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審決分類 審判 査定不服 5項独立特許用件 特許、登録しない。 C12N
審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 C12N
審判 査定不服 1項3号刊行物記載 特許、登録しない。 C12N
管理番号 1299010
審判番号 不服2012-13876  
総通号数 185 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2015-05-29 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2012-07-20 
確定日 2015-03-25 
事件の表示 特願2000-584046「Nogo遺伝子のヌクレオチド配列およびタンパク質配列,ならびにそれに基づく方法」拒絶査定不服審判事件〔平成12年 6月 2日国際公開,WO00/31235,平成15年10月28日国内公表,特表2003-531566〕について,次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は,成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
本願は,平成11年11月5日(パリ条約による優先権主張 平成10年11月6日 米国)を国際出願日とする出願であって,平成24年3月15日付けで拒絶査定がなされたところ,平成24年7月20日付けで拒絶査定不服審判の請求がなされ,同日付で手続補正がなされたものである。

第2 平成24年7月20日付け手続補正についての補正却下の決定
[結論]
平成24年7月20日付け手続補正を却下する。

[理由]
1 補正事項
平成24年7月20日付け手続補正(以下,「本件補正」という。)は,次の[補正事項1]及び[補正事項2]を含むものである。
[補正事項1]
補正事項1は,補正前に,
「【請求項1】
配列番号29のアミノ酸配列の全長にわたって90%より高い同一性を有するアミノ酸配列からなり,天然では結合している全ての中枢神経系ミエリン物質を含まない,神経細胞成長抑制活性を有する精製タンパク質。」
とあったのを,本件補正により
「【請求項1】
配列番号29のアミノ酸配列の全長にわたって90%より高い同一性を有するアミノ酸配列からなり,天然では結合している全ての中枢神経系ミエリン物質を含まない,神経細胞成長抑制活性を有する,医薬としての使用のための精製タンパク質。」(なお,下線は補正事項を示す。)
と補正するものである。
この補正事項1は,補正前の「精製タンパク質」の用途を「医薬としての使用のため」と限定するものであり,かつ,その補正前の当該請求項に記載された発明とその補正後の当該請求項に記載される発明の産業上の利用分野及び解決しようとする課題が同一であるから,平成18年法律第55号改正附則第3条第1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前(以下,「平成18年改正前」という。)の特許法第17条の2第4項第2号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。

[補正事項2]
補正事項2は,補正前に
「【請求項19】
請求項1?6のいずれか1項に記載のタンパク質に免疫特異的に結合する,モノクローナル抗体。」
とあったのを,本件補正により
「【請求項5】
配列番号29のアミノ酸配列の全長にわたって90%より高い同一性を有するアミノ酸配列からなり,天然では結合している全ての中枢神経系ミエリン物質を含まない,神経細胞成長抑制活性を有する精製タンパク質に免疫特異的に結合する,医薬としての使用のためのモノクローナル抗体。」(なお,下線は補正事項を示す。)
と補正するものである。
この補正事項2は,補正前に「請求項1?6のいずれか1項に記載のタンパク質」とあったところ,請求項1に記載のタンパク質に限定し,併せて,請求項1を引用を解消して書き下し,加えて,モノクローナル抗体の用途を「医薬としての使用」に限定するものである。

よって,補正事項2は,補正前の請求項19の発明特定事項を限定するものであり,かつ,その補正前の当該請求項に記載された発明とその補正後の当該請求項に記載される発明の産業上の利用分野及び解決しようとする課題が同一であるから,平成18年改正前の特許法第17条の2第4項第2号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。

そこで,本件補正後の前記請求項1及び請求項5に記載された発明(以下,それぞれ「補正発明1」及び「補正発明5」という。)が特許出願の際独立して特許を受けることができるものであるか(平成18年改正前の特許法17条の2第5項において準用する同法126条5項の規定に適合するか)について以下に検討する。

