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審決分類 審判 査定不服 5項独立特許用件 特許、登録しない。 F01P
審判 査定不服 特17条の2、3項新規事項追加の補正 特許、登録しない。 F01P
審判 査定不服 特17 条の2 、4 項補正目的 特許、登録しない。 F01P
審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 F01P
管理番号 1294158
審判番号 不服2013-8266  
総通号数 181 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2015-01-30 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2013-05-07 
確定日 2014-11-19 
事件の表示 特願2009-537679「ウォータポンプ用ガス排気ダクトを備える自動車用熱エンジン」拒絶査定不服審判事件〔平成20年 5月29日国際公開、WO2008/062116、平成22年 4月 2日国内公表、特表2010-510438〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由
第1 手続の経緯

本願は、2007年10月9日(パリ条約による優先権主張外国庁受理2006年11月20日、フランス共和国)を国際出願日とする出願であって、平成23年9月30日付けで拒絶理由が通知され、平成24年4月24日に意見書及び特許請求の範囲について補正する手続補正書が提出されたが、平成24年12月21日付けで拒絶査定がなされ、これに対して、平成25年5月7日に拒絶査定に対する審判請求がされると同時に特許請求の範囲についての手続補正がされ、その後、当審において平成25年10月4日付けで書面による審尋がされ、これに対して平成26年3月25日に回答書が提出されたものである。

第2 平成25年5月7日付けの手続補正についての補正却下の決定

[補正却下の決定の結論]

下記の理由Aまたは理由Bに基づいて、平成25年5月7日付けの手続補正(以下、「本件補正」という。)を却下する。

[理由A]

1.補正の内容

平成25年5月7日付けの手続補正(以下、「本件補正」という。)は、特許請求の範囲に関しては、本件補正により補正される前の(すなわち、平成24年4月24日付けで提出された手続補正書により補正された)下記の(a)に示す請求項1ないし9を下記の(b)に示す請求項1ないし9と補正するものである。

(a)本件補正前の特許請求の範囲

「【請求項1】
冷却液循環用の第1内部回路(12)を含む少なくとも一つのシリンダブロック(11)を備えるタイプの自動車用熱エンジン(10)であって、
第1内部回路(12)が内部供給ダクト(14)を含むタイプであり、内部供給ダクト(14)の入口オリフィス(16)は、ブロック(11)内に形成されるエンジンのウォータポンプに属するロータのほぼ円筒形の収容チャンバ(18)または「ボリュート」に通じ、前記チャンバ(18)は中間部分(20)に、供給オリフィス(22)を含み、供給オリフィス(22)の高さ(N_(1))は、第1内部回路(12)の内部供給ダクト(14)の入口オリフィス(16)の高さ(N_(2))よりも高くなるように調整され、
当該熱エンジン(10)は、ウォータポンプの収容チャンバ(18)またはボリュートの上側部分(24)と、当該上側部分(24)よりも高い位置にあるエンジンの冷却回路の一要素とを接続する追加の排出ダクト(26)を備え、排出ダクト(26)により、第1内部回路(12)への冷却液の充填が行なわれるときに、収容チャンバ(18)への冷却液の完全な充填を重力によって行なうことができるようにしていることを特徴とする、熱エンジン(10)。
【請求項2】
決定される一要素は、シリンダブロック(11)内に形成され、かつ第1内部回路(12)の一部を構成するチャンバ(28)であることを特徴とする、請求項1に記載の熱エンジン(10)。
【請求項3】
追加ダクト(26)は、シリンダブロック(11)内に形成される調整ダクト(26)であることを特徴とする、請求項2に記載の熱エンジン(10)。
【請求項4】
シリンダブロック(11)は、シリンダヘッド(13)によって蓋をされ、冷却液循環用の第2内部回路(40)は第1内部回路(12)と、シリンダヘッドガスケット(32)に形成される少なくとも一つのドリル穴(38)を介して連通し、そして決定される一要素は、シリンダヘッドガスケット(32)の前記ドリル穴(38)であることを特徴とする、請求項1に記載の熱エンジン(10)。
【請求項5】
追加ダクト(26)は、シリンダブロック(11)内に形成され、かつシリンダヘッドガスケット(32)のドリル穴(38)に通じることを特徴とする、請求項4に記載の熱エンジン(10)。
【請求項6】
追加ダクト(26)は、シリンダブロック(11)との一体型部材として鋳型成形され、そしてシリンダヘッドガスケット(32)で調整されることを特徴とする、請求項5に記載の熱エンジン(10)。
【請求項7】
追加ダクト(26)は、シリンダブロック(11)内に形成される調整ドリル穴であることを特徴とする、請求項5に記載の熱エンジン(10)。
【請求項8】
決定される一要素は、エンジン部材、特にオイルクーラ(43)に冷却液を供給する外部ダクト(42)であり、前記外部ダクト(42)はブロックの横に配置されることを特徴とする、請求項1に記載の熱エンジン(10)。
【請求項9】
追加ダクト(26)は、シリンダブロック(11)内に形成され、かつ外部ダクト(42)に穴(50)を介して通じることを特徴とする、請求項8に記載の熱エンジン(10)。」

