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審決分類 審判 査定不服 5項独立特許用件 特許、登録しない。 A61K
審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 A61K
管理番号 1284813
審判番号 不服2011-23608  
総通号数 172 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2014-04-25 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2011-11-02 
確定日 2014-02-10 
事件の表示 特願2006-513951「動脈硬化症発症の抑制組成物」拒絶査定不服審判事件〔平成17年12月 8日国際公開、WO2005/115409〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 1.手続の経緯
本願は、平成17年5月26日(優先権主張 平成16年5月26日)を国際出願日とする出願であって、拒絶理由通知に応答して平成23年6月23日付けの手続補正書と意見書が提出されたが、平成23年7月25日付けで拒絶査定がなされ、これに対し、平成23年11月2日に拒絶査定不服審判が請求されるとともに、その審判の請求と同時に平成23年11月2日付けで手続補正がなされたものであり、その後、前置報告書を用いた審尋に応答し平成25年9月9日付けの回答書が提出されたものである。

2.平成23年11月2日付けの手続補正についての補正却下の決定
[補正却下の決定の結論]
平成23年11月2日付けの手続補正(以下、「本件補正」という。)を却下する。

[理由]
(1)補正の概要
本件補正は、特許請求の範囲について、
補正前(平成23年6月23日付けの手続補正書参照)の
「【請求項1】
高血糖病態を有する人に対する、希少糖であるD-プシコースを抗動脈硬化作用の有効成分とすることを特徴とする動脈硬化症発症の抑制組成物。
【請求項2】
高血糖病態を有する生体の動脈硬化症に関係するケモカインまたはサイトカインの発現抑制または軽減する、および動脈硬化惹起因子の発現に影響を及ぼさず動脈硬化の改善に関与する受容体の発現を促進する請求項1の動脈硬化症発症の抑制組成物。
【請求項3】
上記の発現の促進が、D-プシコースによる生体の動脈硬化症に関係する、サイトカインによるケモカイン発現誘導を抑制し、動脈硬化惹起因子であるスカベンジャー受容体CD36発現への影響を及ぼさず、動脈硬化の改善に関与する受容体の発現の促進である請求項2の動脈硬化症発症の抑制組成物。
【請求項4】
D-プシコースをD-プシコースを配合した組成物の形態で用いる請求項1、2または3の動脈硬化症発症の抑制組成物。
【請求項5】
高血糖病態を有する人に対する、動脈硬化症発症を抑制することによる症状の進行の予防または治療薬である請求項1ないし4のいずれかの動脈硬化症発症の抑制組成物。」
から、
補正後の
「【請求項1】
高血糖病態を有する人に対する動脈硬化症発症の抑制剤であって、希少糖であるD-プシコースを有効成分とし、高血糖病態を有する生体の動脈硬化症に関係する、サイトカインによるケモカイン発現誘導を抑制する、および動脈硬化惹起因子であるスカベンジャー受容体CD36発現への影響を及ぼさず、動脈硬化の改善に関与する受容体の発現を促進する剤。
【請求項2】
D-プシコースをD-プシコースを配合した組成物の形態で用いる請求項1の動脈硬化症発症の抑制剤。
【請求項3】
高血糖病態を有する人に対する、動脈硬化症発症を抑制することによる症状の進行の予防または治療薬である請求項1または2の動脈硬化症発症の抑制剤。」(下線は、原文のとおり。)
とする補正を含むものである。

この補正について、審判請求人は、「請求項1について、補正前の請求項3に降りる補正である。補正前の請求項1および2の構成要件を取り込み、独立項にして繰り上げ請求項1とした。」(審判請求書参照)と主張し,「動脈硬化症発症の抑制組成物を「動脈硬化症発症の抑制剤」に補正し、食品や飼料の態様を明確に除いた。」(同書参照)と主張している。
そこで、補正前の請求項3について、請求項1と2を取り込んで書き降ろすと、次の様に認定することができる。
「高血糖病態を有する人に対する、希少糖であるD-プシコースを抗動脈硬化作用の有効成分とすることを特徴とする動脈硬化症発症の抑制組成物であって、
高血糖病態を有する生体の動脈硬化症に関係するケモカインまたはサイトカインの発現抑制または軽減する、および動脈硬化惹起因子の発現に影響を及ぼさず動脈硬化の改善に関与する受容体の発現を促進するものであり、
上記の発現の促進が、D-プシコースによる生体の動脈硬化症に関係する、サイトカインによるケモカイン発現誘導を抑制し、動脈硬化惹起因子であるスカベンジャー受容体CD36発現への影響を及ぼさず、動脈硬化の改善に関与する受容体の発現の促進である、動脈硬化症発症の抑制組成物。」(下線箇所は、後記検討の如く、補正後の請求項1と同一文言の箇所)

