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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 A61K
審判 査定不服 1項3号刊行物記載 特許、登録しない。 A61K
管理番号 1291060
審判番号 不服2012-21156  
総通号数 178 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2014-10-31 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2012-10-26 
確定日 2014-08-18 
事件の表示 特願2006-550896「透析用製剤」拒絶査定不服審判事件〔平成18年7月13日国際公開、WO2006/073164〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 1.本願の経緯
本願は、平成18年1月6日(優先権主張 平成17年1月7日)を国際出願日とする特許出願であって、平成23年12月7日付けで拒絶理由が通知され、平成24年2月3日に意見書及び手続補正書が提出され、同年7月25日付けて拒絶査定され、同年10月26日に拒絶査定不服審判が請求されると同時に手続補正書が提出され、平成25年2月1日付けで前置審査の結果が報告され、当審において平成26年2月5日付けで審尋され、同年4月8日に回答書が提出されたものである。

2.本願発明
本願の請求項1に係る発明(以下、「本願発明」という。)は、平成24年10月26日付け手続補正書により補正された特許請求の範囲の請求項1に記載された事項により特定される、以下のとおりのものである。
「【請求項1】
透析患者に対して3回/週の少なくとも8週間の連続透析に用いられる、酢酸及び/又は酢酸塩を含有せず、pH調整剤としてクエン酸及びクエン酸ナトリウムを用いた重炭酸透析剤であって、pH調整剤であるクエン酸およびクエン酸ナトリウムの各濃度について、クエン酸濃度を1.5mEq/L以下とし、クエン酸ナトリウム濃度を0.2?0.5mEq/Lの範囲内となるよう組み合わせ、且つ、透析液のpHを7?8の範囲内に調整することにより、電解質成分としてのイオン化カルシウム濃度を、低カルシウム血症を招かない濃度である1.0mmoL/L以上となるように、透析患者の血中イオン化カルシウム濃度を基準値である2.05?2.60mEq/Lの範囲内に維持することを特徴とする重炭酸透析剤。」

3.原査定の拒絶の理由の概要
原査定の拒絶の理由は、「平成23年12月7日付け拒絶理由通知書に記載した理由2.および3.」というものであるが、このうち理由2.とは次のとおりである。
「この出願の下記の請求項に係る発明は、その出願前に日本国内又は外国において、頒布された下記の刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明であるから、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができない。」
なお、「下記の刊行物」とは次のものである。
「1.特開2003-339853号公報」

4.当審の判断
(1)引用刊行物及びその記載事項
原査定で引用された刊行物である特開2003-339853号公報(以下、「引用文献」という。)には、次の事項が記載されている。

ア.「【請求項1】 重炭酸透析用人工灌流液を調製するための、電解質成分、pH調整剤および/またはブドウ糖を含む透析用剤において、酢酸および/または酢酸塩を含有せず、クエン酸および/またはクエン酸ナトリウムを含有し、調製時のクエン酸イオン濃度が1.4?2.0mEq/Lであることを特徴とする透析用剤。
【請求項2】 調製時、クエン酸由来のクエン酸イオン濃度が1.3mEq/L以上であることを特徴とする請求項1記載の透析用剤。」(特許請求の範囲)

イ.「【従来の技術】
慢性腎不全患者等に行われる、血液浄化療法の最も一般的な療法に血液透析療法(人工透析療法)がある。血液透析治療法では、老廃物の除去、除水を行うほかに、血清電解質濃度の改善、酸塩基平衡の是正等を行うことを目的としている。このために使用する透析液中には大量のアルカリ化剤が必要となるが、これは、生体内のアルカリ化剤である重炭酸イオンが小分子であることから、透析によって除去され、重篤な低HCO_(3)^(-)血症を来すことを予防するためである。したがって、アルカリ化剤として重炭酸塩が最適であることは当然だが、重炭酸透析液では、重炭酸イオンがカルシウムイオンおよびマグネシウムイオンと反応して、不溶性化合物(炭酸カルシウム、炭酸マグネシウムなどの炭酸金属塩)を生成し、不安定であること、また細菌が繁殖しやすいことから、長期間の保存が困難であること等の問題があった。
そこで、酢酸が肝臓で代謝され重炭酸に変換されることを利用して、アルカリ補充を図る手法が確立され、安定した透析液を供給できることから、アルカリ化剤として酢酸塩を用いる酢酸透析が行われるようになった。この結果、高いアルカリ濃度が設定できるようになり、充分な重炭酸の補充が可能となったが、一方、酢酸には血管拡張や心機能の抑制作用がみられ、酢酸の代謝の遅い酢酸不耐症例には、酢酸に起因する透析不均衡症候群の悪化や透析中血中のCO_(2)が大量に透析液中に失われることで、呼吸抑制が生じる等の問題点が出現した。
その後、透析患者の増加や糖尿病などの対象患者の拡大に伴い、透析不均衡症候群の頻度と重症度が高まり、また通常の透析患者でも透析中の不快感が軽微な無症候透析への要求が増えてきたこと、これらの症状の原因として、酢酸の関与が強く疑われたことから、現在では、アルカリ化剤として酢酸塩を用いる酢酸透析から、炭酸水素ナトリウムを用いる重炭酸透析が主流となっている。」(段落0002?0004)

