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審決分類 審判 査定不服 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 特許、登録しない。 A61K
管理番号 1292562
審判番号 不服2012-11154  
総通号数 179 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2014-11-28 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2012-06-14 
確定日 2014-10-08 
事件の表示 特願2008-512263「放出を制御した口腔デリバリーシステム」拒絶査定不服審判事件〔平成18年11月30日国際公開、WO2006/127053、平成20年11月20日国内公表、特表2008-540645〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
本願は、2006年1月9日(パリ条約による優先権主張外国庁受理2005年5月23日、米国(US))を国際出願日とする出願であって、平成19年11月16日付けで手続補正書が提出され、平成22年8月27日付けで拒絶理由が通知され、同年11月25日付けで意見書、手続補正書及び手続補足書が提出され、平成23年8月30日付けで拒絶理由が通知され、同年12月5日付けで意見書及び手続補正書が提出されたが、平成24年2月6日付けで拒絶査定がなされ、これに対し、同年6月14日に拒絶査定不服審判の請求がなされるとともに手続補正書が提出され、その後、当審において、平成25年3月11日付けで審尋が通知され、同年7月10日付けで回答書が提出されたものである。

第2 本願発明
本願の請求項1?19に係る発明は、平成24年6月14日付けの手続補正書の特許請求の範囲の請求項1?19に記載された事項により特定されるとおりのものと認められるところ、その請求項1に係る発明(以下、「本願発明」という。)は次のとおりのものである。

「【請求項1】
少なくとも1種類の有効成分と、前記少なくとも1種類の有効成分の少なくとも一部を封入しているポリマーマトリックスとを含有する口腔デリバリーシステムであって、
前記ポリマーマトリックスは、448.2bar(6500psi)以上の引張強度を有し、かつ、0.01質量%?50質量%のASTM D570-98に準拠して測定可能な吸水率を有する少なくとも1種類のポリマーを含有し、
前記少なくとも1種類の有効成分は、トリポリリン酸ナトリウム、並びにトリポリリン酸ナトリウムとステアリン酸ナトリウムとの組合せからなる群より選択され、
前記ポリマーマトリックスは、ポリ酢酸ビニルと水素化油との混合物を含有するシステム。」

第3 原査定の拒絶の理由
1 原査定の拒絶の理由は、「この出願については、平成23年8月30日付け拒絶理由通知書に記載した理由2、3によって、拒絶をすべきものです。」というものであり、そのうち理由3は、「この出願は、特許請求の範囲の記載が下記の点で、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない。」というものである。

2 その概要は、本願発明は、「長期間にわたって口腔内に送達される口腔ケア有効成分の量を制御する口腔デリバリーシステムを提供」(段落【0012】)することをその課題とするものであり、「本発明に有用なポリマーマトリックスは、少なくとも約448.2bar(約6500psi)の引張強度を有している」(段落【0042】)との一般的な記載がなされているものの、この記載を裏付ける引張強度を確認したポリマーマトリックスを使用する実施例等の具体的な記載は何らなされておらず、前記特定の引張強度を有することが、前記課題を解決するための手段として本出願時の技術常識からみて明らかともいえないから、本願発明で特定される引張強度を有するポリマーを使用することにより、上記課題が解決できることを、当業者が認識できるように、明細書に記載されていたとはいえない、というものである。

第4 当審の判断
1 特許法第36条第6項第1号について
特許法第36条第6項第1号は、特許請求の範囲の記載が、「特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであること。」という規定に適合するものでなければならないとするものである。
その趣旨は、特許制度は発明を公開させることを前提に特許を付与するものであるところ、発明の詳細な説明に記載していない発明を特許請求の範囲に記載すると、公開されていない発明について権利を請求することになるから、これを防止するというものである。
そして、特許請求の範囲に記載した発明が、発明の詳細な説明に記載したものであるか否かは、単に表現上の整合性のみで足りるのではなく、発明の詳細な説明の記載により当業者がその発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、あるいはその記載や示唆がなくても当業者が出願時の技術常識に照らしてその発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断する必要がある(知的財産高等裁判所平成17年(行ケ)第10042号大合議判決参照)。
そこで、これらの点を考慮して以下に検討する。

2 本願発明の課題について
(1)本願明細書の【発明が解決しようとする課題】には、次のように記載されている。
「通常、適当な封入材料(ポリ酢酸ビニル(PVAc)等)の選択に際しては、封入材料の分子量に重点が置かれ、一般に、分子量が高いものほど、放出時間が長くなる。しかし、この手法には、有効成分の放出プロファイルの予測可能な変化を封入材料の分子量変化によってしか起こし得ないという制約が存在する。
上述の通り、高濃度の有効成分が送達された後、有効成分がなくなるのではなく、長期間にわたって口腔内に送達される口腔ケア有効成分の量を制御する口腔デリバリーシステムを提供できれば有益である。特に、有効成分の放出の均一性を向上させ、制御された方法で有効成分の放出をより長く持続させるためには、少なくとも1種類の口腔ケア有効成分を適当なポリマーマトリックス内に封入することが好都合であると考えられる。」(【0011】?【0012】)

