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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 C12N
管理番号 1286440
審判番号 不服2012-13936  
総通号数 173 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2014-05-30 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2012-07-20 
確定日 2014-04-03 
事件の表示 特願2006-104312「毛乳頭細胞培養方法」拒絶査定不服審判事件〔平成19年10月25日出願公開、特開2007-274949〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由
第1 手続の経緯
本願は、平成18年4月5日の出願であって、以降の手続の経緯は以下のとおりのものである。

平成23年10月27日付け 拒絶理由通知書
平成24年 1月 4日 意見書・手続補正書
平成24年 5月 2日付け 拒絶査定
平成24年 7月20日 審判請求書


第2 本願発明の認定
本願の請求項1?4に係る発明は、平成24年1月4日付け手続補正書の特許請求の範囲の請求項1?4に記載されたとおりのものと認められるところ、その請求項1に記載された発明(以下、「本願発明」という。)は、次のとおりである。

【請求項1】
毛乳頭細胞の培養方法であって、
毛乳頭細胞を塩基性繊維芽細胞増殖因子(bFGF)の存在下で培養し、継代する、及び
毛乳頭細胞をスフェア化させる、
ことを特徴とする、毛乳頭細胞培養方法。


第3 引用刊行物とその記載事項
原査定の拒絶の理由に引用された本願の出願前に頒布された刊行物1(原査定の引用文献1)、刊行物2(原査定の引用文献2)、刊行物3(原査定の引用文献3)、刊行物4(原査定の引用文献4)、刊行物5(原査定の引用文献5)、刊行物6(原査定の引用文献6)には、以下の事項が記載されている。
また、刊行物2および3の訳文は当審によるものであり、下線は当審が付した。

刊行物1:国際公開第2005/053763号
刊行物2:Wound Repair and Regeneration, 1998, Vol.6, pp.524-530
刊行物3:Journal of Cellular Physiology, 1992, Vol.151, pp.41-49
刊行物4:特開2003-70466号公報
刊行物5:特開平10-118103号公報
刊行物6:特開平9-140377号公報

1 刊行物1の記載事項
(刊1a)「この出願の発明者らは、ラット頬髭より分離培養された毛乳頭細胞は、繊維芽細胞増殖因子2(FGF2)やラット足裏表皮細胞初代培養上清を培地に添加することで長期継代培養することができること、そしてこの継代培養した毛乳頭細胞初代培養が数十代の継代数を通じて毛包誘導能を保持していることを足裏の表皮と真皮間に継代毛乳頭細胞を移植することで明らかにし、既に特許出願している」(4頁6?10行)

(刊1b)「実施例3
1 方法
1-1 ラット頬髭毛乳頭および真皮毛根鞘の単離培養
6週齢の雄Fischerラットは、ジエチルエーテル麻酔により犠牲死させ、頬を切除した。切除頬はイソジン(明治製菓)と70%エタノールで滅菌した後に、生理食塩水で洗浄した。摘出した毛包から、細密なピンセットを用いて注意深く毛乳頭を単離し、35mm培養ディッシュ(ベクトンディッキンソン社製)に播種した。FGF2添加10%牛胎児血清含有ダルベッコ改変イーグル培地(DMEM10)で2-3週間初代培養を行い、5日に1度の培地交換を行った。初代培養後、7-10日ごとに継代培養を行った。移植には、継代数6、39代の細胞を移植に用いた。」(19頁23行?20頁4行)

(刊1c)「2 結果と考察
ラット頬髭毛乳頭細胞の発毛能に関して、グラフト・チャンバーを用いた解析を行った。継代数6(図8)または継代数39(図9)の培養頬髭毛乳頭細胞を、ラット新生仔表皮細胞、およびラット足裏真皮由来繊維芽細胞と混合し移植した。細胞移植1週間後、移植細胞由来の皮膚が形成されていた。細胞移植3週間後、6継代の培養頬髭毛乳頭細胞を移植した部位で発毛が確認されたが(図8-a)、39継代の細胞では発毛が観察されなかった(図9-a)。しかし、両組織のHE染色像の観察から、毛包が確認され(図8-b、図9-b)、39継代の細胞に発毛能はないが毛包誘導能はあることが確認された。」(22頁8?16行)

