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審決分類 審判 全部無効 2項進歩性  H02K
審判 全部無効 特36条4項詳細な説明の記載不備  H02K
審判 全部無効 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  H02K
管理番号 1290884
審判番号 無効2013-800175  
総通号数 178 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2014-10-31 
種別 無効の審決 
審判請求日 2013-09-18 
確定日 2014-08-11 
事件の表示 上記当事者間の特許第4389904号発明「流体制御弁」の特許無効審判事件について,次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は,成り立たない。 審判費用は,請求人の負担とする。 
理由 第1 手続の経緯

本件特許第4389904号(請求項の数[1],以下,「本件特許」という。)は,平成11年4月14日に特許出願された特願平11-106245号を平成18年6月29日に新たな特許出願とした特願2006-179144号に係るものであって,平成21年4月17日付け手続補正書により補正され,その請求項1に係る発明について,平成21年10月16日に特許権の設定の登録がされた。

これに対して,平成25年9月18日に,本件特許の請求項1に係る発明の特許に対して,本件特許無効審判請求人(以下,「請求人」という。)により本件特許無効審判〔無効2013-800175号〕が請求されたものであり,本件特許無効審判被請求人(以下,「被請求人」という。)により指定期間内の平成25年12月6日付けで審判事件答弁書が提出されたものである。

また,平成26年2月21日付けの審理事項通知書が請求人及び被請求人に通知され,請求人より平成26年4月2日付け口頭審理陳述要領書が提出され被請求人より平成26年4月1日付け口頭審理陳述要領書及び平成26年4月14日付け口頭審理陳述要領書(2)が提出され,同年4月16日に第1回口頭審理が行われ,同年6月13日付けで審理終結通知書が請求人及び被請求人に通知されたものである。


第2 本件特許に係る発明

本件特許の請求項1に係る発明は特許明細書の特許請求の範囲の請求項1に記載された以下の事項により特定されるとおりのものと認める。

「【請求項1】
コイルを有するステータと,前記コイルへの通電によって励磁され回転するロータと,前記ロータの回転軸と,前記ステータとロータの間に介在し前記ロータを収納してガス流路との気密性を保持する有底筒状の気密隔壁と,前記気密隔壁の底部に設け前記回転軸の一方を受ける第2の軸受と,前記気密隔壁の開口側に挿入され前記回転軸の他方を受ける第1の軸受と,前記気密隔壁の外周に配しベース板との間で気密性を保持するシール材と,前記ロータの回転を直動に変換する変換手段と,前記変換手段を介してガス流路に配設した弁座への当接,離反により流路の開閉を行う弁体と,前記弁体を弁座側に付勢する付勢手段とを備え,
前記変換手段は,回転軸に形成したねじ部と弁体側に形成したナット部の係合により回転運動を直進運動に変換し,
前記第1の軸受と第2の軸受は,異なる材質を用いて構成すると共に,それぞれ前記回転軸に接触するラジアル軸受部と前記ロータと当接するスラスト軸受部を有し,弁開動作時に当接する前記ロータと前記スラスト軸受部との摺動抵抗に対し,弁閉状態時に当接する前記ロータと前記スラスト軸受部との摺動抵抗を大きくした流体制御弁。」
(以下,「本件特許発明」という。)


第3 本件特許についての当事者の主張

1 請求人が主張する無効理由の概要

請求人は,平成25年9月18日付けの審判請求書,平成26年4月2日付けの口頭審理陳述要領書及び同年4月16日の第1回口頭審理において,甲第1号証ないし甲第17号証を提示して以下の無効理由を主張した。

(1)無効理由1(記載不備に基づく無効理由)
特許請求の範囲の記載が,発明の詳細な説明に記載された範囲を超えており,不明瞭であるため,特許法第36条第6項第1号又は第2号の規定により特許を受けることができないものである。また,発明の詳細な説明は,本件特許発明を当業者が実施することができる程度に明確かつ十分に記載したものではないため,特許法第36条第4項第1号の規定により特許を受けることができないものである。したがって,特許法第123条第1項第4号に該当し,無効とすべきである。

(具体的理由)
本件特許発明は,「弁開動作時に当接する前記ロータと前記スラスト軸受部との摺動抵抗に対し,弁閉状態時に当接する前記ロータと前記スラスト軸受部との摺動抵抗を大きくした」ことを本質的な特徴部分とする発明であるが,「摺動抵抗」に関する定義や測定条件によって異なる値を示す摺動抵抗の測定方法についての記載が一切なく,発明の詳細な説明を参酌してもその意味内容は不明瞭であるし,少なくとも弁開動作時においては,ロータとスラスト軸受部の接触面に発生する摺動抵抗は経時的に変化することとなるが,どの時点での摺動抵抗を比較して「弁開動作時に当接する前記ロータと前記スラスト軸受部との摺動抵抗に対し,弁閉状態時に当接する前記ロータと前記スラスト軸受部との摺動抵抗を大きくした」ものであるか全く不明であり,特許法第36条第6項第2号の規定により特許を受けることができないものである。
また,発明の詳細な説明には,摺動抵抗を大きくする手段として,摺動摩擦抵抗の異なる材質を用いることと,異なる接触面積とすることしか記載されておらず,これだけでは構成要件を実現することはできないため,発明の詳細な説明において発明の課題が解決できることを当業者が認識できる範囲を超えており,特許法第36条第6項第1号の規定により特許を受けることができないものである。
さらに,発明の詳細な説明には,「垂直抗力」を選択する手段が記載されておらず,接触面積及び材質の変更といった発明の詳細な説明において記載された手段だけでは「摺動抵抗」を定めることができない結果,構成要件を実現できない。また,上記同様の理由により,発明の詳細な説明は,本件特許発明を当業者が実施することができる程度に明確かつ十分に記載したものではないため,当業者は発明の詳細な説明に基づいて本件特許発明を実施することができず,特許法第36条第4項第1号の規定により特許を受けることができないものである。
(審判請求書5頁の無効理由の要約,及び,26頁8行-29頁12行)

本件特許の特許明細書には,本件特許発明の「摺動抵抗」について,「部材と部材が接触しながら回転運動をする場合に当該回転運動を阻害するトルク」と理解すればよいように定義又は説明する記載は一切存在しない。「摺動抵抗」という語は確立した定義のある学術用語ではなく,この語だけでは,何を意味するか定かではないが,これを「回転運動を阻害するトルク」とするのであれば,そのように明確に定義すべきである。
この点,「摺動抵抗」が何であるかを理解する根拠として指摘された,本件特許の特許明細書の段落【0003】?【0006】,【0008】,【0017】?【0019】,【0022】,【0024】,【0029】及び【0030】のいずれにも,「摺動抵抗」を定義又は説明する記載はなく,技術常識を参酌しても,これらの記載に基づいて「摺動抵抗」とは何であるかを特定することができない。
そして,接触面積がトルクに影響するといえても,接触面積は「損失動力」にも影響するとも考えられるから,「摺動抵抗」を「トルク」ととらえても「損失動力」ととらえても,どちらも合致することになり,どちらが「摺動抵抗」であるのか特定できない。
また,本件特許の特許明細書には,接触面積により「摺動抵抗」に差が生じるという記載があり,「摺動抵抗」を「トルク」と解釈すれば,本件特許明細書の記載と矛盾しないとするが,本件特許の特許明細書の記載は,ツバスラスト軸受に関するものであって,ツバスラスト軸受のトルクの計算式からは,接触面積はトルクに影響を与えないことが明らかである。
(口頭審理陳述要領書2頁下から1行-7頁14行)

(2)無効理由2(進歩性欠如に基づく無効理由)
本件特許発明は,本件特許の原出願(特願平11-106245号)の出願日前に頒布された刊行物(甲第1号証(特開平11-2351号公報)及び甲第2号証(特開平5-71655号公報))に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから,特許法第123条第1項第2号に該当し,無効とすべきである。

(具体的理由)
本件特許発明と甲第1号証に係る発明(以下,「甲1発明」という。)とを比較すると,甲1発明においては,弁開動作時に当接するロータとスラスト荷重用ころがり軸受(20,19,21)との間で発生する摺動抵抗に対し,弁閉状態時に当接するロータ(18)と2枚のワッシャ(22,23)に挟まれた螺旋バネ(30)との間で発生する摺動抵抗の方が大きく,両軸受が異なる材質を用いていることも明らかであり,これら構成要件は一致する。
これに対し,本件特許発明では,気密隔壁の外周にシール材を配してベース板との間で気密性を保持しているのに対し,甲1発明では,シールドリング(8)がケーシング(6)の外周には配されておらず,シールドリング(8)がケーシング(6)の鍔部と段付きフランジ(2)との間に押圧される形で気密を保持している点で,両者は相違するということができる(相違点)。
しかし,甲1発明と類似の構造を有する甲第2号証に係る発明(以下,「甲2発明」という。)のモータ駆動双方向弁においては,薄板パイプ(38)の外周にOリング等のシール材(39)を配し,取付板(23)の段差部に挿入して気密性を保持している。
したがって,甲1発明において,甲2発明を参酌し,シールドリング(8)をケーシング(6)の外周に配して,ケーシングの段付きフランジ(2)の段差部に挿入して機密性を保持することは,当業者にとって容易に想到し得る事項である。
(審判請求書5-6頁の無効理由の要約,及び,29頁13行-39頁14行)

なお,甲1発明において,「ワッシャ+ボール」における合成樹脂球などのボール(19)と,「ワッシャ十螺旋バネ」における螺旋バネ(30)とは,材質が異なることは明らかであり,ボール(19)を合成樹脂球ではなく鋼球とする場合,ボールベアリング用の鋼球(高炭素クロム軸受鋼)を選定するのが一般的であるのに対し,螺旋バネ(30)としてはばね用ステンレス材を選定するのが一般的であることから,この場合であっても,両者の材質は当然に異なる。ただし,本件特許発明において,「第1の軸受」及び「第2の軸受」を異なる材質を用いて構成することが他の構成要件とどのように関連するかについては,摺動抵抗との関連を含めて,発明特定事項とされていない。
(陳述要領書26頁18行-27頁1行)


2 被請求人の主張の概要

これに対して,被請求人は,平成25年12月6日付けの審判事件答弁書,平成26年4月1日付けの口頭審理陳述要領書,平成26年4月14日付けの口頭審理陳述要領書(2)及び同年4月16日の口頭審理において,乙第1号証を提示して,請求人が主張する無効理由に対して以下のように反論した。

