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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) C07C
管理番号 1295486
審判番号 不服2012-22358  
総通号数 182 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2015-02-27 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2012-11-12 
確定日 2014-12-16 
事件の表示 特願2002-507766「活性剤の送達のための化合物及び組成物」拒絶査定不服審判事件〔平成14年1月10日国際公開、WO02/02509、平成16年7月22日国内公表、特表2004-521857〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
本願は,2001年6月29日(パリ条約による優先権主張 2000年6月29日 米国(US))を国際出願日とする出願であって,平成14年12月26日に特許協力条約第34条の規定に基づく補正の翻訳文が提出され,平成15年10月31日に手続補正書が提出され,平成17年10月17日に手続補正書が提出され,平成23年6月28日付けで拒絶理由が通知され,平成24年1月5日に意見書及び手続補正書が提出され,同年6月29日付けで拒絶査定がなされたが,これに対して同年11月12日に審判請求がなされ,平成25年11月11日付けで拒絶理由が通知され,平成26年2月12日に意見書及び手続補正書が提出されたものである。

第2 本願発明
本願の請求項1に係る発明(以下「本願発明」という。)は,平成26年2月12日付け手続補正書により補正された特許請求の範囲の請求項1に記載された事項により特定される次のとおりのものである。
「下式:
【化1】

の化合物またはその塩。」

第3 当審における拒絶の理由の概要
平成25年11月11日付けで,審判合議体が通知した拒絶の理由は,
本願の請求項1に係る発明は,本願の優先日前に日本国内又は外国において頒布された刊行物1,2に記載された発明に基いて,その優先日前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないという理由を含むものであって,その刊行物1,2として,
刊行物1:国際公開第00/07979号
刊行物2:Journal of Medical Chemistry, 1998年, Vol.41, No.7, p.1163-1171
が示されたものである。

第4 当審の判断
1 刊行物の記載事項
(1)刊行物1の記載事項
刊行物1には,日本語に訳して以下の記載がある。なお,日本語訳は,ファミリーである特表2002-522413号公報によった。
(1a)「1.化合物1-135及びその塩からなる群より選択される化合物。」(請求項1)
(1b)「2.(A)活性剤;及び
(B)化合物1-135、その塩、及びこれらの混合物からなる群より選択される化合物;
を含む組成物。
3.前記活性剤が、生物学的活性剤、化学的活性剤、及びこれらの組み合わせからなる群より選択される、請求項2に記載の組成物。
・・・
5.前記生物学的活性剤が、成長ホルモン、ヒト成長ホルモン(hGH)、組換えヒト成長ホルモン(rhGH)、ウシ成長ホルモン、ブタ成長ホルモン、成長ホルモン放出ホルモン、インターフェロン、α-インターフェロン、β-インターフェロン、γ-インターフェロン、インターロイキン-1、インターロイキン-2、インスリン、ブタインスリン、ウシインスリン、ヒトインスリン、及びヒト組換えインスリン、インスリン様増殖因子(IGF)、IGF-l、ヘパリン、未分画ヘパリン、ヘパリノイド、デルマタン、コンドロイチン、低分子量ヘパリン、極低分子量ヘパリン、超低分子量ヘパリン、カルシトニン、サケカルシトニン、ウナギカルシトニン、ヒトカルシトニン;エリトロポエチン(EPO)、心房性ナトリウム利尿因子(atrial naturetic factor)、抗原、モノクローナル抗体、ソマトスタチン、プロテアーゼインヒビター、アドレノコルチコトロピン、ゴナドトロピン放出ホルモン、オキシトシン、黄体形成ホルモン放出ホルモン、卵胞刺激ホルモン、グルコセレブロシダーゼ、トロンボポエチン(thrombopoietin)、フィルグラスチム(filgrastim)、プロスタグランジン、シクロスポリン、バソプレシン、クロモリンナトリウム、クロモグリカートナトリウム、クロモグリカート二ナトリウム、バンコマイシン、デフェロキサミン(DFO)、パラチロイドホルモン(PTH)、PTHのフラグメント、抗菌剤、抗真菌剤;これらの化合物の類似物、フラグメント、擬剤(mimetics)及びポリエチレングリコール(PEG)変性誘導体;及びこれらのあらゆる組み合わせからなる群より選択される、請求項3に記載の組成物。
6.前記生物学的活性剤が、インスリン、未分画ヘパリン、低分子量ヘパリン、極低分子量ヘパリン、超低分子量ヘパリン、カルシトニン、パラチロイドホルモン、エリトロポエチン、ヒト成長ホルモン、及びこれらのあらゆる組み合わせからなる群より選択される、請求項3に記載の組成物。」(請求項2?6)
(1c)「活性剤のデリバリーに有用な化合物及び組成物を提供する。該化合物には、下記の化合物またはその塩が含まれる。
・・・