2 引用刊行物記載の事項
原査定の拒絶理由で引用され,本願優先日前に頒布された刊行物である
刊行物1:Eur. J. Neurosci.,Vol.9, No.3(1997),p.549-555
刊行物2:特開平4-117298号公報
には,次の事項が記載されている。
なお,下線は当審にて付記したものである。以下,同様である。
(1)刊行物1記載の事項
翻訳は当審によるものである。
(刊1-1)「要約
要約
神経成長因子の存在下における,PC12細胞の神経突起伸張と 3T3 線維芽細胞の拡張が,用量依存的に中枢神経系(CNS)の異なった領域由来のヒトのミエリンタンパク質によって阻害された。ヒトCNSミエリンタンパク質を含んでいるリポソームの適用は,PC12成長円錐の急速な崩壊を誘導した。3T3線維芽細胞が,ヒトCNSミエリンタンパク質をコートされた基材上にプレートされたとき,細胞は丸いままで,拡張が阻害された。これらすべての阻害効果は,ラットCNSミエリンの250kDa 神経突起成長-阻害タンパク質(NI-250)に対して産生されたモノクローナル抗体によって中和され得た。PC12 神経突起伸張におけるヒト及びウシCNSミエリンの阻害特性の比較は,ミエリンタンパク質単位量当たりの阻害作用がわずかにヒトCNSミエリンが大きかったことを示した。ドデシル硫酸ナトリウム-ポリアクリルアミドゲル電気泳動による分析は,ヒトミエリンにおいては,ラットやウシミエリンと同様に,高分子量タンパク質が,神経突起伸張及び繊維芽細胞の拡張における阻害活性に対する原因であることを明らかにした。」(549頁 要約の欄)

(刊1-2)「モノクローナル抗体(mAbs)が,強力な神経突起の成長抑制性活性を伴うラットCNSミエリンの高分子量分画に対して産生された。 これらの抗体の1つ,IN-1,はCNSミエリンの神経突起の成長阻害を中和することが可能であった(Caroni and Schwab,1988b)。ラットの脊髄を損傷させた後,in vivoにおいて,mAb IN-1は,皮質脊髄経路繊維の長距離再生を誘導した。(Schnell and Schwab, 1990; Schnell et al., 1994)。」(549頁 左欄下から7行?同頁右欄1行)

(刊1-3)「PC12神経突起伸張に対する阻害効果は,高分子量ミエリンタンパク質によるものである。
ヒトの脊髄ミエリンタンパク質は,SDS 10%(wt / vol)ポリアクリルアミドゲルでの電気泳動によって分離された(図3)。タンパク質が異なった分子量領域(0-100,100-200,200-300の kDa)から溶出されて,そして PC12 神経突起伸張分析において阻害活性に対して試験された。 <100kDa あるいは100と200kDaの間の分子量を有するタンパク質は,いかなる検出し得る阻害活性も示さなかった(図3):PC12細胞の80%が神経突起を形成し,そしてmAb IN-1又は対照mAb O1の存在により影響を受けなかった。それと対照的に,ヒトミエリンの200と300 kDaの間の分子量を持っているタンパク質は,PC12細胞に対して強く阻害性であった:これらの基質においては,PC12細胞の17±11%の細胞だけが,神経突起を形成した。 モノクローナル抗体IN-1は,ヒト起源のこれら高分子量ミエリンタンパク質の阻害効果を完全に中和した。」(552頁左欄下から4行?同頁右欄末行)

(刊1-4)「ラットにおいて,250と35の kDaの分子量の2つの成分が同定された(Caroni and Schwab,1988a)。これらの成分の両方がmAb IN-1によって,非活性化される (Caroni and Schwab,1988b)。我々の実験では,細胞の拡張,神経突起伸張及び成長円錐の崩壊に対する分析で,mAb IN-1が,完全にヒトの CNS ミエリン阻害活性を中和することが可能であったことを我々は発見した。ヒトミエリンのこれら阻害成分の完全な精製物不存在下で,一つ,複数の関連する又は複数の異なる分子が関与するかどうか不明である。」(553頁右欄下から9行?554頁左欄1行)

(2)刊行物2記載の事項
(刊2-1)「4.1.1 CNSミエリン関連阻害蛋白の分離及び精製
CNSミエリン関連阻害蛋白は,これに限定されないが,鳥又は哺乳動物を含む高等脊椎動物のCNSミエリンから分離できる。・・・
・・・
代わりに,CNSミエリン関連阻害蛋白は,免疫学的手法を使用して分離かつ精製することもできる。例えば,本発明の一態様において,蛋白は最初に界面活性剤(例えば,Nonidet P-40,登録商標,ソジウム デオキシコレート)を使用して溶解される。次に,蛋白は35キロダルトン及び/又は250キロダルトンの蛋白に対する抗体による免疫沈澱により分離される。代わりに,CNSミエリン関連阻害蛋白はイムノアフイニテイクロマトグラフィーを使用して分離され,この際,蛋白は可溶化形で抗体カラムに適用される。」(10頁右下欄6行?11頁左上欄下から2行)