(1)無効理由1(記載不備に基づく無効理由)について
構成要件の「摺動抵抗」とは,「部材と部材が接触しながら回転運動をする場合に当該回転運動を阻害するトルク」であり,その意味内容は一義的に明確であるし,本件特許の特許明細書の記載とも矛盾しない。したがって,本件特許の特許請求の範囲の記載は,明確性要件に違反しない。
また,「垂直抗力」は,本件特許発明を実施する当業者において設計する事項であり,発明の詳細な説明において「垂直抗力」を選択する手段について記載が無くも,当業者は構成要件を実現できるからサポート要件違反,実施可能要件違反もない。

(具体的理由)
明確性要件違反がないこと
特許請求の範囲の記載において,「摺動抵抗」が生ずる部材とされているのは,回転運動をする「ロータ」とこれを受ける「スラスト軸受部」である。したがって,「摺動抵抗」は,「部材と部材が接触しながら回転運動をする場合に当該回転運動を阻害するトルク」と理解すればよく,このことは,明確である。本件特許の特許明細書の発明の詳細な説明においても,段落【0003】ないし【0006】,【0008】,【0017】ないし【0019】に記載のとおり,ロータの回転運動を阻害するトルクとして「摺動抵抗」が位置づけられており,「摺動抵抗」の意義を上記のとおり理解することができる(上記指摘のもの以外にも段落【0022】,【0024】,【0029】,【0030】等からも上記のとおりに「摺動抵抗」の意義を理解することができる。)。以上から,本件特許の特許明細書においても,一貫して「摺動抵抗」は,ロータの回転運動を阻害するトルクとして位置づけられている。よって,「摺動抵抗」は,「部材と部材が接触しながら回転運動をする場合に当該回転運動を阻害するトルク」を意味し,一義的に明確である。
本件特許発明における「摺動抵抗」は,「回転運動を阻害するトルク」であり後述する「力のモーメント」と同義であるため,接触面積が影響し,クーロンの摩擦法則と矛盾しない。クーロンの摩擦法則は,「接触している二つの固体間にすべりを与えたときに生ずる力,すなわち摩擦力は荷重を増加させると正比例して増加することが知られており,これをクーロンの法則という」とされるとおり,物体と物体の摩擦力(「すべりの動摩擦力」)に適用されるものである。もっとも,本件特許発明の構成要件で摺動抵抗が生ずる対象となっているのは,回転する「ロータ」(回転体)とこれを受ける「スラスト軸受」であり,クーロンの第一法則(摩擦力はすべり面の見掛け面積に無関係である)はそのままでは妥当せず,回転体の回転運動を阻害するトルクすなわち「力のモーメント」で検討されるべきものである。ここで,力のモーメントとは,物体の回転運動に変化を与えるはたらきであり,「力の大きさ」のほかに「回転軸から力の作用線までの距離」が変数となって値が求められるものである。要するに,回転体においては,回転軸から力の作用線までの距離が長ければ長いほど,その力の働きは大きくなるのであり,そのため,物体と物体の接触の場面では,回転運動を阻害するトルクも,回転軸から接触部分までの距離(力の作用線までの距離)に比例するのである。以上をロータと軸受の関係で見ると,本件特許の特許明細書の段落【0019】に記載されているとおり,「軸受22のスラスト軸受部24の方が,軸受19のスラスト軸受部21に比べ,ロータ16へ接触する直径が大きく,結果的に軸受22のスラスト軸受部24の方が軸受19のスラスト軸受部21に比べ,接触面積が大きく構成されている」ため,両者の接触面積の大きさに比例して,「回転軸から力の作用線までの距離」の値が大きくなるから,結果的に接触面積の大きさが摺動抵抗に影響することが理解できる。このように,回転体の回転運動を阻害するトルクにつき,スラスト軸受部のロータへ接触する直径の結果である「接触面積」が変数となることは,高校の物理のテキストにも紹介されている事項であり,スラスト軸受部のロータへ接触する直径の結果である「接触面積」が摺動抵抗に影響することは,技術常識である。以上から,本件特許の特許明細書の段落【0018】,【0019】において,接触面積により摺動抵抗の差が生じる旨記載されていることは,クーロンの摩擦法則をはじめとする技術常識に違背するものではなく,「摺動抵抗」の意義を不明確にするものではない。
少なくとも弁開動作時においては,ロータとスラスト軸受部の接触面に発生する摺動抵抗は経時的に変化することとなるとし,どの時点での摺動抵抗を比較して「弁開動作時に当接する前記ロータと前記スラスト軸受部との摺動抵抗に対し,弁閉状態時に当接する前記ロータと前記スラスト軸受部との摺動抵抗を大きくした」ものであるか不明であるとしているが,本件特許の特許明細書の段落【0029】には,「この弁開動作時の出力は起動時出力に比べ大きいトルクとなる。この弁開動作時は,閉成状態にある弁体33を開成するためロータ16は図3において下方向に移動し,ロータ16は低摺動抵抗の軸受19のスラスト軸受部21に当接して回転する。」と記載されているため,弁開動作時において,摺動抵抗は,ロータかスラスト軸受部21に「当接」した時点て比較されるものであるから,本件特許の特許明細書上,弁開動作時においても,どの時点の摺動抵抗を比較するかは明確である。
「摺動抵抗」の測定方法についても,請求項及び発明の詳細な説明には全く説明がないとし,その権利範囲が極めて不明瞭であるとしているが,「摺動抵抗」は,スラスト軸受部のロータヘ接触する直径の結果である「接触面積」ないし「材質」によって導くこととなる。「垂直抗力」については,本件特許発明を実施する当業者で設計する際の設計の前提条件となる事項であり,軸受選択にあたり,当然に決定している事項である。このうち,「接触面積」は,回転軸から作用点までの距離,「材質」は,摩擦係数に置き換えることができる。前者については,測定により客観的に認識可能であるし,後者については,各種部材・材質のカタログに材質毎に摩擦係数が記載されており,当業者であれば把握することができる。したがって,「摺動抵抗」は,当業者であれば,把握可能である。
イ サポート要件違反がないこと
本件特許発明の特許請求の範囲の記載は,そのすべてが本件特許の特許明細書の発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものである。特に,本件特許の特許明細書の段落【0001】ないし【0008】,【0011】,【0012】,【0017】ないし【0019】,【0021】ないし【0030】等でサポートされている。
「摺動抵抗」を測定するための変数には垂直抗力もあるとしたうえ,「これらの力は,各部品の重量や寸法,各部品の配置などの装置構成や,電磁力によりロータに加わる力など様々な要因により決定される」「・・・ところが,本件特許発明の発明の詳細な説明によれば,ロータとスラスト軸受部との間に発生する「摺動抵抗」を変更する手段として,摺動摩擦抵抗の異なる材質を選択することと,ロータとスラスト軸受部との接触面積を変更することしか開示されていない。」「・・・材質を選択し,接触面を変更するだけでは,『弁開動作時に当接する前記ロータと前記スラスト軸受部との摺動抵抗に対し,弁閉状態時に当接する前記ロータと前記スラスト軸受部との摺動抵抗を大きく』することは全く実現できない」とし,特許請求の範囲の記載は,発明の詳細な説明において発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲を超えているとしている。しかしながら,各部品の質量や寸法,配置などの装置構成や,電磁力によるロータに加わる力,弁閉状態を保持するために必要な力,弁開動作のときに弁体に加わる流体差圧による力など様々な要因によって発生する「垂直抗力」は,流体制御弁の設計時に当業者において設計の前提条件として定める項目である。当業者は,既存の「垂直抗力」を踏まえ,その状態でいかに適切なトルクを得るか検討し,ロータとスラスト軸受の接触面積あるいは材質を選択して「弁開動作時に当接する前記ロータと前記スラスト軸受部との摺動抵抗に対し,弁閉状態時に当接する前記ロータと前記スラスト軸受部との摺動抵抗を大きく」することを実現するのである。この点について,摩擦係数の異なる材質として,どのようなものを用いることができるか明細書には記載がないともしているが,軸受ないしロータ等の部材の材質の摩擦係数は,各種カタログで一般に公開されており,部材選択時に摩擦係数も適宜選択可能である。
実施可能要件違反がないこと
「垂直抗力」を選択する手段が記載されておらず,接触面積及び材質の変更といった発明の詳細な説明において記載された手段だけでは「摺動抵抗」を定めることができないから,当該発明の詳細な説明では,当業者といえども「弁開動作時に当接する前記ロータと前記スラスト軸受部との摺動抵抗に対し,弁閉状態時に当接する前記ロータと前記スラスト軸受部との摺動抵抗を大きく」を実施できないとしているが,「垂直抗力」を選択する手段について明示が無くとも,当業者において上記構成要件を実現できることは,上記 イ に記載のとおりである。
(審判事件答弁書14頁3行-10行,15頁1行-25頁21行)

本件特許の特許請求の範囲の記載は,明確性要件に違反しないこと,より具体的には,「摺動抵抗」とは,「部材と部材が接触しながら回転運動をする場合に当該回転運動を阻害するトルク」であって,その意味内容は一義的に明確であり,本件特許の特許明細書の記載とも矛盾しないことについて,本件特許の特許明細書で「接触面積」によりスラスト軸受部の摺動抵抗が変化すると記載されている点(本件特許の特許明細書の段落【0018】ないし同【0019】)に関し,接触面積が大きいほどトルクが大きいとはいえない場合があるとしたうえ,接触面積はトルクに影響しないとしている。この点,本件特許の特許明細書において,接触面積により摺動抵抗に変化があると記載されているのは,本件特許発明の一実施例の説明としてであり,摺動抵抗と接触面積の関係につき,実施例の一つとして紹介しているのであって,その例外を排除する趣旨ではない。そのため,論理的に摺動抵抗ないし軸径が接触面積に必ずしも比例しない場合があるとしても,そのことは,本件特許の特許明細書の記載が「摺動抵抗=トルク」としていることと矛盾せず,特許請求の範囲の記載が明確性要件を具備することにつき,障害となるものではない。また,接触面積は「損失動力」にも影響するとも考えられるから,「摺動抵抗」を「トルク」ととらえても「損失動力」ととらえても,どちらも合致することになり,どちらが「摺動抵抗」であるのか特定できないとしているが,本件特許の特許明細書の段落【0003】,【0008】,【0017】等には,「摺動抵抗」につき「トルク」の問題と明記されており,ここで「損失動力」の問題と解する余地はない。
(口頭審理陳述要領書13頁9行-14頁17行)

