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審決分類 審判 査定不服 特17 条の2 、4 項補正目的 特許、登録しない。 C08B
審判 査定不服 1項3号刊行物記載 特許、登録しない。 C08B
管理番号 1297158
審判番号 不服2013-13905  
総通号数 183 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2015-03-27 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2013-07-19 
確定日 2015-02-04 
事件の表示 特願2010-174012「熱抑制したデンプン及びフラワー並びにその製造のための方法」拒絶査定不服審判事件〔平成22年12月16日出願公開、特開2010-280895〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
本願は,1995年1月18日(パリ条約による優先権主張 外国庁受理 1994年7月29日 世界知的所有権機関(WO) 1994年8月25日 米国(US))を国際出願日とする特願平8-506450号の一部を新たな特許出願とした特願2006-242009号の一部をさらに新たな特許出願としたものであって,平成23年10月18日に上申書及び手続補正書が提出され,平成24年7月10日付けで拒絶理由が通知され,平成25年1月17日に意見書及び手続補正書が提出されたが,同年3月13日付けで拒絶査定がされ,これに対して同年7月19日に審判請求がなされるとともに手続補正がなされ,同年9月11日付けで審尋がなされ,平成26年3月17日に回答書が提出されたものである。

第2 平成25年7月19日付けの手続補正についての補正の却下の決定
[補正の却下の決定の結論]
平成25年7月19日付けの手続補正を却下する。

[理由]
1 補正の内容
平成25年7月19日付けの手続補正(以下「本件補正」という。)は,平成25年1月17日付けの手続補正で補正された特許請求の範囲(以下「補正前の特許請求の範囲」という。)を以下のとおり補正する補正を含むものである。

補正前の請求項1である
「化学修飾された又は架橋されたデンプン又は穀粉の代わりに熱抑制された、α化していない顆粒デンプン又は穀粉を含む組成物の製造方法であって、
(a)顆粒デンプン又は穀粉を1重量%未満の水分含量となるまで脱水し;そして
(b)この1重量%未満の水分含量のα化していない顆粒デンプン又は穀粉を100℃以上の温度で最大20時間加熱処理する;
ことを含んで成る方法。」を,
補正後の請求項1である
「架橋されたデンプン又は穀粉の代わりに熱抑制された、α化していない顆粒デンプン又は穀粉を含む組成物の製造方法であって、
(a)顆粒デンプン又は穀粉を1重量%未満の水分含量となるまで脱水し;そして
(b)この1重量%未満の水分含量のα化していない顆粒デンプン又は穀粉を100℃以上の温度で最大20時間加熱処理する;
ことを含んで成る方法。」と補正する。

2 補正の適否
本件補正は,審判請求と同時になされたものであるから,その補正は平成18年法律第55号改正附則第3条第1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法(以下「平成18年改正前特許法」という。)第17条の2第4項各号に掲げる事項を目的とするものに限られる。

本件補正は,補正前の「化学修飾された又は架橋されたデンプン又は穀粉の代わりに」との発明特定事項を,補正後の「架橋されたデンプン又は穀粉の代わりに」との発明特定事項とする補正であるが,「?の代わりに」とは,請求項1の範囲からその対象を除外する意味であって,補正前の請求項1においては,「化学修飾された」「デンプン又は穀粉」と「架橋されたデンプン又は穀粉」が除外されていたところ,補正後の請求項1においては,「架橋されたデンプン又は穀粉」のみが除外されることとなった。
してみると,本件補正は,特許請求の範囲の減縮を目的とするものには該当しないし,請求項の削除,不明瞭な記載の釈明,誤記の訂正のいずれを目的とするものにも該当しないことは明らかである。
したがって,本件補正は,平成18年改正前特許法第17条の2第4項各号に掲げるいずれを目的とするものにも該当しない。

3 むすび
以上のとおり,本件補正は,平成18年改正前特許法第17条の2第4項の規定に違反してなされたものである。
したがって,本件補正は,同法第159条第1項において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下すべきものである。
よって,補正却下の結論のとおり決定する。

