,あるいは格子状に多数形成したりするのとは異なり,周方向に形成,即ち,立直側面に周方向に沿って形成するため,焼いた時の膨化による噴き出しが抑制されると共に,焼き上がった後の焼き餅の美感も損なわず,しかも少なくとも立直側面に沿う周方向に直線状にして対向二側面である長辺部の立直側面の双方に夫々形成することによって,確実に焼き上がった餅は自動的に従来にない非常に食べ易く,また食欲をそそり,また美味しく食することができる焼き上がり形状となり,それ故今まで難しいとされていた焼き餅を容易に均一に焼くことができこととなる画期的な餅となる。
また,切り込みを立直側面に周方向に沿って形成することで,切り込み部位が焼き上がり時に平坦頂面に形成する場合に比べて見えにくい部位にあるというだけでなく,オーブン天火による火力が弱い位置に切り込みが位置するため忌避すべき焼き形状とならない場合が多く,また,しかも切り込みを立直側面に沿う周方向に直線状にして対向二側面である長辺部の立直側面の双方に夫々形成することによって,膨化によってこの切り込みの上側が下側に対して持ち上がり,この切り込み部位はこの持ち上がりによって忌避すべき焼き上がり状態とならず,逆に自動的に従来にない非常に食べ易く,また食欲をそそり,また美味しく食することができる焼き上がり形状となり,それ故今まで難しいとされていた焼き餅を容易に均一に焼くことができるという画期的な作用・効果を生じる。
特に本発明においては,方形(直方形)の切餅の場合であって,立直側面たる側周表面に切り込みをこの立直側面に周方向に沿って形成することで,たとえ立直側面の四面全てに連続して角環状に切り込みを形成しなくても,少なくとも対向側面である長辺部の立直側面の双方に所定長さ以上連続して周方向に沿って直線状に切り込みを形成することで,この切り込みに対して上側が膨化によって流れ落ちる程噴き出すことなく持ち上がり,しかも立直した側面に切り込みが位置するから切り込みは完全に側面に位置し,オーブン天火の火力が弱いことなどもあり,忌避すべき形状とはならず,また前述のように最中やサンドウィッチのような上下の焼板状部で膨化した中身がサンドされている状態,あるいは焼きはまぐりができあがったようなやや片持ち状態に開いた貝のような形状となり,自動的に従来にない非常に食べ易く,また食欲をそそり,また美味しく食することができる焼き上がり形状となる。
」(段落【0012】?【0015】)
・【図面の簡単な説明】として
「【図1】第一実施例(切餅に適用した一実施例)を示す斜視図である。
【図2】第一実施例(切餅に適用した一実施例)を示す焼き上がり状態の斜視図である。
【図3】第二実施例(切餅に適用した別実施例)を示す斜視図である。」
【図1】




【図2】




【図3】





本件明細書及び図面のこれらの記載から,本件発明は,餅を焼いて食べる場合,加熱時の膨化によって内部の餅が外部へ突然膨れ出て下方へ流れ落ち,焼き網に付着することが多く,餅をオーブントースターや電子レンジなどで焼く場合,突然の噴き出しによって焼き網を汚す等の問題が有ったこと,また,この膨化による噴き出し部位は特定できず制御することはできなかったことを課題として認識し,切り込みの設定によって,噴き出し位置を特定でき,しかも焼き途中での膨化による噴き出しを制御できると共に,焼いた後の焼き餅の美感も損なわず,食べ易く美味しく食することができる焼き上がり形状となる餅を提供することを目的とするものであって,これらの課題を解決し目的を達成するための手段として,本件発明の構成を有する餅を創作したものであるといえる。
そして,本件明細書には,具体的な実施例として,「つき立ての餅を急冷して個包装パックし袋詰めして市販する餅(例えばオーブントースターで焼いたり,電子レンジで加熱したりして食する餅)」に適用し,直方形状の小片餅体1の上側表面部2の立直側面である側周表面2Aに,この立直側面2Aに沿う方向を周方向としてこの周方向に連続させてほぼ角環状とした切り込み部3を設けたものが,一実施例として図1に示されている。そして,この餅の焼き上がり形状が,図2に一実施例として示され,切り込み3に対して上側が,膨化によって流れ落ちる程噴き出すことなく持ち上がり,「最中やサンドウィッチのような上下の焼板状部間に膨化した中身がサンドされている状態(やや片持ち状態に持ち上がる場合も多い)」の焼き上がり形状となることが記載されている。
本件発明の効果は,切り込みの設定によって焼き途中での膨化による噴き出しを制御できると共に,食べ易い焼き上がり形状となること,切り込みが側面に位置し,側面はオーブン天火の火力が弱いことなどにより,忌避すべき形状とはならず,最中やサンドウィッチのような上下の焼板状部で膨化した中身がサンドされている状態(やや片持ち状態に持ち上がる場合も多い)となることであるといえる。

