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審決分類 審判 全部無効 特36条4項詳細な説明の記載不備  D03D
審判 全部無効 1項3号刊行物記載  D03D
審判 全部無効 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  D03D
審判 全部無効 2項進歩性  D03D
管理番号 1284615
審判番号 無効2012-800118  
総通号数 172 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2014-04-25 
種別 無効の審決 
審判請求日 2012-07-31 
確定日 2014-02-07 
事件の表示 上記当事者間の特許第4763758号発明「ループパイル保持体」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 審判費用は、請求人の負担とする。 
理由
[目 次]
第1 手続の経緯 ・・・・・・・・・ 2
第2 本件特許発明 ・・・・・・・・・ 2
第3 請求人の主張 ・・・・・・・・・ 4
1.無効理由 ・・・・・・・・・ 4
2.証拠方法 ・・・・・・・・・ 5
3.具体的な主張の概要 ・・・・・・・・・ 6
(1)無効理由1について ・・・・・・・・・ 6
(2)無効理由2について ・・・・・・・・・ 7
(3)無効理由3について ・・・・・・・・・ 8
第4 被請求人の主張 ・・・・・・・・・ 8
第5 当審の判断 ・・・・・・・・・ 9
1.無効理由1について ・・・・・・・・・ 9
2.無効理由2について ・・・・・・・・・ 14
3.無効理由3について ・・・・・・・・・ 16
(1)本件特許発明1について ・・・・・・・・・ 16
(2)本件特許発明2について ・・・・・・・・・ 21
(3)本件特許発明3ないし12について ・・・・ 21
第6 結び ・・・・・・・・・ 22


第1 手続の経緯
本件無効審判の請求に係る特許第4763758号(以下、「本件特許」という。)の手続の経緯は、以下のとおりである。
平成20年 7月 8日 本件特許出願
平成23年 6月17日 設定登録
平成24年 7月31日 本件無効審判請求
同年11月 2日 答弁書
平成24年12月26日 審理事項通知書
平成25年 2月 6日 口頭審理陳述要領書(請求人)
同年 2月 6日 口頭審理陳述要領書(1)(被請求人)
同年 2月19日 口頭審理陳述要領書(2)(被請求人)
同年 2月25日 口頭審理陳述要領書(2)(請求人)
同年 3月 1日 口頭審理陳述要領書(3)(被請求人)
同年 3月 6日 口頭審理
なお、上記口頭審理において本件審理の終結を通知したところ、平成25年3月8日付け、及び、平成25年3月15日付けで、請求人より審理再開申立書が提出された。その理由は、要するに、後記「第3 1.」に示す無効理由3との関係で、被請求人の平成25年3月1日付け口頭審理陳述要領書に対する反証実験の結果を審理対象とするよう求めるものである。しかし、無効理由3の判断にあたり、甲第1号証の記載を離れた実験について考慮する必要性はなく、審判長は、審理を再開する必要性を認めなかった。

第2 本件特許発明
本件特許の請求項1ないし12に係る発明(以下、「本件特許発明1」ないし「本件特許発明12」という。)は、特許請求の範囲の請求項1ないし12に記載された、以下のとおりのものである。
「【請求項1】
基体とループパイルを備えてなり、前記ループパイルは、その基部が基体に結合された状態で基体上に配設されているループパイル保持体であって、
前記ループパイルを形成するループパイル形成糸は、略円柱形状をなし、フィラメントが、ループパイル形成糸の軸線を中心としてほぼ径方向に放射状をなすように密設され且つ軸線方向に密設されてなり、その略円柱形状外周面は、前記フィラメントの先端部により形成されており、
前記ループパイルは、(ループパイルの高さ)/(ループパイル形成糸の直径)の比が1/1乃至5/1であり且つ(ループパイルの両基部の中心同士の距離)/(ループパイル形成糸の直径)の比が3/1以下であって、ループパイルの両基部において多数のフィラメントにより基体上に支持され、基体の表面に対し自立性を有するものであることを特徴とするループパイル保持体。
【請求項2】
基体とループパイルを備えてなり、前記ループパイルは、その基部が基体に結合された状態で基体上に配設されているループパイル保持体であって、
前記ループパイルを形成するループパイル形成糸は、略円柱形状をなし、フィラメントが、ループパイル形成糸の軸線を中心としてほぼ径方向に放射状をなすように密設され且つ軸線方向に密設されてなり、その略円柱形状外周面は、前記フィラメントの先端部により形成されており、
前記ループパイルは、[(ループパイル形成糸の長さ)-(ループパイルの両基部の中心同士の距離)]/(ループパイル形成糸の直径)の比が1/1乃至10/1であり且つ(ループパイルの両基部の中心同士の距離)/(ループパイル形成糸の直径)の比が3/1以下であって、ループパイルの両基部において多数のフィラメントにより基体上に支持され、基体の表面に対し自立性を有するものであることを特徴とするループパイル保持体。
【請求項3】
上記ループパイル形成糸が、基体の表面とその裏側を交互に貫き、基体の表面側においてループパイルを形成し、裏面側において縫い目を形成している請求項1又は2記載のループパイル保持体。
【請求項4】
上記ループパイルの両基部におけるフィラメントが、ループパイル形成糸の軸心から外方に向かって、基体の表面に対し平行状に又は基体の表面に向かう傾斜状に伸びる請求項1乃至3の何れか1項に記載のループパイル保持体。
【請求項5】
上記ループパイル形成糸が、フィラメントを飾り糸とする2本又は3本以上のモール糸が、そのモール糸の芯糸を中心として撚り合わさることにより略円柱形状を形成したものである請求項1乃至4の何れか1項に記載のループパイル保持体。
【請求項6】
上記フィラメントが0.05乃至0.8デニールのフィラメントである請求項1乃至5の何れか1項に記載のループパイル保持体。
【請求項7】
上記フィラメントが非吸水性のフィラメントである請求項1乃至6の何れか1項に記載のループパイル保持体。
【請求項8】
上記非吸水性のフィラメントが、ポリエステル系、ポリアミド系、ポリプロピレン系又はポリエチレン系のフィラメントである請求項7記載のループパイル保持体。
【請求項9】
上記非吸水性のフィラメントの吸水率が、20℃相対湿度65%において5%以下である請求項7又は8記載のループパイル保持体。
【請求項10】
基体上に上記ループパイルが多数配設されてなる請求項1乃至9の何れか1項に記載のループパイル保持体。
【請求項11】
基体上に多数配設されたループパイルの少なくとも一部のループパイル群において、ループパイル同士が、ループパイル形成糸により形成されるループ面に沿った方向である縦方向に密接すると共に、前記ループ面に直交する方向である横方向に密接するものである請求項10記載のループパイル保持体。
【請求項12】
上記基体が基布である請求項1乃至11の何れか1項に記載のループパイル保持体。」