(刊2-2)「4.6.2.治療用途
4.6.2.1.CNSミエリン関連阻害蛋白
本発明によるCNSミエリン関連阻害蛋白は,例えばメラノーマ,神経組織の腫瘍(例えば,神経芽細胞腫)などの悪性腫瘍を持つ患者の治療に有用である。一つの態様において,神経突起伸長阻害剤である35kD蛋白および/または250kD蛋白,その類似体,誘導体,それらの断片,あるいは体内機能上これらと等価のものを用いて,神経芽細胞腫を持つ患者の治療が行われる。他の態様においては,CNSミエリン関連阻害蛋白およびメタロプロテアーゼの両者が患者に投与される。」(20頁左上欄5?17行)

3 刊行物1記載の発明
刊行物1には次の2つの発明(以下,「引用発明1」及び「引用発明2」という。)が記載されていると認められる。

(1)引用発明1
刊行物1の「ラットCNSミエリンの250kDa神経突起成長-阻害タンパク質(NI-250)に対して産生されたモノクローナル抗体IN-1」(刊1-1)について,「モノクローナル抗体IN-1は,ヒト起源のこれら高分子量ミエリンタンパク質の阻害効果を完全に中和した。」(刊1-3)と記載されている。
ここに記載の「ヒト起源のこれら高分子量ミエリンタンパク質」は,「ヒトミエリンの200と300kDaの間の分子量を持っているタンパク質は,PC12細胞に対して強く阻害性であった」(刊1-3)との記載に対応するから,「ヒトミエリンの200と300kDaの間の分子量を持っているタンパク質」は,モノクローナル抗体IN-1と結合する。
さらに,「細胞の拡張,神経突起伸張及び成長円錐の崩壊に対する分析で,mAb IN-1が,完全にヒトの CNS ミエリン阻害活性を中和することが可能であったことを我々は発見した。」(刊1-4)と記載されており,「ヒトミエリンの200と300kDaの間の分子量を持っているタンパク質」の有する神経突起伸張作用は,モノクローナル抗体IN-1により完全に中和されることがわかる。
以上の事項に「ラットの脊髄を損傷させた後,in vivoにおいて,mAb IN-1は,皮質脊髄経路繊維の長距離再生を誘導した。」(刊1-2)との記載を加えて整理すると,刊行物1には,
「ラットCNSミエリンの250kDa神経突起成長-阻害タンパク質(NI-250)に対して産生されたモノクローナル抗体IN-1であって,
PC12細胞の神経突起伸張阻害をもたらすヒトミエリンの200と300kDaの間の分子量領域に含まれるヒトタンパク質に対しても該抗体IN-1は結合し,該ヒトタンパク質の有する神経突起伸張阻害に対する活性を完全に中和することが可能であり,
また,該抗体IN-1は,ラットの脊髄を損傷させた後,in vivoにおいて,皮質脊髄経路繊維の長距離再生を誘導する作用のある
モノクローナル抗体IN-1。」
という発明(以下,「引用発明1」という。)が記載されていると認められる。

(2)引用発明2
(刊1-3)の記載からみて,刊行物1には
「PC12細胞の神経突起伸張阻害をもたらすヒトミエリンの200と300kDaの間の分子量領域に含まれるヒトタンパク質。」
という発明(以下,「引用発明2」という。)が記載されていると認められる。

4 補正発明5に対する独立特許要件の検討
平成19年4月5日付け手続補正及び本件補正により補正された明細書を以下,本件明細書という。

(1)対比
補正発明5と引用発明1を対比する。
ア 補正発明5の「配列番号29のアミノ酸配列」を有するタンパク質に関して,本願明細書の【図13】には,
「【図13】
図13: ヒトNogoの理論上のアミノ酸配列(配列番号29)とアラインしたラットNogo Aのアミノ酸配列(配列番号2)。」
が記載されていることから,補正発明5の「配列番号29のアミノ酸配列」はヒトNogoと呼ばれるタンパク質であることが分かる。
また,ラットNogoAとヒトNogoの配列のアライメントが取られていることから,ラットNogoAとヒトNogoは対応するタンパク質であることが理解される。

