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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 A61B
審判 査定不服 5項独立特許用件 特許、登録しない。 A61B
管理番号 1290159
審判番号 不服2013-6684  
総通号数 177 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2014-09-26 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2013-04-11 
確定日 2014-07-22 
事件の表示 特願2007-198711「MRI装置」拒絶査定不服審判事件〔平成21年 2月19日出願公開,特開2009- 34152〕について,次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は,成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
本願は,平成19年7月31日を出願日とする出願であって,平成24年5月30日付けで拒絶理由が通知され,同年7月31付けで意見書及び手続補正書が提出され,平成25年1月7日付で拒絶査定されたのに対し,同年4月11日に拒絶査定不服の審判請求がされるとともに,同日付で手続補正(以下「本件補正」という。)がなされたものである。

第2 本件補正についての補正却下の決定

[補正却下の決定の結論]
本件補正を却下する。

[理由]
1 補正後の請求項1に係る発明
本件補正により,特許請求の範囲の請求項1は,
「【請求項1】
医療用シリコーンが撮影対象部位に挿入された被検体の水組織における水素原子核スピンの共鳴周波数を検出し、この共鳴周波数に基づいて設定された中心周波数を有するRFパルスを用いて前記被検体の撮影対象部位に対するMRI撮影を行なうMRI装置において、
脂肪組織から発生するMR信号を抑制する第1の抑制パルスと前記医療用シリコーンから発生するMR信号を抑制する第2の抑制パルスを前記撮影対象部位に対して時系列的あるいは同時に照射するプリパルスを含む共鳴周波数計測用パルスシーケンスに基づいて前記撮影対象部位からのMR信号を収集する送受信手段と、
得られたMR信号の周波数スペクトラムにおいてその大きさが最大となるピーク周波数を計測することによって前記水組織における水素原子核スピンの共鳴周波数を検出する共鳴周波数検出手段と、
前記共鳴周波数に基づいて前記撮影対象部位に対するMRI撮影に使用するRFパルスの中心周波数を設定する中心周波数設定手段とを
備えたことを特徴とするMRI装置。」(下線は補正箇所を示す)と補正された。

2 補正事項について
補正前の請求項1における「医療用材料」,「被検体の所望組織」及び「前記所望組織と異なる組織」を,それぞれ「医療用シリコーン」,「被検体の水組織」及び「脂肪組織」に限定する補正は,特許法17条の2第5項2号の特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。
補正前の請求項1における「・・・第1の抑制パルスと・・・第2の抑制パルスをプリパルスとした共鳴周波数計測用パルスシーケンス」を「・・・第1の抑制パルスと・・・第2の抑制パルスを前記撮影対象部位に対して時系列的あるいは同時に照射するプリパルスを含む共鳴周波数計測用パルスシーケンス」とする補正は,共鳴周波数計測用パルスシーケンスにおけるプリパルスである第1の抑制パルスと第2の抑制パルスについて,「前記撮影対象部位に対して時系列的あるいは同時に照射する」ものであることに限定するものであるから,特許法17条の2第5項2号の特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。
そこで,本件補正後の前記請求項1に記載された発明(以下「本願補正発明」という。)が特許出願の際独立して特許を受けることができるものであるか(特許法17条の2第6項で準用する同法126条7項の規定に適合するか)について以下に検討する。

3 引用刊行物及びその記載事項
(1)本願の出願前に頒布され,原査定の拒絶の理由に引用された刊行物である特開2000-5142号公報(以下「引用例1」という。)には,次の事項が記載されている。なお,以下の摘記において,引用発明の認定に関連する箇所に下線を付与した。
(1-ア)「【0007】
【発明が解決しようとする課題】上記従来技術は脂肪組織の水素原子核の信号を抑制して診断部位を高い濃度分解能で描出することができMRIの診断能力を飛躍的に高めた。一方、女性の胸部の検査において人工の化合物(シリコーン)を挿入した被検者において、シリコーン挿入物に含まれる水素原子核が脂肪組織に含まれる水素原子核と同様に、高い信号強度を呈するという新たな問題が発生している。しかし、シリコーン挿入物に含まれる水素原子核の緩和時間及び共鳴周波数は、脂肪組織に含まれる水素原子核の緩和時間及び共鳴周波数とは異なるため、従来の手法では対処することができず、診断部位を高い濃度分解能で描出することができない。
【0008】本発明の目的は、複数種類の、診断に邪魔となる信号がある場合に、これらの信号を予め抑制して、高い濃度分解能で診断画像を描出するMRI方法と装置を提供することにある。本発明は特にマンモグラフィー(乳房検査)において脂肪組織とシリコーンからの信号を予め抑制して、高い濃度分解能で診断画像を描出するMRI方法と装置を提供することを目的とする。」

