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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 取り消して特許、登録 C09K
管理番号 1291202
審判番号 不服2013-17430  
総通号数 178 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2014-10-31 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2013-09-09 
確定日 2014-09-09 
事件の表示 特願2008-511603「有機半導体溶液」拒絶査定不服審判事件〔平成18年11月23日国際公開、WO2006/122732、平成20年12月18日国内公表、特表2008-545816、請求項の数(22)〕について、次のとおり審決する。 
結論 原査定を取り消す。 本願の発明は、特許すべきものとする。 
理由
第1 手続の経緯

本願は、2006年5月15日(パリ条約による優先権主張2005年5月18日、独国)を国際出願日とする出願であって、平成24年3月26日付けの拒絶理由が通知され、同年7月3日付けで特許請求の範囲についての手続補正がされ、平成25年4月30日付け(平成25年5月7日:発送日)で拒絶査定がなされ、これに対し、平成25年9月9日に拒絶査定不服審判の請求がなされるとともに、その請求と同時に特許請求の範囲を補正する手続補正がなされたものである。
その後、当審において、前置報告書に基づく平成25年12月10日付けの審尋がされ、平成26年6月5日付けで回答書が提出されている。

第2 平成25年9月9日付けの手続補正(以下、「本件補正」という。)の適否

1 補正の内容

(1) 本件補正は、平成24年7月3日付けの手続補正によって補正された(以下、「本件補正前」という。)特許請求の範囲の記載を、以下の(A)から(B)に補正するものである。
なお、下線は、補正箇所を示す。

(A)「 【請求項1】
トリプレット状態から発光し即ち燐光を呈し、非晶質膜を形成することができる少なくとも1つの有機半導体及び少なくとも1つの有機溶媒を含む液体組成物であって、ここで、使用されるトリプレットエミッターが、38より大きい原子番号を有する少なくとも1つの金属を含む金属錯体であり、溶液中のトリプレット消光剤の含有量は10ppmより小であることを特徴とする液体組成物。
【請求項2】
溶液、分散液若しくは乳濁液の形であることを特徴とする請求項1記載の組成物。
【請求項3】
組成物が、単一相系の形であることを特徴とする請求項2記載の組成物。
【請求項4】
有機溶媒若しくは有機溶媒の混合物中の有機半導体の溶解度が、室温で大気圧下、少なくとも1g/lであることを特徴とする請求項1乃至3何れか1項記載の組成物。
【請求項5】
有機半導体の少なくとも1つの成分が、3000g/molより大きい分子量MWを有する高分子量であることを特徴とする請求項1乃至4何れか1項記載の組成物。
【請求項6】
トリプレットエミッターが、タングステン、レニウム、ルテニウム、オスミウム、ロジウム、イリジウム、パラジウム、白金及び金から選択される少なくとも1つの金属を含むことを特徴とする請求項5記載の組成物。
【請求項7】
トリプレット消光剤のトリプレットレベルが、トリプレットエミッターのトリプレットレベルより少なくとも0.05eV小であることを特徴とする請求項1乃至6何れか1項記載の組成物。
【請求項8】
トリプレット消光剤が、分子状酸素であることを特徴とする請求項1乃至7何れか1項記載の組成物。
【請求項9】
トリプレット消光剤の含有量が、1ppmより小であることを特徴とする請求項1乃至8何れか1項記載の組成物。
【請求項10】
0.01?20重量%の有機半導体を含むことを特徴とする請求項1乃至9何れか1項記載の組成物。
【請求項11】
溶媒が、モノ-若しくはポリ置換芳香族溶媒又は、蟻酸誘導体、N-アルキルピロリドン及び高沸点エーテルから選択される非芳香族溶媒からなる群より選択されることを特徴とする請求項1乃至10何れか1項記載の組成物。
【請求項12】
モノ-若しくはポリ置換芳香族溶媒が、置換ベンゼン、ナフタレン、ビフェニル及びピリジンである請求項11記載の組成物。
【請求項13】
モノ-若しくはポリ置換芳香族溶媒が、アルキル基(フッ化されていてもよい)、ハロゲン原子、シアノ基、アルコキシ基、ジアルキルアミノ基或いはエステル基により置換された、請求項11記載の組成物。
【請求項14】
少なくとも1つの溶媒が、3-フルオロベンゾトリフルオリド、ベンゾトリフルオリド、ジオキサン、トリフルオロメトキシベンゼン、4-フルオロベンゾトリフルオリド、3-フルオロピリジン、トルエン、2-フルオロトルエン、2-フルオロベンゾトリフルオリド、3-フルオロトルエン、ピリジン、4-フルオロトルエン、2,5-ジフルオロトルエン、1-クロロ-2,4-ジフルオロベンゼン、2-フルオロピリジン、3-クロロフルオロベンゼン、1-クロロ-2,5-ジフルオロベンゼン、4-クロロフルオロベンゼン、クロロベンゼン、2-クロロフルオロベンゼン、p-キシレン、m-キシレン、o-キシレン、2,6-ルチジン、2-フルオロ-m-キシレン、3-フルオロ-o-キシレン、2-クロロベンゾトリフルオリド、ジメチルホルムアミド、2-クロロ-6-フルオロトルエン、2-フルオロアニソール、アニソール、2,3-ジメチルピラジン、ブロモベンゼン、4-フルオロアニソール、3-フルオロアニソール、3-トリフルオロメチルアニソール、2-メチルアニソール、フェネトール、ベンゾジオキソール、4-メチルアニソール、3-メチルアニソール、4-フルオロ-3-メチルアニソール、1,2-ジクロロベンゼン、2-フルオロベンゾニトリル、4-フルオロベラトロール、2,6-ジメチルアニソール、アニリン、3-フルオロベンゾニトリル、2,5-ジメチルアニソール、2,4-ジメチルアニソール、ベンゾニトリル、3,5-ジメチルアニソール、N,N-ジメチルアニリン、1-フルオロ-3,5-ジメトキシベンゼン、フェニルアセテート、N-メチルアニリン、メチルベンゾエート、N-メチルピロリドン、3,4-ジメチルアニソール、o-トルニトリル、ベラトロール、エチルベンゾエート、N,N-ジエチルアニリン、プロピルベンゾエート、1-メチルナフタレン、ブチルベンゾエート、2-メチルビフェニル、2-フェニルピリジン及び2,2’-ビトリルからなる群より選択されることを特徴とする請求項12記載の組成物。
【請求項15】
使用されるすべての溶媒の沸点が、80℃以上であることを特徴とする請求項1乃至14何れか1記載の組成物。
【請求項16】
使用される溶媒は、10ppmより小であるトリプレット消光剤を含むことを特徴とする請求項1乃至15何れか1項記載の組成物。
【請求項17】
組成物は、不活性雰囲気下調製され、及び/又は脱気された溶媒を使用して調製され、及び/又は組成物は、調製後脱気されることを特徴とする請求項1乃至16何れか1項記載の組成物の調製方法。
【請求項18】
組成物は、液体組成物中に少なくとも15分間不活性ガスを通すことにより脱気されることを特徴とする請求項17記載の方法。
【請求項19】
基板への有機半導体層製造のための請求項1乃至16何れか1項記載の組成物の使用。
【請求項20】
有機電子素子のための請求項1乃至15項の何れか1項記載の組成物の使用。
【請求項21】
有機電子素子が、有機若しくはポリマー発光ダイオード、有機太陽電池及び有機レーザーダイオードである請求項20記載の組成物の使用。
【請求項22】
請求項19及び/又は20の何れか1項記載の組成物の印刷プロセスでの使用。
【請求項23】
印刷プロセスがインクジェット印刷であることを特徴とする請求項22記載の使用。」