ウ.「【発明が解決しようとする課題】
重炭酸透析では、一般的にはカルシウムイオンおよびマグネシウムイオン等を含む電解質成分、pH調整剤および/またはブドウ糖を含む「A剤」と、重炭酸イオンの炭酸水素ナトリウムからなる「B剤」の2剤構成となっている。これは、重炭酸イオンがカルシウムイオンおよびマグネシウムイオンと反応して不溶性化合物である炭酸金属塩を生成するためである。しかし、重炭酸透析とは言っても、pH調整剤としての酢酸や酢酸ナトリウム等、以前の酢酸透析ほどではないが、8?12mEq/Lの酢酸が入っている。当初は、この程度の酢酸の添加は問題ないと考えられていたが、酢酸は元来生体内にほとんど存在しないものであるため(0.1mEq/L以下)、最近では透析の長期化に伴い、酢酸に起因すると思われる透析中の頭痛や血圧低下等の臨床症状の発現が問題となっている。
また、ダイアライザーの性能の向上等により、酢酸が過度に負荷され循環器に悪い影響を与えるようになり、酢酸不耐症等、酢酸の毒作用は予想以上に強いということが認識されるようになってきた。そこで、酢酸を含まない透析製剤の開発が求められている。
【課題を解決するための手段】
本発明はこのような問題点を解決するために鋭意検討した結果、完成されたものであって、血液透析に使用する重炭酸透析用人工灌流液を調製するための、電解質成分、pH調整剤および/またはブドウ糖を含む透析用剤において、酢酸および酢酸塩を含有しないことを特徴とする透析用剤を提供するものである。」(段落0005?0006)

エ.「【発明の実施の形態】
本発明では、重炭酸透析用人工灌流液を調製するための、電解質成分、pH調整剤および/またはブドウ糖を含む透析用剤において、酢酸および/または酢酸塩を含有せず、生体内にも存在する酸であるクエン酸およびクエン酸ナトリウムを使用することに特徴がある。これにより、酢酸フリーの重炭酸透析用人工灌流液とすることができるものである。
……
この透析用剤は電解質成分、pH調整剤および/またはブドウ糖を含んでおり、電解質成分としては、クエン酸ナトリウム等のクエン酸塩の他、例えば、塩化ナトリウム、塩化カリウム、塩化マグネシウム、塩化カルシウム、乳酸ナトリウム、乳酸カリウム、乳酸カルシウム等が用いられる。好ましい電解質組成物としては、塩化ナトリウム、塩化カリウム、塩化カルシウム、塩化マグネシウム、クエン酸ナトリウムである。
透析剤の各成分の配合量は、適切な濃度に希釈、混合した場合、重炭酸透析用人工灌流液として、下記の濃度であることが好ましい。
Na^(+) 120?150 mEq/L
K^(+) 0?4 mEq/L
Ca^(++) 0?4 mEq/L
Mg^(++) 0?1.5 mEq/L
Cl^(-) 55?135 mEq/L
HCO_(3)^(-) 20?45 mEq/L
クエン酸 1.4?2.0 mEq/L
ブドウ糖 0?3.0 g/L
なお、本発明では、pH調整剤として、クエン酸を使用する。重炭酸透析用人工灌流液を調製した時のpHが約7?8程度に調整できるようにすれば良い。
本発明は、クエン酸および/またはクエン酸ナトリウムを含有し、調製時のクエン酸イオン濃度が1.4?2.0mEq/Lであることを特徴とする透析用剤である。さらに、調製時、クエン酸由来のクエン酸イオン濃度が1.3mEq/L以上であることが望ましい。なお、この「調製時のクエン酸イオン濃度」とは、重炭酸透析用人工灌流液を調製した時の総クエン酸イオン濃度のことである。従来のいわゆる「A剤」においては、酢酸塩が含まれていたのに対し、本発明ではクエン酸および/またはクエン酸ナトリウムを含有することにより、酢酸は一切含まれず、炭酸水素ナトリウムのみをアルカリ化剤として用いることができるので、より生理的な処方であるという利点がある。
また、クエン酸を使用することにより、沈殿抑制効果も期待できる。電解質成分、pH調整剤および/またはブドウ糖を含むいわゆる「A剤」と、重炭酸イオンの炭酸水素ナトリウムからなる「B剤」の2剤は、重炭酸イオンがカルシウムイオンおよびマグネシウムイオンと反応して不溶性化合物である炭酸金属塩を生成するため、一般的には用時、希釈混合後、重炭酸透析用人工灌流液とする。実際の血液透析に要する時間は一般的に5時間程度であるため、重炭酸透析用人工灌流液に調製した液は5時間以上安定であることが望ましい。本実施例では、重炭酸透析用人工灌流液に調製した時の安定性について、8時間以上沈殿が認められないことをもって、安定と判断した。本発明では、クエン酸イオンを含有することにより、その沈殿抑制効果によって、安定性が長く保たれる、という利点もある。」(段落0008?0015)