(1-イ)「【0020】周波数発生器21により発生した基準周波数ω0の信号は、局所発生器22からの信号が入力されない場合には、そのままゲート回路23を介して周波数変調器24に入力される。ここで例えばsinc関数の所定の波形をもつ信号により変調され、電力アンプ25により増幅され、高周波コイル4に印加される。これにより中心周波数ω0、帯域幅(±ω)の高周波磁場が被検者1に印加される。」

(1-ウ)「【0025】次にこのようなMRI装置を用いた本発明によるMRI方法を被検者1のマンモグラフィーの検査に適用した実施例について説明する。
【0026】まず患者テーブル上に被検者1を配置し、移動天板を移動して、被検者1の乳房部分が磁石2の中心となるように搬入する。この場合、被検者1はうつ伏せ状態で、乳房専用の高周波コイルを装着していてもよい。ここで通常のスピンエコー法によるパルスシーケンスを実行して被検者1の体軸に直交する横断面を撮影する。これにより得られる画像41は、図4(a)に示されるように脂肪組織42とシリコーン挿入物43が高輝度となっている。この画像41はモニター13上に表示される。
【0027】次に脂肪より得られるNMR信号の共鳴周波数ω1とシリコーン化合物(挿入物)より得られるNMR信号の共鳴周波数ω2を求める。そのため、上記と同じ横断面を選択する傾斜磁場(z軸)を印加した状態で、90°-τ-180°の高周波パルス列を印加し、断面部位の全ての水素核スピンを励起する。180°の高周波パルスよりτ時間後にスピンエコーとしてNMR信号が現れる。このNMR信号を傾斜磁場(x軸とy軸)を印加しないで検出し、これを計算機12でフーリエ変換すると上記横断面のNMRスペクトルが得られる。
【0028】このスペクトル44は図4(b)に示すように、組織水のプロトンからの信号を示す比較的ブロードなピーク45と、脂肪からの信号及びシリコーン化合物からの信号を示すピーク46、47を有している。ピーク46、47について、それぞれピーク45からの偏差(kHz)を求めることにより、各共鳴周波数ω1、ω2を求めることができる。図示するMRI装置では、NMRスペクトル44は、モニター13に表示され、一つのピークにカーソル48を合わせることにより、そのピークの共鳴周波数が計算されるように計算プログラムが計算機12に組み込まれている。ここでは、脂肪より得られるNMR信号の共鳴周波数ω1(偏差220)と検査部位の挿入物であるシリコーン化合物より得られるNMR信号の共鳴周波数ω2(偏差320)を読み取る。
【0029】次に、このように求められた周波数ω1とω2を用いて、脂肪及びシリコーンからの信号を抑制するプリパレーションパルスを組み込んだイメージングシーケンスを起動する。このためオペレータはω1とω2の周波数をコンソール14より入力してシーケンスを設定する。
【0030】図5にこのシーケンスの一例を示す。図5において、期間Aでは周波数ω1の高周波パルス51を発生する。高周波パルス51は比較的ブロードに分布する脂肪組織を均一に励起するため印加時間が5ミリ秒のガウシャン波形に変調されている。これにより、検査部位の脂肪組織の水素原子核スピンのみが選択的に励起され、その縦磁化が消滅する。次の期間Bでは周波数ω2の高周波パルス52を発生する。高周波パルス52はシリコーン化合物の比較的シャープなピークを飽和励起するため印加時間が10ミリ秒のガウシャン波形に変調されている。これにより、検査部位に埋め込まれたシリコーン化合物の水素原子核スピンのみが選択的に励起され、その縦磁化が消滅する。
【0031】3ミリ秒の待ち時間(期間C)を経て、通常の撮影シーケンスを実行する。撮像シーケンスとしては、スピンエコー法、グラディエントエコー法、EPI法等公知のシーケンスを実施することができるが、図示する例ではスピンエコー法のシーケンスが続く。すなわち、期間Dでは第一の傾斜磁場53を印加した状態で90°の高周波パルス54を印加する。このステップで検査部位の特定のスライス面の核スピンが90°倒れる。次の期間Eでは第二の傾斜磁場55をパルス状に印加する。これにより、期間Dで励起された核スピンの歳差運動は第二の傾斜磁場の軸に沿ってその位相を変化させることになる。次の期間Fでは第一の傾斜磁場56を印加した状態で180°の高周波パルス57を印加する。これにより核スピン歳差運動は反転して再びスピンエコー信号となる。
【0032】この撮像シーケンスで印加される高周波パルス54、57は、周波数成分ω1及び周波数成分ω2を含む周波数帯域の高周波磁場であるが、脂肪組織及びシリコーンの水素核スピンは高周波パルス51、52によって縦磁化が消滅した状態となっているので、得られるスピンエコー信号ではこれら水素核スピンからの信号は大幅に抑制され、組織水からの信号が支配的となる。」