第3 本願発明
平成25年7月19日付けの手続補正は上記のとおり却下されたので,本願の請求項1?5に係る発明は,平成25年1月17日付けの手続補正により補正された特許請求の範囲の請求項1?5に記載されたとおりのものであるところ,その請求項1に係る発明(以下「本願発明」という。)は,以下のとおりのものである。

「化学修飾された又は架橋されたデンプン又は穀粉の代わりに熱抑制された、α化していない顆粒デンプン又は穀粉を含む組成物の製造方法であって、
(a)顆粒デンプン又は穀粉を1重量%未満の水分含量となるまで脱水し;そして
(b)この1重量%未満の水分含量のα化していない顆粒デンプン又は穀粉を100℃以上の温度で最大20時間加熱処理する;
ことを含んで成る方法。」

第4 原査定の理由
原査定の理由は,本願発明は,本願の優先日前に外国において頒布された下記刊行物1に記載された発明であるから,特許法第29条第1項第3号に該当し,特許を受けることができないという理由を含むものであって,その刊行物1として,
刊行物1:Journal of Applied Polymer Science,1967年,Vol.11 pp.1283-1288
が引用されている。

第5 当審の判断
1 刊行物1の記載事項
本願優先日前に頒布された刊行物1には,日本語にして以下のことが記載されている。なお,訳文は当審訳である。

(1a)「概要
デンプンと様々な塩基との乾燥混合物を空気中で焙焼した。焙焼の効果は粘度法によって測定した。試験結果は,アルカリ性のpHでの焙焼によって共有架橋結合が生じることを示唆している。自動酸化とアルドール化が複合した結果,架橋結合が起こるというのが,著者の推測である。」(第1283頁第4?8行)
(1b)「私の行った先行実験からは,乾燥デンプンを空気中でアルカリ性のpHで加熱すると,共有架橋結合が生じるという驚くべき結論が示唆されている。」(第1283頁第10?12行)
(1c)「手順
手順には,デンプンと塩基の乾燥混合物を薄い層にして140?160℃で加熱することと,その後の粘度法による焙焼効果の測定が含まれていた。
代表的な2種類の生成物を得るための以下の指示によって,手順が説明される。市販のコーンスターチ1000g(pH4.9)と0.3%の重炭酸ナトリウムを含む1500mlの溶液(含浸液)を約1/2時間攪拌する。・・・吸引装置を使用してブフナー漏斗を通して濾過する。濾過ケーキを細かく砕いて,50℃に設定した強制空気循環炉で一晩乾燥させる。130℃に設定した熱対流炉に4時間入れて加熱して,水分含量を測定する?喪失重量からその水分含量を計算する(7%と判明)。試料のpH(当初pH)の測定も行う(9.9と判明)。試料をレイモンド式ハンマーミルに入れて,微粉になるまで挽く。粉末(約3/16インチの厚さの層にして拡げる)を室温の強制空気循環炉内に置く。炉の温度を出来るだけ早く(約1時間)上げて140度にし,この温度を維持する(焙焼温度)。炉の温度が最初に140℃に達した時点で,試料の水分含有量を測定する(0%と判明)。炉の温度が140℃に達してから6時間後に,試料の半量(生成物I6,表I)を炉から取り出し,そのpHを測定する(最終pH;8.0と判明)。2時間後に試料の残量(生成物I8)を炉から取り出し,そのpHを測定する(7.7と判明)。C. W. ブラベンダー社のVisco-Amylo-Graph装置によって生成物の粘度を測定する。?試料I6の一部で作った水性懸濁液を準備して,酢酸によってpHを3.0に調節し,水を加えて試料I6の濃度を6%(乾燥ベース)に調節し,懸濁液をデンプン粘度記録装置に入れて,自動攪拌(75回転/分の定速で)を開始して連続的な攪拌を維持しつつ,1.5℃/分の割合で温度を25℃から95℃まで上げて(95℃に達するのに47分必要),95℃の温度を60分間保ち,機械に粘度対時間の連続的なグラフを描かせる。同様にして,生成物I8についても粘度を測定する。」(第1283頁第26行?次頁第21行)
(1d)「

