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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) H01M
管理番号 1297096
審判番号 不服2013-185  
総通号数 183 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2015-03-27 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2013-01-07 
確定日 2015-02-05 
事件の表示 特願2004-550581「水溶性バインダーを含む水溶液から得られた薄膜により被覆された電極、その製造方法及び使用」拒絶査定不服審判事件〔平成16年 5月27日国際公開、WO2004/045007、平成18年 2月23日国内公表、特表2006-506775〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
本願は、平成15年11月13日(パリ条約による優先権主張 外国庁受理 2002年11月13日 (CA)カナダ)を国際出願日とする出願であって、平成23年 8月 8日付けの拒絶理由通知に対して、平成24年 1月11日付けで意見書及び誤訳訂正書が提出されたが、同年 9月 6日付けで拒絶査定がされ、この査定を不服として平成25年 1月 7日付けで拒絶査定不服審判が請求されるとともに、同日付けで手続補正書が提出され、同年 2月13日に審判請求書の手続補正書(方式)が提出され、その後、当審において同年 4月22日付けで審尋がされ、同年10月 1日に回答書が提出され、同年11月21日付けで拒絶理由(以下、「当審拒絶理由」という。)が通知され、平成26年 5月20日に意見書及び手続補正書が提出されたものである。


第2 本願発明
本願の発明は、平成26年 5月20日付けの手続補正書によって補正された、特許請求の範囲の請求項1ないし33に記載された事項により特定されるとおりのものであると認められるところ、その請求項1に係る発明(以下、「本願発明1」という。)は次のとおりのものである。

「 黒鉛及び/又は炭素により被覆された活性材料としてのLiFePO_(4)、ゴムである少なくとも1種のバインダー及び少なくとも1種の水溶性増粘剤を含む水性組成物を電極支持体上に塗布して乾燥させることにより得られた、少なくとも部分的に薄膜で被覆された電極を製造するための方法であって、
該ゴムが、スチレンブタジエンゴム(SBR)、ブタジエン-アクリロニトリルゴム(NBR)、水素化ブタジエン-アクリロニトリルゴム(HNBR)、エピクロルヒドリンゴム(CHR)及びアクリレートゴム(ACM)からなる群から選択され、炭素及び/又は黒鉛によるLiFePO_(4)の被覆が機械溶融により実施される、前記方法。」


第3 当審拒絶理由の概要
当審拒絶理由の一つは、本願発明1は、本願出願前に日本国内又は外国において頒布された下記の刊行物1?2に記載された発明に基いて、本願出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下、「当業者」という。)が容易になし得たものであるから、特許法第29条第2項の規定により、特許を受けることができない、というものである。


刊行物1:特開平5-225982号公報
刊行物2:特開2002-117902号公報


第4 刊行物の記載事項
(1)刊行物1の記載事項は、以下のとおり。
(1-1)「【0015】
【作用】本発明の二次電池において、リチウムまたはリチウムを主体とするアルカリ金属を担持しうる有機化合物の焼成体である炭素質物からなる負極体と、セパレータと、リチウム含有複合酸化物を活物質とする正極体とを、この順序で一体的に積層してなる発電要素を具備する非水溶媒二次電池において、該正極体の結着剤にCMCとブタジエン共重合ゴムを用いることにより、正極活物質と結着剤との反応はなくなり、その結果、充放電サイクルを繰り返しても、集電体と正極活物質との導電性を損なうことにより生ずる電池内部抵抗の増加、また結着能力の低下による正極活物質の脱落、及び内部短絡はなくなる。従って、充放電サイクル寿命が向上され、しかも電池性能が安定した非水溶媒二次電池を得ることができる。」