オ.「(実施例3)重炭酸透析用人工灌流液を調製するための電解質成分、pH調整剤およびブドウ糖を含む透析用剤について、クエン酸を1.4mEq/Lとし、クエン酸ナトリウム濃度を変えることにより、pHが異なる次の8処方を調製する。すなわち、塩化ナトリウム(NaCl)214.8g、塩化カリウム(KCl)5.22g、塩化カルシウム(CaCl_(2)・2H_(2)O)7.72g、塩化マグネシウム(MgCl_(2)・6H_(2)O)3.56g、ブドウ糖52.5gおよびpH調整剤としてクエン酸(C_(6)H_(8)O_(7)・H_(2)O)3.432gを水に溶かして1Lとしたものを処方A(pH1.7)、この処方Aに、クエン酸ナトリウム(C_(6)H_(5)Na_(3)O_(7)・2H_(2)O)0.343gを加えて調製したものを処方B(pH1.9)、クエン酸ナトリウム0.686gを加えて調製したものを処方C(pH2.1)、クエン酸ナトリウム1.029gを加えて調製したものを処方D(pH2.3)、クエン酸ナトリウム1.372gを加えて調製したものを処方E(pH2.4)、クエン酸ナトリウム1.716gを加えて調製したものを処方F(pH2.6)、クエン酸ナトリウム2.059gを加えて調製したものを処方G(pH2.7)、クエン酸ナトリウム2.402gを加えて調製したものを処方H(pH2.8)とする。次に、炭酸水素ナトリウム29.4gを水に溶かし1Lとし、この水溶液35mLにさらに水を加え、ここに処方Aを10mL加え、水を加えて350mLとし、処方Aによる酢酸フリーの重炭酸透析用人工灌流液を調製した。処方BからHについても同様の方法で酢酸フリーの重炭酸透析用人工灌流液を調製した。これらを室温下で保存し、性状を観察した。
この結果、処方A及びBによる重炭酸透析用人工灌流液では8時間後も沈殿は生成しなかった。処方C、D、E、F、G及びHによる重炭酸透析用人工灌流液では48時間後も沈殿は生成しなかった。このことから、重炭酸透析用人工灌流液の安定性は、処方A及びBによる処方でも安定であるが、C、D、E、F、G及びHはさらに優れていると判断された。」(段落0021?0022)

カ.「【発明の効果】
以上説明したように、本発明では、重炭酸透析用人工灌流液を調製するための電解質成分、pH調整剤および/またはブドウ糖を含む透析用剤において、クエン酸および/またはクエン酸ナトリウムを含有し、調製時のクエン酸イオン濃度が1.4?2.0mEq/Lとすることにより、製剤的にも安定、かつ酢酸フリーの生理的な透析用剤を提供することができる。」(段落0023)