第3 請求人の主張
1.無効理由
請求人は、特許第4763758号の特許請求の範囲の請求項1ないし12に記載された発明についての特許を無効とする、審判費用は被請求人の負担とする、との審決を求め、証拠方法として甲第1号証ないし甲第4号証を提出し、以下の無効理由を主張する。

(無効理由1)
発明の詳細な説明の記載が、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていないから、請求項1、2、7に係る発明についての特許は、特許法第123条第1項第4号に該当し、無効とすべきものである。
(無効理由2)
特許請求の範囲の記載が、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていないから、請求項1、2、9に係る発明についての特許は、特許法第123条第1項第4号に該当し、無効とすべきものである。
(無効理由3)
請求項1ないし12に係る発明は、甲第1号証に記載された発明であるから、特許法第29条第1項第3号の発明に該当し、又は、 請求項1ないし12に係る発明は、甲第1号証に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、請求項1ないし12に係る発明についての特許は、特許法第123条第1項第2号に該当し、無効とすべきものである。

2.証拠方法
甲第1号証:特開2008-73173号公報
甲第2号証の1:日本化学繊維協会ウェブサイトの「よくわかる化学せんい
化学繊維の用語集」と題するページ画面出力物(URL
http://www.jcfa.gr.jp/fib
er/word/category.html)
甲第2号証の2:津山グンゼ株式会社ウェブサイトの「用語集」と題するペ
ージ画面出力物(URL http://www.gun
ze.co.jp/tsuyamagunze/abou
t_seni/about_seni_word.htm
l)
甲第2号証の3:株式会社スギタウェブサイトの「縫糸の知識」と題するペ
ージ画面出力物(URL http://www.kk-
sugita.co.jp/learning/)
甲第2号証の4:「用語解説:フィラメントとは(長繊維糸とは)」と題す
るページ画面出力物(URL http://ch.ld
blog.jp/archives/53795932.
html)
甲第2号証の5:NETLOPER DIRECTウェブサイトの「ロープ
素材解説」と題するページ画面出力物(URL http
://homepage2.nifty.com/cns
kg/netloper/rope_materials
.htm)
甲第2号証の6:特許第4167753号公報
甲第2号証の7:特許第3343736号公報
甲第2号証の8:特許第2741841号公報
甲第2号証の9:特開2007-270379号公報
甲第2号証の10:特開平7-10390号公報
甲第3号証の1:登録実用新案第3051521号公報
甲第3号証の2:特開平10-71117号公報
甲第3号証の3:特開2003-10096号公報
甲第3号証の4:特開平9-173196号公報
甲第3号証の5:登録実用新案第3108152号公報
甲第3号証の6:実願昭61-157540号(実開昭63-64291号
)のマイクロフィルム
甲第3号証の7:特開2002-371451号公報
甲第3号証の8:特開2002-36932号公報
甲第3号証の9:特開平7-42063号公報
甲第3号証の10:特開平9-78396号公報
甲第3号証の11:「BELLE MAISON HOME BASE」2
006秋冬号、株式会社千趣会、2006年8月18日
、p.176
甲第4号証:特許第4763758号公報(本件特許公報)

甲第1号証及び甲第4号証は審判請求書とともに、甲第2号証の1ないし甲第3号証の11は平成25年2月25日付け口頭審理陳述要領書(2)とともに、それぞれ提出されたものである。
また、甲第1号証ないし甲第4号証の成立につき当事者間に争いはない。

3.具体的な主張の概要
(1)無効理由1について
請求人は、以下(1a)?(1d)を主張し、本件特許明細書の発明の詳細な説明には、本件特許発明1、2及び7を、当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載されていない旨を主張する。
(1a)本件特許発明1の「ループパイルは、(ループパイルの高さ)…(中略)…3/1以下」について、【0034】、【0035】に記載されているだけであり、本件特許発明2の「ループパイルは、[(ループパイル形成糸の長さ)…(中略)…3/1以下」について、【0013】、【0014】に記載されているだけであり、「ループパイル形成糸の直径」、「ループパイル形成糸の長さ」が、具体的にどこを示すかの記載がない。(請求書11ページ15行?12ページ15行、同13ページ下から4行?14ページ下から6行)
(1b)本件特許発明1及び2は、本件特許明細書に記載された従来技術に比し、ループパイルが不安定になっても、【0027】に記載の効果が得られるものである。ループパイルを自立させるためには、ループパイルを構成するモール糸の構成(モール糸を構成する芯糸の材質(径の大きさ、弾性率、密度等の材質)等)が必要であるにもかかわらず、その旨の記載がなく、発明の詳細な説明には、ループパイルの自立に必要な要素が記載されていない。【0027】に記載の効果を得るために、ループパイルを構成するモール糸の構成を種々試行錯誤する必要性が生じる。(請求書9ページ下から7行?5行、同12ページ16行?12ページ末行、同14ページ下から5行?15ページ9行、口頭審理陳述要領書(2)2ページ4行?4ページ1行、同4ページ14行?6ページ10行)
(1c)本件特許発明7の「非吸水性のフィラメント」について、「非吸水性」とは、水を全く吸わない意にもかかわらず、発明の詳細な説明には、水を全く吸わない非吸水性のフィラメントの素材が記載されていない。(請求書9ページ下から4行?2行、同15ページ15行?16ページ4行)
(1d)本件特許発明7の「非吸水性のフィラメント」は、非吸水性の範囲が明瞭でなく、モノフィラメントの吸水性をいうのか、マルチフィラメントを構成する単糸(単繊維)の吸水性をいうのか、マルチフィラメント全体の吸水性をいうのか等が特定できず、明瞭でない。(口頭審理陳述要領書3ページ6行?4ページ7行、口頭審理陳述要領書(2)7ページ8行?9ページ18行)