図1. 粘度測定中の時間による粘度の変化。分散系には6%のスターチが含まれており,そのpHは3.0。生成物についての説明は表1を参照のこと。」(第1285頁FIG.1)
(1e)「生成物I6(図1)は,その上昇と下降が共に遅いという点でAに似ており,生成物I8は,上昇が遅く下降が見られないという点でBに似ている。(I6とI8が焙焼中に僅かに分解されたことが,AとBに比べて最大値が小さいことの説明になるであろう。)これらの実験(及び報告はしていない一連の類似した実験)は,アルカリ焙焼によって共有架橋結合が生成されることを示唆している。」(第1285頁第3?7行)
(1f)「その他の(未報告の)実験からの私の更なる仮の結論を申し上げると,(1)すべての塩基は共有架橋結合に触媒作用を及ぼす?燐酸三ナトリウム,燐酸二ナトリウム及び炭酸ナトリウムも,明らかに架橋結合を生成した。(2)pHにより架橋結合の率が減少する?当初pH10.5(試みた最大値)から減少し,7でほとんど0になり,酸性のpHではそのままだった。(3)架橋結合の濃度は焙焼時間が延びれば増加する?例えば,I8はI6よりも架橋結合の度合いが強い。(4)アルカリ焙焼はどのようなタイプのスターチにも架橋結合を起こす?ポテトやワキシーメイズデンプンにも架橋結合が現れた。(5)架橋結合の率が温度によって増加する?160℃では,140℃の明らかに8倍の率を示す。(6)架橋結合は酸化反応を含む?酸化防止剤(例えば,亜硫酸ナトリウム)の添加によって架橋結合は明らかに遅延する。」(第1285頁下から3行?次頁第10行)

2 刊行物1に記載された発明
刊行物1には,「市販のコーンスターチ・・・と・・・重炭酸ナトリウムを含む・・・の溶液・・・を・・・攪拌する・・・濾過する。濾過ケーキを細かく砕いて,・・・強制空気循環炉で一晩乾燥させ・・・130℃に設定した熱対流炉に4時間入れて加熱し・・・試料を・・・微粉になるまで挽く。粉末・・・を室温の強制空気循環炉内に置く。炉の温度を・・・上げて140度にし,この温度を維持する(焙焼温度)。炉の温度が最初に140℃に達した時点で,試料の水分含有量を測定する(0%と判明)。炉の温度が140℃に達してから6時間後に,試料の半量(生成物I6,表I)を炉から取り出し,・・・2時間後に試料の残量(生成物I8)を炉から取り出」ことが記載されている(摘記1a参照)。
そうすると,刊行物1には,
「市販のコーンスターチを重炭酸ナトリウム溶液と撹拌し,濾過後,砕いて乾燥させ,130℃に設定した熱対流炉に4時間入れて加熱し,試料を,微粉になるまで挽き,そうして得られた粉末を,室温の強制空気循環炉内に置き,炉の温度を約1時間で140度まで上げ,炉の温度が最初に140℃に達した時点での水分含有量を測定し0%であることを確認し,この温度を維持して焙焼し,炉の温度が140℃に達してから6時間又は8時間後に炉から試料を取り出す方法」の発明(以下「引用発明」という。)が記載されているといえる。