(1-2)「【0016】
【実施例】…(当審注:「…」は記載の省略を表す。以下同じ。)
実施例
市販の炭酸リチウム及び炭酸コバルトを、LiとCoのモル比でLi/Co=1.10になるように秤量し、乳鉢において充分混合した。この混合物をアルミナ製のルツボにいれ、電気炉において、800℃で6時間加熱処理を行った。得られた焼成物は、冷却後再度粉砕し、同様に800℃で6時間加熱処理を行い、その後、蒸留水で充分に洗浄し、未反応のアルカリ成分を洗い流した。この生成物は粉末X線法でLiCoO_(2)と確認された。
【0017】この生成物90重量%、導電材としてアセチレンブラック7重量%、及び結着剤となるCMC1重量%とSBR(ブタジエン共重合ゴム)2重量%を、水中で混練してスラリー状の正極合剤を調整し、この正極合剤を厚さ10μmのアルミニウム基板上に塗布・風乾した後、加圧して一定厚にし、0.16mm厚の正極合剤層を有する板状の正極を製造した。…」

(1-3)「【0012】本発明で結着剤として用いられるカルボキシメチルセルロース(以下CMC)は、特に限定はなく一般に市販品を用いることが出来る…また、ブタジエン共重合ゴムについても特に限定はなく一般品を用いることができる…ブタジエン共重合ゴムの結合重合成分は、スチレン、アクリロニトリル、メチルメタアクリレートがある。」

(1-4)「【0010】本発明で用いられるリチウム含有複合酸化物は、一般的に次のような方法で合成される。すなわち、リチウムと、Co,Ni,Fe,またはMnから選ばれる1種または2種以上の遷移金属の炭酸塩、硝酸塩、硫酸塩、水酸化物などを出発原料として、これらを化学量論比で混合し、焼成することによって得られる。…」


(2)刊行物2の記載事項は、以下のとおり。
(2-1)「【0007】現在、リチウムイオン二次電池の正極活物質としては、高エネルギー密度、高電圧を有すること等から、LiCoO_(2)、LiNiO_(2)、LiMn_(2)O_(4)等が用いられている。しかし、これらの正極活物質は、クラーク数の低い金属元素をその組成中に有しているため、コストが高くつく他、安定供給が難しいという問題がある。また、これらの正極活物質は、毒性も比較的高く、環境に与える影響も大きいことから、これらに代わる新規正極活物質が求められている。
【0008】これに対し、オリビン型構造を有し、一般式Li_(x)Fe_(1-y)M_(y)PO_(4)(ただし、MはMn、Cr、Co、Cu、Ni、V、Mo、Ti、Zn、Al、Ga、Mg、B、Nbの少なくとも1種以上を表し、0.05≦x≦1.2、0≦y≦0.8である。)で表される化合物(以下、単にLi_(x)Fe_(1-y)M_(y)PO_(4)と称して説明する。)を単独で、又は他の材料と混合させて正極活物質に用いることが提案されている。このLi_(x)Fe_(1-y)M_(y)PO_(4)を正極活物質に使用した場合には、資源的に豊富で安価な材料である鉄をその組成中に有しているため、上述のLiCoO_(2)、LiNiO_(2)、LiMn_(2)O_(4)等と比較して低コストであり、また、毒性も低いため環境に与える影響も小さく、その実用化が渇望されている。」

(2-2)「【0009】
【発明が解決しようとする課題】…

【0011】…Li_(x)Fe_(1-y)M_(y)PO_(4)を正極活物質に使用すると、一定の容積の電池を作製した場合には他の活物質を使用した場合に比べ電気容量が小さくなり、実用的ではない。また、一定の電気容量の電池を作製した場合には他の活物質を使用した場合に比べて外形が大きくなり、やはり実用的ではない。
【0012】そこで、本発明は正極活物質にLi_(x)Fe_(1-y)M_(y)PO_(4)を使用した場合に、…一定電気容量の電池を作製する場合における小型、薄型化及び一定外形の電池を作製する場合における高電気容量化が達成される非水電解液電池…を提供することを目的とするものである。」