(2)無効理由2について
請求人は、以下(2a)?(2d)を主張し、本件特許発明1、2及び9が明確ではない旨を主張する。
(2a)請求項1において、「ループパイル形成糸」と「略円柱形状」と「フィラメント」との関係が明瞭でなく、その結果、「ループパイル形成糸の直径」も明瞭でなく、また、「ループパイルの両基部」も明瞭でないため、「ループパイルの両基部の中心同士の距離」も明瞭でない。(請求書16ページ7行?24行)
(2b)請求項2において、「ループパイル形成糸」と「略円柱形状」と「フィラメント」との関係が明瞭でなく、その結果、「ループパイル形成糸の直径」も明瞭でない。また、「ループパイル形成糸の長さ」とは、ループパイル形成糸のどの部分の長さか明瞭でない。また、「ループパイルの両基部」も明瞭でないため、「ループパイルの両基部の中心同士の距離」も明瞭でない。(請求書16ページ末行?17ページ20行)
(2c)請求項9において、「非吸水性」とは、水を全く吸わない意にもかかわらず、非吸水性のフィラメントの吸水率が、20℃相対湿度65%において5%以下であるとして、水を吸うことを許容する規定となっており、明瞭でない。また、「5%以下」は、0%を含むから、請求項8の材料と合致するか明瞭でない。(請求書17ページ21行?末行、口頭審理陳述要領書4ページ8行?14行)
(2d)本件特許発明9の「非吸水性のフィラメント」は、非吸水性の範囲が明瞭でなく、モノフィラメントの吸水性をいうのか、マルチフィラメントを構成する単糸(単繊維)の吸水性をいうのか、マルチフィラメント全体の吸水性をいうのか等が特定できず、明瞭でない。(口頭審理陳述要領書3ページ6行?4ページ7行、口頭審理陳述要領書(2)7ページ8行?9ページ18行)

(3)無効理由3について
請求人は、本件特許発明1ないし12は、甲第1号証に記載された発明と同一、又は、甲第1号証に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものである旨を主張し、特に本件特許発明1及び2に関して、以下(3a)?(3e)を主張する。
(3a)甲第1号証の[図3]には、本件特許発明1及び2の全ての構成が記載されている。(請求書19ページ12行?20ページ12行、同22ページ15行?23ページ15行)
(3b)本件特許発明1及び2がループパイルであるのに対し、甲第1号証に記載された発明はループパイルに形成した後、ループ部Rの対向する芯糸C同士を熱処理により撚り合わせてパイルを形成した点で相違が見られるが、甲第1号証には、ループ部Rの対向する芯糸C同士を熱処理による撚り合わせ前の技術(図3)と、ループ部Rの対向する芯糸C同士を熱処理により撚り合わせ後の技術(図1及び図2)の両方が開示されているから、上記相違は実質的なものではない。(請求書20ページ16行?22行、同23ページ19行?25行)
(3c)甲第1号証に記載された発明も本件特許発明1及び2と同様の効果を有する。(請求書20ページ23行?21ページ1行、同23ページ末行?24ページ4行)
(3d)本件特許発明1及び2の数値限定は、これを裏付けるデーターもなく、この程度の数値限定は単なる設計的事項にすぎない。(請求書21ページ2行?6行、同24ページ5行?10行)
(3e)甲第3号証の1ないし10に例示されるループパイルが自立しているという技術常識を踏まえれば、甲第1号証の図3記載のループパイルは、自立した状態が記載ないし示唆されている。(口頭審理陳述要領書(2)15ページ6行?20行)

第4 被請求人の主張
被請求人は、本件審判請求は成り立たない、審判費用は請求人の負担とする、との審決を求め、証拠方法として乙第1号証ないし乙第12号証を提出し、無効理由がいずれも成り立たないと主張する。

<証拠方法>
乙第1号証:「JIS工業用語大辞典」、第4版、(財)日本規格協会、19
95年11月20日、p.1629、p.2024-2025
乙第2号証:特開昭56-107037号公報
乙第3号証:特開平7-278986号公報
乙第4号証:株式会社ミスミのウェブサイト「プラ金型講座 第546回
樹脂の吸水率」と題するページ画面出力物(URL http
://koza.misumi.jp/mold/2012/
03/546.html)
乙第5号証:東レ・モノフィラメント株式会社のウェブサイト「ポリエステ
ルモノフィラメント」と題するページ画面出力物(URL h
ttp://www.toray-mono.com/pro
duct/pro_c003.html)
乙第6号証:特開2004-261246号公報
乙第7号証:特開2011-91130号公報
乙第8号証:特開2001-207134号公報
乙第9号証:平成25年2月18日付けの「製造報告書」と題する書面
乙第10号証:社団法人繊維学会編、「繊維便覧」、第2版、丸善株式会社
、平成6年3月25日、p.278-279、p.310-311
乙第11号証:平成25年3月1日付けの「製造工程検討報告書」と題する
書面
乙第12号証:地方独立行政法人東京都立産業技術研究センター編、「繊維
技術シリーズ 素材・織物の基礎知識」、株式会社工業調査
会、2010年3月31日、p.25-27