(2)無効理由2(進歩性欠如に基づく無効理由)について
本件特許発明は,単にロータと軸受の摺動抵抗を軽減することのみを企図するものではなく,それぞれロータとの摺動抵抗が異なる2つの軸受(第2の軸受・第1の軸受)を設け,場面に応じて,ロータと接触する軸受を選定して使用するよう構成し,結果,トルクの異なる電動機出力が得られるようにして,当該出力を選択的に開閉弁の開成力あるいは閉止性能として利用するとの技術思想を有する。
甲第1号証は,流体経路が閉塞された状態で長時間放置した後の動作時に大幅なトルク損失が生じる点が挙げられ(段落【0005】),その解決手段として,アウターブッシュ側にスラスト玉軸受を設けトルク損失を軽減する点が挙げられ(段落【0032】,【0038】)ており,上記技術思想や構成は開示も示唆もされていない。むしろ,アウターブッシュ側及びその反対側のインナーブッシュ側におけるロータとの摺動抵抗は,いずれも小さければ小さいほどよいとの技術思想が開示されている(段落【0035】)。
甲1発明においては,インナーブッシュ及びアウターブッシュそのものには,ラジアル軸受部があるものの,スラスト軸受部が存在しない。
なお,
インナーブッシュ+ワッシャ+螺旋バネ=第2の軸受
アウターブッシュ+ワッシャ+ボール =第1の軸受
として,甲1発明が第2の軸受と第1の軸受を具備するとしているのであるが,複数部材の組み合わせをもって「軸受」としている点で,一見して不合理な構成である。
本件特許発明と甲1発明は,i)気密隔壁の外周にシール材を配しベース板との間で気密性を保持しているか否か,ii)ラジアル軸受部とスラスト軸受部の両方を備えた「第2の軸受」と「第1の軸受」を具備するか否か,iii)それぞれ材質が異なる「第2の軸受」及び「第1の軸受」を具備するか否か,iv)弁開動作時に当接するロータとスラスト軸受部との摺動抵抗に対し,弁閉状態時に当接するロータとスラスト軸受部との摺動抵抗を大きくする構成を具備するか否か,で相違し,これらを開示する副引例は存在しない。
これら相違点は,いずれも設計事項ではないため,本件特許発明は甲1発明及び甲2発明に基づき容易想到な発明ではなく,進歩性が認められる。
(審判事件答弁書7頁13行-11頁7行,14頁12-21行,26頁1行-40頁10行)


第4 無効理由についての当審の判断

1 無効理由1(記載不備に基づく無効理由)について

(1)請求人が記載不備であると主張する事項
請求人が記載不備であるとする概略は,「摺動抵抗」に関する定義や測定方法等についての記載が特許請求の範囲に一切なく,発明の詳細な説明を参酌してもその意味内容は不明瞭であるというものであり,具体的事項は,次のとおりである。
ア 「摺動抵抗」について,「部材と部材が接触しながら回転運動をする場合に当該回転運動を阻害するトルク」と理解すればよいように定義又は説明する記載は一切存在しない。
イ 測定条件によって異なる値を示す「摺動抵抗」の測定方法についての記載が一切なく,少なくとも弁開動作時においては,ロータとスラスト軸受部の接触面に発生する摺動抵抗は経時的に変化することとなるが,どの時点での摺動抵抗を比較したものであるか全く不明である。
ウ 発明の詳細な説明には,「摺動抵抗」を大きくする手段として,摺動摩擦抵抗の異なる材質を用いることと,異なる接触面積とすることしか記載されておらず,これだけでは構成要件を実現することはできない。
エ 発明の詳細な説明には,垂直抗力を選択する手段が記載されておらず,摺動摩擦抵抗の異なる材質を用いることと,異なる接触面積とすること,といった摺動抵抗を大きくする手段だけでは「摺動抵抗」を定めることができない。
オ 接触面積がトルクに影響するといえても,接触面積は損失動力にも影響するとも考えられるから,摺動抵抗をトルクととらえても損失動力ととらえても,どちらも合致することになり,どちらが「摺動抵抗」であるのか特定できない,
カ 本件特許の特許明細書には,接触面積により「摺動抵抗」に差が生じるという記載があるが,本件特許の特許明細書の記載は,ツバスラスト軸受に関するものであって,ツバスラスト軸受のトルクの計算式からは,接触面積はトルクに影響を与えないことが明らかである。

(2)本件特許の特許明細書の記載事項
本件特許の特許明細書には,図面と共に次の事項が記載されている。

・「【0003】
しかしながら,従来の流体制御弁は,モータ5の出力を有効に主流路開閉弁8の開成力として利用していなかった。即ち,図7においてガス流体が主流路開閉弁8を閉成する方向に流れる場合,閉成している主流路開閉弁8を開成する時はガス流体の圧力が主流路開閉弁8を閉成するガス背圧に打ち勝って弁開する必要がある。主流路開閉弁8を弁開する時には,回転子6は主流路開閉弁8を引き上げるため,下部の軸受10に押し付けられることになる。その結果,回転子6と下部の軸受10による摩擦抵抗の影響で回転子6の回転力が有効に主流路開閉弁8の開成力として得られなかった。
【課題を解決するための手段】
【0004】
本発明は上記課題を解決するために,コイルを有するステータと,前記コイルへの通電によって励磁され回転するロータと,前記ロータの回転軸と,前記ステータとロータの間に介在し前記ロータを収納してガス流路との気密性を保持する有底筒状の気密隔壁と,前記気密隔壁の底部に設け前記回転軸の一方を受ける第2の軸受と,前記気密隔壁の開口側に挿入され前記回転軸の他方を受ける第1の軸受と,前記気密隔壁の外周に配しベース板との間で気密性を保持するシール材と,前記ロータの回転を直動に変換する変換手段と,前記変換手段を介してガス流路に配設した弁座への当接,離反により流路の開閉を行う弁体と,前記弁体を弁座側に付勢する付勢手段とを備え,前記変換手段は,回転軸に形成したねじ部と弁体側に形成したナット部の係合により回転運動を直進運動に変換し,前記第1の軸受と第2の軸受は,異なる材質を用いて構成すると共に,それぞれ前記回転軸に接触するラジアル軸受部と前記ロータと当接するスラスト軸受部を有し,弁開動作時に当接する前記ロータと前記スラスト軸受部との摺動抵抗に対し,弁閉状態時に当接する前記ロータと前記スラスト軸受部との摺動抵抗を大きくしたものである。
【0005】
上記発明によれば,回転軸及びロータを受ける2つの軸受の材質をそれぞれ異なる材質を用いて構成したことにより,トルクの異なる出力をもつ電動機が得られ,この電動機を開閉弁の駆動手段として用いることにより,出力を選択的に開閉弁の開成力として利用することが出来る。
【発明の効果】
【0006】
本発明の流体制御弁は,コイルを有するステータと,コイルへの通電による励磁により回転するロータと,ロータの回転軸と,回転軸の一方に設けられた第1の軸受と,回転軸の他方に設けられ第1の軸受と材質を異にする第2の軸受とで構成することにより,回転軸及びロータと摺動抵抗の異なる軸受となり,接触方向を選定して使用することにより,
トルクの異なる電動機出力が得られ,この電動機を開閉弁の駆動手段として用いることにより,出力を選択的に開閉弁の開成力として利用することが出来る。」

・「【0008】
そして,異なる材質を用いることで回転軸及びロータに対して異なる摺動抵抗を有する軸受となり,摺動する軸受によってトルクの異なるモータ出力を有する電動機が実現できると共に,開閉弁を組み合わせることにより開閉弁の開成および閉成動作時に,各々異なる出力特性を有する流体制御弁を実現することができる。」

・「【0012】
また,回転軸の他方には軸受22があり,この軸受22は回転軸18に接触するラジアル軸受部23と,ロータ16に当接するスラスト軸受部24で構成されている。軸受19のスラスト軸受部21の先端形状は,曲面形状でロータ16に当接可能な状態に構成されている。また軸受22のスラスト軸受部24の方が軸受19のスラスト軸受部21に比べ,ロータ16への接触面積が大きく構成されている。この構成により摺動抵抗に差が生じるものである。また軸受19,22の材質は,図1のように接触面積が異なる場合は,同じ材質でも良い。しかし,軸受19と軸受22の接触面積が同じ場合,例えば同じ形状の軸受(図示せず)を使用する場合には,小さい摺動抵抗を必要とする軸受には,摺動摩擦抵抗の小さい材質を選択する。例えば,図1において,軸受19の摺動抵抗を小さくする必要がある場合は,軸受19側の材質は摺動摩擦抵抗の小さい材質を選択することになる。」

・「【0017】
次に以上の構成における動作,作用について図1により説明する。軸受19は回転軸18に接触するラジアル軸受部20と,ロータ16に当接するスラスト軸受部21で構成されている。また,回転軸の他方には軸受22があり,この軸受22は回転軸18に接触するラジアル軸受部23と,ロータ16に当接するスラスト軸受部24で構成されている。軸受22のスラスト軸受部24の方が軸受19のスラスト軸受部21に比べ,ロータ16への接触面積が大きく構成されている。従って,図1のようにスラスト軸受部24とロータ16が当接した状態でロータ16が回転する場合,この当接した箇所の摺動抵抗は大きくなり回転軸18の出力トルクは小さくなる。一方,ロータ16が図1において,下方向に移動し(図示せず),スラスト軸受部21とロータ16が当接した状態でロータ16が回転した場合,この当接した箇所の摺動抵抗は小さくなり回転軸18の出力トルクは大きくなる。
【0018】
また軸受19,22の材質は,図1のように接触面積が異なる場合は,同じ材質でも摺動抵抗の差ができる。しかし,軸受19と軸受22の接触面積が同じ場合,即ち,同じ形状の軸受(図示せず)を使用する場合には,小さい摺動抵抗を必要とする軸受には,摺動摩擦抵抗の小さい材質を選択する。例えば,図1においては,軸受19の摺動抵抗を小さくするために,軸受19側の材質は摺動摩擦抵抗の小さい材質を選択することになる。また逆に,軸受22の摺動抵抗を小さくする必要がある場合,軸受22側の材質は摺動摩擦抵抗の小さい材質を選択することになる。
【0019】
また,軸受22のスラスト軸受部24の方が,軸受19のスラスト軸受部21に比べ,ロータ16へ接触する直径が大きく,結果的に軸受22のスラスト軸受部24の方が軸受19のスラスト軸受部21に比べ,接触面積が大きく構成されている。この構成により軸受19と軸受22の摺動抵抗に差が生じるものである。」

・「【0029】
この弁開動作時の出力は起動時出力に比べ大きいトルクとなる。この弁開動作時は,閉成状態にある弁体33を開成するためロータ16は図3において下方向に移動し,ロータ16は低摺動抵抗の軸受19のスラスト軸受部21に当接して回転する。従ってロータ16の回転を効率良く弁体33の駆動に変換することができる。そして弁体33が弁座35から離脱した後には弁開動作時の周波数に比べ速い周波数で駆動し,弁体33は図2の状態まで移動し弁開の状態となる。この弁体33が弁座35から離脱した後の出力は弁開動作時トルクに比べ小さいトルクで駆動される。この時は弁体33には流路32を流れるガスの流体圧は作用しないので小さいトルクで駆動可能である。」