(B)「 【請求項1】
トリプレット状態から発光し即ち燐光を呈し、非晶質膜を形成することができる少なくとも1つの有機半導体及び少なくとも1つの有機溶媒を含む液体組成物であって、ここで、使用されるトリプレットエミッターが、38より大きい原子番号を有する少なくとも1つの金属を含む金属錯体であり、溶液中のトリプレット消光剤である分子状酸素の含有量は10ppmより小であることを特徴とする液体組成物。
【請求項2】
溶液、分散液若しくは乳濁液の形であることを特徴とする請求項1記載の組成物。
【請求項3】
組成物が、単一相系の形であることを特徴とする請求項2記載の組成物。
【請求項4】
有機溶媒若しくは有機溶媒の混合物中の有機半導体の溶解度が、室温で大気圧下、少なくとも1g/lであることを特徴とする請求項1乃至3何れか1項記載の組成物。
【請求項5】
有機半導体の少なくとも1つの成分が、3000g/molより大きい分子量MWを有する高分子量であることを特徴とする請求項1乃至4何れか1項記載の組成物。
【請求項6】
トリプレットエミッターが、タングステン、レニウム、ルテニウム、オスミウム、ロジウム、イリジウム、パラジウム、白金及び金から選択される少なくとも1つの金属を含むことを特徴とする請求項5記載の組成物。
【請求項7】
トリプレット消光剤である分子状酸素のトリプレットレベルが、トリプレットエミッターのトリプレットレベルより少なくとも0.05eV小であることを特徴とする請求項1乃至6何れか1項記載の組成物。
【請求項8】
トリプレット消光剤である分子状酸素の含有量が、1ppmより小であることを特徴とする請求項1乃至7何れか1項記載の組成物。
【請求項9】
0.01?20重量%の有機半導体を含むことを特徴とする請求項1乃至8何れか1項記載の組成物。
【請求項10】
溶媒が、モノ-若しくはポリ置換芳香族溶媒又は、蟻酸誘導体及びN-アルキルピロリドンから選択される非芳香族溶媒からなる群より選択されることを特徴とする請求項1乃至9何れか1項記載の組成物。
【請求項11】
モノ-若しくはポリ置換芳香族溶媒が、置換ベンゼン、ナフタレン、ビフェニル及びピリジンである請求項10記載の組成物。
【請求項12】
モノ-若しくはポリ置換芳香族溶媒が、アルキル基(フッ化されていてもよい)、ハロゲン原子、シアノ基、アルコキシ基、ジアルキルアミノ基或いはエステル基により置換された、請求項10記載の組成物。
【請求項13】
少なくとも1つの溶媒が、3-フルオロベンゾトリフルオリド、ベンゾトリフルオリド、ジオキサン、トリフルオロメトキシベンゼン、4-フルオロベンゾトリフルオリド、3-フルオロピリジン、トルエン、2-フルオロトルエン、2-フルオロベンゾトリフルオリド、3-フルオロトルエン、ピリジン、4-フルオロトルエン、2,5-ジフルオロトルエン、1-クロロ-2,4-ジフルオロベンゼン、2-フルオロピリジン、3-クロロフルオロベンゼン、1-クロロ-2,5-ジフルオロベンゼン、4-クロロフルオロベンゼン、クロロベンゼン、2-クロロフルオロベンゼン、p-キシレン、m-キシレン、o-キシレン、2,6-ルチジン、2-フルオロ-m-キシレン、3-フルオロ-o-キシレン、2-クロロベンゾトリフルオリド、ジメチルホルムアミド、2-クロロ-6-フルオロトルエン、2-フルオロアニソール、アニソール、2,3-ジメチルピラジン、ブロモベンゼン、4-フルオロアニソール、3-フルオロアニソール、3-トリフルオロメチルアニソール、2-メチルアニソール、フェネトール、ベンゾジオキソール、4-メチルアニソール、3-メチルアニソール、4-フルオロ-3-メチルアニソール、1,2-ジクロロベンゼン、2-フルオロベンゾニトリル、4-フルオロベラトロール、2,6-ジメチルアニソール、アニリン、3-フルオロベンゾニトリル、2,5-ジメチルアニソール、2,4-ジメチルアニソール、ベンゾニトリル、3,5-ジメチルアニソール、N,N-ジメチルアニリン、1-フルオロ-3,5-ジメトキシベンゼン、フェニルアセテート、N-メチルアニリン、メチルベンゾエート、N-メチルピロリドン、3,4-ジメチルアニソール、o-トルニトリル、ベラトロール、エチルベンゾエート、N,N-ジエチルアニリン、プロピルベンゾエート、1-メチルナフタレン、ブチルベンゾエート、2-メチルビフェニル、2-フェニルピリジン及び2,2’-ビトリルからなる群より選択されることを特徴とする請求項11記載の組成物。
【請求項14】
使用されるすべての溶媒の沸点が、80℃以上であることを特徴とする請求項1乃至13何れか1記載の組成物。
【請求項15】
使用される溶媒は、10ppmより小である分子状酸素であるトリプレット消光剤を含むことを特徴とする請求項1乃至14何れか1項記載の組成物。
【請求項16】
組成物は、不活性雰囲気下調製され、及び/又は脱気された溶媒を使用して調製され、及び/又は組成物は、調製後脱気されることを特徴とする請求項1乃至15何れか1項記載の組成物の調製方法。
【請求項17】
組成物は、液体組成物中に少なくとも15分間不活性ガスを通すことにより脱気されることを特徴とする請求項16記載の方法。
【請求項18】
基板への有機半導体層製造のための請求項1乃至15何れか1項記載の組成物の使用。
【請求項19】
有機電子素子のための請求項1乃至15項の何れか1項記載の組成物の使用。
【請求項20】
有機電子素子が、有機若しくはポリマー発光ダイオード、有機太陽電池及び有機レーザーダイオードである請求項19記載の組成物の使用。
【請求項21】
請求項18及び/又は19の何れか1項記載の組成物の印刷プロセスでの使用。
【請求項22】
印刷プロセスがインクジェット印刷であることを特徴とする請求項21記載の使用。」

