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審決分類 審判 全部無効 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  D06F
管理番号 1283037
審判番号 無効2012-800126  
総通号数 170 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2014-02-28 
種別 無効の審決 
審判請求日 2012-08-21 
確定日 2013-12-12 
事件の表示 上記当事者間の特許第3290336号発明「洗濯機の脱水槽」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 審判費用は、請求人の負担とする。 
理由 第1 手続の経緯
1.本件特許第3290336号の請求項1?7に係る発明(以下「本件特許発明」という。)についての出願は,平成7年7月20日に出願され,平成14年3月22日にその発明について特許権の設定登録がされた。
2.平成21年2月20日に,三菱電機株式会社より,請求項1?7に係る特許を無効とすることについて審判の請求がされ(無効2009-800040号),平成21年11月5日に審判の請求は成り立たないとの審決(以下「先の審決」という。)がなされ,これに対して審決取消訴訟が提起され,知的財産高等裁判所において原告の請求を棄却するとの判決(平成21年(行ケ)第10403号,平成22年8月31日判決言渡,以下「先の判決」という。)がなされ,先の審決が確定した。
3.請求人 三菱電機株式会社は,平成24年8月21日に本件特許無効審判を請求した。
4.被請求人ら 東芝コンシューマエレクトロニクス・ホールディングス株式会社及び東芝ホームアプライアンス株式会社は,平成24年11月5日に答弁書を提出した。
5.当審は,平成24年12月10日に両当事者へ審理事項を通知した。
6.請求人は,平成25年1月24日に口頭審理陳述要領書を提出した。
7.被請求人らは,平成25年1月24日に口頭審理陳述要領書を提出した。
8.平成25年2月8日に第1回口頭審理を行った。

第2 本件特許発明
本件の請求項1?7の記載は以下のとおりである。
【請求項1】 金属板を円筒状に曲成しその両端部を接合することにより形成した胴部と,この胴部の下縁部に結合した底板,及び胴部の上縁部に装着したバランスリングとを具備するものにおいて,フィルタ部材を具え,このフィルタ部材が上下の全長で前記胴部の接合部を内側より覆い,その上下の全長より充分に小さな寸法の隙間を前記バランスリング又は底板との間に余すことを特徴とする洗濯機の脱水槽。
【請求項2】 胴部の接合部がかしめによるもので,そのかしめ接合部の内側凸形状に合わせ,フィルタ部材に凹部を形成したことを特徴とする請求項1記載の洗濯機の脱水槽。
【請求項3】 胴部の接合部がかしめによるもので,フィルタ部材の凸状部に対し,胴部のかしめ接合部に凹陥部を形成して,これらを遊嵌したことを特徴とする請求項1記載の洗濯機の脱水槽。
【請求項4】 胴部の接合部がかしめによるもので,そのかしめ接合部一帯の部分に凹陥部を形成し,この凹陥部にフィルタ部材の全体を遊嵌したことを特徴とする請求項1記載の洗濯機の脱水槽。
【請求項5】 胴部の接合部がかしめによるもので,そのかしめ接合部の内側部分を平坦にしたことを特徴とする請求項1記載の洗濯機の脱水槽。
【請求項6】 胴部の接合部を突合わせ溶接としたことを特徴とする請求項1記載の洗濯機の脱水槽。
【請求項7】 フィルタ部材が胴部の接合部をまたいでその両側部でねじ固定されていることを特徴とする請求項1記載の洗濯機の脱水槽。

第3 請求人の主張
請求人は,本件の請求項1?7に係る発明についての特許は,特許法第36条第6項第2号に規定する「特許を受けようとする発明が明確であること。」との要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから,特許法第123条第1項第4号に該当し無効とされるべきものであると主張し,証拠方法として甲第1号証を提出している。

甲第1号証 本件特許の損害賠償等請求事件(平成23年(ワ)第22692号損害賠償等請求事件等)において,平成24年1月6日に東京地方裁判所へ原告ら(本件の被請求人ら)が提出した準備書面(6)