ここで、補正後の請求項1において、補正前のこの請求項3との発明特定事項を対比して同一文言の箇所に下線を付すると、次の様になる。
「高血糖病態を有する人に対する動脈硬化症発症の抑制剤であって、希少糖であるD-プシコースを有効成分とし、高血糖病態を有する生体の動脈硬化症に関係する、サイトカインによるケモカイン発現誘導を抑制する、および動脈硬化惹起因子であるスカベンジャー受容体CD36発現への影響を及ぼさず、動脈硬化の改善に関与する受容体の発現を促進する剤。」

そうすると、本件補正により、補正後の請求項1は、補正前の(請求項1と2を引用している)請求項3の「動脈硬化症発症の抑制組成物」を「動脈硬化症発症の抑制剤」と限定したものと認められる。
なお、
(イ)補正前の「抗動脈硬化作用の有効成分」については、補正後に「抗動脈硬化作用の」との修飾語が削除されているが、有効成分は動脈硬化症発症の抑制のための成分と認められるので、その修飾語の有無によって実質的な差異は生ぜず、実質的な変更ではないと理解できるし、
(ロ)補正前の「ケモカインまたはサイトカインの発現抑制または軽減する」について、補正後に「・・発現抑制」と限定され、選択肢の「または軽減する」が削除されているが、この点は、請求項3によって「抑制」に限定されていることによると解されるし、
(ハ)その他に、上記書き降ろした補正前の請求項3には、下線を引いていないが、下線を引いた箇所と重複している記載があるところ、その箇所の削除は、単に(上位概念の記載や同じ記載などを)重複排除しただけで、表現上の差異があるにすぎず実質的な変更とはいえない、
ことから、
上記(イ)?(ハ)の点は、他の請求項を引用する記載を取り込み書き降ろす際に不明瞭となる記載を明瞭に釈明したものと解するのが相当である。

してみると、本件補正は、平成18年法律第55号改正附則第3条第1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法(以下、単に「平成18年改正前特許法」ともいう。)第17条の2第4項第2号の特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。

(2)補正の適否
そこで、本件補正後の前記請求項1に係る発明(以下、「本願補正発明」という。)が特許出願の際独立して特許を受けることができるものであるか(平成18年改正前特許法第17条の2第5項において準用する同法第126条第5項の規定に適合するか)について以下に検討する。

(2-1)引用例
原査定の拒絶理由に引用された本願優先権主張日前に頒布された刊行物である国際公開第03/097820号(以下、「引用例」という。)には、次の技術事項が、図面とともに記載されている(図面の摘示は省略)。なお、下線は当審で付与した。

