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審決分類 審判 査定不服 特36条4項詳細な説明の記載不備 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) A61K
審判 査定不服 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) A61K
管理番号 1284096
審判番号 不服2010-21577  
総通号数 171 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2014-03-28 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2010-09-27 
確定日 2014-01-28 
事件の表示 特願2003-563582「FGFRアゴニスト」拒絶査定不服審判事件〔平成15年8月7日国際公開,WO03/63893,平成17年10月13日国内公表,特表2005-530687〕について,次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は,成り立たない。 
理由
第1 手続の経緯・本願発明

本願は,2003年1月30日(パリ条約による優先権主張 2002年1月31日,欧州特許庁及び2002年1月31日,アメリカ合衆国)を国際出願日とする出願であり,その請求項1?10に係る発明は,平成25年7月23日付け誤訳訂正書の特許請求の範囲に記載された事項によって特定されるとおりのものであって,そのうち請求項1に係る発明(以下,「本願発明」という。)は以下のとおりのものである。

「 【請求項1】
治療薬を製造するための、線維芽細胞成長因子レセプター種4(FGFR-4)のチロシンキナーゼ活性を選択的に刺激することが可能な化合物の使用において、その際、該化合物が、腫瘍疾患の予防及び/又は治療のために、標的細胞又は標的生体において、投与及び/又は過剰発現される、FGF-19、aFGF及び/又はbFGFからなるグループから選択される天然又は合成のFGFR-4リガンド、アゴニスト作用を示す抗FGFR-4抗体、又はFGFR4遺伝子である、前記使用。」

第2 当審の拒絶理由

一方,当審において平成25年1月23日付けで通知した拒絶の理由は,本願の発明の詳細な説明の記載が,特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしておらず(理由1),また,本願の特許請求の範囲の記載が,特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない(理由2),というものであり,その概要は,以下のとおりである。

1.理由1(特許法第36条第4項第1号)について

「(1)本願各請求項に係る発明について,発明の詳細な説明の記載が「実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものである」というためには,少なくとも,FGFR-4活性を刺激する化合物が,「腫瘍疾患」……(略)……の予防や治療等,何らかの医薬用途に有効であることについて当業者が理解できるように,発明の詳細な説明が記載されていなくてはならない。
……(略)……。
(2)しかしながら,本願明細書には,実施例としていくつかの試験が結果とともに記載されているものの,いずれの試験についての記載からも,FGFR-4活性を刺激する化合物が,「腫瘍疾患」……(略)……の予防や治療等,何らかの医薬用途に有効であることを,当業者が理解できるとはいえない。……(略)……。これらは,他の発明の詳細な説明を併せて見ても同様であって,その理由は,以下の(3)?(7)の項目に記載のとおりである。
……(略)……
(7)以上のとおりであるから,……(略)……
よって,この出願の発明の詳細な説明は,請求項1?10のいずれに係る発明についても,当業者が実施することができる程度に明確かつ十分に記載されていない。」

2.理由2(特許法第36条第6項第1号)について

「本願各発明の課題は,明細書0003段落等の記載からみて,FGFRアクチベーターによって,高増殖性疾病の予防および/または治療できる化合物又は医薬組成物を提供すること,若しくは,そのようなFGFRアクチベーターを同定することであると認められる。
しかしながら,理由1についての(3)?(6)で述べたとおり,発明の詳細な説明の記載は,「FGF19、aFGF及び/又はbFGFからなるグループから選択される天然又は合成のFGFR-4リガンド」,「抗FGFR-4抗体」,又は,「FGFR4遺伝子」のいずれの化合物についても,それらが「腫瘍疾患」……(略)……の予防や治療等,何らかの医薬用途に有効であることを当業者が理解できるとはいえない。
そうすると,発明の詳細な説明から当業者が本願発明の課題を解決できると認識できる範囲は存在しないから,本願請求項1?10に係る発明は,発明の詳細な説明に記載したものとはいえない。」

第3 当審の判断

1.第36条第4項第1号の要件について

(1)検討の観点

本願発明は,「治療薬を製造するための、線維芽細胞成長因子レセプター種4(FGFR-4)のチロシンキナーゼ活性を選択的に刺激することが可能な化合物の使用」に関するものであり,当該「化合物」については,「腫瘍疾患の予防及び/又は治療のために」投与及び/又は過剰発現されるものであることが特定されるものである。
したがって,本願発明に関して,特許法第36条第4項第1号に規定される要件を満足している,すなわち,本願明細書の発明の詳細な説明の記載が,当業者が本願発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであるというためには,「FGFR-4のチロシンキナーゼ活性を選択的に刺激することが,腫瘍疾患の予防及び/又は治療という医薬用途に有効である」ことが当業者に理解できなくてはならない。
そして,本願出願時においては,「FGFR-4のチロシンキナーゼ活性を選択的に刺激すること」,及び,選択的な刺激に限定されない「FGFR-4のチロシンキナーゼ活性を刺激すること」のいずれについても,「腫瘍疾患の予防及び/又は治療という医薬用途に有効である」という技術常識は見当たらない。そうすると,なおさら,本願明細書の発明の詳細な説明は,それ自体から,当業者が,「FGFR-4のチロシンキナーゼ活性を選択的に刺激することが,腫瘍疾患の予防及び/又は治療という医薬用途に有効である」ことを理解できるように,記載されていなければならないというべきである。
このような理解の下,本願発明について、当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載されているといえるか否かについて,以下検討する。

(2)本願明細書の記載

本願明細書の発明の詳細な説明には,FGFR-4のチロシンキナーゼ活性を刺激すること,又は,医薬用途に関するものとして,以下の箇所に,それぞれ,摘記したとおりの記載がある。