3 対比
本願発明と引用発明とを対比する。
引用発明の「市販のコーンスターチ」は,本願発明の「顆粒デンプン」に相当する。
また,引用発明の「粉末を,室温の強制空気循環炉内に置き,炉の温度を約1時間で140度まで上げ,炉の温度が最初に140℃に達した時点での水分含有量を測定し0%であることを確認」することは,水分量が0%になったのであるから,本願発明の「顆粒デンプン又は穀粉を1重量%未満の水分含量となるまで脱水」することに相当する。
さらに,引用発明の「この温度を維持して焙焼し,炉の温度が140℃に達してから6時間又は8時間後に炉から試料を取り出す」ことは,本願発明の「この1重量%未満の水分含量のデンプンを100℃以上の温度で最大20時間加熱処理する」ことに相当する。
そうすると,両者はともに,
「デンプン又は穀粉を含む組成物の製造方法であって,
(a)顆粒デンプン又は穀粉をを1重量%未満の水分含量となるまで脱水し;そして
(b)この1重量%未満の水分含量の顆粒デンプンを100℃以上の温度で最大20時間加熱処理する;
ことを含んで成る方法。」である点で一致し,以下の点で一応相違している。

(i)本願発明では,得られる「デンプンの組成物」が「化学修飾された又は架橋されたデンプン又は穀粉の代わりに熱抑制された、α化していない顆粒デンプン」であるのに対して,引用発明においては,その点が明確にされていない点(以下「相違点」という。)

4 相違点の検討
上記相違点には,「化学修飾された又は架橋されたデンプン又は穀粉の代わりに」,「熱抑制された」及び「α化していない」,「顆粒」との構成要件を含んでいるので,これらについて順次検討する。

(1)「化学修飾された又は架橋されたデンプン又は穀粉の代わりに」について
本願発明における「化学修飾された又は架橋されたデンプン又は穀粉の代わりに」とは,上記「第2 2」で述べたとおり,本願発明から「化学修飾された」「デンプン又は穀粉」と「架橋されたデンプン又は穀粉」が除外されていることを意味するものといえる。
引用発明の原料である「市販のコーンスターチ」は,トウモロコシから得られたデンプンで化学修飾されたものでも,架橋されたものでもないことは明らかである。
一方,引用発明の「市販スターチ」を引用発明のように処理して最終的に得られたデンプンがどのようなものであるかについて検討する。
刊行物1には,引用発明の処理によって得られるデンプンが「架橋結合」されたものと推測される旨記載されている(摘記1a,1b,1e,1f参照)が,これらの記載は「架橋結合が起こるというのが,著者の推測である」(摘記1a参照),「その他の(未報告の)実験からの私の更なる仮の結論を申し上げると」(摘記1f参照)と記載されるように,あくまでも刊行物1の著者の推測として記載されているにすぎす,実際に得られたデンプンが架橋結合されたものであることが確認されているわけではない。
一方,平成25年1月17日付けの意見書に添付された「実験データー」によれば,本発明の熱的抑制方法により調製したデントデンプンは,架橋されていないと結論づけられるデータが示されている。上記意見書では,発明の熱的抑制方法により調製したデントデンプンの調製方法が記載されてはいないが,本願明細書に記載される製造方法は,実施例1では,「市販の顆粒ワキシーメイズデンプンからの本発明のデンプンの調製を例示する。」,「熱安定性不粘着性増粘剤を得るため、顆粒デンプンのサンプルを 1.5部の水の中でスラリー化し、そのスラリーのpHを5%のNa_(3)CO_(3)溶液の添加により調整し、次いでそのスラリーを1時間撹拌し、次いで濾過、乾燥及び粉砕した。ドライデンプンサンプル(150g)をアルミホイル製パン(4″×5″× 1.5″)の中に入れ、そして慣用のオーブンの中で表I及びIIに記載の条件下で加熱した。」と記載され(【0052】,【0054】参照),表Iには,サンプル6として温度160℃,pH8.2,加熱時間6時間のものが記載されている。
そうすると,本願明細書の実施例1の記載を参考にすれば,「実験データー」で測定した「本発明の熱的抑制方法により調製したデントデンプン」とは,トウモロコシデンプンにアルカリ水溶液を添加し,撹拌し,濾過,乾燥し,粉砕して得られた試料をオーブン内で,温度160℃,pH8.2,6時間又は8時間加熱することによりえられたものということができる。
そして,この製造方法は,引用発明の「市販のコーンスターチを重炭酸ナトリウム溶液と撹拌し,濾過後,砕いて乾燥させ,130℃に設定した熱対流炉に4時間入れて加熱し,試料を,微粉になるまで挽き,そうして得られた粉末を,室温の強制空気循環炉内に置き,炉の温度を約1時間で140度まで上げ,炉の温度が最初に140℃に達した時点での水分含有量を測定し0%であることを確認し,この温度を維持して焙焼し,炉の温度が140℃に達してから6時間又は8時間後に炉から試料を取り出す方法」(6時間で取り出された試料のpHは8.0である(摘記1c参照))と,実質的に同じ製造方法であるということができるから,引用発明の「市販スターチ」を引用発明のように処理して最終的に得られたデンプンも,上記意見書に記載された「本発明の熱的抑制方法により調製したデントデンプン」と同じ性質を有することになり,引用発明のデンプンも「架橋されたデンプン」ではないと推認することができる。
また,引用発明においては,化学修飾のための試薬を使用していないから,「化学修飾されたデンプン」でもないことは明らかである。
そうすると,引用発明も本願発明の「化学修飾された又は架橋されたデンプン又は穀粉の代わりに」との構成要件を満たしているということができる。