(1-i)「1.生理活性作用感受細胞に希少糖を作用させて当該細胞の機能を変化させることを特徴とする希少糖の生理活性作用の利用方法。
・・・・・
5.前記希少糖がアルドースおよび/またはケトースに属する希少糖である請求項1ないし4のいずれかの希少糖の生理活性作用の利用方法。
・・・・・
8.前記ケトースがD-プシコースである請求項5の希少糖の生理活性作用の利用方法。
9.前記細胞が、ケモカイン分泌抑制作用感受性細胞、マイクログリアの遊走抑制作用感受性細胞および血糖降下作用感受性細胞よりなる群より選ばれる請求項8の希少糖の生理活性作用の利用方法。」(第50頁の「請求の範囲」の請求項1、5、8、9)
(1-ii)「図26は、実施例10で、D-プシコースがMCP-1の分泌抑制効果があることを示す図である。図27は、実施例10で、D-プシコースがMCP-1の分泌を刺激するサイトカインに作用してMCP-1の分泌を抑制することを示す図である。
図28は、実施例11で、D-プシコースがマイクログリアの出現数に与える影響を示す図である。
図29は、実施例12で、D-プシコースがインスリンの分泌刺激効果に与える影響を示す図である。
図30は、実施例12で使用される反転腸管の実験例を説明する図である。図31は、実施例12で、D-プシコースが、ブドウ糖の吸収に与える影響を示す図である。図32は、実施例12で、希少糖投与によるラット血糖値に対する影響に関し、麻酔下生理食塩水投与による血糖への影響を示す図面である。
図33は、実施例13の希少糖投与によるラット血糖値に対する影響に関し、麻酔下D-グルコース投与による血糖への影響を示す図面である。図34は、実施例13の希少糖投与によるラット血糖値に対する影響に関し、D-プシコース投与による血糖への影響を示す図面である。
図35は、実施例14のケトースの高血糖状態改善効果に関し、IVGTTでの血中D-グルコース濃度への影響を示す図である。
図36は、実施例15のケトースの高血糖状態改善効果に関し、インスリンの分泌動態を示す図である。図37は、実施例15のケトースの高血糖状態改善効果に関し、高血糖時におけるD-プシコースの作用を示す図である。」(第7頁6行?第8頁2行)
(1-iii)「このような希少糖に属するケトヘキソースは糖代謝に影響を及ぼさず、ケモカイン抑制物質、マイクログリア遊走抑制物質、インスリン分泌促進物質又は癌細胞増殖抑制物質として経口摂取、腹腔内投与、静脈投与など種々の経路で使用することができる。また、病巣内或いは病巣周辺に非経口的に投与することもできる。この場合、希少糖に属するケトヘキソースは単独で、又は希少糖に属するケトヘキソースの作用に悪い影響を与えない添加物を添加したり、誘導体としたり、また、他の物質(薬理活性成分)と併用して用いることもできる。
以下、各用途に分けてこの発明の実施の形態を詳細に説明する。
本発明者等は希少糖に属するケトヘキソースがケモカインの分泌を抑制する性質を有することを見出した。これにより、希少糖に属するケトヘキソースを有効成分とするケモカイン分泌抑制剤又は物質を提供することができる。
動脈硬化症に起因する死亡は、死因の第一位である。動脈硬化症の危険因子としては、糖尿病、高脂血症、高血圧などが指摘されている。最近の報告によれば、これら危険因子と動脈硬化症発症の機序について、分子レベルでの解析が進んでいる。動脈硬化症発症の契機は、単球の血管壁への遊走およびscavenger receptorによるコレステロール蓄積とマクロファージの泡沫細胞化である。その進展には種々のサイトカインやケモカインの関与が示唆されている。特にケモカイン(細胞遊走を起こすサイトカイン)の一つであるMCP-1(monocyte chemoattractant protein-1)は動脈硬化巣の血管内皮細胞から分泌され単球の遊走に関係する因子であり、動脈硬化進展に重要な役割を演じている因子として注目されている。
MCP-1又はMCP-1の受容体であるCCR2をノックアウトしたマウスにおいては動脈硬化が起こりにくく、MCP-1が動脈硬化発症において中心的な役割を持っていることが明らかになった。
MCP-1は、IL-1βやTNF-αという炎症性サイトカインにより刺激されて分泌される。こうしたサイトカインの産生を抑制する薬剤として、pyrazolotriazin誘導体薬剤やnitric oxide(NO)分泌誘発剤が知られており、臓器保存に使用されている。」(第19頁2行?第20頁6行)
(1-iv)「D-プシコースはインスリン分泌を促進する。インスリンを分泌するラットの膵臓β細胞株を用いた実験において、生理的な分泌物質であるD-グルコースの濃度を徐々に上げていくと、濃度に依存してインスリンの分泌が増えていく。D-グルコースの濃度をゼロにしておき、D-プシコースの濃度を上げていくと、D-グルコースと同じように濃度依存性にインスリンを分泌するという反応が見られた。また、D-グルコースを11.2mM投与すると最大のインスリン分泌となるが、その状態でさらにD-プシコースを加えるとD-グルコースと等濃度くらいまで加えた時さらにインスリン分泌が促進され、D-グルコースでの最大分泌量とD-プシコースでの最大分泌量を足した量のインスリンが分泌された。」(第21頁10?19行)
(1-v)「そこで、本発明者らはさらに研究をすすめて、インスリン分泌促進作用について、D-プシコースが血糖値を緩やかに押さえる作用を動物(ラット)で裏付け、D-プシコースが高血糖時の血糖降下とインスリン分泌促進作用があること、ならびに、D-プシコースにより蛋白質の糖化がほとんどおこらないことを確認した。」(第22頁8?12行)
(1-vi)「以上、医薬品としての応用を例に示したが、その他にも、D-プシコースでは動脈硬化の増悪因子であるケモカインMCP-1の血管内皮細胞からの分泌を抑制する効果に加え、肝臓での脂肪の合成を抑制する効果があることもわかっており動脈硬化予防作用などにつながる可能性がある。」(第22頁13?16行)
(1-vii)「実施例10
(ケトヘキソースによる動脈硬化増悪に関連するケモカインMCP-1の分泌抑制作用)
ヒト血管内皮細胞(HUVECs)を常法に従い培養液(DMEM+10%FBS)の条件下で細胞培養を行った。HUVECsを約70%の濃度で96穴培養ディッシュに分注し以下の実験に供した。
(実験1)
D-プシコース濃度を0mM、5.6mM、11.2mMにてHUVECsの培養液に添加し、24時間培養後、培養液中のMCP-1をELISA(Quantikine,R&D)キットで測定し、結果を図26に示した。
(実験2)
HUVECsに作用してMCP-1の分泌を刺激するサイトカイン、IL-1β(最大分泌刺激濃度1ng/mL)およびTNF-α(最大分泌刺激濃度10ng/mL)で1時間HUVECsを前処理し、次にD-プシコースを0mM、5.6mM、11.2mMの濃度になるように添加し24時間培養後の培養液中のMCP-1濃度をELISAキットで測定し、結果を図27に示した。図26より、血管内皮細胞におけるMCP-1の基礎分泌に関して、D-プシコースは濃度依存的にMCP-1の分泌を抑制することが理解される。また、血管内皮細胞におけるMCP-1の分泌はサイトカイン(TNF-α,IL-1β)によって刺激され、最大刺激濃度はそれぞれIL-1βが最大分泌刺激濃度1ng/mLであり、TNF-αが最大分泌刺激濃度10ng/mLである。図27より、血管内皮細胞をIL-1β(1ng/mL)で刺激するとMCP-1が分泌され、その分泌は添加されたD-プシコースにより濃度依存的に抑制されることが理解される。
一般に、種々の血球成分に対する遊走活性を有するサイトカインであるケモカインの一つとしてのMCP-1は単球に対する遊走活性を有しており、生理的には炎症病巣における単球・マクロファージの集積に重要な役割を担っている。また、臨床的には動脈硬化巣の形成において血管内皮細胞の障害に引き続き、泡末細胞形成のための細胞成分の遊走に重要な役割を演じている。最近、動脈硬化巣の免疫染色で、動脈硬化病変におけるMCP-1の過剰発現が指摘されている。
以上の実験により、血管内皮細胞からのケモカインMCP-1の分泌が希少糖に属するケトヘキソースにより抑制されることが判明した。また動脈硬化巣におけるMCP-1の発現は種々のサイトカインにより刺激されており、特にIL-1β,TNF-αは重要な因子として位置付けられているが、以上の実験により、少なくともIL-1βによるMCP-1の分泌刺激を希少糖に属するケトヘキソースが抑制することが示唆された。
MCP-1は動脈硬化病変形成に重要な役割を演じることが指摘されており、希少糖に属するケトヘキソースのMCP-1分泌抑制効果は、動脈硬化の予防の観点からも重要であり、動脈硬化治療に有益な物質(例えば、動脈硬化治療物質や予防物質)への用途となり得ると考えられた。
これらの結果から、希少糖に属するケトヘキソースは、それ単独でMCP-1分泌を抑制する物質としての用途に利用できる。また、その誘導体や配糖体について検討すれば、MCP-1分泌を抑制する物質ができる可能性が示唆される。またMCP-1は動脈硬化症のみならず、他の疾患発症に関与していることが指摘されている。例えば慢性関節リウマチにおける関節での炎症の惹起にMCP-1の関与が指摘されている。また喘息などの肺疾患においても単球の遊走および単球・マクロファージの活性化を介して疾患形成に関与している。このような局所の炎症、および単球・マクロファージが関与する疾患において希少糖に属するケトヘキソースは疾患の活動性を調節する可能性があり、幅広い疾患の治療薬としての応用が期待される。」(第41頁17行?第43頁15行)
