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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 C07F
審判 査定不服 5項独立特許用件 特許、登録しない。 C07F
管理番号 1284584
審判番号 不服2012-22897  
総通号数 172 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2014-04-25 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2012-11-20 
確定日 2014-02-06 
事件の表示 特願2007-151203「新規なスルホニウムボレート錯体」拒絶査定不服審判事件〔平成20年12月18日出願公開、特開2008-303167〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
本願は、平成19年6月7日の出願であって、
平成24年5月29日付けの拒絶理由通知に対し、平成24年7月30日付けで意見書及び手続補正書の提出がなされ、
平成24年8月28日付けの拒絶査定に対し、平成24年11月20日付けで審判請求がなされるとともに手続補正書の提出がなされ、
平成25年3月13日付けの審尋に対し、平成25年5月16日付けで回答書の提出がなされたものである。

第2 平成24年11月20日付け手続補正についての補正の却下の決定
〔補正の却下の決定の結論〕
平成24年11月20日付け手続補正を却下する。

〔理由〕
1.補正の内容
平成24年11月20日付け手続補正(以下、「第2回目の手続補正」という。)は、
補正前の請求項1における
「式(1)で表されるスルホニウムボレート錯体。
【化1】

(式(1)中、R_(1)はo-メチルベンジル基又は(1-ナフチル)メチル基であり、R_(2)はメチル基、エチル基、プロピル基又はブチル基である。Xはハロゲン原子であり、nは1?3の整数である。)」との記載を、
補正後の請求項1における
「以下式で表されるスルホニウムボレート錯体。
【化1】


との記載に改める補正を含むものである。

2.補正の適否
(1)はじめに
上記請求項1についての補正は、補正前の請求項1に記載された「Xはハロゲン原子」という発明特定事項を『Xはフッ素原子』に限定し、補正前の請求項1に記載された「R_(2)はメチル基、エチル基、プロピル基又はブチル基」という発明特定事項を『R_(2)はメチル基』に限定し、補正前の請求項1に記載された「nは1?3の整数」という発明特定事項を『nは1の整数』に限定する補正を含むものであって、なおかつ、当該限定により補正前後の当該請求項に係る発明の産業上の利用分野及び解決しようとする課題が変更されるものでもない。
したがって、上記請求項1についての補正は、特許法第17条の2第5項第2号に掲げる「特許請求の範囲の減縮(第三十6条第5項の規定により請求項に記載した発明を特定するために必要な事項を限定するものであつて、その補正前の当該請求項に記載された発明とその補正後の当該請求項に記載される発明の産業上の利用分野及び解決しようとする課題が同一であるものに限る。)」を目的とするものに該当する。
そこで、補正後の請求項1に記載されている事項により特定される発明(以下、「補正発明」という。)が、特許出願の際独立して特許を受けることができるものであるか否か(特許法第17条の2第6項において準用する同法第126条第5項の規定に適合するか否か)について検討する。

(2)引用文献及びその記載事項
ア.引用文献2:特開平3-237107号公報
原査定で引用された本願出願日前に頒布された刊行物である上記「引用文献2」には、次の記載がある。

摘記2a:請求項11、14及び17
「(11)スルホニウム塩がα-ナフチルメチル-4-ヒドロキシフェニルメチルスルホニウムヘキサフルオロアンチモネートである特許請求の範囲第6項記載の重合開始剤。…
(14)カチオン重合性物質の一種または二種以上に特許請求の範囲第1項記載の一般式[ I ]で示されるスルホニウム塩の一種または二種以上を開始剤として加え、これを放射線および/または熱により重合させることを特徴とするカチオン重合性物質の重合方法。…
(17)重合を20℃以上の温度で行うことを特徴とする特許請求の範囲第14項記載の重合方法。」

摘記2b:第3頁右下欄第2?9行
「[発明の目的] 本発明の目的は、放射線および/または熱でエポキシ樹脂などのカチオン重合性物質を重合することができ、かつまた、遮光下、10℃以下で貯蔵安定性に優れ、封止剤、複合材用マトリックス樹脂などに利用されるカチオン重合性組成物を提供し、その重合の方法、重合用の開始剤を提案することにある。」

摘記2c:第5頁左上欄第8?14行及び左下欄第20行?右下欄第5行
「本発明において使用されるスルホニウム塩は、光、電子線などの放射線に対して活性を上げるだけでなく、熱に対しても活性がある。すなわち、放射線または熱で励起されたこれらスルホニウム塩は、ベンジルカチオンまたはナフチルメチルカチオンを放出し、前述のカチオン重合性物質の重合を進行させると考えられる。…
本発明の硬化性組成物は、長期間保存可能で光や電子線などの放射線の照射や150℃以下の加熱あるいは加熱と放射線処理の併用で速やかに重合を開始する機能を備え、高温硬化性に優れ、吸湿性がなく、耐水性、耐薬品性、電気性に優れた硬化物を与える。」

摘記2d:第5頁右下欄第15行?第6頁左上欄第4行
「実施例1
フェニルグリシジルエーテル1.0gに対して、α-ナフチルメチル-4-ヒドロキシフェニルメチルスルホニウムヘキサフルオロアンチモネートを0.034g混合した。この混合物を脱気封管し、所定の温度で1時間塊状重合させ、反応後、転化率を^(1)H NMRスペクトルより決定した。その結果を次に示す。
温 度(℃) 30 40 60 80
転化率(%) 0 8 75 86 」

摘記2e:第6頁の表1の「実施例6」の欄
「実施例 スルホニウム塩 ゲル化時間 …
6

5秒 」

イ.引用文献3:特開平4-1177号公報
原査定で引用された本願出願日前に頒布された刊行物である上記「引用文献3」には、次の記載がある。

摘記3a:請求項1?3
「1)一般式(I)で表わされるスルホニウム化合物。

(ただしR_(1)は水素、メチル基、アセチル基、メトキシカルボニル基、エトキシカルボニル基、ベンジルオキシカルボニル基のいずれかを、R_(2)、R_(3)は独立して水素、ハロゲン、C_(1)?C_(4)のアルキル基のいずれかを、R_(4)はC_(1)?C_(4)のアルキル基のいずれかを、Qはモノメチルベンジル基、ジメチルベンジル基、トリメチルベンジル基、ジクロルベンジル基、トリクロルベンジル基、o-ニトロベンジル基、m-ニトロベンジル基、p-ニトロベンジル基、ジニトロベンジル基、トリニトロベンジル基、α-ナフチルメチル基、β-ナフチルメチル基のいずれかを示す。ただし、R_(1)が、エトキシカルボニル基、ベンジルオキシカルボニル基のいずれかのとき、Qはモノメチルベンジル基であることはない。Xは、SbF_(6)、PF_(6)、AsF_(6)、BF_(4)を示す。)
2)スルホニウム塩がα-ナフチルメチル-4-ヒドロキシフェニルメチルスルホニウムヘキサフルオロアンチモネートである請求項1に記載のスルホニウム化合物。
3)スルホニウム塩がα-ナフチルメチル-4-ヒドロキシフェニルメチルスルホニウムヘキサフルオロホスフェートである請求項1に記載のスルホニウム化合物。」