(b)本件補正後の特許請求の範囲

「【請求項1】
冷却液循環用の第1内部回路(12)を含む少なくとも一つのシリンダブロック(11)を備えるタイプの自動車用熱エンジン(10)であって、
第1内部回路(12)が内部供給ダクト(14)を含み、内部供給ダクト(14)の入口オリフィス(16)は、シリンダブロック(11)内に形成されるエンジンのウォータポンプに属するロータのほぼ円筒形の収容チャンバ(18)または「ボリュート」に通じ、前記収容チャンバ(18)は中間部分(20)に、中間部分(20)より面積が小さい供給口を有し、かつ、冷却液を供給する供給オリフィス(22)を含み、供給オリフィス(22)の高さ(N_(1))は、第1内部回路(12)の内部供給ダクト(14)の入口オリフィス(16)の高さ(N_(2))よりも高くなるように配置されていて、
当該熱エンジン(10)は、ウォータポンプの収容チャンバ(18)またはボリュートの上側部分(24)と、当該上側部分(24)よりも高い位置にある熱エンジン(10)の冷却回路の一要素とを接続する追加の排出ダクト(26)を備え、前記一要素から追加の排出ダクト(26)を通って冷却液が第1内部回路(12)に供給されることを特徴とする、熱エンジン(10)。
【請求項2】
前記一要素は、シリンダブロック(11)内に形成され、かつ第1内部回路(12)の一部を構成するチャンバ(28)であることを特徴とする、請求項1に記載の熱エンジン(10)。
【請求項3】
追加ダクト(26)は、シリンダブロック(11)内に形成される調整ダクト(26)であることを特徴とする、請求項2に記載の熱エンジン(10)。
【請求項4】
シリンダブロック(11)は、シリンダヘッド(13)によって蓋をされ、冷却液循環用の第2内部回路(40)は第1内部回路(12)と、シリンダヘッドガスケット(32)に形成される少なくとも一つのドリル穴(38)を介して連通し、そして前記一要素は、シリンダヘッドガスケット(32)の前記ドリル穴(38)であることを特徴とする、請求項1に記載の熱エンジン(10)。
【請求項5】
追加ダクト(26)は、シリンダブロック(11)内に形成され、かつシリンダヘッドガスケット(32)のドリル穴(38)に通じることを特徴とする、請求項4に記載の熱エンジン(10)。
【請求項6】
追加ダクト(26)は、シリンダブロック(11)との一体型部材として鋳型成形され、そしてシリンダヘッドガスケット(32)で調整されることを特徴とする、請求項5に記載の熱エンジン(10)。
【請求項7】
追加ダクト(26)は、シリンダブロック(11)内に形成される調整ドリル穴であることを特徴とする、請求項5に記載の熱エンジン(10)。
【請求項8】
前記一要素は、エンジン部材、特にオイルクーラ(43)に冷却液を供給する外部ダクト(42)であり、前記外部ダクト(42)はシリンダブロック(11)の横に配置されることを特徴とする、請求項1に記載の熱エンジン(10)。
【請求項9】
追加ダクト(26)は、シリンダブロック(11)内に形成され、かつ外部ダクト(42)に穴(50)を介して通じることを特徴とする、請求項8に記載の熱エンジン(10)。」
(なお、下線は補正箇所を示すために請求人が付したものである。)

2.本件補正の適否

本件補正は、請求項1についてみると、本件補正前の請求項1に記載した発明を特定するために必要な事項である「排出ダクト(26)により、第1内部回路(12)への冷却液の充填が行なわれるときに、収容チャンバ(18)への冷却液の完全な充填を重力によって行なうことができるようにしている」という事項を、「前記一要素から追加の排出ダクト(26)を通って冷却液が第1内部回路(12)に供給される」という事項に補正している。
本件補正後の「前記一要素から追加の排出ダクト(26)を通って冷却液が第1内部回路(12)に供給される」という事項に関して、請求人は、審判請求書において、
『(2)補正の内容及び根拠
審判請求人は、請求項1を補正致しました(補正後の請求項1)。…(略)…
また、「前記一要素から排出ダクト(26)を通って冷却液が第1内部回路(12)に供給される」の記載は、明細書の段落[0010]-[0016]及び図2-5等の記載に基づいております。』と説明し、
また、回答書において、
『審判請求時に請求項1に追加された、「一要素から追加の排出ダクト(26)を通って冷却液が第1内部回路(12)に供給される」なる事項は、明細書の記載に基づいていると審判請求人は思料致します。より具体的には、当該補正は、「-追加ダクトは、シリンダブロック内に形成され、かつ外部ダクトに穴を介して通じる。」(明細書の段落[0005])、「追加ダクト26の接続先である所定の要素はチャンバ28であり、このチャンバ28は、シリンダブロック11内に形成され、かつ第1内部回路12の一部を構成する。」(明細書の段落[0011])、及び、「例えば、追加の排出ダクト26はシリンダブロック11内に形成され、そして当該排出ダクト26は、ブロック11の上面34にオリフィス30を介して通じ、オリフィス30は、シリンダヘッドガスケット32のドリル穴38とほぼ一致するように設計される。図4に示す前出の実施形態と同様に、追加ダクト26は、シリンダヘッドガスケット32自体で調整すると有利であり、後者のシリンダヘッドガスケット32は、オリフィス30によって形成される追加ダクト26の端部をより大きく、またはより小さく遮って前記追加ダクト26を循環する冷却液の流量を調整することにより、収容チャンバ18において発生するエアポケットを、ウォータポンプの動作を妨害することなく十分排除することができる。」(明細書の段落[0014])及び図2-5等の記載に基づくものであり、審判請求人は、当該事項は願書に最初に添付した明細書に十分に記載されていると同時に、当初明細書等に接した当業者であれば、出願時の技術常識に照らして、その意味であることが明らかであると審判請求人は思料致します。』と説明している。

しかしながら、その説明に首肯することはできない。
すなわち、第1に、請求人が挙げた各段落を含めて、願書に最初に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面(以下、「当初明細書等」という)に記載された事項には、追加の排出ダクト(26)を通って冷却液が第1内部回路(12)に供給されるという旨の記載はない。

第2に、請求人が挙げた各段落の記載は、追加の排出ダクト(26)を通って冷却液が第1内部回路(12)に供給されることの根拠にはなりえない。その理由は以下のとおりである。