(2-3)「【0018】非水電解液電池1は、図1に示すように、正極材2と負極材3とが、セパレータ4を介して積層されかつ渦巻き状に複数回巻回された電池素子5が、非水電解液とともに外装ケース6内に封入されている。
【0019】正極材2は、図2に示すように、帯状を呈する正極集電体7の両面に、リチウムを電気的に放出することが可能であり、かつ吸蔵することも可逆的に可能である正極活物質を含有する正極活物質層8が形成されている。正極材2においては、その一端側が、上述したような電池素子5を形成する際の巻回開始端2aとされ、他端側が巻回終止端2bとされる。なお、図2において、(a)は電池素子5を形成した場合において外側に面する外周側を、(b)は内側に面する内周側を図示している。
【0020】正極材2には、その巻回開始端2a近傍に正極リード9が取り付けられている。また、正極材2には、外周側の巻回終止端2b側に正極活物質層8が形成されずに正極集電体7が露出する集電体露呈部2cが設けられている。
【0021】正極集電体7は、例えばアルミニウム箔等からなる。正極活物質層8に含有される正極活物質としては、オリビン型結晶構造を有し、一般式Li_(x)Fe_(1-y)M_(y)PO_(4)(ただし、MはMn、Cr、Co、Cu、Ni、V、Mo、Ti、Zn、Al、Ga、Mg、B、Nbの少なくとも1種以上を表し、0.05≦x≦1.2、0≦y≦0.8である。)で表される化合物を単独で、又は他の材料と混合して使用する。本実施の形態においては、詳細を後述するLiFePO_(4)と炭素材料との複合体を正極活物質として使用する。以下、Li_(x)Fe_(1-y)M_(y)PO_(4)としてLiFePO_(4)を用い、これと炭素材料とからなる複合体を正極活物質として用いる場合について説明する。
【0022】LiFePO_(4)と炭素材料との複合体(以下、単にLiFePO_(4)炭素複合体と称して説明する。)は、LiFePO_(4)粒子の表面に、当該LiFePO_(4)粒子の粒径に比べて極めて小とされる粒径を有する炭素材料の粒子が多数個、付着してなるものである。炭素材料は導電性を有するので、炭素材料とLiFePO_(4)とから構成されるLiFePO_(4)炭素複合体は、例えばLiFePO_(4)のみを正極活物質とした場合と比較すると電子伝導性に優れている。すなわち、LiFePO_(4)炭素複合体は、LiFePO_(4)粒子の表面に付着してなる炭素粒子により電子伝導性が向上するので、LiFePO_(4)本来の容量が十分に引き出される。したがって、正極活物質としてLiFePO_(4)炭素複合体を用いることにより、高電気容量を有する非水電解液電池1を実現できる。」

(2-4)「【0048】まず、正極活物質としてLiFePO_(4)と炭素材料との複合体を、以下に示す製造方法に従って合成する。
【0049】この正極活物質を合成するには、LiFePO_(4)の合成原料を混合し、ミリングを施し、焼成し、且つ上記の何れかの時点で炭素材料を添加する。…

【0062】ミリング工程では、混合工程で得られた混合物に、粉砕・混合同時に行うミリングを施す。本発明におけるミリングとは、ボールミルを用いた強力な粉砕・混合をいう。また、ボールミルとしては、例えば遊星型ボールミル、シェイカー型ボールミル、メカノフュージョン等を好適に用いることができる。