(2)引用文献に記載された発明
引用文献には、特許請求の範囲の請求項1及び2(摘示ア)に記載されているように、「重炭酸透析用人工灌流液を調製するための、電解質成分、pH調整剤および/またはブドウ糖を含む透析用剤において、酢酸および/または酢酸塩を含有せず、クエン酸および/またはクエン酸ナトリウムを含有し、調製時のクエン酸イオン濃度が1.4?2.0mEq/Lであり、クエン酸由来のクエン酸イオン濃度が1.3mEq/L以上である透析用剤。」が記載されており、これは、摘示イ?エ、カの記載も踏まえれば、「酢酸及び/又は酢酸塩を含有せず、クエン酸及びクエン酸ナトリウムを用いた重炭酸透析剤」に関するものであることは明らかである。
ここで、「本発明では、pH調整剤として、クエン酸を使用する。」(摘示エ)と記載されているものの、「電解質成分としては、クエン酸ナトリウム等のクエン酸塩の他、……等が用いられる。」(摘示エ)と記載されており、クエン酸ナトリウムはpH調整剤として使用されるものであることは必ずしも明示されてはいないが、実際には、実施例3に「クエン酸を1.4mEq/Lとし、クエン酸ナトリウム濃度を変えることにより、pHが異なる次の8処方を調製する。」(摘示オ)と記載されているとおり、クエン酸とクエン酸ナトリウムの配合量を変更することでpHを調整していることからみて、「クエン酸及びクエン酸ナトリウム」はpH調整剤として使用しているものである。なお、このことは引用文献の実施例2に、「処方(1)のpH調整剤を、クエン酸……およびクエン酸ナトリウム……に変更して調製したものを処方(2)……とする。」(未摘示:段落0019)と記載されていることからも首肯し得るものである。
そして、「重炭酸透析用人工灌流液を調製したときのpHが約7?8程度に調整できるようにすれば良い。」(摘示エ)と記載されているとおり、透析液のpHを7?8の範囲内に調整することも記載されている。
ところで、引用文献の特許請求の範囲(摘示ア)に記載された透析用剤を使用した重炭酸透析用人工灌流液の具体的な調製例として、実施例3において処方C?Fを次のとおり調製している(摘示オ)。すなわち、
塩化ナトリウム(NaCl) 214.8g
塩化カリウム(KCl) 5.22g
塩化カルシウム(CaCl_(2)・2H_(2)O) 7.72g
塩化マグネシウム(MgCl_(2)・6H_(2)O) 3.56g
ブドウ糖 52.5g
クエン酸(C_(6)H_(8)O_(7)・H_(2)O) 3.432g
クエン酸ナトリウム(C_(6)H_(5)Na_(3)O_(7)・2H_(2)O) 〔処方により異なる〕
を水に溶かして1LとしたA剤を調製する。次に炭酸水素ナトリウム29.4gを水に溶かし1Lとし(B剤)、この水溶液35mLにさらに水を加え、ここにA剤を10mL加え、水を加えて350mLとし、酢酸フリーの重炭酸透析用人工灌流液としている。
ここで、各処方で使用したクエン酸ナトリウム量は次のとおりであるところ、調製された重炭酸透析用人工灌流液におけるクエン酸ナトリウム濃度の計算値をかっこ内に併記する。
処方C:0.686g(0.20mEq/L)
処方D:1.029g(0.30mEq/L)
処方E:1.372g(0.40mEq/L)
処方F:1.716g(0.50mEq/L)
(なお、原審において処方C?Eのクエン酸ナトリウムの濃度を約0.23?0.45mEq/Lとしているが、これは計算誤りである。)
そうすると、引用文献には、実施例3(摘示オ)及び他の記載からみて、本願発明にならって記載すれば、次の発明(以下、「引用発明」という。)が記載されているといえる。
「酢酸および/または酢酸塩を含有せず、pH調整剤としてクエン酸およびクエン酸ナトリウムを用いた重炭酸透析用人工灌流液であって、pH調整剤であるクエン酸およびクエン酸ナトリウムの各濃度について、クエン酸濃度を1.4mEq/Lとし、クエン酸ナトリウムの濃度を0.2?0.5mEq/Lの範囲内となるよう組み合わせ、且つ、重炭酸透析用人工灌流液のpHを7?8の範囲内に調整した重炭酸透析用人工灌流液」