(1-エ)【図4】(b)には,上記【0028】で説明されているNMRスペクトルが記載されている。


(1-オ)「【0035】尚、この実施例では、脂肪抑制のための高周波パルス51を最初に印加し、次にシリコーン抑制のための高周波パルス52を印加しているが、これらの印加順序はこれに限定されない。但し、緩和時間の短い方のスピンを先に抑制することが好ましい。
・・・
【0037】次に本発明のMRI方法の他の実施例のパルスシーケンスを図6を参照して説明する。この実施例でもプリパレーションパルスを組み込むこと及びプリパレーションパルスの後に通常のイメージングシーケンスを実行することは同様であるが、ここでは脂肪からの信号とシリコーン化合物からの信号の両方を同時に励起するプリパレーションパルス61を用いる。」

これらの記載事項を総合するとともに,引用例1には,以下の発明が記載されていると認められる。
「脂肪組織とシリコーン挿入物を含む被検者の乳房部分を撮影するMRI装置において,
スピンエコー法によるパルスシーケンスを実行し,撮影する横断面についてスピンエコーとして現れたNMR信号を検出し,
このNMR信号をフーリエ変換することにより,組織水のプロトンからの信号を示す比較的ブロードなピークと,脂肪からの信号及びシリコーン化合物からの信号を示すピークを有しているNMRスペクトルを得て,それぞれのピークから脂肪における水素原子核スピンの共鳴周波数ω1とシリコーン化合物における水素原子核スピンの共鳴周波数ω2を求め,
周波数ω1の高周波パルスを発生させ,検査部位の脂肪組織の水素原子核スピンのみが選択的に励起され,その縦磁化が消滅し,周波数ω2の高周波パルスを発生させ,検査部位に埋め込まれたシリコーン化合物の水素原子核スピンのみが選択的に励起され,その縦磁化が消滅し,
撮像シーケンスで印加される高周波パルスは,周波数成分ω1及び周波数成分ω2を含む周波数帯域の高周波磁場であり,その高周波磁場は,中心周波数と帯域幅をもつものとして被検者に印加される,MRI装置。」(以下「引用発明」という。)


(2)本願の出願前に頒布され,原査定の拒絶の理由に引用された刊行物である特開平11-216126(以下「引用例2」という。)には,次の事項が記載されている。
(2-ア)「【0003】
【発明が解決しようとする課題】しかしながら、従来では必ずしも確実に水の共鳴周波数を求めることができないという問題がある。すなわち、人体の腹部や膝などでは、脂肪組織の方がスペクトルのピークが高い場合があり、そのような場合には、水ではなくて脂肪の共鳴周波数を検出してしまう。・・・たとえば、人体の腹部を検査対象としてスピンエコー法によるパルスシーケンスを行い、そこからNMR信号を発生させると図6の(a)の曲線71で示すような波形となる。これを1次元フーリエ変換して周波数スペクトルを求めると図6の(b)のようになり、腹部では脂肪の成分が多いため水のピーク72よりも脂肪のピーク73の方が高くなってしまい、単に最大ピークの周波数を求めると、水ではなくて脂肪の共鳴周波数を求めてしまうことになる。」