【0086】また、炭素材料を焼成後に添加する場合、焼成により合成された生成物はLiFePO_(4)炭素複合体ではなく、LiFePO_(4)である。そこで、焼成により合成されたLiFePO_(4)に炭素材料を添加した後、再度ミリングを施す。ミリングを再度行うことにより、添加した炭素材料は微細化され、LiFePO_(4)の表面に付着しやすくなる。また、ミリングを再度行うことにより、LiFePO_(4)と炭素材料とが十分に混合されるので、微細化された炭素材料をLiFePO_(4)の表面に均一に付着させることができる。したがって、焼成後に炭素材料を添加した場合においても、ミリングを施す前に炭素材料を添加した場合と同様の生成物、すなわちLiFePO_(4)炭素複合体を得ることが可能であり、また、上述した同様の効果を得ることが可能である。
【0087】上述のようにして得られたLiFePO_(4)炭素複合体を正極活物質として用いた非水電解液電池1は、例えば次のようにして製造される。
【0088】正極材2としては、まず、正極活物質となるLiFePO_(4)炭素複合体と結着剤とを溶媒中に分散させてスラリーの正極合剤を調製する。次に、得られた正極合剤を正極集電体7上に均一に塗布し、乾燥させて正極活物質層8を形成することにより正極材2が作製される。このとき、正極合剤の塗布は、正極集電体7の外周側の巻回終止端2b側に集電体露呈部2cが設けられるように行われる。上記正極合剤の結着剤としては、公知の結着剤を用いることができるほか、上記正極合剤に公知の添加剤等を添加することができる。」


第5 当審の判断
(5-1) 刊行物1に記載された発明
上記第4(1)の(1-1)?(1-2)によれば、刊行物1には、「リチウムまたはリチウムを主体とするアルカリ金属を担持しうる有機化合物の焼成体である炭素質物からなる負極体と、セパレータと、リチウム含有複合酸化物を活物質とする正極体とを、この順序で一体的に積層してなる発電要素を具備する非水溶媒二次電池における、前記正極体を、前記活物質としてLiCoO_(2)、導電材としてアセチレンブラック、及び結着剤となるCMCとSBR(ブタジエン共重合ゴム)を、水中で混練してスラリー状の正極合剤を調整し、この正極合剤をアルミニウム基板上に塗布・風乾した後、加圧して一定厚にして製造した方法」(以下、「引用発明」という。)が記載されていると認める。


(5-2) 本願発明1と引用発明との対比
本願発明1と引用発明とを対比するに、引用発明における、「正極体」、「活物質」、「結着剤」となる「SBR(ブタジエン共重合ゴム)」、「水中で混練し」た「スラリー状の正極合剤」、「アルミニウム基板」、「正極合剤をアルミニウム基板上に塗布・風乾した後、加圧して一定厚にして製造した方法」は、それぞれ、本願発明における、「電極」、「活性材料」、「ゴムである少なくとも1種のバインダー」、「水性組成物」、「電極支持体」、「水性組成物を電極支持体上に塗布して乾燥させることにより得られた、少なくとも部分的に薄膜で被覆された電極を製造するための方法」に相当し、また、引用発明における、「SBR(ブタジエン共重合ゴム)」は、上記第4(1)の(1-3)によれば、スチレンを結合重合成分とするブタジエン共重合ゴムのことであるから、本願発明における、「スチレンブタジエンゴム(SBR)」に相当する。
してみると、本願発明1と引用発明とは、以下の点で一致し、以下の点で相違する。

<一致点>
活性材料、ゴムである少なくとも1種のバインダーを含む水性組成物を電極支持体上に塗布して乾燥させることにより得られた、少なくとも部分的に薄膜で被覆された電極を製造するための方法であって、該ゴムが、スチレンブタジエンゴム(SBR)である前記方法。

<相違点1>
活性材料が、本願発明1では、黒鉛及び/又は炭素により被覆されたLiFePO_(4)であるのに対し、引用発明では、LiCoO_(2)である点。

<相違点2>
本願発明1では、炭素及び/又は黒鉛によるLiFePO_(4)の被覆が、機械溶融により実施されるのに対して、引用発明では、そのようなことは実施されない点。

<相違点3>
水性組成物が、本願発明1では、少なくとも1種の水溶性増粘剤を含むのに対し、引用発明では、CMCを含むものの、少なくとも1種の水溶性増粘剤を含むのか否か明らかでない点。


