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審決分類 審判 査定不服 特17条の2、3項新規事項追加の補正 取り消して特許、登録 C22C
審判 査定不服 2項進歩性 取り消して特許、登録 C22C
審判 査定不服 1項3号刊行物記載 取り消して特許、登録 C22C
管理番号 1295595
審判番号 不服2014-3834  
総通号数 182 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2015-02-27 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2014-02-28 
確定日 2015-01-13 
事件の表示 特願2011-48656「低温靭性に優れた耐摩耗鋼板」拒絶査定不服審判事件〔平成23年9月15日出願公開、特開2011-179122、請求項の数(4)〕について、次のとおり審決する。 
結論 原査定を取り消す。 本願の発明は、特許すべきものとする。 
理由 第1 手続の経緯
本願は、平成17年9月30日に出願した特願2005-286119号の一部を平成23年3月7日に新たな特許出願としたものであって、平成25年4月5日付けで手続補正がされたが、同年10月29日付けで拒絶査定がされ、これに対して、平成26年2月28日付けで拒絶査定不服審判の請求がされ、同時に手続補正がされたものである。

第2 平成26年2月28日付けの手続補正(以下、「本件補正」という。)の適否
本件補正は、本願明細書の【0045】?【0048】に記載される表2?5について、各表の欄外にそれぞれ記載される「【表2-1】」、「【表2-2】」、「【表3-1】」、「【表3-2】」を削除するとともに、同【0039】における「表2」、同【0043】における「表3」を、それぞれ、「表2、表3」、「表4、表5」に補正するものである(なお、本件補正は、特許請求の範囲を補正するものではない。)。
これらの補正事項は、表の番号の不整合を解消するとともに、熱間圧延や焼入れ等の条件が示された表が「表2」のみではなく、「表2、表3」であり、また、試験等の結果が示された表が「表3」ではなく、「表4、表5」であることを明記するものであり、いずれも、本願の願書に最初に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてしたものであることは、明らかである。
よって、本件補正は、特許法第17条の2第3項の規定に適合するものである。

第3 本願発明
本件補正は、前記「第2」のとおり、特許法第17条の2第3項の規定に適合するものであるから、本願の発明は、本件補正により補正された明細書の発明の詳細な説明の記載からみて、平成25年4月5日付けの手続補正により補正された特許請求の範囲の請求項1?4に記載された事項により特定されるとおりのものであるところ、その請求項1に係る発明(以下、「本願発明1」という。)は、以下のとおりのものである。
「【請求項1】
質量%で、
C :0.10?0.30%、 Si:0.05?0.45%、
Mn:0.1?2.0%、 P :0.020%以下、
S :0.005%以下、 W :0.10?1.40%、
B :0.0003?0.0020%
を含み、さらにTi:0.005?0.1%および/またはAl:0.035?0.1%を含有し、残部Feおよび不可避的不純物からなる組成を有し、焼入れまま状態で90体積%以上のマルテンサイト相を有し、あるいはさらに旧オーステナイト粒の平均粒径が30μm以下である組織を有し、表層部の硬さが300HBW以上であることを特徴とする低温靭性に優れた耐摩耗鋼板。」

第4 原査定の理由の概要
原査定の理由の概要は、以下のとおりである。
本願の請求項1?4に係る発明は、その出願前日本国内又は外国において頒布された下記の刊行物1、3、4に記載された発明に基いて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