」(第3頁下から第3行?第7頁末行)
(1d)「(実施例3:ヘパリンデリバリー)
25%プロピレングリコール水溶液中にデリバリー剤化合物及びヘパリンナトリウムUSPを含有する結腸内投薬(IC)組成物を、混合によって調製した。当該化合物のナトリウム塩を使用するか、または遊離酸を、1等量の水酸化ナトリウム(1.0N)でナトリウム塩に変換した。典型的には、化合物及びヘパリン粉末を混合し、25%プロピレングリコール水溶液を添加し、NaOH溶液を添加し、内容物に超音波処理を施した後、希釈して体積3.0とした。pHをチェックし、必要であればpH=7-8に調整した。最終的な化合物及びヘパリンの投薬量は、下記の表2に列挙した。
体重200-250gオスのSprague-Dawleyラットを、24時間断食させ、投薬の15分前にケタミン(44mg/kg)及びクロルプロマジン(1.5mg/kg)を投与した。該投薬溶液を、断食させたラットに、1ml/kgの投薬体積で投与した。ケタミン(44mg/kg)の投与に次いで、血液サンプルを、心臓穿刺により採取した。Henry, J. B., Clinical Diagnosis and Management by Laboratory Methods; Philadelphia, PA; W.B. Saunders (1979).の方法に従い、活性化部分トロンボプラスチン時間(APTT)を利用してヘパリン活性を測定した。結果を下記の表2にまとめた。

」(第40頁第1行?第42頁Table2)
(1e)「(実施例5:サケカルシトニン(sCT)デリバリー)
水中、デリバリー剤化合物及びサケカルシトニン(sCT)の経口栄養(PO)投薬組成物を調製した。量は表4にまとめた。化合物450mgを水2.0mlに加えた。該化合物のナトリウム塩を使用するか、または、得られた溶液を攪拌して1等量の水酸化ナトリウム(1.0N)を添加し、更に水で希釈することによって、遊離の酸をナトリウム塩に変換した。sCT90μgを当該溶液に加えた。その後水を加え、全体積を3.0mlとした。該溶液は、150mg/mlの最終化合物濃度を有していた。(化合物118及び123については、当該溶液を6.0mlに希釈し、投薬体積を二倍にした)。総sCT濃度は、30μ/mlであった。(化合物123については、異なる量のsCTを使用して、2.0mg/kgを投薬する場合の最終sCT投薬を100μg/kgとした)。
体重200-250gオスのSprague-Dawleyラットを、24時間断食させ、投薬の15分前にケタミン(44mg/kg)及びクロルプロマジン(1.5mg/kg)を投与した。ラットに、投薬溶液1ml/kg(化合物118及び123については2ml/kg)を投与した。血液サンプルを尾の動脈から逐次採取した。血清sCTは、EIAキット(Peninsula Laboratories, Inc.(San Carlos, CA)製、Kit# EIAS-6003)で試験することにより測定した。化合物14及び105については、キットの標準プロトコルを下記の通り変更した:ペプチド抗体50μlと共に2時間、振盪しつつ暗所にてインキュベートし、プレートを洗浄し、血清及びビオチニル化ペプチドを加え、さらに緩衝液4mlで希釈し、暗所にて一晩振盪した。結果を下記の表4に示す。

」(第43頁下から第12行?第44頁Table4)