(5-3) 相違点についての検討
ア. 引用発明では、リチウム含有複合酸化物を活性材料とする電極における、前記リチウム含有複合酸化物がLiCoO_(2)である。

イ. ここで、上記第4(1)の(1-4)によれば、刊行物1には、引用発明で用いられるリチウム含有複合酸化物は、一般的に、リチウムと、Co、Ni、Fe、またはMnから選ばれる1種または2種以上の遷移金属の塩を出発原料とし、これらを化学量論比で混合し、焼成することによって得られること、すなわち、前記リチウム含有複合酸化物を、Feを含有したリチウム含有複合酸化物とし得ることが記載されているといえる。

ウ. 一方、上記第4(2)の(2-1)によれば、LiCoO_(2)等はリチウムイオン二次電池の正極活物質として、現在、用いられているが、コストが高くつく他、安定供給が難しいという問題があり、また、毒性も比較的高く環境に与える影響も大きいことから、これに代わる正極活物質(本願発明1における「活性材料」に相当する。)が求められており、これに対し、オリビン型構造を有する、LiFePO_(4)は資源的に豊富で安価なFeを有しているため、低コストであり、また、毒性も低いため環境に与える影響も小さく、その実用化が渇望されているところ、上記第4(2)の(2-2)?(2-4)によれば、LiFePO_(4)を正極活物質に使用すると、一定の容積の電池を作製した場合に他の活物質を使用した場合に比べ電気容量が小さくなり実用的ではない等の問題があるが、LiFePO_(4)粒子の表面に、当該LiFePO_(4)粒子の粒径に比べて極めて小とされる粒径を有する炭素材料の粒子が多数個付着してなる、LiFePO_(4)炭素複合体(以下、単に、「LiFePO_(4)炭素複合体」という。)であって、LiFePO_(4)に炭素材料を添加した後、メカノフュージョン等を用いたミリングを行うことで得られた、LiFePO_(4)炭素複合体は、LiFePO_(4)本来の容量が十分に引き出されるため、高電気容量を有する電池を実現できるとされている。ここで、メカノフュージョンは、本願における、「機械溶融」に相当する。

エ. そして、引用発明における、リチウム含有複合酸化物を活性材料とする電極においても、前記リチウム含有複合酸化物にLiCoO_(2)を用いると、コストが高くつく他、安定供給が難しいという問題があり、また、毒性も比較的高く環境に与える影響も大きいといった、上記第4(2)の(2-1)に示されている問題を生ずることは、自明の事項である。

オ. してみると、引用発明において、前記リチウム含有複合酸化物にLiCoO_(2)を用いることで生ずる、上記第4(2)の(2-1)に示されている問題を解消すべく、前記リチウム含有複合酸化物を、Feを含有したリチウム含有複合酸化物とし得ることを考慮し、当該Feを含有し得るリチウム含有複合酸化物として、上記第4(2)の(2-2)?(2-4)から導出される、LiFePO_(4)炭素複合体であって、LiFePO_(4)に炭素材料を添加した後、機械溶融を用いたミリングを行うことで得られた、LiFePO_(4)炭素複合体を用いることは、当業者が容易になし得たことである。そして、これにより、上記相違点1?2は解消する。

カ. 次に、上記相違点3につき検討するに、本願発明1の「少なくとも1種の水溶性増粘剤」について、本願明細書には、「増粘剤は、都合のよいことには、カルボキシメチルセルロース、ヒドロキシメチルセルロース及びメチルエチルヒドロキシセルロースからなる群から選択する。」(【0014】)と記載され、「少なくとも1種の水溶性増粘剤」がカルボキシメチルセルロースである場合が含まれている。

キ. 一方、引用発明において、結着剤となる「CMC」とは、上記第4(1)の(1-3)によれば、「カルボキシメチルセルロース」のことである。

ク. ところで、「カルボキシメチルセルロース」が、増粘剤として機能することは周知の事項である(特開平9-199135号公報(原査定における引用文献1)の【0005】、【0039】、特開2002-117860号公報(原査定における引用文献2)の【0004】、【0008】、特開平8-250123号公報(原査定における引用文献3)の【0004】、【0006】等参照。)。