(2) 上記の本件補正は、以下の補正事項ア、イからなる。

ア 本件補正前の特許請求の範囲の請求項1を削除し、本件補正前の特許請求の範囲の請求項8を独立形式にするとともに、請求項1に繰り上げた上で、「トリプレット消光剤が、分子状酸素であること」との記載を「トリプレット消光剤である分子状酸素」に補正するとともに、本件補正前の請求項9?19、21?23において、引用する他の請求項が順に「請求項1乃至8」、「請求項1乃至9」、「請求項1乃至10」、「請求項11」、「請求項11」、「請求項12」、「請求項1乃至14」、「請求項1乃至15」、「請求項1乃至16」、「請求項17」、「請求項1乃至16」、「請求項20」、「請求項19及び/又は20」、「請求項22」であったところを、補正後の請求項8?18、20?22において順に「請求項1乃至7」、「請求項1乃至8」、「請求項1乃至9」、「請求項10」、「請求項10」、「請求項11」、「請求項1乃至13」、「請求項1乃至14」、「請求項1乃至15」、「請求項16」、「請求項1乃至15」、「請求項19」、「請求項18及び/又は19」、「請求項21」とし、さらに、請求項7、8において、「トリプレット消光剤」を「トリプレット消光剤である分子状酸素」とし、請求項15において、「トリプレット消光剤」を「分子状酸素であるトリプレット消光剤」とする補正事項。

イ 請求項10において、「溶媒が、モノ-若しくはポリ置換芳香族溶媒又は、蟻酸誘導体、N-アルキルピロリドン及び高沸点エーテルから選択される非芳香族溶媒」を「溶媒が、モノ-若しくはポリ置換芳香族溶媒又は、蟻酸誘導体及びN-アルキルピロリドンから選択される非芳香族溶媒」とする補正事項。

2 補正の適否

(1) 補正事項アについて

本件補正の補正事項アは、本件補正前の特許請求の範囲の請求項1を削除するとともに、当該請求項の削除に伴い、他の請求項の引用請求項を整理したものであるから、平成18年法律第55号改正附則第3条第1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法(以下、単に「特許法」という。)第17条の2第4項第1号の請求項の削除を目的とするものに該当する。また、補正事項アについては、特許法第17条の2第3項に違反するところはない。

(2) 補正事項イについて

本件補正の補正事項イは、拒絶査定において明確ではないと指摘された選択肢の1つである「高沸点エーテル」を削除する補正であるから、同法第17条の2第4項第4号の明りょうでない記載の釈明を目的とするものに該当する。また、補正事項イについては、特許法第17条の2第3項に違反するところはない。

なお、本補正事項イにより、平成25年4月30日付け拒絶査定で通知された理由3については、解消している。

(3) 小括

補正事項ア、イについては、特許法第17条の2第3項及び第4項の規定に適合する。
したがって、本件補正は適法になされたものである。

第3 本願発明

本願の請求項1?22に係る発明は、平成25年9月9日付け手続補正書により補正された特許請求の範囲の請求項1?22にそれぞれ記載された事項により特定されるとおりのものであり、そのうち請求項1に係る発明(以下、「本願発明」という。)は次のとおりである。

「 【請求項1】

トリプレット状態から発光し即ち燐光を呈し、非晶質膜を形成することができる少なくとも1つの有機半導体及び少なくとも1つの有機溶媒を含む液体組成物であって、

ここで、使用されるトリプレットエミッターが、38より大きい原子番号を有する少なくとも1つの金属を含む金属錯体であり、

溶液中のトリプレット消光剤である分子状酸素の含有量は10ppmより小であることを特徴とする液体組成物。」

第4 刊行物の記載事項(なお、下線の一部は当審が付与した。)

1 引用例1

原査定の拒絶の理由に引用された、本願出願日前に頒布された特開2002-170677号公報(以下、「引用例1」という。)には、以下の記載がある。

(1) 「【特許請求の範囲】
【請求項1】 基材、透明電極、発光層を含む一層以上の有機化合物層及び背面電極を有する発光素子において、前記発光層が燐光発光性化合物を含有し、前記有機化合物層の少なくとも一層が、脱酸素処理した塗布液を用いた湿式製膜法により製膜した層であることを特徴とする発光素子。」