2.刊行物2の記載事項
(刊2a)「ROLE OF DERMAL PAPILLAE IN HAIR FORMATION
・・・
Fibroblast growth factors (FGFs) also stimulated the growth of dermal papilla cells. Papilla cells cultured in medium containing FGF-1 or FGF-2, as well as those cultured with keratinocyte conditioned medium, did not lose the hair-forming activity after longterm cultivation (Inamatsu et al., unpublished results). As the dermal papilla cells do not actively proliferate in vivo, the roles of the keratinocyte-derived factor(s) and FGFs in vivo are mainly maintaining the hair-forming capability rather than stimulating growth of dermal papilla cells.」(526頁左欄下から7行?527頁左欄42行)
(訳文)「毛髪形成における毛乳頭の役割
・・・
繊維芽細胞増殖因子(FGFs)も毛乳頭細胞の増殖を刺激した。角化細胞調整培地で培養したものと同様に、FGF-1あるいはFGF-2を含む培地で培養された乳頭細胞は、長期間培養した後でも毛髪形成活性を失わなかった(イナマツ他、未公表の結果)。毛乳頭細胞が生体内で活発に増殖しないので、角化細胞由来の因子及びFGFsの生体内での役割は、毛乳頭細胞の増殖刺激よりは主に毛髪形成能力を維持することにある。」

3.刊行物3の記載事項
(刊3a)「To understand better the molecular nature of the epithelial-mesenchymal interactions that govern folliculogenesis and hair growth, we have studied the behavior of cultured rat dermal papilla cells (rDP), the mesenchymal component of the hair follicle. Basic fibroblast growth factor (bFGF) and platelet-derived growth factor (PDGF) both potentiated the growth of rDP in culture, and transforming growth factor-β(TGF-β) inhibited rDP proliferation.」(41頁要約1?6行)
(訳文)「濾胞形成と育毛を管理する上皮-間葉系相互作用の分子特性をより良く理解するために、我々は培養されたラット毛乳頭細胞(rDP)の行動、毛包の間葉系成分を調査した。塩基性繊維芽細胞増殖因子(bFGF)と血小板由来増殖因子(PDGF)が共に培地におけるrDPの増殖を増強し、形質転換成長因子-β(TGF-β)はrDPの増殖を抑制した。」

4.刊行物4の記載事項
(刊4a)「【0008】そこで、本発明が解決すべき課題は、可能な限り、実際の毛包や毛球部の状態を反映し得る、育毛剤の新たな評価手段を提供し得る細胞培養素材を提供し、かかる培養素材を用いた育毛剤の評価手段を提供することにある。
【0009】
【課題を解決するための手段】本発明者は、発毛機序を念頭に置きつつ、育毛剤の新たな評価手段や、新たな毛髪関連薬剤のスクリーニング手段を提供し得る新たな細胞培養素材について鋭意検討を重ねた。その結果、毛包間葉系細胞の細胞集塊の周りに、細胞選別によって上皮系細胞が細胞接着した状態の二層構造を持つ細胞集塊を形成させることができれば、ヒトの毛球部様構造が再構築された状態で、育毛や発毛効果を検討可能な細胞培養素材を提供可能であることを見出し、本発明を完成した。
【0010】すなわち、本発明は、毛包間葉系細胞の細胞集塊の外側に、上皮系細胞が細胞接着している、人工毛球部(以下、本人工毛球部ともいう)を提供すると共に、本人工毛球部を用いて、養毛作用等を有する、毛髪に作用する薬剤を評価する方法をも提供する発明である。」

(刊4b)「【0013】上皮系細胞としては、典型的には、外毛根鞘細胞(以下、ORScということもある)を挙げることができるが、毛芽細胞、マトリックス細胞、ジャーミネイティブ細胞、表皮角化細胞等であってもよい。また、毛包間葉系細胞としては、典型的には毛乳頭細胞(以下、DPcということもある)であるが、結合織毛根鞘細胞等であっても良い。」