さらに,本願国際出願時の明細書69頁23?25行の「Nogo A has many properties that support it being the previously described rat NI-250, a major neurite outgrowth inhibitory protein of CNS myelin and the antigen of the IN-1.」(当審訳)「Nogo-Aは,それがCNSミエリンの主要な神経突起伸張阻害タンパク質であって,IN-1の抗原である前述したラットNI-250であることを裏付ける多くの性質を有している。」との記載に照らし,ラットNogoAは,ラットNI-250に相当するものであると理解される。

そうすると,補正発明5の「配列番号29のアミノ酸配列」を有するタンパク質は,ヒトNogoと呼ばれるものであって,ラットNI-250に対応するタンパク質であることが分かる。

他方,引用発明1の「PC12細胞の神経突起伸張阻害をもたらすヒトミエリンの200と300kDaの間の分子量領域に含まれるヒトタンパク質」は,「ラットCNSミエリンの250kDa神経突起成長-阻害タンパク質(NI-250)に対して産生されたモノクローナル抗体」(刊1-1)であるmAbsIN-1と結合する(刊1-2)ことからすれば,「ラットCNSミエリンの250kDa神経突起成長-阻害タンパク質(NI-250)」(刊1-1)と対応するタンパク質であることは自明なことである。

そうすると,引用発明1の「PC12細胞の神経突起伸張阻害をもたらすヒトミエリンの200と300kDaの間の分子量領域に含まれるヒトタンパク質」は,「ラットCNSミエリンの250kDa神経突起成長-阻害タンパク質(NI-250)」(刊1-1)と,対応するタンパク質であるといえる。

以上の事項を整理すると,引用発明1の「PC12細胞の神経突起伸張阻害をもたらすヒトミエリンの200と300kDaの間の分子量領域に含まれるヒトタンパク質」と,補正発明5の「配列番号29のアミノ酸配列の全長にわたって90%より高い同一性を有するアミノ酸配列からなり,天然では結合している全ての中枢神経系ミエリン物質を含まない,神経細胞成長抑制活性を有する,・・・精製タンパク質」とは,ラットCNSミエリンの250kDa神経突起成長-阻害タンパク質(NI-250)に対応する,神経細胞成長抑制活性を有する,ヒトのタンパク質という点で共通する。

イ 一般に抗体は免疫特異的に結合する特性を有するから,引用発明の「モノクローナル抗体IN-1」と,補正発明1の「モノクローナル抗体」とは,ラットのNI-250に対応する神経細胞成長抑制活性を有するヒトタンパク質に対して免疫特異的に結合するという点で共通する。

ウ 引用発明1の「モノクローナル抗体IN-1」は,「該ヒトタンパク質の有する神経突起伸張阻害に対する活性を完全に中和」し,「ラットの脊髄を損傷させた後,in vivoにおいて,皮質脊髄経路繊維の長距離再生を誘導する作用」があるのだから,医薬として使用し得ることは自明なことであって,補正発明1の「医薬としての使用のためのモノクローナル抗体」に相当する。

以上のことから,両発明の間には次の(一致点)及び一応の(相違点1)がある。
(一致点)
「ラットのNI-250と対応する神経細胞成長抑制活性を有するヒトタンパク質に免疫特異的に結合する,医薬としての使用のためのモノクローナル抗体。」

(相違点1)
モノクローナル抗体の免疫結合特性を規定するところのラットのNI-250と対応する神経細胞成長抑制活性を有するヒトタンパク質が,補正発明1では「配列番号29のアミノ酸配列の全長にわたって90%より高い同一性を有するアミノ酸配列」からなり,「天然では結合している全ての中枢神経系ミエリン物質を含まない」と特定されているのに対して,補正発明1では,配列も中枢神経系ミエリンを含まないか否かも不明である点で一応相違する。

(2)検討・判断
ア 補正発明5の「配列番号29のアミノ酸配列の全長にわたって90%より高い同一性を有するアミノ酸配列」からなる「神経細胞成長抑制活性を有する」「タンパク質」と,引用発明1の「PC12細胞の神経突起伸張阻害をもたらすヒトミエリンの200と300kDaの間の分子量領域に含まれるヒトタンパク質」の関係を検討する。