ケ. してみると、上記相違点3は、結局のところ、「カルボキシメチルセルロース」を、「結着剤」と称するか、あるいは、「水溶性増粘剤」と称するかという、表現上の差異といえ、実質的な相違点ではない。

コ. また、本願発明による、電極の製造に有機溶媒を使用する場合に必要となる、無水チャンバーや特別な予防策等の使用を避けることが可能となる等の効果も、刊行物1?2に記載の発明から当業者であれば当然に予測できる程度のものであって、格別顕著なものとはいえない。

サ. よって、本願発明1は、刊行物1?2に記載された発明に基いて、当業者が容易になし得たものであり、特許法第29条第2項の規定により、特許を受けることができないものである。


5-4 意見書における主張に対して
(1)請求人の主張
請求人は、平成26年 5月20日付けの意見書において、「
a) 本願発明では、黒鉛が機械溶融によってLiFePO_(4)に被覆されるが、この点が、刊行物1には何ら記載されておらず、また、刊行物2は、ミリングなどの方法によってメカノフュージョンしたLiFePO_(4)/炭素複合体が公知だったことを示すだけの文献であり、これを刊行物1に係る発明と組み合わせることを示唆するような記載ない。

b) 本願発明では、メカノフュージョンによることによって、炭素とLiFePO_(4)との結合を強化できるだけでなく、高温での処理が不要になるというメリットが生ずるが、このような点は、刊行物1や刊行物2から当業者が予測できたことではない。

c) CMCとブタジエン共重合ゴムの混合物をバインダーとして用いることを最大の特徴とする刊行物1から、CMCをバインダーとして用いない補正後の本願発明を当業者が簡単に思いつくとは考えられないし、刊行物2にも、バインダーとしてゴムのみを用いることは何ら示唆されていないから、刊行物2を考慮したとしても刊行物1から補正後の本願発明を思いつくことは容易ではない。」旨主張している。

(2)当審の判断
ア. しかし、請求人の上記a)?c)の主張は、以下の理由により、いずれも採用できない。

イ. すなわち、上記(5-3)ア.?オ.で検討したとおり、刊行物1にも刊行物2にも、互いの発明を組み合わせ得る記載があるといえるから、上記a)の主張は、当を得た主張ではない。

ウ. また、刊行物2の記載事項である、上記第4(2)の(2-4)によれば、LiFePO_(4)炭素複合体であって、LiFePO_(4)に炭素材料を添加した後、メカノフュージョン等を用いたミリングを行うことで得られた、LiFePO_(4)炭素複合体は、LiFePO_(4)と炭素材料との結合が強化されているといえるし、その複合体は、炭素前駆体を熱分解して炭素へと変換する処理を行って得られたものではないから、高温での処理が不要であったことは自明の事項であって、上記b)の主張も、当を得た主張ではない。

エ. また、上記(5-3)カ.?ケ.で検討したとおり、本願発明1も刊行物1記載の引用発明も、スチレンブタジエンゴム(SBR)とカルボキシメチルセルロースの混合物を用いるといえるから、上記c)の主張も、当を得た主張ではない。

オ. よって、請求人の上記主張は採用しない。


第6 むすび

以上のとおりであるから、当審拒絶理由は妥当である。

したがって、本願は、他の請求項に係る発明について検討するまでもなく、この拒絶理由によって拒絶すべきものである。

よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2014-09-11 
結審通知日 2014-09-12 
審決日 2014-09-26 
出願番号 特願2004-550581(P2004-550581)
審決分類 P 1 8・ 121- WZ (H01M)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 山下 裕久  
特許庁審判長 木村 孔一
特許庁審判官 鈴木 正紀
小川 進
発明の名称 水溶性バインダーを含む水溶液から得られた薄膜により被覆された電極、その製造方法及び使用  
代理人 小野 新次郎  
代理人 富田 博行  
代理人 小林 泰  
代理人 星野 修  
代理人 森下 梓  

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