まず、請求人が挙げた段落【0010】には、「【0010】この目的を達成するために、本発明は、上に説明したタイプの熱エンジン10を提案し、この熱エンジン10は、追加の排出ダクト26を備え、排出ダクト26によってウォータポンプの収容チャンバ18の上側部分24を、エンジンの冷却回路の一つの要素に接続することにより、第1内部回路12への充填が行なわれるときに、収容チャンバ18への完全な充填を重力によって行なうことができることを特徴とする。」と記載されている。
該段落【0010】の直前には、先行技術によるエンジンブロックの透視模式図である図1に関して、「【0008】図1から分かるように、公知の様式で、…(略)…。この構造で製作される熱エンジン10の公知の不具合は、…(略)…。具体的には、このような冷却回路への充填を重力によって行なうことが望ましい場合、高さN_(1)と高さN_(2)との間に差が生じるので、収容チャンバ18の供給オリフィス22よりも高く配置される収容チャンバ18の上側部分24にエアポケットが形成される。【0009】この残留エアポケットは、エンジンが始動するときのウォータポンプのプライミングを妨害するように作用し、これによって、ウォータポンプに損傷が発生する、または冷却液の循環が車両の冷却回路内において行なわれなくなる。従って、冷却回路への充填を圧力が加わっている状態で行なって、…(略)…、そして回路からの排水を別の時点で行なう必要があり、これによって、回路への充填を行なう動作が複雑になる。この不具合を解決するために、本発明は、上に説明したタイプのエンジン10を提案し、このエンジン10は、ウォータポンプの収容チャンバ18の上側部分24から排水する手段を備える。」と記載されている。
これらの段落【0008】ないし【0010】の記載によれば、先行技術では、収容チャンバ18の上側部分24にエアポケットが形成されるという問題があった。そこで、冷却回路への充填を圧力が加わっている状態で行なって、回路からの排水を別の時点で行なう必要があり、これでは、回路への充填を行なう動作が複雑になる。この不具合を解決するために、本発明は、ウォータポンプの収容チャンバ18の上側部分24から排水する手段を備えることにより、該問題を解決した。「本発明」の趣旨は以上のとおりである。
そして、先行技術によるエンジンブロックの透視模式図である図1と、本発明の実施形態によるエンジンブロックの拡大透視模式図である図2等を対比すれば、ウォータポンプの収容チャンバ18の上側部分24から排水する手段は、追加の排出ダクト26以外には考えられない。この排水とは、技術常識からして、いわゆるエア抜き(上記エアポケットからのエアの排出)のことである。すなわち、収容チャンバ18の上側部分24にエアポケットが存在すれば、追加の排出ダクト26による排水とともにエアが排出されるといえる。
このような追加の排出ダクト26の作用は、「【0010】この目的を達成するために、本発明は、上に説明したタイプの熱エンジン10を提案し、この熱エンジン10は、追加の排出ダクト26を備え、排出ダクト26によってウォータポンプの収容チャンバ18の上側部分24を、エンジンの冷却回路の一つの要素に接続することにより、第1内部回路12への充填が行なわれるときに、収容チャンバ18への完全な充填を重力によって行なうことができることを特徴とする。」という記載とまさしく整合する。

次に、請求人が挙げた段落【0011】には、「【0011】…(略)…。この実施形態では、追加ダクト26は、シリンダブロック11内に形成されるダクト26であることが好ましく、そしてこのダクト26を調整して、冷却液がウォータポンプの収容チャンバ18から漏れることができるようにするが、この漏れは、エアポケットを排除するのに十分であり、かつ生じたとしても十分に小さいので、ウォータポンプの動作を妨害することがない。」と記載されている。
この記載における「冷却液がウォータポンプの収容チャンバ18から漏れる」とは、冷却液が収容チャンバ18から該収容チャンバ18以外の部位へ流れ出ていくことを意味することは明白である。そして、「このダクト26を調整して、冷却液がウォータポンプの収容チャンバ18から漏れることができるようにする」のであるから、「冷却液がウォータポンプの収容チャンバ18から漏れる」のは、「このダクト26」を通って冷却液が収容チャンバ18から漏れるという意味であると理解するのが自然であり合理的である。これは、上述した、ウォータポンプの収容チャンバ18の上側部分24から排水する手段は、追加の排出ダクト26以外には考えられないことと整合している。当初明細書等には、このような理解に反して、排出ダクト(26)を通って冷却液が第1内部回路(12)に供給されることを示唆する記載は見当たらない。
排出ダクト26の形状等は、該排出ダクト26を通って冷却液が漏れる程度に調整されているのであるから、該排出ダクトを通ってエアが抜け得るような形状等であるということもでき、また、収容チャンバ18の上側部分24にエアポケットが存在すれば、冷却液の漏れとともにエアが排出されるといえる。したがって、「冷却液がウォータポンプの収容チャンバ18から漏れる」とは、冷却液が収容チャンバ18から該収容チャンバ18以外の部位へ流れ出ていくことを意味するという上記の理解は、段落【0011】の「この漏れは、エアポケットを排除するのに十分であり、かつ生じたとしても十分に小さいので、ウォータポンプの動作を妨害することがない。」という記載と整合する。このように、「このダクト26を調整して、」とは、冷却液がウォータポンプの収容チャンバ18から漏れることができるようにし、この漏れが、エアポケットを排除するのに十分であり、かつ生じたとしても十分に小さく、ウォータポンプの動作を妨害することがないように調整することをいうのであって、段落【0014】の「調整」もその意味であることは当業者に明らかである。
なお、空気抜き通路を介して流出する冷却水量が多くなるとポンプ効率ないし冷却性能の低下をきたすこと等から、その寸法(内径)を適切に設定すべきことは、例えば、実公平7-16026号公報(特に第2ページ左欄第8ないし25行)に示されているように技術常識であり、上述した理解はこのような技術常識とも符合する。