ア.FGFR-4のチロシンキナーゼ活性の刺激について
「【0006】
FGFRアゴニスト化合物は、好ましくはFGFR種の活性を刺激し、この場合、これらは、FGFR-1,FGFR-2、FGFR-3およびFGFR-4から成る群から選択される。より好ましくは、FGFR種はFGFR-4である。好ましくは、刺激は選択的であり、すなわち、前記FGFR種の刺激は、他のFGFR種の有意刺激を誘発することはない。これに関して「有意刺激(significant stimulation)」とは、拮抗化合物が、病理学的に関連する範囲において、他のFGFR分子の生物学的活性を刺激しえないことを意味する。しかしながらいくつかの実施態様に関しては、一つのみのFGFR種に関する選択性を要求することはできず、すなわち、アゴニストは、2個またはそれ以上のFGFR種を刺激してもよく、その際、刺激の度合いは個々の種に対して同様かまたは異なっていてもよい。
【0007】
1の実施態様において、化合物はFGFR種に対する結合によってその刺激活性を示し、すなわちFGFR-1、FGFR-2、FGFR-3および特にFGFR-4またはそのイソフォームまたはその対立変異体から選択されたFGFR種と結合することで、FGFR活性を増加させる。特に好ましくは、FGFR-4 Gly388の活性を増加させる。化合物は、好ましくはFGFR種の選択的活性を示す。より好ましくは、化合物は種々のFGFR種と交差反応することなく、すなわち、定められたFGFR種に対して選択的に結合する。しかしながら、いくつかの実施態様に関しては選択性が要求されないことを言及すべきである。
【0008】
結合する化合物は、天然または合成のFGFRリガントであってもよく、この場合、これは要求された結合活性を有する。たとえばFGF-19(Xieら)は、FGFR-4に対して高く選択的に結合する。他方では、結合する化合物は抗-FGFR抗体であってもよく、この場合、これらは特にFGFR種、たとえばFGFR-4と特異的に結合し、かつ他のFGFR種に対して有意な交差反応性を示すことはない。適した抗体は、実施例に記載されている。用語「抗体」は本発明によれば、モノクローナル抗体および公知技術によって誘導されたキメラまたはヒト化抗体、ヒト抗体、組換え抗体、たとえば一本鎖抗体または抗体フラグメント、たとえばFab、F(ab)2、Fab’抗体フラグメントまたはscFVフラグメントのような組換え抗体フラグメントであるが、但し、これらは前記に示したようにFGFR種と選択的かつ拮抗的に結合するものを示す。さらに、結合化合物は、抗体様の結合特性を有するスカフォールドタンパク質であってもよい。
【0009】
FGFR種と結合することによって、化合物はレセプターの生物学的活性、たとえばチロシンキナーゼ活性、他のタンパク質との相互作用、たとえば細胞間接触を促進するか、および/またはFGFRの下流の標的(Downstream target)、たとえばタンパク質との他の相互作用を増加させる。より好ましくは、FGFR種のチロシン燐酸化反応を増加させる。チロシンキナーゼ活性の増加は、たとえば、FGFR種の免疫沈降反応および後の実施例で記載するような適した抗-ホスホチロシン抗体を用いての測定によって定めることができる。
【0010】
第2の実施態様において、FGFR活性は間接的な相互作用によって刺激される。化合物は上流の標的(upstream target)、たとえば、FGFRとは異なるタンパク質との結合性または相互作用を有していてもよいが、しかしながら、これは、FGFR活性を刺激する能力を有するものである。
【0011】
第3の実施態様において、FGFR活性は、遺伝子投与量を増加させることによって、たとえば、FGFR遺伝子、特にFGFR-4遺伝子および特にはFGFR-4 Gly388遺伝子を、標的細胞または標的生体中で投与および/または過剰発現することによって刺激される。この実施態様は、好ましくは遺伝子治療的アプローチを含み、その際、FGFR遺伝子は標的細胞中に適したベクター、たとえば、技術水準による公知のウイルスまたは非ウイルス性遺伝子導入ベクターによって導入される。
【0012】
FGFRアゴニストのデザインおよびFGFR活性を刺激するための他の手段は、Ballingerら(Nature Biotech 17 (1999), 1199-1204);WO98/21237;FA-A2796073;およびWO00/39311に記載されており、この場合、これらは参考のために引用されているものである。しかしながら、これらの文献は、FGFR活性が、腫瘍形成を減少させることについて示唆するものではない。」(明細書0006?0012段落)

イ.医薬用途について
「【0013】
本発明は、FGFR活性の刺激が、in vivoで、マウスモデル中で腫瘍サイズの減少を導くといった驚くべき発見に基づくものである。結果として、FGFR活性の刺激は、FGFR-関連疾病、たとえば高増殖性疾病、たとえば腫瘍形成性疾病、たとえば大腸、腎臓、膀胱、膵臓、前立腺、胃、乳房、肺、甲状腺、下垂体、副腎および卵巣の腫瘍またはグリア芽細胞腫、白血病、ならびに甲状腺肥大、色素性網膜症、性的早熟、肢端肥大症および喘息の予防および/または治療のために使用されてもよい。他の例は、骨障害、たとえば骨粗鬆症および血管障害、たとえばレスチノシス(restinosis)、アルテオスクローシス(arterosclerosis)および高血圧である。
【0014】
したがって、本発明は、FGFR機能不全に関連する疾病、特にFGFR活性の少なくとも部分的な欠損に関連する疾病の予防および/または治療のための方法に関し、この場合、この方法は、これを必要とする対象物に、FGFR活性を刺激するのに十分な量で化合物を投与することを含む。特に本発明は、FGFR機能不全に関連する疾病、特に、FGFR活性の少なくとも部分的な欠損に関連する疾病の予防および/または治療のための方法に関し、この場合、この方法は、これを必要とする対象物に、FGFR種に対する選択的な結合を示し、かつ結合によりFGFR活性を刺激する能力を示す十分な量で化合物を投与することを含む。対象物は、好ましくは哺乳類、より好ましくはヒトである。医薬目的のために、化合物は通常は製薬学的に許容可能な組成物として投与され、この場合、これらは、さらに適した希釈剤、キャリアおよび/またはアジュバントを含有することができる。さらに組成物は、製薬学的に活性の薬剤、たとえば癌の治療のための細胞毒性薬剤を含有することができる。」(明細書0013?0014段落)