摘記3b:第2頁右下欄第6?12行
「本発明は新規なスルホニウム化合物、およびその製造方法に関する。さらに詳しくは、光および熱硬化組成物の硬化開始剤として有用であり、特にエポキシ樹脂やスチレンなどのカチオン重合性ビニル化合物の重合硬化開始剤としての効果を有する新規スルホニウム化合物、およびその製造方法に関する。」

摘記3c:第5頁右上欄第18行?第7頁左下欄第6行
「実施例2?13 実施例1と同様に、所定のスルホニウム クロライドと、所定のポリフルオロ錯体アルカリ金属塩から、メタノール中でイオン交換法により、合成した。収率、ならびに物性値を次表に示した。表中、R_(1)?R_(4),Q、Xについては、発明の詳細な説明の欄に記載された化学式に使用した記号と同一である。

実施例 R_(1) R_(2) R_(3) R_(4) Q X …
2 H H H CH_(3) α-ナフチルメチル PF_(6) …
8 H H H CH_(3) α-ナフチルメチル SbF_(6) …
12 H H H CH_(3) o-メチルベンジル SbF_(6) …

実施例14 実施例2においてメタノールに変えて、アセトニトリルを反応溶媒として用いたところ、α-ナフチルメチル-4-ヒドロキシフェニルメチルスルホニウム へキサフルオロホスフェートが66.5%の収率が得られた。」

ウ.引用文献4:特開平5-230189号公報
原査定で引用された本願出願日前に頒布された刊行物である上記「引用文献4」には、次の記載がある。

摘記4a:段落0007及び0020
「本発明で用いる成分(A)のカチオン重合性化合物として、次のような化合物が上げられる。(a)エポキシ基を有する化合物として、…ビスフェノールA型エポキシ樹脂…等のエポキシ化合物がある。…
本発明の硬化性組成物は、光、X線、電子線及び熱等の放射線により容易に硬化することができる。本発明の硬化性組成物を熱硬化する場合は、20℃?200℃、好ましくは、50℃?180℃の範囲で使用される。」

摘記4b:段落0028の「S-31」の欄




エ.引用文献5:高分子論文集,Vol.59, No.8,p.449-459(2002)
原査定で引用された本願出願日前に頒布された刊行物である上記「引用文献5」には、表中の英語表記を和訳するに、次の旨の記載がある。

摘記5a:第455頁右欄第3行?第456頁右欄第1行
「3 オニウムボレートを重合開始剤に用いたカチオン光重合
エポキシドやビニルエーテルなどのカチオン光重合は、酸素による重合阻害がないことや重合後の硬化物の物性が良好であるといった長所から近年需要が高まっている。オニウム塩は代表的なカチオン光重合用の重合開始剤であるが、その多くはモノマーや溶剤への溶解性が乏しいことや、アクリレートなどのラジカル光重合に比べて重合速度が小さいなどの短所がある。近年、テトラキス(ペンタフルオロフェニル)ボレートを対アニオンにもつヨードニウムボレートが従来のオニウム塩と比較して高い重合能を示すことが報告^(18))されたが、重合に及ぼすカチオン構造の違いの影響や従来のオニウム塩にみられる分光増感の可能性については不明であった。そこで筆者らはテトラキス(ペンタフルオロフェニル)ボレートをアニオンにもつ数種のオニウムボレートを新たに合成し、これを重合開始剤に用いたエポキシドやビニルエーテルのカチオン光重合について検討した。
まずTable6に示すカチオン構造の異なるオニウムボレートを合成した。これらはいずれも脂肪族炭化水素系以外のあらゆる有機溶剤に極めてよく溶解することがわかった。 そこでこれらを重合開始剤に用いてFig.13に示すエポキシド^(19))およびビニルエーテル^(20))の光重合について検討した。
表6.オニウムテトラキス(ペンタフルオロフェニル)ボレート^(a))…
SFB5


a)対アニオンはテトラキス(ペンタフルオロフェニル)ボレートである。」

摘記5b:第457頁左欄第3行?第459頁左欄第26行
「また興味深いことに、これらのオニウムボレートの光分解によって生成する酸(H^(+)B(C_(6)F_(5))_(4)^(-))は、100℃、10分間程度の加熱によって分解し、非酸性のHC_(6)F_(5)およびB(C_(6)F_(5))_(3)を生成することがGC分析によって確認された(Scheme2)。これは従来のオニウム塩にはみられない特徴的な性質であるが、このタイプのボレートは酸に対して一般的に不安定なため、加熱によってボレートの分解反応が起こるためと考えられる^(21)?22))。…
Δ
H^(+)B(C_(6)F_(5))_(4)^(-) → HC_(6)F_(5)+ B(C_(6)F_(5))_(3)
Scheme2. …
4 おわりに
本報では、ラジカルおよびカチオン光重合反応に有用な二つのタイプのオニウムボレートを重合開始剤に用いた増感剤と光反応機構と光重合について述べた。ブチルトリフェニルボレートを対アニオンにもつオニウムボレートは、高い重合能を示すラジカル発生剤として機能し、種々の増感剤を選択することでUV?可視光に対して高い感度をもった光重合開始剤系を構築できることを明らかにした。また、従来のオニウム塩と異なり光分解時に酸を副生しないという特徴を有する。一方、テトラキス(ペンタフルオロフェニル)ボレートを対アニオンにもつオニウムボレートは、従来のオニウム塩同様、光酸発生剤として機能し、エポキシドやビニルエーテルの光重合に有用であることを示した。また、光分解によって発生する酸性化学種は加熱することで非酸性の中性分子に変化するため、この特徴を活かして従来のオニウム塩では懸念される光重合分野への応用や新しい用途に展開できるものと期待される。」

オ.引用文献8:特開平9-176112号公報
原査定で引用された本願出願日前に頒布された刊行物である上記「引用文献8」には、次の記載がある。

摘記8a:請求項1
「カチオン部分が下記一般式(1)で表されるスルホニウムカチオンと、アニオン部分が下記一般式(2)で表されるボレートアニオンとから構成されるスルホニウムボレート錯体であることを特徴とする感エネルギー線酸発生剤(A)。
一般式(1)
【化1】