1.特開平10-306316号公報
3.特開2005-256169号公報
4.特開2002-256382号公報

第5 当審の判断
1 刊行物の記載事項
(1)刊行物1には、以下の記載がある。
(1a)「【請求項1】 重量%で、
C :0.01?0.20%
Si:0.01?1.0%
Mn:0.1?2.0%
Al:0.001?0.1%
N :0.001?0.010%を含有し、
不純物としてのP、Sの含有量が
P :0.025%以下
S :0.015%以下で、
残部鉄及び不可避不純物からなる鋼片をAc_(3) 変態点以上、1250℃以下の温度に加熱し、加熱温度?900℃の範囲で累積圧下率が10?80%の粗圧延を行った後、冷却速度が2?40℃/sの加速冷却を該冷却速度におけるAr_(3) 変態点+50℃?Ar_(3) 変態点-50℃まで行ってγ相を過冷せしめ、加速冷却後、累積圧下率30?90%の仕上げ圧延を650℃以上で終了し、さらに仕上げ圧延終了後、5?40℃/sの冷却速度で20℃?450℃まで再び加速冷却することを特徴とする低温靭性に優れた低降伏比高張力鋼材の製造方法。
・・・
【請求項3】 重量%で、
Cr:0.01?1.0%
Ni:0.01?3.0%
Mo:0.01?1.0%
Cu:0.01?1.5%
Ti:0.003?0.10%
V :0.005?0.50%
Nb:0.003?0.10%
Zr:0.003?0.10%
Ta:0.005?0.20%
W :0.01?2.0%
B :0.0003?0.0020%
の1種または2種以上を含有することを特徴とする請求項1または2に記載の低温靭性に優れた低降伏比高張力鋼材の製造方法。」
(1b)「本発明は溶接構造用鋼としての十分な性能を有し、降伏比が低く塑性変形能に優れるとともに、低温靱性にも優れた低降伏比高張力鋼材の製造方法に関するものである。例えば、この方法で製造した鋼材は海洋構造物、圧力容器、造船、橋梁、建築物、ラインパイプなどの溶接鋼構造物一般に用いることができるが、低降伏比鋼であることから、特に耐震性を必要とする建築、橋梁等の構造物用鋼材として有用である。また、鋼材の形態としては特に問わないが、構造部材として用いられ、低温靭性が要求される鋼板、特に厚板、鋼管素材、あるいは形鋼で特に有用である。」(【0001】)
(1c)「従来の低降伏比鋼の製造方法は、焼入れと焼戻し熱処理の間にフェライト(α)+オーステナイト(γ)二相域に加熱する中間熱処理を施す方法(以下、QLT処理という)に代表されるように、基本的には軟質相としてのαと硬質相としてのベイナイトあるいはマルテンサイトを混在させることを目的としている。そして、全体の強度レベル及び降伏比はこれらの相の混在比率を変えることによって制御されてきた。この軟質相と硬質相の混合組織を得るための製造方法は従来から種々提案されており、・・・」(【0002】)
(1d)「再加熱焼入れした後、さらにAc_(1) 変態点とAc_(3) 変態点の間に再加熱してγとαの二相としてから空冷または水冷する、QLT処理は組織制御が比較的容易であるが、工程が複雑であるため、生産性の低下が大きいという問題を解決できない。」(【0003】)
(1e)「一方、生産性の向上を図った、・・・γ域から二相域にかけて熱間圧延を施した後、Ar_(3) 変態点より20?100℃低い温度まで空冷してα相を生成させ、その後、急冷する、いわゆるDLT処理の場合は、QLT処理で必須の中間熱処理は省略できるため、生産性は改善されるが、圧延から焼入れまでの待ち時間が長くなるため、通常の熱間圧延や加工熱処理(TMCP)プロセスに比べれば、未だ生産性は低い。また、α相生成のための待ち時間が長いため板内の温度不均一が生じやすく、そのため、材質の板内変動が大きくなりがちである。さらに、このようなプロセスで生じるαや硬質第二相は粗大になりやすく、靭性の確保が困難である。」(【0004】)
(1f)「本発明は、現状の低降伏比鋼の有している問題点に鑑み、QLT処理における低生産性の問題と、DLT処理における靱性確保の問題とを同時に解決する方法を提案するものであり、具体的には、二相域への再加熱処理を施さない、熱間圧延工程で製造する方法において、従来熱間圧延後の冷却工程で軟質相であるαを十分生成させるための緩冷却工程のために、αや硬質相のサイズが粗大化し、生産性が低下するという問題を解決することを課題とする。」(【0005】)
(1g)「本発明者らは、熱間圧延後に生成させるαの微細化を図るための方法を縷々検討し、αの微細化と生産性の向上とを同時に満足できる全く新しい手段を見いだした。即ち、γ域?変態温度域にかけて適正な冷却速度で加速冷却することによりγ相を過冷した上で、過冷されたγに適正な熱間圧延を加えることにより過冷されたγから微細なαが生成して、低降伏比と低温靱性とを両立できる組織が形成される。加えてこの方法によれば、通常徐冷される温度域を加速冷却するため、生産性の向上も同時に達成される。」(【0007】)
(1h)「仕上げ圧延の後に加速冷却を行いγをマルテンサイト主体の硬質相に変態させる。」(【0014】)
(1i)「シャルピー衝撃試験はJIS4号標準試験片により行い、特性は50%破面遷移温度(vTrs)で評価した。」(【0038】)
(1j)表1、表2には、「本発明例」の鋼番12が、C:0.10%、Si:0.3%、Mn:0.68%、P:0.011%、S:0.002%、Al:0.054%、N:0.0028%、Cr:0.28%、Ni:1.30%、Mo:0.35%、Cu:0.27%、Ti:0.008%、V:0.042%、Nb:0.007%、B:0.0006%、W:0.11%であることが記載されている。
(1k)表4には、「本発明例」として、vTrs(℃)が-52℃から-103℃のものが記載されている。