(2)「熱抑制された」について
本願明細書には,「熱抑制」に関連して以下の記載がある。
(a)「本発明のデンプン及び穀粉は,化学試薬を添加することなく,化学架橋化デンプンの特徴を有するデンプン又は穀粉をもたらす方法において熱抑制されている。これらの熱抑制化デンプン及び穀粉を92?95℃及びpH3の水の中に5?6.3%の無水固形分として分散させると,それらは抑制化デンプンの特徴的な性質を示す:即ち,実質的に完璧に抑制されたデンプン及び穀粉は糊化に耐えるであろう;高度に抑制されたデンプン及び穀粉は一定の度合いまでしか糊化せず,そして粘度の連続上昇を示すであろうが,ピーク粘度にまでは達しないであろう;中程度に抑制されたデンプン及び穀粉は,抑制されていない同じデンプンと比べ,低めのピーク粘度及び低めのパーセント粘度低下を示すであろう;並びに,わずかに抑制されたデンプン及び穀粉は,コントロールデンプンと比べ,若干のピーク粘度上昇及び低めのパーセント粘度低下を示すであろう;という性質。」(【0010】)
(b)「ブラベンダーデーターによる抑制の特性決定
熱抑制化デンプンの特性決定を,水の中に分散させて糊化させた後のその粘度の測定値を参照することにより詳しく行う。粘度を測定するのに用いる装置はブラベンダーVISCO/Amylo/GRAPH(C.W.Brabender instruments,Inc.,Hackensack,NJにより製造)とする。…VISCO/Amylo/GRAPHは,デンプンスラリーをプログラム式加熱サイクルにかけたときに生ずる粘度のバランスをとるのにかかるトルクを記録する。非抑制デンプンについては,そのサイクルは,通常約60?70℃での粘度上昇の開始,65?95℃の範囲におけるピーク粘度の発生,及びそのデンプンを通常92?95℃の高温に保ったときの任意の粘度低下を経る。この記録は,ブラベンダー単位(BU)で表わす任意測定単位で,加熱サイクルを通じて粘度を追尾した曲線より成る。
抑制化デンプンは,抑制されていない同じデンプン(以下,コントロールデンプン)との曲線とは異なるブラベンダー曲線を示すであろう。低レベルの抑制では,抑制デンプンはコントロールのピーク粘度よりも若干高いピーク粘度に達し,そしてコントロールに比して,粘度の%低下の減少はないであろう。抑制度が高まると,ピーク粘度及び粘度低下は下降する。高レベルの抑制では,糊化速度及び顆粒の膨潤率は低下し,ピーク粘度は消失し,そして長時間加熱すると,ブラベンダートレースは上昇曲線を描き,粘度のゆっくりとした連続上昇を示唆する。非常に高レベルの抑制では,デンプン顆粒はもはや糊化しなくなり,そしてブラベンダー曲線は平らであり続ける。」(【0037】?【0038】)
(c)「ブラベンダー手順
・・・
ブラベンダー曲線からのデーターを用い,抑制は,水の中に5?6.3%の固形分において92?95℃でpH3で分散させたときに,ブラベンダー加熱サイクルの際に,ブラベンダーデーターが,(i)粘度上昇なし又はほぼ粘度上昇なし(デンプンは抑制され,しかも糊化しなかった,又は糊化に強く耐えたことを示す);(ii)ピーク粘度のない連続上昇式粘度(デンプンが高度に抑制され,且つ一定の度合いまで糊化したことを示す);(iii)コントロールに比しての低めのピーク粘度及び低めのパーセント粘度低下(中程度の抑制を示す);又は(iv)コントロールに比しての若干のピーク粘度の上昇及び低めのパーセント低下(低レベルの抑制を示す);を示したときに,抑制があったものと決定した。」(【0047】?【0051】)