そして,その具体的理由として,概略,以下のような主張をしている。
1.請求項1の記載自体について
請求項1には,「その上下の全長より充分に小さな寸法の隙間を前記バランスリング又は底板との間に余す」が構成Eとして存在するが,以下のことからこの構成は技術的に明確ではない。
「充分に小さな寸法の隙間」の上限の寸法又は判断基準が明確でなければその範囲を把握できないが請求項1に上限に関する記載は一切存在しない。
また「隙間を・・・余す」と認められる下限の寸法又は判断基準も明確でなければその範囲を把握できないが請求項1に下限に関する記載は一切存在しない。
構成Eの「その上下の全長より充分に小さな寸法の隙間を・・・余す」とは,審査基準「範囲を曖昧にする表現」の例に比べても,上限と下限の両方が必要とされる点で曖昧さを有する表現である。
審査基準には「請求項の記載がそれ自体で明確でない場合は,明細書又は図面中に請求項の用語についての定義又は説明があるか検討し,その定義又は説明を出願時の技術常識をもって考慮して請求書中の用語を解釈することによって,請求項の記載が明確といえるかどうかを判断する。」とあるので、明細書,図面の記載を参酌した場合も検討する。

2.明細書,図面の記載を参酌した場合において
充分に小さな寸法の隙間の上限については,明細書の段落【0009】及び【0016】の記載から,(1)使用者から見て隙間の接合部がバランスリング17又はフィルタ部材18の陰となって見えない,かつ,(2)洗濯物が隙間の接合部に触れることがないの2つの要件を満たす最大の寸法が上限に該当する。
充分に小さな寸法の隙間の下限については,明細書の段落【0006】及び【0018】の記載から,フィルタ部材18が熱収縮して生じる程度の隙間は洗濯物が挟まれるので本件特許発明の隙間には該当しないが,それより広く,フィルタ部材18が熱収縮していない状態でも洗濯物が挟まれない程度の隙間が下限の寸法に該当する。

(1)使用者から見て隙間の接合部がバランスリング17又はフィルタ部材18の陰となって見えないことについて
ア 一般的に,洗濯機等の家電製品を設計するにあたって,一般的な体形の使用者の通常の使用方法を対象とすること,衣類の取り出し時に洗濯機の前に立って前傾姿勢となる時の視点を想定し,図1の視点Eにとらわれないこと,脱水槽が種々の位置に停止するからいかなる位置で停止しても,使用者の視点から見て,接合部がバランスリング17の死角に入るべきと理解するだろうことについては異存はない。
しかしながら,特許請求の範囲は公知技術と特許発明を対比し共通点,相違点を明らかにするために参照されるものであり,特定の対象物が特許発明の技術的範囲に属するか否かの判断基準になるものであるから,客観的かつ画一的に解釈できるものでなければならない。
当業者において「一般的な体型の使用者の通常の使用方法」についての共通認識は何もなく,JISその他の基準,規格を参照しても,その具体的な内容を画一的に定めることは不可能で,特許請求の範囲は明確性を欠く。

イ 隙間が存在する以上は覗き込めば必ず接合部は見えるから,合理的な理由に基づく使用者の視点Eから見えるかどうか判断しなければならない。
しかし,脱水槽1は洗濯機に取り付けられて初めて高さ位置が特定されが,脱水槽1の高さ位置は920?1015mmと種々の値を取り,設置条件も床直置きと防水パン設置とがあり,防水パンにも設置面が平らなものと洗濯機脚を載せる四隅が高いもの,更に嵩上げ設置が必要な場合があり,脱水槽の高さ位置は変わりうること,
脱水槽1は回転しフィルタ部材18が停止する位置は変わること,
使用者の体型や姿勢,すなわち背の高い人や低い人,洗濯機との距離,かがんでいるか直立しているかで視点は変わることから,
図1に視点Eが記載されていても視点Eの位置は技術的に特定できず,隙間の寸法の上限を特定できない。

ウ 図1について
本件の図1に描かれた視点Eはせいぜい死角D1及びD2ができる理由を説明しているにすぎないから,また,図1は現実の寸法を反映するものとは限らないから,さらに,図1の死角となる部分はフィルタ部材18と同等の寸法でこのような大きな隙間は含まれないことは明らかであるから,図1では充分に小さな寸法の隙間の上限を特定できない。
また,図1の視点Eは脱水槽1の接合部との相対的な位置を示している。しかし,脱水槽1は回転して種々の位置に停止し,洗濯機に対する視点Eは動かないから,接合部がどこにあっても隙間が死角に入ることを示さなければならないのに,明細書には何らの説明もなく,視点Eを定めることは不可能である。図1の視点Eは死角D1ができる理由を説明するもので具体的視点を示したものでないから,視点の位置を定める基準が存在せず,脱水槽1がいかなる位置に停止しても接合部がバランスリング17の死角に入る程度に充分に小さい寸法の隙間を客観的かつ画一的に定義することができない。