(ただし、R^(1)は、ベンジル基、置換されたベンジル基、フェナシル基、置換されたフェナシル基、アリル基、置換されたアリル基、アルコキシル基、置換されたアルコキシル基、アリールオキシ基、置換されたアリールオキシ基から選ばれる基を表し、R^(2)およびR^(3)は、それぞれ独立に、R^(1)を構成できる基と同じ基か、フッ素、塩素、臭素、水酸基、カルボキシル基、メルカプト基、シアノ基、ニトロ基、アジド基で置換されていても良いC_(1)?C_(18)の直鎖状、分岐鎖状、環状アルキル基、フッ素、塩素、臭素、水酸基、カルボキシル基、メルカプト基、シアノ基、ニトロ基、アジド基で置換されていても良いC_(6)?C_(18)の単環、縮合多環アリール基から選ばれる基を表し、R^(1)とR^(2)、R^(1)とR^(3)、R^(2)とR^(3)が相互に結合した環状構造であってもよい。)
一般式(2)
[BY_(m)Z_(n)]^(-)(ただし、Yはフッ素または塩素、Zは少なくとも2つ以上のフッ素、シアノ基、ニトロ基、トリフルオロメチル基の中から選ばれる電子吸引性基で置換されたフェニル基、mは0?3の整数、nは1?4の整数を表し、m+n=4である。)」

摘記8b:段落0031?0035
「好ましい置換基R^(1)の例としては、o-メチルベンジル基、…があげられ、これらの置換基は、酸硬化性化合物(C)と硬化性組成物とする際に、酸硬化性化合物(C)との相溶性の向上が期待されるものである。…さらに、他の好ましい置換基R^(1)としては、1-ナフチルメチル基…があげられ、これらは、紫外領域のエネルギー線、すなわち紫外線の吸収性の向上が期待されるものである。…さらに、本発明の感エネルギー線酸発生剤(A)を構成する一般式(1)で表されるスルホニウムカチオンにおける置換基R^(2)およびR^(3)において、…C_(1)?C_(18)の直鎖状、分岐鎖状、環状アルキル基としては、メチル基、…等があげられ、…置換されていても良いC_(6)?C_(18)の単環、縮合多環アリール基としては、…p-ヒドロキシフェニル基、…等があげられる。」

摘記8c:段落0052?0053及び0068
「この内、本発明の感エネルギー線酸発生剤(A)のボレートアニオンの構造として、好ましいものは、テトラキス(ペンタフルオロフェニル)ボレート、テトラキス[3,5-ビス(トリフルオロメチル)フェニル]ボレートである。…したがって、本発明の感エネルギー線酸発生剤(A)を構成するスルホニウムボレート錯体の具体例としては、…メチル(p-ヒドロキシフェニル)(フェナシル)スルホニウムテトラキス(ペンタフルオロフェニル)ボレート」

摘記8d:段落0087、0104及び0121
「本発明の感エネルギー線酸発生剤(A)の第二の特徴としては、従来知られていたBF_(4)^(-)、PF_(6)^(-)、AsF_(6)^(-)、SbF_(6)^(-)、ClO_(4)^(-)、CF_(3)SO_(3)^(-)、FSO_(3)^(-)、F_(2)PO_(2)^(-)といったアニオンをもつスルホニウム塩よりも、極めて強い酸が発生することである。エネルギー線、特に光の照射によって発生する酸の強さは、アニオンの種類によって大きく変わるが、本発明の一般式(4)で表されるボレートアニオンは、従来知られていたPF_(6)、AsF_(6)、SbF_(6)といったアニオンを有するスルホニウム塩に比べ、より一層強い酸を発生させることができ、結果として、硬化性組成物の感度の向上が図れる。…
さらに、酸硬化性化合物(C)として、カチオン重合可能な化合物あるいはその混合物をあげることができる。ここでいうカチオン重合可能な化合物とは、例えば、エポキシ化合物、…などがあげられる。…
本発明の硬化性組成物の重合方法としては、エネルギー線の照射によって重合させることが可能であるが、これに加えて、これらエネルギー線の照射と同時、もしくはエネルギー線の照射後に、加熱やサーマルヘッド等による熱エネルギーを加えることによって、目的とする重合物や硬化物を得ることも可能である。」

摘記8e:段落0088及び0132
「本発明の感エネルギー線酸発生剤(A)の多くは、通常紫外域より長波長に吸収を示さないため、近紫外から近赤外の光に対しては活性が乏しいが、一般式(1)における置換基R中にナフタレン環、アントラセン環、フェナントレン環、ピレン環、ナフタセン環、ペリレン環、ペンタセン環等の縮合多環芳香環を有する置換基やその他適当なクロモファーを導入することによって、可視領域にまで吸収帯を持たせ、これら可視より長波長の領域にまで活性を持たせることも可能である。…
また、一般式(1)で表されるスルホニウムカチオン上の置換基を工夫することによって、結晶性、安定性、種々の有機溶剤に対する溶解性の向上が得られ、さらに、従来のスルホニウム化合物よりも、酸硬化性化合物(C)を含んだ硬化性組成物の感度の向上に対して良好な結果を与えるのである。」

摘記8f:段落0146
「実施例…27 メチル-p-ヒドロキシフェニルフェナシルスルホニウムテトラキス(ペンタフルオロフェニル)ボレート」

カ.周知例A:エポキシ樹脂硬化剤の新展開(垣内弘監修、株式会社シーエムシー発行、1994年5月31日第1刷発行、第167?174頁)
原査定で提示された本願出願日前に頒布された刊行物である上記「周知例A」には、次の記載がある。

摘記A1:第170頁の図4?第173頁の式7


─────────
〔3〕 X
─────────
a SbF_(6)
…図4 スルホニウム塩(〔3〕)を用いたPGEのバルク重合…
そこで、4-メルカプトフェノールから得られる4-ヒドロキシフェニルメチルスルフィドを出発原料として、対アニオンの異なるベンジルスルホニウム塩(〔3〕)を合成し、その熱潜在性触媒としての性能をPGEのカチオン重合により評価した^(11))。図4に示すように、〔3〕は〔1a〕より低い温度で重合を開始し、特に対アニオンとしてSbF_(6)^(-)を持つ〔3a〕は優れた熱潜在性触媒として期待される。…この対アニオンの性質に依存した触媒活性の順は、〔1〕の場合とよく一致し、SbF_(6)^(-)>PF_(6)^(-)>BF_(4)^(-)であった。…
さらに、〔3a〕の活性化のためにベンジル基に代わって1-ナフチルメチル基をもつスルホニウム塩(〔7〕)や、2つの芳香環上の置換基効果を併用したスルホニウム塩(〔8〕)は、それらの相加効果により非常に高い活性を示すことも明らかにした(式7)^(14))。…