そこで,このような「熱抑制デンプン」の特性に関する本願明細書の記載を踏まえて,引用発明の処理によって得られるデンプンが本願発明で規定している「熱抑制デンプン」に該当するものであるか否かについて検討する。
刊行物1には,引用発明の係る焙焼処理後のデンプンについて,C. W. ブラベンダー社のVisco-Amylo-Graph装置によって測定された粘度特性を示す曲線が図1として示されている(摘記1d参照)。そして,刊行物1において曲線を描くのに使用された装置は,本願明細書において使用されている「ブラベンダーVISCO/Amylo/GRAPH」と同じものであると認められるので,本願明細書において記載されている「熱抑制デンプン」の粘度特性に関する記載を,刊行物1の図1で示されている粘度特性と照らして検討する。(なお,本願明細書における「ブラベンダー曲線」は,刊行物1の図1に示された曲線のことを意味する用語であると解することができる。)
まず,刊行物1の図1で示されたI6(6時間焙焼)及びI8(8時間焙焼)の曲線を,先に摘記した本願明細書の(a)?(c)に記載された「熱抑制された」デンプンが示すとされる粘度特性と照らして検討すると,刊行物1のI6及びI8は,いずれも本願明細書にいう「中程度に抑制された」デンプンに相当するものと認められる。
すなわち,刊行物1の図1に示されたI6及びI8の曲線は,
上記(a)における「中程度に抑制されたデンプン…は,抑制されていない同じデンプンと比べ,低めのピーク及び低めのパーセント粘度低下を示すであろう」なる表現にも,また,上記(b)における「低レベルの抑制では,抑制デンプンはコントロールのピーク粘度よりも若干高いピーク粘度に達し,そしてコントロールに比して,粘度の%低下の減少はないであろう。抑制度が高まると,ピーク粘度及び粘度低下は下降する。」なる表現にも,さらに,上記(c)における「(iii)コントロールに比しての低めのピーク粘度及び低めのパーセント粘度低下(中程度の抑制を示す)」なる表現にも,よく一致する曲線である。
そして,このような粘度特性を示すデンプンが,本願明細書において「抑制があったものと決定」されることは,上記(c)において,「ブラベンダーデーターが,…;(iii)コントロールに比しての低めのピーク粘度及び低めのパーセント粘度低下(中程度の抑制を示す)…;を示したときに,抑制があったものと決定した。」と記載されていることから明らかである。
したがって,引用発明の処理により得られたデンプンは,本願発明に規定される「熱抑制された」ものであるということができる。