上記記載からみて、本願発明の課題は、
「長期間にわたって口腔内に送達される口腔ケア有効成分の量を制御する口腔デリバリーシステムの提供」
にあると解される。

(2)これに対して、本願請求項1に係る発明は次のとおりである。
「【請求項1】
少なくとも1種類の有効成分と、前記少なくとも1種類の有効成分の少なくとも一部を封入しているポリマーマトリックスとを含有する口腔デリバリーシステムであって、
前記ポリマーマトリックスは、448.2bar(6500psi)以上の引張強度を有し、かつ、0.01質量%?50質量%のASTM D570-98に準拠して測定可能な吸水率を有する少なくとも1種類のポリマーを含有し、
前記少なくとも1種類の有効成分は、トリポリリン酸ナトリウム、並びにトリポリリン酸ナトリウムとステアリン酸ナトリウムとの組合せからなる群より選択され、
前記ポリマーマトリックスは、ポリ酢酸ビニルと水素化油との混合物を含有するシステム。」
ア ここで、引張強度及び吸水率を特定する記載は、
「前記ポリマーマトリックスは、448.2bar(6500psi)以上の引張強度を有し、かつ、0.01質量%?50質量%のASTM D570-98に準拠して測定可能な吸水率を有する少なくとも1種類のポリマーを含有し」
であり、これらの数値限定がポリマーマトリックスとポリマーのいずれを特定しているのかが必ずしも明らかではない。
そこで、本願明細書の記載をみると、引張強度及び吸水率に関して、次のように説明されている。
「ある実施形態において、本発明に有用なポリマーマトリックスは、少なくとも約448.2bar(約6500psi)の引張強度を有している。ある実施形態において、ポリマーマトリックスは、約1379bar?約3448bar(約20000?約50000psi)の引張強度を有している。引張強度は、ASTM D638に準拠して測定できる。」(【0042】)
「ある実施形態において、ポリマーマトリックスは、約0.01質量%?約50質量%の吸水率を有する少なくとも1種類のポリマーを含有する。ある実施形態において、少なくとも1種類のポリマーの吸水率は、ASTM D570-98に準拠して測定される。ある実施形態において、少なくとも1種類のポリマーは、約0.1質量%?約15質量%の吸水率を有している。」(【0043】)
これらの記載から、引張強度の特定はポリマーマトリックスに関し、吸水率の特定はポリマーに関するものといえ、請求項1の記載とも矛盾していない。
そして、ポリマーマトリックスは、「ポリ酢酸ビニルと水素化油との混合物」を含有すると特定されているから、吸水率の特定は、「ポリ酢酸ビニル」に関するものといえる。
なお、請求項1の「水素化油」は、本願明細書実施例1?3や表1?3などに記載されている「硬化油」、及び本願明細書【0115】?【0116】に記載されている「水素化植物油」と同義であることは技術常識である。
イ ところで、請求項1の「ポリ酢酸ビニル」については、例えば、本願明細書【0011】に、
「通常、適当な封入材料(ポリ酢酸ビニル(PVAc)等)の選択に際しては、封入材料の分子量に重点が置かれ、一般に、分子量が高いものほど、放出時間が長くなる。しかし、この手法には、有効成分の放出プロファイルの予測可能な変化を封入材料の分子量変化によってしか起こし得ないという制約が存在する。」
と記載されているように、口腔デリバリーシステムにおいて、ポリマーマトリックスの封入材料として従来から使用されているものである。
ウ また、「トリポリリン酸ナトリウム」並びに「トリポリリン酸ナトリウムとステアリン酸ナトリウムとの組合せ」といった有効成分も、例えば、本願明細書【0006】?【0008】に、
「他の有効なステイン除去成分としては、それらがステインを除去する性質を有するがゆえにステイン除去組成物に配合される、陰イオン性界面活性剤、及びキレート剤等の界面活性剤が挙げられる。・・・ポリリン酸塩等のキレート剤は、歯石をコントロールする配合成分として歯磨剤組成物に代表的に用いられる。例えば、ピロリン酸四ナトリウム及びトリポリリン酸ナトリウムは、かかる組成物に見られる代表的な配合成分である。
ステインを除去するガムが知られている。例えば、トリポリリン酸ナトリウム及びキシリトールを含有するガム組成物が知られている。・・・さらに、トリポリリン酸ナトリウム、ピロリン酸四ナトリウム、シリカ研削剤、及び酢酸亜鉛を含有する歯科用ガムが知られている。・・・
さらに、脂肪酸塩等の陰イオン界面活性剤を含有するステインを除去するガム組成物が知られている。例えば、ステアリン酸ナトリウムは、Trident White(登録商標)の商標名で販売されているガム製品に用いられている脂肪酸塩である・・・」
と記載されているように、歯磨剤組成物やガム組成物といった口腔組成物の成分として周知のものである。

(3)したがって、上記した本願発明の課題が、本願請求項1に係る発明により解決できることを、当業者が認識できるように本願明細書の発明の詳細な説明に記載されているか否かを判断するためには、特に、口腔デリバリーシステムに含有されるポリマーマトリックスが、「448.2bar(6500psi)以上の引張強度を有し」かつ「0.01質量%?50質量%のASTM D570-98に準拠して測定可能な吸水率を有するポリ酢酸ビニルと水素化油との混合物を含有する」ことによって、上記課題が解決できることを、当業者が認識できるように記載されているといえるか否かについて検討すべきということになる。そこで、以下にこの観点から検討する。