(2)刊行物3には、以下の記載がある。
(3a)「【請求項2】
質量%で、C:0.10?0.35%、Si:0.05?1.0%、Mn:0.1?2.0%、P:0.020%以下、S:0.005%以下、Nb:0.005?0.03%、Ti:0.005?0.1%および/またはAl:0.035?0.1%、B:0.0003?0.002%を含有し、さらにCu:0.03?2.0%、Ni:0.03?2.0%、Cr:0.03?2.0%、Mo:0.03?1.0%、V:0.005?0.1%のうち1種または2種以上を含有し、以下に示す式(1)が3.1以上であり、残部実質的にFeからなり、粒径25μm以下の焼入れままのマルテンサイトを90%以上有することを特徴とする低温靭性に優れた耐摩耗鋼板。
100×(Cu+Ni+4Cr+6Mo+4V)/t‥‥‥(1)
ただし、
Cu,Ni,Cr,Mo,V:それぞれの元素の含有量(質量%)
t:板厚(mm)
・・・
【請求項4】
質量%で、C:0.24?0.35%、Si:0.05?1.0%、Mn:0.1?2.0%、P:0.020%以下、S:0.005%以下、Nb:0.005?0.03%、Ti:0.005?0.1%および/またはAl:0.035?0.1%、B:0.0003?0.002%を含有し、さらにCu:0.03?2.0%、Ni:0.03?2.0%、Cr:0.03?2.0%、Mo:0.03?1.0%、V:0.005?0.1%のうち1種または2種以上を含有し、以下に示す式(1)が3.1以上であり、残部実質的にFeからなり、粒径25μm以下の焼入れままのマルテンサイトを90%以上有し、板厚が25?100mmであり、表面硬度がブリネル硬さで450HB以上であることを特徴とする低温靭性に優れた耐摩耗鋼板。
100×(Cu+Ni+4Cr+6Mo+4V)/t‥‥‥(1)
ただし、
Cu,Ni,Cr,Mo,V:それぞれの元素の含有量(質量%)
t:板厚(mm)」
(3b)「建設、土木、鉱山等の分野で使用される産業機械、部品、運搬機器等(例えば、パワーショベル、ブルドーザー、ホッパー、バケット等)には、それらの寿命を確保するため、耐摩耗性に優れた鋼が用いられる。耐摩耗性を向上させるには、鋼の表面を焼入れ組織にすることで表面硬度を高くする必要がある。一般に鋼の焼入れ硬さはC量を増加することで確保できるが、一方で硬度が増すと材質が脆くなって低温靭性が劣化する。0℃以下の低温域での作業を考えると、耐摩耗性は良くても低温靭性が低いと、脆性破壊を生じ作業に重大な支障をきたす。このため、耐摩耗性を有するとともに低温靭性にも優れる耐摩耗鋼が望まれている。」(【0002】)