(2)刊行物2の記載事項
刊行物2には,日本語に訳して以下の事項が記載されている。なお,日本語訳は当審の仮訳である。
(2a)「臨床的に,ヘパリンの抗凝血性は,活性化部分トロンボスラスチン時間(APTT)分析試験を利用した凝血時間の効果によって典型的に観察される。」(第1163頁左欄第17?19行)
(2b)「結果及び討論
化学. 我々は,N-アシルアミノアルカン酸である,表1に示される化合物1-68を調製した。これらの化合物は,経口ドラッグデリバリー試薬の我々のライブラリーを拡張するとともにより高い効能のドラッグデリバリー試薬を確認する我々の継続的な努力の一部である。以前に,我々は一群のN-アシルアミド酸が経口ドラッグデリバリー試薬として優れた活性を持つことを報告した。このシリーズで最も高い活性の化合物はアミド基とカルボン酸基を持ち,アルキル芳香族骨格内に7個の炭素原子を含むものであった(スキーム1)。
」(第1163頁右欄下から第6行?第1165頁左欄第5行)
(2c)「表1 ヘパリン経口デリバリー試薬
化合物 n X ・・・ 平均ピーク^(a) APTT(秒)^(b)
・・・
38 7 2-OH,4-OCH_(3) 76±16
39 5 2-OH,4-Cl 40±7
40 7 2-OH,4-Cl 94±37
・・・
^(a)平均ピークAPTT値は,服用後30分後に生じた値で,試験終了時の1.5hまで高められた状態が維持された。ラットのAPTT値のベースラインは21秒である。^(b)生体内の試験はヘパリンの25%エチレングリコール水溶液(25mg/kg)とデリバリー試薬(50mg/kg)を結腸内部に注入することで行われた。データは平均±標準偏差で報告されている。・・・」(第1164?1165頁のTable1)

3 刊行物1に記載された発明
刊行物1には,一般式


」(以下「一般式I」という。)で示される化合物であって,n=5,m=0,Xが2-OH,4-Clの化合物37,n=3,m=0,Xが2-OH,5-Clの化合物105,n=3,m=0,Xが2-OH,4-OMeの化合物106が記載されている(摘記1c参照)。
さらに,刊行物1には,一般式Iにおいて,nが1?11,mが0?2,Xが-OH,-NH_(2),-NO_(2),-Cl,-F,-Br,-Me,-OMeの置換基から選択される化合物36,38?57,85?104,107?118も記載されている(摘記1c参照)。
そうすると,刊行物1には,化合物37,105,106の化合物がそれぞれ記載されているとともに,これら36?57,85?118の化合物を包括する化学構造式を有する
「一般式Iで示される化合物であって,
nが1?11,mが0?2,Xが-OH,-NH_(2),-NO_(2),-Cl,-F,-Br,-Me,-OMeの置換基から選択される化合物」と「その塩」(摘記1a参照)の発明(以下,「引用発明A」という。)も,実質的に記載されているということができる。

4 対比・判断
(1)引用発明Aを主引用例とした場合について
ア 対比
本願発明と引用発明Aとを対比する。
両者とも「一般式Iで示される化合物」である点で一致し,
(i)本願発明では,n=3,m=0,Xが2-OH,4-Clの化合物であるのに対して,引用発明Aではそのような特定がなされていない点で相違する。

イ 相違点の検討
引用発明1Aにおいて,n=3,m=0,Xの置換基として2-OH,4-Clとすることは,引用発明1Aの選択肢の一つであり,実際に,n=5,m=0,Xが2-OH,4-Clの化合物37,n=3,m=0,Xが2-OH,5-Clの化合物105,n=3,m=0,Xが2-OH,4-OMeの化合物106も記載されている。
そして,刊行物1の実施例3の「ヘパリンデリバリー」に関する記載(摘記1d参照)によれば,引用発明Aに含まれる,化合物106など数多くの化合物が程度の差はあるもののヘパリンデリバリー試薬としての作用を示すことが記載されている(化合物37について実施例がないが,この化合物がヘパリンデリバリー試薬として機能することは,刊行物2の化合物39と同じ化合物であることから明らかである(摘記2c参照))。また,刊行物1の実施例5の「サケカルシトニン(sCTデリバー)」に関する記載(摘記1e参照)によれば,化合物105など数多くの化合物が程度の差はあるもののサケカルシトニンデリバリー試薬としての作用を示すことが記載されているといえ,引用発明Aの選択肢に含まれる化合物であれば,ヘパリン,サケカルシトニンなどの生物活性剤のドラッグデリバリー試薬として作用し得るであろうことが当業者に容易に理解できるものといえる。
そうすると,引用発明Aにおいて,その選択肢の一つとして含まれ,nが3か5だけが異なる化合物37,Xの置換基の4-Clだけが異なる化合物105,106などの具体例の開示もあることから,n=3,m=0,Xが2-OH,4-Clの化合物を,そのほかの引用発明Aに含まれる化合物と同様に,これら生物活性剤のドラッグデリバリー試薬としてみることは当業者が容易に想到し得たことと認められる。

なお,仮に,引用発明Aが刊行物1に記載されているといえないとしても,刊行物1の上記記載に基づき,引用発明Aの化合物を,生物学的活性剤のドラッグデリバリー試薬として使用し得る一般的な化学構造式を有する化合物として認識し,その化学構造式に含まれる化合物を実際に製造し,ドラッグデリバリー試薬として使用してみることは当業者が容易に想到し得たことと認められる。