エ 視点Eが一義的に定義することができないから,バランスリング17の下端が見える範囲で視点をどのように変えても隙間L1が死角D1に入ることをもって「充分に小さな寸法の隙間」を解釈することが合理的である。
それでも,第1に,バランスリング17の下端が洗濯機の手前にある縁の死角に入る視点の高さは図1の視点Eに比べて低く上記解釈が正しいか迷うものであって明確とはいえない。
第2に,本件特許発明は「洗濯機の脱水槽」であって,洗濯機ではなく,脱水槽1の構成として「充分に小さな寸法の隙間」を定義できることが必要であるが,バランスリング17の下端は洗濯機の縁の死角に入るから,洗濯機により異なり,脱水槽1の構成としては定まらない。

以上のとおり,接合部の隙間がバランスリング17の陰になって見えなくなるという観点に基づいて「充分に小さな寸法の隙間」を客観的かつ画一的に定義することはできず,明確性を欠く。

(2)隙間の接合部には,洗濯物がバランスリング17とフィルタ台19,及びフィルタ台19及び底板14にそれぞれ止められて距離を置き,触れることがなくなることについて
洗濯物の一部が隙間に入っても接合部に触れるほど奥には入り込まない現象の発生する隙間の寸法は,厚さや硬さが異なる洗濯物の種類毎に相違し,どの種類の洗濯物を基準に判断すべきかという当業者の常識は存在せず,洗濯物が隙間の接合部に触れることがない寸法の上限を特定できない。
フィルタ台19の上端は傾斜しており,この傾斜が異なれば隙間L1の大きさが同一でも触れないという効果は異なるはずである。
このように単に寸法のみで判断できないため,他の構成も考慮しなければならないが,どの構成を基準にすべきか明細書に記載はなく,当業者の技術常識によっても判断できない。
また,「洗濯物が止められる効果」の有無を判断する基準がなければ判断は不可能である。
さらに,本件特許の明細書の段落【0009】,【0016】及び【0029】にはフィルタ部材18によってその接合部に洗濯物が触れないようにできなくなることが記載されており,「触れることが少なくなる」とは明細書の記載に基づかない。
以上のとおり,隙間の上下が突出していることによって洗濯物が止められて接合部に触れないという原理を理解できたとしても,「充分に小さな寸法の隙間」を客観的かつ一義的に定義できず,明確性を欠く。

(3)熱収縮しても,もともと隙間があり,それらが広くなるだけで,そこには従来の揚水路形成部材とバランスリング17及び底板14との間に生じたわずかな隙間のように洗濯物が挟まれるようなことがないことについて
厚さ1mmのハンカチならば挟まれないが,厚さ4mmの毛布は挟まれてしまう隙間が存在し得,洗濯物が挟まれるという現象が発生するか否かは洗濯物の厚さにより異なる。そしてどの種類の洗濯物を基準に判断べきかという当業者の常識は存在せず,隙間の寸法の下限を特定できない。
仮に基準とすべき洗濯物の種類があったとしても,隙間に挟まれないようにするために隙間を何mmにすればよいかも,当業者に常識であるとは考えられない。
また,熱膨張率の違いによって生じる隙間の大きさは当業者であれば約0.8mmと計算できるが,この隙間に洗濯物が挟まれるとの課題の存在が理解できない。仮に,理解しても,どの程度隙間を拡げれば挟まれる心配がなくなるのか明細書に説明がなく推測の根拠もなく,本件特許発明の隙間がどの程度の寸法か理解できない。
さらに仮に,隙間を2mmに拡大する必要があると分かっても,温水使用時は1.2mmに縮小し,温水時2mmとすると5℃では2.8mmとなり,ハンカチは接合部に触れるかもしれず,このような試行錯誤の過程を経て隙間の大きさを決定することは容易でない。
仮に,ハンカチのみを想定しても,決定された隙間は毛布において問題はないか疑問が生じる。さらに毛布を想定して隙間を形成した場合に,ハンカチを想定した場合は「充分に小さな隙間」かという疑問が生じる。