(3)具体的事項について
ア 本件特許の特許明細書の記載,特に,段落【0003】には「回転子6と下部の軸受10による摩擦抵抗の影響で回転子6の回転力が有効に主流路開閉弁8の開成力として得られなかった。」との記載され,段落【0008】に「異なる材質を用いることで回転軸及びロータに対して異なる摺動抵抗を有する軸受となり,摺動する軸受によってトルクの異なるモータ出力を有する電動機が実現できる」旨(段落【0005】及び【0006】にも同様な記載がある。)と記載されていることから,また,特許請求の範囲の記載及び図面の記載から,本件特許発明において,「摺動抵抗」とは,ロータに対して摺動するスラスト軸受部におけるトルク損失の大小に係るものであって,トルク損失が大きい場合はその摺動部の摺動抵抗が大きく,それに対し,トルク損失が小さい場合はその摺動部の摺動抵抗が小さいと表現できる用語であって,「部材と部材が接触しながら回転運動をする場合に当該回転運動を阻害するトルク」と理解すればよいことが解る。
したがって,明確かつ簡潔な定義又は説明する記載が直接的に存在しないことをもって,直ちに「摺動抵抗」は意味内容が不明瞭であるとはいえない。
イ 本件特許発明では,特許請求の範囲において「弁開動作時に当接する前記ロータと前記スラスト軸受部との摺動抵抗に対し,弁閉状態時に当接する前記ロータと前記スラスト軸受部との摺動抵抗を大きくした」と特定して「摺動抵抗」が用いられている。よって,2つのスラスト軸受部のロータに対する「摺動抵抗」の相対的な大小関係を特定しいる。そうすると,ロータに対する2つのスラスト軸受部の摺動抵抗に相対的な大小を設けるには両者の摺動抵抗を比較すれば足り,両者の摺動抵抗の絶対的な値は必ずしも必要ではない。したがって,その測定方法が明確に記載されてなくとも,本件特許発明が特定できないとはいえない。
また,本件特許の特許明細書の段落【0029】には,「この弁開動作時の出力は起動時出力に比べ大きいトルクとなる。この弁開動作時は,閉成状態にある弁体33を開成するためロータ16は図3において下方向に移動し,ロータ16は低摺動抵抗の軸受19のスラスト軸受部21に当接して回転する。」と記載されているから,弁開動作時において,摺動抵抗は,ロータかスラスト軸受部21に「当接」した時点で比較されるものである。よって,弁開動作時においても,どの時点の摺動抵抗を比較するかは明確である。したがって,少なくとも弁開動作時においては,ロータとスラスト軸受部の接触面に発生する摺動抵抗は経時的に変化することとなるが,どの時点での摺動抵抗を比較したものであるか全く不明であるとはいえない。
ウ 本件特許発明では,特許請求の範囲において「第1の軸受と第2の軸受は,異なる材質を用いて構成すると共に,それぞれ前記回転軸に接触するラジアル軸受部と前記ロータと当接するスラスト軸受部を有し,弁開動作時に当接する前記ロータと前記スラスト軸受部との摺動抵抗に対し,弁閉状態時に当接する前記ロータと前記スラスト軸受部との摺動抵抗を大きくした」と特定して「摺動抵抗」が用いられている。よって,要するに2つの軸受を異なる材質を用いて構成し,それぞれのスラスト軸受部のロータに対する摺動抵抗を一方に対し他方を大きくしたのであるから,少なくとも異なる材質を用いる際にそれぞれの摺動するスラスト軸受部のロータに対する回転運動を阻害するトルクが相対的に異なるように材質を選択すれば足りることが,当業者には理解できる。そうすると,発明の詳細な説明に異なる材質についての具体例が記載されてなくとも,摺動するスラスト軸受部として用いられる材質が多種あることは軸受の技術分野における技術常識であるから,異なる材質を選択できないことはない。なお,摺動抵抗を大きくする手段が,異なる接触面積とすることの場合は,本件特許の特許明細書の段落【0019】に記載された,ロータ16へ接触する直径が相対的に大きいと,結果的に接触面積が相対的に大きく構成されているものの場合で説明されており,この場合はロータへ接触する直径を異ならせることに他ならない。そうすると,回転運動を阻害するトルクは回転軸から接触部分までの距離に比例することから,ロータへ接触する直径を異ならせることにより摺動抵抗を大きくできることも理解できる。そして,摺動抵抗を大きくする手段として,摺動摩擦抵抗の異なる材質を用いることと,異なる接触面積とすることしか記載されていないことが,本件特許発明の実施に際して当業者に必ずしも不当な試行錯誤を強いるものでもない。
エ 各部品の質量や寸法,配置などの装置構成や,電磁力によるロータに加わる力,弁閉状態を保持するために必要な力,弁開動作のときに弁体に加わる流体差圧による力など様々な要因によって発生する「垂直抗力」は,流体制御弁の設計時に当業者において設計の前提条件として定める項目であって,本件特許発明を実施する当業者が設計する際の設計の前提条件となる事項である。そして,軸受選択にあたり,当業者は,既存の「垂直抗力」を踏まえ当然に決定している事項であると解せる。したがって,発明の詳細な説明には「垂直抗力」を選択する手段が記載されておらず「摺動抵抗」を定めることができないとはいえない。
オ 本件特許の特許明細書の段落【0003】,【0008】,【0017】等には,「摺動抵抗」について「トルク」の問題であることが明記されている。したがって,接触面積は「損失動力」にも影響するとも考えられるから,「摺動抵抗」を「トルク」ととらえても「損失動力」ととらえても,どちらも合致することになり,どちらが「摺動抵抗」であるのか特定できず,明確でないとすることはできない。
カ 本件特許の特許明細書における摺動抵抗についての説明で,図1を参照しての接触する直径による接触面積の大小に係る説明(段落【0012】,【0019】等参照。)は,図1に示されたもののような,断面曲面形状の突起部が環状に接触する例における説明であって,外径と内径を用いず,1つの径によって環状接触部を特定できるようなものに関すると解せ,この場合は,接触面積がトルクと特定の関係を有している。そして,これは請求人が口頭審理陳述要領書において5頁から6頁にかけて主張する「ツバスラスト軸受」のように鍔の外径と内径(D及びdの径)があるような,接触する平面部を有するものには当たらない例の説明である。そうすると,本件特許の特許明細書の記載はツバスラスト軸受に関するものと解した,接触面積はトルクに影響を与えない旨の請求人の主張は,採用できない。

よって,本件特許発明に係る特許は,請求人の主張する特許法第36条第4項第1号若しくは第6項第1号又は第2号(同法第123条第1項第4号)に係る無効理由を有しない。

(4)まとめ
以上のとおりであるから,請求人の主張する無効理由1及び提出した証拠方法によっては本件特許発明に係る特許を無効とすることはできない。


2 無効理由2(進歩性欠如に基づく無効理由)について

(1)甲第1号証および甲第2号証の記載事項
ア 甲第1号証の記載事項
本件特許の原出願(特願平11-106245号)の出願日前に頒布された特開平11-2351号公報(甲第1号証)には,「双方向流体弁モータおよびその製造方法」として,図面と共に次の事項が記載されている。

・「【0001】
【発明の属する技術分野】本発明は,一般家庭のガス供給管路に設置されたガス緊急遮断装置その他の流体遮断装置に適用するに好適なステッピングモータ等の双方向流体弁モータおよびその製造方法に関し,さらに詳しくは,流体経路上に形成された弁座に対して弁体を移動(前進または後退)させることによって流体経路の開閉動作を行う弁機構に適用しうる双方向流体弁モータと,その双方向流体弁モータの製造方法に関する。」

・「【0005】
【発明が解決しようとする課題】しかし,流体経路が閉塞された状態で長時間放置した場合には,弁体25が弁座26に貼り付いてしまう事態が発生する恐れがある。この場合,これを復元すべくマグネットワイヤ9に通電しても,リードスクリュー17は回転するものの,弁体25が弁座26に貼り付いているため,弁体25は固定されたままでリードスクリュー17およびロータ16が前進してしまう。その結果,ロータ16が軸方向に前進して前方のすべり軸受14に接触し,その接触部に大きな摩擦負荷が発生することから,双方向流体弁モータ1が出し得るトルクの大部分がそこで費やされてロータ16が回転しなくなり,そのため弁体25を弁座26から離して流体経路を開放することができず,復元不能になる危険性があるという不都合があった。」