… 式7」

キ.周知例B:特開2006-77138号公報
本願出願日前の一般的な技術水準を示すために提示する上記「周知例B」には、次の記載がある。

摘記B1:段落0029?0031
「この内、本発明の酸発生剤(A)のボレートアニオン錯体の構造として、特に好ましいものは、テトラキス(ペンタフルオロフェニル)ボレート、テトラキス[3、5-ビス(トリフルオロメチル)フェニル]ボレートである。…
本発明に用いる酸発生剤(A)は、エネルギー線、特に光の照射によって、容易に分解して、強い酸を発生するという特徴を有する。従って速やかにエネルギー線硬化性粘着剤成分(B)中のエネルギー線重合性化合物の架橋を進行させて所望の重合度に達することができる。また、本発明の酸発生剤(A)は少量のエネルギー線照射によっても高い感度で非常に強い酸を発生させることができるため、エネルギー線照射時の基材の劣化を低減したり、エネルギー線照射時間の短縮による作業性を向上させることもできる。なお、酸発生剤(A)から発生する酸は、従来知られていたBF_(4)^(-)、PF_(6)^(-)、AsF_(6)^(-)、SbF_(6)^(-)といったアニオンをもつオニウム塩よりも、強い酸である。しかも、分解して、酸を発生した後に加熱することにより、酸が残存しないといった特徴を有する。そのため、硬化後においても残存する酸による基材の劣化を防止することもできる。…
さらに、本発明に用いる酸発生剤(A)は、従来知られていたBF_(4)^(-)、PF_(6)^(-)、AsF_(6)^(-)、SbF_(6)^(-)といったアニオンをもつオニウム塩よりも、種々の有機溶媒やポリマー、オリゴマーに対する相溶性、溶解性が極めて高いことがあげられる。そのため、本発明のエネルギー線硬化型粘着剤組成物として使用する場合の添加濃度を自在に設定可能であり、カチオン重合による硬化工程の重合速度を所望の速度に設定することが可能となる。」

ク.周知例C:特開2000-191751号公報
本願出願日前の一般的な技術水準を示すために提示する上記「周知例C」には、次の記載がある。

摘記C1:段落0011、0015、0018及び0026
「光電素子や発光素子の耐湿性にとって重要な要因としてイオン性不純物の問題がある。特開平2-273925号公報においては、アルカリイオンや塩素イオンに関する記載があるが、熱硬化性エポキシ樹脂組成物の知見から推察すれば、エポキシ樹脂に元来含まれるアルカリイオンや塩素イオンは耐湿性を悪化させる本質的な原因でなく、むしろ光カチオン硬化系に用いられる開始剤から加水分解で遊離するハロゲンイオンが大きく耐湿性に影響しうるということができる。本発明者らが種々検討した結果、カウンターアニオンの中心元素に直接フッ素イオンなどのハロゲンイオンが結合している場合に大きく耐湿性を劣化させることが判明した。この知見から開始剤のカウンターアニオンにテトラキス(ペンタフルオロフェニル)ボレートであることが好ましい。…
本発明に関わる紫外線硬化型樹脂組成物には…補助的な熱硬化型硬化促進剤を必要に応じて添加することは何らさしつかえない。…
表1 実施例…1

ジフェニル-ヒドロキシエチルナフチ …
ルスルホニウムテトラキス(ペンタフ 4 …
ルオロフェニル)ボレート

樹脂封止評価 腐蝕なし …
(ポッティングによる樹脂封止の評価)9mm角の模擬素子を金メッキを施した基板に搭載したPPGAに、実施例および比較例の紫外線硬化型樹脂組成物を各々ディスペンサーを用いパッケージ内部に満たし、高圧水銀ランプを使用し、45mW/cm^(2)で120秒間紫外線を照射して、信頼性評価サンプルを作製した。耐湿性評価は、125℃のプレッシャークッカー処理を300時間行い、その後樹脂を常法で開封処理し、チップの腐食を観察した。腐食がないものは耐湿性が良いことを意味している。」

(3)引用文献に記載された発明
ア.引用文献3に記載された発明
摘記3aの「1)一般式(I)で表わされるスルホニウム化合物。

」との記載、及び
摘記3cの:第5頁右上欄第18行?第7頁左下欄第6行
「実施例2?13…
実施例 R_(1) R_(2) R_(3) R_(4) Q X …
8 H H H CH_(3) α-ナフチルメチル SbF_(6) …
12 H H H CH_(3) o-メチルベンジル SbF_(6) 」との記載からみて、引用文献3には、実施例8及び12の具体例として、
『以下の式で表されるスルホニウム塩。

』についての発明(以下、「引3発明」という。)が記載されている。

イ.引用文献5に記載された発明
摘記5aの「筆者らはテトラキス(ペンタフルオロフェニル)ボレートをアニオンにもつ数種のオニウムボレートを新たに合成し、…検討した。まずTable6に示すカチオン構造の異なるオニウムボレートを合成した。との記載、及びその『表6』の「SFB5」のカチオン構造からみて、引用文献5には、
『以下の式で表されるスルホニウム塩。

』についての発明(以下、「引5発明」という。)が記載されている。

ウ.引用文献8に記載された発明
摘記8aの「カチオン部分が下記一般式(1)で表されるスルホニウムカチオンと、アニオン部分が下記一般式(2)で表されるボレートアニオンとから構成されるスルホニウムボレート錯体であることを特徴とする感エネルギー線酸発生剤(A)。
一般式(1)
【化1】

(ただし、R^(1)は、…置換されたベンジル基、フェナシル基、…から選ばれる基を表し、R^(2)およびR^(3)は、それぞれ独立に、…置換されていても良いC_(1)?C_(18)の直鎖状、分岐鎖状、環状アルキル基、…置換されていても良いC_(6)?C_(18)の単環、縮合多環アリール基から選ばれる基を表し…)
一般式(2)
[BY_(m)Z_(n)]^(-)(ただし、…Zは少なくとも2つ以上のフッ素…から選ばれる電子吸引性基で置換されたフェニル基、mは0…の整数、nは…4の整数を表し、m+n=4である。)」との記載、
摘記8bの「好ましい置換基R^(1)の例としては、o-メチルベンジル基、…があげられ、…さらに、他の好ましい置換基R^(1)としては、1-ナフチルメチル基…があげられ、…置換基R^(2)およびR^(3)において、…C_(1)?C_(18)の直鎖状、分岐鎖状、環状アルキル基としては、メチル基、…等があげられ、…置換されていても良いC_(6)?C_(18)の単環、縮合多環アリール基としては、…p-ヒドロキシフェニル基、…等があげられる。」との記載、及び
摘記8cの「本発明の感エネルギー線酸発生剤(A)のボレートアニオンの構造として、好ましいものは、テトラキス(ペンタフルオロフェニル)ボレート…である。…したがって、本発明の感エネルギー線酸発生剤(A)を構成するスルホニウムボレート錯体の具体例としては、…メチル(p-ヒドロキシフェニル)(フェナシル)スルホニウムテトラキス(ペンタフルオロフェニル)ボレート」との記載からみて、引用文献8には、
『以下の式で表されるスルホニウムボレート錯体。