以上のとおり、請求人が挙げた各段落の記載は、追加の排出ダクト(26)を通って冷却液が第1内部回路(12)に供給されることの根拠にはなりえない。

第3に、請求人が挙げた各段落以外の当初明細書等の記載をみると、
まず、当初明細書には、「【発明の概要】【0004】…(略)… この目的を達成するために、本発明は、上述のタイプの自動車用熱エンジンを提案するものであり、当該熱エンジンは、追加の排出ダクトを備え、排出ダクトは、ウォータポンプの収容チャンバまたはボリュートの上側部分を、エンジンの冷却回路の一つの要素に接続することにより、収容チャンバへの完全な充填を、第1内部回路への充填が行なわれるときに重力によって行なうことができることを特徴とする。」と記載されている。すなわち、排出ダクト(26)は、重力によって収容チャンバ(18)への完全な充填及び第1内部回路(12)への充填が行なわれるときのいわゆるエア抜きのためであることが記載ないし示唆されている。なお、願書に添付された【要約】には、「追加のガス排出ダクト(26)」という記載がある。そして、図2及び3を参照すると、第1内部回路(12)への充填及び収容チャンバ(18)への完全な充填が重力によって行なわれる場合、冷却液の供給に伴って冷却液の液位が徐々に上昇するから、排出ダクト(26)を通してエアが排出されるとともに、排出されたエアに相当する空間が徐々に上昇する冷却液によって補充ないし充填され、最後は排出ダクト(26)も冷却液によって補充ないし充填されると理解するのが常識的である。当初明細書等には、このような理解に反して、排出ダクト(26)を通って冷却液が第1内部回路(12)に供給されることを示唆する記載は見当たらない。
次に本願明細書には、「【発明の概要】【0004】この不具合を解決するために、本発明は、ウォータポンプの収容チャンバまたはボリュートの上側部分から排水する手段を備える上述のタイプのエンジンを提案する。…(略)…」と記載されており、ここでは、請求人の主張に反して、ウォータポンプの収容チャンバ18またはボリュートの上側部分24から該上側部分24以外の部位へ排水することが明記されている。先行技術によるエンジンブロックの透視模式図である図1と、本発明の実施形態によるエンジンブロックの拡大透視模式図である図2等を対比すれば、ウォータポンプの収容チャンバ18の上側部分24から排水する手段は、追加の排出ダクト26以外には考えられない。

以上の第1ないし第3からすると、「前記一要素から追加の排出ダクト(26)を通って冷却液が第1内部回路(12)に供給される」という事項は、当初明細書等に記載された事項の範囲内においてなされたものではない。

さらに補足するならば、
(あ)仮に、排出ダクトを通って冷却液が供給されることがあるとしても、排出ダクトのいわゆるエア抜きという本来の機能からして、排出ダクトを通って冷却液が供給される過程(開始・終了時刻及び経過時間等)は、第1内部回路、収容チャンバ等を充填する全過程(全時間)の一部にとどまるはずである。当初明細書等をみても、それがどの一部であるかについては記載も示唆もない。排出ダクトを通って冷却液が供給される過程が、全過程(全時間)のうち、冷却液が第1内部回路(12)に供給されるまでの過程(そのような開始・終了時刻及び経過時間)である、あるいは、少なくともその過程を含んでいるというような事項が、当初明細書等から自明な事項であるということは到底できない。

(い)本願の請求項1には、冷却液について、「冷却液を供給する供給オリフィス(22)」という記載と「前記一要素から追加の排出ダクト(26)を通って冷却液が第1内部回路(12)に供給される」という記載の2つの記載があり、しかも、その供給がどういう状況(充填時、ポンプ運転時等)における供給であるのか、何も限定されていない。したがって、請求項1に係る発明は、ある状況では前者及び/又は後者の供給が行なわれ、別の状況では前者及び/又は後者の供給が行なわれるという種々の事項を包含し得るが、そのような種々の事項が、当初明細書等から自明な事項であるということは到底できない。

(う)「前記一要素から追加の排出ダクト(26)を通って冷却液が第1内部回路(12)に供給される」といっても、それが具体的にどのように行なわれるのか、当初明細書等には明確に記載されていない。
例えば、図2において、排出ダクト26の上方端はチャンバ28に接続しているが、チャンバ28は第1内部回路12の一部を構成する。したがって、チャンバ28及び第1内部回路12に冷却液が充填されて、冷却液の液位が排出ダクト26の上方端に達するときには、通常、重力の作用により第1内部回路にはすでに冷却液が充填されているはずである。また、図3、4において、シリンダブロック11はシリンダヘッド13によって蓋をされている。
したがって、「前記一要素から追加の排出ダクト(26)を通って冷却液が第1内部回路(12)に供給される」という事項は、当初明細書等に自明な程度に記載された事項に基づくものではなく、その意味で、当初明細書等から自明な事項であるということはできない。

3.まとめ

本件補正による請求項1に係る上記補正事項については以上のとおりであり、したがって、本件補正は、他の補正事項について検討するまでもなく、願書に最初に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてしたものでなく、特許法第17条の2第3項の規定に違反するものであるから、同法第159条第1項において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下されるべきものである。

よって、結論のとおり決定する。

[理由B]

1.補正の内容

[理由A]1.において前述したとおりである。

2.本件補正の適否

本件補正は、請求項1についてみると、本件補正前の請求項1に記載した発明を特定するために必要な事項である「排出ダクト(26)により、第1内部回路(12)への冷却液の充填が行なわれるときに、収容チャンバ(18)への冷却液の完全な充填を重力によって行なうことができるようにしている」という事項を、「前記一要素から追加の排出ダクト(26)を通って冷却液が第1内部回路(12)に供給される」という事項に補正している。
そして、これにより、「冷却液の充填が行なわれるときに、収容チャンバ(18)への冷却液の完全な充填を重力によって行なうことができるようにしている」という事項が削除されており、その限りで、発明特定事項が拡張されている。
したがって、該補正は、直列的に記載された発明特定事項の一部の削除であって、特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当しないとともに、その他、特許法第17条の2第5項各号に規定されたいずれの事項を目的とするものでもない。