乙第1号証ないし乙第12号証の成立につき当事者間に争いはない。

第5 当審の判断
1.無効理由1について
(1)「第3 3.(1)」における請求人の主張(1a)について
本件特許明細書(甲第4号証)の発明の詳細な説明には、以下の記載がある。
「【0008】
(1) 上記目的を達成する本発明のループパイル保持体は、
…(中略)…
前記ループパイルを形成するループパイル形成糸は、略円柱形状をなし、0.05乃至0.8デニールの非吸水性のフィラメントが、ループパイル形成糸の軸線を中心としてほぼ径方向に放射状をなすように密設され且つ軸線方向に密設されてなり、その略円柱形状外周面は、前記フィラメントの先端部により形成されており」

「【0013】
(2) また本発明のループパイル保持体は、
基体とループパイルを備えてなり、前記ループパイルは、その基部が基体に結合された状態で基体上に配設されているループパイル保持体であって、
前記ループパイルを形成するループパイル形成糸は、略円柱形状をなし、0.05乃至0.8デニールの非吸水性のフィラメントが、ループパイル形成糸の軸線を中心としてほぼ径方向に放射状をなすように密設され且つ軸線方向に密設されてなり、その略円柱形状外周面は、前記フィラメントの先端部により形成されており、
前記ループパイルは、[(ループパイル形成糸の長さ)-(ループパイルの両基部の中心同士の距離)]/(ループパイル形成糸の直径)の比が1/1乃至10/1であり且つ(ループパイルの両基部の中心同士の距離)/(ループパイル形成糸の直径)の比が3/1以下であって、基体の表面に対し自立性を有するものであることを特徴とする。」

「【0029】
(1) 図1乃至図5は何れも本発明の実施の形態の一例としてのループパイルマットについてのものであって、図1は模式的正面図、図2は模式的側面図、図3は模式的平面図、図4は模式的底面図、図5はループパイル形成糸の模式的拡大横断面図である。
【0030】
このループパイルマットAのループパイルPを形成するループパイル形成糸Tは、0.3デニールの非吸水性のポリエステルフィラメントFを飾り糸とする2本のモール糸が、そのモール糸の芯糸Cを中心として撚り合わさることにより略円柱形状を形成したものであり、フィラメントFが、ループパイル形成糸Tの軸線を中心としてほぼ径方向に放射状をなすように密設され且つ軸線方向に密設されてなり、その略円柱形状外周面は、前記フィラメントFの先端部により形成されている。」

【図1】



【図5】


上記各記載によれば、ループパイル形成糸Tは、略円柱形状をなすものであり、フィラメントFが、ループパイル形成糸Tの軸線を中心としてほぼ径方向に放射状をなすように密設され且つ軸線方向に密設されてなるものであって、そのフィラメントFの先端部により略円柱形状外周面が形成されていることが理解できる。そうすると、「ループパイル形成糸の直径」とは、上記フィラメントFの先端部により形成される略円柱形状外周面の直径を意味していることが明らかである。
また、上記【0013】の記載によれば、ループパイル形成糸によりループパイルが形成されること、ループパイルは、その基部が基体に結合された状態で基体上に配設されていること、ループパイルについて「[(ループパイル形成糸の長さ)-(ループパイルの両基部の中心同士の距離)]/(ループパイル形成糸の直径)の比が1/1乃至10/1であり」との条件を特定していること、が理解できる。そして、本件特許明細書において、「ループパイル形成糸の長さ」との記載は、上記のとおりループパイルについての条件を特定する場合にのみ用いられている。そうすると、「ループパイル形成糸の長さ」とは、両基部が基体に結合された状態のループパイル、すなわち、1つのループパイルを形成するループパイル形成糸の長さを意味することは明らかである。
よって、上記請求人の主張(1a)は理由がない。