(1-viii)「実施例12
(ケトヘキソースの血糖降下に関連する作用)
本実施例12は、希少糖に属するケトヘキソースを有効成分とする血糖降下作用物質に関する。糖尿病は耐糖能異常も含めると1000万人を遙かに超える国民病となっている。糖尿病の本態はグルコースによる特異的なインスリン分泌不全であり、膵臓からのインスリン分泌が減弱した状態およびその作用不足のために発症する代謝疾患と考えられている。一般にインスリン分泌を促進する薬剤として、スルホニル尿素薬やフェニールアラニン誘導体などの糖尿病治療薬があるが、副作用などの種々の問題点がある。そこで本実施例12では、希少糖に属するケトヘキソースの糖尿病における有用性および臨床応用の可能性について検討した。第一に希少糖に属するケトヘキソースによる膵β細胞からのインスリン分泌刺激能について、グルコースと比較して検討し、また、グルコースと希少糖に属するケトヘキソースの共存下における膵β細胞からのインスリン分泌動態について検討する。またグルコースは、食物が消化分解され腸から吸収されて供給されているので、グルコース吸収における希少糖に属するケトヘキソースの影響について腸管を用いて検討する。これにより、希少糖に属するケトヘキソースは、インスリンの分泌を促進する効果があり、特にグルコースと併用することにより加算的(追加的)にインスリンの分泌を促進させること、また、糖代謝に影響を及ぼさない希少糖に属するケトヘキソースがグルコースの吸収を抑制していることにより、希少糖に属するケトヘキソースの糖尿病の予防又は治療への有用性が示唆される。
インスリノーマ由来の膵β細胞株INS-1を常法に従い培養液(DMEM+10%FBS)の条件下で細胞培養を行った。INS-1細胞を約70%の密度で96穴培養ディッシュに分注し以下の実験に供した。希少糖に属するケトヘキソースとしては、D-プシコースを使用した。
(実験1) ・・・略・・・。
(実験2) ・・・略・・・。
(実験3) ・・・略・・・。
(実験4) ・・・略・・・。
グルコースを含む緩衝液中に、図30に示すように、ラット反転腸管を浸漬し、一定時間後に漿膜側の溶液をサンプリングしグルコース濃度を測定する。種々の濃度のD-プシコースを添加することによって、粘膜側から漿膜側へのグルコースの輸送に与えるD-プシコースの影響について検討し、結果を図31に示した。
この結果、ラット反転腸管にグルコースと同濃度のD-プシコースを加えておくと、漿膜側のグルコース濃度の上昇が有意に抑制された。D-プシコースの添加が、グルコースの輸送系に影響を与えている可能性が示唆された。以上の結果より、希少糖に属するケトヘキソースは、膵β細胞からのインスリン分泌を刺激することが判明した。また最大のインスリン分泌刺激が得られるグルコース濃度下の細胞において、希少糖に属するケトヘキソースを追加的に添加することにより、さらなるインスリン分泌が観察された。一般に、糖尿病の本態はグルコースによる特異的なインスリン分泌不全であるが、グルコースに基づくインスリン分泌が不全である場合にも希少糖に属するケトヘキソースの作用により有効にインスリン分泌を促進させることができると期待される。これにより、希少糖に属するケトヘキソースの膵β細胞からのインスリン分泌刺激作用および高血糖状態における希少糖に属するケトヘキソースのインスリン分泌増強作用が判明され、希少糖に属するケトヘキソースは、今までにない新しい作用機序を有する物質として期待される。また、臨床的に高血糖が認められる糖尿病患者において希少糖に属するケトヘキソースがインスリン分泌を促進し、血糖値を改善することが期待される。また経腸管的に投与された希少糖に属するケトヘキソースがグルコースの吸収を抑制すること及び希少糖に属するケトヘキソースが糖代謝に影響を及ぼさないことは、糖尿病における食後過血糖を抑制する可能性があり、糖尿病における予防又は治療に有益な物質として期待される。さらに、希少糖に属するケトヘキソースには糖尿病およびその合併症とも関連が大きい動脈硬化の予防効果も認められ、糖尿病の主死因は動脈硬化性疾患であるので、動脈硬化抑制作用もある希少糖に属するケトヘキソースは血糖値の改善および動脈硬化症の予防という画期的な糖尿病治療薬として期待される。また、希少糖に属するケトヘキソースは、これらの治療効果や抗肥満等が期待される健康補助食品となり得ると期待される。」(第45頁13行?第48頁20行)
(1-ix)「実施例13
(希少糖投与によるラット血糖値に対する影響)
(1) 目的:希少糖、特にD-プシコースの投与によってD-フラクトースの長期大量投与負荷で発生する高インスリン血症が抑制されることが報告されている。今回我々は希少糖の投与によって正常ラットの血糖値がどのように変動するかを調べた。
(2) 方法: ・・・略・・・。
(3) 結果:
1) 麻酔下生理食塩水投与による血糖への影響(図32):まず、3匹のラットに生理食塩水(0.7ml)のみを静注して血糖値に対する麻酔等の影響を調べた。その結果、生理食塩水のみの投与では血糖値の大きな変化はみられなかった。
2) 麻酔下D-グルコース投与による血糖値への影響(図33):D-グルコース(200mg/kg BW)を頚静脈より静注して注入前後の血糖値を測定した(N=2)。血糖値はD-グルコース投与によって一過性に上昇し、60分程度で正常値に近づいた。
3) D-プシコース投与による血糖値への影響(図34):ラットに麻酔下でPsicose(200mg/ kg BW)を静脈内投与して血糖値を測定した(N=4)。そのうち2匹では血糖値が希少糖投与30-60分で減少し、徐々に回復をしたが、他の2匹では血糖低下ののちに初期値より上昇またはほとんど変化しなかった。
(4) 考察:本参考例4が用いた正常ラット麻酔下における実験系にてネンブタール麻酔や生理食塩水静脈内投与が血糖値やD-グルコース負荷に対して影響しないことが確認された。本参考例4の実験では、ラットのうち半数はD-プシコースを投与することによって血糖値が投与後30-60分で低下し、その後ゆっくりとした回復が見られた。残りのラットは早期に血糖低下を起こしその後上昇するか、または徐々に血糖低下を示した。これらのことから個体差はあるが正常ラットでは希少糖(D-プシコース)により、軽度の血糖低下が起こることがわかった。今後、実験動物数を増やしてデータを解析する必要がある。また、高血糖ラットにおいての作用を検討する必要性がある。同時に行った、D-アロースの実験では、血糖低下は認められなかった。
実施例14
(ケトースの高血糖状態改善効果)
(1) 目的:糖尿病は耐糖能異常も含めると1000千万人を遥かにこえる国民病となっている。糖尿病の本態はグルコースによる特異的なインスリン分泌不全である。そこで今回我々は、希少糖、特にケトースであるD-プシコースの糖尿病における有用性および臨床応用の可能性について検討した。現在までに、ケトースによる膵β細胞からのインスリン分泌刺激能について、in vitroで検討してきた。今回の検討は、無麻酔無拘束ラットをもちいてD-プシコースのインスリン分泌能および糖代謝に与える影響について検討をおこなう。本研究により、ケトースの膵β細胞からのインスリン分泌刺激作用および高血糖状態におけるケトースのインスリン分泌増強作用をin vivoで検証するものである。以上のことより今後ケトースの糖尿病における予防/治療薬としての可能性を検討する目的である。
(2)方法:1) 経静脈ブドウ糖負荷試験(IVGTT) ・・・中略・・・。
2) 高血糖時におけるプシコースの影響 ・・・中略・・・。
(3) 結果:IVGTT…コントロールとしてブドウ糖を使用した。図35に示すように、ブドウ糖を負荷すると血糖値の上昇をみとめた。プシコースを静脈内に投与しても血糖値の上昇を認めなかった。またIVGTT に経時的に血中insulinを測定すると、ブドウ糖負荷群では血糖値の上昇に一致してinsulinの上昇を認めたが、プシコース投与群においては血糖値が上昇しなかったためかinsulinの分泌にも影響を与えなかった(図36)。
正常の血糖レベルではプシコースはインスリン分泌を促進しないことが示唆されたので、次にブドウ糖を連続して投与し高血糖状態を作成したラットにおいてプシコースの影響を検討した。コントロールとしてデオキシグルコースを使用した。コントロールに比較して、プシコース投与群においては血糖値に低下が速やかであった。また経時的に測定したinsulin濃度はコントロールに比較して分泌が増加していた(図37)。
(4) 考察:本実施例14の検討においてin vivoにおいてD-プシコースは糖代謝に影響を及ぼさずに膵β細胞からのインスリン分泌を刺激することが判明した。またインスリン分泌作用に関しては、高血糖時にインスリン分泌作用を有するが、通常の血糖においてはインスリン分泌促進作用がほとんど認められず、低血糖の誘発は認められなかった。糖尿病の本態はグルコースによる特異的なインスリン分泌不全であるが、希少糖は、そのような状態においても有効にインスリン分泌を促進させることより、今までにない新しい作用機序を有する物質として期待される。臨床的に高血糖が認められる糖尿病患者においてD-プシコースがインスリン分泌を促進し、血糖値の改善が得られる可能性があり、糖尿病治療に有益な医薬品または健康補助食品となりえると考えられる。」(第48頁21行?第52頁21行)