3.まとめ

したがって、本件補正は、他の補正事項について検討するまでもなく、特許法第17条の2第5項の規定に違反するので、同法第159条第1項において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下すべきものである。

よって、結論のとおり決定する。

第3 本件発明について

1.本件発明

平成25年5月7日付けの手続補正は上記のとおり却下されたので、本件出願の特許請求の範囲の請求項1ないし9に係る発明は、平成24年4月24日付け手続補正書により補正された特許請求の範囲並びに出願当初の明細書及び図面の記載からみて、その特許請求の範囲の請求項1ないし9に記載された事項により特定されるとおりのものであり、そのうち、請求項1に係る発明(以下、「本件発明」という。)は、上記第2の[理由A]1.(a)に示した請求項1に記載されたとおりのものである。

2.刊行物

(1)刊行物の記載事項

原査定の拒絶の理由に引用された、本件出願の優先権主張日前に頒布された刊行物である特開平11-148349号公報(以下、「刊行物」という。)には、図面とともに、次の事項が記載されている。

(a)「【特許請求の範囲】
【請求項1】シリンダブロックの側面に、渦巻き式冷却水ポンプにおけるインペラーを囲う渦巻き室を、当該渦巻き室の終端における吐出口がシリンダブロックにおける冷却水ジャケットに連通するように凹み形成し、この渦巻き室を塞ぐように前記シリンダブロックの側面に取付けられる蓋板に、前記インペラーを、蓋板を貫通するポンプ軸に取付けて成る冷却装置において、
前記シリンダブロックに、前記渦巻き室内に対する空気抜き通路を、前記渦巻き室の天井面と、前記シリンダブロックの上面に締結のシリンダヘッドにおける冷却水ジャケット内とを連通するように穿設したことを特徴とする内燃機関の冷却装置。
【発明の詳細な説明】
【0001】
【発明の属する技術分野】本発明は、内燃機関において、そのシリンダブロックに対して冷却水を供給するための渦巻き式冷却水ポンプを、前記シリンダブロックの側面に直接的に設けて成る冷却装置に関するものである。
【0002】
【従来の技術】従来、この種の冷却装置は、シリンダブロックの側面に、渦巻き式冷却水ポンプにおけるインペラーを囲う渦巻き室を、当該渦巻き室の終端における吐出口がシリンダブロックにおける冷却水ジャケットに連通するように凹み形成し、この渦巻き室を塞ぐように前記シリンダブロックの側面に取付けられる蓋板に、前記インペラーを、蓋板を貫通するポンプ軸に取付けて、このポンプ軸にて回転駆動すると言う構成したものであって、この冷却装置において問題となるのが、前記渦巻き室内における空気抜きの点である。
【0003】そこで、この問題に対して先行技術としての実公昭7-16026号公報は、前記渦巻き室の終端における吐出口の上部を、前記渦巻き室の天井面より高い分に位置する一方、前記シリンダブロックの側面と前記蓋板との間に介挿したシール用ガスケットに、渦巻き室の天井面から前記吐出口の上部への空気抜き通路を設けることにより、渦巻き室の上部に溜まる空気をシリンダブロックにおける冷却水ジャケットに逃がすように構成している。
【0004】
【発明が解決しようとする課題】しかし、この先行技術のものは、渦巻き室内における空気をシリンダブロックにおける冷却水ジャケットに逃がすことのために、渦巻き室の終端における吐出口の上部を、前記渦巻き室の天井面より高い部位に位置するようにしなければならず、このために、シリンダブロックにおける冷却水ジャケットに対する冷却水供給口が、当該冷却水ジャケットにおける高さ方向のうちシリンダブロックの上面に近い部位に位置することになり、換言すると、冷却水ポンプからの冷却水は、シリンダブロックにおける冷却水ジャケットのうちシリンダブロックの上面に近い部位に流入して、シリンダヘッドにおける冷却水ジャケットに向かって素通りする冷却水が多くなるから、シリンダブロックに対する冷却性能の低下を招来すると言う問題があった。
【0005】しかも、前記渦巻き室内における空気は、一旦、シリンダブロックにおける冷却水ジャケットに逃げたのち、このシリンダブロックにおける冷却水ジャケットから、シリンダブロックの上面に締結のシリンダヘッドにおける冷却水ジャケットを経てラジエータに逃げるようにしたもので、換言すると、渦巻き室内における空気は、シリンダブロックにおける冷却水ジャケットを介してシリンダヘッドにおける冷却水ジャケットに逃げるので、その空気抜きの性能が低いと言う問題もあった。
【0006】本発明は、これらの問題を解消することを技術的課題とするものである。
【0007】
【課題を解決するための手段】この技術的課題を達成するため本発明は、「シリンダブロックの側面に、渦巻き式冷却水ポンプにおけるインペラーを囲う渦巻き室を、当該渦巻き室の終端における吐出口がシリンダブロックにおける冷却水ジャケットに連通するように凹み形成し、この渦巻き室を塞ぐように前記シリンダブロックの側面に取付けられる蓋板に、前記インペラーを、蓋板を貫通するポンプ軸に取付けて成る冷却装置において、前記シリンダブロックに、前記渦巻き室内に対する空気抜き通路を、前記渦巻き室の天井面と、前記シリンダブロックの上面に締結のシリンダヘッドにおける冷却水ジャケット内とを連通するように穿設する。」と言う構成にした。
【0008】
【発明の作用・効果】このように構成することにより、冷却水ポンプにおける渦巻き室内の空気は、シリンダブロックに穿設した空気抜き通路を通って、シリンダヘッドにおける冷却水ジャケットに直接的に逃げることになる。従って、前記冷却水ポンプにおける渦巻き室内からシリンダヘッドにおける冷却水ジャケット内への空気抜きを、前記先行技術のように、その間にシリンダブロックにおける冷却水ジャケットを介在させる場合よりも迅速に、且つ、確実に行うことができるのである。
【0009】しかも、冷却水ポンプにおける渦巻き室内からシリンダヘッドにおける冷却水ジャケット内への空気抜きを、シリンダブロックに穿設した空気抜き通路を介して行うことにより、前記渦巻き室の終端における吐出口を、前記先行技術のように、高い部位、つまり、シリンダブロックの上面に近い部位に位置する必要がなく、シリンダブロックの上面から低い部位に位置することができ、シリンダブロックにおける冷却水ジャケット内を素通りする冷却水を少なくできるから、渦巻き室内の空気抜きのために、シリンダブロックに対する冷却性能の低下を招来することを確実に回避できるのである。」(【特許請求の範囲】及び【発明の詳細な説明】の段落【0001】ないし【0009】)