3 発明の詳細な説明の記載
(1)実施例等の記載
ア この分野の明細書では、通常、発明の実証例が実施例として記載されているものであることから、まず、本願明細書の実施例において、特に、「448.2bar(6500psi)以上の引張強度を有し」かつ「0.01質量%?50質量%のASTM D570-98に準拠して測定可能な吸水率を有するポリ酢酸ビニルと水素化油との混合物を含有する」ポリマーマトリックスを、口腔デリバリーシステムに含有させることにより、「長期間にわたって口腔内に送達される口腔ケア有効成分の量を制御する口腔デリバリーシステムの提供」という本願発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載されているか否かについて検討する。
イ 本願明細書には、実施例1?71(実施例8と実施例8Aがあり、実施例18は2つ存在する)と実施例が多数記載されている。
しかし、有効成分に関して請求項1には、
「少なくとも1種類の有効成分と、前記少なくとも1種類の有効成分の少なくとも一部を封入しているポリマーマトリックスとを含有する口腔デリバリーシステムであって、・・・(中略)・・・前記少なくとも1種類の有効成分は、トリポリリン酸ナトリウム、並びにトリポリリン酸ナトリウムとステアリン酸ナトリウムとの組合せからなる群より選択され」
と記載されている。
この記載を厳密に解釈すれば、「前記少なくとも1種類の有効成分」は、「トリポリリン酸ナトリウム、並びにトリポリリン酸ナトリウムとステアリン酸ナトリウムとの組合せからなる群より選択」されるのだから、2つの場合に限られているといえる。
そして、「ポリマーマトリックス」が「前記少なくとも1種類の有効成分の少なくとも一部を封入している」とされていることから、ポリマーマトリックスに封入されている有効成分が「トリポリリン酸ナトリウム」単独か「トリポリリン酸ナトリウムとステアリン酸ナトリウムとの組合せ」のいずれかであるか、又は、ポリマーマトリックスに封入されている有効成分が「ステアリン酸ナトリウム」単独である場合には、更に別の形態で「トリポリリン酸ナトリウム」が含まれている場合のみが、本願発明に該当するものと解される。
そこで、このような厳密な解釈を前提として全実施例を検討すると、実施例1、4、5、18(2つあるうちの【0220】以降のもの)、及び32のみが、本願発明に該当すると一応いえるものである。
ウ これら各実施例の記載は次のとおりである(実施例4で引用する図1も摘示する。)。
a)
「【実施例】
【0164】
実施例1;トリポリリン酸ナトリウム(STP)の封入本実施例では、口腔デリバリーシステムを調製する。このシステムは、有効成分としてトリポリリン酸ナトリウム(STP)を、STPを封入するマトリックスとしてポリ酢酸ビニルを含有している。デリバリーシステムの成分を表1に示す。
【0165】
表1
【表1】

デリバリーシステムの調製に用いる手順は、以下のとおりである。ポリ酢酸ビニルを、押出成形機(1軸式又は2軸式)又はシグマ型ミキサー若しくはバンバリーミキサー等の高せん断ミキサー中、約105℃の温度で溶融させる。溶融したポリ酢酸ビニルに硬化油を加える。その後、得られる混合物にトリポリリン酸ナトリウム(STP)を加え、高せん断力下で混合し、成分を完全に分散させる。得られる封入材料入りのポリマー融液を冷却後、粉砕して粒径を590ミクロン以下にする。STPを封入したマトリックスは、気密容器中、低湿度下、35℃以下で保管する。」
b)
「【0170】
実施例4;STP/ポリ酢酸ビニル封入体(実施例1により調製)を含有するチューインガム組成物実施例1で調製した、STPを封入したポリ酢酸ビニルを用いて、公知の手順によりチューインガム組成物を調製する。チューインガムの成分を表4に示す。
【0171】
表4
【表4】

以下のようにチューインガム組成物を調製する。ガムベースを、ミキサー中適当な温度で溶融させる。その後、残りの成分を溶融したガムベースに加え、成分が完全に分散するまで混合する。得られるチューインガム組成物を一定の大きさにする。
【0172】
封入されたSTPを含むチューインガム組成物(表4の組成物)からのSTPの放出を、STPを遊離の状態で含有する同一組成のガム組成物と比較して以下の表5に示す。塊中に残留するSTPの量(%)を、約20分間にわたって測定した。表5の結果をグラフにして図1に示す。
【0173】
表5
【表5】