本件明細書の記載からみて,本件発明の餅は,例えば市販の方形の切餅の側面に,スリットを入れたものであり,焼き上げる際は,オーブントースターを切餅を焼くに適した条件で用いればよく,焼き上げられた形状や餅内部の状態は,上記のとおり焼き上げた際に自然に得られるものであるとするのが相当といえる。
さらに,本件発明で,焼き網に垂れ落ちるほどの噴き出しが抑制できるメカニズムを考察すると,側面にスリットを設けた本件発明の餅は,主として上下方向から加熱するのが通常であるオーブントースターで焼き上げた際に,直接放射熱が当たる上面及び底面に比べて,放射熱が直接当たりにくい側面にスリットが設けられているため,加熱に伴い餅内部の水が水蒸気となりかつ空気が膨張して,餅を膨らませ,内部の圧力に餅の表面が耐えられなくなると,上下面よりも放射熱が直接当たりにくいため焼けて固くなるのが遅いと考えられる側面に設けられたスリットが,割れの契機となって,そこから割れ,上側が下側に対して持ち上がり,内部に空洞が生じ,結果的に外部への噴出力が減少して,焼き網に垂れ落ちるほどの餅の噴き出しが抑制されることは,本件明細書の記載及び自然法則から極自然に考えられることである。

以上のとおり,本件明細書及び図面の記載から,本件発明の餅は,焼き上げた際に,内部に空洞ができ外部への噴出力が減少して,つまり,餅は最中やサンドウイッチ(やや片持ち状態に持ち上がる場合が多い)のように上下の焼板状部の間に膨化した中身がサンドされている状態に膨化変形し,焼き網に付着するほどの餅の噴出しを抑制できるものであることが理解できる。

イ 実験結果の検討
(ア)甲3及び甲12は,非マイコン制御のオーブントースターを使用し,側面に切り込みを設けた餅(以下,「スリット餅」という。),及び切り込みを設けていない餅(以下,「スリット無し餅」という。)を焼き上げた実験結果(甲2の1及び2)を分析した報告書であって,以下のことが示されている。なお,餅の製造からの経過時間は不明である。
a 餅の形状について,甲3の第4頁の上の表に,スリット餅では,適正及び許容片持ちはまぐり状(開放度0?60度)が合計70%,異常片持ちはまぐり状(開放度60度以上)が26%,サンドウイッチ/最中状4%と記載されている。そして,開放度60度以上も片持ちはまぐりといえるものであるから,片持ちはまぐり状は合計96%といえる。一方,スリット無し餅では,適正及び許容片持ちはまぐり状が合計89%,異常片持ちはまぐり状が11%,サンドウイッチ/最中0%と記載されており,片持ちはまぐり状の合計は100%といえる。さらに甲12には,片持ちはまぐり状に膨化する頻度が,スリット餅で278/300(92.6%),スリット無し餅で298/300(99.3%)であることが示されている。
これらのことから,スリットの有無に依らず,いずれも請求人がいう片持ちはまぐり状となる頻度は高いといえる。
b 軟化噴出し発生については,甲3の第7頁の表に,噴き出し無しがスリット餅30%,スリット無し餅16%であることが示されていることから,スリット餅の方が噴き出し発生頻度は低いといえる。
c 膨化高さについては,甲3の第11頁の表に,スリット餅333%,スリット無し餅259%であることが示されていることから,スリット餅の方が高さ方向の膨化が大きいといえる。
d 割れ位置は,甲3の第7頁に円グラフに,スリット餅では,96.3%がスリット位置で割れることが示されていることから,スリットにより割れ位置が特定できるといえる。

以上の実験結果から,スリットの有無で焼き上がりの形状についてはほとんど差がないものの,スリット餅では,スリットを割れ位置とし,上下方向の膨化が大きく,噴き出しは,スリット無し餅に比べて抑制される場合が多いことが確認でき,上記アに記載した本件明細書から理解できる本件発明の構成と目的とする作用効果の関係に,一定の具体性と客観性があることを裏付けているといえる。