(3)刊行物4には、以下の記載がある。
(4a)「【請求項1】化学成分としてmass%で、C:0.10?0.30%、Si:0.1?1.0%、Mn:0.1?2.0%、P:0.02%以下、S:0.005%以下を含有し、残部が実質的に鉄からなる鋼であり、式(1)で示される焼入れ性指標Hが1.0以上、式(2)で示される炭素等量Ceqが0.50%以下、かつ、ブリネル硬さHBが360以上、-40℃におけるシャルピー吸収エネルギーvE-40が27J以上であることを特徴とする耐摩耗鋼板。
H=C×(1+0.5Si)×(1+3Mn)×(1+0.3Cu)×(1+0.5Ni)×(1+2Cr)×(1+3Mo)×(1+1.5V)×(1+5Nb)×(1+300B) (1)
Ceq=C+Mn/6+(Cu+Ni)/15+(Cr+Mo+V)/5 (2)
但し、元素記号は各元素の含有量(mass%)を表す。
【請求項2】鋼の化学成分がmass%で、さらにCu:0.1?1.0%、Ni:0.1?2.0%、Cr:0.1?1.0%、Mo:0.1?2.0%、Nb:0.005?0.1%、V:0.01?0.5%、Ti:0.005?0.05%、B:0.0005?0.0025%の中から選ばれる1種又は2種以上を含有することを特徴とする請求項1に記載の耐摩耗鋼板。」
(4b)「近年、特にトラックをはじめとする輸送機器および土木、鉱山機械などの軽量化により、建産機用鋼板でも、これまで以上に高強度の耐摩耗性に優れた鋼板が要求されている。特に、建設、土木、鉱山等の分野で使用される産業機械、部品、運搬機器等(例えば、パワーショベル、ブルドーザー、ホッパー、バケット等)には、それらの寿命を確保するため、耐摩耗性に優れた鋼が用いられる。耐摩耗性を向上させるには、鋼板表面の硬さを向上させる必要があり、ブリネル難さ360程度以上を有することが好ましい。また、特に厳しい摩耗環境に使用される部材にはブリネル硬さ400程度以上の表面硬さが要求される場合がある。」(【0002】)
(4c)「焼入れについては、熱間圧延終了後、鋼板をそのまま放冷せずにAr3点以上の温度から焼入れても良いし、あるいはAr1点以下の温度に冷却した鋼板をAr3点以上の温度に再加熱して焼入れても良い。・・・冷却後の組織はマルテンサイトが主体であることが好ましい。」(【0053】)