(2-2)対比、判断
引用例には、上記「(2-1)」に摘示の記載によれば、特に、
(a)D-プシコースが、希少糖であること(摘示(1-i)参照)、
(b)MCP-1は、サイトカインにより刺激されて分泌されるケモカインであること(摘示(1-iii)参照)、そして、
(c)次の(c1)?(c4)のことからみて、D-プシコースは動脈硬化を予防する薬剤の有効成分と理解できること、
(c1)希少糖(D-プシコース)をケモカイン分泌抑制作用感受性細胞に作用させ、当該細胞の機能を変化させること(摘示(1-i)参照)
(c2)特に、ケモモカインの一つであるMCP-1が動脈硬化発症において中心的な役割を演じている因子であること(摘示(1-iii)参照)
(c3)D-プシコースが、動脈硬化症の増悪因子であるケモカインMCP-1の血管内皮細胞からの分泌を抑制する効果に加え、肝臓での脂肪の合成を抑制する効果を有し、動脈硬化予防作用などに繋がる可能性がること(摘示(1-vi)参照)、
(c4)実施例10において、ヒト血管内皮細胞を用いた実験により、D-プシコースは濃度依存的に、サイトカインによる血管内皮細胞からのMCP-1の分泌を抑制することが理解され、MCP-1は動脈硬化病変形成に重要な役割を演じることが指摘されていて、また、そのMCP-1分泌抑制効果は、動脈硬化治療物質や予防物質への用途となり得ること(摘示(1-vii)参照)、
を勘案し、次の発明(以下、「引用例発明」という。)が開示されていると認めることができる。
<引用例発明>
「希少糖であるD-プシコースを有効成分とし、動脈硬化症に関係する、サイトカインによるケモカインMCP-1を抑制し、動脈硬化を予防する剤。」