(2-イ)「【0014】こうして、図3のように、反転180°パルス51、90°パルス52、180°パルス53を順次印加し、スピンエコー信号54を発生させる飽和回復法のパルスシーケンスを行う。これにより、図4の(a)の曲線61で示されるような信号を得ることができる。そして、この信号を受信してA/D変換した後、1次元フーリエ変換し、その周波数スペクトルにおいて最大ピークの位置から水の共鳴周波数を求め(ステップ44)、その後終了する(ステップ45)。なお、ここではスライス選択用の傾斜磁場は省略しているが、特定のスライス面での信号を観測する場合は、スライス選択用の傾斜磁場を適宜印加するようにする。
【0015】このとき、反転180°パルス51を印加してから90°パルス52を印加するまでの時間、つまり反転時間TIは、脂肪の回復時間に合わせる。脂肪の回復時間は、0.5テスラ?1.5テスラ程度の静磁場中で100ms?130msほどであり、反転時間TIをこの程度に設定する。なお、脂肪の回復時間は通常の静磁場強度では約20ms?約200msほどの値をとり得るので、反転時間TIのとり得る値もそれに対応することになる。これに対して水の回復時間は同じ静磁場中で2s?5s程度である。
【0016】そのため、脂肪からの信号は抑圧されることとなり、発生した信号61(図4)を1次元フーリエ変換して得た周波数スペクトルは図4の(b)のようになって、水のピーク62の方が脂肪のピーク63よりも格段に高いものとなる。なお、この信号61は、被検者31の腹部を検査対象としたときのものである。その結果、周波数スペクトルにおいて最大ピークを示す位置(周波数)を求めれば、水の共鳴周波数が検出されたことになる。
【0017】ここでは腹部を検査対象としたときの信号について述べたが、図3の飽和回復法によるパルスシーケンスによればこのように脂肪を抑制できることはどの部位でも同じであり、したがって、単に周波数スペクトルにおける最大ピークを求めれば水の共鳴周波数を求めることができることとなって、従来のように周波数スペクトルを操作者が観察して水のピークを探し出すという手間をかける必要がなくなる。」

(2-ウ)【図4】(b)には,上記【0016】で説明されている周波数スペクトルが記載されている。



4 対比・判断
(1)対比
本願補正発明と引用発明とを対比する。
ア 引用発明の「シリコーン挿入物」,「乳房部分」及び「被検者」は,本願補正発明の「医療用シリコーン」,「撮影対象部位」及び「被検体」に相当するから,引用発明の「脂肪組織とシリコーン挿入物を含む被検者の乳房部分を撮影するMRI装置」は,本願補正発明の「医療用シリコーンが撮影対象部位に挿入された被検体」「の撮影対象部位に対するMRI撮影を行なうMRI装置」に相当する。

イ 引用発明の「パルスシーケンス」は「撮影シーケンス」の前に実行されるものであるから,本願補正発明の「プリパルスを含む」ものに相当し,引用発明において「パルスシーケンスを実行し」た時の「NMR信号」から「共鳴周波数」を求めていることから,引用発明の「パルスシーケンス」は,本願補正発明の「共鳴周波数計測用パルスシーケンス」といえる。そして,引用発明は「撮影する横断面についてスピンエコーとして現れたNMR信号を検出し」ていることから,本願補正発明の「撮影対象部位からのMR信号を収集する送受信手段」に相当する構成を備えているといえる。
してみれば,引用発明の「スピンエコー法によるパルスシーケンスを実行し,撮影する横断面についてスピンエコーとして現れたNMR信号を検出」することと,本願補正発明の「脂肪組織から発生するMR信号を抑制する第1の抑制パルスと前記医療用シリコーンから発生するMR信号を抑制する第2の抑制パルスを前記撮影対象部位に対して時系列的あるいは同時に照射するプリパルスを含む共鳴周波数計測用パルスシーケンスに基づいて前記撮影対象部位からのMR信号を収集する送受信手段」とは,「プリパルスを含む共鳴周波数計測用パルスシーケンスに基づいて前記撮影対象部位からのMR信号を収集する送受信手段」の点で共通する。