ウ.図面の説明
「【0026】
図面の説明
図1:
ヒトFGFR-4Gly388を発現するMDA-MB-231乳癌細胞(ATCCHTB-26)は、創傷アッセイにおいて減少した遊走を示す。ベクターコントロール(A,B)、FGFR-4 Arg388(C,D)またはFGFR-4 Gly388cDNAs(E,F)を含有するレトロウイルスで感染させた細胞のコンフレントなモノレイヤーを、プラスチックチップで引掻き、かつ、0%FCS(A,C,E)または0.5%FCS(B、D、F)でインキュベートした。24時間の後に、個々のコントロールおよびFGFR-4 Arg388細胞の多くが、創傷(B,D)中に遊走し、FGFR-4 Gly388細胞とは対照的に、この場合、これらは創傷(F)中のいくつかの独立した細胞のみを示す。
【0027】
図2:
ヒトFGFR-4を発現するL6筋芽細胞(ATCC CRL-1458)は、1μg/mlおよび10μg/mlの4FA6D3C10で刺激するか、同時に同量のコントロール抗体(α-C)で10分間に亘って刺激する。細胞溶解物は、ポリクローナル抗-FGFR-4(α-FGFR-4)抗体を用いて免疫沈降反応(IP)をおこなった。チロシンリン酸化レベルを、モノクローナル抗-リン酸化抗体(α-PY)でのウエスタンブロッティング(WB)によって分析した(上部パネル)。タンパク質の等量のローディングを、α-FGFR-4抗体で再度ブロッティングすることによってチェックした(下部パネル)。
【0028】
図3:
異所的にヒトFGFR-4を発現する多数のMCF7乳癌生細胞(MCF7/FGFR-4クローン1および-クローン2)を、リガンドaFGFおよびbFGFで処理することによって減少させることができる。
【0029】
図4:
異所的にヒトFGFR-4を発現する多数のBT549乳癌生細胞(BT549/FGFR4-クローン1および-クローン2)を、リガンドaFGFおよびbFGFで処理することによって減少させることができる。」(明細書0026?0029段落)

エ.実施例における1つ目の試験
「【実施例】
【0030】
腫瘍細胞遊走におけるFGFR-4の役割を明らかにするために、ヒト乳癌細胞中でヒトFGFR-4Gly388およびFGFR-4Arg388イソフォームを異所的に発現させた。適したFGFR-4cDNAsを、MDA-MB-453細胞(ATCC HTB-131)およびK562細胞(ATCC CCL-243)から、それぞれ増幅させ、かつBluescriptI KSベクター(Stratagene)中に標準的なプロトコール(Current Protocols)によってサブクローニングした。双方のcDNAsをpLXSNベクター(Stratagene)中にクローニングした。両栄養性ウイルスを製造するパッケージング細胞系Phoenix A(Prof. Nolan, Stanford University)を、燐酸カルシウムDNA共沈法を用いて、これらのベクターでトランスフェクトした。トランスフェクトされたPhoenixA細胞の上清を捕集し、かつ0.45μmのフィルターを通して濾過した。ベクターpLXSN単独でトランスフェクトされた細胞をコントロールとして使用した。
【0031】
FGFR-4の検出可能量を発現しないヒト乳癌細胞系MDA-MB-231の感染のために、細胞をウイルス性の上清で24時間に亘ってインキュベートした。48時間の後に、培地を400μg/mlのG418を含有する培地で置換し、さらにG418下で14日間に亘って選択した。クローン細胞系は、限界希釈法によって製造された。FGFR-4発現はウエスタンブロット分析によって測定された。それぞれのFGFR-4イソフォームに関して、FGFR-4 Gly388およびFGFR-4 Arg388はそれぞれ、FGFR-4と同様の発現レベルを示す2個のクローン細胞系を、他の分析のために選択した。同様の方法において、マウスNIH-3T3(ATCC CRL-1658)およびラットL6筋芽細胞を、異所的ウイル生成細胞系GF+E86(Markowitz et al., 1988)からの上清で感染させ、これによって細胞系 NIH-3T3/huFGFR-4およびL6/huFGFR-4がそれぞれ得られた。
【0032】
次に、引掻き創傷法(Hutenlochner et al., 1998)を用いて、MDA-MB-231乳癌細胞の遊走を試験した。細胞はコンフレントなモノレイヤー中で増殖させ、かつ創傷クロージャー中での遊走は、創傷がプラスチックチップでやさしく引掻かいた後に試験した。培地を除去し、かつ細胞をPBSで2回に亘って洗浄した。ウシ胎児血清(FCS)不含の培地または0.5%FCSを含む培地を添加し、かつ細胞をばらまき/24時間に亘ってクリアーな領域に遊走させた。驚くべきことに、コントロールMDA-MB-231細胞と比較して、創傷のクロージャー率が、FGFR-4 Gly388を発現する細胞培養物中で減少する(図1)。対照的に、コントロールウイルス感染細胞またはFGFR-4 Arg388を発現する細胞は、創傷中で拡散して遊走した。したがって、FGFR-4 Gly388を発現するMDA-MB231細胞は、細胞移動の抑制を示した。」(明細書0030?0032段落)

オ.実施例における2つめの試験
「【0033】
FGFR-4のin vitro腫瘍表現型上での効果が、腫瘍発生上のin vivoでの効果に言い換えることができるかどうかを決定するために、マウスでの腫瘍成上におけるFGFR-4発現の役割を評価した。7?10週齢の雌Balb/c nu/nuマウス(Max-Planck-Institut, Mrtinstried, Germanyの動物施設でブリーディングされたもの)をアッセイに使用した。これらは、特定の病原菌不含条件で飼育されたものである。これらの飼育および処理については、ドイツの法律にしたがい認可された研究者によって監視された。FGFR-3 Gly388またはFGFR-4 Arg388を発現する新鮮にトリプシン処理されたセミコンフレントなMDA-MB-231細胞クローンまたはコントロール細胞を、燐酸緩衝液(PBS)中で懸濁し、かつ2.8x10^(7)細胞/mlの濃度にした。それぞれのマウスについて、頸部領域に4万個の細胞(140μl細胞懸濁液+60μlマトリゲル;13μg/ml)を皮下接種した。FGFR-4 Gly388とFGFR-4 Arg388の双方に関して、2個の独立したクローン細胞系を選択し、かつ前記に示したように5?8個体の動物群に注入した。腫瘍形成は、6週間までモニタリングした。その後は、あるいは1cm^(3)の大きさに腫瘍の直径が達した時点で動物を殺処分した。腫瘍の大きさは、キャリパを用いて週3回に亘って測定し、かつ腫瘍体積を長さ×幅2/2の式を用いて評価した。
【0034】
第1表に示すように、FGFR-4 Gly388またはFGFR-4 Arg388レセプターのいずれも発現しないコントロール細胞を注入されたマウスは、1週間以内に腫瘍を形成し、かつ4週間後の平均腫瘍サイズは1cm3であった。驚くべきことに、FGFR4-Gly388を発現する細胞を注入された13個のマウス中12個のマウスにおいて腫瘍成長は観察されず、この場合、これはFGFR-4 Gly388が腫瘍形成の完全な抑制を生じ、よって腫瘍サプレッサーとして作用することが示唆された。6週間に亘るモニタリング期間において腫瘍は全く観察されなかった。興味深いことに、FGFR-4 Arg388イソフォームを発現する細胞は、注入されたマウスの80%および62.5%で腫瘍を生じた。しかしながら、これらの細胞によって形成された腫瘍サイズは、pLXSNベクター単独で感染させたコントロール細胞によって形成された腫瘍のサイズよりも著しく小さい。さらに腫瘍は、FGFR-4 Arg388を発現するクローンでの感染から生じた腫瘍は、コントロール細胞から誘導された腫瘍よりもすべてゆっくりと成長する。したがって、FGFR-4 Arg388は、FGFR-4 Gly388よりも抑制された腫瘍成長において低い活性を示すけれども、なおもFGFR-4発現を欠くものと比較して著しい効果がみられる。
【0035】
これらの結果は、FGFR-4の特異的活性が腫瘍成長を遮断および/または阻害に対するポテンシャルを有することを明らかにする。」(明細書0033段落?0035段落第1文)