(2) 「【0002】
【従来の技術】有機物質を使用した有機発光素子は、固体発光型の安価な大面積フルカラー表示素子や書き込み光源アレイとしての用途が有望視されており、近年活発な研究開発が進められている。一般に有機発光素子は発光層を含む有機化合物層及び該有機化合物層を挟んだ一対の対向電極から構成される。このような有機発光素子に電圧を印加すると、有機化合物層に陰極から電子が注入され陽極から正孔が注入される。この電子と正孔が発光層において再結合し、エネルギー準位が伝導帯から価電子帯に戻る際にエネルギーを光として放出することにより発光が得られる。」

(3) 「【0007】
【課題を解決するための手段】上記課題に鑑み鋭意研究の結果、本発明者は、三重項励起子を利用する燐光発光素子は、一重項励起子を利用する蛍光発光素子とは異なり酸素の影響を受けやすく、酸素により消光現象が引き起こされる事実を見出し、予め脱酸素処理した塗布液を用いて有機化合物層を製膜することにより、発光特性に優れた燐光発光素子が得られることを発見し、本発明に想到した。
【0008】即ち、本発明の発光素子は基材、透明電極、発光層を含む一層以上の有機化合物層及び背面電極を有し、該発光層が燐光発光性化合物を含有する素子であって、有機化合物層の少なくとも一層が、脱酸素処理した塗布液を用いた湿式製膜法により製膜した層であることを特徴とする。本発明の発光素子は発光輝度及び発光効率に優れているとともに、低コストで製造でき、また大面積化が可能であるためにフルカラーディスプレイ、バックライト、照明光源等の面光源、プリンター等の光源アレイ等に有効に利用できる。」

(4) 「【0016】脱酸素処理の方法は、塗布液の劣化を引き起こさない方法であれば特に限定されず、加熱による脱酸素処理法、真空による脱酸素処理法、不活性ガスのバブリングによる脱酸素処理法、分離膜による脱酸素処理法等が使用できる。中でも、真空ラインを用いた脱酸素処理が、簡便で短時間にほぼ完全に酸素を除去できる点から好ましい。脱酸素処理は塗布液中の酸素ガス溶解濃度が100ppm以下となるように行えばよい。酸素ガス溶解濃度は50ppm以下とするのが好ましく、30ppm以下とするのがより好ましい。」

(5) 「【0035】(D)発光層
本発明の発光素子において、発光層は燐光発光性化合物を含有する。本発明で用いる燐光発光性化合物は、三重項励起子から発光することができる化合物であれば特に限定されることはない。燐光発光性化合物としては、オルトメタル化錯体又はポルフィリン錯体を用いるのが好ましく、オルトメタル化錯体を用いるのがより好ましい。ポルフィリン錯体の中ではポルフィリン白金錯体が好ましい。燐光発光性化合物は単独で使用しても2種以上を併用してもよい。
【0036】本発明でいうオルトメタル化錯体とは、山本明夫著「有機金属化学 基礎と応用」, 150頁及び232頁, 裳華房社(1982年)、H. Yersin著「Photochemistry and Photophysics of Coordination Compounds」, 71?77頁及び135?146頁, Springer-Verlag社(1987年)等に記載されている化合物群の総称である。オルトメタル化錯体を形成する配位子は特に限定されないが、2-フェニルピリジン誘導体、7,8-ベンゾキノリン誘導体、2-(2-チエニル)ピリジン誘導体、2-(1-ナフチル)ピリジン誘導体又は2-フェニルキノリン誘導体であるのが好ましい。これら誘導体は置換基を有してもよい。また、これらのオルトメタル化錯体形成に必須の配位子以外に他の配位子を有していてもよい。オルトメタル化錯体を形成する中心金属としては、遷移金属であればいずれも使用可能であり、本発明ではロジウム、白金、金、イリジウム、ルテニウム、パラジウム等を好ましく用いることができる。中でもイリジウムが特に好ましい。このようなオルトメタル化錯体を含む有機化合物層は、発光輝度及び発光効率に優れている。オルトメタル化錯体については、特願2000-254171号の段落番号0152?0180にもその具体例が記載されている。」

(6) 「【0052】
【実施例】以下、実施例により本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はそれらに限定されるものではない。
【0053】実施例1
厚み0.2mmのガラス板を2.5cm角に切断して基材を作製し、これを真空チャンバー内に導入した。この基板上に、SnO_(2)含有率が10質量%であるITOターゲットを用いて、DCマグネトロンスパッタ(条件:基材温度100℃、酸素圧1×10^(-3)Pa)により、ITO透明電極を形成した。透明電極の厚みは0.2μmとし、その表面抵抗は10Ω/□であった。
【0054】透明電極を形成した基材を洗浄容器に入れIPA洗浄した後、UV-オゾン処理を30分間行った。続いてこの透明電極上にポリ(エチレンジオキシチオフェン)・ポリスチレンスルホン酸水分散物(BAYER社製、Baytron P:固形分1.3%)をスピンコートし、150℃で2時間真空乾燥して厚み100nmの正孔注入層を形成した。
【0055】次に、ポリビニルカルバゾール(Mw=63000、アルドリッチ製、正孔輸送材料兼ホスト材料)、トリス(2-フェニルピリジン)イリジウム錯体(燐光発光材料)、及び2-(4-ビフェニリル)-5-(4-t-ブチルフェニル)-1,3,4-オキサジアゾール(PBD、電子輸送材料)を40:1:12の質量比でジクロロエタンに溶解し、塗布液を調製した。
【0056】得られた塗布液を図1に示す装置を用いて脱酸素処理した。まず、塗布液2をフラスコ1に入れ、これをコック4を閉じた状態ですりあわせ部3を介して真空ライン9につなぎ合わせた。次にフラスコ1を液体窒素6の入ったジュワー瓶5に入れて塗布液2を凝固させ、コック4及び7を開き真空ポンプ8により真空ライン9全体を真空にした。真空度は10^(-4)mmHgであった。その後、コック4を閉じ、ジュワー瓶5を取り除いてフラスコ1を室温まで徐々に暖め、塗布液に溶解していた酸素ガスを泡として除去した。この操作を5回繰り返し、酸素ガスの泡が出なくなったことを確認した。このとき塗布液の酸素ガス溶解濃度は30ppmであった。脱酸素処理後は、コック7を窒素ライン10側に開け、窒素ガスで真空ライン全体を置換し、フラスコ1を取り外して栓をして保存した。
【0057】脱酸素処理した塗布液をスピンコーターを用いて上記正孔注入層の上に塗布し、室温で乾燥させて厚み100nmの発光層を形成した。更にこの発光層上にパターニングしたマスク(発光面積が5mm×5mmとなるマスク)を設置し、蒸着装置内でマグネシウム/銀合金(マグネシウム:銀=10:1(モル比))を0.25μm蒸着し、銀を0.3μm蒸着して背面電極を形成した。透明電極及び背面電極からアルミニウムのリード線を結線し、積層構造体を形成した。この積層構造体を窒素ガスで置換したグローブボックス内に入れ、ガラス製の封止容器で紫外線硬化型接着剤(長瀬チバ製、XNR5493)を用いて封止し、実施例1の発光素子を作成した。
【0058】実施例2
発光層上に2,2',2''-(1,3,5-ベンゼントリイル)トリス[3-(2-メチルフェニル)-3H-イミダゾ[4,5-b]ピリジン]を1nm/秒の速度で蒸着して厚み0.024μmの電子輸送層を設け、その上に背面電極を設けたこと以外は実施例1と同様に、実施例2の発光素子を作成した。
【0059】比較例1
塗布液の脱酸素処理を行わないこと以外は実施例1と同様に、比較例1の発光素子を作成した。
【0060】発光輝度及び発光効率の評価
東洋テクニカ製ソースメジャーユニット2400型を用いて、上記のように得られた各発光素子に直流電圧を印加して発光させ、輝度を測定した。各発光素子の最高輝度L_(max)、最高輝度L_(max)が得られるときの電圧V_(max)、輝度200cd/m^(2)で発光させたときの発光効率η_(200)、輝度2000cd/m^(2)で発光させたときの発光効率η_(2000)(外部量子効率)を併せて表1に示す。
【0061】
【表1】