(3)対比
本願発明と引用発明とを対比する。
引用発明の「重炭酸透析用人工灌流液」は、本願発明の「重炭酸透析剤」に相当する。
引用発明の「クエン酸濃度1.4mEq/L」は、本願発明のクエン酸濃度である「1.5mEq/L以下」に合致する。(なお、本願明細書にも実施例として具体的に記載された処方はすべて1.4mEq/Lのものである。)
そうすると、両者は、
「酢酸及び/又は酢酸塩を含有せず、pH調整剤としてクエン酸及びクエン酸ナトリウムを用いた重炭酸透析剤であって、pH調整剤であるクエン酸およびクエン酸ナトリウムの各濃度について、クエン酸濃度を1.5mEq/L以下とし、クエン酸ナトリウムの濃度を0.2?0.5mEq/Lの範囲内となるよう組み合わせ、且つ、透析液のpHを7?8の範囲内に調整した重炭酸透析剤」
の点で一致しているものの、次の点で一応相違している。

相違点1:
本願発明においては、「重炭酸透析剤」について「透析患者に対して3回/週の少なくとも8週間の連続透析に用いられる」ものであることが特定されているが、引用発明においてはそのような特定がない点

相違点2:
本願発明においては、クエン酸濃度、クエン酸ナトリウム濃度及び透析液のpHを調整することにより「電解質成分としてのイオン化カルシウム濃度を、低カルシウム血症を招かない濃度である1.0mmoL/L以上となるように、透析患者の血中イオン化カルシウム濃度を基準値である2.05?2.60mEq/Lの範囲内に維持すること」が特定されているのに対し、引用発明ではそのような特定がない点

(4)判断
上記相違点について判断する。
(ア)相違点1について
慢性腎不全患者に対する治療としての血液透析療法は、一般的には週3回行われ、また慢性腎不全という病態から8週間にとどまらずさらに継続して実施されるものであることは当業者において周知の事項である。この点については前置報告書で引用された特表2002-527482号公報の段落0005にも記載されているとおりである。
そして、引用文献には、従来技術として「慢性腎不全患者等に行われる、血液浄化療法の最も一般的な療法に血液透析療法(人工透析療法)がある。」(摘示イ)と記載され、その血液透析療法における透析製剤の問題点(課題)の指摘及びその解決を図る手段が記載されているように(摘示ウ)、引用文献に記載の透析用剤又はそれを使用した重炭酸透析用人工灌流液も、慢性腎不全患者等に行われる血液浄化療法としての血液透析療法に使用されるものにほかならない。
その上、引用発明の基礎とした引用文献の実施例3の処方C?Fのものは、「この結果、処方A及びBによる重炭酸透析用人工灌流液では8時間後も沈殿は生成しなかった。処方C、D、E、F、G及びHによる重炭酸透析用人工灌流液では48時間後も沈殿は生成しなかった。このことから、重炭酸透析用人工灌流液の安定性は、処方A及びBによる処方でも安定であるが、C、D、E、F、G及びHはさらに優れていると判断された。」(摘示オ)と記載されているように、重炭酸透析用人工灌流液として問題のない使用に耐えられるものとして記載されている。
したがって、引用発明の重炭酸透析用人工灌流液も「透析患者に対して3回/週の少なくとも8週間の連続透析に用いられる」ものであると解することが妥当であるといえる。
そうすると、引用発明は、相違点1の点において本願発明と相違するものではない。