カ.第1表
「【0043】
【表1】

第1表:
4x10^(6)細胞を、それぞれのマウスに頸部領域に皮下注射によって接種した(140μl細胞懸濁液+60μlマトリゲル;13μg/ml)。腫瘍成長を2?3日毎にモニタリングした。動物を、6週間後かまたは腫瘍直径が1cm3の大きさに達した時点で殺処分した。これらの細胞によって形成された腫瘍の大きさaは、pLXSNベクター単独で感染されたコントロール細胞によって形成された腫瘍の大きさよりも有意に小さい。plx:コントロール細胞、WT:FGFR-4 Gly388;MT:FGFR-4 Arg388。」(明細書0043段落前半)

キ.実施例における3つめの試験
「したがって、次にFGFR-4の細胞外領域に対してのモノクローナル抗体の製造およびFGFR-4の活性化におけるその使用について検討した。この目的のために、FGFR-4細胞外領域(FGFR-4 ex)を含む組換えグルタチオン-S-トランスフェラーゼ(GST)(smith Johnson, 1988)融合タンパク質が製造された。真核細胞における発現および組換え融合タンパク質の分泌に関してデザインし、pCDNA3クローニングベクター(Invitrpgen, Groningen, The Netherlands)から、シストゾーマ ジャポニクム グルタチオン-S-トランスフェラーゼ(GST)(Pharmacia Biothech, Freiburg, Germany)をコードする全DNA配列を、pCDNA3のXho1およびApa1サイトに挿入することによって得たクローニングベクターpSj26(mod)(Seiffert et al., 1999)を使用した。
【0036】
FGFR-4の細胞外領域を、以下のプライマーを用いてPCR増幅をおこなった:センス:
【0037】
【化1】
AAGAATTCGCCACCATGCGGCTGCTGCTGGCCCTGTTG(配列番号1)
アンチセンス:
【0038】
【化2】
CGAGGCCAGGTATACGGACATCATCCTCGAGTT(配列番号2)
PCR産物をEcoR1およびXho1で消化し、かつpSj26(mod)中にクローニングした。得られたpSj26(mod)-FGFR-4ex発現プラスミドを293細胞(ATCC CRL-1573)中に燐酸カルシウム塩DNA共沈法を用いてトランスフェクトした。細胞を、10%FCSを添加したダルベッコ モディファイト イーグルス バッファー(DMEM)中で成長させた。1mg/mlのG418(Sigma, Deisenhofen, Germany)を用いて2週間に亘って選択淘汰した後に、生存するクローンをGSTに対する抗体を用いてウエスタンブロッティングによって、融合タンパク質の発現および分泌に関して試験した。高発現性細胞をFGFR-4exを製造するために使用した。培地をコンフレントな培養物から2日間毎に捕集した。捕集された培地1Lを滅菌濾過し、かつ1mlのグルタチオンセファロース(PPharmacia Biothech, Freiburg, Germany)で4℃で一晩に亘ってインキュベートした。セファロースを分離し、かつ燐酸塩緩衝液(PBS)で洗浄した。溶離を20℃で、5mlの10mmol/lグルタチオンでおこなった。溶離した融合タンパク質を、PBS/10%グリセロール中1:10^(6)(vol/vol)で透析した。タンパク質濃度を、MicroBCAタンパク質測定キット(Pierce, Rockfold, IL)を用いて測定した。
【0039】
モノクローナル抗体は、前記に示したようにFGFR-4の全細胞外領域を含有する、精製された組み換えFGFR-4-GST融合タンパク質を用いての4週から8週齢のBalb/cマウスの免疫化によって製造された。マウスは、ABM-2アジュバント(PanSystems, Aidenbach, Germany)中で希釈された50μgタンパク質(1:2)を用いて、14日間隔で3回に亘って筋肉内注射した。脾臓をSP2/0骨髄細胞系と融合させるための最終注入から4日後に除去した。得られたハイブリドーマ細胞を、10%FCS、抗生物質およびハイポキサチン、アミノプテリンおよびチミジン(HAT)(Sigma)を含有するPRMI1640培地中で成長させた。カルチャー上清をNIH-3T3/huFGFR-4細胞(前記に示す)および選択的にトランスフェクタントを認識するポジティブなハイブリドーマ分泌抗体上でフローサイトメトリーによりスクリーニングするが、しかしながら、親NIH-3T3細胞は限界希釈によってクローニングされなかった。FGFR-4反応性クローン(4FA6D3C10)を1%ニュートリドーマ(Roche, Germany)を含有する血清不含の培地中で培養し、かつ抗体をタンパク質G-セファロースカラム(Pharmacia Biothech, Freiburg, Germany)を用いて上清から精製した。
【0040】
FGFR-4活性上の4FA6D3C10の機能的役割を評価するために、L6/huFGFR-4細胞を37℃で10分に亘って未処理のままにするか、あるいは10および20μg/mlの4FA6D3C10で刺激した。細胞を、溶解バッファー(50mM HEPES pH7.5、この場合、これは150mM NaCl、1mM EDTA、10%(v/v)グリセロール、1%(v/v)TritonX-100、1mM フッ化ナトリウム、1mMフェニルメチルスルホニルフルオリド、1mMナトリウムオルトバナデート、1mM β-グリセロールホスフェート、10μg/ml アプロチニン)上で、氷上で溶解した。粗溶解物を12500gで、4℃で20分に亘って遠心分離した。過剰発現されたFGFR-4を、ポリクローナルFGFR-4抗体(Santa Cruz)およびクリアーな溶解物に添加された30μlのプロテインA-セファロース(Pharmacia)によって免疫沈降させ、4℃で3時間に亘ってインキュベートした。免疫沈降物を洗浄バッファー(20mM HEPES pH7.5、この場合、これは、150mM NaCl、1mM EDTA、1mMフッ化ナトリウム10%(v/v)グリセロール、1%(v/v)TritonX-100を含有する)で洗浄した。SDSおよび2-メルカプトエタノールを含有する試料バッファーを添加し、かつ試料を95℃で4分に亘って加熱することによって変性させた。
【0041】
タンパク質をSDS-PAGEにより分画し、かつニトロセルロースフィルターにトランスファーした。FGFR-4のチロシン燐酸化レベルを測定するために、ニトロセルロースフィルターを、ホスホチロシン特異的マウスモノクローナル抗体4G10(Upstate Biotechnology)で4℃でインキュベートした。その後にHTP-結合ヤギ抗マウスまたはヤギ抗ウサギ第2抗体を添加し、その後に、増強ケミルミネセンス(ECL)基質反応(Amersham, Germany)をおこなった。基質反応を、KodakX-Omartフィルム上で検出した。免疫沈降したFGFR-4タンパク質の等量を確定するために、フィルターを製造者によるプロトコール(Amersham, Germany)にしたがってストリッピングし、ブロッキングし、かつ、ポリクローナルFGFR-4抗体でリプロービングした。
【0042】
4FA6D3C10でのL6/huFGFR-4細胞の処理によって、図2に示すようなFGFR-4チロシンリン酸化の著しい増加を導いた。これらのデータは、モノクローナル抗体および特に4FA6D3C10が、FGFR-4レセプター活性のために使用できることを明らかにした。」(明細書0035段落第2文?0042段落)