(2)「第3 3.(1)」における請求人の主張(1b)について
本件特許明細書(甲第4号証)の発明の詳細な説明には、本件特許発明1に関して、
「【0010】
ループパイルは、このようなループパイル形成糸により形成されており、(ループパイルの高さ)/(ループパイル形成糸の直径)の比が1/1乃至5/1であり且つ(ループパイルの両基部の中心同士の距離)/(ループパイル形成糸の直径)の比が3/1以下である。このループパイルは、その両基部において多数のフィラメントにより基体上に支持され、その両基部から立ち上がったパイルがループ状に連結し、而もループパイル形成糸の直径に比し高さが低いので、これらの相乗効果により、極めて良好な自立性とループパイルの高さ方向の押圧に対する柔軟な弾力性を有する。」
との記載があり、本件特許発明2に関して、
「【0014】
この場合のループパイルは、[(ループパイル形成糸の長さ)-(ループパイルの両基部の中心同士の距離)]/(ループパイル形成糸の直径)の比が1/1乃至10/1であり且つ(ループパイルの両基部の中心同士の距離)/(ループパイル形成糸の直径)の比が3/1以下である。
【0015】
従って、上記のループパイル保持体の発明と同様に、ループパイルは、その両基部において多数のフィラメントにより基体上に支持され、その両基部から立ち上がったパイルがループ状に連結し、而もループパイル形成糸の直径に比し高さが低いので、これらの相乗効果により、極めて良好な自立性とループパイルの高さ方向の押圧に対する柔軟な弾力性を有する。他の点も上記のループパイル保持体の発明と同様である。」
との記載がある。
これらの記載によれば、本件特許発明1及び2は、ループパイルが、その両基部において多数のフィラメントにより基体上に支持され、その両基部から立ち上がったパイルがループ状に連結し、ループパイル形成糸の直径に比し高さが低いことにより、良好な自立性を有することが理解できる。
そして、自立するパイルは甲第3号証の1?甲第3号証の10に例示されるように周知であることから、パイルが自立するような材質等の選択は、当業者が容易になし得た設計的事項であると認められ、更に、ループパイル形成糸を形成するモール糸の芯糸やフィラメントの材質等によって自立性の程度が異なるとしても、本件特許発明1及び2は自立性の程度までを特定しようとするものではなく、選択した材質等に応じた一定の自立性が得られると認められる。よって、ループパイル形成糸を形成するモール糸の芯糸やフィラメントの材質等についての具体的な記載がなくとも、当業者はこれらの材質等を適宜に選択して本件特許発明1及び2を実施することができる。
なお、請求人は、パイル高さを比較することにより、本件特許発明1及び2は、本件特許明細書に記載された従来技術に比し、ループパイルが不安定である旨主張するが、後記「3.(1)イ.」及び「3.(2)ア.」に示すように、本件特許発明1及び2と上記従来技術(甲第1号証)とは、パイル高さ以外の構成も相違しているから、上記請求人の主張は失当である。
よって、上記請求人の主張(1b)は理由がない。

(3)「第3 3.(1)」における請求人の主張(1c)について
本件特許明細書(甲第4号証)の発明の詳細な説明には、「非吸水性フィラメント」に関して、以下の記載がある。
「【0021】
(6) 上記非吸水性のフィラメントは、ポリエステル系、ポリアミド系、ポリプロピレン系又はポリエチレン系のフィラメントであるものとすることができる。
【0022】
(7) 上記非吸水性のフィラメントの吸水率は、20℃相対湿度65%において5%以下であるものとすることができる。」
上記記載によれば、本件特許明細書において、「非吸水性フィラメント」は、水を全く吸わないフィラメントを意味するのでないことは明らかである。そして、乙第4号証ないし乙第8号証によれば、ポリエステル、ポリイミド等の吸水率が小さな素材について「非吸水性」と称することは普通のことである。してみれば、「非吸水性」とは水を全く吸わない意である、との請求人の主張は前提において誤りである。また、【0021】には、「非吸水性フィラメント」の素材の例も開示されている。
よって、上記請求人の主張(1c)は理由がない。

(4)「第3 3.(1)」における請求人の主張(1d)について
本件特許明細書(甲第4号証)の発明の詳細な説明には、「非吸水性フィ
ラメント」を採用したことの意義に関して、以下の記載がある。
「【0011】
また、このループパイルは種々の物質を吸収したり取り込んだりする性能に優れる。すなわち、ループパイルにおけるフィラメントの密度は、ループパイル形成糸の表面部から内方部に向かうほど高くなり、毛管現象により、ループパイル形成糸の内方部に向かって強い吸液力が作用するので、ループパイルは、フィラメントの先端部が位置する表面部からループパイル形成糸の内方部に向かって迅速に比較的多量の液体…(中略)…を吸収し得る。而も、そのループパイルの良好な自立性により、柔軟な弾力性、並びに吸収や取り込み等の性能が長期にわたり維持される。
【0012】
逆に、吸水したループパイル形成糸の表面部は、毛管現象により、水分含有率が低い状態となる。而も、ループパイル形成糸の表面部は、非吸水性のフィラメントの先端部により形成されているので、繊維が占める面積が比較的小さく、且つ繊維自体が非湿潤状態を維持する。そのため、水分を吸収した状態のループパイルの略円柱形状外周部は比較的乾燥した状態を維持し易く、べとつき感が生じにくい。」
上記記載によれば、ループパイル形成糸の構造(内方部に向かうほどフィラメントの密度が高い)に基づく毛管現象により、ループパイル形成糸の表面部の水分含有率が低くなることに加えて、フィラメントが非吸水性であることから繊維自体が非湿潤状態を維持することにより、ループパイルの略円柱状外周部が比較的乾燥した状態を維持し、べとつき感が生じにくいという効果が意図されていることが理解できる。しかも、前記(3)に摘記したとおり、フィラメントの素材の例示がなされ、吸水率の具体的な数値についても記載されている。
また、乙第1号証、乙第10号証、乙第12号証によれば、「フィラメント」とは、「連続した長い繊維」を意味し、フィラメント1本で構成した糸を「モノフィラメント糸」、2本以上で構成した糸を「マルチフィラメント糸」ということが認められる。一方、甲第2号証の1ないし10によれば、「マルチフィラメント」と「モノフィラメント」を総称して「フィラメント」と称する場合もあるといえる。しかし、本件特許明細書における「フィラメント」を、「マルチフィラメント」を含むものと解すれば、請求人が主張するように、単糸と単糸の間の隙間を介して毛細管現象により吸水することとなるから、そのようなものを「非吸水性」と呼ぶことは不自然であるし、更に、上記【0012】の、「非吸水性のフィラメント」により「繊維自体が非湿潤状態を維持する」旨の記載とも整合しないこととなる。よって、本件特許明細書における「非吸水性フィラメント」は、単繊維であるフィラメントが非吸水性であることを意味していることは明らかである。
したがって、上記請求人の主張(1d)は理由がない。