(刊4c)「【0030】まず、本製造方法において用いられる培養器は、特に限定されないが、静置あるいは旋回培養された細胞が、自ら細胞集塊を作りやすい形態および材質のものを選択することが好ましい。一般的には、自然重力によって、細胞が一か所に集中しやすい形状の底面、具体的には、例えば、丸底型又はすり鉢型等の形状の底面を有するウエルを培養部として有する培養器が好適である。また、かかる培養部のウエル面に細胞接着防止用のコーティング処理が施されていることが、特に、好適である。培養部の材質は、通常の細胞培養を行う培養部に用いられる材質、例えば、プラスチックやガラス等を用いることが可能であり、特に、限定されるものではない。現在、細胞集塊の調製に適した培養プレート〔例えば、スミロンセルタイト スフェロイド96Uプレート(Sumitomo Bakelit co., 製)等が、本製造方法を行うのに好適な培養器として挙げられる〕が、市販品として入手可能であるが、本目的に合致するものであれば、これに限定されるわけではない。」

(刊4d)「【0059】本人工毛球部の製造(1)2ステップ法
上記により得られた初代毛乳頭培養細胞を、Type I collagen コートした75cm^(2)培養フラスコ中、10%FBS添加DMEM(GibcoBRL:11965-092)培地で3回継代培養(37℃、5%CO_(2))し、セルバンカーII(ダイアヤトロン社:ZCB-201(100))を用いて、液体窒素中で凍結保存を行った。
【0060】また、上記により得られた初代外毛根鞘細胞を、Type I collagen コートした75cm^(2)培養フラスコ中、Keratinocyte-SFM (GibcoBRL:11965-011) 培地で3回継代培養(37℃、5%CO_(2))し、セルバンカーII(ダイアヤトロン社:ZCB-201(100))を用いて、液体窒素中で凍結保存を行った。
【0061】次に、凍結保存したDPcを解凍し、氷冷したKeratinocyte-SFM培地で洗浄後、同培地の中に再分散させ、血球計算板を用いて細胞密度を計測した。次いで、細胞の細胞密度を、5×10^(4)Cells/ml に調整し、得られたDPc懸濁 Keratinocyte SFM(+)培地を40μl(2 X 10^(3)cells/well)を、スミロンセルタイト スフェロイド96Uプレート(Sumitomo Bakelit co., 製)の各ウエルに播種し、1日間培養した(37℃、5%CO_(2))。DPc の細胞集塊が形成されていることを確認し、凍結保存したORScを解凍後、上記のDPcと同様に、細胞密度を5×10^(4)Cells/ml に調整したORSc懸濁KeratinocyteSFM(+)培地を40μl(2 X 10^(3)cells/well)を、各ウエルに播種して、さらに1日間培養(37℃、5%CO_(2))を行い、DPcの細胞集塊の周囲にORScが細胞接着した状態に細胞選別された本人工毛球部を、2ステップ法で製造した。」

(刊4e)「【0090】
【発明の効果】本発明により、可能な限り、実際の毛包や毛球部の状態を反映し得る、育毛剤の新たな評価手段を提供し得る細胞培養素材と、この培養素材を用いた育毛剤の評価手段が提供される。」

5.刊行物5の記載事項
(刊5a)「【請求項7】 人工皮膚の真皮層を構成する支持体の中またはその上に、皮膚付属器官を構成する細胞の凝集塊を置き、必要により培養し、さらにその表面に表皮角化細胞を播種し、次いで培養することを特徴とする皮膚付属器官様構造体を含む人工皮膚の製造方法。
・・・
【請求項10】 皮膚付属器官を構成する細胞の凝集塊が、多細胞性球状凝集塊(スフェロド)である請求項7項記載の人工皮膚の製造方法。
【請求項11】 皮膚付属器官を構成する細胞が毛乳頭細胞、乳腺細胞または汗腺細胞である請求項10記載の人工皮膚の製造方法。
【請求項12】 皮膚付属器官様構造体が毛包様構造体である請項7記載の人工皮膚の製造方法。」