・「【0019】本発明が適用された双方向流体弁モータ1は,図1および図2に示すように,鍔付きカップ状のケーシング6を有しており,ケーシング6の外周にはステータ4が装着されている。このステータ4は2個のコイル状のマグネットワイヤ9を具備しており,各マグネットワイヤ9にはそれぞれ外ヨーク10および内ヨーク11が周設されている。また,ケーシング6の開口部には,自己潤滑性のある合成樹脂(例えば,ポリアセタール等)を一体成型したアウターブッシュ3が内接する形で嵌着されており,このアウターブッシュ3は本体31およびスタッド5から構成されている。すなわち,アウターブッシュ3は鍔付きカップ状の本体31を有しており,本体31の円形底面の中心から偏心した部位にはスタッド5が前方(図1左方)に突出する形で一体に形設されている。一方,ケーシング6内には,自己潤滑性のある合成樹脂(例えば,ポリアセタール等)からなるインナーブッシュ12が挿設されている。
【0020】また,アウターブッシュ3およびインナーブッシュ12にはリードスクリュー17がその先端をアウターブッシュ3より前方に突出させた状態で正逆方向に回転自在に支持されており,リードスクリュー17の先端には雄ネジ部17aが形成されている。リードスクリュー17には,マグネットコア15を樹脂13でモールドしたロータ16がステータ4の内側に対向する形で取り付けられており,ロータ16とアウターブッシュ3との間にはスラスト荷重用ころがり軸受としてスラスト玉軸受18が介挿されている。さらに,ロータ16とインナーブッシュ12との間には螺旋バネ30がその前後に位置する2枚のワッシャ22,23に挟まれた形で介挿されている。
【0021】また,アウターブッシュ3の外周には円盤状の段付きフランジ2が嵌合しているとともに,ケーシング6の外周には円環状の平板フランジ7が嵌合しており,これら段付きフランジ2および平板フランジ7は互いに固着されて,アウターブッシュ3の鍔部とケーシング6の鍔部を同時に挟み込んでいる。さらに,段付きフランジ2と平板フランジ7との間には,弾性のある合成樹脂からなる断面円形のシールドリング8が弾性シール部材として前後方向(図1左右方向)に押圧された状態で組み付けられている。
【0022】ところで,この双方向流体弁モータ1は次のようにして簡単に組み立てることができる。なお,この組立作業は軸方向が上下方向(鉛直方向)に一致するようにして行う。
【0023】まず,アウターブッシュ3内にスラスト玉軸受18を載置し,リードスクリュー17を取り付けたロータ16をリードスクリュー17の雄ネジ部17aがアウターブッシュ3より突出するようにスラスト玉軸受18に載置する。その後,ロータ16上にワッシャ22,螺旋バネ30,ワッシャ23を順に載置する。次いで,前記組立品を予めインナーブッシュ12を挿設しておいたケーシング6内に挿設し,ロータ組立品を完成させる。
【0024】一方,平板フランジ7を予め取り付けておいた外ヨーク10および他の外ヨーク10にそれぞれコイル組立品(マグネットワイヤ9とコイルボビンなどからなるもの)を挿設し,この挿設品に内ヨーク11を嵌着し,内ヨーク11同士が背中合わせになるように嵌着(溶接など)し,ステータ4を完成させる。
【0025】最後に,ステータ4にロータ組立品を装着し,ケーシング6の鍔部にシールドリング8を載置し,次に段付きフランジ2を載置し,平板フランジ7と段付きフランジ2を固定すれば,双方向流体弁モータ1が出来上がる。
【0026】このように,双方向流体弁モータ1はその構成部品を単一の方向(軸方向)に組み付けていくだけで組立が完了し,しかも,これをロータ16を中心としたロータ部組立作業とマグネットワイヤ9を中心としたステータ部組立作業とに分け,これらの組立作業を同時に並行して進めることにより,組立に要する時間を大幅に短縮できることから,双方向流体弁モータ1の生産効率を高めることができるとともに,その組立精度ひいては品質を改善することが可能となる。
【0027】本発明が適用された双方向流体弁モータ1は以上のような構成を有するので,この双方向流体弁モータ1をガス緊急遮断装置などの流体遮断装置に適用するには次の手順による。
【0028】まず,図1に示すように,双方向流体弁モータ1に弁体25を螺着し,これを流体遮断装置の筺体27の所定位置に取り付ける。すると弁体25は,筺体27に形成された弁座26に対して所定の間隔をおいて対向するように位置決めされる。そして,正常時においては弁座26と弁体25との隙間を通ってガス等の流体が供給される。この際,段付きフランジ2と平板フランジ7との間にはシールドリング8が設けられているので,流体シールド性は高く,流体が段付きフランジ2と平板フランジ7との隙間を通って外部に漏出してしまうことはない。
【0029】ところで,地震発生時などの異常時に流体を緊急遮断する際には,ステータ4の各マグネットワイヤ9に通電してロータ16を正回転させる。すると,ロータ16に同期してリードスクリュー17が正方向に回転し,その回転力が弁体25に伝達されるが,弁体25はスタッド5によって回転を拘束されているので,軸方向に沿ってリードスクリュー17から離れる方向(図1左向き),すなわち弁座26側に前進する。そして,弁体25が弁座26に当接したところで,流体経路が閉塞されて流体が遮断される。さらにロータ16を正回転させると,弁体25が弁座26に当接しているので,弁体25は固定されたままでリードスクリュー17およびロータ16が後退し,螺旋バネ30が縮む。その結果,螺旋バネ30がロータ16およびリードスクリュー17を介して弁体25を弁座26側に弾性的に押圧する。
【0030】ここで,流体遮断装置の使用期間の大半を占める正常時には,弁体25を弁座26側に押圧する螺旋バネ30は自然長に近い状態であり,螺旋バネ30の弾性力が経時的に低下することはほとんどなく,また異常時に流体を遮断したときには,ロータ16が後退するほど螺旋バネ30の弾性力が強大になり,弁体25は弁座26に強く圧接された状態となるので,信頼性の高い遮断を実現することが可能となる。
【0031】また,こうして閉塞された流体経路を開放して流体の供給を再開する際には,ステータ4の各マグネットワイヤ9に通電してロータ16を逆回転させる。すると,ロータ16に同期してリードスクリュー17が逆方向に回転し,その回転力が弁体25に伝達されるが,弁体25はスタッド5によって回転を拘束されているので,軸方向に沿って弁座26から離れる方向(図1右向き),すなわちリードスクリュー17側に後退する。その結果,弁座26と弁体25との間に隙間ができ,再度この隙間を通って流体が供給されるようになる。
【0032】この際,ロータ16とアウターブッシュ3との間にはスラスト玉軸受18が介挿されているので,ロータ16とアウターブッシュ3との間で発生する軸方向の荷重をスラスト玉軸受18によってころがりで受け,トルク損失を大幅に軽減することができる。その結果,双方向流体弁モータ1の出力トルクを弁体25の後退動作に効率よく変換できることから,たとえ弁体25が弁座26に貼り付いていても弁体25を円滑に後退させることが可能となり,復元不能になる事態を回避することができる。
【0033】また,アウターブッシュ3のスタッド5は本体31と一体に形設されているので,リードスクリュー17とスタッド5とは位置度が高く,リードスクリュー17の回転軸に対してスタッド5が位置ずれを生じることはない。その結果,リードスクリュー17の回転運動を弁体25の直線運動に支障なく変換することができ,従って流体経路の開閉動作を支障なく実施することが可能となる。
【0034】さらに,アウターブッシュ3およびインナーブッシュ12は自己潤滑性を有しているので,潤滑剤を塗布しなくてもリードスクリュー17の円滑な回転を長期にわたって持続させることができる。」

・「【0036】また,上述の実施形態においては,スラスト荷重用ころがり軸受としてスラスト玉軸受18,24を用いた双方向流体弁モータ1について説明したが,図4および図5または図6に示すように,2枚のワッシャ20,21間に6個の鋼球,合成樹脂球などのボール19を円周上に配置して転動自在に保持し,これをスラスト荷重用ころがり軸受として採用することもできる。このようにすれば,高価なスラスト玉軸受18,24が不要となるので,材料コストを低減することができる。また,ボール19の前後両側にはワッシャ20,21が存在するので,ボール19がアウターブッシュ3や樹脂13にめり込む事態は発生せず,ボール19のめり込みによる双方向流体弁モータ1のトルク損失を防ぐことが可能となる。」

・「【0038】
【発明の効果】以上説明したように,本発明のうち双方向流体弁モータの発明によれば,鍔付きカップ状のケーシング6を有し,このケーシング6の外周にステータ4を装着し,前記ケーシング6の開口部にアウターブッシュ3を嵌着し,このアウターブッシュ3にスタッド5を偏心させて前方に突設し,前記ケーシング6内にインナーブッシュ12を挿設し,前記アウターブッシュ3および前記インナーブッシュ12にリードスクリュー17をその先端の雄ネジ部17aが当該アウターブッシュ3より前方に突出した状態で正逆方向に回転自在に支持し,このリードスクリュー17にロータ16を前記ステータ4に対向する形で取り付け,このロータ16と前記アウターブッシュ3との間にスラスト玉軸受18等のスラスト荷重用ころがり軸受を介挿するようにして構成したので,ロータ16とアウターブッシュ3との間で発生する軸方向の荷重をスラスト荷重用ころがり軸受によってころがりで受け,トルク損失を大幅に軽減できるため,双方向流体弁モータ1の出力トルクを弁体25の後退動作に効率よく変換できることから,弁体25が弁座26に貼り付いた場合でも確実に復元することが可能となる。また,摩擦負荷の低減によって高周波運転が可能となるため,弁体25の開閉レスポンスが向上するとともに,消費電力も低減し,高信頼性,低消費電力化に寄与するところが大きい。」

・図1及び図4には,双方向流体弁モータを示す断面図が示されている。

・上記図示内容と上記記載事項とから,次の事項が理解できる。
・・ケーシング6は,ステータ4とロータ16の間に介在しロータ16を収納して流体経路との気密性を保持すること。
・・インナーブッシュ12とアウターブッシュ3とは,ともに自己潤滑性のある合成樹脂からなるラジアル荷重用の軸受の機能を有すること。
・・ワッシャ22,螺旋バネ30及びワッシャ23とからなるものは,弁体25が弁座26に当接し,さらにロータ16が正回転すると,螺旋バネ30がロータ16を介して弁体25を弁座26側に押圧するから,スラスト荷重用の軸受の機能を有し,ロータ16に当接すること。
・・ラジアル用のインナーブッシュ12と,スラスト用のワッシャ22,螺旋バネ30及びワッシャ23とからなるものとが,ケーシング6内の底部から中央にかけ挿設され,リードスクリュー17の一方を回転自在に支持すること。
・・ラジアル用のアウターブッシュ3とスラスト用のスラスト玉軸受18とが,リードスクリュー17の他方を回転自在に支持すること。
・・シールドリング8は,ケーシング6の鍔部に載置し,段付フランジ2と平板フランジ7との間に組み付けられ,段付きフランジ2との間で流体シールド性を高くすること。
・・ガス緊急遮断装置は,ロータ16の回転により弁体25が前進または後退するように,雄ネジ部17aと協働する弁体側に形成されたものを有し,それと雄ネジ部17aとからなる,回転運動を直線運動に変換する変換部というべきものを有すること。
・・スラスト玉軸受18はスラスト荷重用転がり軸受で,そのスラスト方向にあるアウターブッシュ3とロータ16に当接すること。
・・スラスト玉軸受18に替えて2枚のワッシャ20,21間に6個の鋼球,合成樹脂球などのボール19を円周上に配置して転動自在に保持し,これをスラスト荷重用ころがり軸受として採用することもできること。
・・弁体25の後退動作により流体の供給を再開する際ロータ16とスラスト玉軸受18とが当接することによるトルク損失があること。
・・弁体25が弁座26に当接する異常時にロータ16とスラスト用のワッシャ22,螺旋バネ30及びワッシャ23とからなるものとが当接することによるトルク損失があること。
・・スラスト玉軸受18によりトルク損失を軽減できること。