ク.実施例における4つめの試験
「例2:
FGFR4およびそのリガンドは、多くのヒト癌細胞系において発現するけれども、ヒト腫瘍発達の調整におけるFGF4の役割は完全には知られていなかった。ヒト癌細胞の腫瘍成長を調節するFGFR4の機能を分析するために、異所的にヒトFGFR4を発現するヒト乳癌細胞系BT549およびMCF7を使用した。
【0044】
乳癌細胞MCF7細胞を12穴プレート中で3重にプレーティングし、5000細胞/10%FCSを含有する500μl培地上清で24時間に亘ってインキュベートした。細胞を、1%FCS中の10ng/mlのaFGFおよびbFGFまたは25ng/mlのβ-ヘレグリンで刺激し、かつ6日間に亘って成長させた。乳癌細胞系BT549の場合においては、細胞を96穴プレート中で6重にプレーティングし、1000細胞/100μlで、通常の成長培地(DMEM、10%FCS;0.065%インスリン40U/ml)で、24時間に亘ってインキュベートした。培地を除去し、かつ細胞を10ng/mlのaFGF、bFGFまたは25ng/mlのβ-ヘレグリンで、72時間に亘ってFCSおよびインスリンを用いることなく処理した。増殖を非RI AlmarBlue アッセイ(Biosource)を用いてアッセイした。要するに、AlmarBlueをカルチャー容量の10%と同量で添加し、かつ37℃で2時間に亘ってインキュベートした。フルオレセンスを544nmでの励起波長および580nmでの放出波長で測定した。比較目的のために容量を算定し、かつコントロールの百分率として示した(未刺激細胞)。
【0045】
図3で示すように、空ベクターで感染させたMCF7細胞のaFGFまたはbFGF刺激によって、生細胞の有意な増加が示された。さらに、β-ヘレグリンでの処理またはβ
-ヘレグリンとbGFGとでの同時の処理によって細胞増殖を活性化させた。しかしながら、aFGFまたはbFGFでの、異所的にFGFR4(MCF7 FGFR4-クローン1、-クローン2)を発現するMCF7細胞の暴露は減少した細胞成長を示す。さらに、FGFR4を発現するBT549乳癌細胞の増殖は、aFGF、bFGFまたはβ-ヘレグリン(図4)で刺激する場合には減少するが、それにもかかわらずBT549コントロール細胞の細胞増殖は作用しない。したがって、FGFR4は、MCF7およびBT549乳癌細胞のインヒビターとして機能するものである。」(明細書0043段落後半?0045段落)

ケ.図面の簡単な説明
「【図面の簡単な説明】
【0047】
【図1】創傷アッセイにおけるヒトFGFR-4Gly388を発現するMDA-MB-231乳癌細胞(ATCCHTB-26)の遊走を示す図
【図2】ヒトFGFR-4を発現するL6筋芽細胞(ATCC CRL-1458)のウエスタンブロッティングの結果を示す図
【図3】ヒトFGFR-4を発現するMCF7乳癌生細胞(MCF7/FGFR-4クローン1および-クローン2)を、リガンドaFGFおよびbFGFで処理した結果を示す図
【図4】ヒトFGFR-4を発現するBTB549乳癌生細胞(BTB549/FGFR-4クローン1および-クローン2)を、リガンドaFGFおよびbFGFで処理した結果を示す図」(明細書0047段落)

コ.図1


」(図面)

サ.図2


」(図面)

シ.図3


」(図面)

ス.図4


」(図面)

(3)検討・判断

当審は,本願明細書の発明の詳細な説明には,「FGFR-4のチロシンキナーゼ活性を選択的に刺激することが腫瘍疾患の予防及び/又は治療という医薬用途に有効である」ことが当業者に理解できるようには記載されていない,と判断する。その理由は以下のア.?オ.の項目のとおりである。

ア.実施例の記載について

(ア)実施例の記載の分節
本願明細書には,上記(2)の項目における摘記のとおり,実施例として,大まかに4つの試験について記載されているが,以降,それぞれを便宜的に以下のように「実施例1」?「実施例4」という。
・「実施例1」:明細書0030?0032段落,及び,図1に記載の試験
・「実施例2」:明細書0033段落?0035段落第1文,及び,0043段落の第1表に記載の試験
・「実施例3」:明細書0035段落第2文?0042段落,及び,図2に記載の試験
・「実施例4」:明細書0043段落の「例2」以降0045段落まで,並びに,図3及び図4に記載の試験