(b)「【0012】また、前記渦巻き式冷却水ポンプ5は、以下に述べるように構成されている。すなわち、この渦巻き式冷却水ポンプ5は、前記シリンダブロック1における側面1aに、後述するインペラー6を囲うように凹み形成した渦巻き室7と、前記シリンダブロック1における側面1aに前記渦巻き室7を塞ぐように複数本のボルト8にて締結した蓋板9と、この蓋板9にこれを貫通して軸支され、且つ、前記インペラー6が取付くポンプ軸10とから成り、また、前記シリンダブロック1には、前記シリンダヘッド4における第1冷却水ジャケット4a内の冷却水を、前記インペラー6の中心に導くための冷却水吸い込み通路11が一体的に設けられ、更にまた、渦巻き室7における終端の吐出口7aは、前記シリンダブロック1における冷却水ジャケット3に連通している。
【0013】そして、前記シリンダブロック1には、前記渦巻き室7内に対する空気抜き通路12を、当該空気抜き通路12の一端が前記渦巻き室7内の天井面に、他端が前記シリンダヘッド4における第1冷却水ジャケット4a内に各々に連通するように穿設する。これにより、前記冷却水ポンプ5における渦巻き室7内の空気は、空気抜き通路12を通って、直接的に、シリンダヘッド4における第1冷却水ジャケット4a内に逃げることになるから、この渦巻き室7内の空気を、シリンダブロック1における冷却水ジャケット3を経たのちシリンダヘッド4における冷却水ジャケット内に逃がす場合よりも、迅速に、且つ、確実に逃がすことができるのである。」(段落【0012】及び【0013】)

(2)上記(1)及び図面の記載より分かること

(ア)刊行物の段落【0012】の記載、及び図2の記載等からすると、冷却水ジャケット3は、渦巻き室7における終端の吐出口7aと連通する導入通路を備え、該導入通路の上流側開口部は吐出口7aに接続していることが分かる。

(3)刊行物に記載された発明

したがって、上記(1)及び(2)の事項を総合すると、刊行物には次の発明(以下、「刊行物に記載された発明」という。)が記載されていると認められる。

<刊行物に記載された発明>

「冷却水ジャケット3を含むシリンダブロック1を備えるタイプの内燃機関であって、
シリンダブロック1における側面1aに、冷却水ポンプ5のインペラー6を囲うように凹み形成した渦巻き室7が設けられ、該渦巻き室7の略中央部分には、冷却水を、インペラー6の中心に導くための冷却水吸い込み通路11が接続されており、
冷却水ジャケット3は、渦巻き室7における終端の吐出口7aと連通する導入通路を備え、該導入通路の上流側開口部は吐出口7aに接続しており、
シリンダブロック1には、渦巻き室7内に対する空気抜き通路12を、当該空気抜き通路12の一端が渦巻き室7内の天井面に、他端がシリンダヘッド4における第1冷却水ジャケット4a内に各々に連通するように穿設され、これにより、冷却水ポンプ5における渦巻き室7内の空気は、空気抜き通路12を通って、直接的に、シリンダヘッド4における第1冷却水ジャケット4a内に逃げるようにされている内燃機関。」

3.対比・判断

本件発明と刊行物に記載された発明とを対比すると、後者における「冷却水ジャケット3」は前者における「冷却液循環用の第1内部回路」に相当し、同様に、「シリンダブロック1」は「少なくとも一つのシリンダブロック」に、「内燃機関」は「自動車用熱エンジン」に、「冷却水ポンプ」は「ウォータポンプ」に、「インペラー6」は「ロータ」に、「導入通路」は「内部供給ダクト」に、「渦巻き室7」は「ウォータポンプに属するロータのほぼ円筒形の収容チャンバ」に、「導入通路」の「上流側開口部」は「内部供給ダクト」の「入口オリフィス」に、「天井面」は「上側部分」に、「シリンダヘッド4における第1冷却水ジャケット4a」は「当該上側部分よりも高い位置にあるエンジンの冷却回路の一要素」に、「空気抜き通路12」は「追加の排出ダクト」に、それぞれ相当する。
後者における冷却水ジャケット3は、渦巻き室7における終端の吐出口7aと連通する導入通路を備えているから、後者における冷却水ジャケット3は、内部供給ダクトを含むタイプであるといえる。
後者における「渦巻き室7」は、シリンダブロック1における側面1aに、冷却水ポンプ5のインペラー6を囲うように凹み形成されているから、前者における「ブロック内に形成されるエンジンのウォータポンプに属するロータのほぼ円筒形の収容チャンバまたは「ボリュート」」に相当する。
後者における「導入通路の上流側開口部」は、「渦巻き室7における終端の吐出口7a」に接続しているから、「渦巻き室7」に通じているということができ、したがって、該事項は、前者の「内部供給ダクトの入口オリフィス」は、「収容チャンバまたは「ボリュート」に通じ」ていることに相当する。
後者における「該渦巻き室7の略中央部分には、冷却水を、インペラー6の中心に導くための冷却水吸い込み通路11が接続されており」と、前者における「前記チャンバ(18)は中間部分(20)に、供給オリフィス(22)を含み、」は、「前記チャンバは所定部分に、供給通路を含み、」という限りにおいて一致する。