(5)まとめ
以上のとおり、「第3 3.(1)」における請求人の主張(1a)?(1d) は、いずれも理由がなく、本件特許明細書の発明の詳細な説明は、本件特許発明1、2及び7を、当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載されていると認められるから、請求人の主張する無効理由1によっては、本件特許発明1、2及び7についての特許を無効とすることはできない。

2.無効理由2について
(1)「第3 3.(2)」における請求人の主張(2a)について
請求項1の「前記ループパイルを形成するループパイル形成糸は、略円柱形状をなし、フィラメントが、ループパイル形成糸の軸線を中心としてほぼ径方向に放射状をなすように密設され且つ軸線方向に密設されてなり、その略円柱形状外周面は、前記フィラメントの先端部により形成されており」との記載より、フィラメントが、ループパイル形成糸の軸線を中心としてほぼ径方向に放射状をなすように密設され且つ軸線方向に密設されてなること、そのフィラメントの先端部により略円柱形状外周面が形成され、これによりループパイル形成糸が略円柱形状をなすことが明らかである。よって、「ループパイル形成糸」と「略円柱形状」と「フィラメント」との関係について不明瞭なところはない。そして、「ループパイル形成糸の直径」とは、上記フィラメントの先端部により形成される略円柱形状外周面の直径を意味していることも明らかである。
また、請求項1の「ループパイルは、その基部が基体に結合された状態で基体上に配設されている」の記載によれば、「基部」とは、ループパイルの基体に結合された部位であり、技術常識に照らし、ループパイルは基部を一対有するのが通常である。よって、「ループパイルの両基部」は、ループパイルの基体に結合された一対の基部であることが明らかであって、「ループパイルの両基部の中心同士の距離」が、上記一対の基部の中心同士の距離をいうことも明らかである。
よって、請求人が指摘する点はいずれも明確であって、上記請求人の主張(2a)は理由がない。

(2)「第3 3.(2)」における請求人の主張(2b)について
請求項2にも、上記(1)で指摘した請求項1の記載と同様の記載がなされているから、同様の理由により、「ループパイル形成糸」と「略円柱形状」と「フィラメント」との関係について不明瞭なところはなく、「ループパイル形成糸の直径」、「ループパイルの両基部の中心同士の距離」も明確である。
請求項2の「前記ループパイルは、その基部が基体に結合された状態で基体上に配設され」、「前記ループパイルを形成するループパイル形成糸は」との記載より、ループパイルは、ループパイル形成糸により形成されるものであって、その基部が基体に結合された状態で基体上に配設されていることが明らかである。そして、「前記ループパイルは、[(ループパイル形成糸の長さ)-(ループパイルの両基部の中心同士の距離)]/(ループパイル形成糸の直径)の比が1/1乃至10/1であり且つ(ループパイルの両基部の中心同士の距離)/(ループパイル形成糸の直径)の比が3/1以下であって」との記載は、ループパイルについての条件を特定しているのであるから、「ループパイル形成糸の長さ」とは、両基部が基体に結合された状態のループパイル、すなわち、1つのループパイルを形成するループパイル形成糸の長さを意味することは明らかである。
よって、請求人が指摘する点はいずれも明確であって、上記請求人の主張(2b)は理由がない。

(3)「第3 3.(2)」における請求人の主張(2c)について
上記「1.(3)」で述べたとおり、本件特許明細書において、「非吸水性フィラメント」は、水を全く吸わないフィラメントを意味するのでないことは明らかであるから、請求項9の「上記非吸水性のフィラメントの吸水率が、20℃相対湿度65%において5%以下である」と吸水率を特定した点に、何ら不明瞭なところはない。
また、乙第4号証、乙第5号証によれば、請求項8に例示された材料について吸水率が5%以下であるものは普通であると認められるから、請求項9の記載が請求項8の記載に矛盾するということもない。
よって、上記請求人の主張(2c)は理由がない。

(4)「第3 3.(2)」における請求人の主張(2d)について
上記「1.(4)」で述べたとおり、本件特許明細書において、「非吸水性フィラメント」は、単繊維であるフィラメントが非吸水性であることを意味していることは明らかであり、本件特許発明9の「非吸水性のフィラメント」も同じ意味であって不明確なところはない。
よって、上記請求人の主張(2d)は理由がない。

(5)まとめ
以上のとおり、「第3 3.(2)」における請求人の主張(2a)?(2d) は、いずれも理由がなく、本件特許発明1、2及び9は明確であるから、請求人の主張する無効理由2によっては、本件特許発明1、2及び9についての特許を無効とすることはできない。

3.無効理由3について
(1)本件特許発明1について
ア.甲第1号証の記載
甲第1号証には、以下の記載がある。
「【0018】
本発明の実施の形態を、図面を参照しつつ説明する。
【0019】
図面は何れも本発明の実施の形態の一例としての足拭用高吸水高乾燥性パイルマットについてのものであって、図1は模式的正面図、図2はパイルの模式的拡大横断面図、図3は、モール糸によりパイルを形成する工程の一部を示す模式図である。
【0020】
この足拭用高吸水高乾燥性パイルマットAは、略円柱形状をなす多数のパイルPが基布S上に配設されてなり、各パイルPの基部は、基布Sに結合されている。
【0021】
各パイルPは、0.3デニールの非吸水性のポリエステルフィラメントFを飾り糸とするモール糸Mにより形成されている。すなわち、図3に示すように、基布Sに対し、モール糸Mによるループ部Rを形成した後、ループ部Rを構成するモール糸Mのうち、ループ部Rの一方の基部から端部を構成する部分と他方の基部から端部を構成する部分が、両部分の芯糸Cを中心として撚り合わさることにより、図1に示す略円柱形状のパイルPを形成したものである。例えば、強撚モール糸Mを用い、基布Sに対しモール糸Mによるループ部Rを形成した後、熱処理(染色工程における熱処理が好ましい)を行うことにより各ループ部Rがそのモール糸Mの芯糸Cを中心として撚り合わさるものとすることができる。
【0022】
このようにして形成された各パイルPは、略円柱形状をなし、0.3デニールの非吸水性のフィラメントFが、パイルPの軸線を中心としてほぼ径方向に放射状をなすように密設され且つ軸線方向に密設されてなり、パイルPの略円柱形状外周面は、各フィラメントFの先端部により形成される。」