3.総括
本件特許発明は,一方で洗濯物が挟まるとの課題のために隙間を設ける解決手段を,他方で洗濯物が接合部に触れるという課題のために充分に小さな寸法の隙間との解決手段を提示する。
隙間について「熱膨張率が違いにより生ずる隙間の程度より大きな,洗濯物が挟まれないような,予め人為的にある程度の大きさの隙間」と解釈され,充分に小さな寸法の隙間について「隙間の上下で突出することによって,洗濯物が止められる効果を奏し得るというにすぎず,そのような隙間の寸法も当業者が想定できます」とのことが一般論として是認できても,洗濯物の厚さや硬さは一様ではなく,本件特許の特許請求の範囲の記載が明確とはいえない。
発明の構成が客観的かつ一義的に理解することはできないのであるから,本件特許は特許請求の範囲の記載は特許法第36条第6項第2号の規定に適合しない。
したがって,請求項1の「その上下の全長より充分に小さな寸法の隙間を前記バランスリング又は底板との間に余す」は範囲を曖昧にする表現であり,かつ明細書及び図面の記載を参酌しても発明の範囲が不明確であるから,また,請求項2?7は請求項1に従属するものであるから,「特許を受けようとする発明が明確であること。」との要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。

第4 被請求人らの主張
被請求人らは,請求人が主張する無効理由はないと主張し,証拠方法として乙第1及び2号証を提出している。

乙第1号証 無効2009-800040号審決
乙第2号証 平成21年(行ケ)第10403号判決

そして,その具体的理由として,概略,以下のような主張をしている。
本件特許に係る先の審決(乙第1号証)の要旨認定も,先の判決(乙第2号証)の判断も,「その上下の全長より充分に小さな寸法の隙間」は(1)隙間における接合部が,バランスリング17又はフィルタ部材18の陰になって見えなくなるとともに,(2)洗濯物が挟まれることがない大きさに形成されるものを意味するというもので,このような要旨認定が可能であることは,請求項1記載の発明の明確性が欠けるということはないことを意味する。
そして,上限については,明細書を参酌すれば,隙間における接合部がバランスリング17又はフィルタ部材18の陰になって見えなくなることは容易に理解でき,上限を把握することは可能である。
また,下限についても,本件特許発明は,従来,隙間が存在しなかった(段落【0005】)ところ,存在させるようにした点にあり,隙間が存在しない例である熱膨張率の違いによる生じるわずかな隙間を除外するために「隙間を余す」と表現している。
明細書の記載を参酌すれば,隙間は洗濯物が挟まれることのない大きさに形成されているものであることは理解でき,下限を把握することは可能である。

第5 当審の判断
1.特許請求の範囲には,特許を受けようとする,自然法則を利用した技術的思想である,発明を特定するために必要な事項を記載するのであって,その記載は,特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載されたものであるとともに,特許を受けようとする発明が明確であるとの要件に適合するものでなければならない。
つまり,特許請求の範囲に記載されるべき,自然法則を利用した技術的思想である発明としては,特許発明の目的・効果を達成するために必要な事項が特定されることが必要であり,その技術的思想が明確となる程度に記載されればよい。
そして,発明を特定するための事項の意味内容や技術的意味の解釈にあたっては請求項に記載のみでなく,明細書及び図面の記載並びに出願時の技術常識も考慮される。

2.本件の請求項1には,「その上下の全長より充分に小さな寸法の隙間を前記バランスリング又は底板との間に余す」との記載があり,「隙間」という用語はそれ自体明確であるものの,上記記載は,「隙間」について,フィルタ部材との関係で相対的に大きさを示し,バランスリング,底板及びフィルタ部材との関係で位置を示しているから,本件特許発明の「隙間」の技術的意義は,特許請求の範囲の記載のみでは一義的に理解することはできず,明細書の詳細な説明及び図面の記載を参酌しなければ,その技術的意義を理解することはできない。そこで,明細書の詳細な説明及び図面の記載に基づき,請求項1に係る発明(以下「本件特許発明」という。)の課題・課題の解決手段・作用効果との関係で「隙間」の技術的意義を考慮して検討する。