2 刊行物1に記載された発明
(1)上記(1c)によれば、「γ」は「オーステナイト」を意味するものであるから、刊行物1には、上記(1a)によれば、重量%で、C:0.01?0.20%、Si:0.01?1.0%、Mn:0.1?2.0%、P:0.025%以下、S:0.015%以下、Al:0.001?0.1%、N:0.001?0.010%を含有し、Cr:0.01?1.0%、Ni:0.01?3.0%、Mo:0.01?1.0%、Cu:0.01?1.5%、Ti:0.003?0.10%、V:0.005?0.50%、Nb:0.003?0.10%、Zr:0.003?0.10%、Ta:0.005?0.20%、W:0.01?2.0%、B:0.0003?0.0020%の1種または2種以上を含有し、残部鉄及び不可避不純物からなる鋼片をAc_(3) 変態点以上、1250℃以下の温度に加熱し、加熱温度?900℃の範囲で累積圧下率が10?80%の粗圧延を行った後、冷却速度が2?40℃/sの加速冷却を該冷却速度におけるAr_(3) 変態点+50℃?Ar_(3) 変態点-50℃まで行ってオーステナイト相を過冷せしめ、加速冷却後、累積圧下率30?90%の仕上げ圧延を650℃以上で終了し、さらに仕上げ圧延終了後、5?40℃/sの冷却速度で20℃?450℃まで再び加速冷却する、低温靭性に優れた低降伏比高張力鋼材の製造方法が記載されているといえるが、この製造方法により製造された鋼材についても記載されていることは、明らかである。
また、上記(1b)によれば、上記の鋼材の形態には、鋼板が含まれるものである。
また、上記(1c)?(1f)によれば、上記の低降伏比高張力鋼材の製造方法は、軟質相としてのフェライトと硬質相としてのベイナイトあるいはマルテンサイトの混合組織を得るための製造方法として従来から知られている、QLT処理及びDLT処理の問題を同時に解決するものであるから、上記の低降伏比高張力鋼材の製造方法においても、上記と同様の混合組織が得られているものと解される。そして、上記(1g)、(1h)によれば、上記の低降伏比高張力鋼材の製造方法においては、過冷されたオーステナイトに適正な熱間圧延を加えることにより、過冷されたオーステナイトから微細なフェライトが生成し、また、仕上げ圧延後に加速冷却を行うことにより、オーステナイトがマルテンサイト主体の硬質相に変態するものである。そうすると、上記の低降伏比高張力鋼材の製造方法により製造された鋼材は、フェライトからなる軟質相とマルテンサイト主体の硬質相との混合組織を有すると認められる。
(2)以上によれば、刊行物1には、以下の発明が記載されていると認められる。
「重量%で、C:0.01?0.20%、Si:0.01?1.0%、Mn:0.1?2.0%、P:0.025%以下、S:0.015%以下、Al:0.001?0.1%、N:0.001?0.010%を含有し、Cr:0.01?1.0%、Ni:0.01?3.0%、Mo:0.01?1.0%、Cu:0.01?1.5%、Ti:0.003?0.10%、V:0.005?0.50%、Nb:0.003?0.10%、Zr:0.003?0.10%、Ta:0.005?0.20%、W:0.01?2.0%、B:0.0003?0.0020%の1種または2種以上を含有し、残部鉄及び不可避不純物からなる鋼片をAc_(3) 変態点以上、1250℃以下の温度に加熱し、加熱温度?900℃の範囲で累積圧下率が10?80%の粗圧延を行った後、冷却速度が2?40℃/sの加速冷却を該冷却速度におけるAr_(3) 変態点+50℃?Ar_(3) 変態点-50℃まで行ってオーステナイト相を過冷せしめ、加速冷却後、累積圧下率30?90%の仕上げ圧延を650℃以上で終了し、さらに仕上げ圧延終了後、5?40℃/sの冷却速度で20℃?450℃まで再び加速冷却することにより製造された、フェライトからなる軟質相とマルテンサイト主体の硬質相との混合組織を有する、低温靭性に優れた低降伏比高張力鋼板。」(以下、「引用発明」という。)