(刊5b)「【0006】
【発明が解決しようとする課題】本発明は、このような従来の問題点を解消すべく皮膚付属器官様構造体を含む人工皮膚を提供することを課題とする。
【0007】
【課題を解決するための手段】本発明者は、上記課題を解決するため鋭意検討を行った結果、表皮角化細胞からなる表皮層を構成要素として有する人工皮膚に、細胞凝集塊を組み込むことにより皮膚付属器官様構造体を形成させた新規な人工皮膚を見出し、本発明を完成するに至った。」

(刊5c)「【0018】
【実施例】次に、本発明を具体的に実施例にて説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
参考例1 毛乳頭細胞スフェロイドの作製
実体顕微鏡下でラット頬髭毛包より毛乳頭を分離し、コラーゲンでコート処理した35mmプラスチックシャーレ(コースター社製)を用い、10%牛血清含有ダルベッコ変法イーグル培地(DMEM)にて毛乳頭細胞の分離培養を行った。細胞がコンフレントに達したところで継代し、7?8継代目のものについて、同培地にて細胞を回収し、毛乳頭細胞懸濁液を得た。毛乳頭細胞懸濁液をスフェロイド培養用96穴プレート(住友ベークライト社製)に細胞が0.5?2x10^(4)個/穴になるよう播種し、37℃、5%CO_(2)下で3?5日間培養し、毛乳頭細胞スフェロイドを作製した。」

(刊5d)「【0020】実施例1 毛包様構造体を含む人工皮膚の作製
トランスウェルから培地を抜き取った後、作製した毛乳頭細胞スフェロイドを約10個ずつ、該コラーゲンゲル上に播種した。これを37℃、5%CO_(2)下で約1時間静置させることにより、スフェロイドをコラーゲンゲルに接着させた。次いで表皮角化細胞の播種、培養はベルらの方法(Parenteau,N.L.,etal.,J.Cellular Biochem.,45,245-,1991)に従い、行った。すなわち、オルガノジェネシス社から購入したヒト表皮角化細胞をCa無添加DMEM:ハムF12培地=3:1を基礎とする培地、エピダーマリゼイション用培地(東洋紡社製)に懸濁して細胞懸濁液を得た。上記スフェロイドを接着させたコラーゲンゲル上に該細胞懸濁液を、細胞が0.5?1×10^(5)個/cm^(2)になるように添加した。次いで、同培地をトランスウェルに静かに添加し、37℃、10%CO_(2)下で3?5日間培養し、表皮角化細胞を充分、伸展させた。次に、Ca無添加DMEM:ハムF12培地=1:1を基礎とする培地、メインテナンス用培地(東洋紡社製)を、真皮層が培養液下で、かつ、表皮角化細胞が空気中に出るよう添加し、37℃、10%CO_(2)下で10?15日間培養した。その結果、毛包様構造体を含む人工皮膚が得られた。」

(刊5e)「【0022】
【発明の効果】本発明の人工皮膚は、生体組織と形態的におよび/あるいは生化学的に類似した皮膚付属器官様構造体を含む。したがって、これを動物実験代替のモデル系として利用することにより、より生体に近い様態で、薬効試験、安全性試験を行うことができる。さらに、移植用の生体材料としても好適に用いることができる。」

6.刊行物6の記載事項
(刊6a)「【請求項1】(A)ヒト毛乳頭細胞を培養してスフエロイドを作製する工程、
(B)前記スフエロイドをラツト由来のフツトパツドの表皮と真皮との間に挿入する工程、
(C)工程(B)で調製したフツトパツド片をヌードマウスの腎臓とその被膜との間に移植する工程、ならびに
(D)工程(C)による移植動物を飼育して、前記移植フツトパツド片内で毛包を形成させる工程、を含んでなるヒト毛乳頭培養細胞からの毛包の誘導方法。」

(刊6b)「【0006】
【発明が解決しようとする課題】しかしながら、ヒトの頭髪の発毛成長を検討するには、現実のヒト頭髪のヘアサイクルにより近似した試験系を入手することが必要であろう。従つて、本発明の目的は、前記試験系として使用できる手段を提供することにある。
【0007】
【課題を解決するための手段】本発明者らは、ヒト毛乳頭培養細胞は、それらをヌードマウスに移植した場合に、その培養状態により毛包の誘導能に差異を確認できることを見い出した。換言すれば、このような差異を利用すれば、ヒト頭髪の発毛に重要な役割を担つている毛乳頭細胞に対する各種環境の影響を調べることが可能になり、延いてはヒト頭髪の発毛や育毛に影響を及ぼす要因を検討できる可能性がある。」