表5(及び図1)に示した結果より、本発明のデリバリーシステムは、有効成分が遊離の状態で存在するガム組成物に比べて、制御された量の有効成分(STP等)を、長期間にわたって放出させることができる。一方、有効成分が遊離の状態で存在しているガムでは、高濃度の有効成分が最初に放出され、その後有効成分がなくなってしまうが、これは望ましくない。本発明のデリバリーシステムは、有効成分の放出の均一性を向上させ、より長時間にわたって制御された状態で放出させることができる。」
c)
「【0174】
実施例5:遊離の状態で有効成分を含有するチューインガム組成物に対する封入された状態で有効成分を含有するチューインガム組成物のステイン除去効率の評価遊離の状態でSTPを含有するチューインガム及び封入された状態でSTPを含有するチューインガムのステインの除去効率を評価した。具体的には、チューインガム組成物が、8個のエナメル質小片からステインを除去する能力について試験を行った。平均値を以下の表6に示す。実験は、Kleber,CJらによって開発された、A mastication device designed for the evaluation of chewing gums,J Dent Res.60(11);109-114(1981年11月)に記載の実験室的方法の変法を用いて行った。処理の前後における歯の表面のステインの量は、比色計を用いて定量した。処理に備えて、試料となる歯のベースラインL*a*b*着色スコアを決定し、8つの試料を、それぞれ平均の取れたグループに階層化するのに用いた。人間の咀嚼をシミュレートする、フローシステムを備える機械的装置を用いて、歯の試料を試験用チューインガムで処理した。試験のために、正方形のエナメル質片を有する試料ブロックを、装置の上側及び下側試験歯ホルダーに装着した。
【0175】
人工唾液(15ml、pH7.5)を容器に入れた。約1.5グラム(すなわち、2粒)の試験用チューインガムを、下側の歯の試料の真上に位置する再配置パドルの間に配置した。咀嚼モーターを始動し、正方形のエナメル質片を有する2つの試料ブロックを、チューインガムで10分間処理した。操作手順を連続して6回繰り返した(合計処理時間は60分間であった)。10分間の処理には、その都度新しいガム及び人工唾液を用いた。6回目の処理の後、試料を洗浄し、30分間乾燥させた後、色の読み取りを行った。
【0176】
ステインの測定ミノルタ社製の分光光度計8を用いて拡散反射吸収の読み取りを行うことにより、ウシの歯に付着した外因性のステインの色を測定した。可視光の色スペクトルの全域にわたる吸光度測定結果は、CIELABカラースケールを用いて得られた。このスケールは、3つのパラメータL*(明度-暗度スケール)、a*(赤-緑彩度)、及びb*(黄-青彩度)によって、色を定量的に表現する。再現性のある読み取り結果を得るため、測定を行う前に、ステインの付着したエナメル質試料を室温で30分間風乾させた。ステインが付着した4mm角のエナメル質の中心が、ミノルタ社製分光光度計の、直径3mmのターゲット開口部上に直接向くようにして測定を行った。それぞれの試料について、3回の読み取り値の平均を、L*a*b*スケールを用いて測定した。
【0177】
ステインの計算CIELABの式ΔE=[(ΔL*)^(2)+(Δa*)^(2)+(Δb*)^(2)]^(1/2)を用いて、ステインの付着した歯の色の総変化量を計算した。L*a*b*スケールの個々の成分は、白色度(L*)、赤-緑色度、及び黄-青色度の個別の変化を表す。ΔE値は、個々の色の要素(ΔL*、Δa*、及びΔb*)の総変化量を集約したものであり、試験用チューインガムがステインを除去し、歯を白くする能力を表す。データを計算し、以下のように定義した:ステインの除去量=処理後のΔEスコア(以下の表6参照)。
【0178】
表6遊離の状態で有効成分を含有するチューインガムに対する封入された状態で有効成分を含有するチューインガムのステイン除去効率
【表6】

表6に示すように、封入されたSTPを含有するチューインガム組成物(実施例1)は、遊離のSTPを含有する同様のガム組成物よりも、ステインの付着した歯の色を大きく変化させた。さらに、封入されたステアリン酸ナトリウムを含有するチューインガム組成物(実施例2により調製)は、遊離のステアリン酸ナトリウム及びSTPを含有する同様のガム組成物よりも、ステインの付着した歯の色を大きく変化させた。」
d)
「【0219】
以下の実施例18?31(表31?44)は、本発明の他の口腔デリバリーシステムを目的とする。実施例18?31では、押出機を用いて、単一の有効成分の少なくとも一部を、PVAcマトリックス中に封入する。有効成分は、可塑剤(硬化油)及び乳化剤(グリセロールモノステアレート)と共に封入される。実施例32?43(表45?56)は、これらのデリバリーシステムを含むガム組成物を目的とする。
【0220】
実施例18:トリポリリン酸ナトリウムの封入
【0221】
表31
【表32】

手順:ポリ酢酸ビニルを、押出成形機(1軸式又は2軸式)又はシグマ型ミキサー若しくはバンバリーミキサー等の高せん断ミキサー中、約110℃の温度で溶融させる。その後、溶融したポリ酢酸ビニルに硬化油及びグリセロールモノステアレートを加える。その後、得られる混合物にSTPを加え、高せん断力下で混合し、成分を完全に分散させる。得られる封入材料入りのポリマー融液を冷却後、粉砕して粒径を420ミクロン以下にする。封入したマトリックスは、気密容器中、低湿度下、35℃以下で保管する。」
e)
「【0247】
実施例32;封入されたトリポリリン酸ナトリウム(STP)を含有するチューインガム組成物
【0248】
表45
【表46】

以下のようにチューインガム組成物を調製する。ガムベースを、ミキサー中適当な温度で溶融させる。その後、残りの成分を溶融したガムベースに加え、成分が完全に分散するまで混合する。得られるチューインガム組成物を一定の大きさにする。」
f)
「【図面の簡単な説明】
【0327】
【図1】チューインガム塊中に残留したトリポリリン酸ナトリウム(STP)の割合と、STPを遊離の状態で含有するチューインガム組成物(対照群)及び封入されたSTPを含有するチューインガム組成物(発明群)の咀嚼時間との関係を示すグラフである。
【図1】