したがって、本件発明の記載に倣って整理すると、本件発明と刊行物に記載された発明とは、
「冷却液循環用の第1内部回路を含む少なくとも一つのシリンダブロックを備えるタイプの自動車用熱エンジンであって、
第1内部回路が内部供給ダクトを含むタイプであり、内部供給ダクトの入口オリフィスは、ブロック内に形成されるエンジンのウォータポンプに属するロータのほぼ円筒形の収容チャンバまたは「ボリュート」に通じ、前記チャンバは所定部分に、供給通路を含み、
当該熱エンジンは、ウォータポンプの収容チャンバまたはボリュートの上側部分と、当該上側部分よりも高い位置にあるエンジンの冷却回路の一要素とを接続する追加の排出ダクトを備えている、熱エンジン。」の点で一致し、次の点で相違又は一応相違する。

<相違点1>

「前記チャンバは所定部分に、供給通路を含み、」という事項に関して、
本件発明においては、「前記チャンバは中間部分に、供給オリフィスを含み、供給オリフィスの高さ(N_(1))は、第1内部回路の内部供給ダクトの入口オリフィスの高さ(N_(2))よりも高くなるように調整され」ているのに対し、
刊行物に記載された発明においては、「該渦巻き室7の略中央部分には、冷却水を、インペラー6の中心に導くための冷却水吸い込み通路11が接続されて」いる点(以下、「相違点1」という。)。

<相違点2>

本件発明においては、「排出ダクトにより、第1内部回路への冷却液の充填が行なわれるときに、収容チャンバへの冷却液の完全な充填を重力によって行なうことができるようにしている」のに対し、
刊行物に記載された発明においては、「これにより、冷却水ポンプ5における渦巻き室7内の空気は、空気抜き通路12を通って、直接的に、シリンダヘッド4における第1冷却水ジャケット4a内に逃げるようにされている」点(以下、「相違点2」という。)。

上記相違点について順に検討する。

<相違点1>について

まず、供給オリフィスについて検討する。
本件発明における「中間部分」について、特に限定はなされていない。明細書には、「【0007】…(略)…。公知の様式で、収容チャンバ18はシリンダブロック11内に形成され、そして当該収容チャンバ18は、例えばロータ(図示せず)の回転軸「A」とほぼ同じ高さに配置される中間部分20に、供給オリフィス22を含み、…(略)…」と記載されており、「中間部分」は「チャンバ」において、「例えば」、「ロータ(図示せず)の回転軸「A」とほぼ同じ高さに配置される」例が示されているものの、チャンバ内において、どこからどこまでを指すのか、その占める範囲は明らかではない。【0008】等に「収容チャンバ18の上側部分24」という記載があることをみると、チャンバの上側部分等の比較的端部以外の部分を指すと理解せざるを得ない。
本件発明における「供給オリフィス」について、特に限定はなされていない。明細書をみても、その形状・寸法(特に開口部の大きさ)等について特に説明はない。平成25年5月7日付けの手続補正においては、「供給オリフィス(22)」が「中間部分(20)より面積が小さい供給口を有し、かつ、冷却液を供給する供給オリフィス(22)」に補正されている。この補正後の事項は、図2等に示されているとしても、それは、「本発明」の「実施形態」にすぎず、該補正がなされていない本件補正発明がそれに限定されるものではなく、該補正がなされていない本件補正発明における「供給オリフィス」は、該補正後の事項より一般に広義であるといえる。
ここで、刊行物をみると、刊行物に記載された発明においては、「該渦巻き室7の略中央部分には、冷却水を、インペラー6の中心に導くための冷却水吸い込み通路11が接続されて」いるのであり、冷却水吸い込み通路11が接続される該渦巻き室7の略中央部分は、冷却水ポンプ5の回転軸とほぼ同軸であり、少なくとも該回転軸を含んでいる。そして、本件補正発明では、「供給オリフィス」の形状・寸法(特に開口部の大きさ)等について特に限定がなされていないことにかんがみると、刊行物に記載された発明は、実質的に、「チャンバは中間部分に、供給オリフィスを含み」という事項を具備しているといわざるを得ない。

次に、高さ関係について検討する。
本件発明においては、供給オリフィスの高さ(N_(1))、及び入口オリフィスの高さ(N_(2))について、各オリフィスの上端、下端、中央、重心等、どの位置をいうのか、特に限定されていない。本件の図1をみると、供給オリフィスの高さ(N_(1))は供給オリフィスの略中心、入口オリフィスの高さ(N_(2))は入口オリフィスの略上端を指しているように理解されるが、図1は、「先行技術によるエンジンブロックの透視模式図である。」にすぎず、本件発明がそれに限定されるものではない。
ここで、高さ関係の技術的意義をみると、本件明細書には、「【0008】図1から分かるように、公知の様式で、収容チャンバ18への供給を行なうオリフィス22の高さN_(1)は、第1内部回路12の内部供給ダクト14の入口オリフィス16の高さN_(2)よりも高くなるように配置される。この構造で製作される熱エンジン10の公知の不具合は、供給オリフィス22の高さN_(1)と第1内部回路12の入口オリフィス16の高さN_(2)との間に差があることに明らかに関連している。具体的には、このような冷却回路への充填を重力によって行なうことが望ましい場合、高さN_(1)と高さN_(2)との間に差が生じるので、収容チャンバ18の供給オリフィス22よりも高く配置される収容チャンバ18の上側部分24にエアポケットが形成される。」と記載されている。これによれば、高さN_(1)と高さN_(2)との間の差に起因して、供給オリフィス22よりも高く配置される収容チャンバ18の上側部分24にエアポケットが形成され、これが、本件発明の前提をなしている。したがって、本件発明における「供給オリフィスの高さ(N_(1))は、第1内部回路の内部供給ダクトの入口オリフィスの高さ(N_(2))よりも高くなるように調整され」ているという事項は、冷却回路への充填を重力によって行なう際、その中間部分に供給オリフィスを含んでいる収容チャンバの上側部分にエアポケットが形成されるような高さ関係の意味であり、これが当業者の通常の理解である。
そうすると、刊行物の【0008】、【0013】、図1、3、4等の記載から明らかなように、刊行物に記載された発明において、該渦巻き室7の略中央部分に、冷却水を、インペラー6の中心に導くために接続されている冷却水吸い込み通路11の高さは、渦巻き室7における終端の吐出口7aと連通する導入通路の上流側開口部の高さよりも高くなるように調整されているといえる。また、少なくとも、両者の高さ関係をこのように調整することは、当業者が容易に想到し得たものであるといえる。
以上を総合すると、相違点1は実質的な相違点ではないか、又は、刊行物に記載された発明に基づいて当業者が容易に想到し得たものであるといえる。