【0062】表1より、塗布液の脱酸素処理を行っていない比較例1の発光素子と比較して、本発明の実施例1及び2の発光素子は優れた発光輝度及び発光効率を示すことがわかる。
【0063】
【発明の効果】以上詳述したように、三重項励起子を有効に利用した本発明の発光素子は、発光効率、発光輝度及び耐久性に優れ、製造コストが低く、且つ大面積化が可能であるためにフルカラーディスプレイ、バックライト、照明光源等の面光源、プリンター等の光源アレイ等に有効に利用できる。」

2 引用例2

原査定の拒絶の理由に引用された、本願出願日前に頒布された特開2005-108746号公報(以下、「引用例2」という。)には、以下の記載がある。

(1) 「【0017】
・・・発光層20は、ホールと電子とを再結合させ、発光を与えることができる材料組成物から形成されている。具体的には、本発明の発光層20は、発光材料と、所望するスペクトルの発光を与えることが可能な色素と、本発明において使用する三重項消光剤とを含んで形成されている。これらの材料は、蒸着などの適切な方法により、ホール輸送層18上に堆積されている。
【0018】
本発明において使用することができる発光材料としては、例えばAlq3といったアルミニウムーキノリノール錯体の他、これまで知られたいかなる発光性の低分子材料または高分子材料でも用いることができる。」

(2) 「【0033】
また、本発明において使用することができる添加剤は、いわゆる三重項消光剤として知られる化合物を挙げることができる。本発明において使用することができる添加剤は、三重項消光効率の良い、π電子共役系分子を使用することが好ましく、また上述した色素からの蛍光を吸収しない化合物であることが好ましい。上述した添加剤は、さらに、色素または顔料のS_(1)レベルよりもエネルギー的に高いS_(1)レベルを有することが、生成した色素のS_(1)励起状態からのエネルギー移動による消光を防止する点から好ましい。上述した三重項消光剤として使用することができる添加剤は、具体的には例えば、ナフタレンまたはナフタレン誘導体、アントラセン、またはアントラセン誘導体、ナフタセン、またはナフタセン誘導体、ピレン、またはピレン誘導体、ペリレン、ナフチル系消光剤などを挙げることができる。」

(3) 「【0048】
本発明においては、発光層20における色素の含有量は、発光層を形成する組成物に対して0.1?3質量%とすることが好ましく、より好ましくは、0.1?2質量%とすることができる。また、三重項消光剤の発光層20における含有量は、色素または顔料よりも質量的に多く、1質量%?10質量%とすることができさらには発光材料の結晶形成の点から、4質量%?5質量%の範囲とすることが好ましいことが見出された。また、本発明において上記添加量を三重項消光剤と色素または顔料との比で言えば、三重項消光剤:色素または顔料の比を0.5:1?100:1の範囲で添加することができ、本発明者等は鋭意検討の結果、発光寿命を実際的に有意義な範囲で改善するためのより好ましい範囲として、三重項消光剤:色素または顔料の比を1:1?10:1の範囲とすることができることを見出した。上記の比が1:1以下では、発光寿命の改善に対する改善度合いが充分ではなく、また、10:1を超えると発光効率が低下する傾向が見られるためである。」

3 引用例3

原査定の拒絶の理由に引用された、本願出願日前に頒布された特開2003-253257号公報(以下、「引用例3」という。)には、以下の記載がある。

(1) 「【0001】
【発明の属する技術分野】本発明は、燐光発光剤に関するものであり、さらに詳しくは、インクジェット方式で製造される有機エレクトロルミネッセンス素子材料として好適に用いることができる燐光発光剤および燐光発光剤を含有してなる発光性組成物に関する。」