【図1】


【図2】 【図3】


図3は図1のパイルマットを製造する工程の一部である途中段階を示しているから、図3に示されたものをパイルマット中間物と呼ぶことにすれば、甲第1号証には、図3に関連して、次の発明(以下、「甲1発明」という。)が記載されていると認められる。

「基布Sとモール糸Mによるループ部Rを備え、前記ループ部Rは、その基部が基布Sに結合された状態で基布S上に配設されているパイルマット中間物であって、
ループ部Rを形成するモール糸Mの芯糸Cを中心として撚り合わせることにより形成されるパイルPは、略円柱形状をなし、非吸水性のフィラメントFが、パイルPの軸線を中心としてほぼ径方向に放射状をなすように密設され且つ軸線方向に密設されてなり、パイルPの略円柱形状外周面は、各フィラメントFの先端部により形成される、
パイルマット中間物。」

イ.対比
甲1発明の「基布S」は、本件特許発明1の「基体」に相当する。
甲1発明の「ループ部R」と、本件特許発明1の「ループパイル」とは、少なくとも、ループ状部分である点で共通する。
甲1発明の「パイルマット中間物」と、本件特許発明1の「ループパイル保持体」とは、基体とループ状部分を備える「保持体」との限度で一致する。
甲1発明の「ループ部Rを形成するモール糸M」と本件特許発明1の「ループパイルを形成するループパイル形成糸」とは、「ループ状部分を形成するループ状部分形成糸」との限度で一致する。そして、甲1発明が「ループ部Rを形成するモール糸Mの芯糸Cを中心として撚り合わせることにより形成されるパイルPは、略円柱形状をなし、非吸水性のフィラメントFが、パイルPの軸線を中心としてほぼ径方向に放射状をなすように密設され且つ軸線方向に密設されてなり、パイルPの略円柱形状外周面は、各フィラメントFの先端部により形成される」ものであることからみて、甲1発明の「ループ部Rを形成するモール糸M」も、「略円柱形状をなし、フィラメントが、ループ状部分形成糸の軸線を中心としてほぼ径方向に放射状をなすように密設され且つ軸線方向に密設されてなり、その略円柱形状外周面は、前記フィラメントの先端部により形成され」との構成を備えているといえる。
よって、本件特許発明1と甲1発明との一致点、相違点は以下のとおりである。

[一致点]
「基体とループ状部分を備えてなり、前記ループ状部分は、その基部が基体に結合された状態で基体上に配設されている保持体であって、
前記ループ状部分を形成するループ状部分形成糸は、略円柱形状をなし、フィラメントが、ループ状部分形成糸の軸線を中心としてほぼ径方向に放射状をなすように密設され且つ軸線方向に密設されてなり、その略円柱形状外周面は、前記フィラメントの先端部により形成されている保持体。」

[相違点1]
本件特許発明1は、「ループパイル」を備えた「ループパイル保持体」であるのに対し、甲1発明は、「ループ部R」を備えた「パイルマット中間物」であり、「ループ状部分を形成するループ状部分形成糸」が、本件特許発明1では「ループパイルを形成するループパイル形成糸」であるのに対し、甲1発明では「ループ部Rを形成するモール糸M」である点。

[相違点2]
本件特許発明1は、ループ状部分について「前記ループパイルは、(ループパイルの高さ)/(ループパイル形成糸の直径)の比が1/1乃至5/1であり且つ(ループパイルの両基部の中心同士の距離)/(ループパイル形成糸の直径)の比が3/1以下であって、ループパイルの両基部において多数のフィラメントにより基体上に支持され、基体の表面に対し自立性を有するものである」との特定がなされているのに対し、甲1発明は、ループ部Rにつき、このような特定がなされていない点。

ウ.判断
(ア)相違点1について
甲第1号証の図3には、モール糸により形成されたループ部Rが、基布S上に直立してループパイルを構成しているかのごとく記載されている。
しかし、甲第1号証には、「図3は、モール糸によりパイルを形成する工程の一部を示す模式図である」(【0019】)と、図3が模式図であることが明記されているし、また、図3に示されたループ部Rを構成するモール糸Mのうち、ループ部Rの「一方の基部から端部を構成する部分」と「他方の基部から端部を構成する部分」が、両部分の芯糸Cを中心として撚り合わさることにより、図1に示す略円柱形状のパイルPが形成される(【0021】)のであるから、図3は、上記ループ部の両部分を撚り合わせる前の中間的な状態を模式的に示すものにすぎない。しかも、図3には、上記ループ部Rの両部分が、平行に直立した状態として図示されているが、たとえ剛性の高いモール糸を使用するにしても、足拭用パイルマットに用いられるモール糸として通常想定されるものを前提とすれば、このような状態が現実的に生じ得るとは認め難い。むしろ、「例えば、強撚モール糸Mを用い」(【0021】)との記載を参照すれば、強撚モール糸は、図3のように平行して直立することはなく、強撚であるがゆえに撚り合わさった状態となることが普通に予測される(乙第9号証参照。)。なお、強撚モール糸Mを用いることが例示にすぎないとしても、甲第1号証には、他に、図3の状態を現実に経て図1のパイルPを形成できるような具体的な手段の開示はないから、図3が現実的に生じ得る状態を表していると認めることはできない。
よって、甲第1号証の図3は、現実的に生じ得る状態を示すものではなく、モール糸を撚り合わせる前の中間的な状態を示す単なる模式図にすぎないから、同図に「ループパイル」を備えた「ループパイル保持体」が記載ないし示唆されているということはできない。