ウ 効果について
本願発明の効果は,本願明細書の「本発明は活性剤の送達を容易にする化合物及び組成物を提供する。」(【0007】参照)との記載,及び本願発明が化合物の発明であることから,活性剤のドラッグデリバリー試薬として使用できる化合物を提供することにあると認められるところ,そのような効果(例えば,ヘパリンやサケカルシトニンなどの活性剤のドラッグデリバリー試薬としての効果)は,引用発明Aに含まれる化合物であれば同様に奏することが当業者に予測し得るものと認められるから,本願発明の効果を格別の効果として認めることができない。

なお,請求人は,審判請求書及び平成26年2月12日付け意見書(以下「意見書」という。)で,本願明細書に記載されていない以下の表を提示し,刊行物2の化合物39(刊行物1の化合物37)や刊行物2の化合物3(Xの置換基として4-Clがない点で本願発明と相違する)に対して本願発明(4-CNAB)は血中インスリン濃度をより高めるという当業者に予測できない効果を奏する旨主張しているので,この点についてさらに検討する。

まず,本願明細書に記載がなく,その後に提出された対比データによる効果の参酌は,本願明細書の記載から推認できる範囲を限度に許されるべきところ,本願明細書には,本願発明がその類似化合物よりも高いドラックデリバリー効果を得られること示唆する記載は見当たらない。仮に,本願明細書の実施例2には,本願発明の化合物をラット,サルに投与してインスリン血中濃度を高めることが記載されている(【0053】,【0058】参照)ことから,このような新たな比較データを提出して本願発明と対比することが認められるとしても,このような効果は,本願発明をインスリンのドラッグデリバリー試薬として用いた場合にのみ生じる効果であって,本願発明の化合物は,インスリン以外の各種の生物活性剤のドラッグデリバリー試薬としても使用され得るものであるから,その使用方法がインスリンのドラッグデリバリー試薬として特定されていない本願発明の効果として認めることができない。
さらに,本願明細書の表1(【0053】参照)では,同じ化合物である1aと1bでも血清ヒトインスリンの平均ピークが,前者は1457±269μU/mlであるのに対して,後者は136±52?205±43と,同じ化合物ですら血中インスリン濃度の効果に大きな差が生じている。そして,新たな対比データとして示された本願発明と刊行物1の化合物37の血中インスリン濃度は167μU/mlと63μU/mlであるから,この程度の差が実際に化合物の構造の差によるものと直ちに判断することもできない。なお,意見書に示された表の4-CNAB(本願発明)の血糖値低減の値は,当然一つの値となるはずであるところ,化合物3と比較した場合と化合物39と比較した場合とでは異なった値(49.1%と67.5%)となっているので,この点も矛盾している。
また,引用発明Aに含まれる化合物であっても,化学構造に違いによってドラッグデリバリー効果に数倍程度の効果の差が生じることが記載されている(摘記1d,1e参照)から,引用発明Aに含まれる化合物の間にはその程度の効果の差があることは当業者の予測の範囲といえ,本願発明と刊行物1の化合物37の血中インスリン濃度は167μU/mlと63μU/mlとの差をもって,格別顕著な効果と認めることはできない。
加えて,上記の比較データは,引用発明Aの具体例である化合物37に対する比較データにすぎず,刊行物1に記載される引用発明Aのその他の具体例である化合物105,106に対して,本願発明のほうがインスリン血中濃度を高める効果が高いことを示すものではない。
審判請求書では,本願発明の化合物が化合物105よりもカルシトニンのデリバリー効果が高いというデータが示されているが,この比較データがどのように得られたのか具体的な証拠が示されておらず,また,本願明細書にはカルシトニンのデリバリー効果については具体的に記載されていなかったから,この比較データは本願明細書の記載の範囲を明らかに超えるものであって参酌し得るものではない。
また,刊行物1には,化合物105のほか化合物118もカルトシトニンのドラッグデリバー効果があることも記載されている(摘記1e参照)。そして,化合物118は化合物105とは引用発明Aにおいてnが6と3である点以外異なるところはないが,血清カルシトニン濃度が3倍近く異なっている(摘記1e参照)から,引用発明Aに含まれる化合物の間であっても,この程度の効果の差が生じることは当業者が予測し得る範囲であるということができる。
そうすると,審判請求書で示された比較データのように,本願発明のほうが化合物105よりもカルシトニンのデリバリー効果が高いとしてもその程度の効果は当業者が当然予測し得る程度のものであったということができる。