(2) 「【0007】すなわち、本発明は、下記一般式(1)で表される構造単位を分子中に含有する燐光発光剤、
一般式(1)
【化3】

(式中、Nは窒素原子、Mは2?4価の金属原子、R^(1)は、水素原子、ハロゲン、アルキル基、アリール基から選ばれる1価の置換基、R^(2)は水素原子もしくはメチル基、Yはなしか、カルボニルを含む2価の有機基から選ばれ、Lは有機配位子であり、mは1?3の整数、pは1?4の整数から選ばれる)ならびに前記一般式(1)で表される燐光発光剤を含有する発光性組成物を提供するものである。
【0008】本発明の燐光発光剤は一般式(1)で表される構造単位を含有することを特徴し、好ましくは一般式(1)におけるLの少なくとも一つが一般式(2)で表されるフェニルピリジン誘導体のオルトメタレーション型に配位していることを特徴とする。一般式(1)の構造単位は燐光発光剤の分子中において末端もしくは主鎖中に含まれるものであり、末端及び主鎖両方にあってもよい。また、分子量はゲルパーミエーションクロマトグラフィー (以下GPCと略記)により分析し、ポリスチレン換算で求めた重量平均分子量として、1、000?100、000であり、好ましくは3、000?50、000である。重量平均分子量が1、000未満、及び、100、000を越えた場合、塗布性が低下する為好ましくない。」

(3) 「【0019】・・・本発明の有機エレクトロルミネッセンス素子用発光性組成物の成分として上述した燐光発光剤、有機溶剤を必須成分とするが、塗布性、発光色相、密着性などの特性を調整する目的で、これら以外に芳香族アミン類、カルバゾール類などの正孔輸送性の化合物、オキサジアゾール類、ヒドロキシキノリンのアルミニウム錯体などの電子輸送性の化合物、及び正孔輸送性と電子輸送性の化合物の共重合体を加えることができる。
【0020】前述のピコリン酸含有高分子と反応して、燐光発光剤を形成する金属錯体は中心金属MがPd、Pt、Rh、Ir、Ru、Os、Reから選ばれる金属錯体であり、好ましくはIr、Os、Ptの低分子金属錯体が用いられる。・・・」

4 引用例4

原査定の拒絶の理由に引用された、本願出願日前に頒布された特開2003-253258号公報(以下、「引用例4」という。)には、以下の記載がある。

(1) 「【0001】
【発明の属する技術分野】本発明は、高分子燐光発光剤に関するものであり、さらに詳しくは、インクジェット方式で製造される有機エレクトロルミネッセンス素子材料として好適に用いることができる高分子燐光発光剤およびその製造方法並びにこの高分子燐光発光剤を含有してなる発光性組成物に関する。」

(2) 「【0007】
【課題を解決するための手段】本発明は、下記一般式(1)で表される構造単位を分子中に含有する分子量500以上の高分子燐光発光剤、
【化3】

(1)
(式中、Nは窒素原子、Mは金属原子、R^(1)、R^(2)は、水素原子、ハロゲン、アルキル基、アリール基から選ばれる1価の置換基、Lは有機配位子であり、m、nは1?3の整数、pは1?4の整数から選ばれる)下記一般式(2)で表される構造を有する重合体と金属錯体とを、反応させることを特徴とする、一般式(1)で表される高分子燐光発光剤の製造方法であり、
【化4】

(2)
(式中、N、R^(1)、R^(2)、m、nは前記一般式(1)と同じ)で表される構造単位を分子中に含む高分子化合物と、金属元素M(一般式(1)中のMと同じ)第3の発明は、一般式(1)で表される高分子燐光発光剤、正孔輸送性ポリマー、および有機溶剤を含有することを特徴とする有機エレクトロルミネッセンス素子用の発光性組成物であり、第4の発明として、一般式(1)で表される高分子燐光発光剤とN?ビニルカルバゾールとビニル置換-1?オキサー3,4-ジアゾール化合物との共重合体を含有することを特徴とする有機エレクトロルミネッセンス素子用の発光性組成物を提供するものである。」

5 引用例5

原査定の拒絶の理由に引用された、本願出願日前に頒布された特開2003-252965号公報(以下、「引用例5」という。)には、以下の記載がある。

(1) 「【0030】3-2.発光材料
発光材料としては、例えば、スチルベン構造等の共役系構造を有する化合物、アルミニウムキノリウム錯体等の軽金属錯体や遷移金属錯体等があげられるが、安定性、設計自由性等の面で金属錯体が好ましい。
【0031】本発明の発光素子に用いられる発光材料においては、さらに励起三重項状態からの発光あるいは励起三重項状態を経由する発光、いわゆる燐光発光物質を発光部位に有する化合物が好ましい。燐光発光物質は、励起三重項状態の量子効率の値として0.1以上が好ましく、更に好ましくは0.3以上であり、より一層好ましくは0.5以上である。尚、これらの励起三重項状態の量子効率が高い化合物は、例えば“Handbook of Photochemistry,Second Edition(Steven L. Murovほか著,Marcel Dekker Inc.,1993)などから選ぶことができる。
【0032】本発明の好ましい発光材料の励起三重項状態からの発光あるいは励起三重項状態を経由する燐光発光部位としてはイリジウムや白金等の金属錯体構造及びこれらの誘導体があげられる。燐光性金属錯体構造は励起三重項状態が高温でも比較的安定であり好ましい。
【0033】前記の燐光性金属錯体構造に使用される遷移金属としては、周期表において第1遷移元素系列は原子番号21のScから原子番号30のZnまでを、第2遷移元素系列は原子番号39のYから原子番号48のCdまでを、第3遷移元素系列は原子番号72のHfから原子番号80のHgまでを含める。また前記の励起三重項状態を経由して発光する燐光性金属錯体構造の他の具体的な例としては希土類金属錯体構造を例示することができるが、何らこれに限定されるものではない。この希土類金属錯体構造に使用される希土類金属としては、周期表において原子番号57のLaから原子番号71のLuまでを含める。
【0034】上述した金属錯体構造に使用される配位子の構造としては、アセチルアセトナート、2,2’-ビピリジン、4,4’-ジメチル-2,2’-ビピリジン、1,10-フェナントロリン、2-フェニルピリジン、ポルフィリン、フタロシアニン、ピリミジン、キノリン及び/またはこれらの誘導体などを例示することができるが、何らこれらに限定されるものではない。これらの配位子は、1つの錯体について1種類または複数種類が配位される。また、前記の錯体化合物として二核錯体構造あるいは多核錯体構造や、2種類以上の錯体の複錯体構造を使用することもできる。
【0035】前記の発光体層に用いられる発光材料はそれぞれ単独で各層を形成するほかに、高分子材料をバインダとして各層を形成することもできる。これに使用される高分子材料としては、ポリメチルメタクリレート、ポリカーボネート、ポリエステル、ポリスルホン、ポリフェニレンオキサイドなどを例示できるが、特にこれらに限定されるものではない。」