3 本願発明1について
(1)対比
本願発明1と引用発明とを対比すると、引用発明における「重量%」は、本願発明1における「質量%」に相当する。
また、本願発明1の「低温靱性に優れた」鋼板とは、本願明細書の【0009】の記載によれば、シャルピー衝撃試験における破面遷移温度vTrsが、0℃以下、好ましくは-20℃以下である鋼板を意味するものである。一方、引用発明の「低温靭性に優れた」鋼板は、上記(1i)、(1k)によれば、シャルピー衝撃試験における破面遷移温度vTrsが、-52℃から-103℃である。そうすると、本願発明1の「低温靱性に優れた」鋼板と引用発明の「低温靭性に優れた」鋼板は、いずれも、シャルピー衝撃試験における破面遷移温度vTrsが-20℃以下であるから、本願発明1と引用発明とは、「低温靱性に優れた」点で一致するといえる。
以上によれば、本願発明1と引用発明とは、
「質量%で、C:0.10?0.20%、Si:0.05?0.45%、Mn:0.1?2.0%、P:0.020%以下、S:0.005%以下を含み、さらにAl:0.035?0.1%を含有する組成を有する低温靱性に優れた鋼板。」
の点で一致し、以下の点で相違する。
ア 相違点1
本願発明1では、さらに、「W:0.10?1.40%」、「B:0.0003?0.0020%」を含有し、「残部Feおよび不可避的不純物」からなる組成を有するのに対して、引用発明では、さらに、「N:0.001?0.010%を含有し、Cr:0.01?1.0%、Ni:0.01?3.0%、Mo:0.01?1.0%、Cu:0.01?1.5%、Ti:0.003?0.10%、V:0.005?0.50%、Nb:0.003?0.10%、Zr:0.003?0.10%、Ta:0.005?0.20%、W:0.01?2.0%、B:0.0003?0.0020%の1種または2種以上」を含有し、「残部鉄及び不可避不純物」からなるものである点。
イ 相違点2
本願発明1は、「焼入れまま状態で90体積%以上のマルテンサイト相を有し、あるいはさらに旧オーステナイト粒の平均粒径が30μm以下である組織を有し、表層部の硬さが300HBW以上である」「耐摩耗」鋼板であるのに対して、引用発明は、「フェライトからなる軟質相とマルテンサイト主体の硬質相との混合組織を有する低降伏比高張力」鋼板であり、表層部の硬さが不明である点。