(2)刊行物1の化合物106を主引用例とした場合について
ア 対比
本願発明と化合物106とを対比する。
両者とも「一般式Iで示される化合物で,
n=3,m=0,Xが2-OHの置換基を有する化合物」である点で一致し,
(i’)本願発明では,Xがさらに4-Clの置換基を有する化合物であるのに対して,化合物106では,Xがさらに4-OMeの置換基を有する化合物である点で相違する。

イ 相違点の検討
刊行物1には,n=5ではあるが,Xが2-OH,4-Clである化合物37についても化合物106と同様の一般式Iに含まれる化合物として記載されており(摘記1c参照),ともにヘパリンのドラッグデリバリー試薬として作用するものであって(摘記1d,摘記2c参照),このように置換基が変換したとしても,程度の差はあれドラッグデリバリー試薬としての効果が得られると当業者であれば理解するといえる。
そして,刊行物2の記載(摘記2c参照)によれば,n=7,m=0,Xが2-OH,4-OMeである刊行物2の化合物38よりも,同じくn=7,m=0,Xが2-OH,4-Clである刊行物2の化合物40のほうがヘパリンのドラッグデリバリー試薬としての効果が向上していることが読み取れるから,化合物106においても,Xが2-OH,4-Clとなるように置換基を変換させて,ドラッグデリバリー効果の向上を検討することは当業者が当然になし得ることと認められる。
そうすると,Xが4-OMeの置換基を有する化合物106において,よりドラックデリバリー効果が上がることを期待して,Xの置換基の4-OMeを4-Clに変換してみることは当業者が容易になし得たことと認められる。

ウ 効果について
本願発明の効果は,上記(1)ウで述べたように,ドラッグデリバリー試薬として使用できる化合物を提供することにあると認められ,そのような効果は,化合物106でも奏するものであるから,本願発明の効果を格別の効果として認めることができない。
なお,請求人は上記(1)ウで述べたように,本願発明は刊行物2の化合物39(刊行物1の化合物37)や刊行物2の化合物3,刊行物1の化合物105に対してより高い効果を有することを新たに提出した比較データによって主張しているが,化合物106に対して,本願発明が有利な効果があることを示す比較データは何ら提示されていない。
そうすると,本願発明が格別顕著な効果を奏していると認めることはできない。

5 請求人の主張について
(1)請求人の主張
請求人は意見書において,概略以下の主張をしている。

ア 刊行物1,2記載の化合物と本願発明の化合物の違いについて
刊行物1の化合物37,105,及び106並びに刊行物2の化合物39は,6員の炭素鎖(n=5)を有し,刊行物2の化合物37,40,及び41は,8員の炭素鎖(n=7)を有しているのに対して,4-CNAB(審決注:本願発明の化合物)は4員の炭素鎖(n=3)を有している。刊行物1にも2にも,フェニル環2位のヒドロキシ置換基及び4位のクロロ置換基、並びに4員の炭素鎖(n=3)を含む化合物は,示唆されていない。

イ 阻害要因について
刊行物2は,炭素数8未満の(すなわち,-(CH_(2))_(7)-COOHより短い)炭素側鎖を有する化合物をデリバリー剤として使用することについて,阻害要因を提供している。刊行物2では,共通のコア構造を有し(すなわち,2-ヒドロキシベンゾイルアミノアルカン化合物であり),長さの異なる(炭素原子が2乃至12の)酸側鎖を有するデリバリー剤の,ヘパリンの腸内デリバリーを促進する性能について試験が行われ,それぞれメチレン単位が7,8,及び9つの酸鎖長を有する(すなわち,炭素数8乃至10のアルカン側鎖を有する)化合物7,8,及び9が,これらの投薬条件下でもっとも有効なヘパリンデリバリー剤であることを示してる。
したがって,刊行物2は,炭素数8未満の(すなわち,メチレン単位が7つ未満の)酸側鎖を有する化合物,さらには,当然ながら炭素数4未満の(すなわち,メチレン単位が3つ未満の)酸側鎖を有する化合物を,本願発明による化合物(4-CNAB)及びその塩として使用することを否定している。

ウ 本願発明の効果
刊行物2の化合物39が6員の炭素鎖(n=5)を有する一方で,4-CNABは4員の炭素鎖を有し,化合物3には,4-CNABにはフェニル環上に有する4-クロロ置換基がない。
以下の表に示される通り,4-CNAB/インスリン溶液は,化合物3または化合物39を含むインスリン溶液と比較して,著しく血糖値を低減し,かつ著しく血中インスリン濃度を増大させている。