そこで、本願補正発明と引用例発明を対比する。
(a)引用例発明の「動脈硬化を予防する剤」は、(動脈硬化病変形成に重要な役割を有するMCP-1の血管内皮細胞からの分泌を抑制することも勘案し)予防することが発症を抑制することに当たるから、本願補正発明の「動脈硬化症発症の抑制剤」に相当する。
(b)引用例発明の「動脈硬化症に関係する、サイトカインによるケモカインMCP-1を抑制」することは、「ケモカインMCP-1を抑制」することがケモカインの発現誘導を抑制することに他ならないと認められること、及び動脈硬化症が生体についての症状であることも明らかであるから、本願補正発明の「生体の動脈硬化症に関係する、サイトカインによるケモカイン発現誘導を抑制する」ことに相当する。

してみると、両発明は、
「動脈硬化症発症の抑制剤であって、希少糖であるD-プシコースを有効成分とし、生体の動脈硬化症に関係する、サイトカインによるケモカイン発現誘導を抑制する、剤。」
で一致し、次の相違点A,Bで一応相違している。
<相違点>
A.「動脈硬化症発症」と「生体」について、本願補正発明では、順に「高血糖病態を有する人に対する」と「高血糖病態を有する」と特定されているのに対し、引用例発明ではそのような表現で特定されていない点
B.本願補正発明では、「および動脈硬化惹起因子であるスカベンジャー受容体CD36発現への影響を及ぼさず、動脈硬化の改善に関与する受容体の発現を促進する」と特定されているのに対し、引用例発明ではそのような表現で特定されていない点