(式(1)中、R_(1)はo-メチルベンジル基、1-ナフチルメチル基、フェナシル基などである。)』についての発明(以下、「引8発明」という。が記載されている。

(4)引用文献3を主引用例とした場合の検討
ア.対比
補正発明と引3発明とを対比すると、両者は
『以下式で表されるスルホニウム塩。

(式中、R_(1)は1-ナフチルメチル基又はo-メチルベンジル基であり、A^(-)は対アニオンである。)』である点において一致し、
(α)対アニオンの種類が、補正発明においては『テトラキス(ペンタフルオロフェニル)ボレート』であるのに対して、引3発明においては『ヘキサフルオロアンチモネート』である点においてのみ相違する。

イ.判断
上記(α)の相違点について検討する。
先ず、引用文献5に記載された上記「引5発明」の『メチル(p-ヒドロキシフェニル)(ベンジル)スルホニウムテトラキス(ペンタフルオロフェニル)ボレート』という「スルホニウムボレート錯体」は、
『次の式(以下、「式A」という。)で表されるスルホニウム塩。

(式中、R_(1)はベンジル基であり、A^(-)はテトラキス(ペンタフルオロフェニル)ボレートである。)』に相当するから、
補正発明と引3発明と引5発明の三者は、上記「式A」の基本骨格を有する「スルホニウム塩」という点で共通するものである。
そして、摘記5bの「これらのオニウムボレートの光分解によって生成する酸(H^(+)B(C_(6)F_(5))_(4)^(-))は、100℃、10分間程度の加熱によって分解し、非酸性のHC_(6)F_(5)およびB(C_(6)F_(5))_(3)を生成することがGC分析によって確認された(Scheme2)。…テトラキス(ペンタフルオロフェニル)ボレートを対アニオンにもつオニウムボレートは、従来のオニウム塩同様、光酸発生剤として機能し、エポキシドやビニルエーテルの光重合に有用であることを示した。また、光分解によって発生する酸性化学種は加熱することで非酸性の中性分子に変化するため、この特徴を活かして従来のオニウム塩では懸念される光重合分野への応用や新しい用途に展開できるものと期待される。」との記載にあるように、
上記「式A」の基本骨格を有するスルホニウム塩の対アニオンとして『テトラキス(ペンタフルオロフェニル)ボレート』を採用することにより、100℃の加熱によって生成する酸が非酸性の中性分子に変化し、従来のオニウム塩で懸念される問題を解決できることは、本願出願前に刊行物公知である。

次に、引用文献8に記載された上記「引8発明」の『メチル(p-ヒドロキシフェニル)(o-メチルベンジル)スルホニウムテトラキス(ペンタフルオロフェニル)ボレート』等の「スルホニウムボレート錯体」は、補正発明の「スルホニウムボレート錯体」と合致する「スルホニウム塩」を包含するものである。
そして、摘記8dの「本発明の…ボレートアニオンは、従来知られていたPF_(6)、AsF_(6)、SbF_(6)といったアニオンを有するスルホニウム塩に比べ、より一層強い酸を発生させることができ、結果として、硬化性組成物の感度の向上が図れる。…加熱やサーマルヘッド等による熱エネルギーを加えることによって、目的とする重合物や硬化物を得ることも可能である。」との記載にあるように、
上記「式A」の基本骨格を有するスルホニウム塩の対アニオンとして『テトラキス(ペンタフルオロフェニル)ボレート』を採用することによって、従来知られたヘキサフルオロアンチモネート(SbF_(6))等のアニオンに比べて有利になることは、本願出願前に刊行物公知である。

さらに、摘記B1の「酸発生剤(A)のボレートアニオン錯体の構造として、特に好ましいものは、テトラキス(ペンタフルオロフェニル)ボレート…である。…本発明の酸発生剤(A)は少量のエネルギー線照射によっても高い感度で非常に強い酸を発生させることができるため、エネルギー線照射時の基材の劣化を低減したり、エネルギー線照射時間の短縮による作業性を向上させることもできる。なお、酸発生剤(A)から発生する酸は、従来知られていたBF_(4)^(-)、PF_(6)^(-)、AsF_(6)^(-)、SbF_(6)^(-)といったアニオンをもつオニウム塩よりも、強い酸である。しかも、分解して、酸を発生した後に加熱することにより、酸が残存しないといった特徴を有する。そのため、硬化後においても残存する酸による基材の劣化を防止することもできる。」との記載にあるように、
スルホニウム塩の対アニオンとして『テトラキス(ペンタフルオロフェニル)ボレート』を採用することによって、従来知られたヘキサフルオロアンチモネート(SbF_(6))等のアニオンに比べて、作業性が向上し、酸が残存せず、残存する酸やエネルギー線照射による基材の劣化を防止できる等の利点が得られることは、本願出願前に刊行物公知にして周知である。

同様に、摘記C1の「熱硬化性エポキシ樹脂組成物の知見から推察すれば、エポキシ樹脂に元来含まれるアルカリイオンや塩素イオンは耐湿性を悪化させる本質的な原因でなく、むしろ光カチオン硬化系に用いられる開始剤から加水分解で遊離するハロゲンイオンが大きく耐湿性に影響しうるということができる。本発明者らが種々検討した結果、カウンターアニオンの中心元素に直接フッ素イオンなどのハロゲンイオンが結合している場合に大きく耐湿性を劣化させることが判明した。この知見から開始剤のカウンターアニオンにテトラキス(ペンタフルオロフェニル)ボレートであることが好ましい。…腐食がないものは耐湿性が良いことを意味している。」との記載にあるように、
スルホニウム塩の対アニオンとして『テトラキス(ペンタフルオロフェニル)ボレート』を採用することによって、従来知られたヘキサフルオロアンチモネート(SbF_(6))等のアニオンに比べて、カチオン硬化系に用いられる開始剤から遊離するフッ素イオンに起因した耐湿性の劣化や腐蝕の問題を改善できることは、本願出願前に刊行物公知にして周知である。

そして、本願明細書の段落0026の「本発明の式(1)の新規なスルホニウムボレート錯体は、一般的なエポキシ樹脂用の熱カチオン重合開始剤として使用できる。」との記載、
摘記3bの「光および熱硬化組成物の硬化開始剤として有用であり、特にエポキシ樹脂やスチレンなどのカチオン重合性ビニル化合物の重合硬化開始剤としての効果を有する新規スルホニウム化合物…に関する。」との記載、
摘記5aの「オニウムボレートを新たに合成し、これを重合開始剤に用いたエポキシドやビニルエーテルのカチオン光重合について検討した。」との記載、及び
摘記8dの「カチオン重合可能な化合物とは、…エポキシ化合物、…などがあげられる。…加熱やサーマルヘッド等による熱エネルギーを加えることによって、目的とする重合物や硬化物を得ることも可能である。」との記載にあるように、
補正発明と引3発明と引5発明と引8発明の四者は、その「スルホニウム塩」の用途が、具体的には『エポキシ樹脂用のカチオン重合開始剤』である点においても共通するものである。