請求人は、「本件特許発明がループパイルであるのに対し、甲第1号証に記載された発明はループパイルに形成した後、ループ部Rの対向する芯糸C同士を熱処理により撚り合わせてパイルを形成した点で相違が見られる。しかしながら、甲第1号証には、ループ部Rの対向する芯糸C同士を熱処理による撚り合わせ前の技術(図3)と、ループ部Rの対向する芯糸C同士を熱処理により撚り合わせ後の技術(図1及び図2)の両方が開示されているから、上記相違は実質的なものではない。」と主張する(審判請求書20ページ16行?22行)。
しかし、上記のとおり、図3は、現実的に生じ得る形態を示すものではなく、単なる模式図にすぎないから、撚り合わせ前の状態を示してはいても、「ループパイル」を備えた「ループパイル保持体」が開示されているとはいえないし、また、図3は、モール糸を撚り合わせて図1に示す略円柱形状のパイルPを形成するための中間的な状態を示すにすぎないから、「ループパイル」を形成する旨の技術思想が開示されているということもできない。よって、上記請求人の主張は採用できない。
また、請求人は、甲第3号証の1ないし10に例示される技術常識を踏まえれば、甲第1号証の図3記載のループパイルは、自立した状態が記載ないし示唆されていると主張する(口頭審理陳述要領書(2)15ページ6行?20行)。
しかし、上記のとおり、甲第1号証の図3には、そもそも「ループパイル」が記載ないし示唆されているということはできないから、甲第3号証の1ないし10を考慮したところで、甲第1号証の図3に自立した状態のループパイルが記載ないし示唆されているとはいえない。

したがって、相違点1に係る本件特許発明1の構成は、甲1発明に基いて当業者が容易に想到し得たものではない。

(イ)相違点2について
上記(ア)のとおり、甲第1号証の図3には、「ループパイル」が記載ないし示唆されているということはできないから、同図には、ループパイルの寸法等の構成も記載ないし示唆されているということはできない。また、ループパイルの開示がない以上、数値限定を付したループパイルとすることが設計事項であるともいえない。
よって、相違点2に係る本件特許発明1の構成は、甲1発明に基いて当業者が容易に想到し得たものではない。

(ウ)まとめ
以上のとおり、相違点1及び相違点2が存在し、かつ、各相違点に係る本件特許発明1の構成を、当業者が容易に想到し得たということはできないから、請求人の主張する無効理由3によっては、本件特許発明1についての特許を無効とすることはできない。

(2)本件特許発明2について
ア.本件特許発明2と甲1発明との対比
本件特許発明2と前記「(1)ア.」に示した甲1発明とを対比すると、両者は、前記「(1)イ.」に示した[一致点]で一致し、[相違点1]で相違し、更に、次の[相違点2’]で相違する。

[相違点2’]
本件特許発明2は、ループ状部分について「前記ループパイルは、[(ループパイル形成糸の長さ)-(ループパイルの両基部の中心同士の距離)]/(ループパイル形成糸の直径)の比が1/1乃至10/1であり且つ(ループパイルの両基部の中心同士の距離)/(ループパイル形成糸の直径)の比が3/1以下であって、ループパイルの両基部において多数のフィラメントにより基体上に支持され、基体の表面に対し自立性を有するものである」との特定がなされているのに対し、甲1発明は、ループ部Rにつき、このような特定がなされていない点。

イ.判断
相違点1についての判断は、前記「(1)ウ.(ア)」に示したとおりであり、相違点2’についても、前記「(1)ウ.(イ)」に示したのと同様である。
相違点1及び相違点2’が存在し、かつ、各相違点に係る本件特許発明2の構成を、当業者が容易に想到し得たということはできないから、請求人の主張する無効理由3によっては、本件特許発明2についての特許を無効とすることはできない。

(3)本件特許発明3ないし12について
本件特許発明3ないし12は、いずれも、本件特許発明1に他の限定を付加したもの、又は本件特許発明2に他の限定を付加したものに相当する。
よって、本件特許発明3ないし12は、少なくとも、前記「(1)イ.」に示した[相違点1]で甲1発明と相違し、更に、前記「(1)イ.」に示した[相違点2]又は前記「(2)ア.」に示した[相違点2’]で甲1発明と相違する。
そして、前記「(1)ウ.」及び「(2)イ.」に示したとおり、相違点1、相違点2、相違点2’に係る構成は、いずれも甲1発明に基いて当業者が容易に想到し得たということはできない。
したがって、請求人の主張する無効理由3によっては、本件特許発明3ないし12についての特許を無効とすることはできない。

第6 結び
以上のとおり、請求人の主張する理由及び提出した証拠によっては本件特許発明1ないし12に係る特許を無効にすることはできない。
審判に関する費用については、特許法第169条第2項において準用する民事訴訟法第61条の規定により、請求人が負担すべきものとする。
よって、結論のとおり審決する。
 
審決日 2013-03-25 
出願番号 特願2008-177638(P2008-177638)
審決分類 P 1 113・ 113- Y (D03D)
P 1 113・ 537- Y (D03D)
P 1 113・ 536- Y (D03D)
P 1 113・ 121- Y (D03D)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 井上 政志  
特許庁審判長 千葉 成就
特許庁審判官 紀本 孝
▲高▼辻 将人
登録日 2011-06-17 
登録番号 特許第4763758号(P4763758)
発明の名称 ループパイル保持体  
代理人 高良 尚志  
代理人 入江 一郎  

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