エ 上記a)?f)の記載を詳細に検討しても、ポリ酢酸ビニルと水素化油との混合物を含有するポリマーマトリックスの引張強度に関する記載がないばかりか、請求項1で特定された範囲の引張強度であることを窺わせる記載すら見当たらない。
更に、上記した請求項1の厳密な解釈から離れて、上で検討した特定の実施例に限定することなく、その他の有効成分と解される成分をも含有する実施例や、トリポリリン酸ナトリウムやステアリン酸ナトリウムを含有しない実施例、あるいは、ポリ酢酸ビニルのみを含有し水素化油を含有しない実施例(なお、ポリマーマトリックスにポリ酢酸ビニル以外のポリマーを含む実施例はない。)など、本願明細書に記載の全実施例に対象を広げて各実施例の記載(摘示は省略する)を検討しても、やはりポリマーマトリックスの引張強度の記載がないことも、また、該引張強度の値が請求項1に記載の範囲であることを窺わせる記載すらないことも同様である。
そして、ポリ酢酸ビニルの吸水率に関しても全実施例を通して、引張強度と同様にその記載がないばかりでなく、請求項1で特定された範囲であることを窺わせる記載すら見当たらない。
このように、本願明細書の全実施例を検討しても、ポリ酢酸ビニルと水素化油との混合物を含有するポリマーマトリックスの引張強度もポリマーマトリックスに含有されるポリマーであるポリ酢酸ビニルの吸水率の数値も記載されていない。
オ その上、ポリ酢酸ビニルと水素化油との混合物を含有するポリマーマトリックスを使用して、トリポリリン酸ナトリウムを封入した状態で調製した口腔デリバリーシステムを有するチューインガム組成物を用いて、トリポリリン酸ナトリウムの放出を評価した実施例4及び、ステイン除去効率を評価した実施例5において、これら評価の対比として提示されているものは、トリポリリン酸ナトリウムを遊離の状態で含むものであり、引張強度や吸水率が請求項1で特定された所定範囲内のものであるか否かという観点からの対比でもなく、また水素化油の有無の観点からの対比でもない。
カ 以上のことから、本願明細書の実施例の記載からは、請求項1で特定されたポリマーマトリックス、特に、「448.2bar(6500psi)以上の引張強度を有し」かつ「0.01質量%?50質量%のASTM D570-98に準拠して測定可能な吸水率を有するポリ酢酸ビニルと水素化油との混合物を含有する」ポリマーマトリックスを使用することによって、「長期間にわたって口腔内に送達される口腔ケア有効成分の量を制御する口腔デリバリーシステムの提供」という本願発明の課題が解決できることを、当業者が認識できるとは解し得ないものである。
キ なお、請求項1の記載は、前記ポリマーマトリックスは、「448.2bar(6500psi)以上の引張強度を有し、かつ、0.01質量%?50質量%のASTM D570-98に準拠して測定可能な吸水率を有する少なくとも1種類のポリマーを含有し」であるから、引張強度と吸水率の特定いずれもがポリマーに関するものと解する余地もある。その場合は、ポリマーマトリックスに含有されるポリ酢酸ビニルが、請求項1で特定される引張強度と吸水率を有するものであることで、本願発明の課題が解決できることを、当業者が認識できるように記載されているか否かを検討することが必要となる。
しかしながら上記で見たとおり、本願明細書の全ての実施例には、引張強度や吸水率に関する記載は一切なく、ポリ酢酸ビニルの引張強度と吸水率と解したところで、それを窺い知ることができるような記載もない。
それに加えて、そもそもポリ酢酸ビニルは、既に従来技術において、制御放出性デリバリーシステムのマトリックス材料として使用されていたものであるから、各実施例におけるポリ酢酸ビニルは、当業者にとっても従来のマトリックス材料として使用されていたものと区別することができないといわざるを得ない。それ故、引張強度及び吸水率の数値が示されていないポリ酢酸ビニルを使用して調製されたトリポリリン酸ナトリウムを封入した状態で含む口腔デリバリーシステムが、制御された放出性を有することが示されたとしても、当業者にとっては従来技術と比較して技術的意義のある口腔デリバリーシステムであると理解することはできないというべきものである。