してみると、引3発明のようなスルホニウム塩の対アニオンとして『ヘキサフルオロアンチモネート』等を採用した従来のオニウム塩で懸念される問題の解決手段として『テトラキス(ペンタフルオロフェニル)ボレート』を採用することは、引用文献5及び8並びに周知例B?Cに記載されるように本願出願前に刊行物公知にして周知になっていたから、引3発明の対アニオンの種類を、ヘキサフルオロアンチモネートから、引用文献5及び8並びに周知例B?Cに記載された刊行物公知にして周知の『テトラキス(ペンタフルオロフェニル)ボレート』に置き換えた「スルホニウムボレート錯体」にしてみることは、本願出願前の当業者にとって通常の創作能力の発揮の範囲である。

続いて、補正発明の効果について検討する。
本願明細書の段落0003には「スルホニウムアンチモネート錯体は、フッ素原子が金属であるアンチモンに結合しているSbF_(6)^(-)をカウンターアニオンとして有するため、カチオン重合時にフッ素イオンを多量に発生させ、金属配線や接続パッドを腐食させるという問題があった。このため、SbF_(6)^(-)に代えて、フッ素原子が炭素原子に結合しているテトラキス(ペンタフルオロフェニル)ボレートアニオン[(C_(6)F_(5))_(4)B^(-)]を使用したスルホニウムボレート錯体をカチオン重合開始剤として使用することが提案されており(特許文献1)、実際、以下の式(1c)の錯体[p-ヒドロキシフェニル-ベンジル-メチルスルホニウム テトラキス(ペンタフルオロフェニル)ボレート]が市販されている。」との記載があり、
同段落0050には「本発明の新規なスルホニウムボレート錯体は、熱カチオン重合時にフッ素イオン生成量を減ずることができ、且つ熱カチオン重合性接着剤に低温速硬化性を実現できるので、熱カチオン重合開始剤として有用である。」との記載がなされているので、
補正発明の効果は、熱カチオン重合時の『フッ素イオン生成量の低減』及び『低温速硬化性』の実現にあるものと認められる。
しかしながら、フッ素イオン生成量の低減という効果について、引用文献5には、スルホニウム塩の対アニオンとしてテトラキス(ペンタフルオロフェニル)ボレートを採用することによって、発生した酸性化学種が非酸性の中性分子に変化することが記載されており(摘記5b)、
周知例B及びCにも、テトラキス(ペンタフルオロフェニル)ボレートが、ヘキサフルオロアンチモネート等のアニオンに比べて、酸が残存せず、残存する酸による基材の劣化を防止でき(摘記B1)、カチオン硬化系に用いられる開始剤から遊離するフッ素イオンに起因した耐湿性の劣化や腐蝕の問題が改善できること(摘記C1)が記載されている。
してみると、フッ素イオンが大量に発生して「金属配線や接続パッドを腐食させるという問題」が解決されるというフッ素イオン生成量の低減の効果は、当業者にとって格別予想外の顕著な効果であるとは認められない。
また、低温速硬化性という効果について、引用文献2には、引3発明のスルホニウム塩と合致する「α-ナフチルメチル-4-ヒドロキシフェニルメチルスルホニウムヘキサフルオロアンチモネート」が、60?80℃の低い温度で活性化して重合を進行させていることが「実施例1」の具体例として記載されており(摘記2d)、
引用文献8には、スルホニウムカチオン上の置換基を工夫することによって、従来のスルホニウム化合物よりも、硬化性組成物の感度の向上に対して良好な結果を与えることが記載されており(摘記8e)、
周知例Aには、メチル(p-ヒドロキシフェニル)(ベンジル)スルホニウム塩の活性化のためにベンジル基に代わって1-ナフチルメチル基をもたせたメチル(p-ヒドロキシフェニル)(1-ナフチルメチル)スルホニウム塩が、相加効果により非常に高い活性を示すことが記載されている(摘記A1)。
してみると、ベンジル基を有するスルホニウム塩よりも、1-ナフチルメチル基を有するスルホニウム塩の方が、熱カチオン重合開始剤としての低温速硬化性に優れるという効果は、本願出願前の当業者にとって格別予想外の顕著な効果であるとは認められない。

したがって、補正発明は、引用文献2?3、5及び8に記載された発明(並びに周知例A?Cに記載された発明又は技術常識)に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許出願の際独立して特許を受けることができない。

(5)引用文献5を主引用例とした場合の検討
ア.対比
補正発明と引5発明とを対比すると、両者は
『以下式で表されるスルホニウムボレート錯体。

』である点において一致し、
(β)R_(1)が、補正発明においては『1-ナフチルメチル基又はo-メチルベンジル基』であるのに対して、引5発明においては『ベンジル基』である点においてのみ相違する。

イ.判断
上記(β)の相違点について検討する。
引用文献2には、補正発明の式における『R_(1)』が「1-ナフチルメチル基」であるスルホニウム塩が、エポキシ樹脂などのカチオン重合性物質を放射線や熱で重合することができ(摘記2b)、150℃以下の加熱で速やかに重合を開始する機能を備え、吸湿性のない優れた硬化物を与えること(摘記2c)が記載されており、
引用文献3には、補正発明の式における『R_(1)』が「1-ナフチルメチル基」であるスルホニウム塩が、エポキシ樹脂などの光および熱硬化組成物の硬化開始剤として有用なこと(摘記3b)が記載されており、
引用文献4には、補正発明の式における『R_(1)』が「1-ナフチルメチル基」であるスルホニウム塩が、当該スルホニウム塩及びカチオン重合性エポキシ化合物を含む硬化性組成物を熱硬化する場合に20℃?200℃の範囲で使用されること(摘記4a)が記載されており、
引用文献8には、スルホニウムカチオン上の置換基を工夫することによって、従来のスルホニウム化合物よりも、硬化性組成物の感度の向上に対して良好な結果を与え(摘記8e)、スルホニウムカチオン上の好ましい置換基の例としてはo-メチルベンジル基や1-ナフチルメチル基があげられること(摘記8b)が記載されており、
周知例Aには、メチル(p-ヒドロキシフェニル)(ベンジル)スルホニウム塩の活性化のためにベンジル基に代わって1-ナフチルメチル基をもたせたメチル(p-ヒドロキシフェニル)(1-ナフチルメチル)スルホニウム塩が、相加効果により非常に高い活性を示すこと(摘記A1)が記載されている。
してみると、エポキシド等の重合開始剤として有用であり、発生する酸性化学種が加熱により非酸性の中性分子に変化するという特徴を活かして新しい用途に展開できるものと期待される引5発明の「スルホニウムボレート錯体」の発明に、引用文献2?4及び8並びに周知例Aに記載されたエポキシド等の『重合開始剤として常用されるスルホニウム塩の活性化などのために置換基を1-ナフチルメチル基やo-メチルベンジル基に好適化する』という刊行物公知にして周知慣用の常套手段を適用してみることは、本願出願前の当業者にとって通常の創作能力の発揮の範囲である。
そして、補正発明の効果について検討するに、フッ素イオン生成量の低減については引用文献5及び周知例B?Cの記載からみて、熱カチオン重合開始剤としての低温速硬化性については引用文献2?4及び8並びに周知例Aの記載からみて、本願出願前の当業者にとって格別予想外の顕著な効果があるとは認められない。
したがって、補正発明は、引用文献2?5及び8に記載された発明並びに周知例A?Cに記載された発明又は技術常識に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許出願の際独立して特許を受けることができない。