イ 補正発明1の「配列番号29のアミノ酸配列」からなるタンパク質は,上記「第2 4(1)ア」に記したようにラットNI-250に対応するヒトNogoタンパク質であって,
本願明細書の
「【0091】
5.3 Nogo遺伝子産物の同定および精製
ある特定の態様においては,本発明は,抗原決定基を含む(すなわち,抗体により認識されうる)かまたはさもなくば機能的に活性なNogo(好ましくはヒトNogo)およびそのフラグメントおよび誘導体のアミノ酸配列,ならびに以上をコードする核酸配列を提供する。本明細書で使われる「機能的に活性な」Nogo物質は,全長(野生型)NogoAタンパク質に関連する1つ以上の既知の機能活性を呈する物質を意味し,例えば以下の:非許容性の基質特性,後根神経節増殖錐体の崩壊,NIH 3T3伸展阻害,神経突起成長阻害,Nogo基質またはNogo結合パートナーとの結合,抗原性(抗Nogo抗体との結合),免疫原性など,が挙げられる。」
との記載からみて,ラットNI-250に対応するヒトNogoタンパク質の全長配列であると理解される。

他方,上記「第2 4(1)ア」に記したように,引用発明1の「PC12細胞の神経突起伸張阻害をもたらすヒトミエリンの200と300kDaの間の分子量分画に含まれるヒトタンパク質」は,ラットNI-250に対応するヒトタンパク質,すなわち,ヒトNogoタンパク質であるが,その全長か断片かはわからない。

そうすると,Nogoタンパク質全長配列である補正発明5の「配列番号29のアミノ酸配列」からなるタンパク質と,引用発明1の「PC12細胞の神経突起伸張阻害をもたらすヒトミエリンの200と300kDaの間の分子量分画に含まれるヒトタンパク質」は,共に同じヒトNogoタンパク質であるといえるが,引用発明1の該タンパク質は,Nogoタンパク質の全長ではなく,その断片である可能性がある。

ウ 引用発明1の該タンパク質が,全長のNogoタンパク質であれば,引用発明1の「モノクローナル抗体IN-1」は,補正発明5の「配列番号29のアミノ酸配列」からなる全長Nogoタンパク質に「免疫特異的に結合する」「モノクローナル抗体」といえることは明らかである。
また,引用発明1の該タンパク質が,Nogoタンパク質の断片であったとしても,引用発明1の「モノクローナル抗体IN-1」は,この断片に結合するのであるから,該断片を部分として含む補正発明5の「配列番号29のアミノ酸配列」からなる全長のNogoタンパク質に「免疫特異的に結合する」ことは自明なことである。

そうすると,免疫結合特性に照らして,引用発明1の「PC12細胞の神経突起伸張阻害をもたらすヒトミエリンの200と300kDaの間の分子量領域に含まれるヒトタンパク質に対して」結合する「モノクローナル抗体IN-1」と,補正発明5の「配列番号29のアミノ酸配列の全長にわたって90%より高い同一性を有するアミノ酸配列からなり,天然では結合している全ての中枢神経系ミエリン物質を含まない,神経細胞成長抑制活性を有する精製タンパク質に免疫特異的に結合する」「モノクローナル抗体」との間に実質的に差違はない。

よって,実質的に両発明は相違するものではなく,補正発明5は,刊行物1に記載された発明であるから,特許法第29条第1項第3号に該当し,特許を受けることができない。

5 補正発明1に対する独立特許要件の検討
(1)対比
補正発明1と引用発明2を対比する。
ア 上記「第2 4(1)ア」で検討したのと同様の理由で,引用発明2の「PC12細胞の神経突起伸張阻害をもたらすヒトミエリンの200と300kDaの間の分子量分画に含まれるヒトタンパク質」は,補正発明1の「配列番号29のアミノ酸配列の全長にわたって90%より高い同一性を有するアミノ酸配列からなり,天然では結合している全ての中枢神経系ミエリン物質を含まない,神経細胞成長抑制活性を有する,・・・精製タンパク質」とは,ラットCNSミエリンの250kDa神経突起成長-阻害タンパク質(NI-250)に対応する,神経細胞成長抑制活性を有する,ヒトのタンパク質という点で共通する。