ウ 引用発明の「このNMR信号をフーリエ変換することにより」得られた「NMRスペクトル」は,本願補正発明の「得られたMR信号の周波数スペクトラム」に相当するから,引用発明の「このNMR信号をフーリエ変換することにより,組織水のプロトンからの信号を示す比較的ブロードなピークと,脂肪からの信号及びシリコーン化合物からの信号を示すピークを有しているNMRスペクトルを得て,それぞれのピークから脂肪における水素原子核スピンの共鳴周波数ω1とシリコーン化合物における水素原子核スピンの共鳴周波数ω2を求め」ることと,本願補正発明の「得られたMR信号の周波数スペクトラムにおいてその大きさが最大となるピーク周波数を計測することによって前記水組織における水素原子核スピンの共鳴周波数を検出する共鳴周波数検出手段」とは,「得られたMR信号の周波数スペクトラムにおいてピーク周波数を計測することによって組織における水素原子核スピンの共鳴周波数を検出する共鳴周波数検出手段」の点で共通している。

エ 引用発明の「撮像シーケンスで印加される高周波パルス」は,本願補正発明の「撮影対象部位に対するMRI撮影に使用するRFパルス」に相当し,引用発明の「高周波パルス」は,「周波数成分ω1及び周波数成分ω2を含む周波数帯域の高周波磁場であり,その高周波磁場は,中心周波数と帯域幅をもつものとして被検者に印加される」ものである。そして,それら「波数成分ω1及び周波数成分ω2」は引用発明の「脂肪における水素原子核スピンの共鳴周波数ω1とシリコーン化合物における水素原子核スピンの共鳴周波数ω2」で,上記「ウ」のとおり,NMRスペクトルから求めた水素原子核スピンの共鳴周波数であるから,本願補正発明の「共鳴周波数検出手段」で検出した「前記共鳴周波数」に相当する。
してみれば,引用発明の「撮像シーケンスで印加される高周波パルスは、周波数成分ω1及び周波数成分ω2を含む周波数帯域の高周波磁場であり,その高周波磁場は,中心周波数と帯域幅をもつものとして被検者に印加される」ことは,本願補正発明の「前記共鳴周波数に基づいて前記撮影対象部位に対するMRI撮影に使用するRFパルスの中心周波数を設定する中心周波数設定手段」を備えているといえ,さらに,本願補正発明の「被検体の水組織における水素原子核スピンの共鳴周波数を検出し、この共鳴周波数に基づいて設定された中心周波数を有するRFパルスを用いて前記被検体の撮影対象部位に対するMRI撮影を行なう」こととは,上記「ア」を踏まえると,「被検体の組織における水素原子核スピンの共鳴周波数を検出し、この共鳴周波数に基づいて設定された中心周波数を有するRFパルスを用いて前記被検体の撮影対象部位に対するMRI撮影を行なう」ことで共通するといえる。

してみれば,本願補正発明と引用発明とは,
(一致点)
「医療用シリコーンが撮影対象部位に挿入された被検体の組織における水素原子核スピンの共鳴周波数を検出し,この共鳴周波数に基づいて設定された中心周波数を有するRFパルスを用いて前記被検体の撮影対象部位に対するMRI撮影を行なうMRI装置において,
プリパルスを含む共鳴周波数計測用パルスシーケンスに基づいて前記撮影対象部位からのMR信号を収集する送受信手段と,
得られたMR信号の周波数スペクトラムにおいてピーク周波数を計測することによって組織における水素原子核スピンの共鳴周波数を検出する共鳴周波数検出手段と,
前記共鳴周波数に基づいて前記撮影対象部位に対するMRI撮影に使用するRFパルスの中心周波数を設定する中心周波数設定手段とを
備えたMRI装置。」
の点で一致し,以下の点で相違する。

(相違点)
本願補正発明では,MRI撮影を行なう際のRFパルスの中心周波数は,共鳴周波数検出手段で検出した「水組織」における水素原子核スピンの共鳴周波数に基づいたもので,MR信号の周波数スペクトラムにおいて「大きさが最大となる」ピーク周波数を計測することによって前記「水組織」における水素原子核スピンの共鳴周波数を検出するために,プリパルスを「脂肪組織から発生するMR信号を抑制する第1の抑制パルスと前記医療用シリコーンから発生するMR信号を抑制する第2の抑制パルスを前記撮影対象部位に対して時系列的あるいは同時に照射する」ものとしているのに対し,
引用発明では,MRI撮影を行う際のRFパルスの中心周波数(及び帯域幅)は,「脂肪における水素原子核スピンの共鳴周波数ω1とシリコーン化合物における水素原子核スピンの共鳴周波数ω2」に基づいたもので,MR信号の周波数スペクトラムにおいて,それらω1とω2の二つの共鳴周波数を検出することから「大きさが最大となる」ピーク周波数を計測するものではなく,そして,「水組織」ではなく「脂肪」と「シリコーン化合物」の共鳴周波数を検出するため,本願補正発明のような抑制パルスを照射していない点で相違する。