明細書には,本件特許発明について,以下のように記載されている。
「脱槽内を覗く使用者に胴部の接合部が見え,外観が良くない。又,その胴部の接合がかしめによりなされているものでは,かしめの内側への出張りのため,洗濯物が引掛かりやすい。一方,胴部の接合が溶接によりなされているものでは,・・・接合部が変色して目立つようになる。更に,この溶接による接合部では,金属板がステンレス鋼板であっても錆が発生しやすく,この部分に洗濯物がこすられると,錆が洗濯物に付着するという問題点」(明細書の段落【0004】)を解決するために,
従来,「胴部の接合部を揚水路形成部材で内側から覆うようにしたものが供されている。この揚水路形成部材は,脱水槽内の水を撹拌体のポンプ作用により底部からバランスリング部分まで導いて吐出する揚水路を形成するところのものであり,底板からバランスリングにかけて上下に隙間なく取付けられて」(明細書の段落【0005】)いたところ,
「揚水路形成部材は一般にプラスチック製であり,金属板から成る脱水槽の胴部とは熱膨張率が相違する。このため,特に冷えたときの揚水路形成部材の熱収縮量が脱水槽の胴部のそれより大きく,上部のバランスリングとの間,及び下部の底板との間にそれぞれ隙間を生じてしまって,これらの隙間に洗濯物が挟まれてしまい,傷められる。又,揚水路形成部材はその上部がバランスリングに嵌合され,下部が底板に嵌合されるものであり,これらの嵌合の必要から,組立性も悪いという問題点」(明細書の段落【0006】)に接し,
「胴部の接合部を見えなく,且つ,その接合部に洗濯物が触れないようにできるばかりでなく,特にはそれを,洗濯物が挟まれるようになることなく,且つ,組立性を悪くすることもなく達成できる洗濯の脱水槽を提供する」(明細書の段落【0007】)ことを目的としてなされた,つまり,従来のように「胴部の接合部を見えなく,且つ,その接合部に洗濯物が触れないように」しつつも,「洗濯物が挟まれるようになること」がないようにし,且つ,「組立性を悪くすることもな」いようにするものであって,
その目的を達成するために,「フィルタ部材を具え,このフィルタ部材が上下の全長で前記胴部の接合部を内側より覆い,その上下の全長より充分に小さな寸法の隙間を前記バランスリング又は底板との間に余す」(【請求項1】)ものである。
つまり,底板からバランスリングにかけて上下に隙間なく取付けられ,その上部がバランスリングに嵌合され,下部が底板に嵌合される,揚水路形成部材に替えて,フィルタ部材を用い,このフィルタ部材が上下の全長で前記胴部の接合部を内側より覆い,「その上下の全長より充分に小さな寸法の隙間を前記バランスリング又は底板との間に余す」ものである。
そして,上記請求項1の「フィルタ部材を具え,このフィルタ部材が上下の全長で前記胴部の接合部を内側より覆い,その上下の全長より充分に小さな寸法の隙間を前記バランスリング又は底板との間に余す」との事項により「フィルタ部材で直接胴部の接合部を見えなくでき,且つ,洗濯物からも遮絶できること」に併せ,「バランスリングからフィルタ部材までの間では,ここの接合部がバランスリングの陰となって見えず,フィルタ部材から底板までの間では,ここの接合部がフィルタ部材の陰となって見えなくなる」(明細書の段落【0009】)ものである。
更に,又,「それら各間の接合部には,洗濯物がバランスリングとフィルタ部材,及びフィルタ部材と底板にそれぞれ止められて触れることがなくなる」ものである。(明細書の段落【0009】)
「そして,フィルタ部材が熱収縮しても,これとバランスリングとの間,又は底板との間にはもともと隙間があり,それらが広くなるだけで,そこには洗濯物が挟まれるようなことはない。」「更に,フィルタ部材はバランスリングと底板とに関係なく組付けることができる。」(明細書の段落【0010】)というものでもある。

(1)隙間の接合部がバランスリング17又はフィルタ部材18の陰(死角)となって見えなくなることについて
上記したとおり,本件特許発明は,まず,フィルタ部材18が,「上下の全長で前記胴部の接合部を内側より覆い,その上下の全長より充分に小さな寸法の隙間を前記バランスリング又は底板との間に余す」ことで「フィルタ部材で『直接』胴部の接合部を見えなくでき,且つ,洗濯物からも遮絶できる」ものである。そして,そのようなバランスリング17又は底板14との間に余す隙間があるとしても,隙間の接合部がバランスリング17又はフィルタ部材18の陰(死角)となって見えなくなる程度の,「その上下の全長より充分に小さな寸法の隙間」とすることで,フィルタ部材18で「直接」胴部の接合部を見えなくすることができない部分についても実用上見えなくするものといえ,その技術的思想は明確であるといえる。
つまり,隙間の接合部がバランスリング17又はフィルタ部材18の陰(死角)となって見えなくなることについては,従来の底板14からバランスリング17にかけて上下に隙間なく取付けられる揚水路形成部材に対し,隙間を設けることでその問題点を解決するとともに,その隙間により生じる接合部が見えるという欠点を低減して,実用上支障がない程度とするもの,その程度の効果を奏するものであるといえる。