(刊6c)「【0010】また、別の態様の本発明としては、ヒト毛乳頭細胞から毛包を誘導するためのヒト毛乳頭培養細胞であつて、ヒトの頭皮に由来する単離毛乳頭を栄養培地で培養して得ることのできる細胞またはスフエロイド(丸い細胞塊)を形成した細胞が提供される。かかる培養細胞は、各種環境、例えば特定の薬物等にさらした後、上記毛包の誘導方法に供することにより、それらの環境が毛包の誘導を促進または阻害するかを検出するのに使用できるであろう。」

(刊6d)「【0027】(スフエロイド作製)毛包誘導能を調べたい毛乳頭細胞を培養皿(Falcon 3003)に捲き、飽和状態になるまで細胞を増殖させた。培地を5mlほど浸した状態にして、cell scraper(住友ベークライト)を用いて細胞を剥離させた。これを5?10回メスピペツトで懸濁させたのち、この懸濁液を2mlほどずつアガロースコートデイツシユに入れ、2日間放置した。このとき、剥離させた細胞集合体は、丸い細胞塊を形成した。本発明では、これをスフエロイドと称している。
・・・
【0029】(スフエロイドのフツトパツドへの挿入)エーテル処理したラツト(wister タイプ)から、イソジンで殺菌したフツトパツドを解剖ばさみで切り出した。これを消毒用エタノールで2回洗い、PBSで3回洗つた後、DMEMに浸した培養皿に取り、実体顕微鏡下で筋組織、余分な結合組織を除いた。その後、2mm×3mmほどの大きさに切り分けた。小さく切つたフツトパツド片を、DMEMに溶かした500U/mlのデイスパーゼ(三光純薬)溶液に37℃で3分間処理した後に、先の尖つたピンセツトで表皮層と真皮層との間に穴をあけ、スフエロイドを挿入した。」

(刊6e)「【0036】
【発明の効果】本発明によれば、ヒトの頭髪の発毛または育毛試験に利用可能な、ヒト毛乳頭培養細胞からの毛包の誘導方法、かかる毛包の誘導に用いるための前記培養細胞およびヒト毛乳頭に由来する毛包を誘導することのできるヌードマウスが提供できる。」


第4 当審の判断
1.刊行物1に記載された発明
刊行物1には、「ラット頬髭より分離培養された毛乳頭細胞は、繊維芽細胞増殖因子2(FGF2)やラット足裏表皮細胞初代培養上清を培地に添加することで長期継代培養することができること、そしてこの継代培養した毛乳頭細胞初代培養が数十代の継代数を通じて毛包誘導能を保持していることを足裏の表皮と真皮間に継代毛乳頭細胞を移植することで明らかにし、既に特許出願している」(刊1a)と記載されており、
具体的に、「毛乳頭を単離し、35mm培養ディッシュ(ベクトンディッキンソン社製)に播種した。FGF2添加10%牛胎児血清含有ダルベッコ改変イーグル培地(DMEM10)で2-3週間初代培養を行い、5日に1度の培地交換を行った。初代培養後、7-10日ごとに継代培養行った。移植には、継代数6、39代の細胞を移植に用いた」(刊1b)結果として、
「細胞移植1週間後、移植細胞由来の皮膚が形成されていた。細胞移植3週間後、6継代の培養頬髭毛乳頭細胞を移植した部位で発毛が確認されたが(図8-a)、39継代の細胞では発毛が観察されなかった(図9-a)。しかし、両組織のHE染色像の観察から、毛包が確認され(図8-b、図9-b)、39継代の細胞に発毛能はないが毛包誘導能はあることが確認された」(刊1c)ことが記載されている。

してみると、刊行物1には、「毛乳頭を単離し、培養ディッシュに播種し、FGF2を含む培地で初代培養を行い、初代培養後、7-10日ごとに継代することを特徴とする、毛乳頭細胞培養方法。」に係る発明(以下、「刊行物1発明」という。)が記載されている。