(2)実証例に代わる記載について
ア 次に、本出願時の技術常識に照らし、本願明細書の記載からみて、本願発明で使用されるポリマーマトリックスに関して、具体的な実証例の記載がなくても、請求項1で特定されたポリマーマトリックス、特に、「448.2bar(6500psi)以上の引張強度を有し」かつ「0.01質量%?50質量%のASTM D570-98に準拠して測定可能な吸水率を有するポリ酢酸ビニルと水素化油との混合物を含有する」ポリマーマトリックスを使用することにより、「長期間にわたって口腔内に送達される口腔ケア有効成分の量を制御する口腔デリバリーシステムの提供」という本願発明の課題が解決できることを、当業者が認識できるといえるか否かについて検討する。
イ 本願明細書において引張強度及び吸水率の具体的数値が伴った記載としては、以下のものがある。
g)「【課題を解決するための手段】
・・・
【0014】
本発明の一態様において、少なくとも1種類の有効成分と、前記少なくとも1種類の有効成分の少なくとも一部を封入しているポリマーマトリックスと、を含む口腔デリバリーシステムを提供する。ポリマーマトリックスは、約448.2bar(6500psi)以上の引張強度を有していてもよく、かつ/又は約0.01質量%?約50質量%の吸水率を有する少なくとも1種類のポリマーを含有してもよい。
・・・
【0016】
ある実施形態において、ガム組成物は、ガムベース及びデリバリーシステムを含む。ガム組成物に用いられるデリバリーシステムは、少なくとも1種類の有効成分と、前記少なくとも1種類の有効成分の少なくとも一部を封入しているポリマーマトリックスとを含有する。ポリマーマトリックスは、約448.2bar(6500psi)以上の引張強度を有していてもよく、かつ/又は約0.01質量%?約50質量%の吸水率を有する少なくとも1種類のポリマーを含有してもよい。
・・・
【0018】
ある実施形態において、口腔デリバリーシステムを調製する方法は、少なくとも1種類の有効成分の少なくとも一部をポリマーマトリックス内に封入することにより、口腔デリバリーシステムを形成する工程を含む。ポリマーマトリックスは、約448.2bar(6500psi)以上の引張強度を有していてもよく、かつ/又は約0.01質量%?約50質量%の吸水率を有する少なくとも1種類のポリマーを含有してもよい。
・・・
【0020】
また、本発明は、口腔ケア用組成物等の口腔用組成物の調製方法を提供する。この方法は、口腔デリバリーシステムを準備する工程と、口腔デリバリーシステムを担体組成物と混合する工程とを含む。口腔用組成物の調製に用いられる口腔デリバリーシステムは、少なくとも1種類の有効成分と、前記少なくとも1種類の有効成分の少なくとも一部を封入しているポリマーマトリックスと、を含有する。ポリマーマトリックスは、約448.2bar(6500psi)以上の引張強度を有していてもよく、かつ/又は約0.01質量%?約50質量%の吸水率を有する少なくとも1種類のポリマーを含有してもよい。
【0021】
本発明の1つの具体的な態様は、ガム組成物を調製する方法に関する。ある実施形態において、この方法は、少なくとも1種類の有効成分の少なくとも一部をポリマーマトリックス内に封入する工程を含む。ポリマーマトリックスは、約448.2bar(6500psi)以上の引張強度を有していてもよく、かつ/又は約0.01質量%?約50質量%の吸水率を有する少なくとも1種類のポリマーを含有してもよい。この方法は、ガムベースを加熱して基材を軟化させる工程と、軟化したガムベースと少なくとも一部が封入された有効成分とを混合して、ほぼ均一な混合物を得る工程とをさらに含む。この方法はまた、混合物を冷却する工程と、冷却した混合物をガム片に成形する工程と、を含む。」
h)「【0042】
ある実施形態において、本発明に有用なポリマーマトリックスは、少なくとも約448.2bar(約6500psi)の引張強度を有している。ある実施形態において、ポリマーマトリックスは、約1379bar?約3448bar(約20000?約50000psi)の引張強度を有している。引張強度は、ASTM D638に準拠して測定できる。
【0043】
ある実施形態において、ポリマーマトリックスは、約0.01質量%?約50質量%の吸水率を有する少なくとも1種類のポリマーを含有する。ある実施形態において、少なくとも1種類のポリマーの吸水率は、ASTM D570-98に準拠して測定される。ある実施形態において、少なくとも1種類のポリマーは、約0.1質量%?約15質量%の吸水率を有している。」
i)「【0146】
ある実施形態において、歯のホワイトニング効果を有するガム組成物を調製する方法は、少なくとも1種類の有効成分の少なくとも一部をポリマーマトリックス内に封入する工程を含んでいる。ある実施形態において、ポリマーマトリックスは、約448.2bar(約6500psi)以上の引張強度を有していてもよく、かつ/又は約0.01質量%?約50質量%の吸水率を有する少なくとも1種類のポリマーを含有してもよい。また、この方法は、ガムベースを加熱して軟化させる工程と、軟化したガムベースと少なくとも一部が封入された有効成分とを混合して、ほぼ均一な混合物を得る工程とを含んでいる。さらに、この方法は、混合物を冷却する工程と、冷却した混合物をガムの形に成形する工程とを含んでいる。軟化したガムベースに、他の成分を混合してもよい。例えば、1種類以上の以下に示すようなものが、通常添加される:膨張剤、充填剤、保湿剤、香味剤、着色剤、分散剤、軟化剤、可塑剤、保存料、温熱剤、清涼剤、歯のホワイトニング剤、及び甘味料。」
ウ 本願明細書において、引張強度が「448.2bar(6500psi)以上」、吸水率が「0.01質量%?50質量%」という数値範囲が記載されている箇所は、上記g)?i)で尽きるものであり、これら各記載を見ても、基本的には特許請求の範囲の記載をそのまま踏襲するのみで、ポリ酢酸ビニルと水素化油との混合物を含むポリマーマトリックスとして、448.2bar(6500psi)以上の引張強度を有し、かつ、0.01質量%?50質量%のASTM D570-98に準拠して測定可能な吸水率を有するポリ酢酸ビニルを含有するものを選択することにより、「長期間にわたって口腔内に送達される口腔ケア有効成分の量を制御する口腔デリバリーシステムの提供」という本願発明の課題が解決できることについて、技術的な裏付けや根拠となる事項を伴って記載するものではない。
その上、ポリ酢酸ビニルと水素化油との混合物を含むポリマーマトリックスとして、引張強度が448.2bar(6500psi)以上で、ASTM D570-98に準拠して測定した吸水率が0.01質量%?50質量%のポリ酢酸ビニルを含有するものを選択すれば、口腔ケアの有効成分の制御された放出が可能となるといった技術常識があることを窺わせる記載もないし、これが技術常識であったとも解されない。
エ なお、このことは、引張強度及び吸水率の特定が、いずれもポリマーマトリックスに含有されるポリ酢酸ビニルに関するものと解したところで同様であるが、念のため、さらに進んで、ポリ酢酸ビニルの分子量に関する記載も考慮して検討する。
ポリマーマトリックスに使用するポリ酢酸ビニルの分子量に関して、本願明細書【0011】には、
「通常、適当な封入材料(ポリ酢酸ビニル(PVAc)等)の選択に際しては、封入材料の分子量に重点が置かれ、一般に、分子量が高いものほど、放出時間が長くなる。」
と記載されている。このことから、ポリ酢酸ビニルの分子量が高いものほど放出時間が長くなることが当業者に知られていた技術常識であると解することができる。
しかし、そのように解しても、本願明細書の各実施例には、そこで使用されるポリ酢酸ビニルの分子量の記載はなく、明細書全体の記載を検討しても、本願発明で使用されるポリ酢酸ビニルがどの程度の分子量であるかを窺わせる記載はなく、更には、ポリ酢酸ビニルの分子量と引張強度や吸水率との明確な相関性についても明らかにされていない。
それ故、たとえポリマーマトリックスに使用するポリ酢酸ビニルの分子量に関する技術常識を考慮したとしても、各実施例で使用されているポリ酢酸ビニルの引張強度や吸水率がどの程度のものかが窺い知れるものとはいえない。ましてや、ポリ酢酸ビニルと水素化油との混合物を含有するポリマーマトリックスの引張強度も知ることはできないといわざるを得ない。
ここで仮に、ポリマーマトリックスに使用するポリ酢酸ビニルの分子量と引張強度や吸水率との間に一定の相関関係がある(この点に関しては、平成22年11月25日付け意見書の【表1】を見ると、両者の間には正の相関関係があろうということは推測される。)ならば、各実施例で使用されているポリ酢酸ビニルの分子量に基づいて引張強度や吸水率が窺い知れることとなるが、もしも、そのような相関関係があるというのならば、分子量をパラメータとして材料選択することと、引張強度や吸水率をパラメータとして材料選択することとは、技術的な意味において大差がないこととなって、従来技術とは異なるパラメータに基づく材料の選択を可能にするという本願発明の趣旨も、そもそも技術的意義が極めて乏しいものとせざるを得ないこととなる。
オ このように、発明の詳細な説明を見ても、実証例に代わる技術的な裏付けや根拠はなく、また、本出願時の技術常識に照らしても、請求項1で特定されたポリマーマトリックス、特に、「448.2bar(6500psi)以上の引張強度を有し」かつ「0.01質量%?50質量%のASTM D570-98に準拠して測定可能な吸水率を有するポリ酢酸ビニルと水素化油との混合物を含有する」ポリマーマトリックスを使用することによって、「長期間にわたって口腔内に送達される口腔ケア有効成分の量を制御する口腔デリバリーシステムの提供」という本願発明の課題が解決できることを、当業者が認識できるといえるものではない。