視点について,洗濯機等の家電製品は,一般的な体形の使用者の通常の使用方法(姿勢)を対象として設計されることが通常である。
明細書の段落【0016】には,「さて,上述のごとく構成したものの場合,脱水槽1の胴部13の接合部12は,直接的には,これを覆ったフィルタ台19(フィルタ部材8)によって見えなくされ,且つ,洗濯物からも遮絶される。これに併せて,バランスリング17からフィルタ台19までの間では,脱水槽1内を覗く使用者の視点E(図1参照)に対し,ここの接合部12がバランスリング17の陰(死角D1)となって見えず,フィルタ部材17から底板14までの間では,ここの接合部12がフィルタ部材17の陰(死角D2)となって見えなくなる。」と記載されている。
洗濯機には種々の体形の人が使用し得るといえるものの,洗濯機を設計するにあたり,一般的な体形の使用者を想定するものである。そしてそのような体形は当業者であれば想定し得るものである。
請求人は,「一般的な体型の使用者の通常の使用方法」についての共通認識は何もなく,JISその他の基準,規格を参照しても,その具体的な内容を画一的に定めることは不可能と主張するが,JISその他の基準,規格に具体的な体形が提示されていないとしても,脱水槽から衣類を取り出すのであるから,洗濯機を設計するにあたり,それを可能とすべくその洗濯機の使用者の一般的な体形を想定することは通常なすことであって,当業者であればそのような一般的な使用者は想定できる。
また,その使用方法(姿勢)においても,「脱水槽1内を覗く使用者の視点E」と記載されており,脱水槽より衣類を取り出す時に,洗濯機の前に立って前傾姿勢となるものである。
そうすると,そのような使用方法を想定する脱水槽を有する洗濯機における「脱水槽1内を覗く使用者の視点E」も想定できたといえる。

確かに,脱水槽1は洗濯機に取り付けられ,洗濯機の種類により脱水槽1の高さ位置は異なり得るものの,その場合でも上記の一般的な使用方法を想定するものであって,「脱水槽1内を覗く使用者の視点E」からバランスリング17又はフィルタ部材18の陰(死角)となって見えなくなる程度の「その上下の全長より充分に小さな寸法」は想定できるといえる。
さらに,設置条件により洗濯機自体の高さも異なり得るものの,床直置きと防水パン設置はともによく知られた設置方法にすぎず,どちらであっても通常の洗濯機は上記のような前傾姿勢で脱水槽1から衣類を取り出すよう設計されるものであって,使用者から見えなくなる程度の「その上下の全長より充分に小さな寸法」は想定できる。
また,脱水槽1は回転し,フィルタ部材18は種々の位置に停止するものの,どの位置であっても,洗濯機の前に立って前傾姿勢となる上記の通常の使用方法のときの視点,つまり脱水槽1の上方の視点で見えないような「その上下の全長より充分に小さな寸法」も当業者が想定できるものである。

したがって,「隙間」に関し,「脱水槽1内を覗く使用者の視点E」の位置は想定でき,その視点Eからバランスリング17又はフィルタ部材18の陰(死角)となって見えなくなる程度の「その上下の全長より充分に小さな寸法の隙間を前記バランスリング又は底板との間に余す」との記載における「その上下の全長より充分に小さな寸法」は明確である。

図1が現実の寸法を反映していないとしても,図1は死角D1及びD2ができる理由を説明しており,明細書にはその死角と隙間の寸法との関係が説明されていて,隙間の接合部がバランスリング17又はフィルタ部材18の陰(死角)となって見えなくなることの技術的意義は明らかである。

請求人は,視点を一義的に定義できないから,バランスリング17の下端が見える範囲で視点をどのように変えても隙間L1が死角D1に入ることをもって「充分に小さな寸法の隙間」を解釈することが合理的であるが,それでも,バランスリング17の下端が洗濯機の手前にある縁の死角に入る視点の高さは図1の視点Eに比べて低く,視点の高さ位置が明確でない主張する。しかしながら,視点については「脱水槽1内を覗く使用者の視点E」であって,上記したように,一般的体形の使用者が,脱水槽1よりの衣類の取り出し時に,洗濯機の前に立って前傾姿勢となるのであるから,請求人の主張するバランスリング17の下端が洗濯機の手前にある縁の死角に入る視点の高さは,バランスリング17の下端が見える最も低い位置であって,通常の「脱水槽1内を覗く使用者の視点E」とはいえず,当該主張は採用できない。

さらに,請求人は本件特許発明が「洗濯機の脱水槽」であって,洗濯機ではなく,脱水槽1の構成として「充分に小さな寸法の隙間」を定義できることが必要とも主張するが,本件特許発明は「洗濯機の脱水槽」と洗濯機に用いることを想定した脱水槽1であり,用いられる洗濯機との関係で「充分に小さな隙間」が定義されるとしても,そのことにより発明が不明確であるとはいえない。