上記事項から,甲第1号証には,次の発明(以下,「甲第1号証記載の発明」という。)が記載されていると認めることができる。

「マグネットワイヤ9を具備するステータ4と,前記マグネットワイヤ9への通電によって回転するロータ16と,前記ロータ16のリードスクリュー17と,前記ステータ4とロータ16の間に介在し前記ロータ16を収納して流体経路との気密性を保持する鍔付きカップ状のケーシング6と,前記ケーシング6内の底部から中間部にかけ挿設し前記リードスクリュー17の一方を回転自在に支持するラジアル用のインナーブッシュ12と,スラスト用のワッシャ22,螺旋バネ30及びワッシャ23とからなるもの,前記ケーシング6の開口部に嵌着され前記リードスクリュー17の他方を回転自在に支持するラジアル用のアウターブッシュ3とスラスト用のスラスト玉軸受18と,前記ケーシング6の鍔部に載置し,段付フランジ2と平板フランジ7との間に組み付けられ段付きフランジ2との間で流体シールド性を高くするシールドリング8と,前記ロータ16の回転を前進または後退に変換する変換部と,前記変換部を介して流体経路に形成された弁座26に当接し,弁座26から離れることにより流体経路の開閉動作を行う弁体25と,
前記弁体25を弁座26側に弾性的に押圧する螺旋バネ30とを有し,
前記変換部は,リードスクリュー17に形成した雄ネジ部17aと弁体25側に形成されたものとの協働により回転運動を直線運動に変換し,
前記ラジアル用のアウターブッシュ3とスラスト用のスラスト玉軸受け18とラジアル用のインナーブッシュ12と,スラスト用のワッシャ22,螺旋バネ30及びワッシャ23とからなるものは,それぞれ前記リードスクリュー17を回転自在に支持するアウターブッシュ3とインナーブッシュ12のラジアル用と前記ロータ16と当接するスラスト玉軸受18とワッシャ22,螺旋バネ30及びワッシャ23とからなるもののスラスト用を有し,弁体25の後退動作により流体の供給を再開する際に当接する前記ロータ16と前記スラスト玉軸受18とによるトルク損失と,弁体25が弁座26に当接する異常時に当接する前記ロータ16と前記スラスト用のワッシャ22,螺旋バネ30及びワッシャ23とからなるものによるトルク損失とがあり,スラスト玉軸受18によりトルク損失を軽減できるガス緊急遮断装置。」

イ 同じく,本件特許の原出願(特願平11-106245号)の出願日前に頒布された特開平5-71655号公報(甲第2号証)には,「モータ駆動双方向弁とそのシール構造」として,図面と共に次の事項が記載されている。

・「【0006】
【課題を解決するための手段】上記目的を達成するため,第1の発明に係るモータ駆動双方向弁装置は,回転軸28の左端にリードスクリュー28aを形成した正逆回転可能なモータDと,このモータDの取付板23との間に装着されたスプリング24により弁座21に密着する弁体22と,先端部25aがこの弁体22の保持板22aに固定され,前記リードスクリュー28aと螺合して左右に移動する弁体移動手段25とより構成される。また,第2の発明に係る外部操作用円盤装置は,第1の発明に係るモータ駆動双方向弁装置を停電時等の緊急時に,外部から手動等の操作により,弁体22と弁座21に密着し又は弁座21から離隔させるために,この弁体移動手段25とは反対側にモータに外部操作手段40を付属させたものである。さらに,第3の発明は,第1又は第2の発明における弁体移動手段25の実施態様である。そして,第4の発明は,第1の発明のモータ駆動双方向弁装置におけるシール構造において,その両端縁が軸受保持盤22aの外周面に接するとともに,残りの部分はステータヨーク37の内周面に接するように,黄銅等の非磁性材の薄板パイプ38を配設し,この薄板パイプ38の両端縁においてモータの取付板23,33及びステータヨーク37,37とにより包囲される隙間にOリング等のシール材39,39を嵌装したものである。
【0007】
【作用】上記構成の弁体移動手段25により,弁体22は弁座21に密着されてガス通路等を遮断してガス流を停止させるとともに,弁座21から離隔保持してガス通路を開放する。また,弁体移動手段25のみがガス通路隔壁内に配置され,他のモータ構成部分はガス通路隔壁外に配置されているから,このモータのステータヨーク37内周面及び軸受保持盤32の外周面に接する薄板パイプ38と,これらにより形成される隙間にOリング等のシール材39を嵌装するシール構造のため,シール材39は移動部分との接触がなくなるので,双安定弁の負荷が安定する。さらには,外部操作手段としての円盤40を備えたことにより,停電中の緊急時には,工具(ドライバ等)により,円盤40を押し込んで,その突起140aを回転軸28の先端溝28bに係合することにより,弁体22と弁座21の開閉を手動操作により行うことが可能になる。
【0008】
【実施例】以下,本発明の実施例について図面を参照して説明する。図1は第1の発明及び第2の発明の実施例を示す要部断面図であって,開弁時を示している。弁体22は,略灰皿状で中央に透孔22bのある弁体保持板22aと,ゴム材等の弾性材で形成され,前記弁体保持板22aに嵌着されたシール板22Cとから構成されている。そして,弁体22は,流通路の側壁の開口(図示していない)に外側から取り付けられた取付板23に,スプリング24を介して取り付けられており,該スプリング24は弁体22を弁座21に押し付ける方向(図面上,左右)に付勢している。また,弁体22の保持板22aの中央孔22bには弁体移動手段25の先端部25aが貫通した後,Eリング26で連結されている。
【0009】図2は弁体移動手段25の一実施例の要部断面及び上面を示しており,円筒状本体25bの先端部25aには段差部25Cが形成され,下端部(図面上,右端部)にはフランジ部25dが延設されている。そして,該フランジ部25dの凹部には環状盤25eが支持板25hによってねじ25iにて固定支持されている。なお,25fは雌形スクリューねじで,弁体移動手段25の中央貫通孔25gとの連通孔125e内周面に設けられている。
【0010】また,図1において,27は取付板23に固定されている弁体移動手段25の回り止め棒であり,弁体移動手段25のフランジ部25dにおいて,ねじ25iの固定位置に対して直角をなす位置に設けられた透孔125dに遊嵌されている。28は丸棒状の回転軸で,取付板23を左側に貫通して,その先端部のリードスクリュー28aは弁体移動手段25の中央貫通孔25gに設けられている,環状盤25eの雌形スクリューねじ25f(図2参照)と螺合している。したがって,弁体移動手段25はリードスクリュー28aの回転に従動して左右に移動する。29は前記回転軸28と一体のロータで,30はロータ29外周面に配設された分極着磁された永久磁石である。そして,31は回転軸28のための軸受で,この軸受の環状保持盤32を介して取付板23,33に取り付けられている。ここで,取付板33は,第1の発明では一点鎖線にて閉結されており,図の実線部は第2の発明を示している。さらに,34は,環状の永久磁石30の外周面から僅かに離隔するように環装されているロータ回転手段である。該ロータ回転手段34は次のように構成されている。すなわち,コイルボビン35,35に巻回された電磁コイル36,36が前記永久磁石30に対向して環装するように配置され,各電磁コイル36,36はそれぞれステータヨーク37内に収納されている。なお,図示していないが,図3と同様に,ステータヨーク37は,内周縁に複数枚の磁極歯を有する環状内ヨーク板と,この磁極歯と交互に配設される磁極歯を内周縁に有する円筒状外ヨークが上下(図面上,左右)から接合され溶着されている。さらにまた,38は黄銅などの非磁性材の薄板パイプで,その幅方向の両端部38a,38aは前記軸受保持盤32,32の外周面に接し,かつ,その中央部38bがステータヨーク37と接するように嵌装されており,このパイプ38の両端部38a,38aと取付板23,33及びステータヨーク37,37とで包囲される空隙はOリング等のシール材39により嵌装シールされている。そして,取付板23,33をステータヨーク37,37に螺着することによって,軸受31,保持盤32,パイプ38,Oリング39,ステータヨーク37,取付板23,33は一体に固定されて組立てられる。
【0011】ところで,40は,手などにより工具を使用して双方向弁を外部から操作するための外部操作手段であり,内面40aには突起140aが設けられており,また,外面40bには工具等との嵌合溝140bが設けられている。さらに,外周面40Cには溝140Cが設けられていて,Oリング等のシール材41が嵌装されて取付板33内面との気密を保持し,かつ,スプリング42を介して移動可動に取り付けられている。
【0012】本発明に係る上記構成の実施例は次のように動作する。電磁コイル36に所定の制御パルス電圧を印加することにより磁束が発生し,ステータヨーク37,37内に導かれる。これにより発生する磁界とロータ29の外周に環装されている永久磁石30間の電磁作用により,ロータ29がステップ回転させられる。したがって,このロータ29と一体の回転軸28も同時にステップ回転し,そのリードスクリュー28aのスクリューねじと螺合している雌形スクリューねじのある弁体移動手段25がステップ移動する。このため,弁体移動手段25の先端部25aとEリング26により固定されている保持板22aと共に,弁体22が左方向に移動し,弁座21に密着する。また,逆に,上記と反対の制御パルスでリードスクリュー28aを右方向に移動させることにより,スプリング24の付勢力に対抗して弁体22を移動させ,ガス通路を開放して双方向弁を復帰させることができる。」

・「【0014】さらに,この双方向弁を開放したとき,ロータ内部にガスの漏入があっても,薄板パイプ38とOリング39及びOリング41によって,モータ駆動双方向弁装置は気密が確保され,装置を通して流通路以外の外部へのガス漏洩が防止される。外部操作手段40のない第1の発明の場合は取付板33が一点鎖線で示されるように閉結されているから,この場合には,薄板パイプ38とOリング39によって,装置外へのガス漏洩が防止されるのである。
【0015】
【発明の効果】以上詳細に説明したように,本発明によれば,次に記載する効果を奏する。弁体移動手段はモータの外側に設け,モータのステータヨーク内周面を非磁性材の薄板パイプで覆うとともに,このパイプの幅方向の両端部をOリング等のシール材で装填し固定したので,静止部分でのシール構造が得られるようになり,弁体移動手段との摩擦を避けることが可能となったので,Oリングの劣化により負荷が増大するという従来シール構造の問題点が解消されるため,負荷の安定性を保持できるとともに,高い信頼性を実現できる。また,外部操作手段を設けることにより,停電時でも,工具等の使用により,手動で双方向弁の開閉が可能になる。」

・図1には,モータ駆動双方向弁の要部断面図が示されている。

・上記図示内容と上記記載事項とから,取付板23側の軸受31と取付板33側の軸受31は,それぞれ回転軸28に接触するラジアル軸受部とロータ29と当接するスラスト軸受部を有すること,が理解できる。

したがって,甲第2号証には,本件特許の請求項1の記載に倣うと,次の事項(以下,「甲第2号証記載の発明」という。)が記載されていると認めることができる(かっこ内に,甲第2号証記載の発明の用語が相当すると認められる本件特許発明の特定事項を記載した。)。