(イ)乙2は,マイコン制御のオーブントースターを用い,説明書に従い230℃,4分30秒,餅を横置きして,スリット餅及びスリット無し餅を焼き上げた実験結果を示したものであり,餅はいずれも製造から約2ヶ月経過したものを用いている。そして,以下のことが示されている。
上下方向の膨化量の平均は,スリット無し餅が16.18mm,スリット餅が18.75mm(4頁表1),上下方向からみた餅の投影面積の平均は,上面からの場合,スリット餅が29.1cm^(2),スリット無し餅が31.34cm^(2),底面からみた場合,スリット餅が30.05cm^(2),スリット無し餅が31.31cm^(2)(5頁表2)であることが示されている。
この結果から,スリット餅はスリット無し餅より,上下方向の膨化が約2mm大きく,投影面積の平均は,上面からみた場合スリット無し餅が,スリット餅より約2cm^(2)大きく,底面からみた場合スリット無し餅が,スリット餅より約1.3cm^(2)大きいことから,スリットにより,上下方向の膨化が高まり,横方向の膨化は抑制されているといえる。
また,審理事項通知に合議体の見解として記載した,乙2の「実験写真集」の餅について,餅が焼き網へ垂れ落ちるほど噴き出しているものを,餅の辺部分(角とみえる部分を結んだ直線)から,上面又は底面の写真のいずれかに2cm以上の飛び出しがみられるものとして(なお,2cmという基準については,具体的な根拠はないが,写真を見て,噴き出した餅が焼き網へ垂れ落ちるであろうと見えるものと,おおよそ一致する。),その数を数えた結果は,スリット餅が21個に対して,スリット無餅は51個であり,スリット餅の方が噴き出しが抑制されることを示す結果となった。このことは,被請求人が示した,横方向の膨化は抑制されるという結果と矛盾するものではない。
(なお,乙2の写真から2cm以上の飛び出しがみられたとしたものは,以下のとおりである。
スリット餅:A7,A14,A30,A32,A43,A65,A66,A79,A97,A116,A122,A128,A139,A140,A143,A147,A153,A158,A163,A179A198の計21個
スリット無し餅:B2,B3,B6,B7,B14,B16,B17,B19,B21,B28,B37,B40,B42,B47,B50,B54,B58,B59,B64,B66,B68,B71,B74,B78,B79,B85,B89,B91,B93,B100,B101,B102,B117,B131,B139,B140,B143,B148,B150,B151,B152,B157,B160,B167,B168,B171,B172,B174,B182,B194,B200の計51個)

以上の実験結果は,スリット餅は,上下方向に膨化し,横方向への膨化が少なく噴き出しが抑制されることを示しているといえ,上記アに記載した,本件明細書から理解できる本件発明の構成と目的とする作用効果の関係に,一定の具体性と客観性があることを裏付けているといえる。

(ウ)請求人が提出した添付資料4及び5は,それぞれ製造2ヶ月後及び製造直後の餅について,乙2と同じ機種のマイコン制御のオーブントースターを用いて,スリットの有無による噴き出しを確認した実験結果であり,【結果】の欄に,製造2ヶ月後では,噴き出し発生率が,スリット餅で5.5%,スリット無し餅で6.0%であり,製造直後では,ともに30%であることが示されている。
この結果は,餅の噴き出しの発生率は,製造から経過した時間によりかなり異なることを示し,製造直後では,スリットが噴き出し抑制に必ずしも寄与していないものの,製造2ヶ月後では,スリット餅では,若干ではあるが噴き出しが抑制されることを示している。

(エ)甲8は,乙2と同じオーブントースタの機種を用いて,餅(製造から時間は不明である。)を縦置きとした実験結果が示され,噴き出しの発生率が,スリット餅とスリット無し餅でいずれも4%(【結果】の欄)であることが示されており,スリットが噴き出し抑制に必ずしも寄与していないことを示している。

(オ)まとめ
上記(ア)及び(イ)は,オーブントースターがマイコン制御か否かにかかわらず,上記アに記載した本件明細書から理解できる本件発明の構成と目的とする作用効果の関係に,一定の寄与があることを示しているものの,上記(ウ)及び(エ)では,マイコン制御のオーブントースターでは,スリットが噴き出し抑制に必ずしも寄与ないことを示しており,実験の条件により実験結果にバラツキが生じている。
しかしながら,市販の餅の品質及び家庭における保存状態や焼き上げる際に用いる機器の種類にバラツキが大きいことが避けがたいことを考慮すると,焼き上げた際の効果にある程度のバラツキが生じることを許容するのが相当といえるから,上記の実験結果を総合的にみて,「スリット」を設けることで,スリットの「上側が下側に対して持ち上がって,最中やサンドウイッチのように上下の焼板状部の間に,膨化した中身が,サンドされている状態に膨化変形することで,膨化による外部への噴出しを抑制する」という構成の技術内容が,当業者が反復実施して目的とする技術効果をあげることができる程度にまで具体的・客観的なものとして構成されていることが裏付けられたとするのが相当である。