(6)審判請求人の主張
平成25年5月16日付けの回答書において、審判請求人は『引用文献5は、光分解→熱分解(100℃/10分)という順序での分解ではフッ素イオンが生成しないということを示唆していますが、光分解を省いて、いきなり熱分解(熱カチオン重合条件又は水中100℃/10時間(本願明細書の0044参照))したときにフッ素イオンが生成しない、ということまでは教示していません。…そもそも、熱カチオン重合開始剤は、重合の際に酸を発生させることが前提となっていることから、当業者が、テトラキス(ペンタフルオロフェニル)ボレートアニオンがカチオン重合時に酸を発生させないというように理解しているとすると、熱カチオン重合開始剤に、テトラキス(ペンタフルオロフェニル)ボレートアニオンを適用しようとすることはあり得ないものと思料致します。 …引用文献5には、引用文献2?4に引用文献5を組み合わせるという動機付けとなるような記載はなく、むしろそれらを組み合わせることを阻害する記載が存在するというべきです。』と主張している。
そこで、上記主張について検討する。
先ず、光及び/又は熱カチオン重合の重合開始剤として周知の引用文献2?4に記載された『メチル(p-ヒドロキシフェニル)(1-ナフチルメチル)スルホニウム塩』というスルホニウム塩についての発明に、カチオン重合の重合開始剤として、従来のオニウム塩で懸念される問題を解決するためにスルホニウム塩の対アニオンをテトラキス(ペンタフルオロフェニル)ボレートにすることを提案する引用文献5に記載された発明を組み合わせることについては、特段の阻害事由があるとは認められず、むしろ積極的な動機付けがあると認められる。
そして、摘記2cの「放射線または熱で励起されたこれらスルホニウム塩は…カチオン重合性物質の重合を進行させる」との記載、及び摘記4の「本発明の硬化性組成物は、光、X線、電子線及び熱等の放射線により容易に効果することができる。」との記載にあるように、引用文献2?4に記載された『メチル(p-ヒドロキシフェニル)(1-ナフチルメチル)スルホニウム塩』において、カチオン重合を開始するためのカチオン種ないし酸の発生は、光や熱のいずれでも生じるとされており、摘記8aの「加熱やサーマルヘッド等による熱エネルギーを加えることによって、目的とする重合物や硬化物を得ることも可能である。」との記載にあるように、引用文献8に記載された補正発明を包含する「スルホニウムボレート錯体」が、加熱等による熱エネルギーを加えることによっても硬化可能になること、即ち、カチオン重合を開始するためのカチオン種ないし酸の発生を、光のみならず熱によっても生じさせられることが普通に知られている。
してみると、引用文献2?4に記載された発明に、引用文献5又は8に記載された発明を組み合わせることに、格別の阻害事由があるとは認められない。
そして、摘記8dの「同時に…加熱やサーマルヘッド等による熱エネルギーを加えることによって…硬化物を得ることも可能である」との記載にあるように、対アニオンがテトラキス(ペンタフルオロフェニル)ボレートのスルホニウム塩が、従来の対アニオンがヘキサフルオロアンチモネート等のスルホニウム塩と同様に、光のみならず熱によっても「感エネルギー線酸発生剤」として機能して、光照射をせずとも、熱線などによる加熱によって、最初に酸(H^(+)B(C_(6)F_(5))_(4)^(-))を生成し、最後にこの酸が非酸性の中性分子に熱分解されて、フッ素イオンを生成しなくなること、即ち、光分解を省いてもフッ素イオンが生成しないこと、は当業者にとって自明である。
また、上記「テトラキス(ペンタフルオロフェニル)ボレートアニオンがカチオン重合時に酸を発生させないというように理解している」との主張について、摘記2cの「熱で励起されたスルホニウム塩は、…ナフチルメチルカチオンを放出し、前述のカチオン重合性物質の重合を進行させると考えられる」との記載にあるように、重合の進行に重要なのは『ナフチルメチルカチオンの放出』であって、対アニオンそれ自体は重合の進行に必ずしも重要ではなく、また、スルホニウム塩の熱分解によって生成する対アニオンに由来する酸(H^(+)B(C_(6)F_(5))_(4)^(-))が、100℃、10分間程度の加熱によって非酸性の物質に分解したとしても、当該『酸から非酸性物質への分解』は『スルホニウム塩から酸(及びナフチルメチルカチオン等)への熱分解』に引き続いて生じることであるから、上記主張は妥当ではない。
したがって、上記審判請求人の主張は採用できない。

3.まとめ
以上総括するに、上記請求項1についての補正は、独立特許要件違反があるという点において特許法第17条の2第6項において準用する同法第126条第5項の規定に違反するので、その余のことを検討するまでもなく、第2回目の手続補正は、同法第159条第1項において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下すべきものである。
よって、〔補正の却下の決定の結論〕のとおり決定する。

第3 本願発明について
1.本願発明
第2回目の手続補正は上記のとおり却下されたので、本願の請求項1?9に係る発明は、平成24年7月30日付け手続補正により補正された特許請求の範囲の請求項1?9に記載された事項により特定されるとおりのものであると認める。