(3)「α化していない」,「顆粒」について
本願発明において「α化していないデンプン」とし,さらに「顆粒デンプン」としていることによって,引用発明の処理により得られたデンプンと相違するものであるとされるか否かについて検討する。
引用発明では,市販のコーンスターチを使用して,最終段階に到るまで,この分野でよく知られたα化処理,すなわち,水中での加熱処理をしていないものであるから,引用発明の処理によってはα化していないものと解される。
また,「顆粒」についても,引用発明の処理により得られたデンプンは,懸濁状態で測定するVisco-Amylo-Graph装置を用いた粘度の測定が少なくとも可能であったので,懸濁容易な形態であって,実質的には「顆粒」になっていると推認できるものである。

(4)まとめ
以上のとおりであるから,上記の相違点は,実質的な相違であるということはできず,本願発明と引用発明とは同一であると認めることができる。

5 請求人の主張について
(1)請求人の主張の要点
請求人は,意見書,審判請求書,回答書で概ね以下の点を主張している。

ア 刊行物1の図1の信憑性
本願の基礎となる出願である平成8年特許願第506460号などの審査・審理手続きにおける意見書などで再三主張したとおり,引用文献1(審決注:「刊行物1」である。以下同じである。)の図1に示されている結果は信憑性を欠くものであり,到底デンプンを無水条件下で加熱することで得られるブラベンダー粘度曲線ではない。したがって,引用文献1を適正な先行技術文献として本願発明の新規性進歩性を判断するのは妥当ではない。
そして,平成8年特許願第506460号の審判請求書,平成20年11月28日付け回答書では,刊行物1の図1のI6及びI8の曲線のピーク粘度の値が,無処理(対照)のデンプンのピーク粘度の値の約1/2になっていること,及び,刊行物1の図1の未処理デンプンの粘度曲線が最終的に0になっているがこのようなことはありえず,図1の粘度曲線に信憑性がないとしている。

イ 本願発明と引用発明との相違点
(ア)刊行物1のデンプンの架橋に関する記載について
引用文献1においては,その表題に,さらには内容全般にわたって,デンプンがアルカリ焙煎により架橋(Crosslinking)されていることが記載されているのに対し,本発明の熱的に抑制されたデンプンは架橋されておらず,本願発明は引用文献1とは架橋の有無の点で決定的に相違する。
同文献では,架橋構造であることは推認されてはいるが,架橋構造であることを実験的に確認しているわけでもないというが,同文献を適正な先行技術文献と判断した以上,そこに開示された技術内容は推認であろうとなかろうと,事実であるとみなすべきである。

(イ)製造方法の相違について
引用文献1では「架橋」しているため,引用文献1に記載の方法では何らかの理由,例えば水分が十分に脱水されてない状態で加熱処理を行ったなどの理由で,本発明のような熱的抑制されたデンプンが調製されなかったことが明らかである。
(A)1(審決注:「刊行物1」である。以下同じである。)で一時的にデンプンの水分含量が0%になったのは事実であるかもしれないが,本発明の方法のように,デンプンなどの水分含量を1重量%未満となるまで脱水し,その後さらに水分含量を1重量%未満に保ったままで100℃以上の温度で加熱処理するといった記載はない。(A)1の記載からは不明であるが,(A)1ではおそらく水分含量を低く維持することを管理することなく実験を行ったため,水分を多量に吸収し,その結果本発明の方法を実施したのでは得られないFig.1で示されるブラベンダー曲線が得られた可能性がある。