そこで、これらの相違点について検討する。
(A)相違点Aについて
引用例には、動脈硬化の危険因子として糖尿病(すなわち、高血糖状態を有する人)が挙げられていること(摘示(1-iii)?(1-v),(1-ix)の実施例14を参照)、そして、D-プシコースがインスリンの分泌を促進し、糖代謝に影響を及ぼさず、糖尿病の治療に有用であること(摘示(1-viii)参照)、そして、「希少糖に属するケトヘキソースには糖尿病およびその合併症とも関連が大きい動脈硬化の予防効果も認められ、糖尿病の主死因は動脈硬化性疾患であるので、動脈硬化抑制作用もある希少糖に属するケトヘキソースは血糖値の改善および動脈硬化症の予防という画期的な糖尿病治療薬として期待される」(なお、ここに言う「ケトヘキソース」は、具体的には「D-プシコース」のことである。)こと(摘示(1-viii))が記載されている。
そうすると、動脈硬化症発症の抑制剤を使用する対象(患者)として、「高血糖病態を有する人(生体)」も当然に想起することであり、その人(患者)に特定することは、少なくとも当業者であれば容易になし得る程度のことと言う他ない。
よって、相違点Aに係る本願補正発明の発明特定事項は、当業者が容易に想到し得たものである。

(B)相違点Bについて
引用例では、動脈硬化の予防効果があるとされているところ、具体的にはケモカインMCP-1を抑制することがあげられているものの、「動脈硬化惹起因子であるスカベンジャー受容体CD36発現への影響を及ぼさず、動脈硬化の改善に関与する受容体の発現を促進する」ことの明示的な記載はない。
しかし、その「動脈硬化惹起因子であるスカベンジャー受容体CD36発現への影響を及ぼさず、動脈硬化の改善に関与する受容体の発現を促進する」ことは、新しい知見であるとしも、単に別の作用機序を見出したにすぎず、それを明らかにしたことによって動脈硬化を発症する患者がさらに限定されるわけではないし、動脈硬化の抑制における作用効果が異なるものとなるわけでもない。
そうすると、相違点Bに係る本願補正発明の発明特定事項は、実質的な相違点であるとは言えない。