(2)相違点に対する判断
引用発明では,「周波数ω1の高周波パルスを発生させ,検査部位の脂肪組織の水素原子核スピンのみが選択的に励起され、その縦磁化が消滅し,周波数ω2の高周波パルスを発生させ,検査部位に埋め込まれたシリコーン化合物の水素原子核スピンのみが選択的に励起され、その縦磁化が消滅し」,そして,撮像シーケンスで「周波数成分ω1及び周波数成分ω2を含む周波数帯域」の高周波パルスを印加しているが,これは,摘記(1-ウ)の【0032】に「脂肪組織及びシリコーンの水素核スピンは高周波パルス51、52によって縦磁化が消滅した状態となっているので、得られるスピンエコー信号ではこれら水素核スピンからの信号は大幅に抑制され、組織水からの信号が支配的となる。」と記載されているように,脂肪組織及びシリコーンの水素核スピンの縦磁化が消滅した状態であるから,周波数成分ω1及び周波数成分ω2を含む周波数帯域であっても,脂肪組織及びシリコーンの水素核スピンの共鳴周波数成分であるω1及びω2としてのスピンエコー信号よりも,組織水の水素核スピンの共鳴周波数成分としてのスピンエコー信号が支配的に得られるということである。
ところで,MRI装置で生体組織のMR撮影を行う際に,生体組織に主要に存在する「水」の水素原子核スピンのMR信号からMR画像を得るため,水すなわち「水組織」の水素原子核スピンの共鳴周波数を生体組織に印加すればよいことは,本出願前当業者において技術常識(例えば,社団法人日本放射線技士会編「NMRの理論と臨床-核磁気共鳴映像法入門-」マグブロス株式会社1984年1月20日発行の19頁下から6行?25頁下から4行,43頁表3,102頁表1,等参照)であり,撮影前に水組織における水素原子核スピンの共鳴周波数を求めることは当業者において自明の技術課題といえ,引用発明においても,上記のとおり「組織水の水素核スピンの共鳴周波数成分としてのスピンエコー信号が支配的に得られる」ものであるから,撮像シーケンス前に,NMRスペクトルで「水組織」における水素原子核スピンの共鳴周波数を求めるという技術課題は存在し得ることである。
一方,引用例2の摘記(2-ア)?(2-ウ)には,撮影前に,容易かつ確実に水組織における水素原子核スピンの共鳴周波数を検出するために,パルスシーケンスにおいて水組織以外の組織である脂肪からの発生するMR信号を抑制する抑制パルスを印加して,周波数スペクトラムにおいて最大ピークの周波数として水組織における水素原子核スピンの共鳴周波数を検出することが記載されている。また,上記引用例2の摘記(2-ア)?(2-ウ)では,水組織以外の組織として脂肪のみ記載されているが,生体組織にはシリコーンを挿入する場合があることは引用例1の摘記(1-ア)に記載されているとおりであり,その際,脂肪から発生するMR信号を抑制する抑制パルスに加えてシリコーンから発生するMR信号を抑制する抑制パルスも印加されることになることは,引用発明でも組織水の水素核スピンのMR信号を支配的にするために,脂肪及からのMR信号を抑制する抑制パルスに加えてシリコーンから発生するMR信号を抑制する抑制パルスも印加していることに鑑みても自明のことである。そして,両者を印加する際に,撮影対象部位に対して「時系列的あるいは同時に」照射することは,引用例1の摘記(1-オ)に記載されているとおり,何ら格別のことではない。すなわち,引用例2及び1には,プリパルスを「脂肪組織から発生するMR信号を抑制する第1の抑制パルスと前記医療用シリコーンから発生するMR信号を抑制する第2の抑制パルスを前記撮影対象部位に対して時系列的あるいは同時に照射する」ものとし,NMRスペクトルにおいて「大きさが最大となる」ピーク周波数を計測することにより「水組織」における水素原子核スピンの共鳴周波数を容易かつ確実に検出する技術的事項が記載されているといえる。
してみれば,引用発明においても,撮像シーケンス前のNMRスペクトルで「水組織」における水素原子核スピンの共鳴周波数を容易かつ確実に検出しようとして,上記引用例2及び1の技術的事項を参酌して,プリパルスを「脂肪組織から発生するMR信号を抑制する第1の抑制パルスと前記医療用シリコーンから発生するMR信号を抑制する第2の抑制パルスを前記撮影対象部位に対して時系列的あるいは同時に照射する」ものとし,NMRスペクトルにおいて「大きさが最大となる」ピーク周波数を計測することにより「水組織」における水素原子核スピンの共鳴周波数を検出するようにすることは,当業者が容易になし得ることであり,そして,その確実に求められた「水組織」における水素原子核スピンの共鳴周波数に基づいて撮像シーケンスで印加される高周波パルスの中心周波数を設定することは,上記周知技術及び上記のとおり引用発明で「組織水の水素核スピンの共鳴周波数成分としてのスピンエコー信号が支配的に得られ」ていることに鑑みて,自明のことである。
そして,本願明細書で記載している本願補正発明の効果も,引用例1及び2に記載されている事項から予期し得る程度のものであり,格別顕著なことではない。