(2)請求人の主張の検討
ア 刊行物1の図1の信憑性
上記4(2)で検討したとおり,本願明細書では,熱抑制化されたデンプンの粘度特性に関しては,定性的・相対的な粘度の上昇・下降といった性質で説明されており,このような説明に照らすと,引用発明の処理により得られたデンプンは,本願明細書における「(中程度に)熱抑制された」とされる粘度特性を有するものに相当することは明らかである。
そして,I6及びI8の曲線のピーク粘度の値が,無処理(対照)のデンプンのピーク粘度の値の約1/2になっている点については,例えば,本願明細書の実施例6の表11に示される抑制されたデンプンとして,pH9.4,160℃,120分加熱処理したものが記載されているが(【0077】?【0078】参照),これもピーク粘度が665(BU)であり,コントロール1135(BU)の約1/2程度となっているから,この程度のピーク粘度の低下が「熱抑制された」ものの範囲に含まれることは明らかである。
そうすると,I6及びI8の曲線のピーク粘度の値が,無処理(対照)のデンプンのピーク粘度の値の約1/2になっていることが,引用発明の処理により得られたデンプンが本願発明の「熱抑制された」ものに相当しないということはできない。
また,刊行物1の未処理デンプンの粘度曲線についても,最終的に粘度が0となっている点に疑義があるとしても,曲線全体の形状としては,請求人が平成8年特許願第506460号の審判請求書で提示した未処理デンプンの粘度曲線と概ね一致するものであって,粘度の相対的な変化を把握するデータとしては図1の粘度曲線は十分信頼性があるものといえ,刊行物1の図1に示された粘度曲線の信憑性を否定するに足る根拠とはいえない。
よって,請求人の主張は採用できない。

イ 本願発明と引用発明との相違点
(ア)刊行物1のデンプンの架橋に関する記載について
上記4(1)で検討したとおり,引用発明の処理によって得られるデンプンが「架橋結合された」ものと推測される旨記載されている(摘記1a,1b,1e,1f参照)が,これらの記載は,あくまでも刊行物1の著者の推測として記載されているにすぎす,実際に得られたデンプンが架橋結合されたものであることが確認されているわけではない。刊行物1に記載された内容のうち,実験手順や測定結果は,実際に実施された事実を記載したものと判断して,著者が推測した考察内容については必ずしも事実と判断できないとして,刊行物1の内容を理解することに何ら不合理な点は認められない。
そして,意見書に添付された「実験データー」や本願明細書の実施例の記載を参酌すれば,引用発明の処理によって得られるデンプンが「架橋結合された」ものでないと推認できることも上記4(1)で述べたとおりである。
よって,請求人の主張は採用できない。

(イ)製造方法の相違について
刊行物1に記載された引用発明においては,刊行物1に「粉末(約3/16インチの厚さの層にして拡げる)を室温の強制空気循環炉内に置」き,「炉の温度を出来るだけ早く(約1時間)上げて140度にし,この温度を維持」し,「炉の温度が最初に140℃に達した時点で,試料の水分含有量を測定する(0%と判明)。炉の温度が140℃に達してから6時間後に,試料の半量(生成物I6,表I)を炉から取り出し」と記載されるとおり,粉末を強制空気循環炉に入れて,温度を上昇させ140℃にした時点で,水分量が0%となり,そのまま6時間加熱しているのであるから,水分量が0%となった後は,温度を下げることなく同じ場所で加熱され続けており,水分量は0%のままであると解するのが技術常識に照らして合理的と解される。
そうすると,刊行物1に,「水分含量を1重量%未満に保ったままで100℃以上の温度で加熱処理する」ことの明記がなくても,当然そのような状態で加熱されていると解するのが相当であるということができ,本願発明と引用発明で製造工程において実質的な差異が生じていると認めることはできない。
よって,請求人の主張は採用することができない。

第6 むすび
以上のとおり,本願発明は,刊行物1に記載された発明であるから,特許法第29条第1項第3号に該当し,特許を受けることができない。
よって,他の請求項に係る発明について検討するまでもなく,結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2014-09-12 
結審通知日 2014-09-16 
審決日 2014-09-24 
出願番号 特願2010-174012(P2010-174012)
審決分類 P 1 8・ 57- Z (C08B)
P 1 8・ 113- Z (C08B)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 福井 悟  
特許庁審判長 門前 浩一
特許庁審判官 氏原 康宏
井上 雅博
発明の名称 熱抑制したデンプン及びフラワー並びにその製造のための方法  
代理人 古賀 哲次  
代理人 石田 敬  
代理人 中島 勝  
代理人 渡辺 陽一  
代理人 武居 良太郎  
代理人 青木 篤  
代理人 福本 積  

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