(イ)「実施例1」及び「実施例2」について
これらの試験において,「FGFR-4のチロシンキナーゼ活性を選択的に刺激することが可能な化合物」を「予防及び/又は治療のために、標的細胞又は標的生体において、投与及び/又は過剰発現」することに対応する処理が行われているかについてみると,いずれの試験でも,FGFR4遺伝子の「トランスフェクト」については,トランスフェクトされた乳癌細胞が,現実の「予防及び/又は治療」では起こらないクローン化をされた後に試験に供されていることから,当該「トランスフェクト」処理は,「予防及び/又は治療のために、標的細胞又は標的生体において、投与及び/又は過剰発現」することに対応する処理とはいえない。また,「実施例1」の遊走試験の段階においては,前記「クローン細胞系」に対して,何ら本願発明における所定の「FGFR-4のチロシンキナーゼ活性を選択的に刺激することが可能な化合物」による処理が行われていないし,「実施例2」の腫瘍形成試験の段階においても,「FGFR-4のチロシンキナーゼ活性を選択的に刺激することが可能な化合物」の投与は行われていない。
そうすると,「実施例1」の試験は,FGFR4遺伝子が導入され発現している細胞しか存在しないクローン細胞における細胞集団の遊走能や腫瘍形成能を評価するものに過ぎず,実際には100%には満たない一定のトランスフェクト効率しか期待できない現実の「予防及び/又は治療」のためのFGFR4遺伝子の投与によって,腫瘍細胞集団の遊走能又は腫瘍形成能がどのようになるかを評価するものではない。
したがって,当該「実施例1」及び「実施例2」は,「FGFR-4のチロシンキナーゼ活性を選択的に刺激することが可能な化合物」が,「腫瘍疾患の予防及び/又は治療」の医薬用途に有効であることを示すものとはいえない。

(ウ)「実施例3」について
「実施例3」の試験では,抗FGFR-4モノクローナル抗体を製造し,得られた抗体「4FA6D3C10」がFGFR-4のチロシンリン酸化の著しい増加を導いたとしているが,そのこと自体は,当該抗体が,「腫瘍疾患の予防及び/又は治療」の医薬用途に有効であることまでを示すものではない。

(エ)「実施例4」について
実施例4の試験では,癌細胞を用いて試験を行った結果について,図3(摘記シ)と共に,0045段落において,「空ベクターで感染させたMCF7細胞のaFGFまたはbFGF刺激によって、生細胞の有意な増加が示された。」(摘記ク)と記載しているが,これは,むしろ,aFGF又はbFGFによる刺激が,癌細胞の増殖という腫瘍疾患の悪化につながることを示すものであるから,実施例4の試験によっては,FGFR-4活性を刺激することが,「腫瘍疾患の予防及び/又は治療」の医薬用途に有効であることを当業者が理解できるとはいえない。なお,MCF7細胞には,トランスフェクトせずともFGFR-4が発現していることは,Cancer Research, 2001, Vol.61, p.4229-2237(特に,第4231頁右欄下から2?1行目及び図3)に記載されるように本願出願前に知られているから,当業者であれば,前記「空ベクターで感染させたMCF7細胞のaFGFまたはbFGF刺激」は,FGFR-4のチロシンキナーゼ活性を刺激すると理解できるものである。
また,0045段落においては「aFGFまたはbFGFでの、異所的にFGFR4(MCF7 FGFR4-クローン1、-クローン2)を発現するMCF7細胞の暴露は減少した細胞成長を示す。」との記載がみられるが,図3(摘記シ)をあわせてみれば,当該記載における「減少」とは,「空ベクターで感染させたMCF7細胞のaFGFまたはbFGF刺激」による「生細胞の有意な増加」と比べての減少であることが明らかである。一方で,本来比較すべき刺激の有無による差違に注目すれば,図3からは,異所的にFGFR-4を発現するMCF7細胞がaFGFに曝露された際には,コントロールの未刺激細胞(0044段落最終文)に対して増加がみられるから,むしろ,FGFR-4の刺激は,癌細胞の増殖を促すことがあると読み取るべきである。そうすると,前記明細書の記載にかかわらず,「実施例4」の試験からは,FGFR-4のチロシンキナーゼ活性を刺激することが,「腫瘍疾患の予防及び/又は治療」の医薬用途に有効であることを当業者が理解できるとはいえない
さらに,実施例4の試験は,0043段落に記載されるように「異所的にヒトFGFR4を発現するヒト乳癌細胞系BT549およびMCF7を使用した」(摘記ク)というものであることから,当該細胞系への「FGFR4遺伝子」のトランスフェクト処理が,「予防及び/又は治療のために、標的細胞又は標的生体において、投与及び/又は過剰発現」することに対応するかについて念のために検討しても,「異所的にヒトFGFR4を発現するヒト乳癌細胞系」との記載からみても,FGFR4遺伝子をトランスフェクトした細胞をクローン化して「細胞系」としたものが試験に供されているのが明らかであるから,当該トランスフェクト処理は,「予防及び/又は治療のために、標的細胞又は標的生体において、投与及び又は過剰発現される」ことに対応する処理とはいえない。したがって,当該試験結果によっては,FGFR4遺伝子の投与が,「腫瘍疾患の予防及び/又は治療」の医薬用途に有効であることを理解できるとはいえない。

イ.実施例以外の発明の詳細な記載について

本願明細書の発明の詳細な説明には,実施例以外の箇所の記載をみても,FGFR-4のチロシンキナーゼ活性の刺激についての記載箇所(摘記ア)には,「腫瘍疾患の予防及び/又は治療」の医薬用途との関係については記載されておらず,また,医薬用途についての記載箇所(摘記イ)には,「本発明は、FGFR活性の刺激が、in vivoで、マウスモデル中で腫瘍サイズの減少を導くといった驚くべき発見に基づくものである。」との記載がみられる程度で,その他の発明の詳細な説明の記載を含めても,「FGFR-4のチロシンキナーゼ活性を選択的に刺激することが腫瘍疾患の予防及び/又は治療という医薬用途に有効であること」を当業者が理解できるような理論的説明や試験結果等は記載されていない。

ウ.FGF19について

本願出願時においては,骨格筋においてヒトFGF19を過剰発現するトランスジェニックマウスが,生後10ヶ月で 肝細胞癌が顕著となることが技術常識であった(American Journal of Pathology, 2002, Vol.160, No.6, p.2295-2307,特に要約欄,第2298頁右欄最下段落?第2299頁左欄第1段落,表1,図1?2)。
このことからすると,FGF19については,なおのこと具体的な裏付けを伴わずには,「腫瘍疾患の予防及び/又は治療」の医薬用途に有効であることを当業者が理解できるとはいえないが,発明の詳細な説明には,FGF19が「腫瘍疾患の予防及び/又は治療」の医薬用途に有効であることを示す,具体的な試験結果等は何ら記載されていない。

エ.技術常識を考慮した解釈の可能性について.