<相違点2>について

刊行物には、冷却水ポンプ5における渦巻き室7内の空気については記載されているものの、これが、冷却水の充填の際に発生するものかどうかについては特に明記はない。しかし、冷却水の充填時に渦巻き室の上部等に空気が滞留することは、例えば、特開平8-135444号公報(特に段落【0006】)、特開平11-117744号公報(特に段落【0005】、【0006】)に示されているように技術常識である。刊行物に記載された発明においても、冷却水ジャケット3等への冷却水の充填時に、冷却水ポンプ5における渦巻き室7内の空気は、空気抜き通路12を通って、直接的に、シリンダヘッド4における第1冷却水ジャケット4a内に逃げるようにされているということができ、冷却水の充填時における空気抜きを視野に入れつつ、このように設計することは、当業者が容易になし得たことである。このようにしたものは、相違点2に係る本件発明の発明特定事項を具備しているといえる。

なお、相違点2に関連して、請求人は、平成24年4月24日に提出した意見書において、
「(2)補正の内容及び根拠
…(略)…
また、「排出ダクト(26)により、第1内部回路(12)への冷却液の充填が行なわれるときに、収容チャンバ(18)への冷却液の完全な充填を重力によって行なうことができるようにしている」の記載は、明細書の段落[0010]等の記載に基づいております。」と説明する一方、
「(3)本願発明と引用発明との対比(進歩性について:理由1)
…(略)…
また、本願発明において、排出ダクト(26)は、ウォータポンプの収容チャンバ(18)またはボリュートの上側部分(24)と、当該上側部分(24)よりも高い位置にあるエンジンの冷却回路の一要素とを接続しています。そして、当該排出ダクト(26)を通って、冷却液が当該上側部分(24)に流れることにより、第1内部回路(12)への冷却液の充填が行なわれるときに、収容チャンバ(18)への冷却液の完全な充填を重力によって行なうことができます。
このように、本願発明において追加の排出ダクト(26)を用いて排出されるものは、冷却液であって、その排出の方向は、高い位置から低い位置です。…(略)…」と説明している。
しかし、「本願発明において追加の排出ダクト(26)を用いて排出されるものは、冷却液であって、その排出の方向は、高い位置から低い位置です。」の主張が妥当でないことは、上記の[理由A]で述べたとおりであり、ここではひとまず措くとして、本件発明は、「排出ダクトにより、第1内部回路への冷却液の充填が行なわれるときに、収容チャンバへの冷却液の完全な充填を重力によって行なうことができるようにしている」とするにとどまり、平成25年5月7日になされた手続補正(上記の本件補正)後の「追加の排出ダクト(26)を通って冷却液が第1内部回路(12)に供給される」と対比すれば明らかなように、冷却液が追加の排出ダクト(26)を通ること、及び、それによって冷却液が第1内部回路(12)に供給されることは特定されていない。
そして、請求人が上記のように補正の根拠とする段落【0010】、及びその直前の段落【0008】、【0009】をみれば、「本発明」は、ウォータポンプの収容チャンバ18の上側部分24から排水する手段を備えるものであり、収容チャンバ18の上側部分24にエアポケットが存在すれば、追加の排出ダクト26による排水とともにエアが排出されるといえることは上述したとおりである。段落【0010】の「排出ダクト26によってウォータポンプの収容チャンバ18の上側部分24を、エンジンの冷却回路の一つの要素に接続することにより、第1内部回路12への充填が行なわれるときに、収容チャンバ18への完全な充填を重力によって行なうことができる」という記載がその意味であることは明白であり、請求人の説明は正鵠を射たものではない。

そして、本件発明は、全体としてみても、刊行物に記載された発明及び技術常識から予測される以上の格別な効果を奏するものではない。

4.むすび

以上のとおり、本件発明は、刊行物に記載された発明及び技術常識に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
そして、本件発明(本願の請求項1に係る発明)が特許を受けることができないものである以上、本件出願の他の請求項に係る発明について検討するまでもなく、本件出願は拒絶すべきものである。

よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2014-05-20 
結審通知日 2014-05-27 
審決日 2014-07-08 
出願番号 特願2009-537679(P2009-537679)
審決分類 P 1 8・ 561- Z (F01P)
P 1 8・ 57- Z (F01P)
P 1 8・ 121- Z (F01P)
P 1 8・ 575- Z (F01P)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 橋本 しのぶ  
特許庁審判長 中村 達之
特許庁審判官 藤原 直欣
伊藤 元人
発明の名称 ウォータポンプ用ガス排気ダクトを備える自動車用熱エンジン  
代理人 園田 吉隆  
代理人 小林 義教  

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