イ 引用発明2の「ヒトタンパク質」と,補正発明1の「医薬としての使用のための精製タンパク質」とは,「ヒトのタンパク質」という点で共通する。

以上のことから,両発明の間には次の(一致点)及び(相違点2)がある。
(一致点)
「ラットCNSミエリンの250kDa神経突起成長-阻害タンパク質(NI-250)に対応する,神経細胞成長抑制活性を有する,ヒトのタンパク質。」

(相違点2)
神経細胞成長抑制活性を有するヒトのタンパク質が,補正発明1では「天然では結合している全ての中枢神経系ミエリン物質を含ま」ず,「医薬として使用し得る」ものであり,そのアミノ酸配列が「配列番号29のアミノ酸配列の全長にわたって90%より高い同一性を有するアミノ酸配列」であるのに対して,引用発明2では,アミノ酸配列が不明であり,また,医薬用途に使用できる神経細胞成長抑制活性があることは明らかであるが,医薬として使用できるか不明である点。

(1)検討
ア 刊行物1の「ラットCNSミエリンの250kDa神経突起成長-阻害タンパク質(NI-250)に対して産生されたモノクローナル抗体IN-1」(刊1-1)について,「モノクローナル抗体IN-1は,ヒト起源のこれら高分子量ミエリンタンパク質の阻害効果を完全に中和した。」(刊1-3)と記載されている。
ここに記載の「ヒト起源のこれら高分子量ミエリンタンパク質」は,「ヒトミエリンの200と300kDaの間の分子量を持っているタンパク質は,PC12細胞に対して強く阻害性であった」(刊1-3)との記載に対応するから,引用発明2の「PC12細胞の神経突起伸張阻害をもたらすヒトミエリンの200と300kDaの間の分子量分画に含まれるヒトタンパク質」は,モノクローナル抗体IN-1と結合する。

イ ところで,刊行物2の(刊2-2)に,「CNSミエリン関連阻害蛋白は,例えばメラノーマ,神経組織の腫瘍(例えば,神経芽細胞腫)などの悪性腫瘍を持つ患者の治療に有用である。」ことが記載されている。
引用発明2の「PC12細胞の神経突起伸張阻害をもたらすヒトミエリンの200と300kDaの間の分子量分画に含まれるヒトタンパク質」も,CNSミエリン関連阻害タンパク質であるから,該ヒトタンパク質を医薬として用いようとすることは誰もが考えることである。
そして,医薬用途で物質を使用する場合,不純物を含まないようにすることが好ましいことは言うまでもないことである。

ウ また,刊行物2の(刊2-1)には,「CNSミエリン関連阻害蛋白」の精製方法が記載されており,「鳥又は哺乳動物を含む高等脊椎動物のCNSミエリンから分離できる。」との記載もあるのだから,刊行物2記載の精製方法に従えば,高等脊椎動物のいずれからもCNSミエリンから分離,すなわち,ミエリンを含まない形態で分離し得ることは明らかである。

エ その精製方法の一つとして刊行物2には,
「CNSミエリン関連阻害蛋白は,免疫学的手法を使用して分離かつ精製することもでき」「蛋白は35キロダルトン及び/又は250キロダルトンの蛋白に対する抗体による免疫沈澱により分離される。代わりに,CNSミエリン関連阻害蛋白はイムノアフイニテイクロマトグラフィーを使用して分離され,この際,蛋白は可溶化形で抗体カラムに適用される」(刊2-1)
という精製方法が記載されており,高い精製が行えることが技術常識となっているイムノアフィニティークロマトグラフィー等の免疫学的な精製手法について示されている。
上記「第2 3(1)引用発明1」で述べたように,刊行物1には,PC12細胞の神経突起伸張阻害をもたらすヒトミエリンの200と300kDaの間の分子量領域に含まれるヒトタンパク質に対して結合するモノクローナル抗体IN-1が記載されているのだから,この抗体を用いれば「PC12細胞の神経突起伸張阻害をもたらすヒトミエリンの200と300kDaの間の分子量領域に含まれるヒトタンパク質」の免疫学的な精製ができ,不純物から分離できることは明らかである。

オ 以上のことを総合すると,CNSミエリンを含む精製の出発原料には,必ず,完全長のNogoタンパク質が含まれていることは明らかであって,引用発明2において,刊行物2記載の「患者の治療に有用である」という教示に従い医薬として使用すべく,ヒトのCNSミエリンを含む原料から刊行物1記載のモノクローナル抗体IN-1を用いて刊行物2記載の前記免疫学的な精製を行い,本願優先日前から常套手段となっていたアミノ酸配列の決定手段を用いて配列決定することで,完全長のNogoタンパク質である補正発明1の精製タンパク質を取得することは,当業者であれば難なくできたものといえる。