なお,本願出願時の技術常識を勘案して,本願明細書の発明の詳細な説明の記載内容を解釈しようとしても,以下のとおり,「FGFR-4のチロシンキナーゼ活性を選択的に刺激することが腫瘍疾患の予防及び/又は治療という医薬用途に有効である」ことが当業者に理解できるとはいえない。

(ア)上記「実施例1」及び「実施例2」において用いられた「FGFR-4 Gly388」及び「FGFR-4 Arg388」については,本願明細書0005段落において引用され,本願出願前に頒布された刊行物である国際公開第99/37299号(特に,第11頁第22行?第12頁第24行,対応する特表2002-518292号公報では0047?0050段落を参照。)をみれば,「FGFR-4 Arg388」は,「FGFR-4 Gly388」からの点突然変異によるものであり,その結果,「受容体チロシンキナーゼが活性となり,リガンド刺激なくしてシグナル伝達が起こり,その結果細胞の制御されない増殖がトリガーされ得る」ものであること,さらには,当該点突然変異は,乳癌患者に高い割合で見つかり,乳癌の発生との間のつながりが示唆されていたことが既に知られていたものである。このような,本願出願時の技術水準を勘案すれば,本願明細書に記載された上記「FGFR-4 Gly388」及び「FGFR-4 Arg388」は,当業者であれば,それぞれ,リガンド刺激に依存してチロシンキナーゼが活性化される,いわば「通常型」のものと,リガンド刺激が無くともチロシンキナーゼが活性化される「突然変異体」として理解できるといえる。

(イ)また,リガンド刺激に依存してチロシンキナーゼが活性化される受容体について,単純に過剰発現さえさせればリガンド刺激が無くても活性化されるという技術常識は見当たらない。この点に関して,本願明細書0011段落では,「FGFR活性は、遺伝子投与量を増加させることによって、たとえば、FGFR遺伝子、特にFGFR-4遺伝子および特にはFGFR-4 Gly388遺伝子を、標的細胞または標的生体中で投与および/または過剰発現することによって刺激される。」(摘記ア)と記載されているが,当該記載は何ら裏付けを伴うものではないから,この記載をもって,細胞にトランスフェクトされたFGFR4遺伝子の発現が,それ自体で「チロシンキナーゼ活性を選択的に刺激する」ことまでを示すものとすることはできない。

(ウ)そこで,上記(ア)及び(イ)の項目で述べた点を踏まえて上記「実施例1」の試験結果を解釈すれば,通常型ともいうべき「FGFR-4 Gly388」を発現する細胞で遊走が抑制されたことからは,せいぜい,リガンド刺激又はそれに対応する処理が行われないという条件下では,腫瘍転移が抑制されることの示唆を与えているとは解釈ができるにとどまり,「FGFR-4のチロシンキナーゼ活性を選択的に刺激すること」との関係では,何らの示唆を与えるものとは解されない。むしろ,リガンド刺激が無くとも活性型となる突然変異体の「FGFR-4 Arg388」を発現する細胞では遊走が抑制されないことからみれば,「FGFR-4のチロシンキナーゼ活性を選択的に刺激すること」は,腫瘍転移に有効でないことが示されているとさえいえる。

(エ)また,「実施例2」の試験結果についてみると,上記(ア)及び(イ)の項目で述べた点を踏まえれば,「実施例2」の試験で比較されている,リガンド刺激が無くとも活性型となる突然変異体の「FGFR-4 Arg388」と,リガンド刺激がなくてはチロシンキナーゼが活性化されない「FGFR-4 Gly388」とは,マウス体内においても,「突然変異体」の方が,FGFR-4のチロシンキナーゼ活性がより「選択的に刺激」された状態となっていると解される。
しかしながら,表1(摘記カ)等に記載の試験結果は,より「選択的に刺激」された状態であるはずの,突然変異体の「FGFR-4 Arg388」を発現する腫瘍細胞の方が,「FGFR-4 Gly388」を発現する腫瘍細胞と比べて,成長抑制の程度が格段に小さいことを示している。このことからは,FGFR-4がより「選択的に刺激」される方が,腫瘍成長を抑制する効果が乏しくなることが示されているというべきである。
そうすると,「実施例2」の試験結果からは,「FGFR-4のチロシンキナーゼ活性を選択的に刺激すること」が,「腫瘍疾患の予防及び/又は治療」に「有効」なものとして示されているとまでは,必ずしもいえないばかりか,むしろ,「FGFR-4のチロシンキナーゼ活性を選択的に刺激すること」は「腫瘍疾患の予防及び/又は治療」に対する有効性を減退させることが示されているとさえいうべきである。

(オ)したがって,本願明細書の発明の詳細な説明の記載内容を如何様に解釈しようとしても,「FGFR-4のチロシンキナーゼ活性を選択的に刺激することが腫瘍疾患の予防及び/又は治療という医薬用途に有効である」ことが当業者に理解できるとはいえない。

オ.小括

以上のとおりであるから,本願明細書の実施例の記載によっては,「FGFR-4のチロシンキナーゼ活性を選択的に刺激することが腫瘍疾患の予防及び/又は治療という医薬用途に有効であること」が当業者に理解できるとはいえないし,また,他の発明の詳細な説明の記載をあわせて見ても同様である。
したがって,この出願の発明の詳細な説明は,本願発明について,当業者が実施することができる程度に明確かつ十分に記載されていない。
よって,本願は,特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしているとすることができない。

2.第36条第6項第1号の要件について

(1)本願発明の課題について

本願発明の課題は,本願明細書0001?0004段落の記載からみて,FGFRアクチベーターによって,高増殖性疾病の予防および/または治療できる薬物を提供することであると認められる。
したがって,本願発明に関して,本願明細書の発明の詳細な説明に,当該発明の課題が解決できることが当業者において認識できるように記載されているというためには,「FGFRアクチベーター」が,「高増殖性疾病の予防および/または治療」という医薬用途に有効であることが当業者において認識できるように記載されていなくてはならず,これを,本願発明の用語に則して言い換えれば,「線維芽細胞成長因子レセプター種4(FGFR-4)のチロシンキナーゼ活性を選択的に刺激することが可能な化合物」が「腫瘍疾患の予防及び/又は治療」という医薬用途に有効であることが当業者において認識できるように記載されていなくてはならない,ということになる。
以下,そのような観点に立って,本願発明について検討する