ところで、審判請求人は、審判の請求理由において、原査定の判断は本願補正発明の課題の把握に誤りがあり、引用例からは、「動脈硬化惹起因子であるスカベンジャー受容体CD36発現への影響を及ぼさず、動脈硬化の改善に関与する受容体の発現を促進する」ことを実験的に裏付けようとする課題は出てこない旨を主張する。
しかし、本願補正発明は、「高血糖病態を有する人に対する動脈硬化症発症の抑制剤」であり、動脈硬化症発症を抑制することが課題であり、「動脈硬化惹起因子であるスカベンジャー受容体CD36発現への影響を及ぼさず、動脈硬化の改善に関与する受容体の発現を促進する」ことは、新しい知見であるとしても、動脈硬化症発症を抑制するための作用機序のうちの2つを明らかにしているにすぎず、それは単なる作用機序の発見にすぎず、動脈硬化症発症を抑制するためという引用例発明と課題が異なるというべきではない。新たな知見が、学術的に意義があるとしても、用途発明の進歩性の判断に影響するものではない。ちなみに、回答書において、「新しい患者グループの治療が可能になる」旨も主張するが、「高血糖病態を有する人」が、引用例発明の対象とする患者と重複しない新しい患者グループになると解すべきではない。
よって、審判請求人の主張は採用できない。

(C)作用効果について
本願明細書の記載を検討しても、上記相違点A,Bによって、動脈硬化症発症の抑制剤として格別予想外の作用効果を奏していることは、それを示すデータは示されていないし、自明であるとも認められない。

したがって、本願補正発明は、引用例発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許出願の際独立して特許を受けることができないものである。

(3)まとめ
以上のとおり、本件補正は、平成18年改正前特許法第17条の2第5項において準用する同法第126条第5項の規定に違反するので、同法第159条第1項の規定において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下されるべきものである。

3.本願発明について
平成23年11月2日付けの手続補正は、上記のとおり却下されたので、本願の請求項1?5に係る発明は、平成23年6月23日付け手続補正書の特許請求の範囲の請求項1?5に記載された事項により特定されるのもと認められるところ、そのうち請求項3に係る発明(以下、同項記載の発明を「本願発明」という。)は、上記「2.[理由](1)」で検討したように、請求項1と2を取り込んで認定すると、以下のとおりのものである。
「高血糖病態を有する人に対する、希少糖であるD-プシコースを抗動脈硬化作用の有効成分とすることを特徴とする動脈硬化症発症の抑制組成物であって、
高血糖病態を有する生体の動脈硬化症に関係するケモカインまたはサイトカインの発現抑制または軽減する、および動脈硬化惹起因子の発現に影響を及ぼさず動脈硬化の改善に関与する受容体の発現を促進するものであり、
上記の発現の促進が、D-プシコースによる生体の動脈硬化症に関係する、サイトカインによるケモカイン発現誘導を抑制し、動脈硬化惹起因子であるスカベンジャー受容体CD36発現への影響を及ぼさず、動脈硬化の改善に関与する受容体の発現の促進である、動脈硬化症発症の抑制組成物。」

(1)引用例
原査定の拒絶理由に引用される引用例およびその記載事項は、前記「2.[理由](2)(2-1)」に記載したとおりである。

(2)対比、判断
本願発明は、前記「2.[理由](1)」で検討したように、本願補正発明の「動脈硬化症発症の抑制剤」を、「動脈硬化症発症の抑制組成物」と拡張したものと認められる。

そうすると、本願発明の発明特定事項を全て含み、さらに限定したものに相当する本願補正発明が、前記「2.[理由](2)」に記載したとおり、引用例発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本願発明も、同様の理由により、引用例発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものである。

(3)むすび
以上のとおりであるから、本願請求項3に係る発明は、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
それ故、本願は、その余の請求項について論及するまでもなく、拒絶すべきものである。

よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2013-11-20 
結審通知日 2013-11-26 
審決日 2013-12-12 
出願番号 特願2006-513951(P2006-513951)
審決分類 P 1 8・ 121- Z (A61K)
P 1 8・ 575- Z (A61K)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 三上 晶子  
特許庁審判長 川上 美秀
特許庁審判官 天野 貴子
前田 佳与子
発明の名称 動脈硬化症発症の抑制組成物  
代理人 須藤 晃伸  
代理人 須藤 阿佐子  
代理人 須藤 晃伸  
代理人 須藤 阿佐子  

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