(3)小括
したがって、本出願時の技術常識に照らして本願明細書の記載を見ても、請求項1で特定されたポリマーマトリックス、特に、「448.2bar(6500psi)以上の引張強度を有し」かつ「0.01質量%?50質量%のASTM D570-98に準拠して測定可能な吸水率を有するポリ酢酸ビニルと水素化油との混合物を含有する」ポリマーマトリックスを使用することによって、「長期間にわたって口腔内に送達される口腔ケア有効成分の量を制御する口腔デリバリーシステムの提供」という本願発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載されているとはいえない。
よって、本願請求項1に記載の発明は、発明の詳細な説明に記載された発明とすることができない。

第5 審判請求人の主張について
(1)平成23年12月5日付け意見書における主張について
請求人は、平成23年12月5日付け意見書において、当業者が、本願明細書の記載を読めば、
「本願では、分子量とは異なる他のパラメータとして引張強度に着目して封入材料を選択していること」及び
「実施例で用いられているポリ酢酸ビニルが・・・従来公知のポリマーマトリックスよりも高い引張強度(具体的には、6500psi以上)を有するポリ酢酸ビニルであること」
を当然に導き出すことができると主張する。
しかしながら、確かに本願明細書には、「引張強度に着目して封入材料を選択する」旨の記載は再三にわたりなされてはいるものの、そのような選択手法が有効であることを実証する記載や、裏付け、根拠となる記載がなされていないことは、その引張強度の特定がポリマーマトリックスに関するものであっても、ポリマーマトリックスに使用されるポリ酢酸ビニルに関するものであっても、上記「第4 当審の判断」3(1)及び(2)において既に述べたとおりである。
また、実施例には、何れも引張強度について記載がないばかりでなく、ポリ酢酸ビニル自体、ポリマーマトリックスの封入材料として従来使用されていて、しかもその分子量に着目して選択することがなされていたというのであるから、実施例で優れた徐放性が示されたポリマーマトリックスは、分子量に着目して選択されたポリ酢酸ビニルを使用するものである可能性を否定し得ないといえる。これらのことをも考慮すると、「引張強度に着目して封入材料を選択する」発明を、本願明細書の記載から当業者が理解できるとは到底いえないものである。
更に、「実施例で用いられているポリ酢酸ビニルが・・・従来公知のポリマーマトリックスよりも高い引張強度(具体的には、6500psi以上)を有するポリ酢酸ビニルであることは当然に導き出すことができます。」という主張については、請求人がその根拠として提示する本願明細書の記載は、「ある実施形態において、本発明に有用なポリマーマトリックスは、少なくとも約448.2bar(約6500psi)の引張強度を有している。」(【0042】)の記載であるが、ここでは、本願発明で使用されるポリマーマトリックスが単に引張強度が少なくとも約448.2bar(約6500psi)であるとの記載に止まり、ポリマーマトリックスの材料として従来公知のポリ酢酸ビニルの引張強度に関する記載は、本願明細書の全記載を通して何もなされていないので、このような明細書の記載をもって、「本願のポリマーマトリックスの引張強度(6500psi以上)が、従来公知のポリ酢酸ビニルよりも高い」などと理解することなど到底あり得ないから、上記請求人の主張は、それだけで妥当性を欠くものといわざるを得ない。
また仮に、「ポリマーマトリックスとして従来公知のポリ酢酸ビニルの引張強度が6500psiよりも低いものである」と当業者が認識していたとすれば、本願明細書に、実施例で用いられたポリマーマトリックスの引張強度が示されていなくても、6500psi以上の引張強度を有するポリ酢酸ビニルを用いたポリマーマトリックスであり、従来公知のものより高い引張強度のポリマーマトリックスであると理解することが妥当性のあることといえるかも知れない。しかしながら、そもそも、請求人が主張するように、従来は引張強度に着目して材料の選択がされたことがなかったというのであれば、従来使用されていたポリ酢酸ビニルの引張強度がどの程度であるのかについて、当業者が認識していたとは解されないので、やはり上記請求人の主張は妥当性に欠けるものといわざるを得ない。
よって、上記請求人の主張は採用できない。