(3)小括
したがって,本願補正発明は,引用発明,並びに,引用例1の記載事項,引用例2の記載事項及び周知技術に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法第29条第2項の規定により特許出願の際独立して特許を受けることができないものである。

5 まとめ
以上のとおり,本件補正は,特許法第17条の2第6項で準用する同法第126条第7項の規定に違反するものであり,同法第159条第1項において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下されるべきものである。


第3 本願発明について

1 本願発明
本件補正は上記のとおり却下されることとなるので,本願の請求項1?9に係る発明は,出願当初の特許請求の範囲の請求項1?9に記載された事項により特定されるものであるところ,その請求項1に係る発明(以下「本願発明」という。)は,次のとおりのものである。
「【請求項1】
医療用材料が撮影対象部位に挿入された被検体の所望組織における水素原子核スピンの共鳴周波数を検出し、この共鳴周波数に基づいて設定された中心周波数を有するRFパルスを用いて前記被検体の撮影対象部位に対するMRI撮影を行なうMRI装置において、
前記所望組織と異なる組織から発生するMR信号を抑制する第1の抑制パルスと前記医療用材料から発生するMR信号を抑制する第2の抑制パルスをプリパルスとした共鳴周波数計測用パルスシーケンスに基づいて前記撮影対象部位からのMR信号を収集する送受信手段と、
得られたMR信号の周波数スペクトラムにおいてその大きさが最大となるピーク周波数を計測することによって前記所望組織における水素原子核スピンの共鳴周波数を検出する共鳴周波数検出手段と、
前記共鳴周波数に基づいて前記撮影対象部位に対するMRI撮影に使用するRFパルスの中心周波数を設定する中心周波数設定手段とを
備えたことを特徴とするMRI装置。」

2 引用刊行物及びその記載事項
原査定の拒絶の理由に引用された刊行物である上記引用例1及び2の記載事項は,上記「第2」「3 引用刊行物及びその記載事項」に記載したとおりである。

3 対比・判断
上記「第2」「2 補正事項について」に記載したとおり,本願補正発明は,本願発明にさらに限定事項を追加したものであるから,本願発明は,本願補正発明から限定事項を省いた発明といえる。その本願補正発明が,前記「第2」「4 対比・判断」に記載したとおり,引用発明,並びに,引用例1の記載事項,引用例2の記載事項及び周知技術に基いて,当業者が容易に発明することができたものである以上,本願発明も同様の理由により,当業者が容易に発明をすることができたものである。


第4 むすび
以上のとおり,本願発明は,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないから,その余の請求項に係る発明について言及するまでもなく,本願は拒絶されるべきものである。

よって,結論のとおり,審決する。
 
審理終結日 2014-05-26 
結審通知日 2014-05-30 
審決日 2014-06-10 
出願番号 特願2007-198711(P2007-198711)
審決分類 P 1 8・ 121- Z (A61B)
P 1 8・ 575- Z (A61B)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 島田 保  
特許庁審判長 神 悦彦
特許庁審判官 三崎 仁
右▲高▼ 孝幸
発明の名称 MRI装置  
代理人 藤原 康高  
代理人 藤原 康高  

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