2.原査定の拒絶の理由
原査定の拒絶の理由は、「この出願については、平成24年5月29日付け拒絶理由通知書に記載した理由によって、拒絶をすべきものです。」というものであって、
平成24年5月29日付け拒絶理由通知書には、その理由として「この出願の下記の請求項に係る発明は、その出願前に日本国内又は外国において、頒布された下記の刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明に基いて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。」との理由が示され、
その「記」には、『(i)請求項1?5:引用文献1?5、8 備考:引用文献1?4には、本願発明の式(1)のカチオン側と同じ構造のスルホニウムカチオンと、SbF_(5)等のアニオンとのオニウム塩が記載されており(引用文献2:実施例…)、…引用文献5には、SbF_(5)等の従来のアニオンを用いたオニウム塩の、アニオンをテトラキス(ペンタフルオロフェニル)ボレートに換えることにより、重合時に酸を副生しない光重合開始剤を得られることが記載されている(…)。また、引用文献8にも、引用文献1?4に記載のカチオン部分の構造が含まれる式(1)で表されるスルホニウムカチオンと、テトラキス(ペンタフルオロフェニル)ボレートとの塩が光重合開始剤として使用できることが記載されている(…)。このため、重合時に酸を副生しない光重合開始剤を得るために、引用文献1?4に記載のスルホニウムカチオンと、テトラキス(ペンタフルオロフェニル)ボレートとの塩を合成することは、当業者が容易になし得たことである。』との指摘がなされている。
また、原査定の備考には、『本願発明は、アニオン部が“テトラキス(ペンタフルオロフェニル)ボレートアニオン”であるのに対し、引用文献2?4に記載の錯体は、アニオン部がSbF_(6)^(-)である点でのみ相違する。しかしながら、引用文献8には、引用文献2?4に記載のカチオン部の構造を含む、式(1)で表されるスルホニウムカチオンと、”テトラキス(ペンタフルオロフェニル)ボレート”との錯体が、光重合開始剤として使用できることが記載されているし(…)、…引用文献2?4に記載の錯体のアニオン部を、”テトラキス(ペンタフルオロフェニル)ボレートアニオン”に換えて、重合時に酸を副生しない光重合開始剤として使用できることは、当業者が容易に想到し得たことである。…さらに、引用文献5には、”テトラキス(ペンタフルオロフェニル)ボレート”をアニオン部とすることで、重合時に光分解によって酸(H^(+)B(C_(6)F_(6))_(4)^(-))を生成するものの、熱分解により非酸性のHC_(6)F_(5)とB(C_(6)F_(5))_(3)となることが記載されているから(…)、当業者であれば、重合時のフッ素イオンの低減が可能なことは、容易に予測し得たことである。…したがって、本願請求項1?6に係る発明は、引用文献2?5、8に記載の発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものである。』との指摘がなされている。

3.進歩性について
(1)引用文献及びその記載事項
引用文献2、5及び8並びにその記載事項は、上記『第2 2.(2)』に示したとおりである。

(2)引用文献2に記載された発明
摘記2dの「実施例1…α-ナフチルメチル-4-ヒドロキシフェニルメチルスルホニウムヘキサフルオロアンチモネート」との記載、及び摘記2eの「実施例6」の「スルホニウム塩」の化学式についての記載からみて、引用文献2には、
『以下の式で表されるスルホニウム塩。

』についての発明(以下、「引用発明」という。)が記載されている。

(3)対比
本願の請求項1を引用する請求項4に係る発明(以下、「本4発明」という。)と引用発明とを対比すると、
両者は『以下の式

(式(1)中、R_(1)はo-メチルベンジル基又は(1-ナフチル)メチル基であり、R_(2)はメチル基、エチル基、プロピル基又はブチル基である。A^(-)は対アニオンであり、nは1?3の整数である。)』に関するものである点において一致し、
(γ)対アニオンの種類が、本4発明においては『テトラキス(ペンタフルオロフェニル)ボレート』であるのに対して、引用発明においては『ヘキサフルオロアンチモネート』である点においてのみ相違する。

(4)判断
上記(γ)の相違点について検討する。
引用文献5には、スルホニウム塩の対アニオンとして『テトラキス(ペンタフルオロフェニル)ボレート』を採用することによって、100℃の加熱によって生成する酸が非酸性の中性分子に変化し、従来のオニウム塩の問題を改善できることが記載されており(摘記5b)、
引用文献8には、スルホニウム塩の対アニオンとして『テトラキス(ペンタフルオロフェニル)ボレート』を採用することによって、従来知られたヘキサフルオロアンチモネート(SbF_(6))等のアニオンに比べて有利になることが記載されている(摘記8b)。
してみると、上記『第2 2.(4)イ.』での検討と同様に、従来のオニウム塩を好適化するために対アニオンとして『テトラキス(ペンタフルオロフェニル)ボレート』を採用することは、引用文献5及び8に記載されるように知られているから、引用発明の対アニオンの種類を、引用文献5及び8に記載された『テトラキス(ペンタフルオロフェニル)ボレート』に置き換えてみることは、当業者にとって通常の創作能力の発揮の範囲である。

続いて、本4発明の効果について検討する。
本願明細書の段落0047の「実施例1」及び「実施例2」の結果からみて、本4発明のR_(2)がメチルであり、nが1である場合のものは、熱カチオン重合時の『フッ素イオン生成量の低減』及び『低温速硬化性』の点において効果があるものと認められる。
しかしながら、フッ素イオン生成量の低減という効果について、フッ素原子が金属であるアンチモンに結合している従来知られたヘキサフルオロアンチモネート(SbF_(6))等の対アニオンに比べて、テトラキス(ペンタフルオロフェニル)ボレートは加熱によって生成する酸が非酸性の中性分子に変化するため、従来のオニウム塩の問題(金属配線などの基材の劣化や腐蝕の問題)を改善できることは、引用文献5及び8などに記載されるように刊行物公知にして周知である(摘記5b及び8d)。
また、低温速硬化性という効果について、引用発明のスルホニウム塩のスルホニウム部分(カチオン部分)は、本4発明のスルホニウム塩のスルホニウム部分と化学構造が合致するものであるから、その低温速硬化性の効果に顕著な改善があるとは解せず、引用発明の具体例である「実施例1」の加熱重合の事例では、60?80℃の低い温度で重合を進行できることが示されている(摘記2d)。
してみると、本4発明に当業者にとって格別予想外の顕著な効果があるとは認められない。
なお、本4発明のうち、R_(2)がブチル基などである場合や、nが2?3である場合には、これが熱カチオン重合開始剤として実際に機能し、格別の効果を奏し得ることが、本願明細書の発明の詳細な説明の記載に必ずしも裏付けられていないから、上記の効果を本4発明の全般で奏する効果として認めることができない。

したがって、本4発明は、引用文献2、5及び8に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

第4 むすび
以上のとおり、本4発明は、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないから、その余の請求項及びその余の事項について検討するまでもなく、本願は拒絶すべきものである。
よって、結論のとおり審決する
 
審理終結日 2013-11-20 
結審通知日 2013-11-26 
審決日 2013-12-16 
出願番号 特願2007-151203(P2007-151203)
審決分類 P 1 8・ 121- Z (C07F)
P 1 8・ 575- Z (C07F)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 松澤 優子  
特許庁審判長 中田 とし子
特許庁審判官 木村 敏康
齋藤 恵
発明の名称 新規なスルホニウムボレート錯体  
代理人 特許業務法人田治米国際特許事務所  

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