(イ)相違点2について
本願発明では、「pH調整剤であるクエン酸およびクエン酸ナトリウムの各濃度について、クエン酸濃度を1.5mEq/L以下とし、クエン酸ナトリウム濃度を0.2?0.5mEq/Lの範囲内となるように組み合わせ、且つ、透析液のpHを7?8の範囲内に調整する」(a)ことにより、「電解質成分としてのイオン化カルシウム濃度を、低カルシウム血症を招かない濃度である1.0mmoL/L以上となるように、透析患者の血中イオン化カルシウム濃度を基準値である2.05?2.60mEq/Lの範囲内に維持する」(b)ものである。すなわち、(a)を行うことで(b)が達成できるものである。このことは、本願明細書に
「本発明が提供する重炭酸透析液は、上記したように、透析液中の至適カルシウム濃度を維持したまま、イオン化カルシウムの濃度を1mmoL/L以上となるようにしたものであるが、その調整は具体的にはpH調整剤として含有させるクエン酸及び/又はクエン酸ナトリウムの添加量を調整することにより行えることが判明した。
本発明者らの検討によれば、その調整は、透析液中のクエン酸濃度を1.5mEq/L以下とし、クエン酸ナトリウム濃度を0.2?0.5mEq/Lの範囲内で組み合わせることによりイオン化カルシウム濃度を1mmoL/L以上となるように調整し得ることが判明した。
なお、本発明が提供する透析液にあっては、そのpHは7?8の範囲内になるように調整され、通常含有されるアルカリ化剤の量とでそのpH調整剤の含有量は異なり、一概に限定できないものであるが、上記のクエン酸及び/又はクエン酸ナトリウムの含有量で目的とするpHの範囲内に調整されると共に、イオン化カルシウム濃度も1mmoL/L以上と調整されることが判明した。」(段落0030?0032)
と記載されていることからも明らかである。
そして、(a)の「pH調整剤であるクエン酸およびクエン酸ナトリウムの各濃度について、クエン酸濃度を1.5mEq/L以下とし、クエン酸ナトリウム濃度を0.2?0.5mEq/Lの範囲内となるように組み合わせ、且つ、透析液のpHを7?8の範囲内に調整する」の点は一致点であって、引用発明も満足しているものであるから、そうすると、(b)の「電解質成分としてのイオン化カルシウム濃度を、低カルシウム血相を招かない濃度である1.0mmoL/L以上となるように、透析患者の血中イオン化カルシウム濃度を基準値である2.05?2.60mEq/Lの範囲内に維持する」ことも引用発明が達成している事項であると解される。
ここで、本願発明の特定事項と直接関連することではないが、透析中にイオン化カルシウムを低下させる要因として、本願明細書には「クエン酸及び/又はクエン酸ナトリウムによるキレート作用」(段落0009)に加えて「重炭酸イオンがカルシウムイオンおよびマグネシウムイオンと反応して不溶性化合物である炭酸金属塩を生成すること」(段落0003、0039)が記載されているところ(引用文献においても摘示イ、エにこれと同旨のことが記載されている。)、引用文献の実施例3(摘示オ)では、A剤における「塩化カルシウム(CaCl_(2)・2H_(2)O)7.72g、塩化マグネシウム(MgCl_(2)・6H_(2)O)3.56g」及びB剤の「炭酸水素ナトリウム29.4g」を使用し(これらは本願明細書の実施例1(段落0042、0044)で使用する量と同じである。)、これらを本願明細書の実施例1(試験2:段落0046)と同一の条件で溶解及び希釈を行って、最終的にカルシウム濃度3.0mEq/L(これは本願明細書の実施例1(段落0051)に記載されたカルシウム濃度と同一である。)、マグネシウム濃度1.0mEq/L、重炭酸イオン濃度35mEq/Lの重炭酸透析用人工灌流液(各濃度は計算値である。)を調製していることからすると、引用発明が上記要因により本願発明とイオン化カルシウム濃度において異なるものになるものとは解されない。
なお、引用文献には、(a)を行うことにより(b)を達成することは記載も示唆もされていないが、本願発明は「重炭酸透析剤」という物の発明であるから、その調整手法が開示されていないとしても、同一の組成の「重炭酸透析剤」((a)を満たすものである。)が開示されていれば、それは本願発明と物として相違するものではなく、その結果(b)は達成されているものと解される。
そうすると、引用発明は、相違点2の点でも本願発明と相違するものではない。

(5)まとめ
以上のとおり、本願発明と引用発明とは相違点が存在しないことから、本願発明は引用文献に記載された発明である。

5.むすび
したがって、本願発明は特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができないものであり、本願は、原査定における理由2.により拒絶すべきものである。
よって、上記結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2014-06-20 
結審通知日 2014-06-25 
審決日 2014-07-08 
出願番号 特願2006-550896(P2006-550896)
審決分類 P 1 8・ 121- Z (A61K)
P 1 8・ 113- Z (A61K)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 伊藤 清子  
特許庁審判長 松浦 新司
特許庁審判官 冨永 保
関 美祝
発明の名称 透析用製剤  
代理人 草間 攻  

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