・「電磁コイル36(コイル)を有するロータ回転手段34(ステータ)と,前記電磁コイル36への制御パルス電圧の印加によって励磁され回転するロータ29(ロータ)と,前記ロータの回転軸28(回転軸)と,前記ロータ回転手段34とロータ29の間に介在し前記ロータ29を収納して流通路(ガス流路)との気密性を保持する薄板パイプ38とOリング39と閉結した取付板33(気密隔壁)と,前記薄板パイプ38とOリング39と閉結した取付板33の取付板33の部分(底部)に設け前記回転軸28の一方を受ける取付板33側の軸受31(第2の軸受)と,前記薄板パイプ38とOリング39と閉結した取付板33の取付板23側(開口側)に挿入され前記回転軸28の他方を受ける取付板23側の軸受31(第1の軸受)と,前記薄板パイプ38とOリング39と閉結した取付板33の外周に配し取付板23(ベース板)との間で気密性を保持するOリング39(シール材)と,前記ロータ29の回転を直動に変換するリードスクリュー28aと雌形スクリューねじ25f(変換手段)と,前記リードスクリュー28aと雌形スクリューねじ25fを介して流通路に配設した弁座21(弁座)への当接,離反により流通路(流路)の開閉を行う弁体22(弁体)と,前記弁体22を弁座21側に付勢するスプリング24(付勢手段)とを備え,前記リードスクリュー28aと雌形スクリューねじ25fは,回転軸28に形成したリードスクリュー28a(ねじ部)と弁体22側に形成した雌形スクリューねじ25f(ナット部)の螺合(係合)により回転運動を直進運動に変換し,前記取付板23側の軸受31と取付板33側の軸受31は,それぞれ前記回転軸28に接触するラジアル軸受部と前記ロータ29と当接するスラスト軸受部を有したモータ駆動双方向弁装置(流体制御弁)。」

(2)対比
本件特許発明と甲第1号証記載の発明とを対比する。また,本件特許発明を「前者」ともいい,甲第1号証記載の発明を「後者」ともいう。

まず,本件特許発明の「前記コイルへの通電によって励磁され回転するロータ」の技術内容は,「ステータのコイルへの通電によってコイルが励磁されて発生する磁界と磁石の電磁作用により回転するロータ」というような技術内容であると解せる。

次に,機能・構造からすると,後者の「マグネットワイヤ9」は前者の「コイル」に相当し,後者の「具備する」態様は前者の「有する」態様に相当し,後者の「ステータ4」は前者の「ステータ」に相当し,後者の「マグネットワイヤ9への通電によって回転する」態様は前者の「コイルへの通電によって励磁され回転する」態様に相当し,後者の「ロータ16」は前者の「ロータ」に相当し,後者の「リードスクリュー17」は前者の「回転軸」に相当し,後者の「流体経路」は,ガス緊急遮断装置の流体経路であるから,前者の「ガス流路」及び「流路」に相当し,後者の「鍔付きカップ状」は前者の「有底筒状」に相当し,後者の「ケーシング6」は前者の「気密隔壁」に相当し,後者の「ケーシング6内の底部から中間部にかけ挿設し」た態様と前者の「気密隔壁の底部に設け」た態様とは「気密隔壁の内部に設け」た概念で共通し,後者の「リードスクリュー17の一方を回転自在に支持する」態様は前者の「回転軸の一方を受ける」態様に相当し,後者の「ラジアル用のインナーブッシュ12とスラスト用のワッシャ22,螺旋バネ30及びワッシャ23とからなるもの」はスラスト用及びラジアル用の軸受といえ,それと前者の「第2の軸受」とは,どちらも回転軸の一方を受ける軸受であるから「一方の軸受」の概念で共通し,後者の「開口部に嵌着され」た態様は前者の「開口側に挿入され」た態様に相当し,後者の「リードスクリュー17の他方を回転自在に支持する」態様は前者の「回転軸の他方を受ける」態様に相当し,後者の「ラジアル用のアウターブッシュ3とスラスト用のスラスト玉軸受18」はスラスト用及びラジアル用の軸受といえ,それと前者の「第1の軸受」とは,どちらも回転軸の他方を受ける軸受であるから「他方の軸受」の概念で共通し,後者の「ケーシング6の鍔部に載置し段付フランジ2と平板フランジ7との間に組み付けられ,段付きフランジ2との間で流体シールド性を高くするシールドリング8」と前者の「気密隔壁の外周に配しベース板との間で気密性を保持するシール材」とは,後者の「ケーシング6の鍔部」と前者の「気密隔壁の外周」とは「気密隔壁の所定位置」の概念で共通し,後者の「載置し」た態様は前者の「配し」た態様に相当し,後者の「段付フランジ2」は前者の「ベース板」に相当し,後者の「流体シールド性を高くする」態様は前者の「気密性を保持する」態様に相当し,後者の「シールドリング8」は前者の「シール材」に相当するから,結局,「気密隔壁の所定位置に配しベース板との間で気密性を保持するシール材」の概念で共通し,後者の「前進または後退」は前者の「直動」に相当し,後者の「変換部」は前者の「変換手段」に相当し,後者の「形成された」態様は前者の「配設した」態様に相当し,後者の「弁座26」は前者の「弁座」に相当し,後者の「弁座26に当接し,弁座26から離れることにより」は前者の「弁座への当接,離反により」に相当し,後者の「開閉動作を行う」態様は前者の「開閉を行う」態様に相当し,後者の「弁体25」は前者の「弁体」に相当し,後者の「弾性的に押圧する」態様は前者の「付勢する」態様に相当し,後者の「螺旋バネ30」は前者の「勢手段」に相当し,後者の「有し」た態様は前者の「備え」た態様に相当し,後者の「形成された」態様は前者の「形成した」態様に相当し,後者の「雄ネジ部17a」は前者の「ねじ部」に相当し,後者の「弁体25側に形成されたもの」と前者の「弁体側に形成したナット部」は「弁体側に形成されたもの」の概念で共通し,後者の「協働により」と前者の「係合により」は「協働により」の概念で共通し,後者の「直線運動」は前者の「直進運動」に相当し,後者の「リードスクリュー17を回転自在に支持する」態様は前者の「回転軸に接触する」態様に相当し,後者の「アウターブッシュ3とインナーブッシュ12のラジアル用」は前者の「ラジアル軸受部」に相当し,後者の「スラスト玉軸受18とワッシャ22,螺旋バネ30及びワッシャ23とからなるもののスラスト用」は前者の「スラスト軸受部」に相当し,後者の「弁体25の後退動作により流体の供給を再開する際」は前者の「弁開動作時」に相当するから,後者の「弁体25の後退動作により流体の供給を再開する際当接する前記ロータ16と前記スラスト玉軸受18」は前者の「弁開動作時当接する前記ロータと前記スラスト軸受部」に相当し,後者の「弁体25が弁座26に当接する異常時に」の態様は前者の「弁閉状態時に」の態様に相当するから,後者の「弁体25が弁座26に当接する異常時に当接する前記ロータ16と前記スラスト用のワッシャ22,螺旋バネ30及びワッシャ23とからなるもの」は前者の「弁閉状態時に当接する前記ロータと前記スラスト軸受部」に相当し,前者の「弁体25の後退動作により流体の供給を再開する際に当接する前記ロータ16と前記スラスト玉軸受18とによるトルク損失と,弁体25が弁座26に当接する異常時に当接する前記ロータ16と前記スラスト用のワッシャ22,螺旋バネ30及びワッシャ23とからなるものとによるトルク損失とがあり,スラスト玉軸受18によりトルク損失を軽減できる」態様と後者の「弁開動作時に当接する前記ロータと前記スラスト軸受部との摺動抵抗に対し,弁閉状態時に当接する前記ロータと前記スラスト軸受部部との摺動抵抗を大きくした」態様は「弁開動作時に当接する前記ロータと前記スラスト軸受部と,弁閉状態時に当接する前記ロータと前記スラスト軸受部とがある」の概念で共通し,後者の「流体遮断装置」は前者の「流体制御弁」に相当している。

したがって,両者は,
「コイルを有するステータと,前記コイルへの通電によって励磁され回転するロータと,前記ロータの回転軸と,前記ステータとロータの間に介在し前記ロータを収納してガス流路との気密性を保持する有底筒状の気密隔壁と,前記気密隔壁の内部に設け前記回転軸の一方を受ける一方の軸受と,前記気密隔壁の開口側に挿入され前記回転軸の他方を受ける他方の軸受と,気密隔壁の所定位置に配しベース板との間で気密性を保持するシール材と,前記ロータの回転を直動に変換する変換手段と,前記変換手段を介してガス流路に配設した弁座への当接,離反により流路の開閉を行う弁体と,前記弁体を弁座側に付勢する付勢手段とを備え,
前記変換手段は,回転軸に形成したねじ部と弁体側に形成されたものの協働により回転運動を直進運動に変換し,
前記他方の軸受と一方の軸受は,それぞれ前記回転軸に接触するラジアル軸受部と前記ロータと当接するスラスト軸受部を有し,弁開動作時に当接する前記ロータと前記スラスト軸受部と,弁閉状態時に当接する前記ロータと前記スラスト軸受部とがある流体制御弁。」
の点で一致し,以下の点で相違している。

[相違点1]
「気密隔壁の内部に設け」た一方の軸受の設置箇所に関し,本件特許発明では「底部」であるのに対し,甲第1号証記載の発明では「底部から中央部にかけ」てである点。

[相違点2]
「他方の軸受」と「一方の軸受」に関し,本件特許発明では「第1の軸受」と「第2の軸受」であって「異なる材質を用いて構成する」ものであり,「それぞれラジアル軸受部とスラスト軸受部を有し」ており,「弁開動作時に当接するロータとスラスト軸受部との摺動抵抗に対し,弁閉状態時に当接するロータとスラスト軸受部との摺動抵抗を大きくした」のに対し,甲第1号証記載の発明では「ラジアル用のアウターブッシュ3とスラスト用のスラスト玉軸受18」と「ラジアル用のインナーブッシュ12とスラスト用のワッシャ22,螺旋バネ30及びワッシャ23とからなるもの」であって「異なる材質を用いて構成する」ものであるか否か不明であり,「それぞれラジアル用のアウターブッシュ3,ラジアル用のインナーブッシュ12とスラスト用のスラスト玉軸受18,スラスト用のワッシャ22,螺旋バネ30及びワッシャ23からなるものを有し」ており,「弁開動作時に当接するロータとスラスト玉軸受18とによるトルク損失と,弁閉状態時に当接するロータとスラスト用のワッシャ22,螺旋バネ30及びワッシャ23とからなるものによるトルク損失とがあり,スラスト玉軸受18によりトルク損失を軽減できる」点。

[相違点3]
気密隔壁にシール材を配する箇所に関し,本件特許発明では「外周」であるのに対し,甲第1号証記載の発明では「鍔部」である点。

[相違点4]
回転軸に形成したねじと「弁体側に形成されたものの協働」に関し,本件特許発明では「ナット部」の「係合」と特定されるのに対し,甲第1号証記載の発明ではそのように特定されていない点。