これらの結果は,当業者であれば,刊行物2の教示に基づいて,化合物39のn=5から4-CNABにおけるn=3に鎖長が短くなるのに比例して,活性が低減されることを予測するであろうことから,特に驚くべきであるといえ,これらの予期せぬ結果は,刊行物1及び2には,何ら開示も示唆もされていない。

(2)検討
ア 刊行物1,2記載の化合物と本願発明の化合物の違いについて
請求人は,刊行物1の化合物105及び106が,6員の炭素鎖(n=5)を有すると述べているが,化合物105及び106は上記3で述べたとおり,n=3の炭素鎖を有する化合物であって,この点において,本願発明の化合物とは異ならない。
そして,上記4(1),(2)で検討したとおり,刊行物1の化合物37,105及び106をその具体例として含む引用発明Aから本願発明を構成すること,また,化合物106から本願発明を構成することは当業者が容易に想到し得たことと認められる。

イ 阻害要因について
刊行物2には,化合物1?11(引用発明Aの化合物においてnが7?9のもの)をヘパリンのドラッグデリバリーに使用した場合,化合物7?9が最も有効なものであったことが記載されている。
一方,刊行物1には,化合物105,116?118(引用発明Aの化合物においてnが3?6のもの)をサケカルシトニンのドラッグデリバリーに同じ条件で使用した場合,化合物105,化合物116,化合物117,化合物118とnが大きくなるほどその効果が低くなることが記載されている(摘記1e参照)。
そうすると,ヘパリンのドラックデリバリーとして引用発明Aを使用した場合には,nが7?9のものがそれ以外のものより高くなるとしても,サケカルシトニンなど別の物質のドラッグデリバーとして使用する場合に,nが7?9のもの効果がそれ以外のものより高くなるといえないことは当業者であれば当然に理解できることである。
そして,刊行物1に記載される引用発明Aは,ヘパリンのドラッグデリバリーのみならず,サケカルシトニンなど別の物質のドラッグデリバーとして使用し得るものである(摘記1b,1d,1e参照)から,刊行物1の引用発明Aにおいて,n=3のものを選択することに阻害要因があると認めることはできない。
さらにいえば,引用発明Aをヘパリンのドラッグデリバリーとして使用する場合であっても,刊行物2の化合物1?11の中ではnが7?9の化合物7?9の効果が高いというだけであって,引用発明Aの化合物はそれ以外の化合物でもある程度のドラッグデリバリー効果を有している(摘記1d参照)のであるから,上記3(2)イで述べたように,刊行物1の化合物106において,刊行物2の記載からその効果の向上が期待し得る置換基の構造の変換をしてみることに阻害要因があるとは認められない。

ウ 本願発明の効果について
上記3(1)ウで述べたように,本願発明は化合物の発明であって,インスリン以外の各種の生物活性剤のドラッグデリバリー試薬としても使用されるものであるから,その使用方法がインスリンのドラッグデリバリー試薬として特定されていない本願発明の効果として認めることができない。
さらに,上記3(1)ウで述べたとおり,意見書の表で示された比較データを参酌しても,本願発明の効果は,インスリンをはじめとするドラッグデリバリー試薬として使用できる化合物を提供するというものであって,ドラッグデリバリー効果に多少の程度の差はあるとしても,その程度の差が生じ得るであろうことは当業者が予測し得るもので格別顕著というほどのものとは認められない。
また,刊行物2の記載から本願発明がn=3に鎖長が短くなるのに比例して,活性が低減されることを予測するとはいえないことは,上記イで述べたとおりである。

第5 むすび
以上のとおり,本願発明は,本願の優先日前に日本国内又は外国において頒布された刊行物1,2に記載された発明に基づいて,その優先日前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから,その余の請求項について検討するまでもなく,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
よって,結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2014-07-15 
結審通知日 2014-07-22 
審決日 2014-08-04 
出願番号 特願2002-507766(P2002-507766)
審決分類 P 1 8・ 121- WZ (C07C)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 杉江 渉福島 芳隆  
特許庁審判長 井上 雅博
特許庁審判官 門前 浩一
齊藤 真由美
発明の名称 活性剤の送達のための化合物及び組成物  
代理人 渡邊 隆  
代理人 志賀 正武  
代理人 実広 信哉  
代理人 村山 靖彦  

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