2.本願発明と刊行物1発明の対比
繊維芽細胞増殖因子2(FGF2)が本願発明の「塩基性繊維芽細胞増殖因子(bFGF)」であることは当業者に明かである(必要であれば、例えば、「免疫学辞典(第2版)」(2001年12月3日、株式会社東京化学同人発行)375頁右欄「繊維芽細胞増殖因子」の項目を参照)。

したがって、本願発明と刊行物1発明を対比すると、
「毛乳頭細胞の培養方法であって、毛乳頭細胞を塩基性繊維芽細胞増殖因子(bFGF)の存在下で培養し、継代することを特徴とする、毛乳頭細胞培養方法」という点で一致し、以下の相違点を有する。

(相違点)
本願発明では「毛乳頭細胞をスフェア化させる」のに対して、刊行物1発明ではそのような記載がない点。

3.相違点に対する判断
(1)本願明細書の記載に基づく本願発明の解釈
本願明細書には、本願発明の毛乳頭細胞培養方法について、
「【0016】
本発明の培養方法は、上記培養をbFGFの存在下で行なうことを特徴とする。bFGFはヒト由来でも、その他の哺乳動物、例えばウシ、マウス、ラット由来であってもよく、組換体であってもよい。培養液に存在させるべきbFGFの濃度は特に限定されるものではないが、例えば0.01ng/ml?10μg/ml、好ましくは0.1ng/ml?100ng/ml、より好ましくは10ng/ml程度とする。
【0017】
これらの培地での単離毛乳頭細胞の培養は、通常、培養皿を用い、5%CO_(2)雰囲気下、37℃のインキユベーター内に静置して行い、アウトグロースが確認されたら、(初代培養)培地を交換してさらに培養を続けることに(継代培養)より実施する。こうして得られる培養細胞はさらに必要な継代数にわたって、継代培養を行う。継代は乳頭細胞の所望する量が達成されるまで行なうことができ、たとえば10回以上の継代、所望量が多い場合は好ましくは15回以上、さらに好ましくは20回以上まで継代を行なうことができる。
【0018】
スフェア形成は、飽和状態になるまで細胞を増殖させ、細胞を剥離した後、培地で懸濁させ、この細胞懸濁物を非接着処理した培養皿中の培地上に捲き、数日放置することにより丸い細胞塊(スフェロイド)の細胞集合体を形成することで行う。好ましくは、スフェア形成はbFGFの非存在下で行うが、bFGF存在下でも十分にスフェア形成は達成される。なお、スフェア形成を行う時期は特に制限されるものではなく、最後の継代を終えた培養細胞に対し行ってよい。」
と記載されており、
段落【0016】【0017】から、本願発明の毛乳頭細胞培養方法において、bFGFを培地に添加することにより20回以上の継代が可能になることが理解できる。
このことは、刊行物1発明においてbFGFの存在下で39代の継代が行われたこと、並びに刊行物2(刊2a)の「FGF-2を含む培地で培養された乳頭細胞は、長期間培養した後でも毛髪形成活性を失わなかった」および刊行物3(刊3a)の「塩基性繊維芽細胞増殖因子(bFGF)と血小板由来増殖因子(PDGF)が共に培地におけるrDPの増殖を増強し」たとの記載とも整合しているから、当業者であれば、段落【0016】【0017】の記載はここで完結したものとして理解できる。

一方、段落【0018】の「スフェア形成」については、「最後の継代を終えた培養細胞に対し行ってよい」との記載から、本願発明において、「毛乳頭細胞を塩基性繊維芽細胞増殖因子(bFGF)の存在下で培養し、継代する」と「毛乳頭細胞をスフェア化させる」とはそれぞれ独立した工程であって、継代する前の毛乳頭細胞がスフェア化されていなくともよいと理解できる。
換言すると、本願発明は、「毛乳頭細胞を塩基性繊維芽細胞増殖因子(bFGF)の存在下で培養し、継代する」工程と「毛乳頭細胞をスフェア化させる」工程が時系列的に前後となる独立した一連の工程である場合を含んでいると解釈できる。
こうした解釈は、下記「6.」で後述するように、段落【0024】に記載された「スフェア化」に係る唯一の実施例とも整合している。