(2)審判請求書における主張について
請求人は、審判請求書において、「本願発明は、有効成分としてのトリポリリン酸ナトリウム(STP)等を封入するポリマーマトリックスとして、ポリ酢酸ビニルだけでなく、水素化油も含めた混合物を用いたことに特徴があるのであり、ポリマーマトリックスの引張強度それ自体は、従来公知のポリマーマトリックスの引張強度よりも高ければ足り、6500psi以上という数値は、優れた徐放性を有するという点で好適な引張強度の目安を示すにすぎません。」と主張する。
しかしながら、「ポリマーマトリックスとして、ポリ酢酸ビニルだけでなく、水素化油も含めた混合物を用いたことに特徴がある」ことについては、口腔デリバリーシステムのポリマーマトリックスへの水素化油(硬化油)の添加について、本願明細書には、これを添加した多数の実施例が記載されているものの、それに止まるものであって、ポリマーマトリックスへの水素化油添加の目的、作用、効果或いは技術的意義といったことに関する詳細な説明がなされていない(【0115】?【0116】及び【0144】は、何れもガム組成物(ポリマーマトリックスではない部分)への添加に関する記載であって、徐放性マトリックスに対する添加に関する記載ではない。)。その上、実施例においても、水素化油(硬化油)を添加していない例との比較もなされていないことから、「ポリマーマトリックスとして、ポリ酢酸ビニルだけでなく、水素化油も含めた混合物を用いたことに特徴がある」発明自体が、本願明細書に記載されているとすることができない。
また、「ポリマーマトリックスの引張強度それ自体は、従来公知のポリマーマトリックスの引張強度よりも高ければ足り」なる点に関しては、上記「(1)平成23年12月5日付け意見書における主張について」で述べたと同様に、本願明細書の記載からでは、本願発明のポリマーマトリックスの引張強度が、従来公知のポリマーマトリックスの引張強度よりも高いと当業者が理解することはできない。更に、「6500psi以上という数値は、優れた徐放性を有するという点で好適な引張強度の目安を示すにすぎません。」との主張に関しても、そもそも実施例で使用したポリマーマトリックスの引張強度がどの程度か記載されていないばかりでなく、「6500psi以上」の要件を満たさないポリマーマトリックスとの比較もなされていないので、本願明細書の記載には、「6500psi以上という数値」が「優れた徐放性を有するという点で好適な引張強度の目安」であることが示されているなどとは到底いえないものである。
よって、上記請求人の主張は採用できない。

(3)回答書における申し出について
請求人は、回答書において「請求項において引張強度の範囲に関する記載があるために本願の特許請求の範囲の記載に不明りょうな点があると認定される場合、出願人は、明りょうでない記載の釈明を目的として請求項から引張強度の範囲に関する記載を削除する用意がございます。」と申し出ている。
しかしながら、上記「(2)審判請求書における主張について」で述べたように、本願明細書には、口腔デリバリーシステムのポリマーマトリックスへの水素化油の添加の技術的意義などについて詳細に説明されておらず、ただそれを添加した多数の実施例が記載されているに止まり、非添加の場合の実施例もあるところ、それらとの比較もなされていない本願明細書の記載では、「ポリマーマトリックスとして、ポリ酢酸ビニルだけでなく、水素化油も含めた混合物を用いたことに特徴がある」発明について本願明細書の発明の詳細な説明に記載されているとはいえないことから、仮に、引張強度の範囲に関する記載が削除されたとしても、依然として、本願明細書の記載は、特許法第36条第6項第1号の規定に反することは明らかであるから、請求人の申し出を受け入れたとしてもこの出願の特許性が生ずるものとはいえない。
よって、上記請求人の申し出は採用の限りでない。

第6 むすび
以上のとおりであるから、本願特許請求の範囲の記載は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない。
したがって、本願は拒絶すべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2014-05-12 
結審通知日 2014-05-13 
審決日 2014-05-27 
出願番号 特願2008-512263(P2008-512263)
審決分類 P 1 8・ 537- Z (A61K)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 小川 知宏光本 美奈子  
特許庁審判長 星野 紹英
特許庁審判官 小川 慶子
関 美祝
発明の名称 放出を制御した口腔デリバリーシステム  
代理人 藤田 和子  

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