請求人は「充分に小さな寸法の隙間」を客観的かつ画一的に定義できず明確でないとも主張するが,上記したようにそもそも脱水槽1は洗濯機に取り付けられるものであって,その上で一般的な体形の使用者の通常の使用方法(姿勢)を対象として設計されるものであるから,これらを含めて視点を定め,「充分に小さな寸法の隙間」を想定することができるものであるから,本件特許発明が明確でないとはいえない。

(2)隙間の接合部には,洗濯物がバランスリング17とフィルタ台19,及びフィルタ台19及び底板14にそれぞれ止められて距離を置き,触れることがなくなることについて
本件特許発明は,従来,熱膨張率の違いにより生ずる隙間であっても洗濯物が挟まれるとしているのでから,そのような小さな寸法の隙間であっても触れる可能性があることを本件特許発明は前提としている。
また,その隙間を熱膨張率の違いにより生ずる隙間ではなく,従来例との対比においてこれを解決する程度,つまり熱膨張率が違いにより生ずる隙間の程度より大きな,洗濯物が挟まれないような,予め人為的にある程度の大きさの隙間を形成するものとしており,このような洗濯物が挟まれない隙間は,洗濯物が触れる可能性があるといえる。
そして,フィルタ部材18が,「上下の全長で前記胴部の接合部を内側より覆い,その上下の全長より充分に小さな寸法の隙間を前記バランスリング又は底板との間に余す」ことで「フィルタ部材で『直接』胴部の接合部を見えなくでき,且つ,洗濯物からも遮絶できる」ものであって,そのようなバランスリング又は底板との間に余す隙間があるとしても,「その上下の全長より充分に小さな寸法の隙間」とすることで,「又,それら各間の接合部には,洗濯物がバランスリングとフィルタ部材,及びフィルタ部材と底板にそれぞれ止められて触れることがなくなる」(明細書の段落【0009】),「それら各間の接合部12には,洗濯物がバランスリング17とフィルタ台19,及びフィルタ台19と底板14にそれぞれ止められて距離を置き,触れることがなくなる」(明細書の段落【0016】)もの,つまりそれらの突出する形状により洗濯物が止められて,隙間の接合部に触れないとするのである。
上記本件特許発明の前提を参酌すると,「フィルタ部材で『直接』胴部の接合部を」「洗濯物からも遮絶できる」とともに,直接遮絶できない隙間についても,「その上下の全長より充分に小さな寸法の隙間」とすることで,バランスリング17,フィルタ台19,及び底板14の突出する形状により洗濯物が止められて,隙間の接合部に触れない,つまり,隙間を設けることによる欠点を低減する,触れることが少なくなる,触れにくくなるという効果を奏すものといえる。
したがって,そのような効果を奏する程度の「その上下の全長より充分に小さな寸法の隙間」は当業者が想定できるといえ,その技術的思想は明確であるといえる。

請求人は,明細書には「接合部に洗濯物が触れない」と記載され,「触れることが少なくなる」とは明細書の記載に基づかないと主張するが,本件特許発明は,従来の底板14からバランスリング17にかけて上下に隙間なく取付けられる揚水路形成部材に替えて,上下の全長で前記胴部の接合部を内側より覆うフィルタ部材18を用いることで,「フィルタ部材で『直接』胴部の接合部を」「洗濯物からも遮絶できる」とともに,「その上下の全長より充分に小さな寸法の隙間を前記バランスリング又は底板との間に余す」とすることで,隙間を設けることによる欠点を低減するように,上記(1)隙間の接合部がバランスリング17又はフィルタ部材18の陰(死角)となって見えなくなることと合わせて,触れることが少なくなるという効果を奏すものといえ,隙間の接合部に基準となる洗濯物が必ず触れないといった,限定的な寸法でなければならないとはいえない。触れることが少なくなる,触れにくくなるであろうという程度のものといえ,そのような程度の寸法の隙間という点で,その技術的思想は明確であるといえる。
なお,先の判決の「さらに,バランスリングとフィルタ部材の間の隙間及びフィルタ部材と底板の間の隙間は,洗濯物が,バランスリングとフィルタ部材及びフィルタ部材と底板に止められて,隙間に現れている接合部に触れることがない程度の大きさにとどまるものでなければならず,その点からも,隙間は小さいものでなければならない。」との判断は,発明特定事項の導入が明細書,特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてなされたことを説明するために,「隙間」が洗濯物が接合部に触れることがない程度の大きさにとどまると説明したものであって,「接合部に触れることがない程度の大きさ」とはその寸法であれば必ず触れることがないというものではなく,「隙間」寸法についての大きさの程度をいうにすぎない。