ウ オーブントースターの機種や焼き方及び餅質(製造からの経過時間)といった付帯条件の必要性についての検討
餅を焼く条件について,本件明細書には,切り餅を焼く際に,一般にオーブントースターや電子レンジを用いることが多くなり,頻繁に餅をひっくり返すことはできず,突然の噴き出しにより焼き網を汚していたと記載され(段落【0003】),「本実施例は,つき立ての餅を急冷して個包装パックし袋詰めして市販する餅(例えばオーブントースターで焼いたり,電子レンジで加熱したりして食する餅)に本発明を適用したもので,切餅に適用した実施例である。」(段落【0025】)と記載されており,オーブントースター等で焼くことを前提としているといえ,マイコン制御或いは非マイコン制御のオーブントースタを通常餅を焼く条件の範囲で用いればよく,また,餅質については,通常市販されている切り餅であればよいと,本件明細書の記載から理解できる。
そして,上記イに記載したように,上記の実験結果を総合的にみると,上記アに記載した,本件発明の構成と目的とする作用効果の関係に,一定の具体性と客観性があることを裏付けているといえるから,餅を焼く条件は,マイコン制御或いは非マイコン制御のオーブントースタ等を通常餅を焼く条件の範囲で用いればよく,また,餅質については,通常市販されている切り餅であれば良く,格別の付帯条件は必要でないといえる。

エ 請求人が主張する「膨化した中身」及び「最中やサンドウイッチのように上下の焼板状部の間に膨化した中身がサンドされている状態」の解釈について
本件明細書の図2に記載された焼き上がりの状態で示される上下に挟まれた部分が「膨化した中身」であることは,本件明細書段落【0021】,【0030】の記載から明らかであり,内部には,膨化による噴出力を小さくすることができるほどの空洞が生じていることは,上記アに記載したとおりである。
そして,「最中やサンドウイッチのように」とは,本件明細書に,実施例として「最中やサンドウィッチのような上下の焼板状部間に膨化した中身がサンドされている状態(やや片持ち状態に持ち上がる場合も多い)」(段落【0030】)と記載されており,この「片持ち状態」には,「開いた貝のような」という記載はなく,本件明細書の段落【0021】,【0022】及び【0015】に記載される「焼きはまぐりができあがりつつあるようなやや片持ち状態に開いた貝のような形状」とは区別されている。さらにサンドウイッチには片持ち状態のものが珍しくないことも勘案すると,本件発明の「最中やサンドウイッチのように」は,請求人が弁駁書及び上申書で主張するような,上下のパンや皮と中身がほぼ並行状態のものと言うより,むしろ,本件明細書に記載される,片持ち状態に持ち上がる場合も多いとするのが相当といえる。さらに,請求人が提出した甲2の2及び上申書の添付資料4,5の写真,及び被請求人が提出した乙2の写真を参照すれば,実際にスリット餅で図2に類する焼き上がりが見られる。
そうすると,「膨化した中身」が,「餅としての実体を有する澱粉質のもの」であり空洞を含まない,さらに,「最中やサンドウイッチのように」は,片持ち状とは区別され,持ち上がりは,スリット全てに対して均等でなければならないとして,本願発明は未完成であるとする請求人の主張は,「膨化した中身」及び「最中やサンドウイッチのように上下の焼板状部の間に膨化した中身がサンドされている状態」の解釈を誤っているといわざるをえない。

オ 請求人が主張する「抑制」の意味について
本件明細書には,「焼き網へ垂れ落ちるほど噴き出し(膨れ出)たりすることを確実に抑制できることとなる。」(段落【0018】)と記載され,「内部の餅が外部へ突然膨れ出て下方へ流れ落ち,焼き網に付着してしまうことが多い」(段落【0002】)という発明の課題の認識からみても,本件発明の「噴き出しを抑制する」の意味は,完全に噴き出しを抑制するということではなく,餅が焼き網に付着するほど垂れ落ちることを抑制する意味であるといえ,請求人が弁駁書及び上申書で主張する100%噴き出しを抑制するという解釈は,本件発明における「抑制」の解釈を誤っているといわざるをえない。