(2)刊行物4?6に記載された発明
刊行物4には、毛包間葉系細胞(典型的には毛乳頭細胞(DPc))(刊4b)を細胞接着防止用のコーティング処理が施されたスミロンセルタイト スフェロイド96Uプレート(Sumitomo Bakelit co., 製)(刊4c)で培養することによって細胞集塊(スフェロイド)を形成し(刊4d)、毛包間葉系細胞の細胞集塊(スフェロイド)の周りに、上皮系細胞が細胞接着した状態の二層構造を持つ細胞集塊を形成させて育毛や発毛効果の検討可能な細胞培養素材を提供したこと(刊4a、刊4e)が記載されている。

また、刊行物5には、「毛乳頭細胞懸濁液をスフェロイド培養用96穴プレート(住友ベークライト社製)に細胞が0.5?2x10^(4)個/穴になるよう播種し、37℃、5%CO_(2)下で3?5日間培養し、毛乳頭細胞スフェロイドを作製し」(刊5c)、表皮角化細胞を添加して培養することにより「毛包様構造体を含む人工皮膚が得られた」(刊5d)(刊5e)ことが記載されている。

さらに、刊行物6には、毛乳頭細胞を飽和状態になるまで細胞を増殖させて細胞を剥離させ、これを5?10回メスピペツトで懸濁させたのち、この懸濁液を2mlほどずつアガロースコートデイツシユに入れ、2日間放置し、スフエロイドと称する丸い細胞塊を形成したこと(刊6d)、このスフエロイドをラットのフットパッド片を表皮層と真皮層との間に挿入しヌードマウスに移植したところ毛包様構造物が得られたこと(刊6e)が記載されている。

してみると、毛乳頭細胞を用いて毛包様構造物を製造するために、毛乳頭細胞の細胞集塊(スフェロイド)を形成することは、刊行物4?6にも記載されているように、本出願前の公知技術であったと認められる。

(3)容易想到性
したがって、刊行物4?6と同じように毛乳頭細胞を用いて毛包を誘導することを目的とした刊行物1発明において、刊行物4?6に記載された毛乳頭細胞の細胞集塊(スフェロイド)を形成する公知技術を適用することは、当業者であれば容易に想到し得たことである。

4.本願発明の効果について
刊行物1?3には、繊維芽細胞増殖因子2(FGF2)/塩基性繊維芽細胞増殖因子(bFGF)を含む培地で毛乳頭細胞を培養すれば、増殖能が失われず継代できることが記載されており、刊行物4?6には、毛乳頭細胞を細胞集塊(スフェロイド)とする、すなわち本願発明の「スフェア化」したのちに、毛包を製造することが記載されている。
したがって、本願発明の効果は、本願明細書の記載を参酌しても、刊行物1?6の記載から予測される範囲内のものであり、格別顕著なものではない。

5.小括
よって、本願発明は、刊行物1?6に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものである。

6.請求人の主張について
請求人は、審判請求書において、
「引例4?6にはスフェア化と毛乳頭細胞の継代数との関係については何ら記載されていないし、またスフェア化が毛乳頭細胞の継代数の増大を可能にすることの示唆さえない。
まず、引例4(特開2003-70466)と引例5(特開平10-118103)には毛乳頭細胞の培養によりスフェア化技術を利用したことしか開示しておらず、毛乳頭細胞が継代を重ねるごとにその誘導能やその他の性質が変化することすら記載されていない。
引例6(特開平9-140377)は毛乳頭細胞の継代を重ねるごとにその誘導能が低下することが記載され、問題提起されている。しかしながら、毛乳頭細胞をスフェア化により継代数の増大が可能になる、あるいは細胞分裂時間が短縮されることを示すデータは何ら示されておらず、また記載もない。」
と主張しているので、念のため、以下に検討する。