(2)本願明細書の記載

本願明細書の発明の詳細な説明には,上記1.(2)の項目に摘記したとおりの記載がある。

(3)検討・判断

上記1.(3)ア.?エ.の項目で述べたとおりであるから,発明の詳細な説明の記載は,「線維芽細胞成長因子レセプター種4(FGFR-4)のチロシンキナーゼ活性を選択的に刺激することが可能な化合物」が「腫瘍疾患の予防及び/又は治療」という医薬用途に有効であること」が当業者に理解できるとはいえない。
そうすると,発明の詳細な説明から当業者が本願発明の課題を解決できると認識できる範囲は存在しないから,本願発明は,発明の詳細な説明に記載したものとはいえない。
よって,本願は,特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしているとすることができない。

3.請求人の主張について

(1)請求人は,平成25年7月23日付け意見書において,FGFR-4の活性化の効果は,本願明細書0031?0035段落等に記載のin vitro試験(遊走アッセイ)およびin vivo試験(腫瘍マウス)により裏付けられている旨,及び,これらの試験はいずれも,腫瘍生物学において,たとえば腫瘍に関連する有用な物質の選別等を行うために通常用いられる試験であることから,これらの試験結果に基づいて,FGFR-4を活性を刺激する化合物が腫瘍疾患の治療等に有効であることについて,当業者であれば十分に理解できる旨を主張する。
しかしながら,それらの試験が「有用な物質の選別等を行うために通常用いられる試験」であることは,単に用いた試験手法が通常どのような目的に使われるかをいうに過ぎないから,本願明細書の発明の詳細な説明に記載された試験内容が「FGFR-4を活性を刺激する化合物が腫瘍疾患の治療等に有効であること」を示すことの根拠となるかどうかとは直接には関わりがない。
したがって,請求人の当該主張は採用できない。

(2)請求人は同意見書において,本願明細書0035?0042段落には,アゴニスト作用を示す抗FGFR-4抗体が,FGFR-4のチロシンリン酸化活性を刺激する能力を有することが示されていることから,本願の発明の詳細な説明には,FGFR-4のチロシンキナーゼ活性を選択的に刺激する能力を有し,それにより上記腫瘍モデル試験において裏付けられたFGFR-4介在型腫瘍発生メカニズムを標的とする化合物について,十分に検証され,かつ裏付けられているものといえる旨を主張する。
しかしながら,請求人のいう「腫瘍モデル試験」すなわち上記「実施例2」の試験は,上記ア.?エ.の項目に記載のとおり,「FGFR-4のチロシンキナーゼ活性を選択的に刺激することが腫瘍疾患の予防及び/又は治療という医薬用途に有効であること」を何ら裏付けるものではないから,上記の主張は成り立たない。
したがって,請求人の当該主張も採用できない。

(3)請求人は同意見書において,本願発明について,「出願時の技術水準であったFGFR-4の抑制ではなくFGFR-4の活性化が、いくつかのタイプの癌に有効であること、すなわち、FGFR-4インヒビタではなくFGFR-4アクチベータを用いて、いくつかのタイプの癌の治療が可能であることを見出したことを基礎としています」とした上で,「この点につき、本願の発明の詳細な説明には一般的な原理についての説明が十分になされており、さらに一つの典型的な例として抗体4FA6D3C10を使用した試験データを提供しています(図2参照)。」と主張する。
しかしながら,上記ア.(ウ)の項目で言及したとおり,請求人のいう,「抗体4FA6D3C10を使用した試験データ」,すなわち,「実施例3」の試験では,その抗体の「腫瘍疾患の予防及び/又は治療」における有効は何ら示されていないし,上記イ.の項目で述べたとおり,全明細書をみても,「FGFR-4のチロシンキナーゼ活性を選択的に刺激することが可能な化合物」と「腫瘍疾患の予防及び/又は治療」の医薬用途との関係について当業者が理解できるような「一般的な原理」の記載は見当たらない。また,癌の治療については,「FGFR-4の抑制」が出願時の技術常識であったというのであれば,なおのこと,「FGFR-4のチロシンキナーゼ活性を選択的に刺激することが可能な化合物」と「腫瘍疾患の予防及び/又は治療」の医薬用途との関係を裏付ける試験データを示す必要がある。
したがって,請求人の当該主張も採用できない。

(4)請求人は,同意見書において,上記2.(3)ウ.の項目でFGF19に関する技術常識を示すものとして取り上げている文献(American Journal of Pathology, 2002, Vol.160, No.6, p.2295-2307)に関して,同文献には,FGF19によるFGFR-4刺激の効果についての技術的証拠が示されておらず,示唆も存在しない旨,及び,同文献には,癌におけるFGF-19の役割も明らかでないと記載されている旨を主張する。
しかしながら,同文献には,「FGF19は,FGFR4への特有の選択性を有するFGFファミリーの新規なメンバーである。」(第2295頁右欄第21?23行)と記載されると共に,当該文献の最後において,「総合すれば,これらのデータは,以前は知られていなかった肝細胞癌の発症におけるFGF19の役割を示唆するものである。若いトランスジェニックマウス及びrGFG19タンパク質を注入したマウスにおける肝細胞の増殖は,FGF19が直接肝細胞に作用している可能性があることを示唆する。マウスの肝臓におけるFGF19の受容体であるFGFR4の発現が,この仮説を支持する。」(第2306頁左欄第25?30行)等と記載されていることから,「癌におけるFGF-19の役割」が明らかでなかったのは,当該文献による研究報告以前の話であることが明らかであり,しかも,FGF-19によるFGFR-4刺激の効果を根拠を提示しつつ示唆しているといえる。
したがって,請求の当該主張は根拠が無い。

第4 むすび

以上のとおり,本願は,特許法第36条第4項第1号及び同条第6項第1号に規定するいずれの要件も満たしているものとすることができない。

したがって,本願は,その余の点について論及するまでもなく拒絶すべきものである。

よって,結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2013-08-29 
結審通知日 2013-09-02 
審決日 2013-09-17 
出願番号 特願2003-563582(P2003-563582)
審決分類 P 1 8・ 537- WZ (A61K)
P 1 8・ 536- WZ (A61K)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 田村 聖子  
特許庁審判長 内田 淳子
特許庁審判官 中村 浩
穴吹 智子
発明の名称 FGFRアゴニスト  
代理人 矢野 敏雄  
代理人 アインゼル・フェリックス=ラインハルト  
代理人 久野 琢也  

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