6 引用例6

原査定の拒絶の理由に引用された、本願出願日前に頒布された特開2005-011578号公報(以下、「引用例6」という。)には、以下の記載がある。

(1) 「【0011】
発光性材料とは、正孔及び電子を注入することによりエレクトロルミネセンスによる発光現象を発生させる材料である。このような発光性材料は、無機化合物にも有機化合物にも見られるが、本発明の如き溶液を塗布する方法においては、有機化合物を用いることが好ましい。また、発光性材料としては、一重項励起により蛍光を発する材料を用いても良いし、三重項励起により燐光を発する材料を用いても良い。また、正孔輸送性材料とは、正孔が移動し易い材料であり、電子輸送性材料とは、電子が移動し易い材料である。」

7 引用例7

原査定の拒絶の理由に引用された、本願出願日前に頒布された特開2004-171943号公報(以下、「引用例7」という。)には、以下の記載がある。

(1) 「【0028】
発光性材料とは、正孔及び電子を注入することによりエレクトロルミネセンスによる発光現象を発生させる材料である。このような発光性材料は、無機化合物にも有機化合物にも見られるが、本発明の如き溶液を塗布する方法においては、有機化合物を用いることが好ましい。また、発光性材料としては、一重項励起により蛍光を発する材料を用いても良いし、三重項励起により燐光を発する材料を用いても良い。また、正孔輸送性材料とは、正孔が移動し易い材料であり、電子輸送性材料とは、電子が移動し易い材料である。」

8 参考文献1

当審において周知事項を例示するためのものであり、本願出願日前に頒布された特開平3-266830号公報(以下、「参考文献1」という。)には、以下の記載がある。

(1) 「次にゲスト色素が分散されるマトリックスについて説明する。このマトリックスとしては、前記ゲスト色素と相溶し、且つ少なくとも前記ゲスト色素をホールバーニングさせる波長において透明な非晶質固体であれば、いかなるものも使用できる。例えば、ポリビニルアルコール(PVA)、ポリメチルメタクリレート(PMMA)、ポリスチレン(PS)、ポリビニルクロライド(PVC)、ポリビニルカルバゾール(PVCz)等の有機非晶質高分子、あるいはエタノール、メタノール等のn-アルコール類、またはグリセロール、エチレングリコール、メチルテトラヒドロフラン(MTHF)等の有機溶媒あるいはこれらの混合物を冷却固化したもの、さらにはゾルゲル法により得られるシリカガラスやアルミナガラス等が挙げられる。これらのマトリックスのうち、分子間が水素結合している水素結合性の非晶質マトリックスが望ましい。」(第6頁右下欄下から第6行?第7頁左上欄第12行)

9 参考文献2

当審において周知事項を例示するためのものであり、本願出願日前に頒布された特開2003-208112号公報(以下、「参考文献2」という。)には、以下の記載がある。

(1) 「【0035】光導電層15としては、(a)無機半導体材料は;アモルファス・シリコンや、ZnSe、CdSなどの化合物半導体、(b)有機半導体材料は;アントラセン、ポリビニルカルバゾールなど、(c)光照射によって電荷を発生する電荷発生材料と、電界によって電荷移動を起こす電荷輸送材料との複合体は;・・・」

第5 当審の判断

1 引用発明

(1) 上記第4の1の上記記載事項を総合し、本願発明の記載ぶりに則って整理すると、引用例1には、次の発明(以下、「引用発明」という。)が記載されている。

「三重項励起子から燐光発光し、ポリビニルカルバゾール(Mw=63000、アルドリッチ製、正孔輸送材料兼ホスト材料)及びジクロロエタンを含む液体組成物であって、ここで、使用される三重項励起子から発光することができる化合物が、トリス(2-フェニルピリジン)イリジウム錯体(燐光発光材料)であり、塗布液中の消光現象が引き起こされる酸素ガスの含有量は30ppm以下である液体組成物。」

2 対比

(1) 本願発明と引用発明とを対比すると、後者の「三重項励起子から燐光発光し、」は、前者の「トリプレット状態から発光し即ち燐光を呈し、」に相当し、後者の「ポリビニルカルバゾール(Mw=63000、アルドリッチ製、正孔輸送材料兼ホスト材料)」は、上記参考文献1、2によると、当該ポリビニルカルバゾールが非晶質体であり、かつ有機半導体であることから、前者の「非晶質膜を形成することができる少なくとも1つの有機半導体」に相当し、後者の「ジクロロエタン」は、前者の「少なくとも1つの有機溶媒」に相当し、後者の「三重項励起子から発光することができる化合物」は、前者の「トリプレットエミッター」に相当し、後者の「トリス(2-フェニルピリジン)イリジウム錯体(燐光発光材料)」は、それに含まれる金属であるイリジウムの原子番号が77であることから、前者の「38より大きい原子番号を有する少なくとも1つの金属を含む金属錯体」に相当し、後者の「塗布液」は、前者の「溶液」に相当し、後者の「消光現象が引き起こされる酸素ガス」は、前者の「トリプレット消光剤である分子状酸素」に相当する。
また、後者の、消光現象が引き起こされる酸素ガスの含有量は「30ppm以下」と前者の、トリプレット消光剤である分子状酸素の含有量は「10ppmより小」とは、その含有量が「所定ppm以下」という限りで共通する。

(2) そうすると、両者は本願発明の用語を用いて表現すると、次の点で一致する。

[一致点]