まず、「スフェア化と毛乳頭細胞の継代数との関係については何ら記載されていないし、またスフェア化が毛乳頭細胞の継代数の増大を可能にすることの示唆さえない」との指摘に関して、本願発明において、「毛乳頭細胞をスフェア化させる」との発明特定事項と「継代する」との発明特定事項を関連づけた記載はなく、かつ請求人が主張する「スフェア化」した状態で「継代」することは記載されていないので、特許請求の範囲には請求人の主張の根拠となる記載がない。

ここで、上記「3.(1)」で述べたように、本願明細書には、bFGFを添加した培地で「20回以上まで継代を行なうことができる」(段落【0017】)と記載されている一方で、「スフェア形成を行う時期は特に制限されるものではなく、最後の継代を終えた培養細胞に対し行ってよい」(段落【0018】)と記載されており、本願発明の「毛乳頭細胞をスフェア化させる」との発明特定事項は、「継代する」との発明特定事項とは独立した工程と解釈される。
そして、上記「3.(1)」で述べたように、本願明細書(段落【0016】【0017】)においては、bFGFを培地に添加することで20回以上の継代が既に達成できており、請求人が主張するように「スフェア化」が長期の「継代」に必須であるように、本願明細書の記載を読み取ることは困難である。
また、本願明細書中の実施例においても、「培養期間中、増殖した毛乳頭細胞は0.25%trypsin-EDTA処理を行い、細胞を回収した後、2×10^(5)cells/100mm培養皿の条件で継代し更に培養を継続した。培地交換は4日に1回行い、bFGF添加は培地交換・継代の時に行った。培養皿に細胞がコンフルエント状態になる前に細胞を回収して、培養皿あたりの総細胞数を計測した。最終的に培養後回収した細胞を1×10^(5)個/ml濃度に分散し、スフェア形成のために本細胞分散液0.1mlを低細胞接着性の丸底96穴プレート(Nunc社)に播種・静置培養した。なお、スフェア形成の培養はbFGFを含まない10%FBS-DMEMで37℃、5%CO_(2)で行い、培養後、2?4日後にスフェアを回収し、ヌードマウスへの移植実験に用いた。」(段落【0024】)と記載されるのみであって、平板培養による最後の継代を終えた培養細胞に対しスフェア形成を行っており、「スフェア化」した状態で「継代」するものではない。そして、「スフェア化」した状態でどのようにして「継代」するかも本願明細書中には一切記載されていない。
したがって、新たに「スフェア化」した状態で「継代」することを特許請求の範囲に追加することもできない。

「スフェア化」の技術的意義に関しては、むしろ、段落【0027】の【表1】によれば、平板培養による最後の継代を終えた培養細胞に対して、スフェア形成を行った場合(「移植細胞」が「スフェア」と表示)とスフェア形成を行わなかった場合(「移植細胞」が「平板」と表示)との比較において、スフェア形成を行った場合に「毛包誘導」が認められたとの効果が記載されるだけであって、請求人が主張するような、「スフェア化」することにより長期「継代」が可能となることを示唆する実験結果は本願明細書中に存在しない。
なお、スフェア形成を行った場合に「毛包誘導」が認められることは、上記「3.(2)」に述べたように、刊行物4?6に記載された事項と技術的に相違はない。

以上、請求人の主張は、本願の特許請求の範囲および明細書に根拠となる記載がないので、考慮することができない。


第5 むすび
以上のとおりであるから、本願発明は、刊行物1?6に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるので、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
したがって、他の請求項について検討するまでもなく、本願は拒絶すべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2014-01-30 
結審通知日 2014-02-04 
審決日 2014-02-17 
出願番号 特願2006-104312(P2006-104312)
審決分類 P 1 8・ 121- Z (C12N)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 伊達 利奈  
特許庁審判長 田村 明照
特許庁審判官 郡山 順
齊藤 真由美
発明の名称 毛乳頭細胞培養方法  
代理人 青木 篤  
代理人 古賀 哲次  
代理人 石田 敬  
代理人 渡辺 陽一  
代理人 古賀 哲次  
代理人 武居 良太郎  
代理人 渡辺 陽一  
代理人 石田 敬  
代理人 福本 積  
代理人 中島 勝  
代理人 福本 積  
代理人 青木 篤  
代理人 中島 勝  
代理人 武居 良太郎  

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