カ そして,補正発明1の効果は,刊行物1及び刊行物2から当業者が予測し得るものであって,格別顕著なものとはいえない。

キ よって,補正発明1は,刊行物1及び刊行物2記載の発明に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

6 補正却下のむすび
以上のとおり,補正発明1及び補正発明5は,いずれも特許出願の際独立して特許を受けることができないものであるから,本件補正は,平成18年改正前の特許法17条の2第5項で準用する同法126条5項の規定に違反するものであり,同法159条1項で準用する同法53条1項の規定により却下されるべきものである。

第3 本願発明
本件補正は上記のとおり却下されたので,本願の請求項1?27に係る発明は,平成23年10月5日付け手続補正書の特許請求の範囲の請求項1?27に記載された事項により特定されるとおりのものと認める。
そのうち,請求項1及び請求項19に係る発明(以下,それぞれ「本願発明1」及び「本願発明19」という。)は,次の事項により特定される発明である。

「【請求項1】
配列番号29のアミノ酸配列の全長にわたって90%より高い同一性を有するアミノ酸配列からなり,天然では結合している全ての中枢神経系ミエリン物質を含まない,神経細胞成長抑制活性を有する精製タンパク質。」

「【請求項19】
請求項1?6のいずれか1項に記載のタンパク質に免疫特異的に結合する,モノクローナル抗体。」

1 引用刊行物記載の事項
原査定の拒絶の理由に引用された引用刊行物及びその記載事項は,前記「第2 2 引用刊行物記載の事項」に記載したとおりである。
また,刊行物1には前記「第2 3 刊行物1記載の発明」に記したように,引用発明1及び引用発明2が記載されている。

2 対比・判断
(1)本願発明1について
本願発明1は,補正発明1の「精製タンパク質」についての限定事項である「医薬としての使用のための」という用途を省いたものである。
そうすると,本願発明1の構成要件をすべて含み,さらに他の構成要件を付加したものに相当する補正発明1が,前記「第2 5 補正発明1に対する独立特許要件の検討」で述べたように,刊行物1及び2記載の発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,本願発明1も同様の理由により,刊行物1及び2記載の発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものである。
よって,本願発明1は,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

(2)本願発明19について
本願発明19は,補正発明5の「配列番号29のアミノ酸配列の全長にわたって90%より高い同一性を有するアミノ酸配列からなり,天然では結合している全ての中枢神経系ミエリン物質を含まない,神経細胞成長抑制活性を有する精製タンパク質」を「請求項1記載のタンパク質」として引用形式の記載にするとともに,「請求項1?6のいずれか1項に記載のタンパク質」と拡張したものである。
加えて,本願発明19は,補正発明5の「モノクローナル抗体」についての用途の限定事項である「医薬としての使用」という事項を省いたものである。
そうすると,本願発明19の構成要件をすべて含み,さらに他の構成要件を付加したものに相当する補正発明5が,前記「第2 4 補正発明5に対する独立特許要件の検討」で述べたように,補正発明5は,刊行物1に記載された発明であるといえるから,本願発明19は,特許法第29条第1項第3号に該当し特許を受けることができない。

第4 むすび
以上のとおり,本願発明1は,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであり,また,本願発明19は,特許法第29条第1項第3号に該当し特許を受けることができないものであるから,他の請求項に係る発明について検討するまでもなく,本願は拒絶すべきものである。
よって,結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2014-10-14 
結審通知日 2014-10-21 
審決日 2014-11-12 
出願番号 特願2000-584046(P2000-584046)
審決分類 P 1 8・ 575- Z (C12N)
P 1 8・ 113- Z (C12N)
P 1 8・ 121- Z (C12N)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 高堀 栄二  
特許庁審判長 郡山 順
特許庁審判官 ▲高▼ 美葉子
今村 玲英子
発明の名称 Nogo遺伝子のヌクレオチド配列およびタンパク質配列、ならびにそれに基づく方法  
代理人 石井 貞次  
代理人 平木 祐輔  
代理人 藤田 節  

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