また,請求人はどの種類の洗濯物を基準とすべきかという当業者の常識が存在せず,洗濯物が止められる効果の有無を判断する基準もないから,洗濯物が触れないことについて寸法を特定できない旨主張するが,上記したように触れることが少なくなるという効果を奏すものといえるのであるから,そのような効果を奏し得る程度の「その上下の全長より充分に小さな寸法の隙間」は当業者が想定できるといえる。
さらに,請求人は,フィルタ台19の上端が傾斜していることから,単に寸法のみでは判断できず,考慮すべき他の構成が明細書の記載されていないから判断できないとも主張するが,洗濯物が接合部に触れることが少なくなるという効果を奏するにすぎず,そのような効果を奏し得る程度の「その上下の全長より充分に小さな寸法の隙間」も当業者が想定できるものといえ,その技術的思想は明確である。

(3)熱収縮しても,もともと隙間があり,それらが広くなるだけで,そこには従来の揚水路形成部材とバランスリング17及び底板14との間に生じたわずかな隙間のように洗濯物が挟まれるようなことがないことについて
本件特許発明は,従来,熱膨張率の違いにより生ずる隙間に洗濯物が挟まれてしまい,傷められるという問題を解決するものであるから,従来例との対比においてこれを解決する程度,つまり熱膨張率が違いにより生ずる隙間の程度より大きな,洗濯物が挟まれないような,予め人為的にある程度の大きさの隙間が形成されればよいとするものである。
そうすると,当業者であれば「その上下の全長より充分に小さな寸法の隙間」の技術的意義も理解でき,その技術的思想は明確である。

請求人は,熱膨張率の違いによる隙間は当業者が容易に計算することができるが,どの種類の洗濯物を基準とすべきか当業者に常識は存在せず,基準となる洗濯物を決めても何mmの隙間にすべきか容易に想定できないと主張する。
しかしながら,熱膨張率の違いにより生ずる隙間の程度より大きな,洗濯物が挟まれないような,予め人為的にある程度の大きさの隙間が形成されればよいものであるから,全ての洗濯物を対象にする必要もなく,また,基準の洗濯物を決めてそれが必ず挟まれないよう寸法を決定することも必要ではない。
従来の隙間である,熱膨張率の違いにより生ずる隙間の程度より大きな,かつ洗濯物が挟まれないような蓋然性のある,予め人為的にある程度の大きさの隙間が形成されればよいのであって,その程度の隙間は当業者が想定し得るものである。

(4)まとめ
上記のとおりであるから,請求項1に係る発明について,特許を受けようとする発明が明確であるとの要件を満たしていないとはいえない。

3.請求項2?7について
上記1.及び2.で述べたとおり,請求項1に係る発明について,特許を受けようとする発明が明確であるとの要件を満たしていないとはいえないから,これを引用する請求項2?7に係る発明について同じく発明が明確でないとはいえず,請求項2?7に係る発明についても特許を受けようとする発明が明確であるとの要件を満たしていないとはいえない。

第6 むすび
以上のとおりであるから,請求人の主張及び証拠方法によっては本件特許の請求項1?7に係る発明の特許を無効とすることはできない。
審判に関する費用については,特許法第169条第2項の規定で準用する民事訴訟法第61条の規定により,請求人が負担すべきものとする。
よって,結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2013-03-05 
結審通知日 2013-03-07 
審決日 2013-03-19 
出願番号 特願平7-184351
審決分類 P 1 113・ 537- Y (D06F)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 平城 俊雅  
特許庁審判長 平上 悦司
特許庁審判官 山崎 勝司
森川 元嗣
登録日 2002-03-22 
登録番号 特許第3290336号(P3290336)
発明の名称 洗濯機の脱水槽  
代理人 北島 志保  
代理人 前田 将貴  
代理人 金井 英幸  
代理人 北島 志保  
代理人 小川 泰典  
代理人 高橋 雄一郎  
代理人 小川 泰典  
代理人 湯山 崇之  
代理人 高橋 雄一郎  
代理人 金井 英幸  
代理人 稲葉 忠彦  
代理人 高橋 省吾  
代理人 井上 みさと  
代理人 近藤 惠嗣  
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