カ 請求人の「粉餅」についての主張について
請求人は,上申書で「粉餅」は,原料粉末の質が悪く,焼くと噴き出して焼き網に付着することがあるので,本件明細書の従来技術は,「杵つき餅」ではなく,「粉餅」の可能性が高い旨主張するが,本件明細書には,「本発明は,例えば個包装されるなどして販売される角形の切餅に関するものである。」(段落【0001】)と記載されている。そして,請求人は,スーパー等で販売されている個包装の切り餅は,「杵つき餅」であるとしていることから,発明の課題を認識した従来技術も,特に「粉餅」であると記載がない以上「杵つき餅」とするのが相当である。さらに,「杵つき餅」が,焼き網に付着するほど噴き出すことがあることは,甲2の2及び乙2の写真から確認できる。したがって,請求人の上記主張は採用できない。

(3)まとめ
以上のとおり,本件発明は,スリットを設けることで,スリットの「上側が下側に対して持ち上がって,最中やサンドウイッチのように上下の焼板状部の間に,膨化した中身が,サンドされている状態に膨化変形することで,膨化による外部への噴出しを抑制する」という構成の技術内容が,当業者が反復実施して目的とする技術効果を挙げることができる程度にまで具体的・客観的なものとして構成されているといえ,未完成発明であるとはいえず,特許法第29条第1項柱書の発明に該当するから,特許法第123条第1項第2号に該当し無効である,とすることはできない。

2 無効理由2の1(実施可能要件)について
(1)上記1(2)ア,イ及びウに記載したとおり,スリットの存在は,餅の膨化に伴う噴き出しの抑制に一定の寄与をしているといえ,餅の焼き方や材質などについての付帯条件は必要であるとはいえないから,本件明細書の発明の詳細な説明は,当業者が本件発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されているといえる。

(2)上記1(2)エに記載したとおり,「膨化した中身」を餅としての実体を有する澱粉質のものと解釈しすることは妥当でなく,「最中やサンドウイッチのように上下の焼板状部の間に膨化した中身がサンドされている状態に膨化変形する」ための具体的な技術が,本件明細書の発明の詳細な説明に,当業者が本件発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されているといえる。

(3)まとめ
以上のとおり,本件特許は,特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしているから,特許法第123条第1項第4号に該当し無効である,とすることはできない。

3 無効理由2の2(明確性)について
(1)本件発明の「膨化した中身」は,例えば,本件明細書の図2に記載された焼き上がりの状態で示される上下に挟まれた部分であり,内部には,膨化による噴出力を小さくすることができるほどの空洞が生じていることは,上記「1(2)エ」に記載したとおりであり,明確である。

(2)「焼板状部」は,平坦上面側及び載置底面側からのオーブントースターによる加熱により焼けた,上下面の部分といえる。そして,例えば,図2に示された,「膨化した中身」を挟む上下の部分であり,明確である。

(3)まとめ
以上のとおり,本件特許は,特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしてるから,特許法第123条第1項第4号に該当し無効である,とすることはできない。

第6 むすび
以上のとおり,本件請求項1及び2に係る発明についての特許は,特許法第29条第1項柱書の規定に違反してなされたものではなく,また,特許法第36条第4項,第6項第1号及び第2号に規定する要件を満たしているから,特許法第123条第1項第2号または第4号に該当し無効である,とすることはできない。
また,審判に関する費用については,特許法第169条第2項で準用する民事訴訟法第61条の規定により,請求人が負担すべきものとする。
よって,結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2012-12-26 
結審通知日 2013-01-04 
審決日 2013-01-29 
出願番号 特願2006-90684(P2006-90684)
審決分類 P 1 113・ 1- Y (A23L)
P 1 113・ 537- Y (A23L)
P 1 113・ 536- Y (A23L)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 村上 騎見高  
特許庁審判長 秋月 美紀子
特許庁審判官 鵜飼 健
郡山 順
登録日 2010-12-03 
登録番号 特許第4636616号(P4636616)
発明の名称 餅  
代理人 小田 富士雄  
代理人 八掛 俊彦  
代理人 八掛 順子  
代理人 末吉 亙  
代理人 岩田 敏  
代理人 岩田 享完  
代理人 岩田 敏  
代理人 岩田 敏  
代理人 吉井 雅栄  
代理人 高橋 元弘  
代理人 清武 史郎  
代理人 八掛 俊彦  
代理人 岩田 享完  
代理人 八掛 順子  
代理人 八掛 俊彦  
代理人 岩田 享完  
代理人 坂手 英博  
代理人 八掛 順子  
代理人 中島 淳  
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