「トリプレット状態から発光し即ち燐光を呈し、非晶質膜を形成することができる少なくとも1つの有機半導体及び少なくとも1つの有機溶媒を含む液体組成物であって、

ここで、使用されるトリプレットエミッターが、38より大きい原子番号を有する少なくとも1つの金属を含む金属錯体であり、

溶液中のトリプレット消光剤である分子状酸素の含有量は所定ppm以下である液体組成物。」

(3) そして、両者は次の点で相違する。

[相違点]

「溶液中のトリプレット消光剤である分子状酸素の含有量」に関して、

本願発明は、「10ppmより小」であるのに対して、
引用発明は、「30ppm以下」である点。

3 相違点についての判断

(1) 上記相違点について検討する。

ア 本願発明の液体組成物は、「溶液中のトリプレット消光剤である分子状酸素の含有量は10ppmより小であること」とされており、それによって、「ルミネッセンスの消光は、顕著に減少することが見出された。」(【0020】)、「トリプレット状態から発光する有機半導体に関する本発明による液体組成物、特に溶液は、これらフィルムを形成された層のルミネッセンスは消光することはないし、消光しても顕著に低い程度であり、その結果顕著により効率的なエレクトロルミネセンスを呈することから、先行技術による溶液よりも有機電子素子の製造に顕著により適している。」(【0036】)、という効果を奏するものであり、また、燐光を呈する素子として、「実際の適用に対してここで言及される重要な条件は、特に効率的な発光と長時間の駆動寿命である。」(【0003】)というパラメーターについて言及しており、本願明細書に記載された溶液1?4に対する実施例によると、「【0047】
表1 溶液1?4からのPOLY-2140についての素子の結果
【表1】

【0048】
結果から、酸素含有量12ppmは素子性能に強い作用を示し、酸素含有量68ppmは素子性能に非常に強い作用を示す。溶液3と4の場合にはわずかな相違もあるが、これらは、測定範囲及び素子調製での変動である。」とあり、ここから、特に、「初期輝度800Cd/m^(2)での寿命LT-50[h]」に関して、酸素含有量が10ppmより小である1.5ppmの溶液3と、酸素含有量が10ppm以上である12ppmの溶液2を比較すると、溶液3は、溶液2に対して約119%であり、寿命の長時間化が図られていることが分かり、また、同様に、酸素含有量が1.5ppmの当該溶液3と、酸素含有量が0.1?0.2ppmという酸素がほとんど存在しない溶液4を比較すると、「初期輝度800Cd/m^(2)での寿命LT-50[h]」に関して、両者ともに同様の値を有していることから、酸素含有量が10ppmより小である1.5ppmの当該溶液3は、酸素がほとんど存在しない溶液4における寿命の長時間化の特性を十分に備えていると認められることから、特に、寿命の観点については、「酸素含有量が10ppm以上」の溶液に対して、「酸素含有量が10ppmより小」の溶液の方が顕著な効果を有しており、「酸素含有量」が「10ppmより小」であることに技術的意義を見出したものと認められる。

他方、上記引用発明は、「酸素含有量」に関し、「【0016】脱酸素処理の方法は、塗布液の劣化を引き起こさない方法であれば特に限定されず、加熱による脱酸素処理法、真空による脱酸素処理法、不活性ガスのバブリングによる脱酸素処理法、分離膜による脱酸素処理法等が使用できる。中でも、真空ラインを用いた脱酸素処理が、簡便で短時間にほぼ完全に酸素を除去できる点から好ましい。脱酸素処理は塗布液中の酸素ガス溶解濃度が100ppm以下となるように行えばよい。酸素ガス溶解濃度は50ppm以下とするのが好ましく、30ppm以下とするのがより好ましい。」とあるように、実施例及び比較例を参酌しても当該濃度が30ppmかそれ以上のものしかなく、10ppmより小である濃度値については何ら留意しておらず、着目しているパラメーターも「効率」のみであり、本願発明のような10ppmより小で「寿命」が顕著となることに関しては、記載も示唆も見当たらない。

イ 周知技術等について

(ア) 上記「第4」の「2」の引用例2の記載は、燐光ではなく蛍光を発する組成物に関するものであるから、技術分野が相違し、また、トリプレット消光剤において「酸素」についての言及が全くされていない。

(イ) 上記「第4」の「3」?「7」の引用例3?7の記載は、燐光を発する組成物に関するものであるから、技術分野は同一であるものの、トリプレット消光剤自体に留意するものでなく、当然、「酸素」についての言及が全くされていない。

ウ 以上のとおり、引用発明及び引用例2?7には、トリプレット状態から発光し即ち燐光を呈し、非晶質膜を形成することができる少なくとも1つの有機半導体及び少なくとも1つの有機溶媒を含む液体組成物において、溶液中のトリプレット消光剤である分子状酸素の含有量を10ppmより小であることという技術思想は、記載も示唆もされていないことから、上記相違点にかかる本願発明の発明特定事項は、引用発明及び引用例2?7に記載された事項に基いて容易に導き出せるとは言えない。

そして、本願発明は、上記相違点に係る発明特定事項により、上記の通りの効果を奏するものである。

エ よって、本願発明は、引用発明及び引用例2?7に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

また、本願請求項1を引用する本願請求項2?9に係る発明についても同様に、引用発明及び引用例2?7に記載された事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

第6 むすび

以上のとおりであるから、原査定の理由によっては、本願を拒絶することはできない。
また、他に本願を拒絶すべき理由を発見しない。

よって、結論のとおり審決する。
 
審決日 2014-08-25 
出願番号 特願2008-511603(P2008-511603)
審決分類 P 1 8・ 121- WY (C09K)
最終処分 成立  
前審関与審査官 松元 麻紀子  
特許庁審判長 山田 靖
特許庁審判官 豊永 茂弘
國島 明弘
発明の名称 有機半導体溶液  
代理人 岡田 貴志  
代理人 福原 淑弘  
代理人 中村 誠  
代理人 河野 直樹  
代理人 佐藤 立志  
代理人 野河 信久  
代理人 砂川 克  
代理人 堀内 美保子  
代理人 井関 守三  
代理人 蔵田 昌俊  
代理人 峰 隆司  

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