(2)相違点の判断
ア まず、相違点2について検討する。
イ 引用発明は、前記「2」のとおり、所定の成分組成を有する鋼片に対して所定の条件で熱処理及び熱間圧延を行うことにより製造された、フェライトからなる軟質相とマルテンサイト主体の硬質相との混合組織を有する、低温靭性に優れた低降伏比高張力鋼板に関するものである。上記(1c)、(1g)によれば、引用発明は、鋼板の組織を上記のような混合組織とし、その混合組織における各相の混合比率を変えることによって、全体の強度レベル及び降伏比を制御することを前提とするものであり、その上で、所定の条件で熱間圧延を行うことにより、低降伏比と低温靱性とを両立した組織とするものと解される。また、上記(1b)によれば、引用発明の鋼板は、海洋構造物、圧力容器、造船、橋梁、建築物、ラインパイプなどの溶接鋼構造物一般のほか、耐震性を必要とする建築、橋梁等の構造物用鋼材として用いられるものである。
上記のとおり、刊行物1には、低温靱性について記載されているとともに、鋼板の組織がマルテンサイト主体の硬質相を含む混合組織であり、その混合組織における各相の混合比率を変えることについても記載されているが、耐摩耗性については何ら記載されておらず、また、鋼板の表層部の硬さを300HBW以上とすること、焼入れまま状態で90体積%以上のマルテンサイト相とすること、旧オーステナイト粒の平均粒径を30μm以下とすることについては記載されていない。
ウ 一方、刊行物3には、上記(3a)によれば、引用発明と類似の成分組成を有し、粒径25μm以下の焼入れままのマルテンサイトを90%以上有する低温靭性に優れた耐摩耗鋼板について記載されており、板厚が25?100mmのものについては、表面硬度がブリネル硬さで450HB以上であることも記載されている。また、刊行物4には、上記(4a)、(4c)によれば、引用発明と類似の成分組成を有し、焼入れ性指標Hが1.0以上、ブリネル硬さHBが360以上、-40℃におけるシャルピー吸収エネルギーvE-40が27J以上である耐摩耗鋼板について記載されており、焼入れ冷却後の組織はマルテンサイトが主体であることが好ましいことも記載されている。
しかし、上記(3b)、(4b)によれば、刊行物3、4に記載される耐摩耗鋼板は、いずれも、建設、土木、鉱山等の分野で使用されるパワーショベル、ブルドーザー、ホッパー、バケット等の産業機械、部品、運搬機器等として用いられるものであり、その用途は、引用発明において想定されている用途とは大きく異なるものである。技術常識に照らせば、引用発明において想定されている用途においても、一定程度のレベルの耐摩耗性は必要と考えられるものの、建設、土木、鉱山等の分野で使用されるパワーショベル、ブルドーザー、ホッパー、バケット等の産業機械、部品、運搬機器等において要求されるような、高いレベルの耐摩耗性までは必要とされないことは、当業者にとって明らかであるから、引用発明において、このような高いレベルの耐摩耗性を備えさせるという課題が存在するとはいえない。また、引用発明において、このような課題が存在すると認めるに足りる証拠はない。そうすると、刊行物3、4に記載される耐摩耗性鋼板に関する技術的事項が、上記のような高いレベルの耐摩耗性が要求される用途を前提としていると解される以上、その技術的事項を引用発明に適用する動機付けがあるとはいえない。
エ また、引用発明は、上記のとおり、鋼板の組織をフェライトからなる軟質相とマルテンサイト主体の硬質相との混合組織とすることを前提とするものである。このような引用発明において、刊行物3、4に記載される耐摩耗性鋼板に関する技術的事項を適用して、鋼板の組織を変更することは、引用発明がその前提として上記のような混合組織としていることの技術的意義を失わせることになるから、そもそも阻害されているといえる。
オ 以上のとおりであるから、引用発明において、「焼入れまま状態で90体積%以上のマルテンサイト相を有し、あるいはさらに旧オーステナイト粒の平均粒径が30μm以下である組織を有し、表層部の硬さが300HBW以上である」「耐摩耗」鋼板と特定することは、当業者が容易に想到することができたものとはいえない。
(3)小括
したがって、相違点1について検討するまでもなく、本願発明1は、刊行物1、3、4に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

4 請求項2?4に係る発明について
本願の請求項2?4に係る発明(以下、「本願発明2?4」という。)は、本願発明1においてさらに所定の合金成分を添加したものに相当するから、本願発明1と同様に、刊行物1、3、4に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。
なお、本願発明4については、刊行物1には、上記(1j)によれば、実施例として、C:0.10%、Si:0.3%、Mn:0.68%、P:0.011%、S:0.002%、N:0.0028%、Mo:0.35%、W:0.11%、B:0.0006%、Ti:0.008%、Al:0.054%、Nb:0.007%、Cu:0.27%、Ni:1.30%、Cr:0.28%、V:0.042%を含有し、残部Fe及び不可避的不純物からなる組成を有する鋼板が記載されていると認められるが、この組成を有する鋼板を前提として刊行物1に記載された発明を認定したとしても、本願発明4との間には、前記「3(1)」で認定した相違点2と同じ相違点が存在するから、上記同様、本願発明4は、刊行物1、3、4に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえないことに変わりはない。

第6 むすび
以上のとおり、本願発明1?4は、いずれも、刊行物1、3、4に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえないから、原査定の理由によって拒絶すべきものとすることはできない。
また、他に本願を拒絶すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり審決する。
 
審決日 2014-12-24 
出願番号 特願2011-48656(P2011-48656)
審決分類 P 1 8・ 113- WY (C22C)
P 1 8・ 561- WY (C22C)
P 1 8・ 121- WY (C22C)
最終処分 成立  
前審関与審査官 天野 斉長谷山 健  
特許庁審判長 鈴木 正紀
特許庁審判官 木村 孔一
井上 猛
発明の名称 低温靭性に優れた耐摩耗鋼板  
代理人 落合 憲一郎  

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