(3)判断
上記相違点について以下検討する。

・[相違点1]について
甲第2号証記載の発明は,閉結された取付板33の部分に取付板33側の軸受31を有しており,ロータの気密機構の底部に設けてあるといえる。
そして,甲第1号証記載の発明においてロータを軸支できる位置の,具体的にどの位置に軸受けを設けるかは設計者が必要に応じて適宜設定し得るから,甲第1号証記載の発明の一方の軸受の軸支位置として甲第2号証記載の発明の軸支位置を採用して,本件特許発明の上記相違点1に係る構成とすることは,当業者が容易に想到し得るものである。

・[相違点2]について
本件特許発明における「ロータとスラスト軸受部との摺動抵抗」との特定事項,特にその「摺動抵抗」という特定事項から,スラスト軸受部は摺動するのであり,滑らせて動く,すなわち,すべり軸受に特定されると解されるところ,さらに,摺動する部分がロータとスラスト軸受部の2つの部材間であることも特定されていると解するのが自然である。加えて,i)ロータとステータ(或いはそれに固定されている部材)との摺動抵抗と特定せず,上記のとおりに特定していることと,ii)本件特許の特許明細書及び図1に記載された実施例のような形態であると上記「ロータとスラスト軸受部との摺動抵抗」の表現が自然であると理解できる一方,例えば,ロータとステータのそれぞれにスラスト軸受部が設けられている場合,上記「ロータとスラスト軸受部との摺動抵抗」の表現は不自然であることとを合わせて考慮すると,本件特許発明は,上記「ロータとスラスト軸受部との摺動抵抗」との特定事項により本件特許の特許明細書及び図1に記載された実施例のように,摺動する部分がロータとスラスト軸受部の2つの部材間である,すべり軸受として,スラスト用の軸受構造が特定されていると解するのが合理的である。なお,上記ii)で例として挙げたロータとステータのそれぞれにスラスト軸受部が設けられているようなものは,本件特許の特許明細書等には記載も示唆もされていないし,本件特許の特許明細書等の記載事項から自明な事項ともいえない。
そして,甲第1号証記載の発明のスラスト用の軸受構造についてみると,一方のワッシャ22,螺旋バネ30及びワッシャ23とからなるものは,それ自体がそれらの接触部で摺動する,すなわちワッシャ22及びワッシャ23と螺旋バネ30との接触部で摺動して軸回りに回転するから,摺動する部分がロータとスラスト軸受部の2つの部材間ではない。他方のスラスト玉軸受18は,一般に軌道輪等と呼ばれるものに対し玉やボールと呼ばれるものがころがることにより,両軌道輪等が相対回転しスラスト玉軸受18自体が軸回りに回転するものであって,摺動する部分がロータとスラスト軸受部の2つの部材間ではないのみならず,すべり軸受ですらない。この「他方のスラスト玉軸受18」の軸回りの回転形態については,スラスト玉軸受18に替えて2枚のワッシャ20,21間に6個の鋼球,合成樹脂球などのボール19を円周上に配置して転動自在に保持し,これをスラスト荷重用ころがり軸受として採用することもできるという甲第1号証記載の発明に関わる事項からすると(甲第1号証の段落【0036】),2枚のワッシャ20,21が軌道輪等と一般に呼ばれるものに当たり,ボール19が玉やボールと呼ばれるものに当たることからも理解できることである。そして,このスラスト玉軸受18と,本件特許発明の摺動抵抗を特定するすべり軸受とは,相容れない軸受構造であるとともに,甲第1号証記載の発明は「弁閉状態時に当接するロータとスラスト軸受部との摺動抵抗を大きくした」ものではない。さらに,甲第1号証記載の発明はすべり軸受14を採用することにより生じる従来技術の課題を,それに替えてスラスト荷重用のころがり軸受であるスラスト玉軸受18を採用して解決するものであるから(甲第1号証の段落【0005】,【0038】等参照。),甲第1号証記載の発明のスラスト玉軸受18に替えてより摺動抵抗のあるすべり軸受を採用することには,阻害要因があるというべきである。
また,甲第2号証記載の発明は,その取付板23側の軸受31と取付板33側の軸受31とが,それぞれ回転軸28に接触するラジアル軸受部とロータ29と当接するスラスト軸受部とを備えた軸受31であって,スラスト軸受部が,ロータとスラスト軸受部の2つの部材間で摺動するすべり軸受の構造を備えるから,本件特許発明の「第1の軸受」及び「第2の軸受」と同様な軸受構造を有する。しかしながら,これら甲第2号証記載の発明の軸受31は「異なる材質を用いて構成する」ものであるか,「弁開動作時に当接するロータとスラスト軸受部との摺動抵抗に対し,弁閉状態時に当接するロータとスラスト軸受部との摺動抵抗を大きくした」ものであるかは不明であるといわざるを得ない。
さらに,第1回口頭審理調書にも記載されているように,本件特許発明の「異なる材質を用いて構成すること」と「摺動抵抗」との因果関係は,「少なくとも材質により摺動抵抗を異ならせる」ことであるが,甲第1号証記載の発明は,スラスト荷重用の軸受構造をすべり軸受に替えてころがり軸受とすることで,トルク損失を軽減できるものであるから(甲第1号証の段落【0038】等参照。),材質により摺動抵抗を異ならせるために異なる材質を用いて構成することの動機がないというべきであり,甲第2号証にも,甲第2号証記載の発明における軸受31が異なる摺動抵抗を備えることについて記載も示唆もないから,その材質についても異ならせる動機がないというべきである。
したがって,甲第1号証記載の発明に甲第2号証記載の発明のスラスト軸受部とラジアル軸受部とを備えた軸受31を採用して,本件特許発明の上記相違点2に係る構成とすることは,当業者が容易に想到し得るものとはいえない。

なお,本件特許発明の「第1の軸受」と「第2の軸受」について,それぞれのスラスト軸受部はロータとの摺動によるすべり軸受の機能を有することが特定されていると解するのが合理的である点に関し,被請求人は『「スラスト軸受部」は,すべり軸受に特定されない。』旨,口頭審理において主張した(第1回口頭審理調書参照。)。しかしながら,上記のとおり,本件特許の特許明細書の記載を参酌しても,本件特許発明の「摺動抵抗」の特定事項から,スラスト軸受部は摺動するのであり,接触して摺りながら滑らせて動くものであって,すべり軸受に特定されると解すべきである。このことは「摺動抵抗」と特定し,「回転抵抗」や「軸受抵抗」等,軸受形式の特定に関わらない用語を用いずにあえて「摺動」の語を用いて特定している点とも整合する。
また,本件特許発明の「第1の軸受」と「第2の軸受」とは,気密隔壁の開口側に挿入され回転軸の他方を受ける第1の軸受と,気密隔壁の底部に設け回転軸の一方を受ける第2の軸受であって,異なる材質を用いて構成するものであり,それぞれ回転軸に接触するラジアル軸受部とロータと当接するスラスト軸受部を有するものであり,弁開動作時に当接するロータとスラスト軸受部との摺動抵抗に対し,弁閉状態時に当接するロータとスラスト軸受部との摺動抵抗を大きくしたとの摺動抵抗の関係が,特許請求の範囲において明確に特定がされている。しかしながら,例えば,それぞれのラジアル軸受部とスラスト軸受部とが別部材から成るものを排除することが特定されているとまで解せる記載はないから,排除されていないラジアル軸受部とスラスト軸受部とが別部材から成るものを,それらは含むといわざるをえない。よって,「第1の軸受」と「第2の軸受」とはそれぞれ一部材からなると特定されているとは必ずしもいえるものではない。

・[相違点3]について
甲第2号証記載の発明は,気密隔壁の円筒部に相当する薄板パイプ38の外周にOリング39を設けている。
しかしながら,甲第1号証記載の発明は,シールドリング8をケーシング6の鍔部に載置し,段付フランジ2と平板フランジ7との間に組み付けて,段付きフランジ2との間で流体シールド性を高くしたものであって,甲第1号証の段落【0028】には「段付きフランジ2と平板フランジ7との間にはシールドリング8が設けられているので,流体シールド性は高く,流体が段付きフランジ2と平板フランジ7との隙間を通って外部に漏出してしまうことはない。」と記載されているから,段付きフランジ2と平板フランジ7との隙間を封止する必要がある。ところが,甲第1号証記載の発明において,シールドリング8をケーシング6の外周に設けるようにすると段付きフランジ2と平板フランジ7との隙間を封止することができないから,シールドリング8を,段付きフランジ2と平板フランジ7との間に設けることに替えてケーシング6の外周に設けるようにすることには阻害要因があるというべきである。また,甲第1号証記載の発明において,段付きフランジ2と平板フランジ7との間に設けることに加えてケーシング6の外周にもシール機構を設ける動機も特段認められない。
したがって,甲第1号証記載の発明に甲第2号証記載の発明の気密隔壁の円筒部に相当する薄板パイプ38の外周にOリング39を設ける技術を採用して,本件特許発明の上記相違点3に係る構成とすることは,当業者が容易に想到し得るものとはいえない。

・[相違点4]について
甲第2号証記載の発明が備えるように,回転軸に形成したねじと「弁体側に形成されたものの協働」を「ナット部」の「係合」に具体化することは,慣用手段といえるものである。
したがって,甲第1号証記載の発明の回転軸に形成したねじと「弁体側に形成されたものの協働」の具体化として甲第2号証記載の発明の「ナット部」の「係合」に係る技術を採用して本件特許発明の上記相違点4に係る構成とすることは,当業者が容易に想到し得るものである。

(4)まとめ
以上のとおり,本件特許発明は,請求人の主張する甲各号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。よって,本件特許発明に係る特許は,請求人の主張する特許法第29条第2項(同法第123条第1項第2号)に係る無効理由を有しない。

以上のとおりであるから,請求人の主張する無効理由2及び提出した証拠方法によっては本件特許発明に係る特許を無効とすることはできない。


第5 むすび

以上のとおりであるから,請求人の主張する無効理由1ないし無効理由2及び提出した証拠方法によっては本件特許発明に係る特許を無効とすることはできない。
審判に関する費用については,特許法第169条第2項の規定で準用する民事訴訟法第61条の規定により,請求人が負担すべきものとする。

よって,結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2014-06-13 
結審通知日 2014-06-17 
審決日 2014-06-30 
出願番号 特願2006-179144(P2006-179144)
審決分類 P 1 113・ 121- Y (H02K)
P 1 113・ 537- Y (H02K)
P 1 113・ 536- Y (H02K)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 安食 泰秀  
特許庁審判長 田村 嘉章
特許庁審判官 新海 岳
平城 俊雅
登録日 2009-10-16 
登録番号 特許第4389904号(P4389904)
発明の名称 流体制御弁  
代理人 阿部 伸一  
代理人 川端 さとみ  
代理人 久米川 正光  
代理人 永島 孝明  
代理人 若山 俊輔  
代理人 安國 忠彦  
代理人 森本 純  
代理人 小松 陽一郎  
代理人 山崎 道雄  

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